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が消えてしまった。Wくんが僕のところから田中知事の記事を書いたもので、上書きしてしまったんだね。僕も、何を書いたか忘れてしまったから、早く読んだ人だけの限定版ということで…。要するに、動物は身体が「快」か「不快」と一体のものとなっているが、人間は、それ以外にさまざまに発達してゆく「感じる」ものがあって、それがエロスだなんてことを言いたかったんだよね。まっ、書いたことを忘れてしまうようなどうってことのない文章だから、気になさらずに…。
2003.01.31
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エロスの最たるものが芸術であり、動物的な「身体」のエロス性は、大きく言えば「快」と「不快」、「安心」と「不安」だけなのに対し、人間の「身体」のエロス性は、「快」と「不快」のほか「美」と「醜」、「善」と「悪」というように独自な等級をもっている。「美」と「醜」、「善」と「悪」は身体的エロス性ではないと思うかも知れないが、人間には幻想的な「快」が浸透している。幻想的な「快」とは例えば愛撫における「快」に象徴され、触れられるだけで「快」を感じることができるということだ。(猫や犬にもあるというかも知れないが、エロス的「快」とは異なる、これは別の機会に…)人間の芸術活動は、動物の一義的なエロスとは異なり、発展的に拡がった最たるものといえる。この説でいくと、優れた芸術家ほどエロチックな魅力をもっているということになる。唯乃葉羽さんこととむぼさんも、きっとエロスを秘めているにちがいないと、アリスをみていてそう思う、皆さんいかが―。
2003.01.30
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近所においしい定食を出してくれる喫茶店がある。そこに画家や昔不良(?)だった年配者がたむろし、よもやま話しに花を咲かせている。聞くとはなしに聞いているのだが、一言ひとことになかなか含蓄がある。今日も、もうすぐある市議選のことが話題になっていて、「市会議員は定年制をしかなくちゃあダメだな、オレは2期60才定年がいいと思うんだ。オレたち位のトシになると、判断力はにぶるし新しい発想もでてこん。明日死んでしまうような年寄りばかりで考えているから、いつも目先のことしか考えん。20代、30代の若い連中にやらせるべきだよ」「そんな、人生経験もねえ若い者にまかせて何ができるっていうんだ。俺んちの息子なんか、30にもなってまだスネを囓ってやがる」「オイ、オイ、それは親が悪い。バカな親がいるからバカな息子が育つんだ。あんたは荷物をまとめてサッサと老人ホームにでも入っちまいな。そうすりゃあ、息子も自立するよ。」「俺は、投票権の剥奪ってのもいいと思うんだ。60歳になったら、投票をしてもいいかどうかテストをして、合格したヤツだけにシルバー投票権を与える。脳軟化になったら投票権の剥奪。そして、投票権を中学生にまで引き下げる。そういう権利をやれば子供たちの自覚が高まる。」「そういえば幕末から明治にかけて活躍していた連中には10代、20代が多かったな。そんな連中だからあれだけのことができたんだ。しかし、下手に利用されると赤衛兵になっちまうぞ」「それなら、俺らはどうする。社会に責任負わんでいいのはありがたいけれど、これ以上ヒマになったらどうする。」「だから、まだ分別もつかない若い市長をつくって、生涯学習センターの地下に市営のソープラントをつくらせる。」「オイ、ソープランドって、あんたまだゆうこときくんかい」「いやいや、俺たちはそこで働くんだ。下足番やあかすりだったらあんたでもできるだろ」「うん、それもいいな。長野県にはまだ一軒もないから、流行るかも知らんぞ。ところでソープ嬢はどうするんだ」「おめさん、市役所に行ってごらん。子供が減っているから保母は余っているし、ヒマな職員がゴロゴロしているから。男子職員はおんな専用のソープにすればいい。それに仕事は夜だけ。民間だって残業やっているんだから職員だって残業しなくちゃあ」「公営のソープか、夜の公務員よ。俺たちの若い頃は公設の赤線だってあったから外ではあまりワルサをしなんだ。「信じられんなー、あんたはそうとう泣かせたってきいていたぞ」「いやいや、カミさんは信じてくれんから、いまだにウチの中では虐げられて、嫁もロクに口を聞いてくれんしよ」どうやら、日頃のうっぷんがでてしまっただけのことらしい。いやはやこのお年寄りたちらは定年制は必要なさそうだ。しかし、ソープは荒唐無稽としても、中学生にも投票権などは実現しても面白いのではないだろうか。
