2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全23件 (23件中 1-23件目)
1
ジャパンラグビートップリーグ プレーオフファイナルの結果は、「三洋電機28―23サントリー」三洋電機は1960年の創部以来、社会人での単独優勝は初めて。徹底した超高速アタックのサントリーに対し、堅守・速攻・変化の三洋電機。日本ラグビーに新時代の訪れを感じる。祝!トップリーグ優勝 三洋電機。ナイスゲーム、しかし今日の私はテレビ観戦。惜しい……。残念……。秩父宮に行きたかった。さて、これでさらに日本選手権が面白くなった。2冠を狙う三洋電機に対し、包囲網を敷くサントリー、東芝、トヨタなどのトップリーグ勢と大学、クラブチャンピオンたち。まさにラグビー戦国時代。開幕は2月6日から。ぜひ秩父宮ラグビー場、花園ラグビー場へ。
2011年01月30日
もう少しである仕事が一段落する。正直、今回の苦労がなければ仕事を舐めていたところだ。かなり慎重な性格なので思い上がったりすることはないが、どうも、知らず知らずのうちに気が緩んでいたようだ。そこへ、「ぶったるんどる!」と神さまに叱られた。でも、もうすぐ一段落。上手いタイミングで気付くことができた。何事も「最善観」で万事ベスト。これでやっと私にもお正月が来る。そんな気分である。読みたい本が山積みになっている。お会いしたい方たちもいる。横浜の中華街で一杯やりたい。落ち着いたら、やろうと思っていたことがたくさんある。まずは今夜、サントリーの「角」で一杯やりたい。ではまた。
2011年01月26日
1月30日に行われる「ラグビートップリーグ決勝 三洋電機vsサントリー」。現在、日本選手権3連覇中の三洋電機。だが、ジャパンラグビートップリーグではいまだ優勝経験がない。日本選手権での勝ちっぷりをみていると、なぜだろうと首を傾げたくなるのだが、それが力が拮抗しているチーム同士の勝負というものだ。その三洋電機の対戦相手は、昨シーズンから一番変貌を遂げた(進化!)サントリーである。どのエリアからも、どの形からも、とにかく攻める。運動量はトップリーグ随一のはずだ。勝負の見所は、その攻めに徹したサントリーがいかに三洋電機の鉄壁のディフェンスを崩すかにある。「入り」から超高速アタックで精神的に揺さぶり、混乱させ、サントリーの土俵に持ち込む。ここでブレイクダウンが互角ならば、テンポの早いサントリーが流れを掴むだろう。もちろん80分間、ペースを握り続けるチームなどないので、いかに三洋電機の波が来るまで崩れずに持ちこたえるか。ここでもし崩れてしまえば試合はサントリーがリードし続ける展開になると予想している。(でも、そんな予想、よく外れますが。笑!)対して、三洋電機は先週のトヨタ戦で見せた有機的に繋がったディフェンス、ターンオーバーから一気に逆襲に転ずる辛抱強さとしたたかさで、超高速アタックからテンポを奪えば、初優勝の栄冠を手にすることだろう。あくまでも個人的な見所なので内容はあまり気にしないで欲しい。さて、ラグビーとは知性と野生が同じフィールドに混在する競技である。時に知性がひかり、時に野生が目覚め、見ている人間の本能をも強烈に刺激するそこが魅力である。この両チームならば、80分間ダレルことなく、チャレンジし続けまったく飽きさせることはないはずだ。勝敗よりも、ラグビーという競技そのものを楽しみたい。と言いながら、今週末は別件で秩父宮ラグビー場には行けない。残念!
