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今、射場から帰ってきたところ。ちょっと掲示をしなければならない用件があり、ついでに20m~10mを15,6射して、サイトを確認。30→20mでは5メモリ、サイトが上がる。20→15mでは2.5、15→10mでは1.5。それは、もう昔からなので、その確認だけだ。20mからの3連的は基本的に苦手だ。黄色なら御の字で、4点、下手すると3点まである。射場に行く前に、近所を散歩することにしている。講習が終わった翌日、全然歩けなくなっていることに気づき、愕然とした。弓を射つ時も歩くし、仕事も三階の教室までは歩くし、特に散歩が必要だとは思ってもいなかったのだが、そういうことでは足腰は衰えるばかりだ。大体、朝に2000歩くらい、散歩で歩けばいいかと思っている。近所を歩くと、改めていろいろなことを思いだす。ああ、そう言えば、ここは改築したんだっけな、とか、もうここの人は特養かどこかに入って、誰も住んでいないんだよな、とか。もう40年、ここに住んでいるが、それより長いという家は2軒、ほぼ同じという家で、人が変わっていない家は多分10軒くらいだろう。散歩のコースだけで、100軒くらいの家があると思うが、そんなものだ。今めかしくきららかならねど、木立もの古りて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子・透垣の便りをかしく、うちある調度も昔おぼえてやすらかなるこそ、心憎しと見ゆれ。多くの匠の、心をつくして磨きたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。さてもやは長らへ住むべき。また、時の間の煙ともなりなんとぞ、うち見るより思はるる。おほかたは、家居にこそ、ことざまは推し量らるれ。兼好はこんなことを書いている。まあ、限られた人生の住処としての家なのだから、これから改築したり、減築したりなどすることは考えていない。子どもたちが、この先、この家で暮らすこともない。両親から数えれば、二代、住めたのだから十分ではないか。ただ、何というか「いい感じ」(古語では「めやすし」)で暮らしてはいたい。
2023.07.31
熱帯夜や真夏日が続き、もうこれで1週間、ほとんどエアコンをつけている。大体、25,6℃設定でドライモードということが多い。今年ほどエアコンをつけている夏も初めてで、値上がりするという電気料金はどうなることか、と思うのだが、「熱中症になるよりいいよね」という点では、夫婦で一致している。散歩も、早朝か夕方。昼間の買い物は車で、ということにしている。今日はレンタルDVDを全部見たので、返却してまた借りてくるくらい。今、大谷の試合。またエンジェルスは負けそうだ。何しろ稀代の才能の絶頂期、見逃したくない。長期契約をして、怠惰なプレー、怪我で離脱という同僚らを尻目に、今日もバッターボックスに立っている。まあ、朝の散歩はやめにしとこう。
2023.07.30
同級生の集まりは、予想に反してたったの7人。それでも4年ぶり、自分は8年ぶりくらいだったので楽しかった。ほとんどは、何らかの仕事をしているようだ。天下り、教員、農業、歯科医……自分のように一つの職場に44年、というのはさすがにいない。やはり、「小さな仕事」が日本を救う、というのは本当のようだ。5月に奥さんが倒れたのもいた。話題は次から次から出てくる。誰それの近況、先生の話、来年は70歳だし、もうちょっと大規模にやりたいね、という話や、いや、それは面倒だという反対意見。1人、来られなかったのはコロナ。少しまた感染拡大の気配だが、もう誰も気にしない。電車の中もほぼ7割がノーマスク。マスクをしているのは、ほとんど高齢者。マスクをしていない中国人観光客に対して視線が険しい。マスクの着用は個人の判断に任され、「行動制限のない」夏なんだそうだが、何度も書いているように、「行動制限」などしていなかったはずである。マスク着用の依頼や要請はあったが、それは「制限を強要する」こととは、まったく違う。それを、あたかもあったかのように今さらながら言い立てる新聞もテレビも、批判精神のかけらもないメディアに堕してしまった。テレビはまあ、仕方ない。昔からそうだった。しかし、新聞は一体何なのか。ネットが言いたい放題のデマを垂れ流ししているのだから、ちゃんとした記事を書くメディアがないと困るではないか。一次会から、一人でフォーク居酒屋に直行。何だか二次会という雰囲気でもなかったし、そこを経由するとあまりに遅くなるので、最初からそのつもりだった。D爺が復活していた。これは、今日はベースがつけられるな、と思う。後は、顔見知りのNちゃん。最初はまだまだ現役の50代くらい?と思っていたら、いつか「孫が……」という話をしていて、え!?と驚いた。昨晩は向かいの席だったので、少し話をしたが、6つ下だった。中島みゆきの『ホームにて』『そば屋』が絶品だ。リクエストして応えてくれた。少し遅れて、同級生K君。結局彼も二次会は、なしということにしたらしい。自分はまず『あんたのバラード』、次に『慕情』。それからK君の『どうしてこんなに悲しいんだろう』を、ベース、ギター、ピアノ、ハープシコードのフルバンドで。秋田からわざわざ来たという男性の『岬巡り』にピアノをつける。もう、半分はそんな感じになっている。この人、全国のフォーク酒場巡りが種も胃らしい。宮崎、大分に今年は行ったとか。二回り目に『ある雨の日の情景』、『白夜』をフルコーラスで。で、10時過ぎに上がり。電停までは結構あって、10時台は本数も少なく、15分待ってやっと乗り、終点からタクシー。帰宅は11時を回っていた。妻が、昼寝を7時半までしてしまい、まだ起きていた。しばらく話し、寝たのは12時近く。
2023.07.30
まず、昨日のピアノレッスン。無料高速ができ、先生宅には30分弱で着く。今までだと、1時間近くかかる道のり。便利になった。行っていきなり「帯広の道の駅でファジルサイ弾きました?」と先生。どうやら、先生の音楽関係の知人が、音更の道の駅で弾いた時に、いたらしい。→旅の2日目 中華5品のディナーレッスンは、かなり弾けるようにはなったので、曲想を中心に。この辺りの指導は、やはり凄い。こちらの技術的未熟さを見抜き、それが曲の展開にどう影響するかを的確に説明してくれる。次のレッスンは3週間後。帰宅して、午後におさらいをした。本当に真面目に練習する自分に苦笑する。子どものころは嫌でたまらなかったピアノの練習が、仕事がオヤスミの今は生活の中心だ。今朝は3時半に起き、アボカド、トマト、胡瓜、レタス、リンゴを和えてオリーブオイルを少々加え、ボールにサラダを作った。それとトウキビの朝食。「朝まで生テレビ」をやっていたが、相変わらずガチャガチャとうるさい。まったく構成のない、喋った者勝ちみたいな無秩序で、それを何とかすべき田原総一郎がまた好き勝手に喋り散らす。テーマは少子化、子育てだったらしいが、これじゃ、政府の対策も右往左往するだけだろうね、と思った。これから射場に。来月のフィールドに少しは備えようかと思うのだが、行けば50mを射ち続けている。相変わらず、やる気が出ない。夕方から高校の同期会。進学校で、地元に残る人間は少ないからせいぜい15人くらいだろう。50周年の時は、あちこちから懐かしい人にも会えたが、もうそういう機会もないのかもしれない。それにしても、コロナでやはり「自粛」していたから、3年ぶり。何だかあまり行く気になれず、欠席が続いていたから自分としては多分7,8年ぶりかもしれない。もともと地元の人間ではないので、中学からのつながりもない。自宅生とはほとんど交流もなかったので、毎年はどうも、という感じなのだが、まあ、70歳目前、みんな元気でいる姿を見たい。まあ、こういう集まりに来るのだから元気なのだろうけど。二次会で、フォーク居酒屋に行く予定だ。むしろそちらの方が楽しみかもしれない。
2023.07.29
例によって、2時半ころ目覚め、ゴロゴロしていたが、そう言えば、大谷のスライド先発と思い、居間に即席の寝床を作り、見ながら寝た。気がつくと、MLBでは初めての完封勝利。パンとサラダ、いただいたカールレイモンの詰め合わせから適当なものを、と思ったらサラミだったので、それを一切れ。それで6時ちょっと前に射場に。60射。朝から何℃あったのか、汗が噴き出す。帰ってシャワー。全部着替えて、居間をドライモードから冷房にして、やっと落ち着いた。今日はピアノレッスン。朝にもう一度丁寧に練習する。
2023.07.28
このところ熱帯夜が続き、我が家のエアコンは24時間稼働している。就寝中は、ドライモードで、起きるともう暑いので冷房に切り替える。さて、その眠りなのだが、このところ1~3時ころ目が覚めてしまい、そのまま起きるか、寝直すかしていたが、寝直すにしても、睡眠が浅く、朝に疲労感が溜まっていた。ほぼふた月そんな状態。これでは身体がもたないな、とは思っていたが、案の定、昨日は完全な夏バテ状態だった。それで、昨夜は9時前に寝たのだが、やはり1時前に目が覚めてしまう。それで、もう一回眠剤とサプリを飲んでベッドに入った。ほどなく眠り、6時まではぐっすりだった。しばらく、そんなふうにしていてもいい。晩酌を少し控えることとにする。あまり酔いすぎると、どうしても夜中に目覚めやすい。ここで駄文を綴ったり、天鳳を打つこともちょっと控えようかと思っている。昨夜は肩凝りが酷く、1時に起きてから両肩に湿布をしたら、幾分収まった。肩凝りには、老眼鏡が壊れ、百均のか、遠近にしているのも関係している。老眼鏡は早めに修理依頼をしてこよう。今朝は、弓はやめておいた。その代わりに近所の散歩。歩く力も衰えがはっきりしてきている。速く歩けない。昔からタラタラ歩くのが好きだったのだが、今はタラタラとしか歩けないのだ。だいたい1500歩でやっとだ。そんなわけで、夏期休暇は体力回復に努めるので、ここで駄文を綴るのもしばらく休みということに。
2023.07.27
もう夜明けが段々遅くなってきている。今朝は曇天でさらに暗い。朝に久々にピザを作った。畑のミニトマト、イタリアンパセリ、ウィンナーというオーソドックスなピザ。MAXVALUのマルゲリータ。冷凍なのだが、冷蔵庫で軟らかくしておいて、いろいろ載せて作る。それと飲み残したコーヒー。ここで駄文を書き、暇を潰し、今日は久々に射場に。この前の射をもう一度確かめたい。帰宅後、妻のワクチン接種の送迎がある。健康麻雀は、明日にする。昨日かかりつけ医に妻と行き、久々に先生の顔を見て(つまり、診察)、薬をひと月分出してもらった。ちょっと夏バテで熱中症の症状が出た妻は点滴。その間にツルハの薬局に薬を取りに行った。明日がピアノのレッスンなので、今日は丁寧に弾く練習を、何回かしていきたい。大分仕上がりに近いが、まだまだである。【追記】朝練は5:40~6:40。66本。やっと黄色をドットで潰して射つことができるようになった。ピアノは8:00から30分ほど。こちらもやっと『狩の歌』をほぼノーミスで弾けるようにはなってきた。
