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★今日のフォーカスチェンジ♪ギフトの瞬間長い時間をかけて、自分の内なる課題を、一つひとつ乗り超えてきたなあと思います。必ずしも、楽な道のりではありませんでした。むしろ、のろい歩みであったなあと思います。自分と同じ年代のひとたち、いえ、もっと若いひとたちが、はなばなしく成功していくのを見て。ためいきをついたことも、正直言って、あります。自分で選んだ仕事をしているにもかかわらず、その収入の低さに、自己嫌悪におちいったこともあります。おかしいでしょう?いまとなっては笑えますが、そんな時期もあったんです。そして、いまは、すべては、こころのありようひとつだと、納得することができます。それなのに…ね。今日は、すごい発見をしてしまいました。まだ、残っていたんです…。超えられないでいる課題が。それは、たしかに、ひそかに、胸のかたすみにひっかかってはいたのです。でも、表面的には、もう、いたずらに騒ぎだすことはなくなっていました。私は、それをみとめ、受け入れていたし、それがあることを、ゆるしてもいましたから。なのに、今日、突然に、ふうっと、湧き上がってきたのです。ええ、何のまえぶれもなく。なぜかはわからないけれど、今日のこの日まで、それは待っていたのです。胸が詰まりました。涙がこみあげました。ああ、そうか、そうだったのか…!表面だけいい子にして、わかったつもりでいた、その裏がわが、くっきりと照らし出されました。泣きながら、胸の底から湧き上がってくることばを、声に出して、確認しました。そうか、そうだったんだよね。いいんだよ、そう思っても。そう思うことは、けっしていけないことではないんだよ。そんなに深いところに、ずっと隠れていたんだね。そんなにも長いあいだ、それを、大切に守りつづけていたんだね。表層意識さえもが忘れてしまった約束を、あなたは、しっかりと覚えていたんだね…。私は、語りつづけました。声に出しつづけました。声にすることで、内がわからあがってきたそれが、いやされ、昇華していくことが、わかりましたから。痛むところに手を当て、やさしくさすりながら。ときには、まるで、赤子をあやすようないつくしみをもって、私は語りつづけたのです。やがて…。ことばが途切れたとき、深い安堵の気持ちが、私を包んでいました。ひとつの解放が、終わったことを感じました。長い役割を終えたことを感じました。今日は、抽象的なメッセージでごめんなさい。でも、ここから、あなたに伝えられることがあります。それは、どんなことも、怖れる必要はない、ということです。あなたが、あなたという存在をまっとうしていくならば、必ず、時期はやってきます。どんなに、自分をしばっていると感じたこと・もの・ひとも、そのときが来れば、静かに終わっていきます。それは、今日、突然、私のもとにやってきました。まさに、ギフトの瞬間でした。私は、いま、私の内がわで、あらたなパワーがみなぎるのを感じています。終わるということは、はじまるということなのです。もしも、あなたがさまざまな課題をかかえて苦しんでいるとしても。どうぞ、一日、一日、一瞬、一瞬のあなたを、まっとうしてください。そうすれば、必要なギフトは、かならず、あらわれます。あなたが期待するかたちやタイミングではないかもしれませんけれどもね。でも、だからこそ、お楽しみだといえるかもしれませんよ!あなたのギフトの瞬間を、私もいっしょに、楽しみに待っていますね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1777号(2008年9月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪自分ではない自分もしも、仮に、あなたが、海の向こうの国の大統領が気に入らないとして、出かけていって、ぶん殴ってやろうと思いますか?あまり、思いませんよね。では、同僚や、家族のなかに、合わないひとがいた場合、そのひととは、どうですか?おそらく、一度や二度は、衝突したことがあるでしょう。これは、単に、距離の問題だけではありません。みぢかにいればいるほど、私たちは、相手を、自分の一部のように感じるのです。そして、自分の一部だから、思いどおりに動いてほしい、動くのが当たり前だと、無意識のうちに思ってしまうのです。では、自分にとって、一番みぢかな存在とはだれでしょう。おわかりですね。自分です。自分自身です。ですから、私たちは、自分を思いのままにあやつりたがります。こうすべきだ。こうするのが当然だ。どうしてできないんだ。…と、まるで専制君主のようなふるまいを平気でしたがります。けれども、自分自身でさえ、自分のものではないのです。むしろ、自分のなかにこそ、自分ではない自分がたくさん住んでいるのです。話はそれますが、私は、演劇にかかわっています。役者さんが、役づくりをするとき、外見などはたしかに、似ているひとを模倣したりします。けれども、感情は模倣できません。感情は、自分の内がわにしか、ないからです。たとえば、ひとをあやめる役をやることになったとき。「私、人殺しをしたことが ないから、できません」これでは、役はやれません。たとえば、大恋愛をする役をやることになったとき。「私、大恋愛をしたことが ないから、できません」これでは、役はやれません。では、どうするのか。自分の内がわを探るのです。だれかにたいして、ちいさな怒りを感じたことは、ないでしょうか。あるいは、だれかに淡い思いを寄せたことは。きっとありますよね♪その感情を見つけたら、しっかりと見つめて、育てていくのです。ちいさな火種を、やさしく、手でかこい、息を吹きかけて、やがて、おおきな炎に成長させていくように。そのとき、その役は、自分であって、自分ではありません。けれども、自分ではないのに、表現するのは自分です。その役の、感情を味わうのも、自分です。この不思議な感覚は、私たちに、自分を客観的に見る視点をあたえてくれます。何しろ、本来なら、「こうなるはず」のない自分が、そこに生まれるのですからね。(笑)そして、それは、ひとつの役だけではありません。演じる役の数だけ、そこにあらわれてくるのです。この距離感をきちんと理解することができたら、私たちは、自分をもっと尊重することができます。何しろ、自分だと思っているこの自分は、実は、自分ではないのです。いえ、自分なのですが、自分ではない自分が、自分の内がわに、無数に共生しているのです。 ややこしいですね。(笑)「こうなるはずだ」などと、勝手に決めつけては、そのかたがたに失礼です。そして、当たり前ですが、私たちは、この無数の自分と、生涯いっしょに暮らしていくわけですから。仲良くしたほうが、おトクですよね?(笑)おさらいをします。あなたが、もし、自分と仲良くできないのだとしたら。それは、自分が、自分だけの存在だと思っているからです。あなたは、ひとりではありません。比喩としてではなく、実際にひとりではありません。(笑)自分をコントロールできないのは、そのためです。いさぎよく、あきらめなさい。あきらめて、そのかたがたとの和解の方向を探りなさい。ありとあらゆる可能性のある、自分の存在をみとめるのです!はい。これができたらね。同僚や家族のかたがたとは、もっと楽に仲良くなれます。自分自身でさえ思いどおりにならないのですから、はるかに距離のあるかたがたを、思いのままにできないのは、当たり前だと思えます。そうしたら、そのかたがたとの健全な距離のとりかたも見えてきますよ。お楽しみに♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1776号(2008年9月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪それは、当たり前のことだからです。死ぬことは、人間にとって、ごはんを食べるのと同じくらい、普通のことです。ごはんを食べないひとは存在しないように、死ぬことのないひとは、存在しませんから。ただし、ごはんは何回でも食べられるけれど、死は、一回しか体験できません。(ほとんどのひとは…)(^^ゞ人間は、体験しないことを怖れる生きものです。だから、ごはんを食べるのを怖がるひとはいないけれど(たぶん)、死ぬことを怖がるひとはたくさんいます。でも、私たちは、本当は、無数の死を体験しています。そうです。私たちの細胞は、日々、死んでは生まれ…の循環を繰り返しています。「あっ、やられた!」とか、「うぎゃっ、死ぬっ」とか言わないから気づかないだけで、(笑)実は、毎日、私たちの一部は死んでいるのです。大量の細胞が、死に、そして、生まれるということ。この循環なくしては、私たちは、生きつづけていくことはできません。もしも、赤ちゃんのときの細胞が、「自分は死にたくない!」とがんばって、ずっとそのままでいたら…。…こわいです。(笑)…それが脳細胞だったりしたら、すごーくこわいです。(爆)私たちは、細胞がちゃんと死んでくれることに感謝しなければなりません。そして、もちろん、生まれてくれることにも…。さて。実は、私たちが本当に怖れているのは、死ぬことではありません。生きているあいだに、自分の存在することの意味を見出せないことが、一番怖いのです。これでいいのだろうか。こうではないはず…。まだまだ不充分…。そのような思いにさいなまれるとき、私たちは、いま生きている、この場、この瞬間に、安住することができません。このまま、不完全のまま、死んでしまったら、自分が生きてきた意味が、見いだせないかのような気がしてしまいます。けれども、何かが、本当に完全になるということなど、あるのでしょうか。いえ、見かたを変えれば、はじめから、すべては完全なのではないでしょうか。たとえば、細胞にとって役割を終えたときに、死んでいけることこそが、完全であるように。私たちのからだのなかでは、その、完全なことが黙々とおこなわれています。私たちは、もともと、完全な死と、完全な生を生きる存在なのです。だとしたら、死にたいする無用の不安などいだかずに、黙々と、日々をまっとうすればいいのです。ただ、その場、その場、そのとき、そのときに、完全にいるだけでいいのです。まさに、いま・ここ・自分。もう一度、繰り返しますね。あなたの細胞は、死をなげいたりしません。それは、当たり前のことだからです。あなたの細胞が思わないことを、細胞のあるじであるあなたが、思う必要はないのです。ただ、受け止めて、この一瞬を、この場を、100%、生きるのです。100%、生きて、100%、死ぬのです。そのとき、あなたは、自分の存在の意味など、問う必要がないことを知るでしょう。生きていること、それだけで、すでに完全であるのだと。この当たり前のことを受け入れることこそが、そのための道すじなのだと。あなたの100%を祝福します。怖れる必要はもはやありません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1775号(2008年9月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪まだ、自分を好きにならずにいたいのですか?行き詰まったときには、視点を変えてみることが大切です。視点を変えるということは、しばしば、行動を変えることにつながります。立っていたら、座ってみる。走っていたら、止まってみる。アウトプットがおおければ、インプットもしてみる。そんなふうにね。さて。自分を好きにならない(なれない)ひとは、行動をしない。…と、昨日のメッセージで書きましたが、実は、表面にみえることは、そう単純ではありません。行動をすることで、行動をしないことも、人間には可能だからです。先日、こんなことがありました。(※2008年現在)私が指導にかかわっている、横浜市青葉区小中高生ミュージカルの子どもたちのことです。練習のあと、着替えをし、そうじをすることは、決まりごとになっています。ところが、それが終わるのが、いつも、遅いのです。閉館時刻がせまってくると、はらはらして、つい、「早くしろ~」と、声かけしてしまいます。 あ、ただし、怒りません。 単に、声をかけるだけです。 あるとき、この声かけをやめてみました。閉館時刻がせまっても、知らん顔をしていました。子どもたちの動きが、ものすごーく、スローに見えました。(笑)ようやく終わって、退出。時間を見ると、いつもとほとんど同じでした。(^^ゞ声かけをしなければならないと思いこんでいると、私の気持ちは落ち着きません。でも、声かけをしなくても、実際には、同じなのです。もしかしたら、私は、声かけするという行動をとおして、自分の影響力を誇示したかっただけなのかもしれません。声かけしたんだから、自分には責任がないと、無言の証明をしたかっただけなのかもしれません。本当に子どもたちを信じていれば、そんなことは、必要のないことなのです。結局、すべての問題は、自分のなかにあったのです。自分を好きになると、行動した結果がどうあれ、気にならなくなります。 もちろん、うれしい、 うれしくないという 感情はありますけれど。行動した自分にマルをあげられるので、結果は結果として、切り離すことができるのです。だから、行動してうまくいかなかったとき、相手や自分を責める気持ちが湧いてくるようなら。そこにも、隠された目的がないかどうかを探ってみる必要があります。私たちは、ときには、自分の無力さを証明するために、行動することさえあるのです。つまりは、行動することで、行動しない理由をつくりだすのです。人間って、つくづくフクザツな生きものなのです♪もう一度、原点にもどりましょう。行動をするとき、あなたは、それを楽しんでいますか?結果はどうあれ、自分のやりたいことをやり尽くすのだという気持ちをもっていますか?あなたが、本当にそんな気持ちで取り組んだなら、かえってくる結果は、すべて、恩恵に変わります。そのとき、その場では、マイナスに見えることも、長いスパンのなかでは、深い学びになったり、何かにつながるきっかけになったりします。自分を好きになると、自然と、そんな気持ちが味わえるようになるのです。さあ、これでも、あなたは、まだ、自分を好きにならずにいたいのですか?すべては、あなたの選択にかかっているのですよ♪ --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1774号(2008年9月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪目的があります。意識的であれ、無意識であれ、私たちは、いつでも、ある目的をもって、自分で自分の言動を選んでいます。ですから、自分を好きにならない(なれない)ひとには、それだけの、目的があります。自分を好きになってしまうと、その目的が達成されなくなってしまうので、困るのです。自分を好きになると、何が起きてくるでしょう。まず、意欲的になります。新しい行動を起こしたくなります。積極的に、ひととかかわりたくなります。自分を好きになると、自然に、笑顔になります。まわりのひとにも、親切にしたくなります。自分が幸福なぶんだけ、ひとにもおすそわけをしたくなるのです。自分を好きにならない(なれない)でいると、どんな状態になるのか。ちょっと極論で書きます。(ご容赦を!)まず、意欲が湧きません。新しい行動なんか、とりたいと思いません。ひととかかわるなんて、まっぴらごめんです。自分を好きにならない(なれない)ひとは、残念ながら、あまり幸福な気持ちを感じられません。すると、笑顔になれません。ひとのことまで考える余裕がないので、親切にする気にもなれません。自分自身が幸福でないのに、ひとにおすそわけするなんて、絶対無理だと思っています。どうですか?さあ、もうひと押ししますよ。自分を好きにならない(なれない)ひとは、行動することによって起きる、さまざまなリスクからのがれられます。自分から行動しないので、何か起きたときに、ひとのせいにできます。つまり、あらゆる責任を回避できるのです。あるいは、だれかゆるせないひとがいるとき、そのひとの前では、笑顔なんか見せたくありません。むしろ、自分は、あなたのせいで、こんなに不幸なのだと見せつけたくなります。