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能季は素直に文箱を受け取った。 ふと庭を見やると、いつの間にかほんの少し日が翳っている。 ずいぶんこの小一条院に長居をしてしまったものだ。 能季は老尼に改めて礼を言うと、部屋を出ようと袖を払って立ち上がった。 その時、後ろの庭からふいに澄んだ声がした。「婆や、東の鑓水(やりみず)の側に、撫子(なでしこ)の花がこんなに」 きぃと音がして小柴垣の戸が開き、ほっそりとした人影が現れた。 両手に持ちきれぬほど抱えた花と同じ、撫子襲の可憐な袿姿。 壺に折った袿の上を、艶やかな長い黒髪が優美に流れ落ちている。 影を落す長い睫に、薄い桜色の唇。 白桃のような頬は、夏の日差しに火照ってほんのり赤みを帯びていたが、その瞳が老尼の側に立っている能季の姿を見止めたとたん、急に色を失って青ざめてしまった。 老尼はその変化にも気づかぬようで、相好を崩して微笑みながら言った。「姫宮様、その撫子をわたくしに? 何てお優しいこと」 老尼は姫宮に近づいて撫子の花を受け取ろうとしたが、姫宮はさっと桧扇を広げて顔を隠すと、元来た小柴垣の向こうへ走り去ってしまった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓袿を壺に折るとは、この写真の女性のように袿の裾をたくし上げて帯で結び、裾を引きずらずに歩けるようにしたスタイルのことです。徒歩の旅行のほか、ちょっとした外歩きの時は、袴の裾が地面すれすれの長さの切袴を履き、このように衣装をたくし上げ、場合によってはついでに襟を頭の方へも引き上げて顔を隠すスタイル(=壺装束)をしてました。ちなみに、撫子襲(なでしこがさね)は表が濃いピンク、裏が緑色という、ちょっとかわいい感じのカラーコンビネーションです。
2015年01月31日
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「それにしても、そのような厳重な警備の御所に、よくそのような文を結び付けられたな」「女房もそれを不思議がっておりました。道雅が直接いらっしゃったのか、それとも誰かそのような技に長けている手の者に命じてやらせたのか。でも、それから毎日のように文が結び付けられるようになったので、とうとう上臈の女房に見つかってしまって。当子様の部屋の周りには、終夜見張りが立てられるようになったので、さすがに文はそれきり届かなくなったのだそうです」「その道雅殿の文はどうした」「まだわたくしが持っております。どんな経緯があろうと、たとえ誰かへ近づくための手段であったとしても、一度は愛しいと思った方の想いの篭った文。わたくしに宛てられたものではないのは寂しゅうございますが、到底捨て去ることなどできませんでした」 そう言うと、乳母はおぼつかない足取りで立ち上がり、側の二階棚から小さな文箱を持ってきた。 老尼が蓋(ふた)を取ると、中には金の箔(はく)を散らした優美な薄様の結び文が何通か入っている。老尼はまた蓋を閉め、文箱を能季の方へ差し出しながら言った。「どうぞ、これはお持ちください。わたくしはもう長くはございませんでしょう。わたくしが死ねば、この文もどこかへ紛(まぎ)れてしまいます。そうしてしまうのには惜しいような、艶に優しい歌でございますれば、どうかあなた様のお書きになるという書物の片隅にでも残してくださいませ。それが、この尼への供養だと思し召して」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月30日
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老尼はさめざめと涙を流した。 能季はまた片方の手で、宥(なだ)めるように老尼の肩を撫でた。そして、もう一方の手の指先を顎(あご)に当てて考え込んでいたが、やがて老尼が落ち着いてくると訊ねた。「当子様が三条院のところへ引き取られてから後、道雅殿は一度も当子様に会えなかったのだろうか」「おそらくそうでございましょう。当子様は警備の厳重な御所の奥に住まわされ、常に三条院付きの女房たちに見張られていたそうですから。ただ、道雅殿は当子様に文はお出しになっていたようです」「よく取り次いでもらえたな」「いえ、普通の文はすべて突き返されたでしょう。わたくしの出した文さえ取り次いでいただけなかったくらいですから。ただ、わたくしが小一条院に引き取られた後、三条院の女房の一人が文箱を一つ送って寄越したのです。