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「仲成殿の申されるとおり」 その隣にぐったりと腰を下ろしていた男も頷いた。病み衰えたようなどす黒い顔の中で、青い光を帯びた眼だけがぎらぎらしている。「あの事件を世に薬子の変などというが、仲成殿も薬子殿も冬嗣らに嵌められたも同じ。私とてそのあおりを食らったようなものだ。なあ、宮田麻呂」 後ろの小官吏じみた貧相な男を振り返って言うこの男は、どうやら怨霊としても名高い橘逸勢らしい。逸勢はこの叛乱に連座して伊豆へ流される途中病死し、以後様々な祟りを成すようになったとして都の人々に恐れられている。 薬子の変は、愛人の薬子尚侍とその兄仲成観察使にたぶらかされた平城上皇が、東国で兵を集めて対立している嵯峨帝を打倒しようとして起こした謀反とされているが、そんなことを信じているものなどほとんどいない。全ては、嵯峨帝とその皇后橘嘉智子と結んだ藤原北家の冬嗣らが、権勢を握っていた藤原式家の追い落としを謀って、裏で巧みに立ち回った結果だった。 この変で仲成は捕らえられて射殺され、薬子は毒を仰いで自害した。逸勢もこの変の犠牲者であり、藤原北家に並々ならぬ恨みを抱いていたとしても不思議はなかろう。 魅入られたように呆然と御霊たちを見つめる真済に、早良親王はゆっくりと言った。「われらはこの国に仇を成す者。いずれはこの都を滅ぼしてくれよう。だが、それには相応しい時がある。それまでの暇つぶしに、じわじわとこの都の者どもを苦しめてきた。都を襲う疫病も飢饉も災害も、全てはわれらが引き起こしたもの。だが、それだけでは飽き足らぬとこの者たちがいうのでな。この都を大いに乱れさせ、藤原北家への恨みを雪ぐために、さまざまな工夫を凝らしてきた。お前を生かしておこうと思ったのも、その一つよ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月31日
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伊与親王の謀反摘発事件はまだ四十年ほど前のことなので、真済も幼い頃父から聞いたことがあった。 事の発端は、藤原北家の内麻呂の元に密かに告げられた親王謀反の噂だ。 内麻呂は関係者の逮捕と尋問を指揮し、伊与親王と藤原南家出身の吉子を死に追いやった。それだけではなく、吉子の兄雄友を失脚させ、桓武帝の後を継いだ平城帝に敵対する者たちをも一掃した。そして、平城帝即位後は右大臣にまでのぼりつめたのである。 内麻呂は良房の祖父に当たる。藤原北家の権勢への階段は、この内麻呂にはじまると言っても良いであろう。「内麻呂らへの怨みなら、われらも負けてはおりませぬぞ」 伊与親王の後ろで腕組みをして立っていた大柄な男が呟いた。整った立派な顔立ちの美丈夫だったが、髪は乱れて肩に流れ落ち、胸には何本も矢が刺さって足元までぐっしょりと血に濡れている。「内麻呂はわれら平城帝側に組みしていると見せかけながら、密かに皇太弟神野親王方に通じておった。そして、親王が嵯峨帝として即位すると、息子の冬嗣と謀って平城帝に遷都を焚きつけた。平城帝があのような無謀なことなどなさらねば、われら藤原式家の栄華は安泰であったものを」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月29日
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祟道天皇……それは早良親王の諡号である。 早良親王は光仁帝の皇子として生まれ、同母兄の桓武帝の皇太弟となった。だが、長岡京で起こった造宮長官藤原種継暗殺事件に関与したとされて東宮を廃され、配流先の淡路へ向かう途中に非業の死を遂げた。無実を叫んで抗議の断食を続けた末の餓死であったという。 東宮にまでなった方がそのような河原の下人にも等しい死に方をするなど恐ろしいことだと、あれから七十年あまりも経った今でも巷で語り伝えられている。 早良親王の死後、桓武帝の身辺では不幸や異変が続いた。桓武帝は早良親王の祟りを恐れ、造営したばかりの長岡京を捨てて今の平安京を築いた。