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★今日のフォーカスチェンジ♪捨てちゃうのです。私は、掃除が苦手です。ついつい、いらないものまでとっておいてしまう、あのタイプなんです。でも、神さまは、そんな私のために貴重なサポーターをさずけてくださいました。母です。母は、ミモフタモナイほど、いさぎよいひとです。たまに実家に帰ると、押し入れのなかにしまってあった、「宝物」の箱が、なくなっていたりします。(おそるおそる)「…あれ、どうしたの?」(きっぱり)「見たら、がらくただった から、捨てたわ」…さからえません。ええ、うっかり実家に置いたままにした私が、すべて悪いのです。(爆)この強烈な体験を重ねると、(重ねるなよ)ある種のあきらめが、身につくようになります。「ないものはない」隠きわまれば陽となる。究極のポジティブ思考です。(ちがうだろうが!という ツッコミは、受けつけません)というわけで、「掃除」です。片づけられないのは、見てしまうからです。見ると、そこには、さまざまな思い出が付随し、それを捨てられないために、掃除ができません。引き寄せの法則よろしく、そうやってためていると、そのまわりに、どんどんごみがたまります。そして、大切なものも大切ではないものも、見分けがつかなくなります。そこで、「母」の登場です。いえ、ホンモノの母では怖すぎます。(笑)友人に、「母」の代理を頼むのです。掃除に来てもらうのです!前日までに、決死の覚悟で、これだけは絶対に捨てられない(と思う)ものだけを、救出します。そしたら、あとは、もう、「見て見ぬふり」です。どろぼうが入って、すべてもっていったと思えばいいんだ。火事にあって、津波にあって、すべてなくなったと思えばいいんだ。死んだと思えば、何もなくて当たり前だ。実際の体験をされたかた、ごめんなさい。でも、そのくらい、強く覚悟するということなんです。ええ、ひとの部屋の片づけほど、無責任で、気持ちのいいものはありません。(爆)実は、「捨てる」って、快感なんです。自分の価値観にふれないものは、すべて、ごみですから!友人たちは、もう、ナサケ容赦もなく、ばんばん捨ててくれます。このとき、見てはだめです。(爆)静かに、別のことでもしているのです。どうしてもいたたまれない場合には、出かけてしまうのも方法です。(^^ゞできれば、出たごみも、確認できないように、ごみ置き場に出してしまうほうがいいです。出せない場合は、ふたをきつくしめて、絶対に開けられないようにしておいたほうがいいです。そして、ごみの日に、ぽいっと捨てちゃうのです。でね。実際に体験してみればわかりますが、本当になくなって困るものなんて、ほとんどないんですよ。あの、実家の「宝物」の箱の中身だって、いまにして思えば、たいしたことはないんです。 ええ…、 たいしたことないです。 片思いのひとのために、 はじめて編んで、途中で ザセツしたセーターとか。 私がはじめてやった 一人芝居の小道具とか。私たちは、なんにもなくても生きていけるんです。この身ひとつあれば、いつでもやり直しがきくんです。捨てられないものがあると思う、あなた。一度、こんなふうに、強制的に掃除をしてみませんか。あなたにとって、本当に大切なものが何かが、見えてくるかもしれませんよ。あ、くれぐれも、掃除をしてくれた友人を、さかうらみしては、だめですよ。そのためには、お互いに掃除をしあうというのも、方法かと思います♪(痛みわけですね♪)←違!ともかく何ごともトライあるのみ!おためしあれ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1675号(2008年5月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪ちいさな、わかちあいの気持ちです。ひとには、さまざまな生きかたがあります。どれもまちがいではありません。ただ、最近、ひとつの基準があるなあと、思うようになりました。それを考えることで、それをすることで、おだやかなこころになれるか、ということ。もうひとつは、それは、だれかとわかちあえるものであるかということ。このふたつに照らして、満たされているとき、私は、とても幸福な気持ちになれるなあと。たとえば、電車に乗っていて、足を踏まれたとします。怒ることもできますが、「私だって、同じことを やることもあるかも」と思うと、おだやかな気持ちになれます。あるいは、仕事において、理不尽な思いをしたとき。相手をうらむことも、自己嫌悪に陥ることもできますが、「人生にはこんなこともあるよね」と思うと、こころは落ち着きます。もちろん、いやなことや苦しいことを、じっとがまんしなさいということではありません。私たちの生活のなかには、がまんしてはいけないこと、きちんと自分の気持ちを伝えなくてはならないこともたくさんあります。そのときでさえ、まずは、自分の気持ちをフラットにしてからのほうが、ものごとはずっとうまくいくことがおおいのてす。「でも、そんな気持ちには なかなかなれない」そんな声が聴こえそうです。(^^ゞそのときにはね。おだやかになれない自分を否定しないで、そのままの気持ちを、ケアしてあげるといいんですよ。きっと、どこかで傷ついているはずです。その傷が痛むから、感情が湧いてくるんです。だから、その傷を、ちゃんと見てあげるんです。「傷ついているんだね。 つらいんだよね。 よしよし」って、だっこしてあげるんです。ね。それ自体が、自分自身の気持ちを、自分でわかちあうこと。そう、私たちは自分で自分とわかちあうことさえできるんです。だとしたら、ひととわかちあうことができれば、もっともっと、幸福になれるんですよ。わかちあいは、何も、モノとばかりはかぎりません。たとえば、ことばひとつ。宅配便や新聞配達のひと、道路工事の誘導のひとに「ありがとうございます」と、お礼を言うこと。それだって、充分にわかちあいになるんです。わかちあう気持ちでいるとき、こころは、ますますおだやかになります。おだやかなこころでいるとき、ますます、わかちあいたい気持ちが湧いています。つながってるんですね!だから、どこからはじめてもいいんです。何もなくても、はじめられるんです!おだやかさとわかちあいの気持ちが、世界に満ちたとき、私たちは、きっと、本当の平和を手にすることができるでしょう。今日のメッセージが、あなたが幸福に生きるための、ささやかなヒントになりますように。