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個人プレイヤーのLPとしては多く持っているハンプトン・ホースだが、その出会いは当時アヴァンギャルドジャズの実験的試みとしてリリースされた「フリージャズ」 でウッドベースをフラメンコギターのように弾きこなしていたスコット・ラファロのLPをさがしていて「For Real」にぶつかったのだった。彼はジャズ・シーンを10年以上も先取りする形で駆け抜けわずか26歳の若さで亡くなってしまったのでわたしが彼の「フリージャズ」の演奏を聴いてたころにはもうこの世にはいなかったのだ。ところがfOR REALを聴きこんでいるうちにホレス・シルバーよりもファンキーだが、内面性も持ち合わせたピアノは一体誰だろうと思ったことがきっかけで手許にひらりひらりと舞い込んできたのが馬さんのLPだったってわけだ。だからクィンテット(四重奏団)での演奏が最初となる。パーソネルはスコット・ラファロ(b)、ハロルド・ランド(Ts)、フランク・バトラー(ds)そしてハンプトン・ホース(p)。この頃はとても歯切れの良い演奏をこなしていた。
2006年09月30日
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1962年2月17日録音のハンプトンホーストリオの演奏はベース、モンク・モンゴメリー。ドラムス、スティーヴ・エリントン。彼は56年にダウン・ビート誌でピアノ部門新人賞を受けスターの座を確保したが、その2年後には麻薬で第一線を退かねばならなくなった。そのカムバック第一弾がこのLPだ。ジャケットタイトルのThe Green Leaves of Summerはジョンウェイン監督の映画「アラモ」の主題曲だったのでご存知の方も多いと思われる。なかなか才気ばしった演奏が展開されており、このLPもB面がしっくりくる。Secret Love、GK Bluesなどに彼独自の新鮮な曲想が見受けられる。彼はもともと歌うために作られた曲目が得意で、とても斬新な解釈をみせてくれ、聴くものを飽きさせないのだ。
2006年09月29日
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ハンプトン・ホースは戦後、進駐軍の一員として神奈川県の座間にいたので日本のジャズ揺籃期に日本のジャズメンたちとしばしばジャムセッションに加わり甚大な影響を与えた。私は彼のブァンキーなピアノプレイにも惹かれてきたがこのLPのタッチには往年のプレイにはないリリシズムがあり、この傾向は彼の音楽遍歴の中ですこしずつ変化をみせ、ここに至って完成した感がある。この録音は世界一周の旅に出た彼がドイツでヨアヒム・べーレントの監修で、ベースをエベルハルト・ウェバー、クラウス・ワイスがドラムを担当したトリオで、ハンプトンホースのさまざまな名盤の中でも最高の出来だと思っているし、聴く頻度もダントツに高い。秋を感じたら私は持っている音源のすべてから枯葉をピックアップして聴き比べをして楽しむのだが、このLPはA面最後の枯葉で終わらず、B面最後のMy Foolish Heartまで聴かずには眠れない。これは本当に泣かせる演奏だ。
2006年09月28日
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キツネやコイヌやシマイヌなどという名称が冠せられる腹菌類の仲間だが、林縁にときおり群生する。やはり温度や湿度がまだ高いころにでるきのこで、そこはかとない匂いを漂わせているのでそれと知られる。その昔、俳句にのめりこんでいた頃、オオイヌノフグリを初めて教えてもらって笑ってしまった。ワンちゃんの玉ちゃんで大がつくので大きな袋状のものを想像していたからだ。こちらはたまちゃんの先につく本体だが、これはそのものズバリで納得がいく。一度聴けば忘れない和名だが、エフデは覚えてもその頭がイヌかキツネかは断定できない個体も多々あり、とまどうこともある。
2006年09月27日
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こちらのジャケットが表面です。
2006年09月25日
