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ドイツの権威ある調査機関が専門家を動員して調べたフクシマ原発の情況です。日本の電力会社と原子力村といわれるグループの存在が日本の原発政策にどのように関わっているのかが詳細簡潔に描かれています。以前に発表されたものですが、忘れないように再度紹介しておきます。http://www.dailymotion.com/video/xpisys_yyyzdf-yyyyyyy_news
2015.07.25
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先頃、山口県の知的障害者福祉施設で職員が利用者を暴行したというニュースが大きくとりあげらた。先日は横浜市の生活介護支援施設の職員が、軽度の知的障害がある女性利用者に性的虐待をしたというニュースもあった。福祉施設での虐待は潜在的には少なくないのだろう。ことに、上記の例は虐待と問題視されて当然であろう。わが施設に限って「虐待」といわれる行為とは一切無関係である。と、言い切りたいのだが、障がい者施設を実際に運営する当事者となってみると、虐待の定義には難しい面がよくある。じつは先日、県と市役所福祉課から相次いで虐待についての調査があり応対した。県や市当局に、「お宅の施設で虐待がある」という匿名メールによる通報があったという。現在のわが施設は利用者20数名、職員10名という体制だが、運営手法や指導、補助などのサービスについて各方面からは良い評価を貰っている。近隣の施設のなかでは、支払う工賃もトップクラスであり、一般就労など社会復帰させた人の割合も高い。あつかう作業内容も、農業、林業、木工、手芸、芸術、そして飲食店など幅広く、一日の作業が終了したあとマンツーマンの評価を行い、能力にあった適材適所でスキルアップを目指している。この7月だけでも数十人単位の福祉関係者や各地の養護学校からの視察や見学を相次いで受けている。と、自慢めくのだが、それでも救い上げられず落ちこぼしてしまう利用者(障がい者)が少なからずいる。じつはメール通報者の彼も、残念ながら落ちこぼしてしまった一人だ。なぜメールが彼とわかったというと、他の利用者にほぼ同じ内容のメールを流し、驚いた利用者たちがぼくのところに「○○さんからこんなメールが来た」と教えられていたからだ。その内容の具体例を読んでみると、なるほどまんざら思い当たらないとこはないものだった。簡単に要約すると、その1 利用者の手を引っ張ってきて正座させたあげく、ののしりつづけた。その2 利用者を意味なく大声で叱責し、強制的に帰宅させた。その3 言われていた内容とまったく違う作業を指示され、精神的に大きな苦痛を与えた。というような内容であった。その1、その2については思いあたる案件があった。その3については、当の本人のことであった。その1は、アルコール依存症+(それによる)アルコール性痴呆の傾向のあった利用者の案件であった。彼は酒の依存症のために、金があるとすべて酒に替えてしまう人だった。病院で長く依存症の入院治療の後、当施設に預かったのだが、まったく治療効果がなかった。内臓はかなり悪化していて顔色も悪く、これ以上飲んだら命の保証はないと言われていた。そのうえ、近所の車を勝手に乗り出して、車両窃盗で何度となく警察の世話になった。大きな罪とされなかったのは、近所のよしみで誰かどうかとりなして告発されなかったことによる。家で入浴しないため、風呂施設の入浴料を渡すとそれは酒になった。そのため当職員が3日に1度、温泉施設に送り、入浴券を買って渡し、風呂から出たら自宅まで送り届けるということをしていた。そしてある日、女性職員が彼の家に迎えに行ったら、金はないはずなのに未開封のも含め、酒瓶が何本かあるのを見つけた。かなり酩酊していた。とりあえず彼を納得させ残りの酒を没収し、彼を車にのせ施設まで連れてきた。その途中、彼は女性職員の身体に触れたり、首筋に酒臭い息を吹きかけたりするという出来事が起きた。その報告をうけた統括職員が、彼を連れてきて畳のうえに座らせ叱責をした。禁止していたはずの酒のことやセクハラのこと、彼による事件つづきのこともあり「ののしる」とは違うが、声が大きくなったことは事実である。