私から、あなたへの、ちいさな、わかちあいの気持ちです。どうぞ受け取ってください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1674号(2008年5月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪どんなドラマをつくりたいのか人間関係において、「こうしたらいいのに」と思っていてもなぜかできないとき。そこにはほぼまちがいなく、二つのワナが隠されています。二つのワナとは…。「コントロール・ドラマ」と「パワー・ゲーム」心理学の用語ですが、知らないひとでも、大体想像がつくでしょう♪人間関係において、相手より優位に立ちたいと思うとき、そこに起きるのが、「パワー・ゲーム」です。相手のことばやおこないにたいして、感情を乱されるなら、もう、あなたは、このゲームにはまっています。そして、ゲームが長引けば長引くほど、それは、「物語」を形成していきます。強硬な態度に出ることで、相手をしたがわせようとしたり。「私は被害者だ」と、弱い立場を主張することで、相手の気持ちを変えようとしたり…。 ときには、 からだの変調としても あらわれます。それがうまくいっても、いかなくても、あなたのなかには、「いつもこうなるんだ」というストーリーが、展開されていきます。そして、飽きもせず(?)何度でも、何度でも、同じパターンを繰り返しつづけるのです。もしも、あなたが、もう、こんなゲームはおしまいにしたいと思うなら。まず、何よりも、この状態に気がつき、こころの距離をおくことが大切です。距離をおくためにはどうすればいいのか?たとえば、その状況が、ドラマとして、テレビに写っていると、思ったらどうでしょう。ドラマのように、第三者の立場で、それを見てみるのです。 あ、まちがっても、 自分の立場で見ては いけませんよ。(笑)「あんな言いかたじゃ、 けんかになるのも 当たり前だよね」「あっちもあっちだけど、 こっちもこっちだよね」第三者として見ると、いろいろなことが見えてきますよね。私は、それを、無責任に楽しんでしまうことをオススメします。だって、テレビドラマなんですから!テレビドラマは、トラブルが起きれば起きるほど、おもしろいのです。(笑)毎回飽きずに、同じことを繰り返すのを、視聴者は、「ほら来た」と、笑って見るのです。 ○戸○門の 印籠みたいなものです。そこまで楽しんだらね。もう一度、自分自身にもどってきてください。そして、自分は、どんなドラマをつくりたいのかを考えてみてください。パワー・ゲームにも、コントロール・ドラマにも、脚本があります。その脚本を書くことができるのは、それに関係する人間だけです。あなたは、テレビで見たような、同じパターンのドラマをつくりたいですか?私は、自分が脚本家なので、断言できますが。(笑)脚本は、ひとりのせりふが変わると、まちがいなく、相手のせりふも変わるんです。ひとりの行動が変わると、相手の、あるいは、まわりの行動も変わっていくんです。私たちは、目に見えるところも、見えないところも含めて、互いに影響しあっている存在です。だから、どんなちいさな変化にも、反応せずにはいられないのです。ただし、おわかりですね?書き換えられるのは、自分の脚本だけです。相手の脚本は、相手のものですから。どうぞ、勇気をもってください。あなたの人生の主人公は、あなたです。どんな主人公として生きたいのか、しっかり考えてください。あなたの人生の脚本を書き換えるのは、あなた自身です。パワー・ゲームも、コントロール・ドラマも、どんなふうにもつづけることができるし、終わらせることもできます。あなた次第です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1673号(2008年5月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪元気に、すくすく、おっさんに育て!もしも、あなたが、おさない子どもの(とくに、男の子の)お母さんであるとしたら。きっと、我が子を見るたびに、目を細めているでしょう。なんてかわいいんでしょう。まるで天使のよう…って。あるいは、もしも、あなたが、結婚してある程度の年齢を経たひとであったなら。あなたの隣にいる、生涯の伴侶を見て、何を感じるでしょうか。「年とったなあ、 このおっさん…」(爆)ええ、どちらも自然な気持ちの発露です。どちらも、まちがってはいません。でもね。おそらく、この二つの現象をつなげて考えるひとは、ほとんどいないでしょう。その愛らしい天使の行く末が、そこにいる、おっさんであることを。そして、そのおっさんも、かつては、まぎれもなく、愛の天使であったことを。私は、今日、「おっさん」攻撃をするために、このメッセージを書いているのではありません。ただ、気がついてほしいのです。愛の天使が、おっさんになったのは、その年まで生き延びることができたからだということを。そして、すべてのおっさんは、もとは、みな、愛の天使からできているのだと。元気に、すくすく育つことができたからこそ、今日(こんにち)のおっさんが存在するのです。それって、とてもうれしいことです!元気に、すくすく育てなかったひとは、この地球上に、限りなく存在するのですから!だから、愛の天使を見るたびに、こころから祝福しましょう。元気に、すくすく、おっさんに育て!…と。そして、おっさんを見るたびに、思い出してあげましょう。すべてのおっさんのみなもとは、あの愛の天使であるのだと。今日のメッセージは、近年まれにみるほどに、シンプルでストレート。きっと今日から、あなたの、おっさんを見る目が変わることでしょう。すべてのおっさんに、限りない愛のまなざしをそそぐことができるようになるでしょう。そして、あなたの愛の天使を見る目は…いえいえ。こちらは、あえてもとのままにしておきましょう。ひょっとして何かの拍子で、ナイスな、ロマンスグレイのおじさまに育たないともかぎりませんから♪ まだそのような幻想を いだける可能性を 残していますから!(^○^)すべての愛の天使に、こころをこめて、祈ります。元気に、すくすく、おっさんに育て!最高にナイスなおっさんに育て!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1672号(2008年5月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪すべてから学ぶ。