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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------あなたのためだけに、あたえられた舞台なのです。中学校のときから、演劇をやってきました。ちいさな演劇部で、脚本も書いたし、役者も裏方さんもみんな体験しました。一番好きなのは、舞台が終わって、たくさんの拍手をいただく瞬間です。どんなに苦しい稽古を重ねてきても、その瞬間に、すべてがむくわれるのです。そして…、もうひとつ好きなもの。お芝居が終わり、観客も帰った舞台で、解体がおこなわれるときです。どんなに美しい世界も、あっというまに、ただの、ベニヤ板や、布や紙のかたまりにもどっていきます。荷物がトラックに積みこまれてしまうと、あとには、何もない、はだかのステージが残るだけなのです。目の奥には、まだ、あの舞台が残像のように残っています。役者をやっていれば、やった役の感情も、消え去ってはいません。でも、意識は、それらがすべて過去のものであることを知っています。どんなに愛しても、わかれを告げるときがやってきたことを知っているのです。ええ。舞台が終わるたびに、私はいつも、人生がひとつ終わったような気持ちにかられるのです。それは、しみじみとさびしく、けれども、不思議なおだやかさに満ちた気持ちです。振り返れば、舞台には、ただ、光が満ちているだけ。その光もやがて消えて、闇のなかに沈んでいきます。ああ、人生の終わりも、こんなふうにありたい。かぎられた時間を、燃焼し尽くして、あとは、何もないところにもどっていくだけ。ふたたび、光がともれば、あたらしい人生が待っている。過去をひきずることなく、あたらしい自分とあたらしい物語を生きていく。それでいいんだ…。そう思うと、自然に涙があふれてきます。この一回限りの自分という存在が、いとおしくて、いとおしくて、たまらなくなる瞬間です。あなたもまた、あなたの人生という舞台をいま、生きています。それは、あっという間に、過ぎ去っていく時間です。終われば、あとかたもなく、消え去ってしまう存在です。だからこそ、どうぞ、愛してあげてください。せっかく、めぐりあってまわってきた役まわりなのです。あなたのためだけにあたえられた舞台なのです。最高の自分を生きてください。あなたの舞台に、今日は、こころからの拍手を贈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1365号(2007年7月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------次、行ってみよう!「うまくいかなかったら、 どうしようかなあ」最近、ちょっと思っていたことがあります。人間だれしも、うまくいってほしいことが、うまくいかなかったら、がっかりします。自分のちからが足りないせいだと、自己嫌悪におちいりたくなります。そんなことを考えていたら、ふっと、声が聴こえました。「次、行ってみよう!」え? どういうこと?そう聴き返そうとした次の瞬間、笑いがこみあげてきました!あ、そうか、なあんだ、それでいいんだ!すとんと納得している自分がいたからです。ちいさなころ、私たちは、大切なお人形やおもちゃが、こわれてしまったとき、この世の終わりのように嘆き悲しみました。でも、その悲しみは、いつまでもつづきませんでした。やがて、あたらしいお人形やおもちゃを手に入れ、それを愛するようになっていったからです。そして、そのあたらしいお人形やおもちゃも、いつかてばなして、おとなになっていったのです。私たちが、おとなになって体験する悲しみや痛みは、子どものころほどに単純ではないかもしれません。でも、それをうしなったときの嘆きは、もしかしたら、子どものころのほうが、おおきかったかもしれませんよ。だって、あのころは、いまと比べて、世界はほんのひとにぎりしかありませんでした。大好きなお人形やおもちゃは、子どもだったあなたの人生の、ものすごくおおきなパーセンテージを占めていたはずですものね。でも、私たちは、そこで立ち止まりはしませんでした。悲しみや嘆きを超えて、「次」の何かを手に入れてきたのです。「次」の何かを手に入れることをおそれはしなかったのです。そう。いつだって、「次」はあったのです。すぐにはやってこなかったかもしれないけれど。必ずしも、望んだかたちどおりではなかったかもしれないけれど。何をうしなったとしても、世界が終わることはなかったのです。この世の終わりの代わりに、いつだって、あたらしい「次」がやってきたのです。だからね。あなたが、いま、過去の失敗のために、足踏みをしているようなら、声をかけてあげるんです。「ドンマイ、ドンマイ、 次、行ってみよう!」そして軽く背中を押してあげるんですよ。まるで、自分の人生の監督にでもなったような気分でね。生きるってことは、このくらいの軽さがあってもいいんですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1364号(2007年7月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------まるごとの自分を生きるためのサインです。とあることで、自分のなかに、深い痛みが残されていたことを知りました。それに気づいたときは、痛くて、痛くて、泣きました。いえ、正確には、あえて泣いたのです。だって、最初は思わず、泣くのをこらえようとしたのですから。そんなことで、泣いちゃいけないって。でも、すぐに思い直したのです。泣いていいんだ、って。弱虫の自分でいいんだ。できない自分でいいんだ。こんなにも痛い思いをかかえたままの自分でもいいんだ。こんなにも痛い思いをかかえたままで生きている、そんな自分にOKをあげようって。OKして、OKして、ゆるしつづけていくと、やがて、痛みは、静かに遠のいていきました。もしも、ゆるすことができずにいたら、痛みは、ずっとそこに、とどまりつづけたでしょう。そのことがわかったとき、ゆるすことのできる自分に感謝している自分がいました。痛みは、いまも、まだ胸のなかにあって、ちりちりとかすかにその存在を主張します。それでいいのだと思います。その痛みを、そのまま、受け入れようと思うのです。痛みとともに生きている、自分自身を受け入れようと思うのです。がまんするのではなく、見ないふりをするのでもなく、ただ、あるがままに。痛みが湧き上がってくるたびに、そっと抱きしめて。その痛みが、私に、とても大切なことを教えてくれていることに気づいたから。その痛みがなければ、自分の深いところと、向き合わずにいるだろうと、気づいたから。すべて、痛みは、まるごとの自分を生きるためのサインです。本当にまるごとを生きているのか。そのことを教えてくれるために、痛みは何度でもあがってきます。今回、私は、たしかに痛かったけれど、過去の自分のままではいなかったことに気づくことができました。ああ、長い長い時間をかけて、自分は、ここまで来たんだな…。そんなふうに、自分を認めることができました。だからね。否定する必要はないんです。怖れる必要もないんです。ただ、まっすぐに向き合って、受け入れてみたらいいのです。どこに行ったらいいのか、何をしたらいいのか、どう生きていけばいいのか。痛みは、ちゃんと教えてくれます。あなたとともにありながら、あなたをサポートしてくれています。受け止めてあげてくださいね。あなたがあなたを生きていくために…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1363号(2007年7月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分というまるごとの全存在私が、「からだ」ということばを使うときは、漢字でもカタカナでもなく、ひらがなを用います。漢字を使って、「体」「身体」(肉体)と表記してしまうと、何となく、物質的な感じがしてしまいます。また、「カラダ」とカタカナで書くのも、何となく、記号的な感じがして、すっきりしません。 これはあくまでも、 私個人の感覚です。そこで、見た目にもやわらかく、どんな解釈も包みこめるイメージで、ひらがなで「からだ」と表記しているのです。ここで言う「からだ」は、ですから、単に、肉体をさすものではありません。また、概念として意味をつけるものでもありません。こころ、肉体、魂、まるごとをひっくるめて、「からだ」と呼んでいるのです。自分というまるごとの全存在を、「からだ」と呼ぶのです。こころ、肉体、魂、それらまるごと全部を「からだ」と呼ぶならば、実は、私たちが棲むこの地球も、私たちの「からだ」の一部です。 私たちが、地球の一部である と言ったほうが正解でしょうが。地球と切り離されて、私たちは存在しえないからです。そして、地球とひとつながりの存在であるということは、地球に棲むすべてのいのちともつながっているということです。さらに、地球とひとつながりの存在であるということは、この宇宙ともつながっていることを意味します。地球が宇宙の一部である以上、そこに棲む私たちもまた、必然的に、その一部になるのです。つまり、私たちは、いま、ここに存在しているだけで、地球とひとつであり、宇宙とひとつです。宇宙とは、世界そのものです。世界そのものとつながっている私たちは、本来は、すべてをわかっている存在なのです。だから、本当に必要なことは、自分に訊けばいいのです。「からだ」をとおして、地球に、宇宙に訊けばいいのです。ただ、文明の発達にともなって、私たちは、この「からだ」のごくごく一部ばかりを重視する生活をしています。そう、「頭」です。あらゆることを、「頭」で、解決しようとしてしまいます。でも、よく考えてみてください。私たちが生まれてくるとき、「頭」(脳)は、いつできたのでしょうか?けっして最初ではありませんでしたよ!ほかのいくつかの細胞が分裂・成長したのちに、「どうも必要らしい」ということで(笑)頭(脳)は、発生するのです。まずは、「からだ」ありきなのです。「からだ」は、「空(から)だ」です。「空」(から)である「殻(器)だ」でもあります。私たちは、この空の器に、どんなものを入れることもできます。一体、何を入れるのか。どうぞ、「からだ」をとおして、深く深く、訊いてください。あなたのなかに、世界のこたえがあります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1362号(2007年7月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------------見守っているくらいが、ちょうどいいのかもしれません。