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梅原仙台市長について河北新報は就任早々からだいぶ手厳しく評しています。村井宮城県知事評と合わせ見ると、従来の浅野知事・藤井市長の時代とは形勢逆転の状況とも。私自身も梅原市政について意見もありますが、極力抑えて、まずは河北新報の「梅原評」を客観的にみてみます。私見の方は具体的テーマごとに整理でき次第に。ところで、訪問頂いた方で「河北新報」をご存じでない方のために、編集長の私見ながら同紙を簡単にご紹介します。(よくご存じの方には、編集長の独断の河北評の紹介、ということで。)「河北新報」は宮城県内で圧倒的購読率を誇る地方紙ですが、さらに一歩飛び出して東北ブロック紙と位置付けられることも。社としても、道新、中日、西日本(ブロック紙3社連合)に比肩するプライドを持つ。仙台の政界・経済界との馴れ合いから脱しきれない面もあったが、最近は、90年代以降の行政の不祥事や従来型でない政治リーダーの言動に対処する中で、単に官との距離の加減で書いてきた(失礼!)のを卒業して、客観的に定点を探り出し、そこに腰を据えて独自の論評スタンスを決めようとする、是々非々というか成熟した大人げある論調になってきているように思われます。また、東京での独自取材力の表れでしょうか、司法関係などでは時に全国紙を上回る水準の記事が提供され、感心することも多い。さらに、不羈独立、地方からの発信を一貫して重視してきた点は、その姿勢自体が仙台伊達文化の良い面を継承していると評価しています。私自身これまで河北ネタを何件か書きましたが、同紙には、何事におもねることなく、高い志を持ち続けて欲しいです。さて、戻ります。その河北新報が、月曜日(27日)まで5日間の連載記事で梅原市長の6ヶ月を検証してみせた。第4回と第5回の見出しが、河北の「梅原評」を見事に要約している。見出しの後半部分が、河北の評価ということになろう。 ○第4回(連携) 村井県政と「蜜月」 摩擦生む発言波紋呼ぶ ○第5回(哲学) 伝統的価値を尊重 周囲に気配る度量を期待第4回(連携)では2つのトピックが取り上げられている。宮城陸上競技場サブトラック問題では、仙台が断念した構図の決着だが、市長の直接交渉がなかったと指摘。私は、この問題はそもそも仙台市の主張に無理というか限界があると考えていたが(過去の最終の日記:政令指定都市制度、仙台市、そして再びサブトラック問題について(05年11月01日))、河北の検証記事は、市民や市役所内部の声を受けて政治的対処を期待されたのに、その過程があまりにもアッサリしすぎたと指摘しているようだ。もう1つの県立高校一律共学化「汚点」発言。私もだいぶ書きました(過去の最終の日記:宮城県立高校の共学化について(4)真に学校を思うなら(05年12月11日))。いま冷静に見ると、県教委で決着後も主義主張は変わらないと公言するなど、ご自身では首尾一貫しているつもりのようで、つまりはそういう人だ、という事実がわかる。第5回(哲学)では、「伝統的価値」を尊重する市長の姿勢をかなり批判的に評している。冒頭に「茶髪の選手は来訪しても市長室に入れない」との市長発言を載せているあたりが、市長の哲学たる「伝統的価値」の突出ぶりと底の浅さを暗に批判しているわけだ。もう少し理性的な検証の視点としては、「政治家として哲学、信念、信条に基づき発言するのは当然だが、市長選の時自らの主義主張まで十分に説明したのか」という在仙企業社長の疑問を引用しているが、これも一社長発言に仮託した河北の批判の1つだろう。私は政治リーダーはいかなる成果を残すかこそが重要で、聖人君子たる必要はないし、その有する歴史認識や哲学が異端であっても構わないと思う。また、政治ダイナミズムの中で一見して「突出」とみられても、それで敢えて市民の議論を喚起するリーダーシップの手法もあり得るし、極論すれば、今の大衆に迎合するより100年後の市民に評価される施策だってあり得ないではない。だから一般論としては、政治リーダーの突出が当節の目から見て際だって見えるとしても、その突出ぶりが一過性の挙動に終わるのでなく、若干の摩擦や誤解を克服して後々に評価されるべき結実を得るのなら、良いのだ。(初期の浅野県政には結果的客観的にそのような成果があった。当人が意図したかどうかはともかく。政治評価は主観主義であってはならない。)仙台の経済界が一致して推薦した経緯からは、梅原市長の突出ぶりに当惑する向きも多いと思うが、たしかに期待を大きく上回る(?)独自性発揮ぶりだ。私としては、いかにも通産官僚の発想という印象です。ラベリングは良くないと思いながら言いますが、個別利害よりもマクロな流れに乗る或いは流れを制御するという観点から発想し、啓蒙主義的で、闊達身軽で洒脱な言動を持ち味として、積み上げや地道な調整は重視しない、政策を見直すよりは対応できない社会が悪いと考えるからあきらめも良い、というのが通産官僚タイプ。いずれにしても個人の特性は二の次で、問題は成果を残せるかどうかだ。その問題の成果なのだが、ハッキリ言ってこれまでの半年の間に、生じた梅原市長の突出ぶりが、今後に「ああそういう事だったのか」とある種の納得をもって理解されるような(その成否の評価は別としても)予感は、今のところない。今のところというよりも、宮城県沖地震より高い確率で、そうなるだろう。つまりは、底の浅い突出さ、突出だけに終わる突出、なのだ。そのために市民が選んだ市長ではない。河北もそう言いたいのだ。無色透明の藤井市政の後で、目に見える活力を求める市民の声なき声を聞いて、独自性を出すのに奮闘している、と梅原氏の立場に立って理解してやりたい気もするが、それならそれで周りの声を聞く謙虚さがあって然るべき、という河北の指摘も、今のところまったく当然だ。颯爽と登場した異端児を度量広く見守りながら、他方で河北新報の理性にせめてもの安心感を抱いている。多くの市民の感想はそんなところか。新聞も市民も成熟して来た、ということだろうか。※ なお、梅原市政の論評ではないのですが、市長発言に象徴されるちょっと歪んだ「仙台伝統文化論」について書いた日記です。時間に余裕あればお読み下さい → 仙台文化を理論的に解明?(06年2月17日)朝から冗長な長文。最後まで読んで頂いた方には深く御礼いたします。
2006.02.28
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昨日(26日)は、226事件の日です。関係ないのですが、スキーに行くにも、気温が高く雨の予報でしたので、宮城県南、福島県境の山元町の磯浜漁港の「ホッキ祭り」に行きました。朝8時15分頃家を出て、イベント開始の9時30分にちょうど到着。いろんな出店も出ていて、思ったより人手も多かったです。ホッキ貝の無料試食(ナマの貝をもらって、自分で焼く)が目当てでしたが、もらった整理券は、11時30分からの配布という内容。整理上、時間を30分単位で区切って配布するようです。雨もぽつぽつ降ってきたし、それまで時間をもてあましてしまい、妻は移動献血車の前に並んだり(この人はエライと思った。私は医者と注射は金を払っても嫌なので。)、私と娘は川柳コーナーで投句。入賞すればいいですね。下の子にはせがまれてワタアメ500円を出費。雨のせいか、時間を繰り上げてホッキ貝を配布してくれるようだったので、早速4人分の貝を焼いて食べました。殻に載せて焼いて、自分で醤油をかけるという単純さ。やっぱりうまい。上の娘はよっぽど気に入ったらしく、妹の分も食べていました。雨が強くなり、貝を食べたら退散、同じ山元町内のいちご狩りをして、帰りました。調布市のNHKのど自慢を聴きながら。帰宅は1時30分頃。(写真はイチゴ狩りの方です。ホッキ貝の方は顔がドアップなもので。)
2006.02.27
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何度見てもいいものですね。今度の画像は、地元の町・利府町の中央公民館の玄関の風景です。手作りのようですが、結構よくできています。ああ、本当に良かったね、という感じです。
2006.02.26
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昨夜TVを見ていたら一場が投げている。そう、WBC練習試合です。トリノ五輪に目がいって、知りませんでした。失礼。打者を見事に封じたようです。デッドボールも一場らしい?さて、クリムゾンレッドのユニフォームの凛々しい一場をみると、ウ~ンいよいよ球春。ワクワクして来ますね。頑張れ東北楽天イーグルス。3月の地元開幕戦は、オリックスからですね。清原、ノリも登場。ナイター寒いだろうけど、絶対行きますよ。それから、一場選手は今年こそ2ケタ勝利を。昨年の涙の初勝利の試合を思い出してしまいます。頑張れ一場!(画像は今朝の河北新報の紙面です。盛り上がる雰囲気...出るかな)
