2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1

「それで、季通殿は官職を罷免されて……」「本当は、それだけでは済まないはずだったのだよ。わたくしと季通殿が契ったことを但馬から聞かされると、白河院は今まで見たことがないほど激怒なされた。季通を流罪に処するとおっしゃってな。誰が宥(なだ)めてもお聞きにはならない」「鍾愛の姫君を手折られて、院はさぞかし……」「そうではない。白河院は、わたくしの最初の相手は自分、と。わたくしがまだ幼いうちから決めておられたそうな。だから、わたくしがそれなりに成長するまではと、ご自分を押さえておられた。それなのに、自分よりも早く、他の男がわたくしを手に入れた。それが何より許せなかったのじゃ。わたくしが白河院の寝所に召されるようになったのはそれから間もなくだが、院がどれほどわたくしをお責めになられたか。その時から、わたくしは優しい父を失ってしまった」 待賢門院はその時の屈辱と恐れを思い出したのか、微かに身を震わせた。 堀河は白河院と待賢門院の関係の噂を思い出す。同じ女として思えば、待賢門院はあまりにも哀れであった。「わたくしは何としても季通殿をお救いしたかった。それで、わたくしは何度も流罪だけは勘弁してくれと白河院に懇願した。そのかわり、二度と季通殿には逢わぬ、文も交わさぬと誓ったのじゃ。白河院は、その後ご自分もわたくしを手に入れたことで少しは満足なされたからであろう、季通殿を勘当し官職を取り上げただけで許してくださった。でも、わたくしが季通殿を破滅させたことには変わりはない。わたくしとのことさえなければ、季通殿は今頃上達部(かんだちめ…御所への昇殿が許される上級貴族)ともなって、幸せに暮らしておられたであろうに」 他の兄弟たちが順調に官位を上げていくにも関わらず、季通だけはその後いかなる官職も与えられず位階もそのままだった。 その上、白河院への遠慮から、季通を歌会や管弦の宴に呼ぶ者もいなくなり、季通はいつの間にか世間から忘れ去られていった。以前は度々歌の席で顔を合わせていた堀河も、すっかり季通のことは忘れ果てており、待賢門院の口から出たその名で、久しぶりに思い出したくらいであった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月31日
コメント(0)

待賢門院は微かに溜め息をついた。堀河は待賢門院の細い声を、耳をそばだてて聞いていた。「弾き方を教えようと手を取られる度に、わたくしの胸がどれほど高鳴ったか。わたくしを見つめるあの方の眼差しに、わたくしがどれほど心を乱されたか。そなたになら、わかるであろうか。あれが、わたくしにとって、初めての恋であった。それは、あの方にとっても同じであったらしい。わたくしたちは二人とも愚か者であった。おのれの立場も弁(わきま)えず、ただその時の高まる想いに夢中になって……とうとう、取り返しのつかぬことを」 待賢門院はそっといざって几帳の陰を出ると、白砂の庭を取り巻く黒い木立の上に輝く月を見上げた。「あの夜も、このように月の明るい晩であった。わたくしたちは月を愛でながら、二人で筝を合奏して楽しんだ。わたくしの側にはいつも乳母の但馬がおったが、その夜も今日のように少し気分が悪いと言っての。しばらく局に下がってしまった。わたくしたちはどちらからともなく……わたくしを抱き締めるあの方の背にも肩にも、今宵のような月光が白々と照り映えていたのを、今でもよく覚えている」 待賢門院は潤んだ眼差しで、しばらくの間懐かしげに月を眺めていた。そして、やがて俯くと、また溜め息をついた。「ただその時、一度限りのことじゃ。離れ難くまだ抱き合っているうちに、但馬が局から戻って来た。わたくしたちは引き離され、あの方は追い出されるように実家にお預けの身となった。それ以来、わたくしは一度も季通殿にお会いしてはいない」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月30日
コメント(0)

