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東京スター銀行が仙台支店を新設し、イーグルスの田尾前監督が名誉支店長に就任したそうだ。同行では東北初の店舗。宮城県での新規参入銀行は16年ぶりとのこと。東京スター銀行は仙台人にはなじみが少ない。東京相和銀行の破綻を受けて米国の投資会社ローンスター社が設立し(2001年)営業譲渡を受けた銀行である。「仙台支店ファイナンシャル・ラウンジ」は11月27日(月)開業で、中央二丁目5-8(クリスロード)実業興産ビル。2フロアを擁する110坪の大型店とで、客が気軽に立ち寄れるよう、フロアの8割をお客さまスペースとするラウンジ型店舗。ローンを含む金融商品全般について、東北地区での更なる新規顧客の獲得を目指すとのことだ。平日の午後7時までと土日にも相談業務を行う。並びにあるファストフード店と同じように、気軽に入れる感覚なのだろう。夜の10時頃に通ったのだが、2階に誰かがいた。田尾さんではないようでしたけど。■仙台百景画像散歩 以前の記事です。 ○仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2006.11.30
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社団法人日本公園緑地協会が都市公園法施行50周年を記念して企画、選定したもの(同協会サイト説明)。全国から195件の推薦があり、112件が選定されたという。ところで、同協会のHPには、第二次募集の告知がある。いわく、------------しかしながら、(第一次募集で)多数のご応募を頂いた一方で「歴史的・文化的資源」の受け止められ方に、地方公共団体の間で大きな相違が見られるなど地域間で応募の状況に偏りが見られました。このため、再度、幅広く推薦を受け、日本を代表する歴史公園を選定することといたしました...------------具体的には、第一次募集は城や城址に推薦が集中し、古代や近代の資源を活かした公園の推薦が相対的に少なかった、ということのようだ(説明資料)。それはともかく、その第一次の百選で東北分を紹介すると次の通り(カッコは公園管理者)。 ○青森県総合運動公園・遺跡区域(青森県) ○合浦公園(青森市) ○鷹揚公園(弘前市) ○城山公園(三戸町) ○岩手公園(盛岡市) ○高田松原公園(陸前高田市) ○青葉山公園(仙台市) ○千秋公園(秋田市) ○中央公園(小坂町) ○霞城公園(山形市) ○南湖公園(白河市)以上の通りで、推薦が多いためだろうか、青森県の公園が多い。知らなかったが、鷹揚(おうよう)公園とは、弘前公園のことだそうだ。桜の名所弘前城ですね。また、合浦公園は、「がっぽ」と読むそうだが、海に面して市営球場がある公園だ。観光物産館アスパムがあるのは「青い海公園」で別。勉強になります。三戸の城山公園は南部氏の古城。由緒ある名所です。白河の南湖公園は、白河藩主松平定信が造成した日本最古の公園で、近代公園の先駆なのだそうです。ところで、「日本の都市公園百選」というのもあるそうで(1989年)、東北では ○鷹揚公園 ○合浦公園 ○岩手公園 ○高田松原公園 ○松島公園 ○榴岡公園 ○千秋公園 ○霞城公園 ○日和山公園 ○翠ケ丘公園が入っています。
2006.11.29
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岩手日報のサイトを見ていたら、昨日(27日)は雨の朝だったが温暖だったとの記事。盛岡市藪川では、前日マイナス9.8度だったのが一転、プラス2.7度だった。藪川と言えば岩手県で気温の低いところ。わが宮城県で言えば「駒ノ湯」でしょうか。でも私には「玉山村藪川」の方がピンと来ます。そう、合併して盛岡市なのだ。藪川も渋民も。そういえば駒ノ湯も栗原市ですけどね。盛岡地方気象台のサイトを訪れたら、気象観測所は藪川と好摩にある。そうか、好摩は東北本線の駅です。好摩も盛岡市になったのですね。しかも、東北線じゃなくてIGRいわて銀河鉄道、時代は変わっています。ついでに東北人の基礎知識を仕入れた。仙台管区気象台のHPで知った。地方気象台は5県県都に所在するが、測候所が、八戸、宮古、酒田、若松、小名浜。なるほど。今朝の仙台は夜来の雨が上がったかと思ったら、また降っている。でもさほど冷え込んではいない。そろそろ東の空が白んできました。
2006.11.28
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先頃JTが全国たばこ喫煙者率調査を発表した。男性41.3%、女性12.4%、全体で26.3%とのこと。地域別は出ていないので、厚生労働省の平成16年度地域保健・老人保健事業報告を見てみた。(単位は%)青森 男41.0 女6.0岩手 男30.8 女3.6宮城 男37.0 女5.5秋田 男36.7 女3.2山形 男35.6 女4.4福島 男32.7 女5.3という具合で、青森が高い。全国を見ると、山梨43.9、石川41.8、大阪40.9などがトップ集団で、最低は広島の22.6(いずれも男の喫煙率)。なお、JTの調査よりは全体的に低い。標本の違いだろうか。この点詳しくは見ていない。青森県が高いのはなぜだろうか。喫煙者は何と相関するのだろうか。全国を見て、石川が高いのに隣接の富山は低かったりする。これは結構おもしろいデータだ。
2006.11.27