2006.02.25
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今朝の荒川選手の堂々の金メダルの余韻が残っています。編集長も朝から眠さが抜けません。写真は繁華街で見つけた風景。ドコモショップのようでした。喜びに沸く関係各団体のHPを紹介いたします。 ■仙台市HP(日本のフィギュア発祥の地というコピーにも改めて注目!) ■利府町HP(小中高時代を過ごした町。役場の横断幕がいいぞ!) ■わかくさ幼稚園HP(TVニュースにも登場。子どもたち早朝から頑張ったね。と思ったら、午前10時にDVD録画を見せたのだそうです。夜のラジオニュースで言っていた。) ■東北高校HP(こういう私学が仙台にあることを地元も誇りにしていこう。) ■宮城県HP(このHPにはないですが村井知事が県議会で「県民栄誉賞」授与の意向を表明。大魔神佐々木、ノーベル賞田中さんに次いで3人目。)
2006.02.24
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わが仙台・宮城の荒川選手、トリノで会心の演技。素晴らしい4分間のフリーでした。ここで1位は全く順当で、あとの3人を待ちます。念願の舞台での演技、宮城県民の8割は見ているはず。私のまわりには、荒川さんの近所だったとか、幼稚園が一緒だったとか、いろんなつながりのある人が結構います。娘の小学校の先生もかつて荒川選手の小学校で教えていたと娘に語っているそうです。そう、まさに地元選手ですね。私も一緒にお寿司を食べたし(実際はちょっと違います。正しくは→荒川さん頑張れ(05年12月25日)のとおりですけど。)というわけで、宮城の荒川選手、ごくろうさま。メダルの色は結果次第のこと。まずは最高の演技をありがとう。
2006.02.24
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羽州街道と言えば、福島から山形、尾花沢、新庄を経由して湯沢に至ります。わが宮城県分でも、七ヶ宿(山中七ヶ宿街道)が街道中の重要な宿場です。羽州13大名の参勤交代はもとより、商人や出羽三山参詣者などの宿場として栄えました。七ヶ宿は資料で読むと、羽州に見られる「通り土間」の形式で町家が形成され(宮城県内では唯一)、また、出羽や伊達郡など領外者との縁組も特に認められたなど、さすがに宿場町だな、と大変興味を覚えます。実は、私、30歳直前くらいの頃、わらじで歩く真夏のイベントに参加して(仕事ではないです)、大いに「ガオッた」経験がある情けない現代人ですが、確かに歩いてみると宿場町の雰囲気が残っていて、ちょっとした別世界ですね。近年では山形の帰り道に、金山峠も二井宿峠も通りました(もちろん車で)。国道に野生のサルが出て来るのも結構おもしろいです。いつか行きたいところとして、小坂峠・上戸沢宿(白石市分)、木地師が移住したという稲子地区(国道399号沿い)などがあります。七ヶ宿の話はこれまでにして、羽州街道(山形県分)の整備には、秋田藩主の佐竹義宣の功績が大きく、山形県では義宣を讃えているのだそうです。一体どういうことか。佐竹義宣は、清和源氏に由来する名門で常陸国の城主、文武両道に秀でる名将だったが、関ヶ原の後に家康から秋田への国替えを命ぜられる(確か俗説で「秋田美人」の由来もコレですね)。義宣はその際に将来制度化されるであろう参勤交代制度を見据えて、羽州街道特に金山以北の整備を始めたというのである。従来は金山以北は有屋峠を越えて横堀(旧雄勝町。合併後の湯沢市。)に至るのだが(現在より東のルート)、義宣は雄勝峠と主寝坂峠を開削して、おおよそ現在の国道13号線に近いルートとした。また、別箇所だが現在の尾花沢市には「佐竹街道」の名も残っているそうです。なお、さらに明治維新を迎えて、今度は鬼県令の三島通庸が、道路整備(金山新道)。ちなみに秋田の院内銀山からの輸送路確保という狙いがあったようだが、銀相場の崩壊(金本位制確立)で院内銀山は閉山。 ■参考 院内銀山について(湯沢市HP)さらに、金山新道整備の際には、湯沢から鳴子に導くルート(現在の国道108号線)も構想されたが、三島が羽州の沈滞を恐れて金山ルートを推進したという。現在では、新主寝坂トンネルも開通した(2005年11月)。街道はまさに交流の歴史。こういう話を参考にしながら、地図を見てあれこれ昔を考えるのです。
2006.02.24
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民主党の永田寿康代議士が辞職の意向だという。言うまでもなく、今月16日の衆院予算委で、ライブドア前社長の堀江貴文容疑者が武部勤自民党幹事長の2男への送金を電子メールで指示していたと追及した関係で、メールの信ぴょう性について立証することができないことによる引責だ。23日午前にも党幹部と自らの責任問題を協議して進退を最終的に決断、記者会見を開くという。(共同通信のHPから)いろいろ書きたいこともあるが、時間もないので一言。昔のコント55号の番組名じゃないけど、叫びたい。何でこうなるの!いったい何だったのか。ただでさえ貴重な議員数を減らす結果になる、この民主党の失態。嗚呼。
2006.02.23
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これまた素朴な疑問で、子どものむし歯は何に相関するのだろうか。我が家の8歳の娘は、去年1本むし歯と判定されました。学校の同級生では大多数がむし歯ナシだそうで、歯磨きをきちんとしろと、うるさく言っています。むし歯になると親がうるさいのか、親がうるさいとむし歯が減るのか。それはともかく、東北各県の状況を。出典は平成17年度学校保健統計調査における「う歯の被患率(治療済みの者を含む)」です。調査結果コメントは各県のHPを一部参考にしました。------------○全国 幼稚園54.4%、小学校68.2%、中学校62.7%、高校72.8%○福島県 幼稚園63.9%、小学校74.2%、中学校67.7%、高校78.5% ・近年は低下傾向。特に、小学校及び中学校では、昭和40年度以降で最低。 ・すべての学校段階で全国平均を上回っている。○山形県 幼稚園64.7%、小学校71.9%、中学校56.7%、高校71.2% ・減少傾向にある。特に中学校は全国より相当低い。○秋田県 幼稚園74.5%、小学校77.8%、中学校74.9%、高校82.4% ・いずれの学校段階も全国平均を上回るが、近年は低下傾向。○宮城県 ※平成15年度から公表できない、としている。意味不明。全国統計では出さないというだけで、各県で出すのは構わないだろうし、有益じゃないのか。変なの。○岩手県 幼稚園63.4%、小学校71.0%、中学校59.1%、高校72.9% ・幼稚園と小学校が全国平均を上回る。○青森県 幼稚園62.9%、小学校77.7%、中学校67.0%、高校77.6% ・全学校区分で全国平均を上回るが、全学校区分でその割合は減少してきている。------------という訳で、わが宮城県の対応が不可解ですが、それを除いて全般的に東北について言えば、幼稚園・小学校は全国対比でむし歯が多く、特に秋田県の子どもは、全学校区分で最高です。これじゃ歯医者さんも繁盛、じゃなかった、大変でしょう。秋田の子どもたち、要注意ですゾ。ところで、中学校・高校になると、岩手と山形の子はむし歯が減ります。何故だろう。ミステリーかも知れません。
2006.02.22
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SPの荒川選手の優雅な演技が終わりましたね。スルツカヤ選手に迫る得点。見ていて大変素晴らしいと思いました。心配はしていなかったけれど、やっぱりニッポンは...という思いを全く払拭する、すばらしさ。66.02点。ところで私はスルツカヤ選手の演技をまともに見たのは初めて。たぶん日本語の見出しを付ければ「貫禄」となるのでしょうが、安定して確実で、それでいて柔らかく、スケート女王のツンとした感じ(私の勝手な先入観)もなく、良い選手ですね。さらに、ジャネット・リン(古い)やメアリー・ルー・レットン(これまた古い上に体操ですが)のような人気先行でもない、ありのままという感じが(これも私の勝手な印象ですが)良いですね。さあ、荒川選手、明日も頑張れ!