(無意識のレベルでですよ)そして、周囲にたいしても自分の不幸さかげんをアピールしなければならなくなります。「ひとに親切にする、 気持ちのよゆうのあるひと」なんて思われてしまったら、復讐を、遂げられなくなってしまいますからね!さて。カゲキに書いてしまいましたが、これらは、すべて私が体験してきたことです。(とくに、後者を…)(^^ゞ私が、私自身を受け入れるためには、すべて、自分がその選択をしていることに、気づく必要があったのです。自分をゆるし、自分を受け入れたとき、私は、世界が変わるのを知りました。私がこうであったと信じこんでいた世界は、私が勝手にかけたサングラスの色に染まって見えていた景色に過ぎなかったのです。行動することによって起きるリスクは、未来の自分への糧になりました。ひととかかわることで、たくさんのことを学びました。ときには、たとえ痛い思いをすることがあっても、それもまた、「ネタ」になりますからね。(笑)ひとへの復讐をやめたとき、笑顔でいることの気持ちよさを知りました。笑顔と笑顔をかわすよろこびを知りました。「好き」のオーラには、たくさんの「好き」が集まってくることもわかりました。自分を好きになる方法は、簡単なのです。自分を自立させてやるのです。自分の従属物ではなく、一個の、自立した人間として尊重してあげるのです。そうすると、何をすべきか、おのずとわかってきますよ。自分が、ここちよく笑顔になれることを、自分にしてあげるだけでいいのですからね!原因と方法がわかったら、あとは、決意と行動あるのみ!あなたの世界が、かがやきに包まれるよう、こころからの祝福を贈ります! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1773号(2008年9月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪仕事に感謝します。若い友人が、仕事のことで、ちょっと悩んでいました。フリーの仕事には、保障はありません。望んでいる仕事が、いつも手に入るとはかぎりません。「たしかに、理想を見ると、 いまの自分の仕事は、 不充分に感じるかもしれない。 あるいは、正当な評価を得て いないと感じるかもしれない。 でも、同時に、これだけの 仕事ができる環境にいるのも 事実だよね。 世界には、望む仕事どころか、 生命の保障さえままならない 地域はたくさんあるもの」言いながら、私自身、自分の仕事について考えていました。正直なところ、私の仕事の七割は、ボランティアのようなものです。(笑) 私は、収入がある・ないで、 仕事を分けていません。 「仕事」とは、(神さまに) 「仕える事」ですから、 自分にもたらされるものは、 すべて、「仕事」なのです。私は、固い決意をして、いまの仕事を選んだわけではありませんでした。何度か書いてきましたが、10数年前には、編集者が、自分にとって天職だと思っていました。10数年前に、いまのような生きかたを示されたら、おそらく、選ぶことはなかったろうと思います。それが、望まないかたちで、離れなくてはならない状況に追いこまれたのです。 追いこまれた…と、 当時は感じたのです。生きていくためには、目の前にあることを、一つひとつ、愚直にやっていくしか道は、ありませんでした。自分が、いまやっていることは、本当にこれでいいのだろうか。どうして、こんなにも労多くして、お金にもならないことをやらなくてはならないのか。そんなふうに思ったこともたびたびありました。けれども、言い古されたことばですが、歩いたあとにしか、道はできないのです。あれから10数年を経て、相変わらず、あまり要領のいいとはいえない人生を生きてはいますが。私にしか選べない人生を選んできたのだという自負が、いまはあります。振り返って見たときに、ようやく、自分がどんな道を歩いてきたのか、わかるようになったのです。結果的に、あの、否が応でも受け入れざるを得なかった状況が、私を、いまの地点へとみちびいてくれたのです。だからこそ、すべては、必然だったのだと思えるようになったのです。世のなかには、自分の望みどおりに、すすんでいけるひとも、いるかもしれません。望まないかたちに翻弄されて悩むひともいるかもしれません。でも、大切なことは、私たちが、いまこうして、生きているということです。生きているということは、そこに無数の選択肢があるということです。その目の前にある選択肢を、その瞬間、瞬間、自分で選びつづけていくこと。それしか方法はないのです。その、選んだ結果が、いつか道をつくるのです。あらためて、いま、私は私の仕事に感謝します。私が歩いてきた道に、感謝します。そして、祈ります。世界じゅうのすべてのひとが、みずからの仕事を見いだし、そこに生きることができる世のなかが実現しますように。すべてのひとが、自分の仕事をよろこびながら、そのよろこびを、他者とわかちあうことのできる世界が実現しますように。そのための一歩、一歩を、いっしょに歩いていきましょうね。今日は、あなたの仕事を祝福します。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1772号(2008年9月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪他人は関係ないのです。私たちは、できるだけ、こころをおだやかに、やすらかに生きたいと思っています。でも、なかなかそういう気持ちでいさせてくれないできごとや、ひとがしばしば、存在します。ものごとはすべて、自分のありよう、と頭ではわかっていても、そんなときは、なかなか、平静ではいられません。でもね。それはそれで、いいんだと思うんですよ。私たちは、生身の人間です。鉄人や達人や超人は、たしかに存在しますが、そもそも、鉄人や達人や超人なんてことばがある自体、そういうひとが、希少価値であることを意味しています。だから、私たちが、目の前のこと・もの・ひとに翻弄されたとしても、それは、当たり前なのです。ごくごく普通のことなのです。そのために、自分を非難したり、嫌悪したりする必要はないのです。それでも、やはり、できるだけ、こころをやすらかに保ちたい。そう思えるのであれば、いくつか方法はあります。今日は、そのミニ特集でいきましょう♪その1。相手の幸せを祈る。どうしても、受け入れがたいと感じる相手に対しては、こころのなかで手を合わせて、祈ってみます。「そのような生きかたをされて、 さぞや人生お疲れと思います。 どうぞ、お幸せに」その2。自分を悲劇の主人公に見立てる。思いっきりドラマチックな映画を思い浮かべます。自分はいままさに、その悲劇の主人公を演じています。派手な音楽を、こころのなかで、流してください。相手は、もちろん…悪役です。(爆)その3。悪の大王になってみる。自分が、超極悪非道な、悪の権化になったと思ってみます。こころのなかで、相手を、けちょんけちょんにやっつけます。指先で、鼻くそみたいに丸めて(汚くてスミマセン…)、こえだめにつっこんでやります。そして、ぐわはははと笑います。その4。ロケットを飛ばす。その3の別バージョンです。こころのなかで、相手を、ロケットにくくりつけ、大気圏外に放出してしまいます。おおきな声で、「二度ともどってくるな!」と、叫んでもいいでしょう。そのとき、あなたの感情も、いっしょにロケットに乗せて、放り出してしまうのです。このほうにも、方法はさまざまにあります。大切なことは、自分のエネルギーが減退するような感情を、ずるずる引きずらないことです。ましてや、そのような相手と、同じパターンを、何度も繰り返さないことです。エネルギーが減退して、体重も減ってくれるなら、私など、よろこんでトライしますが。(爆)逆に、やけ食いなどして、増えるのがオチです…。やめといたほうが無難です。いやな相手に振り回されて、自分の貴重な人生の時間を浪費することはありません。一刻も早く、自分の時間を、自分のために取りもどすのです。そして、取りもどしたら、きれいさっぱり、そんなことは、忘れてしまうのです。そのためには、出会ってかかわってしまったことは、しかたのないこととして、まずは、上記の方法などを使って、気分転換をします。あるいは、道を歩いていて、うっかり、犬のフンでも、踏んでしまったと思えばいいのです。犬のフンに向かって、いつまでも怒っているのは、あまり美しい光景ではありませんからね。(^^ゞさて。もしも、ここまで言っても、あなたが、「でも、そんな気持ちに なれない」と、言うのであれば…。相手の問題だけではなく、あなた自身のなかに、別の問題がひそんでいる可能性があります。あなたは、本当に、自分を大切にしていますか?自分のことが好きですか?あなたのかけがえのないいのちを、こころを、時間を、そんなもののために、いたずらについやすことは、あなた自身を、粗末にすることになるのです。本当にそれでいいのですか?本当に大切なものを、大切にしないでいて、どうして、真にここちよい人生がおとずれるでしょうか。これまでに何度も書いてきましたが、私たちは、だれよりも、自分自身を幸福にするべきなのです。そのためには、ありとあらゆる方法を使っていいのです。最優先事項にしていいのです。自分が幸福になるのに、他人は関係ないのです。あなたが、自分自身に、OKをあげる。ただそれだけでいいのです。おわかりですね?あなたの生きかたは、こころは、おこないは、あなた自身を、幸福にしていますか?イエスとこたえられるなら、次になすべきことは、決まってきますよ! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1771号(2008年9月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪初心者は引き返す勇気をずいぶん前になりますが、友人たちと、山に登ったことがあります。そのとき、私は、登山初体験でした。残りのみんなは経験者。途中までのぼったとき、看板が立っているのが見えました。その看板には、こう書かれてありました。「ここは中級者向きの山です。 初心者は引き返す勇気を」なるほどなあと、感心しました。そして、これは、人間関係にもあてはまるなあと思ったのです。私たちは、本来は、どんなひととも、仲良く楽しくかかわっていきたいと願っています。けれども、残念ながら、現実はそうはいきません。誤解されたり、攻撃されたり、さまざまなかたちでのトラブルに見舞われます。「職場のあのひとの態度は、 がまんがならない。 なんとかならないか!」「家族のこのひとは、 どうしていつもこうなのか。 絶対にゆるせない!」そんなふうに感じることも、多々あることと思います。でも、そういうひとたちって、かなり手ごわいですよね。あれこれ手を尽くしても、どうにもうまくいきません。何年経っても、まるで改善されなかったりします。ふっと、思ったんです。もしかしたら、それって、初心者がいきなりエベレストをのぼろうとしているのに等しいんじゃないかなって。たしかに、そのひととの関係は改善したい。でも、簡単にはいかない。だとしたら、あなたには、まだ、それにトライする、ちからが不足しているのです。訓練が足りないのです。(笑)さしずめ、あの山の看板になぞらえていえば、「このひとは 中級者(または上級者) 向きの相手です。 初心者は引き返す勇気を」ということになるわけです。(爆) では、そういう相手には何もできないかというと、そうではありません。これまた、登山といっしょです。まずは、初心者向きの相手で練習してみるのです。(笑)ちょっとだけうまくいかないと感じているひととの関係が、もっとうまくいくようになる、はたらきかけをしてみるんです。あるいは、うまくいっている相手との関係が、もっともっとうまくいくようになる、はたらきかけをしてみるんです。そうすると、うまくいくために必要なこつが、見えてきますよね。それを積み重ねることで、あなたは、次第にコミュニケーションの達人になっていくはずです。もっとも大変な相手とは、そのときになってからトライしてみるといいんです。そしてね。そのころには、あなたは気づいているはずです。一番、いい関係にしなければならない相手は、ほかのだれでもない、自分自身、なんだってこと。自分との関係が、うまくいっているひとは、他人ともうまくかかわれるようになるんです。そうですよね?自分を否定しない度合いだけ、他人を否定しないですみます。自分を好きになる度合いだけ、他人にたいしても、好意をわかちあえるようになります。結局のところ、すべて、原点は自分、ってことです。というわけで。人間関係で悩んでいるあなた。まずは、自分を大切にしましょう。そして、無理のないところで、あなたの人間関係を、少しずつ少しずつ変えていきましょう。そうしたら、いつのまにか、エベレストは、すぐそこに、あるかもしれませんよ♪ところで、余談ですが。「ここは中級者向きの山です。 初心者は引き返す勇気を」この看板を目の前にした私に、友人たちが言ったことば。「かめおかさんなら大丈夫だよ」ひえ~~~、そ、そんなあ!!!はい。のぼりましたとも。鎖場だって、歩きましたとも。そして、無事に帰還しました。ちなみに、くだりは、私が、ダントツに早かったです。(爆)登山は、はじめてだったけど、のぼるだけの体力はついていた。いえ…。すばらしい仲間たちのサポートのおかげ…ということにしておきましょう。なにごとも、やってみなければわからないってことです。トライあるのみ! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1770号(2008年9月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪愛はまちがわない。ただ、…しばらく前に、こんなことばがふっと、浮かびました。「愛は、まちがわない」なるほど、たしかにそうだと思いながら、でも、どうにも腑に落ちませんでした。ならば、どうして、この世から、あらそいがなくならないのか。愛が、そこにあるのなら、どうして、こんなにもすれちがいが起きるのか。すると、またことばが浮かんできました。「ただ、方法をまちがうだけ」そうなのか…。でも、なぜかそのときは、素直に納得できませんでした。なので、せっかく浮かんできたことばでしたが、そのまま置いたままにしてありました。それが、今朝、ふっと、つづきを書きたくなりました。そして、いま、書いています。「愛はまちがわない。 ただ、方法をまちがうだけ」繰り返し、声に出してみました。胸の底から、しずかな痛みが、あがってきました。それは、私自身の痛みなのか、どこか遠くだれかとつながっている痛みなのか…。わかりません。ただ、その痛みを受け止めなければならないことだけがわかりました。そして、もうひとつわかったこと。すべては、愛であること。愛でないものは、ひとつもないこと。もしも、それが、愛のかたちに見えないとしたら、それをあらわす方法がまちがっているだけだと。私は、ふだん、「まちがいはひとつもない」と、言っています。でも、今日は、あえて「まちがい」ということばを使おうと思います。なぜならば、愛の深さのぶんだけ、あらわしかたによっては、痛みをあたえてしまう場合があるからです。いえ、そのようなケースが、あまりにも多いからです。そして、そのようなとき、私たちには、愛が、愛のかたちでは見えなくなるのです。怒りや憎しみや敵意のように、見えてしまうのです。そこから、また、あらそいやいさかいが、生まれていくのです。思い出してください。あなたがもっているのは、すべて、愛です。愛以外のものを、あなたは、もったことがありません。そして、愛以外のものを、受け取ったこともありません。そうだと思えないとしたら、それが、そのようなかたちで、あらわされていなかっただけなのです。私たちは、愛を愛のままに表現するためには、あまりにも経験が少なすぎ、そして、それをはばむものが多すぎるのです。今日、私は、あなたを説得するために、これを書いているのではありません。ただ、私自身が、わかったと感じたことを伝えているに過ぎません。けれども、もしも、可能であれば、つぶやいてみてください。「愛はまちがわない。 ただ、方法をまちがうだけ」そして、それを受け入れられると感じる場合だけでかまわないので、行動に移してみてください。愛が、愛のままのかたちで、手渡されるような行動に。それで充分です。その瞬間、この世界は、本来の輝きをとりもどします。その輝きは、また、どこかで、だれかの輝きを助けることにつながります。私もまた、その流れにつらなります。あなたへの深い感謝とともに。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1769号(2008年9月1日発行)より