最近、意識していることがあります。「すべてから学ぶ」好きでかかわっていることや、尊敬しているひとの話などから、学ぶことは、たくさんあります。でも、それだけでは、「すべて」ではありません。「すべて」というからには、自分の苦手な相手、うれしくはないこともそこには含まれます。それも含めて、「学ぶ」ということです。当たり前ですが、前者は簡単にできます。問題は後者です。(笑)ですが、これをやるようになってから、学びのレベルが変わったように感じるのです。私は、ものごとが正しいか正しくないか、ということには、ほとんど関心がありません。それが自分にとって、意味があるかないか。もっというと、意味を見いだせるかどうか、ということのほうが大切なのです。そういう目で、すべてのこと・もの・ひとを見てみると、実は、すべてのこと・もの・ひとに、意味を見出すことができるのです。そして、それが、「すべてから学ぶ」ということなのです。一番わかりやすいのが、「投影」です。避けたいもの、きらいなものが、自分の何かを映し出しているという、あれです。(^^ゞいらだちを感じたとき、被害者意識に見舞われたとき、すぐに、そこに「投影」がないかをチェックします。これが、おもしろいように見つかります。(笑)いえ、「そんなものはない」と思ってもかまわないのですが、「ある」と思ったほうが、結果的に、自分のおトクになるのです。ですから、よくわからないときには、「他山の石」として、受け止めることにします。いつかきっと役に立つ、という発想ですね。(笑)このやりかたをするようになってから、何が一番変わったかというと…怒らなくなりました♪まあ、もともとあまり怒るほうではないのですが。それでもけっこう「それってちがうだろ!」と、内心で反発することが少なからずありました。それが、「すべてから学ぶ」と考えた瞬間に、「あっ、そうか」と、おさまってくれるのです。仮に相手がまちがっていたとしても、それは、相手の問題なのです。そこから学んで、自分がよりよい生きかたをする方向につなげていけばいいだけなのです。大切なことは、学びには、評価は必要ないということです。これを学べていない自分はだめだと、ジャッジする必要はどこにもありません。まして、相手も学ぶべきだと押しつける必要はさらにありません。(爆)「すべてから学ぶ」ちょっと意識してみるだけで目に映る世界が変わりますよ。どうぞ、おためしあれ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1671号(2008年5月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪どうありたいのか。どう生きたいのか。ちょっと、気持ちがいらだっていました。時間がないのに、ものごとが思うようにすすまないのです。いらいらついでに、キーボードを思いきりたたいてしまったら、バチンとおおきな音を立てました。まるで、キーボードが「痛い」と言っているようで、そこで、はっと目がさめました。いらだっているときに、いらだった行動をすれば、いらだちはますます加速します。そうですよね?当たり前のことなのに、つい忘れていました。深呼吸しながら、自分に問いかけてみました。私は、いま、どうありたいのだろう。「おだやかにありたい」すぐにこたえがかえってきました。おだやかにあるためには、どうすればいいのだろう。これも、即答がきました。「呼吸を深くすること」「からだをゆるめること」ああ、なんて単純で、明快なこたえでしょう!もう、このときには、いらいらは、すでにおさまっていました。自分に問いかけたときに、感情の波は、しずまっていたのです。深呼吸して、自分に問いかける。ただ、それだけでよかったんです。私たちは、しばしば、感情にふりまわされます。そして、それをどうすることもできないように感じたりもします。でも、そんなことは、ないのですよ。たったひとつのことを覚えておけばね!そう、深呼吸して、自分に問いかけること。自分はどうありたいのかと。もっと言えば、どうある自分を生きたいのかと。そして、かえってきたこたえに、したがえばいいだけなんです。どうありたいのか。どう生きたいのか。どうぞ、この問いを、大切にしてください。それはそのまま、人生の羅針盤のようなものだからです。どんなに嵐がきても、どんなに波がはげしくても、その羅針盤さえしっかりと見つめていれば、行く先をみうしなうことはないのですから!どうありたいのか。どう生きたいのか。人生のおおきな局面だけでなく、日々のささやかな場面で。こころが乱れるとき、気持ちが苦しくなるとき。迷いの底にあるとき。深呼吸してください。そして、思い出してください。思い出すことができれば、あなたは、いつでもそこに帰ることができるのですから!今日のメッセージは、とてもとてもシンプルです。でも、私にとっても、繰り返しかみしめたいメッセージのひとつです。自戒をこめて。明日への祈りをこめて。どうありたいのか。どう生きたいのか。しっかりと、その方向を見据えたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1670号(2008年5月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪いわしの頭レベルで「いわしの頭も信心から」前々から、なぜか、このことばが好きです。「鰯の頭のような つまらないものでも、 信仰すれば非常に尊いもの に思えることから、 信仰心の不思議さをたとえた ことわざ。皮肉の意味で 使われることも多い」 --語源由来辞典より http://gogen-allguide.com/i/iwashinoatama.htmlと、あまり肯定的な意味には使われていないことばですが、例によって、かめわざ流。よかったら、おつきあいください♪このことばの意味には、「信心」=信仰することが、含まれています。「信仰心が厚い」「信心深い」というと、これは悪い意味にはなりません。で、考えたんです。どうせ何かを信じるなら、シンプルなほうがいい、と。ええ、むずかしい本を読むとか、座禅を組むとか、滝に打たれるとか、ツボを買ったりとか。(笑)そんな必要は一切なし! あ、もちろん、 それが好きなひとは、 やってかまいませんよ。 否定しているわけでは ありませんからね!で、ポイントは、何を信じるかということなんです。