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習い続けていることの成果っていうのは、この動きができる、とか、覚えている振付が増える、とか、ということではなく、「わかる」から「できる」までの距離が短くなっていくことではないかと思うペースに差はあれど、必ずそれは起きていくことで、なおかつ「できる」が実はあまり意味をもたなかったり、なんてことも感じられるのが踊りを習うことの醍醐味かもしんない。
2006.09.30
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抜き、でした。師匠のレッスンにて。
2006.09.29
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基礎の動きをやっていくときに、始めの入り方、というのは大きく二種類あるかな、と思っていて、モノ、と、習う方のタイプによって方法を使いわけるわけなんですが簡単に言うと、止めるところを優先するか、動きを優先するか、ってことになりますで、ほとんどの動きは、私は止めるところを優先して練習してもらいます。なぜなら、動きを優先すると、カラダ痛める確率が高いんで。でも、八の字は、少し動きがややこしいことと、止めるべきところをきっちり止めると始めのうちは微動だにしなかったりしてストレスがたまる。。ということなどがあって、まずは、骨盤で形を追ってもらうところから始めます。肩とか胸の動きは、あとから止めるの、難しかったりするんですね普段の生活で、完全にくっついて動かしてしまってる部分だからだと思いますが、止めるところの方を意識しないと、いつになってもはがれてきません。今日の自由が丘クラスでも、八の字は、まず、他の部分はあまり気にせず、足元を見て、骨盤で八の字を描くことからやってみました。ただ、それでも、腰が反らないよう、おなかは入れとかないと、です。自由が丘クラスは毎週木曜日11時~12時15分ですお問い合わせは私書箱まで。
2006.09.28
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と言っていたのはシュウちゃんでしたかね?自分のカラダなのに、知らないところ。。胸骨の裏っかわあたり、背中の上の方の真ん中。そこを、あ、上げろと言われましても。。神経そこに通ってるんだろうか?と疑いたくなるような。肩だの鳩尾だのに力が入ってしまうだけ。。しっかし「犬」は難しい。ヒントはたーくさん頂いたが、練習が必要だな。といいつつ、やはりヨガのひとり練習はしないと思われるので、次回ぜひ「犬」を含め、足を使うものを中心にやっていただきたいなあ、みなさん画鋲持参で。ってかウエさんいないし!!
2006.09.27
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仕事の合間にピラティスへ行く。このところ左右差がでてきている、という漠然とした感覚があったのだが、やはり、指摘される。身体能力が伸びる時に起こりやすいことで、そのまま伸び続けると、そのまま左右差も広がり続けてしまう。ヨガへ行くときには、プロなら、インストラクターの指示のみで動かないように。気分の良さに委ねないように。と、釘を刺される。はい、肝に。で、明日は、指示のみで動いても大丈夫な貴重な師であるまゆみ先生のADヨガへ伺います。*****先日、こぶたラボでクラスを持つ講師としてのスタンスを問われる機会があり、主宰、スタッフと他数名に、以下のようなメールをお送りしました。+++私は、クラスは、コドモとの関わりに関係なく進めます。また、今までのところ、主宰との一致を得た上で、のことです異なる数カ所の教場と現在委託契約していますが、基本的には、私のクラスブランドの中に、子連れ、コドモ、親として対する対応、のポリシーというものは入っていません。逆に言えば、ポリシーのない部分ですから、主宰の方から要請があれば、その時点で、クラス設定の段階から検討する、ということですそれは、例えば、スポーツクラブ教場では長袖を着用する、といったことと、全く同じではないにしても、近い事柄として、です。その上で、その要請に従うとクラス開催が困難である、という結果となる場合もあり得ます(例えば、前出の例でいうと長袖、じゃなくて、 その刺青消して下さい。とかね、言うところもある)また、私はスタッフではありません。これもまた、現状、一致と許可を頂いている部分です。+++公開できない部分は多少変更してありますがで、この、一見突っ込みどころ満載の文章ですが、これは、スタートラインではないということ。この文章の後ろには、あるものが、ある。それがある為に、例えば、「これは、刺青とコドモの人権を私が同一に考えている、 ということではありません」などというバカバカしい注釈を入れなくてもいい。実は、昨日まで、その「あるもの」というのが私自身も何だかわかっていなかった。でも、ある、ってことはわかってたのだけど。それが、ある人の言葉で、あ、これだったんだ。とね。それは「尊敬と基本的信頼」。「劣等感からくる盲信」ではない。何もこぶたに限ったことではなく、「免責」ということの後ろにはこの「尊敬と基本的信頼」は絶対条件と私は考えている。