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きょうはほぼ一日中仕事場に籠り制作。 技法上の最初のいわば基礎工事。この工事は、綿密な計算をしてしっかりやっておかなければ、後に修正をすることができず、完成イメージに多大な影響が生じる。つまり作品の出来が成功するも失敗するも、この基礎工事に懸かっている。 イメージを左右するこのような工事がもう一カ所ある。それは制作過程が3分の1ほど進んだ時点でとりかかることになるが、過日、外出して何軒かの店をまわって品質と価格を調査しておいた材料を使うつもりだ。あの日からずっと、頭の中で完成イメージを描きながら、------と言うより、まるで紙芝居のように幾つものイメージの「状態」を差し替えてみながら------材料を使う段取りをシミュレーションしている。 この状態を人に説明するのは難しいが、綿密な計算をしながらも固めてしまわないで、ぼんやり、ゆるゆる、柔軟な思考で、イメージに厚みと「美」が顕われるのを待っているのである。その「美」は、技法・技術・画材の物質美の十全な発露なくしては実現されないのだ。 要らざる事をこうして敢えて書くというのも、実は、自分の行為(制作過程)を心身にたたきこんで、なんと言うか、のっぴきならない先行きに追い込んでいるのである。(ハハハハ!)
Mar 31, 2016
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昨夜、なんだか少し気分がすぐれず、こんなことは経験がなく、居間のチェアに沈み込むように坐った。「働き過ぎじゃないの?」と家人が言った。「そんなこともないが-----」と生返事をして、しかし休んでもいられず、夕食後に仕事場にもどって作品の下書きをキャンヴァスに写し取った。それが終わってから寝室に入り、読みかけの本を1章だけ読んだ。 一晩眠ると活力は回復していた。午前中は昨夜の下書きに手を加えた。 午後、市から依頼された高齢者を訪問した。看護をされているご家族のお話しも30分ばかりお聞きした。大変な苦労をしながら毎日の看護をされているわけで、たまった胸の思いを吐き出されるのを、私は私自身を無にして受け止めながら、新たな活力が生まれるように心の支えになってあげられれば------と思う。ヘンな言い方になるが、私はいつも、耳を傾けながら「気」をおくっているのである。 帰宅してコーヒーを淹れて一休み。市への報告書を書いてから、再び制作の現場に。------実のところ、この切替えがなかなか大変だ。次元の違う世界へ一気に集中するのだから-------
Mar 30, 2016
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2016年3月29日、集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法が施行された。自衛隊の海外における武力行使や、米軍など他国軍への後方支援を可能とし、戦後日本が維持してきた「専守防衛」の政策が大きく転換されたことになる。 のみならず安全保障関連法成立過程には、重大な憲法違反の疑義がある。それゆえ権力の番人である憲法をなし崩しにする現政府は、最も危険な政府であると認識しなければならない。すべからく日本国民は、今日この日を、日本国の立憲主義に綻びが生じた日として、永く痛烈に記憶しなければならない。日本国民は日本政府を信用する根拠を失ったということだ。 日本国はこの70年間、ただの一度も他国民を殺しはしなかった。それは世界のすべての国家に対して虚勢ではない真の誇り・全人類に対して誇りであった。 この70年間、世界はいたるところで戦火にまみれていたのだから、平和主義を維持することは決して容易なことではなかったのだ。実は民主主義国家にとってさへ最も難しいことを、平和主義を基調とする日本国憲法をよりどころとして、我国の平和のためだけではなく、いわば全人類の平和維持のために、心ある・勇気ある日本国民は営々と築いてきたのである。 全国民とは言うまい。エセ愛国者(実は暴力的狂気に精神を蝕まれた権勢拝跪者たちと、戦争利得の甘い蜜を嗅ぎ付けている者たちなのだが【後註】)は、その平和主義憲法に基づく言動を「平和ボケ」と口汚くののしりつづけてきた。しかし、言葉を返すなら、まさに「平和ボケに発する戦争暴力に飢えた危機意識」にとらわれた戦後もっとも愚かで陋劣な首相の内閣と国会議員たちの、絵に描いたような空疎な理念(たとえば、後方支援だから安全だ、などと言う兵器発達史に対する時代錯誤の感覚!)によって、日本国は今、殺人国家としての扉を開いた。いかなる戦争も殺人行為。それ以外ではありえない。自国民を殺し他国民を殺し、憎悪の永久運動機関の出発である。そして、たぶんすぐにも、日本の核兵器保有の是非を問うというかたちで、核保有推進論が出てくるだろう。 2016年3月29日、白地に赤く日の丸は血に染まる始まりである。 【註】 人生の意義を見失い自己の無力に気付いたものの、それを自認できない精神の空虚を埋めるために、往々にして排他的愛国主義が利用される。同時にその空虚な精神は暴力を呼び込む。排他的愛国主義と暴力的精神は常に寄り添うのだ。
Mar 29, 2016
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今朝まだ夜が明けきらないうちに猫のサチに起こされ、仕方がないのでそのまま床を離れ、家の大掃除をした。 梅雨入り前にやっている大掃除にしては少し早いが、今年はちょうどその時季、七月半ばのアメリカでのアートフェアのための作品制作がたぶん最終段階のはず。いや、最終段階になっていなければならないのだから、家の大掃除どころではない。まあ、サチに起こされてちょうど良かったのだ。朝食を挟んで昼までやった。 午後、民生委員としての仕事で外出。 在宅医療で寝たきり状態の大変高齢な方を訪問。もう2年以上つづいている訪問である。ベッドから出ている手をそっと握って、「こんにちは、ヤマダが来ましたよ」と挨拶すると、にっこり笑った。「きょうはとってもご機嫌がよろしいですね」と言うと、低く小さな声ながら「ははは」とお笑いになった。とてもすばらしい反応で、嬉しくなる。「声を出して笑いました!」と、看護をされているお家の方が、つぶやくように言った。お家の方のお顔も微笑んだ。