いわしの頭が、幸福を運んできてくれるとか、願いをかなえてくれるとかじゃないんです。 それも、信じたい ひとは、信じても かまわないのですが。(^^ゞいわしの頭でさえ信じられるのであれば、何を信じてもいいということなんです。ということは、どんなに自分のことを信じられないというひとであっても、自分を信じていい、ということなんですよ♪はい。これが、我田引水、かめわざ流。あなたは、もっと、自分を信じていい。その気になれば、この世のどんなことだって、信じることができるんです。だったら、この自分を、信じられないことがあるでしょうか。そんな壮大な、重大な決意なんていらないんです。せいぜい、いわしの頭くらいの決意でいいんです。だったら、ねっ、簡単でしょう? それって、どのくらいの 決意だよっていう ツッコミは却下です。(^^ゞ私たちはいつも、自分にたいしてきびしすぎます。自分を信じることに、ものすごくきびしい基準をもうけてます。世のなかのうわさ話は、とっても簡単に信じちゃうのにね!(笑)いわしの頭レベルで、自分を受け入れましょうよ。軽いノリで、自分にOKを出しちゃうんです。自分を信じる、自分にOKをあげる、この快適さを、気軽に味わってみましょうよ♪そしてね。わかってるひとは、もうわかってますね。いわしにはね、貴重な栄養素が、たっぷりと含まれてるんですよ!ええ、そうです。「いわしの頭…」なんてばかにしていたひとたちは、いわしの貴重さをわかっていなかったひとたちなんです!同じように、あなたのことを尊重してくれないひとたちは、あなたの価値がわかっていないだけなんです!もう一度、繰り返しますね。いわしの頭も信心から。だから、あなたは、もっと、自分を信じていい。あなたのことをわかっていないひとたちに迎合する必要はない。あなたはあなたのままでいい。さあ、今日も、いわしの頭レベルで、元気に生きましょう!ええ、もちろん、「とっても貴重!」って意味ですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1669号(2008年5月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪こたえではなく、きっかけ私たちはいつもこたえをほしがります。それさえあれば、あとはすべて解決するような気がして。でも、今朝、ふっと、こんなことばが降りてきました。「こたえではなく、きっかけ」ああ、そうかと思いました。そして、それがあまりに当たり前のことなので、思わず笑ってしまいました。学校のテストでは、こたえを出したところで、おしまいになります。あとは、○か×がついて、点数がつくだけです。でも、人生って、そうじゃないんですね。ある問題にたいして、あるひとが、Aというこたえを出したとします。別のひとは、Bというこたえを、また別のひとは、Cというこたえを出したとします。どんなこたえも、こたえが出たところから、はじまるのです。そこに○をつけようが、×をつけようが、そこからあたらしく何かがはじまるだけなんです。だから、私たちが「こたえ」だと思っていたことは、すべて、次のステップのための「きっかけ」にすぎないってことです。きっかけにすぎないということは、あとは、どんなふうに使うかは、自分次第ってことです。Aを選んだひとは、Aを楽しめばいいし、Bを選んだひとは、Bを味わえばいいし、Cを選んだひとは、Cをきわめればいい。すると、また次のステップが、そこにあらわれます。そして、それもやっぱり、ただのきっかけなんです。そんなふうに考えてみると、実は、生きているかぎり、こたえをつかまえることはないんだということがわかります。ですよね?こたえをつかまえてしまったら、そこで終わり。それは、私たちの人生の終わりのときかもしれないのですから。その終わりのときまで、きっかけを見つけて、トライしつづけるのが、私たちの人生なのかもしれません。いいえ。ひょっとしたら、人生の終わりのときさえも、未知なる次の世界のあらたなきっかけかもしれません。永遠の循環のなかで、私たちは、きっかけと出会いつづけます。そのきっかけをどう生かしますか?そのきっかけから、何をはじめますか?可能性は無限です。そして、決めるのはあなたです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1668号(2008年5月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪「できない!!」「できない」「無理」「だめだ」そんなことばは使わないようにしましょう。…自己啓発系の本には、たいていそんなふうに書かれています。私自身、書くことがあります。でも、ものごとには必ず、両面があるんですね。というわけで、今日は、「できない」と言ってしまおう!というお話です。(笑)私は、ダンスが苦手でした。苦手というからには、当然、自信もなく、あまりやりたいとも思いませんでした。ところが、あるとき、一念発起して、一度、徹底的にやってみようと思ったのです。そして、一日講座に申し込みをしました。できませんでした!(爆)もう、涙が出るくらい、ついていけません。私は思わず叫びました。「できない!!!」ステップを踏むたびに、「できない!!」ターンをするたびに、「できない!!」しまいには足がからまって、「うおーー、できないっ!」とうとう、参加者のひとりからは、「できないと言ってると、 ますますできなくなるよ」とまで、言われてしまいました。(笑) そのひとは、よもや私が、 こんなメルマガを書いている とは思わなかったでしょう。(^^ゞでもね、実は、少しだけちがったんです。「できない」というのは、実際、私の本心なんです。それを、こころのなかにしまっておきたくなかったんです。だって、私は、そのとき、気づいたんです。ああ、私、できない自分をジャッジしてるなって。できないのは恥ずかしいこと、できないのはだめなこと。そんなふうに、自分を否定してしまっているなと。だから、みとめてしまったんです。堂々と。「できない!!」そうするとね、できないことが、別に恥ずかしいことでもなんでもなくなるんですよ。だって、できないのが当たり前なんですから。(笑)そうやって、レッスンに参加しつづけていると、おもしろいことに気がつきました。できなくても、挑戦しつづけている自分が、どんどん楽しくなってくるんです!私は、わくわくしながら、ステップを踏みました。