2003.01.29
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数十年前に、司馬遼太郎の「龍馬が行く」を夢中で読んだ頃、「前向きに倒れて死ぬ」というフレーズに憧れたことがある。しかし、いまは、いつでもどこでもいらっしゃいと鷹揚にかまえるコトができるようになった。>川柳でも死ねるのね、なんて挑発したんだけど、怒ってないようで安心しました。ほんとに痛いような鋭い句を、命がけでつくる心意気!もし自分を曲げていたら後世に名前すら残っていなかったでしょうから。でも死に値いすると、家族の側から誇りに思えたかどうか・・。いや、男はやらねばならないことがある!(涙)「川柳で死ねるか」と自答して、一瞬詰まった。たかだか川柳ではないか、そんな、たかだかの文芸で死ぬもんかとは思いながら、よく「もし○○で死ねたら本望」という言葉があるが、何で死ねたら本望なんだろうと考えてみた。ありきたりの「家族」「子供」「恋人」「職業」などは誰でも思いつくだろうが、それではありきたりすぎて面白くない。太宰治のような死に方は一種の憧れではあるが、考えてみると太宰の冗談のような「死」につきあわされるんでは相手もたまらない。やはり自分だけで川にながれるべきだろう。これをお読みになっている人に質問してみたい。あなたなら何になら死ねますか?僕は、冬空を見上げてあの星のひとつになれるんだったらって思うことがあります。家に入りお酒を味わいながら、この酒に溶けてしまえるのなら…って。ようするに信念というものがないんですね。あなたなら、何になら……。
2003.01.28
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「生きているってことは死に向かって歩いていること」などと、あらためて括らなくても、じっさい何時どこで生が途切れても他人にとっては不思議なことではありません。しかし、自分や家族にとっては、「ん、隠してあるアレどうしよう」 「…ったく、こんなに突然死んで私たちの生活どうなるのよ」と…。何時その時がきても悔いがないように僕の遺言は、「日々の言葉、一言ひとこと」です。……な~んてキザですね、やっぱり。畳かベッドの上で死ねるとしたらまさか、「許して…」とは言えないから、「ありがとう」 でしょうね、平凡だけれど。問題なのは、それ以外のとき。火宅の人となって、どこか路傍でのたれ死ぬとき。「本籍は、長野の……」では情けない。もっとも、「遺灰は海に撒いて」 「お願いだから、家族には知らせないで…」 などと、逡巡しているうちにコト切れてしまうかも知れない。たまたま訪ねてきた友人にこれを質問してみた(ちなみにW氏ではない)。オレは決まっているよ、「よかったょ」 の一言だ。そして、僕の不謹慎な友人はつけ加えた。「だって、オレ、死ぬんだったらフクジョウシに決めているんたもん!」ときたものだ。 桜の花びらの下もいいけれど、こんな夕焼けに抱かれて…、なんてのもいいですね~。隣の部屋のできごと①実は、「唯乃葉羽さんへの返信」を書いていた隣の部屋では、友人のW市議ほか数人が缶詰になって侃々諤々の政策論議をしていたのです。「W君、それを口にしたら絶対後戻りできないぞ、それでもやるのか」「Aさん、その言葉はちょっと中味がないな」などと激しくやりあっています。W君はこの四月の県議選に出る予定で準備をすすめています。忙しすぎてあまり更新もできていないサイトもありますから物好きの人は行ってみてください(http://www.janis.or.jp/users/wakaba/)。ちなみにこんな顔をしています。 支援者から、早く本人を知らせるパンフレットを作ってくれと言われていますが、もう数日も政策論議に明け暮れて、まだ完成していません。彼の政策づくりはいつもこんな調子で、激論の果て一人ふたりぶち切れてしまう人がでてしまいます。例えば、僕一人でも簡単にそれらしいものを作る自信はあります。それをしないのは、本人を抜きにコピーライターなどが美しい言葉を並べても、血の通った政策にはならないからです。