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★今日のフォーカスチェンジ♪「最善、最善」ちょっとうまくいかないことがあって、いらいらしかけていました。そしたら、ふっと、こんなことばが浮かびました。「最善、最善」なんのこと?よくわかりませんが、こんなときは、きっと、何か意味があるので、考えてみることにしました。「最善を尽くそう」これが一番、わかりやすいこたえです。実際、そのとおりです。どんな状況にあろうと、私たちは、その瞬間、瞬間、最善を尽くして生きるよりほかないのです。何がどうあろうと、手を抜いたり、投げやりになったりすることが、自分にとって、いいことのはずがないのですから!そのとき、同時に、こんな思いも浮かびました。「いまが最善」えええ?うまくいっていないことが起きているのに?なぜ!?でも、ちょっと考えたら、すぐに思い至りました。私たちは、何か不都合な状態におちいると、ついつい、悲観的に考えてしまいます。ときには、愚痴のひとつもこぼしたくなります。「サイアク!」なんて、叫んでしまったりもします。でもね。本当に、いまがサイアクなんでしょうか?どうしようもなく悲観的に考えなければならない状況なのでしょうか?私たちはよく、「いまがサイアクだと考れば、 そこからあがるだけだ」という言いかたをします。これもすてきな考えです。私もときどき使います。でも、逆の見かたもできます。いまが最善かもしれないのです。たとえば、あなたが、仕事上のミスをして、さらに帰り道でお財布を落とし、家に帰ったら、真夏なのに、クーラーがこわれていたとします。思わず、「サイアク!」と叫びたくなりますが、まだまだ下はあるものです。ひょっとしたら、家族のだれかが、けがをするかもしれません。思わぬ借金が発覚するかもしれません。田舎から、苦手なおばあちゃんが、突然、たずねてくるかもしれません。(爆)いえいえ、それどころではありません。シロアリが大発生して、古くなってきた家の床が抜けるかもしれません。隣家が、深夜に派手な夫婦げんかをしてうるさくて、眠れなくなるかもしれません。とばっちりで飛んできたもので、窓ガラスが割れるかもしれません。長年使ってきた冷蔵庫が、その日突然、動かなくなるかもしれません。ええ。サイアクなことは、考えればきりがないのです。そうなったとき、あなたは、最初にサイアクだと思った、あの状況が、なつかしくなるでしょう。(笑)「あのときは、まだ、 冷蔵庫は動いていた」「隣も静かにやってくれてた」「床も抜けてなかった」「ばあちゃんも来てなかった」(爆)なんだか、サイアクだと思ったはずのそのときのことが、うんとましな状態に思えてきますよね。ましなどころか、最善の状態にさえ、思えてくるかもしれませんよね。そうです。「最善、最善」うまくいかないことが起きたときほど、このことばを使ってみるのです。実際、私もそのとき、声に出して、繰り返してみました。すると、気持ちが、ふっと落ち着くのがわかりました。何よりも、いま、生きていて、サイアクだの最善だの、考えられるひまな状況にあることが、(爆)最善の証拠ではありませんか。そして、サイアクにきりがないように、最善にもきりはありません。この最善を、次なる最善にバージョンアップさせていくために、次の一歩を踏み出しましょう。「最善、最善」うまくいかないと感じることが起きるたびに、呪文のようにとなえたいことばのひとつになりました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1736号(2008年7月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪そんな直感。脚本のヒントは、どこから飛びこんでくるかわかりません。今回もそうでした。(※2008年当時)私が脚本を担当している、神奈川区民ミュージカルの、2008年度の作品の題材は、横浜の老舗料亭「田中家」さん。 http://www.tanakaya1863.co.jp/groop.htm創業145年。 坂本龍馬の妻・おりょうさんが、 龍馬の死後、3年ほど、仲居として身を寄せていたと言われているお店です。その老舗料亭をたずねるべく、横浜駅から歩きました。駅前の喧騒を抜けて、数分。角を曲がると、長い、急な階段が見えてきます。のぼりきり、振り向くと、ビル群が、ぎっしりと街を埋め尽くしていました。それなのに、なぜか、私の目には、そこに、一瞬、ひろびろとした海がひろがったのです。えっ…?自分の目をうたがいました。