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今年から、旅行が割と多くなるかもしれない。カテゴリーを追加した。今日は、三泊四日ドライブの旅。娘のところの二番目の孫の満一歳のお祝いがメインだ。安全運転でいきたい。途中の道の駅で生わさびを買う予定。1本1200~1500円とそう安くもないが、刺身をおいしく食べたいので、置いてあればいつも買う。刺身も随分高くなったので、そうそうは食べられない。だが、二週間に一回はスーパーの握り鮨で夕食をすませる。それもわさびがあれば、味のレベルは上がる。それやこれやで、1本を二ヶ月くらいで使い切る。大谷の開幕登板は、10時から。総合テレビだから、ワンセグでほどほどに確認しながら。今回はドラ割はあるが、連続する三日間まで。四泊なの使えないから、一部高速にして、大半は一般道。急ぐ必要もないから、途中でいろいろなところに寄り道できる。昨日、経由を満タンにし、車内も少し片付け、掃除機もかけた。9時ころ出発して、3時にホテルに入ればいい。今日は娘のところには行かない。夕食は、いつもの駅ナカの居酒屋が駅の改修で閉めているので、本店の方に行こうかと思う。ストリートピアノがあれば、もちろん弾いてくる。ピアノのおかげで旅の楽しみが増えた。
2023.03.31
弓は、もうそろそろフェイドアウトの時期だ。まず、やりたくもないのにやっている協会理事長は、今年度で二期目が終わるので、辞めることとする。人がいないから兼務している事務局長も同じく。できることなら理事も辞め、ただの射つ人に戻りたい。そもそも、仕事での校長・学園理事もそうだったが、そういう権力志向はまるでないのだ。もちろん、理事などで苦労されている方はいて、申し訳ないとは思う。しかし、来年は70歳。わがままを通してもいい年齢だろう。今年度は、遠征もほどほどに。墓参りを兼ねた帯広と、あとどこか1回くらいでいい。まあ、マスターズかな。土日月の二泊三日でも、きついことはきつい。遠征試合で、前年度は二回勝ったが、別に嬉しくもないスコアだった。そもそも70歳近くになってレフティに転向を余儀なくされた上でのことだ。地元の試合を中心に趣味で射てば、それでいい。選手権も出なくてもいい。仕事が去年よりきついから、そういう調整は必要だ。朝は暇だから、練習には行くが、サンデー・アーチャーでいいじゃないかと思っている。純粋に狙う、中てるということを楽しみたい。旅行は、4月箱根、5月鹿児島、6月墓参りと試合を兼ねた帯広、とそこまでは決まっているが、夏は前立腺の手術の可能性が高いので、今のところ何も入れていない。秋もどこかに行きたい。授業もなくなる2月、3月に海外と考えている。それを含めて、年に5,6回は出かけたい。自分たちの旅行スタイルは、できる限り安いチケット。4月はマイルを使い、5月はANAの1区間7,000円チケットを頑張って取った。宿泊はいつものホテルチェーンのシングル二つ、こちらは全国旅行支援が今のところやっていなくて取れない。非団体旅行、「九州ぐるっと回って15万」なんてのには絶対乗らない。大体、調べておいて、後は出たとこ勝負。夕食は地元の居酒屋か名物料理。たいてい当たりの店になる。と、そんな具合だ。健康麻雀は仕事との兼ね合いで、次年度は土曜日にしかいけない。遠征試合だと土曜日出発になるので、まあ、月2か月3がいいところだ。天鳳で普段は練習しているから、別に構わない。テスト期間などは平日も行ける。ここにもたくさんの顔見知りができたし、自分と同卓したがっている人は老若男女問わず多い。真剣なメンバーとは真剣に押し黙って、和気藹々を楽しみたいメンバーとは楽しく軽口を叩きながら、やっている。やはり、これは「対人」ゲームであり、コンピュータでやるのとはまったく違う。フォーク居酒屋は、もう、たまにでいいかな、と思っている。夜出かけるのは億劫だし、ちょっとマンネリ。その代わりに弾かせてくれるピアノバーに、月イチくらい行きたい。今やっている「人生のメリーゴーランド」や、過去に仕上げた「ファジルサイ・トルコ行進曲JAZZ」や「トロイメライ」などシューマンの小品、これから楽譜をと考えている「エンターテイナー」など、披露したい。ストリートピアノにも旅行先にあれば、行って弾いてくるようにしたい。もう鹿児島は、日本初のストピがあり、決まっている。箱根にもきっとある。旅の恥は何とやらだ。弓は、1,2時間で週4,5回。ピアノは1日1時間、原則毎日。麻雀は天鳳で一日1~3半荘、というのが、日常的に趣味に割く時間だ。それは、試合やステージ、健康麻雀などの「本番」の準備のための時間だ。趣味だろうが遊びだろうが、ただ漫然とやるのがいいとは思わない。やはり、少し先の目標があり、そこを目指して毎日無理せずに楽しむというのが、自分の流儀だ。【仕事・経済編】と連続して書いたが、時間、健康、お金、家族……そういう条件が揃わないと、仕事も趣味も楽しめない。そういう意味で、自分はとても恵まれていて、いろいろな人に感謝したい。
2023.03.30
4月1日は、年度始めの会議などがあり、非常勤を含めて、全職員が出なければならないのだが、有休を取った。会議で話される内容などは分かっているし、自分がいようがいまいが、たいして影響もない。それで、娘の方の孫の一歳のお祝いに行ってくる。駅から直結のデパートで予約している餅を買って、娘に背負わせ、写真を撮り、ご馳走を食べる。当然、スポンサーは自分たちだ。教科会への出席義務を含めて、授業は13時間。講習は5月から毎週1回。夏と冬は5日間。それだけは、仕事だから拘束される。火・水・木は午前、午後を通して4時間か5時間ということになる。すべて3年生だから、1月まで。大体、1単位が年間30時間程度。そうすると、授業自体は30×12=360時間。1日に慣らせば、1時間だから月に30時間。時給にならせば4000円弱。賃上げの時代だが、そんなに悪くはない。年間20回くらいの教科会、講習が休みを含めて40回くらい、こちらも時給はそう変わらない。年収は、自分たち夫婦の年金額の半分弱。合わせれば、二人世帯のひと月の消費支出平均より高いが、まあ、足りない。もちろん旅行費用などはここからは無理。それは蓄えを崩しながら、ということになる。『小さな仕事が日本社会を救う』という本のロールモデルは、1日5~6時間。週4日で年間100万の収入、というのだから、1日1時間で、それを越えるんだから文句はない。今年度からは試験期間などは、できるだけ有休を取り、休日にしようと思っている。半休ですむし、採点はどうせ自宅だ。だが、頼まれれば生徒の個人指導は、無償で応じる。それは、やりがいの一つだ。もちろん一定の限度はある。例えば、授業がないのにわざわざ出てきて、などということはしない。そこまでの義務はないし、給与ももらっていない。専任がいるんだから、そちらでやってね、ということだ。ところが、小論文の指導などは、専任に任せておくとどうしようもないことになる。最初に書いた生徒のまずまずの出来の文章に、わざわざ手を出して悪くして、最後に収拾がつかなくなってから、こちらに回ってくる。ホント、嫌になってしまうが、しょうがないから見てやる。それくらいなら、最初から来てもらった方がいい。とにかく、「非常勤」という職分をあまり越えずに、自分に課したミニマムでやろうとは思う。この二日で入試問題は、実はもう二題作成済み。サクッとやればいいのに、専任は、期日に遅れたり、ろくな問題でなかったり、うんざりする。この仕事は本当に引き受けたくなかった。しかし、授業の本質である、教えることの面白さを次年度も味わい続けられる、というのが自分にとっては、一番嬉しいことだ。いろいろ書いたが、お金は二の次だ、というのも本当だ。『小さな仕事』でも強調していたが、問題はお金ではなく、生き方だと思う。
2023.03.30
朝、5時に起き、ゆっくりと昨夜の食器を片付けたりしながら、コーヒーを淹れ、ピザを焼き、食べたり、片付けたりしながら、この画面に文章を綴るというのが、オフシーズンの日課だ。次年度は、仕事も増え、4月からはアウトドアシーズンも始まるから、それほどゆったりとした朝は過ごせないかもしれない。が、一日のうちでどの時間が一番好きかと聞かれれば、迷いなくこの朝の数時間と答えるだろう。別に妻が起きてきたら、嫌だというわけでもないし、仕事も嫌ではない。夕食時、ゆっくりと妻と話しながら過ごす時間もいいし、オヤツの時間も好きだ。今日は健康麻雀。雀婆、雀爺たちと他愛ない冗談を言い合いながら打つ時間も悪くない。しかし、そういう時間と今のこの時間は決定的に違う点があって、それは「自分一人」だということだ。一人でいる時間が好きなのだ。一人っ子で育ち、一人遊びをするのに慣れていたこともあるかもしれない。いや、別に孤独な少年だったわけではない。いつも夕暮れまでクラスの子どもたちと遊んでいた。高校から親元を離れたが、毎晩のようにサッカーをしていた時もあったし、誰か彼かといつもつるんでいた。だが、基本的に一人が好きなのは、ずっとそうだったような気がする。精神医学者なら「自己愛型パーソナリティ」に分類するかもしれないが、ちょっと違うような気がする。一人が好きな割に、社交的である。すぐに友人関係はできるが、煩わしい付き合いになるのは御免だ。自分の時間を束縛されるのが嫌だ。付き合って面白い間は付き合う。自分も束縛されたくないが、人のことも束縛したくない。さらに、自己肯定感が強く、楽観主義者である。極度の楽観主義ではないが、どんな場合でも「自分は大丈夫だ」という根拠のない確信めいた気持ちがある。自分がどういう人間だったのか。「近代合理主義者」「楽観主義者」「反権力」「一人が好き」「社交的」など、いろいろな自己イメージがある。それを誰に語るでもないこのような場所で、綴ってみるのも、「心の終活」の一種なのかもしれない。
2023.03.29
次年度の授業が決まったので、昨日は午後出勤して教材を準備した。4月になると、印刷機は満員御礼状態になり、なかなか確保できないので、今のうちに、と考えた。今年度使ったものなので、選ぶ手間はなく、わりと早くできた。2種類。一つは小論文などの基礎教材で30ページ40部、もう一つは現代文演習教材15題分45ページ50部。A3の用紙が一冊(500枚)半ほどだが、今は、両面印刷で折ってホチキス止めまでしてくれるから、印刷自体は小一時間でできる。昔は、センター試験の過去問1年分を片面で刷り、会議室の机に並べ、一枚ずつ取っていき、綴じるという作業をすると2時間は優にかかった。それで講習1回分である。それと比べれば、9月くらいまでの分を昨日一日で作れたのだから、本当に便利な時代になった。後は、教科書なのだが、同じ学年でも異なる。パラパラと読んだが、どうもピンと来ない。これなら、特進の教科書をコピーした方がいいかもしれない。印刷自体はすぐできるのだが、ちょっとレベルが高すぎるかもしれない。迷っている。
2023.03.28