親しい友人の僕であっても同じです。支援者が出し合った政策であっても、本人が咀嚼してない言葉が有権者のハートに沁みるはずがない、というのが僕たちの考えだからです。政党や大組織などをバックにでる人は、プロまたはそれに近い宣伝担当者が練ったものを出してきます。選挙プロは、マルチとわかっていても自分だけは儲かると信じつい手を出してしまうように有権者心理をついた、センスのよいパンフを手際よく作ります。実際、ほとんどの候補が広告代理店など、プロ的担当者に丸投げしているのが現状でしょう。要は当選してからの活動で示せばよいわけですから、それを一概に非難するにはあたりません。僕は、こんど闘うどの候補も直接・間接的によく知っています。それぞれ立派な人たちで、政治家の資質としても特に落ち度がなく、相手として不足はありません。しかし、今という時代の変化に、きっちりと適応でき、田中県政下の長野県にとって何が大切であるかを周知しているのは彼しかないと僕たちは信じています。だから、うるさい連中がみんな純粋ボランティアで応援しているのです。
2003.01.26
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W君は、田中康夫知事生みの親の立役者のひとりであり、黒子として支えてきた強い信頼関係もあります。世間は、こんな風のなかだからきっと有利だろうという下馬評ですが、僕はかなり厳しいと見ています。田中知事再選に力を発揮した勝手連メンバーも、小さな地域選挙ではほとんど地元候補になんらかの形で取り込まれているからです。また、ほぼW支持に動くだろうとみられていた革新政党も、党勢拡大のチャンスとして候補をぶっつけてきました。今度の県議選に向けて、ほとんどの新人があたかも田中派を標榜し、知事との関係を誇示するような動きをみせていますが、Wは自ら知事に応援を要請するようなことはしません。県会に行くようになったときに、理事者たる知事とのフリーハンドの位置をキープしておくには、選挙で無節操に知事の支援を受けるのは良くないという意思からです。光明は、市議として市民運動を立ち上げたり支援してきた人たちが、W君を落とすわけにはいかないと参集し始めていることです。ちなみに僕たちはこの活動を「伊那発信州ルネッサンス」として、四〇年の凍土にあった信州の再生を標榜しています。個人のHPといえど公共の場ですし、対策上の都合もありますから、あまり勝手なことや詳しい内容までは書けませんが、「伊那発信州ルネッサンス」をときどきはレポートはしてみましょう。いえ、だからといってここが真面目な話題ばかりに明け暮れることはありませんからご心配なく、僕の本質は「グウタラなむっつりスケベ」だと、川柳仲間が言ってくれているくらいですから…。
2003.01.25
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>都市計画の段階で、自然や、居住スペイス、商店、各種施設・・・小さい都市をあちこちに作ってとか,考えて・・・そのままずっと考えを止めてしまっていたような気がします。そうですね、いい建物や施設、そしてプランを立てるひとは全国的にたくさんいます。行政やプランナーたちも、あちらこちらの良いとこ取りをして素晴らしい施設が増えています。しかし、結局はハートにたどり着く。施設の善し悪しより、むしろそれらがきちんと生かされるかどうかが大事。使われ方(ソフト)がより重要であり、使うひとたちのハートが問われるのですね。例えば、すきま風の入るような家に高齢者が住んでも家族関係が豊かであれば、どんなに立派な老人ホームより幸せ感がある。逆に、どんな立派な家に住んでも家族間が欠損していれば幸せとはいえない。だから、これからの社会をつくるうえで大切なポイントはヒューマンな社会を根付かせることではないでしょうか、…言うは易くて行い難しですが―。選挙のたびに、候補者のいろいろな宣伝チラシをみていて言葉のそらぞらしさにウンザリするのは、言葉に体温がないからです。僕も政策づくりのお手伝いをすることがありますが、すると結局候補者の政治活動にまで関わらざるを得なくなる、でないとウソつきに加担することになる。言葉に血液を通わせるためには自分もまたその人の一部だという、思い込みが必要では…。でも、ほんとうに社会を変えていくのは、政治家より社会でさまざまに活動している実践者だとおもいます。小林とむぼさんも、芸術という血の通った言葉で実践しておられる。もっともっとそのことに自信をもっていいのでは…。ちょっと硬派、生意気ないいぐさになってしまいました。青いナー、ホント…。
