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「ピンチのあとにチャンスあり」 ラグビーではよく使われる言葉である。もちろんこれはラグビーやスポーツに限ったことではない。確かにこの48年間の中で幾度もそんなことを経験してきた。サラリーマン時代に「逃げ場なし。万事休す」かと思われた直後に予想もしていなかった展開に救われたり、大クレームが転がって転がって、大きな取引に繋がったりと世の出来事はまさに、「禍福はあざなえる縄のごとし」だ。そして今、また大ピンチがやってきた。禍福は……と頭の中ではわかっているのだが、正直きつい。新たな壁も生まれた。さて、どうするか。チャンスが来るまで踏ん張るしかないが、その壁だけは笑っては迎えられない。こんな時こそ人間性が出るはずだ。この道は自分で選べる。
2011年04月29日
故人と約束したことがある。私にはそれを実現する義務がある。だが、時間が経てば状況が変わってくる。状況が変われば、関わる人の数だけ思いの形も変わってくる。やり遂げなければ約束じゃない。力不足は否めない。でも、目は空高くを見つめ続けて行こう。
2011年04月27日

「吉川英治記念館」に行く途中の奥多摩橋から見た景色。もう1枚。さて、ちょうど記念館に着いた頃に一人のお客さんがお帰りになったところなので、静かな中で私一人になった。人は一生の中でさまざまな人と出会い教えや影響を受ける。本もその中のひとつである。私にとって、その後の人生に影響を与えたトップは17歳の時に読んだ吉川英治さんの宮本武蔵だ。あの本に出会っていなければ変われなかった。読みおえたときに自分の中の何かが壊れたような気がした。それは生き辛いと思っていた、本当はありもしない社会の枠組みだった。あの頃から少しずつ自分の弱さと正面から向き合えるようになっていった。自分の個性も他人の個性も認められるようになっていったのである。周囲からは大人しくなったとか、落ち着いたと言われるようになった。そんなことを思い出したら涙が溢れてきた。一度も会ったこのない吉川英治さん。でも17歳のあの時から、ずうっと教えを受けてきたように思う。そして今回もまた教えを受けた。根底に平和への祈りを込めて、人間の我欲と悲劇の本質を求めて、人と向き合うこと。答えはそこにあった。でも、できるのだろうか、凡夫の俺に。仕事とは人間修行である。
2011年04月27日

昨日、ある弁護士さんを訪ねて立川に行った。実はこの方、小学生の頃からとてつもない方でたしか小学4年生で宮本武蔵を読み、5年生では三国志。どちらも吉川英治さん著のものである。さらに6年生で山岡荘八さんの徳川家康全26巻を読破したというのだから驚いた。もっと深く尋ねれば、さらに驚くような本を小学生時代から読んでいるはずだ。私とは、人間の作りの基が違うようだ。さて、「せっかく立川まで来たのだから」と二俣尾駅にある「吉川英治記念館」に足を伸ばした。その途中の絶景スポット。と言っても私は高いところがダメなので、恐る恐る下を覗くと……。足が震えながらも、多摩川がキレイだった。久しぶりに来る「吉川英治記念館」。この奥多摩橋を渡ればもうすぐ。吉川英治さんは、私に人の形を教えてくれた人だ。17歳の頃に宮本武蔵に出会っていなければきっと今の職業にはついていないだろう。
2011年04月27日
自分は煩悩の塊である。このままでいいのか、と葛藤がある。負けることも、勝つこともある。煩悩とは日々戦っている。人生は答えのない道だ。要領よく、利に聡く生きたいヤツは生きればいい。不器用ものは、好きな狭い世界のなかで、物書き三昧。一心に生きたい。一心に、ひたすら一心に、生きたい。読んでくださった方が、一瞬でも優しく、豊かな心になれるようなそんな本が書きたい。本心では千年先の世まで残るものを書きたいと思っている。身の程知らずの凡夫の寝言かもしれない。けれど、人生はハーフタムを折り返している。人に何を言われようと進むだけだ。
2011年04月22日
お袋が病院に行った。この数週間、悪くなけりゃいいのだが、と心配だったけれど、どうやら悪いもんじゃなかったようだ。本人も少し落ち着いたようだ。私もほっとした。もし悪いもんだったら、こんな感じでブログには書けないよ。節電で街中は暗いけど、家の中は少し明るくなったような気がする。私が物書きで一人前になるまでは元気でいてくれなきゃ困る。いつまでも口うるさい人でいてくれ。
2011年04月21日
林敏之さん(理事長)のNPO法人HEROESチャリティイベントの告知!ONE FOR ALL ALL FOR ONE今こそラグビー精神だ!震災支援チャリティーイベントこの度の東日本大震災により、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様、並びにご家族・ご友人の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。NPOヒーローズは、震災の復旧・復興を少しでも支援する為に、チャリティーイベントを開催する事に致しました。イベントの期間中、震災復旧・復興の募金を集め、同時に東北支援Tシャツを販売し、復旧・復興の為に少しでもお役に立てればと思っております。また、こんな状況の中で我々に何ができるのか?