2006.02.22
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河北新報記事で見ました。「B級ご当地グルメの祭典 B-1グランプリin八戸」が、さる18日と19日の両日に八戸で開催された、と。富士宮やきそばがグランプリだそうです。ちなみに主催は、その名も八戸せんべい汁研究所さん。いや~、これは面白いですね。ところでせんべい汁は南部藩の文化ですね。聞いたことはありますが食べたことはありません。盛岡の手焼きせんべいを湯に溶かして食べたことがありますが、あんな感じか?あまり関係ないですが、かつて宮城県では、「仙台発祥は、牛タン、冷やし中華、回転寿司、炉端焼き、大したものはない」と県議会で発言して失言と非難された知事がいました。(平成16年2月宮城県議会定例会での浅野知事発言)単にコトバの問題ですが、そもそも地方の食文化の面白さは、さりげない食べ物、生活や風土に根ざした食べ物のおいしさを味わうことなのではないか。そういう点では、まさにB級グルメ、つまり、大したことのないもの、ツマラナイもの、であります。高級な顔をした料理、正座して頂く珍味、であるはずがないのです。そんなのを地域文化とは言いません。盛岡の冷麺、横手のヤキソバ、登米のハット、石巻の「いわしうどん」(懐かしいので無理に登場させました!)... みなそうでしょう。何百年の歴史のあるものもあれば、戦後生まれの新顔や地域おこしのたぐいとか。いろいろあって面白い。頑張れB級グルメ。いいぞ「チーム青森」!(カーリング日本代表チームのこと。無理に登場させました。さっきまでTVで見ていたもので。もう頭がぼーっとして来ました。失礼しました。)
2006.02.21
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見ていました。午前3時から。なんか今朝が日本のトリノ五輪の山場のような気がして...ジャンプ団体は今の実力のとおりなのでしょう。各個人は十分力を出したと思います。そして、カーリング。昨夜のイタリア戦の最後は家族で見て盛り上がりました。そして今のスイス戦。後半よく盛り返しましたね。チーム青森、ご苦労様。大健闘を讃えたいです。
2006.02.21
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2月にしては珍しく外は雨。そのためでしょう、家の中でも、何かしっとりした感じの夜です。さて、岩手県では本日(2月20日)奥州市が発足。編集長も関心を持っています。岩手県に生まれたこともありますが、東北を考える上でどうしても当地ははずせません。さらに、このネーミングだからです。以前に日記にも書きました(「北上市」という命名を50年後の今賞賛する(05年11月18日))。黒沢尻町中心の和賀郡合併が北上市と命名したのを成功例と評した上で、水沢・胆沢郡と江刺市の合併の命名「奥州市」の定着を願って書きました。いよいよ発足です。大きなネーミングのようにも思えますが、奥州王アテルイの故郷であり胆沢城の置かれた由緒ある土地です。奥州を名乗る資格は一応あるのですが、「北上」よりもさらに大きく出ているので、定着するかどうか。新市名問題で一関との合併がこじれた世界遺産候補地・平泉を併合して、名実ともに誇り高い奥州文化を発信する核をめざしてはどうか。胆沢と藤原平泉文化の密接な関係が最近の研究で明らかになりつつあるのだそうです(岩手日報の企画記事参照)。また、私は水沢の城下町の雰囲気と輩出した偉人に興味を持っていますが、「奥州・水沢」として歴史に脈々と息づく東北人の文化性を打ち出して欲しいです。同様に「奥州・平泉」として、藤原の栄華と歴史の大転換点であった平泉も、自然に発信できるのです。HPには、職務執行者(佐々木旧衣川村長)の次の言葉があります。------------本日を期して一斉に新生「奥州市」と言う大時計に針を合わせていただきます。特にも、1,459名の職員にあっては針の狂いは許されません。13万余の奥州市民の皆さんは、この時計に大きな期待を寄せておられます。針を戻すことは許されません。前進あるのみであります...------------これは財政状況を強く意識した職員向けの訓示の色合いが強いのですが、私には、「歴史の大時計が時を刻み始める」という喩えに、つよく印象付けられます。千年の歴史ある奥州。その中で、松島や塩釜が都から見た憧憬の地だとすれば、胆沢の地は反骨と進取の地とも言えるのでないか。世界遺産本登録などを機に、合併の成功と命名の実りあることを切に願っています。名前は体を表す。古くて新しい「奥州」の名に、新しい命を吹き込め。 草深き 奥なる光 いにしえの 今ぞ掲げん 尊(たか)きその名を(詠み人知らず...ではなく、編集長の駄作です。)
2006.02.20
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前回金メダルの英国に快勝。小野寺選手は、こんな私たちでも世界を苦しめています、と語っていた。いいぞチーム青森。決勝進出には、自分たちの全勝は当然で、その上で上位が連敗するという過酷な条件が必要とか。でも、こんなに盛り上がっているのですから、とにかく世界を相手に最後までベストを!チーム青森のみなさん、日本でも盛り上がっていますよ!!!
2006.02.20
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トリノで我が家も盛り上がり、朝8時にスキーに出発...の予定が子どもの姉の方が珍しく嫌がったので、結局断念。8歳にもなると、娘は気むずかしい。そういえば最近一緒に風呂に入らない日が多くなった。いよいよか。涙。さて、午前中は買い物や雑事。私はブログページのデザインを更新してみました。フレッツ光にしたので、何とも軽快です。午後には5歳の娘と久しぶりに塩釜のエスプに。パソコンと工作をしました。写真は、娘が作った作品「犬」。いぬ年だから、という理由だそうです。厚紙に切り込みを入れて組み合わせる方式にしました。ハート形の目が赤いフェルトです。なお、見えにくいのですが、後ろ足の裏側に、漢字で「犬」と鉛筆で書いています。
2006.02.19
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昨夜からカーリングを見て盛り上がっています。カナダ戦、ルールも観戦のコツもわかりません。けれど、解説の方の「キターッ!」の声と、ストーンの動きに集中して見入ってしまいます。今朝もスウェーデン戦ですが、延長に入ったところで、約束通り子どものアンパンマン(ミヤギテレビ朝6時から)に譲ってしまいました。早く速報出ないかな。
2006.02.19
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もう1週間くらい前になりましたが、JR仙台駅で「HOTEKARAGO!仙台」創刊号を手にしました。なつかしい藤井市長が出ているというくらいの興味で手にしたのですが、よく見ると、「仙台ビジターズ産業ネットワーク支援事業」の一環として、河北新報社とACクリエイティブが発行(河北ウイークリーの別冊の位置付け)とのことです。写真を付けようと思っていたのですが、いつの間にかゴミ箱に入ってしまったようです。 ■仙台ビジターズ産業ネットワークのサイト(仙台観光コンベンション) ■参考 仙台市記者発表(05年12月14日) ■参考 仙台市ビジターズ産業振興プラン(仙台市HP、04年7月)簡単に言えば観光産業ですね。いうなれば商都仙台じたいが内外の来客相手の交流都市みたいなものだし、交流に着目して新しいビジネスを生み出す観点は、重要だと思います。仙台バスさんの「伊達の歳時記バスツアー」もこの認定事業だったのですね。
2006.02.18
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スケルトン見たさに、4時前に起きてあちこちチャンネル見たのに、ちょっと遅かったのか、どこでもやっていない。いまネット見たら、越は11位のようです。1回目9位だったとも。秘かに期待していたのですが。2大会連続入賞を逸しました。でも、ご苦労さんでした。実は下記サイト見て一人で勝手に注目していました。タイミング悪いですが、ご紹介を。 ■越和宏オフィシャルサイト ■河北新報の記事「日本代表最年長 スケルトンの越 探求心失わず鍛錬」 ■JOCのインタビュー記事中継見たかったのですが、たった今、5時のNHKラジオで中継(音声だけ!)聴きました。頑張ったね、越さん。
2006.02.18
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何日か前の日記で仙台・宮城を選んだ株式会社アバンテクを賞賛しましたが、その際、勢いで書きそうになりながらも、どうせ整理が付かないからと自重したことがあります。それを、今朝は思い切り書きます。仙台文化あるいは宮城の県民性は、よそ者を排外する閉鎖的風土とよく言われますが、ものづくりで元気な企業人は結構他県から来て活躍していますね。そもそも仙台が東北他都市と違い一目置かれたのは、伊達政宗のりっぱな城下町形成のお陰もあるけれど、歴史を見れば、奥州における地政学的優位性、松島の存在、多賀城国府という歴史的拠点性を背景に、古くは関東御家人の来住、さらに近代では、東北鎮台(第二師団)、二高設置(東北帝大)など、外来的な地位であって、人の交流をおのずと前提としているものです。もっと端的に言えば蝦夷・奥州・東北の統治という国策上の事情をかぶせられた重層的性格をもつ都市だと言えます。だから、言い方は悪いが、昔から支店都市であり行政拠点都市だったし、都会性と閉鎖性の二層的県民性、つまり、外からかぶせられた機能の高さと、もともとの実力のホドを、混同し勘違いしていることも、この歴史的沿革から説明できるのではないか、とある程度思っています。我々は、「自然豊かで洗練された杜の都」「東北の中心都市」と自慢するけれど、外から見ると、ミニ東京に過ぎず、東北なのかそうでないのかも、良くわからない。かえって、例えば盛岡、弘前・津軽、会津に対しては確固たる固有の文化イメージを持てる、というところでしょう。仙台人は東北の中心という意識はあっても、本当に東北に対する帰属と愛着の意識を持っているかというと、相当あやしい。感覚的議論になるが、例えば、宮沢賢治や石川啄木は、岩手県人にとっては、ふるさとを真っ直ぐに見つめ、地に根ざした姿勢で、活躍し、或いは世界観を持った、と受け止められていると思う。また、青森の棟方志功、会津の野口英世なども。また、これらの偉人を顕彰している一般人の意識も、仙台人とは少々違うようにも思う。