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朝のクールFM「ハーフ・アンド・ハーフ」のコーナーは、サンチェスVSウェイン・ワンダー。両者ともも美メロシンガーの代名詞的存在。しかし、毎回番組に物申したくなるのは、いずれのレゲエ・アーチストも個性が強烈で単純に比較ができないからか。ポテトチップスもアイスクリームもウマイのである。ポテチVSアイスという図式はありえないのである。サンチェスとウェイン・ワンダーもしかり・・。製作者側の趣味か、選曲は90年代前半の甘酸っぱいナンバーに集中。ウェイン・ワンダーをブレイクさせたあの曲「No Holding Back」の存在を完全に無視してた。それってブレイク前のショーン・ポールに焦点を当てるぐらい不毛な行為なのでは?番組側の意図した通りかどうかは知らぬが、サンチェス35票、ウェイン・ワンダー13票でサンチェス圧勝。以上、オタクの朝のつぶやきでした。今日は食料買出しDAY。我が家の車は現在オブジェと化し、足は旦那の友達の車だけが頼り。ジャマイカ人に運命を託す――――。今日ほどの脆弱性を痛感させられた日はない(あ、あったわ、ていうかしょっちゅうや)。誰にも翻弄されることなく、自分だけを信じて生きていけたら――――。最近とみにそう思う。本日、白羽の矢が当たったのは旦那のイトコ、ロアン(今週メデタく免許取得)。「今からシャワーしてすぐ行く」と電話で返事の後、現れたのはその3時間後(ちなみに家は歩いて2分)。待ちきれぬボンと二人速攻車に乗り込み、ギンギンのR&Bミックス(座席にはVIPのごとくスピーカーが鎮座ましましてる)に親子身を寄せ合って待っていると、「出ろ」と旦那(大音量で会話がままならないためジェスチャー)。ロアンに野暮用があり、買い物は帰ってきてから、とのこと。ボン、ショックが大きすぎ情緒不安定に。ちょっとしたことで涙目。ガラスのハート、か・・。親子三人でふて寝。「ジャマイカ人に待たされる」という時間ほど、無駄なものはない。おかげ様でためていた内職が片付いた。日が落ちてきた。おもむろに夕食の支度を始める。もう「キャンセル」の色合いが濃厚。7時過ぎ。ヒーロー(?)のご帰還。マンディビルまで行っていたらしい(マンディビルまで行くとキングストンは目と鼻の先。それぐらい遠い)。「ロアン帰ってきた!すーん こむ、って言ったから!!」長い、長い昼寝から覚め、大喜びのボン。嬉々とした様子が逆に不憫である。彼が「すーん こむ」のダブル・ミーニングを悟る日は、いつ来るのだろう。洗い米、下味をつけた魚の切り身を投げ捨て、私は再びNissan Sunnyに乗り込む。「うぃ の ふれだ のばでぃ!!(俺たちゃ誰も怖くねェ)」爆音のバイブス・カーテルで、車は走る。時には刹那的なんもいいもんや。刹那の代償。8時半、帰ってきた私を迎えてくれたのは、出たときと同じ状態の洗い米と魚の切り身やった(うらむぜ、義父ちゃん)。@ミスチンのスーパー。土曜の夜は大忙しベーグルが無残な形に!網の上で焼いたらこうなった。でも味はベーグル。バターロールなのに焼き色がつかない!パン焼きハマりそう(というか意地)お知らせ:手作り子供服の店始めました。
2010/02/27
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「竜の首の玉」「燕の巣の子安貝」かぐや姫から無理難題を押し付けられた求婚者たちの心境。記事の画像に注文が入り、再び窮地に追い込まれる。期待されると能力以上にガンバってしまう性格が災いしている。盗用とか流用に走る記者の気持ちがわかる。あせっていると、格好の獲物が家の前に!カメラを手に飛び出すが、くそーとり逃がした。てか、パジャマのまま。カラルーは火にかけたまま。気を取り直し、朝食後ボンを引きつれ朝の散歩と称す放浪の旅へ。ボンは餌である。トウのたった東洋女が単身他人の家にずかずか乗り込んだらあやしいモノ以外の何者でもない。「ロアンの車やでー」しかもボンは私より近所に通じている。敷地の奥で行水中のロアンの背中が見える。大音量で2パックがかかっていた。このド田舎で2パックやNotorious BIGが聴こえると、妙に面映くなるのはなぜだろう。被写体はどこや。私のほしい「ほんわか子育て画像」は。