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪真に聴くという状態私たちは、ひとの話を聴くとき、なかなか、まっさらな気持ちで聴くことができません。ついつい、自分のことと照らし合わせたり、相手を評価しながら聴いてしまいがちです。もともと、私たちは、相手の話を、完全に聴くことはできません。自分の受け皿を使って、自分が理解できる範囲で、相手の話を解釈することしかできないのです。お互いがぎりぎりのところで共通認識できる、ことばの意味のはしっこをつかまえているに過ぎないのです。このことがわかると、私たちは、相手のことばに感情を動かされるではなく、自分で動かしているのだということがわかります。たとえば、「あんたは、ばかだ」と言われたとします。それは、相手の言う「ばか」ということばと、あなたが知っている「ばか」ということばの意味が一致したということなのです。同じ「ばか」でも、恋人に「ばかだなあ」と言われると、なぜか怒りは湧きません。(笑)「ほんとね~♪ あたしってばかね」と、むしろ、うっとりしちゃったりします。(爆)これもちがう意味で、一致しているのですが。(^^ゞさて、今日、私がお伝えしたかったこと。私たちは、本当に、相手の話を聴くことはできません。私たちは、いつでも、自分というアンテナに引っかかった相手のことばを、聴くことしかできないのです。だから、相手の話に、感情を乱されたくないときには、アンテナを取り替えればいいのです。そして、相手の話を、より深く理解したいときには、アンテナを、相手に合わせればいいのです。このアンテナは、頭のなかにはありません。どこにあるかというと、からだにあります。 ああ、ようやく本題に 入れます…。(^^ゞだから、頭でいくら集中して聴こうとしても、聴くことはできません。よけいな電波をいっぱいつかまえてしまうだけです。そうではなく、からだを澄ませればいいのです。からだをまっさらにして、相手にたいして、ひらいておけばいいのです。からだは、ことばを聴くわけではありません。からだは、ただ、感じ取るだけです。それも、ことばの意味ではなく、ことばに付随してくる、さまざまなこと・ものを。それは、エネルギーであったり、雰囲気であったり、感覚であったりします。それは、同時に、相手のからだが語ることばでもあります。相手のからだがまるごとで語ることばを、自分のからだのまるごとで受け止める。真に聴くという状態は、このときに、成立するのかもしれません。そのためにも、私たちは、アンテナであるからだを澄ませておく必要があります。いわば、自分のからだをきちんとメンテナンスしておくということです。それは、頭で聴くことに慣れきってしまった現代人には、いささか大変なことかもしれません。それでも、そのいとなみは、あなたの感覚を、根底から変えていくでしょう。人間関係をも、劇的に変えてしまうかもしれません。それは、実に楽しみなプロセスです。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1768号(2008年8月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪「変の達人」「(ひとは)恋をすると…」ためしに、こんなことばで、検索をかけてみました。そしたら…、いやあ、笑ってしまいました。これでもかというくらい、出てくる、出てくる…。(^^ゞアトランダムに並べてみます。ひとは、恋をすると…(以下順不同に)★なんとなく、ボジティブ系・きれいになる・詩人になる・幸せな気分になる・やせる・相手に尽くす勇気が増す・脳の処理能力が上昇する・思いを表現したくなる・脳の老化を予防できる・占いをしたくなる・相手といっしょにいたくなる★なんとなく、ネガティブ系・食欲がなくなる・情緒不安定になる・悲観的になる・胸が苦しくなる・疑い深くなる・無口になる・まるでちがった人格になる・自己中心的になる・まわりが見えなくなる・変になるきゃははははは。これだけ並べてみたら…。はっきり言って…ビョーキです!!(爆)はい。ひとは、恋をすると、確実に、変になります。格段に、判断能力が落ちます。めっちゃ、客観性をうしないます。 みなさま、充分に 思い当たるふしが、 あるかと思います♪でも、それでいいんです。だって、私たちは、知らないことを体験するために、この地上に生まれてきたのですから♪どんなに勉強しても、わからないことがある。どんなにコントロールしても、しきれないことがある。そのとき、ひとは、自分の有限をさとります。私たちの一番のあやまちは、自分が正しい、あるいは、自分こそが正しいと、思いこんでしまうことです。でも、どんなひとだって、100%正しいなんて、ありえません。それを一番手っとり早く、教えてくれるのが、「恋」というチャンス♪恋をしたら、自分がいかに変になるかを自覚しましょう。変な考えかたをして、変な行動をとっている自分を、しっかり観察してみましょう。変でしょう?まぎれもなく変なんですよ。そして、どんな人間も、変になることから、のがれられないとしたら。私たちは、変なひとたちを、これまでより、少しはゆるせるようになるでしょう。自分が変になる度合いだけ、ひとにたいして寛容になれるでしょう。それって、もしかしたら、神さまからのプレゼントなのかもしれません。恋をするということは、変になるチャンス♪あなたの領域を広げる、貴重な体験なんです!そしたら、思いきり、楽しんでしまいましょうよ。「そうか、こんなに変か」「ここまで、変か」「どこまでも、変だ!」そしてね。もしも、失恋したとしたら、それは、正気になるチャンスってことなんです。だから、失恋は、マイナスではないのです。それは、神さまからのプレゼントを味わい尽くしたということなんです。そのときに、大切なことは、変が終わったことにしっかりと気づくこと。終わった変は、終わった変。どうぞ、客観的に、観察しなおしてみてくださいね。その変からの学びを、しっかり自分のものにしてくださいね。望みさえすれば、あなたは、次の変に向かって、つきすすむことができます。変を重ねれば重ねるほど、あなたは、その変に、余裕をもってかかわれるようになるでしょう。そのとき、あなたは、「変の達人」と呼ばれるようになっているかもしれません。変をきわめたあなたには、もはや、怖れるものはありません。ええ、繰り返します。怖れることはありません。堂々と、変を謳歌しましょう。あますところなく、変を、味わい尽くしましょう。そして、終わる変は、いさぎよくてばなす勇気をもちましょう。それでこそ、あなたは、この地上に生まれてきた意味を、まっとうしたと言えるでしょう。いつか、あなたの究極の変を、神さまも、きっと祝福してくれるはずですよ! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1767号(2008年8月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪きらいなひとの幸福を祈る。古いメモを整理していたら、「ヴィパッサナー瞑想」の、祈りのことばが出てきました。ネットで調べてみると、『慈悲の冥想』のことばhttp://www.j-theravada.net/3-jihi.htmlであることがわかりました。 このほかにも、たくさんの サイトで紹介されていました。 興味のあるかたは、ご自分で 確認してみてください。そのなかで、ひときわひかれたこの2行。「私の嫌いな人々も、 幸せでありますように」「私を嫌っている人々も、 幸せでありますように」ああ、なんてすてきなんだろう。胸が熱くなりました。ひとつめのすてきは、あるがままをみとめているところです。「私がきらいな人々」こう言いきれるいさぎよさです。こころの勉強をしていくと、ひとをきらうのは、いけないことのようなうしろめたさを、しばしば、おぼえます。たしかに、ひとをきらわないで生きていければ、それにこしたことはありません。でも、現実は、なかなかそうもいきません。ならば、それをそのまま、みとめてしまえばいいのです。私は、あのひとがきらい、と。そして、きらいなまま、そのひとの幸せを願ってしまえばいいのです。だって、私がそのひとをきらいであるということと、そのひとが幸福になるということは、何の関係もないことです。きらいはきらいのまま、幸福は幸福のまま、ともにあっていいのです。もうひとつのすてきは、自分をきらっているひとの存在を受け入れること。だれだって、きらわれたくないと思うものです。でも、残念ながら、人間は、すべてのひとに、好かれることはできません。いえ、人間はおろか、おしゃかさまにだって、イエス・キリストにだって、そんなのは無理な話です。だったら、最初から、とっととあきらめてしまいましょう。きらわれたって、いいんです。どんなにきらわれたとしても、人類すべてからきらわれるなんてことは、ありえません。 もし、それができたら、 ギネスブックに登録できます!あなたのことを、私のことを、きらわずにいてくれるひとは、この世のなかに、いつだって、絶対に存在します。それで充分じゃないですか。そして、自分のことをきらっていようといまいと、関係なしに、すべてのひとの幸福を願うことはできます。好ききらいを思うことと、幸福を願うことは、まったく別のことなのですから。瞑想のことばは、つづけて、「生きとし生けるものすべて」が幸福であることを祈ります。私は、そこにさらにつけ加えようと思います。「いまは生きていないものも ふくめたすべての存在」が、幸福でありますように。そのとき、過去に私がきらっていたひとたち、あるいは、私をきらっていたひとたちの幸福をも祈ることになります。そのまるごとの祈りのなかで、過去の思いが、いやされます。私がきらいなひとの幸福を祈る。私をきらっているひとの幸福を祈る。実は、これ、最近ようやく、私のなかで、抵抗なくできるようになってきたことでもあったのです。そんな折に、古いメモが出てきたことに、ちょっぴりおどろきをかくせません。だれかさん(だれ?)から、「けっこういけてるじゃん」って、ほめられたみたいな気がして。ひそかに、うれしく感じたひとときなのでした♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1766号(2008年8月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪「愛が、愛であるまま」昨夜、瞑想をしていたら、こんなことばが降りてきました。「愛が、愛であるまま」いつものごとく、それきりで、つづきはありません。せめて主語述語くらいはきちんとしてほしいです。(爆)が、文句を言ってもしかたがないので、考えてみることにしました。「愛が、愛であるまま」もしも、この世のなかが、すべてそのように動いていたとしたら、このことばは、ことさら、必要はないことになります。愛が、愛のままにあらわれているとすれば、そこにあるのは、調和です。私たちは、自分も他人も否定しないですみますし、もちろん、あらそう必要もありません。けれども、世間で流されるさまざまな事件の報道を見ていると、とてもそれが「愛であるまま」の状態であるようには思えません。だれがいいとか悪いとか、何が正しいとか正しくないとかいうことではなく…。降りてきたメッセージは、そこに目を向けてみなさいと、言っているように思いました。愛が、愛であるままにあらわれていないとしたら、そこには、痛みがあります。(少なくとも、 私は、そう思います)その痛みを、私たちが、直接、どうにかしてあげることはできません。そんなときは、代わりに、自分自身の痛みを見ます。自分の内がわで、見て見ぬふりをしていること。あたかも、ないもののように、隠していること。痛みを見ると、怖れが湧き上がってきます。その怖れは、ときには、無力感だったり、罪悪感だったり、怒りだったりします。それらはまさに、「愛であるまま」ではないものです。痛みを否定せず、それらと、まっすぐに向き合います。なぜ、無力に感じるのか。なぜ、罪悪感にさいなまれるのか。なぜ、怒りが湧いてくるのか。こたえは、すべて自分の内がわにあります。外がわにはありません。無力感は、自分が必要とされていないかなしみかもしれません。罪悪感は、自分が何の役にも立てないというむなしさかもしれません。怒りは、自分の存在を受け止めてもらえないくやしさかもしれません。それら一つひとつを、きちんと受け入れます。それら一つひとつを、しっかりと抱きしめます。そして、たったひとこと、問いかけるのです。「本当は、どうありたいの?」本当にありたいかたちには、「否定形」がありません。「こうありたい」それだけでいいのです。自分の内がわの本当のこたえを見るとき、私たちは、ただ、自分がそれを受け入れればいいだけであることに気づきます。他人の評価も判断も、必要ないことがわかります。他人を攻撃することも、自分を否定することも必要ないことがわかります。すると、こころがおだやかになります。静かに凪いできます。じっと感じつづけていると、白い光が満ちてきます。私たちは、世界を変えることはできません。他人を変えることもできません。でも、こうして、自分を変えることはできます。自分を変えることで、世界の一部を変えることができます。このおだやかさが、どうか、世界とつながりますように。このやすらぎの光が、どうか、すべてのひとびとのこころに満ちていきますように。「愛が、愛であるまま」に。こころから祈ります。いつくしみをこめて…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1765号(2008年8月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪そのために生きていくのだ自分が、生き急いでいるなあと、感じることが、ときどき、あります。スケジュール表には、予定がぎっしり。それも、全部、自分で決めたことばかりです。しかも、半分近く、ボランティアみたいなことだったりします。(爆)正直、自分でもあきれます。よくここまでやるよなあ。もっと楽な生きかただって、あるはずなのに。でも、同時に思います。決めたから、やれてきたんだと。もちろん、うまくいかないことだって、山のようにありました。今現在も、たくさんあります。(ええ、それはもう…)(^^ゞそれでも…。やりたいと考える。やると決める。決めたことをやる。生きていくということは、この繰り返しのなかにしかないのです。責任の重圧で、こころがちぎれそうになることもあります。期待した結果が出ずに、落ちこむこともあります。経済的、精神的、その他、さまざまなピンチに、追いつめられることもあります。それでも、ここまでやってこれたのは、決して、自分が強かったからではありません。まして、才能だの能力があったからでもありません。こころのどこかで、「すべては、いましかできないこと」だと、知っているからです。いま、この一瞬は、過ぎていけば、二度ともどらない時間であることを、知っているからです。生きるということは、体験するということ。怒っても、苦しんでも、笑っても、喜んでも、それは同じです。だとしたら、自分はどちらを選ぶのか。完璧にはできないとしても、せめて、どちらを選ぼうとして生きていくのか。10歳で、妹の死に出会いました。さまざまなかたちで、友人たちの死と向き合ってきました。そのたびに、まるで、置いてきぼりにされたような気持ちを味わってきました。置いてきぼりにされた私にできることは、生きることしかなかったのです。