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完敗である。男子バレーボール第3戦、対ポーランドのことだ。個人的技量の優劣ではなく、ポーランド・チームには成熟したチームワークがあるように思えた。日本崩しの作戦が見事に図に当たって、日本チームは手も無くその術中にはまって行ったようだ。サーブミスが多いのも失点の主因。強気で攻めているからミスも多いのだろうが、それで良しとは言えない負けっぷり。そうだとすれば、今後の見通しは明るくはない、というのが私の感想である。チームプレーは、人気者に頼るわけにはいかないということだろう。 さて、私の制作に関しては、新たに4点のキャンヴァスをならべて地塗りをした。先日来のものと同時進行することになろうか。しかし、まだ構想は成ってはいない。先の1点だけはある程度までは進んだ。どんどん細部を詰めていかなければならない。
May 31, 2016
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今朝、私のエージェントでありプロモーターである画廊社長が電話してきて、10月に京城(ソウル)、11月に大邱(テグ)で展覧会をするので新作を制作してほしい、と言った。承知の返答をして、午後、すぐに準備にとりかかる。 今年はどこまでやれるか-------。すでにニューヨーク、釜山(プサン)をすませた。そして7月に再びアメリカ。そのための作品は先日引き渡したばかりだ。画廊の計画では、来年暮れまではこの調子で突っ走ると言っている。もちろん私に「ノー」はない。
May 30, 2016
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錦織圭選手の第4戦、対ガスケ選手(フランス)は、1-3で敗れ、残念ながら8強入りはならなかった。ガスケ選手を苦手にしていると言われる錦織選手だが、さて、どうなのか。途中で雨のために中断したり、フランス人のブーイングは有名で応援されているガスケ選手自身が、「黙ってくれ!」と叫ぶ場面も。 日本人のテニス史を変えている錦織選手だ。グランドスラム-----全豪、全米、全仏、全英(ウインブルドン)------を制覇する日を期待しよう。 リオ五輪出場権を懸けた男子バレーは、中国に惨敗して、出場権に黄信号。まだ強豪イランやオーストラリアとの試合もあるが、上位4位内に食込めるか。現在5位である。 Uー23の男子サッカーのトゥーロン国際大会、1次リーグB組最終戦、日本対イングランドは0-1で敗れた。この大会、1勝3敗、勝ち点3でB組4位。リオ五輪に出場することが決まっている日本だが、この成績、五輪を占うとしたら、ち~ッと情けない。 国際スポーツ、きょうは日本選手のあまり喜べない成績が並んだ。 東京は雨である。
May 30, 2016
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午前中いっぱい近くの児童館主催の「児童館まつり」の手伝い。牛乳パックで帽子を作るコーナーを担当。幼児から小学1、2年生くらいかなー、つぎつぎやって来る子ども達のエネルギーにくらくら。 感心したのは、誰もが明確に主張し、理解力があること。学齢前の女の子に作る手順を説明しながら一個完成させたあと、見ていると、次にお母さんが妹のために作ってやるのを、今度は私が教えたとおりにお母さんに教えて完成までやりとげていた。 あるいは、やはり4歳くらいの男の子、用意しておいたカラーサインペンで、帽子の周囲にトンガリ山を連ね、その手前に山あり谷ありの線路をめぐらせて青い電車を描いていた。トンボが飛び、赤い金魚まで飛んでいる。私は思わず、「じょーずだねー、電車が走っているんだねー」。男の子はうれしそうに、「赤くなった!」と、色落ちして赤く染まった小さな手をひろげてみせた。「ほんとだ!、がんばったんだねー!」と私。 あるいはまた、緑・白・青を交互に余白を残さず丁寧に塗り分けたデザインをしてから私のところに来た男の子。「すばらしいデザインだなー!」と言うと、「全部塗るの大変だったー!」と天をあおいだ。その顔に、私の言葉に苦労が認められた何ともいえない満足が浮かんだ。 そしてまた、できあがった帽子をかぶせて、「にあうなー!」と言うと、帽子をぬいでためつすがめつ、「もういちどかぶって見せてよ」と言うと、やおら座卓の下にもぐりこんだ。高さ4、50cmそこそこの座卓である。そばにいたお母さんが、「もぐりこんでかぶっています!」と笑った。 おおにぎわいの「児童館まつり」。参加した子どもたちは500人だったとか。 私は帰宅してから、子どもたちに圧倒されていささか疲れ気味。気がつけば仕事場の椅子で居眠りしていた。
May 28, 2016
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テニス全仏オープン、男子シングル、錦織圭選手の第3戦、対フェルナンド・ベルダスコ選手(スペイン)は、フルセット3-2で錦織選手の辛勝。第4戦16強入り。ちょっとハラハラして観ていたが、非常におもしろい試合だった。錦織選手、ブラボー!