2023.07.26
昨日で、夏期講習が終わった。3年特進は、古文と漢文。現代文と違い、解釈、つまり口語訳さえできれば、正解は出せる。解釈するためには、古文なら、古典文法、基本古語、古文常識、作品知識などの「知識」が必要で、それはたいした量ではない。古文と言っても、日本語なのだから共通する部分の方がはるかに多い。例えば、英語なら大学入試に必要な英単語、熟語は5000語くらいだろうが、古文はその1/10、500語も覚えていれば十分だ。しかも、その半分は例えば「あからさまに」という語が、古語では「ちょっとだけ」という意味であるなど、いわゆる古今異義語であり、「へえ、そうなのか」と思うだけで、覚えられる。漢文に至っては、さらに古文の半分以下の知識で間に合う。必要なのは古代中国語の基本的な文法知識であり、これは英文法からの類推でほぼ理解できる。例えば節を名詞化するには、V(動詞)に「所」の字を前置するだけでよい。言ってみれば「to不定詞」のようなものだ。所有、所産、所見などの漢熟語はすべてそういう出来方だ。もう一つはセンテンスの最後に「者」という字を置けば、やはり名詞節になる。というようなことは、実は例えば生徒の持っている「明説漢文」とかいう句法中心の「文法書(?)」などには載っていない。たった90分の講義で、教えられることは限られているが、一年を通してちゃんと教えれば、古文も漢文も共通試験レベルで満点は取れるようになる。いや、別に満点など要らない。旧帝大を中心としたレベルの高い大学は、共通一次の時代から、一次試験にあたるマークシート試験より、二次の記述の配点が高い。例えば、国語の共通テストで大失敗をやらかしても、そんなものは二次数学の大問一題を完答できれば、チャラになるのだ。ただし、大問一題の完答というのは、相当難しい。だから、普通の受験生は、努力すれば点数の取れる古典でシコシコ頑張るほかない。受験の国語について、自分が前提としていることは以上なのだが、最近は専ら「現代文」しか担当していない。昨日のように、たまに講習で「古典(古文と漢文)」を教えると、生徒はびっくりするようだ。昨日の問題演習で教えたのは、「落窪物語」の「少将と落窪の姫」「帯刀とあこき」の二重の恋愛関係。策略家「あこき」の尻に敷かれた「帯刀」が、「雨だから姫のところには今日は行けないな」などという、育ちのいい「少将」困っている場面だ。「姫」といっても「落窪(木の空洞)」の中に捨てられ、まるでシンデレラのように「継子いじめ」にあっていた少女を「姫」にしたのだから、そりゃ相当「あこぎ」な真似はしている。漢文は、人の幸不幸は「人」なのか「天」なのか「地」なのか、という話。孟子は、はっきりと「人」によるのだ、と言っているが、星占いなどでは「天」が既に定めているという話。例えば、どういう時代のどういう社会、どういう家庭に生まれるかは自分で決められないのだから、生まれてからの努力は限界がある、という考えなら「天」によることになる。しかし、それでもなお、努力の余地はあるはずで、その努力こそ、人間の生きる意味なのだと考えれば「人」こそ、幸不幸の原因になる。「地」というのは、論外の考え方で、埋葬する土地、つまりお墓の方位とかそういうものが大事だという、まあ、霊感商法みたいな話だ。儒学では「天命」ということが絶対視されているかのように思われているが、孟子はかなり現実主義者であり、「天」ではなく、あくまで「人」と言う。儒学というのは、なかなかしたたかな思想で、単なる形式主義には堕していない。まあ、そんなわけで夏期講習は終了。その後、小論文を二人見て「オレは、この後夏休みだからね!学校来ないからね!」と宣言して、帰宅した。生徒は夏休みのどこかで指導してほしいようだったが、たかが非常勤のセンセイにそんなに頼ってはいけないのだと、優しく諭しておいた、ハハ。
2023.07.26
今年の夏の暑さは、やはり「異常」というレベルなのかもしれない。昨夜の最低気温は24.9℃。「熱帯夜」すれすれだ。寝苦しくて2時ころ起きて、居間のエアコンをつけた。寝室は隣なので、このくらいがいい。直接だとさすがに寒い。それから、今日返却日の海外ドラマを見たりして、ゴロゴロしているうちにまた眠った。朝は、昨日作りすぎたサンドイッチで済ませ、ここで駄文を書いていた。先ほど、庭の黒珊瑚という胡瓜2本、ミニトマト4個を採った。去年より2週間は早い。今年は胡瓜はこれで5,6本。豊作の気配。ミニトマトもあちこちに枝を伸ばし、地面につかないようにするのが大変。これはなりだすと、あっというま。最初の年は2株植えてしまい、一日にボール一つ分くらい採れ続けた。今日は2コマなので、朝練はなし。今日も蒸し暑い一日になりそうだ。
2023.07.25
今日、2コマ連続の講習をすれば、やっと仕事は一段落。夏休みが到来する。予習はバッチリ終わっているから、とにかく行けばいい。夏の講習は90分、全8回。わずかだが手当も出る。それと7月までの平常講習の手当が加わるから、8月の給料はちょっとは高くなる。そもそも明日から8月17日まで、一度も出勤しないのに給料が出るのだから、文句はない。大体、全国どこでも同じような決め方だと思うが、非常勤講師の給与は、ひと月で、1時間単価×35回×持ち授業数÷12。単価はいろいろあるかもしれないが、自分の所は公立と同じ3,120円。35回というのは高校の場合1単位の年間授業数。それを12ヶ月で割るのだから、別に長期休みが続いてもひと月でもらう給与に変わりはない。だから、22連休が終わった直後に給与が出るのも、別に申し訳なく思うこともない。講習の単価も同じで、1コマ3,120円。これは授業に比べると安すぎる。大体時間が違う。90分でも同じだというのが不合理だ。校長の時に、直しておくべきだった。特講は3時間分の手当が出るが、16:45~20:00で、休みを挟んでも3時間だから、まあ、それほど悪くはない。ただし、私立校の場合、公立の単価で日当制のところもある。行事等で授業がなかったりすると、その月の給与は減る。今回のような長期休みだとゼロだ。それでももらう給与の総額は変わらないかもしれないが、細かく言うと、試験監督には手当がつかない、あるいは、そもそも単価が安く2,500円くらいというところもある。有給休暇などが未整備の場合もあるし、病欠だと当然出ないから、日当制は概して安く人を使う仕組みになっている。最低賃金の3倍強くらいの時給なのだから、高齢者雇用として、条件は悪くない。が、授業の準備、テスト作成、採点などは業務内容に含まれるから、工場労働のように正味働いた分とは言えない。自分のように生徒の小論文や志望理由書を見てやるのは、完全な業務外である。しかし、「それはオレの仕事じゃないからね」と断ることは原則的にしない。自分の場合は、だから、仕事はお金の問題ではない。確かに、年金の半分くらいにはなる給与収入は、家計にとっても大きいのだが、それが働くことの一番の理由にはなっていない。生徒に信頼され、非常に難しい小論文の指導を頼まれ、それに応えたり、毎年、教科の中で最も高い授業評価を得たりするのは、自分の職業的プライドを満たしてくれる。だが、仕事が最も大切な生きがいといえるのは、そういうことでもなく、今、目の前にいる生徒が、これまで出会ったことのない日本語の世界を知る「水先案内人」を、自分がしているのだ、という自負である。生徒の多くは、自分の授業を楽しみにしている。まあ、毎時間の指導案のようなものもなく、「どこまで、やったっけ」で始まる授業なのだが、経験の積み重ねで、生徒の理解度が手に取るように分かる。下手に計画など作ってやると、伝わるものも伝わらない。まあ、そんなわけで22連休は楽しみなのだが、何だかちょっとつまらないような気分でもある。
2023.07.25
47-47-49-54-51-52=300今朝は、講習、病院なので、ちょっとだけ。60mのサイトだったので、そのままいつもの的で点取り。1Mが2エンドで出たが、⒑-⒑-⒑-9-8-Mで助かった。結局、体の張りを保とうと意識し過ぎて、さらに引いたために、押し手が動いてしまったから、大きく外した。その後は、余計なことを考えず、狙いがついたら、楽に放すことだけ考えて射ったら、そこからはそこそこの中り。ちょっと前まで50mでも300が危うかったのだから上出来だ。緩むことを恐れすぎて、狙いを犠牲にしていたらしい。ちょっと緩んだとしても、せいぜい上の7点が1本だけだった。これなら、バランスを崩す射よりずっとマシだ。考え方を変えたら、射がよくなりつつあるのだが、明日は講習2コマ。とても朝練の余裕はない。
2023.07.24
昨夜は不覚にも、ソファで1時くらいまで眠ってしまった。テレビはつけっぱなし。横になった覚えもないのだが、やはり講習2コマ連続+小論文指導などで疲れ果てたのだろう。千秋楽で昼寝もままならず、ということもあったかな。その千秋楽だが、豊昇龍が、本割で伯桜鵬を、決定戦で北勝富士を撃破して初優勝。まあ、見事だった。叔父の朝青龍のようなヒールが似合う力士である。同じモンゴルでも、穏やかな顔つきの霧島とは大分違う。若元春、大栄翔の2関脇は9勝止まりで、また一からやり直しの大関取りになる。彼らより恐らく11勝の小結琴ノ若の方が、大関になる確率は高い。自分としてはケンカ四つの朝乃山ー若元春の対戦が一番だった。朝乃山は途中休場しながらの勝ち越しで、少し番付を上げ、来場所で三役、来年は再び大関へと駆けあがってほしい。やはり、若元春よりも体が大きく、運動神経も同じくらいいいから、今は平幕だが、貫禄が違う。大谷は第1打席36号のライナー性HR。第2打席は三振。そこまで見て、これから整形の診察券を出しに。帰りがけ、射場で久々に。講習もあるから、せいぜい8時近くまで。朝食は、もう食べたが、サンドイッチ。昼の分、妻の分もある。整形→射場→帰宅→講習→整形、と回って、午後もう一度かかりつけ医に行く予定だ。講習は今日は1コマなのだが、何だかいつもより忙しい一日になりそうだ。
2023.07.24
