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冷泉殿の局にいる間も、北庇(きたびさし)の女房の詰め所に戻ってからも、堀河は気が気ではなかった。 あの桜子は、獅子王の存在に気づいてしまったのではないか。 堀河は局に戻りたかったが、仕事が忙しくてなかなか寝殿を抜け出せなかった。 だが、よく考えれば、たかが幼い女童一人に見咎められたからといって、どうなる訳でもない。それに、獅子王は今夜この御殿を出て行くのだ。もう見つかったとしても良いではないか。 そう考えて堀河はほっとしたが、すると今度は急にひどく哀しくなった。 獅子王がいなくなったら、どれほど寂しくなることか。また以前の味気ない生活に戻ってしまうのだ。 御所での女房勤めというものは、決して楽しいばかりのものではない。日々繰り返される煩雑で退屈なお勤め。主の待賢門院や上臈女房に気を使い、陰口を生き甲斐にしているような同僚たちとも上手く付き合っていかなければならない。 それに、歌人として名を知られている堀河は、公(おおやけ)の歌合わせなどだけではなく、宮中でとっさに詠みかけられた歌にさえ、直ちに気の利いた返歌が出来なければ物笑いになってしまう。 そのような煩わしい生活の中で、堀河は獅子王の存在にどれほど慰められたことだろう。局に自分を待っていてくれる人がいるというただそれだけのことですら、堀河にとってはかけがえのないほど心を暖めてくれるものであった。 ああ、それに、もう二度とあの温かい腕に抱かれて眠ることもないのか……そう思うと、堀河は堪らなくなった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月26日
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「えっ?」「犬が入っておる」「何ゆえ、局に犬など」「さ、里で飼っておる犬でな、大きくなり過ぎて邪魔になるから、父上が河原へ捨てよとおっしゃる。大きくなり過ぎたのは犬の咎(とが)ではない。可哀想なので、わたくしがしばらく預ることにした。今日にでも、西山の山荘に連れて行くつもりであった。恐れ多くも女院御所に犬など連れて来たのはいかにも軽率だが、哀れな畜生じゃ。見逃してやっておくれ」 我ながら、苦しい言い訳だ。だが、他に言い逃れが思いつかないのだから仕方がない。 ところが、桜子は逆に目を輝かせて言った。「犬でございますか。わたくし、犬は大好きでございます! どうか、見せてくだされ」 ますます帳台に近寄ろうとする桜子を、堀河は必死になって引っ張りながら言った。「いや、それはならぬ。この犬は、人を噛むでな。特に、知らない人間にはすぐに飛び掛って食いついてしまう。わたくし以外には誰にも懐かぬのじゃ」 堀河は強引に桜子の手を取り、簀子(すのこ)につまみ出した。そして、なお未練げに局を覗き込もうとする桜子の背を押しながら言った。「用事は後ですることにした。これから共に冷泉殿のお局へうかがおう」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月19日
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堀河はぎくりとしたが、作り笑顔でごまかそうとした。「いや、誰もおらぬが」「でも、さっき妻戸を開けた時、堀河様はどなたかに話しかけておられたような」 そう言うと、桜子は堀河の脇からするりと局の中に入りこんでしまった。そして、中を無遠慮にじろじろ見まわして訊ねた。「先程、帳を急いで下ろされましたね。あの帳台の中にどなたかいらっしゃるのでは?」 桜子はずかずかと帳台へ近づき、帳に手をかけようとする。堀河は慌てて桜子を押し留めて言った。「何もおらぬ」「でも、確かに気配が」 桜子はさらに帳台に手を伸ばす。焦った堀河はとっさに叫んだ。「い、犬じゃ!」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月13日
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外には、冷泉殿の女童の桜子が、螺鈿(らでん)の文箱を持って立っていた。 桜子はにっこりと無邪気に笑って言った。「我が主が、堀河様にこれを見せ、ご意見を伺ってくるようにと」 桜子は文箱を差し出した。堀河が開けて見ると、中には短冊に書かれた和歌が入っている。良い香りが焚き染められていることからして、恋歌か何かだろうか。 堀河は以前にも冷泉殿に歌の代作を頼まれたことがあった。大方、歌の添削でもしてくれというのだろう。落慶供養でこれほど忙しいというのに、悠長なことだ。 だが、今はそれどころではない。堀河は桜子に言った。「今はちょっと用事で手が離せないから、お歌は後で冷泉殿の局へ拝見しにうかがうとお伝えしておくれ」 桜子は頷いて文箱を受け取ったが、まだ妻戸の辺りでぐずぐずしている。堀河が局に戻りかけると、桜子は堀河の袖をそっと引っ張って言った。「堀河様、お局の中にどなたかいらっしゃるのですか?」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月08日