「できなーーーい!」と叫びながらポーズを決めました。(爆)そんなふうに大騒ぎして、1日の講座を終えました。そこで、気がつきました。そこには、ほかのひとよりは、「できない」けれども、昨日までの自分より、「できる」ようになっている自分がいたんです。うれしかったですよ。だって、はじめて、ほんのちょっとだけでも「できる」体験ができたのですからね!そして、何よりも、そのとき以来、私は、ダンスが好きになってしまったんです。いまでは、子どもミュージカルのレッスンのときなど、よく、いっしょにまじってやってます。相変わらずうまくできません。(笑)子どもたちのほうが、ずっと上手です。でも、それでいいんです。だって、私にとって、できる・できないは、もうどうでもいいことになっていますから。ダンスを踊ることが楽しい!その気持ちを、永遠に、手に入れることができたのですから!だから、ね。もしもあなたが、「できない」ことで苦しい思いをしているなら、思いきって、みとめてみるのも方法ですよ。叫んでしまいましょうよ。「できない!!」ってね。そして、そのまま、できない自分を楽しんでしまうんです。できないけど楽しめる自分と、仲良くなってしまうんです。はい。天下無敵です。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1667号(2008年5月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪動いて考える悩むひとは、頭で悩みます。これが、悩む原因です。はい? 何を言っているのかって?ええ、繰り返しますよ。頭で悩んでいるから、悩みが解決しないのです。先日、あることで、ちょっと行き詰まっていました。考えても、なかなか解決策が見えてきません。そこで、部屋のなかに椅子を二つ用意しました。少し距離をとって、向かい合わせに置きます。そのひとつに、座ります。私は、有能なセラピストで、目の前の椅子には、悩めるクライアントが座っている…と、仮定します。(笑)「どうしましたか?」私は聴きます。そして、ゆっくり席を立って、向かいがわの椅子に座ります。「はい、実は…」私は、こたえます。そして、ゆっくり移動して、また向かいがわの椅子に…。セラピストの私は、特別なことは何もしません。ただ、目の前の相手をイメージしながら、その表情を見、声を聴き、しっかりと感じるだけです。そうすると、不思議に、ことばが、自然に口をついて出てきます。そのことばが、なんとも的を射ているのです。(^^ゞセラピストにうながされ、クライアントの私は、無意識のうちに感じていた思いを、ぼつりぼつりと語りました。語ることで、あらためて、自分の気持ちに気がついていきました。セラピストの私は、何か言ってやろうとか、解決してやろうなんて、考える必要はありません。その思いをていねいに聴き、ただ、「そうなの」「それで、どうしたいの?」と、聴くだけでいいのです。そして、あまり長い時間をおかずに席を立ち、歩き、椅子を交代するのです。結果、わずか15分ほどでセッションは終わりました。気持ちは整理され、課題に対して、前に一歩踏み出すことができました。すごい! 実に有能!しかも、無料です!(爆)これって、ひとつには、一人二役をやることで、客観的な視点をもつということだと思います。でも、もうひとつは、「動いて考える」ことがあると思うのです。椅子に座る。立つ。歩く。そして、ことばに出す。これらは、すべて、からだの動きです。じっと動かずに、頭のなかだけで考えていると、思考は、文字どおり頭のなかをぐるぐるします。どこにも出口はありません。でも、からだを動かしていると、思考も、いっしょに動きだすのです。動きだして、変化していくのです。やりかたは、さまざま、自分流でいいと思います。ポイントは、行動として表現すること。できるだけ、立ち止まらず、動きつづけること!(笑)どうぞやってみてごらんなさい。たぶん、いままでとはちがった悩みかたができるはずですよ。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1666号(2008年5月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪不完全を体験する。その魂は、生まれながらにして完全であった。完全なる魂は、完全であるがゆえに、何一つ変化することができなかった。変化しない魂は、存在の意味を確認することさえできない。このままではいけない。と、魂は考えた。変化を生み出すためには、不完全である必要がある。そのためには、不完全な器に入る必要がある。魂は、探した。自分を受け入れてくれる「肉体」という器を。そして、それはまもなく見つかった。それが「あなた」だ。あなたという「器」だ。「器」に入るということは、魂の記憶を手ばなすということだ。でなければ、新しい変化を手に入れることはできないのだから。魂は、あなたのなかに入る。おとずれるであろう、無数の体験を期待しながら。そして…。長い時間ののち、ふと、魂は目覚めた。自分がとてつもなくきゅうくつなところにいることがわかった。そして、たえまなく、聴こえてくる低い声を耳にした。ワタシハダメナヤツダ…ジシンガモテナイ…ヘンカスルコトガコワイ…変化することが怖い?なぜだろう…と、魂はいぶかった。だって、自分は変化をもとめて、この地上にやってきたはずなのに。きゅうくつさは日に日にまして、魂はおしつぶされそうになり、悲鳴をあげる。思い出してくれ!なぜ、ここにいるのかを!声は、最初、あなたには届かない。あなたは、毎日を、怖れのなかで暮らしている。間違わないように…笑われないように…目立たないように…。そうすることが、唯一絶対に、生き延びていく方法だと思いこみながら。だが、ある日、ふと、あなたは、だれかの声を聴く。どこからひびいてくるのか、わからない声だ。だが、むしょうになつかしく、胸がうちふるえるのを止めることができない。声は、あなたに語りかける。あなたは、何のために生まれてきたのかと。何のために生まれてきたのかだと?そんなこと考えたこともないと、あなたはこたえる。考えたとしても、かなうはずがないと、あなたはこたえる。魂は、あなたの声のふるえのなかに、不完全を体験する。これこそが、もとめていた不完全そのものではないか。ああ、ありがとう。不完全を生きてくれて。とっておきの不完全を自分のために、選んでくれて。魂は、さらに語りかける。