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「それで、あの正盛殿を信じたのか」 資通は声を詰まらせた。「残念ながら……。若殿はこうおっしゃったそうです。正盛殿は我らを信じてこの館まで来てくれた。我らも正盛殿を信じようではないか。互いに誠実の証を見せなければ、大事を成し遂げることは出来ぬ、と。そして、郎党たちに杯を持たせ、自らも手にとって、皆で一気に飲み干したのだそうです」 堀河ははっと息を飲んだ。資通は俯きながら続けた。「後は、さながら地獄絵を見るようだったそうです。若殿も郎党も血反吐(ちへど)の中で絶命し、異変に気づいて駆けつけた者たちも、正盛が密かに従えてきた兵どもに斬り伏せられました。正盛は、若殿とその場に居合わせた主だった郎党五人の首を郎党に切り落とさせ、館に火をかけると、首を持ってすぐに立ち去ったそうです。正盛の狙いは、最初から若殿のお命、ただそれだけだったのですよ。若殿はまともに戦って勝てる相手ではない。しかし、どんな卑怯な手を使ってでも、その命さえ奪ってしまえば、若殿を中心にまとまっていた出雲の勢力は瓦解(がかい)する。正盛はそれをよく知っていたのです」「その通りになったのか?」「はい。正盛はすぐに、自分の陣の門前に若殿らの首を掲げ、すでに若殿を討ち取ったことを出雲中に知らしめました。正盛の思惑通り、正盛に呼応していた出雲の豪族は続々と正盛の陣の方に馳せ参じ、その軍勢の多さと若殿の死に絶望した味方の豪族や私兵たちは、間もなく抵抗を諦めて逃げ散らばっていったとか。そして、正盛はすぐさま都へ若殿追討の成功を報告したのです。後は、あなた様もご存知の通りでございます」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月27日
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「そう、都の者たちも皆それを不審に思ったそうじゃ。でも、正盛殿はわたくしの前でついぽろりと白状した。手ずから毒を持った酒を飲ませ、自分の郎党に首を打たせたと」 資通は怒りが湧きあがってきたのか、わなわなと肩を震わせた。「あなた様もご存知でしたか。正盛は出雲についてみると、思った以上に若殿の勢力がまとまっているのを悟り、策略を練り始めたのです。正盛はまず極秘に若殿に使者を送り、互いに手を結ぼうとの密約を交わそうとしたのでございます。若殿も正盛も同じ武士。同じように苦汁を舐めさせられている者同士で結束し、この西国で武士の天地を造ることを目指そう。表向きは追討使として軍を率いては来たが、これらの兵はいつでも若殿に提供しよう。因幡周辺の豪族たちの同意も押さえてある。この西国の勢力に、東国の源氏の者たちや伊勢の平氏の者たちの力を合わせれば、この世をひっくり返すことだって可能であると。もちろん、若殿はすぐには応じませんでした。それでも、正盛は再び使者を立てて来ます。それで、若殿と主だった郎党たちは相談し、もし正盛が軍勢を連れずただ一人で若殿の館へ来て、自ら説得に当たるのなら考えようと返事を出したのだそうです」「正盛殿は来たのか?」「正盛にとっては賭けだったでしょう。以前九州へ派遣された追討使は殺害されていますから。それでも、正盛は郎党も連れずにたった一人で、若殿の館にやってきたそうです。そして、あの饒舌で源氏と平氏が手を結ぶことの利をまくし立て、熱心に若殿を口説きました。そして、とうとう若殿を説得してしまったのでございます。正盛は盟約が成ると、持参した酒を取り出して、固めの杯を交わそうと申し出ました。正盛がどんな男か知っていたら、若殿とて迂闊(うかつ)に信じることはなかったでしょう。もしわしがその場にいたなら、何としてでも若殿をお止め申したものを。わしは生まれも育ちも京で、正盛の人柄の噂をかねがねよく知っておりましたから。しかし、若殿も他の郎党も、正盛については何も知らず、それまで会ったことはありませんでした。その上、若殿は人を信じ過ぎるきらいがございました。それはおそらく、若殿ご自身が不正や卑怯な振る舞いを嫌うせいで、他の者たちも皆そうであると信じておられたからでしょう。それは、若殿の魅力でもありますが、弱みでもあります」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月26日