生きるからには、どんなにちっぽけに感じられようと、自分ができることをやるしかない。自分がやりたいと思うことをやるしかない。ただそれだけの気持ちが、自分をつき動かしてきたのだと思います。いま、自分を無力に感じているひと。自分には価値がないように感じているひと。もしかしたら、あなたもそんなふうに感じることが、あるかもしれません。でも、あなたは、生きています。生きて、呼吸しています。それだけで、あなたは、そうではなくなってしまったひとたちにないものを、もっています。苦しみさえ、生きているからこそ体験できることです。そして、生きていけば、その苦しみを超えるという体験ができるのです。あなたが、そう決めさえすれば!あらためて、思います。損得ではなく、できるできないではなく、ただ、やりたいからやる。私のこの生きかたが、ほんの少しでも、だれかのちからになるなら。私が生きて残す結果が、ほんの少しでも、だれかの支えになるなら。ええ、それがどれほど、ささやかなかたちであっても。私にとって、それだけで、充分に、生きてよかったと思えることになります。私にとって、何よりの幸いになります。そのために生きていくのだということを、あらためてかみしめます。どうぞ、私が生きることが、だれかの幸福につながりますように。あなたが生きることが、だれかの喜びにつながりますように。これからも、私にできることを、私にできる最大限のことを、やりつづけていこうと思います。最後の最後の一瞬まで。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1763号(2008年8月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪とてもすてきな少し、です。久しぶりに、山道を歩きました。先日来の雨で、ちょっと蒸してはいましたが、そのおかげで、緑がにおいたつようでもあり心地よく、歩を進めました。歩きながら、気づきました。しばらく、からだに、こんな刺激をあげていなかったなあと。足もとに感じるのは、アスファルトではない、石段や土の感触。地面が、でこぼこにできているということ。そのでこぼこの地面にふれるたびに、足の裏の、ことなる部分が、反応するということ。耳に入ってくる、さまざまな小鳥や、虫の鳴き声。じっと聴いていると、その数は、だんだん増していくのです。耳が聴き取れるようになっていくのです。あるいは、川のせせらぎの音。それは、地形によって、ときにははげしく、ときにはおだやかに、流れを変えます。けっして、とどこおることのないすがたは、見飽きることがありません。重なりあって生い茂る木々。そのあいまから、木洩れ日。樹齢がかもしだす厚み。朽ち果て倒れた老木と、かたわらで伸びる若い木。当たり前の生命の連鎖。雨も降っていないのに、ときどき、木々のあいだから、水がしたたり落ちました。ここしばらくの雨を、しっかりとたくわえていることがわかります。それでいて、不意に小雨が降ってきても、繁った木の枝々が、それをしっかり受け止めて、雨粒は、ほとんどかかることがありません。自然の不思議を思いました。目に、耳に、手に、足に、まさしく、からだ全体に、自然は、さまざまにはたらきかけてくるのでした。からだは、五感を使って、それにこたえているのでした。山のエネルギーと、からだは、呼応していました。からだが「よろこんで」いることが、わかりました。私たちは、毎日を、同じようなことを繰り返しているだけでも、生きていくことはできます。でも、それだけでは、やはり、うしなわれていく何かがあるように思います。自分のからだに、自分のこころに、ときどきは、いつもとちがう刺激をあげませんか?それも、できるだけおだやかで、深いところにはたらきかけてくることを。すると、からだのなかで眠っていた何かが、目覚めます。何かが、動き出します。その動き出した何かをからだのなかにもって、もう一度、現実にもどってくるのです。すると、現実が、ほんの少し変わります。ほんの少しでありながら、とてもすてきな少し、です。さあ。雑事に追われる日々、ちょっとだけ立ち止まって、自分のために、こんな時間をつくってみませんか?そう。あなた自身を取りもどすためにも、ね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1763号(2008年8月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪すべて、かけがえのない本番昨日、私が脚本を担当している横浜市青葉区小中高生ミュージカルの、今年の発会式がありました。(※2008年8月に書きました)来年1月の公演に向けて、出演希望者が集まって、顔合わせをする会です。新しい参加者のために、有志で、「つながる祈り」をデモンストレーション上演しました。さまざまな事情から、本公演を休止せざるを得なかった、昨年。劇大好きの子どもたちにとって、それは、どれほど残念なことだったでしょうか。そんななかで生まれてきた小作品「つながる祈り」。短い時間だけれど、上演ができる!そのチャンスをのがさず、応募してきてくれた子どもたちとの、1年間がはじまりました。この1年間で、子どもたちは、四つの舞台を踏みました。昨年夏の、千人近く入る、新しい大きなステージでの最初の公演。春の、五百人規模の、少し古い劇場での公演。この夏、地域のお年よりの施設での、室内での上演。 子どもたちにとって、 ステージではない場所での はじめての上演!そして、昨日。昼間の体育館での、照明も何もないなかでの上演。それを見ながら、私は、胸がふるえてくるのを止めることができませんでした。子どもたちにとっては、どんな状態での上演でも、一つひとつがすべて、かけがえのない本番なのだと。そのことがわかったからです。配役を、何度か替えました。いろいろな役を体験してもらいたかったからです。ある一人の役は、ソロのある役でした。本公演でも、ソロを歌えるのは、ほんのひとにぎりの子だけ。だからこそ、ほとんどの子が、この役をやりたがります。役は、スタッフが、相談して決めています。毎回、悩む瞬間です。どの子の気持ちも生かしてやりたいのです。でも、「絶対にやりたい」と、熱望する子を、当ててやれないこともあるのです。そんなとき、子どもたちのいさぎよさには、いつも感心させられます。役が発表されると、自分が希望の役になれなくても、「よかったね。おめでとう!」と、素直に祝福することができるのです。そして、稽古に入れば、真剣に、自分の役に集中します。なぜなんだろうなあ。内心で、ずっと、不思議に思っていました。でも、昨日の上演を見て、わかったような気がしました。どんな条件であっても。どの役になったとしても。子どもたちにとっては、一回、一回が、ひとしく価値のある本番だったのでした。自分が、人前に立って、全身全霊で表現することが、よろこびだったのでした。わが身の日常を振り返ってみました。私は、あの子たちのように、一回一回の体験を、本当に大切にしているだろうかと。せっかくのあたえられたチャンスを、こころから感謝できているだろうか。条件がいい・悪いとか、前回と比べてどうだとか、さまざまな理由をつけて、不満ばかりを感じていたりはしないだろうか。なんだか、恥ずかしくなってきました。子どもたちのありかたと、自分のありかたは、あまりにもちがいすぎましたから。四回の上演は、おおきな成果をもたらしました。1年休演というハンデにもかかわらず、昨日の発会式には、前回とほぼ変わらない数の出演希望者が集まったのです。また、一人の女の子は、お母さんのすすめで、迷いながら申しこんできました。でも、上演を見たあと、「絶対にやりたい!」と、気持ちが変わりました。子どもたちのエネルギーと、そのエネルギーでつくりあげる舞台とが、一人の子どもの気持ちを揺り動かしたのです。一回、一回が、かけがえのない本番。一瞬、一瞬を、全身全霊で生きる…。あらためて、そのことばをかみしめました。いま、生きている、自分の人生の価値を決めるのは、自分自身だけなのです。自分が、どう生きるかを決めることができれば、あとは、そこから出会うすべてのこと・ものを、まっすぐに受け止めればいいだけなのです。このシンプルな真実を、子どもたちが、教えてくれました。おとなである私が、「できない」とは、言えません。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1762号(2008年8月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪生きているうちに、あなたに伝えたいこと。生きているうちに、あなたに伝えたいこと。あなたがどれだけ、この世界において、すてきな存在であるかということ。あなたがどれだけ、その内がわに、かぎりない可能性をもっているかということ。あなたがどれだけ、その美しさを表現するために生まれてきたのかということ。「生きているうちに、 あなたに伝えたいこと」今朝、降りてきたのは、このひとこと。その瞬間に、胸が詰まって、涙があふれそうになりました。「あなた」とは、あなたです。世界じゅうのすべてのひと。この世に生まれてきた一人ひとりのこと。過去に出会ってきた、あなた。いま、まさに出会っている、あなた。これから先に、出会うあなた。いいえ、いまは、互いの存在さえ知らず、生涯、直接出会うことがないとしても…。私は知っているのです。あなたが、あなたのまま生きて、輝くために、生まれてきたということを。そのことを、あなたに伝えるために、私が生まれてきたということを。長くても、たった100年かそこら、この地上に生きて、私にできること。それは、世界全体から見たら、ほんの、ほんのちっぽけなこと。宇宙全体から見たら、ちりにもひとしいこと。でも、生まれてきたからには、できるかぎりのことを尽くしたい。それが、「あなたに伝える」ということ。なぜ、そんなことばが降りてきたのかわかりません。でも、ずっとずっと前から、知っていたような気がします。伝えたい…。伝えたい…。ことばにならない思いが、いつも私をつき動かしてきたのだと…。あなたは、輝くために生まれてきたのです。あなた自身を輝かせるために生まれてきたのです。輝くという意味は、一人ひとり、ことなります。でも、ひとつだけ言えるのは、あなたがあなたのままを生きるということ。けっして、ほかの何かになるということではないのです。自分を否定せず、受け入れ、いつくしみ、やさしく抱きしめること。そのとき、あなたの内がわから、光はあふれだすのです。その光は、あなた自身を輝かせ、そして、あなたのまわりのひとをも輝かせるでしょう。一人ひとりの輝きが、世界全体を光で包むでしょう。世界が光に包まれるとき、影と光は、互いにひとつになるでしょう。どうぞ、あなたの光を閉じこめないでください。あなたの光を、世界に向かって、解き放ってください。この、たったひとことを、あなたのわかるように伝えるために、私には、何ができるのでしょうか。この世に、生きている時間は、あまりにもみじかく、あなたに伝えるためには、私はまだまだ力不足です。それでも、それが私の選んできたことなら、私はやろうと思うのです。私になしうるありとあらゆるかたちを使って…。今日も、そんな思いで、このメッセージを発信します…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1761号(2008年8月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪あるようにある。私たちが、さまざまなことですれちがう最大の原因は…。一人ひとりが、ことなる存在であることを知らないから。今朝起きたら、ふっと、そんな気持ちが、湧きました。そう。私たちは、実は、幻想の世界を生きているのです。同じものが見えている幻想。同じ音が聴こえている幻想。同じ味を味わっている幻想。同じ感覚を体験している幻想…。最近、あるひとの考えかたが、極端にかたよっていると感じる体験をしました。それはちょっとちがうよ…と言いかけて、はっと思いました。それはちがうと感じる自分が正しいという根拠は本当にあるのだろうかと…。誰しもが、自分の感覚に依って生きているのです。一人ひとりがことなる感覚に依って生きているのです。そこには、正しいもまちがいもないのです。ただ、自分がそう感じる。それがすべてなのです。そのひとは、その考えかたをすることで苦しんでいました。いま必要なことがあるとすれば、それは、自分が苦しくなる選択をしていることに、まず気づくということ。そのあとどうするかは、やはりそのひとの選択なのです。私は、そのひとに意見を言うのをやめました。代わりに、こころのなかで、「どうぞ幸福に生きてください」と、祈りました。意見を言うことが悪いことではありません。でもそれは、そのひとに準備ができていなければ、あまり意味はありません。はたらきかけることも、悪いことではありません。でも、反応がないからといって、そのひとを非難するのはおかどちがい。はたらきかけて、はたらきかけて、やるべきことをやったら、あとは、祈るだけなのです。あとは、そのひとがどう生きるかの問題なのです。また、つい最近、あまりの感覚のちがいに、どうしようもないなあと感じるできごとがありました。自分が無力にさえ感じるできごとでした。それでも、やれるだけのことはやりました。そして、これだけやって、どうしてもだめなら、自分のありかたを変えようと決めました。ほどなくして、思いがけない結果が出ました。問題と感じるできごとのおおもとの原因が、なくなってしまったのです。そう、つまりは、問題そのものが、なくなってしまったのです。そのとき、あらためて思いました。私たちにできることは、ただ、その瞬間、瞬間にある、みずからをまっとうすること。ただそれだけなのだと。最初にもどります。私たちは、一人ひとりが、ことなる存在です。ひとりとして、同じ人間は存在しません。だから、比較する意味がありません。ちがいを問題視する意味もありません。ただ、まっすぐに、自分があるようにある。まっすぐに、あるようにある自分をみとめ、そして、そのように、他者をみとめる。それしかないのです。昨日のメッセージで、私は、「書くことは、祈り」である、と書きました。「生きることは、祈り」である、と言いなおそうと思います。一人ひとりが、祈りである人生を生きたなら、たぶん、この世界は、変わっていくだろうと思います。美しく、変わっていくだろうと、思います…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1760号(2008年8月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪一番の幸い毎日、こうしてメッセージを書いていると、しばしば聴かれるのが、「よくネタ切れになりませんね」書きたいことが途絶えたことはありません。書きたいことを、どう表現するかで、苦労したことはありますが。それと、ただ長くつづけることだけを目標にしているわけでもありません。「本当に書きたいことが なくなったら、 その日かぎりに、 すっぱりやめよう」このことも、つねに思っていることなのです。そんなことを言いつつ、一方で、周年記念企画などを、楽しんでいるのは、矛盾するようですが。(笑)すべてを楽しむ、というのが、私のポリシーなのです。そう、書きたいことを書くことも。書けないで苦労することも。書きたいことがなくなったら、その瞬間にやめることも。そのために問題が起きたら、それを受け止めることも。その瞬間、瞬間、生きて感じることのすべてを楽しむのです。とはいえ、おそらく、当分は、このまま書きつづけるような気がしています。それはまだ、私が、生きていて伝えたいことが、残っているからなのでしょう。私の伝えたいこと。一人ひとりのなかには、そのひとだけの、美しい輝きがあること。ひとは、輝くために生まれてきたこと。その本来の輝きを生かすためには、自分を受け入れ、自分を好きになることが必要だということ。自分を好きになることができれば、どんな苦しみも、超えていけるということ。そして、すべてのひとは、そのひとの内がわに、そのためのこたえをもっているということ。