特進では、休み前に『檸檬』を読み切ることができ、感想文を書かせた。といっても、A4一枚に紡錘形の檸檬の形を書き、「その中に自由に書いてね。なんなら色塗ってもいいよ」というオアソビ感覚。生徒は楽しんでやったようだ。中には、その中にびっしり書いてもまだ足りず、黄色の檸檬の折り紙の裏にも書き、さらに金色で「黄金色に輝く爆弾」に「私」が見立てた檸檬を作って出したのもいた。小説を読むことは、楽しいことなのだから、しかつめらしく原稿用紙を渡し、「最低でも3枚は書くこと」などという訳の分からない指示を出したりすることは、基本的にやらない。「レモンエロー(原文のママ)の絵の具を絞り出して」「単純な色」に塗ってもいいよ、などと言いながら用紙を渡す。早速、色鉛筆を取りに行ったり、生徒の反応はさまざまだ。中には、最後に「実はレモン一つ買いました」などと書いているのもあり、思わずニヤリとしてしまう。肺結核により十年後には確実に訪れる死という「得体の知れない何か」に抑えつけられつつ、暮らした学生時代を、数年後のサナトリウムの徒然に、生の幻影に惑わされつつ書き上げたこの小品は、もう100年も前に書かれたのだが、今の生徒も決して共感できないわけではない。生前、まったく評価されなかった梶井基次郎が、今、檸檬を手にして、その世界を追体験しようとしている十代の子どもたちがいると知れば、どう思うだろうか。同じA4の用紙に、自分の「檸檬」観を書いて、夏休み後、生徒に配布しようと考えている。それは、こんな書き出しになりそうだ。「生は死の幻影とともにあることによって、それ自体、幻影として存在するほかない。私に『檸檬』という作品が教えてくれるのは、そのことである」まあ、機会があったらここで書いてみようか。
2023.07.23
MLBの大谷の試合と大相撲。この2つが、自分の今、録画してでも見たいスポーツである。昨日、2コマ連続の講習から帰ると、早速、大谷先発の試合を見た。4被弾、5失点、無安打だが、打線が奮起して8勝目。しかし、投手大谷の凄みは、徐々に消えつつあるような気がする。ローテーションの3番手くらいで、調子が悪いと飛ばされる、というくらいの扱いがいいと思うが、いまのエンジェルスにはその余裕はない。ひょっとしたら、電撃トレード、あるかもしれない。エンジェルスは故障者が多すぎる。トラウト、レンドーンなどは長期契約の選手で、契約の詳細は知らないが、休んでも入るモノは入ってくるんだろうから、モチベーションが低くなるのは当然だ。面白いのは、大相撲だ。新入幕伯桜鵬が北勝富士を破りともに3敗、豊昇龍も若元春を撃破し3敗、この3人が並び千秋楽。まだザンバラ髪の伯桜鵬は明日、豊昇龍と対戦する。事実上の決勝戦だろう。北勝富士は、一昨日まで優勝戦線のトップにいた錦木と対戦だが、その結果で優勝決定戦となっても、豊昇龍か伯桜鵬が有利だと思う。自分は断然伯桜鵬を応援したい。まだ19歳の大器が、いきなり新入幕で優勝をかっさらうのを見てみたい。途中出場したが、出てきた新大関霧島(懐かしい名前だ)は、やはり途中休場から復帰した朝乃山との負け越しを賭けた(?)一番で敗れ、来場所は全休の貴景勝とともに早くもカド番。その朝乃山は若元春と。どちらも四つ相撲で好きなタイプの力士だ。大鵬、柏戸時代に、子どもながらも、相撲というのはまわしをがっぷり四つで引き合って取るものだと思ってた。校庭に土俵を書いて、ハッケヨーイと遊んでいた時代である。とまあ、2コマ連続講習でひいひい言いながらも、楽しむことは楽しんでいる。
2023.07.23
今日から、午前中に2本ずつ講習が連続する。3年特進と医療系の2本。8:45~10:15が1本目で、10:30~12:00が2本目。これは、若いときでも結構キツかったから、69歳の今は相当こたえる。時間的には可能だが、とても朝練に行く余裕はないし、ピアノも朝は無理だ。断ってもよかったのだが、専任の余裕のなさが分かるので、しょうがないから引き受けた。予習は特進は2/3、医療系は4/5くらいできている。プリントはすべて準備済みだ。2本連続は、今日、明日と最終日の火曜・水曜日からやっと夏休み、22連休だ。そこからは、フィールドに備えた朝練、ピアノ、麻雀など、お盆前に孫が来るなど、まあ、夏休みらしく過ごせる。
2023.07.22
ピアノは、朝はメトロノーム、ノーペダルで正確に弾く練習だが、夕食をウィスキーのロック2,3杯と一緒に食べた後は、結構酔っ払っているから、まずそれでも『狩の歌』を今度はペダルを使って1回、ストピ用のファジルサイ、『人生のメリーゴーランド』、『枯葉』など何か1曲。その後は、弾いて歌う。これは、もうただの遊びだが、アドリブをちょっと変えたりする。来週、高校の同期会。その二次会で立ち寄る予定なのだが、その時は、一応「オープンマイク」の日という設定で、といってもいつでも自由に歌えるから、オープンマイクなのだが、ひと月練習した成果を披露する日となっている。そこで、今まで弾いたことのない『あんたのバラード』をやろうと思い、これはもう2週間くらい前から練習しているが、息子の贈ってくれた、吉田拓郎、最後のスタジオライブの最終曲『慕情』を今、練習中だ。ライブでは、アコギ3本とピアノでやっているが、それを、ピアノ一台で。もちろん、ギターやベースが入ってくれたらいいのだが、あまり有名でもないし、コード進行が掴みにくいから、即興では無理だ。パーカッションはない方がいい。調べたら2011年、テレビドラマの主題歌として作られたらしいが、そもそもテレビドラマは大河と朝ドラくらいしか見ないから、全然分からなかった。いい歌だ。まず、DVDを見ながら一緒に歌ってメロディを覚える。それから、「楽器me」というサイトでコードを調べ、歌詞とともに書き込んでいく。便利な時代になった。昔は、楽譜本を買うか、何度も聞いてコードを探るほか方法がなかった。「楽器me」は転調までしてくれるから、使いやすい。ピアノ譜はコード名だけだが、ギター譜なら押さえ方まで載っているから、初心者でも十分使える。昨夜は、大体一番だけ歌詞とコードを写し、歌えるようにはなった。後、1週間だが、これは、エリーゼとは違い、十分間に合う。
2023.07.22
趣味の重点が、弓からピアノにはっきりと移ってきたので、「練習日誌」は両方書くことにした。【弓】今日で3日連続だが、あまりやる気も出ず、とりあえず60mで7本-7本-6本で20本にしてオシマイ。最後はX-X-9-8-8-8で53。80cm的だから、60mなら上出来だ。とにかくエイミングできたら放す、という射ち方。【ピアノ】『狩の歌』。メトロノームを69に上げて、一度通し。二度目は69のままペダルを使って。躓くところの部分練習をして、最後はメトロノームなしで。速度はこれで十分だ。後はミスを減らし、曲想をつける段階に入ったようだ。『人生のメリーゴーランド』を1回。大分、忘れている。発表会のもう一曲にする予定だが、どうかな。
2023.07.21
昨日で、夏休み前の授業はすべて終了。今日は終業式だが、午後から講習が1コマ入っている。講習は「演習」形式。流行りの言葉で言えば「OJT」、つまり「On the Job Training」である。意味は、仕事をしている途中で、職業教育も同時進行にやる、という意味で、例えば数人の研修医が、指導医と一緒に患者を診て、診断のために何の検査が必要か問われる、というようなシーンを海外ドラマではよく見るが、あれがそうだ。前もって「座学」で勉強していても、いざ臨床の場でその知識が出てこなければ、意味がない。知識を現場で生かす経験を積むのが「OJT」の目的だ。入試本番と思って問題を解く、そしてすぐ解説をするというのが「演習」の基本形だが、自分はどう読み、どう解くかを最初の講義で15分ほどかけて説明する。そして、実際、どう読むか、どう解くかを、板書をしながら解説する。そのためには、自分自身が、問題集の解答はパッパッと写して、準備するような手抜きはダメだ。自分も解く。そして、解説を熟読する。まったく間違えることはないが、記述などの場合、自分の方が解答要素を一つ余計に入れている、ということはよくある。記述採点は「要素」主義、つまりあらかじめ設問者が用意した解答の「要素」の有無で、部分点をつけていく。ということは、「要素」をできるだけ盛り込んでいくのが、満点を取るコツだ。正確な読みが、満点の解答につながることを、1問毎に体験的に理解することが、講習の目標である。今朝は、これからちょっとだけ射場。朝の散歩代わりに30射もやってくれば十分だ。
2023.07.21
我が家の居間には、庭に面する窓のある壁に、時計が掛かっている。何の変哲もない、ただの掛け時計だが、ホームセンターで1,000円とか2,000円で売っているようなのではない。というか、この時計が掛けられたのは、両親がこちらに越してくる以前、自分が大学に入った前後のことだと思われる。ホームセンターなどという業態がまだなかったころの話だ。12時を示すアラビア数字のⅫの真下には「CITIZEN」という文字が金の背景色に浮かぶ。一昨日、その時計が夕方なのに2時半くらいを指していた。電池切れだろうと思い、外して交換すると、無事動き出した。裏の板に「勤続20年記念」と書いている。父親は、生きていれば100歳だから、逆算すると多分50歳近くの時にもらったのではないかと思う。ということは、この時計は両親の家からこの家まで、50年以上、時を刻んできたことになる。いつも3分ほど進めているのも、父親の代と同じだ。もちろんたいした価値のあるものではない。が、こういうものが我が家には幾つかあって、それが親の代から自分の代へと連綿と続いてきた生活の歴史を、何かの折に感じさせてくれる。壊れたら、いや、壊れなくても10年もすれば取り替えるのが常識である家電も、冷蔵庫とか洗濯機はもう20~30年選手だ。今年は暑いので、一階、二階の居間や、ピアノの部屋のエアコンはよく使うが、これも20年以上経っている。いずれも今流行りの省エネタイプなどではない。こうなったら、CX5もあと10年乗ってやろうかと思っているが、まあ、無理だろうな。
2023.07.21
6:10~7:00 曇天 微風60m 6350m 5640m 5030m 4420m 39と、まあ、大雑把ではあるが、フォールド公認に備えてサイト確認。プロフィールドでも、たいして変わらない。羽根が1枚取れて、紛失。予備があるかどうか確かめないと。フィールドもFITA900も3本射ちだから、なくても支障はない。全部で36射くらい。
2023.07.20
