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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あなたが、あなたの救世主です。もしも、あなたが悩みのなかにあって、救いをもとめているとしたら、お伝えしたいことがあります。誰も、あなたを救えません。ちょっときびしいようですが、これが、この世の真実です。「それじゃ、絶望だ!」と思うのは、ちょっと待ってくださいね。誰も、あなたを救えません。でも、だからこそ、あなたは、救われるのです。誰に? あなた自身にです。意味不明!と思ったあなた。よかったら、少し私のお話につきあってくださいね。こんなメッセージを、毎日発信している私も、ほんの数年前までは、深い迷いのなかにいました。「この闇のなかから、 誰か、私を救ってほしい」そう思っていました。その「誰か」をもとめて、さまざまなセミナーに参加しました。本もずいぶん読みました。かなり高い自己啓発教材も買いました。(^^ゞでも、その「誰か」にめぐりあうことは、ありませんでした。たくさんのお金を使い、時間だけが過ぎていきました。そのあたりで、私もようやく気がついたのです。「外がわにこたえをもとめても、 もらうことはできないんだな」そしたら、次にやることは、ひとつしかありませんでした。ひとからもらえないのなら、自分があたえるしかないのです。自分があたえるためには、どんなにちいさくてもいいから、何か行動する必要がありました。自分が起こしたどんなちいさな行動にも、「OK」を言うんです。いいですか、どんなちいさな行動にも、です。…と、これだけ言っても、たいていのひとは、ものすごくおおきなことを想定します。(^^ゞ何か人助けになることをするとか、寄付をするとか。ちっ、ちっ。あなたは、とことん、自分に絶望しているのでしょう。そんな状態で、人助けだの寄付だのしてはいけません。まずは、朝、起きた瞬間に、「今日も、目が覚めた!」そのことにOKをあげるのです。ばかばかしいですか?でも、世の中には、朝になっても、永遠に目覚めないひとは、たくさんいるのですよ。朝、目が覚めた。その奇跡に、まず、気がついてほしいのです。そしたら、あとは、OKできることだらけです。ふとんから出た。もうこれで、次のOKです。ふとんから出ない場合は、そのまま、ふとんのぬくもりを味わう自分にOKをあげる。ね? OKにできないことなんて、ひとつもないんですよ。その、ばかばかしいくらいの、ちいさなちいさなOKの繰り返しの積み重ねの先に、いつか、私は、自分に抵抗なくOKをあげられる自分を見つけたのです。もう、だれかにこたえをもとめる必要はありませんでした。そのころには、ひとは、自分でOKを出したことしか、本当には受け入れることはできないことが、わかっていましたから。誰も、あなたを救えません。あなたが、あなたを救うんです。あなたが、あなたの救世主です。そのことをたしかめるために、どうぞ、一歩を踏み出してください。すべては、行動することからはじまります。●追記蛇足ですが、あなたが自分にOKを出したとき、はじめて、ほかのひとのアドバイスや提案も意味をもつことができます。楽しみにしていてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1455号(2007年10月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「ありがとう」を伝えましょう。一昨日(10月22日)、○○回目のお誕生日でした。たくさん、たくさん、たくさーんのかたから、「おめでとう」のメッセージをいただきました。本当にうれしかったです。(^○^)でも、同時にびっくりしたことがあります。「おめでとう」と同じくらい、「ありがとう」のメッセージをいただいたのです。「いつもありがとう」「出会えたことに、ありがとう」「生まれてきてくれて、ありがとう」ことばもありませんでした。お一人おひとりの気持ちが、たまらなくいとおしくて、思わず、涙がこぼれました。「ありがとう」って、すごいことばだなあと、あらためで思いました。一瞬で、ひとを幸福にしてしまうのですね。ひとは、たったひとことで、だれかに、幸福をプレゼントできるのですね。だったら、使わなければ、もったいないですよね。特別の日だけでなく、当たり前の毎日のなかで。おおきなことだけでなく、ほんのささやかなことでも。さあ、はじめてみましょう。あなたは、今日一日、どれだけのひとを幸福にできるでしょうか。「ありがとう」と、たったひとことを言うだけで。たとえば、買い物をしたとき。お金を払うときに、「ありがとう」たとえば、バスに乗ったとき、運転者さんに、「ありがとう」たとえば、工事現場の旗振りのひとに、「ありがとう」ねっ。言えるチャンスって、いくらでもあるでしょう?そしてね、「ありがとう」は、まわりのひとをも、幸福にしちゃうのです。あるとき、私は、デパートのエレベーターで、ちいさな男の子が、降りるとき、案内のひとに、「ありがとう」と、言うのを聴きました。その瞬間に、ぱっと、胸のなかに、花が咲いたように、あたたかな喜びを感じたのです。「ありがとう」を伝えましょう。あなたのまわりのひとに。今日、出会ったひとに。どんなちいさなことでも、かまいませんから。いいえ、ちいさなことほど、大切に大切に、受け取って。そして、「ありがとう」の一日のしめくくりは…。自分にたいして、「ありがとう」こころもからだも抱きしめて。今日一日、ありがとう。生きていてくれて、ありがとう。生きている、ただそれだけで、学ぶチャンスをもらえました。体験するチャンスをもらえました。だから、「自分、ありがとう」明日も、「ありがとう」を言える一日でありますように。感謝とともに、おやすみしましょ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1454号(2007年10月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------楽しめばいいだけなんです。私は、ものすごいおっちょこちょい人間です。あるとき、ワークショップの参加者募集の告知を出しました。ところが、なぜか、一人の申しこみもありません。告知のしかたも、あれこれ工夫してみましたが、それでもただの一人の申しこみもありません。これは、異例のことです。(@_@)ところが、何日かたって、複数の読者さんから、メールをいただきました。「申しこんだのですが、 何の返事もありません」…???そこで、はたと気がつきました。その前の回から、申しこみの受付アドレスを変えていたのに、すっかり忘れていたのです!あわてて、ウェブ上のメールボックスを開けてみると、申し込みメールがどっさり届いていました。気づかずにいたら、定員を越えても、そのまま募集をつづけるところでした。(^^ゞあわててお返事を出しまくり、ふっと、気がつきました。その、ただの一人の申しこみもなかったとき、私は、まったく不安にならなかったことに。こんなにがんばってるのにどうして…とか、私はついてない人間だとか、みんな、私のワークをつまらないと思っているんじゃないか、とか、神さまが、私に、いぢわるをしているにちがいないとか…。そんなことは、いーーっさい、思わなかったのです!私の頭の中にあったのは、「申しこみが来ない」という「事実」だけ。じゃあ、それにたいして、どうしようかと、アイデアを考えただけ。 原因を考えろよっていう ツッコミはしないように。(爆)「もしも、このまま、 申しこみがなかったら?」そう考えたときでさえ、「そのときは、そのときで、 なるようになるし♪」自分や、自分の状況を否定的にとらえる考えは、何一つ浮かばなかったのです。このおっちょこちょいな体験をとおして、私が、一番感激したのは、そのことでした。事実がどうあろうが、私は、私を受け入れている。自分にマルをあげている。そのことを、あらためて実感することができたからです。まるごとを生きるって、完全な人間になることじゃないんです。どんなに不完全であっても、その不完全さをも受け入れて、OKにしてしまうことなんです。だって、いま、自分が生きているということ。それだけでもう、充分なんです。あとは、生きて体験するあらゆること・もの・ひとを楽しめばいいだけなんです。不完全な自分を楽しみましょう。不完全な人生を楽しみましょう。そしたら、毎日が、わくわくの発見とおどろきに満ちたものになりますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1453号(2007年10月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------神さまの夢イメージ・ワークをしていたときのことです。ふっと、ひとりの女の子の姿が浮かびました。女の子は、しゃがみこみ、両手で、両足をかかえこんだ姿勢で、うずくまっていました。うつむいたまま、目は、きゅっと閉じられています。女の子のこころが、ぼろぼろと、こぼれて見えました。罪悪感、無力感、喪失感…。さまざまな感情が、その胸のなかをめぐっているようでした。こちらまで、胸がしめつけられるような気がします。ところが、少し視線を引いて、まわりを見たときです。私は、思いがけない光景を見ました。あたりには、金色のもやがたちこめ、その女の子のまわりには、美しいたまゆらが、無数にただよっていました。そして、女の子自身のうしろにも、金色のつばさがあるのです。それだけではありません。さらに、視線を引くと、女の子は,なにものかのおおきなてのひらのうえに、それと知らずに乗っているのでした。それがなにものであるかは、どれだけ視線を引いても、見ることはできませんでした。代わりに、ふっと、こんなことばが浮かびました。「神さまの夢」ここから先は、私の勝手な想像です。ただ、その瞬間に、私は感じたのです。「私たちは、もしかしたら、 すべて、神さまの夢のなかを 生きているのかも…」 例によって、私が言う 「神さま」とは、宇宙とか 自然といった、人間の感覚を 超えたものの代名詞です。私たちは、すべて、本来、完全にゆるされた存在です。まるごとの自分を愛し、まるごとの自分を受け入れ、またそれと同じだけ、他者を受け入れて生きることのできる存在です。ところが、日々を生きていると、そのことが見えなくなります。自分がどうしようもなく、ちっぽけに見えてしまったり、ときには、だれかのために、自分の道がふさがれているような気になったりもします。そんな気持ちがつのると、どんどん、だれも信じられない気持ちになってきます。可能性なんか何もなく、だれにも、こころをゆるせないと思いこみます。本当は、だれもが、神さまの手の上にあるのです。あなたの背中には、つばさが生えているのです。