Mar 28, 2016
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自転車で買い物に出たら、途中で行き会った人に呼び止められ、私が作った「九条りんご」のポスターをインターネットからダウンロードさせてもらいました、と言われた。「どうぞ、どうぞ、お使いください」と応えて、急いでいたのだがしばらく立ち話をした。 毎日新聞が、東京・渋谷での高校生300人による安保法反対デモを報じている。 【毎日新聞】安保法反対 高校生ら300人デモ…東京・渋谷 2016年3月27日 20時11分 29日に安保法が施行されるのを前にして、彼らの気骨ある行動に私は拍手をもって応援する。 戦争に狩り出されるのは彼ら若者だ。もしも国土が戦火によって荒廃したなら、立て直すのも彼ら若い力で、彼らを戦場に送っておいて高いびきをかく老いた安倍やその一党ではない。現代のハイパー・テクニック戦争は、日本にとって、かつての大東亜戦争(太平洋戦争)のような「勝って来るぞと勇ましく」出て行く、「外地」における戦闘でありえないことは明白である。日本国が戦場になるのであり、あらゆる物的資源を輸入に頼っている現代日本国は、経済封鎖されれば、-----封鎖されないもでも、大東亜戦争時のように輸送路を断たれれば、生きて行くすべはない。連盟国が助けてくれるなどと甘えていられないことは、米国のトランプ氏のアジア政策をめぐる言論で分かるだろう。日本国は外交技術を磨きに磨き、そして頭脳と文化で世界に貢献して行く以外に道はないのだ。
Mar 27, 2016
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TVで朝のニュースを見ると、北海道新幹線開業の日、各局ともに現地レポーターがにぎにぎしく停車駅の様子などを伝えていた。敷設決定から43年、青函トンネル開鑿に25年を要した。 私の亡父亡母の故郷は北海道である。本籍は現在も同地にある。末弟だけは結婚を機に本籍地を変更したが、私は、諸事面倒なこともあるが、父祖伝来の地にそのままにしている。そんなわけで親戚もたくさん北海道に在住する。が、各家代替わりするたびに疎遠になり、私はおそらく今後その人達を訪ねることはないだろう。 新幹線が開業し、東京ー函館間が4時間余で往来出来る。函館から札幌までは在来線なので、さらに時間がプラスされる。けれども、私が高校・大学生時代に会津若松から、あるいは東京から父母の許へ帰省していた頃にくらべると、まことに隔日の感がする。 -----冬は北海の鉛色の荒々しい海を車窓にながめ、あの3.11の恐ろしい光景を現出した東北の海が、同じ春に通れば「ひねもすのたりのたりかな」のおだやかさだったことを思い出す。長い汽車旅に、まだ少年気の抜けきらなかった私は、一抹の寂しさを胸にかかえて車窓に頭をもたせかけて、荒々しさと暢気さがたゆたう風景の入れ替わりを、ぼんやり見つめていたものだ。 思い出す。もうとっくに無くなってしまった青函連絡船(1908年ー1988年)。「十和田丸」や「羊蹄丸」や「摩周丸」という船名を。-----いつだったか、学生の分際で両親が寝台個室を予約してくれたが、世話をしてくれたキャビン・アテンダントの年輩の船員が、着港の知らせに部屋にやってきて、「山田さん、お気をつけて御出かけ下さい」と言った。北海道訛か青森訛か、そのやわらかなイントネーション。それはまぎれもない旅で感じる情緒であった。 新幹線は、たぶんそんな私の思い出を振り払うように快スピードで走り抜けてゆくのだろう。 さて、話題を変えて------- アメリカとキューバとが昨年国交を回復し、先日オバマ大統領夫妻がキューバを訪問した。そして、朝日新聞デジタルが伝えるところによると、25日、英国のロックバンド、ローリング・ストーンズが、キューバで初めてとなるロックコンサートをハバナで行ったという。入場無料の野外コンサートに推計40万人の観客がつめかけ、熱狂したようだ。 すばらしいことだ。文化交流が人々の意識を根底から変えてゆくのは、おそらく確実だ。 今、日本は、愚かな政治理念が日本文化の元来の融通無碍な「美点」を非常に狭苦しい・息苦しい環境に閉じ込めつつある。 愚かで無能な政治家は、難しいことはやらずに短絡的に浅薄な考えを居丈高に強制するものだ。長い目でみれば誰のためにもならないこと・国民のためにはただ杞憂すべきことにすぎないことを、保身のために、私欲のために、自身の無知無能を隠蔽するために行う。高市や馳は言わずもがな、閣僚をはじめ、国会議員や地方議員、そして行政関係や司法関係に従事にする者、あるいは教育関係者が、毎日の報道をにぎわすほど陋劣な国はあるだろうか。ほかにあったとして、それらと同列であることに平然として良いものではあるまい。 ドイツのある知識人が慚愧の念をもって言っている。「ヒットラーとナチスの台頭を許したのは、国民がこぞって怠惰だったからだ!」と。 某国の軍事的独裁体制は、過去の日本の姿。そしてあるいは近い将来の日本の姿かもしれない。「断じて違う」と言い切れないところに、現実の病巣が透けて見える。
Mar 26, 2016
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作品の参考にするため、私自身の手を表情を変えながら家人に写真撮影してもらう。これは新しい作品制作のたびにやることで、作品の女性の手も実は最初に私自身の武骨な手で表情をつくって何枚も撮影し、デッサンで女性の手に描き直しているのである。 午後1時30分から4時まで民生委員月例会議。その後、別件で民生委員としての仕事。5時30分帰宅。木蓮が咲いていた。我家の小庭の木瓜(ぼけ)が開花した。
Mar 25, 2016
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夕方から合唱練習。先日の二つの本番ステージ出演後、最初の練習日である。 新曲の楽譜を渡された。われわれ人生を重ねた者にしか歌えない詞・曲の解釈を厳命される。 われわれを指導する先生のこのような音楽作りが、私が個人的にもっとも望むところだ。所詮素人に過ぎないのだけれど、私にとって「趣味の芸事」は願い下げだから。そんなことに無駄遣いしている時間が私にはない。忙しいにもかかわらず私が合唱団を辞めることに躊躇するのは、先生の音楽作りを信頼しているからにほかならない。
