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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ためしてみる。頭でっかちになって、身動きがとれなくなったとき。気持ちがふさいで、先が見えなくなったとき。だれにも気持ちをわかちあえない気がするとき。自分を、そっとあと押ししてくれるのは、「ためしてみる」そんなちいさなささやき。人間ですから、テンションのあがらないことだってあります。もやもやして、いまひとつ、吹っ切れないこともあります。そんなとき、無理に元気になろうとしたって、思うようにいきません。だから、ちいさな声で言ってみるんです。「ためしてみる」って。それもできるだけ、ちいさなことを、ほんのちょっとだけ。おためしだから、うまくいかなくたって、問題ないんです。元の木阿弥になっても、「ためして」みただけだから、別になんてことありません。元気のあるときには、こんなことばは、消極的に聴こえるかもしれません。「そんな覚悟のないことでは」と、不愉快になるひともいるかもしれません。でもね。もう一度言いますよ。人間の気持ちって、本当に、いろいろなんです。どうしても、だめなときだって、あるのが当然なんです。そんなときは、お休みしちゃうのが一番だったりします。それが可能なときは、そうしたほうがいいんです。でも、本当は、もうちょっと前に進んでおきたい。このまま立ち止まってしまうと、ますます落ちこんでしまいそう。そんな微妙なときだって、きっと、あるでしょう?だから、そんなときのためにね、覚えておくんですよ。できるだけ、ちからを入れず(笑)、ちいさく、ささやくように。「ためしてみる」一歩といわず、半歩でも、0.1歩でもね。そう、ためしてみるんです。どんなことでもいいから。そしてね。うまくいったら、「やれたじゃん」って、自分をほめてあげるんです。このときも、ちからづよく肩をたたいたりしちゃだめですよ。(笑)ちいさくそっとささやくだけにするんです。うまくいかなかったときも、フォローしてあげてくださいね。「行動できた自分がいるよね」って。どんなときでも、どんなにささやかであっても、自分を受け入れてください。そんな自分にOKをあげてやってください。大切に大切に、「いいよ」って言ってあげてください。そのちいさな「おためし」が、次の一歩を生み出しますから。ゆっくり静かに待つんです。見えないところで、ほらね、あなたのあらたなエネルギーが、いま、目覚めかけています。おどかさないように、そっと育ててあげてくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1516号(2007年12月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「ふぁいと♪」と「ありがとう」しばらく前から、「ブログランキング」なるものに参加しています。ランキングの上位になると、たくさんのひとの目に止まり、ブログの存在を知ってもらえます。私のメッセージが、一人でもおおくのひとのお役に立てるならうれしいな…と、そんな気持ちで参加したのです。たくさんのひとに支えていただき、「メンタルヘルス」部門で、1位にさせていただいたこともあります。その後は、1位から3位のあいだをいったりきたり、ここしばらくは、3位をキープさせていただいています。もともと、競争は苦手だし、順位にこだわるつもりではなかったのです。ただ、「お祭りさわぎ」は好きなので、(笑)「わー、上がったー」「わー、下がったー」と、毎日さわぐことそのものが楽しかったのです。でも、3位の状態がずっとつづくと、上がり下がりの楽しみが消えていきました。「下がっちゃいましたー」のコメントを残したまま、私の気持ちが、少しずつ冷めていったのです。恥ずかしながら、ランキング結果を見ない日さえありました。そんなとき、いただいたひとこと。「多くの皆さんの ポチポチで、3位が 支えられている(んです)」ガツンと、ひびきました。自分の傲慢さが恥ずかしくて、どきどきするのがわかりました。そして、同時に、これだけおおくのひとに支えてもらっていることの幸福感が、どどっと、胸にあふれ出してきたのです。言いわけめいてしまいますが、ちょっと前から、ちいさな違和感はありました。ランキングのメッセージ、このままでいいのかな…。でもやはり、どこかに、傲慢さが隠れていたのですね。気になったものの、そのまま放置する日がつづいたのです。今日から気持ちが変わりました。ランキングを見るたびに、そこにあるのが、だれかのあたたかいあと押しであることを思い出すことができるからです。ありがとう。ありがとう。ありがとう。私のために、ボチッを押しに来てくれて、ありがとう。わざわざ時間と手間をかけて、応援してくれて、ありがとう。あたたかい気持ちにさせてくれて、ありがとう。あらためて気づきます。ランキングの数字って、背中を押してくれるひとの数と、それを喜ぶひとの感謝の数でできているんだなあって。そのことがわかったら、逆に、ランキングの数字を見るのが、楽しみになりました。だって、どのブログにも、「ふぁいと♪」と「ありがとう」が詰まっているんですよ。それが、たくさんであっても、たくさんでなくても、「ふぁいと♪」と「ありがとう」の気持ちが、そこにあることに変わりはないんです。ブログランキングには、ひきつづき、参加します。まだ見ぬ読者さんと出会うきっかけはつくりたいから。でも、順位のことは、もう気になりません。だって、そこに見えるのは、「ふぁいと♪」と、「ありがとう」だけになっちゃいましたから。そして、遅まきながらお詫びです。私のいたらない気持ちから、不快な思いをさせてしまったひとがいたなら、ごめんなさい。それにもかかわらず、読みつづけてくださっているあなたに、ありがとう!無数のポチッとともに、今日も、たくさんの「ふぁいと♪」と、たくさんの「ありがとう」がこの世界に、あふれますように。その思いの数だけ、幸福という名のエネルギーが、世界を包みますように。こころからの感謝をこめて。今日は、私自身がフォーカスチェンジする日です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1520号(2007年12月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「ありがとう」で洗う「『ありがとう』で洗う」ということばが、ふっと、胸に浮かびました。「ありがとう」で洗うってどういうこと?すぐに、「ああ」と思って、くすくす笑えてきました。お風呂に入って、からだを洗うときに、せっけんを使いますね。せっけんを使うと、泡がたちますね。その泡の一粒ひとつぶが、「ありがとう」だと、イメージしてみてください。「ありがとう」をイメージしてみたとき、白い泡が、いっそうの輝きを放つのを感じます。 イメージは、一人ひとり ちがってかまいませんが、 「ありがとう」と口にした 瞬間に、きっと、心地よい イメージが浮かぶでしょう。そのまま、いつものように、からだを洗ってください。「ありがとう」が、からだのすみずみをおおってしまうイメージで。こびりついていた、マイナスの思い出が、「ありがとう」の泡に、洗い流されていくイメージで。そのあとには、すっきりと、あたらしい自分が、そこにあらわれてくるイメージで。そのまま、ゆったりと、湯船につかりましょう。こころにもからだにも、エネルギーが湧いてくる気がしませんか?「ありがとう」で洗う、ってなんて気持ちのいいこと!そして、これって、ほかにも、応用できますね。たとえば、お掃除をするとき。「ありがとう」で、ごみを掃きだすのです。「ありがとう」でよごれをふき取るのです。「ありがとう」で、ガラスを磨いてみるのです。そこいらじゅうが、「ありがとう」に包まれて、輝きだすのがわかります。そうそう、ここまできたら、これを洗わなくっちゃ!何をって?あなたのハートを、です♪自分の胸に手を当てて、イメージで、ハートを取り出してくださいね。あなたのハートは、いま、どんな感じですか?あたたかいですか?冷たいですか?ぴかぴかですか?よれよれですか?(^^ゞあなたの手で、あなたのハートを、洗ってあげてください。「ありがとう」をたっぷりつけて、ハートのすみずみにまで、「ありがとう」がゆきわたるように。何度でも何度でも、あなたのハートが、生まれたてのようにつるつるに輝くまで、洗ってみましょう♪そして、充分に洗い上げて、もういいなと思ったら、自分の胸にもどしましょう。「ありがとう」で洗ったあとのあなたのこころとからだは、心地よいエネルギーに満たされています。この状態にあるとき、ひとは、だれかを汚したり、いためつけたりしたくはなくなります。むしろ、いたわりと、いつくしみの思いを注ぎたくなります。どうぞ、たっぷりと注いであげてください。そして、この「『ありがとう』で洗う」を、あなたの大切なだれかにも教えてあげてください。「『ありがとう』で洗う」の輪が、どんどん広がっていったら、いつかは、地球まるごとが、つるつるぴかぴかになっちゃうかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1519号(2007年12月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------波長が合わなくなるのです。繰り返し書いてきたことですが、私たちは、波長が合わないものを受け取ることはできません。これって、ごくごく当たり前のことなんです。 波動ということばも一般的に なってきましたが、今回は、 波長ということばを使います。私は、子どものころ、授業中に、よく、トリップしていました。(笑)気がつくと、私のこころは、校庭のポプラの木のこずえにいて、葉っぱが一枚一枚、日の光を浴びて輝くのを、あきずにながめていました。そんな私でしたから、ひとといっしょの行動をとるのは、とても苦手でした。クラスメイトは、協調性のない私のことを、あまりよくは言っていなかったようです。でも、そのことにまったく気づかないくらい(!)、クラスメイトたちの波長と、私の波長はちがったのです。 いい・悪いではないです。 私のような子どもばかり だと、授業は成立しません。波長がちがうとは、そういうことです。目の前にあっても、見えないのです。聴きとることも、感じとることもできません。あることは、わかっていても、こころは何も動きません。さて。このことを、逆の視点から見てください。あなたのまわりのこと・もの・ひとで、そのために、あなたが不快な思いをしたり、怒りを感じたりした体験はありますか?それって、単純に言うと、波長が合っているんです。わかりやすいことばで言うと、「似たもの同士」なんです。それが、見える・聴こえる・感じるということは、あなたがそれを受け取る態勢にあるということですからね。ここから先は、そのことにちょっとは納得がいくひとと、そのスバイラルを終了させたいひとだけが読んでください。(やや上級編です)あなたが感情を乱されること・もの・ひとを思い描いてください。そのこと・もの・ひとが発しているエネルギーを、判断をまじえずに、ただ、感じてみてください。それに反応してこころが動いたら、あきらかに、波長が合っている証拠ですから(笑)、そこで、選択をしてください。その波長を受け入れるのは、もうやめると、選択するのです。選択ができたら、こころのなかで、その波長を直接浴びない位置に、移動してみてください。ちょっと高いところにのぼるほうが、効果的かもしれません。 逆に、低い位置に行くと、 ちょっときついです。その位置で、もう一度、そのこと・もの・ひとを見てみるのです。まだ、こころが動くようなら、その波長のうずの圏内にいるということですから(笑)、さらに距離を置いてみます。そして、もう一度、そのこと・もの・ひとを見ます。ここまで来ると、いろいろなものが見えてきます。ちょうど、台風の目を真上からとらえているようなものです。渦中にいると、振り回されますが、圏外であれば、冷静に、その全体像が見えてきます。すると、どこが、波長の合ってしまう部分であったかも、見えてきます。おおくの場合は、「痛み」です。相手の痛みと、自分が痛みを受け取る部分が、シンクロしているのです。自分の痛みと、相手が痛みを受け取る部分が、シンクロしているのです。共鳴しあって、うずを振動させつづけているのです。あなたは、終わらせる選択をしたのですから、怖れることはありません。しっかりと、それを見ましょう。そして、静かに、その共振の輪からはずれましょう。感謝と祈りを使うと、より効果的です。「さようなら。長いあいだ、 勉強させていただいて、 ありがとうございます」「これでもう終わらせます。 あなたもおしあわせに」これは、あくまでもこころのなかのできごとです。当然、現実は変わりません。でも、同じ現実に直面したとき、あなたのありようが変わります。あなたのありようが変われば、もう、共振は起こりません。波長が合わなくなるのです。あなたはもう、そのことで、こころをわずらわされることはなくなります。そして、これはおまけですが、時間差はありますが、波長が変わると、やがて、現実も変化してきます。でも、そのときには、もう、あなたは、そのことにさえ気づかないかもしれません。何しろ波長が変わってしまったのですからね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1518号(2007年12月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------祈ります…。