2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全9件 (9件中 1-9件目)
1

堀河は獅子王の唇に指先を押しあてて言った。「それから先は言わなくてもよい。そなたがわたくしとずっと一緒にいたいと言ってくれただけで。わたくしは、その言葉が聞きたかっただけ」「良いのか? ここにいても」「わたくしがそなたを守ってやる。ここは待賢門院様の御所だから、みだりに人は近づけぬ。それに、周りは女ばかりだから、武者に襲われることもない。もちろん、ほとぼりが冷めたら、どこかへ移らねばなるまいが、それも伝手(つて)はある。それくらいの力は、わたくしにもあるから」 堀河は獅子王の側へにじり寄り、その胸に自分の頬を押し当てた。そして、獅子王の顔を見上げ、その目を見つめながら言った。「ただ、一つだけ、約束しておくれ。決して、わたくしの側から離れないと。ずっと一緒にいると。何も言わず一人で去って行ったりしないと、わたくしに誓っておくれ」 獅子王はいつもの穏やかな笑顔で、堀河に微笑みかけると言った。「誓おう。わしはそなたの前から姿を消したりしない。そなたがわしに側にいてもよいと言ってくれる限り、わしはそなたと共にいる。決して、そなたを一人になどしない。そなたもわしを一人にはしないでくれ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月28日
コメント(0)

「でも、その者たちは味方ではなかったのか? そもそも、そなたは一体どこに押し込められていたのじゃ。そなたにその男を殺せと命じたのは誰じゃ?」 獅子王は首を振った。「それは聞かぬがよい。それまで知ってしまえば、そなたの命に関わるかも知れぬ。わしすら殺されそうになったくらいなのだから」「でも……」「わしがそなたに話せるのはここまでだ。わしは何とか追っ手を逃れてそなたに救われた。だが、やつらはまだわしを探し回っていよう。見つかれば、また元の屋敷に連れ戻される。そして、きっとまた何かの陰謀に使われるのだろう。だが、もうわしは嫌だ。それに、もうこれ以上無益な殺生はしたくない。そなたに迷惑がかかるのはわかっている。だが、もうしばらくわしを匿(かくま)ってはくれぬだろうか。わしには他に行くところがない。それに……」「それに?」「わしはそなたが好きだ。そなたとずっと一緒にいたいのだ。もう一人には戻りたくない。それがわしの本心じゃ。だが、いずれは……」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月27日
コメント(0)

「あの夜、何があったのじゃ。確か、四条辺りで何か騒いでいる者たちがいたような気がしたが」「あの夜、わしはある男を殺せと命じられて、屋敷を出たのだ。四条の辻で待ち伏せし、その男を郎党もろとも討ち果たせと。四条で待っていると、果たしてその男らしい一行がやってきた。瞬く間に乱闘がはじまってな。わしは必死になってその男を追い、男の供の郎党どもを掻(か)き分けて何とか斬り臥せた。これでも少しは武芸の心得があるようだ。気がつくと、辺りは血にまみれ、ひどく混乱していた。だから、その時わしは思ったのだ。これに乗じて逃げよう。もしこの機会を逃せば、また屋敷の奥へ押し込まれてしまう、とな」「でも、あんなに傷を負って」「わしが逃げ出したとわかると、味方の者たちが死に物狂いで追って来た。よほどわしは逃してはならぬ虜であったと見える。逃がすより殺した方が良いと思ったのか、逃げたらそうしろと命じられていたのか。容赦なく切りつけてきたし、手が届かぬと見ると矢まで射かけてきた。おかげであの様よ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月24日
コメント(0)

「旅? そなたはどこにいたのじゃ」「越後、常陸……東国をずいぶんあちらこちら旅したものだ。だが、どこへ行っても、必ず誰かに見咎(みとが)められてな。どうやら、わしは誰かに似ているらしい。それでみな最初は親切にしてくれるのだが、やがてわしを虜(とりこ)にして揉め事がおこる。夜中に襲われて斬られたこともあれば、役人に突き出されそうになったこともあった。何とか逃げ出しては来たがの。そなたと出会ったあの夜も、わしはわしを虜にしていた者たちから逃げ出してきたのだった」 堀河は傷を負った獅子王の姿と、遠くで見え隠れしていた追っ手らしき松明(たいまつ)の灯りを思い出した。「わしは一年ほど前、従者と共に坂東に潜んでいたところを見つかってな。役人らしき武者どもに連れられて、京へやってきた。そして、ずっとあちこちの大きな屋敷の奥に匿(かくま)われていた。匿われていたというより、押し込められていたと言った方が良いか。捕まった時、従者とは逸(はぐ)れてしまったので、ずっと一人だった。そして、わしは外へ出ることはおろか、人とみだりに口を聞くことさえ禁じられていたのだった。あの夜まではな」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月19日
コメント(0)