2003.01.24
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朝一番に事務所の周囲のおよそ40~50センチもあろうかという湿った雪の(信州では上雪といいます)雪かきを1時間以上かけてしました。それが2時間もしないうちにまた同じくらい積もっているではありませんか。もう~汗だく、筋肉クタクタで、春を待たずに筋肉マンになりそうです。日本海側の豪雪地帯の人達はこんなことを毎日やっているんでしょうか。 昼は「原っぱレストラン」にいきました。先にも話しましたが精神的障害をもつ人達がスタッフとして働いているレストランです。そこを実質上運営しているのが井上さん、原さんご夫婦です。大雪のなか、大勢のスタッフが出迎えてくれました。 大雪のためか、客はたった3人。ちょっと心配な手つきながら給仕スタッフがお盆に乗せた「原っぱ定食」を運んでくれます。日替わりですから毎日変わるようですが、内容はおまかせです。今日は、ハンバーグとシチュー、それに野菜と茸の和え物、漬け物です。すべて彼らの手作りですが美味しく出来ています。 「ご飯のお代わりはいかがですか」とニコニコと話しかけてくれますが、あまり見つめられると食べにくいものです。人によっては「食べているときくらいほっといてくれよ」という人がいるかも知れません。しかし、一所懸命働いている姿は気持ちのいいものです。 店先で雪をかいていたスタッフのひとりが大量の雪の山に穴を空け始めました。カマクラです。人が入れるくらいの穴が空くと、とうとう潜り込みました。見ていたスタッフが代わる代わる潜り込みます。 お茶を運んでくれたスタッフの一人に見覚えがありました。そう言えば、むかし市民活動にも積極的に加わってくれたA君です。頭も切れ、行動的でしたがどこか線の弱いところがありました。いつの間に病気が悪化したのでしょう…。顔を見合わせ僕を確認したかのようですが、無表情です。クスリのせいでしょう。抗鬱剤を飲んでいる人は無気力状態になり人相が変わることが多いのです。あまりクスリに頼らないほうが良いと素人考えとしては思いますが、友人の精神科医に聞いたところ、調子が良いからといってクスリを止めると、とたんに自殺してしまう患者もいて、見極めはなかなか難しいそうです。 しかし、この治療薬は「薬害」や「メーカーと医師の癒着」といった問題が常につきまとっています。新たなガイドラインつくりが求められるような気がします。 それにしても、躁鬱の病はとても増えているような気がします。現代病といっても良いのかも知れません。 こうした障害者を積極的に雇っている人もいます。もちろん「原っぱの会」のように善意で行動している人達がほとんどでしょうが、中には障害者に対する補助金などの社会的制度を目当てに雇いいれている人もいます。それを目玉に福祉工場を経営している人もいます。実際には、この違いは外からは見えにくいのですが、補助の対象から外れると簡単にクビにしてしまったり、ほとんどタダ同然で働かせるなど、この違いは伏流水とどぶ川ほどの差があります。 伊那市ではもうすぐ市議選が行われます。ほとんどの候補者がなんらかの形で公約に「福祉」という文字を入れることでしょう。中には「福祉の達人」と名乗っている人がいますが、さてどの福祉が本物か偽物か…。有権者の眼力が試される市議選となります。
2003.01.23
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友人たちと愛知県にある「愛知たいようの杜」という福祉施設を訪れた。ここは、特別養護老人ホーム(特養)と幼稚園、介護福祉士などを育てる専門学校が、30万坪という広大な一つの森の中に併設して建てられている。 と、ここまではそう目新しいものではないが、そのコンセプトの素晴らしさには感心させられた。入所者は「杜人(むらびと)」さんと呼ばれ、丸太小屋風にとことん木にこだわって建てられた施設は、可能な限り開放的に造られており、そこにいる人々は(どれが職員で、どれが外部の人か区別が難しいが…)みんな礼儀正しく気さくで、ニコニコイキイキと働いていた。