少し前から、ずっと、このことばが降りてきています。「祈ります…」何のために? だれにたいして?いつ? どこに向けて?わかりません。ただ、ふっ、ふっと、繰り返し、胸のうちに湧き上がってくるのです。だから、ここに書くことにしました。「祈ります…」このことばを口にした瞬間、やさしい気持ちが、胸を満たすことがわかります。さっきまでかかえていた、いらいらも、怒りも、消えていくことがわかります。「祈ります…」私の大切な家族のために…私の大切な友だちのために…私の大切な仲間たちのために…私の大切な…まだ見ぬすべてのあなたのために…。「祈ります…」幸福を…夢の実現を…健康を…おだやかな日々を…魂のやすらぎを…すべて、あなたの笑顔につながることを願って。「祈ります…」私を生かしてくれてきたすべてのひと・こと・ものに。私を生かしてくれてきたすべてのひと・こと・ものを生かしてくれてきたさらにおおきな存在のために。感謝をこめて…。「祈ります…」祈りの気持ちが、この地球を満たすなら、すべてのあらそいは、終わりを告げます。祈りの気持ちが、あなたを満たすなら、あなたの内なるたたかいもまた、終わりを告げます。その日の来ることを。「祈ります…」「祈ります…」「祈ります…」太古の昔から、だれに見られることなくそれでも打ち寄せつづける、無人の島の浜辺の波のように。だれに知られることがなくとも、ただ、繰り返さずにはいられない、そんな思いをこめて。あなたに…。あなたにつながるすべてのひとに…。あなたと私と、すべてを包みこむこの宇宙に向けて…。このメッセージを読んで、もしも何かを感じてもらえたなら、どうぞ、この祈りのひとしずくに加わってください。無心に祈る瞬間に、あなたの魂がやすらぐことを感じてください。あなたの祈りが、この地球に、宇宙に、あたたかな光として注がれることを感じてください。その光を感じながら、私もまた…「祈ります…」「祈ります…」「祈ります…」 …。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1517号(2007年12月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------準備、できてますか?この感情だけは、絶対に変えようがない。もうずっと長いあいだ、ひきずっている。そんな気持ちをもっているひとって、おおぜいいると思います。私も、もっていました。ところが、今年に入って、不思議なことが起きています。朝、目がさめてみると、その感情が消えているのです。何のきっかけも理由もなく。あれほど、こだわっていたはずなのに。絶対にゆずれないと思っていたはずなのに。影もかたちもないのです。え? え? え?という感じでした。(笑)こんなことがあるのですね。体験してみるまで、思いもよりませんでした。そして、あらためて気づきました。よくも悪くも、何かにこだわっているとき、私たちは変化しないですみます。心地よいか悪いかは別として、現状維持を保てるのです。でもね。考えてみてください。もしも、その感情が、ある日突然、消えてしまったとき、その次の準備、できてますか?かかえていたものがなくなってしまったら、次に進むしかないのです。もうそこにとどまっていることはできないのですから。そのときになってはじめて、その感情にこだわることで、自分が前に進まないことを選択していたことに気づくのです。逆にいえば、その感情をもつことで、自分を安全圏に置いていたことがわかるのです。終わってしまったことがわかったら、あとは、あらたな選択をしなければなりません。あらたな一歩を踏み出さなくてはなりません。それは、ときには、喜びでもあるけれども、同時に、不安や怖れだってたくさん生まれてきますから。だからね。こだわっている気持ちが強ければ強いほど、ときに、考えてみてください。準備、できてますか?「イエス」とこたえたあなた。あなたにも、変化のときが来ているのかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1515号(2007年12月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------相手を理解すること私のことを、おだやかだとか、怒ったりしないとか、思っているひとがいますが…、それはかんちがいです!(笑)怒ります。けんかします。というか、…しました!(爆)久しぶりのけんかでした。帰ってきてから考えました。私はなぜ腹が立ったのだろうと。ああ、お互いに、相手の話をきちんと聴いていなかったなと、気づきました。自分の意見が否定されたと感じた瞬間に、相手のことばが聴けなくなっていたのですね。怒る必要はなかったのです。私には私の考えがありました。相手には相手の考えがありました。意見が合わなければ合わないほど、相手の意見を聴くべきなのです。何がちがうのか、何がわかれば、話し合いをすすめることができるのか。その結果、意見が一致しなければ、分裂することだってありです。でも、そのためにこそ、相手を理解することが大切です。ひと晩、考えました。相手の考えを強引に変えようとしていた自分の姿勢に気がつきました。相手が反対する気持ちも、ある部分では理解できました。怒りは、すでにおさまっていました。あとは、自分がどうありたいのかを、決めればいいだけなのです。そして、それは、もう、決まっていました。怒りのなかにあるとき、自分の意見が否定されると、ほかには、道がないような気持ちになっていました。でも、冷静になってみれば、そんなことはないのです。方法がひとつしかないなんて、ありえないからです。あらたな道を選ぶときには、それなりのリスクをともないます。でも、超えられます。自分で決めて選ぶことならば、かならず、超えていけますから。気持ちはすっきりしました。私は、私のありかたを決めたのですから、あとは、相手が相手のありかたを決めればいいだけです。私はそれを尊重します。こころが決まったら、くすくす笑えてきました。久しぶりに怒ったという体験が、とても楽しいものに思えてきたからです。自分の考えをはっきりさせることができたのは、自分の思いをあますところなく相手にぶつけたからこその結果だったのです。ほんとに、マイナスのことって、ひとつもありませんね。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1514号(2007年12月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------たんすにしますか? 猛犬にしますか?ちょっと、この計算をしてみてください。 3 + 11 + 6 = …はい。こたえは、20ですね。私たちの脳みそは、非常に優秀にできていますから、このくらいの計算は、瞬時にできてしまうのです。でも、脳みそがあまりに頭がよすぎるために(日本語、変?)(笑)私たちは、いらぬ思考までもかかえこんでしまいます。まだ起きてもいないことへの不安、心配、怖れ…。もう過ぎてしまったことへの後悔、こだわり、罪悪感…。そして、自分以外のもろもろのひと・こと・ものとの関係について…。考えれば考えるほど、行き詰まってしまって、どうしていいかわからなくなります。何をどうしていいのか、決められなくなります。そんなときには、本当は、脳に、ちょっとお休みをしてもらうといいのです。でも、頭がいいうえに、はたらきものの脳みそは、ちょっとやそっとでは、休んでくれません。「頭で考えないように しようとしても、 どうしても 考えてしまうんです」おおくのひとがそう言います。今日は、そのための特効薬をさしあげます。まわりを見回してみて、ひとりでは、とうてい持ち上げられないと思えるものを、見つけてください。たんすでも、冷蔵庫でも、バイクでもかまいません。(^^ゞそれを、がんばって、持ち上げてみてください。持ち上がったら、それをもって、別の場所に移動させてみてください。腕がびりびりしびれるかもしれませんが、なんとかがんばって、やってみてください。で、ここで実験です。それをやりながら、もう一度、あの計算をしてみてほしいんです。 3 + 11 + 6 =記憶をたどるのではなく、その瞬間に計算するんですよ。やってみるとわかりますが…できません。(きっぱり)ほんとに、笑っちゃうくらい、何も考えられません。(^○^)できるひとがいるとすれば、もっているものが軽いのか、あるいは、おそろしく超頭脳明晰なひとです。おわかりですか?あなたが、頭でっかちに悩みそうになったとき、その脳みその支配に打ち克つ唯一の方法がこれです。からだを極限まで使ってみるんです。長くやりすぎるのは、からだに悪いですから、ちょっとでいいんです。大切なのは、方法ひとつで、脳みその支配から、のがれられるってことです。そのことに気づいていてほしいのです。え? 悩んでいるときに、たんすなんか持ち上げる気分になれない、ですか?そういうかたは、「猛犬注意」の札のあるご近所の家に行って、その犬の鎖をはずし、しっぽを思いっきり踏んでみましょう。次の瞬間、あなたは、世界のトップアスリートも顔負けのスピードで、走り出しているでしょう。そのとき、あなたは、絶対に悩んでなんかいません。(爆)冗談っぽく書いてきましたが、お伝えしたかったことは、からだの感覚もお忘れなくっていうことなんです。よく言われるように、落ちこんでいるときでも、空を見上げて歩くだけで、気持ちって変わるんです。からだひとつで、こころも変わることができるんです。そして、からだを変えてみたあとで、思いもかけないあたらしいアイデアだって、生まれることがあるんですよ。さあ、レッツトライです。たんすにしますか?猛犬にしますか?(爆)あなたのお好みでどうぞ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1513号(2007年12月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------名前をつけてみる。10年近く前から、私が主宰して、つづけている脚本の研究会があります。年1回、講師をおまねきして、各自が、作品を出しあって、合評しあう勉強会。そこから発展して、自分たちだけで、合評をおこなう勉強会合宿。さらに、講師に、戯曲論を徹底的にお聴きする研究会。年を追うごとに、少しずつ、活動の幅が広がってきました。こんなマニアックな会なのに、参加者は、途切れません。集まって、本音で語れることが、楽しくて、楽しくて、ただそれだけでつづけてきたのです。ところが、この秋の合宿のとき、メンバーのひとりが、急に言い出しました。「会の名前を決めましょう」そうなのです。実は、会には、名前がなかったのです。(^^ゞですから、会費も規約もありません。そのつど、声をかけ、そのつど、集まっては、必要経費を出しあって、つづけてきた会だったのです。「ほんとだ。名前がなかったね」思わず、顔を見合わせて、笑ってしまいました。それから、あれこれ話し合い、最終的につけた名前が、「澪」(みお)船の行く先を示す澪のように、脚本の書き手にとって、ひとつのしるべになるような会でありたい。文字のなかに「ゼロ」を含む、その名前のように、いつでも原点にもどれる気持ちを大切にしたい…。そんな思いをこめました。それから、数か月。「澪」の名前を使うことに、少しずつなれてきたころ。思いがけない企画の話が飛びこんできました。いまは明かせないけれど、まさに、「澪」の名前にふさわしい企画です。それなりに予想される困難と、その困難を超えるだけのわくわくが、胸のなかにふくらみました。「やりましょう」おおきくうなずいていました。ただの偶然かもしれません。趣味の延長でやってきた会に、名前をつけただけ。でも、そこから、はっきりと、方向性をもって、会は動きはじめているのです。もしも、あなたが、前に進みたくて、でも、もうひとつ動き出せないもどかしさを感じているのなら。名前をつけてみる、というのも、ひとつの方法かもしれません。その名前のままに、考え、行動してみるのです。ええ、やってみて、ぴったり来なければ、名前を変えてみればいいだけです。何度でもやり直してかまわないのですから。あるいは、毎朝、目が覚めたとき、その日の自分に、名前をつけてみるのも、おもしろいかもしれません。今日は、こんな自分を生きてみよう。今日は、ちょっとちがった名前を体験してみよう。そんなことからも、前に進むきっかけや、自分が本当にやりたいことが、見えてくるかもしれません。名前をつけてみる。一円もかからずにできる、パワーアップの方法です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1512号(2007年12月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------背すじ、伸びてますか?つい最近、大変美しい姿勢のかたに出会いました。すっと、まっすぐに背すじが伸びているのです。かといって、よぶんなちからも入っていません。ごくごく自然体でいて、その背すじなのだということが、ひとめでわかりました。思わず、見ほれるほどに、美しい背すじでした。詳しい事情は省略しますが、それはまさに、そのひとの生きかたの反映のような気がしました。そうです。ことばのとおり、「すじがとおって」いるのです。そのような生きかたをされてきたかたなのです。そんなひとですから、目も、まっすぐに、射抜くようなちからづよさがありました。かといって、けっしてこわいわけではありません。声も凛として、はりがあり、聴いているだけで、それこそ姿勢が正される思いになりました。あらためて、ああ、生きかたがつくった姿勢なのだ、目なのだ、声なのだ…。そう思いました。果たして、自分の姿勢は、どうであろうかと、振り返らずにはいられませんでした。背すじ、伸びてますか?ちぢこまり、まるまった背中では、遠くを見やることはできません。うつむき加減の姿勢では、エネルギーを全開にすることもできません。ひとと真正面から向き合うことも、広く、まわりを見まわすこともできません。呼吸が浅くなり、気持ちもふさぎがちになります。あなたの姿勢、それがそのまま、あなたの生きかたにつながるとしたら、どのような姿勢でありたいと思いますか?背すじを伸ばしてみたくはなりませんか?ええ、単に、気持ちだけではありません。いま、この瞬間に、背すじを伸ばしてみるのです。その瞬間から、あなたの生きかたが、変わるのです!品のある、きりりと美しい笑顔を見せて、そのかたは、すっと、立ち上がりました。その美しい姿勢のまま、杖もなしに、歩き去られました。御年、98歳。激動の時代を生き抜いてきた、奇跡のようなうしろ姿でした。その年に追いつくまで、まだ○○年もの時間があります。果たして、あのような生きかたができるものか、かなりの不安はありますが(笑)。追いかけたい目標ができました。思わず、背すじが伸びました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1511号(2007年12月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.20