2011年01月26日
「戦国を合戦を科学する」という文字に惹かれ、歴史の見方が変わる歴史体感マガジン「歴史REAL」vol.1というムック本を購入した。さっそく読んでみる。まずは鉄砲の話題から。戦国時代、鉄砲といえば織田信長の代名詞的兵器である。他にも鉄の軍艦など画期的なものもあるが時代の転換期と目される「長篠の合戦」があるので、信長といえば鉄砲と言っていいだろう。その長篠……だが、鉄砲の3段撃ちが革新的なアイデアとして通説になっている。「歴史REAL」vol.1は、それを科学的に検証しようという雑誌である。読んでみて、なるほどと納得して、でもちょっとだけ寂しいというのが感想だ。何十年も長篠……に対して抱いてきた、膨らませてきたイメージが少し変わってくるのかな。中世vs近世という新日正規軍vs維新軍(えらく古いはなしですみません)みたいなわかりやすさがこの合戦だと思っていたが。続く戦国弓も興味深い内容である。私も弓を引く者の端くれとして、古来日本にそんなに強い弓があったのかと驚くばかり、ゆえに合戦の主力兵器になりえるわけだと納得した。近年、歴史ブームである。ひと昔前はマニアックな人たちだけで盛り上がったものだ。それが、いまは様変わりである。また、以前のように信濃の古戦場巡りでもしたい。
2011年01月25日
上の息子の試合が近づいてきた。彼にとっては正念場である。今週に入ってから心なしか顔つきが変わってきた。目の前に立ちふさがる課題を一つひとつ乗り越えて行って人間力を磨いてくれよ。息子に負けないよう、親父も頑張るからな。一生に一度くらいは息子に自慢できる仕事がしたい。だから、親父も目の前の壁にぶち当たっていく。今年のテーマは「変化」だ。変わるなら根っこから変わろうじゃないか。
2011年01月24日
今月号も淡々と熱く、知的でエキサイティングです。「WEDGE(ウェッジ)」2月号が発売されました。WEDGE Special Reportは、「リスクは宝だ 挑戦が道を拓く時」知的冒険心が満載の雑誌です。私が書かせていただいているのは、「あの負けがあってこそ」のコーナー。今月号はラグビー 三洋電機ワイルドナイツの榎本淳平さんです。『新時代を切り拓いた要諦は徹底した人の和にある』 どうぞ、お手に取って心で感じてください。私鉄、地下鉄などの駅売店でどうぞ!
2011年01月24日
「長所も短所も天与の個性、持ち味の一面。 うぬぼれず嘆からず大らかにそれらを活かす道を考えたい」とは松下幸之助さんの言葉である。過去何度もこの言葉に励まされてきた。人は他人と比べ、ここが劣っているとか、弱いとか、周囲の評価だとかによって悩みや劣等感を持つものである。会社の業績評価なら数値化されるものだから、判断基準はある程度しっかりしているが、単なる人としての劣等感には思い込みのようなあいまいなものが原因であることが多い。だからといって、気にするなといってもそうはいかないのが人である。ゆえに、気にして、悩んで、落ち込んで、その先に「これが自分」と思えればいいのではないか。すると、この言葉につながってくる。私は会社員の頃は、会社の看板や肩書きなどによって守られていた。それは違うぞと思っていても、いつしかそれが自分の実力と感じるようになっていた。知らず知らずのうちにである。しかし、会社など辞めてしまえば、おまえ誰?何者?となってしまい、途方もない寂寥感に押しつぶされそうになった。「そうか、個人なんてこんなにも弱いものなのか」と痛感させられた。評価も収入もない世界で、ひとりぽつんとなった。当たり前だが、夢じゃ食えないことも味わった。仕事を作らなきゃと突っ走り、何度かぶっ倒れた。会社では通用した自分も社会では信用なし、そのうえ無力だった。追い討ちをかけるように周囲の冷ややかな目。それでも向いてくれればいいが、いないも同然の扱いすら受けた。そんなときに上記の言葉に出会ったのである。言葉には力があった。「長所も短所も天与の個性、持ち味の一面。 うぬぼれず嘆からず大らかにそれらを活かす道を考えたい」今年に入って仕事の環境が変わりつつある。もう一度、この言葉を噛みしめてみよう。自分を活かす道は必ずある。