だれとも比較できない、する必要のない、そのひとだけのこたえを、もっているということ。そのことを伝えたくて、かたちを変え、見かたを変えて、書きつづけているのです。それが、私が、いま、生きていることの役割のひとつだと思うから。私の書いていることが、すべてのひとに受け入れられるとは思っていません。ときには、反感を買うこともあるでしょう。つまらないと、スルーされることもあるでしょう。それはそれでかまわないのです。むしろ、その日のメッセージが、たったひとりでもいいから、本当に必要とするひとのもとに届くことができたら。それで充分なのです。ひとりの人間にできることは非力です。でも、ひとりの非力な人間が、そのひとにできる最大限のことができたら。その瞬間に、世界は、ほんのちょっとだけ変わる。私は、そう信じているのです。だから、こうして、毎日、書きつづけているのだと思います。そして、書きつづけることを、楽しんでいるのだと思います。どうぞ、願わくば、こうしたメッセージなど必要のない世のなかがおとずれますように。ひとがひととして、自分をいつくしみ、自分をいつくしむように、他者をいつくしむことができますように。すべてのひとが、深いところでつながりあっていることに気づき、あらそいを終わらせ、互いにわかちあうことができますように。書くことは、私にとって、祈りです。今日も、こうして祈ります。あなたの胸に、届くことができたなら、それが私にとって、一番の幸いです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1759号(2008年8月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪無謀へのチャレンジ「今日のフォーカスチェンジ」5周年の記念企画で、一人芝居をやります!(※2008年8月に書きました)そう決めて、宣言しました。だから、企画名は、「記念パーティー」ではなく、「記念公演+パーティー」になりました。(笑)主賓が余興をやるという、前代未聞?の企画でもあります。宣言してから、つくづく思ったこと。「私って、本当に無謀だよなあ」自分のなかに、「表現者」としての思いが残っていると気づいたのは、昨年のこと。10分ほどの一人芝居の脚本(コントといううわさも♪)を書き上げ、ごくごくうちわの発表会で披露しました。ひさびさに、役者をやって、痛感したのが、「せりふが覚えられない」こと!(爆)覚えるためには、何回も繰り返し声に出して読みます。何回も、何十回も…。ところが、まるで頭に入ってくれません。一応入ったかと思っても、動作を入れて演じてみると、ぼろぼろ落ちてしまいます。「だれだ! こんな覚えにくい せりふを書いたのは!」「私だ! 文句あっか!」ほとんど、ツッコミ漫才状態です。(^^ゞそれでも、1週間くらい経ったころでしょうか。ようやく、少しずつ、カンがもどってくるのが感じられました。からだがぞくぞくするのを感じました。「そう、これ、これ。この感覚!」やがて、本番。それなりにぼろぼろでしたが、(笑)なんとか、演じきることができました。私のなかには、やってよかったという思いと、中途半端だったという思いが、まじりあっていました。そして、今回の5周年企画。再び、一人芝居をやることに、決めたのです。もちろん、自分で書きます。今度は、時間を20分に延ばします。覚える量が、当然ながら、2倍になります。まさに、無謀へのチャレンジ!「大丈夫か、自分!」再びツッコミが入ります。(^^ゞでもね。こんなチャレンジが、私はとても好きなのです。できる・できないではなく、やりたいか、やりたくないか。基準は、そこなのです。やりたいと思ったら、やるだけです。やると決めたら、実現させるために、動くだけです。それにしても、無謀です。我ながらつくづく思います。できない理由を見つけようとするなら、あっというまに見つかるでしょう。時間もないし、お金にもなりません。やるべき仕事、まだ終わっていない仕事も、たくさんあるのです。それでも…。魂がやりたいというなら、やるしかないのです。このシンプルな考えかたこそが、私のエネルギーのみなもとです。自分の魂に、何をやりたいのか、どう生きたいのか、つねに問いかけるのです。問いから生まれてきたこたえに身をゆだねるのです。無謀へのチャレンジ。あなたもいかがですか?魂がわくわくしてきたら、それは、「GO」のサインです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1758号(2008年8月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪ちいさな「喜ばれ」体験を自分のやりたいことがわからない。そんなふうに悩むひとは、けっこうおおいようです。私の場合、食べもので、たまにそんなことがあります。何を食べたいのかわからない…。そんなときは…何も食べません。何も食べずにいると、そのうち、何でもいいから、食べたくなります。(笑)そして、そういうときは、たいてい何でもおいしくいただけます。(^^ゞとはいえ、人生の選択は、食べものほど単純ではない…と、叱られるかもしれません。では、そんなあなたに、とても単純な質問をします。「あなたがこれまでに してきたことで、ひとに 喜ばれたことは何ですか?」おおげさに考えちゃいけませんよ。被災地で救助活動したとか、そんなおおきなことでなくて、全然OK!道ばたでころんだ子どもを起こしてやった、とか。電車で席をゆずった、とか。ちいさなことでいいので、できるだけ、たくさん思い出してください。あなたのこころのなかが、自然にあたたかくなっていくのを感じませんか?幸せな気持ちがふくらんでくるのを感じませんか?もしも、あなたが、何をやりたいのかわからないと思っているのなら…。まずは、みぢかでできる、ちいさな「喜ばれ」体験をたくさん重ねてください。たくさんたくさん重ねていくなかで、「喜ばれることは うれしいことだけど、 このことで喜ばれると、 とくにうれしい」ということが、きっと、見えてくるはずなんです。それって、あなたの「やりたいこと」に、つながっている可能性、大ですよ♪さらに、そのことが、「お金をもらわなくても、 たのまれなくても、 自分からやりたい!」と思えることだったら、かなり本命といえますね!そのときにね。固定的、絶対的なものと、考えなくていいんです。「やりたいこと」は、変わっていっていいんです。ひとが生きるプロセスのなかで、変化は当然、起きてくることですから。私も、かつては、編集が天職と思っていました。ひとの文章を、たのまれなくても直していました。(爆)相手が喜んでくれることだけが、喜びでした。いまも、編集の仕事は好きですが、天職ではなくなりました。私の人生の後半の目標は、「演劇的要素を生かして、 ひとが、自分らしく 生き生きと生きるための サポートをすること」に変わりましたから。そして、変化してきたその両方に、OKをあげることができます。私たちが生きるプロセスは、いつだって完全なのです。おさらいをしますね♪やりたいことが見つからないあなたは、ひとつでもたくさんの「喜ばれ」体験を重ねてみてください。あなたが生きていることで、喜ぶひとが、ひとりでもいるならば、あなたは、すでに、世のなかの役に立っているのです。この世のなかに、明るい灯をともしているのです。そんな自分に、まずはOKをあげてください。OKをあげるぶんだけ、自分自身が輝きます。あなたが輝けば、まわりにも、その光がもたらされます。その光のなかに、きっと、あなたのほしかったものが、あらわれてきますよ!どうぞ、お楽しみに!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1757号(2008年8月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪責任って、自分で選択することなんです。「責任」というと、ちょっと窮屈な気持ちになるひとって、けっこういますよね。日常のなかでも、「それはあなたの責任よ」なんて言われると、拒否反応を起こしたくなることもあります。(笑)でもね。あるとき、ネットで調べていて、おもしろい記事を見つけたんです。「責任」とは、英語で言うと、「RESPONSIBILITY」その語源は「RESPONSE」なのだと。「RESPONSE」というのは、メールの「レス」と同じ。つまり、「返事」とか、「応答」とか「反応」を意味することばです。「返事」や「反応」には、別に悪い意味はありません。そして、もうひとつ。「責任」が「応答」「反応」を意味することばであるならば、それは、だれかから押しつけられるものではなく、自分で選びとるものだということなんです。たまたま、「責」ということばが当てられたために、「責める」という印象が強くなってしまったのかもしれませんね。でも、この「責」ということばさえ、語源的には、「(お金を)せめとる」であって、「とられる(とらされる)」ものではないのですね。そんなふうに考えると、私たちは、本来の意味とはずれたところで、がんじがらめになっているに過ぎないという気がしてきます。もしかしたら、「責任」ということば自身も、「まったくいい迷惑だ」なんて、思っているかもしれません。(笑)というわけで、調子に乗って、駄目押しです。「責任」のもうひとつの字は、「任」。これはそのまま、「まかせる」という字です。だれかに、何かをまかせてもらえるって、とってもうれしいことですよね。それって、信頼してもらえているということですもの♪そんなふうに見ていくと、「責任」ということばは、ひとつも、悪いことばではないのです。他者から投げかけられたこと・ものにたいして、自分が、応答するんです。どのように応答するかは、自分の判断・選択にまかせられているのです。あなたは、あなたの責任で、あなたの人生を生きています。周囲から何が来ようと、あなたは、自分の判断で、それに対応すればいいのです。 いやなことにノーという のもあなたの責任です。あなたがどう生きるかは、あなたにまかされています。あなたの人生を、だれも支配することはできません。支配されているように感じているひとでさえ、それに気づいた瞬間から、それにどう応答するかは、あなたの選択になります。ノーといえない環境に育ったとしたならば、それをどうやって脱出するかを決めるのも、あなたの選択です。そう。責任って、自分で選択することなんです。「責任」ということばが出てくるたびに、その本来の意味を、どうぞ思い出してくださいね。あなたの前には、あなたの人生を生きるための、すべての選択肢があります。選ぶも選ばないも、すべてはあなた次第です。あなたの責任を、どうぞ、まっとうしてください。あなたの責任を、どうぞ、楽しんでください。すべては、あなたにまかせられています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1756号(2008年8月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪風の視点ひさしぶりに、花巻をたずねました。たいらかに広がる平野は、こころまでも、のびやかにしてくれるようでした。夏空には、のんきそうな雲が、ぽこぽこと、浮かんでいました。こころは、そのまま風に乗って、空の高みにのぼっていました。そのまま、緑の大地や、背伸びしている山々や、光る川面(かわも)のうえを軽々と、飛びました。ああ、風の視点だ。飛びながら、そう思いました。そして、同時に、感じたのです。これは死者の視点でもあると。その瞬間、どきりとしました。せつなさが、一気に胸に押し寄せてきたからです。ああ、ひとは、いつ、自分の死に気づくのでしょう。魂というものがあるとして、それが肉体を離れたとき、ひとは、本当に、自分が死んだとわかるのでしょうか。こうして、自在にイメージを遊ばせているときのように、あるいは、夢を見ているときのように、生きていたときの感覚のまま、世界を、体験しつづけるのではないのでしょうか。けれども、風は風。地上のひとに、その姿が、見えることはありません。どれほど呼びかけても、ひとは、その声に、気づくことはありません。そうして、死者は、やがて気づくのでしょう。もはや自分が、そこにもどることはできないのだと。そのとき、風は泣くでしょう。もはや、とりかえすことのできないことを思って。残していくさまざまなこと・もの・ひとを思って。何度も、何度も、泣きながら、風は舞うでしょう。何度も、何度も、伝えられなかったことばを、繰り返しながら…。やがて、ときが来て、永遠にこの世界とわかれる瞬間まで…。しずかに、地上に降りてきて、私は、大地をたしかめました。生きている自分をたしかめました。からだのなかでは、まだ、風が舞いつづけていました。舞いながら、ちいさくつぶやきつづけていました。生きているうちに、したかったこと…。生きているからこそ、できたこと…。それらすべてをいとおしみながら…。深々と、息を吸いこみながらもう一度、あの高みから見える光景を思い出しました。そして、思いました。やがて、いつか、本当にそこにたどり着いたとき、それらすべてを、てばなせる自分でありたいと。てばなして、かろやかに、天を翔けていきたいと。風の視点。あなたも、ためしに、イメージしてみませんか?あなたは、そこで何を見るでしょうか…?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1755号(2008年8月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪「だれが、それを選んできたのですか?」「やりたいことがやれない。 だって、私には、 ○○がないから…」生きているあいだには、ときどき、そんな言いわけをしたくなることがあります。私にも、あります。今日は、そんな自分をシッタゲキレイするつもりで、(^^ゞメッセージを書きます。ものごとがうまくいかないとき、いらだちや、かなしみ、ときにはくやしさや怒りが湧いてくることがあります。「○○のせいで…」「○○さえなかったら…」「○○だったらよかったのに」ひとを責める気持ちも、自分を責める気持ちも、もとはひとつです。あるがままの「いま」にOKをあげられない。そこにすべての原因があります。では、ちょっとだけ、きびしい質問をします。 あくまでも、これは、 自分自身をシッタゲキレイ するための質問です。「だれが、それを 選んできたのですか?」「あなたです」 自分に言ってます。(^^ゞ「あなたが、自分の人生で、 自分の責任で、選択してきた 結果が、いまなのです」 しつこいようですが、 自分に言ってます。(笑)「いま目の前にある現実は、 いまのあなたにとって、 必ずしも歓迎できるものでは ないかもしれない。 では、あなたは、これを なぜ回避してこなかったのか。 私たちは、別に、 巨大な宇宙生物に誘拐されて、 奴隷としてこき使われてきた わけではない。 24時間、監視されて、 逃げようとすると、 電気ショックを与えられたり、 仲間を一人ずつ、拷問に かけられてきたわけでもない。 振り返ってみるといい。 いま目の前にあるのはすべて、 あなたが、自分自身で 選んできた結果なのだ。 どんなに目をそむけようと、 言いわけしようと、それは、 まぎれもない事実なのだ。 だったら、 堂々と引き受けるがいい。 選んで生きてきた自分を、 まるごとみとめてやればいい。 あなたにあるのは、つねに 選択肢だけなのだ。 これまで選んできたように、 これからも、選んでいく。 生きるというのは、 そういうことなのだ。 だったら、何を選ぶか、だ。 何を選ぶか、を決めるため には、どう生きるかを 決めることが必要なのだ。 どう生きるかを決めるため には、どうありたいかを 決めることが必要なのだ。 毅然としていなさい。 あなたを閉じこめるのは、 あなただけだ。 あなたを解放するのも、 あなただけだ。 そして、思い出しなさい。 あなたを生きるのは、 あなた以外の なにものでもない。 あなたは、あなた以外に なることはできないし、 なる必要もない。 あなたが、あなた自身を 生きることが、何よりも 大切なことなのだ。 