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★今日のフォーカスチェンジ♪ちいさなあかりものごとを決めるとき。行動にうつすとき。ぱっと動けるひともいれば、悩んで迷って、なかなか動き出せないひともいます。私たちは、それぞれにことなる性格や気質をもっています。反応のちがいはそこから起きてきます。だから、同じアドバイスも、ひとによって有効だったり、役に立たなかったりするのです。けれども、子どもたちと演劇活動をしてきて、これだけは共通だ、と思えることがあります。「自覚ができたとき」この瞬間から、子どもたちは、(そして、おとなたちも)主体的に動くことができるようになるのです。「自覚」とは、「自ら覚える」と書きます。「自ら(目)覚める」ともいえるかもしれません。いずれにしても、「自ら」がかんじんです。だから、相手にたいして、「自覚しなさい」というのは、実はナンセンスなんです。それは、「他覚」といいます。てか、そんな日本語は存在しません。(笑)ただ、相手に自覚してほしいと思う場合に、それなりに有効な方法はあります。自覚は、それが自分にとって、やるだけの価値(意味)があると感じられたとき、芽生えます。演劇でいえば、その舞台において、自分が価値(意味)のある存在だと気づいたときに、生まれるのです。だとしたら、私たちにできることは、その価値が、見えるようにしてあげることです。そのひとの、ほんのちいさな新しい一歩を、きちんとみとめてあげること。うまくいってもいかなくても、試行錯誤したことにたいして、OKを出してあげること。それはある意味、闇夜にあかりをともす作業なのかもしれません。はじめてのことは、闇夜をあかりなしで歩くことに、ひとしいのです。はじめてでなくても、自分が(まさに)「自覚」してこなかったことは、はじめてと同じことなのです。とはいえ、こうこうと照らす必要はありません。突貫工事をして、道の両がわ1メートルおきに、街灯を完備してしまうのは、やりすぎです。(笑)手もとのちいさなあかりひとつで、いいのです。あるいは、寄り添っていっしょに飛んでいくほたるのあかりだって、いいくらいです。そのちいさなあかりをたよりに、道を進むとき、不安を超えて、一歩一歩、自分の足で、歩いていることがわかります。ときには、つまずいたり、暗がりの何かにおびえることがあっても、ちいさなあかりに勇気をもらって進むことが、できますからね!やがて、その歩みは、少しずつ大胆になっていくでしょう。そのうち、自分で、あらたなあかりをつけることもできるようになるかもしれません。あるいは、ともに歩く仲間を見つけて、そのあかりをあわせることができるようになるかもしれません。そのころにはきっと、胸をはってまっすぐに、前を向いて進むことができるようになっているのですよ。もう、「自覚しなさい」なんてことばも、必要なくなっているんです。もしも、あなたが、だれかに自覚をもってもらいたいと思ったら、どうぞ、そのひとに、ちいさなあかりをあげてくださいね。そして、あなた自身が、そのちいさなあかりを、だれかにもとめることもできるのです。そうやって、私たちは、これまでの歴史を歩いてきたのですからね。これからも、歩いていくのですからね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1870号(2008年12月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪宇宙にたいする返礼です。「なかなか、自分を みとめてあげられない」「何かできたときでないと、 自分にマルをあげられない」そんなふうに言うひとが、ときどきいます。もったいないなあ、と思います。だって、私たちは、生きているだけで奇跡の存在なのに。いま、この瞬間に生きているということは、宇宙の確率のなかで、本当に稀有なことなのに。そのように言ってみても、たいていは、こんなこたえが、返ってきます。「そんなふうには、 とても思えない」このときにね、ちょっと気がついてほしいんです。本当に、そう思えない、のでしょうか?「そう思わないでいる」のではないでしょうか?だって、「思えない」としたら、そのための根拠が必要になります。私たちが、この宇宙のなかで、奇跡の存在ではない!と断言できるだけの、科学的データや論拠を、あなたはもっていますか?もっていないとしたら、それでも主張するあなたは、相当に意志の強いひとか、詐欺師の才能がある、ということになります。では、なぜ、あなたは、「思わない」という選択をしつづけているのでしょうか。「思わない」でいると、何か都合のいいことがあるのでしょうか?ここから先は、ひとそれぞれ、事情がことなるかもしれません。あくまでも、ひとつの例として、読んでください。私たちは、子どものころ、まわりのおとなたちから、さまざまな影響を受けます。子どもにとって、おとなは、無条件で神に近い存在です。だって、子どもにできないことを、なんでもやってのけてしまうのですからね!その神にもひとしい存在が、あなたに、こう言ったとします。「○○をしなかったら、 ~~してはいけない」「○○できない子は、 ~~の資格はない」それはあなたのこころの奥深くに、きざみこまれます。何かをしないと、人間の価値は、みとめられないのだと。何かをできないでいる自分は、価値のない人間なのだと。本当は、そこに、おおきなかんちがいがあったのですね。ひとつは、あなたにそれを告げたのは、神でも仏でもなんでもなかったということ。だから、そのメッセージも、信じる必要のないものだったということ。でも、おとなになっても、あなたのこころの深いところでは、植えつけられたメッセージが、ずっとひびきつづけています。そして、あなたは、何かをしないかぎり、自分に価値をみとめてはいけないと、きびしく自分を罰するのです。何しろ、神の命令でしたからね。さて、ここで、もうひとつ、気がついてほしいことがあります。あなたは、すでに、子どもではない、ということです。あなたが、ちいさな子どもであったなら、たしかに、そのおとなが、神に見えたかもしれません。それはしかたのないことなのです。でも、あなたのまわりを見まわしてごらんなさい。完全な神に等しいおとなは、存在していますか?どこをどうつついても、欠点の一つもないようなおとななんて、いますか?おわかりですね?みんな、不完全なのです。不完全が、普通なのです。あなたがかつて神と信じていたそのひとたちも、不完全だったのです。ただ、あなたがそのことを知らなかっただけなのです。けれども、そのことがわかるだけのおとなに、あなたはなっているのです。だから、あなたは、もう、そのときの信念を卒業していいのです。何かがないと、自分に価値をみとめないという、あやまった信念をね。大丈夫。あのひとたちは、本当は神さまではないのですから、その信念を捨てたって、バチはあたりませんよ。てゆーか、本当の神さまは、バチなんかあてないと、私は思っていますけどね!(笑)かつての神さまの言うことを忠実に守ってきたあなたは、とても礼節のあるひとです。今度は、ニセモノの神さまではなく、私たちの本当の創造主、宇宙にたいして、こころからのお礼を伝えることにしましょう。どうぞ、そのままの、ありのままの自分に、OKをあげてください。あなたが、本来のあなたを生きること。それが、あなたを、この世に送り出してくれた、宇宙にたいする返礼です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1869号(2008年12月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪立ち位置が決まります。ドリームプランプレゼンテーションの主催者、福島正伸さんの口ぐせは、「世界を変える」です。朝、起きると、まずひとこと。「今日も世界を変えに起きるよ」出かけるときにも、ひとこと。「今日も世界を変えに 行ってくるよ」出社して、社員にひとこと。「今日も一日、世界を変えよう」これだけ書くと、ひじょーにアヤしいひとですが、(笑)これって、実は、「立ち位置を決める」ことだと思うのです。私がかかわっている「演劇」において、この「立ち位置」はとても重要です。なぜなら、「立ち位置」を間違えると、照明が当たらず、場面が台なしになることだってあるからです。(^^ゞだから、舞台稽古のときには、当たり前のように、こんなことばが飛びかいます。「立ち位置を決めて!」「立ち位置を変えて!」そう考えてみると、「世界を変える」これって、人生における自分の立ち位置を決めることだと思うのです。言い換えると、自分の役割を、自分で決めてみると、世界における、自分の立ち位置が決まるのです。立ち位置が決まると、そこでなすべきことも決まるのです。「なるほど」と思ったあなた。さっそく、応用問題です。(笑)あなたは、あなたの立ち位置をどのようにしたいですか?あなたの人生における立ち位置を自分で決めてみてください。迷ってしまうあなた。かまいません。おおいに迷ってください。立ち位置に迷ったときになすべきことは、立ち位置を変えてみることです。ええ、それだけのことです。変えてみると、光の当たりかたが変わります。相手役との距離が変わったり、全体のバランスのなかでのポジションが見えてきたりします。そしたら、あらためて、自分の立ちたい場所を探せばいいのです。納得できるまで、探せばいいだけなのです。ただ、ここで注意が必要なのは、立ち位置を決めないまま、迷ってしまうひとがいるということです。それは、「立ち位置を決める」のではなく、単に、「うろうろしている」だけと言います。(爆)あなたが、立ち位置を変えれば、相手の立ち位置も変わります。あなたが決めるから、世界のありようも決まるのです。ここ、重要ですから、繰り返しますね♪あなたが決めないかぎり、世界も、決まらないのです。ですから、あなたが、あなたの生きかたを決めるということは、世界にたいする貢献なのです。(きっぱり)立ち位置を決めたら、しっかりと立ってください。足の裏に重さをおろして、深く、地球とつながりましょう。地球と呼吸をひとつにして、ゆったりゆたかに立ちましょう。そうして、今日一日、あなたを生きてみてください。そうして生きるあなた自身を味わってみてください。あなたの立ち位置は、ほかならぬあなたが選びます。毎日、毎時間、毎分、毎秒…。決めてください。選んでください。変わっていいのです。変わることを怖れる必要はないのです。そのつどそのつど、立ち位置を選び直していけばいいだけなのですから!「よし!」と思えたあなた。思ったときからスタートです。あなたの立ち位置を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1868号(2008年12月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪どんなちいさなことにもどんなちいさなことにも、感謝しようと思うと、世界じゅうが、きらきら、感謝できることで満たされていることに気づきます。どんなちいさなことにも、学びがあると思うと、たちまちにして、すべては、学びの場と変化します。どんなちいさなことにも、チャンスの種は隠されていると思うと、どんな困難も、チャンスに見えてくるから不思議です。生きていくということは、自分自身と向き合うこと。その過程には、さまざまなことが起きます。ときには、初心を忘れてしまったり。ときには、同じことを繰り返してしまったり。ときには、だれかのせいにしてしまいたくなったり。感謝。学び。チャンス。これらはいつも、自分を原点へともどしてくれます。何のために生きているの?何をしようとしているの?どんな生きかたをしたいと願っていたの?そんな問いかけを繰り返しくりかえし自分に投げかけながら。もう一度、立ちもどってくるのです。感謝。学び。チャンス。よかったら、どうぞあなたも使ってみてください。世のなかのこと・もの・ひとを、自分の思いこみで判断してしまう前に。まずは、いったん受け止めるのです。そして、こころのなかで、ひとことつぶやけばいいのです。「どんなちいさなことにも…」それから、顔をあげて、まわりを見回してみるんです。そして、一つひとつ、さがしてみるんです。この世界から、自分が受け取れること。たくさん、たくさん、ありますね!!そしてね。おまけです。「どんなちいさなことにも…」このことばを繰り返していたら、ふっと、もうひとつのことばが、浮かんできたんです。「神は細部に宿る」どきんとしました。ああ、そうなのだと、思いました。思わず、そっと手を合わせました。神さまということばは、宇宙とも自然とも、言い替えていいけれど。どんなちいさなものにも、その深遠なる真理は、横たわっているのだと。だとしたら、おろそかにしていいものなど、何ひとつないのだと。今日は、あなたの感謝と学びとチャンスに、祝福を贈ります。私たちが、ともに、感謝と学びとチャンスを、たたえあうことができたら、世界は、いっそうかがやきを増すでしょう。そんなうれしい一歩を、さあ、いっしょに踏み出しますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1867号(2008年12月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪ただ笑顔、それだけで。先日、ちょっと用があって、私がかかわっている(※2008年当時)子どもミュージカルの稽古風景の写真を見直す機会がありました。思わずことばがもれました。「かわいいなあ」(^^ゞ親ばか…いえ、親ではありませんから、指導者ばかというしかありませんが…。ひとつの舞台をつくるために、集まってきた子どもたち。ひとのせりふを真剣に聴いている表情。笑顔いっぱいにダンスを踊っている顔。歌を歌っているときの遠くを見つめるまなざし。写真をとおして、生き生きと伝わってきます。とりわけ、その笑顔に、ひきつけられるのです。「歌が大好き!」「ダンスが大好き!」「お芝居が大好き!」写真ごしに、そんな気持ちがあふれてきます。そして、それを見ているだけで、私もしあわせな気持ちになってしまうのです。ああ、そうだなあ。あらためて思いました。私たちは、いつも、何かが「ない」ことで、こころをおびやかされます。「できない」「わからない」「もっていない」「…ない」「…ない」そうして、どんどん、自分には、価値がないかのように思いこんでしまいます。でもね。どんなひとでも、それだけあれば、すべてOKになってしまうものがあるんです。それが、笑顔。私たちは、特別なことがなくたって、気持ちひとつで、笑顔になることができます。そして、その笑顔は、ただそこにあるだけで、まわりのひとをしあわせにしてしまいます。もちろん、こころの底から笑顔を見せられることが最高です。でも、そうでないときも、ちょっとだけ口角をあげて、息を、ふっと吐くだけで、もう笑顔は生まれます。そして、笑顔になったときには、自然に、気持ちも明るくなるのです。どうぞ、笑顔を大切にしてくださいね。それは、あなたがだれかにあたえられる、かけがえのない宝もの。1円もかけずにできる、とっておきの魔法。