Mar 24, 2016
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今朝、時間に追われるように猫達に缶詰の御飯をやり、空き缶を洗っているとき、迂闊にも缶の蓋で右薬指の第一関節と第二関節の間の横腹をザックリ切ってしまった。 すぐに傷絆創膏で幾重にも巻いた。が、指の出血というのは傷の見かけ以上に大量の血が流れ出るもので、絆創膏はたちまち血染め。右手の指先はことごとく真っ赤になってしまった。元来、傷に強い質なので、すぐに止血するだろうと思ったが、手を洗い、絆創膏を剥がして消毒薬をざぶざぶかけ、もういちど絆創膏を撒き直した。2時間後くらいに三度目の絆創膏交換のため汚れた絆創膏を剥がしてみると、傷口はもののみごとにパックリ開いていたが、案の定、すでに凝血して止まっていた。 痛みはない。仕事にさしつかえるほどでもない。しかし、こんなケガは何十年ぶりだろう。 絆創膏を三重に巻いて、午後は五時まで作品の下図作り。実寸でやり、キャンヴァスに貼って、新たな要素を付け加えるなどして今日の仕事を終了。かつて発表したことがないような作品になりそうだ。
Mar 23, 2016
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今日はほとんど仕事場に閉じこもって作品の構想。ああでもない、こうでもない、と。 現在の構想を、-----他人には奇妙に聞えるかもしれないが------私自身の何にむかって「GO!」と言えばよいのか分からない。イメージ(画像)を私が生ききれるかどうかということだ。 ------今週いっぱい考えつづけよう-------
Mar 22, 2016
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猫のマリの墓参り。三回忌の今日が命日。きのうは人間(両親と先祖たち)の、きょうは猫の供養である。 動物寺の慰霊碑は何千という供花の花束に埋もれ、読経の声と絶える事無い香煙。私も色とりどりの花を供え、香を焚き、「マリ、たくさんのお友達がいるね!」と、声に出しこそしないが話しかけた。「マスクも、リコも、サチも、フクも、みんな元気にしているよ」と。 我家の3月は、不思議な事に、父母も共に3月に逝き、死と生成の春なのである。
Mar 21, 2016
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今日は春の彼岸の墓参。昼前に家を出たのだが、帰宅したのは4時。墓苑の駐車場がなかなかの混雑で、スペースが空くまで30分ばかり待たなければならなかった。幸い好天にめぐまれ、道中は花盛りだ。桜、花桃、辛夷、山茶花、椿、さんしゅゆ、木瓜、連翹、つつじ、とさみずき------。川辺から白鷺が舞いたって-----。 駐車スペースが空くまで、のろのろ運転で車窓から墓地をながめていたのだが、墓石に刻まれたそれぞれの建立者の念いがうかがえてなかなか面白い。死者への想いなのか、建立者の人生観なのか。あるいは生者であるがゆえのロマンティシズムなのか-----。「日日新(ひびあらた)」と刻んだのがあった。「想」というのがあった。なぜかビル街の風景を刻んだ墓石もあった。-----そういえば作家・谷崎潤一郎の墓は「寂」の一字、映画作家・小津安二郎の墓は「無」と刻んでいる。 帰宅した途端に訪問客があり、「たったいま、墓参から帰ったばかりです」と言うと、客はなぜかじっと私の顔を見て、「ご両親のお墓ですか?」と言った。そうだと応えると、「そうですか」と-----。 ハハハ、私が墓参りするような人間に思えなかったのかな? 私は合理的主義のドライな人間だからなー。 亡父は剣で仕えた武士の家系、亡母は代々続いた僧侶の家系。私の心身には相反する血が流れ、いつも鬩ぎあっている-----
Mar 20, 2016
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一昨日買った2冊の本のうち1冊を読了。午後から新作キャンヴァスの下地作りに着手。
Mar 19, 2016
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午前中、近所の中学校の卒業式に出席。 毎年感じることながら、入学した当時はまだ幼さがあったのに、三年後の卒業時にはもう立派な青年の面影を宿している。ご両親はどんなにか頼もしく感じていられるだろう。 式典に臨んでいろいろ考えさせられることはあり、それはおそらくこの中学校のみならず全国の中学教育の在り方に言えるのではないかと推測するが、まあ、ここには書かないでおこう。私が知りたかったのは、「個」を伸ばし、尊重する教育体制のことだ。 在校生の送る言葉も、卒業生の言葉も、祝辞も、一様に紋切り型で、三者三様とは言いがたかった。まるで既製のマニュアルがあって、それを引き写してすませたような------。私なら年間学校行事表を見せてもらうだけで、同じ文章をデッチ上げてしまえるだろう。毎年まったく同じ言葉を聞いて来た。自分の体験したことから自分だけが観察し発見し自己啓発につながるような言葉は、残念ながら一言も聞けなかった。 この紋切り型の言葉を言うために(言わせるために)、なんという時間の無駄、人生の無駄遣いをしているのだろう。彼らはいつ、どこで、自分の伝えるべき自分自身の言葉を表現するようになるのだろう。 教師たちはおそらくまったく気づいていないにちがいない。そのことに私は足許が冷えてくる想いがしたのだ。 そしてこのことも書いておこう。 卒業証書が一人一人に授与されるとき、壇上にのぼって名前を呼ばれ、「はい」と応える。私は一人の少年の声にハッとさせられたのである。 彼の「はい」という声は、決して大きくはなかったが、まっすぐに私の耳を撃ったのだ。それは、なんと言えば良いだろう------明瞭で、雑味がない特別な声だった。 