May 27, 2016
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連日、民生委員として動き回っている。 昨夕は合唱練習。前々回から新曲に入ったが、さらに1曲加わり、次回にはもう1曲増えるようだ。 私は覚えるのも早いが、本番ステージが終わったとたんに忘れてしまうのも早い。どうやら無意識のうちに「余計なもの」は、もう記憶に蓄えまいとしているようだ。とはいえ、武満徹作詞・作曲『小さな空』のような、音楽的に上等で、詞(詩)文学のうえでも上等な曲は、忘れない。ちゃっかりしているのである。 昨夕も先生が、レパートリとして蓄えておくようにと言ったので、私は冗談半分に「その歌、忘れてしまいたいのですが」と言うと、「でも、この間のコンサートでは人気があったんですよ」だって。「それじゃー、仕方がありませんね」と応じたが、私の信条は「観客に向かって-----」だから。 「小父さんたちが歌う歌が無い」と言っていたのは俳優の故小沢昭一氏だが、私も71歳にって、記憶して墓場まで持って行こうと思うような歌は、なかなか無い。 まあ、しかし、この月にたった一度の合唱練習を、私はおおいに楽しんでいるのではある。 さて、きょうは、朝のうちに高齢者からの電話相談があり、いくつかのアドヴァイスをし、午後は民生・児童委員の月例会議。みな誠心誠意、それぞれに持ち込まれる問題に取り組んでいるのである。
May 27, 2016
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きのう次作のためのキャンヴァスに初回の地塗りをした。乾燥を待って2回目を施すが、その間に構想を固める。 いつもの手順だが、構想といっても思想と主題のほかはまだ宙空にゆらゆら漂っている状態で、そうしたゆるい状態でいると、あるとき不意に、すでにイメージの片鱗としてそこにあることの真の意味に気付く。自分が見ているもの-----何か実物を見ているというのではなく、頭の中と額の前あたりにホログラフィーのように浮かんでいるのだが、見ているからといってその意味が必ずしも分かっていないのだ。それが、あっそうか、と気付く。そして、そこから、イメージの修正、あるいはイメージの造形的追求がはじまるのである。 それは不思議といえば不思議な時間である。長い旅の時間であり、同時に短い時間でもある。時間論的にはどういうことになるのだろう。宇宙を宰領している時間-------それに私自身も一個の死生体として支配されているわけだが------、それとは別に私自身の感覚時間があり、その長短・重層の錯綜が、一度に実感される。言葉にすることが可能ならば、それが私の作品制作の過程に起る事だ。そして、いまだに判然とはしないけれど、どうやら私にとってそれはエロティックな事態のようだ。
May 26, 2016
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テニスの全仏オープン(パリ、ローランギャロス)男子シングルス2回戦、錦織圭選手vsアンドレイ・クズネツォフ選手(ロシア)は、錦織選手が6―3、6―3、6―3でストレート勝ち、2年連続で3回戦に進出した。錦織選手のすばらしい戦いぶり。ブラボー!
May 25, 2016
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きのうの私のエージェントの海外からの一報のあと、きょうは私の担当者が電話をくれ、元気な声で私のために喜んでくれた。「ありがとう、あなたの元気な声で私も元気に頑張ることができます」と応じて、先日引渡しが完了した作品についての感想を聞き、それにつづく作品の計画を話した。担当者は若いので、「格好いいです!」と言ってくれたが、そういう若い感想は、私は率直に嬉しい。このまま制作計画を進めて行こう。
May 24, 2016
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午後6時ちょうど、海外にいる私のエージェントの社長から、嬉しいニュースがとびこんできた。ここにその内容は書けないが、とにかく記録しておこう。
May 23, 2016
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きょうは、7月のアメリカでのアートフェア(国際的な画商が取引する所属作家の見本市)のための、私の作品の主題に関するサマリーの一部分を------- 《 ここ数年、アダムとイヴの神話をモチーフにした作品を制作している。この神話は、世界の異なる文化圏の多くの人々に良く知られている。私の真の目的は、この神話によって意識形成されてきた女性蔑視思想を無効にすることである。また、「知恵の実」を食べるなというタブーを、民衆の無意識を操作する悪しき支配理論として打破する。 いま世界は大きな混乱のなかにある。それゆえあらゆる禁忌を解かれた豊かな知識と透徹した知恵が必要だ。女性解放を叫ぶ世界があると同時に、女性を無知な状態に貶めて飼いならそうという世界もあることを、私たちは認識しなければならない。本来、人間は自由であり、生命を得た喜びを謳わなければならない。私は、それが誰であろうと、苦痛に喘いでいる人を見たいとは思わない。 私の思想を絵画表現するにあたって、私は東洋文化と西洋文化の歴史的シンボルを融合させる試みをしている。 一つにはアダムとイヴ神話の「蛇」を表わすために、私は日本の能において「蛇」あるいは「蛇の性格」を象徴する能衣装の意匠を引用した。能は日本の伝統的な舞踏劇である。ヨーロピアン文化の象徴学において、「蛇」は邪悪と聖性、あるいは生命力を象徴するが、日本文化においてもまったく同じである。もしも蛇そのものを描いたとしたら、現代人にとっては滑稽だろう。それで、私はデザイン化することによって解決しようとした。 次に、私はこの主題を一種のイコンと考えるので、ギリシャ正教の聖像画に用いられている金箔技法を踏襲した。金箔技法は日本美術においては桃山文化期(1568-1600)の琳派によって確立されて以来の伝統的手法だ。琳派に対する私のリスペクトとしての表現でもある。 「アダムとイヴ」を主題とする絵は、古今東西の美術史に非常に多く存在する。しかし、私の「アダムとイヴ」は、それらとはまったく異なる思想と表現になっているはずだ。時に冗談をよそおって。