スポーツクラブ、カルチャースクール等でクラスをもっているインストラクターまたは、スタジオ業務に関わったことがある方などはよくご存知だと思うが、通常、契約書には、もっと恐ろしい双方向の免責及び引責の言葉が並んでいる。しかし、やはりそこはスタート、ではないのだ。もちろんスタートにしているインストラクターもいるだろうし、会社もあるだろう。ただ私はそういった契約の元に仕事をしようとは思わない。企業であろうが個人であろうが友人であろうが同じことだ。それでこそ「免責」「引責」の意味がある。こぶたの人みんな素敵ですよ。スタッフも、スタッフじゃない人も。 彼ら(女性だけじゃないからね)の素敵さというのは「何かをしているから素敵」「何かをしていないから素敵」「こういう考えだから素敵」というものじゃない。始めから特別な人たちが集まってそうなった、のでもないと思う。素敵になってきたの。そして、それは揺るがない。なぜなら、誰かに言われて、素敵な振りをしてきたわけじゃないから。「過程を経たことの意味」を、私はいつも目の当たりにさせてもらっている。以前レポートに書いたけれどもこれだけ、女性が多く集まった集団で、一種ノイローゼ的な事象が怒らない、というのはほんとに希有なことなのだ。だから「大丈夫」。またこれも細かく言い出せばキリがない書き方だが「大丈夫」。こうとしか言えません。大丈夫、って、これなら絶対に私のクラスで問題は起きない、とかそういうことではない。(という注釈も、本来いらない!バカバカしい!)そういえば、私は、講師であることの意味を自分が参加者のロールモデルである、とか、憧れだ、とは考えたことがない。自分自身、憧れの人というものや、が過去いたことはないし、今も思いつかないし、この人みたいになりたい、と思ったこともないので。もちろん、それはだから、何してもいい、って思っているわけではない。(という注釈も。。。。以下略)
2006.09.26
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東十条マムズステージクラスでした動きを掴めている人程、お腹が抜けやすくなってるかもしれない。そう、美しくなってきていて、素晴らしい、そうすると、現状のカタチに満足してしまうのかもでも、そこに少し移動が入ったり、回転が入ったりすると、軸と重心の決まってない動きは、ガタガタガタっと崩れてしまう逆に、軸と重心がしっかりキープされてれば、多少、遅れ気味だろうが、振りがわからなかろうが、それなりにキメられると思いますあと、腕、でしたね。肩は下げるだけでなく(下げるのはみんなokだし)、まっすぐ広く開く、脇に卵、ヒジは外側のまま、上、横、前、下、キープしたままどこへでも動かせるようにしていきましょうマムズステージクラス、10月の日程は以下の通りです10/2 10時~11時15分、11時30分~12時45分 の2クラス10/9 祭日のためお休み 10/16 10時~11時15分 10/23 10時~11時15分、11時30分~12時45分 の2クラス10/30 10時~11時15分クラスレベルはオープンです。体験ご希望の方は、希望の日と時間帯をお知らせ下さい*****午後は師匠のレッスンへなんか顔が美しくない日だった(造作のことではないぞ)そして肘から先も(相変わらず)美しくないあー、なんか、今思うと、カラダの中の流れがブチブチ切れてたかもしれん。回るのもいきすぎたりしてたしなあと、とりあえず、エルマリカは走らないよう踏みとどまる。。しかし、踏みとどまるんじゃなくてえ、余裕と空気、それだそれ、それが欲しいんだが。。ブツブツ
2006.09.25
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明日は東十条マムズステージクラスです。一週あくだけでも、なんとなくカラダが物足りない、と感じる方も多くなったのではないでしょうか。それってすごく大事なことで、なぜって、アタマでカラダを動かすより、カラダでアタマ動かすほうが早かったりするから。カラダがそうなってしまえば、自分の状況、周りの環境に関わらず、カラダを意識する生活を作り出そうと、アタマ使うことができるから。ただアタマで やらなきゃ。と思ってても、カラダが動かない。。ってことはよくある。恋愛においては このアタマとカラダの仕組みのせいで、厄介なことになったりしますが*****玉男師匠の訃報。もう文楽を見ることはないかもしれない、と思ってしまう。。数々の素晴らしい舞台をありがとうございました。後進を変わらず見守っていただけますよう。
2006.09.24
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昨日のインストラクターが、クラス中にときどきやることで、あおむけに寝て、カラダをねじっているところから、腕か足、どれか一カ所を彼が掴んで、カラダ全体をぶらーんと引き上げる(完全に空中につり下げられた状態になる)というのがあり、これがまた、完全に力が抜けていなければ堪能できない代物で相手、または、自分のカラダに対する恐怖感や不信感(は最近はないけど、初めてやられたときはあった)があると、絶対にどこか抜けないところがでてきて、な、なんか辛い。。息苦しい。。で終わってしまうと思うのだがイメージに手伝ってもらったりもして(私はよく、自分が、床におかれた大きな布とかシーツとかそういうもので、 どこか一点をつまみあげられた、みたいにイメージしている)完全に力が抜けると、なかなかの体験だったりする。昨日は、カツーンと、左の首の付け根に近い部分が鳴った。鳴ったっていうか、鳴った気がした、鳴ったような動きがあった、というのが正確なところなんだけど、ちょっとここ数日、仕事のストレスがその場所に蓄積されている感じがしていたので、お、流れたか、という実感。で、この、カラダの力を抜いた状態は、リラックス、とは違う。そう、私は、リラックスなぞ嫌いだが、カラダの力を抜く、ということは意図的にやります。
