全30件 (30件中 1-30件目)
1
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------その充足感を、たっぷりと味わってみてください。子どもたちの演技指導をしているとき、しばしば、こんな質問を投げかけます。「その人物だったら、 どんな服が好きかな?」「その人物だったら、 どんな食べものが好きかな?」「その人物だったら、 旅行するとしたら、 どこに行くと思う?」ええ、実は、質問はなんでもいいんです。思いつくままに、どんどん聴いていきます。少しくらい矛盾があっても気にしません。こんなふうに矢継ぎ早に、たくさんのことを聴かれ、それにこたえているうちに、その役のイメージがだんだん浮かんできます。そしたら、さらに、より具体的な、行動的な質問をしてみるんです。「その人物だったら、 どんなふうに 歩いていると思う?」「その人物だったら、 どんな感じで、 それを見ていると思う?」「どんな話しかたをするかな」もう、これだけで、役のイメージは、ぐんと深まっているんです。これってね、演劇の世界だけの話じゃないんですよ。あなたが、こんな自分になりたい、こんな自分だったらいいなと思うイメージがあったらね、こんなふうに、具体的に自分に質問していくんです。まるで、塗り絵の空白を、すっかり埋めてしまうみたいに、細かいところまで、どんどん聴いていくんです。自分のなかのイメージが、たっぷりふくらんだら、今度は、その人物になったつもりで、歩いてみましょうよ。そう、楽しんでください。イメージするぶんには、一円だってかかりませんからね!(笑)さて。歩いていると、そんなあなたを見ているひとたちがいます。さあ、ここがポイントですよ!いったん深く呼吸しましょう♪そのひとたちは、みんな、あなたを見て、ほほえんでいます。あたたかく、ときには、あこがれや尊敬さえまじったまなざしです。あなたの幸福を、無条件に喜んでいるまなざしです。ゆっくりと呼吸しながら、受け止めてみてください。そのまなざしは、すべて、あなたが存在するからこそ、生まれたものなのです。そして、感じてください。あなたは、あのひとたち、すべてのひとにとって、かけがえのない存在です。あなたにとっても、あのひとたちはすべて、かけがえのない存在です。まるで、大切な家族か、恋人、親友のようにね。あなたに注がれる、信頼のまなざしを、祝福のメッセージを、どうぞ受け止めてください。そのまなざしに、ほほえみをもってこたえる自分を感じてください。その充足感を、たっぷりと味わってみてください。愛され、受け入れられる喜びと幸福感。たっぷりと味わってみてください。私たちは、どんなにほしいものを手に入れたとしても、この幸福感がなければ、けっして満ち足りることはできません。だから、あなたが、自分の「生きたいありかた」をイメージするときには、必ず、あなたを見つめるひとびとを想像してみてほしいのです。あなたが存在することで、幸福を感じるひとびとと、そのひとびとのおかげで、満ち足りることのできる自分を、ともに感じてみてほしいのです。このつながりをイメージできたとき、あなたの「生きたいありかた」は、もう、しっかりと、あなたの未来にかたちづくられました!あとは、そこに向かって、歩いていくだけですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1395号(2007年8月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------反対をしてくれる友だち私のまわりには、ありがたいことに、「反対をしてくれる友だち」が、存在します。え? どういうこと?友だちなら、普通は、賛成してくれるがわじゃないかって?ええ、もちろん、そういう友だちもたくさんいます。そういう友だちがたくさんいるからこそ、そうではない友だちも、貴重になるんです。最近、ある計画を、ちょっと強引にすすめようとしていました。内容そのものには、自負も確信もありました。もちろん、自分で責任も負うつもりです。ところが、それは、思ったようにうまくはすすみませんでした。反応がまるで悪いのです。こちらの趣旨をわかってくれない相手にたいして、正直、不満を感じました。やりきれない気持ちで、その相手を非難するような内容のメールを、友だちに、書き送りました。翌日、電話がきました。友だちからでした。私のメールに賛意を示してくれるかと思いきや、そうではありません。私の計画の趣旨やめざすところには共感を示しながらも、その方法にたいして、はっきりと問題提起をしてきたのです。自分自身の思い入れが強かったぶん、友だちのことばは、最初のうちは、素直に、こころにひびきませんでした。「でも、だって…」やりとりしながらも、こころのなかでは、たくさんの「D」が飛び交っていました。(笑) マイナスことばには、 頭に「D」のつくことばが、 おおいそうですよ。(^^ゞ 「でも」「だって」「だけど」 「だめ」「できない」等々。それでも、友だちは、しんぼうづよく、繰り返し、語りかけてくれました。けっして、妥協せず、かといって強引ではなく、かたちを変えて、私に、示唆をあたえつづけました。私のこころは、ゆっくり、ゆっくりと、溶けていきました。本当は、自分でも、途中から気づいていたのです。このやりかたでは、うまくいかないことに。ただ、それをみとめるのが、くやしかっただけなんです。 表面だけ見ると、友だちは、私の考えに反対を示していました。でも、もっと、おおきな立場から見ると、それは、応援のメッセージにほかなりませんでした。私たちは、しばしば、より広い視野をもつことを忘れます。ついつい、自分にとって、都合のいいところから、ものごとを見てしまうのです。そんなとき、ちょっと外がわから、全体を見てくれる存在がいるということは、とても大切なことです。それが、「反対をしてくれる」友だちなんです。私は、今回、たまたま、リアルな状態で、その体験をしました。でも、これって、仕事をすすめるうえで、ひとつのシステムにしてもいいと思いませんか?何かものごとをすすめるときには、必ず、ことなる立場で検証をしてみるのです。あえて、反対意見のひとを立てて、全体を見直してみるのです。友だちのメッセージのおかげで、冷静になったとき、ふっと、こんなことばが、目に飛びこんできました。「できない理由を考えるより、 できる方法を考えよう」これこそ、いつも、自分が金言としていたことばでした。うまくいかないことを前にして、ついつい、相手を批判するほうに目が向いていました。大切なことを、すっかり忘れてしまっていたのです。もう、大丈夫。また、一からやり直してみます。反対をしてくれる友だちに、感謝!です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1394号(2007年8月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(1)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------すべての体験が、必要なプロセスに変わります。読者のMさんから、メールが届きました。読者さんになっていただいて、もう何年になるでしょうか。ときどき、悩みや心情を伝えるメールをいただいていました。返事を出せないこともおおかったと思います。それでも、時折、アドパイスさせていただくと、しっかりと実践してくれる、そんなかたでした。そのMさんのメールのに、こんな一文がありました。「流れに任せようと思っています。 今思うと、今までのことは すべて、プロセスだったんだな、 と思います」「ああ、Mさん、 ようやく超えてくれたなあ」そんな気持ちで、いっぱいになりました。苦しみのなかにあるとき、ひとは、どうしても、だれかを責めるか、自分を責めるかしてしまいがちです。でも、そこには、先のステップはありません。よく言われるように、いいも悪いもなく、あるがままを受け止める。そこが出発点なのです。Mさんのステップのひとつは、「感謝」であったと思います。これまで否定してきたことが、もっている意味に気づいて、感謝をするということ。 あるいは、感謝することで、 それがもっていた意味に 気づいていったと 言えるかもしれません。次に、起きてきた結果にたいして、ジャッジ(判定)をしないこと。結果のいかんを問わず、行動した自分をほめること。ちいさな成果をきちんとみとめていくこと。もちろん、私の知らないところでの、Mさんの努力も当然あったろうし、紆余曲折もあったと思います。それでも、数か月、ときには1年ほどのあいだを置いて届くMさんのメールは、少しずつ変化していきました。変化は、はじめのうちは、じれったいくらいちいさな動きしか見せませんが、あるところから、ぐぐっとおおきなうねりに変わります。Mさんもそうでした。これまで、怖れをもちつづけ、避けてきたことに、勇気をもって踏み出したのです。そのあとで、うねりは起こりました。Mさんのメールを引用します。「ふとした拍子に 動き出すことができて、 ○○できました」「もうだめかと思った時、 ○○できました」そう。知らないひとが読めば、ただの、ラッキーな状況。でも、そうではありません。その転換を生み出すために、Mさんは、時間をかけて、一歩一歩、歩いてきたのです。だからこそ、Mさんは書くことができたのです。「流れに任せようと思っています。 今思うと、今までのことは すべて、プロセスだったんだな、 と思います」過去の自分を受け入れたとき、すべての体験が、必要なプロセスに変わります。必要なプロセスを歩んできた自分は、そのまま、そのプロセスを、歩んでいけばいいだけなのです。もちろん、Mさんにとって、すべてが順風満帆というわけには、いかないでしょう。「おためし」と呼ばれる、不遇な状況に対面することもあるかもしれません。でも、すべてがプロセスであることを忘れなければ、ちゃんと自分の道にもどってくることができます。何度でも、何度でも、自分でスタートを切ることができます。Mさん、ありがとう。あなたの生きかたから、私も、あらためて勇気をもらいました。おしまいに。Mさんのメールの最後のメッセージ。「メルマガ、たまに(すみません) 読んでます」思わず、笑ってしまいました。いいんですよ♪Mさんはもう、このメルマガを必要としなくなっているんです。もう、自分の生きかたを、自分で決めていけるんです。「卒業」もまぢかですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1393号(2007年8月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------ほんのちょっとの気持ちが、ありがたいんです。ブログを書いたり、メールマガジンを発行したりしていて、一番うれしいこと。