山田維史 》 The past few years, I have produced works withthe motif the myth of Adam and Eve. This myth is well known to many people of different cultures of the world.My true purpose is to disable the idea of disdainwomen, that has been conscious formed bythis myth. In addition, the taboo of not eat the"fruit of wisdom", I break down as evildomination theory to manipulate unconscious. Even though no one felt the taboo in moderntimes ----.However, now the world is in among the big mess. Wisdom that it therefore was clearing the rich knowledge that has been solved all the contraindication is the need. There is a world to shout the women's liberation, and that the there is also a world that attempts to ring shepherd placed ignorant state women, we must recognize.Originally, human beings are free, it must be enshrined the joy got a life. I, it is and will beno one, do not think I want to see the peoplewho are suffering in pain.For the one that represents the "snake" of Adam and Eve myth, I have cited Japanese the design of Noh costume that symbolizes the "snake",and also unnatural power. Noh is the traditional dancing-drama of Japan. In the symbology of European culture, "snake (serpent)" is evil and holiness, or is a symbol of life force, is exactly the same in Japanese culture. Once you and I drew the snake itself If, would be ridiculous for the modern people. So, I have tried to solve by designing.Then, because I think this subject as a kind of icon, it was followed the gold leaf technique which has been used in the iconic image of the Greek Orthodox. Gold leaf technique is a traditional method of since it was established by the Rimpa of in the Japanese art Momoyama culture period (1568-1600). It is also the expression of as my respect for the Rimpa.Painting to the theme of "Adam and Eve" is there very much in art history of all ages. However, my "Adam and Eve" is, I should have become a completely different thought and expression with them. Sometimes in the guise of a joke.Tadami Yamada
May 22, 2016
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藤原定家卿の日記『明月記』、建暦二年十一月廿二日に、「近年此ノ事沙汰ナシ殆ンド廃亡スルノ間老ノ風情尤モ拙ナカルベシ之ヲナス如何」とある。 後鳥羽院から突然、歌を詠進せよとの命がくだった。しかし定家は公卿に任ぜられて以後、-----それは定家自身が渇望していたのだが-------、宮廷人として世事に多忙をきわめ、本業の歌を詠むことがおろそかになっていた。そこへ、突然、九月廿五日には順徳天皇から詠進を命ぜられ、つづいて後鳥羽院からも命ぜられたのである。 定家は困り果ててしまった。長らく歌作していなかったので、芸術的な精神が失われ拙いものしかできないのだ。 『明月記』のこの記述について、堀田善衛氏はその『定家明月記私抄 続編』に、次のように解説している。 〈職業歌人といえども、注文がなく、家事や世事にばかりかまけて、「殆ンド廃忘」をしてしまっていれば、「風情」は容易なことでは戻って来てはくれないのである。この年、詠歌総数は三十六首である。〉 定家にして、こうだ。 心しなければ、家事や世事にかまけて多忙な小生は------- 母が亡くなったとき、それまで看護のために完全に休筆していた私は、実のところ、これでようやっと作品制作の生活に戻れると思った。しかし、なかなかそうは行かなかった。私の心から、作品制作に向かわせるイメージの奔出が、消えていたのである。「殆ンド廃忘」をしてしまっていた。-------私は、空っぽの「老いた」自分を発見したのだ。 ---------たったいまも、玄関に高齢者の訪問があり、相談事の話しをしたばかりだ。そのようなことを身に引き受けつつ、克己復己の思いで作品を制作しよう-------と、毎日思っているのである。