昨夜は、珍しく夜にもう一つ文章を書き、それからすぐ寝た。入眠10時、起床4時半。これだけ通しで眠ったのも久々である。夢も見たかもしれないが、覚えていない。久しぶりに、頭がスッとしている。昨夜の文章(好きなことだけしかやらない。)と似たようなことだが、こんな文章も書いていた。 → 自由・不自由。自分の考えだから、似たようなことになるのは、当然なのだが、世間的にはワガママを通して生きてきただけと見られるかもしれない。親の厳しいしつけを内面化して、自己規制の強い人間から見れば、自分は適当に上手く世渡りをしているだけの人間だと映るのだろう。しかも、周囲も本人もハッピーにやっているのだから、ますます自分を嫌うのだと思う。それで疎遠になった同僚や、友人もいたのだろうが、こちらはまったくの無頓着だから、覚えていない。どちらかというと、これは母の気質を受け継いでいる。「奥さん、私、奥さんと付き合うのもう飽きたから、今度また話したくなったらね」と母が誰かに電話で言うのを聞いて、妻は唖然としたそうだが、自分もそこまでではないが、義理で誰かと付き合うことはなかった。母は、それでいていつも誰か彼か、友だちがいて、決して嫌われ者ではなかった。自分も(と、自分で言うのも何だが)、やりたいことだけやって生きていると思われている反面、尊敬されているし、信頼されてもいるし、評価もされている。ただ、尊敬や信頼や評価のために生きているのではなく、好きなことだけやっていたらそうなっただけである。そういう、およそ他者の思惑を気にしないところ、面倒なことになりそうだったら、さっさと切るところなどは、ああ、母親譲りなのか、と苦笑することもある。カントの「~~すべき」という道徳律ではなく、ショーペンハウアーの「~~したい」という「意志と表象の世界」を自分は生きている。それで十分だ。ありもしない人間や物事の本質など、探求したくもないのだ。
2023.07.20
案外、十代のころから、そうだった。自分は、好きなことだけ、やって生きてきたのかもしれない。というより、今、やっていることが、何年か経つうちに、好きなことになったと言えるかもしれない。どちらにしても、それは幸せな人生だったには違いなく、この歳になって、あえて嫌いなことを、他の人のため、とかそういう倫理的理由をつけて、やることはないじゃないか、と思うのだ。次年度から、嫌いなことはもうやらない!という宣言をして、好きなことだけやって生きることにした。もちろん、それで生活に困るなどということはない。何しろ、仕事は好きなことの第1位なのだ。投資も上位には入る。生活の中から、嫌いなことを追い出していく。嫌いな人とは、関わり合う必要があっても関わらない。これは俺がやればみんな助かるよね、と思えることでも、嫌いなことはやらない。もっとワガママに生きてもいい。まあ、これまでも十分ワガママをとおして生きてはきたのだが、その分、嫌いなことも引き受けてもきた。だが、それはもうやめることにした。押しつけられたら逃げてやれ気にするほどのヤツじゃない(吉田拓郎『知識』)
2023.07.19
484→ 「(Ora Orade Shitoriegumo)」の解釈について380→ 教師百態 (2) 生徒依存症の教師たち昨日は珍しく250くらいのアクセスがあったのだが、「昨日、読まれた記事」の常連がこの二つだ。理由はまったく分からないが、前者は宮沢賢治の『永訣の朝』の意味論および音韻論的解釈であり、後者は一種の教師論である。自分としては、よく書けてるね、とは思うが、結構昔の記事で、なぜ繰り返し読まれるのかが、推測できない。まあ、そんなことはどうでもいいのだが、二つとも仕事絡みの内容であり、やはり、弓や他の遊びの記事よりも、力が入っていることは確かだ。さて、その仕事だが、今日は3~5の3時間、明日は2,4の2時間で、休み前の授業はおしまい。明後日から、90分講習が8回、25日まで続く。講習は土曜も日曜もない。数えてみると7連勤になる。週3日勤務、いつも4連休の自分としては異例のことだ。暑くなってきたし、果たして無事に乗り切れるのか。講習の予習は4割ほどはできているのだが、今日明日で6割くらいにはしておきたい。といっても問題を3題くらい解けばすむから大したことでもない。弓の方は、8月に公認が2試合、7月に高校同期会、時期は決まってないが教科のランチ会、お盆前に孫が3泊4日で来ることなどが決まっている。そんなわけで、バテないように、これから二度寝、いや三度寝しておこうかと思う。
2023.07.19
昨日は、10日ぶりくらいに健康麻雀。珍しく、雀婆3人との卓に。みな、確実に腕を上げてきている。最初にトントンと安い手を上がり、自分のペースになったかな、と思ったら、とんでもない。4位のスタート。その後も3位、2位と揮わず、一度もトップを取れず、終わった。それでも、軽口を叩きながら、楽しく打てたから満足である。夕食は焼き肉。デザートに新しいメロン。また、メロンウォッチングが始まる。結構疲れて、9時半には入眠。朝、4時に起き出し、いつものように食器を片付け、洗濯物をしまい、ピザとサラダとコーヒーの朝食だ。考えてみると、朝のこのひと時は、妻もまだ寝ているし、自分にとって一番長くまとまった時間を過ごすときだ。ここで、駄文を綴ったり、授業や講習の予習をしたり、あるいは家事をしたり、とやることはいろいろだが、ゆったりと過ごしている。さすがにピアノは弾けないが、天鳳で打ったりはする。最近、まったくやる気のない弓は、昨日行ったから、今日はもういい。しばらくしていなかったは、床をモップを使わず、這いつくばってゴシゴシ拭こうか、それとも講習の予習をもうちょっとしておくか、と考えている。
2023.07.19
昨日は、フィールド射場の設置作業。9時半から。午前で終わるかな、と思ったが1時半までかかった。昼はコンビニのおにぎりでいい。帰ってからのおやつはメロン。富良野だが、まあまあ。妻が買ってきた地物が一つ残っている。メロンウォッチングは相変わらず続いていて、最近やっと小ぶりのが700円くらいで手に入るが、まずは今あるのを片付けないといけない。シャワーを浴び、『狩の歌』をメトロノーム66で弾き、さて、相撲でも、と思ったところに向かいのご主人が、チカを持って来てくれた。いつも、釣果があると、なにかしらいただく。チカはすっかり捌いてあって、天麩羅にもってこいだ。こういう付き合いがあるから、ここもなかなか離れがたい。大根がない、ということになり、生協に。頼まれたのは大根とレタスだが、どうしてもコカコーラが飲みたくなり、それと「ちょっとしたしあわせ」という、わりといいネーミングだなと思っているシリーズのひねり揚げ。この駄菓子を買うのも久々だ。高校のころは、コーラとかっぱえびせんというのが、おやつの定番だった。今回は、コーラとひねり揚げ。まあ、似たようなもので、大相撲の前半をみていた。初日から3連勝と、館内を沸かした新入幕三人は、ここにきて負けがこみだし、勝ち越しはするだろうが、三賞はちょっと無理みたいだ。後半、昼寝をしながら見たら、見事に結びまで眠ってしまった。やはり、体が疲れている。フィールドはもう無理かな、と思うが、来年度の理事会で決めればいいことだ。そこに自分はいない。校長の時もそうだったが、辞めるならスパッと辞める。もちろんサンデーアーチャーとして気儘に続けるつもりだが、協会の運営には口も手も出さない。70歳になるんだから、そのくらいの我儘はいいだろう。ちょっとしたことがあって、辞めるのが年度途中になるかもしれない。夕食は、チカの天麩羅、茄子の煮浸し、漬物、味噌汁で。急遽、焼き肉から変更した。デザートはマンゴー。沖縄からいただいたもので、こちらからはいつもメロンを送る。コロナをきっかけにして、日本の贈答文化ははっきりと衰退しつつあるが、年に一度か二度、お世話になっている方に何か贈って、というのはあってもいいことだろう。3時ころ目が覚めてしまい、昼寝もたっぷりだったしまあ、いいか、と4時半には起きて、今朝はピザと残ったコーラ。まるで大学の時と同じような食事だ。喫茶店でピザとコーラをよく食べていた。いろいろと物価が上がり、家計も大変というが、我が家の場合、食事をどうこうするようなことにはまったくなっていない。反対に、年々ぜいたくになってきているように思える。調理に時間をかけられるし、高い食材でもそんなに量は食べられないのだ。それに、「食」は「会話」だから、せっかくならおいしいものを食べながら、いろいろと話したい。一昨日辺りから暑くてエアコンも使い出している。今朝もちょっとかけているが、ちょっと寒くなったので切った。電気代も、あまり気にしない。さて、今朝はこれから大相撲ダイジェストを見て、今度の週末は講習で、サンデーアーチャーもできないから、フィールドのサイト取りをちょっとだけ、と思っている。
2023.07.18
昨日は、試合が終わって帰ったのが3時半くらい。妻とメロンを食べ(今回は富良野メロン、この時期はあちこちのスーパーでメロンウォッチングをして、安くて美味しいのを切らさないようにしている)、参加賞の六花亭の何とかというお菓子でお茶。それから、『狩の歌』を二度ほど弾いた。それから大相撲が始まったので、昼寝のお伴に。例によって、高安、錦木など面白そうなところでは、もう眠ってしまっている。まったく、これでは相撲ファンとはいえない。起きてBSの方で大河ドラマ。相変わらず、酷い演技だが、まあ、本能寺の変の直前で、盛り上がるところではある。夕食は、冷凍保存していた先週のカレーを温め直した。日曜日は、妻は料理はしない。ちょっとでも仕事をしている自分と違って、そういうふうにでも休日を作らないと1週間のリズムができない。それから、またピアノ。今度は酔っているので、『狩の歌』は好きなように弾いた。酔った状態で、できるかどうか、というのが仕上がりの目安になる。明らかによくなってきている。後は再来週のフォーク居酒屋に備えて、というかそんなことはなくても毎晩なのだが、弾いて歌う。『あんたのバラード』は大分アドリブが安定してきた。久しぶりに弾いたりりぃの『心が痛い』もよくなっている。そして風呂に入り、『FBI』の新作を見ながら10時くらいに入眠。面白すぎると眠れないが、そこそこのだとよく眠れる。最初に目が覚めたのが1時。トイレに行ってまた『FBI』で寝直す。次が3時半。これで大体大丈夫なのだが、ひょっとしたらもう一度寝られるかも、と思い三度目の『FBI』。さすがに、これは最後まで見た。5時少し前に起き、久しぶりにハムエッグを作った、珈琲、ピザで朝食。録画していた『ワースポ&MLB』で大谷の33号を見ながら食べた。ホームラン王くらいは取らせてあげたい。多分、今シーズンが彼の絶頂期ではないか。朝食のついでに食洗機の食器を食器棚に戻したりとかいうことはやる。今日はしないが、風呂のそうじなんかも。その後は、講習のプリント作成。現代文問題をどう読み、どう解くか、という基本中の基本について丁寧に書いたものだが、特進用と看護用の2種類。特進用は2,3日前に作ったから、今回は看護用。看護系大学、高等看護などを目指す生徒たちのための講習。特講がもうきついので、断ったら、今年のメインはそちらになった。それでも、特進3年の夏期だけは頼まれる。教えれば、10%くらいは得点が伸びるのが分かっているから、断れないし、断らない。それで、ここの駄文を書いてもまだ6時。ここは、仕事のとは違って書き飛ばすだけだから、分量のわりには時間はかからない。さて、これから『FBI』をもう1話みながら、眠れるかどうか。