これこそが、私の望んでいた状態だ。そして、あなたが、私の頼みに応じて、引き受けてくれた状態だ。さあ、ここからはじめよう。我々は、この不完全とどのように向き合えばいいのか。この不完全と向き合うことで、何を学び、何を生かせばいいのか。模索がはじまる。魂とあなたの協働作業が。魂は、あなたという「器」とともに、変化を体験できることがうれしくてたまらない。あなたは、自分の人生が、魂の感謝とともに歩んでいるということが、うれしくてたまらない。そこに気づいたいま、何を体験するかは、あなたがたの完全な自由だ。不完全を楽しみながら、あらたな地平をめざそう。ふたたび、完全な自分に還る、そのときまで。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1665号(2008年5月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪「できる」自分に気づいてください。絶対にできないと思っていたことが、できてしまうことがあります。たとえば、あなたが橋をわたったとします。わたったあとで、その橋が、いまにもくずれそうだったことを知ったとします。「知っていたら、 わたれなかった」あなたはきっと思うでしょう。でもね。そこで考えてみてください。たしかに「知っていたら」わたれなかったかもしれません。でも、あなたは現に、わたったのです。「わたる」ことが、ちゃんとできたのです。「知っていたらわたれない」と思うとすれば、それは、「わたれない」のではなく、「わたらない」のです。理由はなんであれ。こんなことが、しょっちゅうあります。できない、無理、だめだと思っているのは、本当にできないのではなく、何かがブレーキをかけて、できないと思わせているだけなのです。だとしたら、私たちは、そのことにたいして、「できない」と思う必要はないのです。「それはやらない」と、思えばいいのです。そう、理由はなんであれ!「それは、やらない」「それは、いまはやらない」「いまはやらない選択を 自分がしている」「やらない選択をしている 自分は、やる選択を いつかすることもできる」「選択権は自分にある」そう考えたとき、あなたは、「できない自分」から解放されます。「できない自分」とは、自分が勝手に決めた枠組みにすぎなかったのですから。本当に、こんなことが、しょっちゅうあるのです。そのたびに、私たちは、自分の可能性を、どんどんしぼめてしまいます。本当にもったいないなあと思います。もう一度、振り返ってみましょうよ。私たちは、うんとちいさな子どものころは、誰もが偉大なチャレンジャーだったはずなんです。怖れも知らず(そう、文字どおり、知らず!)どんなことにたいしても、興味のおもむくままに、行動することができたはずなのです。だとすれば、できないことなんて、ほとんどないのです。あなたが、できないと思いこんでいるだけ。自分で、自分をしばっているだけ。「できる」自分に気づいてください。「できる」自分なら、どういう行動をしていたか、考えてみてください。それだけで、あなたの生きかたは変わるはずです。あ、冒頭の、橋の話はもちろんたとえ話です。「あぶない橋」を無理して、わたる必要はありませんからね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1664号(2008年5月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪言うことをきかないとき中学校演劇部の外部指導員をつとめていたときに、私がとってもうれしいと感じたこと。それは…。子どもが言うことをきかないとき!!(^○^)指導員ですから、当然、指導をします。子どもですから、当然、したがいます。でも、そのうちに、そこにはまらなくなってくることがあるんですね。それは、子ども自身が自分のやりかたで、やってみたいと思うとき。それは、素直なかたちであらわれることもあります。「こんなふうにして みたいんですけど…」このときは、すんなりと「やってごらん」と言えます。そうではないかたちで、あらわれることもあります。妙に反抗的な態度に出たり、わざと、見えないところで行動したりするときです。私も、最初は気がつきません。「何、すねてるんだろうなあ」「何か気に入らないことでも あったのかなあ」勝手に憶測したりします。でも、あるとき、あっと、気がつくのです。そうか、自分のやりかたでやろうとしているんだな、って。正直、「おいおい、それじゃうまくいかないぞ」と思うこともあります。(笑)案の定、うまくいかずに、頓挫してしまうこともあります。うまくいったと、自慢げになっているそれを見ると、結果的に、私が言ったことと、同じ内容だったりします。(本人は 気づいていませんが)(爆)でも、それもこれもみんなひっくるめて、「いいなあ」と思うのです。だって、自分で考えて、自分で選んで、自分で行動しているのですからね!ひとは、学んだ知識だけでは、次に進むことはできないのです。何らかのかたちで、表現すること、実行することなしには、それを体得することはできないのです。だからこそ、そこにかかわるおとなは、うまくいっても、うまくいかなくても、行動したことそのものに、OKをあげてほしいのです。まっすぐに受け取ってもらえないときでも、いいえ、そんなときこそ、こころのなかで、「よしよし」って、OKを出してほしいのです。そしてね。子どもが(あるいは、それは、部下だったり仲間だったりすることもあるかもしれません)言うことをきかないとき。それって、実は、チャンスかもしれません。あたらしい発想が、そこに生まれているかもしれません。自分では気づかないでいた何かを、発見させてもらえるかもしれません。私がいつも、「トラブルはチャンス」というのは、そういうことです。うまくいかないことのなかに、あなた自身にとってのステップが隠されているかもしれません。それをまっすぐに受け止めて、しっかり受け入れたとき、そこに、あたらしい関係が生まれてくるかもしれません。どうぞ、お楽しみにね!すべてが学びのチャンスです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1663号(2008年5月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪まずは、「イエス」と言う。ひとと話しているとき、思わず反論や言いわけをしたくなることって、ありませんか?