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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------うそつきのススメ告白しますが、私は、とってもうそつきです。ありえないことを、平気で話します。ええ、うそ八百!しかも、紙に書いて、それをみんなにばらまきます。それを読んだひとたちは、すっかりその気になります。そして、それがもとで、対立が起きたり、事件に発展したり、ときには、いのちにかかわるようなことにさえ…。でも、みんなは、それで怒ったりしません。それどころか、よくぞここまで書いてくれたと、私をほめるひとさえいます。うそ八百なのにね…。はい。このメルマガの常連さんは、きっと、にやにや笑って、これを読んでいるでしょう。最近登録されたかたは、「えええ、そんなひとなの」と、引いているかもしれません。このへんで、白状します。そうです。私は、お芝居の脚本を書くのが仕事なのです。現実にはありえないお話も、ひととひとがぶつかり、傷つけあうような場面も、お芝居に必要とあらば、じゃんじゃん書きます。うそつきであればあるほど、物語は、ダイナミックな展開となり、おもしろがってもらえます。そして、役者さんたちは、それを受け取り、一所懸命、稽古してくれます。さて、今日のタイトルは、「うそつきのススメ」といっても、あなたにお芝居の脚本を書くことをおすすめするわけではありません。あなたの人生のなかに、ほんのちょっと「うそ」をまぜてみてはどうかという提案なのです。はい。うそを、です。たとえば、あなたが、自分のことを、とるに足らない人間だと思っているとします。そんなとき、自分に、ちょっとだけ「うそ」をつくのです。「そんなことはない。 実は、私は、無限の 可能性を秘めた人間なんだ」あるいは、「いまは、もっとおおきな 未来のために、修行を している最中なんだ。 つらいことがあればあるほど、 後半がおもしろくなるんだ」そんなふうにね。お芝居の役者さんたちは、うその人生、うその人物を誠心誠意をこめて演じます。その瞬間には、あたかも、自分がその人物そのものであり、真実の人生を生きているかのように、感じているのです。あなたもね。その瞬間に、そんなふうに生きてみたらいいんです。本気で信じる必要はありません。うそだとわかっていて、かまわないですから。でもね。舞台の役者さんが、本気で演じれば演じるほど、観客が喜ぶように…。あなたの目の前にいるひとたちは、そんなあなたをどんなふうに見るでしょう。自分をちっぽけに感じて、ちぢこまっているあなたと。たとえ、かりそめでも、うその自分を楽しんでいるあなたと。どっちが魅力的に見えるでしょうか?そしてね。これはぜひおぼえておいてください。舞台の役者さんが、観客のまなざしに支えられて、ますます本気になるように。あなたもまた、まわりの視線に勇気づけられ、いつもとちがう自分を生きてみる楽しさにどんどん気づいていくんです。うそだったはずの気持ちが、いつのまにか、ホンモノに変わっていくのを感じるんです。そこまできたらね。どちらを選んでもいいんです。もともとの自分と、うそを使ってみた自分と。きっと、自分自身が快適だと感じるほうを、選びたくなっているはずですよ♪舞台の役者さんが、お芝居のあいだ、ずっと、その役をキープしているように。あなたも、あなたの限りある人生という舞台を、その、あたらしい自分を使って生きてみてはどうでしょう。大切なのは、あなたが、生き生きと輝く人生を送ること。そのとき、何がうそで、何が本当かなんて、どっちでもよくなっているはずなんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1426号(2007年9月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------きらいなら、きらいのままでいいんです。ときどき、たのまれて、学校に、授業をしに行くことがあります。ほとんどの学校には、「今年の目標」「学校の目標」といった、「目標」が、掲げてあります。そのなかで、しばしば、「みんな仲良く」ということばを目にすることがあります。失礼ながら、思わず、「うそだあ」と、つぶやいてしまうのです。(^^ゞおとなのあなたに訊きます。あなたは、「みんな」と、仲良くできますか?あえて書きますけど、「みんな」というのは、どんなひとも、すべて、ということですよ。できませんよね?少なくとも、私にはできません。(爆)きらいなひとは、きっぱり、きらいです。仲良くしたいなんて、絶対に思いません。もちろん、「みんな」と本当に仲良くなれるおとなが、あの目標を立てたなら、子どもたちもまたそんなふうになりたいと思うかもしれません。でも、そうでないなら、無理な目標は、あまり意味がない気がします。(^^ゞなんだか、ちょっとカゲキなことを書いてしまっているようですが…。大丈夫です。「みんな」と仲良くしなくても、地球は今日もまわっています。何も問題ありません♪…と、これだけでは、ミモフタモナイと感じるあなたのために、もうひとつ、メッセージ。「好き・きらい」って、人間にとって、原初的な感覚なんですよ。だって、好ききらいの感覚が存在しなければ、私たちは、何をやりたいかを見つけることさえできません。パートナーを選ぶことだってできません。(きゃー)(^^ゞ大切なことは、自分がきらいだと思うこと・もの・ひとを、否定しないことです。きらいなら、きらいのままでいいんです。ただ、そのままにしておくこと。そこに、評価や判断を加えないことです。それは、何らかの必要があるからこそ、存在しているのです。存在するだけの意味が、ちゃんとあるのです。それを否定する権利は、あなたにも、いえ、だれにもありません。そして、もっと言うとね。エネルギーは循環するんです。あなたが、何かを否定すればするだけ、あなたも、どこかから、否定のエネルギーを受け取ってしまうんです。それって、あまり愉快なことではないでしょう?好きなこと・もの・ひとがあるように、きらいなこと・もの・ひとも、同じように存在する。このことをまず、みとめてしまいましょうよ。そして、あなたがきらいなこと・もの・ひとを、大好きだと感じるひとも、かならずいるということ。だからこそ、この世界が成り立っていくということ。そのことを受け入れましょう。「きらい」があるから、「好き」がある。そう考えてみたら、「きらい」があるって、とてもすてきなことですね!あ。蛇足ですけど、「みんな」を本当に好きになれるひとは、なってかまいませんからね!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1425号(2007年9月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「ひと」のなかに、あなたはいますか?「ひとの気持ちを大切にしなさい」「ひとを思いやりなさい」「ひとの迷惑を考えなさい」そんなことばが、日常に、たくさんたくさん、飛びかっていますね。このことば自体は、まちがっていません。とてもとても大切なことです。でも、いつも違和感を覚えていました。何かがちがうなあ…。何なのかなあ…。あるとき、はたと思いいたりました。「ひと」のなかに、自分がいないんです。より正確にいうと、自分がカウントされていないんです。「ひとの気持ちを 大切にしなさい」というとき…。「ひとを思いやりなさい」「ひとの迷惑を考えなさい」というとき…。いつも、私の存在は「カウント外」になるんです。カウントされたとしても、ずっとずっと、あとになってしまうんです。だから、苦しくなるんです。だから、窮屈になるんです。本当は、そうではないですよね?あなたも私も、ひとしく人類であるならば、あなたも私も、ひとしく、「ひと」の一員です。だとしたら、私たちは、ひとの気持ちを大切にするのと同じように、自分の気持ちも大切にしていいんです。自分の気持ちを思いやっていいんです。自分の迷惑を考えていいんです。聖書のことばに、「汝の隣人を愛せよ」ということばがあります。あれもね。「汝の隣人だけ愛せよ」ということではないでしょう?あなたはあなた自身を愛していいし、あなた自身を愛するように、隣人を愛していいんです。けっして、あなた自身を置き去りにしておいて、隣人だけ愛しなさいということではないんです。「ひと」のなかに、あなたはいますか?(カウントされてますか?)どうぞ、忘れないでください。あなたがいなければ、世界は存在しないのです。あなたはいつだって、世界の中心なんです。 でしょう? あなたが消滅したとたん、 あなたにとって、世界は、 存在しないと同じことに なるのですからね!ひとを大切にするために、まず、自分を大切にしましょう。ひとの気持ちを思いやるために、まず、自分の気持ちを思いやりましょう。ひとの迷惑を考えるために、まず、自分に迷惑をかけないようにしましょう。あなたがいてこそ、ひとがいます。あなたがいてこそ、世界があります。世界の中心であるあなた自身を、尊重してあげてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1424号(2007年9月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分に甘く、どこまでも甘く。ちょっと前から「1000日修行」をはじめています。といっても、別に、修験道をやっているわけではありません。ごくごく他愛ないことを、いくつか決めて、とにかく、毎日やる。それだけです。実際に、いま、やっていることは…たとえば、腹筋30回、背筋30回。呼吸法1セット…こんな感じです。 ちなみに、この報告は、 ほぼ毎日、ミクシィの 日記で公開しています。(^^ゞで、つづけていくには、コツがあります。「自分に甘く、 どこまでも甘く」です。たとえば、腹筋30回。これには、かっこ書きをつけてあります。「首を上げるだけ」ええ。運動部がやっているような、別のひとに足を押さえてもらって、跳ね上がるような、あんなことはやりません。(てか、できません)横になって、ひざを立て、首をあげるだけ。これだって、充分に腹筋運動です。そして、苦しくならない、30回でやめてしまいます。背筋運動もそうです。腕をうしろで組んで、そりかえるなんてことは、しません。うつぶせになった状態から、ひじを床につけたまま、顔をあげるだけ。(爆)なぜ、そこまで、自分に甘いのか。きびしいと、つづかないからです。(^^ゞ断言しますが、絶対に、三日坊主になっちゃうからです。ちなみに、ほかの項目としては、「瞑想」というのもありますが、これにも、かっこ書きがあります。「時間は問わない」(爆)ええ、そうです。たとえ10秒でも、自分が「やった」と言えば、やったことになるのです。(^○^)どうですか?このくらい、自分に甘いと、何とかなりそうな気がしてくるでしょう?そして、実際に、とりあえずつづいています。でもね、ちゃんと成果があるのです。まず、「つづいている」という事実です。簡単だとか楽ちんだとか、そんな装飾語はきっぱり無視します。「私は、毎日、修行を つづけている」これ、かなり、満足感が得られます。そして、ほんとにほんのちょっぴりですが、体力がついてきたなと、感じます。階段の上り下りが、前よりちょっと楽に感じる…という程度のことですが。でも、これだって、充分すぎるくらいの成果です♪かなり、いい気分になれますからね。繰り返しますよ。「自分に甘く、 どこまでも甘く」これをしっかり守るだけで、(笑)充実感と満足感がダブルでやってくるんです。充実感と満足感があると、毎日が、とても楽しいものになります。毎日が楽しくなると、やる気が湧いてきます。やる気が湧いてくると、仕事がはかどります。あたらしいアイデアも湧きやすくなります。さあ、興味をもったあなた!あなたも、1000日修行、やってみますか?え? 1000日なんて、とてもできない?じゃあ、とりあえず、10日修行っていうのはどうでしょう?なんだったら、3日でもいいかもしれません。3日つづいちゃったら、知らん顔して、10日にふやせばいいんです。ポイントは、「自分に甘く、 どこまでも甘く」です。これだけは、絶対に守ってくださいね!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1423号(2007年9月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------------いま、この瞬間に、すべての可能性があるということ!ひとは、悩んでいるとき、たいてい、気力なく、とぼとぼと歩くものです。悩んでいるときでも、スキップしてしまうのは、たぶん、私くらいです。(爆)「そんなときに、やる気が 湧いてくるわけがない」あなたは、たぶん、そう思うでしょう?でもね。もしも、そんなとき、あなたが、うっかり、犬のう○こを踏んでしまったら、どうしますか? 