アーチェリーは「再現性」のスポーツである、とはよく言われることだが、昨日、カスケードでそれを改めて実感した。三連的を二枚貼り、上的に3本ずつ。上的にしたのは、少しでも50mの押し手の角度に近くしたいから。どの程度、近いか分からないが、以前50mサイトで中的を狙ったら、上的の真ん中に刺さったので、多分、そうは違わないはずだ。リリーサーはカスケード。エンバーが段々、狙えなくなり、外したところで暴発する傾向がでてきたので、とにかく狙えることを優先した。インナー10で点取りしてみた。57-55-56=168自分としては上出来の前半。8点はゼロ。狙えるし、中るのだが、狙いが段々緩くなってきている。後半。55-55-56=166段々、真ん中につかなくなっていくのがはっきり分かった。結果としては前半とそう変わらない。8点1本。しかし、真ん中についていないが、とにかく弛みだけを注意して射つ。7時7点くらいで放し、押し手の動きで何とかする、いわゆる「ズル射ち」だ。結論は、再現するだけの意志と筋力が足りない、ということだ。休み休みでも構わないから、とにかく真ん中を狙うところから始めないといけない。カスケードで通すなら、そうしないとどこかで破綻する。今日も健康麻雀の帰りに、ちょっと練習予定。
2023.03.28
GENESISという練習用のコンパウンドボウが射場にあった。大体20ポンドで、レットオフはない。いわゆるウォールもなく、どこまでも引ける。コンパウンドボウだが、リカーブの練習弓にもなる。それで、15射くらい右射ちを試してみた。矢はヘロヘロと飛んでいき、弱々しく畳に刺さる。リカーブ用のサイトもついていたので、それを合わせて、最初はタブで、後からはカスケードで。やっと的の中には入れられるようにはなった。しかし、この練習弓、悪くない。特に引き手がうまく後ろに飛ぶ。40ポンドでレットオフ60%なら16ポンド。ひょっとしたら右でも射てるんじゃないかと思った。誰も使わないようなら、借りて家に、と考えている。しばらく三階で近射をしてみたい。
2023.03.27
治療開始か、経過観察維持か、どちらにしても早期の癌だから、「死に至る病」にはならない。が、人はみんなやがて「死に至る」のであり、もういい歳なのだから、「死」を取り込みつつ、生きていかなければならない、と感じた。今、流行りの「終活」とはちょっと違うが、そういうことも大事だ。生きているうちに、「不用・不要」なものは、やはり整理しておくべきだ。もう読まない本、着ない服。一応、取っておいてあるさまざまなモノたち。忙しくて、そういうモノを整理する時間がないわけでもない。相変わらず、「週3日勤務、4連休」という、お気楽な仕事である。とにかく「捨てる」か「売る」。妻が最近メルカリにいろいろなモノを出している。自分の本も数冊売ってもらった。そういうことを心がければ、一年で大分片付くだろう。しかし、それがすべてではない。ハイデガーは「非本来性」と言ったが、さまざまな俗事は「生」のありようであり、そこに「本来的ー非本来的」という区分けを持ち込み、ほとんどの生の営みを「非本来的」として退けてしまうのは、自分には間違っていると思えるし、仮に間違っていないとしても、できない。しかし、それを今のまま続けていくわけにもいかない。要は、今やっていることのすべてが「やがて終わる」という前提で、やっていこうということだ。「形あるものは、いつか壊れる」。もちろん、そうだが、では形のないものなどあるのか?精神?それだって「いつか壊れる」。魂?それは、形のないものに与えた言葉に過ぎない。我々は、いつだってありもしないものを名づけることができる。例えば「永遠」。今あるものが永遠に続くわけではない。それは、ある場合は「救い」だろうが、自分の場合は「信じたい嘘」である。だが、嘘だと分かっていて信じることは、近代合理主義者である自分はできないし、しない。「やがて終わる」ものを、自らの意志で、今「終わらせる」。そうやって、今、自分が持っているものを、決して一挙にではなく、徐々に終わらせていく。自分にとって「終活」とはそういうことだ。もちろん、統計的には後15年か20年くらいの「余生」がある。「終わらせる」だけでなく「再び始める」ことや「新しく始めること」があってもいい。さて、何を始めようか。この項、了。
2023.03.27
退院の翌日、射場に。インドア的2枚を貼り、6本射ち。インナー10点で点取り。53-53-52-54-54-53=319アウター10点なら+5,6点か。時々、ひどく外れる。理由は分からない。伸び合いで射つよう心がけている。引きだけだとどうしても狙い続けるのが難しいし、射った直後の押し手の開きが直らない。次に真ん中の的だけに3射ずつ。55-55-54。押し手の角度が一定なので、この方が集中するのは当然。最初の3射はガシャガシャしていたが、その1回だけだった。この方法で、今日も練習。昨日、ロシア料理店のシフォンケーキのあてが外れたので、今日は練習帰りに、ケーキ屋でミルフィーユでも買って帰る予定。
2023.03.26
昨夜は、いつものロシア料理店と思い、まあ、一応電話しておくことにした。ところが、出ない。一番、可能性が高いのはマスターの釣り道楽。時々、ふっと店を休みにして出かける。病気とかじゃなければいいなと思う。また、近いうちに、電話してみようと思う。それから、別の店にしようと、まずローストビーフで有名な店に。ご主人が昨年亡くなって、今は、息子さんが継いでいる。電話は繋がったが、前日までの「完全予約制」になったという。「材料の仕入れの関係で」と申し訳なさそうに言うが、最後に行ったのはこの息子さんが一緒に行っていたときで、申し訳ないが、明らかに味が落ちていた。もちろん「美味しい」という人は多いだろうが、少しスープとかの味付けが変わり、自分たちの口には合わない感じになっていた。それで、まあ、無理だろうと思って、馴染みの鮨屋に電話してみた。カウンターでなく座敷なら空いていると言う。珍しい。土日はいつも数週間前に満杯になるほどの人気店。東京から日帰りか、一泊で来る常連もいる。味は東京の名店並みで、チケット分を足しても値段は安い。自分たちも数年ぶりだった。理由はなかなか予約が取れないこと。ピアノの発表会後も電話を入れたが、ダメだった。それから「安い」といっても数万円。年金生活者には敷居が高い。それでも、まあ、カウンターで好きなものを好きなだけ食べれば、という話である。お座敷なら「おまかせ」を頼み、後一品くらいなら、いいか、ということにして出かけた。おまかせ十貫と海鮮焼きを頼んだ。相変わらず美味しい。カウンターと違い、シャリは比較的多い。まだやれてるかなと思っていた大将も元気に握っている。帰りがけに「お孫さんは?」と。「ああ、娘に二人目が生まれて、今度一歳です。上の子は4月に小学生」と。また、来てもいいかな、と思った。
2023.03.26
昨日、妻をピアノに送ってから、職場に。次年度の授業の概要が分かった。全部で4科目。現代文と国語演習。すべて3年生。ということは、1月で授業はオシマイ。2月以降は、一日も勤務しなくていい。実質10ヶ月だが、2,3月も給与はちゃんと出る。といっても、たいした額でもないし、2月、3月も今まで通り、個人指導はやるだろう。これは本当にボランティア=無報酬だが、その指導で合格する生徒は何人かはいる。授業の他に教科会。入試の作問業務がある。これも授業一時間相当。合わせて今年度より+4時間を3日間でこなすわけだから、結構きつい。それに放課後講習、夏期,冬期講習。こちらは時間当たりで別計算の手当が出る。夜の特講は勘弁してもらったから、実質的には楽かもしれない。とにかく夜は仕事も遊びも億劫だ。4月からの授業概要が分かってから、時間割作成に顔を出し、細かい希望を伝えておいた。といっても三日間で14時間だから、連続授業にはなる。せいぜい「昼休みを挟んで234,56ならいいよ、むしろ中途に1時間空くより」と言ったくらい。それから、妻と待ち合わせのデパートに。毎年買っているお茶屋さんから案内が来ていた。高くはないが、ここの八女茶はおいしい。自分は本屋に行き、作問に使えそうな新書を少し漁った。『小さな仕事が日本社会を救う』というベストセラーを立ち読み。年金+100万円くらい稼げる非正規の仕事が、老後の生きがいにもなり、経済面の不安も解消し、日本経済にとっても有益だというノーテンキな内容。高齢者を労働市場に組み入れることで、少子高齢化による生産年齢人口の減少を少しでも解消し、そうなれば年金は少しくらい下げても大丈夫ね、という現政権のプロパガンダになりかねない。しかし、まあ、自分の仕事はそれに近いかもしれない。モデルと違うのは、新たな仕事には新しい発見があるという点。自分の場合、今までと同じ仕事だから、そうそう新たな発見などない。一方、同じ仕事だから、ストレスもない。労働環境という面でも、高齢者の非正規雇用に散見される過酷さとは無縁だ。居心地は悪くない。一番困ったな、と思っているのは、「火・水・木、ほぼ満杯で授業だと、健康麻雀に土曜しかいけないじゃん。土曜日は遠征なら、車で移動しているし……次年度は、月3がせいぜいかな」というくらいのことだから、『小さな仕事』の作者より、自分はさらにノーテンキである。
2023.03.25
今日は妻の誕生日。プレゼントは、楽天でハンドバッグを。しかし、女性はなぜあんなに沢山ハンドバッグがほしいのか?よく分からない。妻は、ブランド嫌いだ。自分もそうだから、その点では一致している。が、自分は一昨年、鹿児島に行ったら思いのほか寒くて、駅中のGUでパーカーを買った。それを春秋には普段着にしていたが、さすがにあちこちヤツレが出てきたので、最近ユニクロで同色のものを買った。衣服については無頓着で、まったく贅沢をしない。妻の方は、値段は高くても、いいものを時々買い、長く使う。どこに行っても、「ああ、それいいですね」と言われる一点物のビーズのハンドバッグや、着物リメイクのバッグも持っている。それらと比べれば、今回のプレゼントは「普段使い」だろう。夜は、こういう時には必ず、というくらいになったロシア料理店に。3ヶ月ぶりくらいか。お互いの誕生日はそんなふうに祝う。誕生日がやってきたおめでとうを贈りましょううっかりしててごめん君が君になった日にいくつになってもHAPPY BIRTHDAY TO YOUいくつになってもHAPPY BIRTHDAY TO YOU(吉田拓郎)
2023.03.25
まる二日、家を離れ、病床にいただけなのに、家に帰りたいと心底思った。ほぼ15時間以上ベッド上安静、というのは結構きつい。昨日の朝、担当医の回診で退院が決まった後、すぐに自分は病衣を脱ぎ、ホワイトジーンズにパーカーという着てきた服に替え、自販でホットコーヒーを飲んだ。その後、スーツケースにいろいろ詰めて、忘れ物がないか、何度も確かめた。概算の会計書が来ていないかどうか、ナースステーションに確認に行くと、FAXが届いていた。それを持って、一階の会計に。少し待たされたが、会計を終え、確認書を再びナースステーションに出して、退院。帰って、昼は大体そうだが、うどん。肉と卵を入れた。ゲオにDVDの返却、借り出しにも行った。ピアノの練習もした。ちょっと空けたら、『人生のメリーゴーランド』は何とか通しで弾けるようになっていた。夜は、鱏の煮付け、チキンフライなど。ウィスキーも、いつもの半分くらい。食事後、息子から送ってきた妻の誕生プレゼントの中島みゆきコンサートDVDを見た。風呂にゆったりと入り、10時ころ寝た。今朝は、いつも通りピザ。エノキとパジルレモンのソーセージ、今回は昨夜、味噌汁にちらしたふきのとうを刻んで載せた。淹れ立てのコーヒー。当然だが、昨日の自販のよりも、数段美味しい。甘夏を1/4。ブルーベリージャム、蜂蜜、バナナを入れたヨーグルト。何の変哲もないいつもの朝食だが、ああ、家はいいなぁと思った。亡くなった父が、患う前から、ああ、家がいい、家が一番だと言っていたのに、大学生の自分は少し反発を覚えていた。が、しかし、40年も暮らし続けてみると、やっぱり、家が一番いい、のである。今日は、射場に行く時間がないので、三階で弓を射つことにする。