2023.07.17
昨日の50m、30m。久々の試合形式。3本射ちというのも、最近は滅多にない。50mは、311。最後のエンドで49というのがあったし、7点は3本。しかし、今の実力相応なことは間違いない。酷かったのは30mで、今回は1点まであるフルサイズ80cm的だったのだが、最初の3本が9-9-2の20点、次が10-9-7で1エンド46。こんな点数を射ったのはリカーブ以来。原因は暴発。カスケードは押さえて放すのだが、押さえる力が、暑くて弱ってきたらしい。狙う前に離れてしまう。そもそもボタンを押してから、サイトが下がることが問題なのだが、今は、それでも体を張っていくうちに、サイトが上がり、ちょうどいいところにきてから放す、という射になっている。2点は、ボタンを押すのが早すぎた。7点は上がりきらないうちに離れてしまった。その後も暴発が1回。3エンドから比較的、離れにくいカスケードに替えたが、その後も、毎回のように8点が出て、修正ができないうちに終わってしまった。でも「そんなに悔しくないなぁ」というのが、正直な感想で、弓に対する執着心がどんどん薄れている。去年までなら、試合の結果が酷い時は、翌朝、必ず射場に行っていたものだが、今は、まったくそういう気も起こらない。右で勝ち続けていたときは、遠征帰りに射場に寄ったりもしていた。もともと才能があるとは思っていないので、努力だけでやってきたのだが、その意欲がなくなってしまった。
2023.07.17
何ごとであれ、ああ、もうこれが最後なのかもしれないな、ということをちょっとだけ考えることがある。「そんな縁起の悪い」とか考え直し、打ち消すようなことはしない。本当にそうかもしれないからだ。若いころは、そんなことは微塵も思わなかったが、それは「生き物としての人間の自然」なのだろう。聞けば、動物には「老後」はないそうだ。ペット化している犬や猫には、「生活習慣病」はあるが、彼らの「いま、ここ」に限定される認知構造を考えてみると、彼らは飼い主との思い出に浸ることもないし、ペット店に並べられていたこと、毎日飼い主に散歩をせがんだこと、などについて思いだし、「ああ、あれが最後だったんだな」と回想したりはしない。人間だけが、現在の地点から、ある過去を回想し、さらに未来を先取りして「これが最後なのかもしれない」と今、行ったことや、これから行おうとすることを、定位するのである。その思いが非常に強いのは、弓だ。あと2回の試合。それが最後になるかもしれない。10点を狙い、7点に外さず、最低でも8点、平均的には9点を、という目標に対する弓の努力と、和音を外さず、まずは正確に弾けるようになり、それから速度をもう少し上げて、暗譜で弾き、曲想をつけ、最後はほぼブラインドタッチで弾く、という目標に対するピアノの努力。この二つの努力が両立しないのであれば、後者を選ぶだろうし、実際にもうかける時間は逆転している。あるいは、時間をかけて、予習をし、オリジナルのプリントを作り、生徒ができるだけ間違わないようにするために、どう読み、どう解けばいいか、を伝えようとし、実際に夏期講習という場で、即興的フレーズも交えながら伝えていくという仕事の努力。それこそ自分の内的欲求を最もよく満たすのだと分かる。それが「仕事」だという意識は、かなり希薄化していて、自分の「まだまだ、やりたいこと」とだけ思う。そして、長年暮らしてきた妻との会話。お互いの予定や趣味や、家事、旅行計画、思い出話……。まさに「話」は尽きないのだが、それが一番「まだまだ、続けたい」ことなのかもしれない。誰かが亡くなると、ああ、あの時が最後だったかな、記憶が甦る。鮮やかに、という場合もあるが、多くはぼんやりとした記憶だ。弓の場合、身体的には徐々にきつくなっているが、むしろ気分的なものだ。嫌気がさし始めている。厳密な「再現性」がこのスポーツの究極的目標なのだが、「再現」すること自体に、興味が湧かなくなっている。なぜ、そうなったかについてはいろいろ思い当たることもあるのだが、そういうことを含めて「どうでもいい」という気分だ。再び、「人間だけが」と限定の強い主語で文を書けば、人間だけが意志をもって何ごとかを始め、また何ごとかを終えることができる。今月と来月の2試合。そこで終わりにするかどうか、それはまだ決めていないのだが、いずれにしても「最後になる」のではなく「最後にする」という終え方をしたい。
2023.07.16
雨。1時から、射場準備だが、雨の中はきつい。準備といっても、通常の畳を外し、大畳に変えるだけなのだから、明朝早くでもいいんじゃないか。弓友と相談してみようと思う。昨夜は2週間ぶり、といっても頻度は結構高いのだが、フォーク居酒屋に。遠いので車で行く。できたら飲みながら歌いたいのだが、タクシー代5000円はちょっと年金生活者には不相応だ。同期の友人とあらかじめ連絡していた。いろいろな話をしつつ、友人のリクエストで『どうしてこんなに悲しいんだろう』の伴奏に。自分は『外は白い雪の夜』『君のスピードで』、次の番で『消えてゆくもの』『ある雨の日の情景』。それから、顔見知りの『祭りに後』にキーボードで。パイプオルガンの音にしてみた。10時くらいまで過ごした。楽しい時間だ。帰ると、妻が起きてきて、そこから二人で飲む。自分が「う~ん、今の仕事や趣味で、何かひとつやめるとしたら」と言うと、「弓かな」と妻。日ごろ見ていて、つまらなそうな気配は分かるのだと思う。あれこれと話をしていたら12時半。久々の「午前様」だ。確か、こんな文章をちょっと前に書いた。優先順位、とりあえずインドアは引退。まあ、いつものようにふざけた文だが、案外本音に近い。「運動」という観点からいうと、弓よりラジオ体操の方がよほどいい。ウォーキングでもいい。プールでもいい。ゲームという観点からいえば、麻雀の方が面白い。あるいは、ビリヤード、ダーツ。狙うゲームは元来好きなのだ。「ひとつだけ残すとしたら」「仕事!」これもその通りだ。なんだかんだ言って、授業は大好きで、生徒も楽しんでいるのは分かる。それで「力がつく」という評価項目は毎年満点近いのだから、自信もある。ただ、これは自分で決められることでもない。後、1年は間違いなくあるだろうが、その後は分からない。分からないことは考えても仕方がないので、今年はインドアは自宅近射だけにしておくことにした。本来の意味での「断捨離」もあるから、いろいろと好都合である。
2023.07.15
いつものように、木曜は疲れ果てて帰宅。火6、水6、木6という授業+教科会+講習をこなして、今日からご褒美のように5連休である。来週火曜日が学祭の代休なので、授業は水曜日から、しかも、行事絡みで、水は3、木は2だから、楽勝だ。金曜からがむしろ辛く、90分×8コマの夏期講習が5日連続で入る。そこを乗り切れば22日間の夏休みだ。5連休はゆっくりその予習などして、と思うのだが、あいにく日曜が試合。土曜はその準備、月曜は8月のフィールドの設置と弓関係で多忙だ。今日は、これから、射場に行って、日曜の試合のための練習。といっても、3,40射で十分だと思っている。そんなに頑張る気はない。それから、妻のピアノの送迎。今回は自分はパス。大体、妻は月2、自分は月1というのがレッスンのペースだ。1時間ほどなので、先生宅に送ったら、近くの大型書店で立ち読み、というのが恒例。自分の、ピアノの方はメトロノーム(息子がグランドピアノを買ったら、ネジ巻き式のを送ってくれた)60の速度に大体載せられるようになった。が、まだしっかり音を掴みきっていない。また付点八分から連続するタッタンというリズムがうまく入らないことがある。フォーク居酒屋の方は、月末、同期会の流れで行くが、『あんたのバラード』をレパートリーに加えた。麻雀は、火曜が休みなので、久々に雀婆たちと遊んでくる。いささか、今朝は疲労が残っているが、午後は、ゆっくりと大相撲でも見ながら過ごしたい。豪の山は5連勝、高安も5連勝と応援している力士は調子がいい。若元春は2敗してしまったが、まだ望みはある。横綱が休場。優勝は、この3人からかな、と思っている。やはり5連勝の錦木がダークホースだ。というわけで、やることもたくさんあるが、楽しい5連休が始まった。
2023.07.14
さすがに、ここのところ疲れが出てきている。火水木は、昼を挟むとはいえ、4~5時間連続授業。昨日は、それに加えて前期講習の最終日。5月から数えて7回の講習を終えた。同じレベルの講習を夏に5回。こちらは90分。しかし、所謂、講習手当は1回いくらという支払い方で、60分でも90分でも変わらない。今までのを全部合わせても、現役の時のひと月の小遣いにもならないのだが、まあ、臨時収入というのは、年金生活者としては有り難いことだ。手当は、非常勤にだけ支払われる。専任は「業務内」ということで、手当はない。だから、自分も一昨年までは「準常勤」という名の専任だったので1円ももらっていない。昔はそうではなかった。生徒からも講習料金を徴収し、講師には専任であってもすべて手当を支払っていた。自分も講習がない年度は一度もなかったので、結構な額を臨時ボーナスのようにもらっていた。そうすると、受験教科以外の教師の中で、それを妬む者が出てくるのは、仕方がない。生徒が多かった時は、視聴覚室に90人びっしり入って、マイクを使ってやっていた。まあ、稼ぎ頭だったが、大変だった。90人分のプリントを作るのに、今のように製本までしてくれる印刷機などないので、会議室にプリントを並べてぐるぐる回って、一冊ずつ作る。午前中一杯くらいかかる。それで、1回分。とてもじゃないが、無料でなんてできることではない。一番高かった時は、1回6000円くらいだった。それでも講習会計は黒字。それを校長が好きなように使うから、大げんかしたこともある。ちなみに、夏に地元予備校でバイトをした時は、5回で10万。それが相場というものだ。だが、いろいろな事情で、生徒からの徴収をやめ、専任の講習は業務内とした。その代わり、土日の出勤は残業として、代休措置をとり、タイムカードを導入し、残業代も支払うようにした。すべて、自分が校長時代にやったことである。たいした強くもない運動部顧問からは、文句がたくさんあったが、無理やり代休を取らせ、外部コーチも数人頼んだ。それでかえって強くなった部活が多い。要は、文句を言った顧問たちは。たいした指導力もないのに、顧問という絶対権力を揮いたいだけのことだったということが、今ははっきりと分かる。業者からリベートをもらったりしていた悪習も廃した。まあ、今年は夏に8回。普通よりは時給のちょっといい夏の短期バイトと思って、頑張ろうかな。
2023.07.13
