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星の使者(絵本)ピーター・シスの「星の使者」は、ガリレオ・ガリレイの生涯を美しく描き込んだ絵本です。ガリレオは、望遠鏡による観測でコペルニクスの地動説を証明し、教会から弾圧を受けました。コペルニクスは空を見上げて考えました。『もしみんなが信じていることがまちがっているとしたら?』けれど、コペルニクスは地球や惑星の方が太陽の周りをまわっているのかもしれないという考えを、公にすることはありませんでした。自分の考えが正しいと確かめることができなかったからです。今、日本では、放射能汚染による健康被害について様々な情報が飛び交っています。一体、どの情報が正しいのか、確かめる術はありません。ですから、自分が採用した情報を他の人に押しつけることもできません。判断する自由は個々人にあるからです。政府の発表だからといって、信頼できるものでもありません。コペルニクスの地動説を受け継いだガリレオは、この絵本の中で言っています。『自分が信じたいことだからといって、なにも考えずにうのみにするのはおろかなことです。なぜ、みずから考え、判断する自由を放棄し、わたしと同じようにあやまちをおかすおそれのある他人にたよらなければならないのでしょうか』大切なのは、うのみにしないこと。考えるのをやめないこと。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2011.10.29
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小径の向こうの家(その他)不動産屋さんから、移住先の家の写真を送っていただきました。家の外観の写真が4枚と、中の写真が1枚。川のほとりの古い一軒家です。写真が届いてからというもの、私はそれを穴があくほど眺めています。窓の中が見えやしないかと顔を近づけてみたり…。部屋は全部和室なので、我が家の洋風の家具をどう配置するか心配したり…。頭の中で、玄関の前にパンジーの寄せ植えを置いてみたり。それから私は、また「小径の向こうの家」(著/ベサニー・テューダー)を手に取りました。そして、ターシャが結婚後、ニューハンプシャーで家探しをしているくだりを読み返しました。ターシャの一家が見つけた家は、今にも崩れそうなほど荒れ果てていたそうです。『この荒れ果てた農家を美しい家にできるなんて、芸術家か、ちょっと頭がおかしいかでないかぎり、考えないでしょうね。』これはターシャの言葉。私も、あの家を美しく住み心地のよい家に変えてみせる!なんか、とってもワクワクします。さあ、引っ越しの準備を少しずつ始めましょう。まずは、いらないモノを処分することから。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2011.10.28
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小径の向こうの家(その他)移住先の家が決まりそうです。私は「小径の向こうの家」(作/ベサニー・テューダー)という本を眺めてばかりいます。眺めているだけじゃダメだって、わかっているんですけど…。行動しなきゃ!私はもっと動かなきゃ!この本は、ターシャ・テューダーの長女ベサニーさんが、母ターシャの生い立ちをまとめた美しい本です。写真やターシャの描いた絵が豊富で、何時間でも眺めていたくなってしまいます。これから、できる限りの自給自足を目指すつもりの私ですが、なせば成ると思えるときと私には無理としょんぼりするときが交互にやってきます。楽天家(甘いとも言う)の私は、大丈夫と思えている時間の方が圧倒的に長いのですが…。ベサニーさんはこう書いています。『「なせば成る」とは言うものの、わが家には金銭的な余裕がなかったので、何でも自分たちでしなければなりませんでした。絵本の仕事、農場の仕事、家事、育児を母がどうやって切り盛りしていたのか、今でも不思議です。』もちろん電気や水道のない生活。家族全員の服は手縫い、ソックスまで手編みです。それでもターシャは、時間を作っては子どもたちの生活を豊かにしてくれたと言います。ピクニックをしたり、本を読み聞かせたり、マリオネット人形を作って人形劇を上演したり…。あぁ、私の24時間、けっこう忙しいんですけど、一体何をやってるんでしょう?人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2011.10.23
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飛ぶ教室(ドイツの児童文学)市村久子先生のスライドで訪ねる児童文学の世界に参加してきました。今日のテーマはエーリヒ・ケストナーの作品と人生。ケストナーは、私の最も尊敬する作家の一人です。市村先生もいつにも増して、熱く熱く語っていらっしゃいました。先生の一番好きな作品が、私と同じ「飛ぶ教室」だと聞いて、うれしくなってしまいました。先生もおっしゃっていたように、あんなに心を揺さぶられた物語は他にありませんでした。「飛ぶ教室」は、寄宿学校の少年たちを主人公に、友情・勇気・正義とは何かを描いたクリスマス物語です。ケストナーはまえがきで、『子ども時代はとびきり上等のケーキみたいなもの』ではなくて、子どもにだって悲しいことやみじめなことがある、と書いています。そして、子どもたちに呼びかけます。『ごまかさないでほしい、そして、ごまかされないでほしいのだ。不運はしっかり目をひらいて見つめることを、学んでほしい。うまくいかないことがあっても、おたおたしないでほしい。しくじっても、しゅんとならないでほしい。へこたれないでくれ!くじけない心をもってくれ!』『一発おみまいされてもおちついていられれば、あのふたつの性質、つまり勇気とかしこさを発揮できるからだ。』3月11日の大震災以降、日本の状況はガラリと変わりました。原発事故の傷は深く、子どもたちはこれから、困難な時代を生きていかねばなりません。多くのこどもたちに、この物語を読んでほしいと願います。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪★ドイツの児童文学へ
2011.10.18