堀河は驚いて待賢門院を見た。 几帳の陰から、待賢門院の長い黒髪の裾だけが覗いている。 待賢門院は几帳の向こうから、まるで独り言でも言っているかのような微かな声で話し始めた。「わたくしがまだ養母の祗園女御と共に、大炊殿の御所で暮らしていた頃のことじゃ。わたくしは子供の頃から管弦が好きでの。白河院はわたくしのために、当代一流の管弦の上手を師匠につけてくれた。その内の一人が、筝の琴の名手として知られていた、藤原季通殿であった」 その名を聞いて、堀河はずっと以前耳にした噂を思い出していた。 堀河がまだ前斎院の御所に勤めていた頃のことだ。 当時、左兵衛佐をつとめていた藤原季通が突然官を罷免され、院の御所への出入りを差し止められた。季通は白河院の寵臣である藤原宗通の子で、和歌や管弦の才能も高く評価されており、その将来が嘱望される貴公子の一人である。その季通が何の理由もなく処分されたことに、世間の人々は衝撃を受け、様々にその理由を推測しあった。 その中に、白河院が掌中の珠といとおしんでいた待賢門院と密通していたことが露見したからではないかという話があったのだ。 待賢門院は細い声で、誰にともなく話し続ける。「季通殿の筝のすばらしかったこと。あのように美しい筝の音色は、後にも先にもあの方ただお一人だけだった。わたくしはその音色に魅せられてしまって、何とかその音色に近づきたいと、筝の稽古に夢中になっての。季通殿はそんなわたくしを喜んで、度々大炊殿を訪れては、わたくしの元にわざわざ教えに来てくれた。とても優しくて親切な方で、それこそ手取り足取り教えてくださったものじゃ。わたくしは幼い頃から白河院の元に引き取られ、実の兄弟たちとはあまり会ったことがなかった。それで、わたくしには季通殿が優しい兄かなにかのような心持ちがしての。季通殿が来られるのをいつも心待ちにし、共に筝を弾くことを何よりの楽しみにしておった。それが、何となく重苦しい胸の痛みに変わっていったのは、一体いつの頃からであったろうか……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月29日
コメント(0)

「御簾を上げておくれ。月が見たい」 辺りを見まわすと、珍しく他の女房たちは誰もいない。先程まで待賢門院のお側に控えていた乳母の但馬殿も、局に下がってしまったようだ。嗜みにうるさい但馬殿がいなくなったので、待賢門院は端近に出てくる気になったらしい。 堀河は頷いて御簾を巻き上げ、奥に灯っていた燈台を移そうとしたが、待賢門院は止めて言った。「灯りはよい。今宵は月が明るくて、まるで昼間のようではないか」 確かに、月明かりが庭の白砂に反射して、辺りはほのかに明るい。几帳の陰の待賢門院の顔さえも、はっきりと見える。 堀河がまた簀子に腰を下ろすと、待賢門院は月を見上げながら問うた。「さっきの歌は、恋しい男を想って詠んだ歌か」「いえ」 堀河が少し赤くなって打ち消そうとすると、待賢門院は真顔で堀河を見つめて言った。「兄上から、少し聞いておる。そなたにはすまぬことをした」 実能は獅子王のことを待賢門院に話したのか。堀河は待賢門院がその後の獅子王について何か知っているのではないかと思って訊ねた。「女院様は、実能様から何かお聞き及びではございませぬか。その後……あの男がどうなったかとか」「わたくしが聞いたのは、そなたが局に匿っていた男は源義親の名を騙る偽者だということだけじゃ。今は、また元の鴨院に連れ戻されておるとか」 堀河はがっかりして俯いた。待賢門院は堀河を宥(なだ)めるように言った。「想い人が連れ去られて、さぞかし寂しい想いをしているであろう。だが、たかが、名もない男一人くらい、何ということもないではないか。そなたには、そなたの歌にこがれていい寄ろうとしている殿上人が、まだ幾人もいると聞く。それに、その男とは、ほんのつかの間の逢瀬だったのであろう」「それでも、わたくしにとっては、かけがえのない男だったのでございます」 堀河は思わず強い口調でそう言ってしまった。 獅子王は他の男と取り替えることの出来ない、堀河にとって特別な男だった。 獅子王は、堀河が名高い歌人だから好きになってくれたのではない。それに、他の誰とも違い、獅子王の想いだけは正直で真実のものだと、堀河は信じることが出来たのだ。 堀河もまた、そんな獅子王を心からいとおしく思った。人の想いに時間の長さは関係ない。「わたくしは、歌詠みとしてのわたくしではなく、ただの一人の女としてのわたくしを、ただそれだけで愛しいと思って欲しかっただけでございます。あの男はその夢を叶えてくれました。ほんの短い間だったとしても、わたくしは初めて、本当の意味で人を想い想われる喜びを知りました。どうして忘れ去ることが出来ましょうか」 待賢門院はいつになく激しい口調で言い募る堀河を見つめていたが、何を思ったのかふと几帳の陰に身を隠し、やがて低い小さな声で呟いた。「わたくしにも、たった一人だけ、そんな男がいた」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月25日
コメント(0)