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伊達者ぶりハイライトは文禄元年(1592年)3月17日、政宗率いる伊達軍が、聚楽第を出て洛中を奇抜な服装で行軍した時だ。秀吉の半島出兵に第一次出兵(文禄の役)として参加したのだ。伊達勢の装束の艶やかさと威容は目を見張るばかりだ。先頭は竹に雀の大軍旗。紺地に金の日の丸を染め抜いた30本の幟が続く。鉄砲、弓、槍の足軽は1メートルの金のとんがり笠、具足には黒漆の地の前後に金星。櫂棒形にかたどった刀の鞘は銀と朱。騎乗した武将は色鮮やかな甲冑に身を包み、母衣は黒で統一、後ろには金色の半月印、太刀は黄金、馬には豹・虎・熊の皮の馬鎧を着せ、尻尾にも飾り物。世に「伊達者」の名を知らしめた一件だ。人を驚かすのを好む政宗の性格がなせる業、ともされるが、真の理由は別だった。大陸進出は、関白を秀次に譲り前年太閤となった秀吉の誇大妄想によるもので、号令を受けた全国の大名も内心は呆れていた。第一次の遠征軍はともされるが、前年に関白を秀次に譲り太閤となり、野望だった大陸進出を決意する。一番隊は前田、次いで徳川、政宗が三番隊、佐竹が四番隊。政宗も朝鮮出兵には反対だった。葛西・大崎を鎮圧し、居城も岩出山に移ったばかりで、知行割りや新田開発など課題山積で海外出兵どころでない。しかし太閤に逆らえない。そこで一計を案じたのだ。政宗は考えた。朝鮮の戦は厳しいだろうから、なるべく渡海は遅い方が得策だ。おそらく先陣は太閤子飼いの大名。行くならば、大勢の固まった二番手、三番手が良い。なるべく遅くするには、太閤の随行軍に組み入れられるのが良かろう。太閤が渡海するのは勝ったときに違いない。打撃も少ないはずだ。太閤の随行軍に入るためには、派手好みの太閤の目にとまり関心を勝って、長く日本にとどまることだ、と。政宗は、1500名の軍勢を派遣せよとの秀吉の命令に対して、倍の3000の軍勢で岩出山を出発したのだ。そして、秀吉は奇抜な伊達軍の装束に大いに満悦、渡海の際は自分に同行させて中国軍に一泡吹かせようと考えたか、前線基地の名護屋城では予備軍として本営に留めて親衛隊のように扱った。この点で政宗の策略は的中したのだ。派兵は4月の第一軍から始まるが、政宗も翌文禄2年(1593年)4月に上陸し善戦するが、風土病で桑折政長と原田宗時を失う。8月に秀吉は帰還を命じ、政宗も9月に京都に戻り、文禄4年(1595年)4月にやっと岩出山に戻る。単に蛮勇をふるい派手さを好むだけではない、知略家としての政宗の深謀が伺える。伊達の真骨頂とは、まさにこのことなのかも知れないと思う。以上は川村昭義さんの著作などを基に記した。■川村昭義『青雲の彼方 伊達政宗』北燈社、2001年なお同書では、母の東の方(義姫)との宴席で毒を盛られた件(天正18年(1590年)4月5日)について、政宗の芝居だったとの説を提示している。弟小次郎には母の陰謀と告げて斬殺し、母には、小次郎を担ぐ一派が秀吉と通じて政宗を亡き者としようとしたのだ、幼い小次郎は事を理解し立派に最期を遂げた、このことは一切他言無用に願う、などと説明した。政宗が秀吉の催促に応じて会津黒川城から小田原に参陣する直前のこのとき、後陣に憂いをなくすための自作自演だった、というのだ。一般にはこの毒殺未遂事件は、東の方が、輝宗銃撃など粗暴な政宗を疎んじ、また小次郎可愛さと伊達家内安定のために、あるいは実家の最上義光に唆されて、毒を盛らせたのだとされる。小田原行きについては家中でも意見が分かれ、秀吉によってお家取り潰しとされるより政宗を廃して小次郎を跡目に立てようと、反政宗派の声が強まったのかも知れない。川村氏は文書から伺える母子の情愛などをもとに検証し、義姫陰謀説を打ち消していく。伊達治家記録などに残される義姫説は、藩祖政宗のイメージダウンを防ぐ編者の作為でないかと指摘する。同年6月9日。小田原石垣山で初めて秀吉に謁見した政宗は、白装束に身を包み、卑屈なまでに平伏して見せた。秀吉は杖で政宗の首筋を叩いて見せ、もう少し遅かったらここが危なかったぞと、語った。表向きはこれが政宗と関白の初対面だが、実は数日前に、家康の仲介で秘かに対面した。その場で家康は正式な対面の際の振る舞いについて政宗にヒントを与えたという。政宗は意を解し、正式対面の場ではひたすら派手に秀吉に平伏して見せた。奥州の独眼竜が諸将の眼前で恭順の意を示している。秀吉もよろこび、芦名攻略と遅参に対する処分は寛大なものとなった。政宗は、秀吉に首を叩かれながらも内心は勝ったと思っただろう。小道具になるときは徹底してなり切る。秀吉、家康と対峙し、かつこれらを取り込みながら、人間力と知謀を豊かにしていったのだ。天正19年(1591年)には、大崎・葛西の一揆を扇動したとして上洛命令に受け、白の死装束に身を包み磔柱を先頭に立てる奇抜な格好で京都を歩いた。聚楽第の裁きの場での、鶺鴒の花押の言い訳は有名だ。秀吉は、政宗が一揆と通じたことは十分知った上で、政宗の知略に舌を巻き、放免するしかなかった。まだまだうまく使えるとの配慮もあったろう。豪快で粗暴、しかし緻密で知略豊か。幼少の頃は人と会うのを嫌がる赤面症、長じては一流の文化人。藩祖政宗公のこの奥深さこそ、伊達者の真髄でなかろうか。■関連する過去の日記 ○ 伊達文化の誇り 伊達政宗の度量(3月1日)
2006.11.26
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野村監督がファン感などで語った言葉。来年は変わるぞ。Aクラスに入れなければ監督を辞める。さっきもTVで取り上げられていた。野村監督も自信はあるのだろう、楽しみだね、と張本さん。「喝」は出なかったが(出ても意味がないけど)、とにかく来季こそ勝負ですね。その直後に、長島前監督の肉声の映像があった。和田投手を励ます短いスピーチ。結構しっかり発声しておられた。
2006.11.26
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これが我が家の庭です。もちろん真っ赤なウソで、寺岡のロイヤルパークホテルです。夜8時台に訪れて、ホテルに断って中庭に入れてもらいました。綺麗なライトアップと電飾。子供達は芝の上で大はしゃぎ。この画像の左手に白いチャペルがあります。期せずして花火も出て、本当に美しかったですね。帰りは外気が1℃まで下がりました。冬の夜。星も出ていました。
2006.11.25
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何度もスミマセン。穏やかな秋晴れに誘われてまた撮ってしまいました。朝とは反対側からで、昼の陽光を浴びています。