May 21, 2016
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3日ほど休養していた。 また新作の制作にとりかかる。7月いっぱいまでの完成をめざす。が、来週末から連日の福祉のスケジュールが入っているので、日に何度もめまぐるしい気持の切替えが必要だ。
May 20, 2016
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《オバマ米大統領は15日、米ニュージャージー州にあるラトガース大学の卒業式でスピーチを行い、「政治においても実生活においても、無知は美徳ではない」と強調した。》とCNNが伝えている。 まったくそのとおりだ。この言葉は、アメリカ合衆国の状況におけるだけではなく、我が日本の現状についても言える。そして、政治の言葉をこのオバマ大統領のように、万人のなかでの一人一人の人間としての有り様、すなわち言い得るなら、「人格」を問うほどの演説をなし得る政治家は、まことに残念ながら日本にはいない。 オバマ大統領はまた、「古き良き時代はそれほど良くなかった」と言う。アメリカ合衆国の歴史を振り返り、未来へ向かうためのモチベーションとしての言葉だが、この認識にこそオバマ大統領の知性がきらめく。なぜなら、過去を否定してそれ以上の良き社会を築いてゆくことは、政治家にとって苦難の道にほかならない。政治とは、アイデアを「実現」しなければならない宿命を負っている。そのアイデアをオバマ大統領の言葉に重ねて見るとき、困難さが如何程のものか分かるだろう。したがって無能無力な政治家は、過去を否定して過去を乗り越えることができないのだ。国民文学者と讃えられている小説家が、「理想は明治維新」などと言っていたが、私から言わせれば何とつまらない。日本の小説家だからそれですんだ。政治家だったら、どうだ? 馬鹿馬鹿しい限りだろう。 オバマ大統領の言葉が、決して文学の言葉ではないことに、私は注目する。 日本の政治家は、世界中の人間がひとしくあるべき姿を思い描く高邁な理念もなく、そんなことにはまったくノンシャランスに、無知こそ政治の武器といった具合だ。そこに「無恥」が付け加わるから始末におえない。国民を騙すこと、国民の懐(税金)に汚れた手を入れること(それを容易にする抜け道のある法律を自らがつくる)、タカること。つまるところ日本の政治家は、国民を食い物にするやから、とさえ言いたくなる。日本の政治の基底に、前近代的に抜きがたく存在する「棄民思想」が、政治を志した人物の精神を、いつしか蝕んでしまうのだ。 オバマ大統領の任期は間もなく終了する。アメリカ合衆国内的には功罪が半ばするのかもしれない。他国のことには嘴を差し込まずにおこう。ただ、オバマ大統領のような言葉を言える日本の政治家が、今後、出て来るかどうかは、私は心配する。 【関連報道】CNN.co.jp : オバマ大統領、演説でトランプ氏牽制 「無知は美徳ではない」 2016.05.16 Mon posted at 10:14 JST
May 16, 2016
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東京浅草の三社祭も最終日、いよいよ初夏のおとずれである。午後2時前に、近くへ自転車で猫達の缶詰を買いに行って来た。日差しはむしろ薄曇りなのだが、帰ってきたときには汗ばんでいた。 猫達はめいめい適度な温度の場所をみつけてまどろんでいるらしく、近頃ではお腹がすくまで姿を見せない。今、リコだけが私の部屋へやってきて、机に跳びのり、このブログを書くためにキーボードを叩いている私の左手に、自分の頬と右手右足をおしつけて横になっている。 初夏の汗ばみと言えば、このところ私のおやつはアイスクリームだ。夏になったからアイスクリームを食すというのではないけれど、その頻度は格段にちがう。 亡母が寝たきり状態の在宅医療になって、次第に経口食が摂りにくくなった。肺への誤嚥も心配しなければならなかったが、口から何も飲食しないでいると、味覚が鈍くなり、やはり人間の機能は衰えて行く。いろいろ工夫したなかに、アイスクリームを一匙一匙口に入れてあげるということがあった。バニラ味にしたり、苺味にしたり、メロンや抹茶にしたり-------。全部食べてしまえるわけではない。たった二匙三匙。それでも、「おいしい?」と聞くと、「おいしい」と応えた。 母は、食事ができる間は、食事のたびに、「御飯がおいしく食べられるから、幸せ-------」と言っていた。私がつくる料理が大好きだったのだ。それが、アイスクリームだけになり、やがてまったく経口食は不可能になっていった。私はむなしさも感じないように気を強くして、口腔を清浄にしてあげ、舌苔を掻きおとしてやっていた。 ------おやつのアイスクリームを食べながら、そんなことを思い出していた。
May 15, 2016
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思いもよらなかったことで、年齢を意識した。 もう数十年遠ざかっていた朗読なので、少し練習しておこうと読み始めた。すると口角筋やら頬の筋肉やらが、固いのだ。大勢の人に聞かせるのだから、明確な発音と会場の後部までとどく声量が必要。声量は、まあ、合唱をやっているおかげで大丈夫。とくに私は普段から、もそもそ喋ることはせず、自分のメッセージが相手にはっきり届くことを、これはもう子どもの頃からの訓練で、身に付いている。 しかし、朗読となると話は別で、数十分間休みなく、よどみなく喋り、物語をはっきり聴き取ってもらい、理解してもらえなければいけない。一人練習に入ってまず気がついたのは、数十分間口のかたちを大きくきちんと保って喋りつづけると、口の周囲も頬も少し痛くなってくるのだ。 これはいけないと、「ア・イ・ウ・エ・オ」などと口を最大限に開けて言ってみたり、唇をすぼめてヒョットコのように左右に曲げたり回したり-------鏡を見るのをためらうような「運動」を繰り返すこと数十回。 ここ2日、ときどきそんなことをやっていたのだが、今朝起きがけにまだパジャマを着たままで、時代物の短編小説を声に出して読んでみた。ハハ、フフ、なかなか口がまわるようになっていた! この調子で1ヶ月ばかり毎日2回ほど練習していれば、大勢のお客さんの耳にとどくだろう。私は、どういうものか、稽古が好きなのである。年寄の冷や水なんて言わせないゾ!