顔をあげ、目を開けて、立ち上がって、まわりを見さえすれば、そのことがわかるのです。けれども、なぜ、神さまは、そのことを、私たちに、教えようとしないのでしょう。自分で気づくことこそが、「生きる」ことの意味なのだと、知っているからです。自分で気づいてほしくて、神さまは、じっとじっと、待っているのだと思うのです。神さまは実体を持ちません。 だって、そうでしょう? 決まったかたちがあったら、 とっくの昔に、 つかまえられていますよ。(爆)実体がなければ、何も体験することができません。だから、神さまは、その夢のなかで、この世を、そして私たちを、創造したのかもしれません。私たちが体験することで、神さまは、それを実体として、知ることができるのです。怖れずに体験してみよう。そんな気持ちがこみあげました。だって、私たちは、最初から、たまゆらの光のなかにいるのです。永遠の翼をもって、生まれてきているのです。気づいて、体験して、神さまに教えてあげましょうよ。「生きるって、まんざらでもないよ」って。神さま、うらやましがるかもしれませんよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1452号(2007年10月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------たくさん失敗してください。タイトルを読んで、「えーっ、そんなのいやだ!」と思ったかた、いらっしゃるでしょうね。できたら、失敗しないで、成功する方法だけ選んで、そして成功できたらいい。そんな気持ちって、だれのなかにもひそんでいると思うんです。ええ、私のなかにさえも。でもね。本当の成功者と呼ばれるひとたちを、見てみてください。余裕があれば、伝記のひとつも、読んでみてください。だれひとりとして、失敗しなかったひとはいません。それも、普通なら、二度と立ち上がれないと感じるほどの失敗を、しかも何度も体験しているひとがすくなくありません。自分自身のミスで起こした失敗だけではありません。理不尽な事故や病気のこともあります。信頼していたひとの手ひどい裏切りのことさえあります。それでも、成功者と呼ばれるひとたちは、それらを一つひとつ克服してきたのです。ときには絶望的になり、ときには立ち止まったりもしながら、それでも、最後まであきらめることをしなかったのです。私たちだけが、どうして、失敗せずに、成功だけを手に入れようなどと、考えるのでしょう。それって、あまりにもおおきな思い上がりだと思いませんか?たくさん失敗してください。4割打者になるためには、6割、失敗しなければなれないのです。そして、そのたびに、どうしたらうまくいくかを学ぶチャンスをもらうのです。だから、本当の成功者は、「失敗」を「失敗」とは呼びません。それは、貴重な体験であり、勉強の機会なのです。身をもって学んだことだけが、本当の実になることを、まさに、身をもって学んでいくのです。あなたは、あなたの人生において、成功したいですか? ここでは、あなたが自分で 成功と感じられる状態の ことを、成功と呼びます。だとしたら、失敗を怖れてはいけません。その怖れを超えて、一歩を踏み出すことが、成功への一番の近道なのですから。せっかくのチャンスを自分から逃げてはいけません。もう一度、書きますよ。失敗を超えたとき、それは、もはや失敗とはいいません。それは、すでに、成功体験のストーリーの一部に組みこまれてしまいます。ええ、ときには、自慢話にさえなってしまうのです。自慢話はたくさんあったほうが、楽しいですよね?(笑)最後に。実は、絶対に失敗しない方法があります。それは、行動しないことです。でも、あなたは、どちらの人生をより楽しいと感じますか?人生の終わりに来たときに、どちらの人生のほうが、豊かに生きたと感じますか?どうぞ、たくさん失敗してください。失敗する自分に、OKをあげつづけてください。実は、それこそが、人生を楽しんで生きるこつかもしれません。人生を本当に楽しんで生きることができたなら、あなたは、間違いなく、あなたの人生の成功者ですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1451号(2007年10月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------ちいさなことで、腹を立てましょう♪その日、私は、簡単な夕食をつくっていました。器に盛った料理を冷蔵庫に入れようと思い、ラップをかけようとしました。すると、前に使ったあとの処理が悪かったのか、うまく切れてくれないのです。それどころか、ラップの中途から、びりびりと分かれてしまったのです。何度むいても、どんどん、変なところが切れていきます。しかも、そのはずみに、カットする部分に指がふれ、血がにじみました。これが、引き金になりました。その前にも、いくつか、ほんのちいさなミスがつづいていたのです。一つひとつはとるに足らないことなのですが、重なると、なんだか、自分がとても無力に感じてくるのです。「何よ!」私は思わず叫びました。「私がいくら不器用だからって、 こんなひどい切れ方を しなくたっていいじゃない!」(>_
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------翻弄される必要はないのです。ちょっと、無力感を覚えるできごとがあって、気持ちが沈んでいました。一所懸命はたらきかけても、思うような反応が来ない。自分のあせりばかりが、空回りする気がしてしまう…。そんなとき、ふと思い立って、カードをひいてみました。すると、1枚目のカードは、「シャドー」。引いた瞬間に笑ってしまいました。ええ、まったくそのとおりだったからです。シャドー…、投影のことです。私が、批判的に見ていた相手は、実は、私そのものでもありました。かたち、角度がことなるために、まったくちがって見えるけれども、本質は、まさにひとつなのでした。カードを引かなかったら、気づかなかったでしょう。私が、感じていた感情は、実は、私がもっともおそれている感情でした。もしも、自分がそんなふうになってしまったら耐えられない…。そう思うと、それが目の前にあることが、ゆるせなくなるのです。見ていたくないのです。ついつい、攻撃的な気持ちが生まれてきてしまうのです。否定的な感覚は、結局は、その気持ちの裏返しなのです。けれども、本当は、相手は相手。こころを動かす必要はありません。私は私で、生きればいいだけの話なのです。そのことに気づいて、引いた2枚目のカードは、「ゆるし」。私は、私に無力感を覚えさせた相手をゆるし、また、無力感を覚えた自分自身をゆるしました。対立する二つのエネルギーを、光で包みこみながら、ひとつに統合したのです。この「統合」は、ゆるすためのもっともたしかな方法です。なぜならば、世の中のすべてのあらそいは、「分離感」から、生まれてくるのですから。あなたと私はつながっていない。つながることなどありえない…と、分離感はささやきかけます。完全に、満たされているひとにとっては、それは、ただの世迷言(よまいごと)にすぎません。けれども、こころのなかに、何がしかの不安定さ、傷や暗闇をもっているひとは、どうしても、ここで引っかかります。そして、分離感に翻弄され、自分はひとりぼっちであると、思いこんでしまうのです。でも、ここではっきりと、お伝えしておきましょう。どんなことがあっても、私たちは、つながっています。どんな状況にあっても、完全に孤立することはありません。それは、ビックバンの昔から、約束されたことなのです。おだやかなやすらぎとともに、引いた3枚目のカードは、「平和」でした。まさにたどり着くべくして、たどり着いたゴールです。そのときには、もう、落ちこんだ気持ちは、どこかに消えていました…。私たちは、不完全な存在です。こころは、いつでもたやすく、波打ち、揺れ動きます。でも、どんなときでも、忘れないでいてください。それは、私たちの本質ではありません。いらぬ怖れに、翻弄される必要はないのです。今回は、たまたま、カードを使って、自分の内面をさぐってみました。でも、方法は何でもいいのです。大切なことは、あなたが、あなたの内なるやすらぎと、つながる方法を知っていること。どうぞ、さまざまに、トライしてみてください。そして、あなた自身の深いやすらぎと、つながってください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1449号(2007年10月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------そんなオトコはやめなさい。夫さんが、理解してくれない。いつも自分を否定的にあつかう。そんな悩みをもっているひとは、意外に多いように感じます。そして、もっと不思議なのは、そんなにいやな相手なのに、がまんして、いっしょにいつづけるひとが多いことです。今日は、びしっと行きます。(^^ゞまず、そんなオトコはやめなさい。あなたは、すでに、夫さんのためにできることを、やり尽くしてきましたよね。妻として、最高のものをあたえながら、にもかかわらず、何ひとつ、受け取ることができずにきたのですよね。そこまでやって、改心しないオトコなんて、サイテーです。オトコとして、どころか、人間としての価値もありません。とっとと、捨ててしまいなさい。貫一・お宮の、逆バージョンで、思い切り足げにしてやるのです。 (あ、ちょっと古かった?)(^^ゞえ? 子どもがいるから無理?何を言っているのです!そんなオトコの生きかたを見せながら育てるなんて、教育としてはサイアクです。あなたが、母として、女として、魅力的な生きかたをする、その姿を見せて育てるほうが、最高の教育になりますよ!慰謝料?ええ、思いっきりふんだくってやりなさい。あなたは、これまで、そのサイテーオトコのために、艱難(かんなん)辛苦を耐え忍んできたのです。おしんよりも、もっとずっとかわいそうな存在なんです。 (またまた、古い?)(^^ゞ(^^ゞ裁判に持ちこみましょう!法廷で、切々とこれまでの、そのオトコの悪行のかぎりと、あなたの耐えがたい苦しみを語ってください。検事も裁判官も号泣して、そのオトコに、極刑をあたえたくなるでしょう。いえ、きっと、極刑をあたえられるように、法改正もしてくれますよ。だって、そのくらいひどいことをしてきたオトコなのですから!世論も味方につけましょう。すべての新聞社とテレビ局に、そのオトコのゆるしがたい行状を、事こまかに書きつづり、あなたの不遇を訴えましょう。証拠のビデオや録音があると、なおいいかもしれません。ネット中継してもらえば、全世界から、あなたに共感のメッセージが届くでしょう。ついでに、○皇さんに直訴の手紙、なんていうのはどうですか?国会に陳情し、臨時国会で、議題にさせるのも方法です。