本当に、ほんの一瞬でした。次の瞬間には、やはり、そこには、無数のビルが立ち並んでいるばかり。「この階段から下は、昔は すべて、海だったんですよ」あとで、仲居さんが、説明してくれました。ああ…と、納得がいきました。東海道とは、東の海の道と書きます。文字どおり、それは、海のきわにあったのです。幕末、明治。開港以来、埋め立てにつぐ埋め立てで、もはや、坂の上からさえ、海は見えなくなってしまっていました。でも、そこにたしかに、何かがあるのを感じずにはいられませんでした。だって、私が立っていたのは、まさに、その、かつての海のきわだったのですから!どれほどのときが経っても、そこに生きたひとの思いは、消えることはないのかもしれません。その見えないエネルギーをひたひたと感じとりながら、私は、つぶやいていました。「見おろせば、海」そして、それがそのまま、劇のタイトルになりました。また、取材の際に聴いたお話。田中家のおかみさんは、子どもだったころ、おじいさんに、何度もこう言われたそうです。「この店は、 つぶれないんだよ」そのことばを聴いたときも、なぜか、背中が、ぞくぞくするのを感じました。いやな感じではありません。そこに、何か真実がある、という直感です。のちに知り合いになった、風水師のかたが、この店をおとずれて、言いました。「守られていますね」何に…?問いかけた瞬間、私のイメージのなかに、天を駆ける龍のすがたが浮かび上がりました。龍…?ふたたび、背中がぞくぞくするのを感じました。何かおおきな存在、おおきな流れが、ここにある。個人や、ひとつの店、ひとつの街を超えた何かが…。そんな直感。それが、この作品をつらぬく主軸になりました。脚本を書く作業は、彫刻をつくる作業と似ているかもしれません。何もないひとつの岩から、うつくしい仏のすがたを掘り出していくように。あるいは、それは、作曲の仕事とも似ているかもしれません。五線譜の上におどる音符が、やがて、荘厳なメロディーをかもしだしていくように。いくつもの手がかりをつなぎあわせながら、そこに、人物が生まれ、人物と人物の出会いが生まれ、それぞれのこころが動き、変化が生まれる。その、一人ひとりのこころの変化が、やがて、おおきな流れをつむぎだす。その流れに乗って、ときには、波に翻弄され、ときには、暗礁に乗り上げたりしながら、たどりつくべきゴールをめざす。それが、脚本という仕事。いいえ。そこまできて、実は、まだ終わりではありません。ようやく、スタート地点に立つのです。そこから、演じ手によって、いのちを吹きこまれてはじめて、脚本は生きるのです。その長い道のりを、今回も歩いてきました。そして、まもなく、本当のゴールがやってきます。本番という名のゴールが。幕が下り、観客のかたがたの拍手をいただくとき、それまでの苦労も何もかも、すべてが消え去ってしまいます。行き詰まり、もう二度と書くものかと思った気持ちさえ、一瞬にして消し飛んでしまいます。そして、ただただ、やすらかな気持ちに包まれるのです。すべてが浄化されていくような、やすらかさに。だからこそ、こうして、毎回、書きつづけているのだろうと思います。これからも、書くのだろうと思います。この愚直な歩みを、見守っていただけたら、うれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1735号(2008年7月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪あなたのまるごとです。ひさびさに会った友人は、さすがにちょっとやつれているようすでした。病気をしたのです。良性腫瘍といわれ、手術をしましたが、患部の位置の関係で、すべては取りのぞけなかったということでした。「ようすを見ながら、 一生つきあっていく ことになりそう」友人は、静かに笑って言いました。エネルギッシュで、ひとの二倍も三倍も、仕事をこなすひとでした。反面、繊細な一面をもち、いつもどこかで、悩みをかかえているところもありました。私は、そっと、患部のあたりに、手を当てました。私には、特別なちからは何もありません。でも、ふっと、そうしたくなったのです。「どうしてだろう。 なんだか、痛みが出てきた」友人が言いました。「病気って、からだが、 一番苦しいところを 引き受けてくれた結果 なのかもしれないね。 からだのどこかで、 一所懸命がんばって、 受け止めてくれたの かもしれない。 そのことに気がついて、 って言っているのかも…」 何の根拠もありません。でも、そんなことばが、口をついて出ました。