特養施設のお年寄りのプライバシーは尊重され、入所者が自分の部屋に自分の家具を持ち込むことも自由、施設内にある食堂や喫茶店でのヒマ潰しも自由、夕方五時から開店するビアホールで飲むのも自由(小遣いの範囲でだろうが…)、もちろん所内恋愛も…。そして、これまた開放的な幼稚園から、幼児たちが(引率でなく)遊びに訪れたり、中庭に棲む動物たちの世話をしたり(されたり)、芸術作品の創作に励む人あったりの楽園が、杜のなかに繰りひろげられている。 事実、ここに入所してから痴呆症が改善されたという人が大勢おり、人間には、木や動物などの自然と、のびのびと生活できる環境がいかに有用かが、実感できた。ちなみにここに入所するためには、今から申し込んでおかなくてはムリかもしれない。 その足で神戸に向かった。神戸には川柳の行事や大震災時のボランティアで数回訪れているが、今回は震災その後の検証。北野坂最上部にある北野天満宮レストランで、川柳関係のの友人Oさん、Nさんにその後の神戸をお聴きした。折しもNさんの自宅近くで起きた小学生殺人の忌まわしい事件に震災後遺症との関連性が質問された。精神科医のOさんは「震災は関係ありません。むしろ、現在の社会構造上の欠陥から起きた事件だと思います。」と、キッパリ言い切った。 明けて次の日、神戸の街のあちこちを歩いた。震災後、訪れるごとに神戸は復旧が進み、奇麗な街並が再生しつつある。2×4の住宅が立ち並び、繁華街には若者、美しく着飾った女性、垢抜けた男女が行き交い、商店にも活気が戻っているように感じた。ボランティア基地となった学校は見違えるほどに奇麗になった。しかし、歩くほどに何か無機質な淋しさがつのってきた。その理由は何だろうと考えてみた。 どうやら、前日、たいようの杜での土と森に囲まれた空気と、ここ神戸のコンクリートや近代文明の繰り返しによる再生との落差のなかに感じた空虚ではなかったろうか。僕の単なる感傷だろうか。 その直後に、小学生殺人の容疑者逮捕を告げていた。犯人は中学生だった。現場でテレビ中継するレポーターの後ろに、容疑者と同年代だろう子どもたちが押し合いながらカメラに向かってVサインを出していた。
2003.01.21
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昨夜は、数時間のうちに家の付近に40センチもの雪に埋まってしまいました。家まで道がまったく見えません、車を道に止めて家の周囲の雪かき、2時間近くも雪と格闘し、今日は筋肉痛です。 この写真は、文脈がつながりませんね。リクエストにお答えして、さらうには画像の上で右クリックして、コピーを選択→自分のフォルダー(マイピクチャーなど)に貼り付ければいいと思います。 ちなみに、先日の日記の中にあった花は山茶花ではありません。山茶花は、こんな花ですね。 誤解された方、??の方すみませんでした。ちなみに山茶花は信州では全くといってよいほど見かけません。神戸では、庭や生け垣などいろいろな咲いていました。
2003.01.20
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食料を積み込み、グループで炊き出しボランティアに駆けつけた…。 炊き出しをしながら、被害状況を聞き取り調査する人、臨時床屋をする美容院経営者、このときは友人達が大活躍してくれた。しかし、われわれの活動も点のようなものでしかなかった。 崩れたガレキのなかに咲く山茶花の赤がけなげで愛おしかった。 神戸住吉赤いササザンカ咲く瓦礫 思えば、このときから日本にも自立的なボランティアが育ってきたのではなかったろうか。 今、日本のどこに大地震が来てもおかしくないといわれている。あの日の教訓は生きているのだろうか。 それから2ヶ月ほどしてオーム集団による地下鉄サリン事件が起こり、マスコミは神戸のことを忘れたようにそれに走っていった。
2003.01.18
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今でも鮮明に思い出す。阪神大震災がおきて3日目に仲間達をつのり、車一杯の救援物資を載せてロクな当てもなく飛び出した。 亀裂の入った道、横倒しになり崩れた高速道路の脇をくぐり抜けながら市内に入った。 いたるところで、ガレキの中に家族を探す人をみかけた。 自衛隊員に救出され、ほっとする人。家族を失い泣き崩れる人たち…、なんという惨状だ。 1キロを30分もかけて知人の家々に物資を届け、手のつけようもない虚しさにつつまれて帰路についた。(明日につづく)