2023.03.24
「病」というほどの大病ではない。前立腺癌が経過観察から、治療開始になるかどうか、というところでの二泊三日の「生検」入院である。できることなら、後1,2年でいいから、「経過観察」が続いて欲しいとは思うのだが、MRIの読影やPSA値の上昇からみて、恐らく「治療開始」という診断になるだろうということは生検前に担当医から聞いていた。今、妻が録画しておいてくれた前立腺癌に関するNHK「今日の健康」を見た。撮ってあったのは、アンコール放送で、第2回「前立腺癌、治療の合併症」についてだった。いろいろなことが分かり、大変参考になった。本当に妻には感謝することばかりだ。こういう場合、何も分からず、まれにしか起こらない極端な症例を恐れて、治療から逃げ回る、というのが最悪なのだなと改めて思った。手術でも排尿障害(尿漏れ)の確率は1~2%にすぎない。放射線だと更に少ないという。やはり、自分は放射線を選びたいと、今の時点では思っているが、地元の病院でできるかどうかは、調べてみないとなんとも言えない。回数にもよるかもしれないが、大都市の病院に通っても構わないと思う。前立腺の場合、それ以前に、診断のためには不可欠の「生検」そのものを極度に恐れる人も多い。その「生検」の直後に、麻酔医と話をしていたのだが、無麻酔での生検もあるそうで、それこそ死ぬほど痛いそうだ。自分の場合、昨年1月の最初の生検は、腰椎麻酔がかなり痛かったし、術後の足の痺れも長く続いた。随分、恐い思いをした。が、その麻酔医は定年退職。あまり腕はよくなかったらしい。そして、今回の麻酔医は女医さんで、説明は丁寧、処置も凄く慎重だったことが、前回との比較ではっきり分かった。無痛で生検は終わった。軽い圧迫感しか感じなかった。それなのに、何で無麻酔で生検をする病院があるのか、まったく訳が分からない。自分は、明確に西洋医学信奉者である。「気の流れ」とか「脈」とかいう東洋医学は、いいところもあるのだろうが、何だか納得できない。それよりも患部自体を切除するか、放射線を当てるかして、なくしてしまうという方が、ずっと分かりやすい。「技術」だから、上手下手はあるが、今はロボットを使う腹腔鏡手術や、放射線を他の臓器に当てない方法などが一般化しつつあり、技術的バラつきは少なく、合併症の確率は格段に減っているという。今回、生検は嫌だったが、やってみてよかったと思う。治療開始という結果が出るだろうが、その時はどこでやるかを、しっかり相談してから決めたい。直接的に「病が教えてくれたこと」は以上だが、それ以外に考えたこともいろいろある。他ならぬ自分自身のために、しばらく、それらを書き留めておきたい。
2023.03.24
とりあえず、予定通り、今朝、退院してきた。多分、麻酔医が上手だったのだと思うが、あるいは、前回の麻酔医が余程ヤブだったのか、今回は脊椎麻酔もまったく痛みを感じることもなく、前立腺を18本も切断したが、まるで自分の体の中で起こっていることとは思えなかった。遠くで「パチン!」「バチン!」と、誰かがペンチで針金を切っているような音が聞こえていた。術後も、前回より格段に速く足の痺れも取れ、一晩中のベッド安静は変わらなかったが、肩が異常に凝って、血圧が高くなったこと以外は、楽だった。カテーテルの痛みもわずかだった。・・・というわけで、まあ、生検は無事終了。しばらく、普通の生活を味わいたい。明日は、妻をピアノに送って、迎えまでの間に職場に。次年度の授業がいくら何でも決まっているだろう。少し、心境の変化もあり、三日間に収まり、特講さえなければ、何でもいいと思っている。あまり、責任の重いところは、むしろ遠慮したいくらいだ。気楽に後1年か2年、勤められればそれで十分だ。というか、今、辞めたって十二分である。帰宅すると、すっかり雪の姿はなく、畑にクロッカスが一輪咲いていた。
2023.03.23
多分、普段より強い睡眠薬が効いて、昨夜は、まあ、よく眠った。「まあ」というのは、「断続的で、時々、嫌な夢を見ながら」ということだ。「夢分析」をしたくなる気分にもならないが、我が家の二階が病室で、一階は住居だった。これならいつでも抜け出して、好きなときに一服できる!と思ったら、目が覚めた。やはり、生検にもその後の自身の病気にも、不安が大きい。それは、仕方がないことだ。受け入れなければならないこともあるし、抗うべきこともある。ちょうど、昨日、信じられないほどの盛り上がりを見せたWBCと大相撲の間に生検がある。あまり痛くないことを祈っている。
2023.03.22
といっても、いつもの旅行の話ではない。今日から前立腺生検手術のため、二泊三日で入院する。今日は祝日なので、行くだけだが、明日が本番。生検は痛いし、手術後10時間くらいも辛い。カテーテルが外れるのは、明後日朝だ。これで二回目だが、やはり不安は不安だ。ただ、先日のMRIやエコーでは特段の異常はなく、それを確認するという位置づけである。仮に生検の結果、治療開始となった時点で、セカンドオピニオンを求めるという気持ちには変わりがない。手術は、今はロボットを使うから、ほとんど失敗はないらしいが、それにしても、器官を一つ全摘するのはどうなのか、と思う。まして、進行の遅い癌で、自分が今より十歳年長なら、何もせず放置するという。だとすれば、放射線治療という選択はあっていい。治療後生存率も、手術と何ら変わらないという。前回、胃がんの時は、放射線治療で、全体としてそうきつくはなかった。放射線の中でも、陽子線は先進治療だが、それをカバーする保険にも入っている。と、まあ、心配すればきりがないのだが、とにかく、検査してその結果を待つだけだ。
2023.03.21
もう、寒くないのに、ここ2,3日くしゃみと鼻水が止まらない。ひょっとしたら「花粉症」なのかもしれない。まったく大丈夫だと思っていたら、自分もそうなってしまったのか、と思うと少し腹立たしい。それとは別の話だが、以前と比べると温度差にすごく弱くなった。部屋の中でも、今、自分が座っているテーブル椅子の場所は玄関に出るドアに近くて、気温は多分1℃も違わないだろうが、低い。それだけで、鼻水が出始める。今、居間全体の温度設定は21℃。もう春なので、十分暖かい。その中で、ちょっと気温が低いと、今の場所もそうだが、冷蔵庫を開けたりするだけで、鼻水やくしゃみ。昨日は、くしゃみを30回くらいもしただろうか。おかげですっかり疲れて、8時台に眠った。今朝は大丈夫かな、と思ったらやはりダメみたい。テーブルのティッシュケースがまた空になってしまった。本当に嫌になる。
2023.03.20
気象庁の発表では、大分前に積雪0cm。雪解けが終わった。その辺りから、ふきのとうが顔を出し始める。散歩コースのいつも決まった場所にある。「あ、あった!」と思って一つ採る。そうすると、そこここにあるのが、分かる。また一つ、さらに一つと採っていくと、いつのまにか20近く採れた。生命力が強く、アスファルトの隙間から顔を出すのもある。帰って水洗いし、色が変わらないうちに天麩羅に揚げて、塩か醤油でいただく。一昨日は、妻が見つけたのをそうした。そして昨日は二人で散歩に出て、採ってきた。天麩羅は少し苦みがあって、そこがいい。昨日のお昼は、それと里芋を中心に煮たおでん。里芋は弓友が送ってくれる。去年、奥様を亡くした。もう結婚したお嬢さんが、うちの娘と同じ大学だった時、亡くなった奥さん、つまりお母さんが来て、こちらで里芋料理を作ったら、不味くて仕方ない。それで、娘さんにも我が家にも送ってくれるようになった。こちらからは、そのお返しにアイヌ葱や自家製のいくら漬けなどを毎年送っている。もう随分と長い付き合いになった。
2023.03.20
最近は、健康麻雀の回数が増えた。水曜日は11時から4時のフルタイム。昨日は11時から3時。水曜日は雀婆、雀爺との対戦で、レベルは低かったが2位2回、1位1回。このレベルだと運任せで、降りることをしないので、こちらもそれなりに合わせないといけない。最後の局でも、1位を取るには何点必要かなど、考えもせず、ただ手を作って上がるだけ。しかし、打牌は遅いから、フルタイムでも3半荘しかできなかった。昨日はうって変わって、冷えピタなど強いメンバーだった。最初、一人だけ雀婆がいて、これがツキに恵まれ、とにかく聴牌リーチの連続をモノにする。こちらはまったく手が入らず2万切れの3位。彼女も結局、大きな手を振り込み4位。半荘1回でも、そうツキだけでは勝てない。次は、メンバーが多少マシな雀婆に変わった。原点プラスの2位。そこから、また降りない雀爺になったが、大体冷えピタとの一騎打ちになり、3半荘目は自分が逆転のオーラスの上がりで1位。東場で、リーチ一発自摸、平和三色ドラ2、に同じ裏ドラが乗り、倍満の手を上がったが、冷えピタが追いかけてきて、オーラスでは逆転されていた。4半荘目も、今度はオーラストップ目の自分が安い手で逃げ切って1位。水曜日より1時間短いのに、半荘4回できたのは、皆、打牌が速いからだ。冷えピタは完全に競技志向で、先週東京のMリーグチームが主催する、アマチュア選手権に出てきたそうだ。3半荘で、ぼろ負けしたというが、昨日も1回ラスを引いている。麻雀は、負けるときは小さく、というのがなかなか難しい。今週は、火水木と入院なので、しばらく行けない。
2023.03.19