その後、その酒は空き巣に入り盗んだものだったことがわかり、収監された。その後は救護院に入り、社会復帰をはかっていたのだが、気の毒なことに間もなく亡くなった。飲酒に由来する肝臓癌とのことだった。それが「その1」の顛末だったが、彼の情況や背景を利用者に知らせてはなかったので、彼の叱責されている様子を見た人は、虐待と受取ったのであろう。その2、作業現場で知的障がい者同士の喧嘩があり、それを止めさせ、理由を確認し双方を叱責した。興奮していたため、「今日は帰れ!」と、喧嘩の原因となった利用者を家に送り届けた。これも、途中から見ていた人にとっては、「意味なく叱責」と受け取ったのであろうか。その3、当施設は作業中の携帯やスマホは禁止している。彼は作業中に休憩と称して、頻繁にスマホにしがみついていた。それで、スマホの使いにくい作業へ配置換えを申し渡したら、施設に出て来なくなった。施設に出てこなくなって、家に籠もってから荒れているという情報もはいってはいた。そんなこともあって、「施設は虐待している」メールへとエスカレートしたのだろうか。市の担当者がメールを受けて、独自に当施設の他の利用者に電話で聞き取り調査をしたところ、幸いなことにほとんどの利用者が、「とても良くして貰っている」「(施設職員を)尊敬している」「(虐待とは)何かの間違いでは?」という返答が多かったという。こちらのケースは虐待にはあたりません。問題はありませんが、過敏な受け取り方をする人もおられますからその点は注意してこれからも良い指導をつづけてくださいという通達で、安堵した。体当たりの指導が多いので、職員会議で(これはもしかして精神的虐待?)といったこともたびたび出されるが、虐待と熱心な指導とは違うと言い続けている。それでも、ときどきは(利用者に)「虐待アンケート」もしたり、匿名の通報函も設置して意見を求めて、ニュースのネタにだけはならないようにと努めている。現場では虐待の定義を示され、ニュースなどで話題になるたびに身を引き締めるのだが、そのことで職員の正しい指導まで萎縮するようなことがあってはならないと思っている。※このように、楽しい毎日を送っているのですが、内容が個人情報にあたる面が多く、日常をすべてを正確に書くことはできないのです。もちろん、忙しいことが第一ですけれど…。ということで、日記はほんのエピソードということでご了解を。ぼくと親しい方は、Facebookでだいぶ繫がっておりますので、どうしてもという方はそちらでどうぞ。
2015.07.18
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山口透析テツ日記というブログで、フランスの週刊誌に掲載されている安倍首相と「日本会議」の記事を翻訳して紹介しています。世界から現在の安倍政権がどのように見られているのか参考になりますので、転載させていただきました。Japon LA FACE CACHÉE DE SHINZO ABEジミントー 日本会議Loin de son image de réformateur économique, le Premier ministre japonais est lié à une organisation d’extrême droite révisionniste qui prône un retour à l’empire (日本の総理大臣は経済改革者のイメージと程遠く、帝国への回帰を称える極右団体に関係している。)VINCENT JAUVERTそれは国際政治で、大幅に無視されているとはいえ、主要な事実だ。世界第三の経済大国である日本では、数か月前から(総理大臣、安倍晋三も含めて)閣僚の4分の3が、歴史修正主義で権威主義の極右団体「日本会議」と呼ばれる、目立たないが影響力のある団体に属している。2012年12月に政権に復帰したとき、安倍晋三が、新自由主義的であると同時に、戦前に郷愁を抱く強硬な右翼出身の政治家であることを知らない者はなかった。プーチンやインドの国粋的指導者モーディを称賛していることも知られていた。安倍が尊敬してやまない祖父の岸信介が1932年に大日本帝国によって併合された満州のナンバー2であり、次に戦争中に東條内閣の一員であったこと、そして結局、1945年の敗戦の後、A級戦犯として投獄されていたことも、誰もが知っている。