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文明の進歩はますます速度を速め、すべての分野で、人としての能力の代用化がすすんでいる。たとえば人が足を失ったときに義足がその役割を代用する。目が悪ければメガネ、歯が無くなれば入れ歯を使う。これらは人間にとって必要な文明の進歩であった。ぼくなども、こうした文を書くときにPCは、難しい漢字も自動的に変換してくれるし、なにかの調べ物をするときにグーグルは欠かせないツールになった。このようにITの進歩により便利な世の中になったが、文明の進歩はその一方で人間を退化させるという側面をもっている。ペンで手紙を書こうとして、以前は当たり前に書けた漢字が書けない。そらんじていた幾つかの電話番号も忘却していることに気づく。いい映画ができても、映画館に出かけずネットかテレビのビデオ映像で済ませてしまうこともしばしば…。ことに伝統芸能や文化的なものは、生で触れてこそホンモノの感動とであえるものである。自然体験もしかり、いつしかテレビやモニター画面で見ただけで、体験したかの錯覚に陥って、したり顔で薄っぺらい評論家気どりになりがちである。まあ、ぼくなどの年齢になればこのまま退化がすすんでも、うるさいオヤジ程度に煙たがられるだけで、社会にとって毒にもクスリにもならないからどうでもいい。しかし、若者や子供世代にIT白痴(差別用語だそうです、確信犯)化がすすんだら、どうなるんだろうとうすら寒さを感じていた今日この頃…。今日のTBSサンデーモーニングで、印象深いニュースが採り上げられていた。それは、いま人気のiPhoneについてのものだ。これは、ITにとっても革命的ともいえるすごい文明の利器ではあるが、この世界で生きることになる子供世代にどのような影響をあたえるか危惧していたが、このような賢い母親は、同じ年頃の子供をもつ親への教訓になるだろう。見たひとも多いだろうが、ほぼ丸写しに紹介したい。クリスマスの日に米国マサチューセッツ州のある母親(Janel Burley Hofmanさん)が13歳の息子にiPhoneをクリスマスプレゼントした。しかしそのiPhoneの箱には彼女が作った使用契約書も入っていた。グレゴリーへ、メリークリスマス! あなたは今日からiPhoneの所有権を持つことができます。やったね!責任感のあるお利口な13歳なので、このプレゼントはあなたに相応しい。しかし、このプレゼントを受とると同時に、ルールや規則がついてきます。以下の使用契約をゆっくり読んでください。私の親としての仕事も分かってください。あなたを健康で豊かな人間性を持った、現代のテクノロジーうまく活用していける大人に育てなければならない責任があるといことを。以下の規則を守ることができなかった場合、あなたのiPhone所有権は無くなります。わたしはあなたが大好きでたまりません。これからの人生で、あなたと何百万ものメッセージ交換をするのが楽しみです。1.これは私の携帯(iPhone)です。私が払いました。あなたに貸しているものです。私ってやさしいでしょ? 2.パスワードはかならず私に報告すること。 3.これは「電話」です、鳴ったら必ず出ること。礼儀正しく「こんにちは」と言いなさい。発信者が「ママ」か「パパ」だったら必ず出ること。絶対に。 4.学校がある日は7:30pmに携帯を私に返却します。週末は9:00pmに返却します。携帯は次の朝の7:30amまで電源オフになります。友達の親が直接出る固定電話に電話出来ないような相手なら、その人には電話もSMSもしないこと。自分の直感を信じて、他の家族も尊重しなさい。 5.携帯(iPhone)はあなたと一緒に学校には行けません。クラスの子とのSMSは、携帯ではなく直接お話しなさい。これは人生のスキルです。注:半日登校、修学旅行や学校外活動は各自検討します。 6.万が一トイレや床に落としたり、無くしたり、破損させた場合はの修理費用は自己負担です。家の芝生を刈ったり、ベビーシッターをしたり、お年玉で費用はカバーしなさい。こういうことは起こりますから、準備していてください。 7.このテクノロジーを使って嘘をついたり、人を馬鹿にしたりしないこと。人を傷つけるような会話に参加しないこと。人のためになることを第一に考え、喧嘩には参加しないこと。 8.人に面と向かって言えないようなことは、この携帯を使ってSMSやメールでしないこと。 9.