年末に、ちいさな鉢植えを買いました。きれいな花を咲かせてくれていたのに、部屋に置いておくと、どんどん枯れていってしまいました。あとで、調べてみたら、寒いくらいがちょうどいい花らしいのです。水もやりすぎず、ほうっておくくらいがいいとのことでした。北海道人の私の部屋は、お花には、ちょっと暑すぎたようです。 冬は部屋全体を あたためないと、 どうもだめなのです。水もやりすぎた気がします。不精者なので、枯れた鉢植えを、ベランダに出して、そのままにしておきました。そして、冬が過ぎ、春が過ぎていきました。先日、ふっと、そのベランダを見たときです。「わあ!」と思わず歓声をあげてしまいました。枯れて死んでしまったと思っていた鉢植えから、あたらしい芽が出ていたのです!ちいさなちいさな弱々しい芽です。風が吹くだけで、ひよひよと揺れて、いかにも頼りなさげです。でも、昨年の教訓があるので、今度は、慎重に(笑)、水もやりすぎず、ほうっておきました。ときどき、そっと、ベランダの戸を開けては、どうなっているかなとのぞきはしましたけれど。最初はちいさかった芽は、少しずつおおきくなり、葉を伸ばしていきました。大丈夫かなと思うほど、ゆっくりと、でも、確実に、芽は伸びていきました。そして気がつくと、いつのまにか、その芽は、一人前の背丈になっていました。てっぺんをつんと伸ばして、「生きてますよ」と、誇らしげに風に揺れています。それを見ながら、ふと思いました。人間も同じかな、と。何もかも面倒を見すぎてしまったら、その子本来のちからを発揮することはできないかもしれません。心配しすぎてしまって、囲いこんでしまったら、きゅうくつになって、ちぢこまってしまうかもしれません。ちょっとほうっておいて、でも、そっと見守っているくらいが、ちょうどいいのかもしれません。最初はじれったいかもしれないけれど、気がつくと、その子なりの芽を出しているかもしれません。その子なりに、葉っぱを成長させていくかもしれません。自分のちからでおおきくなっていくことに、ひそかに誇りを感じながら。あなたのまわりには、あなたが育てたいと思ってる花はありますか? ええ、必ずしも実際の花 という意味ではありません。その花にたいして、あなたは、どのように接していますか?あなたの花が、その花本来の美しさで輝くことができますように。今日は、プチお花育て指南でした♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1361号(2007年7月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------まずは、自分にフォーカスするんです。ひとと話しているとき、ネットでやりとりしているとき、何かの文章を読んだとき…。抵抗を感じることがあります。本当にそれでいいの?それって、何か間違っていない?どうしても納得いかない…。そんなふうに、こころがさわぎだします。ても、それって、実は、自分にとっておおきなチャンスなんです。最近、あらためてそのことに気づきました。抵抗を感じるということは、自分のなかに、何か引っかかりがあるということ。感情が動かされるということ。だったら、そこにフォーカスしてみるんです。ええ、ポイントは、相手じゃないんです。なぜ、自分は、そこに抵抗を感じるのだろう。なぜ、感情を動かされるのだろう。そのことを、じっと、考えてみるんです。おおくの場合、そこには、自分で自分をゆるしていないものが隠されていたりします。あたらしい価値観を受け入れられないでいる自分がいたりします。そう。それが、抵抗を感じる相手やできごとによって、あぶりだされてくるんです。それって、まさに鏡なんです。だからね。何か抵抗が起きてきたとき、感情が動いてきたときは、まずは、チャンスだと思ってください。問題は、相手やできごとにあるのではないのです。むしろ、相手やできごとは、あなたに気づきのきっかけをあたえてくれているのです。今日のメッセージは、ちょっと極論に感じるひとがいるかもしれません。ええ、実は極論です。(笑)でもね、極論してみることで、自分の内がわが、クリアになることってありませんか?ああ、私はこのことを見ないようにして、生きてきたんだ…。本当はこんなふうに生きたかったんだな…。そんな気づきが生まれやすくなるんですよ。私たちの本質は、すべて、自分がどう生きたいかを知っています。ただ、私たちが、それをきちんと見ないでいるだけのことなのです。だから、抵抗が起きていたときは、チャンスなのです。感情が揺さぶられるときが、チャンスなのです。相手やできごとではなく、まずは、自分にフォーカスするんです。そして、自分の内がわと、しっかり対話したなら、必要な行動が生まれてきます。そのとき、はじめて、相手やできごとに向きあっても、けっして遅くはないんです。さあ、チャンスは、あなたのまわりに、たくさんころがっていますよ!レッツ、トライ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1360号(2007年7月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------シナプスを愛で満たせ!一見、個体に見える私たちのからだは、ミクロの世界で見ると、けっして、びっしりとくっつきあっている存在ではありません。たとえば、神経細胞と神経細胞のあいだには、100ナノメートルのすきまがあるそうです。1ナノは、1億分の1。途方もなくわずかですが、でも、すきまがあるということは、そこは、可変する空間である、ということです。想像してみてください。あらゆる神経細胞と神経細胞のあいだに、ちいさなすきまがあり、そこを、神経伝達物質が飛び交っているのです。私たちのからだのなかは、なんてにぎやかな空間なのでしょうね。さて、シナプスは、もちろん、脳においても、おおきなはたらきをしています。このすきまに、何が入りこむかによって、私たちのこころは、感情を呼び覚まされたり、記憶をつないだり途切れさせたりします。そして、そのつなぎかたで、病気になったり、治ったりもするようです。こころ(脳)のなかの、無数の神経細胞と、そのあいだのすきま。そのすきまを飛び交う神経伝達物質。私は、広大な宇宙のただなかに、ただよっている自分をイメージしました。 私の神経細胞は、 宇宙のイメージを、 つないだもようです。私のまわりには、電波やら、宇宙気流やら隕石やらが飛びかいます。そのなかを、赤子のように、手足をまるめてただよっているのです。「シナプスを愛で満たせ!」どーんと、ことばが降りてきました。あまりに強いひびきだったので、一瞬、実際に聴こえたかのような気がしたほどです。その瞬間、私を包む感覚が、一変しました。それは、「おだやかさ」ということば以外には表現のしようのない感覚でした。私は、まるで、羊水のなかをただようかのようなやすらぎを体験したのです。「シナプスを愛で満たせ!」それは、一体、何のメッセージだったのでしょう。愛ということばを解説することは私にはできません。けれども、「シナプス」を、「あいだ」ということばに置き換えてみると、すとんと胸に落ちる気がするのです。あなたと私のあいだ。ひととひととのあいだ。国と国とのあいだ。悲しみでもなく…、怒りでもなく…、憎しみでもなく…、あらそうこころでもなく…、ただ、愛で満たせ…と。それはまさに、21世紀に向けたメッセージのように感じられました。私たちが、私たち自身を生きることをとおして、探りつづけていかなければならない指標のように感じました。そしてね、ふっと思ったんです。このメッセージの最初の部分を読み返してみてください。シナプスの距離は、わずか100ナノメートルなんですよ。たったそれだけをつなぐだけでいいんです。愛までの距離は、本当は、思ったよりもずっと近いのかもしれません。それから、もういっこ、気がつきました。シナプスは、本当は、もともと「愛」そのものだったのかもしれません。だって、「あいだ」のなかに、すでに「あい」は隠されているのですから。 (ちょっと親父ギャグでしたか?)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1359号(2007年7月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------私たちは、いつでも、選択できる存在ですから。肌…28日、心臓…22日、胃腸…5日、筋肉…60日、骨…90日。これ、何の数字だと思いますか?細胞が入れ替わる周期なのだそうです。もちろん、年齢やからだの状態によって数字は変わるわけですが、ごく普通に健康な状態なら、ほぼこのくらいなのだそうです。ということは、もう、おわかりですね?三か月前の私たちは、もう、いまの私たちではないということなのです!そう、完全に別人28号です。 (すみません、 わかりにくいギャグで)そして、もっと言うと、「いま」という時間に、私たちは、一瞬たりとも、同じ状態であることはないということなのです。では、一歩進めてみます。からだがそのようにできているのだとしたら、こころだって、同じなのではありませんか?からだとひとつながりであるこころだけが、変化しないということはないのです。でも…と、反論されるかたがいらっしゃるでしょうね。「私は、この○○年間、 ◇◇にたいする怒りを 抱きつづけています!」と。はい。これにもちゃんとお返事ができます。日焼けしたお肌をそのまま放置したらどうなりますか?しみができますね。そのしみは、自然に消えることはありませんね?しみをつくるシステムが、お肌につくられるからです。新しいシステムをからだが採用して、次の細胞に伝達するのです。ということは、こころも同じなんです。いったん、つくりあげられた怒りがわいてくるシステムを、あなたがそのまま、継続しているということです。だから、システムに忠実に、怒りが再生産されるのです。私たちは、いやおうなしに、変化する存在なのです。変わらないものがあるとすれば、あなた自身が、それを変えないことを選択しているのです。そして、実際のところ、変わってもいいし、変わらなくてもいいのです。私たちは、いつでも、選択できる存在ですから。そのときそのとき、自分にとってベストと思えることを選びつづければいいのです。それだけのことなのです。でもね、せっかくだから、ヒントをお伝えします。そのどっちでもいい選択をするときのポイント。