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------楽しんで、声を出してください。中学時代から演劇をはじめた話は、何度も書いていますが、実は、1年間だけ、演劇のできない時期がありました。受験生のとき? ブー。超田舎の学校だったので、中学校では、3年生の3月まで、高校でも、3年生の12月まで、演劇をやっていました。(笑) 大学に落ちたのが、そのせい かどうかはわかりません。(^^ゞ中学2年生で転校したら、演劇部のない学校だったのです。中学1年生のとき、はじめて演劇部に入部し、ようやく、演劇のおもしろさが、わかりかけていた時期でした。演劇ができない毎日は、とうてい耐えがたいものでした。そこで、せめて、ひとりで、発声練習だけでもしようと思い立ったのです。さすがに、ひとのいる時間帯は恥ずかしくてできません。 いまなら平気ですけどね。(笑)早朝7時、まだだれもいない学校に行き、体育館のステージで、30分間、発声練習をしたのです。いまとちがって、学校警備など、まるで必要ない時代でした。正門がしまっていても、用務員さんの出入りする通用門は開いていました。そこから入り、ステージで、たったひとり、30分間。テキストは、好きな脚本の一節や、前からノートに書きためていた名言・名句や詩、短歌など。好きなことばばかりなので、気持ちも自然にこもります。声も、伸び伸びとしたものになります。それに、だれもいない体育館のステージを、ひとりじめできるのは、とても気持ちがいいのです。広い体育館のすみずみまで、声を届かせると、まるで、本物の舞台に立って、スポットライトを浴びているような気持ちになりました。北海道でしたから、酷寒の冬は、ぴりぴりと寒さがこたえましたが、その透明な澄んだ空気のなかで、声を出すことも、また楽しかった記憶があります。翌年、先生に強引に頼みこみ、演劇部をつくってもらってからも、この習慣は、つづきました。そう、毎朝7時に登校しては、他の生徒たちがまだやってこない時間帯に、発声練習をするという。大学受験を前に、やめるまで、この習慣は、5年間つづきました。その後も、専門に声の訓練をしてきたわけではありません。でも、おかげさまで、声のメルマガを発行したり、(終刊)自分自身の声による、メッセージトークCDを作成できたりしたことも、あの5年間の蓄積が、支えになってくれたのかもしれません。あのとき、私は本当に楽しんで声を出していました。だれにも気がねせず、好きなことばを、好きなだけ、好きな言いかたで、表現することができました。それが、ある意味で何よりも、私の「先生」になってくれたのかもしれません。ひとは、こころから、楽しんでいるときには、よけいなちからは自然に抜けています。リラックスして、いい表情で、いい声になります。楽しんで、声を出してください。楽しんでいる自分の声を、好きになってください。そうすると、ますます、あなたの声が輝きます♪あなた自身が、輝きます!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1510号(2007年12月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------大掃除をすればよいのです。あなたは、幸福に生きたいと思いますか?幸福に生きるために、とてもシンプルで、効果的な方法があります。それは、自分を幸福にしない考えかたを採用しない、ということです。え?「それができたら苦労しないよ!」ですって?でも、あなたは、出かけるとき、玄関に鍵をかけるでしょう?入っていただきたくないかたには、おことわりする権利が、私たちにはあるんですよ。その意味で、あなたを苦しめる被害者意識や、無力感は、住んでいただきたくないのに、勝手に住み着いてしまった居候さんかもしれません。 あるいは、貧乏神?(笑)ここは、ひとつ、思い切って、出ていっていただくことにしませんか?あのかたがたは、配慮というものを知りませんから、あなたが言い出さなければ、そのままいつづけるでしょう。もちろん、あなたが、一緒に住みつづけたいというなら、別ですけど。さあ、どうします?ここは、あなたの家なんです。だれが住むか決めるのは、あなたの権利ですからね。チッチッチッチッ…。(シンキングタ~イム★)チーーーーーーーン♪はい。ここから先は、あのかたがたに出ていくことを希望されるかただけ、読んでくださいね。実は、こたえは、簡単です。大掃除をすればよいのです。はい。大掃除です。あのかたがたは、じめじめして、暗いところが好きなんです。古いものが、打ち捨てられて、かびたりしているところに、好んで、棲息するのです。何度も取り出されるわりには、きちんと整理もされないで、まるめられているもののすきまに入りこむんです。 (うっ、だれかみたい)(爆)だから、掃除をするんです。窓を開けて、光を入れて、風を当てて、流れをよくしましょう。せっかくだから、お気に入りの音楽なんかもかけましょう。お掃除って、最初は面倒でも、やっているうちに、だんだん楽しくなってきますよね。いらないものを捨てて、汚れたものを洗って、散らかったものを、いっこいっこ片づけて…。あなたのこころのなかの、いらなくなった荷物を、この際、全部、ごみに出してしまいましょう。あたらしい雑巾を出して、洗剤も、景気よくあわ立てて、鼻歌まじりにこすりながら、垢を落としてしまいましょう。仕上げに、さらっと、アロマエッセンスなんか振りかければ、ばっちりです。そして、気分がすっきりしたところで、満面の笑顔で、こう言っちゃいましょう。「今日は、サイコー!」ジャンプしながら言うと、さらに効果はあがります♪あなたのすがすがしい笑顔ほど、あのかたがたが、苦手なものはありません。あなたが笑顔になればなるほど、あのかたがたは、居心地が悪くなります。しかも、笑顔を見るたびに、なぜか、パワー切れしてきます。ある日、とうとう、荷物をまとめて、こっそり出ていってしまいます。(笑)ええ、玄関に、しっかりほうきを逆さに立てて、お見送りしてやってください。名残惜しそうに振り返ったら、とびきりの笑顔で、こう言ってやるんですよ。「おとといきやがれ!」(爆)おおといは、すでに終わってます。あのかたがたも、二度と、やってくることはありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1509号(2007年12月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------完全なる復讐を遂げるのです。誰かに傷つけられたとき、こころは痛みます。その痛みを超えることができないとき、被害者意識は生まれます。さて、この被害者意識。かなりやっかいなものです。もっているだけで、こころがしくしく痛みます。気持ちが落ちこみ、エネルギーがうばわれます。そのくせ、自分からはなかなか手放すことができないのです。そこで、今日は、ちょっとカゲキなオススメです。このメルマガをお読みのかたは、脳は、空想と現実を区別できないということをご存知ですよね?梅干しを想像しただけで、食べてもいないのに、唾液が出てくる…あれのことです。被害者意識克服のために、今日は、それを活用します。何をするかって?「悪魔に魂を売る」のです。(きゃー)もちろん、イメージですよ。(^^ゞ宇宙最強!の悪魔を目の前に、呼び出してください。なるべく、おどろおどろしく、強そうなのがいいですよ。 ここ、ポイントですから、 じっくりイメージして!その、悪魔のパワーを借りて、あなた自身が、悪魔となって、あなたを傷つけた相手にたいして、完全なる復讐を遂げるのです。まずは、相手をつかまえます。悪魔ですからね。簡単です。そして、おどろおどろしいあなたの悪魔姿を、たっぷりと見せつけ、恐怖を与えましょう。相手が怖れ、おびえ、おののき、あなたの前に、ゆるしを乞うて、ひざまづくのを見てください。 このとき、相手の姿を、 ちいさく設定すると効果的!もちろん、ゆるすなんて選択肢は、悪魔にはありません。ましてや、被害者のことばなど、言ってはいけませんよ。あなたは、もはや、圧倒的優位に立っているのですから!さあ、あとは、あなた次第です。どんな責め苦を与えますか?巨大化して、その足の下に踏みしだくのもいいですね。ゴジラのごとく、炎を噴いて、焼き尽くすのもいいでしょう。地獄絵図さながらに、水責め、針の山、かまゆで、炎熱…、やりたいだけやってください。ポイントは、容赦しないこと。何しろ、あなたをあれだけ苦しめた相手なのですからね!すっかりボロカスになるまで、存分にやり尽くし、とどめをさしてください。(きゃー)最後は、手のひらに乗せて、息を吹いて、宇宙の果てまで飛ばしてしまうのもいいでしょう。なんだったら、こえだめに逆さ漬けにしたっていいんです。(ええ、人間の尊厳なんて…)(爆弾発言)さあ、やりたいだけの復讐を、すべてやり尽くしましたか?やり尽くさない限り、途中でやめてはいけませんよ。あなたに、からだを貸した悪魔が、欲求不満になって、あばれだしますからね!完全に、復讐を遂げたなら、悪魔にからだを返して、もとの自分にもどってください。そして、鏡のなかの自分を見て、笑ってみてごらんなさい。エネルギーを感じませんか?脳には、さっきのあなたの行動が、そのイメージが、すでに、強烈に、インプットされています。もはや、そこにいるのは、被害者のあなたではないんです。けれども、悪魔でもありません。エネルギーそのものには、もともと、善悪はありません。ただ、どの方向に向けるか、だけのことですから。被害者であったときのあなたは、そのエネルギーを、自分を責めることに使っていました。だから、イメージを使って、終わらせてみたのです。ボロカスになった相手は、あなたにとって、怖れる対象ではありません。そんなくだらない相手にこだわる必要はないんです。そしたらね、残されたエネルギーを、今度は、もっと、前向きな方向に使いましょうよ。もう何でもできちゃうあなたが、そこにいますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1508号(2007年12月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そのまま声にあらわれます。私のやるワークのなかに、「ばかやろう」のワークというのがあります。これ、読んだ瞬間にツッコミたくなるひとが、いるかもしれませんね。「マイナスことばを使うと、 マイナスのことが起きるよ」って。でもね、すべてがそうとは、かぎらないんですよ。少し前のワークショップのこと。集まった参加者の声のちいささが、とても気になりました。半数以上のひとが、かぼそい、ちからのない声をしているのです。そこで、久しぶりに、「ばかやろう」のワークをやってみることにしました。2人組で、片方が相手に向かって、「ばかやろう」と叫ぶのです。ただ声に出すだけではありません。声で、相手に「パーンチ!」というイメージをもってやるのです。私と組んだ男性は、「ばかやろう」と叫ぶ声が、いつも、私の手前で止まってしまうのでした。音は聴こえているのですが、ちっともひびいてこないのです。何度か聴いているうちに、そのひとが、語尾のところで、息を抜いてしまうことに気がつきました。「ばかやろ」までは、私のところまで届くのですが、「う」の瞬間に、そのまま、下に落ちてしまうのです。これでは「パーンチ!」になりません。(笑)「じゃあ、私がやってみるね」私は笑って言って、そのまま、一歩踏みこんで、叫びました。「ばかやろう!!」…くだんの男性、思わず、ふらっと、よろめきました。「(痛)…来ました」(爆)声とこころは、つながっています。ひととのかかわりの弱さも、そのまま声にあらわれます。