友達の親の前で言えないようなことをSMSやメールでしないこと。自己規制してください。 10.ポルノ禁止。私とシェアできるような情報をウェブで検索してください。聞きにくい質問などがあれば直接誰かに聞きなさい。なるべく私かお父さんに聞いてね。 11.公共の場では消すなり、サイレントモードにすること。特にレストラン、映画館や他の人間と話す時はそうしてください。今のあなたは失礼なことをしない子です、iPhoneによってそれを変えてはいけません。 12.他の人にあなたの大事な所の写真を送ったり、貰ったりしては行けません。これを笑わないで。あなたがどんなに頭が良くても、そういうことがしたくなる時期がやってきます。これは社会にとってとてもリスキーなことだし、これによりあなたの青春時代・大学時代・社会人時代を取り返しのつかないほど壊してしまう可能性だってあるのよ。インターネットの力は思っているよりすごく巨大で強いのよ。いったん流れてしまったものを消すのは難しいし、風評を消すのも尚更むずかしい。 13.写真やビデオを必要以上に撮らないこと。すべてを収録する必要はありません。人生経験は写真でなく肌身で体験してください。すべてはあなたの記憶に収録され、生かされます。 14.ときどき家に携帯を置いて出かけてください。そしてそのことに自信を持ってください。携帯は生きものじゃないし、あなたの一部でもありません。携帯なしで生活することを覚えてください。流行に流されない、FOMO(自分だけが取り残されるていると思ってしまう不安感)を気にしない器の男になってください。15.新しい音楽、クラシック音楽、あるいは友だち全員が聞いている音楽とは違う音楽をダウンロードしてください。あなたの世代は人類史上もっとも音楽にアクセスできる世代なのよ。この特別な時代を活用してください。あなたの視野をうんと広げてください。 16.ときどきはワードゲームやパズルや知能ゲームで遊んでください。ただしきちんと時間を決めて。 17.時にはiPhoneをもたず、上を向いて歩いてください。あなたの周りの世界を良く見てください。窓から外を覗いてください。鳥の鳴き声を聞いてください。知らない人と会話をもってみてください。いろいろな疑問を、グーグル検索なしで考えてみてください。 18.ここに書いた約束についてあなたは失敗することもあります。そのときはこの携帯をあなたから取り上げます。その失敗について私と話し合わなければなりません。そして、また一からスタートします。あなたと私はいつも何かを学んでいる。私はあなたのチームメイトです。一緒に答えを出して行きましょう。この条件を合意してくれることを願っているのよ。ここにリストしてあるほとんどの条件は、人生をうまく生きるための条件にもあてはまるものだから。あなたは常に激変していく世の中で成長していかなくてはなりません。それは、リスキーでもあり可能性も秘めたとてもエキサイティングな体験だと思います。でも、生きるための基本は変わりません。できるだけシンプルに物事を考えて行ってください。どんな機械やガジェットよりも、自分のパワフルな考え方と大きな心を信じてください。ママはあなたが大好きなのよ。あなたの素晴らしい可能性を信じながら、iPhoneを楽しんでね。 母より。 翻訳 打村明(引用源 Gregory’s iPhone Contract)
2013.01.13
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湯島天神の境内にはたくさんの梅の木があり、その下では香具師(やし)という人たちがやってきて、面白い口上を聞かせてくれた。香具師は的屋とも通じるが、若干ニュアンスがちがう。的屋は露天商として、今でも祭の露天で焼きそばやイカ焼きなどファーストフードや玩具などを売っているが、香具師は物を売るにも大道芸人風の一芸をもって商いをしていた。風船、飴、小間物などのおとなしいコミセ、路面にゴザを敷いてその上に商品を並べ、流暢な啖呵をきって商うコロビ、仮設小屋で見世物を扱うタカモノ、そして大きく人を集めて商う大ジメなど、香具師の世界もなかなかに多様だった。大道商人のすべてが香具師というわけではない。何でも彼らは全国的な組織を持つ移動商人だとか。神農を祖と仰ぎ、守神にしているとも聞いた。神農は百草をなめて医薬を知り、路傍に市を開いて交易を教えたという。だから医薬の神とも崇められている。