「その、残った部分を、 イメージでとりだして、 自分の手のひらに のせてみて。 ふれてみて。なぜたり、 ぎゅっと、抱きしめて みたりしてみて」「そしてね、 話しかけてみるの。 ありがとう…って。 私のために、がんばって くれてありがとう。 ひとりで背負ってくれて ありかとう…。 でも、もういいよ。 もう、がんばらなくていいよ。 私はちゃんと やっていくから。 あなたに頼らないでも、 やっていけるから。 だから、安心して、 背負うのをやめていいよ」ハートのワークの応用編です。 「ハートのワークは、 かめおかゆみこの無料小冊子 「こころが元気になる 20のエクササイズ」(PDF版)の なかに、収録されています。 http://kamewaza.com/私たちは、しばしば、自分の内がわにある何かを否定して、それを見ないようにして生きてしまいます。そんなものなどないかのように、ふるまってしまいます。こころもからだも、まるごとひとつの存在なのに。否定していいものなど、何もないはずなのに。「私はここにいるよ。 あなたの苦しみを ここで、ひとりで 引き受けているよ」それは、そんなふうに言っているかもしれません。そして、ときには、強く主張するために、かたちとして、あらわれてくるのかもしれません。もう一度、思い出しましょう。自分の内がわにあるもの、すべては、必要があって、そこにいます。ときには、終わらせるという体験をするために存在しているものさえあるのです。だから、すべてを受け止めてあげましょう。一つひとつに、やさしいまなざしを注いであげましょう。あなたのからだです。あなたのまるごとです。どんなものだって、否定しないで、いったん抱きしめてあげればいいんです。「不思議…。 さっき出てきた痛みが、 楽になった気がする…」友人が言いました。病気という体験が、友人の生きかたを変えていくでしょう。いままでのようには、できないかもしれません。でも、それはマイナスではないのです。友人の静かなほほえみを見ながら…。受け止める準備が、友人のなかにできつつあるのを私は感じていました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1734号(2008年7月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪「知らないことも、おもしろい」私の口ぐせのひとつに、こんなことばがあります。「知らないことは、おもしろい」市民参加型ミュージカルの脚本を書くようになって、8年になります。(※2008年当時)たいていは、地域の話題に取材します。それぞれの地域には、地域ならではの歴史があります。そこに生まれる物語があります。おおきなテーマが決まったら、資料集めと、取材の開始です。そのテーマにかかわるひとに、お話をうかがったり、そこにかかわる場所をたずねたりするわけです。たいていは、ゼロからの出発です。ときには、ちょっと専門的な話になることもあります。そのときにいつも思うのが、最初のことば。「知らないことは、おもしろい」知らないことは、困ったことでも、面倒なことでもないのです。すべて、自分に新しい知識をあたえてくれる、おもしろいことなのです。この感覚は、10年以上やっていた編集の仕事にも通じるような気がします。ちいさな教育月刊誌を担当していたとき、毎月、特集テーマがありました。その特集テーマに沿って、同じように、資料を集め、取材をするのです。必ずしも、得意な分野とはかぎりません。むしろ、ときには、ちょっと苦手な話題のこともあります。そんなときでも、魔法のことばが、これ。「知らないことは、おもしろい」だって、このひとことさえあれば、興味のないことなんて、ひとつもなくなりますからね!そして、振り返って思います。そうやって、さまざまなこと・もの・ひとにかかわってきた結果。たくさんのことに興味をもてるようになり、おおくの体験を得ました。さらには、あらたなこと・もの・ひとに、チャレンジするエネルギーを与えてくれたように思うのです。だから、いまでは、こうです。「知っていることも、 知らないことも、おもしろい」そう、人生も世界も、おもしろいことだらけに、なっちゃったのです♪さて。日々の生活のなかで、食わず嫌いしていることは、ありませんか?それは、あなたが、単に知らないだけのことかもしれませんよ。まずは、魔法のことばを、言ってしまいましょう。「知らないことは、おもしろい」そして、できるところから、トライしてみましょう。きっと、おもしろさが、見えてくるはずです♪たくさん、たくさん、体験してください。たくさん、たくさん、楽しんでください。