たとえば歌謡曲の歌手は声に雑味がある方が良いと私は思う。というのは、それが歌を伝える表現になるからだ。味わい、である。 が、私がハッとした少年の声は、そういう意味の雑味ではないが、雑味が無かったのだ。真っすぐピーンと張りつめて飛んでゆく声、と言ったら良いだろうか。今年度の卒業生はちょうど100名。全卒業生100分の1のその声に、私は驚いたのである。特別な声帯かもしれない、と。 ------この特別な声に、誰か他に気がついただろうか。教師たちは気がついていただろうか。 ------彼が将来どのような道に進もうと夢を抱いているか、私は知らない。彼の声が、音楽に通用するのかどうかも、私には分からない。しかし、たしかに100分の1の声ではあったのだ。それは、まちがいなく「個性」である。 私は、こういう個性を、教師たちが発見できたのかどうか、学校がそのような場であったのかどうか、それが一抹の不安とともに気がかりなのであった。 私は、私の個性を発見し、それとなく引き出してくださった、小学校一年時の担任教師、樋口カエ子先生のことを思い出していた。先生、ありがとうございました、と。
Mar 18, 2016
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今度の日曜日は寒の戻りがあるかもしれないとTVの気象情報が伝えているが、きょうは街に出ると汗ばむような陽気だった。 新作の腹案の新しい技法の解決のために、例によって頭の中で段取りをシミュレーションしながら、考えついた材料を調査するために外出した。本業以外の仕事が次々スケジュールに組まれていて、制作に関する事はすぐに行動に移して準備しておかなければならない。 材料調査は、数件の店をめぐって、価格等の一応のところを心づもりした。 その後、本屋に寄って2冊購入。 帰宅するために街を歩いていると、メイン・ストリートに面した高層住宅のエントランスと歩道との境で、台車に仰向けに寝転んだ老人とその夫人らしいお婆さん、それから壮年の男性が何やら話している前を通り過ぎた。これからデイサービスにでも行くために迎えを待っているのだろうと思った。 しかし、ちょっと気にかかって振向いた。すると、壮年の男性が老人を起き上がらせようとしている。 私は後戻りして、「どういたしました? 何かお手伝いしましょうか?」と尋ねた。 話を聞くと、老人は夫人と一緒に台車を歩行器代わりにして歩道に出ようとして、つんのめってガラスに手を突っ込んで転んだ、というのだ。 私は骨折していはしまいかと思いながら、「痛むところはありませんか? 救急車を呼びましょうか?」と訊いたが、大丈夫だという。骨折はしていないまでも(左足が足首のところで上下に動いていた)、頭を打っていないとも限らない。ろれつは回り、私の問いかけに返答する。ガラスに突っ込んだ右手(ガラスは割れたという)を調べたが、傷はなかった。 するとこれもたまたま通りがかったパトロールカーから二人の警察官が降りて来た。病院に行かなくても大丈夫かなどとやりとりして、ともかく私ともども三人で仰向けのまま抱えて、自宅のベッドまで運んだのだった。壮年の男性は割れたガラスを片付けに行った。 私は民生委員を名乗り、たまたま通りかかったことを告げて立去ったのだが、ほとんどの高齢者は転んでも大抵「大丈夫」と言う。しかし、場合によっては尾てい骨や、骨盤と脚との付け根すなわち転子部が骨折していることが少なくない。当初は、本人は意外に気がつかないのだ。外見はなんともなくてもやはり精密検査をした方が良いのだが、今日の老人のように私や警察官の勧めを本人のみならず家族も固辞すると、強いて病院に運ぶ事はできない。「気分が悪くなったら躊躇わずにすぐ救急車を呼んでください」と、警察官も念押しする以外はなかった。 それにしても、車の往来の激しいところで転ばなくて、せめてもの幸いだったろう。
Mar 17, 2016
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居間のTVがつけっぱなしになっていて、普段見たことがないマツコ・デラックスさんの番組が映しだされていた。私はコーヒーを飲もうかと自分のチェアに腰をおろしたのだが、番組はちょうど純喫茶めぐりのようなことをやっていた。 純喫茶という言葉は、私のような年輩には青年時代の懐かしい響きがする。しかし今やその数は減少しつつあるのだとか。その理由を解説しなかったけれども、おいしいコーヒーを出す純喫茶をマニアックに探訪するという二人、石井正則さんとOLだという難波さんが、マツコさんに紹介するという主旨。ただし今日はコーヒーよりも純喫茶のサイドメニューというべきか、トーストとかスパゲティのような軽食、あるいはスイーツを紹介し、マツコさんに実際に食べてもらうというもの。 と、じつはこれは私の前置きで、これを書いてみたくなったのは、最後に紹介された喫茶店にびっくりしたからだ。 西荻窪の「それいゆ」がその店。えっ!まだ存在していたのか!と。 今から45年以上前、学生時代の私はその喫茶店からほんの30mばかりのところに住んでいた。私が行きつけの「それいゆ」は二人の美人姉妹がやっていて、西荻窪の名店レストラン・洋菓子店「こけしや」の裏手にあった。小さな喫茶店だった。 番組で紹介された「それいゆ」を、私は店名が同じだけだと思った。しかも若い男性スタッフを含めて11人、昔は従業員などいなかったので、ずっと規模が大きい。が、あの姉妹が登場して、まさに45年前のあの喫茶店だと驚いたのである。姉妹は、私同様に、年齢を重ねられていたけれど----- 場所が昔と同じかどうかまでは分からなかった。西荻窪駅周辺は昔とは随分様変わりしたようだから。 私はこの45年間、一度も訪ねたことがなかったので、番組を観ながらタイムスリップというより地滑りして昔の住居に戻されたような感じがしたのだった。 ちなみに、石井正則さんと難波さんが推奨する「それいゆ」の サイドメニューは、パンプキン・パイだそうである。 ついでに思い出した。 当時、私が行きつけの喫茶店(ここは番組に倣って純喫茶と言おう)に、荻窪の「邪宗門」がある。普通の民家のような建物の中の左脇の狭い階段をのぼった二階にあった。そのころは、気が利いた喫茶店ではサービスにマッチをくれたものだが、「邪宗門」のマッチ箱のデザインは、表裏に木版刷りのような古拙なトランプが印刷されていた。たしか入口の鴨居の上に、さまざまなデザインのマッチ箱のコレクションが、ずらりと並べられていたのを憶えている。 「邪宗門」は、------今はもうないだろうなー。【後記】荻窪の「邪宗門」は、ありました。一昨年(2017年)、杉並公会堂での合唱コンサート出演のため荻窪に行った。駅周辺は45年前の面影はさらさら残ってはいなかったが、なんと「邪宗門」は昔の場所に! 一階部分正面は様変わりしていたが、昔通りその二階に存在していた。びっくり! おいしいコーヒー(ここは「珈琲」と書きたいところ)が、今も客を引きつけているのだ。