やはり、読んだかたからのメッセージをいただけることではないでしょうか。ちょっとへこんで、帰宅したときなど、読者さんからのあたたかい感想メールが届けられていたりすると、もう、気持ちは、すっかり晴れ晴れしてしまいます。 あ、もちろん、きびしい ツッコミメールも 歓迎ですからね!!(^^ゞでも、おおくの読者さんは、そんなふうには考えていないようです。「忙しいひとにメールを出すと、 迷惑なんじゃないか」「自分のメッセージなんて、 とるにたらないのでは」いいえ。(きっぱり!)誓って言います!99.9%の執筆者さんは、どんなささやかな書きこみであっても、本当にうれしく感じるものなんです。だって、反応が必要ないのなら、ブログをオープンにする必要はないのですから。わざわざ、読者さんを集めて、手間ひまかけて、メルマガを発行する必要はないのですから。美辞麗句でなくていい。美文名文でなくていい。ほんのちょっとの気持ちが、ありがたいんです。そうです。あなたの何気ないメッセージが、その日一日、だれかを幸福にしてしまうかもしれないんですよ♪そう思うとね。私たちは、自分のことばや、ちいさな行動が、どれほど、ほかのひとにとって、ちからやはげましになれるかをもっと知るべきなんです。一人ひとりの存在には、それだけの価値があることに、気づくべきなんです。そのことがわかったら、あなたは、もっともっと、たくさんのひとに、やさしくしたくなるでしょう?何か、うれしくなることを、はたらきかけてみたい気持ちになるでしょう?どうぞ、その気持ちを、大切に過ごしてみてください。ちいさなことでいいんです。ちいさなくらいが、ちょうどいいんです。そう考えてみたら、できることはたくさんありますね!今日のメッセージは、とってもシンプル。でも、シンプルだけに、効果はおおきいですよ♪情けはひとのためならず。あなたの何気ないささやかなはたらきかけは、いつかめぐりめぐって、あなたにももどってきます。あんまり期待しすぎずに、でも、ちょっぴり楽しみに待っていてくださいね!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1392号(2007年8月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------1億分の1歩を踏めばいいのです。20代のはじめ、竹内敏晴さんの教室にかよっていたころのことです。 そのころ、私は、毎日、耐えがたい苦しみを感じつづけていました。食べるためだけの仕事をしていました。生きていくための夢や目標が見えませんでした。足もとにぽっかりと穴があいて、ひとりで虚空を漂っているような、そんな気持ちでいました。週2~3日、竹内さんの教室に通うときだけが、自分にとっては息のできる時間でした。だれよりも早く教室に入るなり、私のしたことは、床に転がって、泣くことでした。もう、がまんできない思いで、そこまでたどり着くのです。泣かずにはいられないのです。からだのなかにたまった、苦しみ、せつなさ、いきどおり…あらゆる感情を、涙とともに吐き出さずには、生きていけないと感じるくらい、苦しかったのです。泣きました。教室じゅうの床を転げまわり、からだを打ちつけ、叫び、くたくたになるまで泣きました。それは、毎回、レッスンのはじまる前、約30分もつづいたのです。最初は、けげんそうに見たり、心配していた教室の仲間たちも、やがて、慣れて、(^^ゞやりたいようにやらせてくれるようになりました。 ええ、私が大泣きしている そばで、普通にお茶を飲んで、 談笑したりしていました。(笑)よくもあれだけ、あきずに泣いたものだと思います。そして、それだけたくさんの思いを、自分のなかに閉じこめていたのだなあと、あらためて思います。それは、2年間つづいたのです。いまも、涙は、私にとって、効果的な浄化の一方法です。ああ、たまってきたなと思うと、意識的に、泣くようにしています。(^^ゞでも、もう、感情に振り回されることはありません。もしも、あなたが、毎日を苦しみのなかで生きているとしたら、まずは、このことを知っておいてください。味わい尽くせば、感情は、必ず終わるということ。私が体験した2年間のようにね。そして、それでもなお、苦しみのなかにありつづけるとしたら、ふたつのことを意識してみてください。このどちらかに、苦しみのつづく原因があるかもしれません。ひとつは、過去をゆるすことです。ゆるせない過去があるとき、ひとは、苦しみを無意識のうちに再生産しつづけます。痛みのもとを、探りあててください。そして、それを癒してやってください。方法は何でもかまいません。痛みの源がなくなれば、あとは、自然に終わっていくのです。もうひとつは、未来を見るということです。それは、言い換えれば、どんな自分を生きたいかということです。これは、過去のゆるしを終えたひとにも、ぜひおすすめします。あらゆる条件をつけずに、この問いを、自分に投げかけてみてください。「どんな自分を生きたいか」もう一度、言いますよ。「あらゆる条件をつけずに」ということは、「どんな生きかたもできる」自分にOKをあげるということです。そして、ただ、問いかけてかえってきたことばのままに、生きていけばいいのです。最初の一歩は、どんなにちいさくてもかまいません。もしも、生きたい自分が、1億歩、先にいるとしたら、今日は、その1億分の1歩を踏めばいいのです。苦しみを生きるあなたも、あなたです。過去をゆるすあなたもあなたです。未来を見つめるあなたもあなたです。あなたは、どんなあなたを生きることもできます。おしまいにね、あなたに、勇気のメッセージ。一億歩ってね、実は、一億歩にならないんですよ。きちんと一歩一歩、歩んでいくとね、自然に加速度がつくんです。一歩とばしができるようになるんです。二歩とばし、三歩とばしも、できるようになるんです。気がついたら、百万歩くらい、一気に飛んじゃったりもできるんです。どうぞ、あなたの苦しみを終わらせてください。どんな方法を使ってもかまいません。終わらせてください。そして、一歩を踏み出してください。泣きつづけていた私から、今日は、あなたにエールを贈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1391号(2007年8月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------幸福のかぎは、あなたの内がわにあるのです!私たちはおおくの場合、こんな思いこみをもっています。それは、私たちは、自分がほしいと思っているかたちが満たされないと、満たされたことを実感できないということです。だから、なんとかして、そのかたちを手に入れることに、執着します。けれども、ほしかったのは、そのもの・こと・ひとではない場合が、実におおいのです。あなたが本当にもとめているのは、それを手に入れた結果としての「満足感」だったり、「充足感」だったり、「安心感」だったりするのです。そのことに気づかないと、あなたは、せっかく手に入れたものにたいして、即座に、不満や不安を感じはじめます。それが手に入れば、幸せになれるはずだったのに。手に入ったいまは、幸せになれたはずなのに。なぜか、欠乏感が湧きあがってきてしまいます。そして、その欠乏感を埋め合わせるために、目の前の現実を否定しはじめるのです。「こんなはずじゃなかった」「このひと(もの)は、 前と変わってしまった」「ホンモノではなかったんだ」でもね。残念ながら、それを繰り返しているかぎり、あなたは、永遠に、自分が本当にほしいものを手に入れることはできません。あなたを真に満たすことができるのは、目の前のこと・もの・ひとそのものではなく、あなたの感情だからです。何度か書いたことがありますが、私は、ほんの数分間だけ、何の根拠もきっかけもなく(笑)、「完全に満たされている」という感覚を体験しています。 第112号(2004年2月20日発行) 「ほしいものは、いつでも、自分の内がわにある」 http://plaza.rakuten.co.jp/kameflash/diary/200709120006/ を、よかったらお読みくださいね。けれども、人間は、「忘れる生きもの」です。私は、次第に、その感覚を忘れかけていたのです。ところが、それがまた、突然にやってきました。「これは、 とても手に入らないなあ。 あきらめるしかないかなあ」あることにたいして、そんなふうに感じる日々がつづいていたときのことです。ある日、私は、何気なく、セルフイメージワークをやっていました。それが手に入ったところをこころのなかで、リアルにイメージしていたのです。あの感覚が、やってきました!いま、それが、自分の手になかにあるという実感を、ありありと感じました!その瞬間、私は、まさに、完全に満たされたのです。そして、この話にはおまけがあります。そのイメージワークのあと、私は、ほしかったはずのそれに、まったく執着しなくなっている自分を発見したのです。ええ、みごとなまでに、ほしいと思う気持ちが、消えてしまったのです。(笑)だって、手に入れたという満足感はすでに私のものなのです。そして、私は、いつでも、その満足感を再現できるのです。現実がどうあろうとね!これが、いいことなのかどうか、正直なところ、わかりません。ただ、とてもやすらかな気持ちになったことはたしかです。 そして、とっても 安上がりでした。(爆)今日のメッセージは、ちょっと上級編(あるいは異次元編?)だったかもしれません。でも、伝えたかったことは、すべては、あなたの内がわで決めることができるということ。幸福のかぎは、あなたの内がわにあるのです!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1390号(2007年8月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------愛を選ぶ。朝、起きてみたら、机の上に、メモが置いてありました。「愛を選ぶ」そう書いてありました。深夜に、私の部屋に誰かが侵入して書いた…わけではありません。夜中に起きて、自分で書いたものです。(笑)はい。そしてもちろん、「仕事よりも愛を選ぶ」とか、「国境を超えて愛を選ぶ」とか、そういうロマンチックなお話でもありません。 だれも思わないか…。(爆)さまざまな活動のなかで、人間ですから、どうしても、ものごとを、自分の思いどおりにすすめたいとか、相手をコントロールしたいという気持ちになることがあります。そんなときに、自分に語りかけてみることばです。「愛を選ぶ」これは、言い換えれば、「愛なら何をするだろうか」という問いを投げかけることでもあります。 もしよかったら、 第164号(2004年4月12日発行) 「それは、愛から発しているか。