「知っていることも、 知らないことも、おもしろい」 そこにきたときに、人生と世界のすべてが、よろこびで包まれます♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1733号(2008年7月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪いま、ここにいること。「どうしたら、上手に 演じることができますか?」発表会や講習会の場で、中学生たちに、こんなふうに聴かれることがあります。そのときどきで、返事のしかたはちがいますが、私の基本はいつも同じ。「いま、ここにいること」先日も、こんなことがありました。一人のひと(役)が、もうひとりのひとから去っていこうとし、引き止められる場面です。それがどうもうまくできないというのです。A「相手にしてられないわ」 A、足早に去ろうとする。B「待ってください」 B、走っていって、止める。…こんな感じですね♪演じてみせてもらって、思わずくすくす笑ってしまいました。「A(役)さん、 Bさんが止めるのを、 背中で待ってるでしょ」「B(役)さん、このあたりで Aさんは止まってくれる だろうと予測してるでしょ?」 そう。二人とも、次に起きることを予測して、演技していたんですね。「いま・ここ」を生きていないのです。だから、ぎくしゃくした演技になってしまうのです。そこで、Aさんに言いました。「あなたは、(役として) いま、何をしたいの?」「ここを去ることです」「じゃあ、それをやって」A「相手にしてられないわ」B「待ってください」今度は、Aさんは、すたすたと去ってしまい、部屋からいなくなってしまいました。(笑)「はい、それじゃ困るでしょ。 Bさんは、どうしたいの?」「Aさんをつかまえることです」「じゃあ、それをやって」Aさんは、去っていきます。Bさんは、走っていって、それを、全力で止めます。ドアの間際で、はげしい攻防戦になりました。(^^ゞ二人とも必死の顔をしています。見ていたひとたちから、思わず、笑いが起きました。ほしかったのは、こんな臨場感ある場面です。「そうそう、それでいいの。 ただ、いま、ここで、 自分がやるべきことを 完全にやればいいだけなの」さて。お芝居のお話として書いてきましたが、これって、人生もいっしょですよ。あなたは、ちゃんと、いま、ここにいますか?「うまくいかないなあ」と思っているひとのおおくは、「いま、ここ」にいません。過去にとらわれていたり、未来に迷いを感じていたり、周囲に振り回されていたり。「いま、ここ」以外のことばかりをやっているのです。それでは、ぎくしゃくして当たり前なんです。さっきの場面を思い出してみてください。Aさんも、Bさんも、自分がいまなすべきことを、ただ、真剣にやったのです。次にどうしようとか、相手がどうだとか、よけいなことは一切、考えなかったのです。その瞬間に、場面は生き生きと動いたのです。私の持論は、「演劇のなかには、 人生のすべてがある」です。演劇は、人生の写し絵です。そこから学べることは、たくさんあります。「ありがとうございました!」にこにこと去っていく中学生たちの背中に、私はそっと、つぶやきました。「どんなときでも、 いま・ここがすべてだよ。 お芝居だけじゃなくて…ね」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1732号(2008年7月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪いいひと、すごいひと自分のことを、いいひとに見られたい。あるいは、すごいひとに思われたい。こんな気持ち、誰にでもあると思います。私にもあります♪でも、いいひと、すごいひとだけだと、ちょっと漠然としていますよね。どんなひとが、いいひとなの?すごいひとなの?この際、具体的に、紙に書き出してみましょう。あなたにとって、どんなひとが、いいひとで、どんなひとが、すごいひとだと思うのか。どんな態度をとるひと?どんなふるまいをするひと?どんな表情、どんな話しかた…。思いつくままに、いくらでも。さあ、それを読み返してみましょう。そして、お気づきですね。それをやるだけで、あなたは、即、いいひと、すごいひとになれてしまうんですよ♪はい。問題解決。チャンチャン♪…というふうに、簡単にはいかないですね。(笑)それができない。でも、思われたい。それが、あなたのジレンマなのではありませんか?でもね。世のなかって、うまくできているんです。