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言霊の躍如たる荒井由実時代の音源は別格として、ユーミンを思い起こすとき必ず聞きたくなる音源がある。それは『悲しいほどお天気』だ。松任谷時代に入ってからの彼女はトレンド・メーカーを意識した作品が多いのだが、そんな彼女の作品群の中ではめずらしくブログの日記風なつぶやきで満たされた佳品で自然体のYOUMINGがいつもそこには居て、秋立つと、聞きたくなるものだ。
2006年08月28日
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MOOK4号では音座マリカさんがモンクを採り上げてくれています。ただ、泉井小太郎さんとマリカさんの二方は原稿がメチャ遅れ、連絡もないままでしたので、おそらくパソコンが前回同様まだ調子がよくないのだろうと判断し今号は無理だろうと埋め草を用意して印刷をスタートしはじめた時になって到着しましたので、無理やり1ページこじあけて二方で1/2ページずつ配置して事無きを得ました。そんなことからモンクは格別に印象が強く、私のもっている彼のLPをすべて引っ張り出して聞き込みました。しかし当時も今もモンクの1枚といわれれば即座にピュア・モンクをお勧めします。彼のピアノ・ソロ・アルバムで私の愛惜やまない1枚なのです。
2006年08月28日
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ひさしぶりにアストラド・ジルベルトの「アルアンダ」を聴いてみた。このLPではじめてルイス・ヴォンファ・デュヴィー作曲の「ジェントル・レイン」に触れ良い曲だなと思つた。渡辺貞夫がフルートでボサノヴァのナンバーを出しはじめた60年代後半頃のことだと記憶する。黒いオルフェもブラジル語(ポルトガル語)と英語で歌っていて、ポルトガル語が気に入って大学書林の「ポルトガル語4週間」など買ってきて悦にいっていたものだ。そのほかルイス・ヴォンファの「ノン・ストップ・トゥ・ブラジル」なども入っていてジャズ・アヴァンギャルド1色だった私の脳裡にはじめてブラジル音楽が浸透しはじめた時代だった。
2006年08月27日
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今日は川西きのこクラブをキャンセルし、午前10時から午後3時まで須磨の水族館で神戸生物クラブの夏休みの宿題の作品鑑定会に立会い、午後4時からとんぼ帰りでデザイン室にかけつけMOOKきのこ4号の最終チェックをすませ本日版出しとなりました。mintoさんの入日をページの下1/3を占めさせたかったのですが、とても粒子が荒れてかなわず、1/6のスペースに変更。しかし、彼女の二日がかりのさるくりまくった外海町への徒歩旅行にいささかでも報いることができたかなと思っています。それぞれのページが奇をてらった形ではなくごく自然体のままにいよいよ充実してきましたので、この秋にふさわしいものになったと今ふりかえっています。トラブルがなければ8月末日には発送できそうです。立秋を過ぎること18日目にして僕の秋がはじまりました。
2006年08月26日
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きのこ展でゆくりなく、本当にゆくりなく大野くんと出会った。アート界の異端児・大野くんは文献の中のきのこ探訪をMOOKきのこでは担当していただいているが、彼の広汎な知識がいささかなりとも生かされることになりうれしいかぎりである。正統的なアートの世界に背を向けて和紙細工師として生計を営んでいるが、たしかな眼力をもった数すくない友人だと思っている。まねきや謹製の冬虫夏草ワインを試飲して堅い握手をして別れた。
2006年08月25日
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小池めえこ作品。きのこアートの世界でとても個性的な作風を打ち出してきた小池さんの作品だが、彼女のアートライフの中では余技にすぎない。いすれMOOKきのこでも彼女のアート世界の紹介をも果たしたいと思っている。きのこは正面切って取り組むものではない。と私は思ってきたし、本当にきのこにインスパイアされたアーティストの作品ではきのこはかくし味になっている。なにをやってもきのこだという境地こそが今世紀、求められている。そんな意味ではきのこ趣味世界はまだ包茎状態といって過言ではない。誰もがまだ、きのこに縛られすぎているのだ。きのこを見て森を見ずといっても良い。MOOKきのこが4つの流れを掲げているのは常に10年先を見つめるJ-FASの方針だといって間違いない。そんな意味でも堀・小池氏は重要な作家である。