風雪や貧困にあえぎながら、郷土に根ざして生活し、郷土に正面から向き合う。学問にも取り組み、人材の重要さを認識して、郷土を出た人も含めて、その功績を素直に顕彰する気風があるように思う。(ときに過度の同郷意識とみられることもあるかも知れない。けれど排外性は薄いように思う。自分たちに優越意識がないから。)仙台はどうだろうか。向き合っているのは、等身大の郷土ではなくて、実のところは、「誇り高い大藩仙台」なる意識それ自体なのではなかろうか。つまり、俺たちは陸奥・東北の中心よ、他の東北とは違います、という優越意識が根強くあるから、この優越意識を肉付けするものを探そうとする。仙台の優越性は実は上記のとおり外来的なものなのだが、それでは淋しいから、内在的な肉付けを探そうとする。かといって、土着的には農村地帯なんです、と素直にも言えない。とすると、一番に出るのは伊達政宗、そして政宗の築城と特に許可されたすばらしい城下町、というあたりだろう。それならイケるぞ、となる。これがどうしても、仙台の城下町文化・商人文化に価値を見いだそうという傾向を導く。また、比較的裕福だからハングリーに何かを追求したり改めたりする気風が生まれにくく、さらに戦国以前から有力大名による割拠がなかったから、城下町仙台や他都市に張り合おうという意識もなく、全県一円に同質的伊達文化が広まった。外に向けて伸びることよりも、専ら内向的な足引っ張りに走る。まあ、これで困らないし、これでやってきた。本当は優越意識なんか取り払った方が、素直に郷土と向き合えるのに、と思ったりもする。現在の仙台市や宮城県のビジョンやスローガンをみると、よくわかる。都会、自然、コメと魚、大学、空港、港湾...何でもありの市です県です、と自慢する。しかし、ミニ東京や東北の縮図という相対的地位はあっても、この地域ならではの絶対的定点的な価値の発信力が、薄い(音楽の都など仙台市は頑張っているけれど)。そういう意識がないからだ。なくてもやって来たのだし。ただ、私は、優越意識を取り払えと言いたいのではありません。客観的な優位性は活かすべきだし、意識もして良い。問題は、無理をして伊達の城下町文化・商人文化こそ優越性のゆえんだ、と思っていること、信じようとしていること、そのことなのだ。仙台の優位性は、上記のとおり「拠点都市」です。外からかぶせられた沿革に基づくけれど、間違いなく都市の優位性だ。そして、拠点性に基づいて、本来の実力に不相応なほどの(!)素晴らしい人的交流が行われ、外来者(言いたくないコトバだけど。)も大いに活躍してきた。そのことを素直に仙台の素晴らしさであり、価値だ、と認めればいい。仙台市という地理的範囲にこだわるためなのでしょうか、狭い殻を前提にして、風格とか伝統とか考える風潮が多少あるように感じますが、それは、絶対にやってはいけません。悪い面出るだけ。(この辺、酔っぱらいオヤジの口癖のようになっています。)なぜなら、そもそもそれは、無理だからです。無理なのに、なにか固有の絶対的定点的価値を見いだそうとして、「伊達文化」を無理して持ち出しているのです。何か仙台固有の、内側にあるものを、昔から優位性のあるものだと、無理して仕立て上げようとする。(誤解なきように。伊達文化を否定するのではないです。無理に優位性だとして磨き上げようとするのは、伊達文化イコール排外性みたいに評されてしまう。むしろ「伊達文化」にとっても不幸だと思う。伊達の誇りは、決して排外性ではないのだ。政宗公もあの世で泣いている。)少し前に、別学ナンバースクールは仙台の誇り高い伝統文化、などという人があった。仙台一高なんてせいぜい百年、城下町仙台もたかだか400年の歴史でしょう。その政宗の仙台開府だって、律令の頃からの松島と瑞巌寺という特別な場所に着目したからとも言われている。そう、仙台を語るには、少なくとも松島・塩釜・多賀城は、はずせない。松島あっての仙台であり、それがゆえに交流が生まれ、拠点性が高まり、来住者も活躍してきたのだ。城下町仙台にしても、当然ながら仙台だけで完結していたわけではない。例えば芭蕉の辻は文字通り交流の交差点。ここから、原町や岩切を経由して塩釜や松島に至るルートは、日本中の憧れを集めるトップクラスの文化性を誇り、大いに交流があった。交流ばんざい、外来者も頑張れ。そもそも、外来者とかヨソ者とか、敢えて区別すること自体がおかしい。仙台に来たら仙台人、宮城で活動する人は宮城人、それ以上でもそれ以下でもありません。これぞ仙台・宮城の力よ。最後に、酔っぱらいオヤジのグチを、もう1つ。よく仙台育英や東北高校に特定のスポーツで入学して活躍する選手に、「あの人は○○の人だから...」と評する人が、今でもいます。そういう人は田中さんのノーベル賞も仙台とは無縁だというのでしょう。私はそういう無定見に非常に腹が立ちます。それこそ仙台の姿であり、力でしょう。それを否定して何が仙台なものか。(この記事では仙台と宮城を敢えて分別していない部分があります。その場合、仙台藩=宮城県、仙台文化=宮城の県民性、という程度に捉えています。)
2006.02.17
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今日は神戸空港の開港。同時に仙台-神戸便も就航です。神戸には行けないので、藤崎デパートの「神戸フェア」を訪ねました。何でも、昼間だとアイドルタレント?とのジャンケン大会があったとか。私が行ったのは夕方6時前。すっかり物売り場となっていました。エスカレータを昇りきった7階に、所狭しとお店のブースが並んでいます。7階催事場は別のイベントも行われているため、通路もかなり狭くなっており、通るのもやっとのにぎわいです。こういう商業イベントは、結構楽しいものです。仙台初登場だよ~!の声に誘われて、本高砂屋の「きんつばanフィーユ」(ショコラカラメル味)というお菓子を買いました。anは「餡」をかけたコトバのようです。味を表現する能力がないので、包装の説明をそのまま転記しますと、「きんつば餡と香ばしいカラメル風味のガナッシュクリームをサクサクのパイ生地ではさみました。」ということ。1個150円くらいで、4個買いました。家では好評で、娘たちがもっと食べたいというので、お父さんの分を半分ずつにして、食べさせました。私は、試食したから、まあいいです。今私の傍らにいる娘(小3)に感想を聞きましたら、「中にあんこが入っておいしかった。虫歯になりそう」と。父「歯みがきしろよ」さて、神戸便ですが、1日2便。私は結構需要があると思っていますが、しばらく見守りたいです。とりあえず、仙台のコネクションの多様化は、歓迎ですね。
2006.02.16
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東北地域のスキー場の入込み動向を整理します。まず宮城県内。出典:観光統計概要(宮城県観光課)、平成16年シーズン(=04年11月から05年5月まで)------------○ 宮城県スキー客入込数(単位:人、%) (平成16年)(対前年比) (参考:平成7年) ・えぼし 154,090 93.7 434,185 ・スプリングバレー 101,010 105.3 156,610 ・泉ケ岳 54,920 127.4 164,704 ・セント・メリー 49,894 130.4 158,688 ・白石 45,935 93.8 103,591 ・オニコウベ 43,646 111.1 169,535 ・県内合計 525,401 103.0 1,490,066------------かつて第2位だったオニコウベは、平成10年に泉ケ岳に譲って3位に落ち、徐々に順位を落としています。先日行って気づきましたが(夏や秋のイベントには来ているが、スキーとしては7年ぶり)、リフトも撤去や休止が多い。三菱地所の撤退は象徴的で、オニコウベの没落は激しいです。もっとも、他のスキー場でも傾向としては同様で、客数は10年前の3分の1程度に落ちています。さらに、東北他県の客数変動状況もみて、スキー場ごとの特性(宿泊地との関係、交通状況)と展望などを整理したいと考えています(続編は無理かも)。まずはデータから。ただし、客数の捉え方が、延べ数か実数か、シーズンか暦年かなどの点で、そのまま比較できないかも知れません。------------○ 山形県スキー客入込数(単位:百人、%) 出典は県HP。 (平成15年)(対前年比) ・蔵王温泉 6,527 89.6 ・月山 1,680 107.7 ・黒伏高原 1,185 87.8 ・米沢 827 77.6 ・県内合計 2,248 76.9------------さすが山形蔵王は65万人で、これだけで宮城県の全体を上回ります。------------○ 福島県スキー客入込数(単位:人、%) 出典は「平成16年福島県統計要覧」 (平成15年)(対前年比) ・アルツ磐梯 407,150 88.4 ・会津高原たかつえ 314,460 97.4 ・猪苗代 219,809 85.8 ・グランデコ 199,372 77.8 ・県内合計 2,284,736 88.2------------思ったより多いのは、首都圏の客が来るからでしょうか。------------○ 秋田県スキー客入込数(単位:人、%) 出典は秋田県HP (平成16年)(対前年比) ・県営田沢湖 120,752 90.5 ・花輪 141,517 154.8 ・森吉山森吉 98,900 64.6 ・県内合計 888,619 94.3------------秋田のデータはシーズン(平成16年11月から17年3月)です。全体で宮城県より多いのは普及状況(スキー人口)の多さでしょうか。(上記のように、延べ数かどうかなど、カウント要領が違うかも知れず、比較できない恐れあり。)------------○ 青森県スキー客入込数(単位:人、%) 出典は「平成17年青森県統計要覧」 (平成15年)(対前年比) ・鰺ヶ沢 324,000 99.4 ・八甲田 169,473 106.5 ・大鰐温泉 132,954 110.2------------県内合計が出ていません。減少していないのは、バブリーな客がおらず、真のスキーヤー・ボーダー中心だからか。すばらしいぞ、スキー王国青森。------------○ 岩手県スキー客入込数(単位:人回、%) 出典はHP(観光統計概要) (平成17年)(対前年比) ・安比高原 559,128 87.6 ・雫石 254,400 90.2 ・夏油高原 118,447 84.1 ・県内合計 1,420,503 95.0------------平成17年データとは、16年12月~17年5月の意味です。また、単位は「人回」と明記されています。中央資本の入った大スキー場で減らしているようです。 ■関連する過去の日記 スキー場客数増加に私も寄与せねば(05年1月20日)
2006.02.16
