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今もその機会を狙っているのだが、なかなか抜け出す切っ掛けが掴めない。 今日は藤原実能卿が待賢門院の御前においでになっているのだ。 実能は待賢門院の実の兄君で、待賢門院別当の職にあり、明後日に迫った法金剛院への御幸の最後の打合せに来られたのである。 実能は待賢門院によく似た美貌の持ち主だった。 一般に、待賢門院の生まれた家系である藤原氏閑院流の人々は、男女ともに美形が多いことで知られている。実能もまた色白で目許の涼しい美丈夫であり、しかも穏やかで品格のある人柄だったから、待賢門院の女房たちの間ではことのほか人気があった。 そのせいで、今日はいつも局に篭りがちな怠け者の古女房たちまでが御前に詰めており、辺りは息苦しいほどだ。 だが、獅子王に心を引き寄せられている堀河には、さほど実能への関心はない。 だから、簀子の片隅で火照る頬を冷たい風で鎮めながら、ただじっと時が過ぎるのを待っていた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月28日
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気だるい昼下がり。 堀河は寝殿の簀子の匂欄(こうらん)に寄りかかって、三条西殿の南庭を眺めながら、獅子王のことを思う。 力強い腕、抱きすくめられた時の逞しい胸の感触……それらがまざまざと甦ってきて、堀河の胸を騒がせ締めつける。こんな物思いをするのは一体何年ぶりだろう。 獅子王とああなってからまだ三夜にも満たないのに、堀河は昼間なかなか仕事が手につかなくなった。待賢門院の御前にいる時もどこかいつも上の空で、時々上臈女房たちにたしなめられる。 だが、堀河は獅子王のことを考えるのをやめられなかった。御前に人が多くてこっそり抜けられそうな時は、すぐに局へ戻りたくなる。ほんの短い間でも、獅子王のいる帳台の中へ入り、くちづけを交わしながら互いの身体を探り合っていたかった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓建物の一番外側にある手すりのようなものが「匂欄」です。
2012年01月25日
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冷泉殿は堀河ににっこりと微笑みかけながら近づいてきた。 後ろには、一人の女童を連れている。冷泉殿はその女童を手招きしながら言った。「これは、この度召し抱えることになった女童で、桜子と申す。これから皆の局などへ遣いをさせることになるによって、どうぞ見知っておいてくだされ」 桜子というその女童は、堀河に向って一礼すると、にっこりと笑った。笑うと、その名の通り桜の花が咲き零れるようで、実に華やかで愛らしい。 年は十二、三歳というところだろうか。白桃のような薄紅色の頬に、腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪。すらりとした身体つきと涼しげな目許には、どこか少年を思わせるような清々しさがある。 堀河が名乗ると、桜子は無邪気な笑顔でませたことを言った。「堀河様、今朝は何か良いことでもございましたか。お顔が輝いて、たいそうお美しく見えまする」 堀河は俄かに昨夜のことを思い出し、面映ゆさに思わず染まった頬を隠すように、そそくさと寝殿へのぼっていった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月16日
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だが、誰も文句は言えない。 冷泉殿は普段『三宮姫(さんのみやのひめ)』と呼ばれていることからもわかる通り、後三条院の皇子である輔仁親王の王女だった。 輔仁親王は白河院の異腹の弟にあたり、父の後三条院は生前、白河院の後にはこの皇子を帝位につけようと考えておられた。その遺志を無視して、白河院は実子の堀河院に電撃的に帝位を譲ってしまったのである。 そのため、輔仁親王は不遇の内に生涯を終えることになったのだが、その忘れ形見である冷泉殿は、世が世ならば内親王宣下を受けていてもおかしくない高貴なお方であった。 その血筋の尊さを示すように、冷泉殿は色白でふっくらと清らかに太っており、声音も立ち居振舞いも上品でおっとりしている。あまりにも世間知らずなお姫様育ちのせいで、忙しく御所の切り盛りをする女房としてはほとんど役に立たないが、上流の出身らしい嗜みの深さとその吉祥天女を思わせる典雅な美貌は、大事な儀式や晴れの席でことのほか喜ばれた。今上が即位された時の帳上げの大役(注)をおおせつかったのも、この冷泉殿である。 性格も穏やかで優しかったから、時々その浮世離れした言動に驚かされながらも、堀河はこの上司が好きであった。*注…?帳(けんちよう)といいます。即位式の時、帝は高御座(たかみくら)の中に着座され、即位されると高御座の帳(カーテン)がじゃじゃーんと開けられて登場されますが、その帳を開けるのは女王(親王の娘など皇室の血筋の女性)の役目とされていました。(時代によっては、片方は女官である典侍が行う)即位式のハイライトシーンですから、とっても名誉なことだったんでしょうね。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月13日