あたえることで、あなたは、だれかをしあわせにできる自分を発見します。そう、何もいらない。ただ笑顔、それだけで。だから、今日は、祈ります。一人でもおおくのひとが、笑顔で生きられる、そんな世界が実現しますように。一人の笑顔が、だれかの笑顔につながって、つながって、つながって、みんなが笑顔になるような、そんな一日でありますように。そのためにこそ。まずは、あなた自身の笑顔からはじめましょう。あなたの笑顔が、世界の幸福のスタートになりますよ!鏡を見て♪にこっと笑って♪さあ、いってらしゃい♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1866号(2008年12月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪ありがトントン拍子のお話「ほんの1か月くらい前まで、 想像さえしていなかった。 まさか、こんなふうに 人生が進むなんて…」ドリプラ仲間の「さわとん」は、自分自身のうつ体験をもとに、プレゼンテーションをおこないます。 ドリームプランプレゼンテーション。うつで苦しむひとがなくなりますように。うつであってもなくても、ともに支えあって生きられる社会が実現しますように…。そんな「さわとん」が考えたシンボルが、「ありがトン」。そう。ちょっとユニークな、ぶたさんのキャラクター。ぶたさんだから、「ありがとう」じゃなくって、「ありがトン」♪思わず笑顔がこぼれます。最初は、友だちの漫画家さんに描いてもらった、4コマ漫画。さわとん自身の体験を、シンプルに表現してくれました。「これ、いいね!」「気持ちがほっとする!」予想を超える反響に、さわとんのこころが躍ります。「絵本にしたらどう?」「うつのときって、 文字を読むのがきつくても、 絵本ならめくれるよね」そんな声にはげまされて。 トン、トン…。 まるでだれかが 後押しをしてくれて いるかのように。ダミーの絵本をつくりました。いろいろなひとに見てもらいました。いろいろな意見をもらいました。少しずつストーリーができあがっていきます。絵もどんどん増えていきます。さわとんのプレゼンを聴いて、ある有名メルマガ発行者が、感激して、全面的に話題にしてくれました。「応援します」「ぜひ実現させてください」たくさんの声が寄せられました。 トン、トン…。 背中を押す音が、 どんどん増えていきます。 「ダミーではなく、 本当の絵本を出版しよう!」「この絵本を広めることを、 うつで苦しむひとを 減らすことにつなげたい」さわとんの思いはふくらみます。そして、トントンすすんで、ついに、株式会社「ありがトン」の設立決定!うそのような本当の話。「ほんの1か月くらい前まで、 想像さえしていなかった。 まさか、こんなふうに 人生が進むなんて…」一番びっくりしているのは、本人自身かも。でも、そばで見ていたひとたちは、ちゃんと知っています。自分自身のミッションと出会ったとき、ひとは、どれだけ強くなれるか。妥協せずに、ぎりぎりまで練り直し練り直した文章。一つのカットにもこだわって、差し替えを繰り返し…。初めて聴くひとをつかまえては、反応を確認し…。ああ、本気って、こういうことを言うんだよね。どうせなら、本気のひとを応援したいよね。自然にそんな気持ちが湧いてくる…。だから、さわとんのトントン拍子は、ひとが背中を押した「トントン」の数。さわとんが発信した「ありがトン」の数と、さわとんに贈られた「ありがトン」の数が、トンでもない結果を生み出して、ここにある…。私たちは、失望や絶望に目を向けて生きることもできます。でも、同じ目で、希望を見ることもできるのです。どちらを選びますか?どちらを選びたいですか?トン、トン…。どこからか聴こえてくる音に、耳をかたむけてみてください。あなたにもおとずれるかもしれない、トントン拍子の音。いっしょに楽しみましょうね。あなたの人生を、トントンいろどりましょう♪あなたのトントン拍子を応援します!ありがトントン拍子のお話でした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1865号(2008年12月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪「ありかた」を決めるいろいろなひとから、悩みごとを聴かせていただくことがあります。それぞれの悩みは、それぞれに深刻で、気持ちはとてもよくわかります。当たり前ですが、そのひとにとって、それが悩みに値することだから、悩むのです。それにたいして、ひとが、あれこれ批判したり、裁定したりする資格はないのです。ただし、これだけはいつも思っています。実際の問題は、内容とはあまり関係がないのだと。はい。あえて、単純に言っちゃいます。どんなに簡単な悩みであろうと、どんなに深刻な問題であろうと、ポイントはひとつです。大切なことは、悩みにたいして、自分が「どうあるか」これだけなのです。もっと言うと、悩みにたいして、自分が「何を決定するか」これですべてが決まるのです。なぜなら、当たり前ですが、「ありかた」が決まると、何をなすべきかは、即決まってしまうからです。この「ありかた」を選べないときに、悩みは生じてくるのです。だから、究極的には、悩みを解決したかったら、自分にたいして、「どうありたいか」を、問いつづければいいことになります。「どうありたいか」が決まったら、そのためにできることを、やればいいだけですから。その「できること」が困難な場合にも、やはり、「ではどうありたいか」と、問えばいいのです。困難だからあきらめる、というのも選択肢です。困難でも、やれることをやってみる、というのも選択肢です。それを選ぶことも、また自分の「ありかた」を決めることなのです。また、「ありかた」を決めると、他者との関係も決まってきます。誰にも頼らないで、ひとりだけでがんばることが、自分のありかただと決めれば、それはそれでいいと思います。でも、自分のちからのおよばない部分、あるいは不得手な部分を、サポートしてほしいともとめることも、「ありかた」のひとつです。そのひとにたいして、自分ができるサポートのお返しをすればいいことだけですから。自分には、お返しできるものは何もない、というひとがいますが、それも、単にそのひとの「ありかた」です。何もない、なんてことは、絶対にないのです。具体的なかたちで表現できなければ、相手が泣いて喜ぶだけの最大級の感謝の気持ちをあらわせばいいのです。昔から、「○○さんの方には 足を向けて眠れない」なんてことばもあるくらいです。そのくらいの礼節?は、誰にだってできるでしょう。それで足りなければ、もっともっと、自分で考えてみればいいんです。「ありかた」を決めるということは、「生きかた」を決めるということなのです。どうぞ、この一度きりの人生のかぎられた時間を、自分自身にたいして、誠実に生きてください。この、二度と繰り返せない、一瞬一瞬を生きている、かけがえのない自分にたいして、最大限の「ありかた」を提示してあげてください。それはすべて、あなた自身が選べるものです。だって、ほかでもない、あなたの「ありかた」なのですからね。あなたがあなたにとって、最善の「ありかた」を選んで生きられますように。応援していますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1864号(2008年12月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪「自分」という可能性かめわざ流辞書では、「自分」と書いて、「かのうせい」と読みます。ですから、自分には「可能性」しかありません。はい。今日のメッセージは、ものすごーくシンプルです。と、ここで終わっては、なんのこっちゃ~?なので…。(笑)ちょっとだけつづけます。「自分には可能性なんかない」世のなかには、そう言って、自分を否定的にあつかうひとがいます。でも、かめわざ流辞書では、そう言っている「自分」がいるかぎりは、「自分」という存在を、否定することはできません。「自分」とは「可能性」のことですから、自分が「存在」するかぎりは、「可能性」も、否定できないということです。つまり、どんなにネガティブなひとでも、「自分」が存在するかぎり、「可能性」は存在するのです。ええ。なにやらややこしく書いてしまいましたが、単純に言ってしまうと…。私たちは、つねに「可能性」を生きている。そういうことです。そもそも、可能性とは、過去のことではなく、未来のことです。未来の可能性を、言い当てられるのは、予言者だけです。ただし、ノストラダムスさえも、的中率は100%ではありません。ということは、自分の可能性を絶対的に否定できるひとは、この世に存在しないか、存在するとしたら、地球史上もっともすぐれた予言者である、ということになります。もしも、あなたがそのような偉大な予言者であるならば別ですが、そうでないかぎりは、自分の可能性を否定しても、それは単なるかんちがい、ということになります。(^^ゞさて。私たちは、現実には、現在進行形の「可能性」を生きています。生きるということは、つねに、現在進行形ですから。だから、可能性は、生きている自分と、いつでもいっしょなのです。生きているかぎり、私たちは、可能性を生きるということなのです。あなたは、ちいさな可能性と、おおきな可能性と、どちらが好きですか?ちいさな可能性のほうが落ち着くというひとは、もちろん、そちらを選んでもいいですよ。おおきな可能性を選んでみたいひとは、ぜひトライしてみてください。生きているかぎり、可能性は、消えません。ちいさな可能性の積みかさねで、おおきな可能性を実現してしまうひともいます。おおきな可能性と、おおきな挫折を繰り返して、伸びていくひともいます。どちらでもいいのです。どんなかたちでもいいのです。あなたは、「可能性」です。生きているかぎり、「可能性」そのものです。だったら、自分のこころのおもむくままに、生きてみていいんです。どんな可能性にも、トライしてみていいんです。さあ。用意はいいですか?「自分」という可能性。どうぞ、きわめてみてくださいね! --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1863号(2008年12月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪成長って私がかかわっている(※2008年12月当時)地域の子どもミュージカルでは、公演のない期間、基礎練習と交流を兼ねた、ワークショップをおこなっています。私が担当するのは、おもに身体表現のワークショップ。そのなかで、即興でつくる寸劇を取り入れています。ふだんは、振り付けも歌も決まったミュージカルを上演する子どもたち。即興は苦手かな…と思ったら、意外にも、これがお気に入り。しかも、自分たちで勝手に「ミニ劇」なんて名前をつけて楽しんでいます。とはいえ、月1~2回のワークでは、充分なレッスンはできません。結果、劇というより、ほとんど、瞬間芸。(笑)毎回、何をやっているのか、ほとんどわかりません。でも、子どもたちが楽しんでいるから、まっ、いいかという気持ちでかかわっていたのです。そして、公演期間に入り、ワークショップはおやすみになりました。新しいミュージカルの稽古を見ているときです。あれっと思ったのです。子どもたちの反応が、とてもいいのです。演出さんが、「この場面は、こんな 工夫を取り入れて」と、ポイントを指示するだけで、さっと、それを取り入れたお芝居をつくってしまえるのです。ああ、そうなんだなあと、ひそかに感心してしまいました。そう、あのしょうもない(失礼!)と思えたミニ劇が、こんなかたちで、成果をあらわしていたのです。そして、実際、稽古のあいまに、ちょっと時間があって、ひさびさに、ミニ劇をやってもらったところ…。びっくりするくらい、見ていてもわかる、おもしろいものになっているではありませんか。成長って、順序よく見えるものではないんだなあと、あらためて思いました。あるところまでは、成長しているのかどうか、まるでわからない。むしろ、停滞しているようにさえ見える。ところが、ある時点を超えると、ぐぐっと、おおきく変化してくるのです。がんばってやりすぎないでよかったんだなと、思いました。「まっ、いいか」と、のんきに楽しんで、待っていたからこそ、この結果にたどり着いたのかもしれないなと。そして、子どもたちが見せてくれた無限の可能性。この感覚を、忘れないでいようと思いました。子どもだけでなく、おとなだって、きっと、同じだと思えたからです。いますぐに、かたちとしてあらわれてこなくても、いまやっていることは、ちゃんと、少しずつ内がわで積もってきている。楽しみながら、少しずつ少しずつ、つづけていけば、いつかきっと、ばっと美しく花ひらく瞬間がやってくる…。どうぞ、自分のことも、まわりのひとのことも、そんなふうに見てみてはいかがでしょうか。自分にたいしても、まわりにたいしても、きっと、もっとやさしい気持ちになれますね。そして、いつかその成果を、ともによろこび、わかちあいましょう。楽しみにしていますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1862号(2008年12月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪単なる習慣です。もう、ミモフタモナイほど、あっさりと言っちゃいます。私たちが、これは無理だと思っている思いも、これはできると思っている思いも、すべて、単なる習慣です。生きていくうえでは、どんなひとでも、さまざまな困難がともないます。それを、らくらくと超えていくひとを見ると、「すごいなあ。自分も やってみたい」と思います。ひとによっては、「いいなあ。でも、 自分にはできない」と、思います。この思いのちがいを、たいていは、性格のせいにしちゃってますが、実は、単なる習慣なんです。それまで、どれだけ「すごいなあ、自分も やってみたい」と思い、実際にやってきたか。「いいなあ、でも、 自分にはできない」と、あきらめてきたか。この繰り返しが、いまの自分をつくってきただけなのです。ね? 単なる習慣なんです。単なる習慣なんだから、かくありたい自分が、いまの自分とはちがうようだったら、新しい習慣に切り替えればいいだけなんです。かくありたい自分がするであろう習慣を、身につければいいんです。そんなに簡単に行かないよというひとも、いるかもしれません。でも、ものごとというのは、実は、ものすごくシンプルなんです。あ、より正確には、ものすごくシンプルだと考える習慣をもっているひとにとっては、ものすごくシンプルなんです。 わかりますか?(^^ゞ私自身、昔から、こんな考えかたをする人間ではありませんでした。むしろ、運命論者的に、「どうせ~~だ」と、やる前から、あきらめの気持ちをもっていたり、自分のできることに、あらかじめ、制限をもうけたりしていました。でも、それって、結局、「失敗したらどうしよう」「うまくいかなかったら、 自分がみじめ」そんな気持ちの裏返しにすぎないってことに、気がついちゃったんです。