食事中のかた、 ごめんなさい!思わず、天に向かって、「ばかやろおおおおお」と、吠えますよね?ほら、あなたのなかには、ちゃんと、エネルギーがあるんですよ♪え? そんなときは、もっと落ちこんで、動けなくなってしまう?では、そんなとき、突然、あなたのうしろから、ダチョウが、集団で土けむりを立てて走ってきたら、どうしますか? いや、別にダチョウで なくてもいいんですが。(^^ゞ逃げますよね?もう、世界新記録に挑戦するくらい、全力疾走しますよね? そう。「これしか選択肢がない」「どうしても、 こうなってしまう」と、思っているのは、あなたの思いこみなんです。いざとなったら、あなたは、どんな行動もとれるんです。どんな生きかたも選ぶことができるんです。無理に元気そうにふるまう必要はありません。たとえば、そんなときは、ふっと、上を向いてみるだけでもいいんです。花のあでやかさが、目に入るかもしれません。木のみずみずしさに、ほっとためいきが出るかもしれません。夜なら星のまたたきに、こころあらわれるでしょう。そしたら、こころは、もう、光のほうを向きはじめているんです。光のほうを向ける自分がちゃんといるんです。どうぞ、そのことを忘れないでください。落ちこんでいたっていいんです。悩んでいたっていいんです。大切なことは、それが、あなたのすべてではないということ!あなたのなかには、いま、この瞬間に、すべての可能性があるということ!その気になれば、あなたは、犬のう○こをつかんで、犬を追いかけることもできる。 食事中のかた、 ふたたびすみません!ダチョウに乗って、街を駆け抜けることもできる。それだけの可能性をもったあなたが、いまは、たまたま、落ちこんだり、悩んだりすることを選んでいるというだけ。どうぞ、その時間を堪能してください。そして、たっぷりと味わいきったら、次の場面をどうするか、考えてみてくださいね。そしたら、悩みがお楽しみに変わるかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1422号(2007年9月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------マントラを変えましょう。インプロ(即興演劇)のワークのひとつに、「マントラ」というのがあります。ことばだけ聴くと、なにやらアヤしげですが、(笑)単に、シーンの最中に、頭のなかで、同じことばを繰り返しつづけるというもの。たとえば、デートのシーンがあったとします。このときに、こころのなかで、「出会えて幸せ♪」と繰り返しているのと、「きっとうそよね…」と繰り返しているのとでは、シーンの展開がまるでちがってしまうのです。ええ、そうです。前者の場合、シーンが、険悪な展開になることは、まずありません。でも、後者だと、とんでもないところにころがってしまうかも!これって、私たちの日常そのものですね。私たちは、気づかないうちに、こころのなかで、この「マントラ」を繰り返しつづけているんです。「私、自分に自信がないんです」こう言うひとが、何かを自信満々におこなうことは、めったにありません。(^^ゞこのひとは、毎日、「自信がない」というマントラを、繰り返しています。ですから、このひとの「自信がない」は、日々、ますます強固なものになります。ええ、絶対の自信をもって(!)、自信のない自分になっていくのです。(爆)さあ、このメルマガの常連さんには、もう、何をしたらいいかわかりますね。はい。自分が無意識に使っているマントラは何かなあとまず、探ってみるのです。そして、それが、自分にとって心地よいもの、自分を元気にしてくれるもの、前向きにしてくれるものなら、そのまま採用します。強化してもかまいません。(^○^)でも、それが、自分にとって不快なもの、元気がなくなるもの、エネルギーが落ちるものなら、再検討してみましょう。 まちがっても、 「こんなものを使っていたのか。 自分はだめだなあ」なんて、 ジャッジしちゃいけませんよ♪私たちは、おおくの場合、このマントラのとおりに生きているのです。うまくいかないことがあるのではなく、うまくいかないことを、マントラによって呼び寄せている自分がいるのです。その確率が、けっこう高いのです。この、使い慣れたマントラをいきなり変えるのは、かならずしも簡単なことではありません。でも、意識して、一定の時間だけでも、使ってみることはできるでしょう?冒頭に紹介した、インプロのワークのようにね!マントラを変えましょう。ほんのわずかな時間でかまいませんから!マントラが変わると、あなたの意識は、少しずつ変化します。あなたの意識が変わると、起きてくる現実が、ほんの少しずつ変わり始めます。その変化を、しっかりとキャッチしましょう。「重箱の隅をつつくように」ちいさな変化を過大評価しましょう。(笑)みじんこレベルであっても、心地よさやエネルギーを感じられたときには、「すごい! すばらしい!」と、その感覚を増幅します。 このことば自体が、 すでにマントラですね♪ ここ、ポイントです♪ためしに、今日、いまだけ、このマントラを使ってみる。こころのなかで起きてくる、ちいさな変化を肯定する。外がわにも変化が見えたら、ここぞとばかりに肯定する。効果のあったものは、そのまま採用するか、さらに強化する。なんだか、毎日、ちがうもよおしものをやっている劇場みたいな感じになってきますよね♪あなたは、この劇場の支配人であり、俳優であり、演出家であり、そして、観客でもあります。どうぞ、おおいに楽しんでくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1421号(2007年9月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------かめわざ流「直観力の育てかた」ワークショップのなかで、しばしば、からだほぐしをおこないます。何も考えずに、ただ、相手のからだにふれていくのですが、不思議と、必要なところに手が行くようになっています。「どうしてわかるのですか?」と聴かれますが、「直感です」としかこたえようがありません。「直感は、どうやったら、 育てることができますか?」と聴かれて、以前に、書いたことを思い出しました。それが、第178号(2004年4月26日発行)「直感力の高めかたは、 ひたすら、間違ってみること?」です。そう、この時点では、私は、まだ、直感を育てる練習をしていたのでした。そして、派手に、はずしまくっていたのでした。(爆)あれから、3年半が経ちました。特別な修行をしてきたわけではありません。でも、直感は、着実に、私の内がわで、育ってきたように思います。手をふれているあいだにも、さまざまなメッセージが、相手のから返ってきます。直接のことばではなく、からだが、メッセージを発信しているのです。それを受け止めるのも、「直感」です。無心でふれていると、たしかに、何かが感じられるのです。ことばのこともあれば、感覚のこともあります。大切なことは、それらを、一切ジャッジしないことです。あらゆる判断や評価をせず、ただ、受け止めるのです。それは、言い換えれば、自分の感覚を信じるということかもしれません。それも、「正しいと信じる」とか、「合っていると信じる」とか、「本当だと信じる」という意味ではありません。「私はいま、こう感じた」という、その感覚だけを信じるのです。「ああ、空が青いなあ」そう思うとき、ひとは、ただ、空が青いことを受け止めているでしょう。「雲がかかっている部分が ○%以内だから、 空が青いといえるのだ」なんて、思ったりはしないでしょう。それと同じことなのです。ひとの感情が動くのは、そこに、価値判断や評価や、裁定を加えるからです。ただ、受け止めて、ただあるだけならば、何の感情も起きないのです。そして、何の感情も起きないならば、自分を否定することもせずにすむのです。ちょっと上級編っぽくなってきてしまいましたが、スタートは、単純です。ただ、ただ、自分の感覚を受け止めてみてください。「自分の感覚が 信じられない」なら、「自分の感覚が信じられない と感じている自分がいるなあ」と、感じてください。「こんな自分はいやだなあ」という気持ちになったら、「こんな自分はいやだなあと、 感じている自分がいるなあ」と、感じてみてください。自分の感覚をみとめることは、自分にOKをあげているのと同じことになります。そう感じることが正しいかどうかではなく、そう感じる自分がいることに、OKをあげるのです。だって、それだけは、うたがいようのない事実なのですから。 たとえ、それが 夢でも現実でも、 感じていることだけは 事実だということです。いかがですか?かめわざ流「直観力の育てかた」。経済的で、とってもカンタン!(^○^)ぜひトライしてみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1420号(2007年9月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------あたえる・つながる。ちょっと気持ちがカサカサしてきたなあ…。そんなときに、私がやっている超カンタンなフッカツ方法。それは、コンビニとか、どこでもかまわないので、「募金箱」に手持ちの小銭を入れること♪ええ。小銭でいいんです。あまり大きな額だと、気持ちが揺れちゃいますから。(笑)そのお金が、どこに行くのか、私にはわかりません。でも、わからなくても、私がてばなした小銭は、いつか、どこかのだれかにつながります。かたちには見えなくても、そのだれかと、私は、その瞬間につながるのです。そう思うだけで、もう、こころには、うるおいがもどってきます。何をあたえたかということよりも、だれかとつながっているという感覚が、私のこころをいやすのです。 よかったら、第980号(2006年7月7日発行) 「『あたえる』こころ」 も参照してくださいね♪こころフッカツの方法は、ほかにもいろいろあります。そのひとつが、木に、「ありがとう」と言うことです。あるとき、道を歩いていたら、街路樹が目に止まりました。「ああ、この木は、 何も言わなくても、ただ、 だまってここにあるだけで、 緑のうるおいを あたえてくれるんだなあ。 こころを、 なごませてくれるんだなあ」そう思ったら、「ありがとう」と言いたくなりました。そして、実際にそうしました。そしたら、一瞬、緑が、増したような気がしました♪それ以来、思い立つたびに、そっと、「ありがとう」と、ささやくことにしています。ときには、何気なく、木にふれながら言ってみます。すると、その瞬間に、木のエネルギーが、私のなかに、流れこんで来る感じがするのです。あたえてくれることに感謝を伝えたら、またしても、あたえられたという感じです。エネルギーは、たがいを行ったり来たりし、木と私が、ひとつにつながっている感覚です。 どちらも、とてもちいさなことです。体力も気力も必要ありません。だれにでもできます。でも、このちいさなことに、価値を見いだすことができるなら、ひとは、自分にできることが、もっともっとたくさんあることに気づくでしょう。だれかにたいして、できることが、たくさんあることに気づくでしょう。あたえる・つながる。そのための方法は、無数にあります。あなたなりの方法を見つけてください。そして、それを実践してください。あたえることによって、あなたのこころが、満たされますように。あたえることが、つながりをつくり、やがて、すべてのひとが満たされますように。こころから祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1419号(2007年9月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------同じひとつの生命樹の…以前、ある成功者と呼ばれるかたのセミナーCDを聴いていたときのことです。おもしろいエピソードが語られていました。そのかたが、まだ若くて、自分に充分な自信がなかったときに、どうやって、自分を鼓舞していたか。自分よりうんと成功している、著名なだれかを思い浮かべ、「トイレに入っているところ」を、想像するんだそうです。それも、できるだけリアルに想像するのだそうです。なぜならば、どんなに著名な成功者も、どんなにセクシーな美女も、そして、どんな極悪人も、トイレに入っているときに、することはひとつだからです。(爆)(食事中のかた、ごめんなさい!)著名な成功者の○○○が、ダイヤモンドでできていることはありません。セクシーな美女の○○○が、薔薇の花びらに包まれて出現することもありません。そう、自分とおんなじなのです。みんな、おんなじなのです。だから、自分を低く見そうになったときには、そんな想像をはたらかせることで、気持ちを切り替えるのだそうです。さて。だれかと自分を比べて、ほっとしたり、がっかりしたりする気持ちの裏には、相手と自分は、別の存在だ、という思いが隠されています。でも、この世には、(精神世界的には?)