Mar 15, 2016
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偶然に見つけたのだが、30年前の1986年にポーランドのワルシャワで発行されたらしい『Miesiecznik Fantastyka (月刊ファンタジー)』という雑誌に私の1983年の作品『卵採り人』が無断掲載されていた。 いくら作者名を記載しようとも商業出版物への無断掲載はまったく困りものだが、広い世界だ、監視が行き届きはしない。甘んじて黙認している場合もあるが、最も不快なのは色彩再現の精度が低いことだ。作者がどれほど色彩に心血を注いでいるか考えてくれよと言いたくなる。 私は、イラストレーターとして受注した作品は、オフセット刷版に乗り易く、且つ印刷インクを調合しやすいように原画の彩色を心がけている。一方、オリジナル油彩画の絵描きとしては、写真フィルムやデジタル写真、およびコンピューター・スキャニングが不可能なような、すなわち原画を肉眼で見ることによってしか捉えられないような彩色やマチエール(画肌)をつくっている。私の油彩画の組成構造が複雑だと言うのは、表面しか捉えることができない電子機器に暗黙の挑戦状をつきつけているからで、いかなる作者の油彩画であろうとコンピューター・グラフィック(CG)とは根本的にことなる「触覚」が視覚とともに存在しているのである。 そんなわけだから、たまたま見つけた無断掲載された作品の印刷の色調に呆然、購読者に対してはまことに忸怩たる思いがしたのだ。 掲載誌表紙 日本特集なのだろうか? 下の絵が私の作品『卵採り人』 山田維史『卵採り人』油彩 1983年作 専門スタジオで撮影したフィルムをスキャンしたが、 このブログ画面に原画の色調を再現することは難しい。 それでも上掲の雑誌の色調よりはマシだ。 原画では、中央の逆三角形のいわば水中部分は、いくつか の青系の透明絵具を薄く何度も重ね塗りして濃紺に近い色 調にしている。したがってその濃い青の奥底には岩肌がか すかに透けて見える。青のなかに遠近があるのである。
Mar 14, 2016
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昨夜来の雨が終日降りつづいている。春雨とも思えない冷たい雨。最高気温7℃、最低が4℃である。 海外展のための新作について考えている。なかなかまとまらない。ニューヨークと釜山はいいとして、7月のアメリカは横長の作品を画廊が望んでいる。それに応えるために腹案を習作する時間があるかどうか-----。私の油彩画は組成構造が複雑で時間を必要とするので、いつも時間との闘いだ。
Mar 14, 2016
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きょうは日野市社会福祉協議会主催の「福祉のつどい」で合唱を披露。平成27年度に福祉に多大な尽力をされた個人、団体、学校、企業を顕彰する式典である。 私たち日野市民生委員・児童委員合唱団「かしの木」は、先日の文京シビックホールにおけるチャリティーコンサートで、大方の好評を得たようで、きょうもお客さんに楽しんでいただけたのではないかと一同自負している。 私としては、個人的にあまりにも多忙なので、今日のステージを最後に引退しようかと思っていたのだが ----- 合唱団発足以来、私は一度も休まず出席してきたが ----- 民生委員・児童委員の1期が終了する11月末日まではつづけ、その後のことはまた考えることにする。 私にはとてもよい健康法でもあった。それに、当初、合唱の「質」が趣味の歌の会程度のことならすぐにも止めようと思っていたけれど、20ヶ月の練習(ということは20回の練習ということでもあるが)をするうちに、かなりの「質」になって来ていて、ちょっとのめり込むふうではあったのだ。
Mar 12, 2016
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核兵器廃絶をめざす世界的な運動母体グローバル・ゼロのディレクターから私に宛てられたメールを紹介します。日本語翻訳の責任は私、山田維史にあります。--------------------------------- 親愛なるタダミ、 34年前、100万人がニューヨーク市において、核軍拡競争に終了を呼びかけて行進しました。当時、それは、米国史上最大の公衆の抗議行動でしたし、反核運動の成長力を反映していました。しかし冷戦が終わると、核兵器に関する国民の不安も終わってしまいました。抗議運動は世界中のほとんどの地域で蒸発してしまいました。---- 核の大惨事の危険性がこれまで以上に高くなっているにもかかわらずです。 私たちは公衆の自己満足を粉砕し、人々を行動に向ける必要があります。そして、私たちは、芸術はまさにそれを行うことができるハンマー(金槌)だと思います。 私は、クリエイティブ・アクション・ネットワークと提携して、私たちの新しいクラウドソースで#DemandZeroキャンペーンを発表することに興奮しています。それは核兵器廃絶の戦いにおいて、新しい世代の芸術家に参加してもらうことをを目的とするものです。 世界中のアーティストから私たちが受け取った驚くような新しいデザインをご覧下さい。そして、あなたが最も共鳴している作品を教えて下さい。 黴臭い型を打破する時です。何十年もの間、ピースサインやヒマワリは、核兵器反対のブランドでした。しかし2016年、これらの画像は、必ずしも豊かな響きを奏ではしません。