三条西殿の寝殿の簀子(すのこ)で、堀河は月を見ていた。 三条西殿の南庭には、このような京の大邸宅に付きものの池がない。そのかわり、庭の中央には蓬莱(ほうらい)山を模った奇岩と銘木が巧みに配置され、それを取り巻くように清らかな白砂がたっぷりと撒かれている。月光に照らされた庭は、まるで白銀の海の情景を映したかのようだ。 煌々と輝く月を眺めながら、堀河はふっと溜め息をついた。 獅子王を助けたあの夜も、今宵のように月がたいそう明るかった。鴨院にいる獅子王も、今、この月を眺めているのだろうか。 獅子王が連れ去られてから、もう二十日ほどにもなる。 実能からはまだ何も言って来ない。桜子ももう冷泉殿の元にはいないようだ。 堀河の局は、元のようにがらんと静まり返り、薄暗く寒々としていた。獅子王の残していった物と言えば、あの鬼切部という銘のついた太刀だけだったが、それも今は従者の資通の手に渡してしまっている。 獅子王と共に過ごした日々を偲ぶものは、今や何一つない。 堀河には、獅子王がだんだん遠くなっていくような気がした。このまま、もう二度と逢うこともないのだろうか。 堀河の胸の中に、あのどこか心細げな瞳をした獅子王の姿が浮かぶ。堀河はその面影を抱き締めるように両手を胸に押し当てると、誰にともなく、そっと歌を呟いた。 忘れにし人は名残もみえねども面影のみぞ立ちも離れぬ (もう忘れたかのように遠くなってしまった人は、その存在の名残一つ残していないけれど、その人の面影だけはいつまでも側に寄り添うようにして離れないのは、一体なぜなのでしょう)「良い歌じゃの」 背後の御簾の内から声がした。 いつの間にか、庇の間の几帳の陰に、人の姿がある。 あでやかな葡萄染(えびぞめ)の袿とその細く可憐な声音は、まぎれもなく待賢門院のものだった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月24日
コメント(0)

「わたくしが獅子王を助けたあの夜、一体何があったのだろう?」「それは、わしにもわかりませぬ。ただ、鴨院に物々しく兵が集められ、それらが四条の方へ出陣して行ったと聞いて、わしはその後を追いました。そして、その兵たちの先頭に若殿がおられるのを見たのです。その時の嬉しさ……わしは何としても若殿に自分がここにいることを知ってもらいたいと機会をうかがいましたが、すぐに戦が始まってしまいました。敵味方入り乱れての乱戦でしたが、わしは何とか若殿へ近づこうと必死でした。とこらが、いつの間にか若殿の姿が見えませぬ。どうやら、若殿はこの場から逃げ出したのではないかと思い、懸命に辺りを探しまわっていたところ、あなた様の牛車に乗せられる若殿の姿を見たのです。それで、ずっとその牛車の主を探しておりました」 堀河は深い溜め息をつき、資通の労をねぎらうように頷いて言った。「そうか。いろいろとご苦労なことであったのう。それほどまでに捜し求めた主に会わせてやれなかったことを残念に思う。そなたはこれからも、主を追っていくのか?」「はい。この命の続く限り」「なにゆえ、そこまでする? そなたの主はもはや人間ではない。得体の知れぬ物怪(もののけ)のような者かも知れぬ。それに人柄も以前とは違い、源氏の嫡流は他の者が継いでおろう。側にいて仕え続ける意味があるのだろうか?」 資通は強い光を帯びた眼差しで、きっぱりと言った。「確かに、若殿は以前の若殿ではございませぬ。人ですらないのかもしれませぬ。しかし、若殿がいかに変わろうとも、わしの主人には間違いないのです。わしは若殿に一生尽くすと決めました。だから、終生お側を離れるつもりはありませぬ。それが、忠義というものでございます」「そうか」 堀河は微笑んで頷いた。そして、小さな声で呟いた。「武士というものは、そういうものか……何となく、羨ましい気もする」 堀河はくれぐれも獅子王のことを頼むと言って、資通を山荘から送り出した。 資通は、堀河から託された獅子王の太刀を大事そうに腕に抱え、何度も何度も振り返っては頭を下げながら、西山を去って行った。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月22日
コメント(0)