May 14, 2016
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近日中にアメリカでのアートフェアのための新作を画商に引き渡すが、きょうは画商のプロモート用のレジュメを執筆。作品の主題をめぐる私の思想や表現の方法論と技法について。私が現代の世界状況をいかように見てい、どのようにドライヴしたいと考えているのか等々。 日本語で書くだけでよかったのだが、思想表現と技法が一体化した微妙な解説は、ちょっと人任せにできないと思い、ヘタな英語だが自分の言葉で翻訳も付け加えた。これなら、すべての責任は私自身にかえってくる。
May 13, 2016
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演出家・蜷川幸雄氏が亡くなられた。享年80。謹んで哀悼の意を捧げます。
May 12, 2016
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きょうは午後から、6月11日(土)に開催される地域の子どものための読み聞かせ会の打ち合わせ。私は子どものためと思っていたのだが、「子どもと大人のため」ということで、朗読者3人で分担することにした。といっても、当日、臨機応変に、それぞれが子ども用の本と、大人用の本を用意することに。 主催は地域の高齢者を見守ってくれているボランティアグループ「気にかけネットワーク」。この方達の活動には、民生委員の私はおおいに助けられている。 ついでにポスターを作ってほしいといわれて引き受け、さきほどコンピューターで作り上げた。 私は個人的には作品制作で大変忙しいのだが、いろいろなことをついつい引き受けてしまう。そのほかにも、高齢者を家から誘い出したり元気になるようなことが何かできないかというので、ひとつ提案したが、「週に一度」などと言っているので、またまた引っぱり出されそうだ。
May 11, 2016
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名古屋の大学教授・釈迦楽さんが、ブログで小説家・高橋和巳(1931-1971)に触れていられる。それで思い出した。高橋和巳氏が亡くなる3,4年前のことだが、私は高橋氏に会って話しをしている。私はまだ大学生だった。 確実な日時は忘れてしまったが、新宿紀伊国屋ホールで新潮社主催の文芸講演会があった。講演者は高橋氏と武田泰淳氏だった。最初に高橋氏が講演し、それが終わった直後に、私は氏に会いに行ったのだ。 ホールの上階になんだかだだっぴろい部屋があった。新潮社の編集者が案内してくれた先に、ローテーブルとソファがしつらえてあり、武田泰淳氏と高橋和巳氏が向かい合って坐っていらした。私は高橋氏の隣に坐るように言われた。武田氏はすぐに講演のために立って行かれた。で、武田氏の坐っていたところに編集者が坐ることになったが、そのため高橋氏と私は隣り合いながら話しをすることになった。 高橋氏は私の目にいささか暗い顔をされてい、気分もあまりすぐれないようだった。「先生は、いま、スランプなのです」と、編集者が言った。(後に、私は、高橋氏がその状態でよく見知らぬ大学生の突然の面会をうべなってくれたものだ、と思った。) 私は高橋氏の講演内容に絡めて、たしか鈴木大拙師の「億万浄土」の解説を持ち出し、すなわち極楽は億万光年の彼方と目指し、しかしそこに到達したとたんに元の自分の立っていた処だったと知る、それが「悟り」ということで、つまり悟達者は常に衆生の中に還り、衆生と共にあらなければならない--------私はこのことを、高橋氏が支援していられた左翼学生運動に絡めて、理念と実践について高橋氏の意見をもとめたのだった。当時、学生運動は「内ゲバ」などという言葉があったように過激な暴力が少なからず伴っていた。アメリカ黒人解放闘争におけるマルコムXのように、おとなしくしていては変革は起らないので暴力をもって闘うことも辞さない、という思想もあるにはあった。また、後の山谷闘争のように、「やられたら、やりかえせ」という思想の萌芽もあっただろう。私は、それではダメだ。日本人には通じないだろう、と。 私自身は、いわゆる「ノン・ポリ」だった。1年生のときにただ一度デモに参加したが、その論理の支離滅裂にいっぺんで愛想がつきていた。------しかし社会改革の方法論には関心をもちつづけていたのだった。 「あなたは、私にでなく、武田さんに質問したほうがよかったと思います。」と、高橋和巳氏は言った。武田泰淳氏は浄土宗の僧侶の息子だった。そして少し怒ったように、「あなたは、良く知っているではないですか」と言って、一層暗い顔をされた。学生の言うことに一々つきあっていたくなかったのかもしれない。 「先生はお疲れですから-----」と、編集者が言ったのをしおに、私は礼を述べて辞した。 釈迦楽さんが、高橋和巳が死んだのは39歳と書かれていたので、私はあらためて「あっ、そうか、あの時はまだ36,7歳だったのか」と思った。すると私は大学4年、22歳になるかならないかだったのだ。隣に坐り互いの顔を見合わせながら話していた、黒縁眼鏡にダークスーツの姿が、ぼんやり思い出される-------- 私の蔵書から「憂鬱なる党派」昭和40年初版