「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」の精神で、皆さんと共に我々にできる事を模索して行きたいと思います。イベントの内容としては、ラグビーの絵画(スポーツイラストレーター尾中哲夫)や、ラグビーメモリアルグッズ、キッズラグビーフォトコンテスト応募作品、ヒーローズの活動等の展示と共に、林やその他ゲストのスピーチを毎日行い、ご来場の皆様と対話ができればと考えています。 詳しい内容については近日中にヒーローズのホームページに掲載いたします。 http://www.npo-heroes.com/主催:NPO法人ヒーローズ後援:日本ラグビーフットボール協会・毎日新聞社東京銀座チャリティーイベント期 間 平成23年5月1日~5月7日午前11:00~午後6:00(最終日は午後4時)場 所 銀座 ギャラリー青羅東京都中央区銀座3-10-19美術家会館 1階電話 03-3542-3481(事務所)電話03-3542-3473(画廊直通)HP http://www.hi-ginza.com/seira/大阪心斎橋チャリティーイベント期 間 平成23年5月20日~5月22日午前11:00~午後7:00(最終日は午後5時)場 所 心斎橋 スポニチプラザ大阪市中央区東心斎橋1の19の11 鰻谷スクエア1階電話 06-6244-2311HP http://www.sponichi.co.jp/osaka/event/forum/plaza.html 趣旨ご理解頂き、是非ご来場いただきたく、ご案内申し上げます。 NPO法人ヒーローズ 理事長 林 敏之RUGBY!RUGBY!RUGBY!以上です。銀座ではビッグなゲストも参加されるようです。銀座開催期間中は、大元よしきもいます。被災地の一日も早い、創造的復興を祈っております。皆様、お時間があればどうか足をお運び下さい。
2011年04月21日
今に始まったことではないが、仕事の段取りが悪い。昔は几帳面だと言われていたこともあったのだが、そんなことは過去のこととなった。今朝も徹夜になってしまった。この歳になると徹夜がきつい。今夜は早めに寝るとしようか、いや、待った。こんな日こそ白角のロックを一杯。なんてね、どうしよう。やっぱり、やるか。
2011年04月19日
重なっていなければ秩父宮に行っていたのだが……昨日は大切な、大切な試合があった。東京都の春大会。やはり高校生の試合は胸にグッと来るなぁ。ひとつのパスに、ひとつのタックルに意味がある。負傷し、救急車で運ばれた選手のファイトには目を見張るものがあった。胸が震えたよ。何度も体を痛めて、立ち上がっては、また向かっていく。感動とは「花園」で生まれるわけじゃない。国立や秩父宮でもない。東京都の1回戦にだってある。その試合を応援に来る一握りの人たちの胸に生まれる。最終的にはちょっとだけ開いたが、結果は未来への踏み台である。全ての負けは、次に飛ぶための準備だ。胸を張って、前に進もう。感動はしっかりもらったよ。
2011年04月18日
たった一日のうちに様々な出来事があった。極めつけは、ついさっきだ。親の心、子知らずという言葉があるが、その逆もまたある。私が息子を心配していると思っていたら、知らない間に息子に心配されていた。家庭も社会も支え合うことによって成り立っているのだから、当たり前なのかもしれないが、改めて感じた夜に泣けたよ。胸が熱くなった。感謝。
2011年04月17日
私も理事に名を連ねております「NPO法人ヒーローズ」。その理事長は、現役時代に壊し屋の異名をとった林敏之さんです。林さんのブログからそのまま引用させていただきます。************以下、林さんのブログから****************ONE FOR ALL ALL FOR ONE今こそラグビー精神だ!震災支援チャリティーイベントこの度の東日本大震災により、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様、並びにご家族・ご友人の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。NPOヒーローズは、震災の復旧・復興を少しでも支援する為に、チャリティーイベントを開催する事に致しました。イベントの期間中、震災復旧・復興の募金を集め、同時に東北支援Tシャツを販売し、復旧・復興の為に少しでもお役に立てればと思っております。また、こんな状況の中で我々に何ができるのか?「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」の精神で、皆さんと共に我々にできる事を模索して行きたいと思います。イベントの内容としては、ラグビーの絵画(スポーツイラストレーター尾中哲夫)や、ラグビーメモリアルグッズ、キッズラグビーフォトコンテスト応募作品、ヒーローズの活動等の展示と共に、林やその他ゲストのスピーチを毎日行い、ご来場の皆様と対話ができればと考えています。 詳しい内容については近日中にヒーローズのホームページに掲載いたします。 