けっして、頭には訊(き)かないでください。(笑)なぜかというと、頭は「常識」とか「世間体」とか、「体面」とか「慣習」が大好きなんです。つまり、慣れ親しんだ、よくわかっていることを選択することが得意なんです。それは、あなたが、これまでのシステムを継続したいときには便利です。でも、そうではなく、あたらしい選択をしたいとき。からだに、訊くんです。あなたのからだの深いところに訊くんです。からだは、すべてのこたえをもっています。安心してゆだねていいのですよ。それに、まあ、仮にあまりうまくいかなかったとしても、三か月たてば、やり直しはききますからね。あまり深刻になる必要もありません。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1358号(2007年7月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------ほんのちょっとの勇気が必要です。「カラオケに行くと、 ついつい、みんなの 盛り上げ役になってしまう。 やりたくないけど、 しずかにしてると、 『どうしたの?』 と聴かれるから、 ついついやってしまう…」そんな悩みを打ち明けられました。そこで、ちょっと聴いてみました。「もし、ことわったら、 どうなりますか?」「『○○さん、今日は変ね』 って、言われると思う」「そうすると、みなさん との関係は、決定的に 悪くなりますか?」「そこまではならないと 思う」そこで、ことわるという選択肢を、ためしにとってみてもらいました。(あくまでも シュミレーションです)カラオケの会は、月一回、あるのだそうです。「次の月になって、同じ 場面になったとしますよね」今度は、実際に、その相手役になって、話しかけてみました。『○○さん、どうしたの? いつものように盛り上げてよ』そのひとがそれに応じようとするので、私は聴きました。「本当はどうしたい?」「やりたくない」「じゃあ、また ことわってみたら?」「はい」こんなことを、三、四回、繰り返しました。そこで、私は聴きました。「さて、三か月、四か月、 さそってもことわり つづけるひとにたいして、 まわりのひとは、『あのひとは、盛り上げる タイプのひとだ』と 期待するでしょうか? 盛り上げてほしいと 要求しつづけるでしょうか?」そのひとは、苦笑いして言いました。「しないでしょうね」おわかりですね?そのひとは、いやだいやだと思いながら、その、いやなことを、自分で、選択しつづけてきてしまったのです。本当は、その「いやだ」の部分を、きちんと伝えてあげればよかっただけなんです。あなたの目の前にあるものは、どのような経過であれ、あなたの選択の結果であることに気づいてください。そして、あなたの選択の結果であるからには、また、あなたの選択によって、変えられるものであることに気づいてください。表面をごまかしていたり、自分にうそをついたまま、ほしいものを手に入れることはできません。レストランに入って、カレーライスがほしいのに、「ラーメン」と注文を出しているようなものです。あなたのほしいカレーライスが来ないのは、ウエイトレスさんの責任ではありません。ほんのちょっとの勇気が必要です。自分に正直になるという勇気が、ね。相手の問題ではないんです。ひとは、おおくの場合、まわりのひとに受け入れられたい、きらわれたくないという不確かな不安をもって生きています。でも、たいていは、それは、文字どおり「不確かな不安」に、過ぎないのです。なぜなら、ひとは、あなたにたいして、あなたが思うほどの期待はしていません。(^^ゞあなたがこたえてくれると思うから、要求してくるだけのことです。一度貼られたレッテルを、自分で背負いつづけることはないのです。気に入らなければ、はがしてしまえばいいんですよ。だって、あなたの人生なんですから!あなたが、あなたでありつづけること。それが「選ぶ」ということです。あなたの「選ぶ」を応援します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1357号(2007年7月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------信頼して待つだけです。ひとから、何か相談を受けるとき。私が絶対に決めていることがあります。それは、そのひとのなかに、かならず、こたえがあると信じること。そのひとが、過去のことで悩んでいるとします。私はただ、その話を聴きます。ひとは、たいてい、きちんと話を聴いてもらえれば、自分で、問題に整理をつけることができます。それは、いわば、こころのなかで、毛糸が、こんがらがっているようなものだからです。必要なときには、「それって、こういうこと だったのかもしれないね」ということもあります。でも、それはあくまでも、そのひとの気持ちの整理のためのきっかけづくり。そのひとが、それを採用しなければ、押しつけることはありません。こんがらがった糸をほぐすことができれば、もうそれ以上、過去にこだわる必要はありません。そしたら、次に「いま」に目を向けます。質問は二つだけです。「いま、何を感じているの?」「いま、どうしたいの?」この、シンプルな問いは、とても強力です。どちらも、他のひとが、決められることではないからです。そのひと自身が、見つけ出すよりほかしかたがないからです。最初のうちは、すぐにこたえが出てこないこともあります。「何も感じない」「どうしていいかわからない」そんなときのヒントは、「どちらかというと」です。明確な決断ができないなんてことは、私たちの日常のなかにもよくあること。でも、本当は、ちゃんとわかっているんです。はっきりさせることに、慣れていないだけなんです。「どちらかというと、 心地よい感じ? いやな感じ?」「どちらかというと、 こうしたい? ああしたい?」問いは、シンプルであればあるほど、まっすぐに、そのひとのなかに降りていきます。そして、勝手にこたえを見つけ出します。私は、それをただ信頼して待つだけです。私たちは、どんなに愛しているひとであっても、そのひとの代わりに生きることはできません。でも、そのひとが生きるまるごとを、信頼してあげることはできます。そして、信頼のエネルギーほど、ひとにちからをあたえるものはないのです。そのためのキーポイントが、「そのひとのなかに すべてのこたえがある」ことを信じること。信じたら、よけいなことは、何ひとつせずにすみます。安心して、ついていくだけでいいのです。そして、それをやりきることができたとき、私たちは、知ることができます。だれかをとことん信頼できる自分がいることを、信じることができたのだと。ひとは、鏡であると、よく言われます。ここにもそんな鏡がありました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1356号(2007年7月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.26
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------ただ、かたわらにいる。それだけなんです。悩みを抜けられるひとと、抜けられないひとがいます。それは、ことばを聴くと、だいたいわかります。「○○という状況にあって、 私はこうしたい… でも…」「○○という状況にあって、 あの人にこうなってほしい… でも…」おわかりですね?ことばの主体が、自分になっているひとは、悩みを抜ける決意をしているひとです。少なくとも、みずから悩みから抜け出そうという気持ちをもっています。それにたいして、ことばの主体が、ほかのひとになっている場合は、悩みを使って、ほかを変えたいと思っているのです。 あくまでも傾向ですよ。それは、あえてきびしい言いかたをしますが、「悩み」ではなく、「コントロール」といいます。「コントロール」とは、相手を支配したいという気持ちのあらわれです。それはときとして、「依存」のかたちであらわれることもあります。自分はそのままでいて、だれかに何とかしてもらおうとするわけです。もしも、あなたがだれかに悩みを打ち明けられたとしたら…それが、本当に「悩み」であるのか、「コントロール」であるのかは、ちょっとだけ気をつけて、聴きわける必要があります。え? それでは判断することになって、いつも言っていることとちがうのではないかって?ええ、たしかに。(笑)でもね。ここから先がポイントです。そうであっても、あなたが相手の「悩み」を聴こうとする気持ちがあるのなら、やはり、そのまま寄り添っていけばいいのです。「寄り添う」ことは、「同意する」ことではありません。ただ、かたわらにいる。それだけなんです。相手をコントロールしたい。あるいは、依存したい。そう思っているひとは、こころが満たされているひとですか?ちがいますね。本人が気づかなくても、こころのなかは、怖れでいっぱいです。怖れでいっぱいだからこそ、「悩み」を使って、ひとを動かしたいのです。そんなときに、あなたが、同意するのでもなく、反論するのでもなく、ただかたわらにいてあげる。すると、相手の反応は、たぶん、二つに分かれます。こころが落ち着いて、やがて、自分の本当の気持ちにアクセスできるようになるひと。同意しないあなたから離れていくひと。前者は、すでに、次のステップに進んでいます。後者は、もう一度、お勉強のしなおしです。どちらにしても、そのひと自身の学びなのです。あなたの問題ではありません。あなたが何かをする必要はないのです。そしてね、これは蛇足です。悩みを打ち明けられたとき、あなたには、聴く選択肢と、聴かない選択肢とがあるんですよ。ええ、今度は、それはあなた自身の選択です。相手の問題ではありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1355号(2007年7月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------ただ、寄り添うだけでいいのです。悩みをかかえているひとの話を聴くときに、肝に銘じていることがひとつあります。それは、判断をしないことと、アドバイスをしないこと。判断をするときは、当然、自分の回路を使います。でも、そのひとと自分はちがうのです。どれほど親身に話を聴いても、そのひとになれるわけではありません。だから、判断するとかならず、ズレが生じます。アドバイスも同じです。自分にとって必要なアドバイスが、そのひとにとって本当に必要かどうかわかりません。そのひとと自分は、ちがうのです。