その女房が言うには、道雅殿からの文は院のご命令で片端から送り返したのだそうですが、ある朝女房が当子様の部屋の前を通ると、簀子(すのこ)の匂欄(こうらん)に文が結び付けられてあったのだそうです」「それが道雅殿の文だったのか」「はい。まさしく道雅殿の手蹟で、歌が書きつけられてありました。もちろん、院から厳しく命じられていましたので、その文を当子様へお取次ぎすることはなかったそうでございます。でも、あまりにも切なる想いの篭(こも)った歌の素晴らしさに、その文を反故(ほご)にしてしまうことが女房にはどうしてもできなかったそうです。それで、文はこっそり自分の手文庫の中にしまっておいたのだとか。わたくしが小一条院にいると聞いて、道雅殿とは因縁浅からぬわたくしに託すのが一番良いのではないかと、送って寄越したそうでございます」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月28日
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「三条院は結局道雅殿を許さぬまま崩御されたと聞いているが」「はい。そして、当子様も父院が亡くなられた後、それを追うようにして出家してしまわれました」「まだお若かったであろうに」「わたくしは当子様のお側におりませんでしたので当時のことはよくわかりませぬが、この小一条院へ来てから縁(ゆかり)の方々に少しお聞きしたところ、当子様は少しお身体の具合が悪かったようでございます。それに、当子様はもはやこの世を疎(うと)ましいものとしかお思いになれなくなってしまわれたようで。母后がどれほど嘆かれても、ただ出家を望まれるばかり。身体のことも考えると、母后としてもお許しになるほかなかったのでございましょう」「そうか。そなたはその頃、道雅殿のところへ引き取られていたらしいな」「よくご存知でございますね。その通り、わたくしは道雅殿の計らいで、さる山荘へ匿(かくま)われておりました。でも、しばらくするとお手当てが切れてしまって。わたくしは仕方なく知り人の屋敷を転々としておりました。わたくしが小一条院へ引き取られたのは、当子様のご遺言だったのだそうです。このような不始末をしでかした乳母であっても、当子様は最期までわたくしのことを案じてくださいました。それがありがたくて、おいたわしくて。本当に優しくお美しいお方でございました。それなのに、たった二十三歳の若さでお亡くなりになってしまうとは」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月27日
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「だが、こういうことはどこからか漏れてしまうものらしいな」「残念ながら、その通りでございます。いつの間にか世間では、当子様と道雅殿の噂が囁かれるようになってしまいました。それも、当子様が尊い内親王の身分でありながら、見目のよい貴公子である道雅殿に恋慕して、ふしだらにも密かに誘い入れたとでもいうように。それがわたくしにはあまりにも口惜しくて。当子様には何の罪も落ち度もございませぬ。すべてはこの乳母の愚かさが招いたことでございます」「それから、当子様はどうなった」「世間の噂は、しばらくして母后のお耳にも達してしまいました。母后は大そう嘆かれ、わたくしを呼び出してことの次第を申し述べよとおっしゃいました。でも、わたくしに何が言えましょう。ただ、全てはわたくしの責任だと申し上げるのが精一杯でございました。それでも、母后は当子様のお立場を思い、事を穏便に済ませるおつもりだったようです。場合によっては道雅殿に降嫁させても良いと。ところが、どこからか父院のお耳にも入ってしまって。父院は激怒なされ、当子様をご自分の御所に引き取って厳重に隔てを置かれ、わたくしは御所を追われて当子様から引き離されてしまいました。そして、道雅殿の方はとうとう院に勘当されておしまいになったのです」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月26日