そんな気持ちを、習慣化していただけなんだってことに、気がついちゃったんです。だって、私たちは、生まれてまもないころには、だれだって、自分のやることに、怖れなんて抱きはしませんでしたよ。もしも、怖れの気持ちをもっていたら、そのへんに落ちてあるスリッパを、口にしたりしませんから。(笑)そう。私たちは、だれでも、無敵の艦隊だったんです。もとい、無敵のチャレンジャーだったんです。私たちが、新しい習慣にトライしていくためには、そのことを、思い出すだけでいいのです。あなたは、どんな自分を生きたいですか?いまの自分を基本にするのではなく、ただただ、ありたい自分を、自由にイメージしてみてください。そして、そのありたい自分に、一歩だけ近づけるとしたら、いまできることは何なのか、考えてみてください。そして、それを、今日から実行してみてください。習慣をつけるというのは、この繰り返しなのです。ですから、あまり一足跳びに新しい習慣を身につけようとしてはいけません。それは、這い這いをはじめたばかりの赤ちゃんが、いきなり、フルマラソンに参加するようなものです。無謀です。(爆)でも、ちいさな変化の一歩を、着実に積み重ねていくと、気がついたときには、びっくりするくらい、ありたい自分に近づけているものなんですよ♪そして、そのときには、かつての自分が、まるで別の人間のように感じちゃったりするものなんです。もうおわかりですね。その習慣を身につけるにいたった、さまざまなプロセスはあるにしても。結局のところ、単なる習慣なんです。単なる習慣だとわかってしまったのですから、あとは、自分が快く感じる習慣を増やしていけばいいんです。もちろん、快く生きたいと思わないひとは、いまのままの習慣でもかまいませんよ。どちらにしても、全部、自分で選べますから。あなたが、より楽しく、快く生きられる、新しい習慣を身につけることができますように。応援してますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1861号(2008年12月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪結局は、生きかた。たびたび書いてきたことですが、私たちは、私たちの好きなように、感情を使うことができます。コントロールということばは、誤解をまねきやすいですが、実際、感情はコントロールできます。見て見ぬふりをしたり、抑えつけたりしないで、きちんとみとめてあげると、感情は、暴走したりしません。ただあるがままにあることを、受け入れてあげると、感情は、自分で自分の居場所を見つけます。(笑)さて。ちょっと高圧的な態度をとるひとがいました。こちらの言うことを、頭ごなしに否定するかのような対応をしてきます。一瞬、むっときましたが、その「むっ」とした感情を、きちんと見てあげました。「あら、私、 むっとしたのね、いま」こんな感じです。(笑)このとき、「むっ」を「かっ」とか「むきっ」とか、「うががが」に成長させてしまうこともできます。(笑)つまり、真っ向から、対立してしまうことです。でも、それって、相手の土俵に乗ってしまっているだけなんですね。自分のペースではなく、相手のペースで、動く…いえ、動かされてしまうことと同じなんです。それはあまり、かっこいいことではありません。「あらまあ、このひとは、 こんな態度を とりたいひとなんだ」そう思ったら、もう、気持ちは、すうっと、落ち着いていました。そして、次の瞬間に、こんなことばが降りてきました。「結局は、生きかた」ああ、そうか…。あらためて思いました。どちらがいい・悪いではありません。そのひとの生きかたがあり、私の生きかたがある。それだけのことなのです。あなたが(私が)そのひとと出会ったことには、意味があります。その意味を決めるのは、あなた自身です。あなた(私)が、あなた(私)の人生を、どう生きるかを見定めるために、そのひとは、リトマス紙になってくれているだけなのです。だから、結局は、生きかた。そのひとを通して、私たちは、ただ、自分の生きかたを学べばいいだけなのです。なぜなら、私たちは、自分とことなるものをとおしてしか、自分を知ることができないからです。ことなる生きかたを見せてもらうことで、自分の生きかたを決める。そのとき、わざわざ見せてくれるひとにたいして、怒るなんて、おかどちがいですよね。(笑)きちんとみとめて、そして、相手という鏡をとおして、自分の生きかたを決めてください。結局は、生きかた。あらゆる機会を、自分の生きかたをみがくチャンスとして使ってください。あなたが、何を選ぶのも、すべて、あなたの生きかた次第なんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1860号(2008年12月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪おやつパワー私がかかわっている、地域の子どもミュージカル。新しい劇づくりに、新しい参加者が加わってきます。その最初の稽古の日の、最初の休み時間。「休憩」と告げたとたん、以前から参加している子どもたちが、まっさきにとる行動。それは、「おやつ」をとりに走ること!(笑)市販のお菓子から、手づくりのものまで、もってきたおやつを取り出すと、たちまち、稽古場は、お菓子のにおいであふれます。びっくりするのは、はじめての参加者たちです。休憩時間に、おやつを食べていいなんて、聴いていなかったのです。ちょっとぽかんとして、おやつをむさぼる(笑)メンバーたちを見ています。でも、実は、これが、チャンスなんです♪新しい参加者たちが、おやつをもってきていないことに気づいたメンバーたちは、次々に自分のおやつをもって、その子たちのもとにやってくるのです。「これ、食べて!」差し出されたおやつを見て、参加者たちは、またまたきょとんとします。「遠慮しなくていいから!」一人だけではなく、二人から、三人から…。たちまち、おやつ攻めになっていくのです。最初はとまどいがちだった、参加者の顔が、みるみるほころびます。おやつのきらいな子どもなんて、いませんからね!「ありがとう!」そして、この瞬間から、はじめての参加者も、以前からの参加者も、すっかりうちとけて、仲良しになってしまうのです。恐るべし、おやつパワー!しかし、これは、どうやら、子どもだけのことではなかったようです。私がいまかかわっているドリームプランプレゼンテーション。(※2008年プレゼンターとして参加)20人のプレゼンテーターは、5つのグループに分かれて、準備をすすめています。定期的に集まって、フォローしあう会もあります。そのとき、なぜか、私の参加しているグループのテーブルのうえだけに、お菓子があふれているのです!そして、もちろん、どのグループも、それぞれに、熱く、語り合っているのですが、私の参加しているグループでは、さらに、にぎやかにお菓子を食べる音が加わるのです!そのおやつの数は、回を追うごとに増えていき、しまいには、食べきれず、他のグループに配ったりなんかしています。そして、おやつを食べたいから…という理由では、けっしてないと思いますが…、私の参加しているグループでは、勉強会をひらく回が、一番多いようなのです。(^^ゞもしかしたら、おやつは、おとなたちに、子ども時代を思い出させてくれるのかもしれません。毎日の、三時のおやつ…。遠足の、定額を決められて、ぎりぎりまでどれにしようかと悩んだ、おやつ…。わくわくどきどきのあの時間を。最近、人間関係が、ちょっとぎくしゃくしているなあと感じたら、これ、使ってみるのも悪くはないかもしれません。おやつパワー!あ、できたら、事前に参加者の好みも、ひそかに調べておくと、なおいいと思いますよ!おためしあれ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1859号(2008年11月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪「聴く」ための一歩「ここでは、何を話しても、 ちゃんと聴いてくれる。 だから、安心して話せる」…「聴く」をテーマにした講座をおこなうようになって、これまでたびたび、耳にしてきたことばです。言い換えれば、日常のなかで、どれだけ、「聴いてもらえない」体験をしているかということでもあるのでしょう。また、あるひとは、言いました。「聴くということが、 これほど積極的な コミュニケーションの 方法であるとは 思ってもみなかった」これも言い換えれば、聴くことは、受身的なことだと思っているひとが、おおいことのあらわれでしょう。聴く。本当に聴く。私たちは、日常のなかで、この感覚を、あまりにもないがしろにしています。たいていは、聴いたふりになってしまっています。そして、本人自身さえも、自分はちゃんと聴いていると思いこんでしまっています。聴くために、「最低限」必要なことは、少なくとも、相手が話しているあいだは、相手の話を否定しないこと。これは、こころのなかでも同じことです。表面は聴いているふりをしていても、こころのなかで否定してしまっては、聴いていないのと同じことになってしまうのです。否定しないことと同意することはちがいます。あなたにはあなたの考えがあり、相手には相手の考えがある。それはそのままでいいのです。そのうえで、たとえ意見がちがっても、「ああ、そうか。そういう 考えかたもあるのか」と、ただ、受け止めていればいいだけなのです。相手の話を否定しなければ、当然、途中でさえぎるようなことも、なくなります。話し手は、最後まで安心して、自分の話をすることができます。そして、「話を聴いてもらえた」と、満ち足りた気持ちになれるのです。聴き手もまた、はじめて、「ああ、このひとは、 こんなふうに 思っていたんだ」と、気づくことができるのです。聴くためのスキルは、さまざまにあります。でも、結局のところ、すべてはここにはじまり、ここに終わると、あらためて思うのです。相手を否定せず、まるごといったん受け止めること。どうぞ、その視点で、日々の「聴く」を、もう一度振り返ってみてくださいね。あなたは、どれだけ「聴け」ていますか?あるいは、どれだけ「聴け」ていないことに気づいていますか?これが、第一歩です。たった一歩だけれども、おおきな一歩です。なぜなら、この一歩なしには、次のどの一歩もありえないからです。すべての私とあなたが、「聴く」ための一歩を、踏み出すとき、私たちの人間関係は、劇的に変わるでしょう。わかりあえないと思いこんでいたおおくの関係が、実は、わかりあわないでいただけなのだということに気づくでしょう。どうぞ、気づいたひとから、一歩を踏み出してください。私たちの生きかたを変える、おおきな一歩です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1858号(2008年11月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪辻私の住むところから、最寄駅までの途中に、五叉路があります。(※2008年11月当時)その角には、道祖神がまつられています。近所のひとがお世話してくれているのでしょうか。いつ通っても、新しいお花が飾られているのです。道祖神のちょうど向かいには、古いソメイヨシノの木があって、季節になるといつも、美しいいろどりを見せてくれます。そのせいもあるのでしょうか。この五叉路をとおるときには、いつも、こころが、しんとあらわれる気がするのです。どうしても、ただの道角とは思えないのです。「辻」あるとき、ふっと、そのことばが浮かびました。その瞬間に、ああ…と思いいたりました。「辻」十字路、交差点を意味する古い日本のことばです。このあたりは、古墳が発見されたりする、古い土地です。おそらく、ずっと昔から、辻は存在していたのです。住むひとが変わり、まわりの建物が新しくなっても、辻だけは、ずっと昔のままに、あるのでしょう。その辻に立って、はるかな古い時代に思いをはせてみました。何百年もの昔、この辻をとおったであろうひとびとのことを、想像してみました。ふっと、せつない気持ちがこみあげてきました。辻を背に、旅立つひと。辻に立って見送るひと。あるいは、辻に立って、じっと待ちつづけているひと。そんな光景が浮かんだからです。昔のことです。旅は、容易なものではなかったことでしょう。この辻でのわかれが、永遠のわかれになったこともあったかもしれません。待って、待って、待ちつづけたひとのすがたを、最初に見つけるのも、この場所であったはずです。辻は、そして、道祖神は、そのすべてを、ずっと見つづけてきたのです。出会いのよろこびも、わかれのせつなさも、すべて見守ってきたのです。そして、また、この古いソメイヨシノの木も、いつのころからか、そのよろこびと悲しみを、ともに、わかちあってきたのです。思わず、手をあわせずにはいられませんでした。永(なが)の年月、繰り返されてきたであろう、その深い思いに、祈りをささげずにはいられませんでした。どうか、すべての悲しみが、やすらぎに変わりますように。この道祖神とソメイヨシノがいまもなお変わらずに、あたえてくれる祝福を、すべてのひとが、受けとることができますように。そして、その祈りが、すべてのひとの人生の、辻つじにも、惜しみなくそそがれますように。すべてのひとがつつがなく、 (これも、古い 日本のことばですね)そのひとのいのちをまっとうできますように。あなたのまわりにも、そんな「辻」があるかもしれません。どうぞ、一度でいいから、立ち止まってみて、思いをやってみてくださいね。その辻をとおして、あなたの祈りが、すべてのひとのこころと、つながっていくのを、感じることができるかもしれませんから…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1857号(2008年11月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪まいにちがだいぼうけん先日、講座終了後の懇親会で、参加者さんから名刺をいただきました。その場でつくった、手書きの名刺です。名前とアドレスの上に、こう、書かれてありました。「まいにちがだいぼうけん」おおー!思わず、感動してしまいました。まさに、そのとおりだと思ったからです!しかも、これ、全部、ひらがなというところ、さらなるインパクトなんです。「まいにち」「だいぼうけん」なんとなく、子どもが書いたような気になりませんか?そして、小さな子どもが、ほおを真赤にさせて、「まいにちがだいぼうけん」なんて、書いているところを想像したら、思わず、応援したくなりませんか?そうなんです。平凡な生活なんて、本当は、ないんです。毎日が、大冒険…いえ、だいぼうけん、なんです。私たちは、ただ、そのことを、忘れてしまっているだけなんです。まるで、ダイヤモンドが落ちているのに、石ころだと思って、通り過ぎてしまうみたいに!あなたの日常を振り返ってみましょうよ。朝、起きたとき、何が目に入りますか?それら一つひとつのものは、どうやって、つくられたのですか?そして、どうやって、あなたのもとにやってきたのですか?