愛なら、何をするだろうか」http://plaza.rakuten.co.jp/kameflash/diary/200710300008/ を、あわせて読んでみてください。愛という言葉の定義は、ここでは、置いておくことにしましょう。たぶん、私たちは、深いところでは、だれもがそれを知っているからです。この問いを投げかけるだけで充分なのです。「愛を選ぶ」「愛なら何をするだろうか」そして、おおくの場合、こんなこたえがかえってくるはずです。「わかっている。でも…」ええ、わかっているのです。みんな、わかっているのです。そして、そのことが、とても大切なのです。あなたが、どれほど表面をごまかしてみても、あなたの本質は、何が愛であるかを知っているのです。だったら、もう、抵抗するのはおやめなさい。「愛を選ぶ」こたえはそこにしかないのです。そして、もちろん、私自身もです。つい最近、ひとをコントロールしたいという気持ちにかられることがありました。自分にとって正しいことをしようとしているときに起きてきた感情です。でも、自分は正しいと考えたとき、そこに「正しくないひと」があらわれるのがわかりました。そうです。私の「正しい」という概念が、同時に、「正しくないひと」をつくりだしてしまったのです。愛に、対立はありません。だとしたら、これは、まちがった選択です。もう一度、自分に聴きました。「愛を選ぶ」「愛なら何をするだろうか」こたえは、するりとかえってきました。「信頼をする」すとんと、胸に落ちました。信頼できる相手だから、信頼するのではないのです。信頼できないと感じている相手だからこそ、とことん、信頼をしてみるのです。それが「愛を選ぶ」ことだと、私は、いま、思っているのです。今日のメッセージを、あなたに押しつけるつもりはありません。あなたにはあなたの選択があります。でも、どうぞ、何かに迷ったときには、ためしに自分に、言ってみてください。「愛を選ぶ」あなたの魂は、いつでもこたえを知っています。それを選ぶか選ばないかの、選択が,あなたにあるだけです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1389号(2007年8月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------底なし沼にも、底はあります。感情を味わい尽くすとは、どういうことだろうか…。考えていたら、このことばが浮かんできました。「底なし沼にも、底はあります」自分にとって避けたい感情とは、ある意味で、底なし沼のようなものかもしれません。いったんそこにはまったら、いつまでも苦しい思いをしなければならない…。過去の痛みがぶり返して、こころもからだもぐちゃぐちゃの状態になる…。そんなふうに感じてしまうかもしれません。でも、どんな底なし沼にも底はあります。だって、底がなかったら、地球のちょうど裏がわにも、底なし沼が存在していなければなりませんもの。 もっとも、それはそれで、 底なし沼に沈んだら、 いつか、地球の裏がわの 底なし沼から出てくるという パラドックスになっちゃう わけですが、置いといて!感情にだって、かならず終わりがあるんです。何度も書いているように、感情はエネルギーですから、味わい尽くせば、いつかは終わるのです。それって、ちょうど、底なし沼の底に向かって、身を投げ出すのと同じことかもしれません。まさに、底知れぬ底。どこまで沈んでいくのか、わからないけれど、ただただ、身をまかせ、沈んでいくだけ…。そのときにね。ふっと、からだのちからを抜いてみるんですよ。かたくなに身をちぢめているあいだは、沼の水の感触を感じることさえできません。あなたが苦しいのは、目いっぱいちからを入れて、息まで止めているからです。ほうっておいても、どうせ沈んでいくんです。だったら、その流れに身をまかせてしまいましょうよ。からだのちからを抜いたとたんに、あなたの内がわに、さまざまな思いが流れこんでくるはずです。それもまたすべて、受け入れましょう。理解する必要はありません。ああ、そんな思いがあるんだなあと、ただ、感じるだけでいいんです。あなたは沈んでいきます。どんどん沈んでいきます。あるがままを受け入れて。感じるままに受け入れて。そして、やがて、底にたどり着くのです。あなたは、もうこれ以上沈むことはありません。何しろ、底についてしまったのですからね!そのとき、あなたは、すべてを経過してきたことに気づくのです。沈んでいった時間は、とてつもなく長かったようにも思えます。でも、沈んでみれば、それは、ほんの一瞬であったようにも思えます。そう、感情の世界では、時間は、時計の針のようには進みません。そのひとの思いのままに、ときには、速く、ときには、ゆっくりと、速度さえも変わるのです。あなたの気のすむまで、あなたの思いを、味わい尽くしてやってください。涙が出てきたらあふれるにまかせて。怒りがこみあげてきたら、沼の底をたたきながら。ええ、底なんですから。これ以上、深い感情はもうないのですから。やがて、感情の嵐は、過ぎ去ります。エネルギーは、宇宙に還元され、次なる出番を待つのです。もうおわかりと思いますが、この底なし沼は、あなた自身です。あなたは、あなたを味わい尽くしたのです。自分自身で、まるごとの自分を受け入れたのです。もはや、感情が、あなたを揺るがすことはありません。さあ、信じて飛びこみなさい。あなたが、あなたとして生きるために!勇気をもって!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1388号(2007年8月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ただ、それを自覚するだけ。あなたがもしも、どんなかたちであれ、何らかのリーダーを引き受けるとしたら…。あなたに伝えておきたいことがあります。すべてを引き受けなさい。すべての最終責任はあなたのものです。あなたはけっして、そこから逃げることはできません。そして、あなたは、すべてをまかせなさい。何もかもひとりで、片づけようとするような、おろかしいまねはしてはいけません。できるだけおおくのひとを巻きこみなさい。わけあたえうるかぎりの仕事を、作業を、活動を、まかせてしまいなさい。賢明でありなさい。あなたがどうあるかが、組織のかなめとなります。おばかさんでありなさい。あまり立派過ぎるリーダーは、かえって組織を弱いものにしてしまいます。愛そのものでありなさい。仲間のどんな裏切りにも、あなただけは、けっして、いきどおってはなりません。冷徹でありなさい。どれだけ批判されようと、あなたの決断を通す必要があるときには、迷ってはいけません。ひとつを選びなさい。あなたが選ばなくて、だれが決断できるのですか。どちらもOKにしなさい。ひとつのことに固執するおろかさを、あなたは選んではなりません。夢を見なさい。あなたの描く夢が、組織の未来の姿になります。現実を見なさい。あなたの見つめる現実が、組織のありようを決定します。孤独を耐えなさい。あなたが、リーダーであるかぎり、あなたを真に理解するものは、だれもいません。仲間とともにいなさい。あなたが、仲間に、こころをひらくぶんだけ、仲間は、あなたを支えてくれるでしょう。おしまいに、言い添えます。矛盾するこれらすべてのことばを、受け入れなさい。そして、どのことばを受け入れるか受け入れないかは、自分の自由であると知りなさい。結局のところ、リーダーの仕事とは、リーダーである自分自身を受け入れることだけ。そして、思うに、すべてのひとは、何らかのかたちで、リーダーとしての役目をになっているのだろうと。あとは、ただ、それを自覚するだけ。自覚するとき、生きかたが変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1387号(2007年8月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------自分に問うてみてください。ちょっと照れくさい話ですが、私の初恋は、13歳のときでした。 (オクテだったのデス…)(^^ゞ同じクラスの男の子に片思い。気持ちを告げる勇気もなく、翌年、転校して離ればなれ。そのあとは、会えないままに、7年間も片思いはつづきました。思い返せば、まさに恋に恋していただけの、夢見る夢子ちゃんの私でした。そして、7年たったとき、自分の気持ちが消えていることに気づいて、強いショックを受けたのです。「ひとは、同じひとを、 ずっと思いつづけている ことはできないんだ」と。これを読んでいる「おとな」のあなたは、きっと笑っちゃいますよね。「たったひとりしか 好きになれなかったら、 別れちゃったとき、 困るでしょう?」って。ええ、本当にそのとおり。これは、おさなかった(単に無知だったともいう)私の、笑い話です。 会えないひとを思うとき、私はいつでも、過去の思い出を思い起こしていました。クラスのなかで、こんなことをやっていたなあ。こんなことを、友だちと話していたなあ。(片思いだったので、 直接の記憶がない!!)(爆)そうするとね。思い(感情)もまた、再現されてくるんです。私は、私のなかで、思い(感情)を、ずっと、育てつづけていたんですね。思い(感情)は、育てるから、育つんです。それは消えないのではなく、消さないでいるのです。これって、すべての感情にあてはまることなんです。喜びも、憎しみも、かなしみも、せつなさも、ほうっておけば、消えていくものなんです。消えないのなら、そこには、ちゃんと理由があるんです。あなたがその感情をもちつづけていたいのなら、育てつづければいいのです。細部にわたるまで何度でも振り返り、思い出し、かみしめ直し、また胸のなかにおさめれば、感情は、つづいてくれます。でもね。あなたは、その感情を、本当にもちつづけていたいのですか?その感情は、あなたを幸福にしてくれるのですか?その感情をもっていることで、あなたには、どんなメリットがあるのですか?あるいは、その感情をもっていることで、あなたは、何をしないですむのですか?どうぞ、静かに自分に問うてみてください。それは、あなたが、どんな人生を生きたいかと、ほとんど同じ問いです。10代のころの私は、ひととかかわることをひそかに怖れていました。片思いをしていれば、前に踏み出さずにすんだのです。傷つかずにすんだのです。終わったきっかけは、まったくの偶然でした。初恋の男の子(もう20歳でしたけど!)の姿を、かいま見る機会があったのです。それはもう、私にとっては、まるで知らないひとでした。私は、ようやく、自分が長い夢のなかにいたことに気づいたのです。(遅!)そのころから、ようやく、私は、自分の感情と向き合うことをはじめたような気がします。いずれは、終わってしまうものならば、いま、この一瞬だけがすべてなのです。あともなく、先もなく、いま感じることを100%、感じきって、その瞬間、その瞬間に、終わらせてやればいいのです。どんな感情も、怖れることはありません。その感情が、あなたのなかで起こっているかぎり、感情が、あなたを支配することはありません。あなたは、いつだって、感情よりもおおきな存在なのですからね!充分に、味わい、いつくしんであげるんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1386号(2007年8月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.28