あなたは、それができないでいることで、さまざまな災難にあわずにすんでいるのです。(笑)たとえば、いいひとって、面倒見がよかったりしますよね。そうすると、そういうひとのところには、しばしば、相談ごとが持ちこまれます。自分に関係のないような問題さえやってきます。あなたが、あなたの思ういいひとでいたいなら、それにたいして、一つひとつかかわらなくてはなりません。そして、できれば、解決までしてあげなくてはなりません。あるいは、すごいひとは、おおきな仕事を、次々と解決していくひとであったりします。そうすると、あなたのもとに、これまでやったこともないような、大きな仕事が舞いこみます。予算もメンバーもいないのに、期限がせまっていたりします。あなたが、あなたの思うすごいひとでいたいなら、こんなことでけっしてひるんではいけません。ばりばりと指揮をとって、事態を打開していかなくてはなりません。そして、当然のごとく、成功をおさめなくてはなりません。いまのあなたには、そんなことは、とてもできないかもしれません。だから、いいひととも、すごいひととも思われずにすんでいるのです。いいひとや、すごいひとになるって、本当はとても大変なことなのですから。もう一度、書き出した紙を見直してみてください。そのなかで、あなたがいま、やってみたいことはありますか?これなら、挑戦してみたいと思える項目はありますか?それが、いま、すぐに、あなたがなれるいいひと、すごいひとです。まずは、それを実現させてしまいましょうよ。そして、あなた自身が、自分を、いいひと、すごいひとだと、みとめてあげるのです。自分にできることを、きちんとみとめること。これができると、ひとは、自然に内面から、自信があふれるようになります。自信があふれだすと、まわりからも、輝いて見えるようになります。そんなあなたのところに、いつか、少しずつ、相談ごとや、仕事が入ってくるようになります。それは、そのときのあなたが、トライするのにちょうどいい内容です。あなたは、それをきちんとやりとげることが、できるでしょう。まわりのひとは、自然に、あなたのことを、いいひと、すごいひとだと思うでしょう。そのとき、あなたは、いつわりなく、本当のいいひと、すごいひととして、存在できるのです。そしてね。たぶん、そのときに、あなたは、自分のことを、ちっとも、いいひととも、すごいひととも思っていないでしょう。当たり前の自分として、存在しているでしょう。いいひと、すごいひとって、そういうものなんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1731号(2008年7月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪本気で生きていくのだ明け方、夢を見ました。夢を見ている間は、そのできごとは、まるで実際にあるかのように感じているのに…。たいていは、起きてみると、あっという間に、その記憶は、かなたへと消え去ってしまいます。今朝も、そんな夢でした。わずか数分後には、何も思い出せなくなりました。でも、今朝は、ふっと、こんな思いが浮かんだのです。生きているということも、ある意味で、この夢と大差ないのかもしれない…と。これは夢だと思いながら、見ている夢も、たしかにあります。でもそんなときでさえ、たとえば、怪獣が襲ってきたら、きっと、本気で逃げるでしょう。つまり、夢のなかで生きている自分は、この現実と同じように生きているのです。覚めれば終わりと知っている夢のなかでさえ、本気になって生きているのであれば。どうして、この現実を、本気で生きないことがあるだろうかと。もっと言ってしまえば、この人生そのものが、宇宙のどこかの星で、誰かが見ている夢だとして。それでさえ、本気になって生きない理由はあるだろうかと。朝から、荒唐無稽な空想が広がってしまいました。なぜそんなことを考えたのかもわかりません。でも、今朝、むしょうにそんな気持ちになったとき、胸の底から、思いがこみあげるのを感じたのです。どうあっても、私たちは、本気で生きていくのだと。今日のメッセージはこれだけです。でも、書きながら、ちょっとうれしくなりました。人生って、とっても簡単にできているなあって。どんなところからでも、生きるヒントを得ることができるのです。そう、忘れてしまう夢からさえもね。それは、あらためて、私に、「自分が何を見るか」だということを教えてくれます。そう、自分次第なんです。だって、夢を見るのは、自分自身ですからね♪そして、もうひとつ、覚えていてください。どんな夢も、いつかは覚めます。