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「そんな馬鹿な!」 庭先から、そう叫ぶ声がした。 堀河が庭に目を移すと、数人の郎党を連れた老武者が、太刀を片手に立っていた。見覚えのある顔だ。 それは、平正盛だった。 正盛は伊勢平氏を束ねる一族の長だ。白河院の北面に仕えるようになってから急速に勢力を伸ばし、院の存命中はその側近の一人として活躍していた人物である。だから、白河院の御所で、堀河も何度か会ったことがあった。だが、もうだいぶん前に息子の忠盛に家督を譲り、六波羅で隠退しているはずだ。 正盛は具足を鳴らして堀河に近づくと、権高な口調で堀河に詰め寄った。「あの男をどこへやった? 隠すとためにならぬぞ」 堀河は正盛を睨み返して言った。「隠してなぞおりませぬ。あの男は昨日わたくしを裏切って姿を消しました。嘘だと思うのなら、局の中を捜してみるがよろしいでしょう」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月29日
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堀河はあっけに取られて桜子を見た。 薄っすらと白粉を刷き淡い紅を塗った可愛い顔は、どこからどう見ても美少女としか思えない。 不審げな堀河に、桜子はにやりと笑って袴の紐に手をかけると言った。「堀河様、お疑いなら証拠をお見せしましょうか?」 堀河は慌てて首を横に振った。実能は桜子を嗜(たしな)めると、堀河に向き直った。「これが男を見つけたと知らせてきたので、人少なの折を待って、男の身柄をこちらに引き渡してもらうつもりだった。出来るだけことを荒立てぬようにしたかったのでな。さあ、あの男はこの局の中か?」 実能は妻戸に手をかけた。堀河は何故か笑いが込み上げて来た。涙が目に滲む。「ふっふふっ。今頃来ても、もう遅うございますよ」「どういう意味だ」「あの男は、もうここにはおりませぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月25日
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「男? 何のことでございます?」「しらばっくれなくても良い。あの男がここにいることはわかっている。なあ、桜子」「実能様、もうその名で呼ぶのはおやめください」 よく見ると、実能の後ろには、愛らしい汗衫(かざみ)姿の桜子が控えていた。桜子は頬をふくらませて言う。「私はもう女童役は御免です。それに、年が明けたら元服して義清(のりきよ)という名を頂くことも決まっているのですから。もう、子供ではございませぬ」 そして、堀河に向って言った。「私はこの間、この局の帳台の中に男が隠れているのを確かに見たのですよ。ごまかしても無駄です」 実能は桜子の背伸びした口調に苦笑しながら言った。「これは、以前我が家に出入りしていた佐藤康清という武者の息子でな。この歳だが、頭も良く、少々剣も使える。それで、密かにこの御殿の様子を探らせるために、女童に姿を変えさせて忍び込ませておいたのだ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月20日
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いつの間にか、日は高く昇っている。 だが、堀河は簀子(すのこ)の上に臥したままだった。 もう、何もかも、どうでもいい。 何もする気が起きなかった。 簀子は冷たく身は凍えたが、このまま凍死したって構わない。そんな投げやりな気持ちで、堀河は霜の降りた庭の煌(きらめ)きが次第に失われて行くのを、ぼんやりと眺めていた。 その時、誰かが渡殿(わたどの)を渡ってくる足音が聞こえてきた。 誰だろう? 待賢門院は白河にいるから、まだ誰もこの御殿には戻ってこないはずなのに。兵衛が何か忘れ物でも取りに来たのだろうか。 変に心配されるのも嫌なので、堀河は大儀そうに身を起こし、兵衛を出迎えようとした。 ところが、建物の角を曲がって堀河の前に姿を現したのは、何と藤原実能卿だった。 堀河は驚いて座り直し、その場に平伏した。実能は堀河がいるのに驚いたようだったが、やがて穏やかな笑みを浮かべて優しく言った。「堀河、こちらへ戻っておったのか。今日は女院のお側にいるものと思っていたのに。そなたの知らぬうちにそっと事を運ぼうと思っていたのだが仕方がない。あの男を、速やかにこちらに渡してもらおうか」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m↓ 平安時代の建物はこんな感じ。簀子は一番外側の廊下のような部分のことです。こんな場所で、今この物語は進んでいるとイメージしてくださいね。