2006年08月25日
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書物あるいは活字文化の検閲問題にするどい提起を続けている堀作品の近作。ようやく彼女はこれまでの自身の意識による呪縛から解放されてあらたなステージに差し掛かったと思われる作品を発表していた。オシロイタケのようなきのこが書物から自然増殖しはじめたというものだが、彼女の喉元にひっかかっていた魚の骨がようやくとれたというようなあっけらかんとしたもので、今回の作品群の中でももっともうれしい出会いだったと思っている。
2006年08月25日
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きのこる同人たちのきのこ展をのぞいてきた。きのこ趣味世界は表現されることによってはじめて定着される。そんな意味ではとてもエネルギーが要るが、若い作家たちは全力を投入してすがすがしいアート展を展開している。きのこは数年前からついそこまできているのだが、それをしっかりと抱きとめてゆるぎないものにするためにはまだまだ人材が足りないと私は感じてきた。しかし、MOOKきのこがスタートし、定着するにつれて、思いがけないところから続々ときのこ愛好家が名乗りをあげてくれ、きのこ同人も充実、この末に発売予定のMOOKきのこ第4号ではそうした中から一定の水準を示しはじめた作家たちを多数紹介したいと思っている。 「貧者の一灯」という言葉があるが、「富者の喜捨」からは得られない評価を求める作家たちが今の日本にも確実に育っていることは、今回のきのこ展を心待ちにしてきた若者たちの反応をみれば容易に理解できる。MOOKきのこはそうした読者に支えられながら徐々に定着をはじめていることは実によろこばしい現象だ。「ペイできることにしか価値がない」というゆがんだ欧化主義とはやや距離を置いて生きるニッチを創り出していこうとする点でわたしたちの活動はアジア的、周縁志向の思想だとさえいえそうだ。21世紀は少数の勝ち組だけが支配する世紀となりそうだが、きのこ趣味はそんな世紀のどこにニッチ(生態的地位)を見出すかはまだ見えていない。しかし、「貧者の一灯」によるキャンドルサービスに等しい活動の継続の中にその答えがありそうな気がしている。吹けばたちまち消えそうなロウソクほどの炎だが、それが人間のもっとも大切な命の輝きであることを、こんな時代だからこそわかりはじめた若い世代の人たちが確実に育ってきている。願わくばきのこよ、永遠なれ。
2006年08月25日
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いつ聴いても不思議な感情にとらわれるLPがある。Eric Dolphyがプレステージ・レコードのニュー・ジャズシリーズに収めた表題のレコードだ。CD化されているのだろうか。かっても、今もさほど理解者が増えたとは思われない彼の音楽世界だが、A面はアルト、バスクラリネット、でB面は主にフルートの曲が多い。そのいずれの曲も絶望的な孤独感が漂う。私はかってこの言葉にできなかった何かに魅せられて、ドルフィー、アイラー、コルトレーンなどを聴きあさったものだった。昨夜繰り返しくりかえし聞きほれながら、ジャズは孤独な魂のきしみだとしみじみ思い返している。"Out There"ではロン・カーターがセロを弾き、ジョルジュ・デュヴィヴィエのベース、ロイ・へインズのドラム、エリック・ドルフィーはクラリネットでも、ここではBフラットクラリネットを用いている。特にロイ・へインズのドラムスは素晴らしい。かって(私のハイ・スクール時代のことだから推して知るべし)4大ドラマーの競演が神戸で開催され、数ヶ月分の小遣いをはたいて聴きにいった。ロイは欧米人にしてはとても小さかったことが印象に残っているが、抜群のプレイを聴かせてくれた。当時は神戸という町でもジャズライヴはかっての神戸国際会館の広い会場の1/7くらいしか客はいなかった。だから興行的に成り立たないので大阪までかろうじて来ても神戸でコンサートが開かれることは稀だったのだ。おっとまた脱線。ドルフィーは独特の音色のフルートやバスクラリネットも素晴らしいのだが、彼の本領はアルト・サックスにある。そして何よりもこの時代のエリックは晩年のイクセントリックな奏法はみられず、とても自然体でブロウしている。「OUT THERE」は私のもっとも気にいっている隠れた名盤だ。 このドルフィーの演奏を聴いていると彼のその当時の栄光と悲惨のないまぜになった内面生活がしのばれて、目がさえてきて結局明け方まで眠れなくなってしまった。ハイスクール時代に知っていたFIVE SPOTのドルフィーやDOLPHY IN EUROPE、などのレコードにはこんな表情のドルフィーはいない。