(今朝方の夢)出勤。バス停で待っていた。乗り込んだ途端、いろいろなものを忘れていたのに気づく。靴下が左右揃っていない。片方は青色で、色まで違う。それで、バスの運転手が、「購買に寄りますから」と言ってくれた。バスは、当然であるかのように、ふっと浮き上がり、空の近道を行く。着いたのは、自分の勤務先ではない他校。私立はいろいろあるが、ここの教頭とは教務部長の時、どこかの会合で一緒だった。購買部には、テニス用品しかない。しかもソックスがない。辛うじて見つけたのは、やはり不揃いの、伸びきったものだった。困っていると、女店員が奥から、箱を取り出してくれた。びっしり紳士物が詰まっている。「最初からそれ出してくれよ」と思ったが、何も言わず、無地のを買った。「鉛筆いるでしょ?」誰かが言った。もしかしたら、その学校の教頭かも知れない。仕事上の付き合いしかないが、小柄で物静か、親切で優しい感じの人だった。それで、鉛筆も買うことにした。1ダース。すべて削ってある。それを上着のポケットに入れようとしたら、その人が全部キャップを嵌めてくれていた。サービスらしい。お金を払った覚えはないが、財布に3万入っているから大丈夫、と思った。それから、またバスに乗ったが、「あれ?何で今日、車で来なかったんだろう?」と思った。車は確かに家にあるはずで、なぜこの面倒なバスなんかに乗ったのか。妻がバス停まで見送りに来ていたが、なんで車があると言ってくれなかったのか。そこから先、バスは何だかえらく難渋して、確か側道に落ちたりしたような気もするが、勤務先の大分手前で停まり、歩いた。やっと勤務先にたどり着く。この辺りで、「変な夢、見たな」と思いつつ、まだ半分夢の中、目が覚めた。(夢分析)といっても、フロイトの『夢判断』を大昔に読んだきり、精神分析関係の本はまるで読んでいないから、当てずっぽうである。多分、今回の生検入院で、「車では来ないでください」と言われたことが、関係している。「え?去年は車で来たけど」「外来の患者さんから駐車場がない、って苦情が来ちゃって」と入院担当看護師が言っていた。その時点で、「ずっと奥の駐車場に停めておくことにしよう」と考えたのだが、多少、後ろめたさが残っていたものなのか。奥までいけば、何台も停まれるスペースはある。2泊3日で、長期入院でもなし、いいだろうと思っている。今まで、数えるほどしかバスで出勤したことはない。多分1,2回である。最近はライブ居酒屋に行くのも車だ。飲まずに歌ってくるだけ。帰宅してから飲む。最近は何でもネットで調べられるのだが、空飛ぶ車に乗る夢は、夢の中に出てくる車は、自分自身を表し、主に実行力や対人関係などの社会的な能力、自分をコントロールする力を暗示します。そんな車に乗って空を飛ぶのは、実力を大きく伸ばし、ステップアップしていくことを伝える吉夢と捉えていいでしょう。今のあなたは運気が上り調子で、近い将来、願いがかなえられることを伝えるうれしい夢なのです。などと、適当なことが書いてある。仕事もあと2,3年かなと思っているのだから、ステップアップなんてしたくない。ただ、学校の現在の苦境を何とかするため、もう一度理事に戻れ、などと言われたらどうしようかと内心心配はしていた。しかも、靴下忘れたり、最後はちゃんと着かなかったり、と「自分をコントロール」するどころではない。まあ、その逆で、自分の能力が年齢なりに衰えてきて、うまくコントロールできないことが、夢に現れたのではないか。車があるのに、バスで通おうとするなんて、完全に認知症ではないか。
2023.03.19
などと、書いたのだが、弓もピアノも麻雀も悪戦苦闘中である。まず、ピアノの方だが『人生のメリーゴーランド』にはいわゆるサビのフレーズが三度現れる。いずれも右手はオクターブ奏法の美しい旋律。これが、なかなかできない。大体は弾けるが、時々押さえ損ねる。それをつなぐ中間部もこれからだ。「メリーゴーランド」だから、ワルツで同じ旋律のバリエーションも出てくる。だから、とにかくこのオクターブ奏法をマスターしないとものにならない。昨日も、20回はやったが、夕方になるとまたできなくなっている。経験的に(といっても子どものころのことだが)、ある日突然、苦もなく弾ける瞬間が訪れる。それを信じて練習を続けるほかない。弓は、かなりセンターを狙えるようになったが、まだまだ。3分6射は相変わらず厳しい。とにかく、18mで真ん中を狙えないと、50mでは話にならない。いつもより練習時間も少ない。昨日はわずかに10本射って、フィールド射場を見に行った。何とか大会は開催できそうだ。麻雀は、これはもう純粋な娯楽なのだから、どうでもいいのだが、勝率が落ちている。健康麻雀でもラスを引くことがある。今まではほぼ皆無だったのに、読みと運が明らかに落ちている気がする。健康と言えば、21日から生検のための入院。悪くなっていなければいいと願うばかりだ。ついでに、仕事のことも。次年度12時間くらいの授業だが、いまだにどこをやるのかが分からない。まあ、どこでも出来るからいいのだが、特講は勘弁してもらったから、「演習」が中心になりそうな気はする。まあ、決める方の能力が低いと、どう決まるか分からない。まあ、そういうわけで考えても仕方ないことは考えず、今日はまず軽く一階と風呂の掃除、ピアノ、サンドイッチ作って健康麻雀、その帰りに弓というゴールデンプランだ。
2023.03.18
昨日は、3人の同僚の送別会。一人は、定年後フルタイムでの再雇用だから、一応区切りの定年祝みたいなもの。もう一人は、公立校への転職。事情があって、少し話す機会があったが、職場のいろいろなことに見切りをつけた、というところだろう。自分たちは逃げ切りの世代だが、彼らは違う。給与も上がらず、公立校に移った方が経済的にも、教える以外の仕事という点でも格段に楽だ。残りの一人は、わずか2年での退職。はっきり言って、引っ張ってきた人間もかなり責任がある。もう、生徒とは違うんだから、別の意味でいろいろと教えてやらなければいけない。「充電期間」などと言っていたが、おそらくもう教職に就くことはないだろう。さらに、すでにこういう席には、職員の親睦団体にも入っていないので呼ばれることもない、自分と年齢の近い非常勤も今年度で辞めるそうだ。アタマが悪く、さもしい人間だった。おそらく恨み辛みしか彼の気持ちにはない。もう、自分の人生と関わることは何もない。そういう自分は、相変わらず送る側の席にいるのだが、いつ送られる側になるのか。一番確率が高いのは、再来年だと思っている。70歳で就業規則的には非常勤講師も定年となるからだ。ただ、雇用側が強く望み、こちらもそれに応じた場合には、残る可能性もある。しかし、70歳になれば、さすがに「余生」だ。いろいろなことに縛られず、特に曜日と時間に縛られず、自由に楽しんでもいいんじゃないかと思う。自分の場合、時間を持て余すことは多分ない。好きなものを読み、美味しいものを食べ、旅にも出かけ、旅先でも弓やピアノを楽しむ。そんな余生を夢見ている。夫婦で健康でありたい。テレビのリモコンを握りしめて一日を送ったりはしないだろう。家事だって、十分やれるから、粗大ゴミ扱いはされないだろう。妻とは毎日何かしら話すこともある。夫婦は「会話」なのだ。欲しかったモノたちに届いたでしょうか走り抜ける風をつかめたのでしょうか時が優しく切なく流れぞっとこのまま振り返るなら僕らは今も自由のままだ(吉田拓郎『アゲイン』より)
2023.03.18
スポーツの話のついでに、春場所のことも書いておこう。野球と違って、相撲はよく見る。見られないときは、大相撲ダイジェストを録画しておくほどだ。去年は、本場所も見てきた。序盤5日目までで、全勝は高安を含め4人。小結大栄翔も全勝だが、彼を除いて三役以上の全勝はいない。34歳。優勝するとしたら今年中だろう。同じ時期に大関を張ってそれぞれ賜杯を手にした、栃ノ心、朝乃山は昨日十両で対戦した。豪栄道は解説席にいる。彼より後に大関に上がった御嶽海、正代は平幕。若隆景、阿炎などの若い優勝者も出た。そういう世代交代に抗うかのように、優勝を目指し、去年は二度も賜杯に手がかかったのだが、するりと逃げた。昔好きだった魁傑に少し似ている。体格がよく、少し腰高だ。体重は魁傑よりもかなり重いだろう。ともに大関までは出世した。相撲は1分も続けば、長い勝負だ。そこに稽古の集大成を込める。しかし、人間は機械ではないから、心が揺らぐ。高安は、その振れ幅が大きい。それが、あれだけ実力があっても優勝できない理由なのだが、最大の魅力でもある。
2023.03.17
昨日は、WBCの試合を見ながら寝入った。もちろん大谷が降板するまでは見ていた。ダルビッシュの時にはもう寝ていた。野球は、したり顔の解説者、やたら感動を押しつけるアナウンサーが小うるさく喋りちらすので、基本的に見ない。ただ一つの例外が大谷翔平である。投げて、打って、走る。役割を分化することで進化してきた近代野球の中で、一人でほぼすべてをこなす。これでDHではなく、ピッチャー以外の時にどこかの守備位置についていれば、もっと凄いのだが、まあ、それは欲張りすぎというものだ。昨夜はシフトの逆をつくバントヒット。普通、中軸の打者ならやらない。大谷を見ていると、メジャーの中に一人だけ少年野球のとんでもない選手がいるような気がする。勝つことに貪欲。金には貪欲でない。あと1年我慢すれば、数十億の金が入るというのに、待ちきれずに渡米した。最初は確か日ハム時代の半分くらいの年俸だった。もっと強いところで野球をやりたい、という一心だったのだろう。ともあれ、大谷というスーパースターを見られる時に、生まれ合わせたことは幸せなことだと思っている。
2023.03.17
今朝の仕事は、例によって鍋洗い。といっても、昨日はカレーライスで、その鍋は妻がもう始末してくれている。「298円だっから、イチゴ買ってきて、ジャム作った!」健康麻雀で1位、2位、2位とまあ、標準的な成績で帰ってきた自分に、妻が言った。安いイチゴが出ると、毎年、1,2回は作る。以前は198円だったが、今は一番安くて398円。だから298円は安い。それを4パック、約1kg買ってきて、かなりの量の砂糖を使い、鍋でゆっくりと煮込む。最後に檸檬汁を少し多めに入れる。それが我が家の味だ。今の人は、多分そんな面倒なことはしない。2000円も出せば、ブランド苺がまるごと煮られたような高級な製品もある。「家事」という仕事は、現代では評判がよくない。女性を家に縛り付ける原因と思われているからだ。妻は分類すれば「専業主婦」だが、非常勤講師などの仕事もしていた。家事自体を、今風に言えばアウトソーシングしていたこともあった。やはり、家事は省力せざるを得なかった。もし、ルンバとか洗濯から乾燥まで一気にしてくれる全自動洗濯機があったら、絶対買っていた。それにしても、しかし、家事には家事の楽しみがあるだろう。それを一概に悪者のように言うのもどうかと思う。特に自分たちのように、セミリタイアの夫婦では、夫婦ともに家事に楽しみを見出すことが生活の必要事項だ。手間暇かけて苺ジャムを作り、「やっぱりできたては美味しい!」と言うのもその一つだ。自分より少し年齢が上の夫婦では、夫の定年後も家の中のことはすべて妻、夫は家の外回りとか運転手を務めるというスタイルが多い。奥さんに先立たれてしまった前の郵便局長さんは、料理も何も出来ず、料理教室に通ったと聞く。いい人だったが、一人になってしまうと、途端にどうしていいか分からなくなる。引っ越すことになった隣のご主人は、「オマエが先に逝ったら、知らない街でどうすればいいんだろう」と弱気なことを言ったそうだが、やはりそういうタイプなのかも知れない。朝食は、ベーコン&ハムエッグ。玉葱とピーマンをつけて焼いた。フライパンを新しくしたので、油なしでも焦げ付かない。それとレタスとトマトのサラダ。トマトは昨日サンドイッチを作った残りなので、盛大に入れた。それともちろんバターと苺ジャムをたっぷり塗ったトースト半分。朝と昼は大体、自分が料理担当になる。今日は今年度最後の授業。その前に妻と買い物に出て、一週間分のあれこれをまとめ買いする日だ。午後に担当の銀行員が来るから、すぐ帰宅する予定だ。
2023.03.16