2003.01.17
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タモリやMrマリックに代表されるタレントは常にサングラスを掛けている。どうかするとそれに習って、サングラスを常用しておられるニイさんがおられる。 スキーや車に乗る時は紫外線よけとしてわかるが、レストランや寿司屋でなぜしているのが僕にはよく理解できない。その傍らには大概見てくれの良いレディがついておられるのだが、ニイさんはサングラスをしたまま食事をしている。もっとも一人だけでサングラスでの食事にはあまりお目にかからないが…。 いうまでもないが、料理の味は、味覚や嗅覚だけでなく視覚もおおいに関係する。いったいサングラスをしてマグロの赤みはどんな色になるのだろう。タマゴの黄なんかウンチ色になってしまうのではないだろうか、と他人事ながら心配になる。 サングラスのニイチャンがいるとついつい観察してしまうのだが、食事中に注意深くしているとレディが立った留守などにかならずといっていいくらい一度は外し、おしぼりで顔を拭ったりするものだ。もちろん目ざとく素顔を拝見する「チラッ!」。どうかするとサングラスがもったいないような大人しい顔もあるが、大多数は間抜けな顔が多いんだなー、これが…。 食事の後、その見てくれの良いレディとどんなことになるのかは知らないが、きっとどこか煮詰まったところでサングラスを外すことになるだろう。せっかく、ムードが盛り上がってきたときに、サングラスを外してあのレディが吹き出してしまったら、せっかくの演出が台無しになるのではないかと、いらぬお節介だったかな。それにしても、そんなところばかり見ていて、僕がなにを食べたかロクに覚えていないのはもっとまぬけか…。 棲む土地を追われもぐらのサングラス サングラスかけて兄上舞いもどる クスクス笑って夜をだいなしにする
2003.01.14
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原っぱレストランのことでかいたが、沖縄から来たKくん。この地で新聞配達をしている。朝2時くらいには起きて、4時間くらいかけて配達するのだが、それが大変。Kくんの受け持ち区域は中央アルプスの山麓の地域が多いから、雪が降ると一軒の家に行くまでに命がけの道を通らなければならないことがある。 バイクや車を使っての配達だが、先日は途中で雪崩があって引き返してきたという。また、途中で熊に出会ったことも二度三度、熊も出会い頭でなければ素知らぬふりをして通りすぎてゆくそうだ。あるときは猪が車にぶつかって気絶しているのを見つけた。道の端に寄せてあげようとしたが重すぎて諦めたという。ところが、それを地区の人たちが見つけて、シシ鍋にして食べてしまったそうだ。配達の帰りに仲良くなった?小動物もいるようだ。 暖かい沖縄生まれのKくんが、零下15度にもなる信州でさまざまな体験をしながら、ちゃんと定着しようとしている。いつもはもの静かで、修行僧のような寡黙であるが、この地での体験を語り出すと目がキラキラと輝き、実にいい顔になる。友人からの噂では、結婚資金もそうとう溜まったというのにまだ嫁さんがない。動物でさえ気を許すKくんなのに、伊那の娘どもはどこに目がついているんだ、いったい。
2003.01.13
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ゆうらりさんサイトが夫婦関係について提言しています。そのなかで「川柳は夫婦を描くのに適しているような気がします。」と書いています。いくつか「夫婦」をあげてみました。 宿賃を女が払い夫婦たり 松岡 恭子 お互いのために夫婦の黒い服 吉実 井児 あじさいや夫婦も同じ顔になり 長島 正弘 約束など守ったことがない夫婦 土佐 和 空に月疑い深くなる夫婦 井上由紀子 ああ夫婦飼って飼われて歯を磨く 中島敬一郎 あんたとはちがった空で星になる 沼本三三〇 別々の空を抱きあい真珠婚 いとう 岬
2003.01.12
