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母はそう言うと、夢を見ているような優しい眼差しで、一つ二つと花びらを散らしている桜を見つめた。「今でもはっきりと、あの時の殿のお姿を思い出します。まだお城から下がったばかりで、縹色の麻の裃をお召しになっておられた。わたしたちが庭先に跪くと、縁の端まで出て来られて、にっこりとお笑いになって……世の中に、こんなに凛々しく美しい方がおられるのかと、わたしはもうびっくりしてしまって。わたしがはかばかしくご挨拶も申し上げられないでいると、お前の父上は優しく笑って縁を下り、庭に咲く桜の見事な一枝を折り取ってわたしにくだされたのです。祝儀だとおっしゃって。あの時からわたしは、もうお前の父上のことしか考えられなくなってしまったのですよ。許婚のことが嫌いになったわけではありませぬ。あの人のことはずっと兄のように思ってきたし、今でも懐かしく思っています。とても優しくて良い人で、私を大事にしてくれることもわかっていた。でも、父上へと心が奪われていくのを、わたしはどうしてもとめることが出来なかったのです」
2007年01月31日
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そう言えば、あの時も今のように桜が咲いていたっけ。 ある春の日、母は荒戸の屋敷から移り住んだ地行の小家で、隣のしもた屋の軒下に咲くみすぼらしい痩せ桜を眺めながら、父との初めての出会いの話をしてくれたのだった。「わたしが初めてお前の父上にお会いしたのは、このように桜の花の咲く頃でした。あの時のわたしはまだ十六になったばかりで、世の中のことなどまだ何も知らず、武家のお屋敷へ伺ったのもその時が初めてでした。わたしはその時ある人といっしょで……」「ある人って、だあれ」 新発意が聞くと、母は困ったようにちょっと微笑んで、少し考えた後言った。「わたしには許婚がいたのですよ。わたしの家は博多で商いをしていたのだけれど、父がさる武家奉公をしている人と昵懇の間柄で、その人の息子との間に、わたしが生まれた時から約束があったのです。わたしが十六になったら一緒にすると。息子の方も父親の後を継いでそのまま武家奉公をしていたので、ご主人様へ祝言の挨拶をするために二人でお屋敷へ伺ったのです」「そのお屋敷が父上の?」「そう……」↓福岡藩の武士の多くは、中級クラス(馬廻など)が荒戸に、下級クラス(足軽など)が地行に住んでいました。(他にも住んでた地域はありますが)地行のバス停の近くに、こんな石碑が建っています。福岡にはあまりいない勤皇の志士である平野国臣という人の記念碑です。彼は足軽の家の出で、この場所に実家があったのだとか。薩摩の西郷さんといろいろ関わりがあった人(西郷さんが一度自殺未遂をした時に一緒にいましたね)ですが、その邪気のない変人っぷりが私は結構好きです♪
2007年01月30日
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与次殿この由きこしめし のふいかに旅の上臈様 この山の大法を 御存ぢありてお申あるか 御存ぢのうふてお申ある さてこの山と申は 帝去つて四百里境 女人結界の御山なり 高野山には、女は足を踏み入れることが出来ないという。それは、女は男を魔道へ突き落とすとても罪深い生き物だから。 でも、新発意にはそんなことは信じられなかった。あの優しく清らかだった母に罪などあろうはずはない。 新発意の目蓋の裏に、母の美しい顔が甦った。 母は何度か父の思い出話をしてくれたことがある。それはきっと、父親の顔も覚えていない幼い我が子を憐れんで、ほんの少しでも父の面影を伝えておきたかったからだろう。 父のことを語る時の、母の薄っすらと頬を染めた美しい顔を、今でもよく覚えている。新発意は母の語る父の話が好きだった。
2007年01月27日
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新発意は、時折姉の口を突いて出た言葉の数々を思い出した。「わたくしがお前の世話をしてやるのは、仕方のないことだからじゃ。幼いお前をほおり出しておけば、近所の者に何と言われる? それに、わたくしが誉められるのは、しっかりものの娘よと言われる時くらいじゃからの」「わたくしは自分が美しくはないことをようく知っておる。その上陰気で無愛想で、人には好かれぬ娘じゃということもな」「父上は、はじめからわたくしのことなど、可愛くはなかったのよ。わたくしは父上には似ておらぬ。どこからどこまで、母上似じゃ。せめて、顔くらい美男の父上に似ておれば良かったものを。そうすれば、少しは可愛げのある娘じゃと思うてくれたかも知れぬ。だが、父上はわたくしの顔を見るのさえ嫌な風じゃった」「父上はお前をそれは可愛がっておられた。目に入れても痛くないほどにな。お城からの帰りに、よく馬のおもちゃだの小さな太鼓だのを買ってこられたものじゃ。わたくしはそんなお土産などもらったことはない」「母上はわたくしをこの家に置き去りになさったのじゃ。お供も出来ず、お別れすら言ってもらえなかった。母上はわたくしなどどうなろうと構わなかったのであろうな。あまり愛らしくもない娘じゃもの」 姉の言葉にはいつも何かしら棘があった。そして、その棘は、たいがいは父に、時には自分の母にも向けられていた。だが、もしかしたら、本当にその棘を向けたかったのは……。