やさしいけれども、相手にまっすぐにぶつかりきれない、そんなひとが、いま、増えているような気がします。あれこれやってみたあと、参加者に、感想を聴いてみることにしました。すると、一様に、「すっきりした」という声がかえってきたのです。そうですよね。あれだけ、思い切り声を出したのです。実際、さっきよりもずっと、表情が生き生きしています。ああ、自分のなかに、たくさん、たくさん、ためこんでいたんだなあ…。そんなふうに感じました。声を思い切り出すことで、その一部でも、解放してあげることができるんです。存分に「ばかやろう」を言い合ったあとは、「ありがとう」を、たっぷりと伝えあいます。今度は、「パーンチ!」ではなく、やさしく、包みこむように♪「ばかやろう」で、深い息ができるようになったみんなは、本当に、やわらかい「ありがとう」を交換しあうことができたのです。「ばかやろう」を言い切れなかった男性は、最初は、「ありがとう」も、同じように、声が手前に落ちてしまいました。「息に乗せて、そのまま、 私の胸のなかに流しこむ イメージでやってみて」今度は、うまくいきました。声が、すっと、私のなかに入ってきたのです。その瞬間、男性の顔も、ばっとかがやきました。よかったね。その調子だよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1507号(2007年12月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------終わらせることができますか?12年つとめた、中学校の演劇部外部指導員の仕事を、この3月に辞めました。何度か書いてきましたが、さまざまな仕事が増えるなかで、充分な時間を割いてあげることができなくなったからです。メルマガで告知をし、数人のひとが立候補してくれました。相談のうえ、最終的にバトンタッチしてくれたのは、大学卒業2年、地域で子どもの演劇活動にかかわる、笑顔のすてきな青年です。たまたま面識はあったものの、どんな劇をつくるのか、どんな指導をするのかもよくは知りませんでした。でも、辞めると決めたときから、決意していたことがありました。「すべてをゆだねよう」と。2か月ほどの期間を経て、正式に交代したあとは、ただの一度も、稽古を観にいきませんでした。私に比べれば、はるかに、中学生の年齢に近い彼。技術の優劣を超えて、生徒とつながっていってほしいという強い願いがありました。秋。ぜひ、公演を観に来てくださいと、顧問の先生から連絡をいただきました。半年が経っていました。ホールのドアを開けると、ちょうど劇がはじまったばかり。なつかしい顔ぶれが、舞台の上で演技をしています。いいお芝居でした。うまい・下手ではなく、存分に、舞台を楽しんでいることがわかりました。はじめて出会った一年生のころが、思い出されました。時間のないなか、ついつい、叱ることを優先してしまった日々のことを思い出しました。そんな自分がいやで、辞める決意をした日のことを思い出しました。半年のあいだに、生徒たちは、あたらしい仲間と、指導者と、あたらしい時間を、しっかり、つむいでいたのです。私の居場所はありませんでした。居場所がないということを、静かに、幸福に思いました。ちょっぴり、涙はにじみましたけれど…。(^^ゞ私の人生の哲学のなかに、こんなことばがあります。「ひとは、必ず死ぬ」単にいのちの終わりだけをさすのではありません。どんな組織でも、関係でも、終わるときは必ずきます。そのときに、どれだけいさぎよく手放せるか。その意味で、死は、最高の手放しの方法なのです。死んでしまえば、あとは、何もすることはできません。だとしたら、生きているあいだにも、それを応用すればいいのです。自分がやれるだけのことをやったと思ったら、あとは、まかせるしかないのです。その先がどうなっていくか、それは、もはや、私の、そして、あなたの仕事ではありません。こんな考えかたは、無責任に感じられるでしょうか。でも、ある意味で、そこには、究極の信頼がもとめられます。ゆだねた以上は、絶対に、執着しないといういさぎよさ。もとめられたときにはじめて、応援者の立場で、そのひとに必要なメッセージを送る勇気。だって、それができなければ、手放したとは言えませんから。人生は、つねに選択の連続です。終わらせるという選択もまた、とても大切な局面なのです。あなたは、ちゃんと、終わらせることができますか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1506号(2007年12月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------それは、あなたのパターンです。AさんとBさんのあいだで、人間関係のねじれが起こりました。成り行き上、二人の話し合いに立ち会うことになりました。Aさんは、見るからに押しの強いタイプ。引き換え、Bさんは、どちらかというと、あまり、強く自己主張しないタイプです。まずは、Bさんの言いぶんを聴くところからはじまります。Bさんは、ねじれが起きるもとになった、できごとについて、詳しい事情を話しはじめます。ゆっくりとていねいな話しかたです。ところが、途中で、Aさんが、性急に、口をはさみました。「いま言った、○○について、 自分はこうじゃないかと思う」Bさんは、困った顔をして、一瞬口ごもりましたが、それについての返事をし、また、もとの話のつづきをはじめました。すると、また少し経って、Aさんが、口をはさみました。そんなことが、二、三度繰り返されました。そこで、ようやく、私が割って入りました。「Aさん。Bさんは、話の途中で、 ことばをはさまれるのが、 しんどいように見えますよ」Aさんは、こたえました。「でも、疑問に思ったことは、 その場で確認するほうが いいと思いますから」それは、まちがいではありません。でも…。私はこたえました。「それは、あなたのパターンです。 Bさんには、 Bさんのパターンがあります。 あなたが話しているときには、 その方法でかまいませんけど、 いまは、Bさんが話している のですから、Bさんの パターンにしたがってください」私の口調が、やや強かったこともあるのでしょうが、Aさんは、それからは、だまって、最後まで話を聴いてくれました。Bさんも、ほっとしたようで、話を進めることができました。そして、何度も、いきさつを確認したのち、一応の解決を見て、話し合いを終えることができました。さて、今日のメッセージは、自戒をこめてのことばです。ついつい、自分の方法が、すべてだと思ってしまっていないでしょうか。そして、無意識のうちに、相手に、自分の方法を押しつけていることはないでしょうか。 書きながら、「あいたたた」と、 のたうちまわっております。(爆)こうしたことを意識できるようになると、話し合いを、よりスムーズにすすめられるようになります。まず、話し合う前に、あらかじめ、お互いのもっているパターンを、確認すればいいのです。質問が生じたときには、その場でするか、あとにするか。何か、合図があったほうがいいのか。どのような表現をされると、気持ちが落ちてしまうのか。どのような表現であれば、前向きに話しやすくなるのか。結論を先に聴きたいのか。プロセスが知りたいのか。そういうことって、びっくりするくらい、ひとによって、パターンがちがうんです。そこに気づかないために、さらにくいちがいを生んでしまうこともあるのです。ひととひとのコミュニケーションは、大切にしようと思うだけでは完全ではありません。こんなふうに、ミモフタモナイくらい、具体的に打ち合わせたほうが、有効なこともあるんです。「あのひとは、話が通じない」「やりかたが気に入らない」そんなふうに感じたときは、たまたま、そのひととあなたの、パターンがちがっているせいだけなのかもしれませんよ。まずは、あわてずに、きちんと確認してみましょう。そして、お互いが納得のいく、方法を提案してみましょうよ。話は、それからでも、遅くはないと思いますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1505号(2007年12月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------大切なのは、いま、この一歩です。70代なかばの、演劇関係の友人が、インターネットに参入したのは、今年の6月のことでした。昨年から、携帯メールは使うようになっていたのです。演劇仲間と連絡をとりあう際に、パソコンが使えないために、添付メールを受け取れないなど、何度か不便な思いをしました。そこで、今年に入っての宣言です。「パソコンを買いました! 買ったからには、はじめます!」そこから先は、あれよあれよの展開です。娘さんに教えてもらいながら、一つひとつをクリアしていきます。10行足らずのメールを「書くのに1時間かかりました」「目が疲れました」と、言いながらも、わずかの間に、どんどん上達していきます。「今回は、○○に挑戦してみます」「これで、○○のやりかたが わかるようになりました」いただくメールの、実に、はつらつとしていること。読んでいて、自然に、にまにましてしまいます♪そして、これはおまけなのですが、なまじ、遅れての参入のため、すべてが最新バージョンなのです。(笑)先日も、あるデータを、複数の仲間に送ったところ、たまたま、最新バージョンの形式だったため、ほとんどの仲間は旧バージョンのせいで、ひらけず。ただ、その彼女だけが、早々にお返事をくださったのです。(^^ゞ思わず苦笑してしまいました。でも、思うに、これって、ちゃんと、素地があるんですね。くだんの彼女、実に、趣味多彩なのです。演劇鑑賞、脚本創作はもとより、お習字、お琴、その他もろもろ、学びへの意欲の高いこと!それも、若いころからやってきたことばかりではありません。60代、70代になってから、はじめたことも少なくありません。会うたびに、いつも、笑顔がまぶしく輝いています。わからないことがあると、つねに、「それってどういうこと?」と、たずねることをためらいません。仲間といっしょに、観光地を数時間まわったときも、一番、しゃきしゃき歩いていたのも、彼女でした。きたえかたがちがいます。(笑)ひとのありようは、こころがつくるのだなあと、あらためて思いました。その積み重ねが、人生をつくるのだなあと、しみじみ、思いました。大切なのは、いま、この一歩です。一歩一歩の前向きな積み重ねが、何をかたちづくってくれるかを、70代なかばの彼女が、その生きかたをもって、教えてくれます。負けていられませんね!(^o^)丿(勝ち負けじゃないんですけど)(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1504号(2007年12月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------止めるなんて、もってのほか。子どもたちとワークをしていると、しょっちゅう、「脱線」をします。それも、意図的に「脱線」します。ときには、リーダーである私の言うことと、わざわざ反対のことをやりたがったりします。(^^ゞそんなとき、どうするか?だまって、ついていくのです。ええ、注意したり、止めたりなんかしません。ただし、ポイントがあります。しぶしぶ、がまんして、ついていくのではないのです。にこにこ、おもしろがって、わくわくしながら行くのです。子どもたちは、遊びの達人です。本当は、いちいち、ワークをする必要なんかないのです。ただ、たまたま、最近は、集団で遊ぶことに慣れていなかったり、ひととの関係を結ぶのが、苦手だったりする子どもが増えています。そんなとき、きっかけをつくってあげるおとなは、いたほうがいいのです。ワークが意味をもつのも、そんなときだと思います。けれども、子どもたちが、少しずつ、集団に慣れて、ひととかかわることができるようになったとき。遊びを楽しめるようになったとき。「脱線」がはじまります。そうです。実は、「脱線」は、子どもたちの本来の感覚が、呼び覚まされてきた証拠なのです。おとなの示す枠になんか、はまっていられない、それこそ、子どもの内なるエネルギーが、むくむくと、湧き上がってきた証拠なのです。だから、注意なんかしません。止めるなんて、もってのほか。「へえ、じゃあ、それやって」そう言うと、子どもたちは、ばっと、目を輝かせます。そうそう、この目♪おとなの誘導にしたがって、おとなの予想どおりに動くなんて、子どものすることじゃありません。(笑)どこまでも、ついていこうじゃありませんか♪おもしろいもので、子どもは、おとなが止めると、わざと反対の行動をとりたがります。でも、おとながいっしょになって楽しむと、ちゃんと、どこかで、終わるころあいを見つけてくるのです。さんざんあばれたあとで、急に、「次、何するの?」なんて、もどってくることもあります。あばれていても、だんだん、エネルギーが落ちてくるので、「おーい、どうする? まだやる?」と聴くと、「もういい」なんて、終了宣言をしたりもします。どのみち、子どもを完全にコントロールしようなんて、疲れることは、やらないほうがいいのです。たとえは不適切ですが、(詫!)放牧中の羊!を見るくらいの気楽さで、楽しく、危険なく、遊べる状態をキープしてあげるくらいがいいのです。 まあ、放牧しているものが、 もっと凶暴な場合は、(^^ゞ 多少のコントロールも 必要かもしれませんが…。今日お伝えしたかったことは、もしかしたら、子どもだけのことではないかもしれません。私たちは、もっともっと、お互いを信頼して、まかせあったほうが、うまくいくような気がするのです。