同じように、どんな人生にも終わりが来ます。ああ、いい夢だったなと、目覚められたらすてきなように。ああ、いい人生だったなと、終われたらいい。そのすてきな人生の、すてきな夢の一歩が、今日、私たちが歩む一歩です。あなたが選ぶ一歩です。いってらっしゃい!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1730号(2008年7月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪自分をうたがってください。脳は、「わからない」ことがきらいです。「わからない」ことが、目の前にあらわれると、何とか、それに理由づけをしようとします。また、だれかにたいして、ある感情が、私たちのこころに湧いたとします。脳は、その感情を正当化するために、過去のさまざまなできごとを、その線に沿って、収集しはじめます。たとえば、だれかから、好ましくない対応をされたとします。その、好ましくない対応は、一回か二回だけなのに、「そういえば、 あのときもこうだった。 このときも…」などと、過去のデータを集め始めてしまうのです。すると、あなたの頭のなかでは、「このひとは、 こういうひと」という確固たる図式ができあがります。脳の、このからくりに気づいたら、私たちは、自分のものの見かた、考えかたにたいして、少し距離をおくことができるようになります。今感じている気持ちは、相手から直接もたらされたものではなく、相手の対応に反応して、自分で構築したものであることがわかるからです。今日は、ちょっと理屈っぽい話でごめんなさい。でも、本質は、いつもお話ししていることと同じです。私たちは、いつでも、ありのままの現実を見ているのではありません。自分の見たい世界を…、もっと言うと、自分がそのように見ると都合のいい世界を、見ているに過ぎないのです。その「都合」とは、基本的には、自分を「守る」ことです。危険にさらさないためです。これは、人間の本能として、当然のことです。でも、そのままでは、ものごとの全体を見ることはできません。光に照らされて見える部分があるということは、光の当たらない影の部分が存在するということなのです。 影とは、必ずしも ダークな部分を意味 してはいません。まずは、健全に自分をうたがいましょう。いま、見えている、いま、感じているものは、本当に「全体」なのかと。自分の「都合」にあわせて、切り取られた部分にしか過ぎないのではないかと。もう一歩踏み出せるひとは、相手の立場に、自分を移して見てみましょう。「相手の身になる」これは、そうそうたやすいことではありません。想像力が必要です。さらには、自分と相手以外の第三者から見える世界をもイメージしてみましょう。まるで、パノラマを見るように、それぞれの角度から、もの・こと・ひとを見つめ直してみるのです。そこには、何が見えますか?あなたの収集したデータは、どの部分をカバーするものでしたか?もしも、それが、一部に過ぎないものであるとわかったら、私たちは、自分たちのありかたを変えることができます。「君のデータは、 ちょっと かたよっているよ」と、脳に教えてあげればいいだけですから。(笑)どうぞ、上手に自分をうたがってください。うたがうことは、自分を否定することではありません。ものごとの全体を見るための、儀式のようなものです。ひととより深く出会うための、一歩でもあるのです。うたがうことをとおして、私たちは、自分自身をまるごととして、とらえることができるのですからね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1729号(2008年7月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪けれど、私は知りたいの。深い海の底に、今も、横たわっているの。船体に記された文字が、あなたには見えるでしょうか。「對(対)馬丸」と。1944年8月22日夜10時過ぎ。その瞬間から、私のときは止まったの。あれからずっと、ときは、止まったまま…。ここには、戦(いくさ)はありません。砲弾の雨も降りません。私のこころは、とても静か。涙はとうに枯れて、かなしみも怒りもありません。満月の光も届かない深い闇のなかで、私のときは、止まったまま。けれど、私は知りたいの。生きていたら、知ることができたであろうたくさんのこと。友だちと、何をして遊ぶの?恋をするって、どんな気持ち?受験勉強って、何?将来の夢は何にしたらいいの?おとなになるって、どんなこと?新しい家族と出会うって、どんな気持ち?