しかし、それでも親王の祟りは収まらず、桓武帝は帝になれなかった早良親王の霊を慰撫するために祟道天皇の号を贈り、淡路に寂しく葬られていた遺骸を大和に改葬したのである。 今も都で最も恐れられている怨霊……それが、早良親王であった。 早良親王の御霊は、驚いた真済を見て薄く笑うと、先ほどの女を指差して言った。「これは藤原吉子。兄桓武帝の妃であったが、謀反を画策したかどで息子の伊与親王と共に自害して果てた」「何が自害なものか!」 吉子の傍らでしきりに血のようなものをもどしながら、伊予親王は叫んだ。「謀反など、考えたことすらなかったものを。偽りの密告で捕らえられ、幽閉されて飲食すら与えられず、それでもなかなか死なぬと見ると無理矢理毒を仰がされた。死した今でも胃の腑が焼け苦しくてならぬ。おのれ、内麻呂め……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月28日
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それを聞いた女は進み出て言った。「この男はもう既に全てを失ってしまいましたぞ。これ以上何ができまする?」 白直衣の男はどことなく残忍な印象のする微笑を浮かべて答えた。「こやつはまだ気力を失ってはおらぬ。それに、これほど強い験力をせっかく身につけさせたものを、あっさり捨てるには惜しい。そうではないか、宮?」 女の傍らの若い男は、苦しげに口から血を垂らしながらも、にやりと笑って言った。「主上のおっしゃる通りでございます。まだ野心に満ちた目をしている。また都へ送り込むことが出来れば、面白い使い道もありましょう。仲成らもそうは思わぬか」 後ろに控えていた三人の男も、どす黒い陰気な顔で頷いた。それを見た女もしぶしぶ納得したのか、細い骸骨のような指を真済の襟首にかけ、女とも思えないようなすごい力で真済を引き摺り起こした。そうされても、真済はくたびれた人形のように座り込んだだけで身動きできず、ただこう呟くのが精一杯だった。「お前たちは、一体何者だ」 それを聞いた女は、柳眉を逆立てて真済の頬を張り、瞳から青い炎を迸らせながら言った。「無礼な! どなたの御前で……」 白直衣の男は不気味な低い声を立てて苦笑すると、女を遮って言った。「まあ、良い。この男はわれらのことは何も知らぬ」「でも、主上……」 主上? 主上とは帝への呼び掛けの言葉だ。では、この男は一体……訝しげに見つめる真済に、白直衣の男は静かに言った。「われは祟道天皇の御霊なり」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月25日
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目の前の闇の中を、五つの大きな炎の玉が揺れている。 真済は九州の海で遭難した時に見た鬼火を思い出した。あの時と同じ、この世のものとも思われぬ蒼い光。 そして、さらに一際大きな鬼火が、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。五つの鬼火は畏まるように地に伏して並ぶ。 大きな鬼火は真済の前まで来ると、俄かに火柱を立てるようにして燃え上がった。そして、その炎の中に浮かび上がる人影。 それは、若い男の姿をしていた。白い引き直衣に、高貴で整った面立ち。だが、その顔は恐ろしいほどに痩せ衰え、窪んだ眼窩には血のように赤い眼が不気味な光を放っていた。 それに従って、他の鬼火も燃え上がる。その中に現れたのは四人の男と一人の女であった。唐様の古風な袿を身につけた女は、隣にいる息子らしき若い男をしきりに気遣っていた。二人とも顔は青白く、口から黒い血のようなものを滴らせている。後の三人の男も亡者のような形相で、苦しげに地に蹲っていた。 白い引き直衣の男は、倒れている真済の頭の先まで近づくと、その赤い眼で長い間じっと真済の顔を眺めていた。 真済の方も、負けずにその目を睨み返す。なぜだか、視線を外せば命を取られる予感があった。真済は必死になって男の恐ろしい赤い目を見つめ続けた。やがて、白直衣の男は呟いた。「……まだ使えるかも知れぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月24日