2006.09.23
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仕事前に、しぶしぶヨガへ行く(笑いや、行ったのは、いつか本格的にヨガを学ぶなら彼のところで、と思っている外人のAVドクター(笑)でもある人なのだがしかし、あまりマメに彼のところには行きたくない。なぜなら、なんでもお見通し系だからだ。。マジでこええ。そして、指導に妥協がない。ヒザがのびてないとすると、「のばして」「のばして」「のばして」と淡々とのびるまで言い続ける。「もうのびませっんっっ」というと「右」「左」「もう少し」と、さらに淡々と言い続け、のびるまで絶対に離れてくれない。。さらに、ポーズのまま、力を抜け、という要求をする。例えば、肩立ちをしたとして、私は、肩の上に垂直にまっすぐカラダを立てるには、腹だけではなく、足を天井方向へ足の力をかけないとできないのだが、その状態で、足の力を完全に抜け、と言われる。カラダの形はそのままで、だ。要するに、四肢の先にいたるまで、丹田の一点のみでコントロールする、ということなのであるが。。無理。無理無理。。。しかし、それも瞬間でもできるまで離れてくれない。。極めつけが、最後のシャバアサナで、寝ると怒る(笑10分間。今日はたぶん、7分くらいまでは耐えた。が、寝た。。そしてバレて怒られた。。なんかいつも私ばかりが怒られているが、要するに、たまにしか行かないからであろう(他の人はインストラクター修行中)でもやっぱりたまにしか行きたくない。。。通い続けるとは思うけど。
2006.09.22
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いくつかの異なる場所で、ベリーダンス、と銘打たれたクラスを持っているその全てが委託業務。私は「自分主催のクラス」というものを持つ気は全くない。それは、委託、という形に、意志をもって応えられる能力、が、自分のインストラクターとしてのアドバンテージだからだ。主催側の要求、参加者の客層、環境要素はいろいろあるが、提供内容の決め手となるのは「距離感」だ、と最近思う。それは人と人との距離、だけではないのだ。この距離感の把握については、時に、天才的に長けている人がいる。それはいわゆる「仕事ができる人」であり、ある要素に対してのみ長けている、という場合もある。人と関わる仕事をする上では、「長けている」部分、よりも、「足りない」部分が重要になってくる。で、たまたまライチの日記に「チューニング」という言葉を見つけ、ああ、これだな、と思ったのだけれども、足りない部分から目をそらしてはいけない。長けた部分のみで、自分の意志を実現したいのなら、そういう仕事をするべきだ。人と関わる仕事であるなら、チューニングはし続けなければいけない。それは、カメレオンでも迎合でもなくね。もちろん。
2006.09.21
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東中野こぶたラボクラスでした骨盤を真っ直ぐに保つ、という感覚、をクラスの最初から最後まで通じて、大事にしてみましたが、あの、ちょっとした「キツさ」は、例えば、ヨガのWarriorのバリエーションで感じるものと同じで病み付きになります。。左右差も、自覚できると思います。で、やりづらいほうをはしょらない。ゆっくりでかまわないので、左右対称の軌跡を、骨盤が床と並行なまま描けるように、ある意味、自分との戦いでもありますが(笑確実にやろうとすれば、必ずカラダは応えてくれます。こぶたラボクラス来週はお休みですお間違えなく。10月は、4、11、25の三回です*****午後は仕事1つ挟んで、睡眠確保の為にヨガへ(笑ゆったりしたクラス。75分でポーズらしいポーズは4つくらい。キープも3分くらいと、時間をかける。ペアのツリーポーズ、輪になって手をつないでのツリーポーズ、すわって輪になって、足をあげていく?ポーズお遊戯みたいで楽しかった。和やかに和やかに進む。テーブルトップと前屈を交互にゆっくりと五回くらいくりかえす、ということをしたのだけれど、これは、逆立ちに恐怖感のある方にとてもおすすめ。腕の動きもついているのだけれど、まず、私のクラスではやらないだろうと思われるので、興味のある方には会ったときにでも。そして、最後は予定通り爆睡。夢の中では、明日の遠足のお弁当作っていた。ほんとに、今日は、できるだけ早く寝ないとなあ。お豆腐肉団子、大学芋、小松菜ジャコ炒め、おむすび。朝やるのは蒸しておいたイモをトースターでやいてシロップからめるのと、ごはん炊くことだけだけど、詰める、って結構緊張するんだもん。。