2006.11.25
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秋の朝、我が庭の小景です。
2006.11.25
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昨夜発生したそうだ。多賀城駅近くのアパートで、住人の方が刺し傷を受けて亡くなった。朝の新聞を眺めると、いじめや自殺予告の記事も多い。そして、目にとまった。栃木県今市市(現在は日光市)の小学一年生の女児殺害事件から1年。ご遺族が生前の写真を公表したという記事。昨年の12月2日に、茨城県常陸大宮市の山林で遺体で見つかった。痛ましい事件だ。関係者は努力しているのだろうが、早期検挙をお願いしたい(警察情報)。
2006.11.25
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こんな事もあるのですね。最近アクセスカウンター表示がおかしいように感じていたら、今朝は数字が戻っている。何日か前に、33333のゾロ目だったはずなのに、33300台になっている。アクセス記録表示を見たら、33388の次の訪問者が33299になっていて、次が33300、そして1番ずつ増える、という具合。おかしいですね。どういうわけか、電車から降りた後にタクシーを飛ばして、8時半ギリギリに私の田舎の中学校に登校する、その直前にカウンターが1万円を超えた、という変な夢を見た後だったので。
2006.11.24
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宮城県には由緒ある巨木や古木がたくさんあります。信仰の対象、歌枕、歴史のいわれなど。短い人間の一生をはるかに超えて歴史を過ごし、また人々に見守られてきた樹木を仰ぎ見るとき、私たちは、混迷の人間社会と流転する地域の様相にあって、昔も今も変わらないひとすじの何かを実感するのではないでしょうか。これら巨樹・古木の中で、樹齢の点で古参クラスの木を挙げてみます(下記書籍に掲載の巨樹・古木の樹齢ランキングです)。(1)平沢の弥陀の杉(蔵王町平沢 安養寺)樹齢1300年 県天然記念物(2)苦竹の乳銀杏(仙台市宮城野区 個人所有)樹齢1200年 国天然記念物(3)薬師堂の姥杉(栗原市築館薬師台 双林寺)樹齢1200年 県天然記念物何とも悠久の歴史です。例えば有名な苦竹の乳銀杏は、伝説では聖武天皇の乳母の遺言で、その塚の上に植えられたという。ドイツの建築家ブルーノ・タウトも仙台に来た際にこのイチョウに感銘したそうだ。同様に、下記書籍掲載の樹木の樹高です。(1)丸森のイチョウ(丸森町四反田 町所有)48メートル 樹齢670年 県天然記念物(2)羽田神社の太郎坊・次郎坊杉(気仙沼市赤岩 羽田神社)46メートル 樹齢800年 県天然記念物(3)観瀾亭の安産の大ケヤキ(松島町)45メートル 樹齢800年 町天然記念物丸森のイチョウは樹高も堂々一位だが、幹の太さも直径3.9m(胸高直径)で第2位。ちなみに第1位は千本桂(南三陸町歌津払川)の胸高直径4.1m。(注)安産のケヤキは、ランキング表では45mだが、該当ページでは35mと説明されている。○参考 三嶋久志『宮城の巨樹・古木』河北新報社、1999年
2006.11.23
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一番丁から駅前アエルまで続く中央通は、名掛丁(ハピナ名掛丁)、クリスロード、大町商店街(マーブルロードおおまち)の3つの商店街からなる。おおまち商店街(携帯サイト)は、仙台開府の際は大町三四五丁目と呼ばれ、譜代商人の豪商が軒を連ねた。従って藩政時代から続く老舗が多い。仙台七夕まつりを復活させたのも、仙台商人の意地を見せようとした大町商店街の有志だったそうだ。■関連する過去の記事 仙台七夕の由来(06年8月9日)クリスロード商店街は、日形町と呼ばれたが城下が大きくなるに連れて伝馬役を新たに与えられたので、新伝馬町と呼ばれた。伝馬の名残りが道標になって商店街の中心あたりの歩道にはめ込まれている。また、開運招福、商売繁盛の三瀧山不動院があり、仙台四郎を奉る寺として有名。名掛丁(携帯サイト)は大手門に通じる街路で城下の防衛上の拠点。藩政時代に御名懸組の組士屋敷があった。明治20年の鉄道開業で東西に分断され、西側が現在のハピナ名掛丁。タイトルの「謎の境目」とは、クリスロードと名掛丁の境目。五番丁からアーケードに入って50mほどのところ。アーケードと舗装タイルが違うのでわかる。しかもタイルの境目は川の流れのように湾曲している。広瀬川の流れを市内に引き入れた、ご存じ「四ツ谷用水」の水路が両町の境だったので、その流れを表現したのだそうです。編集長の大好物のとんこつラーメンの場所です。以上は、街ナビ仙台のフリーペーパーを基に書きました。名掛丁のページに「朝日屋」の記事があります。明治時代から続く酒問屋で、居酒屋は昭和28年からスタート。思い出すのは、仕事を始めた頃に先輩方が、何かにつけ昼間から「朝日屋に行くぞ」とオヤジ達のうるさかったこと。駅前で昼から飲めると言えば、朝日屋ですね。そして編集長の好きな、ジャンジャン横丁、センター街。仙台サラリーマン文化です。■参考 ○machinavipress(フリーペーパー)2006NOV(vol.5) ○街NAVI仙台
2006.11.23
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楽しい趣味だ。児玉健さんの文章に出会った(「さあふ」(仙台都市総合研究機構NewsLetter)2006年夏、No.78)。仙台鉄道の軌道跡をたどるレポートだ。仙台浅草の小路は、かつての仙台鉄道の起点「通町駅」と「北仙台駅」(旧宮城交通ターミナル)の間の軌道跡なのだそうだ。そして、現在の仙山線東照宮駅下をくぐって北上する。上杉山中学校あたりの不自然なカーブを描く路地も軌道跡。道路脇の古い家は道路に背を向けて建っているのが、鉄道であったことの名残だろう、と記されている。この観察眼が、素晴らしいと思う。最近でも、新しい都市計画道路の両脇の家やアパートが背中を見せていることがあるのと、似ていると思った。紹介されているHP(鉄の廃路)を訪れると、仙台鉄道跡をたどった気分にしてくれる。楽しい。仙台鉄道だけでなく、県内外のいろんな廃線を紹介している。藪をかき分けて、川を渡り、廃線跡を紹介してくれる、こんな熱意を素直に尊敬する。