私には、あります。(たくさん!)でも、最近、意識して、気をつけていることがあるんです。「反論や言いわけを したくなったら、 こころのなかで、まず、『イエス』と言おう」って。反論や言いわけをしたくなるときって、意識は、自分のがわを向いているんですね。せっかく、ひとと話をしているのに、相手のことを、ちゃんと見ていないことになってしまうんです。それって、あまり有効なコミュニケーションの方法だと思えませんよね。それに、私たちは、真剣に相手の話を聴いているつもりでいるときでさえ、けっこう、聴き落としたり、かん違いして受け取ってしまうことがおおいんです。そんなとき、自分に意識が向いてしまったら、ますます、聴き取れなくなってしまいます。だからこそ、自分の意識が動いた瞬間に、「イエス」と言うんです。「イエス」というのは、「相手が正しい」という「イエス」ではありません。「あなたの言うことを、 しっかり受け止めます」の、「イエス」なんです。でもね。ことばって、おもしろいですよね。「イエス」と言った瞬間に、相手のことばが、すっと、入ってくるんです。一瞬前まで、あんなに反論や言いわけをしたい気持ちが動いていたのに。これ、比べてみるとわかります。ためしに、最初から、「このひとに反論してやろう。 言いわけをしよう」と思って、ひとの話を聴いてみてください。もう、聴くかたっぱしから、反論、言いわけ、浮かびまくりです。(笑)この逆も、同じなんです。「イエス」と言った瞬間に、相手の伝えようとしている思い、相手の気持ちが、すんなり入ってきますから。それができたら、どうぞ、最後まで、その気持ちをキープしながら、聴いてみてください。先日も、こんなことがありました。あるかたに言われたことで、瞬間、むっとすることがあったのです。でも、そのときもすかさず、こころのなかで、「イエス」と言いました。すると、次の瞬間、そのひとのもっている怖れやかなしみが、胸に流れこんできたんです。ああ、このひとは、ただ、受け止めてほしいんだな。そのことがわかりました。相手は、私を攻撃したいわけではなかったのです。そのことがわかると、私のほうも、無用な反論をする必要がなくなります。そしたら、あとは、お互いが歩み寄れるところを探していけばいいだけなんです。まずは、「イエス」と言う。よかったら、ぜひためしてみてください。判断や批評や比較をせずに、ましてや、自己否定などけっしてせずに。(^^ゞまるごと、相手のことばを、…もっと言うと、相手が伝えようとしているまるごとを感じてください。え? 聴いたあとはどうすればいいですか、って?はい。そこから上手に、「いいとこどり」をしちゃってください。すべての情報は、あなたを幸福にするためにあります。幸福に感じないことまで、無理に受け入れることはありませんから♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1662号(2008年5月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪今日のブラッシュアップ「今日は、自分の何を ブラッシュアップさせようか」朝起きたら、こんな問いを自分に投げかけてみませんか?英語を使っちゃいましたが、日本語でもかまいません。「今日は、自分の何を みがきあげようか」この問いのことばが頭に浮かんできたとき、「なんてすてきな 表現なんだろう」と、わくわくしてしまいました。だって、このことばは、「みがきあげるだけのものが 自分にはある」ことを前提にしているからです。私たちはしばしば、自分に「ない」と感じているものを、補おうとします。「自分は足が遅いから、 もっと速くなりたい」「自分は計算が苦手だから、 もっと得意になりたい」それ自体は、もちろんまちがいではありません。そして何かをしようとする前向きな気持ちでもあります。でも、そこには、前提として「できない」自分がいるように思うのです。○○ができないから、○○をする。なんだか、スタートラインがマイナスのように感じてしまうのです。そうではなくて。自分には、もともとそのちからがそなわっているのです。それを、みがきあげる、ブラッシュシップさせることを考えればいいのです。実際、そうですよね?「足が遅い」と感じているひとがいたとして、でも、そのひとは、かたつむりより、歩くのが遅いのでしょうか?ありさんと競争しても負けちゃうのでしょうか?そんなことはありません。そのひとには、そのひとなりの速度がちゃんとあるのです。ゼロではないのです。ゼロではないのだから、みがきあげることを考えればいいんです。あるものを、さらにかがやかせることを考えればいいんです。さあ、今日は、あなたがもっている才能や能力、魅力をしっかり見てみましょう。あなたは、実際にたくさんの才能や能力や魅力をもっているのです。ただ、これまではそれが充分にかがやいていなかっただけなんです。だから、みがきましょう。みがけば、ちゃんと光りますから♪そして、それは、急がず、あわてずに。何もかもいっぺんになんて、だれにもできません。一つ、ひとつでいいんです。喫茶店に行くとよくある「今日のコーヒー」のように、看板を出してみましょうか。「今日のブラッシュアップ」実際に、紙に書き出してもいいかもしれません。そして、一日、そのことをこころにかけてみるんです。私たちの脳は、いったん意識したことは、だまっていても掘り下げていく習性をもっています。どうしたらよりすてきにブラッシュアップできるか、そのために何ができるか、脳は、ちゃんと協力してくれますからね!そして、どんなにちいさなことでも、思いついたら、実行してみることがポイント!実際に動くことで、体験して学ぶことで、あなたの魅力は、確実にアップしていきますよ♪さあ、楽しみながら、レッツ、トライ!あなたのよりかがやく明日のために♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1661号(2008年5月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪本当の気持ちに気づきましょうよ「私は、○○な人間だ」こう断言するひとがいます。それも、自分の魅力や才能を語るのではなく、自分のできないところ、うまくいかないところを、断定しちゃうのです。そういうことって、もちろん、私にもあります。「私は、算数ができない!」(爆) でも、実は、私は知ってます。