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雨は上がったが、濃い霧が出た。そこまで、あまり中らず、打ち下ろしの中距離にやってきた。アンマークド(距離非表示)のポスト。さて、的は?と探したが、霧でほとんど見えない。しかし、どうやら4枚貼っているので、15~40m。どう見ても、30mはありそうだ。自分の順番は最初。畳の端も見えないから、ぼんやりと白く見えるところを狙って、35mで射つ。「パン」と音がする。よかった、少なくとも畳は外さなかった。また同じ所を後2本射った。全部、同じような音。これは上手くいったら5-5-5だ。次の選手の1射目。無音。「あれ、短すぎたかな」と言って、サイトを下げる。2、3射目も無音。射ち終わって「何mで読みました?」と聞くと「う~ん25mかな、と思ったんだけど」と言う。多分、矢は全部的の手前だ。さて、的に矢取りに。思った通り、一緒に回っている人の矢が、途中3本、地面に刺さっている。さて、自分の矢は?と思って的前に行くと、何と畳の左下、ぎりぎりのところに3本。0-0-0だ。白く浮かんで見えたのは、的ではなく、畳の色だった。その後、濃霧のため、試合は中止。そこまでの点数で順位を決めたが、自分は参加選手の最下位だった。3本とも地面に刺した選手が、自分より1つ上の順位。まあ、二人とも0-0-0なのだから、それまでの点数の差である。他のポストはそんなに見えなくはなかったらしい。Mを3本も射てば、全日のレベルではそうなる。10年以上前の、北九州市で行われた全日本フィールドアーチェリー選手権の話である。さて、今日はフィールド公認。やはり、朝から雨だ。今はアンマークドはやらないので、距離は分かるし、Mはあっても、サイト間違いにほぼ限られる。終日の雨という予報が、10時くらいからは曇り、に変わっていた。そんなに濡れないで済むし、まあ、主催者としては撤収の時間帯が雨でないのは何よりだ。優勝も記録もとてもじゃないが、練習不足で無理。とはいえ、昨日の麻雀の例もある。諦めずに、最後まで集中して射とう。
2023.04.30
健康麻雀には、しばらく足が遠のいていた。何しろ、平日オープンする火~木に、授業が早くても5時間目、つまり2時半に終わり、そこから急いで向かっても1時間程度しかできない。今年度は、土曜日と、長期休み中の火・水・木くらいしか行けないと思っていた。ネット麻雀の「天鳳」も、対人競技ではあるのだが、赤ドラが一般的で、これだと簡単にドラ3ができてしまい、裏ドラのみの東南戦とは、セオリーが違う。最近は、あまりやらない。昨日は11時から3時まで。4時間。4時までだが、5時間やると、さすがにちょっと腰が危うい。フィールド公認を控えているので、まあ、半荘3回できれば、と思った。例によって、一番強い卓に。顔馴染みの若い人と初めての若い人+女先生で始まった。一回目は、手が早く、安いが上がり続けた。後半は降り気味で、4万点くらいでトップ。二回目から、女先生の代わりに、何度か同卓したことのある雀婆。自分の手に拘り、終盤聴牌していないのに、危険牌を振るレベル。雀婆は大体、その傾向が強い。ベタ降りできる人は、なかなかいない。ここも、相変わらず好調で、3万5千くらいでぎりぎりトップ。三回目は、オーラスで2万5千弱の3位。先ほどの雀婆は今回もまた、ラス。まあ、当然の結果である。満貫なら、どこから上がってもトップ。トップから5200上がってもトップというところ。789の三色を中盤から狙っていた。8索、9索(ドラ)の辺7索待ちで聴牌即リーチ。トップ目が聴牌の気配無し。2位は降りられないから、出るならここか、何でも振る雀婆だと思っていたら、二順目で自摸った。ドラがもう一つ乗ってハネ満。会心の逆転勝ちだった。何だか、久々にやると、弓も麻雀も調子がいいような気がする。ピアノも、旅行中弾けなかったが、都庁と空港のピアノは結構上手く弾けた。授業も4連休で毎度休みが入るから、いい感じである。スランプではなくプラトーという現象がある。調子は悪くないが、それ以上伸びないという時期は必ずあって、短い休憩というのが、効果があるという。案外、それかもしれない。
2023.04.30
昨日は、久々に射場に。明日のフィールドはともかくとして、いくら何でも練習をサボりすぎた。50mを中心に、40m、60mも少し。ちょっと弓がきつく感じる。やはり、引く筋肉がちょっと落ちている。が、ターゲット・パニックは大体治っている。狙えるし、それほどは緩まない。「それほどは」というところが、実は問題で、ちょっとでも緩むと矢は50m先では7点まで落ちる。練習の課題は、はっきり分かった。10点を狙い、緩まず射つ。天気が怪しいが、今日もこれから。
2023.04.29
連休で困ることの一つは、病院。特に整形は2週間に1回は行っておきたいのだが、前回は旅行前の月曜日。連休前の昨日か、明後日の月曜日に行かないと、たっぷり3週間以上空いてしまう。治療内容は、いつも同じで、膝、腰への注射と、電気を腰に当てる。いずれも予防的措置なので、行かずとも何とかなりそうな気もするが、ここに通い出して以来、妻も自分もギックリ腰にはなっていない。ちょっと間が空くと、腰が辛くなってくる。だから、治療効果はあるのだろうと思う。いつもの時間にちょっと遅れて6時35分ころ診察券を出しに。順番はいつも10番前後なのに、38,39番。やはり、連休前は混む。昼ご飯にラーメンを食べてから出かけて、12時ころ到着。大体1時間に8人くらいという計算で、行く時間を決めるのだが、昨日は時間が読めなかった。案の定、いつもは電気を当てにすぐ通されるのだが、待合室に入った。それから、先に診察室に呼ばれ、注射。その後、すぐに電気。思ったよりかなり早く終わった。2時過ぎ。それで、もう葉桜になってしまっているが、公園の花見に。今年から、バーベキューなどがOKになっていて、2,3カ所から美味しそうなジンギスカンの匂いがしてくる。そういえば、昔は自分の両親、自分たち夫婦、子どもたち二人を連れて、プロパンとジンギスカン鍋を車に積み、ここではなく、もっと近くの公園に花見に行った。場所はいつも同じ所。帰って、昼寝。やはり、朝練で弓を射つと、ぐっすり眠れる。かかりつけ医の方は、月曜日に行くことにした。連休後、鹿児島に行く前に行かないと、薬が切れる。
2023.04.29
今朝は3時台に目覚めたが、昼寝もたっぷりとしたので、元気である。風もない。どうせ6時半に、整形の診察券を出しに行かねばならない。5時には明るい。そういうわけで、これから1年ぶりの「朝練」。
2023.04.28
『グローバリゼーションの光と影』。小熊英二が、2002年、毎日新聞夕刊に書いた記事である。毎年、3年現代文の最初の教材として取り上げている文章だ。2002年のこの時点は、世の中はグローバリゼーション礼賛の風潮だった。リーマンショックも、東日本大震災も起こっていないし、もちろん反グローバリストでナショナリストのトランプも登場していない。書いた時点を考えれば、卓見というほかない。今でも、小熊の言う「グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係という視点は、新しいし、理解できる人は少ないだろう。4月の授業で、これを特進は6時間、他コースは9時間くらいかけて読んだ。わずか5ページほどの短いものである。そして、最後の提出課題を「筆者の言う『グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係』とはどういうことか、400字程度で説明せよ」とした。ただ、連休前最後の授業1時間かけて、書き、提出できる者はその場で、できない者は連休後の最初の授業で提出することにしている。といっても、例年、書けないから、今年は「結論ー本論1ー本論2ー結論(再)」という双括型の書き方を指示し、まず、結論文が正しいかどうか、それをチェックして、次に進む、というやり方を取った。これが、「大炎上」の原因である。質問の列ができ、書けている生徒にOKを出し、駄目な生徒には、もう一度概略を教える。それを2クラス合わせて40数人。昼休みにも、質問の列。おかげで、2,3,4,5の4連チャンが、実質5連チャンに。目が回りそうだ。こんなに忙しかったのは、久しぶりである。専任の時は、放課後に質問の列ができることは珍しくなかったが、非常勤では、ほぼ初めて。まあ、困難な課題を、質問して理解し、何とかして連休前に片付けたいと思う生徒と、連休前は昨日を含めて、後は来週火曜日にしか出勤しない非常勤講師とのアンバランスが生んだ珍現象かもしれない。半径5kmの日常とネットの世界だけで生きる生徒たちには、そのように世界を捉えることは初めての経験で、新たな語彙を獲得し、それをすぐに駆使するという、アタマの疲れる作業ではある。しかし、「難しい」と言いながら、考えに考えて、質問に来る。「ああ、結論文はこれでいいね」というと喜んで帰り本論部分に取り組む。また持って来て、「これは、民衆のナショナリズム。それだと『対立』。『共犯』と言えるのは為政者のレベルでのナショナリズムでしょ?」と訂正すると、すぐには納得せず「だって……」と言う。「だからさ……」となお説明すると、「あ、そうか」と言って、本論を書き直す。教える、教えられる手応えがじかに感じられる。正直なところを言えば、だから仕事(授業)はやめられないのである。現在のこの時点でも、「グローバリゼーションとナショナリズムの共犯関係」とはどういうことか、小熊の文章を読まずに、即座に答えられる大人は少ない。ナショナリストは同時に反グローバリストであるのが、通例だからだ。トランプを見れば、すぐ分かる。しかし、彼のナショナリズムは、よく言えば「愚直」、言葉を選ばず言えば「バカ」なナショナリズムだ。そして、ナショナリズムをそういうふうにしか理解できない多くの日本人も、アタマが粗雑である。しかし、両者はまさに「共犯関係」であると自分も考えている。「共犯」するナショナリズムは「狡猾」である。その根拠は、次回、連休後、解答を提示することで示したい。
2023.04.28
昨夜は、10時過ぎくらいに入眠したが、1時半に目を覚ましてしまった。こういうのが、一番始末が悪い。起きてしまえば、確実に寝不足になる。が、それ以降なかなか寝つけない。睡眠薬をもう一回飲むのも一つの方法だが、2時間近くウダウダしていたら、もう手遅れになってしまった。今、飲んだら朝にフラフラすることになる。それでも、多分3時過ぎくらいには、また眠った。当然、眠りは浅い。その時の夢。【夢の内容】フィールドのコースをAさんと歩いていた。いつものコースのようでもあり、まったく違う場所のようにも思えた。とにかく、フィールドの試合の直前に、的を貼りに行ったのだった途中、池があり、何だか見たことのない小さな魚がいっぱい泳いでいた。浮き草が餌になっているみたいで、試しにほとりの小さな葉っぱを投げてやると、釣りの浮きみたいに葉っぱが、突然沈む。食いついたのだ。少し、長い距離の所に行くと、何人も練習をしている。Hさんもいた。久しぶりに会う。Gさんも。もう亡くなった方だが、いた。「ここは、後回しだね」と言いながら、コースを進むと、大きな建物があり、中に入ると、丁寧に出迎えられた。「館長は、昔のフィールドのチャンピオンなんです」と誰か知らない人が言う。その時の写真が額装されて飾ってある。その館長さんが出てきて、握手。どうもフィリピン系の顔立ちだ。年齢は90歳以上、矍鑠(かくしゃく)としている。……というところで目が覚めた。【夢の分析】眠りが浅かったから、よく覚えている。「分析」などと、大上段に構えなくとも、要は、日曜日に公認試合があるのに、サイトを一度取っただけ、まったく練習もせず、旅行や仕事に、うつつを抜かしていたことに、軽い罪悪感のようなものを感じているのである。「仕事にうつつを抜かす」などと言うと、何だ、こいつ日本語知らないのか、と思われそうだが、今の自分に取って、旅行や仕事は同じレベルで「娯楽」なのだ。旅行はお金を使うが、仕事はお金が入る、という違いしかない。といって、弓が「本業」のわけがない。全日フィールドにも2、3回出たが、そのころは、文字通り、弓に「うつつを抜かしていた」。何しろ、朝練に毎日行って、その寝不足を補うため、進路指導室で5時間目くらいに、段ボールを敷いて昼寝をしていたのだから、本当に阿呆である。まあ、その時は、仕事が「本業」であったに違いない。が、もちろん仕事もちゃんとしていたし、今と変わらないくらいのレベルで授業もやっていた。まあ、弓の神様が「オマエ、いい加減に、こっちにうつつを抜かせ」と言いたかったのかもしれない。というわけで、今日は三階から弓を車に戻し、帰りがけに射場にでも、と考えている。