子どもたちとのかかわりから、そんな気づきをもらいました。それを今日は、あなたとシェアしたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1503号(2007年12月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------1年・5年・10年。少し前に、あるセミナーで聴いたことばです。「1年後は成果が見えなくても、 5年後にはちゃんと見えている。 5年後にはまだ見えなくても、 10年後にはちゃんと見えている」ああ、いいことばだなと思いました。何かを志していて、つまずきそうになるとき、私たちは、つい、目先ばかりを見がちになるからです。たとえば、目の前の集客がうまくいっていない…。目の前の成績(業績)が、思うように伸びてくれない…。目の前の人間関係が、スムーズにいってくれない…。そんなとき、自分のやってきたことすべてが、失敗のように感じられるのです。自分には才能がない、だとか、しょせんはこの程度なのだとか。そんな気持ちになるのです。でもね。そんなときだからこそ、振り返ってみましょうよ。1年前、何をしてました?5年前は、どうでした?10年前は…?10年前の私は、まだ、辞めた仕事に執着し、こわれた人間関係をうらみ、こころの闇をさまよっていました。いまの私が見たら、「おいおい」って、肩をたたいてあげたくなるほどです。(^^ゞ5年前の私は、少しずつ、あたらしい方向を見いだそうとしていました。でも、まだまだ途上でした。うまくいかないことのほうが、ずっと多かったように思います。 このメルマガも まだはじめていませんでした。1年前の私は、自分の進みたい方向が、ずいぶんはっきりしていました。やってきたことが、一つひとつ、実を結びはじめている時期でもありました。だから、ね。いまの自分を否定的に見そうになったら、どうぞ、思い出してください。私たちは、変化する存在です。それを確認するために、1年前を振り返ってみてください。5年前を、10年前を振り返ってみてください。もちろん、必ずしも、順風満帆に、進んではいない場合もあるでしょう。でも、気がついてほしいのは、私たちは、必ず変化している存在だということです。もしも、仮に下り坂にいるとしたら、次には、上り坂が待っているということ。もしも、上り坂にいるとしたら、下り坂に向けての準備をしていけばいいだけのこと。けっして、いまだけに固着して、見る必要はないのです。私もいま、いくつかの、実現が大変と思われるプランをかかえています。それが達成できるには、まだ越えなくてはならない山が、いくつもあるでしょう。でも、1年前には、それをどう解決しようかと、具体的に考える段階にさえいなかったのです。5年前には、そんな問題には、目すら届きませんでした。10年前には、そもそも、そうしたことにかかわるとは、まったく思っていませんでした。だから、いま、困難をかかえていても、この困難をかかえられるだけの自分に、10年かけて育ってきたんだなと、思うことができるのです。そしたら、1年後、5年後、10年後、またちがう段階にいる自分が、想像できるのです。だから、覚えておきましょう。1年・5年・10年。あなたが行き詰まったときに、思い出してみる数字。そこから、どうぞ、勇気を受け取ってください。あなたは、これまでも、変化しつづけてきたし、そして、これからも変化できる存在なのだと!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1502号(2007年12月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------あとは、あなたの覚悟だけです。ひとと比べて、自分の足りないところ、恵まれていないところが目につくひとがいます。そんなひとにかぎって、「○○さえあれば…」と、願うひとがおおいようです。今日は、ちょっといぢわるを覚悟で言っちゃいます。「それ、手に入れて、 本当に、大丈夫?」たとえば、もっとお金があったら、幸福になれると思っているひとがいるとします。このひとのもとに、突然、三億円がころがりこんだら、どうなるでしょう。「誰かが、本当に自分を 愛してくれたら」と、願うひともいます。このひとの前に、突然、超スーパーすてきなひとが現れて、交際を申しこんできたら、どうなるでしょう。「○○の才能があったら」と、思うひともいます。このひとが、ある朝、目が覚めたら、その才能が身についていたと知ったら、どうなるでしょう。こたえは、みんな同じです。最初のうちは、幸福感の絶頂を味わうでしょう。夢のような気持ちに、満たされるでしょう。でも、それは、残念ながら、長つづきはしません。次にやってくるのは、「怖れ」だからです。大金を手にしたひとは、それを管理する方法を知りません。いつなんどき、盗まれるかもしれない、だまされてうばわれるかもしれないと、疑心暗鬼におちいります。最高の恋人を手に入れたひとも、この恋人が、いつまでもずっと、自分のことを愛してくれるかどうか、そのことを思うと、不安でたまらなくなります。ひとは、手に入れられないものを渇望する苦しみよりも、手に入れたものを、手放すことの苦しみのほうが、おおきいことに、なかなか気づかないのです。才能を得たひとも同じです。その才能が、突然得られたように、突然、なくなってしまう日がくるかもしれないと思うと、朝、目覚めることが恐怖になってしまうでしょう。結局、自分で、必要なプロセスを経て、手に入れたものでなければ、安心して、受け取ることはできないのです。そして、あなたにちゃんと、その準備ができたならば、それは、いつか自然に受け取っているものなのです。そしてね。今日は、もういっこ、いぢわるを言いますよ。(^^ゞひとと自分を比べて、落ちこむタイプのひとのおおくは、それを本気で手に入れるだけの努力をしていません。3億円のお金がほしければ、3億人のひとから、1円ずつもらえばいいのです。 たとえ話ですから、 かかる経費は無視します。(^^ゞ誰かに、愛されたいとねがうひとは、本当に、真剣に、自分から、誰かを愛したことがあるでしょうか。捨て身で、自分の思いを伝えたことがあるでしょうか。才能を得たいというひとは、そのために、(たとえば)トップアスリートが、積んでいるような訓練をやってきたのでしょうか。 スポーツ以外のことでも すべて同じです。今日は、本当は、もっと、やさしいメッセージを書くつもりでいました。自分を抱っこしてくださいね。よしよししてくださいね。それからですよ…って。実際、そういうメッセージが、必要なこともあるのです。そういうメッセージを、たくさん書いてきたのです。でも、今日は、それはやめます。代わりに、ガツンといきます。ひとと自分を比べて、しかも、落ちこんで、何かを得られたり上達したりすることは、絶対ありません。そんなひまがあったら、それを達成するために、いま、自分ができることを、本気で、ひとつ、やりなさい。本気で、ですよ。そこが、かんじんですよ。そして、それを、少なくとも、3か月はつづけてごらんなさい。もしも、それをやらずに、相変わらず、ひとと自分を比べつづけているならば、あなたは、実は、その状態にいることが、心地よいのです。もっと言うと、努力してもできないかもしれない自分を見ることが怖いのです。そのくらいなら、いまの自分を否定しながら、あえてそのままでいるほうが、楽なのです。さあ、覚悟はできましたか?どちらの人生をえらびますか?本気で前に進むことを避けて、ひとをうらやみ、自分をおとしめつづける生きかたですか?どんなにちいさな一歩でも、自分でえらびつづけて、前に進んでいく人生ですか?ときは、すでに満ちています。あとは、あなたの覚悟だけです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1501号(2007年12月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「物語」なんです。「どうしても、 ひとと自分を比較してしまう」そう言って、悩んでいるひとがけっこういます。でもね、実は、比べること自体は、問題でもなんでもないんです。だって、そうでしょう?ここに、りんごとみかんがあって、りんごのほうが、おおきいなとか、みかんのほうが、やわらかいなとか、感じることは、自然のことです。でも、そこで、普通、「りんごのほうが おおきいから価値がある」とか、「みかんのほうが、 やわらかいから、すぐれている」なんて、思わないですよね?と、ここまでは、これまでも繰り返しお話ししてきたこと。今日は、もう一歩踏みこんでみることにしましょう。ひとと自分を比べて、そこに判断や評価をつけるとき、たいていは二つに分かれます。「自分のほうがすぐれている」「相手のほうがすぐれている」実は、ここまでも、まだ、問題ではありません。自分がすぐれていると思ったら、「ふっふっふ」と、自信をもてばいいだけだからです。相手がすぐれていると思ったら、「よっしゃ、やるぞ!」と、自分を奮起させればいいのです。 あるいは、そのフィールドから 撤退するか、だけですよね。私たちが、そこで振り回されるとき、私たちのこころのなかには、瞬時に「物語」が生まれているのです。「私だって、一所懸命やっているのに、 なぜ、あのひとばかりが…」これ、「物語」なんです。それも、「自分だけが報われない物語」なんです。(笑)なぜ、「物語」というのか。あなたは、本当の意味で、事実を知らないはずなのです。自分の一所懸命と、そのひとの一所懸命の差だって、本当のところは、わかりません。だって、あなたはあなたであって、そのひとじゃありませんからね。わからないのに、「私は不当な立場に置かれている」と思うのは、「物語」をつくっている証拠です。学生時代に、こんなことがありました。それこそ、一所懸命勉強したにもかかわらず、試験の成績はまったくふるわなかったのです。そして、いつもトップの成績をとる友人が、やはりトップになりました。私は、その友人に言いました。「一所懸命やったのに…」友人の返事は、実に、あっさりしていました。「あ、それは やりかたが間違ってたのよ」いまだから、本当にわかります。実際、そのとおりだったのです。私のやりかたは、たとえて言えば、ねぎをみじん切りするのに、斧を使うようなものだったのです。(どんなたとえじゃい)自分のやりかたをたなにあげて、「一所懸命やった」ことだけに注目すれば、たちまち、「努力しても報われない、 かわいそうな私」の物語のできあがりです。私は、その友人に、勉強の方法を聴くこともしませんでした。自分の勉強方法が、本当にそれを学ぶのに適しているかを確かめようともしませんでした。でも、「物語」をつくるとき、そこは都合よくカットされます。きびしいですか?でも、ここをちゃんと見ないと、いつまでたっても、ひとをうらやんだり自分をおとしめたりする循環から抜け出せませんよ。あなたは、どんな自分になりたいのですか?自分のちからで、自分を変えていける自分ですか?自分はそのままでいて、相手が変わってくれることを望みつづける自分ですか?選んでください。あなたには、自分で選ぶちからがあります。そうしたら、道は、自然にひらけます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1500号(2007年12月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------もとは、ひとつの卵細胞私たちは、一個の卵細胞から生まれた。どんなひとも… 大統領も、社長も、 上司も、部下も、 先生も、生徒も、 お母さんも、お父さんも、 強盗も、牧師さんも 産婆さんも、葬儀やさんも、まあ、なんでもいいけれど、とにかく、はじまりはすべて、たったひとつの卵細胞。で、この単細胞である卵細胞のなかに、遺伝子情報がぎっしりと詰まっている。単細胞が分裂して、二つになり、四つになり、八つになり、十六になる…そのときに、それぞれの役割を受け持っていく。卵細胞が単細胞のままだと、遺伝子情報は、活用されないからだ。分かれるときに、それぞれの細胞が、「おうよ、こっちは、 肝臓のパーツを担当するぜ」 なぜ肝臓が最初に登場するか 意味はありません。(爆)「あら、くちびるは、 アタシの担当よ。うふ♪」「けっ、おいらは親指の骨かよ」「きゃは。のどちんこでーす」(^○^)とかなんとか、そんな会話があるかどうかは知らないけれど、(あるわけねーだろっ)ともかくも、やがては、60兆個にもなるといわれる細胞は、分裂をつづける。トラブルさえなければ、すべての細胞は、基本的に、とてもはたらきものだ。みずからの責務をまっとうし、誠実にその仕事をこなす。見返りを期待することもない。が、ひとつだけ例外がある。脳、である。脳細胞は、どうも、かなり性格が悪いのだ。同じ一個の単細胞から分裂し、同じように増殖したのだから、他の細胞と、何ら変わりないはずなのだが…。自らの境遇に、文句を言うのである。自らの存在に、疑問を投げかけるのである。自らのありように、不満を訴えるのである。そして、手がつけられないことに、脳は、どうも、自分が一番エライと思っているフシがある。その証拠に、超過労働で、からだの他の細胞が、悲鳴をあげているときにも、脳は、平然と命令をくだす。「がまんして、はたらけ」理不尽な対応に、心臓や胃がきりきり痛んでも、まったく理解しようとしない。「気のせいだ」他の細胞たちが、異議をとなえようものなら、脳は、ありとあらゆる理屈を動員して、みずからの正しさを主張する。