2006.11.22
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ドラフトの成果を見ようとイーグルスのオフィシャルサイトを訪れたら、一場投手にお子さんが生まれたとの記事。おめでとうございます。今日の午後1時16分に仙台市内の病院でご誕生とのこと。関係ないですが、その頃私は市内の某ホテルにいました。入団決定と結婚、そして楽天でのプロスタートの昨年、9月の初勝利(あの時、わが一家もスタンドで応援しました)。2番目で今度は男の子の誕生。一場選手には仙台にいるこの時代は大きな意義があることでしょう。いやいや、ずーっと仙台にいて活躍して欲しいですよ、もちろん。
2006.11.21
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事実であれば大変情けないことだ。松島湾の松林も泣いていよう。相次ぐ知事の汚職や、今なお出てくる裏金を聞くにつけ、本当に情けない。持論だが、政治家はアナタでなければならないということはない。ルールを守れない人は、それだけでやめてもらって良い。他に実績があったとしても。多選制限も結構。公職という立場を少しは意識して欲しい。福島前知事の立件で、全国の首長達は相当ビクついていると言われる。ご一新の好機になれば、と思うのが一有権者の精一杯のやせ我慢だ。
2006.11.21
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仙台藩は評定所が整備され、幕府、薩摩藩とあわせて、日本の三評定所と称されたという。2代仙台藩主の忠宗は、政宗のような派手さはない。しかし、東照宮の建立など幕府に忠誠を誓う一方で、藩体制の整備に意を用いた。守成の藩主のイメージだが、幕藩体制の歴史の流れを見誤らず、近世的な藩支配組織を構築した功は大きい。忠宗は、まず奉行と評定制を整備した。奉行は専制者政宗の命令の伝達者であったものを、合議制なる藩の職制として位置づけ、政宗の功臣に忠宗召し出しの新参を加えて、公平無私に藩政にあたることを誓わせた。そして、家中法度など藩法の整備を行うとともに、三カ年にわたる寛永の総検地を実施し、藩政の基本を定めて家中の知行制も再編した。戦国の余韻が消えた平時の治政のため、仙台城に二の丸を構え、若林城を廃止。冒頭に記した「日本の三評定所」との評については、不勉強で詳しくわからないが、評定が整備されたということは適用されるべき法制が整備されていたということになるのだろうか。実は、仙台藩の諸法制(武家、刑事、財政、町方、村方)について勉強しようと思いつつ、果たしていない。藩政時代には、幕府の統制はあるものの、基本的には藩内の統制と裁判は藩主の権限だったろう。そして、藩ごとの法制は、地域性、歴史、そして殖産などある程度の藩の政策も反映しているのかも知れない。制度面を調べると、明治につながる地域固有の組織風土や気風も見えるのかも知れない。■参考 仙台市博物館編『図説伊達政宗』河出書房新社、1986年■関連する過去の記事 仙台藩の経済と財政を考える(1 藩札)(06年07月25日)
2006.11.20
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ちょっと前から雨になった。未明から湿った感じだったが、雨筋の見えるくらいの雨になった。そうでなくても気が重い月曜の朝。晩秋の寒い朝だ。盛岡あたりは霜で一面真っ白だろう。あるいは氷が張っているかも知れない。昨日コタツを設置しました。といっても、コタツ兼用テーブルに布団を掛けただけ。床からの温かさで布団の中が温まります。なかなか起きない子供たちを、これからコタツに移して見ます。
2006.11.20
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朝の河北新報をみたら、渡邉恒樹が更改を保留したという記事。すんなりサインとは行かなかったようだ。田中の入団発表の際に、ナベツネの背番号はどうなるのか気になっていたが、この記事では背番号34と説明があり、さらに、背番号変更を事後に言われたことも保留の一因のように書かれている。球団HPでは16日にナベツネの新背番号を発表していた。私は、34という番号は好きだ。何たって、あの、秋田県出身で近鉄で活躍した左腕村田辰美の番号じゃないか。ヒゲの村田だよ。懐かしい。渡邉はこれから大活躍してもらう選手。素質は誰もが認めるのだから、何かのキッカケで一段階上の一軍定着、行く行くは先発要因だ。むしろ、背番号変更で心機一転しようぜ。応援しているぞ。ガンバレガンバレ! 渡邉! 左のエース背番号34が歓喜のフルスタで堂々とマウンドに立つ姿を想像してるよ。
2006.11.19
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最近東北の麺類を記事にしているが、岩手県では「もりおか三大麺」という概念があるようだ。岩手日報に出ている。冷麺、じゃじゃ麺、わんこそば。3つ同列に並べられると何故か一瞬びっくりするが、確かに、これぞ盛岡、だ。■関連する過去の記事 ○そば王国山形(06年11月17日) ○東北のめん類データを見る(06年11月14日)
2006.11.18