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「待ってくれ、わしを追い出すつもりか」「だったら、何とする?」「わしにはどこにも行くところがない。どうか、このままここへ置いてくれ」 その虫の良い言い分に堀河はますます腹を立てた。「そんなことは、わたくしの知ったことではない。もう、顔も見たくないから出て行っておくれ!」 その時、きいっと音を立てて、妻戸が鳴った。 獅子王は驚いて帳台の奥へ飛び退(すさ)り、堀河はあわてて帳台の帳を下ろした。 堀河は急いで妻戸を開けてみた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月07日
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昼過ぎ頃、気を紛らわすように猛然と書きものをしていた堀河の元に、兵衛の侍女が文を持って来た。明日はいよいよ法金剛院の落慶供養なので、今日の宵の口には三条西殿へ戻ってくるという。 その文を見た堀河は心を決めた。それで、筆を置くと、自分の局へ戻って行った。 局では、獅子王がしょんぼりと帳台の中に座っていた。堀河の顔を見ると、何か話しかけようとする。堀河はそれを遮って、獅子王の前に腰を下ろすと言った。「今日の夜、妹の兵衛が里から戻ってくる。そなたをここへ連れて来た牛車に乗ってな。兵衛をこの御所に下ろした後は牛車が空くから、それにそなたを乗せてやる」「待ってくれ。何のことだ?」 堀河は獅子王を無視して続けた。「車の用意が出来たら連れに来るから、それまでに荷物をまとめておいておくれ。その隅の唐櫃の中に、そなたが身に着けていた直垂(ひたたれ)と太刀が入っておる。直垂はひどく汚れておるが、まあ着られぬこともあるまい。供の者はこの間と同じ牛飼い童と舎人(とねり)だから、そなたのことは知っておる。それに、そなたを道端に捨ててこいとは言わぬから安心するがよい。西山にわたくしの母が遺してくれた山荘がある。そこへ牛車でそなたを送らせよう。そこには普段誰も行かぬから、そこでしばらく養生した後、どこへなと好きなところへ行くがよい。それなりの金子も用意してやる」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月05日
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堀河はようやく獅子王の腕を振り払い、獅子王の目を睨んだ。 獅子王は打ちひしがれたように肩を落とし、しばらく堀河の顔を見つめていたが、やがて言った。「少し、考えさせてくれ」 堀河はその優柔不断な態度にすっかり逆上し、獅子王の頬に平手打ちをくらわすと、一人で帳台の中へ入り、ぴしゃりと帳を下ろしてしまった。 一晩中獅子王への怒りで眠れなかった堀河は、翌朝赤い目をして帳台を出た。 獅子王はよほど寒かったのか堀河の袿に幾重にもくるまって、畳の上で小さく丸くなって寝ている。 ひたすら謝って乞うなら、帳台の中へ入れてやらぬものでもなかったのに、これ見よがしに惨めたらしい姿で寝ておるとは、何と憎らしい。 堀河はますます腹が立ち、やがて目覚めて堀河に話しかけようとする獅子王を完全に無視して身支度をし、急いで局を出て行った。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月02日
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堀河はきっと唇を噛み締めた。 涙が込み上げてくる。 いつものように我慢しようとしても、後から後から湧き上がってきて止めようがない。 とうとう、ぽろりと零れ落ちてしまった。 堀河は男の前で涙を見せてしまったことが情けなく、またさらに涙が込み上げてきて、喉を詰まらせながらすすり上げた。 獅子王は弱りきったように堀河を見つめ、どうしたらよいのかわからないというようにうろたえたが、やがて後ろから堀河の身体を抱きしめ、耳元で呟いた。「そうではない……」「何が違う?!」 堀河は獅子王の腕の中で身を捩り、振り解こうとしたが、獅子王はがっしりと堀河を掴まえたまま離さず、またそっと耳元で呟いた。「わしは、そなたが好きじゃ」「だったら、なぜ何も言わぬ?」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年03月01日
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