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仙台近郊に住む70歳代の伯母から電話があり、テレビで見たそうですが、前輪が2輪あり段差があっても楽な自転車が評判になっている、社長がKさんで、ベンチャーのようだが、最近NHKの「てれまさむね」で見たんだ、というような内容。調べてくれないか、という電話でした。仙台をとりあげる当ジャーナル編集長としても、知らないでは済まされません。早速調べましたら、株式会社アバンテクさんの「トライク」という製品のようです。 ■「いいものテクノフェア2005」(宮城県の「みやぎものづくり大賞」受賞) ■読売新聞の記事(宮城県内版) ■日経BPの記事 ■Buisiness i(フジサンケイグループ)の記事この製品なら何かで聞いたこともあります。確かに、HPを見るとTVで随分紹介もされているようです。そこで、案内されている会社のアドレスに、事情を書いてパンフレットを郵送いただけるようにメールを入れました。おばさんにHP見てくれとも言えないので、まずはパンフの現物を入手して渡そうと思ったのです。そうしたら、その日の夜11時前に我が家に電話をいただきました。早寝早起きの編集長(私)は当然寝ていましたが、編集長特別秘書(妻です。)が受けました。私は、翌朝に聞いたのですが、特別秘書によると、デモ機で実際に使用してもらった方が良い、例えば杖を収納する仕様にするかなど色々なことがあるので、試乗してもらうのがよい、日程が合えば持っていくことも可能、などという電話だったそうです。さらに特別秘書によれば、最近しらかし台(利府町)に工場を設けた、TVで紹介もされて注文が多いんだとか、Kさんとか名乗っていたとか...エッそれって社長さんじゃないの。メール見てわざわざ電話もらうなんて、恐縮です(編集長)。履歴に残った電話番号もたしかに会社の電話番号でした。というわけで、随分話題の商品のようです。伯母は、ちょっと足が悪いのですが、まだまだ元気。しかし、毎日タクシーで出かけるわけにも行かず、この自転車があれば自力で外出できるから、是非購入したいと思っているようです。それで元気な老人が長く元気を保てるなら、大変いいこと。ユーザーにあわせて、まず試乗してもらうという姿勢も、共感できます。ちょっと検索したところでは、社長さんは大手自動車メーカーの技術者とともに、21世紀の乗り物を開発しようと一念発起して起業したとのこと。海外でも評価されているようで、おもしろい製品と企業だと思います。習志野の工場から、なぜ仙台を選んだのかについては、上記読売の記事には、「創業当初は千葉で開発、生産をしていたが、昨年(2004年)、福祉先進県として福祉に役立つ産業を求めていた宮城県に誘致され、仙台に移転。11月からは利府町の工場で生産を始め...」とあります。それ以上は今はわかりません。ただ、仙台・宮城を選んだことに大いに拍手を送りたい。
2006.02.15
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先日久々の泉ケ岳スキー場で、スキーの合間に泉ケ岳ロッジ(野外活動センターではない方)で休憩しました。正直に言いますが、何も買わずに、持ち込んだお菓子などを食べました。スミマセン。一応、後から来たグループにすぐ席をゆずりましたが。ところで、ちょうど座った席の脇の壁に、泉が岳のペナントが張ってありました。懐かしい、あの三角形の観光ペナント。色違いで4パターン。颯爽としたスキーヤーの図案。娘も珍しそうに見入っていました。娘の発見ですが、1つだけ字体がちょっと異なっています。思えば、私も小学生の頃は部屋のカモイに画鋲で貼り付けました。あと何枚かで部屋を一周するくらいでした。ウチの場合は、近県の「山」とか「何とか高原」がほとんど。祖父や父母やおじさんたちが何かの観光で行ったときに、子どもに買ってくれたものだと思います。だいたい色違いの何パターンかあって、兄と分けて貼ったものも。いやでも毎日眺めていたはずで、もし今見れば、デザインや字体など、いきいきと懐かしさが蘇るでしょう。具体的な観光地名は若干しか思い出せませんが、ちょっと大きめのサイズがあったり、ペルシャ絨毯のような手の込んだモノもあったり、いろいろでした。あの頃は(昭和40年代後半)、たぶん、観光ペナント全盛時代だったのでしょう。どこの家にもあったはず。1955年頃に山岳記念として観光グッズになったのが、観光ペナントが発祥で、80年代後半には衰退した、ということらしいです(ある記事から)。その後、ミニちょうちんが流行したように思います。80年代から90年代でしょうか。祖父がよく旅行先で買ったようです。ある記事では、バブル崩壊とともに激減した、とありました。トリノ五輪見ながら書いています。スピードスケート男子500m、もうすぐ2回目なので、TVに戻ります。山形の加藤条治、頑張れ、ベストを出せば、表彰台も見えるはず!
2006.02.14
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未明のジャンプを見ようと早く寝て、結局6時まで眠るという、意味のない生活をしております。昨夜のハーフパイプも残念ですが、それが世界のトップの集まる場なのだと思います。TVには、日本人選手にだけ焦点を当て、しかも、メダルに期待...ああ残念...という番組もあるのですが、スポーツと人間ドキュメントを混同していると思います。世界最高の競技なのだから、競技自体はどの国の人も対等に見るのが基本だと思いますし、結果としてメダルにならなくても、残念というのは応援する人(しかも選手ではなくメダルに応援するの?)の気持ちでしょう。応援する人だって、メダルよりも(とれればベストだが)選手がベストを尽くすことを望んでいるはず。TVが歪めないで欲しい、と思うのです。まあ、選手もメダルが目標だし、そんな番組があっても良いとは思いますが。そのメダルはここまで有りませんが、ある事前評では日本はせいぜい2個(加藤とフィギア女子)だそうです。冷静にはそんなところかも。メダルよりも、世界の舞台で堂々と自分を出して欲しい。完全燃焼を!ところで原田は200g足りなかったそうで。缶ジュース1本分だとか。
2006.02.13
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トリノ五輪で盛り上がっていますが、我が家もチョイとスキーに。(写真は将来の上村愛子こと、我が家の娘たち+その母親。市街地と太平洋がうっすらと見えたのですが、写真ではちょっとわからないですね。)8時前に出てスプリングバレーを目指したのですが、青年の家を過ぎたあたりで車が詰まっている。だから嫌なんですよね、ココは。あの一本道が。たぶん前方でスリップや往生している方がいらっしゃるのでしょう、Uターンするタイミングも簡単なうちに、意を決して戻りました。いつもは決断の遅い編集長ですが。ここは即決。そして、10年ぶり以上に泉ケ岳スキー場へ。同様の転身組も多かったようでした。天気は、たまに風雪が舞いますが、まずまず。市内一望とまでは行きません。例年雪の付きの悪いココですが、さすがに積雪はOK。混まないのが良いですね。回数券2枚(大人1枚、子どもシニア兼用1枚)、それぞれ11回分なので端数調整のため一回券を2枚(大人1、子ども1)買いました。つまり、1人6回リフトに乗ったことになります。モギリのお兄さんの手違いで、子供用の1回分にハサミが入らなかったので、残った子供用1回券は人にあげました。これと駐車場500円とで、合計6千円弱の仕上がり。昼メシは、当然自宅に帰ってから。昼寝して、いま写真の整理をしているところです。考えてみれば、半日は他に使えるから、これもお手軽。泉ケ岳だと一日じっくり滑ることも、どうせないのだし。
2006.02.12
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早起きしてモーグルを見ようと思っていたら結局起きたのは5時前。あわててTV見ると、フィギュアのペア(米国で出場の井上は現在5位)の合間に、ダイジェストでモーグルをやっていました。そして6時、TVは娘たちのアンパンマンに譲る、と。宮城県ではこの時間アンパンマンです。ちなみに7時の「かいけつゾロリ」が終わったら、家族でスキーに行きます。たぶん市内のスプリングバレー。地元塩釜の畑中は残念ながら予選オチ。夜中のマリンゲートのパブリックビューイングに行こうかと本気で思っていたのですが結局寝てしまった。でも出場ご苦労様。映像で気迫が感じられたのは上村愛子。メダルは届かなかったけれど、素晴らしい滑りでした。それから直前で絶好調の原田は失格だって? 必ず、何かやる男ですね。
2006.02.12
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朝4時半頃から見ていました。五輪の開会式の楽しみは、式典のパフォーマンスや、聖火ランナーもそれなりに興味はありますが(オノ・ヨーコは意外)、私にとっては、一番は、何と言っても、入場行進です。各国選手団の入場行進をただ眺めている、これが良いのです。いろんな国のいろんな人がいろんな顔して歩いてくる。これが五輪です。早回しやダイジェストではダメ。人の歩みというテンポに委ねて、全部見なければなりません。私は子どもの頃からこれが好きでした。アテネ夏季五輪の時も3歳だった娘と見ていましたら、娘がちょっとした変装をしては(帽子をかぶったり顔の表情を変える程度ですが)、「オリンピックの入場で~す」と言いながらフスマの陰から登場するという遊びをしていました。今は頼んでもやらないでしょう。でも雰囲気を察して娘2人とも起き出してきたので、一緒に見ました。4年に1回だからね。子どもたちも、服の色とか、人数とか、いろいろ見ていたようです。その後は寝かして、私だけ見ていました。ところで、この楽しみとちょっと似ているのが、 ○ 夜中のTV台風情報で、少しづつ動く台風の目をボーッと見ている ○ ウイルス駆除のプログラムが動く画面を終わるまで見ているです。ちょっと違うか。人に聞いたことはありませんが、他にも結構いるはずです。こういう人が。さて、編集長が注目している選手をご紹介。荒川静香はもちろんですが、他にも、 ○ 塩釜のオバQこと 畑中みゆき(モーグル) 大舞台に強い里谷とアイドル上村の陰に十分隠れていますが、実力十分! ○ 仙台大学出身の越(スケルトン) 4年ぶりです。前回ソルトレークもTVで応援したぞ。メダルには実力以上の何かが必要だろうから、編集長がオジサン連帯パワーを送ります! ○ カーリングの「チーム青森」 青森に専用リンクが出来たから結集したのだと、今朝(10日)のラジオで聞きました。大舞台、思い切りやって下さい!