でも、それでも、まだまだ手ぬるすぎます。あなたは、正しい。あなたは、いつだって、妻として、最高の生きかたをしてきたのです。あなたには何の罪もないのです。悪いのは、すべて、すべて、そのオトコなのです!こうなったら、日本じゅうの神社仏閣をおまいりしながら、そのオトコに天罰が下るように、祈ってまわりましょう。これまで、清く正しく、感謝と祈りとまごころの日々を重ねてきたあなたが、そんな不幸に落ちているのを、神さま、仏さまが、だまって見過ごすわけがありません。なんだったら、黒魔術を使ってもいいでしょう。そのオトコは、地獄に堕ちてしかるべき存在です。ためらうことはありません。魔法陣を描きましょう!丑刻参り(うしのこくまいり)も併用すれば、効果は倍増です。さあ、どんなのろいをかけますか?あなたの望み次第です。世論も神も仏も天使も悪魔も、すべてあなたの味方です!最後に、言っておきますが、ナサケ心を出してはいけませんよ。あなたがいかに、やさしく、思いやりのある女性であろうが、極悪人には極悪人の末路をあたえてやらねばなりません。わずかな手加減もなりません。やる以上は、徹底的にやるのです。サイテーサイアクのそのオトコを、この地球から、永久追放してしまいなさい!■付記 その1■本日の「今日のフォーカスチェンジ」をどのように活用されても自由ですが、ご使用はご自身の責任でおこなってください。発行者は、一切関知しません。m(__)m■追記 その2■もしよかったら、第980号(2006年7月7日発行)「『あたえる』こころ」と、第1161号(2007年1月4日発行)「『あたえる』ことには、意味があります」も、参照してみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1448号(2007年10月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「無明灯」ふと思い立って、自分の内がわの、隠されたネガティブな面に意識を向けたイメージ・ワークをやってみました。自分では、もうなくなったと思っていた影の部分が、おもしろいように出てきました。 いえ、おもしろくは ないですよ、実際は。(爆)怖れ…。失望…。孤独…。どんなひとにも、それらの感情は、ひそんでいるものです。おそらく、何をもってしても、完全に消し去ることはできないでしょう。私は、あえて、ポジティブな感情のスイッチを切ったまま、それらを、一つひとつ、紙に書き出していきました。正直、途中でやめようかと思うくらい、それらは、次から次へと、出てくるのでした。それでも、どうやら、書き尽くしたようです。さて、これからどうしよう…。そう思ったときです。「無明灯」ふっと、そんなことばが浮かんできました。あとで調べてわかったのですが、それは、タロットにあるカードの名前でした。「すべてを 闇に帰すための明かり」と、解説にはありました。「闇に帰す」とは、「すべてひとつの世界に帰す」という意味です。光は、私たちのこころを照らしますが、同時に、闇をもつくりだします。すべてが闇の世界では、光もない代わりに、光と闇の分離もありません。それは、ビッグバン以前の世界といっていいのかもしれません。でも、ワークのさなか、私のなかに浮かんだのは別のイメージでした。「無明・灯」無明を照らす灯(あかり)です。私の内がわにひそんでいた、さまざまなネガティブな感情。私は、ワークをとおして、それらを、一つひとつ見つけ出していったのです。けれども、見つけるためには、私に、それが「見えている」必要があります。闇のなかにあって、なお、それが「見えた」ということは、それを照らすあかりが、あったということではないか。…私のなかに湧き上がってきたイメージは、それでした。正しい解釈は、どうでもいいのです。そのとき、私は、私をおおう、巨大な闇の外がわを、さらに包みこむ、やわらかなあかりを見ました。それは、この宇宙をまるごと包みこむ光でした。おそらく、どれほど闇が広がったとしても、その光は、つねに闇の外にあり、明るく照らしつづけるのです。闇の深さだけ、光はひろがる…。闇と光は、一対のもの。だとしたら、どれほど闇が深いとしても、怖れることはないではないか。そう思った瞬間、私のこころをおおっていたネガティブな感情が、霧が晴れるように、消えていくのを感じました。いええ、それらは、おそらく、ふたたび、私の内がわの闇のなかにもどっていったのでしょう。でも、もはや怖れる必要のないことを、私は知っていました。あらわれるたびに、何度でも、無明灯をかかげてあげよう。私たちは光とともにあるのだと、何度でも語りかけてあげよう。そんなふうに思ったのです。あなたも、ときとして、ネガティブな感情に押しつぶされそうに感じることがあるかもしれません。どうぞ、そんなときには、思い出してください。そのネガティブな感情をも、照らし出しているのは、光そのものなのだと。あなたの光は、いつでも、あなたを、明るく、照らしつづけているのだと。今日は、光とともにあるあなたを祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1447号(2007年10月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------あなたの外がわに、こたえをもとめないでください。ブログやメルマガを書いていると、いろいろなかたから、相談のメールをいただきます。ありがたいと思いつつも、でも、私自身は、カウンセラーでも、セラピストでもありません。そして、何より、そのひと本人ではありません。どんなこたえも、そのひとが、自分の意思で選ばないかぎり、本当のこたえにはなりません。たとえば、胃が痛いとき、胃の薬を飲めば、痛みは止まるかもしれません。でも、こころのほうは、そのひとが、それを自分で飲むと決めて飲まないかぎり、あまり効き目がないのです。いっとき、効いたような気がしても、何かあると、すぐにもとにもどります。こたえはひとつではない、と、いつも書いていますが、実は、こたえはひとつです。それは、そのひとが、自分の意思で選んだもの。それが、つねにこたえです。そして、そのひとが自分で選んでいるかぎり、こたえは、そのときどきで、変わってかまいません。自分で選ぶということは、言いわけをしないことです。○○に書いてあった、○○にこう言われた…それを言いわけにすることは、自分には選ぶちからがないと、宣言しているのと同じです。言い換えると、それは、みずからの尊厳を放棄していることと同じです。ひとのことばを無視しろと言っているのではありません。いいと思うものは、どんどん取り入れていいのです。でも、それを自分が選んだということを忘れないでほしいのです。自分で選んだ感覚がないと、ひとは、たやすく自分を「被害者」の立場におとしめます。「被害者」は、自分の人生の主人公にはなれません。同じく、被害を受けても、自分の責任で引き受けるなら、そのひとは、人生の主人公でありつづけます。どんな困難にあっても、果敢に立ち向かっていく、とても魅力的な主人公です。あなたの外がわに、こたえをもとめないでください。こたえは、すべて、あなたの内がわにあります。外がわにあるものは、そのこたえを引き出すためのきっかけに過ぎません。今日のメッセージには、悩みや苦しみのなかにいるあなたには、少し冷たいものだったかもしれません。でも、私は、あなたが、あなた自身の人生の主人公として、魅力的に生きてほしいとこころから願っています。そして、あなたには、そのちからがあると、こころから信じています。休んでもいい。止まってもいい。引き返したっていい。大切なことは、あなたが、自分の意思で選ぶことです。一瞬、一瞬、自分で選んだ自分自身を生ききることです。私は、あなたに、こたえを提供することはできません。でも、あなたが、自分に自信をなくしたときに、「信じていますよ」と言うことができます。「大丈夫ですよ」と、背中を押してあげることはできます。もしかしたら、それだけのために、私は、ここにいるのかもしれません。毎日毎日のメッセージを、書きつづけているのかもしれません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1446号(2007年10月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------産みの苦しみというではありませんか。人間関係において、これまで選ばなかった道を選ぼうとするとき。人生における自分の姿勢を変えようとするとき。私たちは、強い抵抗を感じます。とてもそんなことはできない。あるいは、したくない。自分ではなく、相手が変わるべきだ…。…さまざまな思いが湧いてきます。でもね。今日は、どうしてもお伝えしたいことがあります。あなたが、自分にとって、進むべき方向を見つけ、その方向を選んだ瞬間から、あなたには、それをつらぬく責任があるのです。あなたが、自分を、一生、被害者の立場において、自分をあわれんで生きていくことを選ぶのなら、それはそれでかまいません。でも、そうではなく、自分の人生を自分のちからで切り抜いていこうと決めたとき、そこから、あなたのあたらしい人生がはじまっているのです。そう、それは、いわば生まれてはじめての体験です。生まれてはじめてのことって、怖くて当たり前なんです。スムーズにいかなくて、当たり前なんです。そうでしょう?たとえば、あなたが、もしも子どもを産もうとするなら、 男性であれば、パートナーが 出産をしようというときには受精後3日でおなかから出てきてほしいとか、生まれたら3分で歩けるようになってほしいとか、そんなことは、つゆほども思わないでしょう?出産までの一日一日を、怖れと不安と期待とよろこびを、毎日毎日かみしめながら、おなかのなかで育つ子どものいのちに思いを馳せるはずですよ。そして、その思いのぶんだけ、生まれてくる子どもへの愛をつのらせるはずなんです。 もちろん、そうならなかった 場合もあるかもしれません。 でも、本来望んでいるかたちは、 そういうことだと思いませんか?産みの苦しみというではありませんか。私たちが、あたらしい自分を生きようとすることは、あたらしいいのちを生み出すことと同じなんです。そのくらい、大変で、そのくらい、貴重なことなんです。でも、それは、望まれて、そこに生まれてくるのです。あなたには、あたらしい生きかたを、生み出す責任があるのです。自分が、自分を信じなくて、誰が信じてくれるというのですか。それを選んだ自分を信じなさい。それを超えられる自分を信じなさい。大丈夫。あなたのなかで、あたらしい「いのち」が胎動しています。そして、この「いのち」は、あなたがあきらめないかぎり、かならず、この地上に、光を浴びて生まれてきます。あなたは、全身全霊で、この「いのち」の誕生を、支えきる役割をになったのです!もう一度書きますよ。