2006年08月24日
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夏の終わりはいろいろとクリアしなければならない問題群も多く、深夜にいたってようやく仕事から解放されたので、ブランディーとタバコでちょっと一服しはじめたが、深夜にもかかわらずジャズが無性に聞きたくなってケニー・ドリューを引っ張り出してきた。スコット・ラファローが歴史的名盤「フリージャズ」でしめしたフラメンコギターばりのベース奏法をいとも簡単に身につけたすごいベーシスト・ぺデルセンを擁し、80年代にはすでにBGMとしても通用するジャズ・スタンダードを手がけてきた彼らトリオの演奏は、こんなときにもご近所に気兼ねなしに聞ける数少ないものだ。写真はケニー・ドリュー・トリオのポートレート。
2006年08月22日
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県立有馬富士公園の開園以来、三田市の会員でもっとも信頼をおいていた池田清さんが癌でなくなって2年と8ケ月が過ぎようとしている。奥様からこの春丁重なお手紙を頂き、氏の墓碑を建立したと伝えられた。ようやく本日機会を得て積もる話をしに行ってきた。三田斎場に隣接する市営の新霊園でおとなう人とてなく、墓を洗い、じっくりと小一時間対話をかわしてきた。これから相談したいことがあるたびにここへ来ることにしよう。
2006年08月19日
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4号の冊子づくりもようやく今夜11時30分をもちまして峠を越えました。あとはそれぞれの項目の校了まで数日を余すのみとなりました。MOOKきのこの最大の喜びはこれまでのアウトドア中心の活動からはどうしても見えてこなかった潜在的なきのこ愛好家が陸続と名乗りをあげてきたことです。伝えることに力点を置くきのこの文化では表現こそがもっとも重要になってきます。自分の一番得意とする領域での表現を磨くことが今切実に求められているのです。そしてきのこの表現世界においては優劣・巧拙はほとんど意味をもちません。私がきのこに魅せられた最大の理由はきのこの前では誰もが平等だということでした。当初きのこの戸籍調べからスタートしたJ-FASがアマチュアの微生物研究や採集中心の活動から不即不離ではあっても、常に一定の距離をとり続けてきたのはアマチュアの世界ではそれはただちにお山の大将を中心とする小さなボス社会をつくりがちだからです。わたしたちアマチュアは、微生物研究に直接関与するよりもその最先端の研究者たちの学問的成果をやさしく解説するジャーナリストとしての表現世界を選ぶほうがベターだと考えています。わたしたちのさまざまな活動に中で「ああでもない、こうでもない」と模索を繰り返してきた結果、MOOKきのこ創刊にいたったことは正解であったと今、思いかえしています。MOOKのお蔭でようやくアマチュアのきのこ趣味世界も見えざる壁を突破して展望がひらけてきた感さえあります。毎日購読希望の電話やきのこをちりばめた装いで直接訪問を受けたりしていますが、「きのこはあまり詳しくないのですが」という従来の挨拶に必ずつきまとってきたつまらない謙遜の言葉は聞かれなくなりました。これは大きな変化です。あとはどれだけ愛読者諸氏の広汎な支持が得られるかどうかにかかっています。「良いものは売れる」ではなく「良いものは残る」という1点に賭けて着実に購読者、すなわち新しいきのこ趣味人のハートをつかみながら歩みつづけましょう。
2006年08月18日
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一般には盆休みも今日まで。野分前の風を感じながらの帰宅となる。大半のページは校了に近づいてはいるが、ずつと後回しにしてきた写真ページの編集に入る。ふぞろいの美を損なうことなく統一感のあるページづくりをすることはことのほか難しく、深夜まで考えあぐねた末にエィ・ヤーと大雑把に配置しておしまい。創刊号でおなじみのM氏のほかに投稿の中に捨てがたい佳作が多く集まったこともあって、きのこの姿形からのイメージでまとめあげたから一層のこと困難度が増したようだ。きのこのイラストもぐんと志願者か増え、とても充実した内容になってきた。4号の編集は今週一杯が峠。いよいよ秋本番を迎える。 きのこのパラダイム転換は果たして可能か。いよいよひとつの未踏峰が目前にそびえたつのが見えてきた思いがする。全力を投入するのみだ。
