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やがて、無情にも日が暮れた。 堀河は自分の局に戻るのが怖かった。それでいつまでも待賢門院の側で粘っていたのだが、その女院も帳台に入って寝てしまうと、今宵の宿直(とのい)の係ではなかった堀河は自分の局に戻らざるを得なくなった。 堀河は恐ろしさに縮み上がりながら、手燭を持って真っ暗な渡殿を通り、静まり返っている東北の対へ戻った。 だが、なかなか局の中へ入る勇気が出て来ない。堀河は、音を立てないように気をつけながら、妻戸を少しだけ開けて恐々中を覗いてみた。 帳の上がった帳台の中には誰もおらず、屏風の陰に小さな明かりが灯っているのが見える。 あの男がつけたのだろうか。一体あの屏風の向こうで何をしているのだろう。 堀河の脳裏に、頭から角を生やし、堀河が片隅の唐櫃の中に隠しておいたあの黄金造りの太刀を研ぎながら、堀河を食う算段をしている獅子王の姿が浮かぶ。 堀河は恐ろしさのあまり髪の毛が逆立つ思いだった。 だが、いつまでもこのまま怯えていても埒があかない。それに、秋風の身に染みる今日この頃は、日が暮れるとひどく寒かった。恐ろしさのせいか寒さのせいかはわからぬが、手燭を持った手がかじかんでぶるぶる震えている。 堀河はとうとう覚悟を決めて、局の中へ滑り込んだ。 そして、息を殺して屏風へ近づき、半ば目をつぶりながら死に物狂いで中を覗いてみた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月30日
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堀河は急に獅子王が薄気味悪くなり、当惑したような目で堀河を見つめる獅子王を残して、局を飛び出してしまった。 その日一日、堀河は仕事がほとんど手につかなかった。 あの男は一体誰なのだろう。いや、そもそもあの男は人なのだろうか。もしかしたら、自分は何かとんでもないものを拾い上げ、しかもそれを自分の局の中へ入れてしまったのかもしれない。一体これからどうしたら良いのか。どうやったらあの男から逃れられよう。 堀河は考え続けたが、答えは何も浮かんでこない。 いっそ誰かに相談してみようか。 だが、こんな突拍子もないことを、同僚の女房たちに話すことが出来るわけがない。唯一頼りになりそうな妹の兵衛は、里に下がってしまっているし。 いや、兵衛にだって話せない。兵衛は気性の明るいさっぱりとした女だが、反面ひどい怖がりで物怪(もののけ)の類いにはことのほか弱かった。自分の局の隣にそんな不気味なものがいることを知ったら、きっと卒倒してしまうだろう。 ああ、一体どうしたら良いのか……。 堀河の頭の中は混乱し、心細さと恐ろしさで気が狂いそうだった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月28日
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しばらくして、いつもの女房装束に身を整えた堀河は、屏風の陰を出た途端に、思わずぎょっとして立ち竦んでしまった。 相当に腹が減っていたのか、獅子王は粥を勝手に一人で食べていた。 しかも、左手でしっかりと椀を持って。 まさか、あの腕で……堀河は牛車の車輪で無残に潰されていた獅子王の左腕を思い出した。 それなのに、獅子王は何事もなかったかのように、自然に箸を取り椀を持っている。 堀河はびっくりして、獅子王から椀を取り上げると、単の袖をめくり、腕に巻かれた白布をほどいてみた。 堀河はぞっとして、手に持っていた白布を取り落としてしまった。 骨は砕け皮一枚でようやく繋がっていたはずの腕が、ひどい傷跡がまだ残っているとはいえ、確かにきちんと繋がっている。 そんな馬鹿な。ろくな手当てもしていないあの腕が、わずか三日で治るはずがない。一体これはどうしたことか。 堀河は驚いて目を白黒させている獅子王を無視して、無理矢理単を脱がせてみた。 身体中に走っていた大小の傷は赤黒い痕跡を留めているにすぎず、背中に刺さった矢の跡には干からびたかさぶたが取れかかっているだけだ。 堀河は獅子王の身体から手を離して後ずさった……この男は、一体何者……。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月24日
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その獅子王は、相変わらず堀河の帳台を占領して臥せっていた。 四日目の朝、いつもより少し遅く目覚めた堀河が帳台の帳を上げてみると、獅子王は中で身を起こして、いつかの置手紙を指先でもてあそんでいた。 なかなか堀河が起き出さないので、退屈でもしていたのだろうか。まあ、退屈を感じるほど具合が良くなってきたということかと、堀河は微笑んだ。「ちゃんと読んでくれたかえ?」 獅子王はこくりと頷くと、堀河にその紙切れを差し出した。そのとたんに、ぐうっと腹のなる音がする。 堀河は笑いながら立ち上がると、すでに置いてあった朝餉の膳を、妻戸の前から取ってきた。そして、それを獅子王の前に置きながら、何気なくその顔を見た。 女物の裾の長い単を着せられているせいで、まるで産着に包まれた赤子のような姿なのは少々間抜けだが、乱れ放題だった髪を今は堀河が梳(くしけず)って首の後ろでゆるく束ねており、さほど悪くはない男ぶりだ。 堀河はなぜかちょっと面映(おもは)ゆいような変な気分を感じながら、朝の身支度をするために屏風の後ろへ入った。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月20日