「すべてはひとつ」という考えかたが存在します。 別に、スピリチュアルに 考えなくても、もともと、 宇宙のはじまりはひとつ である、ということは、 私たちは、否応なしに ひとつなのですが。(笑)生命の系統樹をたどれば、私たちは、すべて、同じひとつの根っこから派生してきているのです。世間の高い評価を得たり、はなばなしい成功をしていたりするひとも。極悪非道の悪名も高く、おおくのひとからきらわれ、さげすまれているひとも。みんな、ひとつなんです。同じひとつの生命樹のことなる方向に伸びた枝葉に過ぎないのです。もしも、あなたが、こころに飢えを感じているときには、あなたのエネルギーをだれかに分けてあげているところかもしれません。もしも、あなたが、幸福を甘受しているのなら、だれかがあなたのために、祈ってくれているところかもしれないのです。だとしたら、何が幸福であるとか、何が成功であるとか、あるいはその逆であるとか、もう、説明ができませんね。ひとつであることを受け入れてしまえば、すべての分離は終わるのです。ええ。(食事中のかた、ふたたび ごめんなさい)最初にあげた例にしても、○○○をとおして、私たちは、すべてひとつ。あなたも、わたしも、だれも、上に立つことはないし、下になることもないのです。そして、ひとつである以上、だれかにたいして怒りを感じるとしたら、それは、そのまま、自分にたいする怒りがかたちを変えただけなのです。だれかを見下げたとしたら、あなたの内がわの、そのひとにつながる何かを見下げたのと同じことになるのです。つながりを感じてみましょう。連綿とつづく宇宙の、耐えることなくつながる、この生命のながれを。私たちが平和に生きるためには、ただ、みずからが、平和を生きると決めて、生きていくだけでいいのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1418号(2007年9月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------神の手少し前に、「神の手」と名づけられた写真があちこちのブログで紹介されていたのをご存知でしょうか? 今日のメッセージは、それとは直接関係はないのですが。(笑) ふっと、「神の手」ということばが降りてきたので、ついでに紹介してみました。(^^ゞそれは、私が、ちょっと不安な気持ちにかられていたときでした。「この気持ちをしずめ、 おだやかさを取りもどす ために、何をしたら?」そう思ったら、自然に、そのことばが浮かんできたのです。「神の手」もちろん、見たことなどありません。 大体、神サマって、 普通に、手をもっている ものなんでしょうか。(笑)でも、それを口にした瞬間に、ふわっと、頭のうえに、おおきくてやさしい手が、降りてきたような気がしました。目には見えないけれど、人間の手よりも、はるかにおおきな感覚。頭だけでなく、まるごとすべてを包みこむようなゆたかさ。それでいて、ちっとも威圧的ではなく、あたたかいエネルギーが注ぎこんでくる感じ…。私は、じっと、その感触を味わっていました。味わいながら、本当は、どこかで気がついていました。それは、私の内がわで生まれたイメージにほかならないことを。こころを落ち着かせたいという気持ちが、私にそんなイメージをいだかせただけなのだと。でも、大切なことは、何が本当なのかということではありません。自分がイメージした「神の手」を、しずかに感じているとき、こころは、おだやかさを取りもどしていたのです。それだけは、たしかなことなのです。沖縄の空に、しばしばあらわれるという、「神の手」と呼ばれる雲(のかたち)も、そのようにとらえればよいのだと思うのです。神の手が、地上に、光をおろすために、雲をひらいているという見かたをすることも。あるいは、それ以外のさまざまなイメージをいだくことも。すべて、自由なのです。大切なことは、そのかたちを見て、こころに何を宿すかです。その宿した気持ちが、次の何かに、つながっていくのです。気がつくと、私は、見えざる「神の手」に乗って、ずっと、空高くのぼっていたのでした。空の高みから、いまの自分自身を見下ろせば、まだまだちいさなことに、とらわれていることに気づくのでした。しずかなエネルギーが、自分の内がわから、湧き上がってくるのを感じました。それと同時に、迷いが、こころとからだから、押し流されていくのを感じていました。気がつくと、私は、地上にもどっていました。「神の手」は、もう、どこにもありません。それでいいのです。まだ、残っているあたたかな感触をそっと味わいながら、私は、今日を歩き出すのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1417号(2007年9月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------それだけで、充分に幸福でした。久しぶりに、学生時代の演劇仲間と会いました。当時の話に花が咲きました。本番が近づいた稽古場で、近所のお弁当やさんで買ったお弁当を、みんなで食べます。 外食するゆとりなんて、 まったくありませんでした。 自分でつくれば もっと安いのですが、 本番が近づくと、 そんな余裕もありません。「のり弁、おいしかったねえ」「そうそう」思わず、声がはずみます。そう、それは、一番安かったお弁当でした。シャケ弁や、コロッケ弁を、食べたいときもありました。でも、お財布のなかをのぞくと、やっぱり、のり弁になってしまうのでした。それでも、のり弁は、すごい存在でした。だって、シャケ弁の上に載っているのは、シャケでしょう?コロッケ弁の上に載っているのは、コロッケです。でも、のり弁は…。そうです。のり弁の上に載っているのが、のりだけだったら、さすがに、かなしかったです。でも、たいていは、白身魚のフライと、ちくわのてんぷらまでが載っていたのです。それも、けっこうおおきなサイズのが。黒々とごはんをおおうのりの下には、まんべんなく、おかかまで、まぶしてありました。なのに、名前は、謙虚に、「のり弁」と…。(爆)その謙虚なお弁当に、毎日毎日助けられ、私たちは、お芝居をつくっていたのでした。お芝居をつくっていれば、それだけで幸福でした。のり弁と、幸福は、切っても切れない仲でした。(^^ゞあれから、長い時間が経ちました。公演やワークショップのときなど、お弁当を自分で買うことはほとんどなくなりました。そして、支給していただくお弁当も、たいていは、立派な幕の内弁当です。(^^ゞでも、友人と話しながら、久しぶりに、のり弁のことを思い出したとき、忘れていた気持ちが、よみがえってくるのを感じたのです。自分のやりたいことを、損得抜きに、無我夢中で、やっていたとき、私たちは、それだけで、充分に幸福でした。ごはんのあたたかさ。白身魚のフライをかじるときの、カリッという音のひびき。ちくわのてんぷらのもちもち感。ごはんをおおうのりと、おかかのこうばしさの絶妙なハーモニー♪すべて、幸福につながっていました。もしも、あなたが、いまの生活に、満たされないものを感じているとしたら、どうか、ちょっとだけ振り返ってみてください。あなたがいまよりももっと貧しかったり、もっと乏しかったとき、それでも、あなたを幸福にしてくれたものが、きっとあったと思うのです。今日は、よかったら、そのこと・ものを思い出して、感謝の気持ちを伝えてみませんか?ええ、こころのなかで、そっとつぶやくだけでかまいませんから。そして、どうぞ、忘れないでくださいね。私たちは、いつだって、幸福を生きてきたのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1416号(2007年9月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.27
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------分身の自分を、意識してみるのです。おおくのひとは、「感情はコントロールでぎない」と、思っています。そして、「コントロール」とは、感情を抑えつけることだと、決めてしまっています。感情について考えるとき、そこに、ひとつの落とし穴があるような気がするのです。感情は、コントロールできます。なぜ、私が、そう言いきれるのか。それは、私が長年、演劇にかかわってきているからです。もしも、感情が、コントロールできないものならば、演劇は成り立ちません。ある場面で、笑っていたひとが、次の場面では、怒り狂っていたり、暗転10秒のあいだに、別人のような表情を見せていたり。コントロールできるからこそ、そんなことが成り立つんです。「でも、演劇は、 つくりものじゃないか」そう反論されるかたが、きっといるでしょうね。では、聴き返しますよ。あなたの日常は、すべて、「ホンモノ」なんですか?あなたが、起きて、家族に顔を見せているとき、あなたは、家族向けの自分を表現していませんか?あなたが、会社で、部下に対しているとき、上司に対しているとき、それぞれ、ちがった反応を見せているでしょう?あるいは、会社の帰りに、友だちと、あるいは恋人と会っているとき…。みんな、ちがいますよね?それって、そのときどきの自分の役割を、「演じて」いるのです。演劇は、つくりものだけれど、ひとつだけ、日常と共通しているものがあります。それが、「感情」です。だって、感情が共通していなかったら、観客は、何をよりどころに舞台を観ていいのか、わからなくなりますから。舞台のうえの役者さんは、いつだって、本気で、そのときどきの感情を、体験しているのです。だからこそ、観ている観客にも、その気持ちが伝わっていくんです。ただ、演劇は、それを、日常のままではなく、象徴化したかたちで、舞台に乗せているのです。だから、密度は、演劇のほうがずっと濃いのです。そして、日常では、ひとは、自分が演技をしていることに気づいていないけれど、舞台のうえの役者さんは、そのことがわかっている。それだけのちがいなんです。おわかりいただけましたか?では、本題に入りますね。日常のなかで、私たちが、しばしば、感情に振り回されるように、役者さんも、とくに初期のころには、よく、感情に振り回されます。クライマックスで、思わず、涙がこぼれてしまったり…などは、そんな一例です。でも、お芝居というものが少しずつわかっていると、役者さんは、感情をコントロールすることを覚えます。その感情を、いかに使うかが、役者さんの仕事であることがわかってくるのです。ポイントは、もうひとりの自分をキープすることです。たとえば、頭のうしろ、少し上のほうに、ミニチュアの自分がいると、想像してみます。 「ゲゲゲの鬼太郎」の 目玉オヤジをイメージする といいかもしれません。(笑)そのミニチュアの自分は、自分の分身ですから、自分の感情もしっかり体験しています。でも、頭の少しうえにいるおかげに、どんなときでも、世界全体を観ることができるのです。そして、自分にたいして、つねに、ささやきかけます。「いま、どうしたい?」「立ち位置はそこでいいのか」「スポットは当たっているか」「声はとどいているか」「相手に(あるいは、観客に) しっかり伝わっているか」このささやきは、おおきすぎてもちいさすぎてもいけません。おおきすぎると、気持ちがさめて、演技がわざとらしくなってしまうし、ちいさすぎると、とどかず、コントロールのバランスがくずれます。そのバランスが絶妙に保たれて、役者さんが役を演じているとき、観客は、つくりものの舞台のうえに、真実を観るのです。あたかも、それがホンモノであるかのように、こころ揺さぶられるのです。日常という舞台を演じているあなたにも、この方法は、適用できます。完璧である必要はありません。ほんのちょっとだけ、分身の自分を意識してみるのです。感情がおおきく動くとき、その分身の自分に「どうしたい?」と、ささやきかけてもらうのです。すると、あなたのなかの一部が、ちゃんとそれに反応します。 役者さんと同じで、意識して 訓練するかしないかで、 効果はちがってきます♪ それを採用するかしないか、あとは、あなた次第です。どうぞ、楽しみながら、トライしてみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1415号(2007年9月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなたが、終わらせることができるんです。不快な感情は、たいてい、ひとのエネルギーをうばいます。 怒りは、一時的には エネルギーを あたえてくれるように 感じる場合もありますが、 長期的には、消耗する エネルギーのほうが おおいのです。不快な感情が、快適な感情を呼ぶことも、まずありません。不快な感情には、さらに、不快な感情を連れてくるものです。あなたはますます、自分を不快にした相手に怒りや不満を感じるでしょう。でもね。本当は、だれも、あなたの感情を変えることはできないのです。