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昨日(16日)朝のNHKラジオのニュースで言っていた。山形県は、そばの生産が全国4位、消費は第2位だそうだ。統計を見た。農林水産省の公表資料「平成17年産大豆、小豆、いんげん及びらっかせい(乾燥子実)・そばの収穫量」(平成17年12月27日)を見た。また、わかりやすい統計ダイジェストもある。平成17年産の全国そば主産県(作付面積500ha以上)の生産量は3万1,200トン。実感がわかないが、前年比53%の大幅増加。作付面積は3%しか増加していないが、北海道で生産振興が図られたこと、前年は台風等の影響による作柄不良だったことによるようだ。県別の収穫量は、北海道15,600トンが最高。次いで、茨城2,410トン、長野2,080トン、山形1,700トン、福島1,600トン、以下、栃木、鹿児島、福井と続く。茨城が多いのは意外だった。鹿児島は焼酎だろうか。穀物としての収穫量と、食材である「そば」としての生産量は違うのだろうけれど、収穫はやっぱり山形が第4位だった。消費量の方は... 手が回りませんでしたので、次回です。■関連する過去の記事 ○東北のめん類データを見る(06年11月14日)
2006.11.17
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人間学を深める塾。特に東洋思想(仏教、儒教)と縄文以来の日本神道が、どう日本社会の中に浸透して展開してきたのか。世相の荒廃の原因は日本人の心が失われたからではないか。「敬」と、対極にある「恥」の意識が希薄になった。個人の尊重と経済優先の度が過ぎて、人間関係を軽視し過ぎ、家庭や地域の崩壊を招いた。日本人の心を再確認する。これが、白石の猶興塾だ。小賀坂謙一さんが主宰。小賀坂さんは、柴田町出身、日本石油、島津海運取締役を経て、白石市にお住まいだ。確固たる考えをもって活動に結びつける、素晴らしいことだと思う。○参考(出典) 「東北開発研究」2006年7月(vol141)、(財)東北開発研究センター
2006.11.16
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ドキッとする指摘だ。「先生」の権威を無くした教師は、社会全体の縮図である教室を支配する空気のコンダクターに堕し、教師が空気を読み違えると学級は崩壊する。担任という軸を失った学級は不安定となり、TVのバラエティのように道化役を求める。いじられて悲鳴を上げる道化役の存在で、空気は安定する。つまり教師もいじめに加担している、というのだ(藤原智美「『空気読み』と化した教師たち」、中央公論12月号)。教育に関する論評や提言は星の数ほどある。学力低下、いじめや自殺、私立中学志向の是非、教育基本法改正まで飛び出してきた。混沌として、軸が見えない。軸が見えないけれども、私は、初中教育は教師の人間力が基本だと思っていた。ところが、その教師の資質をズバリ指摘されたので、戸惑っている。たしかに現在の教師は難しい。保護者や地域の意見も多様化し、また、校長や教育委員会の変わらぬ上意下達体質に戸惑いながら、学力向上や生活指導に日夜努力しなければならない。学校もサービス業だろうという風潮がまかり通ってしまう。カネで教育を買う。子供も、あの学校はダメだ、あの先生はダメだ、と公言してしまう。何故勉強するのと聞かれて、いいから学校へ行け、と言いたくても言えない親。子供の権利なる観念、虐待防止、情報公開、評議員制度、などの流れも関連している。コストや競争の感覚の点は供給側の意識としては重要なことなのだが、経済合理性の見地の一本槍で教育現場を見ることは、本質を見失う危険をはらむ。対等な主体としての教師と生徒ということは、本質的な意味に置いてはあり得ない。言葉が適当かどうかわからないが、「強制」の要素が必要だ。「教壇」が消えて、生徒様をお預かりする責任者。子供から見れば、教師も数ある大人の1人に過ぎない。教師の人間力を基本に、などと考えていた私には、なんだか難しくなってきた。私は、答えられない。
2006.11.15
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盛岡の全日本わんこそば選手権では、東京の方が329杯で連覇したという(岩手日報記事)。前回優勝者は制限時間10分というハンディを打ち破っての堂々の勝利。計算すると1杯あたり1.8秒だから、とにかくすごい。ところで、東北は豊かで楽しいめん類文化があると言えるのではないだろうか。秋田の稲庭うどん、山形のそば・麦切り、白石うーめん、盛岡冷麺、仙台冷やし中華、最近では喜多方ラーメン、横手やきそば、など古今の名物が盛りだくさん。思い立って、各地域のめん類の消費量がデータ比較できないか、と調べようとしたが、時間がなく、手っ取り早く事業所統計を見た。平成16年の事業所統計で産業小分類702「そば・うどん店」の事業所数と従業員数。なお括弧内は前回統計(平成13年)との増減。また、末尾の数値は平成17年国勢調査による人口(千人)。小分類では、「やきそば」や「ラーメン」はないし、中華料理店(ラーメン)や焼き肉店(冷麺)との関係も複雑だろうから、とりあえず「そば・うどん店」で見る。宮城 475事業所(-10) 2,510人(-95) 2,360仙台市 262事業所(-5) 1,634人(-87) 1,025青森 148事業所(+6) 870人(-66) 1,437岩手 211事業所(-5) 1,164人(- 8) 1,385秋田 140事業所(-2) 630人(-53) 1,145山形 428事業所(+36) 1,988人(+185)1,216福島 367事業所(+13) 1,808人(+82) 2,091(注:仙台市は宮城県の内数)山形は突出して、「そば・うどん店」が多いのがよくわかる。そして、規模も拡大傾向にあるのが特徴。さすが「そば王国」だ。
2006.11.14