そう考えただけで、あなたは、(私は)奇跡のようなめぐりあわせで、この空間に存在していることに気づくでしょう。何ひとつ条件がちがっても、いま・ここ、この状態にはならなかったのですから。また、あなたは、学校や会社に行くとき、車や電車を利用していますか?当たり前のように乗っているかもしれませんが、ちょっと考えてみてください。もしも、突然、そのまま、1000年前に、タイムスリップしたとして。1000年前の人間たちが、車(電車)に乗っているあなたを見たら、まちがいなく、怪物だと思っちゃうことでしょう。どうやって、その誤解を解くことができますか?あなたは、その車について、説明することができますか?ぐずぐずしていると、怪物あつかいされたまま、やっつけられちゃうかもしれませんよ。(きゃー)まあ、そこまで突飛なことを考えなくても。(笑)たとえば、あなたは、その車を組み立てることができますか?電車を運転することができますか? 電車の運転手さんは、 この問いはスルーして くださいね。(爆)できないでしょう?できもしないものに、あなたは、毎日、平然と乗っているのです。まだまだ、あります。会社でOLをやっているあなたは、こんなふうにつぶやくかもしれません。「あーあ、また お茶くみとコピーとりか」では、そのお茶が、この地上に、種として蒔かれ、実って、収穫されて、加工されて、あなたの目の前までやってくる過程を、想像してみてください。実際に、あなた自身がお茶になったつもりで、イメージしてみてください。まさに、「だいぼうけん」です!お茶でさえそうなのですから、コピーなんて、すごすぎます。一体、この複雑な機械を、誰が発明したのでしょう。あなたが原稿を、そこに置くだけで、文字や絵が、そっくり同じに写し取られ、狭い通路を通りぬけて、あっという間に、目の前に出現するのですよ。しかも、連続大量技だってできちゃいます。きりがないので、このへんにしておきましょう。私たちは、まさに、毎日、だいぼうけんのただなかを生きているのです。毎日、まいにちです。だとしたら、「今日も同じことの繰り返し」なんて、言ってられませんね。それは、おおいなるかんちがいですから!まいにちがだいぼうけん。このことに気づきさえすれば、この世のすべてが、あっという間に、宝の山に変わっちゃいます。さあ、今日も、わくわくのだいぼうけんのはじまりです!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1856号(2008年11月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪いっしょに遊びましょうね。こうして、毎日、前向きと思えるようなメッセージを書いていると、ときどき、こんなふうに言われることがあります。「怒ったりすることなんて、 ないんでしょう?」「こころがひろいですよね」ちっ、ちっ。修行が足りません。←何の?(^^ゞ5年以上、1日も休まず書きつづけているというのに、(※2008年11月26日現在)相変わらず、腹の立つことは、あります。落ちこむこともあります。自分をののしりたくなることもあります。(^^ゞでも、ちょっとだけ変わったことがあります。それらの気持ちが、永遠につづくものでも、絶対的なことでもない、ということがわかったことです。つまり、こういうことです。何かに対して、怒りを感じたとします。以前なら、かなりの時間、怒りつづけていました。最近は、怒りを感じると、「あら、私、 怒ってるのね」と、まず、怒っている自分に気づきます。で、感情というのは、エネルギーですから、このまま、相手にたいして怒りつづけていようか、それとも、別なかたちで放出しようかを、怒りながら、考えます。(笑)たいていは、そこで、怒りはおさまる…というか、ちがうかたちで放出することにして(そのほうが得策ですから)、おさめるのですが。タイミングが合わずに、怒りを放出してしまった場合は、あとで、しっかりと自分をケアします。何かにたいして、感情が波立つということは、自分のなかに、それに対応する何かがある、ということです。たいていは、そこに、気づかないでいた傷があるのです。だから、きちんと、ばんそうこうを貼ってあげます。ばんそうこうで間に合わないときは、包帯を巻いてあげたり、抱っこして、いいこいいこしてあげたりします。(^^ゞすると、感情は、自然におさまります。まさに、おさまるべきところにおさまります。怒り以外の感情も、基本はすべて同じです。終わることを知っているから、対応できます。いくらでも視点を変えることができることを知っているから、必要以上に振り回されません。(ここ、ポイントです♪)そう、生きている限り、感情がなくなるなんて、ありえないのです。だから、あるものと受け入れて、そのときそのときに起きてくる感情を楽しめばいいのです。それだけのことなのです。それけのことなのだけど、これが、実に楽しいのです。そして、そんなふうに楽しめる自分が、前よりずっと好きになったのです。でも、そんなふうに感じるようになるまで、毎日毎日、5年間以上も書きつづけたわけで。よっぽど時間のかかるやつ!とも言えますよね。(^^ゞだから、あなたも、時間がかかっていいんです。揺りもどしがあっていいんです。何度でもやり直せばいいだけなんですから。そのときにね。感情を楽しめるようになると、楽しい、らしい(笑)ということを、知っておいてくださいね♪そうしたいとさえ思えば、いつかちゃんと、たどり着けるところなのですから。そのときには、いっしょに遊びましょうね。待ってますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1855号(2008年11月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪一期一会の出会いとして自分のやりたいことをやり、生きたいように生きているつもりでいても。ときどき、ちょっとくたびれることがあります。やってもやっても、仕事が追いつかないとき。やろうとしていることにたいして、自分のちからが足りないと感じるとき。そんなことが重なると、気づかないうちに、エネルギーが落ちてきます。からだにちょっと不調が出てきたり、朝、起きるのが、しんどくなったりします。そんな煮え切らない気持ちでいたとき、ふっと、声が聴こえました。「いま、この一瞬は、 何のためにあるのだ?」その瞬間、喝を入れられたような気がして、飛び上がりました。まさに、背すじに、芯が通った感じです。あやうく、忘れそうになっていました。一期一会の出会いとしてこの「いま」があるということ。このかけがえのない「いま」を、どう生きるかこそが、自分の責任であるということ。どうありたいのか。問いかけるまでもなく、こたえは決まっていました。それは、私自身が選んだ生きかたでしたから。その瞬間に、からだに、ちからがみなぎるのがわかりました。ぶれかけていた軸が、はっきりしてくるのが感じられました。自分を叱咤激励して、無理に押し出すのではなく、みずからの意思によって、次の一歩を踏み出すエネルギーが、よみがえってきたのです。一期一会の出会いとして、一つひとつの仕事がありました。それは、どんなちいさなことであっても、どんなおおきなプロジェクトであっても、変わりはありませんでした。すべてかけがえのない一期一会の出会いなのです。ありがとうございます。こころのなかで、思わず手を合わせました。私は、この世に生まれて、どんな人生を送ることもできました。もっと世をすねて、ひとをうらやんでばかりの生きかたをしていたかもしれませんでした。傲慢に自分のことだけを考えて生きる生きかたを選ぶこともできました。 ん? いまもそうだろー ってツッコミは却下!でも、一つひとつの一期一会の出会いが、私を、いまの私にみちびいてくれました。自分の人生のなかで、なすべきことを見いだし、そのために全力をそそぐ生きかたを、選ばせていただきました。いまも、そしてこれからも、私は、どんな生きかたを選ぶこともできます。そして、それを決めるのは、どんな出会いをしていくかなのだと、思います。一期一会の出会いを、繰り返していきます。一期一会の出会いを、感謝して、受け取ります。そして、その出会いにたいして、全力を尽くしてお返ししていきます。それが、この毎日のメッセージなのです。あなたに伝えるということをとおして、私は、すでに、あなたから受け取っているのです。この一瞬を、どう生きるのかという一番深い命題を。ありがとうございます。もう一度、あなたにお礼の気持ちを伝えます。そして、今日一日の一期一会に向けて、まっすぐに踏みだします!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1854号(2008年11月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪ひとりのあなたに毎日、メルマガを発行していると、「大変ですね」とよく言われますが、実は、習慣になってしまえば、たいしたことはありません。たぶん、発行者にとって、一番のダメージ(笑)は、書いたものにたいして、まったく反応がないときではないかと思います。(^^ゞ好きで書いているとはいえ、毎日、1時間から2時間は、そのためについやします。ですから、読者さんからいただく感想は、発行者にとっては、最大の「ごほうび」です。なので、「今日は、我ながら労作だ」なんてときに、(あるんですよ)コメントがなかったりすると、「がーん」と、ひそかにショックを受けることもあります。(あるんです)(笑)あ、今日のメッセージは、別に、コメントのさいそくではありませんからね。(^^ゞそんなときに、いつも思い返すことを、お伝えしたかったのです。それが、今日のタイトル「ひとりのあなたに」です。感想をくださるかたや、ワークショップに参加してくださるかたをのぞけば、どなたが、メルマガを読んでいてくださるか、私にはまったくわかりません。日々のメッセージのなかには、共感できることも、できないこともあると思います。ひょっとしたら、怒りを感じて解除されるかたがいるかもしれません。それはそれで、しかたないことだと思っています。もともと、すべてのひとに、歓迎されるメッセージなど、書けるはずがないのですから。でも、これだけは、いつも思うのです。今日のメッセージが、それを必要とするたったひとりのあなたに届けばいい…と。そう、4500人の読者さんがいたとして、4499人の読者さんが、そのメッセージを無価値だと思ったとしても。たったひとりのあなたにとって、意味のあるメッセージになれるとしたら。その日、私が、そのメッセージを書いた時間は、充分に報われるのです。いいえ、それ以上のよろこびとなって、帰ってくるのです。だから、それを信じて書こうと思うのです。たったひとりのあなたに伝えられることばを探しつづけようと思うのです。そして、それが本当に信じられたなら、感想が届く・届かないは、もはや問題にならなくなるのです。ただただ、メールの向こうにいる、見えないあなたとのつながりを、感じていればいいだけなのですから…。そう思うだけで、もう、こころは満たされているのです。受け取ってくれたあなたへの感謝の気持ちで、いっぱいになるのです。それは、ある意味で、私が生まれてきたことの意味を、あなたが、教えてくれているということなのかもしれません。だれかのちからになれる(かもしれない)というよろこびを、いただいているということなのかもしれません。本当に、このことを思い出すだけで、私は、深いやすらぎを覚えることができるのです。自然に、「ありがとう」ということばが、口をついて出てくるのです。ありがとう。ひとりのあなた。ありがとう。今日のメッセージを、受け取ってくれて。みじかいけれど、こころからの感謝をこめて。今日も、メッセージを届けます。今日の、メッセージを、届けます。ほら!いま、つながりました♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1853号(2008年11月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪たったひとつだけ仕事が立てこんでくると、あれもこれもと、やらなければならないことに、翻弄されます。あっちをやりかけ、こっちをやりかけ、気がついたら、何一つ終わっていません。そんなことって、ありませんか? え? 私だけ? そ、そんなあああ。で、ね。そんなときの解決方法は、たったひとつ。そう、文字どおり。「たったひとつだけ」をやる、ということ。なんでもいいんです。とにかく、これと決める。迷いは出るけど、まずは、それをやる。ものごとって、なんでも、始めてしまえば、始まってしまうんです。(笑)(日本語になってます?)(^^ゞ何しろ、人間は、習慣の生きものですからね。そのときに、どっちがいいか考えるから、迷うんです。極端に言えば、目についたものから、やってしまえばいいんです。やりはじめると、エネルギーが湧いてきます。これも当たり前のことで、エネルギーは、静止状態では、あまりおおきく動きません。何でもいいから、やり始めることによって、動きを加速していきます。そしたら、そのエネルギーを活用すればいいんです。ひとつのちいさなことを終わらせたら、次のもう少しおおきなことにトライしてみるんです。その、次のことをどれにしようか迷うときは、やはり、迷わず、目についたものをやる。それでいいんです。ちなみに、私の毎日のメルマガも、それとほぼ同じ状態で書いています。今日は何を書こうかと、ネタがなくて困ることはないのです。どれにするかで迷うのです。だから、まずは、何でもいいから書き始めます。すると、たいていは、それを書いてしまうことになります。どうしても、気分がつづかないときは、まだ、思いが熟していないのです。それは、途中でやめて、別のものにトライすればいいだけのことです。さて。最初に「たったひとつ」と書きましたが、実は、これが唯一絶対の方法というわけではありません。世のなかには、一番大変なことから始めなさい、という教えもあります。それも真実ではあるのです。大切なことは、自分のエネルギーの発動のしかたを知っておくことだと思います。もっというと、自分のエンジンのかけかた、エンジンのかかりかたのくせを、知っておくことと言ってもいいでしょう。その一つの方法として、今日は、「たっひとつだけ」を提案させてもらったということです。とにかく、迷う前にやってみることです。間違いなく、そのぶんだけ、前にすすみますからね!ほら、今日のメッセージも、こうして書きあがりました♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1852号(2008年11月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.24