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「それで、かわりに追討の命を受けたのが、あの平正盛殿というわけか」「はい。正盛は以前から白河院に取り入ろうといろいろ画策しておった上、その時たまたま因幡守でもあったのです。因幡と出雲は目と鼻の先。正盛はこれ幸いと白河院に働きかけて、まんまと追討使の命を受けることに成功したのでございます」「そして、その正盛殿に……」 堀河がそっと溜め息をつくと、資通の目にはまた新たな涙が溢れた。「わしがもしあの時、若殿のお側にいれば……」「そなたはその時どこかに行っておったのか?」「はい。若殿はまた追討使が派遣され、それが因幡守の平正盛だと知ると、わしにお命じになりました。因幡守が相手だとすると、当然兵は因幡をはじめ周辺五カ国の官兵が集められる。この出雲からも、立場上どうしても正盛に兵を貸さねばならぬ豪族も多かろう。万が一のために、九州の者たちに援軍となってくれるよう、約束を取りつけてきてくれ、と。わしは大急ぎで九州へ下り、九州の豪族と約束を取り交わすと、その足ですぐに出雲へ戻ろうとしました。ところが、国境いへ入ろうかという辺りで、出雲から逃げ下ってきた若殿の郎党の一人と偶然出くわしたのでございます。そして……若殿はすでに平正盛に討ち取られ、その首はもう京へ持ち去られたと」 資通はその時の衝撃を思い出したのか、しばらく言葉を詰まらせた。堀河は資通を慰めるべき言葉も見つからなかった。資通はやがて続けた。「その郎党は、わしが出雲を出た後のことを話してくれました。我らは幾つか誤算をしておりました。一つは、出雲の豪族たちが、思ったより多く正盛方についたこと。正盛はどうやら以前から出雲の豪族たちに極秘に根回しをしていたようです。もしかしたら因幡守に任命された時から、この機会を狙っていたのかもしれませぬ。もう一つは、正盛の到着が考えていたよりずっと早かったことです。いくら若殿でも、まさか京にいる正盛が追討の命を受けてから一月足らずで、軍勢を引き連れて遠い出雲に下ってくるとは思いもしなかったでしょう。それでも、若殿はまだたくさんの出雲の豪族を味方につけていたし、若殿自ら鍛え上げられた私兵も多く養っておられました。出雲の地理にも明るく、九州からの援軍も期待できましたから、本当なら正盛ごときに簡単に討たれるはずはございませぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月14日
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資通の目から涙が滴り落ちた。資通はしばらくすすり泣いていたが、やがてまた話し出した。「わしは手始めに、急いで追討使の元へ取って返し、宿舎に泊まっていた両名を討ち取りました。追討使が九州に到着すれば、いずれは必ず合戦が始まり、せっかく皆で築いたものが踏み荒らされ大勢の死人が出ます。若殿はどうしてもそれだけは避けたいとお考えでした。追討使さえいなくなれば、指揮官を失った軍勢は取り敢えず京へ戻るほかありませぬ。ずっと追討使に随行してきたわしは、彼らのことをよく知っておりましたので、自らその役目を買って出たのです。若殿は大宰府への体裁上しばらくはわしを牢に入れましたが、またすぐ側近の郎党に戻してくださいました」「でも、朝廷の面目は丸つぶれになろう。それに、そなたに裏切られた義家殿のもな」「それはそうでございましょう。すぐに大殿からは源氏の立場も弁えよとの厳しいお叱りの書状が参りました。そして、朝廷からは若殿に隠岐へ配流との処置が下されたのです。