2012年06月15日
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翌朝、堀河はまだ薄暗いうちに目を覚ました。 とりとめのない夢を見ていたようで、頭の中が重く痛み、身体はひどく強張(こわば)っている。 堀河は帳台の中でようやく身を起こし、獅子王の面影のこもる帳台から逃れるように滑り出た。 妻戸を開けて簀子(すのこ)へ出ると、庭の薄闇の片隅で白い小菊の花が咲き残っているのが見える。 堀河は前に獅子王がくれたあの竜胆(りんどう)の花を思い出した。そして、その花の思い出を振り払うかのように首を激しく振り、凍えるように冷たい簀子の上に打ち伏してしまった。 涙に曇(くも)る眼に、自分の乱れた黒髪が蛇のようにうねって、簀子から庭へ流れ落ちているのが見える。その黒髪は、夜毎獅子王がその手に取っていとおしみ、堀河を抱き締めるその汗ばんだ熱い身体に絡(から)みつかせていたものだ。 堀河の心は、激しく波打った。そして、その唇を突いて、知らず知らずのうちに歌が迸(ほとばし)り出た。 心からの、本当の歌が……。 長からむ 心もしらず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ(あなたの心はずっと変わらないものだと信じていたのに、今のわたくしにはそれを信じて良いのかもうわからなくなってしまった。わたくしの黒髪がこのように乱れているのと同じように、わたくしの心もひどく乱れて、あなたのいない今朝は、これほどまでに思い悩み苦しんでいるのです)↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月11日
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堀河はしばらくその太刀を握り締めていたが、急にその太刀を帳台の外に投げ捨てた。 太刀は重い音を立てて、几帳の陰の暗い片隅に転がっていった。 堀河はその行方を見送ることなく、そのままその場へ倒れ臥した。 ひどく気分が悪い。無理に抑え込んだ涙が、胸の中を食い荒らし、今にも胸板から飛び出そうとしているかのようだ。 堀河は胸を抑えて茵(しとね)の上に横たわり、側に転がっていた枕に頭を乗せた。 懐かしい獅子王のにおいがする。 ようやく、堀河の目から涙が零れ落ちた。 堀河はその枕を抱き締め、声を殺してむせび泣いた。 ただ、寂しかった。ただ、哀しかった。獅子王を恨む気持ちは、いつの間にか涙と一緒に流れ落ちて行ったようだった。 堀河は獅子王が恋しく、去って行ったその面影を慕って、一人でずっと涙を流し続けた。 そして、自分でも気がつかぬうちに、浅く胸苦しい眠りの中へ落ちていった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月06日
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あれは嘘だったのだ。 獅子王だけは他の男とは違うと信じるなど、自分は何と愚かだったのだろう。 おそらく、獅子王は彼に強い執着を見せる堀河に恐れをなしたのだ。 このままでは、今度はこの女にとりつかれて、自由を失ってしまう。ここは良い隠れ場所でもう少し潜んでいたかったが仕方がない。今日は幸い堀河をはじめ御殿中の者たちが外出していて人がいないから、誰にも見咎められずに外に出られる。この好機を逃してなるものか。 そう思って、獅子王はこっそりここを出ていったのだ。 それでも、あの立派な太刀を残していったところをみると、少しは堀河への愛惜の気持ちがあったのだろうか。 いや、派手な黄金の太刀などぶら下げていれば、どうしても人目についてしまう。だから、仕方なく残して行ったのかもしれない。 堀河はその黄金の太刀を手に取って見た。 鞘口がわずかにきられているだけで、初めて見た時のままだ。 置いてあるのはそれだけで、側には別れの置き文一つない。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年06月05日
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