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翌朝、またもや堀河は寝過ごした。 昨夜のなごりか、深い眠りに陥っている獅子王を帳台の中に残したまま、堀河は急いで身支度をし、寝殿の御座所へ急いだ。 今頃はもう、待賢門院の朝の身じまいと朝餉(あさげ)の仕度に皆おおわらわだろう。 堀河が焦って急いでいると、後ろからおっとりと呼びかける者がいる。「堀河殿、お早いこと……」 厭味ではない。 その品の良い優しい声音は、冷泉殿のものだった。 冷泉殿は待賢門院に仕える上臈女房(じょうろうにょうぼう)で、堀河以上に朝に弱く、御前に出仕して来るのはいつも午後になってからである。 それに較べれば、堀河の方が遥かに早起きで勤勉だ。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月11日
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「どんな歌だ?」「昔のこと過ぎて、もう忘れた」 堀河は身を起こすと、獅子王の方へにじり寄り、その右肩に頭を乗せて寄り添った。しっとりと湿り気のある温かみ。男の身体がこれほど温かいことを、堀河は久しく忘れていた。耳元に胸の鼓動が伝わってくる。 獅子王が左手を伸ばし、堀河の髪を撫でた。堀河はその手を掴まえて、引き寄せて見る。あれほど惨たらしかった傷も、今は赤黒い痣のような痕を残しているだけだ。 不思議な男……そんな男と、こうして一つの床の中で夜を過ごしているなんて、何だか夢を見ているような気がする。 堀河は獅子王が現実にここにいることを確かめるように、指先を獅子王の胸に這わせ、下腹をまさぐった。獅子王はその指に誘われるように、また堀河の豊かな胸に顔をうずめてきた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月10日
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「何の歌だ?」 堀河の呟きで目が覚めたのか、眠たげなくぐもった声の獅子王が問うた。「きりぎりすの歌」「きりぎりす? どこにもきりぎりすは出て来ないではないか」 堀河はふっと微笑んで言った。「あきは、きりきりす、ぎぬれば……」 獅子王も堀河に合わせて笑った。「なるほど、そういうことか。わしは和歌には不調法でな。歌のことはよくわからぬ」「そうは行きますまい。恋歌の一つも詠めねば、女は誰も振り向かぬ」「そういうものか」「そういうものですとも」 堀河はそう言って微笑んだが、獅子王は何か考え込んで黙ってしまった。そして、しばらくすると、ぽつりと呟いた。「あの男も、そなたに歌を詠んで寄越(よこ)したか?」「頼政殿のこと? たくさん……もうずっと昔のことだけど」注…平安時代には文章に濁点をつけなかったので、「きりきりす」でもOKなんです(笑)↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月06日
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床の下で、きりぎりす(注1)が鳴いている。 ここ二、三日はもうすぐ雪が降るのではないかと思うほど冷え込んできたというのに、この三条西殿の裏庭にはまだ秋虫が生き残っているらしい。 その涼やかで弱々しい鳴き声を聞きながら、堀河は幼い頃よく遊びに行った西山(注2)の野山を思い出した。 西山には堀河の母が遺した小さな山荘がある。 子供の頃、姉妹たちと一緒にそこへ避暑に行ったものだった。山里の秋は早く、堀河たちが避暑を終えて去る頃には、山荘の草深い庭ではもうきりぎりすの声が聞こえていた。堀河はその光景を思い出し、ふと思いついた戯れ歌をそっと呟いた。 秋は霧 霧すぎぬれば 雪降りて はるるまもなき 深山辺の里(秋は霧が深く、その霧が晴れたと思う間もなく雪が降ってきて、空の晴れ間が覗く暇もないことだ、この深い山里では)注1…現在のコオロギのこと。注2…現在の京都府西京区。西芳寺(苔寺)などがある辺りで、平安時代には寺院や神社の他、貴族の鄙びた別荘などもありました。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年01月05日
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