2023.04.27
当たり前の話だが、旅が日常からの離脱であるとすれば、旅の終わりは日常への復帰だ。そういうわけで、昨日は2~7時間目の、昼を挟んだ6連チャン。お弁当はスパゲティ。行者大蒜と玉葱と明太子を加えた。今日は、妻のお花のお稽古。一階を使うから、朝から徹底的に居間、台所、洗面所、玄関の掃除。お弁当は、作り置きの揚げ餃子と昨夜の残りの豚汁の具だけ。ご飯の上に、いくらをちょっと撒いて、きびなごの佃煮ものせ、その上に海苔、さらに餃子。掃除は40分、弁当は20分。まあ、合計1時間ほどの家事だから、たいしたことはない。今日は、2~5の日だが、6時間目に特別授業。特進の1,2年を対象に、小論文講座の第1回。計4回くらいの予定だが、資料を作るのに3時間はかかっている。だから、手当は出るが、とても割に合わない。まあ、それでも旅先の居酒屋2回分くらいは出るかな。旅から帰って復帰する日常は、退屈でもないし、しんどくもない。それはそれで非常に楽しい。もはや、家事を含めて、自分がやっていることは「労働」ではないのだと思う。「生活」という言葉が一番ピッタリくる。旅も「非日常」というわけでもない。ホテルで暇なときは「天鳳」を打ち、苦手な三麻で二段に昇段した。ただ、弓だけは、すっかり足が遠のいている。
2023.04.26
旅行前から、出場を決め、ホテルも確保しておいたエリーゼ音楽祭・地区予選。その時点では、ポピュラー、ジャズ部門で、ファジルサイを弾こうと思っていたのだが、気持ちが変わった。一番の理由は、羽田の空港ピアノで弾いた「トロイメライ」これが、自分で言うのも何だが、すごくいい演奏だったこと。発表会で弾いた時も、我が家に調律に来てくれる人が、数小節で「あ、プロだ!」と楽屋で言ったそうで、今、自分が弾ける曲でベストなのはこれだろう、と思ったのだ。それで、クラシック部門・初中級のカテゴリーで。演奏時間4分まで。トロイメライは、ゆったり弾いて3分30秒。妻はポピュラー部門で「糸」。出場料は二人で35,000円。まあ、バカだねぇ、と思わないでもないが、来年、二人とも元気で出られるかというと、そんな保証はどこにもない。妻が郵便局で払い込みをしてくれた。地区予選、といっても全国に行けるなどとは思っていない。弓は点数さえ出せば行けたが、ピアノは審査員次第。「トロイメライ」は初中級の中でも簡単な方だから、まず無理だろう。曲の難度は、採点競技と同じで重要な要素だ。もう一つ、「トロイメライ」なら、一日一回弾いときゃ、いいや、という怠惰な理由もある。まあ、いずれにしろ、また先生に2回くらいは見てもらおうかと考えている。
2023.04.26

3泊4日の旅の最終日は、いつもなら、もう帰るだけ。いい加減、疲れも出ているし、仕事も始まる。が、妻は今回は旅行中ずっと元気。帰りの便も最終なので、チェックアウトしてから、暇を持て余す。それで、都庁に行ってピアノを弾こうか、ということになった。ここからはハラミちゃんなど、ユーチューブのスターピアニストたちが誕生している、いわば「聖地」。調べてみると、午前は12時まで、午後は2時から。それで、まずスーツケースは二人とも宅急便に出した。ガラガラと引っ張って歩く元気はないし、12時に間に合わない。リュックとショルダーバッグだけにして、10時15分の新幹線で品川に。本当はもう一つ早いのにしたかったが、間に合わなかった。品川から山手線で代々木、そこから大江戸線で都庁。地下から直接入り、45階の南展望台に。随分、混んでいてエレベーターが2回待ち。「これじゃ、午前中は無理だね」と言いながら、まあ、とにかくどんなところか見に行った。展望台は広く、それなりに混んでいる。ピアノの音が聞こえる方に歩いて行くと、ありました。写真のピアノ。「弾く人は?」と見ると、一人だけ待っている。11時40分。一人演奏時間5分だから、ぎりぎり大丈夫だ。自分の前はフランスから来たという10歳の女の子。可愛いですね、などとお母さんと話していると、順番が来た。ファジルサイ。サビの一回目は短調バージョン。その後、ちょっとつまづいてしまったが、まあ、無事終了。妻は「糸」。二人とも、これでエリーゼ音楽祭に出るつもりだが、妻も途中、引っかかってしまう。「あ~あ、帰ったら猛練習だね」。昼食は都庁の職員食堂。頼んだ和食は、はっきりいって今回の食事の中で最悪だった。道理で、和食の列は空いていたはずだ。気を取り直し、空港に。大江戸線で大門まで出て、モノレール。来るときにみたピアノの所に。メルセデスベンツが3台展示している。ピアノもBechsutein(ベヒシュタイン)というドイツ製。値段が付いていたが、ベンツのSUVと同じくらい。若い男性が、ジャズ風の演奏をしていたが、今までのストリートピアノの中では、最高にいい音だった。ドーナツ店のベンチが4カ所ほどあり、そのうちの一つに、席を確保した。やはり、都庁と同じ「ファジルサイ・トルコ行進曲ジャズ風」を弾いたが、今度は譜面台があるので、譜面も立てた。暗譜しているはずだったが、都庁で左手の動きが分からなくなり、つまづいた。今回は、まずまず。妻も「糸」の譜面を立てて、弾く。ドーナツと紅茶を買って、隣の本屋に行って、などして時間を潰し、それでも余ったのでもう一回。周囲の人は、変わっているし、意外にここは弾く人がいない。今度は「トロイ・メライ」。これが我ながら上手く弾けた。練習を含めてベストと言っていい出来。ついでに、と思い「人生のメリーゴーランド」。これも悪くない。妻も、発表会で弾いたショパンの遺作のワルツを。ファジルサイもまた弾いたが、弾く度に良くなっていく。数カ所から拍手があった。十分、堪能して保安検査に行こうとしたら、聴いてくれていた女性が、また拍手をして見送ってくれる。「どうもありがとうございます」預ける荷物もないし、事前にスマホでチェックインしてQRコードを取っていたので、ラクだった。保安検査も荷物の中にPCやペットボトルを入れていてもそのままでよくなっている。SKIPサービスが廃止になり、その代わりスマホで事前にチェックインなど、一昨年とは様変わりで戸惑ったが、鹿児島の時は多分慣れて大丈夫だろう。空港は混んでいた。7時に予定通り着陸。駐車場に停めていたベンツの1/5くらいの値段で買ったCX5で、我が家に帰ったのが7時半。3泊4日で4日間、フルに楽しんだ旅はこれでオシマイ。さあ、今日から3日間の仕事だ。頑張りましょうかね。
2023.04.25
旅も3日目。そろそろ疲れてきた。昨日は、登山電車で箱根湯本の一つ前、入生田(いりうだ)という駅で降り、本間寄木細工美術館に。小さな家屋のような建物の二階が美術館。展示数は少ないが、茶箪笥などいい作品がたくさんあった。下の売店の隣で、95歳の現役細工師が、作っていた。その人の昨だという文箱と、茶筒、栞を購入。もちろん家で使う。茶筒は、銀細工のを使っていたが、緑青が出てきて、新しいのが必要だった。文箱は妻の宝石箱代わり。宝石箱自体もあったが、どうしてもデザインが文箱の方がいいと言う。昼に帰って、小田原で蕎麦。機械打ちだが、腰の強いいい蕎麦だった。それから、人力車で、小田原城周辺に。二宮尊徳を奉る報徳神社にも。それから、市内の温泉に。何でも小田原には温泉は湧いていなくて、湯河原のお湯を使っているとかいう。今流行りの、都市型温泉で、いろいろな設備はあるが、混んでいて落ち着かなかった。やはり、温泉はあまり好きではない。夜は、3日連続で居酒屋。3日とも違うところだが、昨夜のは地元の人がよく集まる感じ。混んでいた。値段は3日間で一番安かったが、味もそれなり。人手が足りていず、酒や料理の出てくるのが遅い。まあ、たまにはこういうこともある。今日は最終便。少し早めに空港に行って、空港ピアノでも弾いて、空弁を買って帰ろう。まあ、いろいろ巡った旅だったが、何だか疲れたし、日常に帰りたくなっている。「勝手知ったる我が家」が、やはり一番のようだが、帰ってひと月もすれば、また旅に出たくなるのだろう。来月は鹿児島だ。
2023.04.24

大涌谷で一度、皆、降りていくつかある物産館の一つで昼食。名物の黒い温泉たまごをなどを買って、昼食は黒ラーメン。麺が黒い、というだけで普通の豚骨系ラーメンだった。それから、またロープウェイで終着の芦ノ湖、桃源郷駅に。少し合間があったが、芦ノ湖を横断して向こう側の港に行く「海賊船」(写真)に乗った。フリーパスに480円足して、特等船室に。船の前部なので見晴らしがよい。結構寒かったから、売店でホットティーとコーヒー。登山電車→ケーブルカー→ロープウェイときたから、これで乗り物は4つ目。40分ほどで向こう岸の箱根元港に着いた。後は、5つ目の乗り物「登山バス」で、林道を走り、箱根湯本に。そこから、再び登山鉄道で小田原に戻り、ちょうどおやつ時なので、ドトールで紅茶とケーキ。ホテルに帰ったのは4時だった。ちょっと、自分たちのスタイルではない「ぐるぐる回り」の一日だったが、次々と5種類6つ、いろいろな乗り物に乗ったのは楽しかった。接続や、次の乗り物への案内など、すごく分かりやすくなっていて、観光地として人気が高いのもよく分かる。乗り物はどれも満員に近く、中には立っている人もいた。夜は、また別の居酒屋、というか「料理屋」といった値段がついている店に。小田原おでん、かき揚げ、牡蛎フライ、かささごの揚げ物など揚げ物を随分と頼んでしまったが、どれも美味しかった。特にかささごの素揚げは美味。酒とそれくらいだったが、会計すると昨夜よりちょっと高かった。それはそうでしょ、という感じの店構えなのだが、自分たちにはちょっと合わない。客は少ないし、ワイワイガヤガヤしていない。今日3日目は、少しゆったりと10時くらいに本間寄せ木細工美術館に行って、箱根湯本で昼食。それとも、小田原に戻り、まあ、せっかくだから、ホテルと提携している温泉でも行こうかと話している。
2023.04.23

全部で5種類。今日の乗り物である。小田原で2日間のフリーパスを購入。自販でも買えたが、聞きたいこともあったので、案内所で。5,000円なのだが、「全国旅行支援4,000円」と書いている。「え?」。今回は、ホテルが支援枠が押さえられなかったし、マイルを使ったからワクチンの接種証明を持ってきていない。失敗だった。まあ、しょうがない。それで小田原から強羅まで箱根登山鉄道。スイッチバックを2回信号所でして、8/1000という日本最大の急坂をゆっくり登る。なかなか楽しい。強羅で、ケーブルカーに乗り換えた。列車自体が雁行形になって、急坂を登る。終着駅早雲山からは、ロープウェイ。写真は、その一枚。大涌谷。活火山ということがはっきり分かる。まあ、続きは明日の朝にしよう。