2006.09.20
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明日は東中野こぶたラボクラスです実はあまり今まではっきりと言ったことのない「胸を開く」ということを、ちょっとやってみたいと思っています。「胸」も「開く」も、すごく曖昧な言葉で、自分のイメージだけでやってしまいがちだけれども、どこをどうすればいいのか、ということをはっきり意識することができれば、肩を引きすぎることなく、肋骨を出すことなく、腰を反らせることなく、姿勢は格段によくなります。ストレッチの一番始めの姿勢作りのときにやりますので、できるだけ遅れないできてくださいね。*****珍しく渋谷で買い物中、店舗視察中?の某アパレル社長(男)に9年ぶりに会う。お互いすぐにわかったのも怖いがあっちの第一声が「あんた、誰にことわって髪のばしてるのよっ!!」だったのも。。。ほんとオヤジというやつは口の聞き方を知らんな。。しかし、あまり9年の歳月は感じなかった私は彼のセレクトがとても好きで新幹線の回数券買って、通っていた(当時東京に店舗はなかった)そして、彼の店で買った全ての服を、いまだに着ている。破れてたり、赤ワインのシミがついてたりするけど。靴もある。靴はあるだけだな。履いてない。なんで行かなくなったかというと、要は一緒にいっていた男と別れたからで、その後、東京に店舗がいくつもできてからも、足を踏み入れたことはなかった。ロゴマークがあると、目が止まっちゃうけど。また店においで、もちろん、あっち。と、新幹線を使わなければいけない店のカードをくれたよく一緒にいってた中華料理屋まだあるわよお店の○○くん夫婦のコドモも5才よ某ショップの△△とか久々に呼んでねえ、飲みにいきましょうねえははは 稼がなくっちゃねー
2006.09.19
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先日くどくどとピラティスについて書きましたが、もちろん、ダンスも同じようなもので、カタチを追うことだけで、カラダは進歩する。以前ここで書いた意味というのは、意識することができている前提で、ということでそれがないまま、ダンスのレッスンにでていても踊る楽しさ、カラダを動かす楽しさ、は得られるし年単位のスパンで見れば、カラダはそれなりに変わってくるし踊れる曲も増えていくだろう。で、それでもよし。ただ、私のクラスの目指すところはそこではない。振付を踊る、即興で踊る、人前で踊る、ま、なんでもいいけれど、ベリーダンスを踊る、ということを特化して習うとすれば、やはり、踊ることが仕事である先生のところで習うべきだと思う。習う、というよりは、自ら学ばせてもらう、のだけどね。やるべきことは、カタチを追うことだ。そういったことは、教えてくれることではなく、教えてもらうものでもない。私は、自分が踊ることが仕事ではない。インストラクターを続ける以上、自らが踊ることを仕事と呼ぶようなことは不可能だと思っている。この相対する2つの仕事を中途半端にせずやり遂げる資質は到底ない。私の仕事は、ダンスを通じて、カラダを育てることだ。楽しみながら踊っていたら、だんだんとカラダも変わってきました~とは、少しニュアンスが違う。そんな悠長なことを言ってられる生徒さんは、私のところにはひとりもいない!はず一度のレッスンでも「動いてスッキリ」「踊って楽しい」以上のものを持って帰っていただけるように。それが日々の生活にフィードバックされるように。ベリーダンスをずっと習い続けてほしい、ということは思っていないからね。それはあくまでも、たった一面の結果だから。そんなわけなので、発表の機会、というものは、反面、包括する能力に欠ける私にはとても悩ましく、なぜなら、発表を目標においてしまったら最後、振付を覚えて踊ることはできるようになっても、カラダは育たなくなってしまうからで、いまだ整理のつかない部分はありますが、クラスのスタンスは貫きつつ、発表は仲間として、できるといいな、と、考えています。
2006.09.18
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明日は祭日のため、東十条マムズステージクラスはお休みです次週はあります。また、10月より、時間変更+クラス増設になります。*****セックスが骨盤の調整になる、なので、してないとカラダの具合が。。というのはライチ談だが、私は、どちらかといえば、セックスは頭の再構築で、してないとアタマの具合が。。である。要するに一度ぶっ壊すのだな頭の前から壊れていって、延髄脊髄まで破壊されて、終わって抱っこされてる間に、意識とともに再構築されて戻ってくる前提。ぶっ壊せる相手じゃないとダメってことだがそれにしても簡単だな、と、少し怖くなってみたりもするが簡単である意味があるのだろうって、なんでこんなこと書いてるのかといえば、酒飲んでぶっ壊して朝帰ってきて、いい感じじゃん、と寝ないで家事して練習して、昼寝して5時に起きたら、思いっきり二日酔いでもっかい壊してくんないかなー、とそんなことばっかり考えてるからなのだった。さいってー
2006.09.17