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------感情を楽しめばいいのです。以前の私は、とても落ちこみやすいタイプでした。いったん落ちこむと、ぐずぐずと、ときには、何か月も落ちこみつづけていました。そして、そんな自分がきらいでした。本当は、感情とは、永遠につづくものではありません。感情はエネルギーなので、生じたぶんだけ、使えば、なくなってしまうのです。あのとき、あんなにも、長く落ちこんでいたのは、実は、そのあいだに、感情を再生産しつづけていたためだったのです。自分でつくりだした感情に、自分で振り回されていただけだったのです。「感情は終わる」このことがわかってから、私は、自分のなかで起きてくる感情が怖くなくなりました。どんなにはげしい感情も、どんなに暗い感情も、かならず、終わるのです。終わることを、ただ、見届けてやればいいだけなのです。そして、せっかくだから、楽しんでやればいいのです。だから、落ちこんだとき、私は、その感情にどっぷりとひたります。みずから悲劇のヒロインになりきります。(笑)味わい尽くして、終わらせてあげるのです。大切なことは、感情は、自分が選んで使っていることを忘れないことです。落ちこむときには、落ちこみたい理由がちゃんとあるのです。落ちこんでいるほうが、自分にとってトクなのです。 「えっ、どうして?」と 思ったあなたは、ゆっくり 考えてみてくださいね♪さて、地球上を見渡してみても、これほど、こまやかに、そしてダイナミックに感情を味わい、表現できる存在は、ほかにはいません。とすると、感情は、人間だけにあたえられた、特別なプレゼントなのかもしれません。そう考えてみると、なんだかとても納得します。だから、いつだって、使えばなくなるのです。いつまでもなくならないものだと、つい、それがプレゼントされたものであることを忘れてしまいますからね。だから、私たちは、あたえられたプレゼントを素直に受け取って、感情を楽しめばいいのです。感情に感謝し、思うぞんぶん、遊べばいいのです。ええ、そうです。それは、遊ぶもの、楽しむものであって、かかえこむものではないのです。さあ、あなたは、今日はどんな感情で生きてみますか?どんな感情も使い放題。どんな感情を使うときも、どうぞ、楽しんでくださいね。その感情が、あなたを心地よいものにさせますように。あなただけでなく、あなたのまわりのひとをも心地よいものにさせますように。プレゼントを喜んで使うことが、そして、そのプレゼントを喜んでわかちあうことが、プレゼントしてくれただれかへの最高のお返しになるのですから♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1385号(2007年8月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------神サマは、強い味方です♪ときどき、軽く落ちこみます。たいていは、何か、おおきな仕事が終わったあとです。ふっと、気持ちのゆるんだところに、ちょっぴりネガティブな感情が入りこんでくるようです。そんなときは、基本的に抵抗しません。落ちこむにまかせます。感情はエネルギーなので、一定量を消費すれば、終わることがわかっているからです。それでも、まだ、何か昇華しきれないものを感じるときがあります。気づかぬうちに、おりのようにたまっているものがあったりするのでしょう。そんなときは、少し、カゲキな方法をとります。以前にも書いたかもしれませんが、神サマに文句を言うのです♪ ここで言う「神サマ」とは、 特定の宗教によるものでは なく、宇宙存在というか、 ひとの存在を超えた、 よりおおいなるもの というような感覚です。ええ、神サマは、とても寛大なかたです。私ごときが、文句を言ったからといって、怒るほど、心持ちのちいさなかたではありません。ですから、遠慮はいらないのです♪不満があれば、ばんばん言います。要求があれば、ここぞとばかりに言いつのります。そして、こんな気分の自分を放置している、神サマを罵倒します。「神サマのバカヤロー!」はい。かなり罰当たりです。(^^ゞでもね。ここまで言い切ってしまうと、非常にすっきりするのです。こころゆくまで、あますどころなく、文句を言えるって、なんてすてきなことでしょう。気がつくと、気持ちが晴れ晴れしています。たまっていたものも、どうやら発散されたようです。なぜ自分が落ちこんでいたのかさえ、思い出せないほどです。(^○^)そこではじめて神サマにお礼を言います。「おつきあいいただき、 ありがとうございます」(ここは、ていねいにね♪)よくわかりませんが、そんな私を見て、神サマも、にこにこと笑っているのではないかと思います。「ばかな子ほどかわいいのう」(なぜかおぢいさん口調♪) もちろん、どんな感情もすべて自分のなかで処理してしまえるひとなら、こんなことは必要ありません。でも、どうしても、自分の内がわのネガティブな感情をもてあましてしまうときなど、神サマは、強い味方です♪どうぞ、思う存分頼ってみてください。言いたい放題、わがままを言ってください。神サマは、何を言っても傷つきません。(たぶん)笑ってゆるしてくれます。(きっと)だれにも文句を言われない、とってもリーズナブルな落ちこみ解消法。おもしろそうと思ったら、あなたも一度、おためしあれ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1384号(2007年8月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「はじめて」の勇気ほかのかたには聴いたことがないのでわかりませんが、私の場合、しばしば、こんな書き出しのメールや、書きこみをいただきます。「はじめてメールします」「はじめて書きこみします」「はじめてワークショップと いうものに参加します」私のささやかなメッセージが、そのひとに、「はじめて」の勇気をうながすことができたことを、とてもうれしく思います。そして、あらためて、この「はじめて」の勇気の大切さを思うのです。どんなことでも、「はじめて」のことは、とても怖いのです。だって、それまでに一度も、体験したことがないのですから。私たちの潜在意識は、この「はじめて」をとても怖れます。潜在意識には、私たちを安全に生きさせたいという役割があるからです。だから、知っていること、わかっていることのほうに、引き寄せようとするのです。でもね。思い出してみてください。私たちは生まれたときには、何も知りませんでした。すべて、ゼロから出発して、ここまできたのです。もしかしたら、それって、「知る」という体験を、プレゼントされていることなのかもしれませんね。私たちは、受け取ったプレゼントのぶんだけ、怖れをこえて、行動することができます。だって、知ることによって、それは、怖れる対象ではなくなるのですから!ただ、この「知る」ということは、「体験」によってしか得ることはできません。そうでしょう?まだことばももたない赤ん坊に、「○○は危険よ」と、いくら教えたって、理解できませんものね。もっと言うと、知識を教えることは、頭に入りますが、体験したことは、からだに入るのです。そして、私たちが真に応用できる知識とは、頭で覚えたことではなく、からだで体験してわかったことなのです。だから、もしもあなたのまわりに、子どもたちがいたら、その体験をこそ、尊重してあげましょう。体験があってはじめて、頭で覚えた知識が、役立つのだということを教えてあげましょう。体験には、失敗はありません。体験からは、学びがあるだけです。そしてね。もうおとなになったあなたも、今日はどうぞ、赤ちゃんのときの勇気を思い出してみてください。あなたには、その勇気がちゃんとあったのです。ただ、長いこと使わないでいたために、忘れていただけなんです。どんなちいさなことにでも、「はじめて」の勇気を、どうぞ使ってみてください。そうして、あなたの体験を一つひとつ積み重ねていってください。今日の私のメッセージが、あなたが、怖れを超えて生きるための、ちいさなヒントになりますように。こころをこめて祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1383号(2007年8月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「あたりまえ」が、ミラクル!ずっと前に思いついてメモした紙が出てきました。「『あたりまえ』が、ミラクル!」そう書かれていました。ミラクル…奇跡。めったにありえないこと。それがなぜ、「あたりまえ」なの?このメルマガの常連さんなら、もう、おわかりですね。この宇宙のなかで、私たちは、本当なら、生きていない可能性のほうが、うんとずっと高いのです。太陽との距離が、ほんのちょっとちがっていたら、地球に生命が発生することはなかったかもしれません。発生しても、ちがったかたちの生きものだったかもしれません。何度となく繰り返された、氷河期のあいだ、地球上では、生命は死に絶え、また復活しました。そのとき、完全に死滅していれば、私たちは、いま、存在していなかったかもしれません。いいえ、そんな宇宙規模、地球規模の話ではなくても。私たちの両親が、生まれる時期が、ほんのちょっとでもずれていたら…。生まれる場所が、ほんのちょっとでもちがっていたら…。私たちは、この世に存在していないかもしれません。たびたび起きる災害や事故。あるいは、流行り病。私たちは、たまたま、そこに居合わせなかったおかげで、いま、生きているのです。仮に、事故や病気に遭ったとしても、運よく、治療できる環境にいたおかげで、生きているのです。それだけではありません。あなたが生まれて以来、あなたの心臓は、ずっと動きつづけています。あなたがどうあろうが、あなたの肺は、勝手に休んだりしません。あなたの細胞は、あなたが忘れているあいだも、せっせと増殖をつづけています。ね? いま、生きているって、そういうこと。毎日の「あたりまえ」は、生きているからこそのミラクル(奇跡)!だから、「あたりまえ」がミラクル!なんです。どうぞ、自分の不幸をなげきたくなったら、今日一日に起きたミラクルの数を数えてみてください。