そのアドバイスが、かえって悩みを深くしないともかぎりません。判断もアドバイスもしないなら、何をするのか。ただ、寄り添って、話を聴きつづけるのです。ええ、ほかには何もしません。悩みのなかにあるとき、ひとは、ただちょっと道に迷っているだけ。そのひとには、そのひとなりの判断力があるのです。そのひとには、そのひとなりの解決策があるのです。だから、ただ、寄り添うだけでいいのです。そのひとが、自分の地図を見ながら、行こうとしているところに、ついていくだけでいいのです。多少のまわり道もあるでしょう。いったん引き返すこともあるかもしれません。でも、それもありなのです。そのひとは、そうやって、自分の本来の道を見つけていくのですから。それが、そのひとのプロセスなのですから。寄り添うというのは、そのひとを信頼することです。そのひとが選んだ道を全面的に信頼することです。そのとき、その信頼は、エネルギーになります。ほんのちょっとであれ、そのひとの支えになります。そう、疲れたときに、腰かけてみる石程度のね。でも、それで充分なんですよ。判断やアドバイスが有効になるとしたら、その先の話です。それも、そのひとが、必要として聴いてきたときだけ、提供すればいいのです。「こんなのもあるけど、 ちょっとためしてみる?」そのくらいの軽さでね♪もしもあなたが、ひとの悩みをたびたび聴く機会があるなら。そして、もしもそのことをちょっとだけしんどいなあと感じているなら。どうぞ、こころのなかで、つぶやいてみてくださいね。「ただ、寄り添うだけでいい」きっと、あなたも楽な気持ちでかかわれるようになりますよね。そして、実はね。あなたが楽な気持ちでかかわれるようになると、悩みを打ち明けているひとも、楽になれるんですよ♪ほんとです。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1354号(2007年7月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------確認をすることです。以前、劇評の勉強会に出ていたころに聴いた話です。北欧でひらかれているある国際的な演劇祭では、上演後に、作品をめぐっての批評会をおこなうそうです。そして、批評会をはじめる前には、かならず、よく使われる基本的な用語について、意味の確認をおこなうのだそうです。なぜなら、国際演劇祭ですから、当然、さまざまな国のひとたちが集まります。ことばひとつをとっても、意味づけや価値観のちがうことはめずらしくありません。そのままでは、せっかくの批評会が意味をもちません。だから、ことばのすりあわせをするのだそうです。その話を聴いたとき、これって、日常でも使えるな、と思いました。私たちは、ふだん、ことばをとても無造作に使っています。実際、日常生活では、なんとか通じてしまうので、それで問題はないのです。でも、ひとたび、何か問題が起きると、この「通じる」感覚は、簡単に破綻します。私自身、かつて、人間関係でもめていたとき、同じことばを使いながら、その意味するところが、百八十度!ちがう体験を何度もしてきました。そのたびに、なぜ、通じないのだろうと混乱したものです。でも、いまならわかります。私は、そのひとの目で、その問題を見ていなかったのです。そのひとの価値観で、その問題をとらえていなかったのです。それはある意味、当たり前のことではありますが、問題を本当に解決したいなら、そのままでは、ちょっと無理があります。(^^ゞでは、どうすればいいのか?ひとつは、相手に確認をすることです。「あなたは、このことばを こういう意味で使って いると思うのですが、 それで合っていますか?」あるいは、自分の話をする前に、こう言うのです。「私は、このことばを、 こういう意味で使って いますが、了解して いただけるでしょうか?」すると、相手は、自分の存在が、きちんと尊重されているという安心感をもちます。安心感をもてる相手には、いたずらに、攻撃的になる必要はありません。話はもっとおだやかにすすめられるでしょう。また、自分のことばの意味づけを、相手に事前に伝えることによって、ゆきちがいをふせぐことができやすくなります。相手の理解をより深めることができるようになります。これは、でも、問題が、さんざんこじれたあとでは、言い出しにくいですよね。ですから、ぜひ、日常の平穏なときに、練習してみてくださいね。日常のなかでも、「えっ、そんなふうに とらえていたの?」ってびっくりすることが、案外たくさんあるかも、ですよ。そして、「えっ」となったときにはね、ぜひ、ちがいを楽しんでください。自分にとってかならずしもこのましくない解釈でも、ぱっと否定するのではなく、「ほお~、なるほど~、 そんな解釈もあるのかあ~」そのくらいの感覚でね♪だって、そのひとのおかげで、ことばの解釈のはばをひろげることができるんですから!(^○^)あなた自身のキャパシティーをひろげることができるんですから♪確認作業、なんだか楽しみになってきませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1353号(2007年7月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------小指の思い出。私たちは、どんなに憎んでいるひとがいても、365日、24時間、その感情をいだきつづけていることはできません。「絶対に憎い。ゆるせない」と思っているとしても、どこかで、ふっと、思えない時間があります。これは、憎しみだけでなく、怒りにしても悲しみにしても同じです。このことが一番よくわかる(わかりやすい)のは、たんすの角に、小指をぶつけたときです。「ああ、憎い(腹が立つ、 かなしい、くやしい」どんなに強く思っていても、たんすの角に思いきり小指をぶつけた瞬間に、 よほど強靭な小指の 持ちぬしでないかぎり!その瞬間に思うことは、「いてーーー!」だけです。(爆)そう、考えられないのです。言い換えれば、たとえわずかの時間でも、私たちは、自分のかかえている感情をてばなすことができるのです。ね? あなたがその感情をてばなしたいと思ったら、たんすの角に小指をぶつけるだけでいいんです。(^^ゞ簡単でしょ♪え? そんな痛い思いはしたくない?だとしたら、あなたは、痛みよりも、その感情のほうが好きなんです。その感情をてばなしたくないんです。その感情をもっていることで、何かトクすることがあるんです。…ちょっとカゲキ発言でした。(^^ゞでも、今日お伝えしたかったこと。絶対にてばなせない感情なんて、存在しません。それは、あなたのなかにちゃんと理由があって、てばなさずにいるだけなんです。おそらくは、一番おおきな理由は、復讐です。あなたが怒りや憎しみを忘れて、幸福になってしまうと、あなたを不幸にした相手に、復讐ができなくなるからです。でも、それって、もったいないですよね。一番ゆるしたくない相手のために、自分の人生をすり減らしてしまうなんて。だから、今日は提案です。本当は、てばなすこともできる自分がいるのだということ。そのことを、いつでも思い出せるあなたになってみませんか?合言葉は「小指の思い出」です。ええ、あなたはすでに、あの痛みを知っています。(笑)だから、あえて、いま、ぶつけてたしかめる必要はありません。怒りや憎しみの感情に振り回されそうになったとき、そっと、こころのなかでつぶやくだけでいいんです。「小指の思い出…」そして、意識をそっと、足の小指にやって、意識で、小指をいやしてあげましょう。不思議なことに、ほんの少しだけ、感情もやわらぐのです。どうぞおためしくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1352号(2007年7月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分で選んでいいんです。私たちは、なぜ、ひとの考えや思いに、左右されるのだろう…。なぜ、自分の思いのままに生きられないのだろう…。ふっと、そんな疑問が湧き上がりました。たとえば、それは、遠い過去のいつか、何かをして、お母さんにほめられたとき。ああ、こうすれば、お母さんにほめてもらえると気づいた体験。それはそれで悪くはありません。だって、だれだって、ほめられることはうれしいことですから。でも、そのとき、こころのどこかで、怖れが生まれます。もしも、ほめられないことをしたとき、それでも、自分は、お母さんに受け入れてもらえるのだろうか…。 これは、「お母さん」以外の ひとでも同じですよ。そうすると、何か、新しい行動をすることが怖くなります。いままでほめられた方法だけを使って、相手とかかわろうとします。だって、そのほうが安心ですからね。でも、新しいことを選ばずに生きていると、当然ながら、選択肢は増えません。ときには、過去にはうまくいったはずなのに、なぜかうまくいかなくなっていることもあります。すると、その方法も使えなくなります。もしかしたら…。こんなふうにして、私たちは、自分の考えや行動を、規定してきてしまったのかもしれません。でもね。思い出してみてほしいのです。お母さんは、(あるいはまわりのだれかは)あなたにそんなふうになってほしいと願って、あなたをほめたのでしょうか。ちがいますよね?ある時期の私たちは、たしかに、ほめられることを「栄養」にして、育ってくるのです。でも、その「栄養」は、その時期に必要なものだったに過ぎないかもしれません。おおきくなった私たちは、いつか、そんな「栄養」がなくても生きていけるようになっているはずなのです。そうでしょう?あんなに大好きだったほ乳瓶を(笑)、私たちは、いつのまにか、捨ててきてしまっているのですから。こころも同じだと思いますよ。私たちは、もしかしたら、もう必要でなくなったものを、うっかりかかえつづけてきているのかもしれません。何かのタイミングで、卒業しそこねているだけなのかもしれません。終わりにしましょう。過去のそうした体験に「ありがとう」を言って。あなたは、もう、あなた自身の意思で、自分で決めて、自分で選んで生きていい。あなたは、もう、自分の考えをもとに、新しい行動を起こしていっていい。そんなふうに、自分で自分に許可をあげましょうよ。そうすることが、実は、あなたのお母さんや、あなたにかかわってきたひとたちにたいする、「恩返し」なのかもしれません。そして、そうすることで、あなたもまた、あなたの子どもや、まわりのひとに、メッセージを送ることができるようになるかもしれません。「自分で決めて、 自分で選んでいいんだよ」と。さあ、あなたは、どんな自分を生きたいですか?もう、自分で選んでいいんです。