2006.02.11
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低温が続きますが今朝(10日金曜日の朝)は快晴。朝8時の仙台駅前ペデストリアンデッキから、アエルを写しました。特に意味はありませんが、青空と一体化して見えるため、不思議な印象を受けることがあります。夏などは特に。今日は快晴ですが、適当に雲があるときに、その適当な雲がビルに映って結局一体化して見えるときも、あります。たしかに、風とか空とかいう意味だそうだから。aeroplane や aerobics も関係あるのでしょう。それだけの話題ですが。
2006.02.10
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スキーと温泉目当てに秋田空港を訪れる韓国人客が急増しているという。 ■河北新報記事(2月9日)「秋田―ソウル定期便利用 韓国人スキー客急増」 ■関連する日記 山形空港の悩み(06年1月30日) 1月の韓国人搭乗者は2521人と過去最多。搭乗者に占める韓国人の割合も増え、従来は約2割だったのが、今年は66.9%に達する。雪質に定評の田沢湖スキー場で滑り、2泊3日の日程で周辺の温泉施設に滞在するケースが多い。男鹿市の温泉や岩手県の雫石スキー場まで足を運ぶグループもある。 利用低迷の続くソウル定期便だったが、従来搭乗者の2割に過ぎない韓国人客の利用増にターゲットを絞り込んだ県の作戦が奏功したということです。県は、04年から1月に韓国の旅行エージェントやスキー愛好家を招き、スキーと温泉をセットで楽しめる魅力を韓国国内でPRしてもらうなど、秋田の知名度アップに尽力してきた。 秋田は東京や仙台と比べてソウルまでの飛行時間が短く、ツアー料金も割安。韓国では、旧正月休みと学生の冬休みが重なる1月に長期休暇を取る習慣があり、条件の良い秋田を旅行先に選ぶ傾向が強まっているということです。 しかし、観光客の増加傾向が定着したとは言い切れない。韓国・東西旅行社の秋田支援本部(秋田市)によると、韓国の旅行各社は1月、秋田ツアーの通常料金(2泊3日で約4万円)を最大で1万円前後値引きしたといい、この効果が一時的に表れた可能性もあるからです。 なお、秋田県ではソウル定期便を利用した韓国との交流事業(つまり秋田からソウルに行く日本人客の増加)に補助金を出す制度があるようです。 国際定期便を軸とした誘客送客の政策の、トピックです。
2006.02.10
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西山記者事件について当時の政府担当者が密約を肯定したという。内容としては、そうだったのだろうという思いだが、30年以上も経た今になって証言されたことに歴史を感じる。憲法の表現の自由(取材源の秘匿)で必ず出てくるし、それ以外にも、昨今のマスコミや記者個人のありかたと報道の公益性などを考えるときに、思い起こしていた。(今はこれ以上立ち入らないが。) 社会党の横道議員が情報を受けて国会で取り上げて騒然となったものだったはず。そして、驚きなのは、わが河北新報が9日の朝刊に共同通信の取材として報道していたこと。当の毎日新聞の紙面には出ていなかった。朝日や読売にもなかったようだ。なぜ全国紙にはないのか。共同通信に加盟していないから配信を受けないということか。毎日新聞(HP)は9日夜に報道した。9日に独自に取材したという。
2006.02.10
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8日夜に亡くなったとの報道です。詳しく知っているわけではありません。団伊久磨、芥川也寸志、黛敏郎(たしかビッグスリーとか御三家とか呼ばれる)などの先輩になると思いますが、あくまで日本民族の心に絶対的定点を置いた作曲家という感じがします。世界的には、例えば「ノヴェンバー・ステップス」の武満徹の方が評価されていると思いますが、洗練さや微妙さなどの音楽表現を追求するなんてことはせずに、あくまで土俗的に心を表現しようとする愚直さが(深く理解もできない私はそう思っている)、大変に好きです。うまく表現できませんが、幽玄とか宗教観とか、近世や近代の日本を大切に、などという数百年単位の近視眼的な歴史のブレみたいな小さい発想を飛び越えて、絶対的に日本ってもんはコレだろう、そうだろう、と訴えているように思えるのです。一般にはゴジラの音楽を担当したという印象が強いのだと思いますが、私には、「ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ」で執拗に繰り返される鼓動が、頭の中に響いてきます。(題名も、ラテン語?で、繰り返されるリズムの意味だったと思う)高校の時に友人Wが何で見つけたのかレコードを持ってきた。僕らが生まれる前に作曲された作品だ。これで強い印象が残り、大学時代に、確か、東響+藤井和興(pf)+井上道義指揮でFM放送をエアチェックしたカセットテープがあるはずです。放送されるのも唯一の機会だったかも知れません。えーと、カセットの再生装置は... 古いウォークマン(いや正確にはAIWAのカセットボーイとかいうヤツ。大学時代にダイエー仙台店で買った)があります。動くならば、聴いてみます。
2006.02.09
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韓国では愛国熱が冷めないらしい。昨年12月に黄・前教授のスキャンダルが発覚した際には、科学部門初のノーベル賞と世界をリードする産業創造という夢をくじかれた韓国国民の感情は、一転して個人攻撃に向かうと思っていた。 ■過去の日記 韓国のES細胞スキャンダルを憂う(05年12月16日)しかし、さにあらず、なのだ。前教授はハメられたとの陰謀説、抗議の焼身自殺、愛国デモ、などなど。昨日(2月8日)の産経新聞記事にも出ていた。一昨日(2月7日)の帰りの車中のNHKラジオでも深川由紀子教授が客観的に解説していた。貧困から身を起こし、韓国の躍進の象徴であった前教授に対して、一部国民には韓国版判官ひいきの感情が残っている。また、韓国の人は自分たちでも形容するそうだが「外見」主義であり、外からどう見られるかが重視される。さらに、背景には、昨今の日本よりはるかに「格差社会」であること。日本では高卒と大卒で給料が2倍も異なることはない。しかし韓国では、場合によって10倍、100倍になる。だから受験熱も猛烈。などなど。隣国とはいえ、海を隔てていると、やっぱりわからないものだ。
2006.02.09
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最近よく寝ている私。グータラサラリーマン。さてそこで睡眠時間を地域比較してみました。出典は、平成13年社会生活基本調査(総務省統計局)。対象は10歳以上のようです。------------○睡眠時間(単位:時間・分) 総数 男 女 全国 7.45 7.52 7.38 北海道7.52 7.59 7.46 青森 8.01 8.05 7.56 岩手 8.03 8.12 7.56 宮城 7.53 7.54 7.51 秋田 8.02 8.10 7.55 山形 8.02 8.09 7.55 福島 7.58 8.05 7.51 新潟 7.55 8.01 7.49------------全国データでは(総務省解説)、年齢階級別には、40歳代がもっとも睡眠時間が短く、7時間13分だそうです。(私、ちょっと長いかも...反省)地域別(14地域)比較では(総務省解説)、東北が7時間59分ともっとも長く、次いで山陰(7.55)、南九州(7.54)です。年齢構成の影響でしょう。都道府県別でもっとも少ないのは、埼玉と東京の7.37です。都会ですね。最も長いのは、岩手(8.03)、次いで、秋田、山形(8.02)、青森(8.01)、高知(8.00)が8時間以上睡眠のユッタリズム地域。寝る子は育つ。また、都市階級と早寝早起きは相関があり、都市規模が小さい(田舎)ほど早寝早起きだそうです。これなら編集長も得意。ところで宮城は男女の差が小さい(3分)のは、男女同権の現れか? それとも単に女性が寝ボスケか...この数値(男平均-女平均)が気になったので見てみると、宮城(3分)が突出して小さく、全国最小。次いで、大阪(7分)、滋賀(9分)、愛知・石川(10分)。最大は山口の24分。これは都市化の尺度と異なる、県民性を示す何か有意な指標なのかも知れません。なぜ宮城が突出か、興味深いです。小さい声で言います。内助の功の度合い?(男女共同参画の方面からは叱られそう...)なお、この調査には「インターネット利用時間」もあり、面白いです。利用者(利用者率は10.7%)の平均利用時間は一日(週末と平日の平均)あたり1時間42分。ずいぶん長いなと思いますが、ごく最近光につなげた私もこのくらいいくかも。「インターネット利用時間」の地域別比較はないようですが、「利用者率」の地域比較統計はあります。------------○インターネット利用の行動者率(単位:%) 全国 46.4 北海道41.9 青森 31.5 岩手 33.6 宮城 44.2 秋田 35.2 山形 35.2 福島 36.1 新潟 37.6------------これによると、青森県は全国で最下位、岩手がワースト2です。というよりも、対面コミュニケートを重視、と言うべきか。さらに、7大都市圏別というデータがあります。------------○インターネット利用の行動者率(単位:%)、7大都市圏別 札幌 49.0 仙台 45.8 京浜葉54.5 中京 47.3 京阪神50.2 広島 47.9 北九州・福岡 43.1------------北九州・福岡が仙台より低いのが、ちょっと意外です。ここに表現していませんが、全国14地域別では、最低が、南九州(36.1)、次いで東北(36.8)、沖縄(37.3)山陰(37.5)などで、北九州は40.8です。この調査は、家族状況や職業など属性別に細かくデータがありますから、突っ込めば面白い分析ができるのかも知れません。