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★今日のフォーカスチェンジ♪あなたの本気ときどき、「~~してもいいと 思いますか?」という質問をいただきます。この質問をするとき、おおくの場合、ひとは、こころのなかで、すでにこたえをもっています。ただ、そのこたえをあと押ししてほしかったり、不安や迷いがあるときに、こんな問いになるのです。「~~してはいけないと 思いますか」も、基本は同じです。ひとは、自分がやりたいと思ったことしかできません。たとえば、バンジージャンプを絶対にやりたくないひとは、「バンジージャンプを やってもいいと思いますか?」とは、聴きません。まして、「バンジージャンプを やってはいけないと 思いますか?」と、聴くこともありません。 バンジージャンプを 例にあげたことに、 深い意味はありません。(笑)「やりたくない」ただそれだけのことです。(爆)私たちは、基本的に、自分のやりたいことをやって生きています。「そうではない」と、反論するひとは、たくさんいるでしょう。たとえば、「○○をしたくても、 家族がいるからできない」「時間がないからできない」「お金がないからできない」それは、結果的には、○○をやることで得られる喜びよりも、家族との関係の安定を選んでいるのです。○○のために、時間を割かないことで、時間を割くことで起きるトラブルを回避しているのです。○○にお金を使うと起きるかもしれないことよりも、起きないですむ現実のほうが楽だと感じているのです。誤解しないでくださいね。今日お伝えしたいメッセージは、どちらかを選べと強要しているのではありません。どちらを選ぶ自由も、私たちはもっていて、それを他人が決めることはできない、ということなのです。何かやりたいことがあって、不安や迷いが出るときは、自分に聴いてあげればいいのです。「それをやりたいの? やりたくないの?」やりたくないことはやらない。それだけのことです。そして、やりたいけれども、うまくいかない現実があるとき、そのときは、もう少し細かな質問が必要になります。「それは、いますぐ、 やりたいことなの?」「それは、何があっても、 やりたいことなの?」そんなふうに質問をして、それでも最終的に「やっぱりやりたい」と思ったのなら、それがうまくいく方法を探せばいいのです。ねっ。簡単でしょう?うまくいく方法は、ぜひ、こちらhttp://plaza.rakuten.co.jp/kameflash/diary/201207050014/で、ご紹介したように、前頭葉を前に押し出して、考えてみてください。そこに、あなたのこたえはちゃんと用意されています。蛇足になりますが、私のつたない体験でいうと。本当にそれをやりたいと決心できたときには、正面突破が一番です。ごまかさず、妥協せず、まっすぐに、そのこと・もの・ひとに、コミットメントするのです。そうすると、必要な道は、確実にひらかれます。なぜならば、本当に自分がやりたいという気持ちが持てたときには、いっさいの言いわけが、自分から消えるからです。そして、どのような結果が来ても、引き受けるだけの覚悟ができているからです。どうぞ、本気で、「やりたいことをやる」人生を、選んでみてくださいね。あなたの本気が、あなたの人生を決めるんです!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1851号(2008年11月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.23
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★今日のフォーカスチェンジ♪もうそうだけ今日のタイトル、「孟宗竹」と、漢字をあてはめられたあなたは、えらい!ひょっとして、受験生?(笑)がしかし、残念ながら、本日は意味がちがいます。もうそうだけ…は、「妄想だけ…」と書くのです。最近、ひとと、夢を語っているとき、その夢が、とめどなく広がっていくのに気づきます。すぐにできそうなことから、おいおい、それって、生きてるうちにかなうのかい、なんて思うことまで。そんなとき、いつも笑ってしまうのです。「これって、ほとんど 妄想だね」って。でも、話しているだけで元気になれるのなら、妄想だっていいじゃないか。そんなふうに思えるのです。夢を現実にしていくには、綿密な計画も必要。その他さまざまもろもろ、リスクを回避するための準備も必要です。でも最後に、背中をガツンと押してくれるのは、怖いもの知らずの妄想じゃないかな…って!学生時代に、自分の夢を、どんどん語る先生に会ったことがあります。どこまでが夢で、どこまでがホラか、わからないような話もありました。そのひとは言っていました。「ホラ話も とことんつらぬけば、 ホンモノになる」このことばが大好きです。だから、妄想、歓迎!ありえないことも、ありえると思いこんで、あとは、やりぬくだけ!そう、妄想だけ!それに、たとえば、いまは技術的に無理でも、あとで技術が開発されて、できるようになることも、きっとあるはず。いまは発見されていないけれども、それが発見されると、世界の常識が変わってしまうものだって、きっとありますよね。だから、いまできないからといって、あきらめる必要は、どこにもないのです。あなたが、本気でやりたいと思っていることならね!さあ。元気に妄想しましょう。ばんばん妄想しましょう。あなたの妄想、応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1850号(2008年11月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪多様な感情を、楽しみましょう。ひとは、しばしば、負の感情を怖れます。けれども、感情はエネルギーの一種にすぎません。他のエネルギーと同じく、使えばやがてなくなってしまうことがわかると、その怖れは消えていきます。私は、過去に何度か、けっしてなくなることはないと思っていた感情が、ある日をさかいに、消滅してしまうという体験をしてきました。ええ、何の前ぶれも、さしたる理由もなく。まるで、神隠しにでもあったかのように。(^^ゞあるいは、何の理由もなく、突然に、至福の感情に満たされる体験もしました。それは、ときには、ただ、ぼうっと、道を歩いているときにやってきたこともあります。意味もなく、幸福感で満たされるというのも、実は、けっこう妙な気分になるものです。(笑)それ以来、思うようになりました。思うようにならぬものが感情であるならば、ともにいるあいだ、できうるかぎり、いつくしんであげようと。だって、それはいつ、変化してしまうかわからないのですから。みずからの感情を受け入れたつもりでも、こころがさわぐときは、受け入れたと思いこんでいるだけです。そんなときは、まだ、満たされていない感情を、どうぞ、味わい尽くしてあげてください。しっかりと感じ尽くし、抱きしめてあげるのです。感情のほうが、「もういいよ」と、ノーサンキューを言うまでね!(笑)あるいは、また、もう終わったと思っていた感情が、ふたたび、ふっと、よみがえってくることもあります。それは、こころのもうひとつ深い層に、たどり着いた証拠です。よろこんでいいのです。歓迎していいのです。その感情を、しっかりと味わい尽くしてあげれば、あなたのより深い部分が、浄化されるでしょう。だから、すべては、楽しめばいいだけなのです。怒っても、嘆いても、へこんでも、その感情とともにいる自分を、楽しめばいいだけなのです。だって、しょせんは、生きているあいだだけ、使うことをゆるされたエネルギーなのですから。生きているあいだだけ、遊ぶことをゆるされた、おもちゃのようなものなのですから。おおいに、怒ってください。嘆いてください。へこんでください。そのたびに、生きている自分を実感してください。そして、存分に味わい尽くしたら、「負」以外の感情も、味見してみてくださいね。そして、お気に入りの感情を見つけたら、それを大切にしてあげてください。たぶん、長居してくれる…はずです。(笑)それから、蛇足ですが。感情の仕組みがわかると、感情そのものが、おおきく揺れ動くことは、少なくなります。何しろ、それは、遊ぶものであって、遊ばれるものではないのですから。(笑)そして、味わい尽くした結果、おしまいに、たいていは、ある、ひとつの感情と、とても仲良しになります。どんな感情かって?…。やすらぎ、です。たぶん、これだけは、人生の終わりまで、ともに寄り添ってくれる感情のようです。あなたが受け取る準備ができさえすれば♪それまでは、ひらきなおって(!)、ともに、多様な感情を楽しみましょう。遊びましょう。でなければ、わざわざ人間に生まれたかいがありませんから♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1849号(2008年11月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪前頭葉で、悩みましょう!これ、すごいです!本当に効き目がありました!かつてない効果があります!…ダイエットサプリの宣伝ではありません。(^^ゞ何かというと…「前頭葉で悩む!」です。え? 意味不明、ですか?では、説明しましょう。前頭葉は、想像力をつかさどる脳です。想像力は、未知のことを考えるのに、とても適した能力です。さて。私たちが悩んでいるときのことを考えてみましょう。何か解決しなければならないことがあって、それをどうしていいかわからないから、悩むわけですよね。ということは、それは、私たちにとって未知の部分であるということです。だったら、前頭葉を使って悩めばいいのです!何しろ、前頭葉は、おでこのあたりにありますから、ここを使うだけで、前向きになれます。しかし、今日はさらにバージョンアップした悩みかたを伝授します!それは、ずばり、前頭葉を、さらに前にもっていくのです。え? 意味不明ですか?では、いっしょにやってみましょう♪まず、自分の前頭葉をイメージしてください。見たことがなければ(たいていのひとは、 ありませんね)(笑)適当に想像してみるだけでかまいません。おでこのあたりに意識をやって、ああ、前頭葉がここにあるんだなあと、思ってみてください。それを、ぐぐっと、自分の前方に押し出してみるのです。30センチ以上、できれば、1メートルくらいは離しましょう。そのときのポイントは、意識が、前頭葉といっしょに伸びていくようにすること。目に見えない糸が、おでこから、ずっとつながっている感じです。リアルにイメージすると、ちょっとグロテスクかもしれませんので(笑)、あくまでも、「感じ」でかまいません。そして、その位置で、悩んでみるのです。悩んでいる主体が、自分の前方にある感じです。前に押し出してみるだけで、自分の脳の領域がひろがった感じがします。外に出しているので、閉塞感もありません。風通しもいい感じがしますよ。すると、驚くなかれ、あたらしいアイデアや、問題の解決策がするすると、見えてくるのです!はい。本当です。やってみたものがちです。やってみてください。悩みが出てきたなあと思ったら、即、前頭葉を押し出すのです!そして、目の前にある前頭葉に向かって、命令しちゃいましょう。「解決策は何か!」ほんとに、こたえが出てきますから!どうですか?想像してみるだけで、悩むのが楽しくなってくるでしょう?ええ、実際、私は最近、とても楽しいです。悩みが出てくると、わくわくしちゃいます♪というわけで、パワフル悩み解決法!前頭葉で、悩みましょう!楽しく前向きに悩みましょう!あなたの前頭葉に、乾杯♪●追記え? うまくイメージできない?大丈夫。最初は、なんだって、うまくはいきませんよ。まずは、練習あるのみです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1848号(2008年11月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪メッセージ、伝えてますか?いくつかの勉強会に参加しています。それぞれに魅力的な主宰者さん(講師)が、いらっしゃいます。その魅力は、もちろん一人ひとりことなるのですが。あるとき、ふっと、共通点に気がつきました。それぞれの勉強会の参加者に、しっかりと、自分の思いを伝えているということでした。それは、月々届くニュースレターであったり、会員で構成するメーリング・リストであったり、かたちはさまざまです。でも、そこで発信される主宰者(講師)のメッセージが、こころを揺さぶるのです。とくに、会員参加のおおきな企画の直前など、「全体をつらぬく軸を 感じたいなあ」と思うようなときに。一番時間がないはずの主宰者(講師)から、渾身の思いがこめられたメッセージが届くと、会員としては、盛り上がらずにはいられません。それって、長さじゃないんですね。たったひとことでも、よかったりするんです。「あなたがたを いつでも見ていますよ」「あなたがたとともに いますよ」伝わってくるのは、そのことだからです。私自身も、さまざまな会に参加し、ときには、それを主宰してきました。会が安定してくると、あるいは、自分に時間がないときなど、ついつい、このメッセージの発信がおろそかになりがちです。言わなくても、わかってもらえるだろう。時間がないのだから、しかたがない…。そんな言いわけを自分にしてしまい、結果的に、何もしないで終わってしまうのです。でも、何もしないことが、何も起きないことではありません。そのぶんだけ、確実に、参加者さんとの距離が、へだたっていきます。伝わっていると思っていたことが、まるで伝わっていないことに気づき、愕然とするときがやってきます。今日のメッセージは、何も、おおきな会の話だけにかぎりません。家庭でも、職場でも、起こり得ることです。リーダーの立場にある人間は、こころしておかなければならないところです。伝えなければ、伝わらない。親しければ親しいほど、この大原則を、忘れてはいけないと思うのです。そして、そのひと手間を惜しむような気持ちが湧いてきたら、自分のなかに、おごりがないかどうか、チェックしてみる必要があると思うのです。ええ、おごりです。わかってくれるだろう。やってくれるはずだ。できて当たり前だ…。無意識のうちに、そんな気持ちが、しみだしてくるんです。でも、考えてみてください。いま、あなたが、(そして、私が)その会(集団)を存続していられるのは、一体、だれのおかげなのでしょうか?そこに参加してくれるひとがいなかったら、何もはじまらないのです。何もすすまないのです。そこにたいする感謝の気持ちがあれば、伝えたいという気持ちも起きてくるはずなのです。感謝を忘れていませんか?メッセージ、伝えてますか?あなたなりのかたちでかまわないのです。長さの問題でもないのです。伝えることによって、相手の思いも動きます。あなた自身が、あらためて、自分がいまなすべきことに立ち返ることができます。もう一度、繰り返しますね。メッセージ、伝えてますか?よかったら、今日は、このことばを、頭のすみに置いて、一日を過ごしてみてくださいね。何かの気づきがあれば、(あなたのお役に立てれば)うれしいです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1847号(2008年11月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪今からできる一歩をワークショップでは、いつも、たくさんの感想をいただきます。