あなたを取り巻く無数のミラクルの数と、あなたが生きていなかったかもしれない可能性の数を、数えてみてください。そしてね。あなたがいま、このメッセージを読んでくれている。これだってミラクルなんですよ!200億年の宇宙の歴史のなかで、地球の21世紀に、インターネットをとおして、あなたと私が、出会うこと。考えてみてもください。それだけのスパンのなか、出会わない確率のほうが、ずっとおおきいはずですから!奇跡の時間をともに生きる、あなたを、今日は祝福します。どうぞ、誇りをもって、あなたのミラクルを生き抜いてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1382号(2007年8月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------そこから、道がひらけます。「責任」ということばを思い浮かべるとき、中学校演劇部でのある体験を思い出します。ひとりの女の子がいました。その子は、演劇をつづけることを、親から反対されていました。「役につくと、親に ばれちゃうから」三年生になると、そう言って、役につかなくなりました。でも、だからといって、家に帰るわけではありません。むしろ、だれよりも早く、稽古場にやってくるのです。で、何をやっていたのか。メンバーがそろっていないときの代役をやっていたのです。それも、実に楽しそうに!あんまり楽しそうなので、私は、思わず言いました。「いっそのこと、 役をやればいいのに」返事がかえってきました。「代役は、責任がないから、 楽なの」どきんとしました。明るくふるまっているけれど、どこか自信なさげな表情をのぞかせる子でした。家でも、自分の気持ちを、本当に伝えてはいないかもしれないなと、感じることもありました。そんな子の、そんなひとこと。「ねえ、責任って、 自分で選べる自由のこと なんだよ」そう言いたい気持ちを、のどもとで飲みこみました。言っても、そのときのその子には、伝わらないだろうと思ったからです。その子に必要なのは、そんなことばではないだろうと思ったからです。その子は、その後も、最後の公演まで、ずっと、代役をつづけました。どんな役でも、すぐに代わりに入ってくれました。その子のおかげで、稽古はとどこおることがありませんでした。もしかしたら、その子は、その子なりのかたちで、「責任」を果たしてくれていたのかもしれません。最上級生として、演劇部を支えていくという責任を。先日、数年ぶりにその子と再会しました。笑顔のかげに、ちらりと、はにかむような表情は、そのままでしたけれど、前よりも、もっとずっと、タフになっていました。ああ、あのあと、この子は、この子の人生をしっかりと生きてきたのだ。おそらくは、自分の責任で。これでいいのだ…。そう思いました。責任のかたちは、ひとつではないのです。そして、それを選ぶのは、自分自身以外にはありません。信じて、選ぶことです。選んで、信じることです。そこから、道がひらけます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1381号(2007年8月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------責任という自由10代のころの思い出です。そのころ住んでいた町には、町内会ごとに、ソフトボールチームがつくられていました。年に一回、町内で、ソフトボール大会をおこない、優勝チームを決めていたのです。父は、自分の地区のチームのピッチャーをつとめ、監督も兼ねていました。ある年、父のチームは、早々に敗退してしまいました。そのとき、チームのメンバーにたいして、父は、言いました。「責任をとって…」次のことばは何だと思いますか?「責任をとって、 来年も監督をつとめる」ええ、そう言ったのです。そのときから、私にとって、「責任」ということばは、自分で選ぶ自由なのだという印象が、強く刻みこまれました。父は、だれに言われたのでもなく、自分の意志で、自分の身の振りかたを決めたのです。普通なら、「責任をとる」というと、「やめる」ことになるのかもしれませんが、あえて、翌年の勝利の責任をになったのだと思います。「責任」を、英語に訳すと、「responsibility」ということばになるそうです。これって、「応答性」という意味なのだそうです。何かはたらきかけたことにより、その結果がついてくる。「責任をとる」とは、自分で決めて、行動するということなのかもしれません。だから、しばしば、「責任をとる」ということばの使われかたに、違和感を覚えるのです。だって、それらのおおくは、責任をとるべきひとではなく、そのまわりのひとから発せられているのですから。そのひとの責任はそのひとが決めるもので、まわりのひとがとやかく言うべきことではない気がするのです。さて、冒頭の父ですが、翌年、チームは、無事に上位進出を果たしました。 もしかしたら、優勝した ような気もしますが、 記憶はたしかではありません。父は、みごとに責任を果たしたのです。当初、父のことばにあきれた(らしい)ひとびとは、何も言えなかったようです。(笑)「責任」ということばを聴くたびに、なつかしく思い出すできごとです。あなたの責任は、あなたのものです。だれにも肩代わりできない代わりに、だれからも押しつけられるものではありません。どうぞ、堂々と、あなたの責任を、責任という自由を、まっとうしてください。あなたの責任を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1380号(2007年8月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------覚悟が必要なんです。何かをやりかけていて、どうしても、うまくいかないときって、あると思います。そのときに、選択肢は二つあります。やるか、やめるか、です。やめる、は、とても大切な選択肢です。結婚より離婚が大変といわれるのと同じように、やめることは、勇気も気力もいります。何しろ、ただ、「やーめた」では、すまされません。さまざまな手続きも必要になります。あちこちに、頭もさげなければならない場合もあります。批判をしてくるひとがいたとしても、あまんじて受けなくてはなりません。正直、かっこ悪いです。それらすべてを引き受けて、やめるときは、やめると決意する。その覚悟が必要です。もうひとつの選択肢。「やる」ということ。いったん、やると決めたら、これもまた、やるだけです。どんなに困難があろうと、愚痴をこぼしているひまはありません。言いわけを考えているよゆうもありません。結果がどうあろうと、すべて引き受ける覚悟をするんです。そして、全力で、やれるだけのありとあらゆることをやるんです。そう、両方とも覚悟が必要なんです。それなしには、何もはじまらないし、終わりもしません。これまで、さまざまな企画にかかわってきました。いつのまにか、この覚悟ができている自分に気づいてびっくりします。もちろん、私の覚悟など、ごくささやかなものではありますが…。それでも、覚悟ができるようになって、わかったことがあります。途中で、何があっても、迷わなくなるのです。トラブルが起きても、落ちこまなくなるのです。結果がどうあれ、それを選んだ自分を信じられるからです。自分で選んだことだから、そのプロセスも結果も、まるごと受け入れることができるのです。そう。たとえうまくいかない結果に終わったとしてもね。明るく、さらっと、こう言ってしまうんです。「ま、いっか」(笑)そして、自分のなすべきことをやっていくだけです。もしも、そこでやめるのであれば、そこから何が学べるかを自分に問いかけながら。それでもつづけるのであれば、今度は何をしたらいいのかを模索しながら。すべて、覚悟すれば、いいだけなんです。覚悟すれば、すっきりと前に進めます。ほんとに気持ちがいいですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1379号(2007年8月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「温泉感覚」「頭で考えるのではなく、 からだで感じてください」ワークショップのとき、そんなふうにお願いすることがあります。でも、なかなか、うまくいきません。「感じているつもりでも、 考えてしまうんです」「感じるということが、 よくわかりません」そんなひとが、増えている気がします。どうしたら、わかるように伝えることができるんだろう…。そんなことを考えていたら、ふっと、こんなことばが浮かびました。「温泉感覚」あ、そうか!なんだか光が見えた気がしました。温泉のきらいなひとって、あまりいませんよね。 きらいなひとも、 よかったら、いっしょに おつきあいください。では、あなたの大好きな温泉につかっているところをイメージしてください。たっぷりの湯殿に、身をひたしてください。お湯の触感はどんなですか?さらさら? ぬるぬる?色はどんなてすか?足のつま先から、頭のてっぺんまで、じんわりと、あたたかさが伝わってくる感じを思い出してください。からだがほぐれて、ゆるむ感じを思い出してください。露天風呂であれば、風が、涼しく吹き抜けていくかもしれません。遠く、鳥の声なんかが、聴こえているかもしれません。どうぞ感じてみてください。ほっと、やすらいでいく、その感覚。「温泉感覚」ね? これなら、あなたにもわかるでしょう?そのとき、あなたは、けっして、考えたりはしないんです。「ああ、この気持ちよさは、 温度が○○度で、 温泉の効能成分が○○で、 そこに○分間つかっている から、感じられるのだ」なんて考えるひとは、だれもいないはずなんです!日常のなかでも同じです。そんなふうに、からだまるごとが発する感覚に、もっと耳を傾けてみてほしいのです。たしかに、日常は、温泉ほどははっきりとはしていないでしょう。でも、からだの感覚にゆだねきるあの状態を、思い出してみてください。いま、自分のからだが、何を感じているのか。足のつま先から、頭のてっぺんまで、耳を澄ませてほしいのです。そうすると、ちゃんと感じられるはずです。自分のからだが、いま、何を感じているのか。それを置き去りにして、頭(考えること)ばかりを優先しているから、からだが悲鳴をあげるのです。もっともっと、自分のからだの感覚を大切にしてあげてください。あなたは、頭だけでできているのではありません。こころとからだまるごとのあなた本来を生きるために。「温泉感覚」どうぞ活用してみてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1378号(2007年8月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------いつだって、いま・ここ、この一瞬だけなのです。