産みの苦しみというではありませんか。あなたが、あたらしいあなたになるために。あなたが、本来のあなたになるために。何度でも何度でも、この循環は繰り返されるのです。苦しんでください。それだけの価値はあります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1445号(2007年10月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「で、何がほしいの?」あるひとから、悩み相談を受けました。とてもつらそうなので、親身になって聴きました。そして、よかれと思う提案も、一つ二つさせてもらいました。またしばらくたって、そのひとが、相談に来ました。前と、同じ内容の悩みです。私が提案したいくつかのことは、「うまくいかない」「長つづきしない」「自分には合ってないようだ」どうやら、あまり、熱心にはやってもらっていないようです。こんなことが、何度かつづきました。さすがの私も気がつきました。「このひとは、本当は、 問題を解決したくないのだな」実はね、こんなことって、よくあることなんです。たとえば、水におぼれたとき、ひとは、あれができない、これがつづかない、なんて、言ったりしないものなんです。なりふりかまわず、どんなことだって、やってしまうものなんです。問題をかかえていることは、たしかに苦しいけれど、でも、そのおかげで、手に入れているものがあることもおおいんです。それは、ときに、ひとの同情だったり、関心だったりします。(すべてではないですけどね)私は、そのひとにたいして、同調的な態度をやめました。否定はしないけれど、つとめて、普通にふるまったのです。すると、いつか、そのひとから、相談を受けることがなくなりました。ふと気がつくと、そのひとは、別のひとに、同じような相談をもちかけているのでした。そのひとが、ほしいものは、私が提示していたような、解決策ではなかったのです。(^^ゞさて。ここで、相手のひとを笑うことはできません。だって、私も同じなんです。なぜ、繰り返し同じ相談をしにくるひとを、私は、引き受けつづけていたのか。こたえは簡単でした。「いいひと」でいたかったのです。そのひとのもとめているものと、私がもとめているものが、合致していたからこそ、その関係は、つづいたのです。相手のせいだけではありません。私のがわに、それに対応する受け皿があったからなのです。それ以来、こころのなかで、こう聴くことにしました。「で、何がほしいの?」あえて、こころのなかで…というのは、本人自身が、このからくりに気がついていないことがおおいからです。だから、正面切って聴かれても、何のことだかわかりません。かえって、怒られるのが関の山です。(^^ゞでも、こころの深いところは、すべてを知っています。だから、声に出さずに聴くのです。「で、何がほしいの?」こころ静かに待っていれば、必要なこたえはかえってきます。そのこたえにたいしてこそ、なすべきことをすればいいのです。そして、これは、相手だけではなく、自分自身にたいしても同じです。自分自身に聴くのです。「で、何がしたいの?」そして、自分の行動を決めるのです。でね。自分に深く聴いた結果、本当に、相手にはたらきかけたいのなら、そうしてもいいのですよ。でも、そのときには、相手の反応は、相手にゆだねなければなりません。私たちに決められることは、自分が何をするか、だけ。相手の反応は相手のものですから。その準備さえできれば、もう大丈夫。質問してみましょうね。相手にも、自分にも。深いところで。「で、何がほしいの?」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1444号(2007年10月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------「だいじょうぶ」「ありがとう」「さようなら」万能薬といってもいいくらいの強力な魔法のことばがあります。「だいじょうぶ」と、「ありがとう」と、「さようなら」です。あなたがもしも、何か、耐えがたい思いをいだいているのなら、ぜひ使ってみてください。それが、長いおつきあいであればあるほど、ていねいにていねいに、何度でも何度でも何度でも、繰り返してあげるのです。それは、あなたと離れることを、とても不安に思っているかもしれません。まるで、はじめての幼稚園で、お母さんに置いていかれる子どものようにね。だから、何度でも、「だいじょうぶ」と言ってあげる必要があるのです。いっしょに、頭をなでなでしてあげてもいいんです。ぎゅっと、抱っこしてあげたっていいんです。ついでに、子守唄を歌ってあげてもいいくらいです。(^^ゞあるいは、それは、あなたにたいして、何か、思い残しがあるのかもしれません。そのときには、「ありがとう」の出番です。たしかに、いろいろなことがあったけど、おかげで、たくさんのことを学ばせてもらったのです。苦しかったりつらかったりもしたけれど、痛みのぶんだけ、自分を深くすることができたのです。だから、いまとなっては、「ありがとう」しかないのです。百万べん繰り返すつもりで、「ありがとう」を言ってください。「ありがとう」のかけらで、世界がすっぽりと、埋め尽くされてしまうくらい、「ありがとう」を言ってください。それだけやったら、あとは、「さようなら」の出番です。「さようなら」は、準備ができないうちは、使ってもあまり効果がありません。「さようなら」を言うときは、まず、深呼吸してから。両手をにぎったら、それをゆっくりとひらきながら、静かに、前に差し出すのです。そして、かぎりないやさしさをこめて、つぶやいてください。「さようなら」その指の先から、宇宙の永遠の果てに向かって、流れがつらなっていくようなイメージをもちながら。ずっとずっと先まで、見ていてください。姿が見えなくなるまで、見送ってあげてください。「だいじょうぶ」「ありがとう」「さようなら」いかがですか?このやさしい三つのことばが、あなたのもっている、すべての執着を取り去ってくれます。ええ。そうですよ。本当は、離れなかったのではありません。あなたが、離さなかったのです。離さないでいた理由はいくつもあります。それを離さないでいるかぎり、自分が被害者でいられたり、相手を悪者にしておけたり、前に進まないで済んでいたり、…いろいろです。もう、お気づきですね?「だいじょうぶ」「ありがとう」「さようなら」すべてのことばは、あなたに向かって注がれていたのです。あなたが、あなた自身を手放し、そしてひとつになるために。それは、あなたと世界にとって、深いゆるしへの道すじです。ともに歩んでいきましょうね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1443号(2007年10月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「夢は、世界平和です」「あなたの夢は何ですか?」こう聴かれたら、それぞれにこたえる内容はちがうと思います。でも、最近、同じこたえを返してくれるひとが、増えてきています。「世界平和です」ええ、もちろん本気で。私自身も、そのことばが、浮かんできたのは、もう、二、三年前のことでした。でも、あまりにも大仰で、「おのれは、なにもの?」という声が聴こえてきそうで、なかなか言えませんでした。(笑)けれども、だんだんに、それは、自分の内がわで、強いひびきになりました。こたえようと思えば、いろいろな言いかたはあるのだけれど、結局は、そのひとことにもどるのです。そこで、あるとき、ついに決心しました。照れくささ、おもはゆさを感じながらも言ったのです。「夢は、世界平和です」すると、相手のひとは、するりと、こたえました。「私も、同じです」そして、それ以後、たくさんのひとから、このことばを聴きました。「世界平和です」とはいっても、私も含めて、ほとんどのひとは、国連大使でもなければ、どーんと寄付のできる、大富豪でもありません。身を投げ打って、戦地や難民キャンプにおもむき、尊い活動をしているわけでもありません。それでは、なぜ、臆面もなく、「世界平和」を口にするのか。一番みぢかな「世界」の平和から、はじめようとしているのだと思うのです。一番みぢかな「世界」…、そう、自分自身の「平和」から。それは、自分自身のこころを、かぎりなくおだやかにやすらかにしていくこと。そうすれば、私たちは、ひととあらそわずに生きていけます。ひととつながることを選んでいけます。もちろん、相手は、ひとだけにかぎりません。私たちが接する、ありとあらゆるもの。いのちのあるものも、ないものも含めてすべて。方法は、一人ひとりちがっていいと思います。むしろ、一人ひとりちがうプロセスをとおして、最後に、ひとつのこたえにたどり着くでしょう。そう、すべてはひとつ。ワンネスの世界に…。おおきなことをやるひとは、おおぎなことをやるために、選ばれてきたのです。そうではないひとは、そうではないことをやるために、選ばれてきたのです。そこに、上下はありません。ひとしく、あたえられた役割をまっとうするだけです。このメッセージを読んで、もしも共感していただけるなら、どうぞ、あなたの「夢」に、「世界平和」を加えてみていただけませんか?あなたなりのプロセス、あなたなりの生きかたを、とおして、どうぞ、実現させていってください。生きていくことすべてが、「平和」への糸口です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1442号(2007年10月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------お先にいただきます♪ブログやメルマガで、私は、しばしば、「感謝してくださいね」というメッセージをお伝えしています。私だけでなく、さまざまなひとが、同じメッセージを発信していると思います。でも、感謝に値する相手ならいざしらず、そうではない場合、抵抗を感じるひとも少なくないと思います。今日は、その疑問に、おこたえしたいと思います。その前に、ひとつ、質問です。○ + ○ = 5これを見たとき、あなたは何を感じますか?1+4、2+3など、反射的に、○の中身を埋めたくなったのではありませんか?ええ、私たちは、空白が苦手なのです。言い換えると、わからないでいることが、苦手なのです。これは、ひとがもともともっている習性なのです。で、ね。あなたが、感謝するに値しないと感じるひとにさえ、感謝してみたとしたら…。まず、相手のなかに、葛藤が起こります。(笑)「どうも、自分は、相手から 感謝されているらしい。 ということは、自分は、 感謝するに値することを 相手にしているらしい。 それは、一体何だろう?」 そして、それにふさわしい行動をとりたくなるのです。また、あなたのなかにも変化が起こります。