あなたと、あなたのまわりのすべてのひとのために。あなた自身で選択してください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1351号(2007年7月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------自分のことはたなにあげよう。自作の脚本を持ち寄って、批評しあう勉強会を、もう10年以上つづけています。マニアックな勉強会ですが、いつでも深く掘り下げた話ができることが魅力で、一度はまると、やめられなくなります。(笑)さて、この勉強会で、批評をおこなう際に、鉄則にしていることがあります。それは…「自分のことはたなにあげる」です。(爆)ええ、日常でそんなことを言ったら、「無責任!」のそしりを受けます。でも、批評の場で、自分のことをいちいち気にしていたら、逆に、何も言えません。完璧な作品を書けるひと以外は、発言できないことになってしまいます。ですから、つくられたのが、このゴールデンルール。「自分のことは たなにあげよう!」自分にできないことでも、気がついたら、がんがん発言します。容赦なく、ツッコミを入れます。それはもう、小気味いいほどです。(^^ゞそして…。自分の番がやってきたら、いさぎよく、その矢面に立つわけです。そうです。矢を受けて、「あいたたた」と、のたうちまわるわけです。(爆)でもね。お互いが、本音でぶつかりあっている。言うときは言うけれど、言われるときは、あまんじて受ける。これって、慣れると、気持ちがいいですよ。うそも遠慮も、ごまかしもお世辞もいらないのです。そこにあるのは、いい作品をつくりたいという思いだけ。お互いがフィフティ、フィフティ。きっぱりすっきり、あとくされがないのです。それにね。おもしろいことに、ひとに発言したことは、たいていは、自分の作品にも当てはまることだったりするのです。だから、どんなにたなにあげたとしても、自分の作品のときには、しっかり返ってくるんです。自分で言ったことの責任は、自分で負うように、なっているわけですね♪「自分のことは たなにあげる」このゴールデンルール。日常のなかでも、もっと生かしてみてもいいのではないでしょうか。ええ、自分のことはたなにあげて、相手に、言うべきことをきちんと伝えてみるのです。そして、相手が同じくそうしてきたときにも、しっかり受け止めるのです。いきなりは無理でも、ちょっとずつちょっとずつ、ためしてみるのです。「自分のことは たなにあげて、 まずは言いたいことを 言ってごらん」たとえば、子どもに、そんなふうに言うと、最初はとてもびっくりされます。でも、そのおかげで、本音を聴けることもあるのです。そこから、あらたな関係をつなぐことも可能なのです。ね? わくわくしてきたでしょう?もっともっとパワフルに生きたいあなたのための、ちょっとだけカゲキな提案です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1350号(2007年7月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------試行錯誤のなかで、たどりついたこたえです。私が、からだとこころのつながりを学んだのは、20代のとき。竹内敏晴さんの教室にかよっていたのです。 私は、10代のとき、腰痛もちでした。完璧主義でちからを抜けないために、腰に過重な負担をかけていたのです。それが、竹内さんの教室に2年間通ううち、いつか腰痛は消えていました。からだが発することばに耳をかたむけるようになったとき、からだに無理を強いることをやめることができたのです。でも、それですべて、楽になったわけではありません。こころが感じることを、まっすぐに受け取れるようになったからだは、あらゆることに、敏感に反応しはじめました。たとえば、苦手なひとと対面しているだけで、背中がばりばりと音を立てて、こわばってくることがわかるのです。やりたくないことをやっていると、とたんに、げっぷが止まらなくなるのです。そのころの私は、まだ、生活を維持するためだけの仕事をしていました。自分に素直になったとき、まっさきに、からだが反抗をはじめたのも、当然ながら、その部分でした。毎日、苦しくて、苦しくて、のたうちまわっていました。過呼吸状態になったり、吐き気がしたり、背中が痛くて痛くて、眠れなかったり…。感じすぎるからだに、振り回されていたのです。でも、それもまたプロセスでした。さまざまなセミナーやワークショップに参加し、また、さまざまな本と出会うなかで、私は、自分に必要な選択をしはじめました。また、もとの、こころと切り離された、鈍感なからだにもどりたい? 「いいえ」では、いまのままで、からだに振り回される状態をつづけたい? 「いいえ」では、どんなこころとからだでありたいと思う? 「感じることを怖れずに、 受け止めることができて、 一瞬、一瞬で 終わらせていける こころとからだ」もちろん、このこたえは、すんなりと出てきたものではありません。でも、試行錯誤のなかで、たどりついたこたえです。いまの私も、かつてと変わらず、いやなものは、いやと感じます。むかっとすることもあります。がっかりすることもあります。ただ、引きずらないのです。感情は、一瞬で終わります。感じた瞬間に、終了させてあげるのです。終了のさせかたはさまざまです。飛行機に乗せて飛ばしてしまう場合もあります。 「今日のフォーカスチェンジ」 第1137号「光のジェットに乗せる」http://plaza.rakuten.co.jp/kameflash/diary/201007200001/ 最近よく使うイメージは、「水に流す」です。 「今日のフォーカスチェンジ」 第1341号「水に流してしまうのです」http://plaza.rakuten.co.jp/kameflash/diary/201102040005/ 慣れてくると、飛ばすのも流すのも一瞬になります。一瞬なので、感じたことさえ忘れてしまうほどです。(笑)そしたら、あとは、自分にとって必要な行動をとるだけです。あえて、感情をまじえる必要はないのです。 あえて感じたいときは、 感じることもOKですよ♪どうぞ、自分自身に問いかけながら、あなたが一番心地よいプロセスを選んでくださいね。きっと見つかりますから♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1349号(2007年7月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------どちらを選択するほうが、より楽しいと思いますか?先日、こんなことがありました。約束の場所に約束の時間に行くために、家を出て、電車に乗りました。ところが、途中駅で、事故のために,その先、電車が、運転中止になっているとのアナウンスが!しかたがないので、降りて、待ち合わせ場所の最寄駅に行くために、タクシーをつかまえました。ところが、運転手さんが、行き先を聴き間違えて、名前は似ているけれど、まったくちがう駅に!時間は刻々と過ぎていきます。さて、あなたなら、こんな状況におちいったとき、どうするでしょうか?電車の不通を聴いたとき、私はすぐに、路線図を見ました。幸い、約束していた最寄駅までは、あとひと駅でした。それで即座にタクシーに乗ることを選択したのです。だから、まったくあわてる必要はありませんでした。タクシーが間違って、ちがう駅に着いたときも、もともと余裕をもって、出かけていたため、遅刻時間は最小限ですみそうでした。しかも、運転手さんは恐縮して、メーターを初乗りのところでおろしてくださいました。おかげで、初乗り料金で、着くことができたのです♪もちろん、遅刻はしましたが、実は、待ち合わせの会場は、私が着くころに、ちょうど開館になったのでした。待ち合わせ時刻が、実は、ちょっと早すぎたのです。だから、遅刻はしたけれど、何の問題もなかったのです。これは、自慢話ではありません。過去の私であれば、きっと、あらゆる局面で、もっとおろおろしていたなと、しみじみと思ったのです。きっと、電車の不通を聴いた段階で、第一のパニック♪(^^ゞ電車の開通を待つか、タクシーに乗るかの選択で、第二のバニック♪(^^ゞ(^^ゞタクシーが、行き先を間違えた段階で、第三のパニック♪(^^ゞ(^^ゞ(^^ゞそして、遅刻をしたことで、第四のバニック♪(^^ゞ(^^ゞ(^^ゞ(^^ゞでもね。考えてみてください。そのどの局面においても、私がバニックを起こしたからといって、事態が好転する可能性は、ひとつもないのです。バニックを起こしても、起こさなくても、現実は変わらない。だとしたら、どちらを選択するほうが、より楽しいと思いますか?そう。私は後者を…バニックを起こさない選択することにしたのです。もっというと、後者を選択する自分を選択することにしたのです。自分にとって好ましくない事態を変えようとすることは、まちがいではありません。でも、とりあえず、すぐには変えられそうにないと判断したときには、ちがう選択もありなのです。ちがう選択をしておいて、あらためて機会を探す方法だってあるのです。大切なことは、その瞬間、その瞬間を、楽しんで生きること!バニックを起こしそうになったときには、そんな自分をゆるして、ナデナデしてあげるんです。「よしよし、いい子。 別に、バニックに おちいらなくたって いいんだよ♪」そしたら、気持ちは落ち着きます。あなたにとって、心地よい選択は、それからでも、遅すぎることはありません。私たちは、どんな生きかたを選択することもできます。だとしたら、少しでも、この自分が幸福になるような、心地よく、生きられるような、そんな選択をしたほうがいいと思うのです。ね? そうは思いませんか?「そうだよねえ」と思ったあなたは、ぜひ、今日からトライしてみてくださいね。ちいさな事件に直面したとき、どちらの自分を選ぶか、意識的に考えてみるんです。そして、より心地よいほう、より楽しく感じるほうを選択してみるんです。最初は完璧にできなくても、これって、習慣なんです。三か月もつづけるころには、より楽しいほうを楽々と選んでいる自分に出会うことができますよ!どうぞお楽しみに!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1348号(2007年7月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「相手にまかせて!」ワークショップのウォーミングアップで、ときどきやります。