ここで、自分が書く文章は大体100前後のアクセスがあるが、中にはいつまでも繰り返し読まれている記事もある。その中の一つを再掲したい。この記事はすでに250のアクセスを記録している。いずれ、「現代教育論」を本格的に書こうという気持ちがある。その柱になるのが「教師論」と「学校論」だ。現代文化の一つとしての「学校教育」について、自分が長らく身を置いてきた「学校」と生業としてきた「教師」という二つの面から、まとまったものを書いてみたい。(以上前置き)(本文)「母子相互依存」というのは、母子家庭か、父親がいても仕事などで家庭を顧みない場合に起こりやすい。見た目には仲良しの母娘に見えるが、子どもが親離れをする時に、離れられず、放せない。そうやってズルズルと人生を送ることはできないから、いつか破綻する。「生徒依存症」の教師の第一の特徴は、生徒を名字ではなく、名前で呼ぶことだ。同僚の教師Xは「先生、みさきがこの前・・・」と話し出す。「え?、ミサキって誰?」「あ、すみません、ええっと、みさきの名字なんだっけ?」。彼女の意識の中で、生徒はすべて名前で記憶されているらしい。まあ、それでも名前どころか名字も覚えない自分よりはマシなのかというと、そうではない。生徒との距離が近すぎるのだ。これがおかしいのは、他の職業と比べてみると一目瞭然で、例えば販売員が顧客をファーストネームで呼ぶなどあり得ないし、医師が患者を、もあり得ない。もちろん、保育園や幼稚園の先生が「みさきちゃん」と呼ぶことはある。これは、彼らが「保護者」の代替として存在することが、職業的に要請されているからだ。幼児にはともかく、児童、生徒にそれをやるのはおかしいのではないか、と自分は思うのだが、違うだろうか。・・・と思わされるくらい、こういう事例は多いのだ。あまりに多いから、そっちがマトモで、おかしいと思う自分がオカシイのではと思ってしまうほどだ。しかも、生徒は教師を決して名前でなど呼ばないから、この関係は一方で「共依存」であり、他方では「命令ー服従関係」という、奇妙に捻れた関係である。これと鏡像のように反対の関係は、部活動の「先輩ー後輩」関係である。こちらは、同じ競技をしている仲間を、たった一学年上だという理由だけで「○○先輩」と呼ばなくてはならない。ともに競い合うライバルでもあり、集団競技ならチームワークを発揮するべき間柄に、「命令ー服従関係」を持ち込んでいる。生徒を名前で呼ぶ教師は、生徒に支配されているが、一方で生徒を完全に支配しようとする。進路など、生徒個人が考えなければならないことに、始終うるさく口を出し(職業的な意味でのカウンセリングではない)、生徒が言うことをきかないと、簡単に見捨てる。彼女にとって依存対象は常に複数いるから、一人くらい見捨ててもどうということはない。これも、先の例で考えると、そのおかしさにすぐ気づく。医師はたくさんの患者がいるが、自分が依存し、支配できない患者を見捨てるのは、彼の職業倫理に反する。教師Xに関して言うと、学年が進むにつれて、まともに自我形成ができてきた生徒たちは、この「共依存、支配ー服従」という関係のおかしさに気づき、そこから距離を置こうとする。その時、Xはそれを、「正しい」教師ー生徒関係からの、生徒の方からの一方的逸脱とみなすから、始末が悪い。もっと始末が悪いのは、こういう教師が教師集団の中で「いい先生」と見なされてしまうことだ。「X先生は、生徒思いで」という評判が立つものだから、Xは自分の職業的在り方を一向に改めようとしない。そういう教師とは、自分は距離を置く。距離を置きたいから、生徒の名前も忘れたふりをすることもある。ただ、名前も忘れるような教師がなぜ生徒から信頼されているのかが、分からなくて困るらしい。自分に関して言えば、例えば生徒に「○○(もちろん名字)、オマエね、いい加減に自分で自分の進路をちゃんともう一度考えろ。でないと、志望理由書なんていくら書いても無駄だからな!」などと言うと、「○○先生だから、できる」とか「○○先生しか言えない」などとよく同僚に言われる。が、自分は教師としての正しい職業的態度を一貫しているだけなのにな、と思うのだ。それで、生徒は依存先のXに自分からこう言われたと涙ながらに相談し、Xは心から親身になって相談に乗り、「よし、それじゃ先生も手伝うから、志望理由書、書いてもう一度みてもらおう!」などと励ましたりするのだ。バカみたい。
2023.03.16
といっても、1階の隅々まで掃除機を丁寧にかけて、拭き掃除をするだけのことなのだが、今日は妻の月1回のお花のお稽古。場所は我が家で、後2人お弟子さんがいるが、1人はなかなか来られない。それで、大体は3人でやっている。月1回、玄関の正面に新たな花が活けられているのは、なかなかいい。その上の絵も、季節によって掛け替えている。1階に、自分の寝室があり、朝も早いので、掃除分担は自分になる。風呂、トイレ、ピアノのある部屋、玄関、居間、寝室、台所など所謂、生活スペースだからわりとこまめにやっている。面倒なのは、3年ほど前、ヤフオクで購入した中国製緞通で、どうしてもホコリや小さいゴミが溜まりやすい。それを老眼鏡をかけて、這いつくばって掃除する。新品なら優に100万を越える品物だが、その1/10以下で手に入れた。年に1回、車に積んでクリーニングに出しに行くが、それも一苦労だ。なにしろ尋常でなく重い。(こういう時「ハンパなく」などという言葉を使わないのは自分の矜持のひとつだ)さて、服を着替えて、掃除にかかるか。
2023.03.15
いろいろな理由はあるが、ここでは書かない。ともあれ、次年度の仕事は、今年と同じ火・水・木の3日間。懸案だった夜の特講はなし。その代わり、授業は大体一日4時間びっしり詰まることになる。それに教科会。一年だけ離れた入試問題作成の仕事。今年は採点だけ手伝ったが、作問にも加わる。相変わらず「小さな仕事」であるが、授業が増えた分だけ、収入は微増するかもしれない。昨今の物価高対策程度にはなる。今の自分にはそれくらいがちょうどいい。問題は火・水・木の健康麻雀には行けないこと。雀婆たちが嘆きそうだ。3日連続でお弁当男子だ。が、定期試験は有休を取って、監督はしないから、少しは行けるかな。土曜日は、弓を午前、午後から麻雀の予定だが、その日は強い人たちが手ぐすね引いて待っている。というわけで、次年度も仕事は続く。
2023.03.14
今朝は4時起き。段々、体が覚えている朝練の時間に目が覚めるようになった。といっても、まだまだインドアのシーズンで、要は無駄に早起きをしてしまった。それでも、起きてしまったことは仕方がない。もちろん「起きる」は文字通りの意味だ。英語なら"wake up"と"happn"だから、こんな注釈は要らない。久々に朝に和食を食べた。といっても、昨夜の残りのさつま汁。さつまいも、豚肉、人参、ごぼう、黒蒟蒻、ほうれん草、馬鈴薯、油揚、しめじ。これだけずっしり具が入っている。量は普通の味噌汁程度。鍋全部をガスで温めると、具材が煮過ぎになるから、必要量だけもらってレンジで。後はご飯に松前漬けときざみ海苔、頂き物のさつま揚げ(枝豆が入っている一番小さなものにした)。これで、十分だ。たまに無性に朝に和食が食べたくなる。いつも泊まるホテルでは味噌汁とご飯を選ぶことが多い。試合の時は、昼ご飯代わりのパンと鶏の唐揚げなんかを容器に詰める。何だか知らないが、大江健三郎の生前の姿をニュースで見ていたら、今朝は和食にしたくなった。
2023.03.14
本論考の最後に、自分が与している人間論でもある「ホモルーデンス(遊戯人)」と「演劇的人間」について書いておきたい。「ホモルーデンス」はホイジンガーの人間論である。「遊び」は文化に先行しており、人間の生み出したあらゆる文化は「遊び」から生まれた、という彼の主張は現代の消費文化を見ても、十分に納得できるだろう。なぜ、我々は十分に食べられる生活だけでは満足できないのか。場合によっては、食べることを我慢してまで、趣味にお金を使うのか。それが、我々の本質であるという彼の思想は、いわば「労働」と「遊び」の価値の転倒である。最近、よく言われる「ワーク・ライフ・バランス」というのは、仕事と遊びの両立のことだと考えると、了解しやすい。ホイジンガーは遊びの形式的特徴を次のように列挙している。① 自由な行為である② 仮構の世界である③ 場所的時間的限定性をもつ④ 秩序を創造する⑤ 秘密をもつさらに、さらに遊びの機能的特徴として「戦い(闘技)」と「演技」を挙げる。そう考えると、人間のやっているありとあらゆることが、「遊び」であると分かる。スポーツや芸術だけでなく、政治も戦争も労働も、すべて遊びなのだと言えそうだ。しかし、ホイジンガーは指摘していないが、もっと重要なのは、「遊び」は「他者」を必要とする、ということだ。たとえ、その他者がSNSの向こうにいる不特定の「他者」だとしてもだ。もちろん、そういう他者としか遊べないのは、不幸だ。SNSの向こう側の見知らぬ他者と、常識外れなほど親密になったり、つまらない諍いを起こしたりするのは、「現実の他者」との関わりが希薄な「無縁社会」の悲喜劇である。そして、そういうバーチャルな他者に対してであれ、現実の顔の見える他者に対してであれ、我々は「素顔」ではなく何らかの「仮面」をつけて対峙している。仕事や家庭での役割も「仮面」のバリエーションの一つと言っていい。山崎正和は、現代人を「演劇的人間」と評したが、自分もそう考える。仕事や趣味での他者とのやりとりは、いわば「台詞」であり、しかも即興性の高い「アドリブ」であればあるほど、満足感が大きいといっていい。コンビニやファストフード店でのやりとりは紋切り型であり、まったく楽しくない。そうではない「他者」とのやりとりを楽しむことが、単に食べるためにではなく「生きる」ということだろう。家族や友人、趣味の仲間、生徒、同僚。自分の場合は、そういう「他者」とのやりとりこそ、最も面白いものであり、「生」の実感を得られるものだ。だから、なるべくそういう人たちと、ずっと「仲良く」やっていきたいと心底思っている。この項、了。
2023.03.13
今週は、今日がMRIで前立腺生検前の診断。まったく自覚症状はないが、PSA値が最後の職場の集団検診でかすかに引っかかり、それが少しずつだが上昇している。もし、前立腺癌が進行しているようなら治療開始となるが、まだ分からない。その場合、セカンドオピニオンを求めるつもりだ。今のところに限らず、総合病院の医師は基本的に切りたがる。しかし、切るとQOLは落ちるし、仕事にも支障が出る。陽子線治療などの先進医療も保険でカバーできる。放射線治療なら、受けてもいい。ただし、20回は必要で、週一日はそのために半年くらい空けておかないといけない。そうなると、ちょっと授業のコマ数も増やせない。また、前回は結構後半にこたえた。仕事は、むしろ今よりセーブした方がいいだろう。夜の特講はやめておきたい。あれをやると酷く疲れる。肉体労働ではないが、それでも体が資本であるには変わらない。仕事も趣味もまだまだ楽しみたいから、やはり今の身の丈に合うように調整していかなければならない。ライブ居酒屋も少々飽きた。それよりジャズピアノを本格的に覚えたい。まず、スタンダード40からかな。