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90年に入った頃から私の熱帯音楽探訪は少しずつ熱が入りはじめ、ブラジリアン・ポップス・ミュージックではジャヴァンやジルベルト・ジルの魅力にはまり、女性ボーカルではマリア・クレウーザ、マリア・ベターニア、シモーネ、そして私にブラジル音楽の存在を知らしめたガル・コスタなどつぎつぎとききはじめた。熱帯音楽とは「スタジオ・ヴォイス」の特集したワールドミュージックの新しいくくりで、レヴィー・ストロースの「悲しき熱帯」など温帯圏・亜寒帯圏に住む私たちにとっての永遠の憧れである熱帯に着目したこの実に刺激的な視点に感服し、以来、積極的にマイ・ミュージック・ブックの再編をてがけはじめたことだった。それからしばらくを経て、神戸元町の裏通りにあった中南米音楽の中古レコード店で見つけたのがこのLPだった。あのモダン・ギャルだったガル・コスタがパラグァイのインディオに扮した出で立ちでジャケットに登場していて、カエターノやジルベルト・ジルが提唱したトロピカリスモの残影かもしれませんが、伝統音楽への回帰をガルさまもここで展開しているんだと思い早速買い求めました。今では何でもないジャケットですが、70年代にこのLPが出た頃はこのジャケットかなりセンセーショナルなものだったのではないでしょうか。曲目もガルのなじみの深いリフとはいささか異なる土の臭いのするものでした。
2006年09月25日
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伊丹市立美術館で開催中の今村源(はじめ)さんの連菌術展へ行ってきました。京都のきのこ仲間たちに会えるかなと思っていましたが、意外や意外、ひとりも見えられていませんでした。それでもMOOKきのこの若い会員さんは10数名来ていましたので、世代は確実に交代しつつあるとの印象をうけました。大竹茂夫さんのスライドを交えた講演では、作品と冬虫夏草の探訪記との関連がよくわかるたのしいものでした。今村源さんとの対談ではそれぞれの作家の見つめている世界の微妙な差異が窺えるもので興味がつきませんでした。私は、関係性(不可視な世界)のみが本当の現実で、わたしたちが見ている世界(可視な世界)は、実は影(幻影)に過ぎないというインド以来の世界観の大前提に抵触する今村さんの世界が、菌類というもっとも現代的な生きものに出会い開眼したその初心がストレートに展開されているのを期待していきましたが、だだっ広いが流れの作りにくい分散型の会場の中を徘徊する間に彼の意図したイメージがふくらむというよりはそれぞれのブースで孤絶しており、いささか舌足らずに終始していると感じました。会場の配置の問題も大かなと・・・。でも対談のはしばしに窺えた彼のアイデアそのものはそれでもするどいものを秘めており、いずれ作品世界に十全に展開される日も近いと感じたことです。
2006年09月24日
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今回、日販さんから依頼があり、直卸で八重洲ブックセンターにMOOKきのこを置かせていただくことになりました。どういう展開になるか楽しみです。
2006年09月21日
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昨日、府中市からMOOKきのこ愛読者の栃原さんがたずねてこられるというので早朝から仕事をしていて、紫の上のおさそいに行けずじまいだった。今朝目覚めると、今年初めて金木犀が香りたっていて「しまった」と思い、お隣の公園へかけつけましたが、「遅かりし由良の介」の気分でした。成菌はほとんどかびにとりまかれ、幼菌のみの収獲となりました。金木犀の香りはマツタケはじめ秋のきのこの発生の目安でこれが香り立つと山では朝晩の気温が15度以下に下がりますので里山ききのこの山状態になるのです。今回は10月のキノコ料理のために野生のきのこを集めておいてとのギャラリーの至上命令があり、毎日胸騒ぎの日々なのです。
2006年09月20日
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これが邦盤の解説に載っていたバンキー・グリーンの肖像画だが、ナイス・ガイそのものでこの風貌にしてあの演奏というのがストレートにつながる人物像だと思っている。ブルース魂旺盛の底抜けに明るい奏法だが、感性豊かでデリケートなアドリブには思わずひきこまれて聴きこんでしまう。
2006年09月18日
