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え〜、恥ずかしながら、雪の日に薪を積んだ山のうえから落ちて、右手関節を複雑骨折という負傷とあいなりました。それで、手術のため2年つづけての入院となりましたが、昨日退院しました。身体の敏しょう性が5年前とはだいぶ違っていることを思い知りました。金属を入れ、耐震補強ができましたからももう大丈夫です。心配して戴いた皆さんありがとうございました。ところで、昨年の指切断のときは女医さんが主治医で手術室も看護師さんはほとんど女性で、手など握ってくれて「大丈夫ですか〜」「痛くないですか〜」などと手術中ずっと付き添ってくれていたので、「久しぶりだなー、若い女性に手など握って貰ったのは、まるでハーレムではないか…」と、最初の10分はニヤついていました。ところがしばらくすると、麻酔が切れたのか肉を縫う針と糸の動きがすべて感じてしまうのです。それでも「大丈夫ですか〜」と言われれば、「ハイなんとか大丈夫です」と答えてしまう。「痛くないですか〜」と言われれば、「何とかガマンできそうです」と答えてしまう軟弱ぶり、これほど正直でないシャイぶりに情けなくも3時間ほどの手術を耐えきったわけです。ということで、今年は痛いのはゴメンですから、痛くないようにしっかりお願いして手術に臨みました。手術室に入ると、待ち構えていたのは男性医師。看護師5人は全員オトコ。麻酔医も男。「安心してください、腕のいい人ばかりです」と…。そうか、手を握って励ましてくれる人はいないのか。心電図など準備ができた後、まずは麻酔のためのブロック注射。手だけの部分麻酔のため、首脇に針を刺すんですね。神経をさぐりながら、「大丈夫ですか、痺れたら言ってください。では刺しますよ。ちょっと痛いですよ」いちいち断らなくていいから、ひと思いに刺してくれ。と思うまもなく、ブスッ。なるほど、イタタタと思うこと数分、高圧電気に触れたように筋肉がビクビクッとうねったのです。「あっ、筋肉にきましたね。もう少し横かな…」。オイオイ、腕がいいって…、と思うこと15分くらいか、手が異常に重くなってきました。横目で確かめると、感覚にある位置とは違うところの上腕用手術台のうえに横たわっています。「では、○時○分、○○さんのオペを始めます」と、切開を始めた様子。何かゴソゾゴゾとされている感じはするが、ほとんど痛みはない。でも、誰も手を握ってくれません。いや、握ってくれていても何の感触もないから、どうでもいいのですが、しかたがないから開き直って眠ることにしました。いつでもどこでも眠れるのがぼくの特技。「…イトウさん、イトウさん、手術終わりましたよ。よく眠っておられましたねー」眠っていたって、気絶していたのかもしれないではないか、と思ったら。「手術中にいびきまでかいていましたよ」とバレバレです。ということで、2時間ほどで耐震補強は完成しました。そして、待ちに待った夕食を食べて寝たのが夜の7時半頃ですか。麻酔した腕の重いこと重いこと、腕の長さの風船に水をいっぱい入れてぶら下げている感じでしょうか、置き場所にこまるほどです。そして、夜半。麻酔って時間がくれば醒めるのは当たり前ですが、手の感覚が戻り始めたのです。部屋にきた看護師さんが「あっ、麻酔が切れてきましたね。少し痛みますよ」といいます。「大丈夫です。ぜんぜん平気です」と答えたら、「強いですね。少しの間辛抱してくださいね」と言って出ていきました。それからです、本格的に麻酔が切れてきたのは…。ズキン、ズキン、ガリガリと腕全体が痛くて、とうとう一晩中眠ることができません。どんなに眠り上手でも、眠れないときには眠れないものですね。と経過も良く、ほぼ3日ほどの入院で退院させていただきました。まだ痛みがのこり、指の力が入らないため、PC入力も容易ではありませんが、まもなく平常に戻るつもりです。家族は、しっかり痛みがつづいて、もう二度と大けがなどしたくないと懲りて欲しいと申しております。いえ、ぼくもそのつもりです。死ぬまで怪我などするものかと誓いました。こんど怪我をするときは死ぬときだ、と。ということで、あまりキーボードを叩きたくないので、返事は書かないので見舞いのことばなどはご遠慮致します。もちろん、お見舞いも。これは自己責任ですから、政府の助けもいりません。あっ、健康保険は使いますからあしからず。こんな具合に10cmほどの金属板で固定しましたそれにしても、イスラム国に拉致されているふたり、助かって欲しいものです。後藤健二さんのお母さんの呼びかけを観たけれど本当にたまらない、親を泣かせたくないですね。ときどきしか書けませんが…
2015.01.23
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ぼくの「障がい者就労支援事業所」にはさまざまな人々が通っています。先天的に障がいをもってしまった人より、生きているうえの何らかの原因で障がいをもってしまった人のほうがはるかに多いと感じています。今は、個人情報については厳しく保護しなければならない立場におりますから、具体的なケースというより、一般論をときどき書いてみようと思います。始め、ぼくの事業所に訪れる利用者さんに無表情の人が多いのに気づきました。自然のなかでみんなで仕事をしているうちにだんだん表情がでて、明るくなってゆくのが普通ですが、自然な表情を取りもどすまでに時間のかかる人もいます。そういえば、最近の赤ちゃんは、あまり笑わなくなったと小児科医がいっています。乳児健診で、○○ちゃんと声をかけても知らんふりで表情を変えない。お母さんに「いつものように赤ちゃんをあやしてみて」と言うと、「!?