若殿は、九州の者たちにこれ以上迷惑がかからぬようにとの配慮と、京での立場を悪くしているであろう大殿への心遣いから、恭順(きょうじゅん)の意思を示すように九州を離れて、取り敢えず隠岐へ渡る手前の出雲に居を移しました」「でも、その出雲でも乱暴を働き、ついには国司の目代(もくだい)まで殺害して官物を横領したと、正盛殿は申されておったが」「目代は国司の代理として、出雲中から根こそぎ富を狩り集め、国府の倉を満杯にしたどころか、おのれの私腹まで肥やしておりました。その上、国司の威光を笠に着て、好き勝手に所領を奪ったり、罪もない民人を面白半分に傷つけたり、村で少しでも気に入った女が目に入れば館へかどわかしてきたり。その振る舞いが常々目に余り、出雲の豪族たちからもひどく恨まれておりました。若殿はその豪族たちに懇願されて、目代を討ち取り、不正に蓄えられた官物を倉から出して、元の持ち主へ戻してやっただけでございます」「それなのに、またもや追討の命が下された。それも、こともあろうに、実の父親の義家殿に」「まことに。これで、朝廷が武士をどの程度に考えておるか、よくおわかりになりましょう。親子で殺し合いをさせるなど、畜生以下の扱いでございます。でも、そんな惨いことになる前に、大殿がお亡くなりになったのは、せめてもの幸いと申すべきでしょうか。おかげで、若殿は大殿と最期の対面をすることもかないませんでしたが」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月13日
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「武士が武士らしく生きていける国……」「あなた様にはおわかりになりますまいが、京での武士の扱いはひどいものでございます。命を賭けて戦で働き、どれほど巨万の金銀を貢いでも、貴顕の方々からは忠義な番犬程度にしか思っては貰えませぬ。若殿はもっと武士が心豊かに生き、誇り高く死ねる、そんな世を造ることを目指しておられたのです。決して私利私欲にかられてのことではございませぬ」「でも、それはこの都の朝廷とは合い入れぬ」「ですから、都の者たちは若殿を理解せず、ただの乱暴者として都から追い出してしまったのです。しかし、九州ではそうではありませんでした。地方の豪族たちはみな都からやってきた受領たちに根こそぎ財を奪われ、民人は飢えに苦しんでおりました。若殿の考えに惹(ひ)かれた豪族たちは、続々と若殿の元に集まり、大宰府の命令を無視して、自分たちの国を自分たちのために豊かにしようと動き始めたのです。それは当然、大宰府の役人どもの怒りを買うでしょう」「なるほど、それならば話はわかる」「わしは若殿のお考えに打たれ、大殿に逆らって若殿にお仕えしようと決心いたしました。でも、わしが若殿に従おうと思ったのは、そればかりではございませぬ。実は、わしは大殿から、もし若殿があくまで反抗するのであれば、殺してその首を持ち返るよう命ぜられていたのでございます。若殿は京に残していたご自分の郎党からの報告で、すでにそこまでご存知でした。それにもかかわらず、若殿はお供に加えてくれと願うわしを快く受け入れ、身近に仕えさせて下さいました。わしはお前を信じよう。もし、信頼する郎党に寝首をかかれたなら、わしもただその程度の男であったというわけだ、とおっしゃって。そんなことを言ってくれたのは、後にも先にも若殿ただ御一人でした。それに、その時の若殿の眩(まぶ)しかったこと。逞(たくま)しく雄々しく、まるで軍神が人の姿を借りて天下ったような御姿でした。わしは、その時思ったのです。わしは一生この方に仕え、この方の手足となって働き、いつの日か必ずこの方の夢見る理想の武士の世を実現しようと」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月10日
