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道雅の冷笑が響く。「ならば、極楽へ行けば良いものを。そうしたら、そなたの父の花山院も、大手を広げて迎えてくれよう。いや、果たして花山院も極楽におられるものかな。あのお方のおかげで煮え湯を飲まされた者も多いでの」 道雅の顔は、怨念と嘲笑に満ちて醜く歪んでいた。 もしかしたら、この男は中関白家の没落を決定的にした花山院への復讐も込めて、その皇女であるこの怨霊に近づいたのだろうか。 赤黒い光だけの怨霊の目が、急に禍々(まがまが)しい色合いを増してぎらりと光る。 だが、怨霊はそれを飲み込むように苦しげな息をつきながら、道雅にこう答えただけだった。「わたくしはそなたに騙(だま)され、甚振(なぶ)られ、殺され……挙句の果てに、喰(く)われたゆえ、その恨み苦しみが重くてならず、到底極楽へ登っていくことは叶わぬ。ただ、この呪われた地に縛り付けられて、永遠にこの世の闇を彷徨(さまよ)い続けるだけ」 突然、怨霊はそれまでの弱々しい女の姿をかなぐり捨て、赤黒い炎となって道雅を飲み込んだ。 炎は道雅の身体を締め上げ、僧衣を焦がし、首から下げていた木蓮寺の数珠も焼き尽くしていく。「それなのに、わたくしをこのような苦しみに陥れたそなたが、人間の所業とも思えぬ悪行を尽くしたそなただけが、仏に許しを乞うて出家し、死んで極楽へ行こうというのか。そんなことが許せるものか。そなたは断じて極楽へは行かせぬ。地獄の責め苦に遭うが良い!」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月19日
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しんと静まり返った東大宮大路に、道雅の奇妙な笑い声だけが響く。 風もなく、虫の音も聞こえない。 いつの間にか、大宮川の瀬音すら止まっていた。 能季ははっとして大宮川の水面を見た。 黒々とした水が、まるで川底の澱(よど)んだ泥のように鎮まっている。 それが、見る間にじわりじわりと盛り上がり、やがて二つの赤黒い目が現れた。 その目はまっすぐに道雅の方を見つめ、じりじりとこちらへ近づいてくる。 あの怨霊だ。 そう思った瞬間、能季の身体は縛られたように動けなくなった。すぐ側にいる兵藤太も同様のようだ。 だが、道雅だけは違うらしい。 道雅は兵藤太の固まった手を振り解くと、後ろ手を縛られたままゆらりと立ち上がった。そして、ゆっくりと川面の二つの目に近づきながら、低い声で言った。「なるほど。大宮川に怨霊が出るという話は聞いていたが、やはりそなたであったか。それにしても、まだこんなところにいたのか。とうの昔に地獄へ落ちたと思っておったに」 二つの目は、しばらくじっと道雅の顔を見返していた。 だが、やがてずぶずぶと音をさせながら、その全身を現した。 黒髪を白い肌に纏わせた裸身。 怨霊はどこから聞こえてくるのかも定かでない、低く掠れた声で道雅に言葉を返した。「地獄は悪行を尽くして死んだ者の落ちるところ。わたくしは何の悪行も犯してはおらぬ。ただ……男を愛しく思っただけ」↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月15日
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小さくなっていく車を見送っているうちに、能季の胸は哀しみに詰まり、猛っていた心は逆に鎮(しず)まっていったようだ。 能季はようやく後ろを向き直り、兵藤太の方へ近づいていった。 道雅は後ろ手に縛られたまま、嘯(うそぶ)くような目でこちらを見ている。 その目は能季を何となく嘲笑(あざわら)っているような気がした。 能季は再びこの爺を殴りつけたい衝動に駆られたが、強いて自分を押さえて言った。「そなた、ここがどこだかわかるか」 道雅は黙っている。 ただ、小八条第で最初に見た時のような、無機質な玻璃(はり)の珠のような目で、じっとこちらを見返しているだけだった。 能季は少し呼吸を置くと、ゆっくりと言った。「ここは、今から三十年前、一人の女が殺された場所だ。この大宮川の中で、そなたに切り刻まれ、食い荒らされた女の……」 道雅の玻璃の目は、能季の身体を突き通して、その向こうにある大宮川をじっと見つめているようだった。 だが、道雅はやがて目を閉じ、自分の膝に目を落すと、背を小刻みに震わせ始めた。 泣いているのだろうか。 己の罪を悔い、女を哀れんで。 いや、そうではない。 道雅は目を閉じて俯(うつむ)いたまま、くぐもった声を上げながら笑っているのだった。 その声は、最初は微かなものだったが、次第に大きくなり、いまや哄笑(こうしょう)とも言えるほどになっていった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月13日