めずらしく、あることで、ちょっぴり悩んでました。「これができたらいいなあ」と思うことがあるのです。でも、そこにいたるには、ちょっとしたハンデがありました。そのハンデのことを思うと、「やっぱり、やめといた ほうがいいのかなあ」と思うのです。失敗して、がっかりするのは、うれしいことではありませんから。でも、そこで考えました。可能性は四つあります。その1アンラッキーな結果のことを考えながら、毎日暮らして、アンラッキーな結果にたどり着く。その2何も考えずに、一日一日、とにかく精一杯生きて、アンラッキーな結果にたどり着く。その3アンラッキーな結果のことを考えながら、毎日暮らして、ラッキーな結果にたどり着く。その4何も考えずに、一日一日、とにかく精一杯生きて、ラッキーな結果にたどり着く。ここで、わかったことは、途中で何を考えようが、結果は変わらないということです。うまくいくときはうまくいくし、だめなときはだめなのです。だったら、結果を気にせず、いま、この一瞬一瞬を、楽しむほうがいいですよね。結果を受け取るのは一瞬に過ぎないのに、それまでのあいだ、不安に包まれて暮らすなんて、もったいないですよね。そしたら、ふっと、「ま、いっか」ということばがこぼれました。このことばが出たら、もう、悩みは解決です。私たちは、未来を生きることはできません。生きることができるのは、いつだって、いま・ここ、この一瞬だけなのです。この一瞬、一瞬を、100%燃焼して生きて、いつかの未来に、やってくる結果を、ただ受け取るだけでいいのです。ここまで書いたとき、さらに選択肢があることに気づきました。可能性その5ラッキーな結果のことを考えながら、毎日暮らして、アンラッキーな結果にたどり着く。可能性その6ラッキーな結果のことを考えながら、毎日暮らして、ラッキーな結果にたどり着く。これって、宝くじを買うひとの心理と同じですね。ポイントは、結果がだめだったとしても、がっかりしないことです。それまでのプロセスを楽しめたことを喜べばいいのです。選択肢は、どうぞお好みで。あなたの一瞬一瞬が、輝くものでありますように!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1377号(2007年8月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------がまんすると決めたら、がまんする。私の友人で、実に、自分らしく生きているひとがいます。私とちがって、会社づとめですから、さまざまな拘束もあります。でも、友人は言い切ります。「やりたくないことは やらない」「きらいなものはきらい」「自分のやりたいようにやる」実際、友人を見ていると、はらはらするほど、(笑)自由奔放にふるまいます。指導的立場にいるにもかかわらず、個人の趣味を全面に出したりもします。好ききらいもはっきりと口にします。よくまあ、これだけやって、会社のなかにおさまっていられるなあ。そう感心していたのですが、先日、ああ、なるほどと、納得できることがありました。「やりたくないことは やらない」「きらいなものはきらい」「自分のやりたいようにやる」この三つに加えて、次のひとことを言ったのです。「がまんすると決めたら、 がまんする」やりたくないこと、きらいなことでも、どうしてもやらなければならないという場面に直面したとき。「これは、がまんしてやる」と、決めるのです。それだけ聴くと、「なーんだ、私だって、 がまんすることなら、 いつでもやっている」と思うひともいるかもしれません。でも、もう一度、よーく読み直してみてください。友人の基本スタンスは、「やりたくないことは やらない」です。ぎりぎりまで、この路線をつらぬいているのです。でも、どうしても…の場合だけ、「がまんする」ことを選択するのです。「がまんしなければならない」でもなければ、「がまんさせられる」でもないのです。「がまんすることを 今回は選択する」という、あくまでも主体的な判断なのです。それは、いわば、自分との契約なのだと思います。ですから、そのことが終わったら、また本来の、傍若無人(爆)の友人にもどります。そして、友人の名誉のためにいえば、友人は、周囲のひとたちに、深く信頼されています。自分が口にしたことは、きっちりとやりとおす、意志の強さがあるからです。その、ぶれないまっすぐな生きかたに、あこがれを感じるひともいるようです。よく、「会社にいると、自分勝手はできない」と、いうひとがいます。でも、結局は、そのひとの生きかた次第ではないかと、友人を見ていると思うのです。「がまんする」という、一見ネガティブな選択さえ、自分で決意することで、主体的な行動に変えることができるのです。「やりたくないことは やらない」ということと、「がまんする」ことは、友人のなかで、矛盾しない行動なのです。(おわかりいただけますか?)あなたが、もしも、会社や組織の枠組みのなかで、きゅうくつさを感じているとしたら、今日はちょっと考えてみてください。自分は、どこまで自分の意志で、自分の行動を決めているだろうか、と。そして、ひとつでも、「決められたこと」を「自分で決めること」に、置き換えてみてください。たぶん、ほとんどのことは、自分で決められることに、気がつくと思いますよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1376号(2007年8月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.16
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分で自分をケアすること。最近、どうも、からだのかたいひとが多すぎる気がします。年齢にかかわりなく、肩にさわると、ばりばり。背中も腰も、こちこちにこわばっています。「ひどいときには、 吐き気がしてくるんですよ」「頭痛がするから、 薬が手放せないんです」そんなふうにおっしゃるかたもいらっしゃいます。でもね。そういうひとにかぎって、よくなるための方法を何もしていないんです。どうしてなんでしょう?からだは、私たちが生きていくための基本です。このからだなしに、私たちは、生存することはできません。だったら、もっと、自分のからだに目を向けてみませんか?自分のからだが心地よく暮らせる方法を考えてみませんか?ええ、方法はたくさんあるんですよ。シャワーですませずに、ちゃんとお風呂に入って、ゆっくりからだをあたためるのもいいです。一日五分でも十分でも、簡単な体操をするのもいいでしょう。呼吸法をとりいれるのもいいでしょう。ほんのちょっとの工夫で、からだは、もっと楽になれるんです。毎日毎日が、快適に過ごせるんですよ。どうぞ、もっと、自分のからだに意識を向けてください。からだが楽になれる生きかたを身につけてください。だって、この自分自身を大切にできなくて、どうして、ほかのひとを大切にできるのですか。自分自身が、心地よさを充分に体験してはじめて、ほかのひとにも、それを、伝えられるのではありませんか?「なるほど」と思ったあなたは、どうぞ、今日から実践してみてください。どんな、ちいさなことでもかまいません。そのちいさな一歩が、次の一歩につながります。生きている、このからだに、もっと目を向けてください。それはきっと、こころに目を向けることにもつながっていくはずです。自分で自分をケアすること。今日はシンプルだけど、大切なメッセージをあなたにおとどけします。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1375号(2007年8月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------気づいたら、実行しましょう。今日は、解説の必要もないほどシンプルなメッセージです。(^^ゞでも、ここで終わっては、「フォーカスチェンジ・フラッシュ」になってしまうので、もう少し、つづけます。(笑) ※3秒かからずに読める 携帯版メルマガです♪ http://mini.mag2.com/pc/m/M0068733.htmlさまざまな書籍を読んだり、さまざまなセミナーに出たあと、感じることがあります。「ああ、○○に気づけた」「~~についてわかった」これは、もちろん、すてきなことです。でも、そこで終わっては、意味がありません。具体的な例をあげましょう。あるアマチュアの演劇集団の公演にかかわっていたときのことです。公演日が数日あって、何回かの上演があります。その途中で、お芝居がちょっとゆるんできていることに気づきました。その日は、昼・夜、二回上演になっていました。「せりふがあいまいに なってきていますよ。 お客さんに届いていません」昼の上演のあと、そう、コメントしましたが、そのあと、せりふの確認にきたのは、わずか数人でした。案の定、夜の上演では、さらに、ゆるみはひどくなっていました。「昼間、私に言われたあと、 自分のせりふを練習した ひと、何人いますか?」手をあげたのは、半分くらいでした。「あなたたちは、 こころのなかで、練習すれば、 うまくなるとでも 思っているのですか?」ちょっと意地悪ですが、そんなふうに言いました。気づいただけでは、だめなのです。わかったと思っただけではだめなのです。行動すること。行動して、確認していくこと。それなしには、次のステップはないのです。私のカミナリが効いたのか、(^^ゞ今度は、何人もの役者さんが、せりふの確認にやってきました。気づいただけでは、数日もすれば、やがて元の黙阿弥にもどってしまいます。でも、気づいて実行するときは、目の輝きがちがいます。気づいたら、実行しましょう。シンプルですが、これほどたしかな結果に結びつくものはありません。そして、その積み重ねが、着実に、自分を育ててくれるのです。このちいさな一歩を、どうぞ軽んじないでください。どんなにささやかでも、実行したひとだけが、前に進めるのです。さあ、今日のあなたにできる一歩は何ですか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1374号(2007年8月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------信念を捨ててしまいなさい。もしも、あなたの前に壁があるとします。あなたが、正面を向いているかぎり、あなたには、壁しか見えません。壁の幅にも、壁の高さにも、気づくことができません。視点を変えることができると、あなたは、壁の幅に気づくことができます。万里の長城のように思っていた壁にも、実は、終わりがあることがわかります。そう、壁の終わるところを、探せばいいだけです。壁よりも高い位置に行くことができれば、あなたは、壁の高さを知ることができます。壁の高さがわかるということは、あとは、乗り越えかたを考えるだけでいいわけです。