「そして、一年ほど前に、また誰かに見咎められて、捕まってしまったというわけか」「はい。しかし、今度は少し事情が違ったのです」「それは?」「以前のように誰かに偶然見つかってしまったのではなく、今度は都から直接検非違使の役人が若殿を探しにきて、とうとうその居所を突き止められてしまったのです」「それはまた、なぜであろう。一体誰が?」「それはわかりませぬ。でも、検非違使の役人を動かせるところを見ると、それ相応に身分の高い方であろうかと。坂東に若殿がいるとの風聞が、相変わらず京で囁かれていることは知っておりました。ですから、それを聞いたどなたかが若殿に興味を示し、自分の手の内に取り込もうと考えられたのではありますまいか。わしは検非違使についてきた武者に斬りつけられ、若殿だけが坂東から京へ連れ去られました。わしは傷が癒えると、すぐ京へ若殿を追いました。そして、どうやら宇治の富家殿にいるということまではつきとめたのでございます」「そう、獅子王を捕らえておるのは前関白藤原忠実様のようじゃ。坂東へ遣わされたその検非違使を動かしたのは、忠実様であろうか」「さあ、それは。何か探ってみようと思っても、いかんせん相手は摂関家。富家殿はわしごときが出入りできる場所ではございません。それでも、辛抱強く辺りをうろついておりましたところ、何と富家殿が火事になりましての。心配で、鴨院から逃げ出してくる者たちを片端から捉まえて聞くと、若殿は密かに京の鴨院へ移されたことだけがわかりました。それで、わしも宇治を出て京へ。そして、鴨院の近くにあった知り人の家に厄介になって、ずっと若殿の様子を探っていたのでございます」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月16日
コメント(0)

「それから、どこへ行ったのじゃ」「越後を出た我らは、今度は違う知人を頼って常陸へ赴きました。しかし、そこでもまた若殿の顔を知っている者がいたのです。それは下総守の源仲政という男でした。仲政は親切げに我らに近寄ってきて、しばらくは館に逗留(とうりゅう)させてくれたりもしたのですが、わしには何となく胡散(うさん)臭い気がしましての。それで、こっそり逃げ出して、知人の館に匿ってもらっておったのです。ところが、仲政はすぐに追っ手を差し向けて来たのですよ。我らはすぐに仲政に見つかって、夜中に知人の館に踏み込まれ、若殿はその時背中を斬られて瀕死の傷を負いました。斬ったのは仲正の息子の源頼政という若造でしたが、我らは寸でのところでまた逃げ延びたのでございます」 頼政の名を聞いて、堀河の胸はどきりと鳴った。そして、頼政の話をした時の、獅子王のことを思い出した。 獅子王は頼政に殺されかけたのか。その男と堀河が昔愛し合っていたことを聞いて、獅子王はどう思ったのだろう。 屏風の陰にそそくさと身を隠してしまった獅子王の後ろ姿を思い出して、堀河の胸はまた疼いた。堀河のもの想いにも気づかず、資通は話を続けた。「我らは常陸を出て、武蔵へ逃げました。若殿の傷はひどくて、もう助からぬと一度は覚悟もしました。ところが、若殿の傷はそれから一月も立たぬうちに、すっかり治ってしまったのでございます。何とも不思議なことで」「わたくしもそれを知っておる。わたくしの牛車が傷つけた腕もそうであった。獅子王は自分で言っておったが……わしは年も取らず、死ぬこともないと」「はい。まさしくその通りでございました。若殿と二人で過ごすようになってから二十二年。その間、わしはこの通り老いさらばえて、弱々しい老爺に成り果ててしまいました。しかし、若殿はずっとお若い時の姿のままで、怪我をしても病にかかっても必ず元通りに」「そうか。武蔵へ逃げてからはどうしていた?」「我らはそれから一所に落ち着くことなく、ずっと坂東の各地を転々としておりました。少しでも人目につかぬようにするためでございます。仲正はそれから五年ほど経って、若殿を捕えたといって都に連れ上ったそうですが、それは真っ赤な偽者でございますよ。我らはあれ以後、仲正とも頼政とも会ってはおりませぬ。大方、若殿を捕えて武名を上げようとでも考えたのでしょう。浅はかなことでございます」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月15日
コメント(0)