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外から、高陽院(かやのいん)から牛車の供をしてきた郎党に指図する兵藤太の声がする。「お前たちはこの車を連れて、一足先に高陽院へ戻れ。後は関白様の下知(げち)に従うように。ここで見たことは他言無用。良いな」 能季は名残惜しげに斉子女王の身体から手を離し、それでもなお乱れた髪を掻き揚げてやりながら、震える声で問うた。「私のせいで、こんな恐ろしい目にお合わせしてしまって。お詫びの言葉もございませぬ。どこか、お怪我でもなさいませんでしたか。それか、何か……不快なことでも」「いいえ」 斉子女王はそう言ったが、俯いたまま能季の顔を見ることもできず、唇をわななかせているその様子をみれば、何があったかは薄々察しはできる。 ただ、幸いにも衣装にひどい乱れは見えず、けしからぬ振る舞いにまでは及ばれていないようだった。 だが、それでも能季を激怒させるには十分だ。 能季は斉子女王の髪を優しく撫で、その頬にそっと口づけをすると、すっと身を翻(ひるがえ)して車を降りた。 そして、兵藤太に引き据えられている道雅の顔を、いきなり拳で殴りつけた。 兵藤太はなおも殴りかかろうとする能季をかろうじて片手で押さえながら、車の側の郎党に合図する。 郎党は頷くと、上げられていた車の御簾を丁寧に下ろし、牛飼い童を促して高陽院の方へ去って行った。 能季はごろごろという車輪の音で我に帰り、胸の痛む想いでその車の姿を見送った。 私のために、ひどく傷つけてしまったのではないか。 大したお詫びの言葉も言えないまま、別れねばならないとは。 今度は一体……いつ会えるのだろう。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月07日
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やがて、右手に朱雀院の重々しい築地塀が連なってきた。 それを過ぎると、左手の先に神泉苑の小暗い木立の影も見えてくる。 もうすぐだ。 暗闇に目を凝らすと、突き当たりの空間に東大宮大路の柳並木が見えるような気がする。 牛車はなおもがらがらと音を立てながら進み、神泉苑を過ぎたところで左へ曲がると、そこでぴたりと急に止められた。 能季はもう堪えきれずに太刀を抜くと、目の前の網代車の簾を跳ね上げて、真っ暗な車中に躍り込んだ。「な、何をする」 暗闇の中で、白っぽい衣装の影がこちらを振り返る。 郎党が差し出した松明の明かりに照らされたのは、気味悪く目を血走らせた道雅の顔だった。 能季は有無を言わさず道雅の襟首を掴み、太刀を首筋に突きつけながら網代車の外へ引きずり出した。 馬を下りた兵藤太がすかさず道雅を受け取り、後ろ手に縛り上げる。 それを見届けると、能季は慌てて車の中に戻った。 車の隅に、撫子襲(なでしこがさね)の袿(うちき)がくずおれるように蹲(うずくま)っている。 能季は必死になって、斉子女王を助け起こした。 両袖の中に顔を伏せていた斉子女王は、ますます怖(お)じ恐れて自分に触れる手から逃れようとする。 だが、やがてそれが能季の手だとわかったのか、今度は無言のまま能季の胸に縋(すが)ってきた。 微かな嗚咽(おえつ)の声が聞こえる。 能季はしっかりとその細い身体を抱き締め、優しく背を撫でてやることしかできなかった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月04日
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小八条第の門を出ると、すぐに鋭く誰何(すいか)する声がする。 先を騎馬で進んでいた兵藤太が、行く手を遮(さえぎ)る数人の人影に向かって叫んだ。「こちらは小一条院の斉子女王様のお車だ。今日は方替(かたが)えでこちらに滞在されたが、急用でこれより退出される」 男たちの影は、それを聞くとすぐに物陰へ消え去った。 兵藤太はまた合図をし、車は静々と進み始める。 あれは小八条第を見張っている頼通殿の手の者だ。これからすぐに三条の師実の屋敷にいる頼通へ注進し、大宮川の辺りに他の人間が近づかないよう警備もしてくれるだろう。 牛車はゆっくりと北に向かって進んでいく。 辺りには家もまばらで、明かりはまったくない。時折冷たい風が吹いて、供の郎党が持つたった一つの松明(たいまつ)の明かりが揺れるだけだった。 空はどんよりと曇って、月も星も見えない。 あの、大宮川の怨霊と出くわした夜のように。 能季は思わず身震いし、気持ちを引き締めるように、腰につけた太刀の柄を握り締めた。 三条大路に出ると、兵藤太は俄かに東へ車の向きを変えた。 この大路をまっすぐ進めば、やがてあの怨霊が出る大宮川へぶつかる。 車の中から、くぐもった声が聞こえてきた。「おや、嵯峨野とは方角が違うのではないのか」 兵藤太はすぐに答えた。「老尼のおわす家は、このすぐ先にございますれば。今しばらくご辛抱くだされ」 それを聞いて安心したのか、声はそれきり聞こえなくなった。 兵藤太は牛飼い童に合図して牛を急(せ)き立てると共に、能季を振り返って微かに頷いて見せた。もし、この先また道雅が訝(いぶか)しく思って騒ぎ出したら、手足を縛り猿轡(さるぐつわ)を噛ませてでも黙らせて、無理矢理大宮川へ連れて行く手筈(てはず)になっているのだ。 能季は網代車の後ろ簾の前に塞(ふさ)がるように立って、腰の太刀に手を添え、身構えながら進んでいった。↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m
2016年05月03日
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