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昨日の続きですがで、その、コアに集中して取り組む、というのがピラティスで効果をあげるのは必須なのだけれども、そこが普通、一番難しいところなのではないかとクラスにでていると思うまあ、中途半端にしか意識できなくても、それなりに何かしら効果はでてくるのだろうが(それこそ「ピラティスやってます!」ということだけが 精神的にも肉体的にも必要な人もいるし)それはヨガも一緒で、バンダと呼吸、ここへ集中した上でのポーズなわけだけど、はしょっちゃってもポーズはできる。。そして、はしょっちゃっても、それなりにストレッチ効果はあったりして気分もいいし、筋肉痛にもなるし、続けていれば柔らかくもなってくるだろう。でも、ヨガもピラティスも、コアに集中する、バンダする、をはしょらなければ(たとえ、インストラクターがはっきり指示しなくても、だ!)きもちいー、の先、短期間で劇的にカラダは変わる。
2006.09.16
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午前は師匠のクラスへ、客先回りはさんで、ピラティスへ。私がコンスタントにいっているピラティスのクラスは、ピラティス+エクササイズ、ではなく、ひたすら深層筋に集中する、シンプルなピラティス。先生は「私のクラス地味だからね~」と言ってますが、確かに(笑)?相当な集中力を要します。60分が限界。ニュートラルは永遠の課題だなあヘソをはさんで左右の腹筋の不均衡。。それが、肩と足先に影響。ところで足を閉じて立つ、ということについてよく書いてるけど、実は、足開いた状態で、内側使って立つほうが、足閉じて同じことをするより、ずっと難しいと今日つくづく思った。足を閉じる、というガイドなしに、腹の奥の奥の奥、の筋肉に集中することで、内転筋を使う。難しい。。。
2006.09.15
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今日、自由が丘クラスのときに、参加者の方が「こんなにお腹に集中することって普段ないですよね!」と、おっしゃっていて、その通りだなと(笑私も、ベリー習い始めなかったら、自分の腹でもスルーして暮らしてただろう。目とか頭とか肩とか足は「疲れ」という形で逆にしょっちゅう気にしてただろうとも思う。自分のカラダに興味がでてくると、こんな面白いことってない。ま、もちろん、堅苦しいこと抜きに、カラダが整ってくる、っていうのもいいんだけど。自由が丘クラスは、サロン併設のヨガスタジオ、ということで、ストレッチ中はもちろん、ダンスの練習のときもこの動きが、カラダにとってどんな効果があるか、ということについて、意識してお伝えするようにしています。定員少人数、単身の方のみ、の、集中力が途切れにくい環境ならでは、のクラスです。
2006.09.14
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東中野こぶたラボクラスでした胸式呼吸、できるできないはともかく、いきつきたいところ、はわかっていただけたでしょーか。あと、ストレッチの段階から、基礎練まで、骨盤を水平に保つ、ということはどういうことなのか、を意識しながらやってもらいましたサークルのとき↑でやると、自然と足がついてくる~というようなことを亜莉嬢がいってましたが、これがつかめれば、シメタモノ、というやつで。サークルだけじゃなくて、いろんな場面でかなり踊りやすくなると思います。こぶたラボクラス、来週もあります再来週はお休み。来週も、胸式呼吸の。振付補習も有です
2006.09.13
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明日は東中野こぶたラボクラスです10時すぎから振付補習ありです。前やってた曲中心。リクエストあれば受付けます*****ベリーダンスに限らず踊りには胸式呼吸が必須なのだけれども、意外と完璧にやるのは難しい、ということで、明日は、ストレッチのときに、そのあたり解説しながらやりたいと思います。腹式呼吸にもメリットがあるので、使い分けられるといいと思うのだけど、中途半端、どっちつかずにしかできないことが多いので、勿体無いなと思います。胸式呼吸を確実に行えばお腹がぬける、ということもあり得なくなるですよ。
2006.09.12
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今日は東十条マムズステージクラスでしたピアノ教師Fさんがモトリー・クルーのファンだった、ということで。(ところで、ニッキー・シックスといえば、このニュースは結構笑えた。 http://www.barks.jp/news/?id=1000001765&v=f)じゃなくて。骨盤をストレートに保って、床と並行に動かす。基本のサークルとフィギュア8での基本の基本なわけですが、なかなか難しい。なぜなら、とってもやりづらいから♪さらに、鏡で確認するということに加え、自分自身のカラダの各部分の動きを正確に捉える、ということが必要になると思う。自分の骨盤を傾けずに動かすには、どこをどう使ってきたらいいのか。徹底的に手本と見比べる、という手もあります。傾いてない骨盤、を見るんじゃなくて、骨盤を傾かせないようにしている、他の部分、を見るのね。この動きは、丁寧に、均等に行うと、抜群に矯正効果もあるので、妥協せず、今後も、しっかり時間を割いていきたいと思います。マムズステージクラス、来週は祝日のためお休みです。再来週、25日はあります*****電車の中吊りにつられ「グロテスク」上下 を買う。(「東洋経済」にもつられて、迷ったのだが。こっちはたぶん明日買う。)この中に、某私立女子校の描写がでてきて、それが秀逸なのだけれども、そこにあの「美人ママの赤ちゃんはなぜブサイクか」のヒントがあったと思う。そのヒントによる回答は赤ちゃんは、まだ、「それ」がないからなのだな、となるかな。なんて思うと、ほんとコドモって本来自由だ、それは、親の世話がいくら必要であっても、自由に別の生を受けた生き物なのだ、と思ったりします
