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兵藤太は俄かに能季の方へ向き直った。 真っ直ぐな瞳が、能季の瞳を見つめている。「私が枕辺に行くと、あの方は私におっしゃいました。わたくしの命は、もうそれほど長くはないと思う。だから、せめて最期に、自分の本当の気持ちを打ち明けてから逝きたいと」「母上は何と言ったのだ?」「わたくしは長い間ずっと自分への求婚を退けてきた。幼い頃から、わたくしにはただ一人、心に想うお人がいたから。でも、頼宗様から求婚の文が来た時、父は大そう喜んで、すっかり婿に迎えることを決めてしまった。わたくしが身分の高い頼宗様と結婚すれば、わたくしの父も兄弟も栄達が望めるから。わたくしには父に逆らう術がなかった。だから、どうかわたくしを連れて逃げてくれと、そなたに何度も頼もうと思った。本当に、そなたのいる曹司の前まで行って、そう頼もうとしたのだけれど、結局勇気が持てず、言い出すことはできなかった、とおっしゃっておいででした」「母上がそんなことを」「ええ。そして、こう続けられました。結局わたくしは、わたくしの親や兄弟たちのためにと自分へ言い聞かせて、頼宗様との結婚を承諾してしまった。後で、それをどれほど後悔したか。いくら可愛がられ大切にされても、本当に愛してはいない夫との暮らしは空しいもの。それを、このいまわの際にまで、しみじみと思い知らされるなんて。そう言って、お泣きになりました」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年08月31日
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「私は……そなたにとっては、憎い男の息子だったというわけか」「はじめはそうでした。私は頼宗様が憎かった。そして、二人の間に生まれたあなた様のことも。権力のある者が、私が心から大切にしているものを、いとも簡単に奪っていく。頼宗様から見れば、私など虫けら同然で何の力もない。それが心底悔しかった。それに、若君を授かったとわかった時、あなたの母上はそれはそれは喜んでおられました。私の居場所など、もはやどこにもないように思われた。若君がお生まれになった時も、私は悔しくて憎くて、若君の細い首に手を掛けようとすら考えたほどでした。でも、あの方は……亡くなる前に、私に言われたのですよ」「私の母が?」「あなた様が生まれる時は大そうな難産で、その時に床に臥して以来、あの方は結局最期まで起き上がることはできませんでした。お側にはいつも私の母や頼宗様がいて、私など近寄ることすらできなかった。でも、ある夜、看病に疲れた頼宗様が寝殿へお引取りになった後、私の母が呼びにきたのです。あの方が呼んでいると」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年08月07日
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月を見上げていた兵藤太は俄(にわ)かに視線を下ろし、自分の拳(こぶし)を強く握り締めた。「いや、そうではない。私はただ単に勇気がなかっただけだ。世の非難を浴び、厳罰を受けてこの命を絶たれるかもしれないとしても、それを甘んじて受ける勇気さえあれば、あのお方を背負って逃げることができたのかもしれない。あの道雅のように」 月光のせいなのか、それとも心の苦しみのせいなのか、兵藤太の頬は青白くなり、小刻みに震えている。「でも、私はそうできなかった。そして、自分の苦しみに酔い、ただ漫然とそれに浸っているうちに、時を失った」 兵藤太は能季の方を見ない。 能季はようやく、自分が兵藤太に心ならずも与えてきた苦悩に気づいた。「母の元に、私の父が通うようになったと」「どれほど後悔しても、頼宗様ほどのお方が通って来られるようになっては、もうどうしようもありませぬ。私はただ忠実な家臣として、あの方に仕え続けることしかできなかった。でも、それがどれほど辛かったか。それでも、私はあの方のお側を離れることなどできなかった」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年08月01日
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