2006.02.08
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新宿中村屋の創業者で女主人で、文化人の後援活動もした相馬黒光は、仙台の出身なのだそうです。私、パン屋の中村屋は知っていても、創業者の名前も出身地も知りませんでした。相馬黒光は、明治9年仙台市立町の星家に6番目の子として生まれた。幼名は星良。星家は仙台藩の有力武家だったが維新後に父や兄弟の病死も重なり、職を求めて、片平丁尋常小学校の後、裁縫学校に通う。しかし向学心やみがたく、東二番丁高等小学校、宮城女学校に進むが、上級生のストライキ事件に連座して自主退学。上京してフェリス女学校(横浜)を経て、明治女学校に転学。不遇の少女時代を経て、没落と暗黒の故郷と評した仙台をきっぱりと後にしたのは、彼女の強い野心もですが、叔母の影響があったのだそうです。黒光の母は星家の跡取りとして婿養子を迎えて家を守る生涯を強いられたのに対して、その妹である叔母の豊寿(佐々城豊寿)は、対照的にフェリス女学校の前身に学び、やがて男女同権を唱える社会改良運動(東京矯風会、婦人白標倶楽部)を推進する女性運動家の最先端だったという。(これも私は全く知りませんでした。)やがて、信州穂高の相馬愛蔵と結婚。このとき、すでに叔母の影響で文化人たちとの交わりがあり、作家志望であった黒光が、信州の名もない男と結婚したことに周囲は驚いたという。信州で病床に伏した後、娘を婚家に置く条件で上京し、中村屋を開業し成功。中村屋の名は、東京での生活の糧を得るために借金して買い取ったパン屋を、そのままの屋号にしたもの。エロシェンコ(ロシアの詩人)やボース(インドの独立運動家)の亡命を助けるなど、派手な生涯を送っています。著作多数(『広瀬川の畔』など)。(参考:難波・大石編『街道の日本史8仙台・松島と陸前諸街道』吉川弘文館、2004年、柳谷慶子さん執筆部分。ほか)良(黒光)の仙台時代は、東北線が仙台・塩釜まで開通し(明治20年)、三居沢発電所により市内に電灯がついた(明治27年)という頃でしょう。そんな時代に、地方を出て時代の最先端を歩んだ、まさに明治の先進的知的女性です。私の不勉強を棚にあげますが、仙台でなぜ彼女を顕彰する気風がないのでしょうか。黒光は相当に気性が激しく冷酷な一面もあったようです。そして、故郷を顧みることもない。さらに、派手な交友は、田舎の純朴な観念からは誉められたものではないのでしょう。原阿佐緒に対する仙台の従来の評価と共通するのかも知れません。関係ありませんが、今4時、外は雪が降っており、10センチ程度でしょうか、積もっています。静かな銀世界を、黄色い回転灯の除雪車が練り歩くのが、我が家の2階から見えます。降り方も徐々に強まっているよう。降る雪や 明治は遠く なりにけり
2006.02.07
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家を建てて10年目ですが、私が購入した仙台のハウスメーカーさんが、この度、購入者(オーナー)たちを対象にネット情報提供板を設けたそうで、加入いたしました。すると、今度の土曜日にモデルハウスの上棟式で「もちまき」をやるのでどうぞ、という情報が早速ありました。フ~ン、もちまきとは、懐かしい。私がガキの頃は、月に1回はどこかで建前があり、小学生たちは情報を聞きつけて、みんな餅拾いに集まったものです。何しろタダで食い物が手にはいるし、あそこの家はケチだとか、話題のネタになるから面白かったのです。高度成長時代で(昭和40年代後半から50年代)、農村部の住宅も結構立て替えていた時期なのだと思います。私の実家も、私が小学1年生の時に、藁葺きの家を建て替えています。最近では、5年くらい前ですが、近くの学習塾が新築の際に宣伝をかねてチラシを出していたので、3歳くらいだった娘と行きました。娘は下ばかり見ているので、なかなか拾えなかったようですが、行ったことは覚えているようです。(ちなみに10年前の我が家の場合、「もちまき」はおろか、地鎮祭もせず。一応、何もしないのもどうかと思い、個人的に食塩の瓶をもって購入地の四隅にふりかけたけど...)今ではこのように商業ベースの「もちまき」しか体験できませんが、是非行きたいと思っています。
2006.02.06
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5歳の娘はパソコンで一太郎をやるのが好き。「カナ入力」でカナを拾って、文章を作ります。昨日は、もうすぐ入学式、とか書いていました。このようにゆっくり作文するかと思えば、大人顔負けの早さで両手でバラバラと入力し、変換キーで思わぬ漢字に変換するという「遊び」も楽しいようです。ちょっとした学習ゲームもやりますが、一太郎の方が好きなようです。1回30分の約束の他は自由にやらせています。2番目の子は何でもノビノビです。
2006.02.06
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歓喜復帰さんの表現を借りると先史時代にいた私、ついに今週、仙台と東北大学が世界に誇る光通信・ひかり電話につながりました。これで、やっと現代文明人の仲間入りデス。実はこれまで10年間、ダイヤルアップ環境で過ごしました。メールもさほど頻繁にやりとりするわけでもなく、ブログの書き込みや調べモノも、早朝に最初と最後(文章を送信)につなぐという感じでやっていました。それ自体、不都合といえば不都合なのですが、光に転換した最大の理由は、電話代がかさむようになったこと、です。けして長電話などしないのに。つまり、何か調べようとHPをブラウズすると、画面が現れるまで時間がかかってしょうがない。こっちはきれいな映像や動画はいりません、画像なしのテキスト分だけのHPにして、と言いたいが、ジッと我慢して待つしかない。そういうHPが増えてきたように思います。その「待ち時間」が問題なのです。何でもないことを調べるのに、数分から10分かかることも。そこで、NTTと大手プロバイダのキャンペーンで、12月に申し込みました。電話代を含めて総経費をみるとさほど変わらない上に、接続時間を気にしないで済むのだから。実際につながると、安心感とテンポの速さもあって、結局パソコンに向きある時間がグッと増えそうです。申し込んだ後何度か別の担当者から確認の電話があって、やっとNTT側の配線工事とルータ設定が来た後に、プロバイダの側で無料出張(訪問)設定サービスがあるのですが、これが申し込み殺到のためか、何度フリーダイヤルに電話してもなかなか連絡がつかず、ちょっとした作戦で何とか通じて、それでも1週間待たされて、やっと先日来てもらいました。実際には、脇で見ていたら実に簡単なもので、それならオレでも出来たのに、と言いたくなりましたが、せっかく来てもらったので、そのあとは1時間以上懇談の時間。同年代で話の長い人。当日は私の家が最後ということもあったのか、まあ、楽しい異業種交流がでした。この方によれば、だいたい一日5軒くらい回るのだそうです。意外と少ないですね、と思ったら、岩手、福島などもエリアだそうで、だったら相当大変ですね、と逆に同情してしまいました。さらに、東京のコールセンターで受け付けた順番に勝手にスケジュールを組むから、地域的事情などお構いなしで非効率になることも多い。福島の浜通りと会津に行って、また翌日も福島が入る、とか。ウイルス感染の除去などサービス外(有料)なのに現場で言われれば断れない、とか。とにかく時間が読めないのだそうです。話を聞いていると、結構面白い、いや失礼、実際の仕事は大変ご苦労様です。NTTへの申し込みから始まって、何度か確認の電話、工事下請け業者、今度はプロバイダ側のコールセンター...と分業化されて、その間、話する相手は顔も見えずにコロコロ変わり、顧客である私の方は無味乾燥なデジタル情報と化して転々流通。そして最後の段階、やっと人と人の対面。「いやー、お互い大変ですね」てな具合で。古典的ワンストップ商法や職人気質は衰退しつつある昨今ですが、やっぱり人と直接対話するのが一番だと実感しました。パソコンの設定はほんの数分、あとは「懇談」でしたが、作業明細書には作業時間が1時間15分と記入されています。まあ、これも大事な仕事でしょう。
2006.02.05