2006.09.11
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明日は東十条マムズステージクラスです来月からクラス増設+開始時間変更予定です詳しくは、追っておしらせいたします。*****ここにフミがコメントしてくれてますが正直なところ、初めてから1年くらいは、回数こなしてなんぼ、ということは大きいと思います。自分に必要なものがわからない、教えてもらっても自分ではできない、そういう時期。カラダをときどき動かす機会がほしいわ、続けられる趣味がほしいわ、以上の思いをもっているのならば、実現するには、それ相応の努力が必要にはなります。ここにはもちろん選択の余地があるわけなので、ここから先は、もし、努力することを選んだとして、を前提に、私も含め、踊ることだけに生活を使えない場合は、時間とお金を作り出す努力をしなくてはならないわけで。そして往々にして時間が作り出せない人はお金も作り出せず、お金を作り出せない人は時間も作り出せない。で、これは「お金を作る時間が作り出せないから、お金を作り出せない」「時間を作り出すだけのお金を作り出せないから、時間を作り出せない」ということではない。念のため。そうじゃなくて、意識というか感覚の問題ね。作り出そうという感覚。この感覚は、生きている限り絶対に必要なものだと思うのだけれどもどうでしょうか。私は、働かないという選択自体はアリだと思っていて、でも、その間、この感覚を鈍らせない努力が相当必要だと思う。この「時間」「お金」の感覚はすてきな奥さんの特集を実践してたって、鈍る一方なわけだ。なんか話ずれちゃった。ほんとは、その、回数も重要、ということで、東十条のクラスを増設するんだよ、という話の筈だったのでした(汗
2006.09.10
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今現在私は、大きく3つの仕事を持っている。そして、インストラクター業以外の2つ、は「他人の仕事」を評価する、ということがついてまわる仕事だ。同様に、他人の仕事を評価する、という仕事をしてきた方はわかると思うのだが、これはもう、自分が評価できる分際か、なんてことは言っている場合ではなく、評価しなくてはならんのだ。ケモノ道。で、まあ、異なる分野のさまざまな「仕事」をみてきてこのところ思うのは、自分を認めてもらうためにしている仕事ほど評価に値しないものはないということ。例えば、サービスでいえば自分のサービスに自信をもっている、ということとサービスをしている自分に自信をもっている、ということは無論全く別のことであり、私的には後者だけの仕事は評価できない。(スーパーサービスウーマンのヤミマミ嬢あたりはわかってくれるだろうか?)決してそれは無個性になれ、とか、人間的魅力と仕事は関係ない、ということではなく、仕事で自己表現をするのはかまわないと思うが、結果として顧客に伝わるのは「自分の仕事」でなくてはならない。仕事の中に、個性や魅力も生きてくるのだ。やりたいことを仕事にする!と意気込んだ場合に、どうにかなる場合とどうにもならない場合の別れ道もここにある気がする。実際、このあたりは一目みればわかることではあるけれど、ラスカル風に(ちょっと違うか?)個々に価格設定をしてもらうと、もっと明らかになったりしますね。「あなたに値段をつけて下さいとは一言も言ってません。 あなたの仕事に値段をつけて下さいと言ってるんです(ニッコリ)」と、この1ヶ月何度言ったことか。はははー
2006.09.09
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師匠のレッスンへ斜めの向きが悪い手首がおれる肘へ逃げるさらに今日は、アゴがしまったりあがったりしまったりあがったり自分でみていて、鬱になるほどうっとうしい。。。あれだあれ、ああやりたいという見本もイメージもあれど自分のカラダには写せず。。そうこう落ち込みながら踊っていると前に進む、歩幅1つ気に入らなくなってくる。なんか違う。せますぎる?広すぎる?わからん!練習しよう。。。。っと
2006.09.08