2人組で、背中合わせにすわって、同時に立つのです。そう言うと、とたんに、学校の体育の時間にやったのを思い出して、「えー、できない」という声があがります。体育の授業のときって、腕を組んで、「せえの」で立ち上がっていませんか?すると、おおくの場合、ちからの強い一方が、相手を引きずるようにして、立ち上がります。顔が真っ赤になるくらい、ちからがいります。でも、それって本当に自分で「立った」といえるのでしょうか?私のワークのときには、「腕を組まないで」と言います。「せえの」もなしです。最初は、ほとんどのひとが、立ち上がることができません。腕を組まないので、相手をひっぱりあげることが、できないのです。そこで、ちいさなヒントをいっこ、あげます。すると、みんな、するすると、あっけないくらいに立ち上がっていくのです。ええ、ほとんどのひとが奇跡みたいに簡単に立ち上がってしまえます。ちいさなヒント。それは、「相手に頼る」ということです。お互いに、思い切り、相手に背中を押しつけるのです。ええ、お互いにです。ぎゅうううっとです。「あなたに頼ります!」という感じでね。(笑)押しあったところで生まれるエネルギーは、上にいくよりほか道がありません。だから、流れに乗るように、立ち上がってしまえるのです。でも、このとき、まだ立ち上がれないひとがいます。両腕を前に突き出して、うんうんがんばって立とうとしているのです。両方ががんばっていると、床からまったくあがることができません。相手にまかせるちからが弱いと、途中までしかあがりません。ひとりがまかせても、ひとりががんばっていると、これも、バランスが悪く、立つことができません。両腕をおろしてもらい、もう一度、相手の背中にふれて、相手を感じてもらいます。「相手にまかせて!」今度は、あっという間に立ち上がれます。一同、思わず拍手です。相手にまかせてしまえば、本当に楽になるのです。自分ひとりでがんばろうとするから、どんどん苦しくなるのです。あなたがひとりでがんばりすぎていると、相手は、(まわりは)あなたを助けることができません。あなたが頼ってくれると、相手は(まわりは)、ちからを発揮するチャンスをあたえられるのです。両方が楽になれる方法を、選べばいいだけなのです。よぶんなちからを抜いてください。そして、相手におまかせしてください。これって、ワークの話だけじゃありませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1347号(2007年7月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「あなたが幸せでありますように」「あなたが幸せでありますように」今朝はいきなり、こんなことばが降りてきました。(^^ゞ「あなたが幸せでありますように」それ以外に何も浮かびません。(笑)「あなたが幸せでありますように」ある意味、いつも思っていることです。「あなたが幸せでありますように」だって、あなたが幸せだと、私もうれしい気持ちになるから。「あなたが幸せでありますように」あなたが幸せだと、あなたもあなたのまわりのひとも幸せだから。「あなたが幸せでありますように」あなたが幸せだと、ほかのひとにも幸せをわけてあげられるから。「あなたが幸せでありますように」幸せは伝染するから。もっともっとたくさんのひとが幸せになってほしいから。「あなたが幸せでありますように」この祈りは、シンプルだけど、とても深い気がします。「あなたが幸せでありますように」だれかの幸せを願える自分はやっぱり幸せなのだと気づきます。「あなたが幸せでありますように」だれかの幸せをいのるとき、そのひとのこころにもやすらぎがおとずれます。「あなたが幸せでありますように」私たちが、知っているひと知らないひと、すべてのひとにこの祈りをささげることができたなら。「あなたが幸せでありますように」世界全体が幸福になれるのでしょう。「あなたが幸せでありますように」だから、この祈りは、はじめの一歩であり、すべての一歩。「あなたが幸せでありますように」何もできなくてもできる、たったひとつの尊い思い。「あなたが幸せでありますように」ただそのことばだけがひびいてきたので…。今日は、繰り返し祈ることにします。「あなたが幸せでありますように」「あなたが幸せでありますように」「あなたが幸せでありますように」そして、いま、気づきました。この祈りは、こうではないのです。「あなたが幸せになりますように」ええ、あなたはすでに幸せなのです。だから、そのまま、幸せでいてくださいという、メッセージなのです。どうか、このメッセージをそのまま受け取ってください。「でも」「だけど」「そうはいっても」なんて、接続詞はつけないでください。このまま、何の説明もなく降りてきたことばなのですから。このまま受け取ってほしいのです。「あなたが幸せでありますように」幸せなあなたの幸せを、今日は、こころから祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1346号(2007年7月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.15
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------感覚だけが、すべてのよりどころなのです。私は、ひとの話を聴くとき、できるだけ、「ことば」を聴かないようにしています。…というと、えええ?と思われるかもしれませんね。ええ、もちろん、たしかに「ことば」は、耳に入ってきているのです。でも、そのひとが本当に伝えたいことというのが、その「ことば」ではない場合が、しばしばあるのです。たとえば、こんなことがありました。あるひとが、「興味がなくなったから」と言って、所属していた団体を抜けていきました。一緒に活動していたひとたちは、その「ことば」に傷つき、怒りました。けれども、本当はそうではないのかもしれないのです。そのひとは、活動そのものは好きでも、その団体のありかたに、共感できなくなっていただけなのかもしれません。でも、それを直接告げてわかってもらうには、困難を要します。また、自分自身が、そのことを直視するのもつらいことです。「興味がなくなった」そう言うことで、相手にも、自分にも、言い聴かせ、思いこませる。そんなことだって、あるかもしれないのです。「ことば」だけを聴いていると、そのことを見失いがちです。「ことば」の意味に翻弄されてしまうのです。「ことば」のちからに振り回されてしまうのです。だから、できるだけ、「ことば」を聴かないようにしているのです。それでは会話が成り立たないのでは?と思われるでしょうね。そうではありません。「ことば」を聴かない代わりに、「ことば」にともなってついてくる空気やエネルギーを感じるのです。「ことば」がピュアであるとき、それらもまた、にごりなく、まっすぐに伝わってきます。(本人が気づいていなくても)何か隠されたものがあったり、ねじまげられているものがあったりすると、その空気やエネルギーも、まっすぐなものになりません。このとき、はたらくのは、思考でなく、感覚です。五感とも六感ともいっていい、まさに、感覚の世界です。何が正しくて、何がまちがっているかは、わかりません。けれども、感覚とは、吟味するものではなく、ただ、感じるものです。その感じる感覚だけが、すべてのよりどころなのです。「ことば」を受け取って、考えるのではなく、「ことば」を受け止めて、感じることができたとき、私たちの対話は、もっと深いものになるのではないか。ふと、そんなことを思いました。今日のメッセージは、ちょっと抽象的だったかもしれません。でも、もしよかったら、ひととの対話のなかで、少しだけ意識してみてください。「ことば」そのものではなく、「ことば」にともなう何かを感じてみてください。たぶん、対話の質が、変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1345号(2007年7月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分がやります!6年前から参加している横浜市青葉区小中高生ミュージカル。今年は、残念ながら、組織体制見直しのために休演です。6年間走りつづけてきて、とても楽しかったけれど、ちょっぴり疲れも出てきていたのです。だから、実行委員みんなで決めた、1年間の休演。でも、どこかで、気持ちがくすぶっていました。動きながらの見直しだって、できるかもしれないのに…と。そんなとき、「上演をやりませんか」という話が飛びこんできました。ある教育団体の集会でのたった20分間の上演。しかも、わずか2か月後。「やりたい!」と思いました。でも、いったんお休みしている組織を動かすのは大変です。「私がやりたいのだから、 私が責任をもてばいい」ほかのひとに了解をとり、有志のかたちで動き出すことになりました。一本の舞台をつくるためには、さまざまな準備が必要です。参加者募集。練習会場探し。スタッフへの指導依頼。練習日程調整。参加者への連絡。わずか半月のあいだにさまざまな作業が舞いこんできました。これまで、これだけの大変な作業を、実行委員のみんなは、黙々と、やっていてくれたんだなあ。私は脚本と演技指導だけで、楽をさせてもらっていたんだ。疲れるという気持ちを、本当にはわかっていなかった自分を反省もしました。それでも、動き出すと、楽しいのです。急な呼びかけにもかかわらず、参加を表明してくれた子どもたちは、13人になりました。先日、最初の稽古日。稽古場には、元気な歌声がひびきました。おとなたちも、元気が出てきました。「来年の再開に向けて、 これを契機に動き出そう」そんな声も聴こえてきます。高校生や大学生が、スタッフとして手伝ってくれることになりました。そのほか、何人ものひとが、「できることはやりますよ」と、動いてくださいます。「やる」と決めること。それがすべてのはじまりなのだと、あらためて思いました。「やる」と決めたら、あともどりはできません。どうしたら実現できるか、その方法を探すだけです。支えてくれたのは、子どもたちの笑顔でした。歌を、ダンスを、お芝居を、楽しんでいる子どもたちの、はじけるような笑顔でした。そして、そこに集まる、おとなたちの笑顔でした。こころが動いたら、迷うことなく、「自分がやります!」そう宣言できる自分がいます。とてもすがすがしい再出発です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1344号(2007年7月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あなたからはじまるのです。