May 10, 2016
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雨が降りそうな気配に、昼前、急いで頼まれた美術講義の打ち合わせに主治医のクリニックへ行ってきた。当初6月の予定だったが、宣伝期間をもうけたいと言うので、7月末に日時を変更した。高齢聴講者のために45分おきくらいにトイレ・タイムを入れてほしいとの要望。御安い御用だ。高齢者医療に力をそそいでいるクリニックなので、そういう配慮はむしろ私も嬉しいし、おもしろくも思った。 ところで、出かける前、テレビでテニスATPワールドツアー、ムチュア・マドリード・オープンの決勝戦を観た。ノバク・ジョコビッチ選手とアンディ・マレー選手との対戦である。 手に汗握るとはこういうこと。ラストマッチの接戦、シーソーゲームは凄かった。 それにしても、「ホー!」と、マレー選手のスポーツマン精神に感心するシーンが2度あった。ジョコビッチ選手のリターンがダウン・ザ・ラインぎりぎりで、主審が確認のために高い席から降りてきた。それをマレー選手は止めたのだ。ジョコビッチ選手のボールは入っている、と。 ------私はこのマスターズ1000の各地での試合をいくつも観て来たが、こういう場合、マレー選手の立場の選手はむしろチャレンジを要求するのが普通。実際、ジョコビッチ選手のリターン・ボールは、ヴィデオ映像によると、ほんのわずかにラインに乗っていたのだから、マレー選手の態度は私の目には異例だった。 そればかりではない。2度目のことは、TV観戦者には状況の詳細はわからなかったのだが、何かでマレー選手がジョコビッチ選手をかばったのらしかった。これにも私は、「ホー!」だった。 対戦は、ジョコビッチ選手が優勝した。すばらしい試合だった。
May 9, 2016
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数日前、外装工事の職人がやってきて、我家の張出した玄関廂の壁の隅にひび割れがあるので工事をさせてくれないかと言った。突然だったので断ったが、後に見てみると、なるほど細く短いヒビができていた。これなら自分で修理できると判断し、壁用コーキング材とコーキングガンを買って来た。家人に脚立を押さえてもらいながら、しっかり充塡。ものの20分ほどで終了した。 16,7年前のこと、我家の内装工事を自分でやった。土日仕事で1年程かかった。 8畳敷きの部屋の床板を、根太に腐食防止の樹脂を塗布することから始め、その上に張った荒床も樹脂加工したり、すべての部屋の壁紙を天井ごと一体感をだすために張り替え、柱や梁の洗い出しをし、壁塗りをし、浴室のタイルを取り替えた。 その後、畳屋さんに入ってもらったり、大屋根を葺き替えてもらったりは専門職人さんにやってもらったが、いずれの職人さんも私の仕事ぶりに感嘆して、「うちの会社にきてもらいたい!」とお世辞を言った。 そんなことをしたについては、もちろん自分でやったほうが費用が格段に安上がり。たしか100万円少しですんだ。 私がまだ20代の頃、じつは知っていた年輩の美術家が、自分一人でアトリエを建設した。それを聞いたときから大掛かりな本格的なDIYに興味をもった。自分の技量の程度は承知しているので、大それた望みはもたなかったが、自宅の内装工事を手がけるまでには構造についてなど、それなりの勉強はした。 きょう、外壁の補修をしながら、あのときのことを思い出して、いやー我ながらよくやった、まだ若さが残っていたんだなーと、つくずく16,7年の歳月を思ったのだった。
May 8, 2016
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安全保障関連法に反対する10代のグループ「TーnsSOWL(ティーンズソウル)」が、6日夜に、国会前で同法の廃止と安倍政権退陣を訴えて集会を開いたと、毎日新聞が伝えている。 【関連報道】毎日新聞 安保関連法:10代のグループ、国会前で集会 2016年5月6日 21時59分(最終更新 5月6日 22時37分) 自民・公明党は、安全保障関連法は平和のための法律だと、冊子などを配布して「洗脳」につとめているが、戦争に積極的に関わって行くことを定めた法律が平和法であるはずがない。のみならず、政権が意のままに国民を操作するために、憲法96条改正論を打ち出して来ている。9条改悪以前にこれをやっておこうというところに、安倍政権の真に危険な性格が露呈している。国民をバカにしているのだ。愛国どころではない。 十代の青少年を嘘で丸め込もうとしても、そうはいくものかという「TーnsSOWL(ティーンズソウル)」の心意気に、私は声援を送る。 