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「道雅殿は、当子様に乱暴な振る舞いをなされたのではないか」 能季は大和宣旨の話を思い出して言った。 老尼は見たくないものから顔を背けるように、目を閉じて首を振った。「わたくしはよく存じませぬ。道雅殿はいつも当子様を抱いて塗籠の中にお入りになり、妻戸の閂(かんぬき)もかけてしまっておられましたから。ただ、時折大きな物音や荒々しい声が。道雅殿が帰られた後、わたくしは何度も当子様にお尋ねしましたが、ただお泣きになるばかりで、道雅殿がどんな振る舞いをなされたのかおっしゃいませんでした。きっとおっしゃれないようなことがあったのでございましょう。衣は破れ、髪もひどく乱れておいででした。でも、さすがに当子様の細い首筋に掌で絞められたような赤黒い痕がついていた時には、わたくしはおいたわしさのあまり当子様と抱き合って泣いてしまいました」 能季はあまりの話に絶句してしまった。 自分の妻だけでなく、高貴な内親王にまでそのような振る舞いをするとは。自分にはとても考えられない。「そうか。そんな仕打ちをしながらも、道雅殿は当子様の元に通い続けられたのだな」「はい。もちろん、わたくしはもう何度も、こちらへ来るのはやめてくれとお願いいたしました。でも、道雅殿は今までお優しかったのが嘘のように冷たくなり、わたくしの言うことなど聞いてはくださいませぬ。何度お諌めしても、毎夜のように通ってお出でになります。わたくしはもう気が気ではございませんでした。尊い伊勢斎宮にまでなった清らかな内親王様が、臣下の男を密かに通わせるなど、絶対にあってはならないこと。もしこのことが露見すれば、母后がどれほどお嘆きなるか、父院がどれほどお怒りになるか。わたくしはもう恐ろしくて、生きた心地もいたしませんでした」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月21日
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「当子様はさぞかし驚かれたことだろうな」「それはもう。わたくしは宿直の女房たちに堅く口止めをし、道雅殿を何とか言いくるめて夜があける前にお帰りいただきました。でも、当子様にはどのようにお詫び申したらよいのか。当子様はもう気を失わんばかりで、それからしばらく寝所からお出ましになることすらできませんでした」「でも、道雅殿は人を惹(ひ)きつける魅力があったのだろう? 当子様もそのうち心を許されたのではないか」「そうであったなら、わたくしも少しは救われたでしょう。でも、当子様は最後まで道雅殿を恐れ忌まれるばかりで、とうとうお心を許すことはございませんでした。どれほど道雅殿が心をこめてかき口説いても、どうかもう来ないでくれと泣き伏されるだけ。道雅殿はそれでも諦めずに、わたくしならつい心をほだされてしまうような優しい言葉を連ねておられましたが、どうあっても当子様の心は自分のものにできないと悟られたのか、それからはもう気が狂ったようになってしまわれて」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月19日
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「そなたが当子様のところへ道雅殿を手引きしたのか」「いえ、決して。でも、結局はそうしてしまったも同じことでしょう。ある夜、遅くまでわたくしの局におられた道雅殿は、ふいに当子様の部屋はどこだと申されたのです。もちろん、わたくしはお教えしませんでした。でも、道雅殿は遠くから部屋の辺りを眺めるだけでよいからと、何度もわたくしを口説かれ諦めようとはなさいません。それで、わたくしはとうとう根負けして、当子様の部屋は東の対の母屋だとお教えしてしまったのでございます。その後、わたくしは道雅殿の腕に抱かれたまま眠ってしまったのでしたが、ふと目を覚ますと道雅殿の姿はどこにも見えませぬ。わたくしはぞっとしてすぐに東の対へ参りました」「でも、内親王様の寝所なら、宿直の者がいるだろう」「わたくしもそれに一縷(いちる)の望みをかけておりました。でも、東の対の妻戸を開けると、すぐ足元に縛り上げられた女房が二人転がされていて。寝所である奥の塗籠(注)からは、細いすすり泣きの声がもれ聞こえてくるばかり。わたくしにはもうなす術はございませんでした」*注……ぬりごめ。寝殿造の建物の中に造られることがあった、四方を壁で囲まれた空間のこと。扉をつけて部屋として使用できるため、物置部屋や寝室として使用された。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月16日