さまざまなプロジェクトに取り組んでいます。さまざまなひととかかわります。さまざまな課題に、直面します。プロジェクトの趣旨をなかなか理解してくれないひとたちがいました。最初のころ、私は、ずっと不満でした。どうして、わかってもらえないのかなあと。でも、やっていくうちに、気がつきました。わかってもらえないことにこだわっていても、何も進展はしないなと。そこで、方向を変えました。わかってくれないひとを説得することをやめて、少しでもわかってくれるひとを探そうとしたのです。意識のアンテナっておもしろいですね。そのあと、わかってくれるひとが、少しずつですが、あらわれだしたのです。同じように、できないことを見て、嘆くのもやめました。できることを、一つひとつ大切にしていこうと決めたのです。すると、以前はできなかったことが、ほんの少しずつ実現するようになりました。気がつくと、「へえ、こんなことまで できるようになったんだ」と、思えるまでになりました。もちろん、わかってくれないひとは、いまだっています。できないことも、たくさんあります。でも、いいんです。積み木を積むときに、てっぺんのいっこから積むひとはいないように、いま、自分が積める最初のいっこを積むんです。その最初のいっこがあるからこそ、二番目、三番目の積み木が積めるんですから。その最初のいっこが、少しでもわかってくれるひとであったり、いま、自分にできること、だったりするんです。そして、それを見つけるために大切なことは、自分自身が動くこと。真理は、本当に単純で明快でした。自分から離れたところには、何ひとつなかったんです。すべて自分からはじまっていたのでした。だからね。いま、あなたが、自分の思うようにならない現実をなげいているのなら…。そのなかから、いっこでも、できることをさがすことです。どんなにちいさなことでもいいんです。そのちいさないっこが、積み木のいっこになります。あなたの積むちいさないっこ、あなたの起こす、たったひとつのアクションが、すべてのスタートです。ほかのだれでもない、あなたからはじまるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1343号(2007年7月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------どどどどとうっ!さまざまな活動に足をつっこんで生きています。 首までつかっている、 と言ってもいいかも…。(^^ゞ当然、時間が足りなくなります。それで、しばしば、こんな表現を使っていました。「最近、怒涛の日々です」昨日も、そう書きかけて、あれっと思いました。「怒ってもいないのに、 怒涛っていうのは変だな」そう、使っている漢字が、ちょっと気になってしまったんですね。(笑)で、いまの自分の状態を考えてみました。そしたら、即、こんなことばが浮かんできました。「どどどどとうっ!」〈どどどど…〉はい。私がなりふりかまわず、走っている姿を想像してください。(^^ゞ〈どとう〉ええ、まさに、そこに、「怒涛」は隠されているのです。でも、それでは終わりません。最後に〈とうっ!〉ここで、思いきりジャンプするのです!〈どどどどどとうっ!〉ものすごくいきおいがあって、でも、怒っている感じではなく、しかも、最後にはパワーアップ!実際、口にしてみると、とってもパワフルなんです!もりもり、元気が湧いてきました!自分を元気にすることば、自分に勇気をあたえてくれることばを、「魔法の言葉」と呼びます。私のなかで、またひとつ、「魔法の言葉」が増えました。そう。〈どどどどとうっ!〉です。(^○^)なるほど、おもしろそうと思ったあなたは、ぜひ使ってみてくださいね。一緒に、パワフル街道を突っ走りましょう♪それはちょっと…というあなたは、もちろん無理に使う必要はありません。あなたにぴったりの魔法の言葉は、きっと、別にあるはずですから。大切なことは、こんなふうに、自分のなかの遊び感覚を楽しんでみることです。どんなに休みなく走り回るような日々でも、明るくユーモアをもって受け止められる感覚をみがくことです。だって、そのほうが、人生がもっとおもしろくなりますから!というわけで、今日のメッセージは、「どどどどとうっ!」思いきり走って、思いきりジャンプ!あなたの人生を、300%、楽しんでくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1342号(2007年7月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------水に流してしまうのです。「水に流す」ということばがあります。自分にとってネガティブな感情を起こすことにたいして、最近の私は、この「水に流す」という方法をとっているなあと気がつきました。たぶん、本来の意味とは、少しちがう気がするのですけれども。(笑)私の場合は、こんな感じです。何か、こころが暗くなる、いやなことばや態度を感じたとします。でも、私は、そのこころをかかえていたくないのです。そんなとき、私は、そのこころ(感情)を、そっと、水に流してしまうのです。こころのなかで、水の流れをイメージします。それは、私のなかでは、とても深いところをしずかに流れる川です。どこまでつづいているのかわかりません。私に見えるのは、目の前の流れだけです。かかえていたくない感情…、たとえば、だれかをゆるせない気持ち…、たとえば、自分にたいする怒りや、やるせなさ…、すべて、すべて…。胸のなかから取りだして、その水のうえに乗せてしまうのです。すると、思いは、水の流れに乗って、ゆらゆらとただよいはじめます。まるで、精霊流しのようにね。「さよなら…」私は、ちいさくわかれを告げます。「ありがとう。 その思いを 体験させてくれて。 その思いを体験することで、 私に学びをあたえてくれて。 でも、もうおしまいに しようと思うの。 いつまでも、こころに かかえたままでいるのは、 よそうと思うの。 これでおしまいにしようと 思うの。 だから、ありがとう。 さようなら」感謝をこめて、わかれを告げるのです。私の思いは、ほんのすこし、水面をただよったかと思うと、すっと、水の流れに飲みこまれます。あとは、すぐに見えなくなってしまいます。追いかけません。川のほとりにたたずんだまま、私は、「ありがとう」と、「さようなら」を繰り返しているのです。そうして、気がつくと、川そのものも見えなくなっているのです。私のこころのなかも、からっぽに、透明になっているのです。あくまでも、たぶん、ですが、その川は、宇宙につながっているような気がします。すべてを受け取ってくれる宇宙があるのです。だから、苦しい気持ちも、つらい思いも、ひとりでかかえている必要はないのです。てばなして、ゆだねてしまえばいいのです。私たちは、てばなすことをゆるされている存在だと思うのです。ゆだねることを、ゆるされている存在だと思うのです。だから、ひとりで、ずっと、かかえていなくていいのです。ひとりで、苦しみつづけている必要はないのです。水に流してしまってください。あなたのすべてを受け止めてくれる流れが、そこに、あります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1341号(2007年7月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「お幸せに♪」あなたの意見にことごとく反対し、あなたの気持ちをくじく、いやなひとがいたとします。そんなとき、あなたのこころをすっきりとさせてしまう魔法の言葉があります。それは、「お幸せに」です。あらゆることをネガティブにとらえて、あなたのアドバイスにもまるで耳を貸そうとしないひとがいます。そんなときにも、あなたのこころをほっとさせてしまう魔法の言葉があります。それは、「お幸せに」です。そんなことを言ってもちっともすっきりしないし、ほっとなんかしない。いま、あなたは、そう思うかもしれませんね。なので、少しだけ説明をさせてください。あなたの気持ちをくじいてしまって、かえりみないそのひとは、人間としてゆたかなひとでしょうか?どんなに地位があっても、どんなに名声があっても、こころはまだまだ、未成熟のひとですよね。あなたには、そのことがわかるのですから、あなたは、そのひとより、おおきな器をもった存在なのです。だから、おおきな器のあなたがすべきことは、そのひとの魂の成長を祈ってあげること。それが、「お幸せに」なんです。ネガティブな見かたや考えかたで、ひとのエネルギーをうばってしまうひとは、こころが満たされたひとでしょうか?いいえ、そのひとのこころのなかは、いつも、悲しみや怒りが渦巻いているでしょう。ひとときも、安らぐことはないでしょう。あなたには、そのことが、わかるのですから、あなたは、そのひとより、広いこころをもったひとなのです。だから、広いこころのあなたがすべきことは、そのひとのやすらぎを祈ってあげること。それが、「お幸せに」なんです。うしろ姿に向かって、そっと手をあわせるのです。「どうぞ、お幸せに」 ええ、正面切って祈ると、 ちょっと問題があるかも しれませんので。(^^ゞいやみではありませんよ。(笑)こころの底から祈るんです。「あなたが幸福に 生きられますように」その瞬間に、あなたのこころのなかから、ネガティブなオーラが、ひとつ消えていきます。だって、そうでしょう?だれかのために祈ることのできるひとに、ネガティブな気持ちは似合いませんもの♪祈ってください。たくさん祈ってください。祈るほどに、あなたの祈りのパワーはふくらみます。祈ってください。あきらめずに祈ってください。祈るほどに、あなたの幸福を感じるちからは高まっていきます。そして、いつかあなたには、気づく日が来ると思います。あのひとたちは、実は、あなたを、より、深くゆたかな生きかたにみちびいてくれる「先生」だったということに。いいえ、それが真実であるかどうかは問題ではありません。結果的に、「先生」になってくれた。それで充分ではありませんか。そのときにこそ、どうぞ、祈ってくださいね。「ありがとう。 あなたこそ、本当に 幸せになってください」と。そうして、感謝の気持ちを、祈りに乗せて、天に還してあげてください。きっと、とどきます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1340号(2007年7月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「そろそろ気がつきましょうよ」「そろそろ 気がつきましょうよ」と、いつのまにか、パソコンのメモパッドに書いていました。