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トビアと天使(イタリアの児童文学)私は、イタリアの作家スザンナ・タマーロさんが好きです。世界的なベストセラー「心のおもむくままに」で彼女に出会って以来、例によって一方的な腹心の友として、静かに応援してきました。私は、彼女が世界や人生に対してとる姿勢に、心から共感します。彼女の作品を読んでいると、「希望をみつけてはぐくもう」という彼女の声が聞こえてきます。「トビアと天使」は、自分が愛されてないと感じている子どもたちに、希望の光を投げかけてくれる物語です。主人公の少女マルティーナの両親は、生活に疲れ、争いが絶えません。自分は道を間違えたのではないかという思いに苛まれ、あまりに不幸なのでマルティーナのことを気にかける余裕もありません。マルティーナの心の拠り所は、週に2度訪ねてきてくれるおじいちゃんでした。けれども、そのおじいちゃんも、突然来なくなってしまいます。そしてとうとう、マルティーナは家をでるのです。訳者のあとがきにこうあります。『この本は、家族向けに書いたとタマーロは語っている。子どもたちだけではなく、親や、これから親になる人たちにも読み、共に考えてほしいと願っている。』マルティーナの両親は、失って初めて自分たちの一番大切なものに気が付きます。私たちも、移住すれば、多くの困難が待ち受けているかもしれません。でも決して、すぐ目の前にある幸せを見失わないように生きようと思います。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2011.10.12
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狐(日本の児童文学)先程、軽快な太鼓とピーヒャララ~という笛の音が通りから聞こえてきました。神社の秋祭りでしょうか。新美南吉の「狐」を思い出してしまいました。月夜に七人の子どもたちが歩いてお祭りを見にいきました。一番小さな文六ちゃんは、お母さんの大きな下駄をはいています。下駄屋さんに入って、文六ちゃんが新しい下駄をはいていると、腰のまがったお婆さんがこんなことをいいました。『やれやれ、どこの子だか知らんが、晩げに新しい下駄をおろすと狐がつくというだに』お祭りの帰り道、文六ちゃんがコンと咳をしました。子どもたちはみんな、文六ちゃんが狐になってしまったと思って、こわくなります。文六ちゃんは、夜寝るとき、お母さんに尋ねました。『母ちゃん、夜、新しい下駄をおろすと、狐につかれる?』この後の文六ちゃんとお母さんのやり取りには、思わず顔がほころびます。もしも、今の日本に、文六ちゃんのお母さんのような反応のできる母たちがたくさんいるなら、日本の未来は明るいと思います。偕成社の日本の童話名作選シリーズで、このかわいいお話に長野ヒデ子さんが心温まる絵をつけてくれています。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪ ★日本の児童文学へ
2011.10.10
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木曜日はあそびの日(フランスの児童文学)「うたうしじみ」のことを考えるとへこみますが、「うたうしじみ」と一緒に文庫の先輩がピエール・グリパリの「木曜日はあそびの日」を貸してくれたのでした。この本はピエールおじさん(モデルはグリパリ自身)が、毎週木曜日の午後にブロカ通りの子どもたちと一緒に作った物語集だという設定になっています。12編のお話が収められていますが、どれも非常に個性的です。私は、中でも「やさしい、子どもの悪魔」というお話がとっても気に入りました。意地悪であることこそ良いこととされる悪魔の世界に、『心のやさしいひとになりたい』と願う子どもの悪魔がいました。この子の両親はそのことで大変悲しみました。学校で悪い教育を受けさせても、いたずら一つせず熱心に勉強してしまうので、両親はその子を退学させて年季奉公に出します。そして、生前に極悪非道なことをした人間を入れて茹でる大鍋の火を番する役を任されました。ところがこの子は、熱過ぎないように火を加減してやるのでした。悪魔鍋監督官のセリフが大ウケです。『火が消えかかっているぞ! この仕事ぶりはいったい何だ? これじゃ地獄でなくて、コート・ダジュールだろう?』悪魔でありながら、周囲の目をものともせず、心やさしい人になるという困難な夢を追い求める悪魔の子の姿に勇気付けられます。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪★フランスの児童文学へ
2011.10.08
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うたうしじみ(絵本)地域文庫の先輩がおはなし会で語ったのを聞いて、すっかり虜になってしまった「うたうしじみ」(作/児島なおみ)。私も語ってみたくて、先輩に絵本をお借りして2ヶ月以上練習してきました。そして迎えた今日の学校おはなし会。無念にも失敗してしまいました。物語の序盤で、話の続きがどうしても出て来なくなってしまったのです。しかも3回演じたうち2回です。この失敗は、土曜日にあった文庫のおはなし会から始まりました。今日と同じ箇所で、頭が真っ白になってしまいました。失敗の一番大きな原因は、気負い過ぎたことでしょう。このおはなしを何としても楽しんでほしい!完璧に演じなければ!私の中にそんな気持ちがうずまいていたので、少し言い淀んだだけで頭が真っ白になってしまったのだと思います。練習の時は、気を散らしていたってスラスラと語ることができたのに…。お皿を洗いながらでも、洗濯物をたたみながらでも、お風呂で体を洗いながらでも。私はもうあまりにがっかりして、家へ着いたとたん倒れ込んでしまいました。お昼ごはんを食べる気にもなれませんでした。何とか最後まで語ることができたものの、心おきなく楽しませてあげられなかった子どもたちに申し訳ない気持ちでした。大切な絵本を貸してくれた先輩に、そして作者の児島なおみさんにも、申し訳なくて仕方ありませんでした。とても日記を書ける気分ではありませんでした。でも、この失敗をただ失敗で終わらせたくなかったのです。書くことは、やはり癒される行為ですね。私は、書くことで自分の気持ちを整理することができました。残念な想いに変わりはありませんが、「もう二度とおはなしなんてやりたくない」という気持ちは薄れました。きっと、先輩たちだってこういう失敗を糧に、あんな熟練した語り手になっていったのに違いないのですから。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2011.10.04
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