「自分を自由に表現できて、 本当に楽しい」「正しい・間違いはないという 感覚がここちよかった」「自分のことが、前よりも 受け入れられるようになった」…などなど。それらをうれしく受け止めると同時に、あらためて思うこと。どうして、こんなにもたくさんのひとが、自分にOKをあげられなかったり、自分の気持ちを抑えて生きていかなくてはならないのだろうかと。もちろん、私たちは、この世界で学ぶために、あえて不完全な状態で生まれてくる、という考えかたもあります。そして、たしかに、苦しみを乗り越えて、自分を育てていくという体験は、私たちを成長させてもくれます。でも、そんなにも、長いまわり道をする必要が、本当にあるのでしょうか。これからおとなになろうとしている子どもたち、これから生まれてくる子どもたちに、そんな大きな負荷をあたえる必要が、あるのでしょうか。できうるならば、このわずか、100年あるかないかの人生を、もっともっと早い時期から、こころゆたかに生きる体験をしてほしい。自分らしく生き生きと、毎日を楽しんで生きる、そんな体験をしてほしい。もしも、今日のメッセージに共感していただけるなら…。どうぞ、あなた自身が、そうした体験に満ちた生きかたをしてほしいと思うのです。子どもたちにとっては、おとなの生きかたが、そのまま、自分の生きかたのお手本になるのですから。そして、あなた自身が、そんな人生を送っていないと感じているのなら。何をさておいても!自分自身を幸福にするために、行動してほしいと思うのです。そのためにできることは、いろいろあると思います。たとえば、こころの仕組みを知ること。そうすれば、私たちは、自分の感情と、もっと仲良くつきあえます。あるいは、自分が元気になれない、エネルギーダウンするようなメッセージは受け取らないこと。良薬は口に苦しとは言うけれども、それが、かならずしも、自分にとって必要な薬であるとはかぎりません。まして、苦い薬ばかりでは、飲むこと自体がいやになってしまうかもしれません。だったら、もっと、自分がうれしくなるような、楽しくなるようなメッセージを選んでもいいと思うのです。そして、これはとても大切なこと。けっして、ひとりだけでがんばろうとしないこと。私たちは、支えあうことのできる存在なのです。助けあうことに、喜びを見い出せる存在なのです。その特質を、活用しない手はないのですから!あなた自身の幸福のために。未来を生きる子どもたちのために。どうぞ、今日、今からできる一歩を、踏み出してみてください。私もいっしょに、歩いていきます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1846号(2008年11月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪ギフトの循環紅葉の美しい季節になりました。地方都市の公園を歩いていたときのこと。そこにある木々の紅葉したすがたに、思わず足を止めました。よく晴れた午後で、すこしかたむきかけた日ざしを受けて、葉は照り輝いていました。自然は、どうしたら、こんな美しい色をつくりだすことができるのだろうと…。ことばをうしなうような美しさでした。見ているだけで、こころが、澄みわたっていくようでした。そしたら、ふっと、こんな思いが湧き起こりました。ああ、私は何もしていないのに、この木々は、惜しみなく、深い感動といやしをあたえてくれる。何も望まず、何ももとめず、ただ、そこにあるという、それだけで、すべてをつつみこんでくれる…。涙が出そうになりました。日々、さまざまな感情に揺さぶられながら、私は、どれほどのものを、あたえることができているだろうか。この木のように、ただすっと立っている。それだけで、ひとのこころを浄化してくれるような。そんなありかたと、どれほど遠いところにいるだろうか…と。今日のメッセージは、これだけです。もの言わぬものたちが、その、無言のままに、いのちのありよう、存在のありようというものを教えてくれました。日々の傲慢さに気づき、もう一度、自分を振り返ってみるチャンスを、あたえてくれました。感謝して、受け取ろう。そう思いました。あたえられたものを、できうるかぎり、だれかに(何かに)還元していこう。素直にそう思えました。もしも、あなたが、どうしようもないやりきれなさを感じるときがあったなら。あなたのまわりで、無言のまま、あなたにあたえてくれるものの存在を意識してみてください。花も、木も、草も、空も、風も、光も、虹も、海も、山も、大地も…。何の見返りももとめずに、そこにいつづけてくれます。すべてをあたえてくれます。深く、深く、受け取ってください。そして、ゆっくりと、あなたのなかで、醸成させてください。あなたのなかに深く落ちたそれが、やがて、循環をはじめるとき、世界は、無数のギフトに包まれるでしょう。ギフトの循環…。思っただけで、こころが、ほっこりとあたたまっていきました。もう一度、顔をあげると、木々のかがやきは、ますますその明るさを増したように感じました。美しい時間が、静かに過ぎていきました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1845号(2008年11月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪チャンスの数と同じです。最近、あらためて、「すべては鏡だなあ」と、実感しています。前からわかっていたはずのことで、ひとにも、エラそーに言ってきたのですが…。あらためて、「いたたたた」と、思うことが多いのです。(笑)でも、これって、悪いことじゃないと、思っているんです。ひとは、人生を、直線で生きているのではなく、たいていは、じぐざぐと、あるいは、らせん状に進んでいるからです。だから、しばしば、同じような光景に出くわします。同じような体験をするはめになります。自分にOKを出す度合いが少ないときには、そのたびに、落ちこみます。「ああ、また同じことを やってしまった」と。でも、人生の歩みかたが見えてくると、同じできごとに遭遇しても、それが、まったく同じでないことが、ちゃんとわかります。じぐざぐであれ、らせん状てあれそのときどきに必要な場面として、それがあらわれてくることが、わかってくるのです。だから、最近の私も、「あらら、また同じ」と思いながら、同時に、「しめしめ、次の ターニングポイントに 来たってことね」と、ほくそえむことにしているのです。 それって、ただの 開き直りだろうという ツッコミは、却下!(^^ゞでもね。実際、そんなときというのは、ちゃんと、自分の感情が、見えているんです。たぶん、一周前には、感情にふりまわされて終わりの、自分がいたはずですからね。気がつくことができる、というのは、やはり、一歩前進なのです。(^^ゞそんなふうに、自分にマルをあげて、あらためて、まわりを見回してみると…。あちらにも、鏡。こちらにも、鏡。ここにも、鏡。そこにも、鏡。世界は、鏡だらけです。(笑)鏡とわかってしまえば、もう、怒りは湧いてきません。落ちこむ必要もありません。鏡の役割は、ただ、教えてくれること。自分では見えないものを、見せてくれること。だから、素直に感謝して、受け取ったらいいと思うんですね。そして、自分の人生に、どう役立てようかと、考えればいいんですね。どうぞ、あなたのまわりの鏡に気づいてくだい。そこに、鏡があることを、喜んでください。それは、そのままあなたにとって、チャンスの数と同じです。存分に楽しんでください。あなた流にアレンジして、上手に生かしてください。そうやって、鏡の活用法を、みんなでシェアするのもおもしろいかもしれませんね。そしたら、私たちは、ますます、人生を楽しむ達人になれちゃいますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1843号(2008年11月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪泣きごと効果お気に入りのブログがいくつかあります。また、訪問ついでに、ついつい、あちこちに飛んでいってしまうことも、しばしばあります。(笑)さて。そのブログは、いつも、話題が前向きで、おしまいは、ある一定のボジティブなことばでしめくくられていました。何も問題はありませんよ、みたいな、感じのね。悪いことばではありません。でも、実は、それ、ちょっとだけ、気に入らなかったんです。(笑)はっきりした理由はなく、ただ、なんとなくの感覚です。なので、書きこみをしたこともありませんでした。ところがあるときのこと。珍しく…いえ、はじめて、ネガティブな話題が書かれていたのです。どうも、何かあることで、ミスをしたらしいのです。そのことで、落ちこんで、自分を責めるようなメッセージがそこにありました。本当は、こんなとき、自分を責める必要はないのですよね。でも…そのときに感じたのは、「なんか、 本音にふれたなあ」っていうこと。そのひとがいつも発信していたのは、そのひとが、ありたいと思っていた理想のすがた。(たぶん)もちろん、それが悪いわけではありません。でも、こころのなかで、落ちこんだり、ひがんだり、いじけたり、すねたりしている自分がいたら。まずは、それをしっかりと、受け止めてあげたらいいと思うんです。それを見て見ぬふりをしたままに、ポジティブなことばを発信しても、やはりどこか無理があるように思うのです。かくしていても、なんとなく伝わってしまうように思うのです。その泣きごとともとれるようなメッセージに、その日、たくさんの書きこみがありました。どれも、あたたかくやさしさに満ちた応援メッセージでした。それを見ながら、思ったのです。そのひとの、本音がぼろっとこぼれたときに、きっと、みんな思ったんじゃないかなあ。「あ、自分と同じだ」って。親近感が湧いちゃったんじゃないかなあ、って。落ちこんだり、ひがんだり、いじけたり、すねたりする自分がいて。でも、それをなんとか超えようとしている自分がいて。どっちも、ホンモノの自分。どっちも、マル。というわけで、今日の結論。強がってばかりいないで、ときどきは、「泣きごと効果」を、活用しよう!(笑)あ、ただし、感情は、自分だけのものですからね。自分だけで、しっかりと味わってください。けっして、ほかのひとを、まきぞえにしようとしないこと。(笑)これ、案外重要なチェックポイントです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1842号(2008年11月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪一生に一度だけ子どものころ、よくこんなお願いのしかたをしていませんでしたか?「ね! ね! 一生のお願い! 一生に一度だけで いいから!」そのくせ、その中身は、実に他愛ない頼みごとであったりしたのです。そして、この「一生のお願い」は、何度となく繰り返され、しまいには、おとなから、「一体、何度、一生に 一度のお願いをしたら、 気が済むの!」と、一蹴されるわけですが…。(^^ゞ実は、私は、これ、高校生になっても、やってました。(笑)演劇熱中少女だった私の「一生のお願い」それは、高校演劇の発表会を観にいくこと。私が住んでいた地域は、ものすごーい田舎で、日に、何本かしか電車が通っていませんでした。 正確には、電車ではなく、 ディーゼルカーでした。(^^ゞだから、少しでも離れた地域の発表会を見たいときには、授業を休まなければ行けなかったのです。「だって、この発表会は、 人生のなかで、 一度きりしかないのよ。 もう二度と観られないの! だから、授業を休んでも、 観にいきたいの!」はい、思いっきり屁理屈です。だって、すべての発表会は、つねに、一生に一度です。そんなことを言っていたら、きりがありません。(^^ゞそれでも私は、おおまじめにこの主張を繰り返し、両親から、交通費をもらっていたのです。(笑) 学校でも、同じ理屈で、 学割をもらったことも ありました。(爆)いまにして思うと、一度言い出したらきかない私に、おとなたちが、苦笑いしているすがたが浮かんできます。そのおとなたちの度量に、あらためて感謝もします。そして、いま、思うのです。この「一生に一度だけ」の感覚を、自分はどれだけもちつづけているか、と。一生に一度だけの時間は、いまも、流れつづけているのです。○歳○か月○時間○分○秒の「私」を、私は、二度体験することはできません。起きているときも、眠っているときも、ごはんを食べているときも、歯を磨いているときも、トイレに入っているときも、お風呂に入っているときも、テレビを見ているときも、ゲームをしているときも、原稿を書いているときも、劇の指導をしているときも、けんかしているときも、仲直りしているときも…。ええ、ありとあらゆる時間が、「一生に一度だけ」の時間。そのことを、なんとなく、忘れてしまっていたなあ。今朝は、ふと、そんなことを思ったのです。もちろん、毎分毎秒、それだけを意識していたら、気が休まりません。(笑)だから、ときどきで、いいのです。いま、私が体験しているこの時間は、二度、ない時間。人生のなかで、一度だけの、大切な時間。その時間を、私は、どんなこころで生きたいのか。だれと、何をして生きたいのか。どんな結果を生み出したいのか。ときどきでいいから、思い返してみたいと思うのです。そのたびに、この一生で一度だけの時間を、そして、それを生きる自分を、いとおしく抱きしめてあげたいと思うのです。今日は、あなたの一生で一度だけの時間を祝福します。あなたにとっての、一生で一度だけの時間が、かぎりなくかがやくことを。こころをこめて、祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1841号(2008年11月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪日本語がおかしい!最近、私が参加したある集団のことです。はじめて出会うひとたちですが、とりあえずは、同じ日本語を使っています。なので、最初のうちは気がつきませんでした。ところが、だんだんと、私の頭のなかで、ハテナマークが増えていったのです。ビミョーに、話が見えなくなるのです。なんか、日本語、ちがうぞという気がするのです。ほどなくして、その理由が判明しました。そのひとたちは、問題が起きるたびに、「チャンス!」というのです。困ったことがあるたびに、「楽しい!」というのです。「日本語がおかしい!」私は、こころのなかでツッコミを入れました。どうして、問題が起きているのに、チャンスなんだ?どうして、困ったことがあるのに、楽しいんだ???? です!けれども、ときが経つにつれて、私の感覚も、だんだんまひしてきました。集団のちからとはオソロシイものです。その日本語に、次第に違和感を覚えなくなってきたのです。それどころか、それを聴くたびに、快感を覚えるようになっていったのです。せっ、洗脳かあああ!