あなたの脳は考えます。「私が、この相手に、 感謝のことばを使ったと いうことは、きっと何か、 感謝に値することが 生じたにちがいない。 それは、一体何だろう?」そして、それが何かを徹底的に探そうとします。あっという間に、好循環がはじまるのです。相手から先にもらおうとしているときには、この循環は起きません。「もらえていない」ことに、フォーカスが行くので、「もらえない」理由ばかりが、見えてくるのです。すると、「先にもらおう」という循環がはじまりますから、あとは、パワー・ゲーム、主導権争いに入っていくしかなくなるのです。ひとのこころの仕組みは、とってもシンプル♪だから、私は最近、こころのなかで、こう言うことにしています。「お先にいただきます♪」感謝に値することが、起きる前に、感謝の先どりをしてしまうのです。○ + ○ = 感謝「感謝」というこたえを先に書いてしまうのです。そしたら、あとは、受け取るだけですからね。さあ、このメッセージを読んで、「なるほど」と、思ったあなた♪今日から、さっそく、はじめてみませんか?お先に感謝しちゃいましょう。どんどん、感謝の先どりをしちゃいましょう♪そしてね。蛇足ですけど。感謝しているときに、怒りを感じるひとはいません。感謝していると、ただそれだけで、幸福な気持ちになるものなんです。苦労知らずで、エネルギーもいりません。もしかしたら、とってもエコロジカルかも!(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1441号(2007年10月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------遠まわりになりやすい方法誰かと真正面から向き合って、自分の本心を伝える必要にせまられたとき…。あるいは、そのような状況を、みずから決意したとき。このやりかたでは、絶対にうまくいきにくい…という方法が、いくつかあります。すべてのことに間違いはないのですが、うまくいきやすい方法と、遠まわりになりやすい方法は、たしかにあるのです。では、どんな方法をとると、遠まわりをしやすいのか。今日は、こちらの側面から、見ていきたいと思います。ひとつめは、徹底的に、自分を「正義」の立場に、置くことです。「私の言うことが正しい。 あなたは間違っている」これ、たとえ事実でも、相手と関係を結ぶうえでは、ほぼ、破綻します。(^^ゞお釈迦さまやイエスさまなら、言われて素直に、改心することもあるでしょう。(笑)でも、私たちは人間です。自分が間違っていても、そんなこと、絶対に認めたくないのです。(爆)少なくとも、相手とは、対等の立場でいたいのです。次に、得策ではない方法は、「否定語を使うこと」「でも」「しかし」「だけど」これらを使って、コミュニケーションがうまくとれるためには、相当の訓練が必要です。ましてや、相手のことばの途中で、言ったりしたら、爆弾を投げるのと同じです。さらに、細かい方法としては、不機嫌な顔をする。腕を(前やうしろに)組む。目を合わせない。自分が被害者・犠牲者であるような言いかたをする。相手が加害者であるような言いかたをする。これらも、相手との対話を阻害するためには、抜群の効果を発揮します。もしも、あなたが、向き合う相手と、あえて、七転八倒のイバラの道を選びたいなら、これらの方法でもかまいません。でも、生きているうちに、お互いがよろこびあえる関係を選びたいなら、(^^ゞ今日は、ちょっとだけ、耳を傾けてみてください。あなたの目的は何ですか?相手を言い負かすことですか?そうではないなら、相手が、自分の土壌に乗ってこれるような作戦を練るんです。そのために、十歩や百歩、下がっておいたって、何の問題もありません。重箱の隅をつつくように、相手のいいところをたくさん伝えてごらんなさい。感謝のことばを、矢のように…もとい、天使の羽のように、降らせてごらんなさい。うそや、お世辞ではなくてね。本気で見つけるんです。そして、本気で伝えるんです。本気だけが、相手とつながる唯一の方法なんです。あなたが、本気でそれを見つけることができ、そして、伝えることができるなら、相手とのあいだに、かならず、つながりが見えてきます。どちらが正しい・間違いではないこたえを、おのずと選び出すことができます。相手のいいところを見つけ、伝えうるかぎりの感謝のことばを伝えたあとで、それでもなお、相手が自分を攻撃してくるのなら…。そのひとは、魂のお勉強が足りないひとなのです。あなたには、ふさわしくない相手なのです。そのときには、にっこりと笑って、その場を立ち去りましょう。「お幸せに」こころからの愛をこめて、告げてあげてくださいね。 愛が無理だったら、 誠意でかまいません。(^^ゞ最後に、これは蛇足ですが。すべては、あなたが、どのような生きかたをするか。あらゆること・もの・ひとは、そのための試金石なんですよ。あたえられたチャンスを、上手に受け止めてください。あなたが、より輝く存在になるために、使ってください。相手の問題ではありません。すべて、あなたの課題です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1440号(2007年10月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------あなた自身にかえってくる、最高のプレゼント私の両親は、結婚したとき、「これだけは守ろう」と、決めたことがあるそうです。それは、「子どもの前で、けんかを しない」ということ。それは、たしかに守られました。私は、子どものころ、両親がけんかをしていたり、対立しているようすを見たことがありません。 もっと言うと、とても スキンシップの多い 両親だったと思います。(笑)おそらく、そのかげでは、葛藤もあったことでしょう。実際、あとになって、「あのときは…」なんて話を聴くこともありましたから。(^^ゞでも、そのときは、私も、充分おとなになっていたので、「なるほど、もっとも」と、受け止めることもできたのです。両親には、たくさんの恩をいただいていますが、もしかしたら、これが、一番大きな恩恵かなあと、思うことさえあります。よく言われることばですが、「子どもは、おとなの 言うようには育たない。 おとなのするように育つ」そうです。私は、両親から、おだやかさや、あたたかさ、やすらぎとはどんなものかを、教えてもらってきたのです。さて。あなたは、いま所属している集団(家庭や学校も含めて)のなかで、どんな自分をまわりに見せていますか?あなたが見せているすがたが、あなたのまわりのひとへの、あなたからの「プレゼント」です。そうですよね?あなたは、存在しているだけで、まわりのひとたちに、つねにプレゼントをしつづけています。あなたもまた、まわりのひとから、プレゼントをもらいつづけています。あなたは、どんなプレゼントをもらうと、うれしいですか?あなたは、あなたがうれしく感じるようなプレゼントをまわりにも、贈っていますか?もしかしたら、あなたは、「だって、誰もくれないのに、 なぜ私だけが?」と、言いたくなるかもしれません。でもね。ここはひとつ、がんばりどころですよ♪ 頑張る…ではなく、 顔晴る、のほうです。(^○^)あなたが、先にあげるんです。あなた自身がうれしくなっちゃうような、とびきりのプレゼントをね。あなたがあげるから、まわりのひとたちも、気がつくことができるんです。ああ、うれしいって、こんな気持ちなんだな。おだやかさとかやすらぎって、こういう感覚なんだな…。そして、どんな状況にあっても、笑顔であたえつづけることのできる、あなたにたいして、まわりのひとたちは、どんな気持ちを抱くでしょう?「ああ、自分も、 こんなひとになりたいな」「このひとに、もっともっと 幸福になってもらいたいな」そんなふうに、変わっていくんですよ。もちろん、「そんなことしたくない」という選択もありえます。そのときには、いさぎよく、その集団から、離脱するのも方法です。よろこんで受け取ることも、あたえることもできない関係をつづけることは、まわりのひとに、マイナスのエネルギーをプレゼントするのと同じことですから。ただ、もうひとことだけ、つけ加えさせてください。もしもあなたが、この、大変な仕事をやりとげることができたら…。それはまちがいなく、あなた自身の、魂みがきの仕事になるということ。そう。ほかの誰でもない、あなた自身にかえってくる最高のプレゼントになるんです。どちらを選ぶかは、あなた自身が決めること。どうぞ、あなたの深いところに投げかけて、必要なこたえを選んでください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1439号(2007年10月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------「やってみます」最近、ブログの書きこみでも、個人メールでも、とてもうれしいメッセージをたくさんいただいています。とりわけうれしいのが、「やってみます」というひとこと!私のメルマガは、ハウツーものではありません。ただ、自分の体験から、気づいたこと、わかったことだけを、気ままに書きつづっています。だから、強制することはひとつもないし、受け取るも受け取らないも、読むひとの自由です。それでも、私なりに、ひとつだけ思っていることは、「すべてのひとが、 自分の幸福を感じて 生きられること」それが、世界の幸福にもつながると信じているのです。そして、ひとは、自分の幸福を感じられたときには、自然に、ひとの幸福をも願わずにはいられない存在なのです。そのために必要なことは、まず、自分が行動すること。そう、「やってみること」。別に、私のメルマガにこだわる必要はありません。日々、生活のなかで、何かはっとすること。ぴんとくること。感じたら、即、実行してみませんか?何もかも、すべてを、継続する必要はありません。気に入らなかったら、一回でやめてしまってOK。どんどんトライしてみてください。それが、あなたのなかの、好奇心や、やる気を育てます。もっともっと、いろいろなことにトライしてみたくなる気持ちをふくらませてくれます。怖れを感じるアンテナも、自然に引っこんでしまいます♪「やってみます」まず、宣言してしまいましょう。そして、実際にやってみてしまいましょう。実のところ、私も、そうやって、やってきたのです。そして、一つひとつの出来・不出来よりも、そうして、がむしゃらにやりつづけてきた、そのことが、いまの自分をつくっていることを感じるのです。ええ、だから、むだになることは何もありません。ほんのちょっとの勇気を出して、宣言してしまいませんか?「やってみます!」と。あなたの「やってみます」を、応援します♪●追記ぜひぜひ、そのちいさな「やってみます」の結果を、報告してみてくださいね。