2023.04.22
いつものように、金属探知のゲートをくぐり抜けると「ビービ-」と大きな音がする。女性検査官に呼び止められ、身体に先がループになっている検査棒を当てられた。腕のところで、また「ビー」と音が。腕時計。靴でも音がする、というので靴も脱がされた。「何で?」という感じ。ポケットの中も。足が吊った時に飲む、ツムラの68番。そんなものまで機械が反応するなんて、よほど精度を上げているに違いない。にしても、そんなに怪しく見えるのか、オレは、とちょっとムカつく。身体検査の方は、それでも無事に済み、預けたリュック。今度は男性検査官が、「この中にカッターナイフが入ってるんですけど、開けてもらっていいですか?」。「え?」と言って開けてみた。「あ!」と気づいたのはジャンパーを取り出した時で、確かにポケットに入ってました、カッターナイフ。この前、フィールド射場設置作業のついでに行者大蒜を取りに行ったときに、確かにカッターナイフをポケットに入れて、出し忘れてた。防水ジャンパーで、雨の試合の必需品。それで、執拗に調べられたのか、と納得したが、それならそれで、最初に聞いてくれればいいのに。まあ、しかし、「武器」がリュックにあるんだから、身体の方も入念に検査するというマニュアルがあるのだろう。決して、怪しく見えたわけではなかった。そんなふうに今回の旅は始まった。
2023.04.22

写真は、羽田まで乗った飛行機。鬼滅の刃のキャラクターのデザインだった。これ目当てで乗った人もいたかもしれない。やはり、外出自粛とか何とか、言わなくなって以来、人出は戻っているようで、ほぼ満席。乗っている間、ついウトウトとし、読んでいた本を4回も落とした。『無理ゲー社会』(橘玲)。すごく面白いので、書評を書きたいくらいなのに、睡魔に負ける。飛行機に乗るのも一昨年以来で、GoToで伊勢とか金沢に行っていた。まあ、去年はグランドピアノを買ったから、若干余裕がなかったのもある。今年は、授業数が多い分、フローも増えたので、来月は鹿児島、次はエリーゼ音楽祭、とそんなに出かけていいの?というくらい夏までは予定が詰まっている。夏は車をフェリーに載せて、東北をトコトコ回ってみたい。小田急ロマンスカーとか、いろいろ考えたが、結局は品川に出て、新幹線。ホテルの部屋には4時ころ入った。「箱根」というと、「いいですね。温泉ですか」と言われるが、実は夫婦とも「温泉嫌い」だ。広くて熱い湯に浸かるのは、落ち着かない。温泉宿は、基本二人一部屋なので、それを一人一部屋にすると、すごく割高になる。食事は宿ではなく、地元の美味しい居酒屋がいい。などなど、いろいろわがままな理由で、いつものホテルチェーン。ポイントを全部使って、無料。夜は、ホテルのフロントの人に教えてもらった、駅周辺では一番美味しいという居酒屋。ガイドブックには出てない。当日予約は出来なかったので、日曜に予約を入れておいたが、ダメ元で行ったら、カウンターなら、ということだった。カウンターで食べる方が好きなので、ラッキーだった。ただ、料理はほとんど奥で作っていて、ひたすら刺身を持っている若者と話しながら、ということはなかった。日曜の予約はキャンセルした。夜は、他にも美味しそうな店がある。頼んだのは、金目鯛の煮付け、鰺のたたき、海老に湯葉を巻いた煮物、鮪の竜田揚げなど、多分6品くらい。全部、美味しかった。金沢のノドグロ、伊勢のステーキも美味しかったが、やはりまたここで食べるためだけでも来たいと思わせるほど。それに地元のウィスキー。妻は酎ハイ。〆に蕎麦が寿司と思ってたが、その前にお腹がいっぱいになってしまった。それで1万でお釣りが来る安さ。普通、金目鯛の煮付けだけでも、5,000円くらいはする。子どものころには、ずいぶん食べていた。鯛なんて、とても高くて買えなかったのだと思うが、「メメセン」(そう金目鯛を呼んでいた)が正月とか、おめでたい席には出ていた。それが、今はすっかり逆になっていて、鯛はいつでも買えるが、金目鯛は高級魚だ。帰りがけ、東急ストアがあったので、寄ってみた。茗荷がもう出ていて、しかも安い。金目鯛の開きもあった。真空パックだから、多分、最終日なら買って帰っても保つだろう。ホテルに帰ったのが8時過ぎ。まだ宵の口なのだが、移動だけでも結構疲れる。着替えもせず、9時前には眠った。夜中に、持参のパジャマに着替え、また眠り、5時ころ起きた。それから、ゆっくりと、ぬるめの朝風呂に浸かる。夜は、いい加減酔っているから、そういうスタイルが圧倒的に多い。同じホテルチェーンだが、ここは心持ち浴槽が広く、気持ちよかった。それで、ここで駄文を綴るうちに、6時半の朝食。新聞を読みながら、ゆっくりと食べる。箱根は曇り、最高気温で14℃。リュックに、セーターとジャンパーを詰めて、9時くらいに出かけることになるだろう。
2023.04.22
同僚が自分の時間割を見て、心配してくれる。あまりにも詰まりすぎていて、大丈夫か、と思うらしい。特に火曜日の2,3,4,5,6,7の6連続はびっくりする。自分としては、昼休みを1時間挟んでいるから、見た目ほどはしんどくない。昼は、専任と違い、ゆっくり過ごせる。まあ、さすがに2,3,4の最後4時間目は、ちょっときつい。朝も授業開始30分前には行って、チョーク箱に詰めたり、教材確認をしたりと慌ただしい。なにしろ10分の休み時間は、行って帰ってくるだけだ。授業後、ちょっと質問があれば、座るひまもない。昨日は、給料日だったが、案の定、教科会を数えていない。事前に十分確認していたのに、である。校長と事務長に話し、来月の給与に今月分を乗せることにした。自分だけでなく、定年で、今年から30時間勤務になった同僚も、話を聞くと、どうも専任と変わらない仕事のようだ。それで、自分より5万くらいしか給与は高くない。そういうミスは、自分が校長の時はまったくなかったのだが、完全に職業人としてのプロ意識に欠けている。誰が、どういう仕事をしているかを、校長もあまり把握していないし、事務長に至ってはまったく把握していない。二人とも本部の言いなり。完全な中間管理職だ。自分の時は、本部と戦ってくるのが、仕事だった。非常勤としては、授業が多いから、今は準専任講師だったころと、手取りはあまり変わらない。ということは、仕事が増えたわけで、歳もとっているのだから、やはりそれなりに疲れる。
2023.04.21
ようやく、3連勤が終わり、今回の4連休は、箱根へ。宿泊は小田原駅すぐぞばの、いつものホテルチェーン。二人ともポイントがたまっているので、ここで使うことにした。つまり、宿泊費0円。航空機はANAマイルを二人とも使えたので、これも0円。だから交通費は羽田から小田原の往復、箱根の周遊くらい。後は、食費。朝食はホテルだが、あまり食べ過ぎず、地元の美味しいものを、昼も夜も、と考えている。昨日、大体スーツケースにパッキングを終えたが、後は、リュックで行く。天気は、今日、明日、ちょっと雨が降るかもしれないという程度。気温は17℃くらいで、結構寒い感じ。昼の飛行機なので、朝はゆっくり。サンドイッチを作っていくことにしている。今朝は、昨日の残りの肉じゃが、ご飯にいくらの醤油漬け、納豆、という和食。これからコーヒーを淹れる。ここ1週間ほど、ほとんど弓を引いていない。昨日、3階に移したときに、12射。フィールドは1回だけサイトを取ったので、後はぶっつけ本番。やはり、弓が段々、生活の後景に退いている感じだ。去年くらいなら、旅行の朝でも、ちょっと射場に、というのがあったのだが、今はそういう気にならない。そういえば、昨日のエリーゼ音楽祭も地元の試合、札幌の公認試合とかぶっていたが、何も迷わず、エリーゼを選んだ。といっても、やめようとは思わない。帰ったら、少し練習も真面目にしないと、フィールドはともかく、アウトドアターゲットがひどいことになりそうだ。地元での公認が、実質的な初戦になる。
2023.04.21
というコンクールがあることを知ったのは、ひと月ほど前である。基本は「大人のピアノ」コンクールというような意味合いが強く、「六十の手習い」(昔は「五十の手習い」と言ったのだが、平均寿命も延び、言い方が変わったようだ)でピアノを始めた人たちが、ステージで演奏するという体験が、できるというもの。もちろん、子どもたちも出られるが、大人とは違うコース設定。「”音学”ではなく”音楽”がやりたい」というコピーがついている。6月4日、北海道予選札幌開催が決定している。決勝は東京。最初は、「う~ん、来年かな」と二人で話していたのだが、どうせなら、今年出てみようか、と昨夜、大九州市で買った皿うどんを食べながら、話した。来年といっても必ず出られるわけでもなく、札幌開催があるかどうかも分からない。楽しそうなことがあったら、先延ばししない、というのが、妻と自分の共通の考えだ。そういうお年頃である。自分はジャズ・ポピュラー部門でファジルサイ「トルコ行進曲JAZZ」か、久石譲「人生のメリーゴーランド」。妻は同じ部門で「糸」というふうに考えている。まあ、自分は中級くらいだろう。妻は初級B。演奏時間4分以内なので、「メリーゴーランド」は多分ぎりぎりかもしれない。全国に進めるとは、思っていない。弓もそうだったが、世の中には凄い人がいっぱいいる。しかし、「”音学”ではなく”音楽”がやりたい」と言っているではないか。ステージの緊張感を含めて、楽しいのではないか。
2023.04.20
さすがに、午前3時間、午後3時間をこなして帰ると、ヘロヘロだった。何もする気がせず、妻もどうやら昼寝のようなので、リンゴを1/4食べて、ベッドに。1時間ほど昼寝ならぬ夕寝。夕食は、久しぶりに美味かった鰹のタタキ、ゴーヤチャンプルー、焼き鮭など。食べて、ピアノを弾き、風呂。「メリーゴーランド」はどうやら、人に聴かせるレベルまできている。それから、拓郎の初期の歌を数曲歌い、とうとう4月は行けなかったライブ居酒屋だが、久々に行く気にはなってきた。やはり、新たな曲が数曲歌えるようになると、行こうと思う。が、今週は旅行、帰ってきたらまたすぐ仕事、そしてフィールド公認、となるとなかなか難しい。連休中に一度行きたい。仕事の方は、すこぶる順調で、講習もずいぶん申込みが多いようだ。そうなると、気も手も抜けない。風呂から上がると、もうおめでたくなっていて、どこに座ったか覚えてないが、その場で眠りそうになる。ベッドに入り、30秒で眠った。そういう日は早く目覚めるのだが、今朝は一度起きてから二度寝。ベッドから出たのは5時半だった。超朝型の自分としては、かなり遅い。まあ、そうやって疲れを取って、後2日、頑張れば、箱根である。
2023.04.19