それは、こんな道端ではなく、閉ざされた扉の向こうに存在するのでは?「けっ、けっ、けつをふれ~♪」今度は50セントが大反響してる、土曜日の田舎の朝の景色。「あらープリンセスが隠れてるわ」うちらの前を歩いていたお婆さんが、ちょうど我が家の隣家に向かって話している。ターゲットをそこにしぼり、一回り。途中小学生に20ドル(20円ぐらい)たかられる。「テメエが金よこせ」と大人げなく毒づいてしまった。さて、アカデミー賞女優なみの演技開始である。「あら~女の子がいたの、知りませんでしたわぁ」ズカズカと入り込み、いつも顔を合わせてるのにろくに口も利いたこともないお婆ちゃんにおべんちゃら。これが舶来モノ好き(?)のお婆ちゃんに火をつけたか、はたまた「外国人とアメリカ英語で会話する国際人」的虚栄心を満足させたのか、饒舌になるお婆ちゃん。トントン拍子に話は進み、撮影OK。お婆ちゃんの自慢話聞いて、写真をプレゼントするだけ。安いもんや。(ガキんちょに20ドル渡すよりもずっと)「ごーるど み ばい!ごーるど み ばい!(金買取りするよー)」スピーカーの音が我が家に近づいてくる。「み あぶ ごーるど!(金あるわ)」と家の中に駆け込む義父。「あ こぱ だっ!(銅でっせ、ソレ)」スピーカーを通して大公開されるコント やり取り。義父の手に握られていたシロモノは、一見バングル(というか手枷?)にも見えるおそらく水道管か何かの部品。「それが金やったら大金持ちやで。14金の結婚指輪がいくらするか知ってるんか」旦那にもダメ出しをくらう。しかし結婚指輪の高さを引き合いに出すって、なんか気悪いな。
2010/02/20
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「チノ、チノ!」通りすがりのオバさんがボンに向かってハラスメント 挨拶。しかし「チノ」って・・。日本でももう「シナ」って言う人はいないでしょうよ。「日本人ですが」と訂したいとこやが、所詮馬の耳に念仏。「この子、女性には愛想悪くって」「いっつ おーけー!み すーん うぉーるゆ!(かまへん、近いうち抱っこしたるさかいな)」満面の笑み。そう、悪意はないのだから・・。先週母が日本に帰国。母とボンの朝の日課だった散歩は私が引き受けることになった(犬か)。というより、記事のネタ探しに徘徊する私に無理矢理つきあわせている、と言ったほうが正しい。画像もほしい。赤ちゃんの泣き顔とかあれば最高。その辺の子捕まえて泣いてもらうか。ってヤラセとか捏造に走る記者の心境。気持ちだけはマイケル・ムーア(というかヨネスケ)、アポなし突撃レポーターである。ボン入学予定の小学校へ。観光気分の抜けない無邪気な親子を装い(どこが突撃レポーターや)激写。ここの子たちは役者である。カメラを見ると条件反射でポーズ。一瞬にして難民キャンプさながらフェンスにむらがる女子たち。迫力満点の彼女たちにボンは気圧されてた(彼の目にはゾンビ集団がうつっていたのかもしれない)。未来のホット・ギャルたちに幸あれ。次は村の図書館へ。ジャマイカのド田舎図書館にカメラが入った!目に飛び込んだのは雑誌EBONY。なぜかエア・ジャマイカの機内誌まで。中は警備員と20代ぐらいの女性史書、女性利用客二人。「誰でも借りれるんですか」「ビジター用がありますが、こちらにお住まいですか?」はがれかけた彼女のフレンチネイルを眺めながら、とうとうと続く説明を聞く。必要なのはTRN(税金支払者番号)のみ。番号書いた紙、どこ行ったっけ・・。「どうぞ見て回ってください!おかけになって読むのは自由ですから」内部は二つのセクションにわかれ、幼児・児童書コーナーと成人図書コーナー。こじんまりとしているが、ディスプレイといい蔵書数といい想像をはるかに超えていた。そして本のほとんどが美品!(利用者少ない?)ボンに何冊か絵本を読んでやり、成人コーナーへと移動。「ここは西インド諸島の作家を集めたものです!」すかさず姉ちゃん。「ローカル図書」と書かれた本棚にこだわりの蔵書が並んでいる。「あっちにはペーパーバックとかありますが、私は断然こっちが好きですね!」出自を誇りとするジャマイカ人の高きプライドがここにも。ボブ・マーリーの伝記に始まりジャマイカの民話集や定番「ローズ屋敷の白い魔女」まで、あれこれ進めてくれる。高いツボを買わされる人の気持ちがわかる気がする。