(@_@)ええ、このおかしな日本語に、私は、すっかり染まってしまいました。いまでは、むしろ率先して使っています。「ピーンチ!」「チャーンス!!」(爆)すると、どうなるか。ええ、もはや、世のなかに、ピンチは存在しなくなるのです。すべては、自分にとってのチャンスです。もちろん、困ったことも、なくなります。それらは、未知の地平をひらいてくれるわくわくの種です。楽しみの宝庫です。もしも、このまちがった日本語を使うひとたちが増えてきたら、やがては辞書も改訂しなくてはならなくなります。「問題【名詞】 たとえようもない チャンスのこと」「困難【名詞】 たとえようもなく、 わくわくすること」これは非常におおきな問題…チャンスです。日本語の乱れが、そんな重大な影響をおよぼしてしまうとは。困った…、いえ、楽しいことです。そうなったら、この世からすべての問題と困難が消えてしまいます!…はっ。いま、私、何かまちがった日本語を使いましたか?あああ、だんだんと、何が正しくて何がまちがいなのか、わからなくなっていくようです。私の記憶があるうちに、正しい日本語を記しておかなくてはなりません。問題とは…。困ったこととは…。どうしたことでしょう。先がつづきません。以前は、あんなにひんぱんに使っていたことばのはずなのに…。思い出せません。代わりに、わくわくした気持ちだけがあがってきます。自然に、笑顔になってしまいます。私は、うっかり毒きのこでも食べてしまったのでしょうか。どうぞ、みなさん。忘れてはいけません。正しい日本語を、正しく継承していかなくてはなりません。問題は…。困ったことは…。…。…。…。チャーンス!!! そして、その先には もはや何も記されて はいなかった…。 かつての「私」は、 このことばを最後に、 どこかに消えて しまったのだった。 これは、あなたの身にも 降りかかるできごとかも しれません。 どうぞ、くれぐれも、 お気をつけください…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1840号(2008年11月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪おおきなバケツあるとき、あるところで、あるコンテストがひらかれました。テーマは、「不幸自慢」です。おおきな会場に、おおぜいの発表者が押し寄せました。だれもが、自分こそ一番だと思っています。それぞれにはげしく主張しあいましたが、なかなか決着がつきません。すると、主催者は、係のものに何かを指示をしました。係のものは、走っていって、あるものをもってきました。それは、バケツでした。係のものは、発表者一人ひとりに、そのバケツをもたせました。主催者は言いました。「最後に、一番おおきな バケツをもっている ものが優勝者である」みんなは、顔を見合わせました。バケツのおおきさは、どれも同じなのに。ところが、おもしろいことが起きました。次の発表者が、自分の不幸を主張すると、バケツは、しゅるっと、ひとまわり、おおきくなったのです。「おおっ!」みんなは、目を見張りました。次の発表者は、さらに意気ごんで、自分の不幸を語りました。バケツは、またまたおおきくなります。もうあとは大変です。みんな、口角泡をとばし、我こそはと、自分の不幸をまくしたてます。ときには、身ぶり手ぶりを使って、表現しようとします。そのたびに、バケツは、どんどんおおきくなりました。両手ではかかえていられないくらい、いいえ、背丈をはるかに越すくらい、おおきくなりました。それでも、やはり、決着はつきません。主催者は言いました。「バケツのなかみを のぞいてみるといい」発表者たちは、言われるままに、バケツのなかみをのぞきこみました。といっても、どのバケツも、よじのぼって見なければならないほどのおおきさになっていましたけれど。どのバケツのなかにも、小さな紙切れが、いくつも入っていました。紙切れには、なにやら文字が書かれています。「それが、あなたがたが 語った不幸のなかみだ」たしかに、自分の言ったことばが、それらに書き記されています。主催者は言いました。「バケツのなかみが、 一番埋まっているもの こそ、一番不幸なはず。 そのものを優勝者とする」発表者たちは、ふたたび顔を見合わせました。バケツのなかみを埋めるためには、自分の不幸を語らなくてはなりません。でも、不幸を語れば語るほど、バケツは、どんどんおおきくなるのです。埋めなければならないすきまが、そのたびに増えるのです。発表者たちは、もう一度、バケツのなかみをのぞきました。底にたまった紙切れを、しみじみと見ました。「不幸だ、不幸だと 言っているわりには、 こんな程度の量しか ないんだなあ」一人が、ぼろっと、こぼしました。そのとたん、バケツがしゅるっとちぢみました。みんなは、はっとして、顔を見合わせました。バケツがちいさくなれば、結果的に、紙の埋まっている部分が、増えるではありませんか!そのあとは、また大変でした。みんなが、我も我もと、自分がいかに、これまでの不幸を乗り越えてきたかを語り始めたのです。そのたびに、バケツは、しゅるしゅると、ちいさくなりました。そして、とうとう、てのひらに乗せても見えないくらいのちいささになりました。どこからか、笑いがもれました。「なあんだ! 自分の不幸なんて、 こんなちっぽけな ものだったんだ!」みんなもつられて笑いはじめました。会場全体が、笑いにつつまれました。あんまり笑い声がおおきかったので、通りかかったひとが、「今日は、笑い声 コンテストですか」と、聴きにきたほどです。もう、だれも、自分のことを不幸だと主張するものはいませんでした。だって、こんなに楽しく笑っちゃったのですから。不幸だなんて、言えなくなっちゃいますよね♪さて。そのなかで、ひとりだけ、おおきなバケツのままのひとがいました。そのひとは、あのあと、何も語らずにいたのです。主催者は言いました。「あなたの勝ちです。 でも、なぜ、ほかの ひとのように、バケツを ちいさくしなかったのか、 わけを聴かせてください」そのひとはこたえました。「このバケツを、不幸で 満たすためには、 もっともっとたくさんの 不幸を知る必要が あるでしょう。 そうすると、おそらく、 バケツはまた おおきくなるでしょう。 それもおもしろいと、 思ったんですよ。 自分が、どこまで おおきなバケツをもって、 生きられるかを、 見とどけてみるのもね」みんなは、しんとしました。だれも、そのひとほどの不幸を引き受けて、生きていくことができるとは、思えませんでした。そのひとが、引き受けた不幸は、世界の不幸でしたから。静かな拍手が湧き起こり…。やがて、ひとびとは、散り散りに去っていきました。見えなくなったバケツを放り出して。かわりに、こころのなかに、何かほかほかと湧き上がる、あたたかいものをかかえて。そして、だれもが無言のうちに思ったのです。あのおおきなバケツに、このあたたかいものが、流れこみますように。そして、バケツ全体を、あたたかさで埋め尽くしますように、と。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1839号(2008年11月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪迷ったときは…子どもたちとの定例の演劇ワークショップ。その日は、なんと、下は小学4年生の女の子と、上は、中学2年生の男の子が、初参加しました。あらら、どうしようかな。こんなときは、さすがに、ワークの内容を考えます。初めて参加する子は、それぞれに不安です。しかも、10歳と14歳。興味・関心も相当に幅があります。まずは、名前ゲームで、名前を覚えてもらいます。以前にも書きましたが、名前を呼んでもらうと、ひとは、自然に親しみを感じ、安心するのです。幸いなことに、男の子のほうは、もともと、ひとなつっこい性格のようで、すぐになじんでくれました。が、女の子のほうは、なかなか緊張がぬけません。かろうじて出す声も、ほとんど聴こえてきません。ワークは、ひきつづき、「名前パレーボール」に入っていきました。これも、名前ゲームの一種。ボールではなく、名前を呼び合うことで、ボールを受け渡しするかのようにやりとりします。そのときでした。常連の女の子たちが、何やら、こっそり相談をしています。何をやっているのかな?と思ったら…。「迷ったときは…K!」なんと、そう言って、初参加の男の子、K君を「ねらい撃ち」しはじめたのです。(笑)よくありますよね。一人の子だけ、集中的にねらうという、あれです。(^^ゞ「迷ったときは…K!」このことばを言うと、ボールは、必ずK君のところに飛んでいきます。 「えええ、大丈夫かあ」と、一瞬はらはらしましたが、K君、ちっともいやがるようすがありません。むしろ、楽しんでいるようすです。女の子たちは、K君のそんな感覚を、直感的に見抜いたのでしょう。子どもたちの感覚は、まったくあなどれません。そうこうするうちに、ボールが、初参加の女の子、Nちゃんのところに飛んでいきました。名前バレーボールは、ボールを渡す相手の名前を声に出さないとアウトになってしまいます。一瞬の沈黙。助け舟を出そうかと考えたそのときです。常連の女の子たちがいっせいに叫んだのです。「迷ったときは…」Nちゃんの口から、はじめて、ちからのある声が出ました。「K!」ええ、そのことばとともに、しっかりと、見えないボールを打ち返したのです!(爆)Nちゃんの、うれしそうな顔!ワークは、そのまま、スムーズな流れに乗っていきました。もう、心配をする必要はありませんでした。女の子たちは、別に、Nちゃんのために、K君を「集中攻撃」したわけではないでしょう。(笑)でも、あのとき、一斉にかけ声が飛んだのは、やはり、Nちゃんに、なんとか仲間に入ってもらいたいという気持ちがはたらいたから。子どもってすごいなあと思うのは、こんな瞬間なのです。「仲良くしなさい」「仲間に入れてあげなさい」そんなことばを一切必要としないのです。あれから数か月。Nちゃんは、すっかり、みんなのなかに溶けこんでいます。ええ、もちろん、K君も♪すべては、あのひとことから、はじまりました。「迷ったときは…」私も、こころのなかで、そっとつぶやきました。「迷ったときは…」K…「子ども(K)たちに、 感謝(K)!」です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1838号(2008年11月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪あなたに、一通の手紙を書こう。毎日、メールマガジンを発行していると、ときどき、何を書こうか、迷うことがあります。いわゆる「ネタ」に困る、というよりも、今日は何を渡そうかと、迷ってしまうわけです。今日も、そんな日でした。それで、過去のメルマガを読み返したりしていました。そんななかで、ふっと、あがってきたことば。「あなたに、 一通の手紙を書こう」ああ、そうだと思いました。私たちは、いつでも、だれかにたいして、何かしら伝えたい思いをもっています。けれども、その思いをきちんと伝えているかというと、なかなかそうはいきません。伝わるだろうと思って、そのままになっていたり。タイミングをはずしたまま、伝えずじまいになっていたり。伝えるべきことばではないことばで伝えて、誤解されてしまっていたり。そんなときにね。もしも、一通の手紙を書くとしたらどうだろうと、考えてみるんです。一通だけです。あとにも先にも。しかも、メールではいけません。手書きの、手紙です。きっと、便箋だって選びますよね。ペンだって、選ぶかもしれません。机の前に座りなおし、心地よい音楽なんかかけちゃうひともいるかもしれません。大切なことはね。そんなふうに、手紙を届けたい「あなた」に向き合うこと。こころが、しずかになるでしょう?うそやごまかしが、どれだけ、おたがいの関係を傷つけているか気がつくでしょう?それって、そのまま、自分自身と向き合うことでもあるんです。どんな自分を生きたいかは、どんなメッセージをとどけたいか、とも重なってくることだから。それが、いいかげんなものであるなんてことは、けっしてありませんから!どうぞ、そんな時間を、大切にしてくださいね。あなた自身を大切にすることが、あなたにつながるすべてのひとを大切にすることにつながります。あなたにつながるひとが、自分を大切にされたと感じたなら、そのひととつながるだれかにも、それは伝わっていきます。よろこびの循環は、いつだってそんなふうにはじまるのです。「あなたに、 一通の手紙を書こう」私自身、もう一度、つぶやき直してみました。そして、今日のメッセージを書いています。あなたのこころにとどくことを祈って。●追記それって、手書きじゃなくて、メールじゃん…っていうツッコミは受け付けません。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1837号(2008年11月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪「だから、かわいい」自分って、つくづく、ちっぽけだなあ…と感じることはありませんか?一所懸命やってもやっても、うまくいかない。まわりのひとが、自分を追い越して、どんどん先に行ってしまう。才能、ないんじゃないか。運も、悪いんじゃないか。もともと、だめなやつなんじゃないか…。そんな気持ちがこみあげてくる…。それは、かつて自分が落ちこんでいくときの思考のパターンでもありました。自己否定…。虚無感…。罪悪感…。怒り…。なだれのように湧き起こる負の思い…。「自分ってちっぽけ…」そんなふうに感じてしまう体験が、最近もありました。そして、次の瞬間に、あることを感じている自分に気がつきました。「いとおしいなあ、自分」ええ、浮かぶことばが変わっていたんです。(^^ゞこんなにちっぽけなのに、精一杯生きている。才能がなくたって、トライしつづけている。ほかのひとが追い越していっても、あきらめない。あきらめたように見えて、またチャレンジしている。しょうこりもないなあ。学習しないやつだなあ。めっちゃ、かわいいなあ。(笑)もう、次から次へと、そんなことばが浮かんでくるんです。そして、ここまで考えて、昔からよく言われていることばを思い出しました。「ばかな子ほどかわいい」(爆)どうして、ばかな子ほど、かわいいんでしょうか。それは、目が離せないからです。ほっとくと、何をやらかすかわからない。自分がついていてあげなくちゃだめ。そんな気持ちをくすぐられるんですね。この感覚、悪くないなあ。そう思いました。だって、自分のことを、ついつい、かまいたくなってしまうんですからね。ばかなことをやればやるほど、ますますかわいくなってしまうんですからね♪あなたも…。このところ失敗つづきだなあ。何もかもうまくいかないなあ。そんなふうに感じたときは、ぜひ、この感覚を使ってみませんか?「ばかだなあ」「しょうもないなあ」「またかよ」さんざん、自分に文句を言ったあとで、ひとこと言うんです。「だから、かわいい」(爆)その瞬間に、あなたは、最高にチャーミングな、キューティなあなたに変身してしまいます!なんだか、次に、ミスをするのが楽しくなってきたりして。(笑)もはや、天下無敵ですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1836号(2008年11月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪みぢかであればあるほど「感謝」が大切なことは、だれでも知っています。何かで助けてもらったり、親切にしてもらったり。そのたびに、こころからの「ありがとう」。これ、ちゃんと実践できているひとって、けっこういると思うんです。でもね。そんなひとでも、案外忘れがちなのが、みぢかにいるひとたちへの感謝。夫婦、親子といった家族であったり、親しい友だちであったり、仕事仲間であったり…。みぢかであればあるほど、私たちは、ついつい、この感謝の気持ちを忘れてしまいます。毎日大変なことをお願いしているのに、いつのまにか当たり前に思ってしまい、してくれないときに、文句を言ってしまったり。きめ細かなこころづかいを、うれしいと思いながらも、そのうちいつかと、感謝のことばを伝え忘れてしまう。わかってくれるはずだと、たかをくくって、ひとことでいいそのことばを省略してしまう。そんな積み重ねが、大切なひとたちとの関係を、こわしてしまうことって、あるものなんです。ええ、私にもあります。大反省で、あります!(>_