香具師という言葉には人をだます響きもあったが、被害は笑って済ませられる程度だし、むしろ賑わいを盛りあげてくれる人たちとして歓迎されていた(と思う)。香具師にもいろんなタイプがあった。股引きに腹掛けの職人風なのは鋸売り。路上に木箱を置いて中辰式鋸というものを売っていた。鋸を大きく曲げて離すと、キーンという音がした。板切れや竹を自在に切ってみせては、その切れ味を自慢する。あまりの見事さに、半分はだまされていると知りつつ客はけして安くない鋸を買っていくのである。ネタをあかせば商売用の板は、前日に釜で蒸して柔らかくしてあるのだとは、仲良くなった元香具師から聞いた。合格祈願にきた受験生たちも驚きを隠せなかったのは計算手引書を売る香具師であった。仲間内ではバンソロと呼ばれていたそうだが角帽に学生服のいでたち。ひどくひねた大学生であった。路上に黒板を立て、台の上に立って観衆から勝手な数字を出してもらい、それを黒板に書く。そして万単位の足し算、掛け算、割り算をアツというまにやってしまう。「これにはちゃんとコツがあってな。計算方式さえ知っておれば、誰でも瞬時に正確な答えが得られるのだよ」と手引書を売りこむのだ。ぼくもつられて買って試してみたのだが、香具師が演じてみせたとおりにはならなかった。どのようにして答えをだしたのか見破れずに、ずいぶん悔しい思いをしたものである。学生服といえば、万年筆売りも人気者だった。「B29が日本の空を悠然と飛んでいたとき、アメリカ兵が持っていたのがこの万年筆だよ。一万メートルの上空ではインクが漏れてしまう。だがここに毛細管を一本入れたのがインク止めになっている。逆に潜水艦の中で圧力がいくら高くなっても毛細管現象でインクは出る。これがアメリカで発明された新型万年筆だ。これをもっていなかった日本が勝てなかったわけだ、どうだ一本」と口上を並べながら、大学ノートにすらすら横文字を書いてみせる。「デパートできれいなパーカーが売っているが二〇〇〇円だよ。きょうはそのパーカーを縁日にちなんでのご祝儀だから半分くれとは言わない。10本限りだ、八〇〇円でどうだ」と、大音声をあげていた。ちゃんとペン先をみればニセモノとわかるが、誰かが手をあげると我先に手をあげてたちまち10本限りのはずのものが15本近くも売れてしまう。ぼくも欲しいな、と思って眺めていたのは十徳ナイフである。とくにガラスの切れ味は見惚れるばかりだった。「ガラスを切るのに力はいらんよ。このローラの先端についているのは鋼の2.6倍も硬い。つるつるした方がガラスの表だ。ここに当てて軽く引けば、ほれ、こんなに切れる」と幾筋も切れ目を入れ、端を持って器用に幾つも形のガラスをつくっていく。次は曲線切りや穴あけを披露。見事な技だった。さらにナイフに付属の缶切り、栓抜き、錐、ドライバー、爪切り、耳かき、紐通しなどが順々に説明されると、欲しくてたまらなくなる。野山に持っていったら便利だろうなと思っても高い、小遣いで買える代物ではなかった。落語でお馴染みのガマの油売りは、薬事法の規制が強化されて、今では大道売りは禁じられたが、当時はいかがわしい薬を売っていた。そのひとつがホレ薬。外出するときにこれを脇の下につけておくとモテモテだという。イモリの黒焼きやトラのペニスの粉末やらいろいろ秘薬が混じっているそうだ。そんなもの、女性がよろこぶはずがないと思ったが、ちゃんと買ってゆく人もいた。そして、背の高くなる道具。これを首につけてぶら下がればみるみる背が伸びるのだという。ぼくも友人とふたりで、半額ずつ出し合って買って3ヶ月ほど試してみた。その後はやったぶら下がり健康器を首でやる仕掛けだが、結果はご存じのとおり。薬にかわって薬効を喋りだしたのは七味唐辛子であろう。「本日はめでたいご当地鎮守棟の祭礼だから、特別に秘伝の匙加減を教えよう。まずは黒胡麻を入れる。次が蜜柑の粉、つまり陳皮だな。さらに焼唐辛子の粉をそそぐ。そして粉山椒、芥子の実、麻の実を混ぜ合わせれば、ほれ、この香り」と叫びながら、それぞれの薬効まで並べられると、妙な説得力があって買いたくなってしまうから不思議である。なかでも人気なのは、フーセンおじさんだ。つぶれた声で歌うように口上を述べながら細長い風船を膨らませ、いろいろな形をつくっていく。とくに子供に人気だから、子供にねだられた親は買わずにいられない、という案配だ。湯島天神ばかりでなく、神田明神や浅草寺などあちこちの寺社の縁日にはずらりと露店が並んでいた。