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真済は都を去った日のことを思い出していた。 あの日も、今日のように明るい日差しの照る日だった。その日差しの中を、真済は後ろも振り返らずに東寺を出て羅生門を抜け、そのまま京を出て行った。どこへも行く当てはなかった。 真雅の言った通り、確かに高尾の神護寺へも戻れない。今更どの面を下げて帰れるだろう。でも、どこへ? 真済にはわからなかった。それで、ただあてどもなく南へ南へと歩いて行った。どこか心配げな顔をして側についていた剣の護法童子も、いつの間にか姿を消している。だが、真済には真言を唱えて童子を呼び戻す気力すらなかった。 一体、幾日くらい経った頃だろうか。知らぬ間に真済は、大和国の深い山の中へさ迷い込んでしまっていた。行けども行けども人家はなく、人のたどった痕跡すら見えない。 粗食や山歩きに離れている真済も、さすがに十日も経つと次第に弱っていった。そして、ある夜、ついに暗い森の中で動けなくなった。遠くで、山犬の鳴くような声もする。 もうこのままここで果ててもよいか。 ふと、そんな思いが過ぎり、気を失いかけた時だ。微かに耳元で囁く声がした。「……不甲斐ない。これしきのことで、使い物にならなくなるとは」「われらの見込み違いであったかの」「主上は何と申されておる?」「さあ。間もなくこちらへ参られるであろう。ほら……」 その声に促されるように、真済は意識を取り戻し、力なく目を開けて驚いた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月23日
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緑濃い夏木立を映した池面に、陽光に煌くさざ波が揺れる。 その上を、ゆっくりと進む二つの船影。舳先に黄金の龍頭鷁首をつけた華麗な船だ。 鞆の方には赤い錦の衣装を着た童子が眠たげに座っていて、時折思い出したように櫓を漕いでは船を滑らせていた。むっとするような夏の暑さの中で、その船の周りだけが涼しげに見える。 管弦の宴でもないのに、龍頭鷁首の船を遊ばせているとは。これが、染殿か。なるほど。豪勢なものだ……。 東の対の庇の間に座って、染殿の広大な庭の池を眺めていた真済は、心の中で皮肉に呟いた。 初めて訪れる染殿は、噂通りの豪華さだった。今、真済が座っている対の屋の庇の隅ですら、名人の描いた山水の屏風が立てられ、傍らに置かれた凝った細工の香炉からは、高価な伽羅の香の煙が立ちのぼっている。 青々とした真新しい御簾の向こうでは、何やらざわざわと人声や衣擦れの音がしていた。おそらく、祈祷の準備でもしているのだろう。 真済は用意が整うまでの間、池の水面を眺めて涼みながら考えていた。 都へ、それもこの染殿へ舞い戻ってくることになろうとは、何と皮肉なことか……。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓平安時代の貴族の大邸宅は、だいたいこんな感じ。メインの庭は必ず敷地の南側にあり、舟を浮かべられるほどの大きな人工の池が造られることも多かったようです。大変見づらいですが、画面の左下の隅の池面にも舟が浮かんでいますね。(この写真は、宇治源氏物語ミュージアムの展示の中にあった光源氏の邸宅「六条院」の「春の町」)
2008年01月22日
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男は、良房の面前の階の下に、膝もつかずに無遠慮に立っていた。 背が高く痩せた身体には、元は柿色だったらしいが今は見る影もなく真っ黒に汚れてしまった行者衣を纏っている。髪は後ろで無造作に束ねただけの蓬髪で、顎には無精髭が伸びかけていた。 これが名高い葛城上人か? まるで鴨川の河原にいる乞食行者のようではないか。 麗しい染殿の御殿にあげることさえためらわれるような上人の姿に、良房は思わず失望の溜め息を漏らしそうになった。 