…………」身ぎれいにした母親はキョトンとして、「イヤだ、恥ずかしい」と身をくねらしたり、ネイルできれいに飾った爪の指でゆすったり、リカちゃんごっこのような猫なで声で、肩を激しく揺すってみることさえあるそうです。ふつう赤ちゃんは順調に育つと、生後3―4ヶ月で人生で最も素晴らしい天使のような笑みを浮かべるものですが、今はまるで無反応の赤ちゃんが増えているといいます。なぜでしょう。若い母親に、あやすということを知らないことが増えているようなのです。かってはおじいちゃんやおばあちゃんがいて、赤ちゃんがぐずると、「おお、よしよしどうしたの、いい子だいい子だ」と抱き上げてあやしかけるのを見て、自然に覚えたようですが、今は誰も手本を示す人がいないままの親子関係ができているというのです。赤ちゃんに言葉の反応はないので、授乳やオムツ換えの時も無言のままでする母親がいるそうです。母親の胎内にいたときから、子宮の羊水に浮かんで母親の心音と話し言葉を一番聞いて全幅の信頼感をもって生まれてきた赤ちゃんは、誰の声よりも母親の声に反応します。すでに母親との情緒的な絆はうまれた瞬間に形成されているのです。出産後の子宮の居心地の良さは母親の腕に抱かれるタッチングであり、赤ちゃんはまず最初に母親とのやり取りで言葉を獲得し、母親の笑顔に笑顔で応え、3―4ヶ月で赤ちゃんはお母さんの口をジッと見ていて、自分の口を大きく開けて一生懸命声を出そうとして、「アーアー、ウーウー」という言葉が出る前のクーイングという音声を発し、お母さんが嬉しくなって「ああ、上手上手、そうそうお話ししようね」と言うと、赤ちゃんは「アーアー、ウーウー」とほんとうに嬉しそうに発声します。これが人間のインターコミュニケーションの最初の原生的な荘厳な瞬間です。ここにその子の生涯における友情や恋愛の絆の基礎が形成されていきます。赤ちゃんが直接経験する能動的なタッチングは、乳房への吸せつであり、母親へのサインは泣くことと微笑みですが、ここに崩壊の危険が生じてきたのです。いま児童虐待の60%は実母によるものといいます。母親自身が自分の小さい頃に優しさをいっぱいに身に受けて育てられなかった場合に虐待が生じているようです。少子化時代で母親になるまで赤ちゃんに触れたことがない女性が多くなり、育児を相談する母親は遠く住んでおり、夫は長時間残業で孤立無援な母親が増えています。母親の母性愛を活性化し、マザーリングの効果を高めることなしに児童虐待はなくなりません。虐待を受けなくても、微笑みを知らないで成長した子どもが、将来どのような大人として生きていくのでしょうか。いま日本中の社会で、競争に明け暮れて、他者を敵とみなす文化が横行しています。赤ちゃんのみならず、少年や青年、大人たちもこころから朗らかに笑い合っている風景はほんとうに少なくなりました。人と語らうことより、スマホの画面に目をやって他人と視線を交わさなくもなりました。お金では買えないものがあるということを、いつの間にか忘れてしまった人々も、あどけない赤ちゃんや子どもたちの世界に悲劇が忍び寄っているいることに気づくと、一旦はハットしますが、明日また社会に出れば業績評価に我を忘れて、他者を蹴飛ばす文化に否応なく入り込んでいきます。いささか母子関係至上主義に陥ったかもしれませんが、ほんとうに人間の一番大事な原生的な愛情関係が、静かに足元から崩れていっているような不安に襲われます。その元凶は云うまでもなく、アメリカや日本政府がずっと推し進めてきた市場原理主義経済にあるのですが、日本の政治経済をリードしている人々が気づかないかぎり、そこを短期的に変えることは不可能でしょう。まずは、自分の身近にいる母子関係に目をやり、人間通しが生身でかかわりあう、社会が支え合う、おせっかいな関係が必要ではないかと思うのです。ときには真面目なことも書きます…。
2015.01.11
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何となく新年恒例となった東京めぐりをしてきました。たぶん、元旦が1年で一番東京の人口が減る日ではないかと思ったのですが、やはり信州より多かったです。ちなみに、東京都の面積は2188平方キロメートル、僕の住む長野県南部地域は3,992平方キロメートルだから、その3ぶんの2もないことになります。しかし、東京の人口が13,390,000人に対して575,000人。まあ、首都直下型地震でもあったら、当地に避難すればいいんでしょうが、住めるのは高山病に強い人だけ(笑)。おのぼりさん定番の皇居前広場には、今日の一般参賀に備えての準備が着々と整えられて、宮中に入ってゆく黒塗りの高級車が列をなしていました。広場にはさすが大勢の人がいるなと思ったら、聞こえてくるのは中国語の会話ばかり。なんだ、中国人たちは天皇が好きだったのか…などと思ったわけですが、要するに節操がないということなんですね。今にも小雪が降ってきそうな芝生にはホームレスさんが震えて寝ていました。人としての気配がしないのか、雀が顔のあたりまで餌をもとめて近寄っていました。憲法に定める基本的人権の生存権では「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある。となっており、「国家は、生活面だけではなく、社会福祉や公衆衛生の面まで向上に努めなければならない」としています。つまり、ホームレスさんは、この権利を放棄しているのでしょうか? 周辺にはお巡りさんもいるのに、見て見ぬふり。東京の公務員は憲法を守らなくていいのでしょうか?と、いつもながら思ってしまいます。とにかく、こんなそんなで今年もよろしくお願いします。
2015.01.02
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