もう一度、前を見なさい。 あなたには、どのような 選択もゆるされている。 もちろん、楽な道のりでは ないこともおおいだろう。 何かをてばなさなければ、 ならないこともあるだろう。 それでも、すべては、 あなたの選択次第なのだ。 そして、選択したことに、 責任をもつことが、 あなたが、あなたの人生を 引き受けることなのだ。 最後に、ひとつだけ、 ヒントをつけ加えよう。 選んだ結果にまちがいはない ということだ。 あなたが、それを否定さえ しなければ。 選んできた結果は、すべて、 あなたという人格を育て、 あなたという人間を、 より深めてくれるための 試金石であったのだ。 あなたが、それを、そうだと みとめさえすれば。 わかってもらえるだろうか? あなたが、いま、まさに いま選択することが、 すべてに意味をあたえるのだ。 ほかのだれでもない。 あなた自身が、あなたの 世界に、意味をもたらすのだ。 だったら、あなたは、 何を選ぶだろうか? 問いかけなさい。 そして、選びなさい。 選んで、前に進みなさい」自分に投げかけたメッセージを、今日は、こころのなかで、繰り返してみようと思います。今日の一歩を、いま、歩みだします!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1754号(2008年8月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪行動だけがすべてなのです。「脚本を書いています」というと、「すごいですねえ」と、しばしば言われます。そのたびに、「別にすごくはないです。 どんな仕事も同じです」と、お返事してきたのですが、最近、本当は、やっばり、すごいのではないかと、思うようになりました。(笑)おおくのひとは、映像の脚本(シナリオ)も、舞台の脚本も、同じもののように考えています。でも、実は、これらは、まったくの別ものです。たとえば、テレビで、自然の雄大な風景を、ナレーションだけで延々と流しつづけても、作品になります。場合によっては、ナレーションさえいらない場合もあります。ところが、舞台はそうはいきません。第一、風景をそんなに次々と変えられません。大道具代で破産します。(爆)てか、実物と同じものを用意することができません。また、映像では、話をする二人を、延々と映しつづけることが、できます。角度を変えたり、アップしたり、回想シーンを入れたりしながら、場を持たせることが可能です。それも、舞台ではできません。舞台のうえで、二人の俳優が、ずーーっと、すわったまま、しゃべりつづけていたら、お客は飽きてしまいます。では、舞台の脚本には、何があるのか。役者です。役者の行動です。もちろん、せりふはあります。でも、それらのせりふは、すべて、次の行動を生み出すために書かれます。行動を生み出さないせりふは、真のせりふではありません。行動だけがすべてなのです。もちろん、映像を否定しているわけではありません。それぞれに役割がちがうだけなのですから。私は、前々から、「演劇のなかには、人生の すべてがある」と、言ってきました。演劇とは、生身の人間あってのものです。その演劇において、行動がすべてということは、生身を生きる私たちの人生も、行動がすべてということです。それに気づいたとき、あらためて、「すごいな」と、思ったのです。演劇のなかには、本当にすべてがあるなあと。あなたは、行動していますか?風景画を流して、終わりにしていませんか?お話しだけして、わかったつもりになっていませんか?観客は、大道具やせりふに感動するのではありません。そこで、生きて表現する役者のからだと、そのからだから生まれてくる行動に共感するのです。生きるということは、行動するということです。あなたも、人生という舞台を生きています。あなたの今日の舞台は、どんな行動をすることですか?考えてみてください。考えて、脚本を書いてみるんです。それは、あなたを生かすことになっていますか?かけがえのないいのちである、あなたが輝くように描かれていますか?もしも、そうなっていないなら、あなたの脚本を、書き換えてみるんです。あなたが最大限、この人生を輝いて生きていくために。だれのためでもない、あなた自身のために。さあ、行動するのは、いま、です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1753号(2008年8月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪表現者であること2008年7月7日、メインサイト「かめわざ快心塾」をリニューアルオープンしました。その際、私は、自分の人生理念を、はじめてアップしました。そのときに、私の人生後半の目標が、はっきりと定まりました。演劇的手法を用いながら、一人でもおおくのひとが、自分らしく生き生きと生きられるためのサポートをしていくこと。それを実現させるための具体的な企画も、こころのなかにたくさん浮かんできています。それらは、たぶん、私が一生かけてもすべてやり尽くすことはできないでしょう。それでもかまわない。最後の最後の瞬間まで、思いをつらぬきながら、自分のなすべきことをなして終わっていこう。…それが、私のめざす生きかたとなりました。でも、同時に、こんなことを思ったのです。もしも、すべてのひとが、自分も他人も、まるごと肯定しあって生きられる世界が実現したなら…。そう、私の仕事などまるで必要なくなる日が来たとしたなら…。そのとき、私は何をしたいと思うだろう?「表現者であること」迷いなく、ことばが浮かびました。中学時代に演劇と出会い、役者をやったり、脚本を書いたりして、さまざまなかたちで、かかわりつづけてきました。ここしばらくは、おもに、子どもたちの表現指導をすることがおおいです。でも、私は、ずっと、自分を表現することが、好きでした。自分ではない役を演じ、何もない空間にあたらしい世界を生み出す。その瞬間の幸福感を、忘れたことはありません。一生をかけたい目標があって、そのために全力を尽くすとしても。いいえ、それだからこそ、誰よりも、自分自身が、よろこびを感じながら、生きていくことが大切ではないだろうか。そのことは、実は、しばらく前から、ひそかに感じていたことでした。ミッションをもつことは、けっして、そのために、自分を犠牲にするのでも、あとまわしにするのでもないということ。むしろ、自分も含めた、まるごとの世界を大切にしていくことなのだと。だから、はじめました。ほんのちいさな場だったり、ほんの短い時間だったりもするけれども。自分を表現することを。おもしろいことに、どんなに多用ななかでも、不思議と、そのための時間は、つくりだすことができるのでした。そして、時間を割いて、それをやればやるほど、本来の自分自身のエネルギーが、高まってくるのを感じるのでした。ミッションを生きることは、自分を生きること。いま、あらためてそんなふうに感じています。表現者としての私として、あなたに会える機会があるならば、これほどうれしいことはありません。いつかのそんな日を楽しみにしながら、今日も、私は、私のミッションを生きていきます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1752号(2008年8月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪中和させてあげるんです。これは、最近実際にためしてみて、とてもおもしろい効果があがっていることです。興味をお持ちいただければぜひどうぞ♪私たちは、なかなか、こころを平穏に保てません。ついつい、さまざまなことにいらだちを感じてしまったり、傷つけられたような気持ちになってしまったりします。そんなとき。まさにそのように感じてしまうそのときに。こころのなかで、こう、唱えてみるんです。「ありがとう」「ごめんなさい」ええ、たったこれだけです。ポイントは、まさにその渦中にあるときに唱えることです。終わったあとでも、平時でもありません。しつこいようですが、まさにそのときに!自分が不当な立場に置かれていると感じているにもかかわらず、そのことばを発すると、あら、不思議。自然と、気持ちが落ち着いてくるのです。かめわざ流解釈ですが、これは、脳が混乱するせいではないかと思います。はい。どうしたってそうは思えない状況のときに、現実とは真逆ともいえることばを投げかけられると、脳はギブアップするのです。「オー、ノー!」 …すみません。怪談より さぶかったですね…。(^^ゞ実は、脳は案外、頭が悪いんです。(笑)たとえば、ものすごく冷たいものにふれたとき、瞬間、なぜか、「熱い!」と感じたことはありませんか?頭がよかったら、こんなかんちがいはしませんよね。で、このかんちがいを利用しちゃうのです。自分に対して、不当な仕打ちを受けたと感じた瞬間に、「ありがとう」「ごめんなさい」と言うと、脳は、混乱を起こします。(^^ゞ「あれ、何か、いいこと されたんだろうか?」「自分のほうにも、落ち度が あったんだろうか?」すると、その瞬間に、さっきまでの怒りや屈辱の気持ちが、中和されてしまいます。結果、気持ちが楽になります。ポイントは、何が正しいか、吟味しないことです。吟味しちゃうと、また、怒りが再生産されちゃいます。それでは元の木阿弥です。(^^ゞ自分をごまかしているみたいですって?いえいえ、これは、むしろ、自分のためなのです。考えてみてもごらんなさい。かっかしたり、いらいらしたりしていると、絶対に健康に悪いですよ。美容にも悪いです。(笑)だから、そんな事態にいたったときには、まずは、気持ちを落ち着けます。落ち着けといったって、簡単にはできませんから、応急措置で、中和させてあげるんです。中和が目的なのですから、本気で思う必要もないんです。いわばおまじないみたいなものですからね。ただ、こころのなかでつぶやく。それだけでいいんです。どう対処するかは、こころが落ち着いてから、考えましょう。そのほうが、絶対に、いい方向に、ことは運びますよ♪それにね。ときには、実際、相手の言いぶんのなかにも、もっともなことが含まれていることだってあるものです。それを受け入れるだけの可能性くらい残しておきましょうよ。さあ。チャンスがあったら、ぜひためしてみてください。脳にとっても、適度な刺激になって、ますます活性化するかもしれませんからねっ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1751号(2008年8月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪まるごと信頼しています。ワークショップで、参加者のみなさんに、「二人組になってください」と、声をかけることがあります。「二人組で 何をやるんだろう」参加者のかたは、ちょっぴりどきどきしながら、組む相手をさがします。ところが、その瞬間、私自身も、同じことを考えていたりします。「何をやるんだろう」(笑)あるいは、「二人組になってください」と言っておきながら、「あー、ちがった、やめた」なんて言うことも、ときどきあります。やーめた、とまでは思っているのですが、次に何をやるか、まるで決まっていません。一体、なぜ、こんなことが起きるのでしょう。そして、その瞬間、私のなかでは、何が動いているのでしょう。その瞬間、私は、全身全霊で、参加者のかたを「感じて」いるのです。「感じる」とは、受け止めることです。参加者さんがかもしだす場の空気を受け止めながら、その場で一番必要なことを、見いだそうとしているです。それも、頭ではなく、からだで。まるごとで。そこに動いているのは、ほとんど、「直感」といっていいものだと思います。何も決まっていなくても、「二人組になって」と言ってしまうのも、直感。やりはじめたことを、「あー、やっぱりやめた」と、止めてしまうのも、直感。その瞬間に、私のなかから、「いい・悪い」「正しい・間違い」という感覚は、完全に抜けています。ただ、その場に一番必要なことに向かって、自分のまるごとを向けているのです。この感覚にまかせるようになってから、ワークは、私にとって本当に楽しいものになりました。ルールはないのです。基準もないのです。優劣もないのです。ただ、ひたすら、参加者さんが、輝くための道すじをさがしていけばいいだけなのです。そして、この感覚にまかせるようになってから、ワークは、ますます充実したものになったように思います。あらためて、思います。その瞬間に、私は、私自身を、まるごと信頼しています。そして、参加者さんを、まるごと信頼しています。この信頼があるからこそ、「直感」がはたらきます。「直感」に身をまかせることができるなら、そこには、まぎれもない信頼が生まれます。今日、あなたにお伝えする、特別なメッセージはありません。ただ、この感覚にある、自分自身の心地よさを、お伝えしたいと思いました。あなたにも、この心地よさを、体験してほしいと思って書きました。なぜなら、この感覚は、だれにでも、そなわっているものだからです。もしも、あなたが、だれも信頼できないような気持ちになっているのなら、今日の、このメッセージは、あなたのためのものです。あなたは、ただ、思い出すだけでいい。自分の内なる信頼と、自分の内なる直感を。そのために、私が何らかのお手伝いができるのであれば、それを幸福に思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1750号(2008年8月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪ことばのいのちを、とりもどすために。中学生の脚本創作の指導をしていて思うこと。もっとたくさんのことばを知ってほしいなあ。気持ちを表現するって、簡単なことではありません。だって、あなたの気持ちは、あなただけのもの。ほかのひとと、完全にイコールになるなんて、ありえませんもの。だから、ことばを探さなくてはなりません。自分にとって、一番しっくりくることば。それだって、相手がわかってくれるかどうかはわかりませんが。でも、自分のなかでちゃんとつかまえないと、相手に伝えようもないのです。そんなことを思いながら、たまたま、少し古い「類語辞典」をめくってみました。「怒る」この感情を、いまどきの子どもたち(おとなも?)は、しばしば、「むかつく」と、表現します。でもね。そこには、おどろくほど多様な表現があったんです。なかでもおもしろかったのは、方言です。あなたは、いくつ、聴いたことがありますか?・いきのる(千葉)・いぼくる(新潟・長野)・うだらす(安房)・えどる(富山・飛騨)・えぶつく(米沢)・おがる(高知)・きねこく(富山)・きまく(秋田)・きもやく(北海道・東北)・けむくだつ(備後)・ごーやく(新潟)・だける(庄内)・たたりゅん(奄美大島)・どへざぬく(岐阜)・おだがる(岩手)・はらかく(九州)…まだまだありましたよ。もうすでに、うしなわれたことばもあるかもしれません。でも、声に出して読んでみると、その土地のひとたちが、どうしても、このことばでないと、表現できなかった何かが伝わってきます。そして、それは、なんと、五感に裏打ちされた、躍動感をもっていることでしょうか。土地のことば。時代のことば。世代のことば。そこに自分のことばが加わったら、表現は、どれほどゆたかで、いろどりに満ちたものになるでしょうか。それこそが、伝えることばであり、伝わることばだろうと、私は思うのです。仮に、意味がすべて伝わらなかったとしても、そのことばの音やひびき、イメージから、おのずと、通じていくものがあると思うのです。ことばは、そのとき、はじめて、いのちをもつのだと思うのです。脚本創作にかぎらず、私たちの日常のなかで、本当に、生きたことばは使われているでしょうか。自分の内から生み出され、はぐくまれて、他者に手渡されるものになっているでしょうか。どうぞ、ていねいに、探してください。見つけてください。生み出してください。ことばは、そのままで、あなた自身なのです。人間だけがもって生まれた、この「ことば」を、ゆめゆめ、借りものなどですましてはいけません。