だが、ふとその顔を見やった良房は、自分に向けられている葛城上人の視線とぶつかってたじろいだ。 黒く日に焼けた顔の中で、白目ばかりがぎらりと光る鋭い目が、こちらをじっと見つめている。その獣じみた光を放つ瞳には、良房をも戦慄させるような強い力があった。 この男なら、もしかしたら明子を救えるかもしれない。 良房はしばらく考えた後頷くと、葛城上人を染殿の寝殿に招き入れた。そして、改めて上人に頭を下げて、明子への祈祷を依頼した。 寝殿の簀子で胡座をかいたまま、ただ黙って良房の話を聞いていた葛城上人は、良房が話し終わるとゆっくりと頷いた。良房は安堵して、側にいた女房の一人に、明子の部屋の横に設えた祈祷所まで案内するよう命じた。 女房に促されて立ち上がった葛城上人は、長身から良房を見下ろすと、ふとその分厚い唇を歪めて皮肉な微笑を漏らした。 どこかで、見たことがある。 その尊大な笑い方を見て、良房はふいにそう思った。 だが、葛城上人が渡殿を渡って東の対の中へ消えて行ってからも、良房はそれが誰だったのか思い出せなかった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓建物の周りを囲んでいる手すりのついた廊下みたいな部分が「簀子」です。寝殿に上げたといっても、まだ外じゃん…という感じですが、身分の高い人でも男性がまだそう親しくない女性の元を訪れるような場合には簀子までしか通さないこともあるので、当時としてはさほど無作法なことではなかったのかな。相手の小汚さ(笑)からいっても、良房としては精一杯の好意だったのかも。
2008年01月21日
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目から火柱を立てんばかりに怒る良房を恐れて、家司はあわてて再び財宝と共に旅立っていった。 良房は憤慨しつつも待ったが、家司は三日後に同じ様子で帰って来た。またもや、カササギに追い返されたと言う。 良房は、今度は別の家人に命じて葛城山へ向かわせたが、結果は同じことだった。 そうしている内にも、明子の元には毎夜のように怪しい物怪が現れている。明子はこのところほとんど食事も取れなくなり、元々人間離れしていた容姿がますますあるかなきかの風情になってきた。本当に、そのままふっと消えてしまいそうだった。 そんな明子の姿を見た良房は、とうとう少納言局に命じて帝の宣旨を下した。そして、朝廷からの正式な勅使を立て、大勢の武者どもまで後に従わせて、葛城山に向かわせたのである。 この国で、帝の勅命に背く者などおるまい。もしそれでも否というならば、兵どもに命じて、金剛山ごと焼き殺してくれる。 良房は、今度こそはと期待を込めて、勅使の帰りを待った。 果たして、勅使は四日ほど後に、一人の男を連れて戻ってきた。 良房は大いに喜んで、早速その男を染殿へ連れて来させた。そして、寝殿の庭先にその男を呼び寄せ、自分は寝殿の簀子に座りながら男と対面した。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月19日
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良房は早速染殿へ立ち帰り、信頼の置ける家司の一人を呼び出して、葛城の金剛山へ向かわせた。もちろん、屋敷内でも選り抜きの名宝をいくつも布施に包み、砂金の袋まであまた持たせてある。 だが、不安な気持ちのままじりじりとして待っていた良房の元に、家司は財宝の荷車をそっくりそのまま持ち帰ってきた。「これはどうしたことだ。持たせてやった財宝もそのままではないか。もちろん、葛城まで行ってきたのであろうな。葛城上人は何とした?」 するどく問い質す良房に、夏の盛りに大急ぎで帰って来た疲れなのか、良房の叱責を恐れる冷や汗なのか、全身をびっしょり汗で濡らした家司は、畏まって答えた。「もちろん、大臣のお申しつけ通り、私は大急ぎで大和の葛城まで行って参りました。そして、ようやく葛城上人が金剛山の文殊の岩屋というところにいることをつきとめましてございます」「それで、上人には会ったのか」「それが……会ったような、会わぬような」 家司は言葉を濁した。