しかし明らかに、反動的で反民主主義的なイデオロギーへの安倍晋三の政治的根強さは過小評価されていた。数か月前まで、安倍の最終目的はアベノミクス(編集部注:安倍の名を冠した経済再建計画)によって日本経済を立て直すことだと多くの人が考えていた。上智大学国際教養学部教授の中野晃一は分析する。「今日、安倍が本心を隠さないで行動しているのか、戦後に採択された平和的で自由で民主的な憲法の根本的な改変を日本人により容易に“売り込む”という目的のために経済的成功を追及しているのではないかと、疑問視されている。そうして、彼が1997年の創設時から加入している団体、日本会議特有の帝国主義観に憧れを持ち、日本を古い秩序への回帰をうながす目的でも。」「逆説的だがこの非常に重要な団体は、日本では未だに真価を認められていない」。日本版『リベラシオン』ともいえる『東京新聞』で、昨年夏、日本会議に関する初めての長い記事を書いた佐藤圭は言う。「その出発から、日本会議はレーダーに現れないようにあらゆる注意を払ってきた。広告も出さないし、テレビにも出ない。戸別訪問的な活動をしながら、視線の及ばないところで前進していた。その集会はメディアに開かれていない。そして、会員間には会談の間も、写真を撮る権利はない。」この信じられない「ステルス性」にはもう一つの理由がある。「日本会議は、より反動的な、地方で発展してきた」と、日本の右翼運動の専門家である法政大学の政治学者、山口二郎は説明する。「大手メディアは、元々ローカルだったこの団体を見下していた。2012年12月の安倍内閣の指名と、さらに昨年秋の内閣改造後、日本会議所属の閣僚の数がさらに増えて、その強大さに面食らうまでは・・・。それまでは田舎の、片隅のものと見なされていたこの極右団体が、いつのまにか日本の政治の中心にいたのだ。」日本会議は1997年、一つは満州侵略を率いた帝国軍元司令官によって、もう一つは主に神道の宗教団体という二つの極右団体の合併により生まれた。「反動的で1930年代に郷愁を抱くこれら二つの集団は、日本が戦争中に行った残虐行為の過ちを告白することに耐えられなかった。彼らによれば、日本人は帝国に誇りを持たなければならなかった」と、山口二郎は説明する。「分裂したままではイデオロギー闘争に敗北しつつあると理解したときに、合併した。」彼らの自覚は1995年8月15日に起こった。村山首相が「村山談話」という謝罪宣言を述べたときである。その日、世界は第二次世界大戦終結の50周年を記念していた。この機会に、日本が1930年代と1940年代に、「植民地支配」を押し付けるためにアジア諸国を「攻撃した」ことを、日本の政府のトップが初めて、公に、そして公式に認めたのだ。この認識は、帝国軍が政敵奴隷に頼っていたと1993年に認めた、内閣のナンバー2、河野洋平の宣言の後に出たものだ。婉曲に「慰安婦」と呼ばれた女性たちは、朝鮮やフィリピンの村で誘拐され、強制的に軍の売春宿に住まわされた。反動主義者と超国粋主義者には、もう我慢できなかった。反論し、新しい運動、つまり日本会議を建設することが急を要した。新しい団体の事務総長職は、1970年代の極右学生のリーダーで、今も強大な力を持つ、椛島有三なる人物に委ねられた。そしてこの団体は今、3万5千の会員と200の支部を数える。289 PARLEMENTAIRES MEMBRES (289人の議員メンバー)10年前に祖父が亡くなった安倍晋三は1997年に国会議員になる。お友だちらと一緒に、直ちに「日本会議」に入り、次いで日本会議を支持する議員団体に加入する。「当時彼らは、保守のジミントーでも周辺的だった」と、中野晃一は言う。「20年近く経った今日、彼らはジミントーと内閣を席巻している。そして日本会議は、国会の40%に相当する、289人の議員を集めている…」彼らのスローガンとは?戦後の日本、「アメリカに押し付けられた」制度と生活様式から決別することだ。彼らは、「勝者の正義」、戦争犯罪人を裁いた東京裁判の正当性を認めない。彼らは歴史を自らの味付け、敗者の歴史をつぎのように書き直そうとしている。日本帝国は、アジアの民衆を「解放した」と声高らかに断言したい。