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三日間が何事もなく過ぎた。 昨日実家から送られてきた兵衛からの文によると、堀河の侍女は一向に腹痛が治まらず、悪い病ではないかと心配した父が里へ帰したという。兵衛の方は久しぶりの里帰りでゆっくりしたいから、二十日ほど後に行われる法金剛院の落慶供養の前日までこちらへは戻ってこないそうだ。 堀河は内心ほっとした。 法金剛院は、洛北仁和寺の境内に新たに建立された待賢門院発願の御願寺である。昨年養父の白河院を失った待賢門院は、亡き法王の冥福を祈ると共に、自らの心の拠り所としての御寺の建立を俄かに思い立たれたのであった。直ちに着工された法金剛院は、今は既にほぼ出来あがっており、後は鳥羽院、待賢門院の両院による御幸を待って、落慶法要を行うばかりになっている。 堀河も最近はその御幸の準備のためなかなか忙しい。本当なら里でちゃっかり休んでいる妹の兵衛を叱りたいところだが、獅子王のことを考えると自分の局から出来るだけ人を遠ざけておきたい堀河には、その方が好都合だった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月19日
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隠しているのか本当に覚えていないのか、相変わらず頑なな男の態度に、堀河は少し腹を立てた。 こちらが下手に出て優しくしてやれば、図に乗って。 堀河はむっとした顔で、男の顔を睨むと、ちょっときつい口調で言った。「では、獅子王と呼ぶことにする!」 それは、堀河の里で飼っている犬の名だった。 茶色い毛がふさふさとはえた大きな犬なので父がそう名づけたのだが、よく見ると男の心細そうな目は、物問いたげに首を傾げてこちらを見る時のその犬の目つきに何となく似ていた。 自分よりいくつか年上に見える大の男につけるにはかなり失礼な名だが、それでとっさに思いついたのかもしれない。 男は自分に犬の名が与えられたことも知らずに、素直に頷くと、また大儀そうに横になってしまった。 堀河は男に夜具を着せかけてやりながら思った。 やれやれ、これから一体いつまで、この獅子王に帳台を取り上げられるのだろう。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月17日
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その日一日、堀河は人少なの御所の仕事に忙殺されて、夜遅くになってようやく局へ戻ってくることが出来た。 兵衛の侍女が置いていってくれた夕餉(ゆうげ)を持って帳台の中を覗くと、男は茵(しとね)の上で目を覚ましていた。 ぼんやりとした心細げな目で堀河を見つめる。堀河は何となくその目に哀れをもよおし、安心させるようににっこりと微笑んで言った。「夕餉を持って来た。食べてみるかえ?」 男は無言で頷くと、堀河の手助けで身を起こし箸を取ったが、白布を巻いた左腕はだらりと下がったままで椀を持てない。 堀河は仕方なく椀を持って男の唇に近づけ、中の粥を啜らせてやった。菜の干魚も、箸でむしって口元まで運んでやる。 何だか子供の世話でもしているようだ。と言っても、娘には乳母がつけられていたから、堀河自身は襁褓(むつき=おむつ)を取り換えてやったことすらないのだが。 男が夕餉を食べ終わると、堀河は懐紙で男の口元を拭いてやりながら、もう一度訊ねてみた。「名は何というのかえ? 名前がないと、どう呼んで良いのかわからぬ」 男はまた首を傾げて考えるような素振りをしていたが、しばらくしてぽつりと言った。「覚えておらぬ。適当な名で呼んでくれ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月14日
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播磨はまだ年若く、真紅の八重咲きの椿を思わせるような、はっきりとした美貌の女だった。 播磨は元々御殿の雑用を務める賤しい半物(はしたもの)だったのだが、気の利いた饒舌(じょうぜつ)とその派手な容姿で、御所を訪れる若い公達の人気を集めていた。 それを目に留めた待賢門院が、いつもの気紛れで女房に取り立てたのである。 そして、そのような女のご多分に漏れず、低い身分からの急な出世と媚を売るような態度が反感を呼び、他の女房たちから嫌われ疎(うと)まれていた。 だが、それを気に病むようなたちの女ではないらしい。 今も、上臈女房である中納言の前にいるにもかかわらず、手伝いを申し出ないどころか、局から鏡を持ち込んで何やら髪などいじっている。 人の良い中納言は、播磨に聞こえないように小声で言った。「御所の女房になったのだから、少しは女子の嗜(たしな)みなど教えねばとは思っておるのですが。女院様の気紛れも困ったものですのう。まあ、あれはあれで、内輪の宴の座持ちなどさせるのには重宝しているのだけれど」 播磨を見やっていた中納言は、また苦笑しながら堀河を促すと、待賢門院の朝の御膳を整えるために詰め所を出ていった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月05日
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女房の詰め所である寝殿の北庇(きたびさし)の前を通り過ぎようとすると、同僚である中納言の君に呼び止められた。中納言は堀河の顔を見ると、にっこりと笑って言った。「昨夜はどうなされました。なかなかそなたが参内せぬので、待賢門院様をなだめるのに苦労しましたぞえ。少納言の君が筝を弾き出したのが幸いして、昨夜はそのまま管弦の宴になりましたが。でも、女院様に付き合わされて、明け方近くまであの騒ぎ。我らを除いては、寝不足で皆まだ局に下がっているようじゃ。ほら」 詰め所を覗いてみると、なるほど中には一人しか女房がいなかった。それは播磨(はりま)という名の新参者であった。「人手が足りなくて困っていたのですよ。そなたが来てくれて助かった。あれは少し身分が軽過ぎて、待賢門院様のお世話を直にさせるにはちょっと。それに……」 中納言は苦笑しながら、ちらりと播磨を見た。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2011年10月03日
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