「どういうことだ」「文殊の岩屋というのは、それはそれは大きな岩が二枚もそそり立っている神さびたところで、辺りには誰もおりませんでした。ただ……」「ただ、何だ」「その岩屋の上に、カササギのような鳥が一羽とまっておりまして、それが人語を話したのです」「何だと? 馬鹿馬鹿しい」「いえ、本当のことで。鳥の声とも思えぬ、男のような低い声で、何用かと問いますので、訳もわからぬながら、私もその鳥に用件を申しました」「それで?」「鳥は何やら薄く笑うような声を立てて、帰れと言うと、そのまま山の奥へ向かって飛び去って行きました」「それからどうした」「待てど暮らせど、誰も来ませんし、あのカササギすら戻って参りませんでしたので、仕方なく山を降りてきました」「馬鹿者! たったそれだけでおめおめと引き下がってきたのか。お前はそれでも太政大臣家の遣いか。鳥ふぜいに、よくも虚仮にされたものだ。すぐにもう一度葛城へ向かえ。そして、何が何でも葛城上人を京まで引っ張ってくるのだ。よいか!」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月18日
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業平は少し冷たい微笑をもらしながら言った。「さあ、土地の者は米を三俵ほど荷車に積んで、金剛山まで持っていったそうですが。でも、葛城上人はそのような供物には拘らないそうで、気が向けば何の供物もなくても祈祷を施してくれるし、気に食わない相手ならばどんな高価な財宝を贈っても相手にしてくれないそうです。こちらの招きに応じてくれるかどうかは、保証しかねますな」 澄ました顔をしているが、業平の口調はまるで、これ見よがしに権勢をひけらかしている良房には無理だと言わんばかりだった。 良房は思わずむっとして、業平の無礼を叱ろうとした。だが、しばらく心の中で葛城上人の話を吟味していたらしい文徳帝は、良房を制して言った。「良房、何とかしてその葛城上人とやらに明子の祈祷を頼むのだ。この都中の名僧を残らず呼び集めても験がなかったのだから、いくら怪しげな者であってもその力に縋ってみるしかあるまい」 そして、文徳帝はきっぱりと言った。「何としてでも、葛城上人を京へ連れて参れ。もし、否やと申すのならば、帝の勅命をもって命じるがよい」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月17日
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「それはまことか」「はい。この話をしてくれた者は、自分の娘の病をその修験者に治してもらったそうです。娘はほとんど死にかけていたそうで、大層その修験者を尊んでおりました。そうだったな、業平」「はい。私も皇子のお供で交野へ参りましたが、あの辺りでは大層な評判でございました。大和の国はおろか、交野や水無瀬の辺りまで、この修験者の噂で持ちきりなようです」 業平も真顔で頷いた。いつもは何を考えているかわからないこの男が素直に同意している様子なのも、噂の信憑性を増しているような気がする。 文徳帝は少し愁眉を開いたが、良房はまだ不審げに尋ねた。「そのような話は聞いたことがない。一体その修験者とは何者なのだ。名は何という?」 業平は少し頭をひねりながら言った。「土地の者は、確か葛城上人と呼んでおりました。しかし、本当の名はおろか、どこから来たのかさえ知っている者はおりませぬ。噂は数年前から徐々に広まっていたそうですから、その頃から葛城に住みついた者と思われますが、確かなことは誰も……」 良房は大切な明子のために藁をも掴む思いだ。そのような怪しげな行者であっても、もし本当に明子を救うことが出来るのなら、どれほど財宝を積んでも惜しくない。良房は勢い込んで業平に詰め寄った。「その葛城上人にはどうやったら会える? どうすれば、祈祷をしに来てもらえるのだ?」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2008年01月15日
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