それらは過ぎ去った時代の象徴です。そしてそれらは、核兵器廃絶は現実的ではないという感覚 --- 私たちが60年代の非現実的な夢を追いかけているという感覚 --- 真実からかけ離れたことをするのは望ましくないという感覚 --- を増強するのです。これは、私たちが解決することができる問題です。 私たちはすでに核兵器のない世界を呼びかける数多くの感動的な新しいデザインを受け取っています。今、私たちは、世界中のアーティストに寄稿の機会を開いています。そして、私たちはこれらのすべての画像をオンラインで購入できるように作っています! Facebookの増えつづけているコレクションをご覧下さい。そしてあなた自身の作品を提出する方法を見つけて下さい。 ポスター、Tシャツ、トートバッグなど、多くのお気に入りを購入できます! あなたのすべての行動に感謝いたします。 希望をこめて、 グローバル・ゼロ 【原文】Dear Tadami; 34 years ago, 1 million people marched in New York City to call for an end to the nuclear arms race. At the time, it was the biggest public protest in U.S. history and reflected the growing power of the anti- nuke movement. But when the Cold War ended, so didthe public’s anxiety about nuclear weapons. The movement evaporated in most parts of the world -- even though the risk of a nuclear catastrophe is higher than ever. We need to shatter public complacency and move people into action. And we think art is a hammer that can do exactly that. That’s why I’m excited to announce our new crowd- sourced #DemandZero campaign in partnership with the Creative Action Network, which aims to engage a new generation of artists in the fight to eliminate nuclear weapons. See the amazing new designs we’ve received from artists around the world, and tell us which ones resonate most with you. It’s time to break the mold. For decades, peace signs and sunflowers were the anti-nuke brand. But in 2016, these images don’t necessarily resonate. They’re symbols of a bygone era. And they reinforce the feeling that eliminating these weapons isn't realistic -- that we're chasing a pipe dream of the 60s -- which couldn't be further from the truth. This is a problem we can solve. We’ve already received dozens of inspiring new designs calling for a world without nuclear weapons. Now we're opening it up to artists all around the world to contribute. And we’re making all of these images available for purchase online! View the growing collection on Facebook, and find out how you can submit your own. Purchase your favorites as posters, t-shirts, tote bags and more! Thanks for all that you do. With hope, Global Zero ------------------------------Creative Action Network Submission Manager https://creativeaction.submittable.com/submit/50924
Mar 11, 2016
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私のプロモーターでありエイジェントである画廊社長から今年前半の企画について連絡があった。4月ニューヨーク、5月釜山、そして7月再びアメリカでの展覧会のために新作を、とのこと。他の既決済みのスケジュールと調整しながら、フル回転だ。前回の日記に書いたような、「構想がまとまらない」などと、ぼやいていられない。集中、集中。
Mar 11, 2016
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セーターを着ていては暑いくらいの陽気だった。流れる空気のなかにかすかな花の香りがした。何の花だろう。一種類ではないかもしれない。我家の紅椿も咲いた。隣家の椿は白椿で、垣根越しに我家の方に伸びていて、紅椿と白椿とが向かい合っている。その間にある我家の玄関前アプローチを、「源平通り」とでも名付けようか。木瓜(ぼけ)の莟もふくらんで、まもなく濃い紅色の花が咲くだろう。 とはいえ、気象予報によれば、明日は一転して寒くなり、山際では雪になるかもしれないと言っている。 季節の話をしている場合じゃない。新作に取りかからねばならないのだが、構想がまとまらない。苛立ちが芽を吹きそうで、無意識にそれを抑えていて、ふとそれに気がつくと胸苦しくなってくる。