資通はまた涙ぐんだ。堀河は獅子王が話してくれたことを思い出しながら訊ねた。「そなたは獅子王と共に、ずっと旅をしていたと聞いたが」「はい。わしは若殿を連れてすぐに京を出ました。もし見つかれば、若殿とわしもただでは済みますまい。それで、身分がわからぬように髪を剃り、旅の僧に姿を変えて、越後へ下ったのでございます。越後には、わしの古くからの知人である平永基がおりましたから。わしが思った通り、永基は親切にわし等を迎えてくれ、暮らしの面倒を見てくれました。わしらは念のため僧の姿を変えぬまま、永基の与えてくれた廃寺の建物で暮らすことになったのです」 資通は懐かしげに目を細めて語り続けた。「何しろ、若殿はすっかり子供に戻られておりましての。わしはまた一から、全てのことをお教えせねばなりませんでした。まあ、以前完全に習得しておられたことばかりですから、若殿はすぐに武芸の技も多少の学問も覚えられましたが。しかし、記憶の方は全く戻らず、人柄もすっかり変わってしまったようでした」「そう、わたくしも正盛殿に聞いて驚いた。義親という男は、気性の激しい荒武者であったというではないか。でも、わたくしの知っている獅子王は、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、よくわからないところがあった」「はい、わしもそれが不思議でした。いつも、子供の遊びや裁縫などをしたがり、以前はあれほど得意であった乗馬もさほど興味はない様子。でも、わしにはそれがまたなぜかいじらしくて。まるで、自分の子供でも育てているような気になってしまったのでございますよ。それで、このまま越後で若殿と二人、ひっそりと暮らせればそれで良いとまで思っておりました」「それが、なぜ越後を出ねばならなくなってしまったのかえ?」「越後に来て九年ほど経った頃のことでございます。突然、越後の国府から若殿を捕えよとの命令が下されたのです。どうやら、越後の豪族の中に若殿の顔を見知っていた者がいたようで、それがいつしか風聞となって、京辺りにまで流れ届いてしまったらしいのです。永基は我らをかばって、そのような者はおらぬと言ってくれました。でも、京から検非違使の役人まで派遣されてくると、ついに再三の追求から逃れられず、結局は我らを越後から逃がすことにしたのでございます。後で聞いた話では、永基はたまたま河原で行き倒れていた死人の首を刎ねて持って行き、これがその義親らしき僧の首であると検非違使に申し出たとか。長らく養ってもらった上、えらい迷惑までかけてしもうて。永基には今でも申し訳なく思っております」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月11日
コメント(0)