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丹田の力は、意識すれば絶対ついてくると思うんだけど、意識なければついてこないとも思う。~をやっていたら、いつのまにか丹田力が!とはならない。丹田を意識してやっていたら、(結果的に同等のことをしていたら)ついてくるけど。踊りには不可欠だけど、単純に、丹田力は、普段の生活で便利だ。手でお皿を洗う、んじゃなくて、丹田でお皿を洗う。手で床をふく、んじゃなくて、丹田で床をふく。足で階段をのぼりおりする、んじゃなくて、丹田で階段をのぼりおりする。めちゃめちゃ楽です。たぶん、クラスにきてくれてるみなみなさまはどういうことなのか、わかっていただいてると思いますー*****自由が丘クラス、正式に本日よりスタートしました。美しいサロン内の明るいスタジオで基礎の基礎からじっくりやっています。スタジオで売っているミネラルウォーター、飲みやすくてオススメです普通にはなかなか売ってないらしいです*****美人の赤ちゃんはなぜブサイクか(←かなり失礼)にコメントありがとうございますもう少し観察を続けたいと思います(夫のブサイク率を統計するか←やはり失礼)
2006.09.07
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東中野こぶたラボクラスでした基礎練でおわってしまった!すいません、来週早くこれるので、振付補習でうめあわせします顔、の正面。まずはストレッチのとき、必ず、正面を忘れないこと。傾かず、顔にもデコルテにも影はなし。正面。だもの、前、ってだけじゃないのだよね、正しいオモテ。自分の顔を、とことん正しい状態にもっていく。ちいさなコドモたちと関わっている生活だと、どうしてもいつも下を見がちになる。首も落ちる。コドモを気にするのは当たり前のことで、それは全然悪いことではなく問題なのは、下を見て子育てしている間に、自分の「正面」を忘れてしまうことだ。顔だけじゃなくてね。だから、下を向きがちな子育て中にこそ、意識して正面を作る時間が必要だなあ、と思います。こぶたラボクラス、今月はあと2回。9/13、20 です。
2006.09.06
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明日は東中野こぶたラボクラスです身体能力は当然個々に差があるわけで、だから、足の高さとか、可動の大きさとかに差があるのは全く問題なく、自分の可能なところで、最大限美しくみせるよう研究していけばいいのだけれども、違うことはしない、というのは重要だと思う。それは、画一的にみんなぴったりあわせて踊れということではなく原理、のところの話ね。まあいいや、じゃ、明日(笑*****保育園のアレルギー申告書類のため、時節柄SPだらけとなっている某病院へ。この病院の待合室にいる母たちは概して、恐ろしく美しい。まあ、かわいいほうだよね、とかではないのだ。恐ろしく、美人なのだ。初めてくると、絶対驚く。ウェイトオーバー気味な人は、妊婦を含め皆無。産後の方々も、多少疲れた顔はしていても、巻き髪とメイクは欠かしておらず、ベビーカーの座高が一様に高い。(日本のメーカーは禁止なのか?って感じ)そして浮きまくる私と次男。でも近いんだもん。会計待ちのときいつも、しかし、みんなあんまり赤ちゃんたちがおかーさんに似てないなーということは、夫はみんな、ブサイクだけど金があるってやつか?と失礼なことを考えてしまうのだった。
2006.09.05
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東十条マムズステージクラスでした体験の方もいらしてくださって、にぎやかでしたね移動の練習などができない状態10月には混雑緩和できるよう調整中です。しばしおまちくださいませ。。。私もよく師匠に注意されてた(されてる)ことですが早取り。ベリーは基本は裏取りだと思いますが(なのでパンクスは苦労する)実際は、どこをとってもよく、とらなくてもよく。まあでも、基礎練習のときのキホン、としては、なんというかな、音をギリギリまでとる、という感じがいいのではないかと思います。拍(というのもベリー音楽の場合ちょっと抵抗あるけど)の最初から最後まで、聞いて、とる。聞いて、が先にきてるので、当然ながら、とる、のが遅れることもあるわけですが、それは全然問題なし(むしろその感覚が必要だと思う)マムズステージクラス、来週もあります。今月は18日が祝日でお休み。体験のお申し込みはマムズステージのサイトから、もしくは私書箱で承ります。
2006.09.04
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明日は東十条マムズステージクラスです体験の方いらっしゃいますので、ストレッチ~姿勢~基礎にしっかり時間とります。(前回はレギュラーの方だけだったので、 応用的なこともだいぶやってしまったし)ずっと通ってる方は、鏡をもう一度、客観的にみてみるようにすると、また一段よくなるんじゃないかな、と思います。ときどき意識しないと、目って慣れちゃう、というか、あきらめちゃうんだよね、勝手に(笑振付は、先へ進めて、とりあえず、あと二回くらいで、ひととおり最後まではいってみる予定。そのあと、また戻って、やっていくので、欠席の方もご心配なく。(曲は聞いておくと、練習のときびびらないですむと思う)*****ライチとオーチン嬢とごはんたベてたときにうちのコドモらがよく食べる、という話で「除去食やってたコドモはよく食べるんだよ」と言ったんだけれども、で、うちに限らずよく聞く話でもあってこれは、コドモ本人の食体験からなのか、親や周りの対応の体験からなのか、なんか、ひさしぶりに考えてしまった。