彼女のおススメのポイントは「パトワが盛り込まれている」しかし必ずその後「でもアナタはちょっとわからないかも」という注釈つき。服も本も、選ぶときは自分の嗅覚だけが頼り。なので、聞き役だけに徹する。キューバ熱冷めやらず、ローカルコーナーから自転車に乗ったキューバ娼婦の小説をピックアップ。(洋書読めるんか?)。奥にはインターネットもコピー機もあった。灯台下暗しとはこのことか(この1年間なんやったんや)。入れ違いに乗用車で乗り付けた白人老夫婦。彼らも利用者だろうか?先進国からきた漂流者たちの、ここはかけこみ寺。 裸足や頭にカーラーつけた人は入室禁止だそうです(露出系もダメ) 痩せるまで着れないワンピース作成お知らせ:旅キッズというサイトで短期連載中です。
2010/02/16
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激苦カフェ・クバーノにも慣れたころにはもう帰国の日。送迎の時間まで、再び放浪タイム。何度もその横を通った(ちょうどホテルの裏側やった)グランマ号と革命博物館を通り過ぎ、今日は海沿いへ。波が高く強風にあおられ、体ごと持っていかれそう。防波堤の上でボンを歩かせるとそのスリルで大喜び。土曜日のせいか、子供をつれたお父さんをよく目にする。親子で釣りっていいな。「タクシー?」と声をかけてきたお兄さんをつかまえ、疑問をぶつけてみる。街でよく目にした3人の人物画について。ゲバラ、シエンフエゴスときて、もう一人がわからなかった。スペイン語でたずねると英語で返される。このパターン多かったな・・。「フアン・アントニオ・アルメイダや」出た、また新しい名前(帰ったら即効ウィキペディア)。路地裏を歩くのも今日で最後。世界遺産を日常に、その中で暮らしを営んでる人々がいる。色鮮やかな花や果物にひかれて市場をのぞくと、いつのまにかカモになってた。店員はボンにバナナをおしつけ、ビニール袋にバナナ3本オレンジ2つで「6ペソ」(660円ぐらい)。母「高っ!!」。ベテラン主婦のプライドか・・。キューバ最後にして屈辱的な母の思い出となった。ホテルに戻り、ロビーで迎えを待つが、30分以上たっても誰も現れない。キューバ滞在中定番となったこの放置プレイ。毎度のことながら、ホテルのデスクのお姉ちゃんが無愛想ながら助けてくれる(というか、ここしか頼る所がない)。当たり前のことがここではそうじゃない。「社会主義の国」というのは免罪符か?でも許してしまえるぐらい、私は既にこの国のとりこ。褐色のゴルゴ13といった風貌のタクシーの運ちゃん、やっと現れた!これで名残惜しいハバナともお別れ。「今夜は特別な夜になる♪」車の中ではサルサがかかってる。ゴルゴ13、意外とロマンチスト?ジャマイカでは「ハイレ・セラシエ皇帝(ラスタの神様)」や「マーカス・ガーヴェイ(黒人解放運動家)」の絵を見かけるように、ここはゲバラやカストロがいたるところにあった。最後に、ひとつでも見逃すまいと窓にはりついていると、カストロ。「comunismo o muerte」(共産主義か死か)。怖い、と思ったのは無理解からくる恐れか?帰りの飛行機はガラガラ。エア・ジャマイカのフライトアテンダントは、業務そっちのけで若い男性の乗客2人とflirtにご執心。おかめちんこな顔のくせして(失礼)あの自信だ。ジャマイカ人の世界級自尊心には脱帽するしかない。モンティゴ・ベイの空港につき母開口一番「やっぱジャマイカは明るいわー」。迎えは旦那と旦那の親友クレバン。「キューバは豚肉ばっかりやからアンタの行くとこちゃうで」という私に旦那は「ほな、クレバンおまえ行っとかなアカンで!こいつはな、日曜から日曜まで豚肉食ってるんやからなぁーギャーハッハ!!」確かに母は正しいかもしれない。THE END例の3人組例の市場市場の中にもゲバラが!このポスターもよく見た
2010/02/06