Mar 8, 2016
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テレビの中での日本語の乱れについて言及するのは、馬鹿馬鹿しくなるほどで、自分の意識のどこかに、「奴らとは住んでいる社会が違う」と差別感覚が生まれるのが、我ながら恐ろしい。 「役不足」という言い方がある。以前から気がついていたが、その時にはその個人の無知からきた誤用と思っていた。その人は、事の重大さに対処する自分の力量が到底及ばない、という意味に使用していたのだ。真意とはまったく逆の使用である。 つまり、「役不足」と言うときに、本来的には、言う当人にいささかの尊大さなり、自意識過剰な心理がはたらいており、自分の実力に比べて対処すべき事が小さ過ぎると不平をもらしているのである。もっと分かり易い例えをすれば、「主役を張れるのに台詞も無い役を振られた、これじゃあ役不足だ」という具合に使う言葉だ。「役不足」という言葉は、へりくだった言葉ではない。謙譲語ではないということ。まったく反対の言葉だ。したがって、この言葉を、俳優などが自分自身のこととしてあまり口にすることはない。他人がその俳優を持ち上げて、「今度の芝居のあの役は、Aさんにしては役不足だねー」などと使うのが一般的。 しかし、どうやら個人的な誤用とも言い切れないようだと気づいた。 先日もテレビで、番組も内容も忘れてしまったが、出演者が何か指示されたことができなかったら、「役不足だー!」と叫び、あろうことかテロップまで「役不足だー!」と補足していた。そういうときは、「力不足だー!」と言うもの。 この一件は、出演者の無知のみならず、ディレクターを含めた番組制作サイドが無知だということを示したことになる。表現者が言葉に鈍感になって久しい。あきれたものだ。
Mar 6, 2016
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私の予感が当たったというべきか、女子サッカー「なでしこ」チームのリオ五輪出場は絶望的となった。アジア最終予選第3戦、対中国試合は1-2で敗れ、出場チーム6カ国の最下位に沈んだ。 残り2戦あるが、すべて勝ったとしても勝ち点はオーストラリア戦で引き分けた勝ち点1を加えて勝ち点7。現在、オーストラリアが首位を独走し、中国が勝ち点7で2位につけている。以後の試合で中国が勝ち点0でありつづけることは考えにくい。万が一の日本側の願いを込めて、中国と日本が勝ち点7で並んだ場合は、抽選で出場国を決定する。 どの報道媒体も「絶望的」と報じて、出場権を失ったと書かないのは、その万が一を期待するからだ。しかし、有り得るかな~? 敗因は前回のブログで書いた通りだが、もっと細部を検証すると、チームの意思統一がなくコミュニケーションが取れていない。選手一人一人が勝手に動き回っている。球際への寄せも甘い。突っ込んでいこうという気合や勇気がない。あるいは空いたスペースにボールを入れるにしても、作戦として攻守を固めながらスペースをつくっているのではない。たまたま穴があいただけだ。その証拠にスペースの周囲にいるのは中国チームなのだ。そんなところにボールを放り込むのだから、何をか言わんやである。 それに、個人のミスを攻撃するつもりはないが、攻め込んでゴール前に待ち構える大儀見選手にクロスを入れると、なぜか大儀見選手はヘディングでボールをバックさせてしまう。ゴールを狙うのではなく、ボールを一旦ゴールと反対方向に送るのだ。このような場面はこの中国戦ばかりではなく韓国戦においても見られた。この意図を私は理解出来ない。大儀見選手をトップに置くのは間違いではないかと思えたほどだ。 NHKTVのアナウンサーや解説者は、盛んに日本チームのプレーを褒めるが、阿呆らしい限りだ。子どもの運動会じゃあるまいし。 男女共に海外活躍選手を多く排出していることは喜ばしいが、国別対抗戦にそれらの選手を招聘して、泥縄式の寄せ集めチームをつくるのは止めた方がよいのではないだろうか。海外に出ていくというのは、それだけ技術力が優ってるから、莫大な金が動くのではある。それを承知であえて言うが、国内にいて能力のある選手を徹底的に叩き上げて育成したほうがよいのではないだろうか。チームとしての意志統一が図れないとか、瞬時のコミュニケーションが取れないという問題は、チームが寄せ集めだからだ、と私は思う。
Mar 5, 2016
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きょうは午前と午後、2回の民生委員としての会議に出席。重要案件ではなかったのだが、何だかとても疲れて、今21時30分を過ぎたところだがまだぐったりとしている。どうしたことだろう? 2、3日前、朝の4時頃、猫のサチが寝室にやってきて、私の寝床にもぐりこんで腕枕で寝た。その目覚めのわずかな間に、「あれ? エネルギーのレベルが下がっているな」と思った。私にしてはほとんど無い感覚だった。そのまま再び眠りに入ろうとしながらも、なんとなく頭の中で原因を探っていたが、特に思い到ることもなかった。しかし、マイナス志向(思考)が無いと言いきれる私は常にエネルギッシュなのだが、その朝は「このままだと鬱になりそうだ」と思う程、いつもの自分とはちがう感覚だったのだ。やがて眠ってしまったが、睡眠中もその思いはつづいていて、「どうにかしなければ-----」と心身が叫んでいた。 たぶん今日の疲れもそれを引きずっていると思われる。 特効薬は、強烈な知的刺激だ。私の場合、それ以外に無い。
Mar 3, 2016