そこの空間を賑々しく演出してきたのが香具師たちである。信仰とはかかわりなく、雰囲気を楽しみに人は漂い、流れるのだ。いまでも露店商は盛んに行われている。なにを隠そうぼくのところの事業所も露天商の許可証がある。当市のまつりで店を出すには保健所の許可証や露天商の許可がいるからだ。ぼくらのはしょせん素人の顔見せに過ぎない。祭りや縁日に欠かせないエンターティナーであった香具師たちの姿は、ずいぶん少なくなってしまったようである。暴力団やヤクザと混同され、閉めだされることが多くなったとか。香具師たちの稼業は商いを生業とするもので、バクチやカスリを取るのとは明らかに違うのだが、十束ひとからげにしか物事を見られないのは残念なことである。人気映画の寅さんは親方をもたない香具師だったが、ピンとこないだろうか。その寅さんも亡くなり、遂にあの映画は48本でおしまいになってしまった。男はつらいよ、ならぬ香具師はつらいよ、ということなんだろう。
2013.01.08
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ひさしぶりの日記、といっても近頃のことではなくいつもの青春つれづれを書いてみよう。今は幻、まだ若者も血気盛んで大学紛争が華やかだった時代。ド田舎から上京したぼくは催涙ガスの漂う東京・本郷の親戚に転がり込んだ。実はこの親戚には、おなじ村から出て幾つもの大臣になった国会議員だったM氏が学生時代に間借りしていたという。ぼくには無縁の人だと思っていたこともあるが、そこから東大に通っていた彼と大学にも行かず社会勉強に明け暮れていたぼくとにある距離を感じて、同じ部屋だったのかどうかは聞かなかった。東大のある本郷周辺は機動隊と学生たちの戦場と化し、ぼくの住む本郷通りの路地でも、連日のように火炎瓶や催涙ガス弾の応酬が行われていた。不思議なことにあれほど激しく飛び交った火炎瓶が民家に飛び込むということはなく、催涙ガス弾がデモ隊の人を直撃するというようなことも聞かなかった。この頃は、互いにどこかで一定の自制心をもちながら、攻防戦をくりひろげていたのだろうか。東大構内の中も、過激な政治スローガンの看板がひしめいていたが、みんなどこかでデモを楽しむというか、デモのためのデモに参加しているようにも思えた。若かったぼくは近くの銭湯に行くにも下駄を履いて、これ見よがせに風呂桶を抱いていった。なぜかというとスニーカーなど履こうものなら、デモ学生と誤認されたちまち職務質問、誤認逮捕されることもあったからだ。ということで、当時のぼくはまったくのノンポリ、なぜ命がけでデモをするのかまったく理解できていなかった。本郷は繁華街が東京としては少なく静かな街だった。しかし、そこを起点に散歩できるほどの距離に後楽園、神田、秋葉原、上野などがあり、樋口一葉、夏目漱石、そして菊坂には菊富士ホテル跡があった。この高級下宿には、洋風建物で50もの客室があったといわれ、宇野千代、尾崎士郎、坂口安吾、谷崎潤一郎、正宗白鳥、大杉栄、竹久夢二、坂口安吾など多くの文士や政治家、学者などが滞在した所であり、散歩するにも退屈することはなかった。東北地方を代表とする地方からの大きな玄関口だった上野の雑踏、そしてゴミゴミとした飲食店は不思議な魅力があり、たびたび出かけた。親戚の家から上野までの道筋には、湯島のラブホテル街を通り湯島天神を抜けて坂を下るのが一番の近道だった。当時のラブホテル街はケバケバしい照明はなく、薄ぼんやりとした照明でひっそりとしたたたずまいだったが、そこを通るときカップルとすれ違うたびあらぬ想像をしてドキドキとしたものだ。ほどなく湯島天神の境内に入るとなぜかほっとした。湯島天神は、境内の梅の花が有名で、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っているため、多数の受験生が合格祈願に訪れ、願い事を書いた絵馬やおみくじを結びつけた願い事がいたるところに結びつけられていた。しかしそれ以外でも。普段から非常な賑わいを見せている。ぼくは境内の異次元の世界が好きで、ときとしてそこで半日ほど時間を過ごすことがあった。つぎの日記には、境内でくりひろげられていて、ぼくを惹きつけてやまなかった諸々について書いてみたい。といってもすつもの気まぐれ、あてにせずにお待ち頂きたい。
2013.01.05
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