だって、だれも、あなたのこころのなか(あるいは頭のなか)に手をつっこんで、感情のスイッチを押すなんて、できませんから。結局のところ、自分で、自分の感情のスイッチを押しているのです。もしも、あなたが、そのスパイラルから抜け出したいと思うなら、まず、そのことに気づく必要があります。抜け出す方法はいくつもあります。ひとつは、使うことばを変えてみることです。たとえば、「私の提案が却下された」これは、「私の提案が不採用になった」と、言い換えることができます。これだけで、ニュアンスが弱まりますね。次に、人称を変えてみることです。「私は~~させられた」これは、人称を変えると、「○○が、私に~~をした」「私の提案が不採用になった」ではなく、「会議の参加者は、 私の提案を採用しなかった」(または、「不採用にした」)となります。しかも、こうすると、「事実」が見えやすくなりますね。さらに、時間を指定します。「今回、会議の参加者は、 私の提案を不採用にした」未来永劫、不採用というわけじゃないんです。今回、たまたまなんです。 今回が、10回つづいた としても、1回1回は、 別のことなんです。これで、かなり、意識を変えることができますね。そして、駄目押しでおすすめしたいが、これ♪不快な情景やことばが浮かんでくるたびに、そのあとにすぐ、短いひとことを添えるんです。「気にしない、気にしない」「大丈夫」「たいしたことじゃない」自分が納得できるなら、どんなことばでもOK。ポイントは、いちいち反芻して考えこまないこと。お菓子のおまけのように、ついでにいっしょについてきた…なんて感じがちょうどいいんです。あ、パワフルなほうがお好みのかたは、「だから、どうした」も、オススメですよ♪ 詳しくは、以下の号を参照してみてください。 第1067号「だから、どうした」 第1210号「だから、どうした(からだ編)」 さあ、どうですか?あなたの感情は、どこまで変化しましたか?まだまだいろいろな方法があるでしょうね。あなたが入れたスイッチなのですから、あなたが、終わらせる(切る)ことができるんです。今日は、そのことに気づいてもらいたくて、こんなメッセージを書きました。よかったら、活用してみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1414号(2007年9月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------「自分で決めたものを、受け取っていい」ときどき、カードを引きたくなるときがあります。今日もそんな気分でした。ある企画に関する会議が、数日前にありました。(私はいくつものさまざまな 企画にかかわっています)そのなかで、私の提案が、前々から希望していたにもかかわらず、却下されてしまいました。正直、がっかりしました。私は、その企画のために人一倍、ちからを注いできたつもりでした。その私が、もっとも熱心に希望していた提案だったのに…です。さて。一枚目のカードは、みごとに私の現状(課題)を言い当てていました。「執着」です。ここまでみごとだと、もう、笑うしかありません。 本当に 笑ってしまいました。そして、笑ってしまうと、とてもすっきりした気持ちになりました。二枚目を引きました。解決のために必要なことは何か、です。「許し」が出てきました。ええ、執着をてばなすには、ゆるすしかありません。(^^ゞこれまた、実にわかりやすいメッセージです。私は、私の提案を却下した、会議のメンバーをゆるしました。そして、却下されて不満いっぱいになっていた自分をゆるしました。 ゆるしは、自分と他者との、 対になっていると思います。 とくに、自分へのゆるしは 重要です。さて、三枚目。その(ゆるしを選択した)あとにやってくるものです。じゃーん。「成功」でした!(^○^)何がやってくるかわかりませんが、まさに、「てばなし」で受け入れることにしました。これから先が楽しみです♪ところで、カードを引いているとき、もうひとつのメッセージが降りてきていました。「自分で決めたものを、 受け取っていい」カードを引くということは、自分のこころの整理をすることです。どんなカードが出てくるかを選ぶことはできませんが、引くのはあくまでも自分です。自分が選んだ結果なのです。会議のなかで、私が、自分の提案にこだわったのは、もちろん、その企画に必要だと思ったからです。でも、それだけでなく、その提案をとおして、私という存在を、誇示したい気持ちが、どこかにありました。それは、私がその企画集団のなかで、充分に受け入れられていないのでは…という、不安感の裏返しでもあったのです。でも、それもまた、「執着」にほかなりません。そして、「自分で決めたものを、 受け取っていい」を選択したいま、こたえが見えました。私は、だれの評価も必要としないのです。私が私をみとめるだけで、それで私は完全なのです。私は、自分が決めたとおりを、生きていけばいいだけなのです。自分で決めたことを、受け取る。今日は、このパワフルなメッセージを、あなたとわかちあいたいと思います。あなたもまた、自分で決めたままに、生きていいのです。あなた自身を、生きていいのです。どうぞ、受け取ってください。●ちなみに、今回使ったのは、こちら♪ 「Dr.チャック・スペザーノのセルフ・ セラピー・カード」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1413号(2007年9月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「ない」を見るか、「ある」を見るか。仲間たちと、何か月かかけてやってきたイベントが終了しました。今年で、3年目。やりたいという思いだけで、つづけてきました。それなりに労力もお金もかかる催しです。かかわったメンバー全員が、もてるちからを尽くしてきました。けれども、現実は甘くはありません。内容は充実していたけれど、最終的な決算は、赤字。正直、無念な結果に終わってしまいました。一部のメンバーから、来年に向けて、規模縮小の提案がされました。それにたいして、私と、別のメンバーは、次年度に向けてのあらたな提案をおこないました。「現実を見てください。 私たちには、いま、 これだけの力量しか ないんですよ。 それなのに、なお、 あらたな活動を 増やそうというのですか」きびしい意見が飛びました。現実?あらためて、決算書を見直してみました。たしかに、赤字は厳然とした事実です。赤字の最大の原因は、予算段階での読みの甘さでした。それはもちろん、かかわった私たち全員の責任でもあります。それでも…。そこに、もうひとつの現実がありました。今年はじめてやってみた、いくつかの企画は、わずかではあるけれど、どれも、きちんと、収益をあげているのです。そして、その収益が、全体の赤字額を、ほんのちょっとだけれど、引き下げているのです。「ない」を見るか、「ある」を見るか。それは、ケースバイケース。簡単にはいえません。でも、このちいさな成果を、私たちは、大切にしてみようと思いました。「何もやらなかったら、 また来年も、 同じことの繰り返しです。 たくさんプラスには ならないかもしれませんが、 マイナスにはならない 仕組みは考えています。 何より、やることによって、 ひととひととの つながりができます」結論は、「会としてではなく、有志として やるならば、かまわない」ともかくも、GOが下りたのです。もちろん、精神論だけでやっていくことはできません。これから、綿密に、計画を立てていく必要もあるでしょう。それでも、踏み出した一歩は、私たちに、確実にエネルギーをあたえてくれました。「ない」を見るか、「ある」を見るか。「ある」を見たとき、もう、「できない」という言いわけはゆるされません。もう一度、やったことを検証する必要があります。何が有効で、何が有効でないかも、見きわめる必要があります。 まさに、足り「ない」 部分を見るのです。そして、考えられうるかぎりの、あたらしい可能性を探っていかなくてはなりません。でも、考えるだけで、わくわくします。困難がおおきいほど、成長のチャンスです。あたらしいアイデアは、あたらしいひととの出会いを生み出してくれるかもしれません。あたらしい一歩は、また次の「ある」に、つながっていくのです。実に楽しみです!あ、でもね。おしまいにつけ加えておきます。「ある」を選ぶことは、「ない」を否定することではないんですよ。私たちは、ときとして、「ない」を選択する勇気をもつ必要はあるのです。「ない」を踏まえたうえで「ある」を選ぶことで、覚悟も自覚もできるのです。あなたの人生のなかで、何かの選択をせまられたとき、どうぞ、しっかりと、この二つを見てくださいね。そのうえでの選択ならば、どちらを選んでも、けっしてまちがいはありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1412号(2007年9月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------幸福につながる感情を、選んでください。だれかが、あなたにこんなことを言ったとします。「○○さんが、あなたのことを、 ~~(マイナス評価)だって 言ってたわよ」あなたと○○さんが、唯一無二の親友なら、「そんなこと言うはずないよ」と一蹴できるでしょうが、それほどのあいだがらでなかったとしたら?きっと、内心で、なんとなく、○○さんにたいして、マイナスの感情をいだきたくなりますよね。反対に、こんなふうに言われたとしたら?「○○さんが、あなたのことを、 ~~(プラス評価)だって 言ってたわよ」たとえ、あなたが、○○さんのことを、「ちょっといやなやつだなあ」と思っていたとしても、「案外、いいやつかも」なんて、あなたの気持ちは、ビミョーに変化するでしょう。(笑)でも、実のところは、何が本当なのかは、わかりませんよね。あなたにその話をしたひとが、あなたのことを「~~ね」と言い、○○さんは、ただ、あいづちを打っただけかもしれないのです。私たちが、だれかにたいしていだく感情の根拠って、実際、このくらい、あいまいなものなんです。だとしたら、いま、だれかにたいして、自分がいだいている感情は、ホンモノなのかなと、ちょっとだけうたがってみるほうがいいですよね。これを書きながら、思い出したことがあります。高校を卒業したあとで、もとクラスメイトから、「みんな、あなたのことを きらっていたわよ」と、言われた体験です。 第302号(2004年8月28日発行) 「変化は、いつのまにか起きています」 で、そのことについてふれています。 興味があれば、読んでみてくださいね。 寝耳に水の話でした。でも、それ以来、長いこと、私は、ひとの笑顔がこわくてしかたありませんでした。「こうして、私に笑顔を 向けているこのひとは、 本当は、私のことを きらっているかもしれない」そう思うと、目の前の笑顔が信じられないのです。ことばも態度も、受け入れられないのです。実際に、私のことをきらっていたひとは、いたかもしれません。 いまだって、いますもん♪(^^ゞでも、だからといって、出会うひとすべての感情を、決めつけてしまう必要はなかったのです。そして、そのことで、自分を否定する必要など、まったくなかったのです。相手の感情は、相手のものです。同じように、あなたの感情も、あなたのものです。面と向かって言われてもいないのに、勝手に憶測する必要はありません。いえ、面と向かって言われたとしても、それをそのまま鵜呑みにする必要はないのです。相手のことばを、無視しろというのではありません。ただ、はじめに書いたように、その感情が、どこから来ているかは、実にあいまいなのです。そして、そのことばをどのように受け取って、どのように生かすかは、あなた次第なのです。私のように落ちこんで、何年ものあいだ、人間不信におちいるのは、あまり快適な対応ではない気がします。(笑)もっとも、そんな体験があるからこそ、ひとのこころについて、あれこれ考えるようになったわけですから、起きてくることに、むだはないともいえますが。でも、これだけは、伝えておきたいと思います。あなたの感情のよりどころを、あなた以外の場所に置いてはいけません。あなたの感情は、あなた自身が決めるのです。たとえ、相手が、いえ、世界がどうあろうと!そのとき、あなたの感情は、何ものにもとらわれない、永遠の自由を手にします。何しろ、あなたが選んでいるのですからね!どうぞ、あなたの幸福につながる感情を選んでください。すべて、あなたが決めていいのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1411号(2007年9月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなたと他者との分離を統合してください。よく、「人間関係は鏡」と言われますよね。私たちは、自分自身のきらいな面、弱い面を、見たくないと感じます。