2023.03.13
一日のうちで、一番好きな時間は?と、聞かれたら、少し迷うが、この朝の数時間をあげるかもしれない。今日は目覚めたのは2時近く。テレビをつけて時間を確認する。少し早すぎるので、他に見るものもないから、だらだらと見続けている『Once upon a time』シーズン3を、昨夜寝入ってしまったところあたりから見る。まあ、つまらないテレビドラマなのだが、おとぎの国と現代の同時進行で、ストーリーは進む。しかし、切り替えがよく分からず、また主要でない登場人物は、現代とおとぎの国とで、アイデンティファイできないから、わけがわからなくなる。こんなに、設定に無理があるのにシーズンを重ねたのは、それなりの理由があるのだろう。しかし、主演級の白雪姫の女優がどう見ても美しくないし、まあ、大根役者だ。感情表現がワンパターン。これは、最後まで見ないだろうな、と思う。などという埒もないことを考えながら、途中でうとうとする。それから、ベッドで背筋を伸ばしたり、肩甲骨をほぐしたりしているうちに、目が覚めてくる。起き上がり、茶の間で昨日のウィスキーを片付け、朝刊を取って、洗い物の残り(昨夜はお向かいにいただいたほっけの焼き台。グラス2個)を洗い、食洗機の中の皿などを片付け、コーヒーを淹れる。今朝は、昨日の昼のパスタに使った、たらこが残っていたので、それを擦り付けてピザを焼いた。後はミニトマトを二つ。それから、今、二杯目のコーヒーと食べ残しのベーコンの野菜炒めを温めたのを。5時になった。起きてから、たっぷり一時間、いろいろなことをして何度も中断しながら、この画面で駄文を綴る。ぼんやりと今日やることを思い浮かべる。弓は昼からにしよう。半分は弓友とダベりながら。ピアノは午前中。『人生のメリーゴーランド』の難しいところを集中的にやって、ともかくも最後まで通してみる。弓の帰りにGEOで、DVDを返却して、別のを借りてくるか。車も洗わないとな。ああ、相撲が初日だし、幕の内の初めあたりから見ると、ちょうど昼寝にいいかな。等々。まあ、一日のうちで、このゆったりと過ごす時は結構好きだ。これから、『Once upon a time』で、二度寝でもするか。
2023.03.12
もう、年齢的に夜に外に出て遊ぶのはちょっと苦しいかもしれない。これが、昼であれば問題ないのだが、今朝もちょっと寝不足だし、気力が湧かない。ライブ居酒屋は、やっぱり月イチで十分だ。どこかに「健康ライブ居酒屋」なんてないものか。
2023.03.11
内田樹は、「仕事は他者のために役立つことを喜ぶという特異なメンタリティ」を要するとも書いたが、続けて「仕事をするのは、生き延びるためだ」とも書いた。確かに、食べていくために仕事は必要だ。例の老後2000万円問題以来、年金生活の高齢者も、人生100年時代、働けるうちは働かないと資産は底をつき、悲惨な老後を迎える、と散々脅されている。そして、最近は「小さな仕事が老後を救う」という類いの本が出て、結構売れているようだ。やや、言い方はソフトで受け入れられやすいのかもしれないが、結局は「死ぬまで働け」ということだろう。この一連の言説の裏にあるのは、高齢者をもう一度生産年齢人口の中に組み込まなければ、日本経済は深刻な人手不足状態に陥る、ということだろう。特に、介護や工場などのかつて3Kと呼ばれた職場は、常に人がいない。介護はともかく、工場は最低時給に近いが、それでも一日6時間働けば6,000円にはなる。月20日で12万。これに国民年金を加えれば18万。サラリーマンの厚生年金平均15万を上回る。単独世帯なら、十分生活していけるし、ちょっとした余裕だってできるだろう。同じ単独世帯でも、女性よりも男性の方が孤独であることが多い。そうなると、働くことは同時に、何でそんな対策が国の政策として必要なのかは分からないが、「孤独対策」にもなる。夫婦二人世帯でも、今まで勤めていた夫に、家でテレビのリモコン握りしめて、ゴロゴロされるのは、うざったい話だから、「小さな仕事」でも何でも、とにかく外に働きに出てほしいと願う妻は多い。つまり、仕事は自分のためでもあるし、配偶者という「他者」にも「役立つ」のである。さて、来年度は多分授業が増えそうな自分の場合、どうなのか。工場のベルトコンベアで部品を取り付けたりする仕事とは根本的に違い、授業はもっと創造的だ。自分のアイディアと工夫と能力で、生徒は確実に成長するし、それを見ているのは楽しい。賃金的には「小さな仕事」であるには違いない。頼まれれば拒まず、1円のお金にもならない個人指導にも応じるのも、それは「生きがい」の一部だからだ。今日も、少し面倒を見た1人の生徒の前期合格が入った。「老後不安」を煽るばかりの最近の論調からはすっかり置き去りにされてきた「他者のために役立つ」ことが、直接的に感じられる。もちろん、わずかだが稼いだお金は家計消費の一部にも回るが、そのために働くというわけじゃない。歳を取ると、消費意欲は確実に減退する。モノは今あるので十分で、新しいモノはそんなにほしくない。食べるのも妻や自分が作るのが、結局美味しいし、安上がりだ。一昨日10年ぶりくらいに、それこそ毎日使うオーブントースターを買い換えたが、2,980円。それが久しぶりに買う家電である。これも単機能だから、多分長持ちする。昨日は、それでピザを焼いたが、いつもと変わらず美味しかった。グランドピアノを買って、夫婦で個人レッスンを受け、発表会に出て、と人から見れば贅沢と思われるかもしれないが、それはセミリタイアだからできる話だ。今度、鹿児島に行ったら、日本初のストリートピアノがあるそうで、そこで弾いてこようと思っている。もし、現役を続けていたら、お金は今よりもあっただろうし、そろそろ新車をなどと考えていただろうが、ピアノを再開する余裕なんかどこにもなかったし、弓はやめていたかもしれない。何しろ右ではまったく引けない状態だったから。レフティで、最近ようやく、以前に近いところまできたが、ちょうど現役を辞めてからレフティを始めたのだから、6年かかったことになる。今日はフルリタイアした元医師のK君と久しぶりのライブ居酒屋だが、そんなこともできなかっただろう。働くことは、自分にとっては、「何かのため」ではない。自分自身が毎日楽しく暮らすことの一部である。
2023.03.10
Dさんの宿題だった『Fly me to the moon』も大体OKなので、明日はライブ居酒屋にでも行こうかと思っている。教えていた3年生は2人とも前期で合格。後期の指導もなくなったので、今日は弓。朝のうちに、評価の仕事を終えたい。今回は『白い一日』、『ガラスの部屋』、1音下げた『アゲイン』、2回目は『マーク2』、『祭りの後』、『君のスピードで』あたり。音域の無理のないのを選択した。初期の歌が多い。気が向いたら『兄ちゃんが赤くなった』もやりたい。きっとマスター以外は誰も知らないだろう。もう通い出して1年近いが、月1のペースだ。新たなレパートリーを毎回少しずつ増やしている。今、『人生のメリーゴーランド』を一日二回練習中。曲構成がはっきりしているので、まず最初のパート1をやっているが、和音をなかなか指が覚えてくれない。リズムはワルツなので難しくはないが、一音も外せないくらい、響きがいい曲だ。
2023.03.09
このところの高い気温で、急速に雪が解けだした。「年度」は4月からだが、案外この始まり方が季節感に一番合うのかも知れない。「春は曙」。朝起きるのも、5時くらいになり、朝練の季節が近いことを身体が覚えている感じである。今日は、授業。今年度は後3時間。その後、教科の授業配当が決まる様子がない。まったく困った状態だが、自分で引き受ける線は決めている。現在は8+特講。まあ、11+特講ならOK。それ以上は無理だ。特講がなければ後3時間はいい。その方がお金にもなるが、大学受験の特講ができる人間は自分しかいないから、そうはならないだろう。1人の無責任な人間のやることで、皆が大迷惑する。
2023.03.09
昨日は3時ころ射場に着き、3時半まで。的を2枚貼り、6本ずつ。とにかく射の感覚を掴みたいので、速射。最初から時間を決めたので、そこまで7,8回射てればいいと思っていた。中りは二の次。昔、高校のころリカーブでやっていた練習方である。段々、意識ではなく半意識の状態に入っていく。ランニングハイもこういう感じなのだろうか。4エンド目くらいから、そういう状態で、そうなると矢は黄色から外れなくなる。8エンドまでそういう状態が続いた。後5分。9エンドでまた意識の状態になった。さいご10エンドは、3時半を少し回っていた。あらたな規定は3分6射。矢取の時間があるから、昨日は25分で60射はできたのではないか。そうすると、3分なら30秒余る計算だ。黄色の信号になりかかった時に、最後の1射であれば、4分の時と同じである。連射の練習は、射場で1人でないとできないが、機会があればまたやってみたい。
2023.03.09
次の発表会で弾こうと思い、ヒビキというユーチューバーピアニストのアレンジの楽譜を買った。本当はカティンこと角野隼人の譜面がほしかったが、出ていない。二人ともユーチューブで弾いているが、カティンの演奏の方がいい。まあ、それ風に弾くことはできそうだ。一昨日が初見で、昨日は二回目。麻雀の後、弓に行って、帰宅後、前半部分を、まず仕上げようかと思って、少し丁寧に練習した。案外、早く仕上がりそうな感じである。『天空の城』だったか、ジブリ作品の挿入曲かメインテーマ。ジブリは好きでないので、よく分からない。が、曲を理解するために一度は見ておくことも必要だ。妻の手習いが始まったので、グランドピアノを買ったが、今は自分もすっかりハマり、二人で合計3時間くらいは鳴らしている。比較的広い郊外の一軒家だから、騒音の迷惑にはならないのもありがたい。隣家が引っ越して暮らすという札幌の賃貸マンションでは、生ピアノは無理だろう。ピアノをやっている間は、ここを動けない。というくらい、今は真面目に弾いている。考えてみると、ピアノは今の趣味の中で、一番早く始めた。4歳くらいからだと思う。中学まではイヤイヤながら習っていた。中学の音楽の先生が、何を勘違いしたのか、国立音大の附属高校を受験しないかと言ってきた。冗談じゃない。あんなにイヤな練習をずっとする学校なんて行きたくない、と思った。それで、その当時は一貫校以外では全国トップクラスの進学実績のある高校に行った。寮や下宿で暮らしたが、当然ピアノなんてない。この時、悪友がギターを教えてくれた。まあ、それだけイヤだったピアノを今は、楽しめている。もちろん老後に初めて鍵盤に触るところからやる方もいるし、いろいろな楽しみ方があっていい。しかし、自分の場合は、弓も高校時代にインターハイまで行ったが、その後興味をなくして沙汰止みになっていたのが、40代になって復活した。麻雀も大学1,2年で覚え、雀荘に入り浸っていたが、勤めてからはほとんどしていない。それが、今、週1は健康麻雀に通うことになっている。フォーク居酒屋も、こちらはピアノ、麻雀、弓と比べると、月1くらいで頻度は低いが、そのためというわけでもないが、毎晩酔っては歌っている。最近は、フォークソングというより、ブルース系の曲調が好きだ。これは、大学のロックバンド活動の続きみたいな気がする。ああ、やっぱり人生は「メリーゴーランド」なのかもね。