69歳の1年間は、断捨離をしっかりやろうということだった。書籍については、妻がメルカリにせっせと出品してくれいて、かなりの数は捌けた。今朝は、早く目が覚め、かねてからやりたかった衣類を。自分の衣類は、冬物は押し入れの下段の茶箱に、夏のものは上段の竹籠二つに入っている。その茶箱の方から、もう一度冬物を全部引っぱり出して、ここ5年は来ていないもの、帽子から下着まで様々なのだが、それをゴミ袋に。20Lの袋に満杯になった。それからついでに夏物でも、もう着ないものを、さらに袋に突っ込む。後は作り付けのタンスの引き出しに、夏物をしまう。上段のロッカーはスーツが下がっているが、これもやがてほとんどは処分となるのだろうが、一応仕事を続けているうちは、徐々にということに。いかに要らないものに囲まれて暮らしていることが、よく分かる。しかし、まあ、それも「生活」の本質であり、それらをすべて捨て去る「ミニマリスト」という生き方は、何か違うな、という気がする。居間のカップボードの左の段には、上から下までびっしりと茶碗や茶道具が並んでいる。月に1回くらい、お茶を点ててもらい、和菓子をいただく。茶碗の中には、ここ数年使っていないものもあるが、だからといって捨てる気にはならない。急須でも何でも捨てて、不味いことこの上ないペットボトルのお茶を飲むなんて御免蒙りたい。モノには記憶がしみ込んでいる。「これは、ばあちゃんに沖縄で買ってあげた茶碗で……」などという記憶があるうちは、とても捨てる気にはならない。妻はせっせと着物を着て出かけるが、それでもまだ袖を通したことがないのが数着あるそうだ。それでも、捨てる気にはなかなかなれないようだ。そういうのをモノへの執着と断じて、捨て去るというのは、自分の断捨離ではない。
2023.07.13
先週の火水木の仕事がきつかった反動で、金土日月の4連休は、全日朝練。それに加えて、昨日も。これで5連続。どこかサンデーアーチャーなのさ、という感じなのだが、中りもそこそこ戻ってきているので、やはり長年つきあってきた「弓の虫」が疼くらしい。が、さすがに、今日はやめておく。昨日は30mだけ。雨が今にも降り出しそうで、弓友も来ていない。この距離は、余裕があり、フォームの確認には持って来いだ、ということを改めて感じる。押し手の力が適度に抜けること、バランスを崩さないように、最後はちょっとだけ引いて、放すという感じで、カスケードを使うこと。その辺だけ、気をつけて中りは気にせず36射。40分くらい。行き帰りをいれると1時間。そのくらいだと仕事に差し障りもない。仕事は、昨日は6限の授業がなくなり、5連続が4連続に。空き時間ができたおかげで、夏期講習のプリント印刷は完了した。2種類の講習、合わせて45人の受講。相変わらず人は集まる。今、3年現代文は、前期評定も終わり、『檸檬』の後半に。それから、国語演習も「志望理由書」はほとんどの生徒が終了したので、通常の問題演習。慌ただしくない、落ち着いた感じの授業になっている。弓が終わり、『狩の歌』。メトロノームを60にして弾く。和音がきれいに弾けないところ、リズムを取るのが難しくて、上手く主旋律が入れないところを、繰り返す。場合によっては、メトロノームを止めて、もっと遅く弾く。そうすると、次第にではあるが、弾けるようにはなってくる。まったく譜面を勘違いしていた箇所も見つかる。これは、弓でいえば30mの基礎練習と同じだ。これも小一時間弾いて、出勤、というのが休日のパターンだ。夜は、酔っ払って、ペダルを盛大に使って弾くが、まあ、やはり躓く。ここで、上手く弾けるようになれば、問題ない。『トロイメライ』もファジルサイもそこまでいった。仕事で問題を解くときも、酔っ払って解けるのは簡単だ。間違うこともあり、それは少々難問である。ついでに言うと、酔ったときは4麻はやらない。あまり緻密に捨て牌を読む必要のない3麻だけ。夏前の授業も、後4日、17時間だ。終わるとすぐ、講習が授業換算だと16時間分。それで26日からやっと夏休み。22連休だ。孫が後半やってくる以外、特に予定はないので、入試問題作成などをやっておきたい。フォーク居酒屋、健康麻雀も週1、2回は行くことにしよう。そのための「基礎練習」?も十分出来る。
2023.07.12
高齢者の睡眠不安症が多いのだとかいう話を、どこかのサイトで読んだ。その中で、異常に8時間睡眠に固執する人もいるそうだ。「睡眠は8時間はとるべきだ」という子どものころの記憶が染みつきすぎている。記事では「6時間も寝られれば御の字」という考えでいいのだ、と強調していた。そう考えると、自分もほぼ6時間+昼寝というのが、睡眠パターンだから、これでいいのだ、という気になる。「~~するべきだ」「~~するべきでない」という思考に、若いときから反発しながら生きてきた。別にアウトローな生き方などしていないが、大体は「~~したい」ということを優先してきた。本屋で立ち読みした「老人本」では、「~~すべきだ」で溢れているものもあるが、「いや、したいことをしてればいいんです」というものも最近は多い。自分は断然、後者を支持するのだが、コロナの時の「自粛要請」を「行動制限」と短絡する日本人の権利意識の希薄さや、「自粛警察」まで現れた同調圧力の強さを思えば、まだまだ「~~するべき」という本の方が売れるのではないか。「~~するべき」を、当の本人が守っているだけなら、勝手にどうぞ、ということなのだが、それを人に強要しようとするから困る。「強要」といっても、本人は「善意」だと信じきっているから、余計に始末が悪い。世の中に溢れている「健康本」も「~~すべき」の類いの本である。別に、書いた人は読者に「強要」しようとする気持ちはないのだろうし、それどころか彼らの幸福実現のお手伝いをしたいというだけなのだと思う。かねて公言しているように、自分は「個人主義者」だ。自分の「~~したい」をできるだけ優先して生きてきた。それ以外に、自分の行動を決定する基準などない。もちろん、それは「~~したくない」をできるだけ回避することと表裏である。しかし、したくなくても、しなければならないことは、ちゃんとやってきた。仕事を中途で放り出したり、家庭を顧みなかったりということは、基本的にはしなかった。だからこそ、続いている。定年退職後は、「~~したいこと」は「~~するべきこと」と大体において同じで、あまり区別がなくなっている。早起きしすぎたから、これから射場に。今日は30mでじっくりとフォームの確認をしてみたい。これは「射ちたい」のと「日曜の試合に向けて射つべきだ」ということが一致しているのかな。
2023.07.11
結局、4連休は全日朝練。今朝は36射だけ。今朝も出だしはよかったが、3エンドで7点、6点。5エンドでも7点。317。6点、7点が出ると、320は越えられない。明日も、行こうかな、と思っているが、サンデーアーチャーらしくはない。が、朝4時に起きてしまうと、ピアノは弾けないし、さすがに麻雀は不健康な気がするし、弓くらいしかやることもない。まあ、体と相談しながら、仕事でバテない程度にやるつもりだ。
2023.07.10
「お宅はいいねぇ。仕事もしてるし、趣味もあって」とよく妻が近所の奥さんに言われるそうだが、仕事、ピアノ、弓、麻雀、フォーク居酒屋などと並べても、そうそう家を空けているわけでもなく、暇な時は、「リモコンを握りしめて、ソファでゴロゴロしている」よその家の旦那とそう変わらない。彼らと違うのは、畑とか家の外回りとか、車の洗車とか、そういうことはまるでやらないことだ。草抜きや雪かきは外部発注が多い。その分、余計に暇を持て余す。まあ、料理も家事もするから、家のことは妻任せでは決してない。家事をするのも「お宅はいいねぇ」の一つの要素みたいだ。週3日の弁当は作るし、家にいれば昼食は大体自分が担当する。が、それでも年金生活者は暇なのだ。MLBはエンゼルスだけ、見られる時は、ライブで、そうでなくても録画して見ることが多い。もちろん、大谷が見たい。バットの方は、絶好調で、昨日も32号。ジャッジのいないアリーグでは断トツのトップだが、一昨年の後半大失速があるので、まだ安心できない。投手の方は、明らかにタイプが変わってきている。もはや速球派というより、ダルビッシュのような多彩な変化球が持ち味となりつつある。こっちは勝ったり負けたりで、抑え込む感じではなくなってしまった。が、二刀流であと5年やるには必要な選択だと思う。オールスターは、ホームランダービーも出ないし、ピッチャーもやらない。打者としてもせいぜい2打席くらいだろう。一応録画しておくが、多分、その前に結果が分かれば見ない。だから、MLBはとりあえず今週はオヤスミということになる。MLBがオヤスミになって、代わりに大相撲が始まった。隗傑が大関だったころからのファンで、毎場所、ライブか録画かダイジェストで見ている。今場所は、二大関が休場だが、世間の関心は大関より、関脇三人の大関昇進がなるかどうか。自分の一押しは若元春。基本的に筋肉型の四つ相撲が好きだ。また、今場所の新入幕三人は、いずれも将来の大器で、中でも、落合改め伯桜鵬と、豪栄道の部屋の最初の幕内力士となった豪の山の二人は、将来性十分と見ている。後は、高安にはぜひもう一花咲かせてほしい。今、挙げた7人は全員初日を飾り、絶好のスタートとなった。今週、来週と楽しみである。家にテレビがやってきたのが、幼稚園の時で、基本的にテレビっ子である。今は、朝ドラ、大河ドラマなどは録画しておいて見る。いまだに配信サービスは利用せず、DVDをGEOにせっせと借りに行く。今見ているのは、『FBI』。特別捜査班と指名手配捜査班の2シリーズがあって、旧作は全部見たので、土曜日に新作5本を1,100円で借りた。いまだにGEOの株主だが、以前は株主優待ですべてのレンタルが半額だった。それがなくなってしまい、もう株は売ろうと思っているが、なかなか買値に戻らない。としても、もう十分に元は取れているだろう。多分千本は借りている。高校時代に500本の映画を見たが、家でそれができるなんて、信じられない。今は、映画を2時間前後かけて見る気力と時間の余裕がない。それから、自分の海外ドラマの好みは、「寝やすいこと」という条件がある。寝室のベッド脇に小さなテレビがあって、そこで見ながら、あるいは聴きながら入眠する。『24』みたいにあまりにもハラハラドキドキすると、眠れない。だから適度に退屈、というのも大事な条件だ。それから英語であること。目を閉じて、リスニングしているうちに眠ってしまう。今見ている『FBI』はその条件を満たしている。夜、眠ったところまで戻って、寝起きにそのエピソードを最後まで見る。今朝もそうだった。まあ、後はここで駄文を綴るのが、朝の暇潰しだ。サンデーアーチャーになったから、無理に練習に行かなくなったので、朝は時間が有り余る。弓も、いまや暇潰しの一つである。他に生徒の小論文を見たり、授業や講習の予習をしたりもするが、昨日の洗い物を片付けたり、朝食を作り、珈琲を淹れたりしながら、1時間はここで駄文を綴る。といっても、SNSの世界での人間関係など煩わしいだけだから、コメントのやりとりなどはしない。まあ、言ってみれば「モノローグ」であり、それだけ独善的なものになるのは、書いている当人が百も承知だ。今朝は早く起きすぎて、長くなった。これから、整形に診察券を出して、帰りがけ射場に。帰ったら朝ドラを見て……という生活が始まる。