すると、他者への投影をとおして、そのきらいな面、弱い面と直面することになります。でも、この説明、わかったようでいて、私自身、もうひとつ本当には、納得できていなかった気がします。ところが、こんなワークをやってみると、あら不思議♪たちまち、クリアになってしまったんです。(笑)どんなワークかって?まず、自分の好きなひと、理想とするひとの「いいなと思う面」を、十こ、書き出します。次に、自分のきらいなひとの「いやだなあと思う面」を十こ、書き出します。さらに、好きなひとの「いやだなあと思う面」三つ、きらいなひとの「いいなと思う面」三つを書き出します。 ここがポイントです。 きらいなひとのなかに、 いいところをいっこも 見つけられなかったら、 それは、あなたが、 固定観念にこりかたまって いる可能性が大です!そして、それらを見直して、「自分にあてはまる面」と「当てはまらない面」をすべてチェックします。とどめは、そこから「もっともあてはまる面」三つと、「もっともあてはまらない面」三つを抜き出すのです。「おおおおお!」私は、思わず、声をあげていました!「自分にあてはまる面」が、自分と重なることは当然といえるでしょう。けれども、「あてはまらない面」もまた、自分自身の性格やありようを、しっかりと言い当てていたのです!でもね。よくよく考えてみれば、当たり前のことですね。ためしに、自分がきらいなひと、うまくいっていないひとのことを、ちょっと思い出してみてください。そのひとは、はじめて会った瞬間から、大きらいな存在でしたか?そばによるだけで、むしずが走るような、そんな存在でしたか?よく思い出してください。そうではなかったはずです。だって、最初からそんな気持ちでいたら、かかわりをもつことはなかったはずです。むしろ、ある時期は、とてもこころの通う、信頼できるひとでさえ、あったはずなのです。私自身がそうでした。それが「裏切られた」と感じたときに、共感は、反感に、好意は、嫌悪に変わっていったのです。 「裏切られた」という感情は、 本当は自分の責任なのですが、 ここでは、主題ではないので ふれません。そうです。共感も好意も、すべて、自分のなかの親密性と結びついています。だとすれば、いま感じている感情は、その裏返し、つまりは、同じベクトルの反対がわを、見ているだけなのです。もっというと、自分のなかにあるものを、かたちを変えて、見ているに過ぎないのです。さまざまな学びを経て、私のなかで、それはすでに、あきらかになっていました。ワークをとおして、実際に書き出すことで、あらためて、そのことに気づかされたのでした。さあ、こころの準備はできましたか?どうぞ、勇気を出して、このワークにトライしてみてください。あなたの内面としっかりと向き合って、あなたと他者との分離を統合してください。あなたのステージが、一歩前進します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1410号(2007年9月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------あなたの立ち位置を明らかにするのです。私は、けっこうおおくのメルマガを購読しています。自分自身がメルマガを発行していることもあり、ほかの発行者さんの考えかたが、おおいに参考になるからです。それにしても、インターネットを介した、顔の見えない相手とのコミュニケーション。そのむずかしさは、まだまだ克服されていないように思います。そのせいでしょうか。編集後記のあたりを読んでいると、ときどき、こんな感じのメッセージを見かけます。「自分は打たれ弱いので、 きつい表現でのメールは 送らないでくださいね」「批判のメールはいりません」最初は、失礼ながら、くすっと笑ってしまいました。なんだかとてもかわいらしい気がしたのです。たとえて言えば、泣きまねしている子どもみたいな感じがして。(^^ゞでも、ある意味で、これは、必要な場合もあるかもしれないなあと思いました。メルマガを発行するひとは、基本的には、自分の思いを、わかちあいたい気持ちをもっていると思います。そのために、無償で、自分の知識やノウハウを、提供しているわけです。もしも、そのメルマガが、読者さんと自分の考えを比較して、たたかわせたいと思っているのなら、「批判歓迎」「議論歓迎」でいいわけです。でも、そうではないのなら、自分がどうありたいかを、最初に明らかにしておくほうがいいのだと思います。「ここでは、討論はしませんよ」「意見のちがうひとは、 無理にここで主張しなくても、 意見の合うところを 探してください」そんなふうにね。それが、正しいかどうかは、わかりません。でも、少なくとも、そのメルマガは、そのひとが、自分の責任で発行しているのです。自分の立ち位置くらい、自分で決めてもいいでしょう。そのために、必要な多様な意見が減ったとしても、そのリスクもまた、その発行者さんが負うのです。そのことで、人生の学びを遅らせるとしても、それはそのひとの問題です。ほかのひとが、とやかく言うすじあいではありません。 あくまでも、個人が 無償で提供している ツールにたいする考えです。 公的なもの、有償のものは、 このかぎりではない場合 もあります。蛇足ですが、私自身の体験です。インターネットに参入した初期のころ、登録していたあるメルマガで、私の投稿が、予告もなく、批判的に取り上げられたことがあります。それも、内容にたいする批判ではなく、私個人の人格にふれるような批判のしかたでした。一瞬、腹が立ちましたが、私は、何も言わずに、そっと、そのメルマガを解除し、二度と、メールは送りませんでした。そのひとは、そういうスタンスで、そのメルマガを発行しているのです。(たぶん)そして、そういうスタンスは、私の生きかたとは、あまり重なりそうになかったのです。だから、そっと離れました。匿名だったこともありますが、名誉毀損だなんだと、あらそうだけの時間と労力が、私には惜しかったのです。そして、のちに、自分自身がメルマガを発行することになったとき、自分で、ひとつ決めました。何かを一方的に批判する内容は、よほどのことがないかぎり、避けようと。共感と、つながり感を大切にした関係を、読者さんとはぐくもうと。顔の見えない関係なのです。使っていることばの意味ひとつとっても、微妙なちがいは生まれてくるのです。もしも、あなたが、インターネット上で、メッセージを告げるとして、あなたは、そこで、何を得たいのですか?まずは、そのことに思いを向けましょう。それが、怒りやあらそいの関係ならば、そのように表現するのです。そうではないならば、そうではない、あなたの立ち位置を明らかにするのです。それからだって、相手とかかわるのは、遅くはないでしょう?あなたが、そこで本当に得たいものに近づくために、ていねいに伝えて、伝えすぎるということはないのですよ。●蛇足の蛇足おわかりと思いますが、あなたが「こうありたくない」というメッセージを発信したときには、当然、あなたもまた、それをやってはいけませんよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1409号(2007年9月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「なぜ、私は、ここにいるのか」ある本を読んでいたとき、ひとつのことばが目に止まりました。「なぜ、私は、ここにいるのか」ある意味、ばかげた問いです。記憶喪失じゃあるまいし、ここにいる理由をいちいち確認する必要なんてあるのでしょうか。でも、ちょっと考えると、ぞくぞくするほど深い問いです。一気に、生きることの本質までせまってくるような気がします。「なぜ、私は、ここにいるのか」声に出してみると、ふっと、こころに浮かぶことばがあります。--なすべきことをなすため。どきんとしました。もう一度、聴いてみました。「なぜ、私は、ここにいるのか」--やりたいことがあるから。聴くたびに、こころのなかに、あらたなことばが浮かびます。すぐに浮かんでこないときも、待っていると、すっと、あがってくるのがわかります。私は、繰り返し、自分に問いつづけました。「なぜ、私は、ここにいるのか」--体験するため。「なぜ、私は、ここにいるのか」--土台を築くため。こたえは、次から次へとおもしろいように出てきました。自分でこたえているのに、自分ではないような気さえしました。「なぜ、私は、ここにいるのか」--ゆるすため。--わかちあうため。--なぜ、を知るため。--宇宙とつながるため。--い(居)たいから。--私が私であるから。--決めたから。なるほどと思うものもあります。「何なの、これ?」と、おかしくなるものもあります。でも、すべては、私の内がわから、湧き上がってくるのです。すべて、私のなかに、あることばなのです。そんなふうにこたえているうちに、気がつきました。「自分自身にたいして『何のために』と問いかける なんてこと、しばらく、 やっていなかったなあ」そう、日々の生活のなかに、流されている自分がいたことに、気づいたのです。そのとたん、背すじが、しゃっきりと、伸びる気がしました。「なぜ、私は、ここにいるのか」もしよかったら、あなたも、自分自身にこのことばを投げかけてみませんか?あなたの内がわで、思い出してもらうのを待っていることばたちが、あるかもしれません。そのことばたちが、あなたの生きかたに、あなたの生活に、何かを、投げかけてくれるかもしれません。ものの10分もあれば、できるトライです。やってみて、損はありませんね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1408号(2007年9月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------自分の感情には、自分で責任をもつのです。最近、立て続けに、同じ趣旨のメールを、複数のひとからいただきました。ちょっとした用事でやりとりをしていたときです。いただいたメールに、私がたまたま、お返事せずにいたら、「お気を悪くされたのでは…」と、恐縮している文面のメールが届いたのです。するべきメールの返事をしなかったのは、私の責任です。ですから、本来なら、相手が、恐縮する理由も必要もまったくありません。もちろん、立場の関係はあります。相手は、私を尊重してくれたからこそ、そのようなメールをくださったのだと思います。でも…。と、へそ曲がりの私(笑)は、考えてしまったのです。だれかのはたらきかけによって、感情が起きるとしたら、それは、だれの責任でしょうか。相手のせいでしょうか?いいえ、それはあくまでも、自分の責任なのです。たとえば、あなたが混雑した電車に乗っていて、だれかに、足を踏まれたとします。あなたは、おそらく、不快な気分になるでしょう。その感情自体は、否定しません。ひとは、どんな感情をももつ自由がありますから。では、その感情を、相手にそのままぶつけたら、どうなるでしょうか?相手は頭を下げて、あやまるかもしれません。でも、きっと、こころのなかで、「怒りをぶつけられた」と、傷ついたり、不快に感じたりすることでしょう。ひどい場合には、口論になるかもしれません。けんかにまで発展してしまうかもしれません。そうなると、まわりの乗客まで、巻きこんでしまいかねません。不快な感情を、抑えろと言っているのではありません。感情は抑えてもなくなりません。不快な感情のままで家に帰れば、あなたの家族まで不快にしてしまうかもしれません。不快な感情が起きたら、それは感じていいのです。でも、それをそのままぶつける必要はないのです。あなたが、相手に伝えたいことは何ですか?「私はいま、不快だ! あんたにも不快な気持ちを 体験させてやる!」ですか?「まわりの観客も巻きこんで、 困らせてやろう」ですか?「あなたに足を踏まれて、 痛かったんですよ。 あなたの謝罪のことばが ほしいんです」それだけなのではありませんか?だとしたら、もっと有効な方法があります。感情は、自分の内がわで、しっかり感じきるのです。自分のなかで、完了させてあげるのです。そのあとで、おだやかに、あなたが伝えたいことばを伝えるのです。相手はおどろき、あやまるでしょう。そして、あなたに詫びたあとで、こころのなかで思うでしょう。「ああ、今日は、ひとつ 悪いことをしてしまった。 でも、おだやかに言って もらえて、うれしかった」もしかしたら、帰宅して、家族にも、その話を伝えるかもしれません。「世の中には、そんな すてきな伝えかたが できるひともいるんだね」そんな話題で、食卓が盛り上がるかもしれません。もちろん、例外はあります。でも、基本は同じです。自分の感情には、自分で責任をもつのです。それだけのことなのです。最初の話にもどりましょう。ですから、私にメールをくれたひとたちは、本来、恐縮する必要はないのです。もしも、私が不快に感じてその感情を押し隠したまま、相手にきちんと伝えていないのだとしたら、それは、私の責任なのです。