2011年01月21日
上の息子は柔道とバスケ、下の息子は剣道と水泳。時間があるときは道場に稽古を見に行くことにしている。見学する親にも学びが大きいから、ありがたい。彼らのガンバリを見ているうちに、私ももう一度道場へ通いたいと思うようになった。肩が脱臼することもなくなったことだし、軽い弓に替えてもう一度始めてみようかと考えている。でも、「そのまえに仕事だろ」という声がどこかから聞こえてきそうだ。まずは、仕事、仕事。40歳を過ぎてから、何もバックボーンを持たぬまま転職した男には何よりもまずは仕事である。
2011年01月20日
年々物書きとしての仕事は質が高まっていると実感している。だが、同時に目指すべき道とは離れてきているような気もする。そこで、今年が修正の年。年明けからいろいろ環境の変化があったが、どれも、これも、知らず知らずのうちに修正に向かっている。秋にラグビーのワールドカップが開催されるのだが、そのとき自分がどこまで変われているか?今年の第1弾のチェックポイントとしたい。今年のテーマは「変化」だから、一歩、一歩にも意識して方向性を与えよう。
2011年01月20日
自分の性格に似ている人に親近感を覚える(類似性の要因と言うそうです)。でも、自分とは正反対のような人に惹かれるのも人間である。(これを相補性の要因というそうです)私の場合、長い付き合いの友人たちはみんな後者なので、いつの時代も意見が合わなかったような気がする(笑)。こういう関係の方が長く続くということか。社会人になってからのこと、親友Kとの会話を聞いていたある方から、「あまり仲が良くないのですね」と言われたことがあり、それをKに話したら、「それじゃあ、ラグビーの練習なんか見せられないな」と笑ったことがある。グラウンドでは仲がいいヤツとガチガチにやりあったりするものだから。さて、最近……仕事上でいろいろな方と出会う機会があるが、似ているかも、という方としか続かなくなってきた。なぜだろうと考えてみたところ、信頼関係が構築できるまでにとても時間が掛かり、現代社会はそこまで待ってくれる時間的感覚を持っていない。という結論になった。果たしてそれが正しいかどうかは?だ。それに利害関係が絡めば話は自ずと変わってくる。つい先日、友人Kと話をする機会があった。すると相変わらず意見が合わないんだ、これが。でも、Kとはいつの頃もこんなだった。Kはハイボール、私はオンザロックでやりながら意見の合わない話を何度したことだろうか。出会ってから33年。正反対の性格だが、私の人生になくてはならない味わい深い、良い友である。感謝。
2011年01月20日
来月下旬に私の新刊が出ます。タイトル等詳細は改めてこちらでお知らせいたします。このことは、2007年の春頃からアイデアがあり、いつか実現したいと温めていたものなのです。昨年、(株)ウェッジさんから出せることが決まって、2月に形になります。これで現物を手にしたりすると、長い旅が終わったような気がすると思います。私の仕事というのは人に寄り添うようなものなんだと思います。
2011年01月19日
昨日、取材のため新幹線で長野へ向かった。途中、富士山が綺麗で……長野新幹線で「富士山が綺麗」というのも違和感がある。富士山といえば東海道新幹線というイメージがあるからだ。でも本当に綺麗だった。さて、どの辺りからだろうか、窓の外が雪景色に変わった。スキーに行かなくなってからは、久しくお目にかかっていなかった光景である。長野駅に到着し、取材先で聞いてみると「5年ぶりに積もった雪ですよ」とのこと。平野部での雪景色は当たり前じゃないのかとそんなことも知らずに行った長野だった。確か志賀高原はあっちの方角だったなと少し頼りない記憶を引っ張り出して景色を眺めた。家に戻り地図で確かめてみると当たっていた。初めて川中島古戦場の近くを通ったのは、スキーで行った志賀高原の帰りだった。今度は秋に行きたいと思う。
2011年01月19日