本当はそうじゃないんです。「私は、算数がやりたくない」これが、正解です。(^^ゞだって、その証拠に、たしかに、私は、足し算や引き算をしょっちゅうまちがいますが、 常連読者さんはよくご存知。(^^ゞ「この1ページあたりの字数を 計算して」といわれると、あっというまにほぼ目測でできちゃいます。これ、私が長年、編集者をやっていたせいです。そして、大好きな編集の仕事に関することだったら、何の苦もなくできるんです。同じ算数なのにね。(笑)「私は、○○できません」こう断言できるひとに、ためしに、こう聴いてみたらどうでしょうか?「本当ですか? 絶対に絶対に、本当ですか? もし将来のいつか、 それができちゃったとき、 うそを言ったお詫びに 一億円、私に払うくらい、 自信をもっていえますか?」いえ、なぜ私に払うかというツッコミはおいといて…。そのくらい、つきつめても、「イエス」といえるひとは、ほとんどいないんです。だったら、それって、断定できることじゃないんです。ちょっといぢわるな書きかたをしてしまったかもしれませんね。今日お伝えしたかったことは、「あなたの本当の気持ちに 気づきましょうよ」っていうことなんです。あなたは、「○○できない」のではないんです。ただ、「○○する」のが、ちょっと怖いだけなんです。うまくいかなかったら、どうしようと、予防線を張っているだけなんです。でもね。ただそれだけのことなのに、最初から「できない」と、決めつけてしまうなんて、もったいないと思いませんか?もっともっと、自分の可能性を信じてみたらどうなのですか?そのためのヒントは、あなたがそれを「やりたくか、 やりたくないか」です。もしも、やりたくなくて、できないことであるのなら、堂々と、「やらない」と、断言すればいいのです。私の算数のようにね。 ヒラキナオリです。ハイ。でも、もしもこころのどこかで、「やりたい」と思っているのなら。「できない」を、こう言い替えてみるのです。「いまはまだできていない」そう、あなたはこれまで、たまたまできていなかっただけなんです。この先、ひょっとしたら、できちゃうかもしれないんです。そして、やりたいと思う気持ちが動くなら、あとは、いいわけせずに、やれる方法をさがせばいいだけなんです。簡単でしょう?ええ、ものごとは、とってもシンプル♪そのかわり、やると決めた以上は、本気でやってくださいね。本気でやったことなら、どんな結果でも、ちゃんと受け止めることができるんですよ。あなたはすべての結果を、自分自身の実りとして受け取ることができるんです。勇気をもって踏み出してください。あなたの人生が、さらなる可能性に向かってひらかれていきますように。あなたのいのちが、かがやく光のなかにありますように。こころの底から祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1660号(2008年5月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪「意味」をはずす時間子どものころ、おとなのひとから、こんなふうに言われた記憶はありませんか?「そんなことやって、 何の意味があるの?」「よく考えてから 行動しなさい」そして、そのとき、あなたがやろうとしていたことは、理由はわからないけれど、わくわくすることであったり、どきどきすることであったりはしませんでしたか?そう、意味なんか、まるでわからなかった。でも、考える前に、からだが動いていた。それって、アタマではなく、からだが、こころが、もっと言うと、魂が、「やってみたい」と、願ったことなんですね。意味を考えることを否定するつもりはありません。考える必要があるときも、たくさんありますから。でもね。たとえば目の前に、コップがあるとします。あなたは、それをコップだと認識しています。そして、コップとしてコップを使います。「意味をつける」ということは、つまり、そういうことなんです。コップを見たら、「コップ」ということばしか思い出さないし、コップとしての用途しか考えられなくなるのです。そしたら、もう、コップを見ても、どきどきすることもないし、わくわくすることもありません。だって、もう「わかって」しまっていますから!ここまで書いてきて、ふっと思いました。私たちは、自分自身を、そしてまわりのひとを、コップと同じように、「意味づけて」はいないだろうかと。自分(あのひと)は、こんなひと。自分(このひと)は、これが、できる・できない。それはこうだから、結果はこうなるに決まってる…。それって、なんだかつまらないことだと思いませんか?だって、そう思ってしまったら、こころは、ひとつも動かないのです。新しい発見は、何も生まれないのです。私たちは、いつのまにか、ものごとの意味を手に入れるかわりに、何か大切なものを、忘れてきてしまったのかもしれません。意味のないことが、(意味をつけないことが)世界を何倍にもゆたかにふくらませていたことに、気づこうとしていなかったのかもしれません。ちょっとだけ立ち止まってみませんか。そして、あなたの生活のなかで、何かひとつでいいから、「意味」をはずす時間をつくってみませんか?目の前のこと・もの・ひとに、価値や判断をつけず、ただ、まっさらに見てみる時間をもってみませんか?きっと、何かが動き出すと思うのです。あの子ども時代に感じた、えもいわれぬ不思議な感覚。自分の深いところから、つきうごかされるように、湧き上がってくる、きらきらしたエネルギー。その意味もないものが、どれだけ、あの時代を輝かせてくれていたか。何かを感じた瞬間に、思いのままに動くことが、どれだけ、自分の可能性をひらいてくれていたか。私たちは、もう、何もわからなかった時代にもどることはできません。でも、その感覚を使うことはできます。思い出しさえすればね!考えない体験を、意味をつけない時間を、毎日の生活のなかに、ちょっとだけとりいれてみませんか?きっと、目の前のこと・もの・ひとが、まるでちがって見えてくることでしょう。さあ、レッツ、トライ!はじめたもの勝ちです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1659号(2008年5月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.12.15
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