どうしても、メールの返事がないことが、気になるのなら、「返事はいかがでしょうか」と、聴けばいいだけなのです。相手の感情の責任まで、引き受ける必要はないのですから。今日のメッセージは、上級編かもしれません。当然、異論もあるでしょう。実際、一度で書き尽くせる話ではないので、また今度、取り上げてみたいと思います。どうぞ、お楽しみに♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1407号(2007年9月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------彼方を見つめよ。3日ほど、帰郷しました。私の故郷は、北海道です。オホーツク海のある東の果て。旅の往復は、飛行機を使います。今回、台風の影響もあって、往復とも、上空は曇り。でも、私は、この曇りのフライトがけっこう好きです。飛行機が雲を突き抜けると、汚れなき青空と、果てしない雲海との両方を楽しめるからです。今回の帰省では、久しぶりに、父と、ドライブに行きました。海岸線を走りました。知床連峰をしたがえ、オホーツクの海は、凛とした青さをたたえて、どこまでも広がっています。何度見ても、けっして見飽きることのない景色です。二つの「彼方」を見た。そう思いました。ええ、空の彼方と海の彼方。そして、その彼方に、思いをやっているときに、まさに、そのことばが耳の奥にひびいたのです。「彼方を見つめよ」彼方を見つめているとき、私のこころからは、雑念が消えていました。自然と、呼吸が深くなり、目はおおきく見ひらかれ、からだが、ゆるんでいくのを、感じていました。しずかに、ひたひたと、こころとからだまるごとが、満たされるのを感じました。ああ、ひとは、こんなにも広々とした空間のなかにありながら、その幸福を忘れている。目の前の、ちいさなことにとらわれ、ささいなことばかりにこだわってしまっている。それは、自分の生きかたをゆたかにしているか?ひととの関係を、あたたかなものにしているか?そんな問いが、自然に湧きあがりました。「彼方を見つめよ」こころのなかで、ちいさくつぶやいてみました。その瞬間、私は、自分の感覚が、彼方に向かって、明るく解き放たれていくのを感じていました。いま、ここにありながら、彼方と、ひとつながりの存在となっていくことを感じていました。もしも、あなたが、どうしても気持ちがふさぎこみそうになったり、まわりに振り回されているように感じたときには…。どうぞ、このことばをつぶやいてみてください。「彼方を見つめよ」その瞬間、あなたの視界は、ぐんとひらかれます。どうぞ、すこしでも、視界をさえぎるもののないところに行ってみてください。できる範囲でかまいません。都会のどんな空間でも、外に出さえすれば、どんなにせまくとも、頭上には、空が広がっているはずです。彼方を見るのです。あなたが、どこにいようと、あなたには、いつでも彼方を見るちからがあります。その気になりさえすれば!そして、彼方を見ながら、自分のこころに問いかけてみてください。この、彼方の視点に立ったとき、自分は自分の人生において、何を選択するだろうかと。あとは、ただ、自分のこころが、こたえを返すのを待てばよいのです。かえってきたこたえを、どのように受け止め、どのように生かすかは、あなたの選択にまかされます。あなたは、いつでも彼方とともにあります。彼方は、いつでもあなたを見守っています。どうぞ、どんなときでも、忘れないでくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1406号(2007年9月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------どう向き合っていきますか?最近はあまり使われていないかもしれませんが、私の田舎(北海道)の方言に、「ばくる」というのがあります。「交換する」という意味です。あまりにも当たり前に使われているため、方言だと気づかないひともけっこういます。でも、このことば、ほかの地域のひとが聴くと、けっこう、コワイことばに聴こえるそうです。ある地域(関西)では、「盗む」「逮捕する」などの意味で使われていると、聴いたこともあります。だから、北海道以外で、このことばを使うと、思わぬ誤解を受けることがあります。(^^ゞこの単純な笑い話は、でも、とても大切な示唆を、私にあたえてくれました。いま、自分が当たり前だと思っていること。それって、本当に、本当なのだろうか、って。家族みんなが当たり前だと思っていることが、その家族だけにしか通用しないことだったり。地域で当たり前に通用していることが、その地域だけにしか存在しない慣習だったり。この国では当たり前と信じていることが、その国だけの常識だったり。 あるいは、政府の都合で、 国民に信じさせていること だったり…。そして、つい先日まで、ごく普通だったことが、いまでは、過去の遺物になってしまっていたり。「当たり前だよ」「常識だよ」「普通に考えればわかるだろ」そんなふうに片づけてきたことが、本当にそうなのかどうか、たしかめてみる必要があります。それができるのが、いまの時代なのだと思います。そして、それは、ある意味で、おおきな自由をもたらします。私たちは、どれだけ、慣習にしばられ、世間の目にしばられ、社会の常識にしばられて生きていたことでしょうか。どれだけ、そこから自由になりたいとねがってきたでしょうか。もうしばられなくていい。自分の自由に生きていい。でもね。ここで、おおくのひとは、立ち止まります。自由にしていいということは、その結果を、すべて自分で引き受けるということです。だれにも責任転嫁できないのです。少なからぬひとが、そこであともどりしていきます。慣習のなかに。常識のなかに。慣れ親しんだ枠組みのなかに。どちらがいいとか悪いとか、言うつもりはありません。でも、今日は、これだけはひとこと。気づいたことは忘れません。気づかないふりをしても、自分の深いところでは、もうちゃんとわかっています。あなたは、もうわかっている。もう、わかってしまっている。わかってしまっている自分と、どう向き合っていきますか?どうぞ、いまいちど、深く呼吸してみてください。その深いところで、しっかりと選択してください。あなたの選択を応援しています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1405号(2007年9月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------ちがうパターンに、切り替えてみるのです。ひとは、だれでも、自分の「思考パターン」というものをもっています。よく使われるたとえですが、たとえば、朝、出かけるときに、くつのひもが切れたとします。「何かいやなことがあるかも」と考えるのも、ひとつの思考パターン。「別に特に意味はないね」と、考えるのも、パターン。「ラッキー、出先でなくて よかった」と、考えるのも、パターン。あるいは、「ありがとう、くつひもさん。 これまで使わせてくれて」と、手を合わせるパターンのひともいるでしょう。かめわざ流では、「やったね。あたらしい くつひもに替えられて、 気分がリフレッシュする」なんて感じになりそうです♪ポジティブ思考で言えば、ラッキーと考えるほうがいいというかもしれません。でも、実は、どれを選んでもいいのです。大切なのは、そのときどきで、それらのパターンを使い分けられること。使い分けるためには、自分が、どのパターンが得意なのかを、知っている必要があります。そして、その得意なパターンが、人生を快適にするかたちで、動いているかをチェックしてみることです。たとえば、「何かいやなことがあるかも」と、考えるパターンのひと。これはこれで大切です。とくに、軽はずみなひと(ワタシのことか…)と行動するときには、この慎重な姿勢がとれるひとは、貴重な存在です。でも、自分の人生をもう一歩、前に押しすすめたいとき、あたらしい自分の可能性をひらいてみたいとき。このパターンを使うと、けっこう苦労します。いけないとは言いませんが、膨大なエネルギーを使います。そんなときには、ちがうパターンに、切り替えてみるのです。たとえば、「別に意味はないね」と、いうパターンに切り替えてみると、がぜん、足どりが軽くなります♪「ラッキー」というパターンに切り替えると、ラッキーな理由が次々に見つかってきます。これもかなりパワフルです。切れたくつひもに感謝するパターンを使うと、謙虚な気持ちをもちつつ、前に進むことができます。かめわざ流は…、暴走のきらいがありますので、気をつけてお使いください。(笑)さあ、あなたは、ふだん、どんな思考パターンを使って生きていますか?どんなパターンが得意ですか?そして、そのパターンは、あなたの人生を快適にしてくれていますか?あまり快適ではないというひとは、ためしに、別のパターンにトライしてみてください。そのときのポイントは、うまくいく・いかないの結果にこだわらないこと。パターンを替えてみることそのものに、まず、意味があるのです。なぜなら、いつもとちがうことをやるだけで、脳は活性化するのですから。だから、快適だというひとも、ときには、いつもとちがうパターンをやってみるとおもしろいと思いますよ。あらためて、自分の得意なパターンのよさが、見えてくるかもしれません。あるいは、ちがうパターンをミックスして使う方法を編み出せるかもしれません。あ、オマケのヒントです。ふだん使ったことのないパターンは、なかなかうまく使えないというひと。そのときには、モデリングをしてみてください。そのパターンにぴったり、もしくは近いというひとを、みぢかなひとでも、だれか著名なひとでも、だれでもかまいませんから、真似してみるのです。あなたは、あなたの思考パターンの持ちぬしです。けっして、その逆ではありません。もっともっと、自由に、楽しんで使っていいんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1404号(2007年9月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたの問題ではありません。私たちの苦しみは、ものごとの見かたを、ひとつの方向に固定してしまったときに起きることがおおいようです。たとえば、対人関係で悩んでいるひとは、現実に、おおぜいいます。もちろん、そのなかには、あらぬ誤解もあるでしょうし、不当な対応もあるでしょう。でもね。あえて、いぢわるな質問をさせていただきますね。「対人関係がうまくいかない ということで、 何か問題があるのですか?」もしも、相手が、あなたを誤解しているのだとしたら、全力で、その誤解を解きにいけばいいだけです。必要なのは、率直さと誠実さ。そして、真摯さだけです。あなたが、率直に、誠実に、真摯に相手と向き合ってなお、相手が、あなたを理解してくれないのだとしたら…。それはもはや、あなたの問題ではありません。相手の問題です。相手の問題なのだから、あなたが悩む必要はないのです。あえて、あなたが悩む必要があるとしたら、そのような相手と、今後もかかわりつづけたいかどうかを、決めることだけです。それは、あなた次第です。そのような相手とかかわりつづけると決めたなら、あなたは、それを受け入れるということです。ここでも問題は解消しています。あるいは、かかわるのをやめるとしたら、あなたには、あたらしい方向がひらけます。ここにも何も問題はありません。問題は、問題だと思う、あなたのこころのなかにしか存在しません。もっと言うと、その問題が起きることはいけないことだと、思いこんでいると、それが、問題になるのです。おわかりですか?同じ状況に立たされても、それをピンチだと思うひともいれば、チャンスだと思うひともいるわけです。こたえはひとつしかないと思いこんでいると、その瞬間に、身動きがとれなくなります。これが、自分で自分の問題を決めているということです。「そんなことは考えられない」というひともいますが、「そんなことは考えられない」という選択を、しているだけのことなのです。「それしかやったことがない」というひとは、「それしかやったことが ないから、できない」という選択をしているだけなのです。「それしかやったことが ないけど、できる」という選択肢だって、当然あったはずなのですから。もうひとつ、質問をしますよ。「あなたは、あなたの人生を、 幸福に生きたいですか?」そして、「あなたの幸福は、だれが、 運んできてくれるのですか」こたえは、おわかりですね。あなたです。あなたを幸福にしてくれるのは、あなた自身しかいません。あなたしかいないということは、あなた次第でどうにでもなる、ということです。ほかのだれでもないのです。大切なことは、視点を固定化しないこと。解決するにしても、放棄するにしても、それ以外を選択するにしても、すべての可能性は無限です。だったら、楽しんで、一歩を踏み出してみませんか?