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昨日のリベンジ、市内観光。ボンは観光バスに乗れてご満悦。滞在してるOld Havanaから、他のツアー客のホテルがあるNew Havanaへとバスは向かう。これぞリゾートホテルといった高層建物が海沿いに立ち並び、ハバナの新たな一面を知る。めっちゃ都会やん・・。観光業大成功。大国アメリカにそっぽを向かれても、十分経済が成立してる印象を受ける。ツアー客は全員スペイン語スピーカー。必然的に、Mos Defラテン版(わかりにくくてすみません、顔の骨格が似てた)といった感じのガイドがオールスペイン語で説明スタート。学生の頃にタイムスリップ。第六感(というか想像力)だけを頼りに授業を聞いてたあの頃。悲願の!革命広場。キューバに来るまで、もう一人の重要人物カミロ・シエンフエゴスの存在を知らなかった私(もぐり)。革命広場では、あの有名なゲバラの横に配置され、革命はこの二人なくしては遂げられなかった様を物語ってる。肖像に描かれたセリフが気になる。ゲバラ:「hasta ○○ siempre」○○が読めない~。シエンフエゴス:「vas bien fidel(you are doing good fidel)」ガイドさんに聞くと「そう、ゲバラはhasta siempre」いや~hastaとsiempreの間に字ありますやん・・(それ以上突っ込んで聞けない小心者)。「カミロ・シエンフエゴスはvas bien fidel、これはカストロがvoy bien Camillo?(am I doing good?)って聞いたときに答えたんだよ!」(名句らしい)その後バスは旧国会議事堂(capitolio)→モロ要塞→サンフランシスコ広場→カテドラル広場で旧市街散策コース。最後はヘミングウェイがモヒートを飲んでたことで有名なバー「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」の前で解散(モハメド・アリが来店した写真が!)。キューバ(ハバナ)ってほとんどヨーロッパ。アールデコの建物に熱帯の緑があふれ、ラブリー好き乙女にはたまらない。ボンはそんなものに目もくれず、手をミラーの形にしてトラックになりきり石畳を歩く(次のnature callはいつや・・ドキドキ)。午後は革命博物館へ。中は中国人学生たちが溢れ(修学旅行?)熱心に見入っている。中はカストロ、ゲバラ、シエンフエゴスなどの愛用アイテムが並び、オタクには垂涎もの。鼻息を荒くしまたもや林家パー子の母の横でボンはというと、ゲリラ襲撃を再現した箱庭に張り付いてる。小さな家や車が彼のハートを釘付けにした。男の子ってこういう模型とか好きやな~。レアアイテムにテンション上がってたパー子を一瞬で凍りつかせたものは?実際に使われていた拷問器具を前に革命の重さを知る。流された血、失われた命・・一人の力では成しえなかった歴史の大変動。革命ドラマのラストはゲバラとシエンフエゴスのトリビュート・ルームで頂点を迎える。ゲバラのトレードマーク・ベレー帽(シエンフエゴスはテンガロンハット)と二人の銃が一緒に並べられ、マダムタッソー顔負けのマネキンが訪れた人々を見送る。この手の人形ってディテールが稚拙で、興ざめなのがお約束だが、これは少し違った。二人の表情が明るく、天国でも仲良くやってるんだろうな・・と思わせる。ものすごく重い内容やったけど、キューバ革命を知るなら絶対にココ!夕食はまた別の店の中華(?)をto go。ここでも「フォークはお渡しできません」と言われる。ホテルで借りれるよ、と言われすごすご引き下がる。午前中のスペイン語授業で刺激されたせいか、奇跡的に「フォーク」という単語も思い出し、ホテル内のレストランへいざ。ものすごくしぶられ、母のヨーグルト用のスプーンにいたっては「これだけしかないから」と4本のスプーンを見せられた。すみません、資本主義が抜けない私がバカでした。でも返却したときはうやうやしく感謝された。思わず合掌その隣のカミロ・シエンフエゴスカピトリオ旧国会議事堂表情がリアル中華(?)の店にあった布袋?様
2010/02/05