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早速読んでくださったのに、間違いが一杯、なさけない。伊藤野枝さんは、20歳頃東大紛争など学生運動が渦まいていた頃、休校していた早稲田の友人等と鷺宮のスナックの二階で名前を知って、微かにあこがれたことがあります。僕はノンポリだったけれどどこかで反体制に惹かれていた。当時の若者は反体制がひとつのファッションだったけれど、浅間山荘事件が憧れをコナゴナにしたんだよね。 辻潤さんは上野高等女学校の英語教師。伊藤野枝さんはそこの生徒。二人とも、生まれはとても裕福な家庭(のちに没落)で、ある意味でわがままに育ち生きたわけですね。でも、体内時計は合っていたから自然に惹かれ合った。辻潤が飄々としていたということは、家庭人としては毒のない人だったのかも知れない。野枝さんは大杉栄と知り合ってからも潤さんとの子どもを生んでいますね。 女性解放運動と野枝さんの奔放な生き方とは矛盾しない。女性は、というと語弊がありますが、野枝さんのタイプの女性は、安心安住より、無頼・エゴイストタイプに惹かれる。また、男も恋人としてはワガママな女性に傾倒する。伊藤野枝と大杉栄という人たちは、なるべくしてなる線上にあったのかも知れない。だから自転車に二人乗りして、体制という暴走ダンプに突っ込んでいった。 野枝さんに捨てられた辻潤さんは、その後もいい仕事をしている。野枝さんとずっと一緒だったら、そうはできなかったかも知れない。Uさんはその辻潤さんが「好き」だという。捨てる神あれば拾う神がある、これで世の中まわっているんだよね。石原軍団の渡さんもいい男だけれど軍団も都知事に利用されてから、ちょっと淋しい存在になった。もうひとり、ハンフリーボガードはその昔「カサブランカ」で記憶にのこる名優。もう、格がちがいすぎて戦いにもなんにもなりはしない。救いは、とうに故人になっていることだが、少女の胸に巣くった憧れは、どんなに時代を経ても風化しない、のでしょうね。 ちなみに、上の写真は僕ではありません。白ポッチャリの僕とは似ても似つかわないタイプばかりですよね(と、すねている)。なぜ知っているかは、たまたまそういう事情があったのです。
2003.01.11
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あるていどの力(?)をもつ川柳人が川柳を書く時には、なるべく普通の見方を捨てることにしています。例えば、「神様はお見通し」という言葉があるとすれば、 ・神様以外みんな知っている秘密などと、見方を変えてみるのです。こうした見方は意外にものごとの真理を突くことがあるんですね。僕の田舎で「若者が村を捨てる」なんて村長が嘆いていましたが、あれは「若者が都会に進出している」んです。暴力団って、どうして団長っていわずに組長っていうんだろう。議員は「選良」っていうんだけれど、「選悪」とか「選悔」という言葉のほうがピッタリするのでは。「田舎はいい、田舎はいいなぁ」って都会の人たちはいうけれど、そんならみんな田舎に住めばどうって、僕は思うんだけれど…。自販機もコンビニもないけれど。神社仏閣は、建築法がない時代に建てたのに違法建築はない。建築法ができてからのほうが、違法建築が多いのはなぜ。動物病院の山内先生が、病気の時一生懸命看病してあげた病弱な牛、元気になって肥えてきたら屠殺場に連れていかれちゃった。まあ、こうした俗っぽい見方を煮詰めていくとなんとなくたまってくるんですよね。ところが、世間の目を意識しちゃうと、とんとダメ。わずか数句を書くのに何時間も唸ってるんですよ…、僕はね。昔むかしのはなしなんですが、花を上から見ていて欲情したことがあるなんて、やっぱりヘンですかねー。
2003.01.10
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ことのほか、雪の多い冬です。「阿弥陀堂だより」のおうめ婆さんの言葉がとても雪国の情景をあらわしています。「雪が降ると山と里の境がなくなり、どこも白一色になります。山の奥にあるご先祖様たちの住むあの世と、里のこの世の境がなくなって、どちらがどちらだかわからなくなるのが冬です。」「阿弥陀堂だより」は、しっとりとしたいい映画です。信州ではほとんど映画を観ることのない人たちまで、みんないった。「いかった、いかった」って、優しい顔をして帰ってきた。僕は、仕事がメチャクチャに忙しかったときに来ていたので、観にも行けず「ウン、ウン」ととくとくと話すのを聞いていた。そして、いつの間にか話しを聞いただけなのに、いつの間にか、僕のなかにあらすじが観てきたように浮かんでくる…。こんどチャンスがあったら観に行こう。自分の中で描いたあらすじとくらべてみよう。「阿弥陀堂だより」にはここから行けます↓http://www.amidado.com/01kantoku.htm