2007年01月26日
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御身は思ひ止まりて 屋形の留守をもよくめされ 父に尋ね会ふたらば よきやうに申落とひてに 一度は父に会わせうぞ 千代鶴姫 新発意は姉にはとても感謝はしていた。幼い頃から何かと世話をしてくれたし、今でも時折小遣いや着るものを寺へ送ってくれる。姉の方も、新発意のことを全く忘れてしまったわけではなく、むしろ寺での辛い生活を不憫には思ってくれているらしい。 だが、姉は滅多に新発意に会いには来なかった。会ってもそっけない態度を崩さず、まるで二人の間には冷たい透明な壁があるような、そんな感じだった。 一体なぜなのだろう……その時、新発意はふと思い当たったことに愕然とした。 もしかしたら、自分の母が父の前に現れなければ、そして二人の間に自分が生まれなかったとしたら、姉の一生は全く違ったものになっていたのではないか。
2007年01月25日
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いや、せめて実母だけでもいてくれたなら、姉の運命もまた違ったものになっただろうか。だが姉は、父はおろか、実の母にすら見捨てられた娘だった。 姉と新発意は母が違う。姉の母は父の正妻であり、新発意の母は世間から認められていない妻だった。ところが、新発意が生まれる前に、姉の母はある日突然何も告げずに姿を消してしまったのだという。そして、そのまま今も行方知れずだった。 哀れな千代鶴姫のように、姉も父を恋い、母の後を追おうとしたことがあったのだろうか。裸足で、その袖に縋ろうとして……。 だが、姉は寺へ入る新発意との別れ際にこう言った。「母上も父上も、生きていようが死んでいようが、わたくしは許すつもりはない。兄弟も親戚も、もう何の関わりもない。わたくしはずっと一人で生きてきたのだから、これから先も一人で生きていく。お前も自分の道を自分で見つけて歩いて行くがよい。いつかはわたくしが迎えに来てくれるなどと思うてはならぬ」
2007年01月24日
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千代鶴姫はきこしめし さても不思議や 今の妻戸の鳴る音は 母上様の妻戸なり 母上様の夜々御申ありたるは 石童丸が成人したるものならば 父御を尋ね申さんと 御申ありて御座あるが さても今夜の夜の中に 忍び出でさせ給ひたか さて自らは 幼い折に 父には捨てられ申とも 母にまでは捨てられまじきとて 徒歩や徒跣の風情にて 急ぎ追つ掛け給ひしが 親と子の機縁かの 五町が間で追つ掛け 母上様の御袖に縋り付き 口説事こそ哀也 思えば、姉こそもっとも哀れな身の上だったのかもしれない。 父がいなくなってから、一家の生活の全てを支えていたのは、その時まだ十をいくつか過ぎたばかりの姉だった。そして、姉はものも満足に食べず身なりにも構わず、新発意たちのためにほとんど毎日働き通しだったのだ。 本来なら、武家の娘として何の不自由もなくお稽古事や手慰みの手芸でもして暮らしていれば良かったはずの姉は、その頃一体どんな思いで日々を過ごしていたのだろう。 それに、姉は今年で十七歳になる。本来なら、そろそろ輿入れしても良い頃だ。父がいなくならなければ、姉は今頃それ相応の家へ嫁いで幸せに暮らしていたことだろうに。 だが、頼りになる身内を全てなくし、財産一つ持たない娘に縁談などあるわけがない。この先もずっとお屋敷奉公を続ける以外に道はないだろう。すべては、突然いなくなった父のせいだ。
2007年01月23日
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父はしっかりと新発意の手を握り、大股の足取りで道を歩んでいた。新発意に話しかけることもなく、ぐいぐいと新発意の手を引っ張って進んでいく。 新発意は父の歩調について行けず、ほとんど引きずられるようにして歩いていた。疲れて時折立ち止まっては、父の手を振り解こうとするが、父はがっしりと新発意の手を握り締めて離さない。 その力強い手の感触を、新発意は鮮明に覚えていた。 大きな肉厚の逞しい手。木刀の握りだこなのか、親指の付け根にひどく硬い部分がある。そう言えば、父は剣術がたいそう好きで、屋敷でも暇さえあれば木刀で素振りをしていたという。 あの草いきれの道を、何のために父と二人で歩いていたのか、新発意にはまったく記憶がない。そこがどこだったのかも、どこへ行こうとしていたのかも、覚えていない。 ただ、あの時の父の手の感触だけが、いつまでも忘れられずに染み付いていた。 考えてみると、父の確かな記憶と言えるのは、その手の感触だけなのかもしれない。それほど、父は新発意にとって遠い存在だったのである。
2007年01月22日