昨夜は行者大蒜を使ったラムしゃぶ。後は、しらたきと椎茸というシンプルなもの。それを食べながら、妻とフルリタイア後の生活について、まあ、夢みたいなことを話していた。できるかどうか、まだ分からない。冬は、暖かい鹿児島で、夏は今の家で、という移動生活である。具体的には4月から10月くらいまで、こちらで暮らし、雪が降り始めたら、鹿児島で暮らす。3月まで。南北の移動は車を使い、ひと月近く、国内のあちこちを旅をしながら、回る。各地にあるストリートピアノを弾いたり、射場にお邪魔して射たせてもらったりしながら、南下と北上の移動を繰り返す。鹿児島は、もちろん息子のところに居候などせずに、安い貸家かマンションを借りる。その都度ではなく、夏も借り続けて、最低の家具と生活備品は備えておく。何だか、楽しそうな計画なのだが、問題は資金面だろうか。安い貸家といっても、年間コストは、家賃、光熱費など100万くらいはみないと駄目だろう。収入はもちろん年金だけ。移動中などの旅行に年間100万。つまり、年間200万くらいは資産を取り崩して、ということになりそうだ。しかし、考えてみれば、その生活が7,8年もできればいい方だ。80歳になってできるとは思わない。その年になれば、鹿児島かここか、どちらか心地よい方で暮らせばいい。さて、そうなると、仕事はいつまでやるかなのだが、できれば70歳を過ぎても続けたい。もちろん今の仕事である。それ以外の仕事をしようとは思わない。そうなると、この状況であれば、来年度は確実に仕事はあるし、それ以降も高い確率で残ってほしいと言われそうだ。先は分からないが、ひょっとすると75歳まであるかもしれない。今の非常勤講師の仕事の給与はたいしたことはないが、今年よりペースを落としたとしても、月10万くらいにはなるだろう。それでほぼ旅行費以外は賄える。とすると、仕事をしている間は、移住を考えながら、3月後半、冬休みに鹿児島往復旅行を10泊くらいの予定で繰り返す、というのが、現実的な方法だ。飛行機での往復。レンタカーを借り、いつもの安いホテルチェーンに長期滞在ということになりそうだ。しかし、どこかの時点で、南北移動二重生活の決断をするかもしれない。
2023.04.18
今日から、3日連続勤務。特に、初日の今日は2,3,4,5,6,7(教科会)と続き、一週間の14時間のうち6時間。まあ、最初がきついのは特講をやっていた去年までと同じパターンだが、夜に教えに改めて出かけるよりはずっといい。ボストンマラソンの影響で、日本時間1時くらいの開始だったエンジェルスーレッドソックス戦を録画しておいた。雨の影響で1時間以上遅れたらしい。試合の始まりから撮っていて、大谷は2連続ヒット。1回に4点、2回に1点。ピッチングの方は1回にフォアボールのランナーを二度のワイルドピッチで三塁まで、進め内野ゴロで1失点。というところで雨が降り出し、2回裏のところで、また試合が中断。もう結果は出ているのだろうが、あえて何も見ず、観戦している。主力のトラウト、レンドーンが休養日だが、代わりの選手がヒット、ホームランと活躍している。大谷が投げるんだから、出てこいよ、とこちらは思うのだが、やはり、休むときは、きっちり休むのがいかにもMLBらしい。さてどうやら始まったようだ。
2023.04.18
久々に見応えのある映画だった。音楽院にジャズドラマーを目指して、入った若い学生が、鬼教師にスパルタ指導され、結局、退学処分になる。そのやり過ぎの指導を密告し、教師も大学を辞めさせられる。が、その後、二人はニューヨークで出会い、カーネギーホールでのジャズフェスのドラムに誘われる。スタンダードジャズばかりだと言われていたが、蓋を開けてみると、いきなり知らない新曲。何とかドラムを叩いたことは叩いたが、完全に浮いている。隣のベースが「おい、何やってんだ」と。鬼教師は「密告したのは誰かは分かっている」と。彼の復讐だ。「さて、次は」と教師が言いかけたところで、ドラマーはいきなり叩き始め、「合図は僕が出す!」「キャラバン!!」。鬼教師は、仕方なく指揮を始めるが、エンディングのところで、またしもドラムソロ。見事な演奏。苦虫をかみつぶしていた鬼教師も、次第にそのドラムに引きこまれ……。と書いても、まあ、伝わらないだろうが、レンタル新作になっている。2014年アカデミー助演男優賞。名前は忘れたが、テレビドラマ「LOW AND ORDER」の主演男優。まあ、鬼教師が主役みたいなものだが、何でも音楽学校作曲科卒業から俳優に、という経歴で、やはり、指揮の演技は凄い。5巻1,100円で新作が借りられるが、お目当ての「シカゴ・ファイア」は6~8巻までしかなくて、しょうがないので映画を2本借りた。そのうちの1本。音楽の話なので、面白いかもしれないと思ったのだが、期待以上だった。たまに、こういう作品に当たるから、レンタルはやめられない。
2023.04.17
今回の4連休は今日でオシマイ。昨日は、9時過ぎにフィールド射場に。すでに四脚は置いてあり、距離は計測済み。後は四脚を固定し、畳に雨対策のビニールカバーをして、四脚に括り付ければいい。といっても、練習用の的を含めて15ポスト。昼を挟み、終了は1時過ぎだった。それから、まだ量が不十分だった行者大蒜を大体10リットルのビニール袋6分目くらいまで採った。やはり、ここのは大きくてよく育っている。今年は、これでおしまいか。それともフィールドの試合の時にまた採れるか。さすがに疲れて、汗もかいたので、昼風呂、昼寝。おかげで、また4時半ころ起きた。目覚めたのはもっと前。4連休最終日の今日は、あいにく天気が悪くて、弓は無理。また、3階に引き上げて、射場での練習は、旅行の後になりそうだ。整形は来週は行けないから、今日は必ず。金曜日から3泊4日で箱根見物。まあ、登山電車や、ローピウェイ、観光船など、一通りの観光コースを見て回ろうかと思っている。今日あたりから、旅行準備を少しずつ。といっても、スーツケースに着替えを詰めるだけなのだが、最近はPCも旅のお伴になっている。ホテルでの暇潰しにちょうどいい。また、旅日記も書く予定。準備と言えば、小田原で弾こうと思っている駅ピアノの練習もしないと。「人生のメリーゴーランド」はいまいち完成しない。やはり、オクターブの和音の連続がきつい。ちょっと直したいのだが、直すとどうもよくない。火・水・木は一応、仕事日だから、練習は今日みっちりと。後は、一階の掃除をしておかないと、やる時間が取れない。
2023.04.17
「ニヒルな」という形容動詞がある。そこから分かるように、ニヒリズムは、世間的には「社会の一般的価値観に対する冷笑的態度」と解されているようだが、それは完全な誤解だ。「冷笑」ではなく、西欧社会の普遍的価値であるキリスト教道徳に対して、それを全力で否定しようとする、言ってみれば「命がけの」戦いをするのが「ニヒリスト」である。だからニヒリストは同時にアンチクリストであり、アナーキストでもある。その人生を生きたのが、ニーチェであり、その思想を引き継いだのは、ハイデガーではなく、むしろサルトルだったのではないか、と思う。もちろん、自分は決してニヒリストとして生きてきたわけではない。ただの高校教師を45年も続けてきた平々凡々たる人間だ。世間的価値観に「否」を唱えるどころか、そこにどっぷり浸かって生きている。その時の年齢なりに、欲しいものがあり、叶わなかったことも多いが、それをある程度は叶えてきた。ただ、自分がどっぷりと浸かった世間的価値観を、それこそ「冷笑」するような態度は取ってきたし、それは職場でもそうだった。何かを絶対的に信奉することはなかったし、そういう人間はバカだと思って生きてきた。だが、教師として、同僚としては、信頼され続けている。何だか周りが勝手にそう思い込んでいるだけで、信頼されることを求めてもいない。もう少し、アテにされない立場でいたい。「相対化」。常に、自分はそういう思考を心がけてきたと思う。何ごとも、唯一絶対ではなく、それを求めたらオシマイだ、という気分はこの歳になっても続いている。「相対化する態度は、自らのその態度に対しても、その絶対性を主張できず、価値の無限の後退の中で生きざるを得なくなる」と修士論文に書いた。そこから45年経って、まさに、自分は無限の後退を生きている。この項、了。
2023.04.16
火・水・木だけ働く自分にとっては、4連休は毎週のことで、取り立ててどうということはないのだが、それでも火・水・木の中身がかなり変わったので、連休もちょっと感覚が違う。昨年度は、火曜は午前に3時間授業+16時45分から20時までの特講。水曜日は2,3時間目の2時間授業。木曜日は昼休みを挟んだ3時間授業。今年度は、火曜は教科会まで入れて午前2,3,4、午後5,6,7。9時に家を出て、帰宅は17時。ほぼフルタイム。水・木は午前2,3,4で午後は5。水曜日は連休明けから15:45から50分講習。今年度の方が、びっしりと詰まった火・水・木できついようにも思うが、実はそうでもない。かえって、ON・OFFの切り替えがはっきりしていていい。朝練を含めて、火・水・木は趣味はやらずに、仕事だけ。ただ、ピアノだけは毎日15分でもいいから弾くようにしている。弓や麻雀やライブ居酒屋、病院は金・土・日・月に。というわけで昨日の健康麻雀は冷えピタ、有段者の強い卓に。4位4位1位1位という結果。最初の2半荘は、まったく和了なし。次の2半荘はぎりぎりのトップだった。もう少し勝負に行かないと。夕食は行者大蒜の揚げ餃子。毎年の定番だが、美味い。今朝は4時に目覚め、ピザ、ヨーグルト、コーヒー、甘夏。録画していた『ノーカー・ノーライフ』。小野寺昭がゲストで『太陽に吠えろ』の劇中の車の特集だった。1970年代後半のトヨタ車。コロナ、クラウンなど懐かしいが、とても手が出なかった車だ。78年から勤めているが、最初の車は学生時代の三台目の車、スズキフロンテ。リアエンジンで、とてもじゃないが冬は滑って恐い車だった。それから、FFのミラクォーレなど軽自動車を乗り継いでいた。最初に買った普通車はサニーの中古。平凡な車ばかりだった。今は大谷の試合を見ている。最初の打席はサードゴロ。少し調子が落ちている。今日は、射場の設置。あいにくの雨だが、中止にはならないだろう。四脚までは設置しているから、畳をつければいい。試合は再来週だ。
2023.04.16
昨日は、晴れの予想に反して、午後からも雨が降り出しそうな曇天。それでも、行者大蒜ももう旬だろうし、来週は金曜日から箱根に3泊4日の旅行なので、行くだけ行ってみよう、と妻と出かけた。行ってみると、存外、まだ大きく育っておらず、旬の一週間手前くらいの感じだ。去年秋の雨で、川が溢れたらしく、草地に砂利が運ばれている。それで植生が変わったのか、収量も少なかった。それでも、弓友に送るのと、我が家で少し楽しむ分は採れた。帰りがけ、いつもの牛乳メーカーのアイス屋に行って、コロッケとソフトクリーム。やはり、しっかり値上げしている。20円ずつ。昨夜の夕飯は、先日、息子のところから送られてきた薩摩芋と弓友からの筍、そして採れ立ての行者大蒜の天麩羅。油揚げと行者大蒜の味噌汁。これもご近所の知らないおじさんから、買い物帰りの妻がいただいたアブラコという魚の煮付け。何だか、ほとんど元手のかからない食事だが、非常に美味しかった。今朝は5時から射場に。2℃。弓は冷たいし、手がかじかむ。50m、60射。もうフィールドの練習はやめて、とりあえず50mだけ射とうと思った。射ちそこないの確率を減らしたい。途中57,56なども出たが、1、2本ミスして、50を切るエンドも結構あった。とにかく、せっかく狙えるようになったのだから、今は50mでフォームを作ることが優先だ。「よく見て、緩まず、崩さず」が当分の練習課題である。起きたのは3時半で、現代文の生徒に出していた課題の解答を書いた。多分、昨夜は9時には眠ったので、起きて、寝不足の感じはまったくなかった。朝練モードが戻ってきている。今日は11時から健康麻雀に行く予定。こちらも、弓と同じでフォームを作ることが課題。聴牌までの最速ルートを常に選べるようにすること。勝負手と降りる手を6~9巡目くらいで見極めること。麻雀も勝率を上げるのは、なかなか難しい。凡ミスもまだまだ多い。こちらも「よく見て、緩まず、崩さず」である。その前に、MLBで大谷を見ながら、もう少し来週の仕事の準備。あ、忘れてた。ピアノは麻雀から帰ってからにしよう。「人生のメリーゴーランド」を小田原の駅ピアノで弾きたい。これもまた「よく聴いて、緩まず、崩さず」だな。