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きのこは人にたとえると永遠の異邦人ということができる。わが国の民俗学でいうところの「まれびと」にあたるものがきのこである。ジャズシーンでもアメリカではビッグ・ネームのジャズメンでもわが国ではあまり紹介される機会がなかったとかで自然消滅していった人物も数多い。ぼくたちの感覚ではアメリカへ行けば四六時中ジジャズが鳴り響き、市民権を得ていると思うと大間違いでジャズは上流階級の間では好ましくないニグロの音楽であることは今もたいして変わっていない。だから日本で大もてのジャズメンも本国へ帰ればエレベーターボーイをして糊口をしのいでいるなんてこともざらな話だった。そんな環境だから、ブルーノート・レコードに残った演奏家でも結構つらい日常生活を強いられていたと思って間違いない。エンターティナーは芸人でわが国でも漂泊民のものだったから身分は低いのは当然だ。しかし、こんな自由なポジションに身をおかなければ良い音楽が生まれるはずがないのも事実だ。そんな意味でジャズ・シーンのきのこたちを思い浮かべたとき、ここで以前述べたことのある「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」の名盤を残したフィービ・スノウのそれから。セント・ジェームス病院の絶唱を残して以後の動向のさっぱりわからないミリー・ヴァーノン、そして本日お話しするウイントン・ケリー・セクステットの「モダーン・アート」に登場したバンキー・グリーン(正式名称 バーニス・バンキー・グリーン・Jr)がとても気がかりだ。ウイントンケリーのピアノが無性に聴きたくて買い求めたLPだったが、ここで登場したバンキー・グリーンのアルトサックスは長いことキャノンボール・アダレイだと勘違いしていたものだ。しかし、彼の手馴れたリフがなく、繊細でしかもファンクそのものな演奏に、もっとも乗っている時代のキャノンボールだと勝手に思い込んでいたのだ。だが、あるときジャケットを見て「あっ。キャノンボールじゃないんだ」と思ったがその切れの良い奏法とすばらしい感性にはぞっこん参ってしまい、ほかの演奏盤を探したがついに手に入らずじまいだった。バンキー・グリーンもかくして私のジャズきのこの交友録に記されたのだった。
2006年09月18日
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この日はまだ残暑の暑気がこもっていてポルチーニよりもニセアシベニイグチの新鮮な個体が雑木林のそこここに顔をのぞかせていました。
2006年09月17日
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九州は台風だというのに今朝からずっと快晴。木洩れ日の中をタマゴタケをもとめてさまよいあるきましたが、こちら方面(神戸市北区のスポット)ではまだお目覚めになっていませんでした。そのかわりといってはなんですが、ニガクリタケの新鮮な個体が見つかりました。この時期クリタケとそっくりですので誤食することが多いのでご用心。
2006年09月17日
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神戸生物クラブの例会のはずが、駅に降り立ってみると誰もいません。仕方がないので一人でひさしぶりにゆっくりときのこ探訪と洒落込みました。写真はポルチーニ。ヤマドリタケモドキです。
2006年09月17日
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今日はユーラシア協会で「ロシア映画の今と昔」をギャラリーきのこ代表が講演するというので出かけたが、なつかしい出会いがいろいろあってとても有意義な一日となった。元東洋経済の檜山大老とも1年ぶりに元気なお顔に接し、ロシアSFに詳しいMさんが新婚の奥さんを連れたって来訪、産経新聞社会部のSくんもロシアから帰国ほやほやの顔をみせ旧交をあたためることとなった。その会合へ出向く直前、またお呼びがかかったので近くの公園へ小走りに駆けつけ大急ぎで言葉を交わし写真に収めてきた。コツブタケだ。男爵いものようなきのこだが、さざれ石のような小石をぎっしり詰め込んだような断面が特徴だ。近くにはノウタケの老成したものがそこここに塔婆のような姿で立ち尽くしており、台風の気配とともに顔をのぞかせたものだ。写真左がその断面。とても濃厚な茶褐色のタール様の汁を蓄えており、きのこ染めの材料に利用する人もある。
2006年09月16日
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ジャズトランペッターで最初にぞっこんになったのはもちろんクリフォード・ブラウンだ。マイルスは初期のものは集めていたが、帝王と呼ばれるようになった頃の彼にはあまり関心がなく、ブッカー・リトルやこのフレディー・ハバードなどを追っていたものだ。私にとってブッカー・リトルは別格ながら、このフレディー・ハバードの世界とはハイスクール時代からずっとつきあってきたが、彼ほど勝手きままにやりながらいつも時代の真ん中に居続けた演奏者も少ないと思っている。付き合い始めて20年以上の歳月を経てこのデジタル・録音のLPを手にしたときも全く変わらぬ彼のスタイルに驚いたものだった。時代が根こそぎ変わり、彼は彼自身のままでなぜか時代の真ん中に居る不思議。彼から人生の処し方を幾分盗みたいと思いつつ老いと向き合う年代になってしまった。