壁のことで悩む必要はもうないのです。だから、あなたが、問題に直面したとき、ためしに考えてみればいいのです。視点を変えて、壁の終わるところを探すか、壁よりも高い位置にいってみるか。そして、やってみたいほうを選んでみればいいのです。これだけわかっていて、あなたが、壁の前から移動できないとしたら、「かくあるべき」という信念が、自分のなかにある可能性があります。たとえば、「壁を超えるには、 ハンマーで、壁を 叩き割らなければならない」という信念があるひとは、そこにダイナマイトがあっても、使うことができません。「壁の上を、 超えなければならない」という信念があるひとは、地下通路があっても、そこを通ることができません。あなたの目的は、何ですか?向こうがわに行くことではないのですか?向こうがわに行って、やりたいことをやることではないのですか?そのためなら、何をしたって、かまわないのではありませんか?つまらない信念を捨ててしまいなさい。あなたを幸福にしない信念と、つきあいつづける必要はないのです。そして、これはおまけの上級編です。あなたが、目の前にある壁を、「壁」と思っているかぎり、それは、「壁」でありつづけます。でも、あなたが、目の前のそれを「壁」と思うことをやめてしまえば、それは、瞬時に「壁」であることをやめてしまいます。そうです。「これは壁だ」と思うことさえ、あなたの信念のひとつにすぎないのです。「壁を越える」ことに意義を感じているあなたの信念にすぎないのです。さて。どの方法をとりますか?あなた次第で決められます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1373号(2007年8月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------あとはただ、ゆだねてしまうんです。「自分で決めて、自分で選ぶこと。 それが大切」このメルマガで、繰り返し、書いてきたことです。もちろん、その気持ちは変わりません。でも、同時に思うのです。「ときには、何もかも 自分で決めなくていい。 だれかにゆだねていい。 もっとおおきな流れを 信じておまかせしていい」と。私たち一人ひとりは、本当にちっぽけです。困難なことに突き当たったとき、どうしていいかわからず、途方に暮れたりもします。そんなときにね。「何もかも、自分で 決めなくていい。 何もかも、ひとりで、 しょいこまなくていい」自分に言ってあげるんです。本当はね、私たちは、いつだって、たくさんの存在に支えられているんです。目に見える・見えない、かかわりなく…ね。でも、自分がひとりぼっちだと思ってしまったり、誰にも助けてもらえないと思ってしまうとき。自分で、そのつながりに背を向けてしまうんです。何もないものと、思いこんでしまうんです。だって、期待するだけ、怖れは強くやってくるから。だめだとわかったとき、もっともっと失望しそうな気がしてしまうから。そうやって、自分を閉ざしてしまうんです。これ以上傷つきたくないために。だから、この迷路を抜けだすには、もうひとつ、深い勇気が必要なんです。悩んでいる自分にも、迷っている自分にも、弱虫の自分にも、全部、全部、マルをあげる。その勇気がね。そして、あとはただ、ゆだねてしまうんです。よりおおきな流れに。大丈夫。どんなことがあっても、生きていくことはできる。おぼれて沈みそうになったときほど、ちからを抜くことが必要なんです。おまかせしてしまうことが、必要なんです。今日のメッセージは、自分に向けて書いているものです。だから、ちょっとわかりにくかったかもしれません。でも、今日このメッセージを書きたくなったということは、きっと、どこかでこの思いとつながるひとがいるはずだと。そんなふうに思うので、このまま、発信してしまうことにします。あなたは、ひとりじゃない。けっして、ひとりじゃない。おおきな流れのなかでつながっている。見えない流れのなかで、すべてはひとつになる。だから、ひとりでがんばらなくていい。にぎりしめたこふしのちからをほどいて、このおおきな流れに、あなた自身をゆだねなさい。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1372号(2007年8月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------まるごと祝福します。中学校の演劇部にかかわっていたとき、本番前に、時間のゆるすかぎり、やっていたことがあります。全員で、円になります。そこで、言います。「このメンバーで、 このお芝居をやれるのは、 今日が最後だよ。 たとえ再演する機会があっても、 同じメンバーでやれたとしても、 でも、もう同じことは 二度とできない。 だから、今日が 最初で最後の舞台。 二度と繰り返すことのできない 時間を、大切にしようね」そして、全員で手をつないで、ぎゅっと、手をにぎりあいます。本番前のちょっと興奮した空気が、すっとおさまって、みんなの気持ちが、集中してくるのがわかります。その瞬間が好きです。泣きたくなるくらい、好きです。どんな稽古にも、かならず、本番というものがあります。その稽古期間が、数か月であろうが、あるいは、1週間であろうが、本番はかならずやってきます。そして、本番が終わると、劇は、おしまいになるのです。また、稽古の途中、ついつい、だれて、惰性のままに演技してしまうことがあります。あたらしい発見など、何もないような気持ちになることもあります。でも、それはまちがいです。稽古の一瞬一瞬の時間もまた、二度と繰り返すことはできない時間なのです。いつでも、あたらしく生き、あたらしく死んでいく時間なのです。そして、その時間を、私は、いつも、人生と重ねあわさずにはいられません。この人生もまた、一瞬一瞬が、繰り返すことのできない時間。一瞬一瞬が、稽古の時間であり、本番の時間なのです。その、当たり前で、大切なことを、私たちは、しばしば忘れます。まるで、いまのこの時間が、永遠につづくかのように、思ってしまうのです。演劇は、そのことをいつも、思い出させてくれるのです。繰り返し、繰り返し、問い返させてくれるのです。「あなたは、どうしたいの?」「あなたは、どんな自分を 生きたいの?」今日は、この問いをあなたに贈りたいと思います。あなたは、あなたの人生の主人公です。かけがえのない存在です。 主人公のいないお芝居なんて ありえませんからね♪一瞬一瞬、ゆきてかえらぬこの時間を、あなたはどう生きたいですか?あなたは、それを自分で決めることができます。あなたが生きたいように、選びとることができます。そして、あなたの人生にかかわるすべてのひとたちは、もう二度と、同じかたちでは、かかわることのないひとたちです。仮に、次の人生があったとしても、同じことを繰り返すことはできないのです。どうぞ、二度と体験することのできない、この一瞬一瞬を、こころから愛してください。あなたの人生を、あなたにかかわるすべてのできごとを、すべてのひとたちを、まるごと祝福してください。私もまた、あなたの人生を、まるごと祝福します。あなたがあなたの幸福を生きられますように。すべてのあなたの輝きが、この地球を、この宇宙を、明るく照らしますように。こころをこめて、祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1371号(2007年8月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ただ、それを見い出すことだけ。「あれっ、この子、 変わってきたなあ」お芝居の稽古をしていると、しばしば出くわす場面です。あんなに声の出なかった子が、いつのまにか、朗々とした声をひびかせるようになったり。自信なさげに演技していた子が、堂々と、表現するようになっていたり。最近、それには、ひとつの傾向があることに気がつきました。おおくの場合、何か、ひとつ、自分がみとめられたと感じることが、きっかけになっているのです。ある子は、必要があって、台本になかったせりふを、つけたすことになったとき。「このせりふが、この場面の きっかけになるから、 あなたにお願いするね」それは、ほんのたったのひとことだったのです。でも、そのときから、その子の動きが、はっきりと自信あるものに変わっていきました。ある子は、その場面のことばの意味を、理解したときからでした。「このせりふには、 こんな意味があるの。 あなたが言うことで、 伝わるの」ちょっとぼんやりしたところのある子だったのですが、いつのまにか、とても力づよいまなざしを見せるようになっていました。まさに、「目がひらいた」という感じでした。そんな場面に、何度も何度も出会ってくると、つくづく感じるのです。できない子なんていない。だめな子なんていない。ただ、チャンスをあたえられていないだけ。タイミングが合わないだけ。そう思えば思うほど、子どもにたいするまなざしが変わるのです。どうしたら、この子が変化するためのきっかけをつくってやれるだろう。この子の輝きをひきだすためには、何をどうしたらいいのだろう。そんなふうに思えば思うほど、一人ひとりの子どもがいとおしくなるのです。この子の、この子の、この子の、この子の…輝く瞬間が見たい。そんな気持ちで、いっぱいになるのです。そして、これは、たぶん、演劇だけでない、あらゆる場面に共通することだと思うのです。私たち、おとなが、子どもにたいしてできることは、その子の可能性を信じること。その子の可能性を刺激する、あらゆるアプローチを探りつづけること。それだけではないかと思うのです。どうぞ、そんなまなざしで、あなたの目の前にいる子どもを見てみてください。あなたのひとこと、あなたのはたらきかけが、その子の輝きをひきだすきっかけになるかもしれないことに、気づいてみてください。変化のきっかけは、ほんのちいさなところに隠されています。私たちに必要なことは、ただ、それを見い出すことだけ。それだけでいいんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1370号(2007年8月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分、ふぁいと♪このメルマガでも、ときどき書いていることばです。「自分、ふぁいと♪」最近気に入って使っている、自分をはげますことばです。我ながら、あきれるくらい、ハードワークの生活を送っています。しかも、全部、やりたいことばかりなので、始末に終えません。(笑)やりたいことをやっていると、さらにやりたいことが増えてきます。エネルギーはどんどん湧いてきますが、からだには、限界があります。そんなときの、ちょっとだけの後押しが、このことば。「自分、ふぁいと♪」きつすぎないところがいいのです。