2003.01.09
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倉田節子さんと、ヤブ医者(?)として評判の井上医院の井上武雄院長を訪ねた。 井上医師とは囲碁友達で、実力はほぼ同じくらい(としておこう)。僕も大風邪を引いたときなどには井上医院を訪ねて注射を打ってもらう。なぜ井上医院に行くのかというと、待っている患者が少なくて、すぐに診てもらえるからだ。「患者が少ないからヤブに違いない」という風評をどこかで聞いたが、僕はそれが不思議でならなかった。なぜなら、どんなときに行っても治療を受けると的確に診断してくれて、大概すぐに治ってしまうからだ。もっとも、僕の病気は山内動物病院でも治ってしまうからあんまりあてにはならないが…。しかし、院長に話しを伺ってなるほどどナットクできた。「僕はね、ほっとけ医者なんだよ。僕のところにくる患者さんの大部分は家で静かに寝ていれば治ってしまうくらいの病人なんだよ。このくらい長く医者をやっていると、呼吸と顔を見ただけでどの程度の病気かわかる。だから、早く家に帰って寝なさいって、ほっといてあげるんだ。それで今まで誤診とされたことは一度もない。でも、患者は不安なんだね、だから他の病院を回って、何ともないといわれてようやく納得する。ときには、待合室から病気をもらってきてしまうことだってあるんだよ。僕が、大丈夫っていったら寝ているのが一番なんだがねー」 このような話しをされた。そういえば僕のときも「お願いだから注射を打ってください」と懇願する。するとうれしそうに太い注射器をもってきて、身体がギュッと熱くなるようなイターイ注射をしてくれる。それで、相当の風邪でも数日で治ってしまうのだ。 勤めているナースたちがまたいい。「先生、給料は少なくてもいいからなるべく仕事をしないでください」と、禁止されていること以外、ほとんどの仕事をテキパキとかたづけてしまうということだ。その日も、みんなで早出して医院のまわりの雪かきを全部してくれたということだ。 近くのご老人から「センセイ、ワシが生きているあいだは死なないでくれ、と言われたけれど僕だって楽になりたいからねー」と、破顔一笑された。 当地にも公立の大きな病院がありいつも混んでいるが、いわゆる身近な家庭医という存在をもっと活用すべきではないだろうか。井上医院以外でも親しくしているお医者さんはいるが、どの医師も、長くおつきあいをしているとその患者の状態やクセを把握できるから、もっとも適切なアドバイスや治療をしやすい。また、長くお得意様でいてもらうには長生きをしてもらうに超したことはないのだから…。 そうそう、倉田節子さんは若き頃井上医院に14年ほど勤めていたそうだ。
2003.01.08
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僕たちの仲間、倉田節子さんが市議選にチャレンジすることになり僕もささやかなお手伝いをしてきました。節子さんは平和主義者、障害者のためのペンショ経営、そしてクリスチャン。お年は60歳になりますが、とても若々しくて行動的な人です。このたび「人人(にんじん)の会」を立ち上げ、市議選に向けての運動を始めました。スタッフは、9割が女性たちですがとっても活動的で、いまさらながらウーマンパワーの熱気に圧倒されています。それにしても、普段は選挙にそぐわないようなご高齢のおばあちゃんたちまで「すわ鎌倉、節子さんのためなら…!」と大勢駆けつけているのにはビックリ。さて、いまから結果が楽しみです。
2003.01.07
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ごぶさたしましたが、ネットに復帰しました。とりあえずは、みなさんの日記を読んでいます。ん、おかわりなくご健在のようですね、皆さん。 [
2003.01.06
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