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ロジンバッグを受験生用のお守りにして販売するという新聞記事が目にとまった。面白いアイディアだと思ったが、販売する山形の企業アカシアンクリエーティブは、全国のロジンバッグの大半を製造しているのだそうだ。知らなかった。失礼ながら規模は小さくても、堂々とオンリーワンなのだ。お守りは神社で祈祷してから販売する、という点も心温まる。記事には、この企業が経営する蕎麦店でも販売しているという。従業員6人で、そば、ローソク、ロジンバッグと手がけているようだ。野球には欠くことのできないロジンバッグが、山形発だったとは。何か知識の得をした感じ。ちょっと調べたら、そば屋さんが「あかし庵」という名前だそうだ。「あかし」の名は代々の家業のローソクに由来するという。関沢IC近くのようだ。今度訪れたい。
2006.11.13
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まず投票率が58%と上がらなかった。争点がぼけているとは思ったが、こんなに低調とは。当ジャーナルの予想65%でも高かった訳だ。誰でも刷新を訴えていたし、ハッキリ言えば誰が知事になっても刷新はすることになろう。佐藤さんは民主とはいえ国会議員だったし、森さんは在野出身だけど自民党支持だし(一部には経歴を見てキャリア官僚出身だと身構えた人もいるかも)、ということで双方とも決め手に欠けた。となれば、知名度がある程度モノを言った、ということか。けっして県民が安定を選んだ、とか民主の政策を選択した、というものではなかろう。ネガティブな選択なのだ。汚点払拭と再生の中にも、キラリと引きつける政策、あるいは何かをやってくれそうなキャラクターではなかったのだろう。福島県政、県組織、市町村がどう変われるのか、ちょっと心配でもある。とりあえず、選挙結果については、もう報道にへばりつく必要もないようだ。接戦と予想したが、案外な結果だった。当ジャーナルの予想は、ちょっと理想論に過ぎたか。接戦と予想した根底には、せめぎ合う盛り上がった政策論議を、自民と民主の対決を期待して、想定してしまったのだが。有権者は、冷めていた。昨日今日の秋風のように。■関連する過去の日記 ○福島知事選は佐藤氏の圧勝か(06年11月12日) ○福島知事選を予想する(06年11月11日) ○福島知事選挙の情勢(06年11月6日) ○注目の福島知事選挙を考える(06年11月5日)
2006.11.12
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早々に佐藤氏の当確が出た。投票率もさほど上がらなかったようだ。その影響もあろうが、随分と差が開きそうだ。福島民報に票数の速報が出ているが、まだまだ数が少ないし、どこの票かわからない。それでも、大差を予感させる数値だ。10万票以上差が出るのではないだろうか。■関連する過去の日記 ○福島知事選を予想する(06年11月11日) ○福島知事選挙の情勢(06年11月6日) ○注目の福島知事選挙を考える(06年11月5日)
2006.11.12
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数日前に地方政治事情に詳しい高名な大学教授と話した。福島知事選については、「森さんの演説はガッカリした。あの話しぶりを聞くと有権者がどう考えるかネ。」というコメントだった。私は残念ながら候補者のスピーチを聴く機会がない。ニュース映像でいいから肉声を聞きたいと思っているのだが、機会に恵まれない。話をした教授も仙台のホテルでニュースで見たという。佐藤優勢と伝えられたが、争点が不明瞭で最後どちらに流れるかわからない、かなりの接戦じゃないか、民主が本気になって争点を訴えれば党勢の拡大にもなる、などと私は話した。さて、その最終盤の情勢はどうだろうか。福島に住んでいないから、手応えを実感として感じることができない。そこで、各新聞の報道ぶりなどから、想像するしかないが...前職逮捕の余波もあって自民党関係者の動きにまとまりがない。業界は自主投票の建前で、動かない。公明票の締め付けがあるとしても、かなり厳しい。森候補自身の訴えの内容も、景気、教育、医療など生活に密着するインパクトが、弱いように思う。中通りの郡山や福島の浮動票が左右すると言われるけれど、都市部の浮動層も意外と冷めているように思われる。争点対立の構図が見えにくい。高い投票率が予想される会津では、次の知事は地元の熱意を受けて佐藤候補に有利だろう。森候補が逆転するとすれば、やはり物言わぬ見えない投票者達の底上げ。投票率にもよる。ただ、難しいように思う。と言うわけで、何ら論理的ではないが、ズバリ当おだずまジャーナルの投票結果予想を示す。 ○投票率 65%(1,091千票) ○結果 佐藤雄平(58、前参院議員、民・社推薦) 520千票程度 森雅子(42、弁護士、自・公推薦) 450千票程度 その他候補 150千票程度どうだろうか。実は投票率予想は、ちょっと低すぎたかと今は反省している。組織戦がないとは言っても、久々の知事選びで、70%は超えるように思う。■関連する過去の日記 ○福島知事選挙の情勢(06年11月6日) ○注目の福島知事選挙を考える(06年11月5日)
2006.11.11
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バスに乗ったら、秋保大滝の広告が目に入った。秋保大滝と聞くと、この季節は芋煮会を連想するのだが、それはともかく、広告には日本三大名瀑と記してあった。さて3つの滝とはどこだろう。ある資料では、華厳の滝(日光)、那智の滝(和歌山県那智勝浦)とあわせて秋保を称するが、袋田の滝(茨城県)を称するものもあるようだ。想像だが、華厳と那智の地位は動かず、3つ目の地位は名乗り方次第ということだろう。秋保の公的な観光サイトは、仙台観光コンベンションの秋保里センターだが、「日本三大瀑布のひとつ」としっかり書いている。
2006.11.10