人は自分の弱さと真正面から向き合って、それを克服する過程で輝くものだし、越えてこそ、いい感じに味わいが出てくるものだ。私はある若者たちに「夢は生きる力だ」と言った。夢とは想像から生まれるものである。しかし、その想像を「どうせ俺なんて」という自己像が全てを否定してしまう。彼らがそうだった。過去、私にもその「どうせ……」という言葉があった。でもいまは、夢こそわが生きる力だと言い切れる。「いつかこうありたい」という願いは行動力となって自分を奮い立たせ、突き動かす。私は彼らに言った以上、夢を追う。君らも自分を信じて動け。
2011年01月17日
昔からそうだった。しかしそう思いたくはなかった。人が大勢いろところにいると私は孤独を感じる。昔はそれを受け入れることができなかったけれど、今では認めているし、それを口にすることが出来るようになった。たくさん人がいる所は好きだけれど、そのなかでも、ひっそりとしているのが好きだ。さて、話は変わる。年明けから今まで使っていなかったお抹茶茶碗を出してきてお茶をいただいている。少し深くてお茶が点てづらいなと思いながら淡い肌色がとてもよい感じである。今夜もお江さんを見ながら使ってみた。どうも信長を見るとお茶が飲みたくなる。そんなクセがあったようだ。だから、また来週飲みたくなるということなので、美味しいお菓子でも探しておこう。
2011年01月16日
年が明けてまだ2週間ほどだというのに様々な出来事が起こるものだ。良いことも悪いことも……しかし、本来は何が良くて何が悪いのかなんてことは凡夫たる我々にはわかるはずもない。わかるなんて思っている人間は経験値が低いかただの勘違い、もしくは傲慢なだけである。長い目で見て、人生を振り返ったときにしかわからないものだ。ただ、目の前の出来事に一喜一憂することも人生を楽しむ要素ではある。(私はそれを楽しめるようになった)でも、真剣にはなっても深刻になってはいけない。それだけは間違いない。適切な判断ができなくなるからだ。実はこれ、自分の経験からでた確信。意識的にいまの自分を俯瞰して見る。すると周囲の景色が変わって見えるから不思議だ。そしてしばらくすると冷静さを取り戻すことができる。だから、鳥の目になれって。ということで、年明けのこの時期だからこそ、自分の良さを見つめなおしてみてはいかが。人は学校の成績(偏差値)に始まり、部活動の戦績、会社では業績等、成果主義の社会の中でランク付けされて生きている。すると、他人からの評価によって自分が決まるような錯覚に陥る。でも、他人はどう思おうが、自分は自分が好きだとか、こんなにいいところがある、こんなにカワイイところがあるなど評価してあげることも必要なのだと思う。自分と一生つきあうのは、自分自身なのだから。周囲の評価は環境の変化によっても変わってくる。だから絶対だ、なんて思わないことである。時に自分を見つめてみると面白い発見もあるぞ。さて、話はかわる。暮に母親が駅で転んで足首をはく離骨折し、あまり楽しくないお正月を過ごしていた。けれど、そんなときこそ家族、特に息子たちが話し掛けて、いつもよりも笑える会話が多くなった。ただでさえボケてる下の息子がボケるボケる。いつの時代もおばあちゃんと孫の会話にあまり変わりはないようだ。母親はきっと、足が不自由になって、今までは自分が家でトップだと思っていた意識が変わったと思う。いつまでも教師の気持ちが抜けなかった母がなにか一人間に帰ったような気がする。みんな素のままで生きよう。
2011年01月16日
今年のテーマを「変化」としたところ、年明けからいろいろな出来事に遭遇しています。積極的な意味で「変化」としたつもりだったのですが、予期せぬ、打ち切りやら、見直しやら……ナイスタックルを食らったような気分です。またしても、自陣ゴール前スクラムに戻ったような新年を迎えております。ですが、こんな生活も8年目に入りますと楽しんで一喜一憂できるようになってきました。よーし、やったろうかい。ということで、外的な要因で変化するのは悔しいので、今年は長年の夢に挑戦することにしました。ピンチのあとにチャンスありと言われております。なので、謹んでそのチャンスをいただこうと思っています。
2011年01月14日