うまくいくこともいかないことも、すべては、人生の実りにつながる、大切なプロセスですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1438号(2007年10月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------安心して、流しておしまいなさい。「感情は、かかえずに 流してしまうのですよ」そうお話しすると、たびたび、こうたずねられます。「それって、 切り捨てることですか?」「ノー!」きっぱりとお返事します。切り捨てることを、全面的に否定しているわけではありません。人生には、ときには、そんな側面もあるものです。でも、ものすごく単純に言いますが、切ると、痛いですよね。ひとは、痛みをあたえた人間を、なかなか好きにはなれません。そして、切り捨てたほうも、多くは、ひそかに罪悪感を覚え、相手と距離をとってしまいがちです。これって、あんまりスマートじゃないですよね?(^^ゞここで、視点を変えます。ゆるやかな川の流れに、ただよっているとイメージしてください。心地よい流れです。流れと、自分はひとつです。その感覚を味わってください。ところが、ふと、何か、違和感を覚えます。どうも、心地よくない感触があるのです。だんだん、違和感は強くなり、もう、この感触を、このままかかえていたくないと思います。すると、あなたの行く手に、支流があらわれます。あなたは、右へ行くこともできるし、左へ行くこともできます。流れは、ときには、三つにも四つにも分かれますが、あなたはどれを選ぶこともできます。あなたは、その違和感を、そのままともなって、どれかの支流を選ぶこともできます。あるいは、その分かれ道で、それを手放し、別の支流にゆだねることもできます。別の支流にゆだねると、それは、分かれ道で、すっと、そちらに流れます。ええ、あなたとは、ちがう流れに乗っていくのです。でもね。このとき、あなたは気づくでしょう。その違和感と、あなたは、もう二度と出会うことはないかもしれません。けれども、あなたの選んだ支流と、その違和感が流れていった支流は、別々のものでしょうか?いいえ。もとは、ひとつの流れでした。そして、だれもが知っていることですが、川は、おしまいには、海に注ぎこみます。七つの海は、すべてひとつにつながっています。私たちは、すべてひとつです。切り捨てることも、分かれることもできません。ただ、自分の内がわで、手放すことだけができるのです。内がわで手放したとき、私たちは、お互いに!自由になれるのです。だから、安心して流しておしまいなさい。それは、必要な流れに乗っていきます。分かれても、私たちはすべてひとつです。最後の最後(いつ?)には、分かれることにもまた、意味があったことに気づくのです。だから、がんばって、切り捨てる必要はないんです。安心して、静かに流してしまってください。そして、もう一度、大きな流れのなかで、ひとつになるときをひそかに楽しみにしてくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1437号(2007年10月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「幸福な時間」長いこと、かかえていた感情が、終わっていたことを知りました。それに気がついたときは、本当にびっくりしました。それは、ある意味、「親のかたき」と憎んでいた相手を、ゆるせたくらいに、衝撃的なおどろきでした。 実際は、そういう話 じゃないですよ。(笑)何かのきっかけが、あったわけでもありません。時間が解決してくれた…というのともちがいます。気がつくと、かけらも、なくなっていたのです。でも、同時に、ああ、こんなこともあるんだなあということを、身をもって知らされました。だとすると、私たちの人生において、「絶対にできない」とか、「絶対に無理」ということは、存在しないのではないかなあと、あらためて思うのです。また、その少しあとに、ずっと前に置いてきた感情にふれる機会がありました。かつて、それは、生きかたを揺さぶるほどに、おおきな感情でした。けれども、それもまた、やすらかでおだやかな気持ちに変わっていました。おもしろいなあ…。まるでひとごとみたいに、私は感心してしまいました。あの、荒れ狂うような感情は、一体何だったのかなあと、自然に笑えてしまうのです。あえて言えば、私は、舞台を降りたのです。その「舞台」をね。そして、ちがう舞台を生きはじめたのだと思います。過ぎ去ってしまえば、すべては「幸福な時間」でした。そう、幸福な時間…。お芝居に起承転結があるように、さまざまなできごとがあり、さまざまな感情があり、そのときどきには、幸福には感じられないことも、少なからずありました。でも、振り返ってみると、すべてが、「幸福な時間」です。だって、起承転結のないお芝居なんて、おもしろくもなんともありませんものね。その起承転結こそが、それが起伏がはげしいほどに、クライマックスを感動的にしてくれるのですものね。もしも、あなたが、永遠に変わらないと思える感情をいだいているとしたら…。そして、それがネガティブなものだったとしても…。それは、いつか、終わってしまうかもしれません。すべて終わって、あなたは、幸福のなかに放りこまれてしまうかもしれません。(笑)とはいえ、いまは、そうは感じられないかもしれません。ですから、いまはいまで、その感情を大切にしてください。どんなネガティブな感情であってもね。あなたの満足のいくまで、あなたにとっての最高の「舞台」を演じてみてください。ええ、人生って、ある意味、「舞台」そのものですから。どんな自分を演じるかは、自分次第なのですから。今日は、私自身の体験と、そこに生まれた気づきを、そのままお伝えしました。どうぞ、ともに、「幸福な時間」を生きましょう。あなたの「幸福な時間」を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1436号(2007年10月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------変化するものですよ。私は、「それ」が、この世に存在することさえ、ゆるせませんでした。想像することさえいやでした。たった一瞬、姿を見るだけで、身震いするほどです。出会えば、目の敵にして、追いまわしていました。絶対に好きになれない!絶対に受け入れられない!絶対に…!そう思っていました。ところが、ある日、あるひとに言われました。「かめおかさんは、 世界平和を 願っているんでしょう? たたかっちゃだめですよ」がーんと、きました。反論できませんでした。ものすごい葛藤の底に、突き落とされた気がしました。数日後、たまたま、「それ」と出会いました。思わずからだが硬直しました。私は、瞬間、目をつぶりました。「見なかった…見なかった… 私は見なかった…」(爆)目を開けると、すでに、「それ」はいませんでした。目の前からいなくなれば、「それ」は、ある意味、存在しないのと同じでした。何度か、そんなことが繰り返されました。もちろん、出会って、うれしいわけではありません。ただ、それまでは、「絶対にゆるせない。 見逃すことはできない」と思いこんできたのに、追いまわさないでいられる自分もいることに、気づきました。まだ、完全ではありません。でも、反射的に動くことは、もうなくなっています。あれほどいやだったものが、とりあえずは、広い意味での許容範囲に入ってきたのです。(^^ゞきっかけは、「世界平和」でした。(爆)でも、きっかけは何であれ、あれほどできないと思っていたことが、できるようになっているのです。「人間って、変化できるんだ」ちょっとおかしくなりました。そんなとき、たまたま、ちょっと不快なことを言われて、少しだけ、距離をもっていたひとと、久しぶりに会いました。そのひとは、私の気持ちはまるで気づかず、私にたいして、とても好意的な発言をしました。「あれ…?」言われたとたんに、私の気持ちは、ごきげんに変わってしまったのです。「変われるんだ…」あらためて思いました。現金です。単純です。でも、それで少しでも、自分の気持ちがおだやかに、ハッピーになれるのなら、現金、単純、大歓迎だと思いました。あなたにも、これだけはゆるせない、絶対に変化することはない…と思っていることが、あるかもしれません。でもね。変化するものですよ。変化するものだと、思っていたほうが、変化しやすいものなんですよ。あなたが、このメッセージを受け入れるかどうか。それは、どちらでもかまいません。今日は、ただ、私に起きた変化をお伝えしたかった。それだけのことです。もしも、参考にできるようなら、してみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1435号(2007年10月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------自分の波長(波動)を変えるだけでこの世には、目や耳で確認はできないけれど、どうも、そういう傾向があるらしいということが存在しています。そのひとつが、波動です。あるいは、波長と言い替えてもいいでしょう。「波長(波動)の合わない ひとは、自然に かかわりがなくなっていく」これ、どうも、本当のようです。(^^ゞ私自身の体験としても、そのようになっています。かつて、対立していたひとは、めったに会うことのない存在になってしまいました。それだけではなく、まれに会うことがあったとしても、接点がなくなっているので、対立する意味さえないのです。対立するためには、対立するに値する何かが存在しなければなりません。たとえば、いくら対立したくても、相手が火を噴くゴジラの場合、ちょっとかないそうにありません。で、この場合は、退却します。また、対立しようとする相手が、お釈迦さまやマリアさまだったら、対立すること自体に、罪悪感をおぼえるかもしれません。(笑)やはり、対立はなくなります。もしも、友好的な関係がむすべない相手がいるとしたら、その相手と自分の関係が、どのようになっているかを、見直してみましょう。たたかえそうな相手なら、相手は、攻撃をしかけてくる可能性があります。 「こいつはゴジラじゃない」うんと弱い相手と思ったら、なめてかかってくることもあるかもしれません。 「こいつはお釈迦さまじゃない」もちろん、それは、相手の魂が、まだまだ勉強中のためなのです。(そういうふうに考えましょう)でも、その未熟な魂の相手に、あなたは、勉強のチャンスをあたえてしまっているのです。あなたが、そのひとの先生になりたいのなら、それはそれでかまいません。でも、そんなのは面倒だったり、自分の人生のほうを優先していきたいのなら、あなた自身が、自分の存在を変化させてしまえばいいのです。たたかう相手としてのモードをやめてしまえばいいのです。