そこは、さすがに、脳ならではの役割で、他の細胞は、「考える」役割をもたないために、しぶしぶしたがうしかないのである。そして、限界に達すると他の細胞たちは、最後の手段をとらざるを得なくなる。みずからのはたらきを停止させるのである。不調、病気というかたちで。我々は、そろそろ、思い出すべきではないか。脳も、肝臓も、くちびるも、親指の骨も、のどちんこも、もとは、ひとつの卵細胞から生まれたものなのである。身分の上下や、価値の有無など存在しないのである。脳を、必要以上に優先させるのはやめよう。肝臓の、くちびるの、親指の骨の、のどちんこの、それぞれの感覚を、もっともっと大切にしよう。そして、独走し、暴走して、疲れきっている脳に、少し休息をあたえてあげよう。これからの時代は、同じひとつの卵細胞から生まれた仲間同士、助けあって、支えあって生きていく時代なのである。脳が、めいっぱい「考えて」処理していることを、他の細胞が、「感じる」ことで、少し肩代わりしてやるべきなのだ。まあ、それでも、脳は、性格の悪いやつなので、ぶちぶち文句は言うかもしれない。それもまた、やさしく受け入れてやろうではないか。なんたって、同じ卵細胞から生まれた仲間なのだから。もともとは、すべてのなかに、すべてが存在していたのだから。「だからさ、脳よ、少しは おれたちにまかせろよ」細胞たちのあたたかいエールに、実はけっこうシャイな脳は、精一杯の虚勢でこたえるのである。「…脳だけど、イエス」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1499号(2007年12月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------せつない記憶20代のころ、1週間、内観をしたことがあります。部屋の四隅に仕切られた屏風のなかで、一日十数時間、いただいた質問について考えつづけます。「○歳のとき、○○に してもらったこと」2時間おきに、担当のかたがたずねてこられます。「何を思い出されましたか」問われるままに、思い出したことを話します。すべて聴き終わると、担当のかたは、何も言わずに、「ありがとうございます」と、頭を下げられます。それだけの繰り返しの1週間。壁をへだてて、隣の部屋でも、年配のご婦人のかたが、座っていらっしゃいました。(もちろん直接は見えません)やはり、2時間おきに担当のかたが来られます。「何を思い出されましたか」「私は悪くないのです。 すべて夫の責任なのです」そのかたが、言われます。聴くつもりがなくても、壁ごしに、声が聴こえてきてしまうのです。担当のかたが繰り返します。「何を思い出されましたか」そのかたはこたえます。「私は何も知らずに、ずっと だまされていたのです。 私に罪はないんです」話の流れで、夫さんも、ちがう部屋で、内観をされていることがわかりました。あくまでも想像ですが、お2人のあいだに何らかの問題が起きたとき、その解決を願って、夫さんが、妻をともなって、ここにいらしたのでしょう。(内観のあいだ、男女は別々で、 夫婦といえども、顔を あわせることはありません)1日経ち、2日経ちましたが、そのご婦人は、繰り返し、言いつづけられました。「悪いのは夫のほうです。 私は被害者なのです」あたえられた問いには、いっさい、こたえようとしませんでした。いまのように、セラピーやヒーリングが、一般的な時代ではありませんでした。いまであれば、ご婦人には、もっと有効な方法が、あったかもしれません。それでも…と思うのです。一度でいいから、その概念をてばなして、あたえられた問いに、こころを向けてみたらどうだったのだろうか、と。「○歳のとき、○○に してもらったことを 思い出してください」という。3日目か、4四日目、ついに、ご婦人は、内観をやめて、帰ってしまわれました。夫さんがどうされたかは、もちろん知る由もありません。そして、まさにそれと同じ時期、私のなかで、劇的ともいえる意識の変容が起こりました。うすぼんやりと、ふたしかに、どこまでもつづく霧の向こうに、ふっと、光がさしたのです。その瞬間、怒涛のように、忘れていた記憶がよみがえり、次々と、これまで見えなかった、見ようとしてこなかったことが、はっきりと、見えてきました。自分がいかに、自分の都合のいいように、過去を記憶してきたか。どれだけ、自分が、ゆるされ、守られてきたか。あとはただ、感謝の気持ちが湧き上がるばかりでした。あの瞬間を、私は、一生忘れることはないでしょう。そして、もしも、あのご婦人が、一度でいいから、投げかけられた問いに向き合っていたなら…。いまでも、思い出すたびに、そう思わずにはいられません。何が正しいとか、まちがっているとか、それももちろん、大切なことかもしれません。でも、そこにこだわっているかぎり、自分自身が、幸福を感じられないのであれば…。その前提をいったんおいて、別の方法をためしてみても、いいのかもしれないのです。「正しさ」に振り回されそうになるたび、あのご婦人の声が、ことばが、いまでも耳によみがえってきます。いつまでも消えない、苦く、せつない記憶です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1498号(2007年12月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------無責任になりましょう♪落ちこみやすいタイプのひとには、共通項があるように思います。それは、責任感が強いことです。はい。責任感です。あるとき、いただいたメールに、返事をしそびれたことがあります。数日経ったとき、そのかたから、「何か気持ちをこじらせることを 書いてしまったのでしょうか」と、おたずねが来ました。…いえ、ただのサボリです。(詫!)私の返事が遅れたのは、当然ながら、私の責任です。なのに、そのかたは、わざわざ、自分が責任をかぶろうとしてくださるのです。責任感が強くなくては、できないことですよ、これ。でもね。この責任感の強さは、ときとして、あだになっちゃうのです。なぜかというと、限度がないんです。どんどんエスカレートしていってしまうんです。メールの返事くらいなら、深刻な話ではありません。 でも、エスカレートしていくと、ありとあらゆることを、自分の責任にしてしまうんです。ほっとくと、隣のおじさんがこけたことも、日本経済が停滞しているのも、世界の戦争が終わらないのも、自分の責任にしかねません。 本人は意識してないですけど、 実質的にそうなっちゃうのです。これは、苦しいですよ。ものすごーく、苦しいはずです。で、思いました。そんなときに、必要なのは、「無責任」パワーだ、って。「それは、私の責任じゃない!」そう言いきってしまうちからです。…はい。私の特技です。(笑)責任感の強いひとたちは、無責任ということを、極端にきらいます。怖れるといってもいいかもしれません。でもね、あなたが、あなたの責任をてばなすと、喜んで、責任をとりたいひとがその責任をになえるのです。あるいは、本当は、誰もその責任をとる必要なんてなかったことがわかるんです。みんなでわかちあえばよかったことが、わかるんです。無責任になりましょう♪声に出さなくてもかまいません。こころのなかでつぶやくんです。「私の責任じゃない!」(爆)そして、あなたが、本当にやりたいことを選ぶんです。そのほうが、よっぼど、世界に対して貢献できますよ♪あ、蛇足ですけど。今日オススメしたいのは、「私の責任かも」と考えるのが得意なひとにたいしてです。すでに、「私のせいじゃない」っていうのが口ぐせのひとは、そういうひとから、少し責任をもらってやってください。おあいこになります♪(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1497号(2007年12月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「急げ、急げ、いのち果てる前に」映画『九転十起の男3~グッドバイ』(市川徹監督)を、観てきました。実業家・浅野總一郎の生涯を描いた作品の第三部・完結編。その映画の最後に流れるフレーズが、私のこころをとらえました。「急げ、急げ、いのち果てる前に」1日の睡眠時間、終生4時間。口ぐせは「稼ぐに追いつく貧乏なし」ときには私財をも投じて、次々と国家的規模の事業を興し、みずからも現場に立った男。そんな浅野總一郎ならではの、最期のことば。 実際にそう言ったかどうかは わかりませんが、まさに、 總一郎らしいことばです。ずしんときました。やりたいことは、たくさんあるのに、人生はあまりにもみじかいのです。どんなにフル回転しても、やりたいことは、増えるばかり。追いつくことはできません。そして、ときには、そのテンポは、まわりのひととの不調和を起こすことさえあります。「もっとゆっくりやったら?」「そんなに急がないで」親切に言ってくれるひともいます。「ついていけないよ」不満をもらすひともいます。でも、走らずにはいられないのです。どうしても、それをやれと、深いところが、せきたてるのです。10代のころ、私は、ずっと、おとなから頭を押さえつけられるような感覚を感じてきました。何かをやろうとすると、いつもこんなふうに言われました。「みんなの意見が一致してから」「急ぎすぎる。もっと、 みんなと足並みを合わせて」そのたびに、がんじがらめに拘束されるような息苦しさを感じてきたのです。おとなになれば、もっと好きなことを好きなだけやれるのかと、ずっと思いつづけてきたのです。でも、おとなになっても、それは変わりませんでした。「みんなと一緒に」そう言って、私をけん制するおとなはつねに存在しました。結果、組織のなかで、私はいつも、ひとり、浮いてしまうのでした。だから、組織のなかで生きることをあきらめ、ひとりで、不器用に、あちこちぶつかりながら、人生を走り抜けてきました。なぜ、こんなにも急ぐのか。「いのち果てる前に」ああ、そうなのかと、胸に落ちる気がしました。私は、私の人生を、100%、生ききりたいのです。何歳まで生きられるかなんて、自分ではわかりません。あと50年あるかもしれないし、明日でおしまいかもしれません。だとしたら、休んでいるひまはないのです。今日この一日を、この一瞬を、自分の最大限のパワーで、生きていくしかないのです。そうせずにはいられないと、深いところが揺さぶるのです。今日のメッセージは、あなたに押しつけるためのものではありません。自分自身が、自分の生きかたを確認するために書いています。でも、ここまで書いてきて、ふっと、思いました。こういう生きかたって、なんだか、サメとかマグロに似ているなあって。サメとかマグロって、止まると、新鮮な空気を補給できなくなって、死んでしまうのだそうです。だから、生きているかぎり、泳ぎつづけるそうなのです。人間サメ、人間マグロも、同じことかもしれません。別に、意識が高いとか、やる気があるとか、そういうことではなく、からだ(こころ?)の構造が、そうなっているのかもしれません。もしも、あなたのまわりに、こんな、せっかちな生きかたをしているひとがいたら、どうぞ、笑って見守ってあげてください。あ、人間サメ、人間マグロだ。そんな生きかたもあるんだな、って。そしたら、私たちの生きかたも、少しは楽になるかもしれません。●追記浅野總一郎さん、サメやマグロと一緒にしちゃって、ごめんなさい。m(__)m--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1496号(2007年12月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------夢も、希望も、ありません。私には、夢も、希望も、ありません。そう言ったら、びっくりされるでしょうか?でも、これ、本当なんです。ときどき、自分の人生について、ちょっとストイックになって、考えることがあります。自分は、何のために生まれてきたんだろう。この人生において、何をやろうとしているのだろう。ある時点から、そこにたいするこたえが見えてきました。というよりも、気がつくと、自然に、それを選択していたという感じかもしれません。そしたら、同時に、自分には、夢も、希望も、なくなったことがわかりました。夢や希望というのは、よくも悪くも、ふたしかな未来に向かって託されるもの。見えないものに向かってすすむための、羅針盤のようなもの。だとしたら、こたえが見えてしまえば、そんなものは、必要ではなくなるんです。だって、めざすべきものは、もうはっきりしていますから。そこにあるのは、ただ、「やるべきこと」なのです。それをやるために、この人生を選択してきたのだから、それは、夢でも希望でもないのです。なんだかこう書いてしまうと、まるで、夏休みの宿題を前にした、小学生のように見えてしまうかもしれません。(笑)でも、それは、ちょっとだけちがうんですね。その「やるべきこと」は、もともと自分で選んだきたものですから、それと出会うということは、魂が喜ぶということなんです。それは、表面的にうれしいということではなく、深いところが、ぞくぞくする感覚なんです。一瞬、悪寒にさえ感じます。(笑)でも、そうですよね。「やるべきこと」と決めたということは、決して簡単なことではないということなんです。困難もあるかもしれないし、挫折も味わうかもしれません。何かをあきらめなくてはならなくなるかもしれません。だから、単純に、見つかってよかった♪とは、喜べないのです。けれども、それだけの深い覚悟ができる自分を感じるとき、別の何かが伝わってきます。