私はなんどでも警告する。安倍政権のやり口は、ヒトラーのナチス党のやり口とほとんどそっくりなのだ。堅固な石垣(憲法)に蟻が穴をあけて、少しずつ気付ないうちに崩して行くやりかた。つまり、大元につながる末端の法律を変えることから始め(あるいは新しくつくり)、法的手続きを踏みながら徐々に本丸に手をつけてゆく。「法的手続きを踏みながら」という点に注意しなければならない。その手続きを踏むことによって、国民の総意によるというお墨付きとなり、後戻りが非常に困難になる。新たに制定された法律には、後戻りしにくくなる仕掛けが、違反すると重罰という形でほどこされているものだ。 政権の恣意的行為(勝手な思いのままの行為)を縛っている憲法条文(日本国憲法においては96条である)を意味の無いものに変えて、既憲法を、ついに根底から破壊する。 安倍首相は、この条文改悪前の手始めとして、内閣総理大臣に任命権がある重要組織(NHK会長職等)に、安倍の意のままに動く人物を送り込んだ。かつて報道機関が骨抜きにされて、軍部の意図することだけを報道していたことを思いださなければならない。軍政とは「イエス・マン」の体制だからだ。国際調査機関によれば日本の報道の自由度は、かつての11位から安倍政権になってから72位まで転落している。日本のジャーナリズムは政権が加える重圧に耐えられるか。 安全保障をうたって戦争に積極参加する国家はどうなるか。軍事的政権の目的は、平和維持という画餅を掲げて、実は軍国の維持が究極の理念にならざるを得ないのだ。つまり、民意を主体とするクーデタが起らない限り、軍事から身を引くこと(政権移譲)は絶対に無い。政権維持が困難になった軍事的政府は必ず国民に兵器を向ける。国民を殺傷することを厭わない。軍を掌握している政権の本正が、国民に牙を向くのだ。世界中の歴史が証明していることである。 日本国憲法が「平和憲法」と言われ、国際的にもそれが承認されてきたことは、ダテではない。日本は現在、安倍政権が、近代以降ほとんどの世界がたどりついた人智としての民主的立憲主義を棄却しようとしている。日本は野蛮国へ転落しようとしているのだ。
May 6, 2016
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5月は民生・児童委員のPR月間。来年は民生委員制度100周年・児童委員制度70周年にあたる。これを前にして、来る5月15日、東京都では新宿において民生・児童委員3、000人によるパレードがおこなわれる。一人で悩んでいる地域住民に届くよう、言葉にならないSOSを発する子どもたちに地域住民が気付き私たち民生・児童委員につないでもらえるようにという思いからである。 日野市では活動PRパネル展が開催される。9日~12日まで市役所1階ホールにて、13日~14日まで多摩平イオンモールにて。 きょうはその準備。午後1時半から4時まで、市役所でパネル展の設置をしてきた。
May 6, 2016
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いくつもの異なった仕事のスケジュールの合間に、約束した地域の子どものための読み聞かせ用の本の下調べに、新宿の紀伊国屋書店に出かけた。我家の2棟の物置は、書庫代わりしていて、私が子ども時代に読んだ世界児童文学全集も残っているのだが、それを取り出すのも面倒だし、なにより昔の本だ、ことばが現代の子どもにはむずかしい。それで新しく買い求めようと思っているのだが、その前に下調べをというわけだ。 膨大な数の児童書の棚をひととおり見てから、これはと思うものを手に取って目を通して行った。 私が読み聞かせることによって伝えたいことがある。それに見合う本をさがす。絵本ならば絵を、作者の意図を、ことばを、ことばのリズムを。物語ならば、その落しどころを。そして終わりの余韻、-----つまり、作者が書いていない未来を。場合によっては小声で口に出して読んでみたりして。 なかなか、帯に短し、たすきに長しですなー! やはり気になったのはことばの使い方だ。たった一言、別なことばに換えれば、一層伝わり易くなるのにと、残念なものも。 そしてもうひとつ気になったのは、児童書が高価だということ。 絵本がだいたい1,200円から1,800円もする。私は小学校1年生のときに、クラスに備え付けの学級文庫を50冊くらい読んだ。それを上の数字で単純計算すると6万から9万円だ。平均してもおそらくそれより安くならない。年間費用としても、一人の子どもに家庭でこれだけの本代をまかなうのは大変だ。これでは子どもに本を読むなと言っているようなものだろう。 私も本を作っていた人間だから、絵本の制作費が安くないことは承知している。それは出版社の経済問題。商売するなとは言えない。しかし、だ。良質な児童書は、一般書籍よりも絶版率が少なく、出版社の財産価値は数十年にわたって蓄積しているはず。今のご両親が子どものころに読んだ絵本が、いまだにそのまま販売されていることに気づいていられるにちがいない。ということは、出版社は初期コストの回収はすでにすんでいる。まあ、改版のたびにコストはかかるけれども、問題は、そこからだろうな。そして、さらにその先に、もっと大きな人間形成にかかわる問題がひかえているような気がするが、いかがであろう。