この楽しみを選択するのも、あなた自身なんですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1403号(2007年9月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------どっちを信じたとしてもちょっとした、たとえ話です。昔むかし、あまのじゃくくんという男の子がいました。あまのじゃくくんは、ご存知のとおり、思ったことの反対を言ってしまうのです。あるとき、あまのじゃくくんは、ひとりの女の子を好きになりました。好きになったものですから、その子に向かって、思いきり、あかんべえをしました。 何しろ、あまのじゃく ですからね。女の子は、びっくりして泣き出しました。あまのじゃくくんは、おろおろしました。なんとか、女の子の気持ちをなぐさめようと、こう言いました。「このぶす、あっち行け」 何しろ、あまのじゃく ですからね。そんなことが毎日つづくものですから、女の子は、あまのじゃくくんが大きらいになりました。あまのじゃくくんの顔を見るだけで、逃げ出すようになりました。それを見ていた、あまのじゃくくんの友だちの、シッタカブリくんが、こう言いました。「ばかだなあ、おまえ。 しょせん、人間なんて、 相手の表面しか 見ていないんだよ。 好きになるだけむださ」あまのじゃくくんも、つくづくそうだと思いました。だって、自分はこんなに好きなのに、女の子は、自分の気持ちを、これっぽっちもわかってくれないのです。思えば思うほど、だんだん、腹が立ってきました。そこで、ついに、あまのじゃくくんは、女の子に、怒りをぶつけました。「君が大好きだ!」 何しろ、あまのじゃく ですからね。女の子は、きょとんとしました。あまのじゃくくんは、しまったと思いました。そこで、女の子に、もっと、いやな思いをさせてやろうと思いました。それも、うんと怖い顔で言ってやろうと思いました。「ぼくは、君が そばにいてくれるだけで、 とってもしあわせな気持ちに なるんだ!」もう、満面の笑顔で言いました。 何しろ、あまのじゃく ですからね。毎日毎日、あまのじゃくくんは、これでもかと、女の子に怒りをぶつけました。「大好きだ!」すると、女の子は、どんどん、笑顔になって、あまのじゃくくんに近づいてくるようになりました。 それを見ていたシッタカブリくんは、あきれて、言いました。「このままでいいのか。 おまえの気持ちなんか、 これっぽっちも 伝わっていないぞ」あまのじゃくくんも、そのとおりだと思いました。「でも…」あまのじゃくくんは、ことばに出そうとして、ふっと、口を押さえました。こころと反対のことばが出てくることがわかっていたからです。そして、こころのなかだけで、つぶやきました。「あの子が笑顔で ぼくのそばにいてくれることが、 ぼくにとって、いま、とても 大切なことなんだ。 あの子が、ぼくのことばの どっちを信じたとしても、 そんなことはどうでもいいんだ」やがて、女の子も気がつきました。ときどき、ひどい悪口を言ってしまうときでも、あまのじゃくくんの目の奥には、とてもやさしい光がやどっていること。その光だけ見ていれば、思いが、ちゃんと伝わってくること。女の子は、あまのじゃくくんに、そっと言いました。「もう大丈夫。 そのままでいるだけで、 私にはあなたがわかる」すると、不思議なことが起こりました。あまのじゃくくんは、その瞬間から、こころと反対のことばを言えなくなってしまったのです。こころのままに、ことばが出てくるようになったのです。あまのじゃくくんと、女の子は、その後も、末永くしあわせに暮らしたそうです。でも、ときどき、本当のことを言いすぎて、けんかもしたそうですけど。(笑)そうそう。おせっかいやきのシッタカブリくんのその後ですが、…それはまた、いつかお話しすることにしましょうね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1402号(2007年9月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「ハンデをもつひと」私は、ずいぶん前に、「障害者」「障害児」ということばを使うことをやめました。あるひとに、こんなことを聴かれたのがきっかけです。「障害者、障害児っていうけど、 だれにたいしての障害なの?」この質問の意味がおわかりでしょうか?道を歩いているとき、前進をさまたげるもの(岩でも、自転車でも)があったとしたら、私たちは、それらを何と呼びますか?「障害物」…ですね。では、「障害者」は?だれかに害をおよぼすひとでしょうか?何かのじゃまになるひとでしょうか?そのときに、どきんとしたのです。意識的であれ、無意識的であれ、そうした立場にあるひとたちを、遠ざけようとする視点が、この社会の、そして自分のなかに、ありはしないかと。もしも、「障害」があるとしたら、それは、そのひとが、本来あるべきものを、あたえられなかった(あるいは、うしなった)ことそのものをさすのではありませんか?だとすれば、そのひとたちは、「障害者」ではなく、「被障害者」なのです。 日本語としては おかしいですが、 ニュアンスを受け取って いただければと思います。でも、このことば、とても使いづらいです。しかも、わかりづらいです。結局、その日から、私は、「障害者」の代わりに、「ハンデをもつひと」という表現を使うことにしたのです。そして、それは正解でした。なぜならば、ハンデをもたないひとは、この世にひとりもいないからです。小学1年生まで、服のボタンをちゃんとかけられなかったひと(ワタシです…)は、ボタンのかけかたにハンデのあるひとです。りんごの皮をむくと、なぜか、厚さ一センチにもなってたひと(ワタシです…)は、リンゴの皮のむきかたにハンデのあるひとです。数学のテストで、0点ばかりとっていたひと(ワタシ…)は、数学の学習にハンデのあるひとです。どこにつとめても、1年もたずにやめて、職を転々としていたひと(ワタシ)は、定職につくことにハンデのあるひとです。なんだか、あぶないことまで告白してしまいそうなので、このあたりにしておきますが。(^^ゞひとは、みな、程度の差はあれ、内容の差はあれ、すべて、ハンデをもって生きているのです。私にもハンデがあり、あなたにもハンデがあるなら、細かいところのちがいをつついてみたってしかたがないでしょう?そのハンデを、たがいにみとめあって、おぎないあって生きていくほうが、ずっと楽しくて、楽でしょう?え? 自分はハンデがおおきすぎて、だれかをおぎなうなんて、できないですって?ちっ、ちっ。それは、見かたがせますぎます。 その見かたが、実は 本当のハンデなのかも。(^^ゞ人類は、六十億人以上いるのです。あなたが知っているのは、そのほんのひとにぎりのひとだけでしょう?いろいろな考えかた、感じかた、かかわりかたが、そこにはあるのです。あなたは、これから先、いつどこで、予想もしないかたちで、だれかをサポートしてしまうかもしれないのです。ええ、わからないんです。たとえば、私たちは、月や星や花を見ると、こころいやされますよね。でも、月も星も花も、そんなこと、知ったこっちゃないと、思っていることでしょう。(笑)そういうことですよ。どうぞ、あなた自身のハンデを、愛をもって受け入れてください。あなたが、あなた自身を受け入れるぶんだけ、あなた以外のひとのハンデも受け入れることができるようになるでしょう。自分もまわりもOKにできたら、あとは、ただ、楽しむだけ!トライしない手はありませんね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1401号(2007年9月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------子どもを超えるちから先日、この夏、上演した横浜市青葉区小中高生ミュージカル(かめおかは、脚本を担当しています)の「お疲れさま」会がありました。本番当日の舞台のビデオを観ながら、感想や、これからの抱負を語り合う会です。これまで、いくつかの市民参加型ミュージカルや、そのほかの演劇活動にかかわってきました。子どもたちが出演する機会もたくさんありました。でも、(七年かかわっているという ひいき屓目を抜きにしても)この青葉の子どもたちの表情は、何かがちがうなあと感じていました。先日、あらためてビデオを観ていて、ああ、そうかと感じたことがありました。子どもたちは、おとなたちとともにいるとき、当たり前ではありますが、子どもの顔をしています。そこは、たいていの場合、おとながリードし、おとなが判断し、おとなの指示で動く場です。たとえ、子どもにたいして、役割分担がされていても、最終的には、おとなの保護のもとにあるという意識が、どこかに残っているものです。ところが、青葉の舞台は、「小中高生ミュージカル」という名のとおり、下は、小学三年生から、最年長でも、高校三年生。全員が「子ども」なのです。けれども、舞台に立つとき、子どもたちは、舞台を成功させるためのすべての責任をにないます。ダンスや歌など、集団演技のおおいミュージカルの舞台では、ひとりのミスが、確実に、全体にひびきます。その責任の重さは、おとなとまったく同等です。でも、舞台のうえには、たよるべきおとなは、どこにもいません。だれにも、助けをもとめることはできないのです。いいえ、何よりも、この舞台を選んだのは、子どもたち自身なのです。自分で決めて、いま、ここに立っているのです。「いま・ここ・自分」がすべてなのです。ライトを浴びながら、まっすぐに顔をあげ、目をはっきりとひらいて、自分の演技に集中します。仲間と、こころをひとつにあわせます。そのとき、子どもたちは、子どもでありながら、子どもであることをやめています。みずから選んだ責任をみずからのちからでまっとうするひとりの人間として、そこに立っているのです。だから、かがやくのです。観るもののこころにひびく舞台になるのです。もちろん、こんなことは、スポーツや、ほかのさまざまな場面でも、見受けられることでしょう。それでも…と思うのです。私たちは、ふだん、あまりにも、子どもを子どもとしてあつかいすぎてはいないか。守りすぎてはいないか。封じこめてはいないか。押しつぶしてはいないか。子どもたちは、だれでも、子どもでありながら、子どもを超えるちからをもっているのです。ただ、それにふさわしい場を、あたえられていないだけなのです。おとなは、もっと、子どもたちを信じていい。信じて、てばなすことが、子どものちからを真に引き出していくことに気づいたほうがいい。そうは思いませんか?そしてね。あなたが勇気をもってトライしたとき、たぶん、あなたは気づくでしょう。子どもを信頼するいとなみそのものが、実は、あなたが、あなた自身を信頼するプロセスでもあったということに。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1400号(2007年8月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------あなたの勇気が、世界を救うんです!ある日、街を歩いていたときのことです。3~4歳の男の子が、かたわらのお母さんに訴えるように泣いているのが、目に入りました。「抱っこ~!」(^○^)どこにでもある光景です。でも、私は、その瞬間、きゅんと、胸がいっぱいになってしまったのです。ああ、なんて、ストレートなんだろうって。「抱っこ~!」といえるのは、お母さんに抱っこしてもらった体験が、あるからなのです。あの体験を、味わいたいから、味わえると信じているから、全身全霊で要求できるのです。そのために、涙で、顔が、ぐぢゃぐぢゃになっていようが、鼻水がたれていようが、(^^ゞまわりのひとが、どんな目で見ていようが、そんなこと関係ないのです。彼にとって必要なのは、お母さんの「抱っこ」。ただそれだけなんです。きっと、この男の子も、あと十年もすれば、このお母さんに対して、「くそばばあ」とか言うようになるんだろうなあ。 もちろん、それもまた ひとつの成長のあかしでは あるのですが…。そんなことを、しみじみと思ってしまったのです。私たちは、残念なことに、おとなになるにつれて、この率直さをうしなっていくのです。好きなものは好き、ほしいものはほしいと、ストレートに伝えることを忘れていくのです。でもね。もしも、その率直さを大切だと思えるのなら、もう一度、取りもどしてみませんか?いえいえ、あなたも私も充分におとななのですから、別に、泣きながらでなくたっていいのです。(^^ゞ鼻水もたらす必要はないのです。(爆)ただ、まっすぐに、相手の目を見て、ほしいものを、ほしい、と。あのちいさな男の子が、お母さんを信じてうたがわなかったように、目の前のひとを、徹底的に信じて伝えるのです。恥ずかしいですか?でも、私たちは、日々、ほしいものをほしいといわず、がまんしたあげくに、どれほど、こころをすり減らしているでしょうか。どちらが、こころにとって、やさしい生きかたですか?大丈夫。