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪胸に手を当てて胸に手を当てて、よーく反省しなさい!…。(@_@)…ではありません。胸に手を当てて、自分を、やさしくケアしてあげてください。…です。失礼しました~。(^^ゞ例によって、(笑)いろいろなことがあって、いっぱいいっぱいになっていました。ふつふつと、罪悪感が湧いてきます。「ああ、私って、どうして いつもこうなんだろう」思わず、自分を責めたくなります。そんなときに、ふっと、そのことばが、湧き上がってきたのです。「胸に手を当てて」これまた、例によって、あとがありません。(実に不親切です)←だれが?しかたがないので、言われた?とおりにしてみます。鎖骨のちょっと下のあたりに、そっと手をふれてみました。 位置は、そのひとなりの 感覚でいいと思います。そのまま、じっと、呼吸をしていました。ふれたところから、じんわりと、あたたかさがからだに伝わってきます。自分のぬくもりなのに、不思議と、こころが落ち着くのです。それだけで充分でした。無理にボジティブなことを考えなくても、本当にただそれだけで。私たちは、何かが足りないと考えると、外からそれをおぎなおうとします。まるで、自分自身では何もできないかのように感じてしまって。でも、そんなことはないのですね。そう、胸に手を当てて、そうやって、静かに自分をケアしてあげるだけでいいのです。それだけで、自分で自分にエネルギーを、そそいであげることができるんです。ポイントは、てのひらのまんなかを中心にして、ふわっと、全体を当ててあげること。そして、深く静かに呼吸をすること。ついでに、頭のなかを、できるだけからっぽにしておくといいでしょう。もしもどうしても、雑念が湧き上がってくるときは、それをジャッジしないで、手を当てている部分の胸のぬくもりに意識を向けてください。そのまま、じっと静かに感じてみてください。私たちは、生きている、ただそれだけで、こうして、あたたまることができるだけの熱量を発しています。自分には何もないというひとでさえ、体温はちゃんとあります。低体温のひとでさえ、30度以上、ちゃんとあります。(^^ゞそう、充分なあたたかさをもっているんです。そのことを、どうぞ忘れないでください。胸に手を当てて、ただ呼吸しているだけ…。ほんのわずかのあいだでしたが、不思議と、落ちこんだ気持ちは消えていました。からだのちからが自然にぬけて、無理なく、やるべきことをやろうという気持ちがよみがえってきました。そして、あなたにもこの体験をシェアしたくて、メッセージを書いています。ちょっと落ちこんだとき、気持ちが盛り上がらないとき、ためしてみてくださいね。あなたの元気を、プチ応援します♪●追記からだが冷えているときや、もともと手が冷たいというひとは、先に、両手を36回ほど、こすりあわせてからのほうが、効果的です♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1834号(2008年11月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪つながりなおせばいいのです。風がはげしく吹くと、地表にあるものが、それを受けて舞い上がります。実は、こころにも、同じようなことが起きるときがあります。おおきな仕事をするとき、当たり前ですが、エネルギーもおおきく動きます。 この「おおきな仕事」と いうのは、自分にとって、 と考えてくださいね。すると、同じようにこころが、舞い上がるのです。ひとは、すべて、地球とつながって生きています。舞い上がると、そのぶん、地球から遠くなります。(^^ゞすると、知らないうちに、不安定になります。不安定になると、どうなるか。本来の自分ではない考えかたや行動をしがちになります。自分の本質ではないところに、こたえをもとめがちになります。そして、そうなっていることに、なかなか気づくことができません。そのうちに、だんだん、やっていることがおかしくなっていきます。まわりのひとたちも、「あれっ」と、首をかしげるようになります。エスカレートするにつれ、次第に、その溝は、おおきくなっていきます。気がついたときには、自分が望んでいたのとは、まるでちがう地平に、ぼつんとたたずんでいる…。そんなことが起きるのです。これは、おおきな仕事だけにかぎりません。どんなときでも、エネルギーが動くときは、要注意なのです。でも、だからといって、エネルギーが動くことを怖れるのも、またつまらないこと。それでは、何も行動できなくなってしまいます。大切なのは気づくこと。気づいて修正していくことなんです。最近、私が、何かあるたびに意識していること。それは、二つのことです。「すべてが学び」「すべてが正しい」何かにふれて、こころが波立つとき、この二つのことばを、胸のなかで反芻します。すると、私の内なるエゴが、パワーをもちたがっていることに気づきます。それは、「自分だけが正しい」と、主張したがります。そう、まさに舞い上がっている状態です。(^^ゞだから、はっきりと、「ノー」と言います。「否定すべきことは 何ひとつない。 あるのは、そこから 学ぶことだけ」そして、深呼吸して、地球とつながる自分を意識しなおします。あらゆることは、自分の内がわで起こっています。だから、自分の内がわを変えると、世界は変わります。少なくとも、自分自身と、自分のまわりにおいては、変化が生まれます。そのために必要なことが、この地球とつながること。そうやって、何度でも、何度でも、地球とつながりなおせばいいのです。何度舞い上がっても、ゆっくりと、地表に降りてくればいいのです。そこから、出発しなおせばいいのです。今日のメッセージは、いつもながら、目いっぱいの自戒をこめて!あなたが生きていくうえで、何かのヒントになれば幸いです♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1833号(2008年11月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.05
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★今日のフォーカスチェンジ♪まっすぐ道を歩いていたら、ふっと、湧き上がりました。「まっすぐ」ただそれだけ。あとは、何も浮かんでこないので、しかたがないから(笑)、そのことばを繰り返しながら、歩いてみました。まっすぐ…まっすぐ…まっすぐ…。そしたら、ああ…と思ったのです。まっすぐでいいんだ、と。まっすぐに進む。まっすぐに生きる。まっすぐに向き合う。まっすぐにぶつかる。まっすぐにかかわる。すべてが、まっすぐ。何よりも、自分のこころをまっすぐに見つめること。そのこころにまっすぐに生きること。それが、私にとっては、生きていくということ。何のごまかしもなく、何のためらいもなく。ただ、ありのままの自分にたいして、まっすぐに向き合うこと。その自分が生きたいかたちをまるごと受け入れること。もちろん、世のなかにはまっすぐだけではやっていけないと感じることもたくさんあります。でも、それはそれでいいと思うのです。私は私で、まっすぐに生きていこうと。だれのためでもなく、だれに押しつけることもなく、ただ、自分自身のために。そんなふうに感じたのです。そして、もしも、まっすぐに生きることを心地よく感じるひとと出会えたら。そのまっすぐをいっしょに楽しめばいい。そのまっすぐにたいして、エールを贈ればいい。ただ、それだけのこと。今日のメッセージは、なんだかひとりごとみたいになってしまいましたが。どうぞ、ぴんときたかたは、受け止めてみてくださいね。そして、小さくていいから、声に出してつぶやいてみてください。「まっすぐ」って。そこから生まれる何かを、どうぞ、受け止めてみてください。いいえ、その瞬間に、その何かは、まっすぐに!あなたのなかに飛びこんでくるかもしれません♪そこから何がはじまるか。楽しみですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1832号(2008年11月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪達観しました!達観しました!このタイトルに引き寄せられて、メールを開けてしまったあなた。あなたは、もしかしたら、人生のどこかで、悟りをひらくことができると、期待しているのかも。すみません。その期待、裏切ります。(^^ゞええ、たしかに、達観したんです。ただし、ひとは、一生、達観できないということを。(爆)昔むかし、ある友人が言っていました。「自分は、死ぬ直前まで、 死にたくない!と、 じたばたあがいて、 死んでやるんだ」と。そのころは、それもひとつのありかただなと。でも、自分はできれぱ、もっとしずかでおだやかな死にかたをしてみたいなと、思っていたものです。撤回します!私も、友人の言うように、最後の最後まで、じたばたと往生際悪く、あがいて生きて、死ぬことに決めました。なぜって?当たり前の人間だから。さとることもできず、達観することもできず。一瞬、一瞬、まさになまなましく、生きていることのすべてをわしづかみにして。死がせまってきたら、「死にたくねえー」と、未練たらしく、あばれることにします。「いい加減にせえ」と、死神に言われたら、「やなこった」と、蹴りを入れてやります。「これでも食らえ!」と、おならのひとつも、吹っかけてやります。 あ、お下品すぎ?(笑)そのくらい、生きることに執着してみたいと思うのです。ぎりぎりまで、踏ん張ってみたいと思うのです。だって、一度きりですからね。たとえ、転生というものがあるとしても、この人生は、けっして二度はないのですから。そうそう、あっさりとはてばなせません。(笑)だから、宣言します。達観しません。あ、いえ、達観しないことを、達観します!かっこ悪くても、みっともなくても、不器用でも、七転び八起きでも、七転八倒でも。(^^ゞじたばたと、生きていきます!だから、あなたもね。いっしょに、じたばた生きましょう。そしたら、苦しいことも、しんどいことも、みんなでいっしょに楽しめるようになりますからね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1831号(2008年11月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪「自分で選んでいるか」以前にも書きましたし、あちこちでも見かけることばかもしれません。絶対に傷つかずに生きていこうと思ったら、どうすればいいか。それは、行動をしないことです。どんなにささやかでも、何かを動かすときには、かならず、変化が生まれます。ひとつの変化は、あらたな変化を生み出し、ときには、思いがけない反応へと発展もします。ひとが、一人ひとりことなる存在である以上、この反応のちがいは当たり前のことです。その結果、自分の不用意のために、相手を傷つけることもあるでしょう。また、その逆もあるかもしれません。もちろん、そうならないためにできるだけ、こころをくだいていたいと思います。感じとるこころを最大限にひらいておく。伝えるべきことは、できうるかぎり伝える。やっておいたほうがいいことは、いろいろあります。それでも、どんなに注意を払っていても、すれちがうことはあるものです。そうなってしまったときには、甘んじてそれを受け止めなければなりません。 おそらく、自分を責めたい気持ちが、湧いてくるでしょう。あるいは、無念に思う気持ちや、ときには、いらだちや、怒りを感じることもあるかもしれません。そのときに、ぜひ、自分のこころに問いかけてほしいことばがあります。「自分で選んでいるか」本当に、自分で選んだことであれば、いっさいを引き受けることができるのです。自分の選択をないがしろにすることは、自分自身にたいする冒涜なのですから。また、もしも、このことばにイエスと言い切れないのであれば、その瞬間に、選び直せばいいのです。「私は、自分で選ぶ」と。そして、起きてきたすべてのことに、OKをあげるのです。どんな状況においても、どんな瞬間においても、選ぶことのできる自分を、感じてください。選んだ瞬間に、私たちは、すべてを、受け入れることができます。受け入れるということは、あらゆることを、否定しないことです。意味のわかるものは、その意味を受け取るのです。意味のわからないものは、いつかきっとわかるために、いま、目の前にあらわれたのだと、そのことを受け入れるのです。あらゆるプロセスにおいて、私たちは、自分を否定してはいけません。自分を否定しないのと同じだけ、他者を否定してはいけません。ただ、選択の結果がそこにあるだけです。そのことを、ただそのままに受け入れるのです。今日のメッセージは、ちょっときびしい感じがするかもしれません。でも、これらのメッセージは、すべて、私自身の体験から生まれてきたものです。これらのメッセージを発信するとき、私は、ただの一度も、ひとごとであったことはありません。「自分で選んでいるか」どうぞ、自分に問いかけ直してください。そして、そのつど、どうぞ、自分で選び直しつづけてください。私も問いかけます。私も選び直します。これは、生きているかぎりつづく、永遠のプロセスです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1830号(2008年11月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2012.07.03
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