ひらがなで書いて、最後に、リズム記号をつけると、なんだか楽しくなるでしょう?え? ひらがなだろうが、かたかなだろうが、声に出してしまえば、区別はつかないだろうって?はい、そのとおり。(^^ゞでも、いいんです。これは、自分のための魔法のことば。だから、自分だけがわかっていればいいんです。「がんばれ!」と、力強く押すのではなく、「ネバナラナイ」と、押しつけるのでもなく。ふわっと、やさしく、ちょっぴりのユーモアもこめて。「自分、ふぁいと♪」ひとそれぞれに、自分をはげますことばがあっていいのです。私には、これがちょうどいいのです。あんまり強すぎないから、限度を超えるほどの無理をするには向いていないのです。だから、いいのです。必要なときには、からだが、ちゃんとストップをかけてくれる。気がついたら、ストップすることができる。そのくらいの「ふぁいと」なんです。どんなときでも、最後のこたえは、からだが出します。 まるごとの存在としての からだ、という意味です。からだのこたえを無視するようなはたらきかけは、あまりしないほうがいいのです。からだと対話しながら、すすむのがいいのです。そんなわけで、今日も、声かけしてみます。「自分、ふぁいと♪」そして、元気に、いってきまあす♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1369号(2007年7月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------感情を祝福しましょう。「悟る」ということばを、勘違いしているひとが、ときどきいます。「悟った」ひとは、もう、こころが動じなくなる。「悟った」ひとは、怒ったり、かなしんだりしなくなる。そんなふうにね。でもね。せっかく、人間として生まれてきて、感情、五感をたずさえているのに、それを使わない…というのは、どうかな、と、私は思っているのです。たとえば、お芝居にしたって、善人ばかりが出てきて、楽しいことばかりが起きて、仲良しこよしで終わったら、あまり、おもしろいとは感じませんよね♪怒りやかなしみがあるから、おだやかさややすらぎも感じとることができるのです。ねたみやうらやましさがあるからこそ、向上心も生まれてくるのです。光があって、影があるように、ものごとは、いつだって対のものではないかと思うのです。だから、私たちは、いつだって、怒っていい。かなしみを感じていい。孤独を味わっていい。そして、そのぶんだけ、おだやかさややすらぎを、よろこびを、幸福を、受け取ればいいのです。もって生まれてきた感情を捨ててしまうなんて、もったいないです。感じていいのです。感じ尽くして、そして、手放せばいいだけなのです。そして、その「感じて」「手放す」このタイムラグが、かぎりなく短くなったとき、ひとは、ひょっとしたら、「悟り」の境地にいたったと感じるのかもしれません。そして、それが「悟り」であると感じる気持ちさえも、瞬時に手放すことが大切だと思っているのです。すべての自分の感情をよろこびましょう。怒ることのできる自分がいるということ。かなしむことのできる自分がいるということ。せつなさをかかえる自分がいるということ。そのあらゆる感情のさなかにあって、ひとつだけ、忘れないでいてください。この感情があるからこそ、私たちは、つながることができるのだと。ご存知でしたか?民族、人種、言語、慣習…、人類のありとあらゆるちがいを調べたときに、たったひとつだけ、共通するものがあった。それが、感情なのだと。そう、この感情こそが、私たちを、根底からつなげているものなのです。だから、どんな感情も、否定する必要はないのです。あるがままに、受け入れてあげればいいのです。そして、宇宙の法則です。受け入れたとき、執着は消えます。執着の消えたものは、宇宙に向かってときはなたれます。何度でも、何度でも、生まれてくる感情を、受け入れ、抱きしめ、ときはなってあげること。生きているかぎり、この感情と、向き合いつづけること。それこそを、「悟り」と呼ぶのではないかと、私は思っているのです。よろこびを、よろこびましょう。それと同じだけ、怒りも、よろこびましょう。かなしみも、よろこびましょう。ありとあらゆる感情を祝福しましょう。生きているからこそ、味わえるそれらの感情を。このいのちのかぎりに。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1368号(2007年7月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------あなたの祈りをつらねてください。先日、ご縁があって、宮澤賢治を素材にしたお芝居を観ました。賢治マニアの私としては、ひさびさに、刺激を受けた舞台でした。なかでも、こころにひびいた、この一節。「これからの宗教は芸術です。 これからの芸術は宗教です」宗教とは何か、芸術とは何か、それを論じるには、ここは、あまりにも紙数がなさすぎます。ですから、強引に、こんなふうに解釈させてください。A=Bであり、B=Aとなるならば、そこには、「融合」と「循環」が生まれるのではないかと。「融合」と「循環」が成り立つならば、それは、一つの宇宙の形成といえるのではないかと。そして、賢治のもうひとつのことば。「世界全体が 幸福にならないうちは、 個人の幸福はあり得ない」それは言い換えると、世界と個人が垣根をなくし、融合すること。そのとき、幸福の循環がはじまるのだと…。なんという壮大な祈りでしょうか。ええ、あえて、「祈り」と書きたいのです。賢治は、この祈りを行動でつらぬきとおしたひとでしたから…。観終わって、演出家のかたと話しました。「このかたは、生まれるのが 早すぎたのでしょうね」そう、その祈りが当たり前に受け入れられるほどに、社会は、成熟してはいませんでした。生きるだけで精一杯のひとびとにとって、賢治の仕事は、裕福な家のお坊ちゃんの道楽としか映りませんでした。 そして、実際に、それは、 事実でもありました。それでも、賢治が希求してやまなかった高い理想は、いまも、強く私を揺さぶるのです。賢治がかかえていたであろう、さびしさとせつなさを思うだけで、胸がうずいてならないのです。賢治が亡くなって、すでに、七十余年が過ぎました。早く生まれすぎた賢治ではありますが、では、いまのこの時代が、賢治の祈りをどれだけ反映しているのでしょうか。私たちは、いつの時代に生まれれば、融合と循環の世界に生きられるのでしょうか。こたえは、わかっています。目の前になければ、自分自身が、つくりだしていけばいいだけなのです。この世界のほんのちいさな一角で。たとえようもなく、無力な自分を感じながら。その無力さのなかにさえ、ゆたかさを信じながら。そう、みずからのなかに、融合と循環を見いだしていくのです。もしも、今日のメッセージに、何かを感じていただけるなら、この祈りに、あなたの祈りをつらねてください。その祈りが、いつかの未来、すべてのひとのさいわいにつながることを願いながら。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1367号(2007年7月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「つもり」がひそんでいませんか?「つもり」貯金というのがあります。「買ったつもり」「使ったつもり」で、お金をためていくと、いつのまにか、けっこうな金額になっているというもの。「つもり」は、まさに、積もるのですね。さて。これは、好ましい例ですが、反対に、あまり好ましくない「つもり」もあります。それは、「言ったつもり」「伝えたつもり」です。ある仕事を、チームを組んでやっていたときのことです。ひとりのメンバーと、どうしても、コミュニケーションがうまくとれている感じがしません。でも、仕事内容の関係で、そこがうまくいかないと、どうにも前に進めない感じがしてしまうのです。コミュニケーションをはかろうと、できるだけメールも出してみました。でも、期待するような返事はもどってきません。もどかしさを感じながら、日は過ぎていきました。チームの仕事も後半に差しかかったある日のことです。仕事をめぐって起きたトラブルのために、メンバーが集まって、食事がてら話をしていたときのことです。何かのはずみで、家族構成の話になりました。そして、私がどうもうまくいかないと感じていたそのひとが、「自分は末っ子」という話をしたのです。その瞬間に、ああ、と、合点がいきました。あくまでも傾向ですが、末っ子タイプのひとは、自分から積極的にリードをとることはしません。何もしなくても、周囲が先に面倒を見てくれることがおおいからです。ところが、私は典型的な長女タイプ。いつでも、自主的に、自分の責任を果たすことをもとめられてきました。そして、そのことを誇りにもしてきました。末っ子のそのひとは、「自分が言い出さなくても、 まわりが動いてくれる」はずだと、考えていました。長女の私は、「その立場なら、自分から どんどん提案してくるのが 当たり前」と、決めつけていました。そう、お互いに自分を基準にして考えて、相手も同じようにするはず(べき)だと、思いこんでいたのですね。そのために、伝えたつもりが、充分には、伝わっていなかったのです。言ったつもりが、相手に明確に伝わるように、言えていなかったのです。お互いに、しなくてもいい「つもり」貯金?をしつづけていたのです。そのことを確認しあってから、仕事は、スムーズにすすむようになりました。末っ子のそのひとは、できるだけ、自分から前に出るようにして、そのひと本来の仕事を果たしてくれるようになりました。私も、「こうしてほしい」と思うことは、できるだけ、率直に伝えるようにしました。 「つもり」でいたときは、 この率直さが 足りなかったのです。人間関係が、いまひとつうまくいかないと感じるとき、あなたのなかに、気づかないうちに、「つもり」がひそんでいませんか?ちいさな「つもり」も積もり積もると、そうじが大変!あまり積もらないうちに、解消しちゃいましょう♪ポイントは、自分自身が、どんな視点で、ものごとをとらえているかに気づくこと。そして、相手の視点とのちがいを見出すこと。もちろん、そのために、ていねいな話し合いをすることも、ときには必要です。お互いに、自分の方法を押しつけあっていても、たいていはうまくいきません。まずは、「つもり」を掃きだしてしまいましょう♪きっと、うまくいく糸口が見つかりますよ!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1366号(2007年7月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.03.07
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1