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とまでは言えないでしょうが、青葉通り二番丁の旧富士銀行ビル跡に建設中のビル。南の国際ホテル側から見ています。この向こう(北方)にタワービルがありますが、その南隣の仙台中央警察署跡地には、いずれ大きなビルが建つでしょう。■仙台百景画像散歩 以前の記事です。 ○仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) ○仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) ○仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) ○仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) ○仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) ○仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) ○仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) ○仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) ○仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) ○仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2006.11.10
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昨日の新聞で亘理町に鳴き砂が発見された、との記事。見出しだけで中身は読まなかった。今朝の河北Weeklyによると、これは明成高校の科学部の発見なのだそうだ。高校の部活の紹介で、三女高の音楽部、常盤木高の演劇部、仙台育英のチアリーダー部などとともに紹介されている。特色ある部活で、それぞれ真剣に取り組んでいる。頑張れ高校生。
2006.11.09
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とにかくすさまじい。自然の驚異だ。早朝から呆気にとられて報道を読んでいる。まさに自然は生き物。人知を越える。最近は仙台のクマ騒動もあったが、人間世界が小さく見える。なぜか気持ちが落ち着かない。
2006.11.08
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青森県の風土は一言で言えば神秘と反骨。県民性は、概して保守的である反面、沈静で忍耐力に富む。ただし、津軽と南部では相違があり、津軽がどちらかといえば、積極的、外向的、進取的、直情的であるのに対し、南部は消極的、内向的、保守的、抑制的。津軽は本州の極北にある関係から、独立不羈の気象や反骨の精神を育て上げた。よく言えば一徹不変、志操堅固などの長所だが、裏返せば閉鎖孤立、排他非協調、狭量強情である。利口に立ち回ることがない点で今日でも他地域の人から割合信用されるが、反面強情であり狭量狷介に陥る短所を免れない。青森県に大政治家が表れないのはそのせいかと思われる。以上は、宮崎道生『青森県の歴史』山川出版社、1987年(2版12刷) の序文的部分に記載された青森県の県民性の記述である。なるほど、とも思うが、考えてみれば深い付き合いのある青森県出身者がいないので、納得するとまでは言えない。南部と津軽の違いなどはなおさら実感できない。でも、「利口に立ち回らないので信用される」はわかるような気がする。ある業者の人が青森の方で、失礼ながらスマートさは無いが、何でも話を聞いてくれた。
2006.11.07
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今朝(6日朝)は河北新報にも情勢分析が出ました。佐藤ややリード、森猛追の構図。河北新報の分析は宮城県内の主要選挙では、定評があります。県民の県政刷新の願いが、反自民、反体制、という底流となって、森氏への流れを阻んでいるのか。ここ1週間の論戦の中身を注目、です。当ジャーナルも論戦の内容の分析と投票結果予想を週末に出させていただきます。
2006.11.06
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11月12日投開票の福島県知事選挙。自公推薦の森氏と民主推薦の前参議院議員佐藤氏が伯仲と伝えられる。さて、おだずまジャーナル編集局では、総力を挙げて投票率と投票結果を予想してみた。まず投票率。昨年の宮城県知事選挙では、当ジャーナルは36.9%と予想して(05年10月23日の日記)、結果は40.35%でした。この時は、総選挙の宮城の顕著な低投票率を踏まえすぎて(05年9月13日の日記を参照)、政治に冷めた宮城の県民性(その前の知事選は35.58%)を過小評価してしまいました。反省。その教訓を生かして、考えました。総選挙で会津地方では90%台という高い投票率を示している。今回も久々の決戦であり宮城とは相当事情が異なると思う。もっとも、争点があるようで実はハッキリしていない。県議や市町村長などの構図も複雑のようだ。単なる人物投票または地盤の対決と思われると、投票の熱意も薄れるかも知れないのだが。(参考データ)1 有権者数 1,678千人2 近年の主要選挙の投票率 ○第44回総選挙(平成17年9月)小選挙区県計71.62% ○第20回参院選挙(平成16年7月)選挙区県計60.34% ○知事選挙(平成16年9月)50.76%3 当日の天気予報 曇り・晴れ4 期日前投票は前回より好調 15,594人(2日現在。対前回+3,968) 以上から(実は何の論理もないが)投票率はズバリ 65% と予想します。次に問題の選挙結果。私は、当初は森さんの優位が動かないと感じていたが、河北新報の序盤情勢、福島民報の5日の報道でも、伯仲のようだ。読売はわずかに佐藤がリード。読売系の福島民友新聞も同様だ。