2023.07.10
一昨日50本。昨日48本。今日も、朝は暇なので、これから射場に。暑くなる前に、帰ってくる。「サンデーアーチャー宣言」はしたのだが、他にやることもなし、朝の散歩代わりのアーチェリーである。【追記】今日は50mで36射。320。7点がなかった。7点がなければ320台には届く。
2023.07.09
メトロノームを60に設定して、「狩の歌」を弾いていると、自分がいかに好き勝手な速さで弾いていたかが、分かる。8分の6拍子の1小節で2回鳴るのだが、最初は速すぎで、途中遅すぎる。まあ、大体速すぎが多いのだが、遅い方がしっかり音を掴めるので、その速さにしている。それでペダルを使わず、まるで子どものチェルニーかハノンの練習のように、定速で弾く。これを基本的には、後1週間続けようと思っている。上手くいかないところだけ、何度も繰り返し、曲が終わったところで一休み。それを3回もやれば、もう十分だと思って終了。3日目くらいから、効果が目に見えて出てくる。和音を掴むのが結構大変な曲で、付点八分+八分音符のリズムの入りも難しい。後半、右手アルペジオが最後まで続くが、それも指が辛い。【追記】朝、弓から帰った後、1時間弱。メトロノームに合うようにはなったが、まだ音がきれいに掴めない。まだまだ基礎練習である。曲想をつけて弾くのを我慢してやっている。
2023.07.09
昨日は、まず朝練。Sさん、Aさんといつものメンバーが来ていて、来週の青森市との交流試合について話しながら、タラタラ射った。1時間ちょっといて、48射。X10プロは、集中性がやはり高い。これは使えそうだ。その後、帰宅し『狩の歌』を練習してから、健康麻雀に。「今日は暑いね」というのが挨拶代わり。卓は冷えピタと雀婆2人。ちゃんと打てる人たちだ。ベタ降りもできる。配牌に恵まれず、3位、2位、3位と冴えない。配給原点+ーくらいのところで推移。ほとんど放銃はないのだが、自摸られて点数がなくなっていく展開。まあ、ツキがなければ、我慢するほかない。最後にちょっとだけ上がって、辛うじて1位。しかし、会話は楽しく、半月ぶりくらいだったが、やはりリアル麻雀は楽しい。帰ると、暑い。予報は28℃だったが、ニュースで見ると31.8℃まで上がっていた。今年初めて、エアコンを「炊いた」。この辺りの人は、エアコンも「炊く」と言うことが多い。まあ、年に半分はストーブを「炊いて」暮らすのだから、そうなるのだろう。我が家も、1年ぶりにエアコンをつけて設定温度24℃でつけたまま昼寝。目覚めると、かなり部屋は冷えていて、もう必要なかった。大体、真夏でも一日中つけることなどなく、午後のせいぜい3時間くらいのものだ。エアコンがある家は段々増えてきたが、それでも半分くらい。我が家の4台のエアコンは、奇異な感じである。もう25年も前に買ったのだが、何年かに一度クリーニングを頼んでいるので、壊れていない。家電は、なるべく安いところで安いものを買う。そうすると単機能だから、長持ちする。冷蔵庫も、洗濯機も、電子レンジも、20年以上前のもので、「耐久消費財」の上限をとっくに越している。人間もそんなふうに長持ちするといいのだが。
2023.07.09

朝練には早いし、暇だからもう一つ書こうか。先々週くらいに採集した桑の実。今年はいつものところが、もう熟れすぎていて、別のところで採った。妻が、さっそくジャムにした。そして、エリーゼの帰途、道の駅で買ったルパープのジャム。茎が赤く、そこでジャムを作る。味は酸味が強く、甘さはない。そこに沖縄の小浜養蜂場製の蜂蜜を加えて、ヨーグルト、というのが朝食のデザートの定番である。そんなこんなで、相変わらずノーテンキな生活が続く。
2023.07.08
70歳までの1年かけて、身の回りの不要品を処分し、所謂「断捨離」を行うことにした。すでにその前から、妻がメルカリにせっせと本を出品してくれている。一昨日、ショーペンハウアー全集の日本語版とドイツ語版が合わせて3万円で売れた。自分の専攻はニーチェだったが、それ以前のドイツ観念論の傍系思想として、大きな存在である。『意志と表象としての世界』は別の本で読んでいたが、この全集は両方とも開いてもいない。購入後50年くらいで、読んでいないのだからこの先読むとも思えない。全集では、その他に妻が持っていた漱石全集、自分のニーチェ全集(白水社)が売れている。今までに、10%の経費と、送料を引いても総額6万くらいにはなった。BOOK OFFなら、0円、引き取りもしてくれるかどうか。なにしろバーコードがないと、査定もしてくれない、というかできない。まだニーチェ全集(理想社)と1巻欠けているがドイツ語版もあり、これはセットで少し高く売れるかもしれない。時代が暗くなると、ショーペンハウアーやニーチェが読まれるという話は昔から聞いていたが、賃上げにもかかわらず、実質賃金は14ヶ月連続の減少、つまりはそれ以上の物価高が続いている。一方、円安、株高で資産は相当増えたという人もいて、格差はますます拡大している。年金だけで生活している人は、何だか元気がなくなっている気がするし、地方の非正規労働者は、最低賃金は上がったとはいえ、生活は苦しい。まあ、自分の給料や、我が家の資産など、まったくたいしたことはないのだが、それでも去年と同じような生活は出来ているし、健康で、相変わらずノーテンキにあちこち出かけているのは有り難いことだ。
2023.07.08
今回のワクチンは、前回と同じかかりつけの整形で。もう、すっかり顔と名前は覚えられていて、前回腰に電気を当てているときに、妻に看護師さんが「今月は、まだファイザーあるから、大丈夫ですよ」と小声で教えてくれた。最初は、モデルナと言われていたので、副反応はどうなのかな、と心配だったが、ファイザーなら過去5回と同じ。たいしたことはなかった。妻は木曜日、自分は昨日接種。妻は夜に39℃近い発熱があり、昨日はゆったりしていたが、自分は昨夜も今朝も熱は6℃台。肩の痛みはあったが、今朝になると大分いい。弓を引く動作をしても、大丈夫だ。もちろんピアノも。副反応とは関係ないだろうが、今朝は目が早く覚めすぎ、それでも4時台まではベッドで粘っていた。昼寝もしたので、睡眠不足感はない。まあ、それで、今日は健康麻雀だけ、と思っていたが、ちょっとゆっくりして射場にも1時間ほど行くことにした。考えてみると、この後の試合は3本射ちが多い。来週もそうだし、8月のフィールドもマスターズもそうだ。それで、7本しかないX10プロフィールドを使うことにした。自分の持っている矢のうち、一番新しく、一番髙い矢である。まあ、だから中るわけでもないのだが、使わないのは勿体ない。
2023.07.08
【今朝方の夢】テーブルが5つ、6つ。ずいぶん混み合っているが、席は確保した。孫はなぜか、ちょっと離れたところにノートか何かを広げている。まあ、見えるところだし、放っておいた。店の中央に大きなアイスクリームの台があって、そこでバニラを注文するが、ほぼ同時に、誰かが『アイス、20個!』と注文。「ダメだよ。そんなにたくさん、予約してくれなきゃ」と店主が言う。バニラと飲み物がセットになっているプレートを受け取り、まず多分アイスティと思って飲んだら、ウィスキーのロック。「困るな、車なのに」と思ったが、ほんの一口だったからいいか。向かいで、アイスを食べている2,3人の女性客。自分のことを何だか見ている。よく見ると卒業生のピアニスト。が、まあ、こちらから挨拶をすることもない。「ねえ、フリージャズ?」とかいう会話が聞こえる。どうやら、自分が今、ピアノを習っている話なのか。狭い街だから、すぐ伝わる。もう一人は、確かフラメンコをやっている子だ。子、といっても、もう60歳近くのはずだが。フラメンコねぇ、それであんなに化粧が濃いのか、と妙に納得する。帰りがけに、昨日一泊お世話になった家に、挨拶に寄る。この時点で、アイスや孫は忘れ去っていた。だだっ広い部屋が幾つかあり、客は飲んだり、話したり、雑魚寝していたり。制服を着た人もいるし、若いのも老人もいる。そこで一服し、なんだか分からないのだが、仲間ーといって顔と名前も一致しないのだがーに「じゃあ、これで」と挨拶し、さて駐車場に戻ろうとするのだが、道が分からない。【分析】あまりにも支離滅裂すぎて、分析のしようがない。まあ、そんなことはいいから、久しぶりの朝練に行こうか。晴れ、風は少しある。それから、今日は午前中にワクチンだ。【追記】朝練は50m36射、30m18射。何だか、つまらない。ワクチンの副反応は今のところないのだが、明日はあまり行く気にもならない。
2023.07.07
夏休みが近づき、きつかった1学期(勤務先は前期・後期制なので、別に区切れもないのだが、しかし、長期休みは大きな区切りであるには違いない)も終わりが近い。自分としては現代文の授業で『檸檬』を、休み前までに読み切ることと、国語演習で書かせている志望理由書を各生徒が完成させること、夏期講習の準備をすることが、後2週間でやっておくべき仕事である。3年生だけは、もう前期が終了するが、評定はすでに完了している。もう学校に通い出して63年目なのだが、小学生以来、ずっと夏休みは待ち遠しかった。絵日記つけてた 夏休み花火 買ってた 夏休み向日葵 夕立 蝉の声(吉田拓郎 『夏休み』)まあ、絵日記ではないが、ここで書いているし、孫が来るから花火は買うし、何だかずっと変わらず、待ち遠しく、楽しい「夏休み」が、またやってくる。
2023.07.06
講習を終え、夕方帰宅すると、テーブルにTOWER RECORDの包みが。大体、見当はついた。息子が、多分、拓郎のDVDを誕生プレゼントとして送ってくれたのである。開けてみると、予想通り。22年、拓郎最後のスタジオライブだった。基本のメンバーは、2016年、結局最後の全国ツアーとなったライブとあまり変わらない。ベース、ドラムス、ギター、キーボード、コーラスは同じ。大きく違うのは、半分はストリングスが響き、半分はブラスが入っているところ。後者は、ブラスロックという感じで、前者はどちらかといえばメロディアスな曲が多い。『雪』に歌詞を足した『雪さよなら』以外は、全部初めて聴く曲だった。メロディはどちらかというとシンプルで、リピートが多い。すぐコピーできそうな感じだが、問題はキー。なんで72歳であんなキーで歌えるのか。しかも、引退の原因の一つだという「シャウト」もちゃんとできているじゃないか。今度のフォーク居酒屋は7月末、講習も終わって、久々の同期会の後に、と思っているのだが、それまでに1,2曲マスターして歌ってきたい。『雪さよなら』はすぐに出来るが、それ以外は最後の『慕情』がよかったのでコピーしてみよう。