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今日は市内観光の日。しかし約束の時間から20分以上たつのに、ホテルのロビーには誰も現れない。ふかふかのカウチにボンの無礼講がエスカレート。ホテルのツアーデスクに問い合わせるも「直接ツアー会社に電話して」。電話の女性は「明日に変更することはできます?」。キューバ・ビジネスの落とし穴を垣間見た気がした。時間が空いたので、急遽ヘミングウェイ・ツアーを予約。2時間後の出発時間までまたひたすら歩く旅。歩道は広く歩行者も多いので、苦にならない。信号がなくてもガンガン車道横断。公園に、ボンの上をいく猛者が。サッカーボールで遊んでいる父と子。子は地べたに寝転んでいる(ジャマイカの子がこれしたら百叩きの刑やろな・・)ボンと彼、子供同士火花を散らしあう。「いくつですか?」とお父さんに聞くと「2歳」。あぁ、やっぱ「2歳」の醜態わんぱくは世界共通。ボンは昨日に引き続きハイパー炸裂、走り続ける。ヘミングウェイツアーのタクシーの運ちゃんは柴田恭平ラテン版と言えるほどニヒルな伊達男。「キューバの人口は1200万人。その1000万人は警察!」とリアクションに困る冗談(?)でスタート。ブエナビスタソシアルクラブのサントラがかかり出した・・(仕込み?)。この音をバックに旧市街を流すとノスタルジアにやられてしまそうだが、生で見る街はそれほどの郷愁じゃないのは何故。みんな懐古の暇なんてなく、幸せな今を享受してる気がしてならない。車は住宅地へ。ヘミングウェイ邸があるサンフランシスコ・デ・ラ・パウラという地区。社会主義的看板を探すのに忙しい。あっチャベス(ベネズエラ大統領・カストロの弟分)の看板まで!ヘミングウェイ邸到着。アシュレイ・ジャッドを垢抜けなくした英語ガイドさんに先導される。ものすごい早口で言ってる内容の半分はわからず。「He go…あ、wentだ」と自分の英語を修正しながら自己完結が、なんだか共感。それにしてもヘミングウェイのセレブっぷりに脱帽。狩り・釣り・執事(執筆中入室が許されていた唯一の存在)のいる生活・・。男のロマンの全てがここに。持病やmythに神経質にだった文豪同様、私もガイドの案内うわのそら。ボンのおしっこをどこでさせようか、でパラノイア。キューバ旅行における最重要項目は彼のトイレであった(ジャマイカでは立ちション天国だったため)。ヘミングウェイ邸別館、回教徒風モザイクが素敵なトイレに連れ込む。「ない!」の一点張りだが体は正直。秘密兵器であるプラスチックコップ携帯トイレをあてがうとジャー!(お食事中の方すみません)屋敷を後にし、次はヘミングウェイの釣り場だったコヒマル(cojimar)海岸へ。「あっあの子見て!」「ラスタファリや!」地元の女性の声が耳に入る。やはりラスタは存在するのだ(「ら」、しっかり舌巻いていた)。車はハバナ市街へ戻り、文豪がダイキリを飲んだ店「ラ・フロリディータ」でツアーはお開き。ボン、柴田恭平にも全く心を開かず。「シャイってスペイン語でなんでしたっけ」「timidoだよ。うちの5歳の娘もすごいtimido」あぁ~そうやtimidoや!柴田恭平、その名をホアキン。「ホアキン」と言った時にウィンクバッチン。最初に登場したときもバッチンで始まったが、タイが微笑みの国ならここはウィンクの国か?もう1時過ぎだったので食料を探す。ローカルフードに挑戦。焼飯をto go。「フォークもらえますか」に箱のフタの一部をちぎって匙を作るよう示される。ええっ!フォークなし?これが社会主義のお作法ですか。公園で食べているとマイフォークで食している人がいた。次回(いつや?)はフォークは持参が鉄則!放浪再開。グランマ号その他軍車両展示施設へ。「カストロやゲバラが乗った」という説明書きに、林家パー子状態の私。グランマ号はガラス越しに見るだけ。軍の施設なのか兵隊による警備で重厚な雰囲気。その後音楽博物館を目指したが、ついてみると工事中。小さな遊園地があったので潜入!キューバの遊園地。独特の色使い。手書きのイラストや子供たちのTシャツにはアメリカ文化の影響が色濃い(ティンカーベル、スポンジボブ・・etc.)が、遊具はギーギー音を立て、社会主義国のメロディーを奏でている。街の広場もそうだが、平日の昼間から家族連れが多いのが謎。すべり台で女の子と牽制しあうボン。相手の年を聞くと、この子も2歳。相手の動きを意識しながらも、すべり台中毒に陥る。すべっては登りすべっては登り・・。砂埃で真っ白の下半身でホテルへ帰還のボン・・(これでも観光客)。学生風のドレッド君たちがボンに向かって「ラスタ!」あぁ、やっぱりラスタファリズムはここキューバでも根付いている。じゃーらすたふぁらい!マブだち(ヘミングウェイとカストロ)1年以上ぶりの「もやし」弾痕が生々しいグランマ号、ご対面!正座して登っていた
2010/02/04