2023.04.15
今、射場から帰って、コーヒーを淹れたところ。気象情報では風速2mだったが、行ってみると、段々風が強くなってきて、エイミングしていると、押し手が左方向にもっていかれるくらいの風に。それでも10,15,20,30,40,50,60mのサイトを何とか取った。最後の60mは、通常の6リング的だったが、10点2本、M3本。近射でちょっと緩んだかな、くらいの射は全部左下に大きく外れる。狙えるようにはなったが、もう少し引いて射たないと、9点平均にはならない。「間」が短いと駄目だ。ほんの少し、長く狙っていたい。ほぼ半年ぶりのアウトドア射場だった。中らなかったし、疲れたが、楽しかった。まあ、来週は箱根だし、フィールドはお遊び感覚で射とうと思う。10℃くらいあったが、まだまだ寒い。
2023.04.14
あと少しで5時。まだお腹も減ってないので、ヨーグルトと昨日の残りのコーヒー。ちょっと寒いが、十分着込んで、これからアウトドア射場に。我が家からは車で10分。今週は、近射しかしていない。5月連休の初日にフィールド公認がある。フィールドは不得手だし、そもそもあまり好きではない。山を歩くだけで、疲れる。しかし、10m~60mまで射つから、サイトを確認しておかないといけない。今の弓は50mまでなら5mで3.5、30mまでは概ね3.0サイトが違うので、大体は分かる。今朝は風もないから、1時間ほど射てば中長距離は取れるだろう。さすがに久しぶりの仕事は疲れた。しかし、スタートとしては順調。生徒にとっては3日間で詰まりすぎているが、それは仕方がない。午前3連続が3日続くが、教材を整えておくだけで空き時間は終わる。朝、9時に出て、無料高速を使い15分。その後の30分で、3時間分の教材を仕分けしておく。この時間がないと大変だ。フルタイムを辞めてから、ずっと週3日制を維持している。講習は水曜日だが、連休明けからということだ。演習の授業より、少し問題レベルを落としてやろうと思っている。今日は市役所のスポーツ振興課で射場の使用・管理契約。4月分の使用料支払い。理事長としての仕事だ。この仕事も今年度いっぱいでお役御免にしてもらいたい。午後に、妻とフィールド射場に行って、行者大蒜を採ってこようかと考えている。土日は天気が悪いので、4連休の中では今日が最適。筍を送ってくれた群馬の弓友に送ってあげないといけない。筍も早かったが、多分行者大蒜も早い。何しろ、いつもなら連休が見ごろなのに、桜は今日にも開花しそうだ。ピアノもじっくりと練習できる。明日は、久しぶりの健康麻雀の予定。
2023.04.14
昨夜のクロ現で、初めてこの言葉を聞いた。まったく「寡聞にして知る所無し」で、言葉を教える者としては、恥ずかしいことだ。「Financial Independence ・ Early Retirement」の略で、「若いうちに一生を生きるのに十分な資産形成をし、早期退職を実現すること」という動きである。番組は、いろいろなケースを要領よく紹介していて、興味深かった。大企業で月収手取り40万という30代エリートが、節約を徹底し、その8割を投資に充てて「FIRE」を目指している姿。借金をして不動産投資を繰り返し、家賃収入90万で冬は毎日好きなスノボで遊び暮らす49歳。そして6000万という資産を形成し、仕事を辞めたが、何もしない日常に幸福を感じることができず、再び仕事に就こうとする30代。根底にあるものの一つは、「嫌消費」のようだ。彼らの多くは、億ではなく4000~6000万くらいの資産形成を早期リタイアの目安としているようだ。キャスターが言うには「5000万の資産を年4%で運用すれば、年間200万。それで十分暮らしていけると考える」人たち、ということだ。自分たちの生活実感では、まったく無理な話である。大都市の高い家賃、物価などを考えれば、単身でもその1.5倍は必要なのではないか。現に売れている「FIRE」本のサブタイトルは「年収300万」だ。そもそも4%で運用できるとは限らない。この超低金利の時代に4%というのは、相当な高利回りである。根底のもう一つは「嫌・労働」というか「嫌・企業」。理不尽なパワハラやブラック労働で、疲弊し憔悴する毎日を数十年続けても、十分な老後資産を得られるとは限らない世代だ。そんな人生は嫌だと考え、FIREを目指す。それは分からないでもない。そういう潮流が、まだ大きくはないが、徐々に若い人たちに広がり始めているらしい。それを見て、年金だけでは日々の生活を賄うにはちょっとねと思い、セミリタイア生活を続けている自分たちと、やはり比べてみてしまう。年金は前の世代と比べると少ないが、それでも夫婦二人世帯の平均20万よりは、幾分かは多い。それで何とか普段の生活は維持できるが、今は火・水・木と働いているから、年金の半分くらいの労働所得がある。それでやっと日本人の平均年収をちょっと超えるくらいだろうか。その分でちょっと贅沢な外食をしたり、旅行したりできる。その生活が満足かというと、まあ、不満はない。少しずつなら取り崩してもいい資産もある。FIREも何も、69歳で曲がりなりにも働いている自分としては、今さら考えようもないことだ。職場では、今まで理不尽なこととは戦ってきたし、やっつけてきた。その上で、一定の信頼を得てきている。週3日で働くというわがままも通るし、教えることで自己実現欲求も叶えられるし、人の役に立っているという実感も得られる。やっと仕事が機嫌良くできるのだ。歳が歳だから、趣味に「打ち込む」というのはちょっとできないが、決して無趣味ではない。毎日ピアノを弾き、弓も引いている。たまに健康麻雀、ライブ居酒屋。仮に完全リタイアしたとしても、居間でテレビをぼうっと見ているような生活にはならない。20代、30代の若い人がFIREを目指し、それを煽るような出版物が書店に溢れ、FIREを指南する教室が賑わう。そういう風景を見ていると、もちろんFIREに成功した幸福な一握りの人たちはいるのだろうが、恐らく多くの人はFIREを実現できず、自分が不幸だと規定してしまった労働を続けざるを得ないだろうし、FIREに失敗して、正規から非正規へと転落する人生を歩む人たちも少なくはないだろう、と思ってしまう。FIREというムーブメントを引き起こしているのは、出版、放送、証券などのFIREしないエリートサラリーマンなのだ、という構造をしっかりと見てほしい。
2023.04.13
午前3時間の授業、午後も会議を含めて3時間。さすがに疲労困憊したが、3時ころ起きてしまった。もう一度、寝っ転がってDVDでも見て、休もうと思っている。腹も空いた。喋るとやはり腹が空く。肉体労働ではないので、疲労困憊といっても動けないというわけでもなく、むしろ精神と身体の疲れのバランスを取るには運動をした方がずっといい。が、朝練はまださすがに寒いし、その時間は取れない。それで三階近射をやっている。狙う感覚を磨くのは5mでも十分だ。今は、黒と白の間のラインを狙って射っている。大体外れず、刺さった6本の矢は綺麗な円弧を描く。大分、引く角度というか、そういうものが分かってきた。今までと違う筋肉を使っているから、肩甲骨の辺りがきつく、後から痛むこともあるが、一日経てば何ともない。慣れれば大丈夫だと思う。お弁当を作るのも、ある程度身体を動かすし、頭も使うが、それは文章を教える頭の使い方とはまったく違う。今日は、弓友から送られてきた二度目の筍を使った昨夜の筍ご飯。冷凍しておいた筍の天麩羅、鶏の唐揚げ、サラダ。百均で新たな弁当箱と弁当袋を買っておいた。昨日の授業は、概ねうまくいった。生徒がなるほどと思える一年間の学びの導入はできたと思う。何を学びたいかを聞いた上で、学ぶ目標を明確にし、それをどうやって身につけるかを示し、最初のところだけちょっとやってみる。それで、メインのクラスの現代文と国語演習は終わった。2年の方は、古典基礎力に自信がない生徒ばかりなので、古典探究の補充と現代文演習。後者は3年と同教材。特進だから、レベルは合う。ピアノの方は、ファジルサイが上手くなってきている。やはり、一度ステージで弾くと、違う。メリーゴーランドも後一歩の感じ。これは、小田原の駅ピアノがステージ代わり。あと10日ほどだ。時間がなかなか取れないが、毎日2回はピアノに向かう。さて、二度寝だ。(追記)・・・結構、眠って7時ころ起き、弁当を作り、ちょっとお腹も空いたからピザを食べた。かなり元気になった。さ、今日も4連続、頑張りますか。
2023.04.12
「ニヒリズム」とは既存の価値の体系に「否」を唱えることであり、決して価値自体を否定するわけではない。というか、人間は「価値」の中でしか、生きていけない。人間にとって、すべてのものは、価値づけの対象である。ニーチェは、自分の現実があまりにも貧しく、虐げられ、不幸なものである時、弱者は現実を超える絶対者を作り出し、その価値を信奉することで、自らを救うと言う。すべての宗教は、そういう構造を持っている。宗教は、現実の内側にではなく、現実の外側に「救済」を約束する。「幸いなるかな、貧しき者、天国は彼らのものである」というイエスの言葉が、意味するのは、現実の弱者が、そうであるが故に、来世の平安を得る、という意味だが、それは現実の強者は現世においてすでにあることを成就し、永遠ではないにしろ、ある種の幸福を得ていることに対する強烈なアンチテーゼなのだ。しかし、考えるまでもなく、現実の弱者は、弱者であるが故に、そのような幻想にすがるのであり、イエスがやったことは、その幻想にすがる姿を、むしろ優しく肯定したのだとも言える。そして、彼らが弱者であるのは、彼らから搾取する強者がいるからであるが、そこに刃向かってもどうにもならないことを、彼らはよく知っている。より根本的な解決は、現実の世界において「強者」となることなのだが、彼らの中でそれをなし得る者は極めて少ない。突飛な連想だが、豊臣秀吉などの戦国大名の多くは、下級武士、あるいは武士ですらない農民の出自である。だからこそ、彼らは語り継がれ続けるヒーロー(英雄)なのだ。しかし、時代は変わり、資本主義と民主主義の世界となった。そこでもまだ弱者はいる。しかし、住むところもなく、家族も持てず、食べるものにも事欠くという、本当の意味での弱者、強者に対する怨恨(ルサンチマン)を抱かずにはいられない弱者、そして自らの死後に救済される天国がある、と信じなければ生きていけない弱者は、少なくとも先進国においては、極めて少ない。競争は、家柄や出自ではなく、個人の能力に掛かっている。そういう中で、挑んで勝つ、あるいは負けるという人生を送るよりも、そもそも勝負の土俵に上がらない生き方、正確に言えば、勝つと分かっている勝負しかしない人間が現れたとしても不思議ではない。「教師は極めて中途半端に、別の言い方をすれば、「ほどよく」ニヒリズムを実践しながら、生きていける」と前回書いたのは、そういう意味だ。自分は、現実の価値体系を否定しない。それを否定すれば、『善悪の彼岸』に別の価値体系を打ち立てることが必要だが、自分にはそのような能力がないことは十分に分かっている。しかし、だからといって、現実の価値体系にどっぷりと浸かって生きていこうとは思わない。もし、それをしようとすれば、競争社会を最後まで勝ち抜くことに、人生の大半を使わなければならなくなる。現実の価値体系を批判しつつ、しかし、その中で生きていく。そういう生き方が可能だったのは、教師という職業に就いたからだ。