古い一冊の類語辞典が、私に、ことばへの思いを呼び覚まさせてくれました。もしよかったら、あなたも、今日一日、自分のことばを意識して使ってみませんか?ひとのことばに、意識して、耳を傾けてみませんか?ことばのいのちを、とりもどすために。あなた自身をとりもどすために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1749号(2008年8月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪段階がある最近、ふと思ったことです。ひとには、段階があるんだなあって。20代くらいでも、ものごとの本質が、ちゃんとわかっているひとがいます。70代くらいになっても、まだ、自分の考えだけに固執しているひともいます。ひとは、それをあれこれ、感心したり、批判したりします。その気持ちも、たしかにわかります。でもね。同時に思うんです。ひとは、それぞれの段階を、それぞれの歩みで、経過していくしかないんじゃないかな、って。自分のことを、振り返ってみたらわかると思うんです。10歳のころの自分。20歳のころの自分。30歳のころの自分…。そうやって、ずっと、見返してみるとね…。わかってなかったことが、たくさんありました。わからずにいたために、傷つけてしまったことも、傷ついてしまったことも、たくさんありました。思いはあっても、できなかったことも、たくさんありました。以前はできなかったことで、できるようになったことも、たくさんありました。それって、一足飛びにはいかないんですよね。ときにはじれったいような繰り返しを体験することもあります。またか…と、うんざりすることも一度ではありません。それでも、一つひとつ、終わらせてきたのだと思います。まだ終わっていないことも、これから、終わらせていくのだと思います。だから、自分にたいしても、他人にたいしても、こう思ってみたら、いいと思うんです。ひとには、段階があるんだ、って。そして、ひとの段階は、コントロールできませんが、自分の段階は、意識することができます。意識して、少しでも、いい方向に動かしていくことができます。ほかのひとの段階は、そのひとにおまかせしましょう。はたからどう見えようと、そのひとは、そのひとの最善を生きているのです。ときには、励ましたり、求めに応じて、アドバイスすることもできるけれども、実際に歩いていくのは、そのひと本人です。そのひとには、そのひとの段階があるのです。そしてそれにどう対応するかは、そのひとの問題ではなく、あなたの問題です。もっと言うと、その対応のしかたが、あなたの段階です。さあ、あなたは、あなた自身の段階を進みましょう。下を見るのでもなく、横を見るのでもなく、自分がたどり着きたい段階を、まっすぐにめざしていくんです。そうやって、段階を踏んでいくとね。これまで見えなかった、次の段階が見えるようになりますよ。楽しみですね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1748号(2008年8月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪トラブルを喜びましょう。ずっと昔、私は、トラブルは、いやなものだと思っていました。少し前、私は、トラブルは、自分を強くしてくれるものだと思っていました。そしていま、私は、トラブルは、次のステップへのチャンスだと思っています。トラブルが起きると、私たちは、まず、なんとかそれを回避しようとします。相手を説得しようとしたり、ときには、否定したり、攻撃したりさえします。でも、ここで、冷静になって、見てみましょう。トラブルとは何でしょうか?それは、これまでの流れをさまたげるものです。「いままでのとおりには、 いかないよ」と、はたらきかけてくるものです。たしかに、それは一見、いやなもの、困ったものと感じられるでしょう。でも、ちょっと視点を変えて、見てみてください。トラブルに直面すると、私たちは、否が応でも、自分のありようを見直さなくてはならなくなります。そうです。どんなかたちであれ、変化することが、もとめられるのです。水が流れないと、よどんでしまうように、どんなにすばらしい仕事も、同じことの繰り返しになってしまったら、必ず停滞していきます。私たちが前に進むためには、つねに変化していくしかないのです。だから、トラブルは、その変化を、多少過激に(笑)うながしてくれる、貴重なチャンスなのです。 ときには、とても過激な! 場合もありますが…。トラブルを喜びましょう。やってきたチャンスをおおいに歓迎しましょう。まずは、そのトラブルが、自分の何を揺さぶっているのか、しっかり見てください。そのトラブルを、うとましく思うのであれば、必ず、自分の内がわに、それに呼応する何かがあります。そこを変えるようにと、はたらきかけてきているのかもしれません。あなたが変化すると、トラブルは、トラブルでなくなります。そこにあらわれた意味を知れば、トラブルにこころわずらわされる必要はなくなるのですから。そのとき、あなたは、すでに、次のステップを踏んでいるのです。トラブルという階段を超えることによって、これまで体験しなかった、新しいシーンへと足を踏み入れているのです。怖れずに、まっすぐに見すえてください。あなたの次のシーンは、その先にあります!喜んで、進んでください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1746号(2008年8月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪自信をつけるにはある中学校演劇の講習会で、「脚本の創作」の担当になりました。講習が半分終わったところで、参加者に、紙に、質問を書いてもらいました。講習の習熟度は、この、質問を読むと、ある程度、わかります。おおざっぱな質問しか返ってこないときは、あまり伝わっていません。(こちらの伝えかたが 不充分かもしれないと、 検討する必要があります)理解が進んでくると、質問の内容は、どんどん、具体的になってきます。さて。そのとき、一人の参加者から、こんな質問をもらいました。「自信をつけるには、 どうしたらいいんですか?」直接、脚本に関する質問ではありませんでしたが。私は、思わず、こうこたえていました。「自分の作品を 大切にすることですよ」なぜ、そんなことばが出てきたかわかりません。でも、ことばはそこで、止まりませんでした。「自分の作品の登場人物を、 大切にしてあげてください。 いてもいなくても いいような、そんな人物を 書いてはいけません。 一人ひとりの人物について、 しっかり考えてください。 どこで生まれて、 家族構成はどうなっていて、 どんな育ちかたをして、 何が好きで、何がきらいで、 これから、何をしたいと 思っているか。 そんなふうに考えて、 人物を創作してください。 そして、そんな人物なら、 どんな物語を生きたいか、 考えてみるんです。 そうすると、その人物なりの、 物語の展開が見えてきます。 さまざまな人物がからむとき、 あなたにしか書けない 物語が、そこに生まれます。 そんなふうに、自分の作品を、 大切にあつかってください。 そして、そんなふうに、 自分の作品をあつかったとき、 あなたは、それを書く 自分自身をも、大切に するようになるでしょう。 自分を大切にできるなら、 自信は、自然に生まれます。 だから、自信をもつためには、 自分の作品を大切にすること。 自分自身を大切にすることが、 必要なんです」実際には、こんなにもととのった話しかたではなかったと思いますが…。(^^ゞそのときは、夢中で話しました。ひとりでもおおくの子に、自信をもってもらいたいと思って、話しました。2日間の講習のあとで、感想を書いてもらいました。「脚本の創作」に関する具体的な感想のほかに、私の、このメッセージへの感想を書いてくれた子が何人もいました。「気持ちが楽になりました」「そんなふうに言われたのは、 はじめてでした」ああ、やはり、必要があって、話すことになっていたんだな。感想を読みながら、そう思いました。そして、本当に、すべての子どもが、いえ、すべてのひとが、自分を大切に生きられるようにと、あらためて、祈らずにはいられませんでした。そのことを思い出した今朝も、同じことを、あなたにたいして伝えたいと思います。どうぞ、自信をもって生きてください。あなた自身を大切にしてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1745号(2008年8月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪輝くために生まれてきたのだ。ある中学校演劇講習会でのことです。グループに分かれて、課題を出して、それぞれに話し合って、短いシーンをつくってもらうことにしました。にぎやかに、意見を出しあいながら、話をすすめているグループもあります。ところが、一方で、しーんとして、何もやっていないグループもあります。お互いが、よそを向いて、ただ、時間が過ぎるのを待っているかのようです。「何に行き詰まってるの?」聴きにいきました。「何をやっていいか、 わからない」ぼそっとしたこたえが、返ってきます。「わからないことは、 質問してね」と、最初に言ってあります。でも、こんなグループにかぎって、質問をしにくることがありません。みんなが、みんな、自分には責任がないとばかりに、下を向いて、何もしようとしないのです。私は、批判するために、このメッセージを書いているのではありません。そんな場面に出くわすたびに、どうにも、もどかしくてたまらなくなるのです。「あなたたちには、 無限の可能性があるのだ。 あなたたちは、 輝くために生まれてきたのだ。 どうして、そのことに 目を向けようとしないのだ。 あなたが勇気を出して 発するひとことが、 流れを変えるかもしれない。 あなたのはたらきかけが、 ほかのひとを 揺り動かすかもしれない。 どうして、そのことに 思いをやってみないのか」思わず、一人ひとりの、胸ぐらをつかんで揺さぶり、この思いを、ぶつけたくなるのです。(もちろん、そんな乱暴な ことは、しませんけども…)本来なら、一人ひとり、もっとていねいにかかわることが必要なのだとは思います。でも、限られた時間に、50人、100人を対象とするワークショップでは、そんな余裕はありません。「じゃあ、まず、 これをやってみようか」ひとつめの課題を出します。そして、巡回するときに、意識して、なるべく、声かけをするようにします。ちょっとずつですが、動き出したようです。そこで、ふたつめの課題を投げかけます。やがて、あっという間に、時間が過ぎて、各グループの発表の時間。最初から、話のはずんでいたグループは、もう、シーンをつくって、実際に演じています。部分的に、せりふを暗記している子さえいます。例のグループは…。記録係になっていた子が、話し合いをまとめた紙を見せながら、言いました。「本当は、これをシーンに しようという話に なったんですけど…」時間切れ、というわけです。もしも、最初から、みんなで、そのための話ができていたら、結果は、どんなに楽しかったでしょう。何もしようとせず(できず)、黙って、目をそらしあっていた時間は、もっとちがう体験の場になっていたはずなのです。でも、それは、もはや、しかたのないこと。できなかったことを見るのではなく、いま、できていることを見るほうが大切です。「それぞれのグループで、 やることはちがっていいよ。 じゃあ、こうしたかった という報告をしてください」その子は、まとめた紙を読み上げました。全員でおおきな拍手をしました。グループのみんなは、ちょっとほっとした顔になりました。「できない」「うまくいかない」とりわけ、集団のなかで、全体がそんなモードになったとき。そこから変化を生み出していくのは、並たいていのことではありません。それでも…と、私は思うのです。「自分のもつ可能性を みうしなってはいけない」「いまできる、最大限の ことを、一人ひとりが やれば、きっと、 何かが変わる!」すぐには、そうは思えないかもしれません。だから、さまざまな機会に、伝えていくしかありません。それが成り立つような、仕組みを、考えていかなくてはなりません。それは、私たちの課題です。ともに輝くためにできることは、何なのか。あらためて考えさせられたできごとでした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1744号(2008年8月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪先延ばしにしない。どうも、ここしばらく、このメッセージが来ているみたいです。「先延ばしにしない」ああ、面倒だなあとか、ちょっと疲れたから、明日にしよう…なんて、思って先延ばしにすると、あらたな問題が発生したり、他の用件が入ってきて、時間が足りなくなるなど、不具合が起きるのです。何度も繰り返されるので、さすがに、「これはメッセージだな」と、思わざるを得ません。では、なぜこんなメッセージが来るのか。「やるべきことがあるから」すぐに、こんなこたえが、かえってきました。この「やるべきこと」とは、だれかに命令されて、やることではありません。自分で決めた課題です。自分でやるべきことを決めているのに、ぐずぐずと着手しないでいるので、だれかさんが催促しているのかもしれません。(だれ?)(笑)やるべきことは、けっこうおおきなことです。着手すれば、さらに、日々の生活は、「多用」になるでしょう。 「多忙」ということばは、 使わないことにしています。日々をどう生きていくか。本来ならば、こころとからだの自然な流れにまかせるのが、一番いいと思います。だから、これは、あくまでもケースバイケース。大切なのは、いつでも、自分の内なるメッセージに、真摯に耳をかたむけること。その内がわの声が、いま、「先延ばしにしない」「やるべきことがある」と、言っているのです。だったら、覚悟して、動くほかありません。筋肉は、使わなければ、退化します。こころの筋肉も同じです。動くためには、多少の訓練が必要なのです。「先延ばしにしない」「いま、やる」「すぐ、やる」少しでも、意識的に、慣れていこうと思います。やるべきことを、やりとおすために。自分の夢を、ひとつでもかたちにするために。自分を生きることに、妥協しないために。立ち止まりたくなったら、自分で、自分の背中を押します。そして、前に進みます。やがて、その先に見えてくる世界を楽しみにしながら。ええ、だって、それこそが、私のたどり着きたい夢の地平なのですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1743号(2008年8月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪こかげの法則この世には、光と影の法則があります。光があれば、影がある。これはどうも、たしかで、のがれられない真理のようです。それを補うのが、「こかげの法則」です。何かちょっとだけ、よくないことが起きたとします。しかも、たてつづけに。実は、それは、あなたがラッキーな証拠です。なぜかって?影は、さまざまなかたちでやってきます。どうしても避けられないとしたら、どかんとおおきくやってくるほうがいいですか?小出しのほうがいいですか?あなたが、おおきな不幸に耐えられるだけの強靭な精神のもちぬしなら、それはそれでかまいません。でもそうではないのなら、日々のなか起きてくるちいさな影に感謝しましょう。そのちいさな影は、ちいさな光から、生まれてきたものです。ちいさな影を否定せずに、きちんとみとめれば、そのみなもとである、光をみとめることにもなるのです。みとめたものは拡大します。光は、どんどんおおきくなっていきます。これが、「こかげ(小影)の法則」です。この法則を知ったなら、マイナスと見えるできごとが、否定すべきものでないことがわかりますね。こかげを見つけたら、「ああ、このみなもとである 光が、あるんだな」と、喜んでください。