ええ、ゴジラやお釈迦さまをめざす必要はありません。そこまでいかなくても、対立しない位置に立つことは充分にできます。そのためにできる最大のことが、「感情を一致させない」ことです。そして、まさにこの感情こそ、「波動」であり「波長」です。あなたは、自分の波長(波動)を変えるだけで、相手との関係を変えることができるのです。簡単でしょう?(笑)ええ、あえて、「簡単です」と、お返事してくださいね。そう言ってしまうところから、波長(波動)は変わっていくのですから。駄目押しのポイントは、けっして、自分を否定しないこと。 自分で自分を否定すると、 その波長にさそわれて、 あなたを否定するひとが、 外がわからやってきます。さあ、方法はもうわかりました。あとは、実行あるのみです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1434号(2007年10月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------あなたの人生を、あなたのために生きましょう。たろうくんは、ピーマンがきらいでした。毎日、毎日、神さまにお祈りをしました。「どうか、この世から、 ピーマンを消してください」ある日、神さまがあらわれて、言いました。「よろしい。 願いをかなえてあげよう」「やったあ!」たろうくんは喜びました。そして、この世から、ピーマンは消え去りました。もう、朝食のサラダのなかにも、給食のおかずのなかにも、ピーマンは存在しません。「お母さん、田舎の おじさんのうちに あそびに行こうよ!」たろうくんは言いました。おじさんは、農家でした。ピーマンをつくっていました。やさしいし、おこづかいもたくさんくれるのですが、行くたびに、ピーマンを食べろというので、しりごみしていたのです。お母さんは、かなしそうに言いました。「おじさんは、お仕事が うまくいかなくなって、 どこかに引っ越して しまったのよ」たろうくんは、どきんとしました。「もしかして、ぼくが、 ピーマンを 消してしまったせい?」テレビでは、緊急ニュースが、流れています。「ピーマンをあつかっていた 農家と、関連会社が、 次々に倒産しています。 世界的に株が暴落し、 大恐慌が起きる怖れが…」たろうくんは、その後、どうしたでしょうか?まあ、たとえ話は、このへんにしておきましょう。すべてのこと・もの・ひとは、さまざまなかたちで、つながりあっています。あなたの大好きなものも、あなたの大きらいなものも、あなたの見えないところで、何かのかたちで、つながりあっています。あなたが神さまならば、この世を思うようにつくりかえることも可能かもしれません。でも、そうでないならば、何かを否定することは、あなたにとって大切な何かをも否定する結果になるかもしれません。あなたは、そのすべてを、予測することはできません。だとしたら、私たちにできることは、あらゆること・もの・ひとを、あるがままに、受け入れることなのです。あるがままに受け入れるとは、それと同じものになることではありません。「ああ、そのように存在して いるのだな」と、みとめることなのです。 このことを、どうぞ 理解してくださいね。あなたが、それを好きであろうがきらいであろうが、どちらでもいいのです。でも、それに振り回されることは、あなたの人生にとって、あまり得策ではありません。あるがままにみとめたら、あとは、さらりと、手放してしまいましょう。そして、あなたの人生を、あなたのために生きましょう。いさぎよく、手放し、そして、祈るのです。いまは、目に見えず、感じることもできないけれど、きらいなこと・もの・ひとの先につながっている何かに、祝福を贈りましょう。つながっているから、この世は、存在しているのです。すべて必要があるから、存在しているのです。ただ、そうだと、みとめるだけでいいのです。あなたが、あなたの人生をあなたのために生きるために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1433号(2007年10月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------一瞬で感じきって、それで完了させるのです。私は子どものころ、ある事情で、同じ薬を飲みつづけた時期があります。それは、粉薬で、かなり苦かったのです。オブラートにも包んでみましたが、不器用なので、なかなかうまく包めません。かえって、ごわごわになって、のどにつかえてしまいます。試行錯誤するうち、私は、粉薬の上手な飲みかたを「開発」したのです。薬を飲むとき、だれでも、舌の上に薬を乗せて、水を流しこみますね。早く飲みこみたいので、たいていは、舌の奥に薬を乗せます。ブー。実は、そこは、一番、苦味を感じる部分なのです。しかも、奥にあるので、うまく水がかかりません。その結果、残った薬が貼りついて、よけいに苦い思いをしたりします。私が考案した方法は、舌の先に乗せるのです。ここは、一番、甘味を感じる部分です。そして、水を飲むときに、舌先から、のどの奥に薬を放りこむようにして、流しこんでしまうのです。 ハイ。当然、ある程度 の練習が必要です。 でも、その練習期間が 私にはあったのです。この方法でも、まったく苦さを感じないわけではありません。けれども、味わうのは、一瞬であるということです。一瞬が過ぎ去ってしまえば、もう、薬は、のどから胃へと過ぎ去っているのです。薬の話を延々としてきましたが、実は、感情もこれと同じなのです。ひとが、不快な感情を、感じつづけるとしたら、それは、薬を舌の上に乗せつづけているのと同じことなのです。しかも、一番苦みを感じる舌の奥にね!感情を感じつづけるのは、相手の問題ではなく、自分の問題なのです。だって、あなたは、たんすの角に小指をぶつけたからといって、たんすにたいして、怒りは感じないでしょう?仮に、感じたとしても、「たんすのせいでこうなった」なんて、言いつづけたりはしないでしょう?だとしたら、相手が人間だって同じですよ。たしかに、感情を乱されるできごとはあるかもしれません。でも、それを感じつづけているのは、あなたがそれをかかえているためなのです。自分で、舌の奥に薬を乗せつづけていて、「苦い、苦い」と言っているのと同じことなのです。私だって、人間ですから、不快な感情も体験します。それは、しかたのないことだと思っています。苦い薬も、飲まなければならないときがあるように、感情だって同じなのです。だから、感じるときは、いさぎよく、感じきります。一瞬で感じきってそれで完了させるのです。練習は必要ですよ。私が、薬の飲みかたの練習をしたようにね。でも、練習しなければ、苦い薬を、苦いまま、飲みつづけることになっていたでしょう。あなたは、この先、一生、いやな感情を、いやだいやだと感じながら、生きていきたいですか?ほかのだれでもない、あなたの選択にかかっているのです。もちろん、方法は、ひとつではありません。もっと上手な方法を見つけることも選択肢のひとつです。そのときは、どうぞ、私にも教えてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1432号(2007年10月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたの人生を楽しむために。自分の書いた脚本を持ち寄って、合評しあうという勉強会を、もう10年近くつづけています。演劇部の顧問もいれば、演劇活動をしている大学生や、すでに退職されたかたなど、さまざまなひとがつどいます。お互いが、遠慮なく、自分の意見を言い合うために、勉強会では、ひとつだけルールを決めています。「自分のことはたなにあげよう」 このことは、このメルマガ 二度ほど、とりあげました。でも、自分の作品について、率直な意見を受け取ることは、よろこびでもありますが、同時に、怖いものでもあります。ついつい、きびしい意見には、耳をふさぎたくもなります。だから、勉強会には、もうひとつ、暗黙のルールがあります。「多様な意見を受け入れる」はじめにも書いたように、勉強会には、さまざまな立場のひとが参加しています。さまざまな立場からの見かたができるわけです。ことなるものの見かた。これこそ、作品を書くうえで、何よりも大切なことです。「受け入れる」ことは、かならずしも、自分の意見を否定することではありません。「ああ、そのようなものの 見かたもあるんだ」ということを、みとめることです。その意見を受け取ったあと、どうするかは、また、自分で決めればいいのです。そして、言ったがわも、言ってしまったあとは、本人の問題として、おまかせすればいいのです。勉強会での歯に衣着せぬやりとりを終えたあと、私はいつも思います。この感覚が、日常の生活のなかでも生かされたら、どんなに、人間関係が楽になるだろうかと。自分とことなるものの見かたが、あることを、まずみとめること。そして、それが自分を否定するものではないことを、知ること。受けとめたものを、生かすか、生かさないかを決めるのは自分であることを、自覚すること。結局、すべては自分次第であることに、気づくのです。すべて自分次第であるならば、選択肢は、たくさんあるほうが、よりゆたかな選択ができます。しかも、できるだけ多様なほうが、よりおもしろくなります。自分の人生を、単調なものにしたいですか?どきどき、わくわく、意外な展開があったほうが、お楽しみがふえると思いませんか?最後は、自分が決めるのです。これだけは、だれが、なんと言おうとね!その覚悟をもって、さまざまなこと・もの・ひとと向き合ってみるのです。勇気をもって、ことなる意見も、受け入れてみるのです。あなたのゆたかさが増しますよ!より多様なこと・もの・ひとが、楽しめるようになりますよ♪あなたの人生そのものが、彩りに満ちたものになりますよ♪やってみる価値がありそうだと、感じられたら、どうぞ、トライしてみてください。勇気をもって、その一歩を踏み出してみてください。あなたの人生を楽しむために。あなたの一歩を応援します♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1431号(2007年10月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そこから何を得られるかです。いつのころからか、意見のことなるひとにたいして、腹が立たなくなりました。「ああ、なるほど」どんな意見にたいしても、ついつい、そう思えてしまうんです。かならずしも、100%賛同するわけではありません。ただ、頭から反対しなくなったということです。これってね、自分を抑えて、妥協するのとはちがうんです。自分を否定して、相手の考えを受け入れるわけでもありません。「なるほど、そういう 考えかたもあるのか」そう思ったとき、そのメッセージのなかの、あるエッセンスは、すでに私のものになります。