わからないの。感じないの。波に洗われて、洗われて…。わたしのからだも、わたしのこころも、すっかりまっしろになってしまったから。だから。あなたの夢をおとずれて、あなたをとおして、知りたいの。生きるということが何なのか。体験すること。味わうこと。感じ尽くすこと。夢を見ること。一歩を踏み出すこと。ひたむきにすすむこと。あれこれ想像するけれど。わからないの。感じないの。波に洗われて、洗われて…。わたしのからだも、わたしのこころも、すっかりまっしろになってしまったから。だから…だから…だから…。波の音。思いは夢をおとずれます。遠いときを超えて、深い闇を超えて。繰り返し、繰り返し…。あなたに、思いを託します…。●追記沖縄に行ったなら、ぜひ訪れてほしい場所のひとつに、「対馬丸記念館」があります。そこで受け取ったメッセージをお伝えしました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1728号(2008年7月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪因果関係がありません。まわりのひとばかりが、うまくいって、自分だけが取り残されている。一所懸命やっているのに、自分だけが、むくわれない。そんな気持ちになったことはありませんか?そんなことを考えていたら、ふっとこのことばが浮かびました。「因果関係がありません」次の瞬間、爆笑してしまいました。あまりにも当たり前なのに、案外、思いつかないことばのように思ったからです。せっかくですから、ここは、探偵映画か、推理ドラマのようにふるまってみましょう。あなたは、有能な探偵か、刑事です。「あのひとばかり うまくいっている…」「なぜ、自分だけが…」そんなふうに感じることを、客観的に分析してみましょう。「あのひと」のできごとと、自分のできごとには、何の因果関係があるのだろうか。それを立証してみせるのです。単なる印象証拠では説得力がありません。物的証拠はありますか?証人はいますか?徹底的に調べてください。そして推理するんです。それこそ、名探偵○○といわれるくらいかっこよく。とまあ、ここまで書いてきましたが、たいていの場合は、そんなことをやらなくても、最初から、わかっていることなんですよね。因果関係なんて、ないんです。「あのひと」は「あのひと」、自分は自分。もともと、比べることなんかできません。それでも、気持ちがおさまらないというときは…。そのゆたかな想像力をつかって、未来を思い描いてみるんです。どんな未来になってほしいか。どんな自分を生きたいか。そこにはきっと、ひとをうらやんだり、ねたんでいるような、せこせこした自分はいませんよね?だって、なりたいのは、そんな人物ではないはずですから。だれかと自分を比較して、うらやましいような気持ちになったときには、こんなふうに考えてみるんです。「ああ、あのひとは、 私の未来の姿を、先に 見せてくれるんだな」って。そして、考えてみてください。どうしたら、そんな自分になることができるだろうかって。推理するまでもなく、わかりますよね。毎日の生活のなかで、やれることが、たくさんあるはずなんです。それをしっかりやっていった先には、ちゃんと「因果関係」も生まれてくるはずですよ!お楽しみに♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1727号(2008年7月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪「本当に聴けているか」「聴く」というと、当然、耳で聴くものとイメージしますよね。もちろん、それはまちがいではありません。でも、その前にもっと大切なことがあるんです。たとえば、ワークショップで、ときどき、1分間ほど、目を閉じて、沈黙してもらうことがあります。そのあいだ、聴こえてくる音をすべて聴き取るのです。からだを動かしたときの衣ずれの音。くしゃみやせき。部屋の外から聴こえてくる、車の音。ひとの声。そのほか、雨や風の音。鳥の声や、汽笛などなど。それだけではありません。ときには、自分の心臓の音を聴くひともいます。季節によっては、気温の変化によって生じる、木のかすかなきしみを聴き取るひともいます。このとき、私たちは、あたかも、からだ全体が、耳であるかのように、意識を澄ませています。いわば、からだ全体で、「聴いて」いるのです。今度は、2人組になって、お互いにいごこちのいい位置にすわってもらいます。そして同じように、目を閉じて1分間、今度は、目の前の相手を感じます。