堀河は首を傾げながら呟いた。「そうすると、そなたの主が死んで、首だけがこの京へやってきたというのは事実なのじゃな。でも、そなたはその後ずっと、五体のそろった主と一緒に過ごしていたというではないか。一体どうして……」 資通はしばらく俯いて考えていたが、やがて顔を上げて言った。「それが、わしにもよくわからないのです。確かに首になったはずの若殿が、どうして以前とまるで同じ姿でこの世に甦ったのか」「そなたはどこでどうして、再び主と出会ったのか?」「正盛の行列を見送った後、わしは旅の疲れと絶望で、しばらく病に伏しておりました。十日ほど知人の家で養生していたのですが、ようやく具合が良くなると、わしは何とか若殿の首を取り返そうと思ったのです。若殿の首は六条河原に無残に曝(さら)されておると聞いておりましたから。わしは夜の闇に紛れて六条河原へ行きました。そこでわしが何を見たと思います? それは、一緒に曝されていた郎党の首を哀しげに眺めている若殿御自身だったのでございますよ」 堀河はぞっと背中が粟立つような感じがした。「わしは自分が幽霊を見ているのだと思いました。わしはもう恐ろしくて、がたがた震えておりました。でも、わしは嬉しかった。たとえ、悪鬼や物怪(もののけ)であったとしても構わない。もう二度と会えないと思っていた若殿に会えたのですから。それで、わしはとうとう思いきって話しかけたのです」「それで?」「若殿はわしの顔を見ても誰だかわからないようでした。それに、言葉も話せず、ただ呻(うめ)き声のような音を発するばかり。でも、確かに若殿その人ではあるのです。こめかみにあるほくろもそのままで、他人の空似であるはずはありません。小袖のようなものを着せられていた身体も、傷一つない元のままでした。わしはもう嬉しくて、とにかく若殿を自分の塒(ねぐら)へ連れて帰ったのです」「わたくしも、そこのところがよくわからない。実能様は、おそらく源俊房殿かその血筋の方が、源師房殿から伝わった人造りの秘術を使って、一度死んだ人間を甦らせたのではないかと言っておられたが。何か心当たりはあるか?」 資通は首を振って答えた。「いいえ、まるで。わしは何も知りませぬ。何しろ若殿は全く記憶を失っているようで、話すことすらおぼつきませんでした。わしもいろいろ訊ねては見ましたが、何もわかりませなんだ。でも、わしには、そんなことはどうでも良かったのです。たとえ、若殿がこの世の者でないとしても、それが何でしょうか。ただ、若殿がわしの元に帰って来てくださっただけで、わしはもうこの命を捧げても良いと思うほど嬉しかった……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月08日
コメント(0)

堀河はふと思い出して、手を叩くと留守番の老女を呼び、牛車の中に置いて来たものを取りにやらせた。 それは、獅子王の太刀であった。 堀河はそれを資通に渡しながら言った。「これは、ただ一つだけ、獅子王がわたくしの元に残していったものじゃ。形見に持っていようかとも思ったが、これは源氏にゆかりの宝刀だと聞く。それに、女のわたくしが太刀など持っていても仕方がない。そなたの忠義な心根を信じて、これをそなたに預けよう」 資通は太刀を手にとると、感慨深げに撫でさすった。「これは確かに、若殿の鬼切部(おにこうべ)の太刀。あの時、出雲の手前で出会った郎党は、この太刀一つを携(たずさ)えておりました。その郎党は、たまたま下戸(げこ)だったので、毒酒を飲む振りをしたおかげで助かったのだそうです。その後、館はすぐ乱戦になり、ただ逃げ出すのに精一杯だったとか。それでも、若殿の佩刀(はいとう)である鬼切部だけは、敵に奪われまいと、若殿の胴体からようやく外してきたのだと、わしにそれを渡してくれました」「この太刀はそなたが持っていたのか。正盛殿は出雲で行方がわからなくなったと言っていたが」「わしはこの太刀を持って、騒乱の出雲には入らずに、山陽へ出て若殿の首を追いました。正盛は出雲の後始末を味方の豪族たちに命じると、自分はすぐに出雲を発って京へ向かったと聞いておりましたから。そして、身軽なわしの方が先に京まで辿り付いたのでございますが……そのおかげで、あれほど悲しいものを見ようとは。わしが京へついた時、すでに正盛が凱旋してくるという噂が広まって、京中えらい騒ぎでした。わしは沿道に潜んで、そっと正盛の凱旋行列を見ていたのです。これ見よがしに若殿の首を槍の先に突き刺して、得意顔で練り歩いてくる正盛を見て、わしがどれほど悔しく辛く哀しかったか、おわかりにはなりますまい。若殿の死によって、わしの全ての望みも心の拠り所も、何もかもが失われたのです」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2013年01月04日
コメント(0)
全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()
![]()
![]()