2023.04.12
自分にとっては、今日が仕事の実質的な開始日。この春休み、たいしたイベントもなく、暇といえば暇だった。数日来、寝不足だったが、昨日は9時半には入眠、起床5時で、たっぷりと寝た。それもあって何となく気持ちは落ち着いている。午前は、2時間目から3年現代文と2時間続きの3年演習。ほとんどの生徒が3時間連続で自分の授業だ。午後はこれも2時間続きの2年演習と教科会。午前3、午後3の最もハードな一日である。水・木は午前、午後2時間ずつの授業で、講習は水曜日を希望しておいた。特講と違い、4時半で上がれる。空き時間が出るが、週に1時間くらいあった方が、プリント印刷など、頭は使わないが、時間を使う仕事に回せるから、それでいい。生徒の個人指導は3日間の昼休みでできる。原則、火・木は7時間目まである。それを待って個人指導をする気はない。今朝は、起床5時。MLBニュースを見てから、常食ピザパイとサラダ、コーヒー。これから、お弁当男子初日。二人分、サンドイッチを作る。3日間、連続するのでサンドイッチ、パスタ、のり弁というパターンで乗り切ることにした。後は、演習があるから、もう一題くらいプリント問題を解いておこうかと思う。いずれにしても、今週の解説になるだろう。それから、家事。一階の掃除を風呂洗いを含めて、ざっとやっておく。火・水・木の朝は、そういうわけで結構忙しく、ここで長い文章を書いている時間はあまりない。今日は9時前に出る予定。
2023.04.11
若いころは、夜更かしは普通だった。が、今は9時になるともう眠くなってしまう。軽い睡眠薬も使うので、そのタイミングでベッドに入ると5分で入眠する。困っているのは、早く目覚めてしまうことで、昨夜は午前2時。DVD「シカゴファイア・シーズン9」が全然見られないでいたので、まあ、起きてしまったからしょうがないと思い、3巻ほど見た。約3時間。残り1巻。新作なので1週間の期限が今日。これは夜更かしとは言わないが、「朝更かし」と言うのも違うような気がする。仕事なら「深夜勤務」だろうが、「夜遊び」とも違うし、多分日本語の語彙には名称がない。ただ、目が覚めてしまい、DVDを「まあ、眠ってもいいや」と思いつつ見ただけのことである。まあ、それも「遊び」には違いないから「朝遊び」か。正確には「深夜から朝にかけての遊び」なのだが、「未明遊び」とでも言ったらいいのか。まあ、老人は無意味に朝の寝覚めが早すぎる、というだけのことだ。これから整形に診察券を出して、帰ってきたら最後の巻を見る。大谷対菊池のMLB花巻東対決は、録画しているから、後からゆっくり見る。多分、その時に昼寝して「未明遊び」の元をとることになりそうだ。
2023.04.10
昨日は、リモートで弓の常任理事会に参加。年に一度の総会も一昨日あって、出席予定だったが、事情がありリモートにした。まあ、車で5時間かけて、ホテルに1泊して、また5時間かけて帰ってくるよりも、ずっと楽なことは確かだ。本当なら車を運転している午後の時間、ちょっと用事もあったのだが、畑の土作りを。などというと大袈裟な話だ。実際は猫の額と言うよりはちょっとは広いくらいの庭に、二列、野菜用の畝を作っただけである。といっても、庭の土は粘土質。スコップで掘り返しても、駄目な土壌はやっぱり駄目で、去年からホームセンターで培養土を買って、それを混ぜている。今年は14リッターの袋を七つ買った。それを畝のところに盛って、スコップで掘り返し、今までの土と混ぜる。それから、石灰を混ぜて、畝は完成。3週間ほど放っておけば、種を撒いたり、苗を植えたりできる。今年もミニトマト、サヤエンドウ、パセリくらいまでは決まっているが、後は適当に。茄子、胡瓜など。畝自体を少しだけ長くした。土、苗、種、砂利のところに使う除草剤など、全部合計すると結構な金額になり、多分、スーパーで買った方がずっと安い。それでも、花が咲き、芽が出て、実がなるという楽しみはスーパーでは味わえないのだから、いいのだ。
2023.04.10
今朝は三時に目が覚めた。前夜、寝付いたのは十時だから、それほど酷い睡眠不足でもない。いつもだと、ここでわりと長い文章を書くのだが、今朝は今までお仕事。今週から授業が始まるので、それなりの準備はしておかなければならない。いつも、最初に書いてもらう簡単な予備調査の作成など。生徒の国語についての意識や、志望先などに答えてもらう。それを読んで、大体授業のフォーカスをどこに当てるかを決めていく。これをやらないと、最初から生徒にとっては何をやっているか分からない授業になってしまう。どんなことにも入念な準備は必要だ。そこを疎かにしていい仕事はできない。生徒のためというよりも、むしろ自分のためだ。いい仕事をしないと、自分が満足しない。授業は、時々、教えて終わって「やったね!」と思うことがある。教えたいことが、うまく伝わった時だ。毎日を機嫌良く過ごすために、やることだから、その準備は苦にはならない、というか機嫌のいい生活の一部である。
2023.04.09
修士論文のタイトルは『後期ニーチェのニヒリズムについて』である。しかし、ニヒリズムについて、ここで学問的に論じようとは思わないし、もうそういう気力もない。だが、よく考えてみると、自分はずっと「ニヒリスト」として生きてきたような気がする。ニーチェは「世界の絶対的無目的性」を知ること。世界にはいかなるメカニズムもなく、歴史にはいかなる目的もなく、救済もない、というのがニーチェのニヒリズムの出発点である。しかし、その絶望的認識から、どう生きるかは、人それぞれだ。ニーチェは、その冷徹な事実に正面から向き合い、学問の世界から追われ、狂気のうちに没した。「音楽の精神からの悲劇の誕生」をワーグナーの楽劇に見ようとした若き文献学者の姿は、後期ニーチェには一欠片も見当たらない。そこにあるのは、自分が逢着した真理に打ちのめされまいと必死に戦う、極めて精神不安定な人間の姿だ。もう長い文章を書くことすらできず、彼のニヒリズム思想は1880年代のアフォリズムの断片として書かれているだけである。それを一つ一つ拾い上げて、繋げて、まとまりある体系にする、というのが自分の修士論文のテーマだった。「Nicht」、つまり「否」を突きつけることは、若者にとってはある種の快感である。西洋形而上学という壮大な知の体系に「否」をつきつけ、しかし、最後にはそれに取り込まれてしまう、というのがハイデガーのニーチェ理解である。「アンチはそれがアンチであるからこそ、アンチを唱えた当のものに必然的に取り込まれていく」。自分は、ニーチェを学び、世界の無意味性を知ったが、それに正面から立ち向かうだけの力などないことはよく知っている。それを「やり過ごして」生きてきた。教師という職業は、前に書いたように「天職」などとはとても言えないが、ちょうどおあつらえ向きだったのかもしれない。ビジネスの世界なら、その論理の中で、その価値観を全面的に信じなければ、とても成功は覚束ない。役人なら、ウェーバーの言う「官僚性」の中に、己を殺さなければ生きていけない。ところが、教師は極めて中途半端に、別の言い方をすれば、「ほどよく」ニヒリズムを実践しながら、生きていける。事実、自分はそうやって生きてきた。同列に言うのもおこがましい限りだが、自分はニーチェのようにではなく、漱石のように生きてきたような気がする。
2023.04.08
漱石が「私の個人主義」という講演で大体こんなことを言っている。「自分の本領というものが、あるようで、ないようで、どこを向いても落ち着かないのです」これはモラトリアムそのものではないか。漱石のような大文豪でも、そこにたどり着く前は、そんな気分だった。いや、小説家として成功してからも、彼は「自分の本領」の在りどころを、探し続けていたようにも思える。「則天去私」が彼の到達した境地だと言うが、自分にはそうは思えない。それは彼には「過程」にすぎなかっただろう。『明暗』が未完のまま終わった遺作だが、昔読んだ記憶では「暗」の部分しかない、まるで救いのない小説だった。何かの境地に達したとはとても思えない。それはともかくとして、自分の人生を振り返っても、何が自分の「本領」だったのか、まったく分からない。教師が「天職」だなどと思ったことは、一度もないし、かといって本当はこれがやりたかったんだ、ということもない。世間的に見て、ほどほどの成功は収めたのかもしれないし、幸福な老後を暮らしているのかもしれないが、自分ではまったくそう感じていない。つまり、いまだに「モラトリアム」が続いている。おそらく、何の「境地」にもたどりつくことなく、人生は終わるだろう。モラトリアムとは、生の本来的在り方なのかもしれない。
2023.04.08
昨日は、生検の結果もよく、久々に射場に。休み休み、約2時間。100本近くだと思う。途中、心がけたのは「背筋を伸ばす」ということ。歳を取ると、背中がだんだん丸くなる。座っていても、立っていても、ふと気づくと、ずいぶん背を丸めている。その都度直すのだが、背中が丸いのが常態なのだろう。弓を射る動作は、もはや自分にとては歩いているのと同じく日常の動作になっている。つまり、無意識に射るのだが、そうなると、自然に背が丸まる。そのことに気づき、意識して背中をまっすぐにして射った。結果はまずまず。しかしいまだに、どういう動作をして、エイミングを動かなくし、矢を放つかがつかみきれない。「動作」と書いたが、身体の外に現れる動きではなく、内部の力の増加というか移動というか、そういうものである。外の動きなら、いつでも同じように見えるだろう。今日は、三階でそのあたりをもう一度。来週からは仕事も始まるし、いろいろなことに「背筋を伸ばして」臨もうと考えている。
2023.04.07