2006年09月15日
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カウントベイシー楽団のLPは学生時代から数枚もっていたが、彼のピアノは時折りちらりと聴かれるのみだったが、70年代に入ってパブロレコードがリリースしたブルースの巨人Joe TurnerとCount Basieの共演による「The Bosses」は、彼のピアノ演奏を充分堪能させてくれるものだった。選曲はすべてターナーの18番ばかりを集めた珠玉の10選。A面のNight Time is Right Timeは中でもとりわけ好きなナンバーだが、B面に至ってはもう目茶素晴らしいベイシー節とも言うべき独特の乗りを聞かせてくれて心地よい。このLPには、ズート・シムス(Ts)、エディー・ロックショウ・デイヴィス(Ts)、J.J.ジョンソン(Tb)、レイ・ブラウン(B)、エディー・ハリソン(Tp)、アーウィング・アシュビー(G)、ルイ・へルソン(D)とさすがの顔ぶれ揃い。 思えば、70年代はクロス・オーバーやフュージョンといった様々な細流に分岐していく中で、モダンジャズ本来のハートフルな演奏家たちがメインストリームからややはずれたところでようやく人心地がついて自身を取り戻した時代であったような気がしている。パブロレコードはそんな時代の名盤を少なからず残したレーベルだ。
2006年09月14日
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「Whats New」。 ビル・エヴァンス(p)、ジェレミー・ステイグ(fl)、エディー・ゴメス(b)、マーティ・モレル(d)の快演盤。吐息にちかいノイズ一杯のフルートにピアノがからむ。その昔、ビル・エヴァンスがネオ・ロマンティシズムなんて歯の浮くような名前を付されるずっと昔のこと、「暗流」というLPを手にいれて、友人たちの家へ持ちまわって、「My Funny Valentine」に針を下ろし、あの冷静一徹のエヴァンスがめずらしく乗って演奏していると鬼の首でもとったようにはしゃぎたてたものだ。このレコードでも「暗流」でかいまみせた弾けるようなタッチで演奏していてパッセージまでそっくりだ。ビル・エヴァンスははじめて出会ったときから、この人は笑うことなんてあるのだろうかと思った記憶がある。とても繊細というより神経質そのものの風貌からそう思ったのだ。稀代のベーシスト、スコット・ラファロに先立たれてからの彼にはその影が一層濃厚になった。秋がおとずれるとまず聴いてみたくにる私の名盤のひとつである。
2006年09月13日
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皮肉なことに毒きのこ特集の取材で最初に出会ったきのこは自生のヒラタケ。ここ数日、彼らの気配を感じて探し求めていたものだ。ロシア名はヴェーシェンカで春(ヴェスナー)に由来する。自生のヒラタケは私の暦では年4回採れる四季折々の森の賜物だが、越後地方ではカンタケと呼ばれ寒中のパリパリに凍ったヒラタケをワカンジキやスキーを履いて採りにいくという。私も何度か雪中のヒラタケを採ったことはあるが、さすがに凍ったものはなかった。
2006年09月12日
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ジュンク堂池袋本店きのこ大好きフェア。その3。
2006年09月11日
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池袋本店のきのこ大好きフェア。その2。
2006年09月11日
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ジュンク堂梅田店に引き続き池袋本店でもきのこ大好きフェアが開催されています。関東地方の方は是非お出ましください。本のみならずグッズやきのこ切手も提供してMOOKきのこを挙げて応援しています。
2006年09月11日