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あれは、いつのことだったのだろうか。よく覚えていないが、おそらく父が失踪する少し前のことだったのだろうと思う。 その日は、真夏の日差しが照りつけるひどく暑い日だった。田畑を渡る風もなく、からからに乾いた土埃の道には、ゆらゆらと陽炎が立ち昇っていた。狭い道の両脇には、新発意の身の丈をはるかに超えるような茎の長い夏草が生い茂り、辺りはむせかえるような草いきれのにおいに満ちていた。 その陽光に白く光る道を、新発意は誰かに手を引かれて歩いていた。紺色の麻の単を着流しにして、博多の帯に大小の刀を差した、背が高くがっしりとした男らしい体つきの男だ。 男の顔は、強い日差しを受けて逆光になっているせいなのか、記憶の中では黒く陰っていてよくわからない。新発意がその男を父だと思っているのも、自分の父親はそのような体格の良い武士だったと、皆に聞いているからだけなのかもしれなかった。
2007年01月20日
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石童丸はきこしめし さても不思議や今日の日は あのやうなる鳥類 畜類 又は地を這う獣まで 父よ母よと申てに 親おば二人あるものに 何とて姉の千代鶴姫と某には 父という字は御座ないの 父というものの存在すら知らない、かわいそうな石童丸。自分と姉も同じような身の上だけれど、まだ父がいることを知っているだけましかもしれないな。 たとえそれがどんなものであったとしても、姉は十二歳の時まで父と共に過ごしたのだから、父との思い出はたくさん持っているだろう。 そして、新発意自身にもたった一つだけ、父の思い出があった。 まあ、思い出というにはあまりにも微かな記憶だったし、自分と一緒にいた男がはたして父であったのかすら、本当のところはよくわからない。 だが、今でもその時の情景は、心の奥底に焼き付いていた。
2007年01月18日
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上人この由きこしめし 出家は遂ぎやう 若侍 こなたゑきたり候へとて 磨いたる半挿に湯を取り 熱湯温湯をぬめ合わせ 欲垢煩悩の垢を洗ぎ 天台の剃刀を額に二三度押し当てて 中道実相沙門界とゆふこの文を 二三度 髪をば四方浄土ゑ剃りこぼし 髪剃りての戒名に 苅萱の庄の人ならば 名は苅萱の道心と参らする そう言えば、ずいぶん前に、僧形の父の姿を見たという話があったっけ……。 父が失踪してから、その行方はようとして知れなかった。足取りも全く掴めず、知り人の家に立ち寄った跡も見られない。藩内はおろか、江戸の藩邸にまで使いを遣って調べてもらったが、父らしき人を見かけたと言う者はいなかった。 ところが、父が失踪してから二年ほど経った頃、たまたま商用で上方へ行った母の親戚が、父に良く似た男を見たと言って来たのである。 親戚の者が言うには、その男はかなり痩せてはいたが背は高く、確かに父を思わせるような顔立ちをしていたそうだ。だが、頭に髷はなく、墨染めの衣を身につけていたという。母はすぐに親戚の者に頼んで、もう一度上方で父を探してもらったが、再びその男を見つけることは出来なかった。 本当に父は出家をしたのだろうか。 だが、母は信じなかったようだ。母が言うには、父は学問も出来る人ではあったけれど、どちらかと言えば剣術や乗馬が好きな活発な人柄で、神仏に心引かれるようなたちではなかったそうだ。 結局は皆も、僧などになるはずがない、何かの見間違いであろうと言い、そのまま父の行方は相変わらずわからずじまいであった。↓刈萱道心の領地「刈萱の庄」は、福岡の太宰府付近にあったようです。今も残るその名残といえば、この石碑くらいでしょうか。よく見ると「刈萱の関跡」と書いてあります。この辺りに昔からこの名の関所があったんですね。周りは普通の民家で、あんまり風情はありませんでした。。。
2007年01月17日
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母が死んだ時には、姉の祖母のくれたわずかな蓄えも母の病気の治療費や皆の生活費に消えてしまい、母の葬式代すら満足に残ってはいなかった。それで、姉は祖母の伝手を頼って家老屋敷へ奉公に、新発意は引き取り手もないので父の遠縁の斡旋で博多の古刹である承天寺へ入ることになったのである。 もちろん幼い新発意には、出家をするということがどういうことかなどわかろうはずもない。ただわけもわからぬまま、姉に別れを告げ、遠縁だという男に手を引かれてこの寺へやって来た。そして、形ばかりの得度をした後は、そのままずっと下働きの小僧として暮らしている。 寺の生活がどんなに辛かろうと、新発意にはもう帰る家はない。親身になって心配してくれる人もいない。 今の新発意には、あの世へ行ってしまった懐かしい母だけが、ただ恋しくてならなかった。 ↓正月の帰省から、やっと自宅へ帰ってきました。ちょうど故郷を舞台にした物語を連載中ということもあり、縁の場所をいろいろ訪ねて写真を撮ってきました。これが承天寺。今は、ビルの谷間にひっそりと建っています。平日の昼間でしたが、境内にはだぁれもいませんでした。。。
2007年01月16日
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