May 3, 2016
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前回のブログ日記で、ミセス・バッハ(アンナ・マグダレーナ・バッハ)のTVドキュメンタリーをめぐって、雑駁ながら即座に賛成しかねる私見を述べた。私見の根拠としたのは、優れた作曲家にそなわった個性であるところの「曲想」である。 作曲家が日常的に「音」をどう感受しているか、-----この世界はさまざまな音に満ちているが、その雑多な音から選びとっているにせよ、また自身の内部からわき起こる夢のような音をとらえているにせよ、音楽原理によって配列されるとき、それはおそらく作曲家自身の退っ引きならない何事かと固く結びついている。いや、結びついているのではあるまいか。 私は歯切れ悪く半疑問形で言うけれど、たとえば、私は現代音楽の先鋭的な作品を発表しつづけている新実徳英氏と私的なおつきあいをしてすでに30年以上になる。が、いまだに彼がどこからどのように音をとらえて来て音楽作品にしているのか分からない。現代音楽の作曲家の常として、音楽理論に対する問題提起があり、且つ社会に対する様々な問いかけを内包している。しかしながらそれだけではない。一人のやわらかな魂をもった人間としての感性を綯い交ぜにしながら、作品という太い縄を綯ってゆく-------私は作曲家・新実徳英の作品をそのように聞いて来た。そしてそれらの作品は、どこかで不意に耳に聞えたとしても、私には彼の曲だと判別できるだろう。彼だけの、------彼だけにしか創れない「曲想」が、署名のようにあるからだ。 画家も、同じである。それを「画風」と言ってもよいが、じつは見かけの形象よりもっと画家個人の、やはり退っ引きならない何事かと深くむすびついていて、ほとんど取り替えがきかないものだ。行き着くところまで行き着いて発露しているのである。たんなる工夫ではない。思いつきではない。 たとえばピカソはその長い生涯に、何度も画風が変わったと言われる。はたしてそうだろうか。いま私たちはインターネットによって膨大な画像の収集を見ることができる。高度な芸術作品からまったくの児戯に等しいものまで、区別も差別もなく羅列されている。それ自体はかつて経験することがなかった素晴らしいことだ。しかし、モニターの一つの画面に並ぶ何千何万という画像のなかから、美術的慧眼の人は、比較的容易にピカソの作品を------それがしばしばピカソの代名詞のように言われるイタズラ描きのような絵でなくても------指摘できるであろう。ということは、ピカソ「のように」描いたものは排除しているということだが。 なぜ私たちはエピゴーネン(模倣者)の作品をおのずと排除できるのだろう。 もちろんそのような慧眼を備えるためには、美的感受性のみならず学識や実物を数多く見る、という研鑚が必要ではある。TV番組の『なんでも鑑定団』ではないが、「目きき」とは、そういうことだ。 画家の側からは、「画風」(再度,一般的な見かけの形象とは違う、と強調しておくが)とは、自己の存在証明にほかならない。自己の存在証明が取り替えのできないことは言うまでもなかろう。 バッハの後妻となるまでアンナ・マグダレーナはすぐれた宮廷歌手だった。バッハの弟子としてピアノ演奏を習っていた。バッハは彼女の練習用の曲をたくさん作曲している。さらに、彼女は、バッハの写譜者であった。バッハの作曲した曲を出版のために清書していたのだ。 TVドキュメンタリーが扱った新説は、そもそもアンナ・マグダレーナがバッハの曲を清書していたその筆跡に端を発していた。バッハの自筆譜が残っていず(発見されていず)、彼女の筆跡の楽譜のみであり、しかも出版年度によって数小節の欠落(逆にいえば補筆)があるのである。 新説は、このアンナの筆跡の「補筆」をバッハの指示による補筆と考えず、元来がすべて彼女の作曲であり、バッハの作品ではない、という主旨だ。 私の疑問は、この新説を提起するにいたった推理と探索の過程には、バッハの全曲を通徹するバッハにだけ可能であったバッハ音楽の「曲想」についての考察が無い、ということだ。それは感覚の問題、人によってことなる千差万別の感受性の問題だと、脇によせてしまうことはできないのではあるまいか。 アンナ・マグダレーナが作曲したことが明白な作品を発掘して、バッハの「曲想」とアンナの「曲想」が、まるで一心同体のようにそっくりだったと、芸術的には驚くべき発見でもない限り、私はそうたやすくこのたびの新説に納得はしない。
May 1, 2016
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