小此木啓吾が『モラトリアム人間の時代』を著したのが1978年。奇しくも、二度目の大学4年に入った昭和53年である。当時、大学では留年するのが普通、あるいは今風の言葉なら「クール」だという風潮があり、そのまま就職する気にもなれず、かといって、大学院進学をするほどの勉強などしていない自分にとって、自然な選択だった。その間、塾やら家庭教師やらでバイトをして、当然のことながら打ち切りになった奨学金の分をカバーした。小此木は、留年を繰り返しなかなか社会に出たがらない大学生たちを目の当たりにして、精神医学者としての新たな知見にたどり着いたのである。「モラトリアム」とは、刑の執行猶予期間のことで(他に、主に国家の借金、つまり国債の支払い猶予期間の意味もあった、と記憶している)、自由な大学生活から、厳しいルールに縛られる社会人になるという「処刑」を猶予してもらいたいという、当時の若者の「甘え」のようなものがあったことを、小此木は見事に言い当てたのである。この話は、もう少し書き続けたいのだが、以上は前段である。昨日、生検の結果を聞きに、病院に行った。朝に、妻が録画していてくれた『きょうの健康』を再度見て、さらにネットで、医療情報サイトの会員になって、前立腺がんの治療について、間に合わせだが、とりあえず詳しい知識を得た。その結果、夏に手術か5日間の集中的放射線治療、そのどちらか、できれば後者を選ぼうと決めた。泌尿器科の医師が言うには「今回、これは○○さんにとって喜ばしい話とは思うんですが……」と少し残念そうに前置きし、「16本前立腺を採取したんですが、今回はがんはゼロです」「そうすると、監視療法を継続する、ということですか?」「う~ん、そうなりますね。だけど、どうしても引っかかるんだよなぁ」と未練がましく言う。「それじゃ、先生、PSAとかMRIならいつでも受けますから、チェックの期間を一年とか半年でなく、もっと詰めてやっていいですか」「あ、そうしましょう!じゃ、今度は6月ということで」何だか、どっちがドクターなの?という感じだが、「患者主体の医療」という現代の正しい医療には完全に合致している。がんゼロ本であっても、一度下された診断が覆ることはない。0/16ということが、確率的にどのくらい起きるか分からないが、がんであってもそういうことはあり得るのだろう。何だか気が抜けてしまったが、この際だからと思い、聞いてみると、放射線5回という最新の治療はやはり地元の病院では行われていないとのこと。「いや、そういうことだったら、今度、また癌が進行したということが分かったら、どこにでも紹介状は書きますから」と医師はやや嬉しそうに言う。ろくに知識もないのに自分のところに抱え込もうとする医師は最悪だが、このドクターはそういう人ではないことは、1年の付き合いで分かっていた。ただ、自分が0/16だったことが、医師としての予測と違ったことで、ちょっと落胆したのだ。だが、てっきり治療開始と思っていた自分は、非常に安心した。「監視療法」なら、当然のことながら何の合併症の心配もない。「前立腺がん」という診断自体は有効なので、今回の入院生検の保険請求のための診断書を事務で頼んで、帰宅した。前回のがん、モルト型リンパ腫にかかった時に終身支払い免除となった(これだけで、年に30万近くだから「ガンと診断されたら100万円」と宣伝しているアヒルのガン保険よりもずっといい)ガン保険、一般医療保険の両方から保険金が出て、まあ、少しはカバーできる。夏に手術入院なら、個室にしてもらおうと思っていた。「お祝い」というわけでもないが、夕食は妻が、弓友から毎年送っていただく筍(今年は早い!)を使って、筍ご飯、若竹汁、そして自分の好物の酢豚。まあ、妻としては治療が決まって落胆している自分を励ますつもりだったのかもしれない。しかし、前回のモルト型リンパ腫の「寛解」と違って、今回は「監視療法」の継続。言ってみれば「執行猶予」ということだ。(「執行猶予=モラトリアム」という言葉は、特定の世代に限らず、現代日本人の在り方を考えるときの、有効な視点だと思うので、もう少し続きます)
2023.04.07
数えると、3月28日以来、まったく弓を引いていない。自分としては珍しい。どうも弓に対する気力というか、そういうものが減退してきている、という自覚がある。矢も2本ヴェインが取れたままで、補修していない。旅行から帰ると、いつも弓を車に戻すのだが、それもしていない。三階で近射もしていない。それに対して、ピアノは帰ってから毎日弾いている。『人生のメリーゴーランド』はかなり通して弾けるようになった。別のアレンジの楽譜を買おうと思っている。今日は雨。帰って面倒だったら、三階でちょっとだけ射って、ということになるかもしれない。
2023.04.06
人間が生きているのは、リアルの世界だけではない。「バーチャル」という言葉はすっかり定着した日本語になったが、VR技術以前のバーチャルは、夢という現象だったろう。【今朝方の夢】小学生の子どもたちを連れて病院に行った。叔母が入院していた。着くと、すぐ病棟だったが、なぜか空っぽの犬のゲージがあり、叔母は見当たらなかった。叔母が飼っている犬だと思った。仕方がないので帰ることにしたが、ベンチの前に水槽のようなプールがあり、子どもたちを遊ばせることにした。息子は喜んで泳いでいたが、娘がどうしていたかは分からない。いい加減、時間も経ったので、「早く、上がれ」と言ったが、なかなか上がってこない。「いいよ、もう帰るからね」と大声で言う。そうすれば、上がってくるだろう。案の定、帰る素振りを見せると、息子は高い水槽の柵を何とかよじ登って、下のベンチに滑り落ち、うまく着地できず、仰向けに倒れた。が、たいしたことではない。帰りがけに、叔母にやっと会うことができた。叔母は、ちょっと顔色が白っぽかったが、しゃんとしていた。「今度の夏、退院したら来てね。待ってるから」というようなことを言ったら、分かったというように大きく頷いている。それで、帰ったのだが、「あ、犬の餌をやるの忘れた」と思う。「餌は、ドクターがちゃんとやってるはずだから」と誰かが言う。どうも娘の旦那の口調だ。というところで目覚めた。どちらかというと悪夢だった。【分析】現実には、叔母と子どもたちはそれぞればらばらに会っているが、一緒に会ったことはない。叔母が我が家に滞在したのは、もう二人とも大学に上がった時だったから、いなかった。ちょっと解釈しがたいが、自分の病気が反映していることは間違いなさそうだ。今日、生検の結果を聞きに病院に行く。大体、治療開始が決まり、夏になるだろうという予測はあるが、それにしても気が重いことではある。長らく入院していた父親ではなく、遠方の叔母の病院に行ったのはなぜなのだろう。亡くなる前、2,3回下関まで自分は見舞いに行った。もう時間の問題だったが、それでも勤めもあり、3泊くらいで行った。もう手の施しようがなくなって、宇部の大学病院から、下関の市民病院に転院した時に、民間救急車というもので移動した。その時に、叔母が家に立ち寄りたいと言ったのだが、救急車はタクシーではないから、それには応じてくれない。病院と家はそんなに離れていないんだから、叔母の願いを無理にでも叶えてあげればよかった、という後悔はある。叔母は、それからひと月くらい後に、病院で亡くなった。結局、一度も家に帰ることがなかった。その家を相続して、4ヶ月後に売却した。夢の病院は、大学病院とも市民病院とも違い、何か、精神病棟か高齢者施設のような感じだった。今回、娘のところに行って、フルリタイアしたら、最後はここに住み続けるか、どうするか、ちょっと悩んでいる。ここを離れるとしたら、息子のいる鹿児島に、と自分は考え始めている。そのことと夢の内容の関連は分からない。移るとしたら、息子も40歳を過ぎているだろう。多分、手頃な中古住宅を見つけて、息子の近くに住むことになる。ピアノが置けて、いいクリニックがあって、といろいろ条件はある。そういうことを考えると、体力のあるうちに、とも考えてしまう。隣家が家を売却に出して、やはり孫のいる札幌に移住するという。賃貸マンション。自分たちにはできない選択だ。賃貸でグランドピアノが置けるマンションなどないし、そもそもいろいろ制約が多いから、中古でもマンションは駄目だ。フルリタイアだから、年金だけが収入源になると考えると、月10万の家賃でもきつい。まあ、そんなことが今朝方の夢に関連しているような気もする。
2023.04.06
昨日は仕事始め。時間割を確認すると、3年特進の国語演習3時間が、2年特進の国語演習4時間に変えられていた。まったく。もう、教材も準備したというのに、何でそうなったのか。まあ、公式には、非常勤講師は、自分の担当時間について、あれこれ言える立場ではない。だが、主任に確認し、そうだと言うから、3月のうちに準備したのである。誰の意図かは分かっている。自分の授業時間数を少しでも少なくしたい専任。生徒を選り好みし、自分の仕事がいかに大変かを始終アピールしないと、精神的に安定しない人間だ。まあ、こちらとしては、2月3月の海外旅行の計画が難しくなっただけだし、授業が1時間増えたのだから、たかだか十数万だが、収入はアップするからいいことにした。2年演習はたった3人だし、お気楽にやればいいか、という感じだ。にしても、腹立たしいので、どっかできっちり言わないといけないだろう。これで授業は13時間、教科会が1時間。講習は連休前から週1回。夏冬と直前。それが今年度の全仕事内容。教科会で、どうしようもない入試問題を直してやらなければいけないのがちょっと憂鬱ではあるが、まあ、仕方ない。時間割は火・水・木、すべて2時間目から始まるように、最後に調整した。1時間目の始まりあたりに行って、プリントなどを準備して、授業という流れ。火・水は、5時くらいになるが、木曜日は3時には帰宅できる。いずれにしても、今年度は火・水・木は仕事の日である。朝練も行かない。朝、射ってから行くと体がもたない。お弁当男子も3日間すべて。健康麻雀は時間的に行けない。それから、2,3,4と入っているので、定期試験期間中は有休を取る。取らないと、試験監督は非常勤の業務に含まれるが、有休にすれば当然しなくていい。試験監督をつけるのも専任優遇で、非常勤は3連続などということもあるからだ。試験監督は自分の教科とは限らないので、碌でもない問題の監督をするのはバカらしい。それで、実働時間は授業+教科会+講習+ボランティアの個人指導ということに限定する。ま、授業は来週からだから、今日は健康麻雀には行くけどね。
2023.04.05
通常の会社では、年度の最初の出勤日を「仕事始め」という。だから、昨日がその仕事始めだ。通例、大企業や官庁なら、新人に対してトップの訓示がある。そんなニュースを見た。自分の勤務先は1日が仕事始めだったが、有休での旅。午後3時くらいに到着。270km。最後は高速を使った。それで、今日が自分にとっての仕事始めである。担当授業は分かっているが、時間割は分からない。火・水・木に12時間+教科会1時間が入っていることだけは確かだ。何人の新入生が入ったのかすら分からない。非常勤講師はお気楽な稼業だ。それと新人教員の歓迎会。加入は随意の親睦組織に自分は入っているから、その案内の電話を旅先でもらった。昼食会である。それで、今日は11時ころ家を出て、授業準備を少しやってから、会に出て帰ってくる。もはや、仕事は自分にとって生活の手段というよりも、生活そのものの重要な一つである。仕事自体が、趣味と同じ感覚で楽しいし、面白い。そうなるまで、ざっと40年はかかったが、そうなってよかったと思っている。同じ職場なのに、不満だけを抱えて辞めていく人間もいるし、メンタルをおかしくして、というのもいる。普通なら、あと2年だが、今年度で終わりと言われても、文句は言えない。逆に、状況が許せばこのまま後5年、6年ということもあるかもしれない。しかし、考えてみると、生きていることだって、普通ならあと15年くらいあるのだろうが、明日終わりになっても文句は言えないのだから、同じことである。
2023.04.04
旅は自宅に無事着くまでなのだから、まだ「終わり」ではないのだが、実質的にはもう終わりである。昨日は、孫のところにはちょっとだけ。3時くらいからは、妻は旅先ではよく行く占いの店に、自分は大きな書店に。昨夜は台湾点心の店に。海老炒飯と点心2点、青菜のニンニク炒めなどを頼む。レモン酎ハイとハイボールで乾杯して、旅の終わりを祝った。WITHコロナとやらで、街は賑わっている。一昨日とは違うデパートのレストラン街だが、どこにも待ちの列があった。今、最後の朝食を終え、部屋でコーヒーを。朝食に行く前に、大谷が今季1号。MLB、今年は去年以上に見るような気がする。今日は9時半ころ出発。やはり、一般道を走り、途中ピザの美味しい店があるので、そこに寄る予定。最後の峠は高速で、と考えている。3時ころには帰宅予定。
2023.04.03
