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東の対に一人残された能季は、二人の姿が見えなくなると急いで尼衣を脱ぎ捨て、用意してきた狩衣に着替えた。 そして、部屋中の明かりを全て消し、寝所の褥(しとね)の上へ人の形にうまく尼衣を打ち掛けた。 これで、誰かが来ても、もうここで眠ってしまったと思うに違いない。 能季は妻戸から外をうかがい、辺りに人影がないことを確かめると、庭に降りて車宿りの方へ走った。 今日の昼間、車を降りた場所には、既に簾(すだれ)の下ろされた網代車(あじろぐるま)が止まっていた。 辺りに明かりはないが、牛車の周りには数人の武者らしい影も見える。 能季はその中でも一際丈の高い影に近づいて、小声でそっと囁いた。「うまくいったか」「はい。二人とも既に車の中に。若君は車のすぐ側におつきくださりませ。私が車を先導いたします」 兵藤太はそう言うと、ひらりと傍らの馬に飛び乗った。そして、短く合図をすると、牛車はごろごろと動き出す。 能季は他の供人に紛れながら、さりげなく網代車の脇に張り付いた。 耳をそばだてながら、中の様子をうかがってみる。 だが、車輪が鳴る音がうるさくて、中の気配はまるでわからない。 能季は不安でいらいらしながら、それでも黙って車に従うほかなかった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年04月27日
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斉子女王はほっと小さな安堵の息をもらした。 能季の方は、今度は逆にだんだん不安が募ってきた。 斉子女王とこの男を一つ車に同乗させるなんて、本来なら死んでも嫌だ。 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。何とかこの男を大宮川へ連れて行かなければ。 斉子女王はそんな能季の葛藤にもまるで気づかないように、道雅を甘い声で促す。「それでは、これから準備をして出かけませぬか」「え、今から? こちらは明け方に立つのでは」「老尼のために、ゆっくり話せる時間が欲しいのです。それに常盤の御寺には明日の朝には必ず詣でると頼通様に約束しておりますから、今から出た方がよろしいかと。当子様の乳母はこのところ少し具合が悪いので、右京三条の知り人の家に預けております。常盤は嵯峨野の入り口。ちょうど御寺へ行く道筋でございますから」「それもそうですな。では、そのように」 道雅は斉子女王と共に出かけることに有頂天になっているようだ。それ以上何も聞かず、熱に浮かされたような足取りで席を立ち、身支度をするために御前を下がって行った。 そして、小半刻もたたないうちに、尼に身をやつした姿で戻ってきた。すでに、牛車の用意まで整えてきたらしい。 道雅は能季に向かってここで待つよう言い置くと、斉子女王を伴い車宿りへ向かっていく。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年04月17日
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「でも、私は仔細があって、この屋敷から出ることを禁じられております」「それでは、わたくしの車に乗ってこの屋敷を出れば良いのではございませぬか。幸い、わたくしは供人を一人連れております。その者の振りをして、牛車にお乗りくだされ。供人はこの屋敷に置いていきますから」「でも、もし誰かに見咎(みとが)められたら」「そのお姿ですもの。頭巾を被ってこっそり牛車に乗り込みさえすれば、よほど夜目の利(き)くものでなければ見破られることもございますまい。それとも、わたくしとの同乗では気詰まりでしょうか」 斉子女王と狭い車の中で二人だけになれる。 それが、道雅のすべてのためらいを吹き飛ばしてしまったらしい。 道雅は慌てるほどの勢いで答えた。「いえ、滅相もない。女王様さえお気に障らなければ、私は何の異存もございませぬ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年04月11日
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道雅はいまやすっかり己を失っているようだった。 どこか得体の知れない感じは影をひそめ、あの奇妙な瞳の輝きだけが異常なほどに増している。 斉子女王はそんな道雅の様子を見極めたのか、もう一度小さく吐息をつくと、最も肝心な用件を切り出した。「老尼は昔を懐かしがって、しきりにあなたのお話をしておりました。実は、老尼はあまり身体の具合が良くありませぬ。もう年でございますから、それほど長くはないでしょう。死ぬ前に一度でよいからあなたに会いたいと常々申しておりました。そう言って何度も涙を流すので、わたくしも哀れでなりませぬ。どうでしょう。一度密かに老尼に会ってやってはいただけませぬか」 道雅にはまるで関心はないようだった。酔ったように斉子女王の方を見つめながら、気のない声で答える。「いや、そういうわけにも参りますまい。今更会っても、どうなるわけでもありませぬゆえ」 斉子女王は声に優しさを込め、幼子を諭すようにゆっくりと言った。「あなたの顔を見れば、老尼もきっと元気になるでしょう。もしそうでなくても、これで心残りがなくなって、安らかに浄土へ参ることができると思います。老尼には子供の頃からいろいろと可愛がってもらい、わたくしの方でもまるで本当の祖母のような気持ちでおりますの。わたくしのたっての頼みでございます。どうぞ一度会ってやってくださいまし」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年04月05日
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「わたくしの住む小一条院に一人の老尼がおります。それは亡くなられた当子内親王様の乳母だったのだとか」「あの乳母が、今は小一条院に」「その者から、わたくしは何度も当子様の恋のお話を聞きました。内親王という尊い身分のために、恋しいお方と添うことができず、その悲しみからとうとう若くして亡くなられてしまったと。わたくしには、そのお話が何とも寂しく哀れなことに思われて。まるで自分のことのように、思わず涙してしまったこともございました」 それはどういうことだろう。 能季の胸は高鳴った。 道雅の顔からも、当惑はやがてきれいに消え去り、喜びの表情が露わになっている。 それに追い討ちを掛けるように、斉子女王は細く甘い声音で、道雅に囁いた。「老尼がいうには、わたくしは当子様と姿形がよく似ているそうです。それで、当子様と過ごした昔を懐かしがって、わたくしが訪ねていくと大そう喜んでくれるのですよ。あなたが当子様へお奉げになったというお歌も、老尼から見せてもらったことがあります。とても素晴らしいお歌で、わたくしも胸を打たれました。何度も読み返し、今ではそらんじてしまったほどでございます。あの歌をお読みになった当子様も、さぞかし嬉しく思われたことでしょう」「本当ですか。あの歌を、当子様がご覧になった。あのまま誰かに捨てられてしまったと思っていたのに」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年04月03日
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