1938年の日本軍による南京大虐殺は作り事であり、最悪でも、民間人に変装した数百人の中国兵が死亡しただけだ(日本人も含めてまともな歴史家は少なくとも数万人の民間人が拷問されたり殺戮されたと考えているのにかかわらず)。日本会議の歴史修正主義者らは、「慰安婦」は勇敢な日本兵を慰めて月末に手取りを増やして喜ぶ、単なる自発的な売春婦だったと断言する。(この主題に関してもこのみかたと相反する証言が圧倒的であるにもかかわらず)。CHANGER LES LIVRES D'HISTOIRE (歴史書を変えること)日本会議の目的は、歴史書を書き換えることだ。有利な状況を作ることから始めた。間もなく、中学校の教科書は、歴史学者の視点と同じく論争中の問題に関して「政府の公式の立場」を言及しなければならなくなる。「別の言い方をすれば、歴史修正主義のぱっとしない教師が、南京で民間人の死者はなかったと断言すれば、それが我々の子どもたちの教科書に書き込まれることになる」と政治学者の中野晃一は説明する。教育に関して、日本会議は「愛国」教育への回帰を熱望する。彼らの夢は、1890年代の帝国時代の法にできるだけ早く近づくことだ。個人に対して天皇への全面的な服従を押し付け、将来の神風の複数の世代にわたって洗脳してきた法に。これで全てではない。「アメリカの圧力下で」採択された、1947年の平和憲法を、日本会議は根本的に変えようとしている。その最初の標的は、第9条だ。この中で日本は「戦争を、永久に放棄」している。国粋主義者は世界のどこでも、そして「自衛力」だけではない軍隊を望んでいる。「安倍と日本会議にとって、第9条の廃止は決定的に重大だ。なぜならこの条文が軍国日本との決別を意味しているからだ」と、『朝日新聞』論説委員の大野博人は説明する。運動は既に進行中だ。昨年7月、政府は初めて、「自衛隊」が日本の国土を離れて同盟国を助けることを憲法9条が認めていると断言して、同条の解釈を変更した。それが最初の突破口だ。日本会議は他の条文、最初に婚姻における男女の平等に関する第24条と決別するために、そこに殺到しようとしている。彼らにとってもちろん、夫は全ての領域で配偶者を支配しなければならない。彼らはまた、戦前の風習に戻ることを望んでいよう。学校では、まず男子、次いで女子の五十音順で点呼されること… 。とりわけ、戦後の裁判で裁かれた戦争犯罪人を含む、死亡した兵士が祀られる、靖国神社に国家が関わることを邪魔する、宗教と国家の分離に関する16条も廃止することを目指す(中国と韓国の気分を害して、安倍晋三は2013年12月、首相就任1周年に靖国神社を参拝した)。最後に、明らかに、日本会議は天皇が、一種の権威主義的民主制に変質した日本の政治の中心に戻ることを望んでいる。安倍とそのお友だちの反動主義者は、どこまで行くことができるだろうか?日本の誰もが、第二次世界大戦終結70周年記念の8月15日に首相が発するに違いない声明を待っている。前任者たちの宥和的な宣言と、どの位まで距離を置くことになるだろうか?「ホワイトハウスは、地域の他の同盟国を失う恐れがあるため、余りにも反動主義の臭いがすることは受け入れられない。」 そして、国民がいる。安倍の目的は、2016年7月の参院選を利用して、国会で憲法を変えるために必要な圧倒的多数を得ることだ。それができるだろうか?「日本会議はエリートの運動だ」、中野晃一は言う。「大多数の国民は、その思想の大部分に反対している。しかしその受動性のために、特にアベノミクスが上手く行っていれば、国民はされるがままになりかねない。」少なくとも今のところ思いがけない人物が抵抗勢力になり得る。81歳の天皇、明仁だ。日本会議が政治問題に戻るのを待っている、その人である。さる1月、新年の祝辞に際して、天皇は行間で、歴史の反動的な解釈に反対であることを示した。2月、長男である皇太子、55歳の徳仁殿下はさらに雄弁だった。極めて稀な記者会見の席で、皇太子殿下は、戦争の歴史が「正しく伝えられる」ことを望んだ。逆説的に、皇室は今や、日本の自由民主主義の最も優れた盾となっている。L’OBS/No2637-21/05/2015
2015.07.18
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