次男はそうでもないが長男は、なんというか、味覚が正しすぎる感じがある。味噌汁と、ごくシンプルな野菜のおかずで、毎食三杯飯が食える。パンと菓子を好まない。いや、いいことなんだけれど本来、日本人の食卓、好み、はそうであったのだろうし、しかし、と考えてしまったりするのだ。私が、彼の生活に傷を与えてしまった結果ではないだろうかと。それくらい、除去食生活というのは負担だった。うちはアナフィラキシーがなかったので、厳格除去、まではいかなかったけれども、それでも、私は相当キツかった。もっとキツいご家庭もたくさんあるのだ。コドモの入院先で、除去を頼んでおいたにも関わらず、卵チャーハンとバナナヨーグルト(卵もバナナもヨーグルトも除去していた)がでてきたときには、堰きれちゃったよな、とか野外でお味噌汁作って食べる会によばれて、気をつかっていただいて、長男も食べられる材料で作っていただいて、さあ、食べようね、と思ったら、「下のほうにうどんいれたからねー」の声が聞こえ(小麦も除去中だった)情けないやら悲しいやら寒いやらで呆然としちゃった、とかこのところ、忘れかけていたんだけどあの頃は、私は、そういう感情のみで生活してたんじゃないかと、そして、そういう感情に取り巻かれて育つことはコドモにとってどうなんだろう、と除去が善か悪か、必要か不必要か、ということではなく、私は、除去を自分の選択として受け入れる器はなかったんだよなーと、思い出してみて思う。そもそもの激しい自分のアレルギー体質から考えて、コドモ産めば遺伝しないわけはなく、そこも選択であったのだ。(実際、小学生の頃には、絶対アトピーになるからコドモは産まないと 考えていたのだ)結果オーライ、とは、まだまだ言えない自分がいるのでした。
2006.09.03
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昨日の続きといえば続き。普段自分のクラスでは、ジル練のように、物理的にクラス中に練習時間がとれないもの以外は、宿題は出さないし、「何かやってきたほうがいいですか?」と聞かれたら、ううん。と答えるし「何をやってきたらいいですか?」と聞かれたらやりたいことを。と答えますがそれはまず、自らやりたくなったことじゃないと、家では続かない、ってことと、それぞれ生活があって、優先順位も様々であるからして、カラダを意識することは習慣になっていくといいなとは思うけれども始めから義務感を背負うことはない、と思っている、ってことから。これは、インストラクターを始めた当初からずっと変わらず持っている思いで、強制されることからではなく自分で気がつくことができるカラダとココロを育てるクラスを提供したい(というより、これが提供できなければ、私のイントラとしての存在価値はない)と思っていますもちろん、具体的に、家で開脚のストレッチをするときに、やり方がわからなくなっていて、というようなときには答えるし、実際、クラスに通ってくれてるみなさんは自然と、みんなそれぞれ自分のスタイルに会わせたペースで生活にとりいれていくようになっていくのを見ているのでそもそも私が言うまでもないのですが。で、ちょっとややこしいんだけれど、あまり定期的にはレッスンに通えない人、はその分自主練をしなくちゃいけないというのは普通?の考えかもしれないんだけど定期的にレッスンに出ていないと、自主練をすることはできなかったりする。というわけで、矛盾するみたいだけど、忙しいからできるだけ自宅で、自分でなんとかしたいという人ほど定期的なレッスン通いは欠かせなかったりするのではないかと。
2006.09.02
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昨日、ライチとオーチン嬢に話してたんだけれども、ダンスのレッスンでは、何でも、取り組みによっては飛躍的に身体能力を伸ばすことが可能で、それは、カタチを追うからだ、というようなことこれは日常レベルの話ではなく、プロとしての場合ではありますが、例えば、ヨガのレッスンにでて、インストラクターがナビする「体感しやすい部分」だけに意識をむけていても、日常レベル以上には身体能力はあがってこないけれども(もちろん、日常的メンテ目的あればこれでいいわけですよ)カタチを追うことには終わりはない。以前、自主練は鍛錬ではない、と言ったのは、そこにも起因します。*****で、そんなことをモロヘイヤとトマトのサラダ(ライチ作)キノコとピーマンの煮物(ライチ作)亜莉嬢が言ってたゴーヤの焼いたやつ(うちのコドモたちが大絶賛。ライチ作)野菜味噌(チヅキ作)きゅうり炒めて梅酢かけて冷やしたやつ(チヅキ作)サンマとトマトのスープ(キテレツ気味な代物。チヅキ作)もやしの磯和え(うちの長男作)クウシンサイとトラマキタケの塩炒め(チヅキ作)ゴーヤとニンジンと豆腐の味噌炒め(チヅキ作)ごはんを食べながらしゃべっていたのでした。思い出して作ってね、オーチン嬢。で、デザートにマコさん持参のラ・テールのケーキ頂きました♪ラ・テール、レストランもあるのか。。。いってみたいぞ。
2006.09.01
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