2023.03.08
昨日は、2限だったが、その前に解答プリントを刷り、この先4時間分の問題演習プリントを刷り、3年生の小論文を見てやった。小論文は出来がよかったから、ほとんど時間がかからない。出来が悪いと、1時間はかかるが、授業前に出来た。それで、授業後、健康麻雀に直行。珍しくサンドイッチではなく、たらこがあったので、おにぎりにした。それをパクつきながら、運転して11時ちょっとには着いた。「先生、今日は2時でやめます」と最初に。同卓は雀婆2人と雀爺1人。雀力はそう高くはない。最初に手が来て、メンタンピン三色ドラ1+裏ドラ2で倍満。大体4万点が一つの目安で、それを越したら守備的に打つ、というのが最近の自分の流儀である。もちろん上がれる手は上がる。この時も3回続けて安い手が上がれて5万くらいに。こうなると、後は守る。親のツモ被りもあったが、3万9千くらいで終局、1位。麻雀はいろいろな楽しみ方があるが、自分は順位に拘る。目指すのは1位だが、2位でもいい。ラスだけは絶対に引かないつもりで打つ。健康麻雀での平均順位は多分2位より少し高い。ひと月前のようにラスを2回続けて、などという時もあるが、年に1度くらいのことだ。天鳳の方では、やはりレベルが高く、ラスの確率も10%程度はある。次の半荘も好調が続いたが、南場まで2位。オーラスもまだトップ目の親と1万弱の差。満貫ツモで逆転可能だった。またタンピン三色ができそうだった。2,3,4でピンズ面子は完成。後はマンズ、ソーズだが、この形は1ソー、1マンが来やすい。それならそれでリーチピンフドラ1で裏がのれば満貫。というところで4ピンを引く。来た!と思ってリーチ。かけて直後に気づいた。ほしいのはマンズ、ソーズだった。空リーチ。ここの罰符は2000点ずつの6000点と安いが、それにしても痛い。誰かに放銃する方がいいな、と思ってたが、誰も鳴かないし上がらないまま、終局。6000点払うと26000くらい、これで3位に。まあ、こういう時もある。1位はしょうがないが、3位、ラス目は、オーラスだから勝負に行くのが本当だ。この辺り、つまり勝負に行くかどうかの判断が甘いのが初級者だ。中級者はそれが分かる。今朝は、やたら詳しく書いたが、麻雀知らない人は???だろう。基本的に、確率と効率とギャンブル性のゲームで、どう確率の高い上がりを効率よく目指しても、駄目な時もある。逆に手順をしくじっても上がれる時は上がれる。三半荘目。南がドラで2枚。確率的には両面で待つのがセオリーだが、ここはシャンポンに賭けてみた。一発で南を引き、ハネ満。ここで、2時なので終了。後は先生が引き継ぐ。
2023.03.08
土曜、日曜と祝祭のような二日が終わり、昨日は整形とかかりつけ医のハシゴ。いつもの月曜日だ。その間に、アウトドア用の矢に変えて、射場に。スマホのストップウォッチ機能を初めて使い、3分6射ができるかどうか試してみた。カーター・エンバ―。スコープを見なければ、10秒くらいは余るが、外は風もあるし、どうなるか自信はない。中りは思ったより良かった。一応、インドア的、36射、アウター10で点取りしたが、338。経験上、30mと同じくらいだろう。出だしとしては悪くない。日曜の試合から、狙えるようになってきた。ピアノの方は、次にマスターしたい曲は2曲。『Fly me to the moon』 と、『人生のメリーゴーランド』。『メリーゴーランド』の楽譜をプリント楽譜で印刷。便利な時代になったものだ。600円近くかかったが、街の楽器店で物色するよりはるかに早いし、そのための時間や経費を考えると、1曲500~800円、コンビニでプリントアウトすればOKだから、プリント楽譜は安い。夜、酔っ払いながら弾いてみると、いけそうな感じだ。普通、初見だともっと難儀する。ファジルサイがそうだった。何曲かマスターして、妻とあちこちのストピ(street piano)巡りの旅というのもいいな、と話している。その妻が、突然食べたいと言いだし、昨夜はすき焼き。和牛肉280g。グラム600円の割にはいい肉で食べ残さなかった。が、今朝は胃もたれ。やはり歳には勝てない。若いころなら一人で平らげていただろう。一昨日中に採点は終了。今日、返却。今年度の授業も、今日を含め、後4時間。何をするか決めかねている。『永訣の朝』にはちょっと時間が足りないから、受験レベルの問題演習でもやろうか。来年度のことは分からないが、おそらくまた3年現代文は担当させられるだろう。今年度よりも、授業数が増えそうだ。何しろ人がいないのである。遊ぶなら今のうちだ、という声が聞こえる。そういうわけで今日は、授業後、健康麻雀に。何のことはない、いつもと同じである。
2023.03.07
昨日は地元の選手権。出場は10人。まず、30射で予選。順位を決める。それから、10位と9位が9本交互射ち。合計点の勝者が8位と対決。「ランカスター方式」と呼ぶらしいが、これはこれで面白い。Aさんによると、中位で2,3戦勝ち上がり、勢いをつけた選手がそのまま優勝というケースが多いらしい。それは確か12射。9射なら、さらに面白くなりそうだ。リリーサーはカスケードではなくカーター・エンバ―。矢はFATBOYという、試合では今季初めての組み合わせ。予選。割と真ん中辺りが狙えて、8点は2本。276。アベレージだ。結果は2位。Aさんが289。はるかに上だ。こちらは3本に1本弱、向こうは3本中ほぼ2本、10点。これじゃいくら9射でも勝てる気がしない。勝ち抜き戦は、それでも大体順当に上位が勝ち進む。途中予選6位のコンパウンドの紅一点Sさんが2回、下克上。一人はMで自滅し、次は接戦を制した。勝ち抜き戦の最初は9本で70台という低いレベルだが、さすがにSさんが登場したあたりから80台には乗っている。Sさんと3位Tさんの勝負は、Tさんが辛勝。自分がリカーブで再開したあたりにはすでにいた方で、もうすぐ後期高齢者。元気だ。そういう意味で、自分が目標にしている存在である。自分の初戦は、そのTさん。いきなり8点を射ったがその後9,9。この時点で1点リードされた。次は10-9-9だったが、相手も同じ。Tさんの1点リードで最後の3射。10ー10-9。勝ったかなと思ったが、Tさんも10-9-9と粘り、83点の同点になった。シュートオフ。勝ち抜き戦で、結構あるんじゃないかと思ったが、これが初めて。真ん中の的で1射。センターに近い方が勝ち。自分は9点。アウター10のライン上、Tさんは同じく9点だが、下の9点ラインに近い。遠目で見ても、はっきり勝ち負けが分かった。さて、決勝戦。負けても2位だから、まあ、気楽だった。勝負を楽しむ、というよりゲームを楽しむ感覚。見ている選手たちを楽しませたいな、とも思った。それでも1射目はなかなか切れずに8点。後は10-9で24点。予選断トツ1位のAさんは10-9-9。この時点で1点ビハインド。2回目は10-10-9で55。同点になった。3回目、最初は10、次も10、最後は9点で84。Aさんは9-9-9で82。1本微妙なのがあったがジャッジは9点。しかし、あれは10点だったと思う。それにしても1点差で勝っていた。地元の選手権ではほぼ10年振りくらいの勝利。時間を勘違いして遅れ、参加できなかったロシア人D君とエキシビション・マッチをやることにした。「国際試合だね!」しかし、この時はもう気が抜けていて81だった。が、1点差で勝った。賞品のアップルパイ。いつもの店のとは違うが、帰宅後、妻と紅茶美味しくいただく。Sさんがこういう時にいつも全員分打ってきてくれる蕎麦に天麩羅と鉄火巻きを足して夕食。勝因は、メンタル、だと思う。83,84という二戦のスコアは、自分としては今のベストに近い。練習でも3回ずつ区切って点数を数えていたが、大体82がアベレージ。Aさんは予選の調子なら87くらい出してもおかしくない。それが82というのは信じられないくらい悪い。無欲とは言わないが、全員が見ている中、面白い試合にしたいな、という思いが強かった。決勝もシュートオフなら最高だな、と思っていた。そういえば、10年くらい前の決勝もAさんとで、Aさんが、あろうことかMを射ち、交互射ちではなかったから、それは後から知ったのだが、自分はその時の射で10点。矢の軌道が射つ前に見え、その通り矢が飛んだのを思い出した。ともあれレフティで初めて「選手権」と名の付く試合に勝てた。一昨日、昨日は最高の2日間だった。さて、今日は整形、採点。余談だが、遅れたDさんが少し練習したいというので、3時に射場を閉めに行った。あれ、弓が1本残っているな、と思ったら自分のだった。以前、札幌でケースごと置き忘れたこともある。やはり、性格は変わらない。
2023.03.06

昨日の発表会。朝の練習でも、まだどちらをやるか決めかねていた。楽譜どおりか、曲の第一の山場を短調に変える「○○(=先生の名前)裏切りバージョン」をやるか。さて、妻も予定通り髪をセットし、指定の時間までに芸術ホールに。市民会館の音響とは比べものにならないほどいい。ピアノはスタインウェイ。完全なコンサートピアノである。事前練習は、1人1,2分。曲の冒頭か、サワリのところか、その辺りを弾く。小さな子から、中学生、高校生、大人。自分の前は、このところのショパンブームですっかり知っている人も多くなった『英雄ポロネーズ』。高2生。音大ではなく、国公立医学部を目指すらしい。その後じゃ、しんどいなぁと思っていた。自分も、ファジルサイは山場直前までしか弾かなかった。終わって、一度ホールに出ると、自分たちに一際大きな花が。それと小さいのがもう一つ。両方とも、息子の嫁さんのご両親から。一つは孫の名前で。本当にいつもよくしてもらっている。今日、お礼にビールを1ケース届けようと思うが、半返しにも足りない。。本番。楽屋に入り、さてどうしようか、という気分。いやぁ、みんな真面目に弾いているし、自分もちゃんと弾こうという気は、段々失せてきた。みんな真面目に弾く中で、オレ1人我流で楽しんでもいいんじゃない?悪魔の囁きが聞こえる。『英雄ポロネーズ』は予想の通り、優等生の演奏だった。真面目な練習の成果である速度と音の正確さ。やはり、こういう子が医師になるべきだ、と思う。間違ってもピアニストを目指さない方がいい。名前を呼ばれ、舞台に出たときには、もう大体「裏切りバージョン」を弾くことにしていた。別に「不真面目」じゃない。それだって何度も真面目に練習したのだ。だが、その前に『トロイメライ』。ゆっくり、和音を意識して聴きながら、それこそ「夢見るような心地」を表現する曲である。これはほぼノーミスで弾けた。さて、いよいよ『トルコ行進曲・ファジルサイJAZZ』。山場までは順調。そこから、ロックギターのソロのような一節を入れ、山場は短調で少し弱めに。後は、ファジルサイの編曲に戻り、同じ山場は今度は長調。爆発するようにフィナーレまで。ここで、少し指を外し、破綻しそうになったので、ゆっくり強く、最後の三和音を弾いて、鍵盤を上から下に滑らすアドリブを入れて終了。拍手。妻の演奏も去年よりはずっとうまくいった。