2006年08月16日
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伊根の舟屋の構造。伊根の高梨付近にて。
2006年08月14日
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くらげになりきった後は、丹後半島の付け根の伊根の夕景を眺めに岡くらげとなる。とっぷりのおだやかな入り江の夕景はなんにもないがなんとなくホッとするなつかしい風景だ。伊根では醗酵食品・サバのへしこ寿司を食べさせてくれる兵四楼という寿司屋さんがあると聞いていたのでたちよることに。へしこは口にしたときはそう感動的な味ではないが、そのそこはかとない後味が催淫性(フラッシュ・バック)のような感覚を呼び覚ますなれすしに特有の食味で気に入りました。
2006年08月14日
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由良浜海水浴場遠景。
2006年08月14日
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思い立ったが吉日。今朝目覚めて、クラゲになろうと決心。海水パンツひとつひっさげて我が家からもっとも近い日本海の海水浴場・由良川河口の丹後由良浜海岸へ急行した。真昼に到着。海水浴客の喧騒を遠目に眺めながらはずれの礁(いくり)でたっぷり2時間半、空と海の溶け合うところをめざし仰向けにぷかぷか浮かんで過ごした。日が傾いてから舟屋で有名な伊根においしい寿司屋さんがあると以前聞いていたのでそちらへ足を伸ばした。
2006年08月14日
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梅田・阪急百貨店の9階にある画廊で開催中の河野甲の皮革造形作品展と、そのおとなりで動物画のイラストで有名なたけうちとしひとさんがなんときのこのイラストを展示しているとききましたので、MOOKきのこを携えてトンボ帰りしてきました。河野さんの作品世界は、新たな展開がほのみえるものが1点加わり、いよいよ面白いことになってきそうです。そのことについてお客さんの途絶えたほんの10分ほどでしたが、話し合うことができ、やはり無理してのぞいてよかったと思いました。おとなりの武内さんのきのこ作品はやはりアングラ生物、森の生物といったきのこの特性をびたり捉えた佳作揃いで、今回はハラタケ型のきのこ(実はベニテングタケのバリアントです)を彼独自のタッチで生み出したキャラクターで、とても愛くるしいものでした。会期はあと2日ほどしかありませんが、またとない機会ですのでぜひ時間を見つけてかけつけてくださいませ。
2006年08月13日
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昨日の土曜日は、MOOKきのこの未着原稿や追加原稿の督促を終えてから、校正と編集に没頭しようと思いきや、先方のアポがとれ懸案の作品撮影に急遽カメラさんと同行することに。それからギャラリーでついでにきのこのキャンドル撮影もすませてしまいました。暑い暑いと皆言うのですが、僕はそんなに暑いとは思えず言葉を濁していますが、本当に今年は暑いのでしょうか。アン・リョコちゃんにそういうと、暑さも感じないほど身体の調子が悪いのではと言われてしまいました。でも夏は暑くなければ意味がないよね。夏暑ければあついほど秋の到来がたのしみになろというものです。
2006年08月13日
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自宅で4号用「ロシアのきのこ」原稿の日本産きのことの照合ですったもんだしているとき、何気なくつけたTVにすがしかおくんがでていた。かれの逆境人生の断片を自ら語るといった内容で、私が、カーラジオから流れてくる彼のオリジナル曲を聞いておもわず車を停めて聞きほれてしまい、さっそくファンクラブに入った経緯があるのだが、以来彼の音楽と言葉にはほのぼのとした青春特有の色気があると感じてきた。そんな私の直観めいたものの正体がほのぼの伝わってくる内容だった。 午前1時を過ぎて霞んだ十六夜月に挨拶をしてしばしこころのしわをのばして寝ることにした。
2006年08月11日
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今いちばんしたいことは、太陽がいっぱいの海辺で波にゆられながらあおむけになってぷかりぷかり浮かんですごしたいこと。それがかなわぬのならせめて深夜、月を眺めてぼんやりすること。てっとり早いのは後者ですのでさっそく実行しています。Mくんが送ってくれたボサノバ誕生のウラ話やガルコスタのライブビデオを観たあとでの観月は月もゆらりゆらり踊っていました。