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豪雨予想の中、取材中はずっと晴れて「毒きのこ特集」のきのこもすべて出揃い大成功裡に終了しました。解散してまもなく大雨に。きのこの神様に見守られた1日でした。こちらの放映は、9月13日水曜日午後5時前後の約10分。毎日TVの「ちちんぷいぷい」という番組です。J-FASのきのこ部長小川淳さんと西アナウンサーの軽妙な語りでハイキングや散歩の途中にごく普通に出会う毒きのこについてやさしく解説いたします。ご都合のつく人はどうぞごらんください。きのこ端境期の時節に、しかも豪雨予報の中、天気まで押し返してかくも盛りだくさんのきのこをカメラさんに伴走して見つけ出し映像に華をそえていただいた会員諸氏の涙ぐましい努力に感謝しています。こんな人たちに支えられているからこそJ-FASの今日があることを再認識する一日でした。夕方、きのこ料理の会のためにギャラリーきのこへ行くと、MOOKきのこを見て横浜からこられたカップルがJ-FASの資料をくまなく食い入るように目を通していました。遠路こられた彼らのためによほどきのこ料理の会にもお誘いしようかと思ったのですが、予定もおありと思いぐっと抑えて彼らをお送りして、30分遅れでスタート。上田益寿さんの農場の新鮮野菜も加えてとても力のはいったきのこ料理フルコースで参加者はそれぞれ大満足でした。 ジャスト午後10時30分に帰宅して10チャンネルを見ますと、ほんわかTVで香港さんによるギャラリーきのこと事務局の紹介が。上田亮子さんもリーザさん、サーシャちゃんも可愛く映っていました。 池袋ジュンク堂でもきのこ大好きフェアが開催されており、担当のIさんからMOOKきのこ次号用の映像が送られてきました。きのこきのこの日々がスタートしています。写真は小川淳さんと西アナウンサー。
2006年09月11日
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午後の湖岸の森はアシグロホウライタケがそこここに幻想的な姿体を見せ、花盛りで、軽いトリップ感覚に満たされました。たった独りできのこのある風景に身をおくことにはマジックマッシュルームを服用する以上の精神性の高いトリップ感覚が得られます。私がキノコと会いにいそいそと森へ赴くのはそんな楽しみがあるからです。キノコたちとの一期一会の出会いにはそんなしずかな興奮があるのです。
2006年09月09日
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傘の径1cm弱のアシグロホウライタケが花盛りの千刈でしたが、ハラタケのたぐいはウスキモリノカサのみでハナウロコタケ、ヒイロタケをはじめ20数種のサルノコシカケのみでしずまりかえった森でした。彼岸のミンミンゼミ、此岸のアブラゼミの名残りの声がときおり沸き起こるのみで、女郎蜘蛛と羽虫のほか一切生き物の影が失せた森でひさしぶりに独りをたのしみました。たった独りで山に入るのは思えば4,5年ぶりのことです。タマゴタケのしろを検分するために立ち寄った羽束山ではツクツクボウシが声をふりしぼっていました。ここでもツチグリ以外のきのこの影は皆無でしたが、晩夏の光の差し込む山林に身体が溶けていくような感覚を味わいました。写真はツチグリの出始めと老残の姿。
2006年09月09日
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昨夕からはじめた伝票整理は延々午前1時まで続き、翌朝から正午過ぎまで持ち越しましたので息抜きに一人で千刈ダム湖と羽束山のキノコスポットをきっちり2時間かけて駆け足でめく゛りました。午後3時にいったん帰宅、シャワーを浴びてからギャラリーきのこと事務局で30件の発送をしてクロネコさんへ届けてから本日必納のチラシと封筒が出来るのを待ってクライアントへ届けにいき午後8時過ぎにようやく終了。ゴンチチの世界の快適音楽をBGMにばかでかい十六夜の月を追いながらの帰宅となりました。9月9日。チチ松村さんの誕生日は9月6日、あきちゃんの誕生日は9月7日。朝夕は秋そのものですが、日中はまだまったくの夏です。きのこは絶無。丁度端境期にさしかかっているので明日のTV取材はきのこ探しではしりまわる羽目になるのではといささか心配です。写真は高度を稼ぐにつれて普通の大きさの月に変身する十六夜月を帰路街燈越しにとらえたものです。
2006年09月09日
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シャンピニオンは丁度手ごろな位置にありましたので蹴飛ばしてまいりました。これはいたずら心ではありません。種の拡散のためにはできるだけ遠く、はるかに飛ばしてやることが必要なのです。一種の愛情行為なのですよ。写真は雨ふりきのこのほこりたけです。この時期のものは中身ははんぺい状ですが、やがて成熟し、暗褐色の粉末の粉末になって風に乗って遠くへ運ばれていきます。それがほこりのようにみえることから命名されています。
2006年09月07日