書いた記憶はあるのですが、なぜ書いたのか、理由がわかりません。(爆)だれかに書かされたような気がしてきます。「え? だれに言ってるの?」「え? 何に気がつくの?」そんなふうに、問い返したくなってしまうからです。 自分で聴いておいて、 自分でこたえを考える なんて、変ですよね。でも、しかたがないので、考えてみました。(笑)「そろそろ 気がつきましょうよ って、どういう意味?」こたえが、かえってきました。「私たちがかかえてきた かんちがいに」「かんちがいって?」たとえば、私たちは、たがいにばらばらに切り離された存在であるとか。たとえば、いいひとと悪いひとが存在していて、正義と悪に分かれているとか。たとえば、自分が安全に生きていくためには、だれかを否定しなければならないとか。それらの考えが、ぜーんぶ、幻想である、ということに。「そろそろ 気がつきましょうよ」と、声は繰り返します。「でも、それって、 頭でわかっていても、 なかなか納得できないでしょ」無駄な抵抗かなと思いながらも、とりあえず、言い返してみました。(笑)お返事は明快でした。「気がつくということは、 意識を向けること。 意識を向けた瞬間に、 実体をもつことができる」いや、そうは言っても…と、反論しようとして、急におかしくなりました。だれのために代弁しようとしているのかと。私は、本当はわかっているのです。だって、すでにそこに意識を向けているのですから。ふたたび問いが来ました。「気がつくと、どうなるの?」「気持ちがやすらかになる。 意味のないあらそいを しないですむようになる。 自分の気持ちひとつで、 幸福を実感できるようになる」今度は、こたえがすらすらと出てきました。「ああ、そうか。 気がついてもらいたいと はたらきかけることは、 押しつけることではなく、 この幸福を、ともに 感じてほしいと 願うことなんだね」「そういうこと」声が、ちょっと笑ったような気がしました。そして、そこで、問いは、途切れました。なんとも中途半端ですが、どうすることもできません。そんなわけで、このまとまりのない問答を今日は、そのままお届けすることにします。あなたは、幸福になれます。あなたの気持ちひとつで。宇宙(この世)の法則では、そうなっているらしいです。で、それは、気がついたひとから順に受け取れる仕組みのようです。無理に説得するつもりはありませんが、どうもそれが本当らしいので、とりあえずお伝えします。無責任でごめんなさい。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1339号(2007年7月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------楽しさ探しをするだけでいい。私は自分の前言を撤回するのが好きです。(笑)なぜなら、正しいこたえなど、ひとつもないと思っているからです。「こうあるべきだ」と、信念をつらぬくことは、悪くはありません。でも、そこにしがみついてしまっては、きゅうくつだし、つかれます。なので、ほかにいいなと思うことに出会ったときには、ミモフタモナイほどに、そちらになびきます。(笑)同時に、私は、すべてのこたえのなかに正しさがある、とも思っています。正しさというのは、ひとの数だけあるのです。だから、ひとは、自分の正しさを大切にするぶんだけ、ひとの正しさも大切にしてあげればいいのです。このような考えかたをするようになってから、ストレスがほとんどなくなりました。だれかと、正しさのパワー・ゲームをする必要がなくなってしまったからです。また、ただひとつの正しさをもとめて、だれかをコントロールしようとする必要もなくなってしまったからです。あなたも正しい。私も正しい。だとすれば、あるのは、正しい二人が、ともに心地よくあるためには、どうすればいいのか。それだけのことなのです。だから、その意味では、正しさは、より、楽しさの方向にあると思っています。すべてが正しいのなら、より楽しいほうを選択すればいいのです。私たちは、どうやっても、正しくない生きかたはできないのだから、それが、より心地よく、楽しい方向であるほうが、人生そのものが、ゆたかになるのです。そして、当然ながら、私だけが楽しいよりも、あなたと私が楽しいほうが、人生はもっと楽しくなります。あなたと私だけでなく、すべてのひとが楽しいほうが、人生は、もっともっと楽しくなります。私たちは、すでに正しいのです。だから、正しさ探しをする必要はないのです。あとは、楽しさ探しをするだけでいい。ひとりでもおおくのひとが、わかちあえる楽しさを。探していきましょうよ。その楽しさを。そしてね。知っていましたか?楽しさ探しをしているとき、私たちは、すでに楽しいのです! でしょう? 見つめたものが拡大するのは、 宇宙の法則ですからね♪人生は、だから、楽しいことに満ち満ちているのですよ!今日は、あなたと、私と、すべてのひとの楽しい人生に乾杯です!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1338号(2007年6月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------くるくる♪先日、友人と、話をしていたときのことです。ふっと、人間って何なんだろうという話になりました。私たちは、しばしば、外見、容姿のことを気にかけます。また、それにたいして、「人間、ひと皮むけば、 同じ骨と皮」なんて言いかたもあります。でも、そのときは、別のことに気がついてしまいました。その骨と皮を、さらにわけいっていくと、私たちは、すべて、原子の世界に至るのです。その原子は、原子核と電子でできています。その原子核は、陽子と中性子でできています。その陽子や中性子は、クォークでできています。それは当然ながら、目で見ることはできず…。原子核の半径は10の-15乗メートルであるとか、電子の質量は、9.1093897×10の-31乗キログラムであるとか…。そんな数字を並べてみたところで、何一つ実感することはできません。ただひとつわかったことは、私たちが、肉体だと認識しているこの物体は、すべて、くるくる回る原子によって、構成されているということ。じっとしているときでも、からだの内がわでは、くるくる回っているのです。私たちのからだのすべては、かたときも休まず、くるくると、回りつづけているのです。そんなことを考えていたら、なんだかとても楽しい気持ちになりました。想像してみてください。どんなに落ちこんでいるひとも、どんなに怒り狂っているひとも、いつだってその内がわは、くるくる…。くるくる…。くるくる…♪ねっ?落ちこみも、怒りも、なんだかとってもかわいいものに思えてきませんか?だって、すべては、「くるくる♪」なんです!だから、ね。落ちこんだときも、怒りたくなったときも、そして、怒っている相手を見ているときも。どうぞ、思い出してみてください。ひとの内がわは、いつだって、くるくる♪くるくる♪くるくる♪外がわがどうあっても、内がわは、変わりません。だったら、外ばかりを見るのをやめて、内がわを感じてみましょうよ。くるくる♪くるくる♪くるくる♪口ずさみながら、軽くステップを踏んでしまいましょう。はずみが出たら、踊ってしまいましょう。こころのままに。くるくる♪くるくる♪くるくる♪私たちは、何もなくても、いつだって、はずんで生きられる存在だったんですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1337号(2007年6月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------どんなに愛していてもパートナーであれ、家族であれ、友人であれ、私たちは、愛するひとができたとき、そのひとのために、何かをしたいと望みます。その人の幸福のためなら、何でもしたい。そのひとを危険な目にあわせたくない…。そのひとを守りたい…。そんなふうに考えます。でも…。残酷なようですが、今日は、どうしてもこのメッセージを伝えなくてはなりません。「どんなに愛していても、 そのひとの代わりに、 うんこをしてあげることは できません!」…。(^^ゞ(^^ゞ(^^ゞスミマセン、品がなくて。m(__)mでも、このこたえにたどり着いたとき、愛の本質が見えた気がしたのです。そう。私たちは、愛するひとを、守ろうとするあまり、しばしば、相手を束縛してしまいます。あるいは、先回りして、そのひと自身の体験のチャンスをうばってしまいます。たしかに、そのひとは、そのときは、危険を回避できるかもしれません。安全は守られるかもしれません。でも、そのひとの成長は、抑えられてしまいます。同じことが起きたとき、つねにあなたの助力をもとめなければなりません。本当にそのひとを愛するならば、そのひとが生きたいかたちをまっすぐに見つめること。たとえ自分の方向とことなるものであっても、しずかに見守るものなのだと。なぜならば、あなたが、どんなにそのひとを愛していても…。そのひとの代わりに、食事をしても、そのひとの飢えを満たすことはできません。そのひとの代わりに、運動をしても、そのひとの運動不足は解消されません。その人の代わりにトイレに行っても、そのひとがすっきりすることはありません。どんなに愛していても、あなたは、そのひとの代わりになることはできません。そのひと自身が体験しなければ、そのひとにとっての真の学びにはならないのです。だったら、いえ、だからこそ、いさぎよく、てばなすのです。どれほどてばなしても、その思いが、胸のなかで熱く燃えつづけているなら、それが本当の愛なのです。だから、怖れを超えて、てばなしてしまうのです。どうですか?あなたの愛するひとが、あなたに向かって、感謝のほほえみを投げかけているのがわかるでしょう。どうぞ、今日は、トイレに行ったら、少し腰を落ち着けて、愛について考える時間をとってみてください。ただし、ほかのひとから、「長すぎる!」と叱られない程度に…。(^^ゞ そう、愛は加減が大切なのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1336号(2007年6月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.02.04
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