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リオ五輪出場権を懸けた女子サッカーアジア最終予選第2戦、日本なでしこvs韓国。1-1の引き分け。 日本は初戦のオーストラリア戦で敗れているので、対韓国戦では勝って勝ち点3を得たいところだったが、敗れてしまった。残り3戦。すべてに勝つと勝ち点10となり、上位2カ国に与えられる出場権を獲得できる可能性が無いわけではない。 今日の試合の経過について、例によって私のメモがあるけれども、非常に果敢に攻めきっていた「なでしこ」が引き分けに終わった理由の一つは、韓国チームより圧倒的にシュート数が多かったにもかかわらず、決定力に欠けたということだ。 これは「なでしこ」に限らず、男子チームにも言えることで、日本選手のシュートの決定力の無さは、私にとっての不思議の一つだ。 落ち着きがないのか、落ち着き過ぎてデフェンス・ラインにコースを阻まれてしまうのか、それともキックの技術が未熟なのか。 いずれにしろ、あえて言えば、それらがすべて当てはまるような気がするのだ。 メッシ選手等と比較はしたくないが、あの正確さはどのようにしたら生まれるのか、日本の選手は真剣に学ぶべきではなかろうか。 要するにゲーム・シチュエーションに対する瞬時の判断力と身体の反応、そして足のどの部分で蹴るかという、あまりにも当たり前過ぎることの個々人の練習以外に、決定力解消方法はないのではあるまいか。 今日の「なでしこ」のシュート数は17回ほど。対する韓国のシュート数は4回ほどだ。4倍以上のシュート数のうち、決めることができたのは後半39分での川澄からのクロスを岩淵が頭で押し込んだ、ただそれ1度だけだ。いささかならず情けなくはないか? たんなるファンの、贔屓の引き倒しかもしれないが-----
Mar 2, 2016
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昨日深夜に放映されたルキノ・ヴィスコンティ監督の『ルートヴィヒ 神々の黄昏』を録画で観た。1972年の作品だから、私がオン・タイムで観てから40数年も経ったのかと、あらためて時の経つ速さに愕然とした。 完全復元版とうたわれていたが、たしかに昔公開されたフィルムは随分切られていたと分かった。どうやら1時間近く付け加えられているようだ。完全復元版のほうがより深みがある。 そして、あらためてヴィスコンティ監督の美術には驚き、安心させられもした。ルートヴィッヒを演じたヘルムート・バーガーも良い。エリザベートを演じたロミー・シュナイダーも良い。 実は、同じテレビ局が、ヴィスコンティ作品放映の直前に、マリー・ノエル、ピーター・ゼアー共同監督作品『ルートヴィヒ』(2012年、ドイツ)を放映した。私はこれも観たのだが、ヴィスコンティ作品とは比べ物にならなかった。その安っぽさは気の毒なほど。ルートヴィヒ役の俳優の容貌は、言うもなさけないが、まるで男娼だ。エリザベートの女優は田舎娘。そしてこの作品は、何も捉まえてはいないことが、最大の欠陥だ。 こんな駄作を観たあとなので、尚のこと、ヴィスコンティ監督の鋭さに脱帽する。 エリザベートがルートヴィヒが次々に建設する城を訪ねるシーン、ヘルンキムーゼ城を訪ねて、太陽王ルイ14世のヴェルサイユ宮殿を真似た鏡の間で爆笑する場面にはほとほと感心してしまう。 つまり由緒正しいバイエルン国王ルートヴィヒが、ルイ14世の真似などする必要はまったくないのだ。それでも王の中の王たらんとして、ルイを崇敬する子どものようなルートヴィヒの心、王たることの不安と、その裏返しとして国庫破綻を顧みる事無く次々に城をつくりつづける従弟に、エリザベートは思わず爆笑してしまったのだ。 このシーン、鏡の間の彼方に黒い小さなシルエットのエリザベートと侍女。セリフは無い。笑い声だけが高くこだます。-----なんと映画的で、ルートヴィヒの心理とエリザベートの心理----すなわち形の違うふたりの絶望的な孤独----とをあからさまに表現してしまうすぐれたシーンだろう! 観客は彼らから遠く隔てられ、彼らをクロース・アップで見ることはできない。 あるいは、寵愛する俳優ヨーゼフ・カインツを召して、休息を与えずに芝居の名セリフを朗誦させる場面。へとへとになったカインツ。ルートヴィヒが小卓のシャンパンをグラスに注ぐ。カインツは自分にも飲ませてまらえる、というようなかすかな表情をする。しかし王は、下々の心を斟酌などしない。シャンパン・グラスは王の口へ。王が庶民や廷臣と飲食をともにする事などありえない宮廷マナーを、俳優カインツはまったく知らないのである。 あるいはまた、ルートヴィヒ2世は晩年(といっても死んだのは41歳だ)歯痛に苦しんだ。ヴィスコンティ作品はその事実を、美青年王の容貌が真っ黒な歯をして見る影もなくなっていることで示し、それ以外に何の説明もしない。洞察力のある観客はそれだけで、美食家で甘い菓子を好んでいた王の日常を見抜くことができる。 が、一方で上述の駄作映画では、侍者が捧げ持つ銀器の食物を、侍従が、「王は甘いものしか召し上がらない」と言って下げさせるカットがある。私に言わせれば説明的な不要なカットだ。 同様なシーンがミロス・フォアマン監督『アマデウス』にもあった。サリエリが宮廷でモーツァルトを初めて見る直前、パーティ用の菓子類を次々に運び込む侍者の捧げ持つ器から、サリエリはヒョイとチョコレート・ケーキを一つ摘む。そしてこのシーンは、後にモーツァルトの妻コンスタンツェが、夫に内緒で楽譜を持参してサリエリに後援を懇願する場面で、サリエリが下心をもってコンスタンツェに乳房の形に似た菓子を勧める場面につながる。いや、実はこれらのシーンは、冒頭に癲狂院に収容されている晩年のサリエリに看護人が甘いものを持ってくるシーンがあって、サリエリの食癖をいわば後註しているのである。ミロス・フォアマン監督はセリフで説明することなく、これらのシーンでストーリーの裏側にあるサリエリの人物像を見事に表現しているのである。 映画という映像表現の、その映像の凄みというのはこのようなシーンに発揮され、それはやはり映画作家の力量によるのだ。ヴィスコンティ監督の『ルートヴィヒ 神々の黄昏』では、何気ないカットに、曰く言いがたいすべてが映像として表現される。そして、演じる俳優達は実に見事に監督の要求に応えている。 4時間の長尺映画だが、しばらくぶりに堪能した。
Mar 1, 2016
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