相手から伝わってくるすべての感じを、もらさず受け止めるのです。それは、何かぬくもりのようなものであったり、エネルギーのようなものであったりします。そして、それを感じ取ろうとしているとき、私たちの感覚は、微細なところまで研ぎ澄まされています。雑念は消えて、ただただ、相手に意識を集中させています。本当に「聴く」ためには、このからだの状態が必要になってきます。自分の感覚の一切が、相手に向けて、注ぎこまれていく感覚。相手からの発信を雑念なく、まっすぐに受け止める感覚。もちろん、日常的に、いつでもこの感覚を使えるわけではありません。日常は、それほど雑音と雑念にまみれているのです。けれども、このことがわかってさえいれば、私たちは、日々、「いかに聴けていないか」を、自覚することができます。だれかと、気持ちがすれちがいそうになったとき、このことを思い出すだけで、「本当に聴けているか」と、自問自答できるのです。そうしたら、私たちは、いまよりは、もう少し、相手に対して謙虚になれます。そうすれば、もう少し、相手にたいして、歩み寄れるようになるかもしれません。それを手がかりに、わかりあうための一歩をすすめるかもしれません。「聴く」ということ。奥の深いテーマです。これからも、追及していきたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1726号(2008年7月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.03.12
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★今日のフォーカスチェンジ♪100%の自信ふっと、「100%の自信」ということばが浮かびました。100%の自信?そんなもの、あるわけないじゃん!と思いましたが、浮かんでしまったのでしかたありません。100%の自信をもつためには、どうしたらいいんだろう。そもそも、自信って、一体何なんだろう。と思ったら、ああ、そうかと気がついて、くすくす笑えてきてしまいました。「自信」って、「自分を信じる」と書きますね。「自分を信じる」ためには、どうしたらいいんだろう。逆にいうと、「自分を信じられない」というときは、どういう状態なんだろう。自分を信じられない、と考えるためには、何らかの基準が必要になります。「~~だから、自分を 信じられない」というふうに。つまり、正誤を判断する材料が、外がわにあることになるんです。でも、単純に「自分を信じる」ためには、基準は必要ありません。ただ、自分で「自分を信じる」と宣言する。それだけでいいのです。「自分を信じる」ということは、「自分が自分であることを 信じる」ということです。「自分が正解であることを 信じる」ということではないのです。このブログの常連の読者さんなら、もうおわかりですね。正解・間違いといった基準に照らすのではなく、ただ、いま、あるがままにある、この自分を信じる。そのままの自分を受け入れる。それが、「自信」「100%の自信」とは、そういう意味だったのです。100%の自信のもとでは、何が起きても、問題ないのです。何が起きても、それは必要があって起きてくると、信じてしまっていいのです。外がわの何かと比べて、ちがっていたとしても、「あっ、そうなのね」と、受け止めるだけなのです。その結果、修正したいなら、修正すればいいし、そのままでいたいなら、そのままでいていいのです。選ぶのは、自分です。決めるのは、自分です。すべて、自分で選んで決めているのですから、途中で変更があっても、OKなんです。一回休めがあっても、振り出しに戻っても、OKなんです。「あっ、そうなのね」と、受け止めて、また、選びなおしていけばいいだけなのですから。だから、100%の自信は、「持つ」ものではありません。ただ、「ある」ものです。何の苦労もせず、何の努力もいらず、ただ、このまま「ある」ことをみとめればいいだけなんです。楽ちんですね♪だれにでもできますね♪どうぞ、今日から、堂々と、「100%の自信」であるあなたを生きてください。考えただけでも、パワーが生まれてきますね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1725号(2008年7月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
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