底知れぬところからやってくるエネルギーです。そのエネルギーは、からだのなかにありながら、地球の中心とつながっていて、マグマの対流のような熱さに満ちています。その熱さにさらされるとき、からだは、ふるえを感じます。それが、魂が喜ぶということではないかと思います。さて。夢も希望もない人生。(笑)つまらないかというと、そうでもありません。そうと決まってしまったら、あとは、楽しめばいいだけなんです。やるべきことは、もはや、やるようにできているんです。だとしたら、人生は、すべて、楽しむためにあります。やりたいことを思う存分、やっていいんです。思ったことを、思ったままに。全部、つながっていきますから、安心してトライしていいんです!夢も希望もないというあなた。ひょっとしたら、あなたは、「やるべきこと」を見つける入り口にいるのかも。さあ、ちょっとだけ覚悟して。その一歩を踏み出しましょう!一緒に、夢も希望もない人生を歩いていきましょうよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1495号(2007年12月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ただ、祈ることにしたんです。最近、私の友人で、まだ、平均寿命の半分くらいしか生きていないのに、「自分の人生は、先が見えた」「どうすることもできない」と、ぼやいているひとがいます。別に、心身にハンデがあるわけでもありません。余命○○か月なんて、宣告されたわけでもありません。戦火をくぐり、難民キャンプで暮らしているわけでもありません。そういう立場のひとから見たら、たぶん、ゆるしがたい発言に思えるかもしれません。じゃあ、いっそのこと、代わってくれと言いたくなるかもしれません。そして、実は、私も一瞬、そんなふうに感じました。でもね、そのときに、ふっと、思ったんです。ああ、友人は、いま、そうしているほうが、楽なんだな…と。だって、「先が見え」ちゃったら、何もしなくてすみますから。「どうすることもできない」と、決めてしまったら、何も考えなくてすみますから。何もしないということは、危険な目に遭わないということなんです。痛い思いもしないですみます。よけいなことも言われないですみます。やさしい友だちがいれば、「そんなことないよ」って、なぐさめてももらえます。ね? 楽でしょ?誤解のないように、書き添えておきますけれど、本人は、たぶん、苦しいはずなんです。自分で、自分を、そういう枠に閉じこめてますから。やるせない気持ちにも、なっているでしょう。以前の私なら、フォローに行ったと思うんです。でも、今回はやめました。何かをするかわりに、ただ、祈ることにしたんです。これは、友人に対してだけでなく、私が、ありとあらゆるひとにいま、おこなっていることです。そのひとは、表面的には、気づかなくても、絶対に、深いところで、そのありようを自分で選んでいるんです。なぜかというと、人生のなかで、そのありようが必要だから。ただ、表層の意識は、それをみとめられないんです。だから、かくありたい自分とのギャップに苦しみます。あるいは、そうなれていない自分にたいして、絶望します。まるで、希望も展望もないかのように思いこみます。それって、ただのかんちがいなんです。でも、かんちがいしていたほうが、楽なんです。(苦しいけど、楽なんです)楽だから、選択しているんです。で、ね。自分で選択しているのだから、自分で抜けられるのですよね。自分で選びなおせるのです。だったら、フォローも何も必要ないと思うんです。(もとめられれば別ですけど)そのひとの魂の深いところを信じて、祈るだけでいいんです。今日の私のメッセージは、とても冷たく聴こえるかもしれません。あるいは、いぢわるに感じられるかもしれません。でも、私は、もう、ひとを心配することをやめたんです。その代わりに、完全に、信頼することに決めたんです。だから、そのひとの生きかたは、そのひとにおまかせしていいと思うんです。必要とされたときだけ、かかわればいいと思うんです。でも、最後に、ちょっとだけ書きますね。自分に対して絶望的な気持ちになっているときって、たしかに、あまり健全とはいえない状態です。自分で選択しておきながら、ちょっと、深みにはまりすぎてしまうこともあります。とっても頭でっかちになって、生きている実感が薄くなってしまうんです。そんなときの特効薬は…洗面器に水を張って、1分間、顔をつけてみることです。確実に、生きている実感が味わえます。 息の長いひとは、2分間に してみてください。(^^ゞ1分間、ためしてみて、苦しくて顔をあげるようなら、まだ、生きたい気持ちが残っているんです。そしたら、もう一度、生きなおしたらいいんです。洗面器から顔をあげたように、自分の人生を、そうやって、選択しなおせばいいんです。いつだって、始められますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1494号(2007年12月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あなたの人生という舞台先日、久しぶりに舞台に立ちました。約10分間の一人芝居です。久しぶり…といっても、中学校演劇部の教室公演では、ときどき、お楽しみで、「前座」をつとめました。インプロ(即興演劇)でも、うちわの発表会は、何度も体験してきています。そして、子どもたちの前で、いわば見本的に演技をすることは、珍しくありません。それでも、ある一定量のせりふを覚えて、ある一定の時間を、自分の責任で演じきるのは、やはりひさびさの体験でした。それは、舞台という場と、ひとりで対峙する時間でした。その時間は、だれにも助けをもとめることは、できないのです。すべての責任を、自分で背負わなくてはなりません。短い期間でしたが、稽古をはじめて、自分のからだの感覚が、みるみる変化していくのがわかりました。それは、自分自身の感覚を問い直す時間。いま、この瞬間、語っていることばにうそはないか。本当に、自分の実感が、そこにともなっているか。同時に、外に向かう感覚も、ひらかれていきました。いま、自分は、観客に、何を伝えようとしているのか。伝えたい思いを、伝わるかたちで、表現できているだろうか。実に、ここちよい感覚でした。自分の細胞一つひとつが、覚醒していく感じでした。自分に向かって、他者に向かって。そう。私たちが生きていくうえで、必要な感覚。それは、まず、自分自身を感じきること。どんなに孤独であっても、自分の感覚から出発すること。そして、同時に、世界を受け入れること。その自分の感覚をもって、世界にたいして、自分の扉をひらいたとき、私たちは、すべての世界とつながることができます。今回、お芝居をとおして、私は、それらをまるごと、体験することができました。でもね。ある意味、その感覚って、日常のなかにもひそんでいると思うんです。自分の気持ち(感覚)を、はっきりさせること。それを、伝わるかたちで、他者に差し出すこと。そこに、まるごとの世界の循環を感じること。舞台は、それを凝縮した象徴的なかたちで私に教えてくれましたが、だからといって、すべてのひとが、舞台に立つ必要はありません。自分という人生の舞台で、それをやればいいのです。もう一度、繰り返しますね。自分の気持ち(感覚)を、はっきりさせること。それを、伝わるかたちで、他者に差し出すこと。そこに、まるごとの世界の循環を感じること。それが、あなたの人生という舞台を生きる、原点です。どうぞ、あなたの人生という舞台を、最高に輝くものにしてください。あなたには、それができます。あなたにしか、それは、できません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1493号(2007年12月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分、どうよ。誰かに、何かを言いたくなったとき、いつでも、こころのなかで、反芻することば。「自分、どうよ」(ちょっと、ツッコミふう)(笑)ひとを指差すと、二つの指は相手を向くけれど、三つの指は自分に向いてます。ひとに何かを話すと、口はひとつだけれど、耳は二つ。しかも、自分のほうが近くにいるので、(笑)よりはっきりと、そのことばを聴くことになります。だから、誰かにはたらきかけるということは、自分にはたらきかけることと同じなんですね。ただ、そのことを、ときどき、忘れてしまうから、このひとことが、必要になるんです。「自分、どうよ」言った瞬間に、自分のことを考えます。原稿の締め切りが遅いことを指摘したときは、自分の、遅れている原稿のことを思い出します。(痛~)連絡がとどこおっていることを指摘したときは、自分も、連絡をしていなかった相手がいたことに気づきます。つくづく、しみじみ、自分に返ってくるなあと思います。気づいてしまった以上は、やらなくてはなりません。(笑)でないと、言った相手にたいして、説得力がありませんからね。ちょっと痛くて、とっても便利なことばです。(^^ゞ慣れてくると、実際に、相手にことばを発する前に、自分の内がわで、反芻することができます。「自分、どうよ」そうすると、相手にたいして、言いかたを変えることができるようになります。もっと、気持ちが前向きになれる表現はないかな。ただ、一方的に責めるのではない、表現のしかたはないかな。自分が言われたときの気持ちになって考えてみるのです。 正直に告白すると、ここは、 まだまだ修行中ですけれど。親が子どもにたいして、上司が部下にたいして、先生が生徒にたいして、あるいは、友だち同士でも。何か言いたくなるときって、しばしばあると思います。そんなときには、どうぞ、このことばを、セットで覚えて使ってくださいね。「自分、どうよ」相手にも、自分にもプラスになるように、はたらきかけられるといいですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1492号(2007年12月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「なるほど、それもあり」ひとに何か言われたとき、こころに呼び起こすことばがあります。「なるほど、それもあり」これ、けっこうお役立ちのひとことです。だれかが、メッセージを伝えてくれるとき、それは、快いこともあれば、そうでないこともあります。ときには、自分が責められているように感じたり、不当に非難されているように感じたりすることもあります。そんなとき、こころはたちまち、そのことばをシャットアウトしたくなります。なぜ、私が、そんなふうに言われなくちゃならないの?私が悪いっていうの?…って。そんな気持ちがはたらきそうになったら、とりあえず言ってみるのです。「なるほど、それもあり」さまざまな体験を経て、私がたどり着いたこたえのひとつは、ものごとには正解も間違いもない、ということ。だとすれば、大切なことは、そこから何を受け取るか。「なるほど、それもあり」と言った瞬間に、相手のことばを、シャットアウトすることはできなくなります。そして、脳は、「それもあり」の中身は一体何だろうと、探索をはじめます♪ここ、ポイントです。(^○^)そうするとね、一見、理不尽と思えることばのなかにも、何かしら、生かせるようなことが見えてくるのです。本当に、おもしろいくらい、見えてきます。あとは、それを上手にいただいちゃえばいいのです♪大切なことは、このとき、自分にジャッジをしないこと。「だから、私が悪かったんだ」「また、言われてしまった…」こんな「反省」は一切不要♪「ほうー、なるほどー」「そういう考えかたも、 取り入れるとおトクだよね」こんなノリでいいのです。だって、どんな人間だって、おあいこさまですからね。いちいち反省していたら、身がもちませんよ。(笑)最近、自分が、ひとにブロックをつくっているなあ。そんなふうに感じたら、ぜひ、今日のひとことを活用してみてください。「なるほど、それもあり」そう、これは、ブロックをはずすとっておきの魔法のことば。言ったとたんに、おトクなことが、いっぱいやってきますよ♪どうぞ、お楽しみに!●追記でも、どうしても、自分を責めてしまうというひとは、今日のメッセージは、あまりお役に立ちません。そういうひとは、代わりに、こちらを使ってください。「だから、どうした」(爆)詳細は、こちらを参照してくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1491号(2007年11月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------人生の台本子どもたちの劇を指導していて、よく言うことばがあります。「お客さんは、台本を見ながら お芝居を観ているわけでは ないんだよ」どういうことかというと、せりふを間違えたり、何かうまくいかなかったときに、立ち往生してしまう子どもがいるのです。「どうしよう。間違った」そんなあせりで、かたまってしまうのですね。でもね。おもしろいことに、お客さんは、よほどのことがないかぎり、舞台のミスに気づきません。ちょっとくらいのせりふの間違いなんか、全然っ、わかりません。すごいときには、せりふが3ページくらい飛んで、しかも、いったんもとにもどったとしても、まるで気づきません!(実話です)なんだかちょっと変だなあと思うかもしれませんが、「こういうお芝居なんだ」と思って観てくれるのです。(^^ゞ私の例でもあります。