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「わしは、名を藤原資通と申しまする。元々は、若殿の父上である源義家様に仕える郎党でした。わしが大殿の館へ上がったのは、若殿が九州へ去られた後だったので、若殿のお若い頃のことは存じませぬ。確かに、乱暴者の噂があったのは本当です。たいそう武勇に優れ、暴れ馬でも自在に乗りこなし、気性も荒々しいとは聞いておりました。ところが、実際にお会いした若殿は、皆が言うようなお方ではなかったのでございます」「そなたは九州へ行ったのか」「はい。わしは大殿に命じられて、若殿を捕縛するために九州へ下ったのでございます。わしはこれでも少しは腕に覚えがあり、東国の所領で起こったいざこざを何度か解決したことがございました。大殿はわしの手腕を見込んで、すみやかに若殿を説得して都へ連れ帰るよう、お命じになったのでございます」 堀河は正盛の話していた追討使殺害の一件を思い出した。「もしや、そなたが追討使を……」 資通は重々しく頷いた。「そう、若殿へ差し向けられた追討使を討ち取ったのは、このわしでございます。わしは九州へつく前に追討使一行を離れ、一人で若殿の元へ参りました。事前に若殿にお会いし、大人しく京へ戻るよう説得するためでございました。ところが、九州へついてみると、京で言われていたことが、まるで違っていたことがわかったのでございます」「それはどういうことじゃ?」「京では、若殿が乱行の限りを尽くしたせいで、田畑は荒れ果て、民人は恐れて逃散し、若殿が通った後には草木一本生えぬと言われておりました。しかし、わしが目にしたのは、豊かに耕された広い大地と陽気に働く人々の群れでございました。そして、それらの全ては、若殿とそれを慕って集まった九州の豪族たちが、共に汗を流して築き上げたものだったのです」「大宰府の言い分とはずいぶん違うが」「はい。わしはすぐに若殿のおられる館を訪ねました。若殿はわしを温かく迎え、長旅の労をねぎらってくださいました。そして、わしがこの度の大殿よりのご命令を伝えると、こうおっしゃいました。わしは京へは戻らぬ。わしは父上とは違う道を行くつもりだ。都で貴顕(きけん)に擦り寄って権力を得るのではなく、都を遠く離れた地でささやかでも良いから、武士が武士らしく生きていける国を造りたい、と」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月07日
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堀河は義親の死に関する正盛と実能のやり取りを思い出した。そして、この老僧から真相を聞いてみたくなった。「そなたはいろいろと子細を知っておるようじゃな」 老僧ははっとして口をつぐんだ。堀河は老僧を安心させるように穏かな笑みを浮かべて言った。「そなた、あの男のことを、わたくしに話してはくれぬか。あの男は自分のことを、わたくしにはあまり話してはくれなかった。わたくしの命に関わるかもと言って、自分の名すら明かさなかったほどじゃ。それで、わたくしは仕方なくあの男を獅子王と呼んでおったのじゃが……」「獅子王? それはまた、なぜ。妙な名でございますな」 堀河は苦笑して言った。「別に……大した意味はない。とにかく、わたくしは獅子王の本名が源義親であることも、河内源氏の総領だったことも、二十二年も前に死んだはずだということも、藤原実能様に教わった。そして、獅子王が、一度死んだ義親が甦った者であるらしいこともな」 老僧は鋭い探るような目で堀河を見る。堀河は、実能と正盛から聞いたことのあらましを話した。そして、また寂しげな微笑を浮かべて言った。「実能様は公明正大で信用の置けるお方。しかし、正直言って、一度死んだ人間が生き返るとはなかなか信じ難い。それに、正盛殿の話には解せぬところも多い。わたくしは獅子王のことをもっと知りたいのじゃ。短い間ではあったが、心からいとおしく思った男のことを……」 老僧はしばらくじっと考え込んだ。 だが、寂しげな堀河の瞳に打たれたのか、しばらくするとぽつぽつと語り始めた。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年12月03日
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