どんな意見のなかにも、かならず、ひろうべきエッセンスはあるのです。そうでしょう?あなたが、もしも、完全無農薬の、愛情こめて育てられた食べものからしか、栄養を吸収できないとしたら、生きてはいけませんよね?同じように、完全に、まちがいのない、正しい、非の打ちどころのない意見だけを採用しようとしたら、たちまち行き詰まってしまうでしょう?大切なことは、自分が、そこから何を得られるかです。しょせん、私たちは、完全には生きられないのです。自分が不完全であるように、相手もまた不完全なのです。だったらそこで、優劣をきそっても意味がありません。相手の、いいところを上手に吸収すればいいのです。ええ、相手がどうあろうと、まずは、あなたがね!(^○^)とても、ゆるせないような、好きになれない相手からさえ、何かを吸収できたなら、あなたは、もう無敵です!どんな相手からも、何らかのエッセンスを吸収できるあなたは、もう、相手とあらそう必要はなくなっているんですよ。もしも、そんな相手に、もう少し近づきたくなったら、そうすればいいんです。もう、得られるものは何もないと判断したら、とっとと、その場を去ってもかまわないのです。さて、なぜ、今日、こんなメッセージを書きたくなったか。メルマガをはじめて、4年近くになります。どうして、毎日、毎日、途切れずにメッセージを発信しつづけることができるのか。その理由が、これなのです。自分ひとりのアイデアでは、とてもここまでつづきません。自分とはことなる意見・考えをもらいつづけてきたからこそ、こうして書くことができるのです。今日のメッセージが、あなたにとって、何らかのお役に立てれば幸いです。たとえ、意見が合わなくても、上手にもらっちゃってくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1430号(2007年9月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「好きか・きらいか」ものごとを決めるときに、「正しい・正しくない」の基準を採用しなくなって、ずいぶんになります。では、何を基準に決めているのか?とっても単純です。「好きか・きらいか」で、決めているのです。ハイ。たとえば、あなたの職場で、お昼に出前をとることになって、こう言ったとします。「今日の昼飯は、そばにするか、 カレーにするか」そしたら、みんな、てんでに、自分の好きなほうを言うでしょう。仮に、一方しか選べないときも、「まあ、今日はこっちにするか」と、それなりに妥協できるでしょう? 妥協できないひとがいても、 もちろんかまいません。 そのひとは、そのひとで、 別の方法をとるでしょうから。でも、もしも、こう言ったとしたら?「今日の昼飯は、そばを 食べるのが、正しいか、 カレーを食べるのが、 正しいか」これ、絶対に、正解は出ません!(きっぱり)そして、そんなことを議論するなんて、ばかげたことだと思うんです。でもね。人生だって、お昼の出前と、そんなに変わらないんですよ。いつだって、自分が、何を選択するか、なんです。その基準になるのは、「好み」。それだけです。そしてね、この効果は、自分の好みを大切にすると、ひとの好みも大切にできるようになることなんです。「正しさ」というと、何か、こたえがひとつしかないように感じてしまいます。そして、あらそいのほとんどは、この「ひとつ」をどちらにするか、からはじまります。でも、「好き」は、いくつあってもかまわないんです。あなたは、そっちが好き。私は、こっちが好き。何も問題はないでしょう?ちょっと言い換えますね。もしも、あなたが、だれかに「これは正しい」と言いたくなったときには、こう言ってみるんです。「私は、こっちのほうが 好きなんだけどな」相手が納得すれば、きっと、あなたの好みにあわせてくれるでしょう。相手が納得しなければ、それは、好みなのですから、しかたありません。潔く、押しつけることをやめるんです。意見のちがうひとと対しているときも、「どちらが正しいか」では、気持ちはおさまりません。でも、「これって、このひとの 好みなのね」と思えば、少なくとも、怒りは湧いてこないんです。あとは、この、好みの合わない人と、どうかかわっていくか、があるだけです。 どうかかわらないかも、 選択肢のひとつです。もしも、今度、あなたが、「それは正しいか、 正しくないか」と言いたくなったときには、「それは好きか、きらいか」に、置き換えてみてください。きっと、見えてくる世界が変わりますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1429号(2007年9月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------方法はひとつではありません。「ブログをはじめたいけど、 なかなか腰があがらない…」「途中でやめてしまったら、 まわりに恥ずかしい…」そんな話を聴くことがあります。今日はそんなひとのために、「こっそりと、さりげなく」のオススメです。ええ、はじめるときには、こっそりと。けっして、友だちにも話してはいけません。(笑)ひとに知られたいないときは、ハンドルネームを使います。たいていのブログでは、名前はあとから変えられます。だから、あまり考えすぎず、思いつきでつけます。(^^ゞそして、あなたのこころにたまる思いを、そこで、そっとつづります。「こんなことをしてみたい…。 でも、無理かも」「こんなことが実現したら…。 でも、だめかも」ちょっとナサケないことばになってもかまいません。(^^ゞそれが、いまのあなたの気持ちであるならば。あなたであることがばれないように、特定の名詞はなるべく使わないようにします。あなたにだけわかればいいのですから、それで問題はないのです。コメント欄はもうけません。批判的なことなんか、書かれたら、たちまちあなたはぺしゃんこです。そんなリスクをおかす必要はないのです。もちろん、リンクなんか張ってはいけません。いつなんどき、あなたの存在を知られてしまうかわかりませんから。そうやって、毎日毎日、あなたの胸のなかの思いをつづっていくのです。読んでいるひとがいようがいまいが、関係ありません。これは、あなたのためだけにつくられたものなのです。そこは、あなたの安全圏。あなただけのオアシスです。三か月か、半年か、あるいは、もっと長く…。思いを、書きつづけてみてごらんなさい。あなたは、気づかぬうちに、自分の思いを、ことばにすることに慣れていくいるはずです。ネガティブな気持ちを書きたいだけ書いたら、それ以外の何かが見えてきているかもしれません。そのころになると、ひょっとしたら、ひとりで書きつづけることに、ちょっぴり物足りなさを感じはじめるかもしれません。だれかと、思いをわかちあいたくなるかもしれません。そこからでいいのですよ。もう一歩を踏み出すのは。そのブログは、そのまま閉じてしまいましょう。 残しておいて、こっそり 見返してもかまいませんが。そして、何食わぬ顔をして(笑)、あたらしいブログをひらくのです。それを、みんなにお知らせするのです。「ちょっと、 やってみたくなったから」でも、あなたはすでに、書くことに慣れています。あなたの文章を読んで、まわりはびっくりするでしょう。「はじめてとは思えない!」あなたは、それを、ふふっと笑って、受け流してくださいね♪コメント欄をつくるときも、こんなただし書きを入れてみてはどうですか?「初心者につき、できるだけ、 あたたかいことばで 応援していただけると、 うれしいです」 もちろん、あなた自身が、 きびしい辛らつなコメントを 書かないことが原則です。何もかもオープンにして、ひとに知られることをエネルギーにするひともいます。でも、慎重に慎重に、ことを運びたいタイプのひとだっているはずです。どちらも自分の気質にあわせていけばいいんです。こっそりと、さりげなく。方法はひとつではありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1428号(2007年9月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたは、超えてきたのです。「えーっ、またなの?」そんなふうに感じることがあります。もうとうに超えたと思っていた課題を、目の前につきつけられたときです。あんなに苦労したのに。あんなにつらい思いを手放してきたのに…。なぜ、また、いま…?そんなふうに言いたくなるかもしれません。でもね。何も案ずることはないのですよ。あなたが、あなたなりに、精一杯超えようとしてきたこと。それがまるでむだだなんて、そんなことはありえません。ちょっと冷静になって、見つめてごらんなさい。あなたの目の前にあらわれたそれにたいして、あなたは、いま、どんなふうに反応していますか?かつては、おそらく、見ることさえつらくてできなかったこと。きりきりと胸が痛んで、耐えがたかったこと。怒りと悲しみに翻弄され、もだえ苦しんだこと。いまのあなたは、どの位置にいますか?深く呼吸して、静かに、見つめてごらんなさい。たとえほんのわずかでも、あなたの位置は変わっているはずです。高くなっているか、深くなっているか、それはひとそれぞれです。でも、確実に、前とはちがう位置にいるはずです。それが、あなたが今日まで、生きてきて体験した、いのちの学びの成果なのです。生きてきた自分を信じなさい。あなたは、確実に、一歩を歩みだしている。だから、同じだなんて、ありえない。決めつけることで、自分を罰しているだけです。完全ではない自分を否定しているだけです。そのほうが、苦しいけれど、楽だからです。ひとは、ときとして、喜びよりも、苦しみのなかに、真実を見いだしたいと、感じてしまうものなのです。それもまたプロセスです。だから、否定しません。ただ、あなたがどう思おうと、あなたは、すでに、一歩を踏み出している。だからこそ、もう一度、同じと思える場面が、目の前にやってきたのです。「おためし」として、超えるためのチャンスをあたえに、やってきたのです。背筋を伸ばし、堂々と受け入れなさい。あなたは、超えてきたのです。だれが何といおうと、あなたは、超えてきたのです。ひとつも、揺らぐことはありません。そのまま、まっすぐ生きなさい。苦しみも、せつなさも、悲しみも、痛みも、すべてまるごと抱きしめて。それこそが、天の祝福なのです。ともに、この永遠のらせんをのぼっていきましょう。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1427号(2007年9月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.05.05
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