自分の書いた脚本の舞台に、自分で出演していて、とあるせりふを忘れました。しかし、まるで平然としていたために、相手役のひとが、せりふを忘れたのは、自分のほうにちがいないと、あせってしまったほどです。 その節は、スミマセン…。m(__)m大切なことは、仮に間違ったと気づいても、それを問題だと思わなければいいのです。「これでいいのよ」「私は、このままでいいのよ」すると、場は保たれます。あとは、それなりになんとかなるものなのです。「お客さんは、台本を観ながら お芝居を観ているわけでは ないんだよ」これって、ある意味で、人生にもあてはまるような気がするのです。私たちは、無意識のうちに、自分で決めた「台本」に沿って、人生を歩こうとしてしまいます。いえ、もしかしたら、それは、自分で書いた台本でないときさえあるかもしれません。そして、その台本にないことが起きることを、極端に怖れるのです。でも、だれがあなたの人生の台本を見ているというのですか?ここのせりふを間違った、ここの出番を間違った…。そんな指摘を、いちいち、だれがあなたにするというのですか?いいえ、そもそも、台本なんて、はじめからないのですよ。そうでしょう?どんな博物館を探したって、人生の台本が陳列されていたためしはありませんよ。どんな遺跡を掘ったって、人生の台本が、発掘されたためしはないのですよ。ない台本を、あるかのように怖れて、ない台本を、読んでいる観客がいるかのように怖れて…。それって、あまりにもばかばかしいことだと思いませんか?観客はね、あなたが、あなたのままにふるまうことを何よりも楽しみにしているのです。あなたの人生という舞台を、あなたが、謳歌することが、観客にとっても、一番の喜びなのです。さあ、幻の台本をてばなして、歩き出してみましょうよ。今日は、あなた自身の意志で、どのスポットライトを浴びるか、決めてみませんか。いつでも、どこでもお好みのまま。本当の台本はね、あなたが演じたあとにできるのですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1490号(2007年11月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------意志をもって、流れにまかせる。最近、生きかたの極意について、ああ、そうなんだと気がついたことがあります。はい。ちょっとおおげさに書いちゃいましたけど、本当に、そう思ったんです。それが、「意志をもって、流れにまかせる」なんです。これって、何か、正反対のことばのように感じますね。でも、私のなかに、すとんと落ちてきたんです。私たちは、この広大な宇宙のなかにあっては、しょせんは、ちっぽけな存在にすぎません。できることとできないことを比べてみたら、できないことのほうがおおすぎます。時間の流れを変えることもできないし、宇宙を気ままに旅することもできません。だから、人間が何かをしよう、何かができるなんて、思い上がりだと思うんです。私たちは、ただ、おおいなる宇宙の流れのなかを、ただようしかない存在なのです。そして、同時に思うのです。どんなにちっぽけな存在であろうとも、私たちには、生きる意志があります。たとえいま、見失っているひとがいるとしても、私たちは、生まれた以上は、生きる意志をもっています。自分にあたえられた可能性は、宇宙のそれと比べたら、ちっぽけなものかもしれません。でも、自分という宇宙のなかで、最大限に生かせば、それは、無限を生きることと同じことになるのです。私たちは、たしかに、時間の流れを変えることはできません。でも、思いひとつで、過去のできごとの価値を、書き換えることができます。そう、思いひとつで、宇宙の果てを旅する自分を、イメージすることだって可能なのです。そのとき、宇宙の流れは、私たちの外がわではなく、内がわにあります。有限を生きる私たちの内がわに、無限の宇宙は存在するのです。その瞬間に、私たちは、生まれながらにして、無限の可能性を生きる存在であることに気づくのです。だからこそ、どう生きるか、どう生きたいかという意志をもつことが必要になるのです。でないと、無限の可能性は、そのまま、無制限に、拡大していくだけですから。(^^ゞ意志をもつ、とは無限の可能性のどこかに、方向をあたえることです。その、意志をもって、この宇宙の流れに身を投じたとき、自分にとって必要なことが、目の前にあらわれてきます。それは、みずからの意志のままにあらわれたもののようであり、宇宙の流れの必然として、あらわれたようにも感じます。そのとき、宇宙と自分は渾然一体、ひとつです。さて。今日のメッセージは、ちょっとこむずかしいなと感じるかもしれません。実は、書きながら、私もそう思っています。(笑)でも、どうしてもお伝えしたくて、書かずにいられなくて書きました。これも、やはり、何か必要があってのことなのでしょう。あなたの人生のどこかで、もしも、このことばが意味をもつことがあれば、そのときに、思い出していただければうれしいです。意志をもって、流れにまかせる。もしかしたら、すべての矛盾のなかにこそ、すべての真実はあるのかもしれません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1489号(2007年11月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------今日は、あなたの真実に気づく日。朝、みかんを食べました。ぷりぷりの鮮度のいいみかんで、口に含んで、軽く歯を当てただけで、じゅわっと、あまずっぱい汁が、果肉からこぼれました。その、こぼれた汁を飲みこむと、起きがけのかわいたからだに、まるで、砂漠に降る雨のように、たっぷりとしみわたっていきました。からだのすみずみに、みかんの新鮮なエネルギーがゆきわたるような、そんな満ち足りた感覚を覚えました。こんなとき、ふと思うのです。私たちは、ときとして、何かおおきなできごとがないと、幸福にはなれないと思いこんでいるけれど、本当に必要なのは、この感覚ではないだろうかと。ひとつぶのみかんから、みずみずしいいのちの流れを、からだのなかに呼び覚ますこと。朝つゆのきらめきのなかに、美しいものと出会う喜びを受け取ること。風に散る雲のゆくえに、永遠のいのちの流れを知ること。ほんのちいさなところに、宇宙の真理は隠されている。ほんのささやかな一瞬に、生命の本質は息づいている。大切なことは、それに気づけるかどうか。気づいた瞬間に、私たちは、この世は、すべて満ち足りたものであることを知ることができるのです。私たちには、何ひとつ不足はないし、すべて、完全にあたえられていたことを知るのです。あの、メーテルリンクの「青い鳥」のように、幸福は、はじめから、てのなかにあることを知ることができるのです。あなたのちいさな真実に、どうぞ目を向けてください。それがちいさければちいさいほど、あなたのもっている宇宙のおおきさがわかるでしょう。何かが足りないと、追いもとめてきた生きかたが、自分の影を追いかけるようなものであったことを知るでょしう。今日は、あなたの真実に気づく日。あなたの真実を知らしめるものは、つねに、あなたのまわりに満ち満ちています。あとは、ただ受け取るだけ。受け取った瞬間から、あなたのあたらしい人生がはじまります。光に満ちた、あたらしい人生が。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1488号(2007年11月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「語り」のススメ。この4月からスタートした勉強会「学び舎21」。前半は、私が語り、後半は、おもに質疑応答と、ときには実習をおこないます。この前半の語りの部分を、文字起こしして、きちんとまとめてみようとしています。音声を起こしてもらう作業です。起こされてきた文字を読んで、簡単な校正もおこないます。その作業をやりながら、気がついたことがあります。毎月、確実に、私の語りが、充実してきていることです。(^^ゞ 自画自賛です。スミマセン。でも、これって、ある意味で当たり前のことなんですね。何ごとも、体験しなくては、上達することはできません。残念ながら、私たちは、子ども時代に、この「語る」という訓練を、ほとんど受けることなくきています。おおくのひとは、就職活動の面接をするあたりになって、はじめて、自分のことを語る場面に直面するようです。でも、就職の面接では、本音を語ることなど、なかなかできません。これでは、自分のことを思いのままに語るちからなんて、つきっこないですよね。1時間とはいいません。3分間、いえ、1分だって充分なのです。語る時間を、自分のために、もうけてみませんか?ひとは、語ることで、ことばを口にすることで、あらためて、自分のことに気づくものです。私自身、「学び舎21」で、語ることをとおして、自分のやりたい方向がはっきりしてきたことを感じています。たとえば、朝の食卓。家族で順番を決めてもいいです。1分間、昨日のできごとでも、今日やってみたいことでも、何でも語ってみるのです。とくに、あなたが、子育て中のかたであるなら、とてもすてきな時間になること、うけあいです。まず、家族が一堂に会して、だれかの話を聴く機会になりますからね。ほんのちょっとの早起きは必要ですが、それもまた、「早起きは三文の得」♪あなたが、会社の上司なら、朝礼のときに、毎日、一人、自分のことを語る時間を部下に提供してみませんか。建前や社交辞令ではなく、自分の体験や、趣味のことなど、率直に語ってもらうのです。もちろん、ここで、点数をつけてはだめですよ!(^^ゞ学校で、サークルで、地域で…。さまざまな場で。日常のなかで、そんなふうに、自分を語る時間を、少しずつ増やしていったら、私たちは、もっとわかりあうことができるのではないかしら。そんなふうに思えてしかたないのです。語ることをとおして、自分自身への気づきが深まります。語ることをとおして、コミュニケーションが、円滑になっていきます。語ることをとおして、個人の、そして集団のビジョンが明確になります。というわけで、本日は「語り」のススメ。ぜひぜひ、トライしてみてください。あなたの報告、お待ちしてます♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1487号(2007年11月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------動物語活用術読者さんから、とてもすてきなお話をうかがいました。ご自分のパートナーさんとのコミュニケーションに、「動物語」を使っているというのです。ええ、もちろん、お二人が、本当に、動物のことばを話せるわけではありません。ワンワン、ニャーニャー、チュンチュン…といった、「動物ふう人間語」です。(笑)たとえば、二人がけんかして、気まずい気分になったとき。なかなか素直にあやまれないことってありますね。でも、そんなときに、ちょっと申しわけなさそうに、「チュンチュン…」なんて、言ってみるのだそうです。怒っていた相手も、思わず、吹きだしてしまいます。けんかもいっぺんに解消です。え? その二人は、仲がいいから、そんなことができるんだろう、ですって?ええ。そのとおりです。でもね。その読者さんはこうも、おっしゃいました。「いい関係をつくっていく ためには、そのための 努力も方法も 必要なんだと思います」そうです。単に仲がいいからだけじゃないんです。仲がよくなる方法を、二人で模索しているんです。私たちは、ふだん、家族、友だち、恋人といった近しい関係において、コミュニケーションできることが、当たり前だと思っています。そして、ひとたび、問題に突き当たったとき、「どうしてわからないんだ」と、困惑したり、怒ったりしてしまいがちです。でもね。コミュニケーションって、黙っていては、育たないんです。それぞれの関係のなかで、何らかの方法を探していく必要があるんです。で、そんなときに、動物語。これって、なかなかスグレモノだと思いませんか。ことばの意味がなくなるぶん、表情や、身振りやはたらきかけが、おおきな意味をもちますよね。ことばを使わないぶんだけ、全身で伝えようとするでしょう。また、受け取るほうも、相手が、何を伝えようとしているのかを、真剣に聴こうとするでしょう。コミュニケーションにおいて、それって、とても大切なこと!それに、何より、ユーモアがあるのがいいのです。くだんのお二人も、「私たちって、子どもみたいねー」と、ますます仲良しになってしまうそうですよ。動物語活用術。さっそく、ためしてみませんか?朝の食卓の会話を、1分間だけ、動物語にしてみる、なんてのはいかがでしょう。「ワンワン」(おはよう)「コケーコッコッコッコッ」(朝ごはん、できてますよ)「オー、ワワワン」(うまそうだなー)「クックックルルル」(うれしいわ)なあんてね。意味が通じなくても、なんだか、ほんわかしてきそうじゃありませんか。あ、ただし、くれぐれも、けんかになったときに、トラだのライオンだのは、採用しないように。血みどろのたたかいになってしまっては困りますからね!(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1486号(2007年11月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.07.06
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