息子たちの学校が始まった。今年は随分長い冬休みだったようだ。けれど、私は、気がつけば年末も年始もなく、慌しく時間が過ぎてしまった。そういえば暮に立てた誓いがあったが、年明け早々に忘れていた。思い出したところで、今朝から実践しよう。小さなことの積み重ねが人間を作る。
2011年01月11日
今年は「変化」をテーマにしようとしていた矢先、自分の思惑とはまったく別のところで変化が訪れている。まぁこれも望んでいる変化のうちと捉えて、「喜んで!」と応えてみよう。春は別れと出会いの季節ではあるが、様々なものが変化する季節でもある。私の周囲でも人間模様が色とりどりに……。
2011年01月11日
年末、年始のギリギリの仕事が一段落して「今夜はサントリー」かと思いきや、悲しいことに明日の晩になりそうだ。まいったね。さて、話はかわる。今日は午前中に届いているはずの宅配便の行方が?大事な原稿なのにいったいどこへ。やきもきしながら問い合わせをした。数時間遅れで、出版社さんからは「いま原稿が届きました」と報せをいただいたが、行き先を調べて折り返すと言っていた宅配便会社からは連絡はなし。それから1時間半ほどが過ぎてから、「もう届いていますよ」という連絡を受けた。そこで「午前中に指定していたのだが」と私が言うと「ちゃんとやっていた」という姿勢だ。数時間遅れて、どこが「ちゃんと」なんだか?1度地方に回ってから都内に戻ってきたそうだ。都内から都内なのに……。人間のやることにミスはある。そんなものを突っ込むつもりはないが、そのあとの電話対応がいけなかった。こんなふうに軽く扱われてしまうとガッカリする。さてさて、明日は年明け早々の大事な行事がある。良い一日となるように祈る。
2011年01月05日
昨日のこと、午後になって仕事が一段落したので地元の八幡様へ初詣に行った。その帰り道、カミさんと息子の用事に付き合うことに。お隣町の商店街を抜けると、そこには、初詣の帰りだろうか、羽織袴にブーツを履いた青年が立っていた。「おお!龍馬かえ」と声を掛けたくなる衝動にかられたが、右手が懐の中に入っているので用心、用心。きっとピストルが握られていたはずだ。(そんなわけがない)髪も長く、そのいでたちがいい感じじゃないか。息子も見た瞬間に「龍馬だ」と思ったらしくしげしげと見入っていて、「こら!」とカミさんに叱られていた。私は18歳で「竜馬がゆく」を読んで以来の龍馬ファンである。なんだか初対面なのに友達のような気がしてきた。それじゃ、また。
2011年01月04日
人生とは自分自身が作り上げるもの。演じるのは自分である。生まれついての家庭的環境の違いとか、個人の能力の違いは当然ながらある。だが、人生を変えるものは努力という後天的要素である。私は幼い頃から自分は弱い人間だと思ってきた。事実、弱い自分とたびたび向き合ってきた。飛びぬけた才能や能力なども持っていない。だから、小さなこと、自分にできるだろうというものしかやってこなかった。けれど、人生は自分で創るものだと思ってきた。何を考え、何を想うか、それがその先を決める。将来像などという大げさなものだけではなく、周囲を見る物差し(価値観)を見直す柔軟性を持つだけでも、大きな変化をもたらすことになる。それは自分を見直す柔軟性にもつながるはず。今年はこの自分の物差しを見直すことにチャレンジする年にしたいと思っている。なので今年のテーマは「変化」だ。まずは自分自身が熱となること。何事もそこから始まる。
2011年01月03日
「百里を行く者は九十を半ばとす」(戦国策)百里を旅する者は九十里を半ばと心得よ。これは、最終段階の詰めの大切さを指摘したもので、最後の最後まで気を緩めずに事に当たれという意味である。いま私の仕事もその段階に入っている。ここからが正念場。明日の夕刻まで気持ち入れて事に当たる。よし、行こう!
2011年01月03日
思いは叶う。思いは届く。努力する人間を運命はきっと裏切らない。努力し続ける限り、道は必ず切り拓けるものだ。結果は努力の汗の量で決まる。おめでとうとありがとうの気持ちで包まれる正月でありたいもの。良い年になりますように、自分にできることを精一杯尽くします。
2011年01月02日
全23件 (23件中 1-23件目)
1