2023.07.06
昨日は、2~6の昼を挟んだ、5連続授業。同じクラスで、現代文Bと国語演習の答案を返却。昼休みは、上智大の小論文過去問の指導。まったく読み取れていないので、問題文の読解から教えるが、なかなか理解できない。1時20分ころ、ペペロンチーノをかっ込むように食べ、5,6の2年の連続授業に。7時間目、教科会はなし、ということになったので、その時間に成績処理。PCの起動が遅く、手間がかかった。締め切りが来週月曜日なので、出勤日から言えば、今週中にやってしまわないといけない。今日は、2~5の4時間がレギュラーだが、6に1,2年向けの小論文講座が入る。この後、ちょっと、プリントを作るかどうか、まだ決まっていない。ただ、どちらにしても与えられた課題について、自分が解答をまず作るかどうか、迷っている。自分で解答を作るなんて当たり前、と思うかもしれないが、小論文の場合、作ったとしても、自分の解答をあらかじめ与えることはしない。生徒を誘導しすぎて、自分で書く力が育たない。今回の場合、とにかくまず書く、ということが重要で、メモまでは全員出来ている。そこから、素材を取捨選択して、結論に至る道筋を見極めつつ、結論の一文をまず作る。後は、そこに向かって、文を組み立てていく、というのが、小論文の書き方だ。そして放課後は、講習。つまり、きつかった昨日よりも、さらにきつい。特に、今週のように成績処理が入ると、授業前、授業後の「サービス残業」をしなくてはならず、久しぶりに「仕事に追われる」感じがする。明日は、2~5だが、そろそろ夏の講習プリントを作らないといけない。今夏は3年生2種類、つまり、すべての3年国語講習を引き受けていて、90分×8回。21~25日まで、1日2講習が3日間。この歳では、相当にこたえる。といっても、この歳で年間を通じて、基本的には好きで得意な仕事ができるというのは、有り難いことだし、生徒と同僚の信頼があるからこそ、大事な3年の講習を任せられるのだから、せいぜい頑張らないとな、とは思う。そういうわけで、明日までは、もちろん射場には行かないし、ピアノも朝にせいぜい30分、丁寧に弾くだけ。今日は大谷が投げるから、それもなしだ。9時まで見て、残りは帰ってから録画したのを見る。3段になった「天鳳」もなかなか出来ず、3麻も4麻も1,2回1位になっただけ。4段に復帰するには、この夏いっぱいくらいはかかりそうだ。金曜の朝練と、土曜日の健康麻雀を楽しみに、もう少し頑張ろうかな。
2023.07.05
昨日の朝は、整形に診察券を出した帰り、6:45~7:45、きっかり1時間。遅れてきたAさんと話をしながら、のんびり射った。無風。半袖にベストでちょうどいい気温。52-55-53-52-55-53=321。初回からの6エンドはこんな感じ。悪くはない。技術的には、エイミング優先、多少の緩みは気にせず射つという前回の新方針に加えて、リリースの瞬間、押し手の力を抜くこと。押し手が余計な動きをするのを避けるためだ。今までは、エイミングが甘い分、押し手がリリースの瞬間に動いて、矢の飛ぶ方向を微調整していた。だから、エイミングが7時7点でも、10点に入ることもあった。が、押し手が動かなければ、矢はエイミングがついたその方向に飛ぶ。今のエイミング精度は、大体こんなもんだろうと思う。緩みによる7点、6点が1本ずつ。エイミングが甘すぎた7点が1本。それ以外の33本は、何となく8点以上の所にはまとまる。ビシッとグルーピングするのとは大違いで、左右上下にボワーっと広がる。まあ、それでもいい。リリーサーをシルバーのカスケードに換えてみた、というよりたまたまぶら下げてあるポーチから取り出したら、それだったので、そのまま射った。矢のグルーピングと同じく、射線上でのメンタルも実に散漫で、いい加減である。「趣味」なのだから、それでいい。面白ければ、少しは一生懸命やるが、「苦行」的にはもう射たない。自分のペースでやれば、また、新しい世界が見えることもあるかもしれない。こんなに人を愛せるなんてまたひとつ世界が広がったようだ孤独という親しい友とうまくやっていくつもりだったが、僕には決してないものを君が持ってる生まれ変わることはできないからすべてを一つにしなくていい君の好きなスピードで僕のテンポで(吉田拓郎『君のスピードで』)
2023.07.04
答案を持って来たのが、土曜日。枚数は現代文60枚、国語演習30枚。土曜日のうちに、現代文の一番を採点。それから、弓の飲み会に出て、フォーク居酒屋。日曜は、午前中に現代文の残り。午後に国語演習。評定を出すところまで、終了した。大体、6~7時間くらいかかった。もちろん、非常勤といっても、テストの作問、採点、評価などは当然、契約業務に入る仕事なので、別に手当は出ない。出来は、悪くない。大体70点前後の平均点。そうなるように作問したのだから、当然なのだ。採点よりも、むしろ作問には時間を要する。そこを手抜きして、指導書の付録の問題を使ったりする教師もいるが、自分は原文から、何を出題するかを考える。「去年の現代文は100%、暗記でした」と生徒が言う。いったい、どんな試験をしていたんだか、考えさせない問題を作って、思考力、表現力をどう育てるのか。そのくせ、授業では、ろくに読解もせずに、「話し合い」をさせる。これも一種の「手抜き」だ。まったく訳が分からない。理解できないことを、話し合って、どう思考力が育つのか。そういうわけで、土日は、まあ、遊びもたくさんしたが、特に日曜日は、仕事漬けという感じだった。もちろん、その間に『狩の歌』を午前、午後に練習し、三段になった『天鳳』で半荘2回くらいやったり、メルカリに出す本を、棚から引っぱり出したり、昼ご飯にうどんを作ったり、妻と夜のお寿司を買いにスーパーに買い物に出たり、などいろいろなことをした。それでいて、余裕がある。理由は、弓を毎日やる、ということがなくなったからだ。こんなに違うのか、というのが正直な感想である。今までは、生活の一つの大きな中心に弓があり、全日に出ていたころは、廊下でついついアンカリングの練習をしていて、生徒に「先生、何それ?」と聞かれたりしていたのだが、弓は次第に自分の生活の中心ではなくなり、今は単なる趣味の一つとして完全に後景に退いている。練習時間を確保せねば、という「強迫観念」めいたものがなくなると、一日の中で生まれる「余裕」がまったく違う。一年を通しても、一番多かった時は10回以上の遠征をしていたが、旅行に行ったり、エリーゼの全国コンクールに出るゆとりも生まれた。「ワークライフバランスの確保」というのが、今度1,2年に教える小論文の、資料から引き出すべき結論の一つだが、自分の場合、「弓と仕事と他の趣味のバランス」が、今はちょうどよくなった感じだ。とはいえ、今朝は風もなし。整形に診察券を出した帰りに、ちょっと射ってくる予定だ。
2023.07.03
昨夜は、弓の飲み会。会長に次期理事長に内定しているMさんを引き合わせ、理不尽なことで、退会したIさんも呼んで、復帰の地ならしなど、いろいろな思惑はあったのだろうが、とにかく何十年も一緒にやってきた仲間である。ほとんどいつもと同じ話で、盛り上がる。それは、それで面白くないわけではないが、次のフォーク居酒屋が、非常に楽しかった。すでに、ここで再会したK君は来ていて、自分が入ったときは歌っていた。ちょっと音楽の好みは違うのだが、K君は、フェンダーのフォークギターを置きっぱなしにしていて(ということは、かなりの常連)、わりとメロディのおとなしい曲をよく弾く。その後、Nちゃん(と呼ばれる人)が、中島みゆきを。自分のリクエストで『そば屋』、『糸』を。次に自分。『ファイト』『白夜』『眠れない夜』。自分が3曲歌うときは、大体、最後はアップテンポの曲を。その方が、盛り上がって終われる。最後の2曲はマスターとDさんが入った。また、K君としばらく話す。K君は、市内の大きな病院の理事長を務めた後で、完全リタイア。ヨットと週に2日は、街で飲んでいる。まあ、資産が違うから、豪勢な話だ。月末に同期会が久々の開催だそうだ。何と今日の弓の飲み会と同じ店。フォーク居酒屋は目と鼻の先だ。「二次会は、ここだね」という話になる。Nちゃんがまた2曲。K君も。お客が混んでくると、一度に2曲。自分は『唇をかみしめて』、最後はドラムも加えて、フルバンド状態で『悲しいのは』。こういう曲は盛り上がる。帰ろうとしたら、続々人が来て、顔は知っている男性が『白夜』を。キーも同じなので、今度はピアノで入る。次に『どうしてこんなに悲しいんだろう』これは、ピアノがリフを取るところがあるので、続けて。やはり、フルバンド状態。これは、楽しかった。結局10時過ぎまでいた。帰宅は11時少し前。電車、タクシーを乗り継いだ。弓の遠征に行かない分、ここでの楽しみをもう少し、増やしたい。今月は月末にもう一度だ。
2023.07.02
いつでも、鹿児島とここの2拠点生活に移れるように、一年かけて、いろいろなものを整理・処分したいと考えている。妻がメルカリで本を大分売ってくれた。何と白水社の『ニーチェ全集』まで売れた。もう読み返すことはないだろう。今度は理想社のニーチェ全集と『ショーペンハウアー全集』。5年間着ていない服は、原則捨てることにした。身軽になりたい。弓も、今の1本と矢とがあれば、もう要らない。ただ、仕事は続くだろうし、それが終わらないことには、2拠点生活もできないだろう。年金にも及ばない収入の仕事なのだが、それでも少しは家計を支えているし、何より仕事自体が「生きる楽しみ」なのだ。だから、次年度は少なくともここに住み続ける。本当は、ここも売り払って、とも考えるのだが、そこまでのエネルギーはない。いろいろ考えれば、当面は、鹿児島でホテルの長期滞在をするのが、一番お金がかからないし、楽なのだ。仕事で稼いだお金は、旅行やそういうことに回す。今年は、その鹿児島を含めて、箱根や前回の帯広など、5回旅行に出ている。それでいて、現金資産はさほど減っていない。何をどう節約しているわけでもない。高くても必要なものは買っている。この後も、妻は大阪に、二人でエリーゼの本選は東京と予定は立て込んでいる。まあ、どちらにしてもモノを少なくして、気持ちよく暮らしたいのだ。
2023.07.01
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