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高橋喜平さんが2月1日亡くなったとの報道がありました。 ■岩手日報のニュース(2月2日)小学校を岩手で過ごした私には、雪の結晶の研究などで有名な「雪のおじさん」というイメージがあります。岩手っ子なら誰でも知っている?はず。後年宮城県に来てからは、本間知事時代に「東北学おこし」運動の一環で宮城県が企画編集して河北新報社が発行した「東北学文庫」に執筆があったのを読んで、ああ健在なのだなと思っていました。その何年か前には、『総門谷』などで著名となっていた盛岡の高橋克彦さんが、親戚だということを何かで読みました。今私は、その『東北学文庫2 風土に見る東北のかたち』(平成4年)を本棚の奥から取り出して読んでいます。「雪の造形-冬の楽園-」というエッセーですが、雪のさまざまで豊かな造形について、そして著者がどう関わってきたか、さらにそんな雪を敵ではなく味方として生きてきたんだ、という郷土愛が、伝わってきます。地域づくりに携わっていると、「利雪」「克雪」などというキーワードが踊った頃もありましたが、高橋さんの研究や考え方が、雪国東北のマイナスイメージを転換する精神論的な柱だったように感じます。沢内村(現在は西和賀町)出身で、雪国文化研究所を主宰。沢内村にも私は強い印象があります。豪雪地帯の山村なのに、住宅のつくりが豪雪に対応していないため冬季に家の中の空気が悪くなり、健康に良くない。もとより医療サービスも良くこともあって、乳幼児だったか高齢者だったか死亡率が最悪だった。そこで生活全般を改善する取組をはじめ、老人医療費無料化、住民全員の健康チェックなどに取り組んで成果をだした(この辺おぼろげな記憶で、正確でありません)。そんなことを小学生の頃に教わりました。太田祖電というヒゲの村長さんがいたはず。沢内村には行ったこともないのですが、そういうイメージです。昨今の子育て支援で負担軽減などという表面的な人気取り政策(失礼!)ではない、地域に根ざした地域づくりだと思います。うまく表現できませんが、切実さと理想がイコールであるような、等身大の地域づくり運動ではないでしょうか。昨年の初夏に花巻の新鉛温泉(愛隣館)に行きました。宮沢賢治の童話に出てくるナメトコ山が豊沢湖の奥に発見されたとかいう新聞記事がロビーに掲げてありました。沢内はそれよりもさらに奥まった奥羽山脈の山あいです。一度思い浮かぶと、あれこれ勝手に風景が頭の中に浮かんでしまい、訪れたい思いがなかなか頭を離れません。仙台も明朝、じゃなくて今日の朝は、ずいぶんと冷え込んできたようです。
2006.02.04
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なんでこんなに!?今朝はなぜか起きるのが遅れて、6時に目を覚まし、外を見たら、エーッとビックリ。積雪が10センチくらい。一昨日の大雪は夜に止んだから、寝る前に雪かきできた。昨日は天気が良く、だいぶ解けたから、安心していたのに...早速今から、雪かきです。
2006.02.03
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岩手県の一関学院が希望枠で選抜の初出場が決定。 ■岩手日報の記事(1月31日) ■河北新報の記事(1月31日)実は編集長は太田投手を実戦で見たことがあります。昨秋の東北大会での活躍が評価されたとのことですが、それに先立つ岩手県大会の2回戦で見ました。事実上の決勝戦とも評されたこの強豪対決を2-1で競り勝ち、これで波に乗り岩手県第一代表となったのでした。左腕の太田投手はすばらしいピッチング。体のバランスが良く、頼もしい左腕です。宮城県出身とは聞いていましたが、今日(2月1日)の河北新報によると太田君は多賀城二中の出身だそうです。「甲子園に出るために一関学院に来た。親元を離れて頑張ってきた成果を存分に発揮したい」との記事(河北新報記事より)。同じ東北大会ベスト4の東北高校は甲子園を逃したが、隣県、というより、ボーダーなんか関係なしに、ぜひ一関学院を応援しよう。ここでチョイと思い出すのが、「野球留学」抑制論議。 ■関係する以前の日記 ○高校野球の「野球留学」論議について再び考える(05年12月2日) ○高校野球の「野球留学」抑制論議を考える(05年11月25日) ○高校生の「野球留学」を考える(05年10月20日)この太田君のコメントに改めて耳を傾けよ。青年(少年?)の伸びやかな志に、ボーダーなどかけられんでしょう。「留学」抑制を言う大人の、なんと浅はかなことか。(さらにちなみに連想するのが、まだくすぶっている別学維持論。高校教育は誰のため? 主役をさておいての無責任さ。)「地元選手」だから応援する、それも結構、でも宮城から岩手に進んだ高校生だって素晴らしい、さらに、関西からあえて東北の高校を選んだ「留学」高校生にも、私は大いにエールを送りたい。それでいいじゃないか。(勧誘過熱問題や脱落者問題は大人がしっかり対応すべきこと。)昨春の21世紀枠の一迫商業は甲子園初戦快勝という活躍でした。東北勢には今年も頑張って欲しいです。
2006.02.02
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思い立って裁判の件数を調べました。出所は司法統計年報(平成16年度)。(2)民事合計は、地裁分で、控訴案件、強制執行、破産など全部を含んでいます。県民性や経済活動の厚さとの相関をみるなら、事件の種別毎にみれば何か浮かぶのではないかと興味も沸くのですが、拾うのが面倒くさいというだけの理由で今回は見送り。(3)行政は、行政事件数全部ではなく、地裁第一審の行政訴訟に限定してみました(従って(1)>(2)+(3)です)。なお、いずれも「新受」件数でみます。(4)人口は平成17年国勢調査。(5)は各県HPから(速報値と確定値が混在)。------------ (1) (2) (3) (4) (5) 民事・行政計 民事 行政 人口 県内総生産全国 1,233,292 1,229,558 1844 127,757仙台高裁管内総数 85,907 85,792 61 9,634仙台 23,219 23,170 19 2,360 84,267億円(H15)福島 17,925 17,901 16 2,091 74,911億円(H15)山形 9,205 9,201 3 1,216 40,023億円(H15)盛岡 11,448 11,432 11 1,385 45,508億円(H15)秋田 9,778 9,769 6 1,145 36,681億円(H16)青森 14,332 14,319 6 1,437 42,515億円(H14)------------ (2)/(4) (2)/(5) (3)/(4) 民事/人口 民事/GDP 行政/人口全国 9.62 14.4仙台高裁管内総数 8.91 6.3仙台 9.82 0.275 8.1福島 8.56 0.239 7.7山形 7.57 0.230 2.5盛岡 8.25 0.251 7.9秋田 8.53 0.266 5.2青森 9.96 0.337 4.2------------というわけで、民事は、対人口比、対経済規模比とも青森がやや多いか。もっと全国都道府県(地裁)や時系列比較しないと、何ともいえません。また、事件種別(例えば家族関係の事件)にみれば、ある程度県民性は出るかも知れません。行政は、取消訴訟(非開示処分取消し、懲戒処分取消し)と住民訴訟と思われるが、やっぱり仙台市民オンブズマンの功績で仙台地裁(つまり宮城県)が多いということか。もっともデータとしてはこれだけでは何とも。以上、分析としては全く不十分。地域分析のレポートにこんなの出したら、一発アウトです。なお、真剣に権利の保全・実現に裁判している方にはスミマセン。北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ、ツマラナイカラヤメロト言ヒ...(宮澤賢治)
2006.02.01
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元公明党の参議院議員の二宮文造さん(86)が1月27日死去と報じられた。もう30年も忘れていた名前を思い出してしまいました。小学校の5年生くらいだったろうか、自分も切手収集をしたいなと思って家に届いた郵便物の使用済み切手を集めていたりした。友達には少年雑誌の広告などで見たのか、ストックブックに高価な切手を整理している人もいた。私の場合は、あまり積極的に集める程ではなかったのだけれど、使用済みだけではなく、未使用の切手も、多分兄や親戚からだと思うが、自然と集まってくるようになった。あのストックブックは今でも実家にあるだろうか。相当な価値になっている?かも知れません。その頃、たまたま何かで見て「日本郵趣協会」の会員に年会費3千円で入会してしまったのだが、家族や友人に言うのも恥ずかしく黙っていました。振り込み用紙をもって近くの簡易郵便局に行くときに、祖父に方法を聞いた覚えがある。自分の趣味はこれだ、とハッキリ言えない性格だったのだが、ストックブックやカタログも多分親か兄が買ってくれたのだと思います。入会すると、毎月「郵趣」という雑誌が送られてくる。6ケタの会員番号をもらって内心で得意になっていた。協会のJPSを図案化したマークを、冬の田んぼに足踏みして描いたりした。切手収集の醍醐味は、単にストックしているだけではなく、自分なりにテーマを決めてアルバムを作ることらしく、その高尚な例が雑誌に紹介されたりしていた。バカな私は、高価な切手は入手できないので、アルバムの台紙だけを、郵趣サービス社から通信販売で購入した。それだけでは何の役にも立たないのに。多分300円くらいで、他に買えるモノがないから買っただけです。さて、二宮文造さんは、その「郵趣」の中で、たしか協会のために力を尽くしているという意味で紹介されていました。全国区で投票を、と呼びかけていたのかも知れない。そのほかには、沖縄の本土復帰で沖縄切手で儲けろという話が詐欺スレスレだという記事を覚えている。この詐欺話と二宮議員との関係は覚えていません。思えば大人の世界を知る1つの材料だったのです。そのことを思い出しました。たぶん、当時の日本郵趣協会や収益部門である郵趣サービス社の何らかの利害を守るために、議員さんの力を借りたという事情があるのでしょう(改めて調べたわけではありません)。今は日本郵趣協会は財団法人となっているようです。(今回も、仙台・宮城・東北を考える当ジャーナルと関係のない記事でした。すみません)
2006.02.01
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