(参考データ)近年の主要選挙の投票動向 ○第20回参院選挙 選挙区 佐藤雄平(民)45.4% 磐城光英(自)41.5% 阿部裕美子(共)13.1% ○第44回総選挙 小選挙区 1区 自民56.8民主36.4 2区 自民52.8民主42.5 3区 民主68.6自民31.5 4区 民主48.5自民45.0 5区 自民47.6民主39.2 (民主の3区は玄葉光一郎、4区は渡部恒三) ○知事選挙(平成16年9月) 佐藤栄佐久704千票、小川英雄124千票県政刷新を訴える点は両候補とも同じ。あとはどれだけ地域と生活の争点と政策を訴えられるか。両候補とも今から一週間で有権者の心に響く訴えができるかどうか、で決まるということになる。政策論での勝負という意味で、非常に面白くなってきた。政党は一歩下がった形だが、ある意味で民主党の存在意義そのものをかけた決戦でもある。謳い文句倒れ、若手議員の失態続きの民主党が、生活に根ざし地域に信頼される結果を出せるのか。この一週間が重要だ。投票結果の予想は週末に提示します。
2006.11.05
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平泉を立った芭蕉は一関に二泊した後、台町で奥州街道と別れ、岩ヶ崎を目ざす。台町の追分を起点に、岩ヶ崎、真坂の宿駅を経由し、岩手山の天王寺追分で出羽街道中山越(現在の47号線)に合流する脇街道の「奥州上街道」だ。宮城県では松山街道という方が馴染みがあるようだ。岩ヶ崎から姫松、真坂を通って岩手山に至る古道には、芭蕉の衣掛け松、秋葉神社、山王遺跡、山王社、千本松長根など、歴史ゆかりの名所が多い。往時をしのぶ街道だ。芭蕉はこの行程を一日で一気に歩いた。■資料 ○おくのほそ道文学館(道を歩いた気分になれるサイトです) ○宮城県政だより04年11月号「みやぎ古道点描第7回」 ○菅野照光『みちのくの歴史と文化めぐり』自費出版(創栄出版)、2002年
2006.11.05
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芭蕉が歩んだ街道をたどりつつ、地域の歴史や風物を考える本を手にしている。○ 菅野照光『みちのくの歴史と文化めぐり』自費出版(創栄出版)、2002年仙台から岩切に至る道、そして多賀城、塩釜、松島、このあたりは東北の街道の王道中の王道だ。風光、歴史、そして古来人々がこの地に何を抱いて訪れ、どう感じて帰ったのか、などと思いを巡らすのが楽しいのだ。ゆっくり歩くヒマがない私などの代わりに、著者の方が丹念に歩いた後を記してくれている。読んでいて楽しい良い本だ。東照宮、榴ヶ岡天満宮、乳銀杏、国分尼寺、薬師堂、原ノ町、坂下善応寺、蒙古の碑、比丘尼坂そして奥の細道。陸奥の国の玄関口白河から多賀城までの道程は東(あずま)街道と呼ばれるが、特に岩切今市橋付近から多賀城に通じる塩釜道が、古来の歌枕にゆかりの深い「おくのほそ道」と呼ばれるようになった。多賀城碑(壷のいしぶみ)、浮島、野田の玉川、末の松山、沖の石、一森山(塩釜神社)、釜神社そして松島と続く。■関連する日記 ○多賀城の基礎知識(後編)(06年8月8日) ○多賀城の基礎知識(前編)(06年8月7日) ○岩切の寺社をめぐる(06年1月3日) ○平泉への道(06年1月11日) ○仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年03月22日) ○燕沢の名前(06年03月17日) ○芭蕉が感激した「おくのほそ道」岩切・多賀城(06年1月25日) ○古代東北の理解(06年5月31日)
2006.11.04
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最近仙台の市内にも子グマが登場した。米ヶ袋というから、橋を渡って来たのだろうか。宮城県のホームページに、クマの異常出没に関する説明が出ていた。異常出没、とは不審者や痴漢みたいで、書かれたクマの側にはさぞかしいい迷惑だろう。そもそもクマにしてみれば、日頃の生活でちょっと足を伸ばしただけなのに、何で人間様は犯罪人か大スターのように扱うの、と思っているだろう。関係ないが、去年あたりのヨン様出没騒動を思い出す。お忍びで、確か仙台空港に来て福島空港から帰った、とか。それはともかく、説明を読むと確かに10月27日頃から仙台市内にクマが頻繁に出ている。米ヶ袋は31日の22時30分だそうだ。そして、ツキノワグマの説明、万一会ったらどうするか、などの丁寧な説明がある。これは大変面白い(タメになると言うべきか)内容だ。それにしても市内にクマが出ているというのは、何かの象徴のような気がしてならない。
2006.11.03
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夢・日本海美人紀行というキャンペーンのパンフレットを手にした。庄内観光コンベンション協会の発行。日本海の夕陽を表紙に、内容は庄内の自然、風物、食べ物。私は昨秋鶴岡に、今夏も酒田に行ったが、庄内は良いところだ。仙台に住んで通算20年ちょっとだが、何となく仙台の気風はオレに合わないと思ったりする。実は庄内が、性に合うのかも知れない。前世は庄内の農民だっただろう。きっと。ところで、コンベンション協会のサイト名になっている mokkedano 「もっけだの」とは、どういう意味だろうか。庄内に行くと、「~~のぅ」という話し言葉を良く聞くが、方言だろうか。協会のHPにも解説がなかった。
2006.11.02
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朝6時に庭を眺めたら、シジュウカラ君がせわしげに地面を走り回ったり、枝に止まったりしている。慌ててカメラを構えたが、シジュウカラ君の忙しさにはついて行けない。枕木に停まったところを何とか撮ったがちょっとピンぼけ。実は我が庭でシジュウカラは初めて見ます。11月1日。ブログ再開いたします。シジュウカラ君がキッカケを作ってくれました。
2006.11.01
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