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「道雅殿はどうした」「今度はわたくし宛に文が届くようになりました。それには、当子様を想うようになった経緯や、心の中の想いが切々と綴られておりました」「なぜ、道雅殿は当子様をお慕いするようになったのだろう」「伊勢斎宮は、伊勢へ赴く前に、鴨川で禊(みそぎ)をし一年間野宮に篭(こも)って潔斎(けっさい)いたします。その野宮入りの時の前駆(さきがけ)の役を務められたのが、道雅殿だったのです。一体どうやって当子様を垣間見(かいまみ)られたのかわかりませぬが、その時から当子様の面影が胸に焼きついて離れぬと。そして、せめてわたくしに直接会って当子様のご様子などをお聞きしたい、決してそれ以上は望まぬからと、何度も何度も繰り返してわたくしに訴えられるのです。その書きぶりがあまりに熱心なので、わたくしはつい道雅殿が哀れになり、ただお話するだけならと、とうとうわたくしの局に来ることを許してしまいました」「それで、道雅殿はそなたの局にやってきたのか」「最初は約束通り、わたくしの局でただお話するだけでした。道雅殿は父君譲りの優雅で美しい方です。話し振りも立ち居振舞いも、一流の貴公子らしく洗練されておりました。その方がわたくしの局に毎夜のようにお通いになり、切々と恋の想いを嘆かれる。わたくしはいつの間にかそれが自分に囁やかれているものだと錯覚してしまったのかもしれません。わたくしはいつしか道雅殿が来られるのを待ち望むようになっていたのでございます。道雅殿より十ほども年上の女が、そのような馬鹿な気持ちになるなど、愚かなことだとお笑いでしょう。でも、あの頃の道雅殿には、誰をも魅了する不思議な力があったような気がいたします。わたくしはその力に絡(から)め取られ、ついあんなことを」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月14日
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「あれは、当子様が京へお戻りになってすぐのことでございます。当子様の元へ、ある日一通の文が参りました。もちろん、内親王様が直接文をお受け取りになることなどありませんから、取次ぎのわたくしが先に目を通します。ところが、それには当子様には差し上げられないようなことが書かれてあったのです」「何が書いてあったのだ」「それは、当子様への恋文でございました。それも、大そう想いをこめて綴った長いもので。内親王に堂々と求婚するなど、普通は考えられませぬ。それに、当子様はまだ伊勢から戻ったばかり。兄君の小一条院にすらまだお会いになっておられないくらいでしたから、見知らぬ殿方から文など頂くいわれはございませぬ。きっと何か勘違いをなさっているのだろうと、その文はそのままお返しいたしました。ところが、すぐにまた文が送って来られたのでございます。わたくしはまたお返しいたしました。でも、またもや文が。何度送り返しても同じなので、わたくしはほとほと困り果ててしまいました。それで、その殿方にわたくしの方から文を差し上げたのです」「その殿方とは」「藤原道雅様というお方でした。道雅様が亡くなられた伊周様の御嫡子だということくらいは存じております。でも、中関白家の方とこちらは、何のかかわりもございませぬ。なぜ道雅様が当子様に執心なさるのわからないし、そのようなお気持ちを受け入れることなどありえませぬと、わたくしからお返事申し上げたのです」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月08日
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「不幸な目? それはどういうことだ」 老尼はしばらく黙っていた。だが、やがて胸の中にわだかまる重い記憶を吐き出そうとでもするように、吐息と共に再び口を開いた。「当子様は二年余りを伊勢で過ごされ、父君三条帝の譲位に伴って帰京されました。その後、母后のご庇護の元、とある御所で一人住まいしておられたのですが」 老尼は急に言葉を止めた。そして、痩せた細い両手で顔を覆い、細い声を上げて泣き伏してしまった。「わたくしが浅はかだったのです。わたくしがあんなことしなければ、当子様はあんな恐ろしく哀しい目にあわずにすんだはず。何もかもわたくしのせいでございます」「何のことだ。詳しく話してくれ」 老尼は能季に詳しい話をしても良いものか、しばらく思案しているようだった。だが、やがて決心がついたらしい。「わたくしが死ねば、本当のことは埋もれてしまう。当子様の御名誉とご供養のためにも、あなた様にすべてお話いたしましょう」 そう言うと、老尼は顔を上げて能季を見つめ、袖先で涙を拭って話し始めた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2015年01月05日
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