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アンティークのかわいい街と熱い英雄たちの思想が同居する国、キューバ。キューバ紀行アップします。お楽しみくださいクーバ!飛行機の窓に広がる地が見えた瞬間、鳥肌。あこがれのクーバがもう真下に!ジャマイカから正味一時間のフライト。ボンも機嫌をそこねることなく(空港の自動水洗トイレにビビり失禁というハプニングがあったが・・売店で調達したパンツが浮いている)あっけない空の旅終わり。ボン「飛行機どこ?」もっと乗っていたかったようだ・・。空港の建物は近代的。でも照明が暗い(イミグレで一度停電)。「社会主義の国はそうやで」と母は語る。スペイン語が飛び交ってる。迎えを探さねば。DeBargeみたいなのがバラの花1輪手に誰かを待ってる(うちらじゃないことは確か)。カードを下げてる人がいる。「angel」・・これも違う。ボブ・サップをミニサイズにし温和にしたような男性(制服着てる)にホテルの名前をつげると「えすぺら!(待ってて)」と。やってきたタクシーはプジョー。普通やん。SUZUKIやHYUNDAIも走ってるし。ハバナ市街へ向かって車は走る。バナナの木や椰子の木など、なじみの風景が広がる。でも違う、何かが。商業的な看板が全くない。あるのは愛国心や革命をたたえるメッセージだけ。ゲバラの顔が現れた時は、さすがに熱いものがこみあげてきた。ボンは早起きがたたり撃沈。旧市街に入り、ガラス張りの博物館から船らしき物体が見えた。もしやあれが「グランマ号」(カストロやゲバラがキューバに乗ってきた船)では!?って私はゲバラおたくか。ホテルに到着。食料調達も兼ね散策へ。車の中から思ってたことは、歩行者の多さ!3~4時ごろは帰宅ラッシュなんやろうか?街にはちょっとした公園がたくさんあり、子供たちは無邪気に遊ぶ。老人やカップルが思い思いに時を過ごす。まさに「憩いの場」の威力を発揮(大阪やジャマイカじゃホームレスの楽園と化しそうや)。観光地のせいか?好奇の目にさらされることもなく、ほうっといてくれる居心地のよさ。なんや?ここの人の、「理想的」とも呼べる余裕っぷりは?(隣の芝は青いだけか?)ジャマイカの殺気だったダウンタウンに比べると、まるでここはゆるゆる天国。ロナウドに似た兄ちゃんに呼ばれ、オープンカフェ風レストランへ連れ込まれる。魚料理をオーダーするが、放置プレイ。料理をしている様子もない。ノラ・ジョーンズのスペイン語版や、サルサ、レゲトンなどがかかってる。「pan con perro(犬つきパン) $0.35」と書かれた紙がカウンターに。気になる・・。「犬」ってもしかして・・。「なぁ、あれってホットドッグのこと?」と聞いたらビンゴだった。キューバではポピュラーな軽食のようで、ホットドッグスタンドはよく目にした。やっと運ばれてきた飯。ボリュームも味も、ジャマイカで肥えた舌(と胃袋)には少し残念な内容。でもキューバ版ライス&ピーズは後にも先にもここで食べたきりなので貴重な体験。「どこに泊まってるの?ツアーにいくら払った?ホテルはすごく高いよ次は私営ホテルにしなよ教えてあげるから。サルサ踊れる?子供が寝た後おいでよ教えてあげるよ!」って謎の人物登場。私の母にまでしっかりしめしあわせ、アンタは女衒か。レストランを出て、ホテルの方向にどんどん歩く。ボンに火がつき、いつのまにか追いかけっこに発展。ホテルの前のパルケ・セントラル(中央公園)で何かが憑依したのか、狂気しながら逃げ回る。ここも人が多く、不思議な平和ムード。ラスタマン三人組と出くわす。ボンが目を引いたようで「日本人?」「はい、父親がジャマイカ人で。ジャマイカに住んでるんス」「ジャマイカ、レゲエ、ナンバーワン!」誰が相手でも決して心を開かないボン。「怖がってるんス」とフォローするとバッチン、ウィンク返された。キューバにもラスタファリズムは息づいているのだろうか?ラスタの「ラ」やはり巻き舌なのだろうか?(スペイン語の単語は最初のRを巻き舌で発音)レゲエの「レ」も舌巻いとったしな。疑問がわいた時には彼らの姿はもうなかった。to be continued..料理の匂いがしなかった厨房広い場所大好き
2010/02/03
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