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昨日からきのこの気配がするので、夜中何度も目覚めるのでおさんぽに繰り出しました。ダジェヴィキー(雨降りきのこ=ほこりたけ)とシャンピニオンが博物館の中庭にゆるい菌輪を描いて顔をのぞかせていました。きのこが地中で動きはじめているのがひしひしと伝わってきます。みんなの心の中でもきのこたちが踊りはじめています。それは秋だからではなくもっと大きな波動でうねりをみせはじめているのです。 誰が腰掛けるのか公園のベンチが霧雨にぬれてたちつくしていましたので、すこし腰かけて「お役目ご苦労」とさすってあげました。
2006年09月07日
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ラジオ大阪でMOOKきのこの紹介をしてくださるというので仕事を早目に切り上げて弁天町までいってきました。女性アナ二方ともMOOKきのこを手にとった瞬間から思わず読みふけってしまい、打ち合わせのときから台本の内容は飛んでしまい、話はどんどん脱線し、きのこの話に終始しました。おかげで良い意味でとてもよい宣伝になったと思います。帰りにジュンク堂梅田店でわたしたちが協力したきのこフェアが予想外にすばらしい展示になっているというので立寄って撮影してきました。展示をしてくださったご担当のMさんと店長さんも午後10時の閉店前にもかかわらず会うことができ、感激でした。きのこコーナーにいるときにも女の子たちが、こんな雑誌がほんとうにあるんだってちいさな驚きの声をあげて熱心に手にとって見ていました。「きのこがそこまで来てる」ってはやり言葉が実感できる今日この頃ですね。
2006年09月06日
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つい言いそびれてしまいましたが、先月末、あきらめていたデップさんのカリブ海の海賊第二部がまだ上映中だと知ってあわててレイト・ショーに行ってきました。第一部も面白かったけれど、第二部は数十倍スピード・アップで次から次へと息つくひまもなく2時間半たっぷりふりまわされてスカッとして帰ってきました。たこのお化けに飛び込んでいったデップくんに会いにくために第三部もぜひみなければならないはめになってしまいました。しかし、あのなよなよ腰で超日和見主義のはずのデップくんが人妻のために男気なんか出しちゃってなかなか良いところありでよろしいね。第三部もぜひ観にいきましょう。みているとあの場運びのスピード感で車酔い状態になるのですが、やめられません。感激しちゃって図録を買うの忘れました。イコン(図像)なしですみません。
2006年09月05日
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ケニー・ドリューはヨーロッパへ渡ってヨーロピアン・ジャズのリーダーとなってからカラフルなCDを続々リリースしてこちらの方で有名になったが、それ以前の彼の世界はもっとスリリングだ。たとえば56年ニューヨークで録音されたトリオ作品はフリー・ジョー・ジョーンズ(d)、ポール・チャンバース(b)、のトリオだが、渡欧後の表現が光沢紙に印画されたカラー写真だとすると、ニューヨーカー時代のそれはマット紙のカラーにたとえられる。それくらい渋いタッチで、私は大好きだったが、わが青春の頃のレコード店はアヴァンギャルド1色で、ブルー・ノードジャズも邦盤は入手困難でジャズ喫茶でのみ聴けた。洋盤のブルーノートは当時邦版の倍ほどしたので到底手がでなかつたものだ。そんな貧乏学生にジャズ喫茶が果たした役割は大きい。
2006年09月03日
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夏の終りはやぼ用つづき。MOOKきのこ第4号が出て、発送業務やさまざまな関係団体の夏の最終行事参加も目白押しでなかなか家に帰りつけないことが多い。昨晩は六甲山のYMCAでロシア・ソヴィエト文学研究会の合宿へ差し入れに行き、酒が入ったのでまた宿泊することに。しかし、下界との温度差6度は肌寒いほどで、すでに秋真っ盛りといった感じだった。秋が来ればまず聴きたくなる音楽は、ポール・デスモンドの「ピュア・デスモンド」とビル・エヴァンス、ウイズ・ジェレミー・ステイグの「WHAT'S NEW」。クラシック・ファンがジェレミーのフルートを聞けば眉をしかめること請合うが、これは必聴盤だ。秋の夜更けに聴くと魂が洗われる。
2006年09月02日
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