「楽観主義」と「孤独」は直接には無関係だ。というか、普通「楽観主義者」は孤独ではないだろう。楽観主義を支える家族がいて、コミュニティがある。逆にいうと、そういうものがあるから楽観主義者でいられる。そういう意味では、自分も孤独ではない。妻と二人暮らし、子どもたちとは定期的に行き来している。今年の連休は札幌から娘夫婦と孫たちがやってくる。5月中旬には鹿児島に行き、息子夫婦と孫に会ってくる。近所とのつきあいもそれなりにあり、職場の同僚ともいい関係だ。弓関連、健康麻雀関連、ピアノ関連など趣味での浅いつきあいもある。独居老人の孤独とは今のところ無縁だ。だが、自分は「現象」としての「生活」がどうあろうと、人間の「本質」は「孤独」であると考えている。今朝の新聞で、個人主義からコミュニティに、コロナを機に人間の生き方が変わったという書評(『強欲資本主義は死んだ』)があった。コロナが終わっても、コミュニティから個人主義へと再び回帰はしないだろう。なぜなら、「何かに所属することは私たちにとって負担ではなく、人間性を取り戻すことにつながる」からだ、という文で書評は終わっているが、引用された筆者の短い文の文脈は不明だが、全面的に賛成はできない。「何かに所属すること」が重要だ、という点には何も文句はない。仮に、仕事が来年度にはなくなったら、自分は「職場」の代わりになるコミュニティを探すかもしれない。年齢の問題はあるが、「教える」という仕事を別の場所に探すかもしれない。「関わり」の中でこそ、「生きがい」が得られる。しかし、人間は、その構造上、「孤独」であり、「孤立」している。別な言い方をすれば、「個人」としてしか生きられないのだ。ハイデガーなら、「存在論的に」という言い方をするだろう。もちろん、親がいなければ自分は生まれなかった。しかし、思春期を経て、親への依存度を薄めていく。その時、「自立」し、生活も「自律的」になる。何をどこで学ぶか、どうやって自分の生活を支えていくか、人生を誰とともにするか、我々は「個」として、その選択を繰り返していく。それは、「他」から押しつけられるものであってはならない。同様に、自分の孤独を、人のせいにしたり、誰かに解決してもらおうとすることも、あってはならないと思う。選択の結果が思うように得られなくて、普通の意味で「孤独」に陥る人もいるだろう。十分な年金や資産もなく、老後を一人で過ごさねばならない人もいるし、「引きこもり」のまま、親が亡くなる人もいる。しかし、それは「あってはならない」ことだと自分は思わない。そういう意味で、現政権が掲げている「孤独・孤立」対策、というのはいったい何なのかと思う。おそらく、「相談」センターを作ったり、孤独な人が集える場を作ったりするのだろう。自分の町にも「あいよる」センターなるものがある。何のことか、しばらく分からなかったが、「相寄る」なのかな、と最近気づいたあるいは「愛寄る」なのか。どちらにしても、まるでキラキラネームではないか。もちろん、一方で、孤独は自らの選択である、という人もいるだろう。あるいは、そうでなくとも、受け入れつつ生きている人は多い。そういう人たちにとって、「あなたの孤独を何とかしてあげますよ」という政策は、余計なお世話でしかない。もし、孤独から脱したければ、自分で何とかしないといけない。「死」は、いずれにしても「分かち合う」ことはできない。もちろん社会的な意味での死、つまり死亡届を出し、葬儀をし、相続をする、という意味での死は、他者の関与なしには成立しないのだが、そうだとしても「私」の「死」は、私自身のものであり、他の誰のものでもない。だから、私の「生」も本来的には同じことなのだ。そして、だからこそ、「私」は限られた人生の中で、親や子を含めた「他者」との関わり合いを求めるのである。それを叶えてくれるのは、「社会」ではなく、「私」自身なのだ。
2023.04.02
昨日は、11時半ころ、娘の家に行った。デパートで、娘が予約していた餅を受け取り、代金を払ってから、ホテルの駐車場に戻り出発。といっても5分くらい。娘夫婦がこのマンションを買ったのが、5年くらい前だろうか。中古だが、1フロア2戸の10階建て。その最上階だけは、1戸で、間取りは贅沢な4LDK。普通なら5LDKの広さである。屋上にも出られ、随分と広い。最初、聞いたときには高いなぁと思ったが、今や札幌の地価は上昇中で、買った値段よりずっと高く売れるらしい。まあ、どちらにしても、それは娘夫婦の話である。こちらは、新居祝に確か100万あげただけで、何の援助もしていない。上の孫は4月から小学生。もう、幼児というよりは少年である。跳び箱が7段跳べるらしく、体操でも習わせるか、と言っている。体力がありすぎて、そうでもしないと親の体力がもたない。この先、どんな人間に育っていくのか。今のところ、まったく予測できない。下の妹は、まだ「人」というより「動物」。見つけると、ニコニコしながら這ってきて、立ち上がり、抱っこを求める。重い。だが、可愛い。隣家の夫婦は、孫のそばにいたい、と言って、5月引っ越すのだが、自分ちにはそういう考えはあまりない。孫は可愛いが、子どもと同じく、自分たちとは違う人生を歩む人間だ。自分たちはその成長を喜んで見ていればいいだけである。そこに依存したくはないし、支配したくもない。その上で、もし、どこかに移るとすれば、息子のいる鹿児島だろう。人口36万。活気のあって、暮らすのにちょうどいいサイズの街だ。時々、中古住宅のサイトを見ている。娘より息子、というわけではない。「余生」を過ごすのに、雪のない南国の方がいいな、と思うだけである。グランドピアノが置ける平屋。電車の駅に徒歩で行ける、というくらいの条件で見ている。まあ、どうなるかは分からない。今のところ「小さな仕事」もあるし、すぐにどうこうという話ではない。が、移住するなら、体力のあるうちに、とも思う。夕食は、餅を買ったデパートのレストラン街の讃岐うどんの店。これが、なかなか安くて美味い。久しぶりの日本酒もおいしかった。帰り道、すっかりバテてしまい、ちょっと貧血気味だった。6時間半通しで眠り、5時ころ起きた。やはり、相当疲れたのだろう。今、MLBを見ながら書いている。藤浪は1,2回はパーフェクトだったが3回でノックアウト。8失点。大谷は、もう少しでホームランというヒットで初打点を挙げた。昨日、孫と外遊びしたのが、かなりバテた原因。今日は、少しだけ行くことにする。
2023.04.02
楽観主義を支えるのは、決して己の能力や運など、通常考えられている人生の重要な要素ではなく、逆説的に言えば、「身の程を知る」という態度だと思う。自分は、傑出した人間ではない。一部上場企業の役員でもないし、学問の歴史に名を残す学者でもない。平凡な田舎の一高校教師として、すべての職業生活を送った。恐らく、知能という面では上位5%には入るだろうが、5%というのは同世代の中でさえ、はいて捨てるほどいる数だ。しかも、それは「賢い」というわけではなく、単に限られた種類の課題解決の力が勝っているということにすぎない。一生の趣味となった弓だって、たいしたアーチャーではない。全道で何度かチャンピオンになったが、全国で通用するレベルにはまったく到達しなかった。インターハイが最初だったが、個人成績は150人くらいの中の55位。全日本の選手権の最高順位は6位。インドア18人中の順位だ。経済的にも一介の庶民にすぎない。資産も、年金も「ほどほど」でしかない。しかし、世上伝え聞く「平均」よりもかなりいいのは事実だ。年金も資産も上位10%~20%くらいのようだ。が、車は中古車。グランドピアノも中古品。家も築40年の時代遅れの二世帯住宅。郊外型分譲地の地価は、買った時の1/3まで下がっている。ただ、何についてもたいして努力はしていないのに、なぜかうまくはやってきた。世間的幸福、成功不成功のいろいろな指標があるが、それもほどほど悪くはない。例えば学歴。旧帝大卒なんて、それこそゴロゴロいるが、今の職場では数人しかいない。大学院となると、自分ともう一人だけ。旧帝大といってもほとんど北大。自分の出身校の基準では、「最低限」だった。これが、ご近所となると、そもそも大卒がいない。あるいは子育て。二人とも、まあ、何とか一流大卒で娘はドクターと認定医資格を持つ歯科医。バイトで勤めている。息子は、早稲田で大隈重信奨学金をもらった。今は、大学の准教授。二人とも結婚して孫は合わせて三人。なかなか近所の教育ママたちも何も言えないほどではある。しかし、実態を見れば、そんなたいした成功ではない。要は、自分の身の回りにいる人たちから見れば、確かに「恵まれている」と言われる状況であるには違いないのだ。が、そうなるために努力したわけではない。教育ママどころか、学校をサボらせて、GLAYやゆずのコンサート巡りまでした。子育てでお金がかかるときには、家庭教師や塾、予備校のバイトが入り、副校長になる前年までなにかしらやっていた。旺文社模試の作問もやった。今なら、まったくできないことだが、その時は職場もアルバイトフリーだった。それだって、周りの同僚から見れば羨ましかったことだろう。要は、あの人は、何だか知らないけどうまくやってるね、という人間だった。周りよりも、ちょっとだけ幸せだったのは確かだが、それは「ちょっと」でしかないことを自分が一番よく知っている。
2023.04.01
出発時は、決めていなかったのだが、結局、昨日はオール一般道で札幌まで来た。260km。燃費インジケーターでは18.5km/L。2トンを超える車重だから、信じられないくらいいい。道は空いていて70~80km走行走行のような走り方だった。燃費計は3/4以上。高速を使えば5,000円以上で、しかも燃費計は半分近くまで減る。途中、豊浦の道の駅で、生わさびを買った。1,100円。一番安いのにしたが、それでも十分な大きさだ。今日の誕生祝いのご馳走は寿司だから、娘のところにも持っていく。おろしがねがあるといいのだが。昼食もここで、握ってきたおにぎりと買ったよもぎ餅。懐かしい味がする。6時間かけて、3時にホテルに到着。会計をすると、駐車場代金が4/1から1,000円だそうだ。今まで500円と格安だったのだが、値上げのご時世、仕方ない。二人で35,700円。一人一泊6,000円だから、それでも安いことは安い。今、駅前のホテルは10,000円くらい。10泊で1泊分がサービスになるポイントが30を超えた。これは箱根で使う予定。夕食は、たいてい行っていた駅ナカの居酒屋が、新幹線の工事で閉めてしまったから、すすきのの本店に。全国旅行支援のクーポンは使えて、3,500円くらいで済んだが、当てが外れた。駅ナカの店と比べると、メニューも寂しく、タケノコも牡蛎もなかった。わかさぎの天麩羅とトリ串、豚串は美味しかったが、店も小さく、テーブルもそこそこしか埋まらず賑わいがない。やっぱり、こういう店は、客が満杯で、賑やかでないと。しばらく工事は続くから、駅前で別のところを開拓しないといけない。一人なら、それこそコンビニでいいのだが、せっかく二人で来るのだから、美味しい店がいい。今日は、大丸に娘が頼んでいるお餅を引き取ってから、車を出して孫の顔を見に行く。駅から地下鉄で二駅だから、車でなくてもいいのだが、入学式に着る着物の小物など、いろいろと積んでいる。着物本体は前回2月に届けた。明日も、娘のところに昼は行く予定。両日とも4時には引き上げ、夕食は妻と駅付近で。どこかいいところを探しておこう。例によって、4時過ぎに目が覚めてしまい、朝食の6時半までは暇。時間を決めて朝食を一緒に、ということはしない。妻との待ち合わせは11時に、デパートの前。それまで、何をするか、まだ決めていない。
2023.04.01
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