どんなことだって、「場数」がものを言うんです。(笑)勇気を出すんですよ。あなたが、本当にそれをほしいならね!それは、けっしてわがままではないのですよ。なぜなら、この世はすべて、循環で成り立っているのです。あなたが勇気を出して、ほしいものをほいしと言えるようになったら、まわりのひとは、そのあなたから、勇気をもらえるんです。ああ、自分も、あんなふうに率直に生きてみようって。勇気を出して、自分の気持ちを伝えてみようって。世界じゅうのひとが、自分のこころをかくさずに、相手に伝えあえたなら、私たちは、もっともっと、わかりあえるようになると思いませんか?ね? あなたの勇気が、世界を救うんです!(^○^)まずは、ちいさなことからはじめてみましょうね。どんなにちいさくても、成功体験を重ねることが大切です。そして、少しずつおおきなことにもトライしていきましょう。最後に、おまけのアドバイス。勇気のもとは、街じゅうにころがってます。(^○^)しっかり観察してみましょう!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1399号(2007年8月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------意識ひとつで変えられること先日、お友だちの古屋カツノリさんの、ヒプノセラピーを受けたときのことです。「幸せな過去世に行ってください」そんな誘導メッセージをいただきました。私は、けっこうイメージワークが好きで、自宅でも、CDなどを使って、さまざまな瞑想をおこなうことがあります。自己流の過去世ワークも、やったことがあります。ところが、なぜか、あまりハッピーな過去世を体験したことがないのです。(笑) ただし、かめおか個人は、 過去世が本当にあるか どうかは、こだわりません。 あってもいいし、なくても いいというスタンスです。ところが、この日は、「幸せな」過去世という装飾語がついていました。そして、単純な私の意識は、あっさりと、幸せな過去世を選択してしまったのです。(笑)そこは、平和とおだやかさに満ちあふれた世界でした。ひとびとの意識のなかに、あらそいの感情を見い出すことはできませんでした。「ああ、そうなのか。 ひとは、こんな人生を 選択することもできるのか」私は、幸せそうな自分の笑顔と、あたたかな波動に満ちた世界にひそかに感動しながら、そんなことを思いました。 世の中には、さまざまなことに怖れを感じるひとがいます。そして、そのひとは、その怖れのために、自分は幸福になれないと感じていたりもします。でも、実は、そう思うこと自体が、そのひとの幸福をはばんでいる場合もあるのです。演劇指導をしていると、演技に自信がなくて、ついついちぢこまってしまう子どもたちに出会います。ひとからどう見られるかが、気になってしまうのですね。そんなとき、こんなワークをやることがあります。その子に、みんなの前に、立ってもらいます。ほかの子どもたちには、こんなふうにお願いします。「この子に向かって、 思いっきり笑顔で拍手して♪」満面の笑顔と、盛大な拍手。それを、何もせず、ただ、受け止めてもらうのです。最初のうちは、照れて、もじもじしたりします。困ったような顔をする子もいます。でも、不思議なもので、みんなの笑顔を見ながら、拍手を受け止めていると、次第に気持ちが落ち着いてくるのです。だって、自分にたいして、笑顔でいてくれるひとは、あなたに敵意をいだいているひとですか?あなたをばかにしているひとですか?あなたを蹴落とそうとするひとですか?ちがいますよね。そして、あなたは、その相手にたいして、どんな感情をいだきますか?敵意ですか?憎悪ですか?怒りですか?いいえ。笑顔と拍手を受け止めているだけで、信頼感や親密な気持ちが自然に湧き上がってくるのです。そして、あなたがリラックスして、相手の笑顔や拍手を受け入れることができるようになればなるほど、相手も、ますますうれしくなって、笑顔と拍手を贈りたくなるのです。これって、日常でも同じなんですよ。あなたの意識が、あなたの人間関係におおきな影響を及ぼしているのです。信頼できないひとたちがいるのではなく、信頼できないと感じているあなたがいるだけなのです。こころをゆるせないひとたちがいるのではなく、こころをゆるせないと感じているあなたがいるだけなのです。これは、あなたを責めるために言っているのではありませんよ。あなたの意識ひとつで、変えられることもたくさんあるということをお伝えしたいのです。もちろん、あなたにたいして、不当なあつかいをするひとも、いないとはかぎりません。でも、すべてのひとが、そうであるとはかぎりません。そうでないことのほうが、実際には圧倒的におおいのです。だったら、まずは、意識を、そうではないほうに向けてみましょうよ。そうすると、あなたの意識に見合った現実が、あなたの前にあらわれます。これを、繰り返し繰り返し、習慣にしていくのです。そうすると、いつか、それが当たり前に変わっていくんですよ♪さて。私も、あの、幸せな過去世を、現実のものにできるかどうか。あなたといっしょに、トライしていきたいと思います。 「あの幸せな過去世」の 「あの」の中身は …ナイショです♪(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1398号(2007年8月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------苦しみを、終わらせる必要があるのです私は、10歳のときに、重度の脳性小児麻痺の妹を亡くしています。それは、私にとって、人生のおおきなエポックになりましたが、もっとおおきな衝撃を受けたのは、まちがいなく、母だったと思います。三か月検診だったか。病名を告げられたとき、母は、帰る道々、死ぬことを考えたそうです。でも、それは、実行には移されませんでした。母は、妹が亡くなるまでの5年間、だれにも負けない献身的な愛を、妹のために注ぎました。妹が、突然の発作で逝ってしまったあとの、母の苦しみを、私たちは想像することができません。母がそれについて語るのを聴いたことがありませんから。でも、最近、身内を亡くされたかたのお話をいくつも聴く機会があり、はっとさせられたのです。そのかたがたが、一様に、ご自分を責めていらっしゃるのです。たしかに、良好ではない関係のままに分かれてしまったかたもいます。自分の落ち度を、繰り返し悔やんでいるかたもおられます。どんな関係であれ、思いのある相手に先立たれたときには、私たちは、このような自責の念を感じることがおおいのだと知りました。私の母も、こんなふうに、自分を責めて生きてきたのだろうか…。そう思うと、胸がしめつけられる思いでした。ですから、今日は、そのような思いを抱いておられるすべてのかたへのメッセージを、お伝えしたいと思います。どうぞ受け取ってください。私たちが、この世にわかれを告げるときには、何一つもっていくことはできません。すべて、置いていくのです。この世のあらゆるしがらみをときはなれたひとたちは、あらゆることから自由です。もう、憎しみや怒りさえも、てばなしているのです。肉体を、三次元を離れるということは、そういうことなのです。けれども、そのときに、あなたが、そのひとに、強い思いをもちすぎていると、それを置いていくことができなくなるのです。もう、いくべきときが来ているにもかかわらず、あなたの「執着」が、そのひとを、引き止めてしまうのです。手をはなして、よく見てごらんなさい。たとえ、在りし日に、どれほどのいさかいをそのひととしていようと、すべて終えてしまったそのひとは、やすらかです。もはや、あなたにたいして、何のこだわりも残してはいないのです。どれほど、あなたが、そのひとを傷つけたと、自分を責めてみても、そのひとのなかには、ひとつのかげりも残ってはいないのです。もう、ゆるしていいよ。忘れていいんだよ。てばなしていいんだ。終わりにしていいんだよ。そのひとが、あなたに、そう語りかけている声を、どうぞ聴いてください。そのひとがやすらかに、次のステージに行くためにこそ、あなたは、あなたの苦しみを、終わらせる必要があるのですよ。かなしみやせつなさのエネルギーで、そのひとを見送らないでください。愛とやすらぎと、信頼のエネルギーをそのひとに注いであげてください。あなたにとっても、そのひとにとっても、あらたなステージがはじまるのですから。ステージがあがるとき、いつだって、舞台には光が満ちているのです。その光に、すべてをゆだねてしまうのです。ほら。光のなかで、そのひとが、静かに、ほほえんでいるのが、見えるでしょう?その光を受けて、あなたも、どうぞ、ほほえみかえしてあげてください。きっと、届きます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1397号(2007年8月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------最大限に、相手を尊重する気持ちをもつのです。もしも、だれかから意見をもらうとき、どんなふうにいわれたら、素直な気持ちで聴けるだろうか。ふっと、そんな問いを自分に投げかけてみました。 「自分の存在が尊重されている ことが、感じられること」あっという間に、こたえがかえってきました。最近、ひとから意見を言われたときに、ちょっとむっとくる体験をしました。言われている内容は正しいのです。そこに異論はないのです。ただ…。その問題には、私もちょっとだけかかわっていたのです。私なりに、時間も気持ちも注いだ部分がありました。 でも、そのことには、ひとこともふれないまま、問題点だけを指摘された。そんな印象を受けたのです。ほんのひとことですんだような気がするのです。「いつもありがとう」「この件については、 いろいろお疲れさま」「協力感謝しています」もしも、最初にそんなひとことがあれば…。そう思ったとき、もうひとつの声がしました。「なんだ、おまえは、 そんな見返りがほしくて、 かかわっていたのか」ちょっとだけ自己嫌悪におちいりそうになりました。すると、また別の声がしました。「でも、人間だからね。 みとめてもらいたい。 受け入れてもらいたい。 理解してもらいたい。 それは、自然な心情だよ」私のなかでは、ひとしきり、さまざまな声が、にぎやかに飛び交いました。そんな声を聴くうちに、次第に、私の気持ちもおさまってきました。見返りを期待しないでかかわるべきだという声も、みとめられたいという声も、全部ひっくるめて、受け止めることにしたのです。矛盾しているかもしれません。でも、もともと、矛盾しているのが人間ですからね。自分で自分をみとめてしまえば、あとは、もう問題ありません。最初にひびいたことば。 「自分の存在が尊重されている ことが、感じられること」これを、自分自身が実践していけばいいのです。そう。そのとき、私は、気がついたのです。こころをかけている話題になればなるほど、ついつい、正義を振りかざしたくなる自分がいることに。相手は、まさに、そんなときの私そのものでした。今回、投げかけられたことばは、私にとって、まさに、鏡であったのです。私たちは、お互いに、自分の真実を生きているのです。自分の正義を、自分の正解を生きているのです。それは、相手も同じなのです。だから、自分の意見を相手に伝えたいときには、最大限に、相手を尊重する気持ちをもつのです。まずは、そこからスタートしてみましょうよ。そして、これは、番外編です。あなたにたいして、うれしくないメッセージを伝えてくるひとが、もしもいたとしたら…。あなたの率直な気持ちを、伝えてかまわないのですよ。「そのメッセージは、 かなしい(さびしい)」って。相手が、あなたを本当に尊重する気持ちをもっているときには、きっと方法を変えてくれるはずです。もしも、それでもなお、あなたを傷つける表現をしてくるとしたら…。ひょっとしたらそのひとには、別の目的があるのかもしれません。あなたに意見を言うことをとおして、自分の存在意義をたしかめたかったりとかね。どうしても耐えがたいときには、がまんする必要はありません。そっと礼をして、しずかにその場を離れるのです。自分の正義と、相手の正義をたたかわせても結論は出ませんからね。けんかをするのも方法ですが、それがあなたにとって、本当に実りがあるものかどうか見きわめてから。人生は長くはないのです。あらそったり、正解探しをしているほどのひまはないのです。あらゆる体験を、どうぞ、自分の生きる糧に変えることに使ってください。あなた自身が輝くために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1396号(2007年8月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2011.04.07
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