2006年08月09日
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レイアウトデザインがどうしても決まらず、書いては消してふと時計を見ると午前1時すぎ。もう寝なくっちゃと思いつつふと窓外を見るとフェアリーでも舞っていそうな月明かり。20分ほどテラスでボオーッとしてすごす。野分前の壮絶な月明かりで寝るにはもったいない丑満どきの光景でした。
2006年08月08日
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杉山明著の『神の肉(テオナナカトル)』はドライブ感溢れる文体とポリフォニックなプロット構成により読むほどに心がほどけていく不思議な感覚に満たされる。作者とはほんの10分ほど立ち話をしただけだったが、とても濃密な時間を分け持った印象が強く、本文の核心部分をひもとく前に手紙を出したくらいだ。神の肉とはアスティカの人たちが精神の解放に用いたマジックマッシュルームの謂いである。きのこの世界の奥深さを興味本位ではなく著者の原体験に深くコミットするものとしてストーリー展開していくのは見事というほかない。きわめて独自な作品なので近い将来mookきのこの「自作を語る」に登場していただきたいとおもっている。 ギャラリーきのこは本日はひっきりなしのお客さまで、女性同士、カップル、ぶらりおさんぽ風情の孤独をたのしむ男性や女性がふらりたちより、みなさん「きのこランチ」をご所望し、きのこグッズを購入して帰る。今日は毎日文化センターの若いきのこ受講生も丁度私がギャラリーへ立ち寄ったときにのぞいてくれたのでひさびさに話ができラッキーだった。また夕方早めに仕事を切り上げてそろそろクローズの手伝いにと思い立ち寄ると、常連のN君、ロシア語学生のOさん、ヴァレリーさんとアンドレイさんが訪ねてきていて、リーザさん、サーシャちゃんもかけつけ、また、アニメやポップスのことで話は尽きず結局午後9時過ぎの帰宅となった。「朋(とも)遠方より来るまたたのしからずや」の心境。人のつながりだけで生かされている人生。しみじみそう思う今日この頃である。
2006年08月06日
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活動の夏はみんなそれぞれ忙しいようで、ようやく原稿の第一弾が本日届きました。それぞれすこしずつ不備があり完全原稿とはいえないものですが、とにかく骨格だけは今週末一杯で出来上がりそう。大阪ブルーノートでデートという千恵さんに替わって夕方ギャラリーの当番にいきましたが、客はNくんがふらりと訪ねてきた以外「つゆおとなうものなく」しずかな夕べでしたが、本日ハーバーランドで花火大会があるといいギャラリー前を浴衣美人がいそいそ駆け抜けていくのを眺めて過ごしました。
2006年08月05日
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昨日は、明石の手前から宝塚の奥まで時間と追いかけっこしながら2往復する午後となった。黒々と暑気をはらんで鎮もる山から演舞の衣擦れ音のようなセミの声。べた凪の明石海峡。山々の腹部を貫くもぐらの穴のようなトンネル群。有馬温泉の錆びの香ただよう湯煙。それらが経過していく時間の中で少しずつ表情を変えながら現れては消える。そしてようやく仕事の峠を越した夕まづめ、夏がもっともおごそかな美しさを見せる宵の表情とともに木星に頬ずりされそうな上弦すぎの月が南の空に浮かんでいるのをみとめた。立秋まであと4日。一日灼熱の太陽の膝元で土用波に身体を浮かせて半日ぷかぷか浮かんでみたいものだ。
2006年08月04日
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ようやくやっとおいらが夏と思いきや、8月はお盆があるので実働日が例月の2/3。毎日朝から晩まで必死のバッチで編集作業に入ってもぎりぎりの発行ですよとデザインさんから脅かされ、今日は昼過ぎにいのち輝く戸外から舞い戻って、うつらうつらしながら到着原稿の整理をしていました。どうも事務仕事は苦手のようです。椅子に座るとすぐ睡魔が・・・。今月末までのスケジュール表を目の前に据えて手当たり次第仕事をはじめましたが、まだ2/3の原稿が到着していないことも・・・。ぞくぞくする夏となりそうです。
2006年08月02日
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