堀河の頭は混乱していたが、ようやくこれだけは言えた。「そなたは確かに、何か化生(けしょう…注)のようなものなのかも知れぬ。だが、悪いものではないように思う。だからと言って、そなたが何なのか、わたくしにもわからぬが」「そう思ってくれるのか」 獅子王は少しだけ表情を和らげた。そして、ずっと昔のことを思い出すように、小首を傾げて遠くを見つめながら、やがて言った。「わしもそれが知りたかった。なぜ傷が治るのか、そもそも一体わしは何者なのか。それを長い間一緒にいた従者に何度も尋ねたが、何も教えてはくれなかった」「従者? 連れがおったのか」「ああ。気がついた時、わしは赤子同然での。自分が誰だかわからず、身の周りのことも何一つ出来なかった。その時から、わしの側には一人の男がおってな。その男がわしの面倒を何から何まで見てくれた。優しい男で、わしはどれほど世話になったことか。そして、その男に守られながら、わしはずっと旅をして生きて来たのだ」注)化生…何かが変化(へんげ)した霊的な存在。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月17日
コメント(0)

堀河ははっとして、獅子王を見た。獅子王はまだ俯いたままで続けた。「わしは、自分が一体何者なのかわからぬ。昔の記憶が何一つないのだ。親が誰なのか、どこで生まれたのか、何をして生きて来たのか、誰か身内がいるのか。何も思い出せない。気がついた時には、今と同じこの姿であった」「同じ姿?」「そう、わしは年を取らぬ。気がついてからもう二十年以上経つが、白髪一つ増えない」「まさか」「本当のことだ。それに、そなたも気づいておろう。わしは死なないのだ。どんなに酷い傷を負うても、いずれは癒えて傷跡すら残らない。それもほんの短い間でな。今まで何度か大きな怪我をしてきたが、いつもそうだった。わしは……何か恐ろしい化け物なのかもしれぬ」 そう言って、獅子王はちらりと哀願するような目で堀河を見た。そして、ぽつりと呟いた。「そなた、わしが気味悪くなったであろう。わし自身ですら、そうなのだから」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月16日
コメント(0)

獅子王は溜め息をついて、しばらく堀河の顔を見つめていたが、やがて言った。「わしが全てを話したら、そなたはわしのことを見捨てずにおいてくれるだろうか」「それは、その話による」「わしの話を聞いたら、そなたにひどい迷惑がかかるだろう。もしかしたら、命に関わるかも知れぬ。それに……わしの正体を知ったら、そなたはわしを恐れて疎ましく思うに違いない」「迷惑なら既に受けておる。それに、そなたが何者であろうとも構わぬと、わたくしは前に言ったではないか」 堀河は相変わらず獅子王から目をそらして言った。獅子王は深く俯(うつむ)いたまま、またしばらく黙っていたが、小さな声で呟いた。「わしは……人ではないのかも知れぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月10日
コメント(0)

いよいよ獅子王ともお別れだ。 ふいに何かが胸の奥から込み上げてくる気がして、堀河は思わず自分の胸を片手で抑えた。そして、その手を離せばそれが迸(ほとばし)り出て来るのを恐れるかのように、強く胸に押し当てたまま、局の妻戸を開けた。 獅子王は、小さな灯りをぽつんと一つ灯し、その灯りの元にきちんと座っていた。側に破れた直垂と黄金の太刀が置いてはあるものの、身に着けているのはいつもの丈の長い単だけだ。堀河は獅子王の顔を見ないようにしながら言った。「何をしておる。その姿のままここを出るつもりか? 車はもうこの御殿の車宿りで待っておるそうじゃ。早う、着替えるがよい」 獅子王は身動きせぬまま、低い声で言った。「わしはここを出て行きたくはない」 獅子王はすがるような目で堀河を見た。だが、堀河は頑なだった。「それはならぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月09日
コメント(0)

だが、そんな自分の心を、堀河は強いて叱りつけた。 だからと言って、それがどうだというのだ。どうせあの男も他の男と同じ。いずれは自分の元を去っていく。それならば、一度くらいこちらから追い出してやってもよいのではないか。もう一方的に傷つけられるのは御免だ。 堀河がそう繰り返し繰り返し考えながら、寝殿の隅で明日の待賢門院の装束を整えていると、兵衛がひょっこり顔を出した。そう言えば、既に辺りは薄暗くなっている。もう戻って来たのか。堀河は兵衛に聞いた。「思ったより早かったの。ご苦労様。もしかして、もう牛車は里へ帰してしまったのかえ?」「いえ、明日の御幸のために牛車が足らぬので、我らは里のものを使って欲しいと、実能様から遣いが。車宿りに待たせております」「そう、良かった。ちょっと使いたいから、わたくしに貸しておくれ」「でも、姉上様、これからどちらに?」 それを曖昧にごまかして、堀河は装束の始末を兵衛に押しつけると、自分の局へ向った。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2012年04月03日
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1

![]()