帰ってきた妻が「楽屋で、先生、『何ですか、あれ?ボク、聴いたことないんですけど』って言ってたから、『裏切りバージョン』ですって答えといた」と言う。そりゃそうだ、一度も聴かせてないんだから。調律のNさんは、『トロイメライ』の時点から「プロだ!」と感嘆していたという。「客席で聴きたかった」とも。講師演奏が終わり、全員で写真撮影。「いやあ、先生スミマセン。勝手な演奏で。もう、これは破門かな?」と言うと「イヤイヤ、そんなことは。でもびっくりしました」と。撮影が終わり、ミュージックアカデミーのもう1人のピアニストKさんのところで記念品と花を受け取る。「スミマセン。勝手な演奏で」「いえいえ!ジャズですね。素敵でしたよ」と言ってGOODJOBの指サイン。元はと言えば、息子が地元の短大に勤務していた時に、Kさんご夫婦とマンションが同じで、その縁でコンサートに行き、Kさんの十八番の「ファジルサイ」を聴いたのが始まりだった。「あ、これ弾いてみたい」とすぐ思った。帰り際、多分他の生徒のお母さんと思しき人が近づいてきた「ステキな演奏でした。お二人とも」と。「はい、ありがとうございました」「動画とらせていただきました」。え~?と思ったが、まあ、いいかと「いやぁ、ほんとありがとうございました」。後で聞くと、妻はすっかり自分の知り合いだと思ったが、まったく知らない。しかし、バイオリンの現役音大生のお母さんは、自分が国語を教えた人と後から聞いた。しかし、その人なら「先生」と呼ぶはずだし、いまだに謎である。まあ、とにかく「自分バージョン」を選択した反響は大きかったらしく、こちらも十分楽しめた。「まあ、よかったね。裏切りバージョン弾いて」「ま、そかな。破門されないみたいだし、はは」「しかし、本番でアドリブ入れる人なんていないよね」「よく言うよ。人に散々勧めといて」「アハハハ」帰りの車中、そんな話をしながら、二人とも上機嫌で帰宅。その前に、勤務先に立ち寄り、もらってきた答案がある。本年度最後の採点。これから、ちょっと手をつけようかと思う。そして今日は、地元選手権、今季最終試合だ。
2023.03.05
今朝は忙しい。10時30分に芸術ホールに入らないといけない。自分はスリーピースのスーツでいいが、妻は台湾で勝ってきたドレス。その前に近所の美容院で髪ををセット。9時からだから、帰って30分で着替えて出かけることになる。出番は二人とも一部で妻はトリ。自分はその前。といっても、その前の『英雄ポロネーズ』を弾く高2生が一番上手い。ただの並び順だ。昨日、「本番に強い」などと書いたが、実は本番までは優柔不断だ。どうやるかを結構悩むというか、それが決められない。昨日の大学受験の話で言えば、国語で、現代文だけ解くか、古典にも手をつけようか、というどうしようもない問題を結構考えていた。現代文は絶対の自信があったが、怠け者の自分は古典はまったく駄目だった。だから、「国語」と一括りにされる試験では古典は大体捨てることに決めていた。それでも配点比6:4くらいだから60点取れる。国語はそれで十分合格点だし、英語とか他の教科は何とかなる。いや、昔の話じゃなくて、今日、ファジルサイをどう弾くかが、まだ決まっていない。楽譜どおり弾くか、自分の編曲したバージョンを組み入れるか未定のままだ。決してぐずぐず悩んでいるのではなく、決めることができないのだ。受験の時も、試験前まで決められず、問題をサッと見て、あ、この古典は考えても解けないな、と思ってじっくりと現代文の解答を書き上げた。だから、ファイジルサイ『トルコ行進曲』をどう弾くかは、ステージで椅子の座ってみてから、決めることになるのだろう。どうせ、六十の手習いである。どう弾こうが、誰にとってもそんなに大きな問題ではない。きっとその前に弾く『トロイメライ』の出来で大分左右されるとは思う。気分よくいけば、自分バージョンを演奏するだろう。それから、明後日の選手権。エンバ―かカスケードかが決まらない。今のところ、予選はエンバ―。決勝勝ち抜き戦はカスケードの予定だが、予選が調子よければ、そのままエンバ―で、調子悪いと、予選途中からでもカスケードにするだろう。試射でリリーサーを換えることもよくある。職場や周囲からは決断力があり、実行力があると思われているが、実は、周到に準備はするが、その場でテキトーに物事を決め、やってみてから軌道修正することの方が多い。授業も、そもそも次にどの教材を取り上げるかも、決まっていないことが多い。今年は、残り授業の時数から考えて、生徒には難解な評論を端折って教えるのは無理だと思い、詩をやることにした。最初から何をどうやるかなど綿密に決められるはずがない。日々のルーティンならともかく、新たにやることならなおさらだ。実際はやってみないと分からないことだらけである。ただ、やるかやらないかの決定、例えば先生についてレッスンを受け、発表会でファジルサイを弾くという決定は、自分でかなり以前からしていた。そしてピアノにしても弓にしても、かなり練習はしている。そこは人には見えないから、あいつは何だかテキトーに生きてるくせに、うまくやってると思われる。
2023.03.04
競技に勝つ大切な条件は「本番に強い」ということだ。技量が圧倒的に違うなら、強い者が勝つのは当たり前だが、トップ選手の技量はほぼ変わらない。そうなると、後はメンタルの問題である。いわゆる「本番に強い」メンタルがものを言う。自分は、長年の競技生活で、地方レベルの試合では何度も優勝してきたが、全日では最高順位は6位。本番に強いのかどうか、よく分からない。多分、技量以上の成果を得てきたのだから、本番に強かったのだろう。去年は2回、帯広と滝川で勝ったが、帯広は72射の最後の6射で逆転、滝川はFITA900の最終距離、40mでの逆転だったから、この勝ち方は紛れもなく「本番に強い」。大学の入試は、大きな部屋の100人ほどの受験生の中で、合格したのは自分と妻だけだった。妻は一生懸命、受験勉強をしてきたと聞いたが、自分は怠惰な受験生だった。たまたま、前の日に苦手な数学の問題集で読んだ「回転の公式」を覚えていて、その問題は完璧に解けた。大問4問のうち1問完答なら、合格というのが文系学部の数学で、自分は3問完答、後の1問も半分くらいまではできた。共通テストの「誘導問題」とは違い、非常にレベルの高い記述問題だった。これも「本番に強い」ということだろう。そういう小さな事柄もそうだが、「本番になれば何とかなる」という根拠のない自信のようなものは、ずっとあった。なぜ、そうなのか分からないが、多分「自己肯定感」が強くなる育ち方をしたのだろう。両親のおかげである。さて、自分の人生。何が本番だったのかはよく分からないのだが、ここまで大きな破綻を迎えることなく過ごしている。まさか、43年も教員をするとは思わなかったが、それも「本番」の連続だったのかもしれない。今や、セミリタイアの生活で、仕事も趣味も何も違わない。競技人生からも足を洗いつつある。人生の「本番」はもう残り少ないし、たいしたことはもうないだろう。それでも小さな本番は、いくつかあるし、それを楽しみながら生きていきたい。昨日は、仕事の上での次年度に向けた大事な事柄について、何とか道筋をつけて、周囲に大いに感謝された。今、長年そこで生きてきた組織が機能不全状態に陥っている。が、それを教科内だけだが、どうやら打開できそうな気配だ。が、次年度は「老骨に鞭打つ」1年になりそうである。明日は小学6年以来のピアノの「発表会」、明後日は地元の選手権、勝ち抜き戦。うまくいくかどうかは分からないが、何となく大丈夫かな、とは思っている。もう結果は求めない。どれだけ、その場を楽しめるかということだけを考えているから、今から珍しくワクワクしている。
2023.03.03
朝、いつものようにピザとトマト、胡瓜、コーヒーで朝食をとりながら、画面に向かっている。「朝食はパン?ご飯?」と聞かれ、「オレは大体ピザ」と答えると、驚かれる。「作るんですか?」「うん、オレが作る」と言うと、さらに驚く。多分、生地からこねて、石窯になどという勝手な想像をしているのではないか。「朝から贅沢ですね」とも言われる。「まあ、そうかな」。しかし、自分は嘘はついてない。週のうち4日か5日は朝はコーヒーとピザだ。「作る」といっても、調理ピザに、今日ならサラミ、檸檬とパセリ風味のウィンナー、ミニトマトを載せて、その上に「二種類のチーズ」(商品名で、二種類の刻んだチーズが一袋200円くらいで売っている)を載せ、オーブントースターで5分ほど焼くだけ。表面が少し焦げる感じが一番いい。「石窯」というのは相手の勝手な想像だが、よく買うのは日本ハム「石窯工房」のマルゲリータだから、その想像も当たっていないわけでもない。このところの物価高の中、調理ピザは値を下げていると先日のニュースで見た。確かに最初は278円が338円くらいにはなった。しかし、最近は238円。別の商品だと198円まで出ている。それを多い時で1/6カット。今朝は1/8カットでこのくらいが平均だ。つまり、一週間たっぷりもつ。一食、30円。ミニトマトは1個しか載らない。ウィンナーやサラミは3きれ。載せるチーズもひと月はたっぷりともつ。だから、せいぜい単価は40円。それが「贅沢」かといえば、自分はそうだと思っている。今朝は5時に起きた。定期試験の解答の後半部分を書き上げてから、ゆっくりお湯を沸かし、食洗機の食器を片付け、ピザを作りながら、コーヒーを淹れる。コーヒーは値上げがひどい。298円で買えたのが、今は安くても398円。400gだが、360gというシュテルス値上げ品も出てきた。ほとんど一番安いUCCかKEYCOFEEなのだが、それでも淹れ立ては美味しい。そうやって、ゆっくり朝食を準備し、ゆっくり食べる。それから、これも最近は世知辛くて自由に吸えない煙草を一服。まだまだ出勤時間は気にしなくていい。今日は11時に家を出れば十分だ。そういう時間を過ごせるのは、この上なく「贅沢」なことだと思っている。さて、これから昨日買ってきたレタスとベーコンでBTL(ベーコン・トマト・レタスのサンドイッチ)を昼食用に作ろうかな。
2023.03.02
「過ぎたるは、猶(なほ)及ばざるがごとし」。この古諺の意味を知っている人はまだそれほど少なくはないが、「蛇足」という故事から来ていることを知る人はそういない。さらに「中庸」という孟子の思想の分かりやすいプロパガンダだと知る人は、ほとんどいないだろう。このところ、弓とピアノをやり過ぎていて、ちょっと休養が必要。このまま本番まで突っ走ると破綻する。卒業式。ダブルを久々に着て、出席するが、ちょうどそれでピアノの発表会にも出る。それで、朝に一度だけ弾いて、出勤し、上はセーターを羽織って、帰りがけに健康麻雀。その帰りにGEOで、今見ている『ONCE UPON A TIME』の続きを借りて、後は家でゴロゴロというのが、今日の予定だ。式自体は11時には終わるから、さっさと帰って、麻雀に行く。面倒は見たのだが、卒業生といつまでもおしゃべりしたりするのは好きではない。
2023.03.01
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