一つひとつのこかげに、感謝してあげてください。そのたびに、影は浄化され、光に還元されていきます。光と影は、ひとつになり、あなたを祝福してくれるでしょう。…ところで。「へえー、そんな法則が あるなんて、知らなかった」というあなた。はい。当然です。これ、私の造語ですから。(笑)光と影の法則も、こかげの法則も、すべては、私たちの内がわにあります。私たちが存在しなければ、世界は存在しないのですから、世界は、私たちがつくりあげているのです。だから、どんな法則も、それをみとめたときから、動きはじめるのです。どうぞ、活用してくださいね。あなたが、たくさんの光とともに、あることを祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1742号(2008年8月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪最強の日このブログのメッセージを入力中に、突然、ディスプレイが真っ暗になりました。バイアスもつながっていないようです。早速、非常用のディスプレイを取り出しました。ところが、差し替えようとして、「ぎょっ!」アダプターの一部に加工のあとがあるではありませんか。思い出しました。前回、友人にメンテナンスをしてもらったとき、何かの不具合があり、この加工をしてもらったのです。でも、これではこのまま、接続ができません。すぐに友人に電話をしましたが、早朝にもかかわらず、留守!そうだ! この時期はいつも家族旅行だ!普通ならネットカフェに走るでしょうが、実は、私は知るひとぞ知る親指シフター。(知らないひとは検索で 調べてみてね)一般の入力方法では、遅すぎて、ストレスを、感じてしまうのです。すぐに、別の友人に電話し、手書きのFAXを送るので、入力、配信してほしいと、頼みました。しかし、私のFAXはパソコンとつながっているため、自宅からは送れません。メッセージを書き上げると、近所のコンビニに走りました!そして送信するも、何度送ってもエラー!友人から連絡がきました。「FAXがこわれた!」ここにきて、ある予感がしてきました。もしかして今日は、最凶の日ではないかと。その予感を裏付けるかのように、トラブルはつづきます。アダプターを替えればいいと思いつき、近所の電器やさんに走るも、なぜか無人!(店からっぽにして、どこに!)徒歩15分先の量販店店でも、「取り扱っておりません。 取り寄せには、 1~2週間かかります」(なんだとおおおおお)刻々と、仕事に出かける時間がせまります。別の友人に、同様のお願いを。OKなるも、今はまだ仕事中で不可との返事。私もついに、出かける時間!結局、夜になってようやくお互いの都合が一致し、何とか配信してもらうことができました。そのかん、ちいさなトラブルはたくさん起きていました。きわめつけは、お金を3000円落としたこと!(飲み代一回ぶんがああ)(おい)まさに、最凶の日?いいえ。そうではありません。たしかにトラブルはつづきましたが、私は一度もいらいらしたり、落ち込んだりしなかったのです。(ちょっとあせりはしましたけどね)むしろ途中からわくわくしてきたくらいです。「これで一本書ける!」そう、このとおり、実際にね。(笑)そのうえ、自分のタフさを再確認しましたよ。だからやっばり、最強の日♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1741号(2008年8月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪どちらが、より大切か先日、友人と話していたときのことです。友人は、やりたいことと、やらなくてはならないことのあいだで悩んでいました。「やりたいことをやったら?大丈夫。何とかなる」すると、友人こたえていわく「そう思ってやって、何とかならなくて、まわりに迷惑をかけたことがあるから・・・」なるほど。たしかにそんなこともあるかもしれません。そのときの話は、それで終わりました。でも、あとで考えてみたとき、あれっと思ったのです。たしかに、迷惑はかけたかもしれません。けれど、それって本当に修復のつかないほどのことだったのでしょうか?友人は別に、社会的信用を失っているようすもありません。もとより、私たちは大なり小なり迷惑をかけあって生きている存在なのです。お互いさまなのです。むしろ、やらなければならないことばかりを優先させているうちに、人生が終わってしまったら・・・。それこそ、自分のいのちにたいして、迷惑をかけることになりますよね。そんなことを考えていたら、ふっと、ことばが浮かびました。「自分にとってどちらが、 より大切か」日本人は、どうしても生まじめな性質のため、「やりたいことをやる」=自分勝手と考えてしまう傾向があるようです。でも、「自分にとって、より大切なこと」と言い換えてみると、どうでしょうか?それが、やらなければならないことであっても、そちらがより大切と思えるならば、それを選ぶことができるでしょう。やりたいことであれば、それを選んで迷惑をかける限度を決めて、対策をたてればいいのです。それにね。これって、自分が何を大切に生きているかという問いでもあるのです。自分の価値観を問い直されるということでもあるのです。ある意味、とてもきびしいですね。だからこそ、より本質に向かうことができるのかもしれません。何かの選択をせまられたとき、どうぞ、この問いを自分に投げかけてみてください。「どちらが、より大切か」あなたが、あなた自身を生きていくためのキーワードとしてどうぞ活用してみてくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1740号(2008年8月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪ちいさな成功体験を実は、今朝のメッセージを書きかけていたとき、突然、ディスプレィの画面が暗くなりました。カーソルを動かしても、変わりません。フリーズしたわけでもなく、ただ暗いままなのです。夏によくあるのが熱暴走。 ハードディスク内の温度が 高くなった結果、 フリーズしたりなどの、 エラー反応を起こすこと。ただ、私のパソコンは、ちょっと古い型で、ハードディスク本体はけっこうでかくて、熱がこもりにくいのです。実際、ケースにさわってみましたが、問題はなさそうです。となると、ディスプレイが故障したのでしょうか。まずは電源を落として、押し入れから、ごそごそと非常用にとっておいた、古いディスプレイを取り出しました。取り替える前に、念のため、もう一度、スイッチを入れてみると、無事に明るい画面が立ち上がりました。ほっ。とりあえず、今日のメッセージは、無事に発信できそうです。(^^ゞここまでの一連の作業。振り返ってみて、思わず笑ってしまいました。パソコンをはじめたころの自分を思い出したからです。 パソコンを入手したのは、 2000年10月でした。だれでもがそうでしょうが、最初は、何もわかりません。私自身、もともと、キカイにはまるきり弱く、泣きたくなるくらい、何もわかりません。さいわい、パソコン関係に強い友人たちのおかげで、いろいろなことを教わりました。たくさん、たくさんサポートしてもらいました。その結果、少しずつ、パーツの名前を覚えたり、用途を理解したり、トラブルが起きたときの対応を習得したりしてきたのです。おかげで、今朝のことも、びっくりはしたけれど、ひとつもあわてませんでした。まあ、たいした事態ではなかったこともありますが。それでも、8年前の私が、(注/これを書いたのは2008年)今日の私を見たら、さぞかしびっくりするだろうなあ。笑ってしまったのは、そんな理由だったのです。「できない」「わからない」「自分には無理」私たちは、しばしば、そんな場面に出くわします。無力感に襲われることも、しばしばあります。でも、結局のところ、ほとんどの場合は、単に、「やったことがない」あるいは、「経験が少ない」だけのことなのだと思うのです。あるいは、前に進むことが怖くて、「できないこと」「無理なこと」にしておきたいだけなのかもしれません。でも、だれにでも「できてきた」ことは、たくさんあるはずです。何もできなかったら、いまも、赤ちゃんと同じ状態でいるはずですからね。(笑)できないこと、わからないことで、へこみそうになったときは、それを思い出してみればいいのだと思うのです。どんなことも、やろうとさえ思えば、時間をかけて学ぶなり、お金をかけて習うなり、何らかの方法で、乗り越えることができるはずなんです。ちいさな成功体験をどうぞ、大切にしてください。ちいさいことだからと、軽んじないでください。一つひとつは、本当にちいさなことでも、積み重なれば、ちゃんと、おおきな成果になっているものなのです。その積み重ねが、自分に勇気をあたえてくれることもたくさんあるのです。そうそう。今朝の私。実は、書くことがまとまらず、ちょっと手間どっていたのです。そんなとき、突然、画面が暗くなってくれたおかげで、こうして、一本、書くことができました。(笑)世のなか、うまくできているものです。というか、私自身が、書くことを重ねてきたことで、それだけタフになってきた、ということかもしれません。ほらね。やっぱり、ちいさなことの積み重ねなんですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1739号(2008年8月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪「自分」を楽しむ。2008年1月、大阪での「かめわざワークショップ」のテーマは、「なりたい自分になる」このとき、ワークの後半で、参加者それぞれが、「なりたい自分」に扮装してみました。このために、各自、何枚かずつ、服をもってきてもらいます。(もちろん、ひとが着用しても かまわないと思えるものを)それらを使って、「なりたい自分」に近いかっこうをしてもらうのです。そんなこと、いきなりやったら恥ずかしいと思うでしょうが、ワークの前半でたっぷり遊んで、こころほぐしをしていますから、大丈夫。みんな、きゃあきゃあ言って、衣装を選んでいきます。鏡のある部屋でしたので、鏡に、その自分の姿を映して、またまた大騒ぎです。(笑)そして、グループに分かれ、その「なりたい自分」がやってみたいことを、他の参加者とともに、短い即興劇にしていきます。すっかりノリにノッて、楽しんでいるひともいれば、ちょっと気恥ずかしげに表現しているひともいます。表現のうまい下手など、まったく関係ありません。大切なのは、体験してみることです。「なりたい自分」を体感してみることなのです。私は、長いこと演劇にかかわっていますが、衣装やメークのもつちからのおおきさは、つくづく実感しています。成功哲学では、よく、モデリングの話が出てきますが、これは、外がわからのモデリングかもしれません。そして、想像するだけより、実際に、扮装してみたほうが、はっきり反応が生まれるのです。どんなひとも、そのひとの内がわに、無限の可能性を秘めています。まさに、「何にでもなれる自分」が、そこにいます。衣装やメークは、それを、後押ししてくれるんです。大切なことは、いかようにも変身できる「自分」を楽しむことです。そのためにも、ぜひ、「変身ごっこ」の機会をつくってみることです。最初は、ほんのちょっとでいいのです。いつもは選ばないタイプの色の服を着てみる。いつもは履かないスカートをはいてみる。そんなことからね。きっと、最初は、違和感も覚えることでしょう。でも、この違和感は、決して悪いものではありません。いつも使わない感覚に、はたらきかけてくるからです。いつもは使わないから、ちょっと居心地が悪いだけで、新しいくつをはくときのように、はきなれてしまえば、すぐになじむようになりますから。そしたら、またちがったセレクトをしてみるんです。「自分」を楽しむ幅が、どんどん広がっていきますよ!せっかくの人生。ひといろの自分だけで終わらせるなんて、もったいないと思いませんか?遊んでください。おおいに楽しんでください。あなたが、「自分」を楽しめば楽しむぶんだけ、あなたの世界は、よりゆたかないろどりをもつことでしょう。いろどりをましたあなたのまわりには、さらにさまざまな魅力をもったひとたちが集まるようになるでしょう。ね? 想像しただけで、わくわくしてきませんか?どうぞ、思う存分、「自分」を楽しんでください。そしてそのよろこびを、よりおおくのひととわかちあってください。そのよろこびのぶんだけ、世界も、平和になりますよ♪ --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1738号(2008年8月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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★今日のフォーカスチェンジ♪神さまからの忠告仕事の関係のことで、気がつかないうちに、少しずつ、不満の気持ちがたまっていたようです。打ち合わせの帰り道、ついつい、愚痴めいたことばをもらしてしまいました。共感してもらえると思いきや、こんなことばが返ってきました。「でも、あなたの責任も おおきいと思いますよ」言われてみれば、たしかにそういう面はありました。だからこそ、そのあとのフォローを、自分なりにしてきたつもりです。それだけに、そんなふうに言われると、ちょっとカチンときます。(笑)そのときでした。「神さまからの忠告」そんなことばが、降ってきたのです。ひとりになってから、あらためて、考えてみました。ここで大切なことは、「何が正しいか」ではなく、「どう解釈すると、 自分にとってプラスに なるか」です。ああ、そうかと思いました。私たちは、知らず知らずのうちに、自分にとって都合のいい情報だけを集めようとしてしまいます。そして、「ほらね、やっぱり」と、自分を正当化しようとします。そのとき、私がやりかけてしまっていたのが、そういうことでした。だからこそ、相手のことばに、ショックを受けたのです。でも、それでよかったのです。相手のことばが正しい、正しくない、ではなく、そのことばによって、私は自分のありように気がつくことができました。まさに、神さまの忠告だなと、思いました。神さまの忠告、というのは、だれかのことばを借りたり、あるいは、何かのこと・ものをとおして、伝えられるメッセージのことです。何しろ、神さまですから、直接でなくても、伝達が可能なのです。この場合は、話していた相手の口から、ということになるでしょう。「そんなふうには、 素直に思えないなあ」そんなふうに感じるひとも、いるかもしれませんね。私も、即、それが了解できたわけではありません。ものごとには、段階がありますからね。まず、ひとりになって、自分の感情をきちんと、感じてみたのです。いろいろな感情が出てきました。怒り、かなしみ、くやしさ…。それらを、一つひとつ、感じてあげました。「よしよし、わかるよ。 感じていいんだよ」と、すべてにOKをあげました。感情は、きちんと、受け止めてあげれば、終わることを知っているからです。やがて、感情の波がおさまって、言われたことばを反芻してみたとき。「神さまからの忠告」ということばが、すとんと胸におさまったのでした。ときどき、「あのひとに言われても、 納得できない」という反応をするひとがいますよね。その気持ち、たしかに、わからないでもありません。だから、そんなときは、それって、もしかしたら、「神さまからの忠告」と、考えてみるのも方法ですよ。本来なら納得できない相手からさえも、上手に学ぶことができたら、私たちは、ますますパワーアップできるじゃありませんか!断然おトクですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1737号(2008年8月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.04.02
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