http://www.npo-heroes.com/主催:NPO法人ヒーローズ後援:日本ラグビーフットボール協会・毎日新聞社東京銀座チャリティーイベント期 間 平成23年5月1日~5月7日午前11:00~午後6:00(最終日は午後4時)場 所 銀座 ギャラリー青羅東京都中央区銀座3-10-19美術家会館 1階電話 03-3542-3481(事務所)電話03-3542-3473(画廊直通)HP http://www.hi-ginza.com/seira/大阪心斎橋チャリティーイベント期 間 平成23年5月20日~5月22日午前11:00~午後7:00(最終日は午後5時)場 所 心斎橋 スポニチプラザ大阪市中央区東心斎橋1の19の11 鰻谷スクエア1階電話 06-6244-2311HP http://www.sponichi.co.jp/osaka/event/forum/plaza.html 趣旨ご理解頂き、是非ご来場いただきたく、ご案内申し上げます。 NPO法人ヒーローズ 理事長 林 敏之RUGBY!RUGBY!RUGBY!*****************************************以上です。被災地の一日も早い、創造的復興を祈っております。
2011年04月15日
昨年から書いておりました BIGLOBEラグビー「WE LOVE RUGBY」ですが、今月をもって担当期間が終わりました。「トップアスリートの突き抜けた瞬間!」は、石塚武生さんと約束し、いっしょにやりたいと思っていた企画だったので、もう少し続けたかったという思いが強く残っています。私の力及ばず、未熟を感じております。また、いつかチャンスがあればラグビーを書きたいと思います。約束も果たしたいと思います。それまでは充電期間だと思って、力を蓄えておきます。皆様、ありがとうございました。さて、今月からオフィスも移転しました。きっと仕事の内容も変わることでしょう。今年のテーマは「変化」です。変化は進化につながります。一点に留まっていては滅びます。方向も方針も全て見直します。今年は正念場です。挑戦は伸びんとする力です。「この道で良かった」と後々思えるように挑戦します。進化するライターを応援してください。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
2011年04月15日
大阪に出張する日の朝からだった。鼻がムズムズ、ムズムズし始めた。「むむ、とうとう本格的にやって来るか」新幹線の中から、クシャミと目のかゆみがひどくなり、新大阪に到着した頃には顔がぐちゃぐちゃになっていた。どこで夕食を食べようかと少し歩いてみたが、どうにもクシャミが止まらなくなり、軽くすまして、ホテルの部屋でビールを飲んだ。やめときゃよかった、ぜんぶ鼻に回った。翌日の仕事の資料を読みながら、勝手な想像で構成をシュミレーションをしてみた。「これで綺麗に流れるかな」とひとり納得。今夜は静かな夜だ、と思っていたら遅い時間になって複数台の、それもかなりの数の消防車のサイレンが響いてきた。気がつけば深夜の2時を回っていた。それにしてもクシャミ、鼻づまり、目のかゆみは辛い。毎年お祭のようにやってくる花粉たちよ、今年も暴力的に押しかけてきやがって。少しは仲良くしてくれよ。長い付き合いなんだからさ。
2011年04月15日
朝の7時半から引越しの手伝いをして、失礼させていただいたのが19時過ぎ。その後、買い物を済ませ、息子を〇〇へ迎えに行こうと思ったら39度の熱を出して寝込んでいるという。今朝までカミさんが熱を出していたので、心配しながら出掛けたのだが、案の定だった。22時半を回る頃になってやっと落ち着いてきた。これからが私の仕事である。それにしても体がキツイ。明日は取材のため大阪へ向かう。このシリーズも残り2回となった。立つ鳥あとを濁さずだ。最後までしっかりと取り組みたい。
2011年04月11日
仕事の合間に都知事選の投票に行った。帰り道、「ちょっと桜の寄り道をして行こう」とカミさんと八幡様へお参りに。満開だった。実に美しい。帰りに思いついたのでカメラを持っていないのが残念だ。心なしか今年の桜は色が薄いのではないかな?桜は満開よりも散り始めが美しいものだ。明日は仕事の帰り道に少し遠回りをしてサレジオから円融寺、碑文谷八幡、西小山方面の桜を見に行きたいと思っている。明後日は出張なのだが、どこかで良い桜に出会えるかな。
2011年04月10日
菜根譚に「世に処するに一歩譲を高しとなす……」以下続くがここでは省略。日本語訳をすると、人に愛されたり、世をより良く生きるためには、常に人に一歩譲る気持ちを持って接することが大切だ。その一歩譲る心がけが、必ず将来自分が一歩前進するために生きてくる。というもの。昨日の日記では、初めの一歩を踏み出す勇気に触れたが、今日は一歩譲る気持ちを持つことと記しておきたい。どちらも、この一歩が実に難しい。
2011年04月09日
いろいろなタイプの人がいると思う。けれど、大きく分けると「やる人」か「やらない人」かの二つしかない。と言った人がいた。やる人というのは行動を起こせる人。やらない人というのはアタマでっかちで、やる以前にあれや、これやと考えを巡らせてやらない理由を作りあげる人のことである。初めてのことに取り組む時に心配や不安があるのはあたりまえだ。でも、そこで一歩を踏み出せるかどうかが未来を分ける。一歩踏み出してしまえば、その次は出るし、さらにその次ぎにも繋がるものだ。できるか、できないかではなくて、やるか、やらないかだ。まぁやってみよう。
2011年04月08日
子育てはエキサイティングだ。昨日の日記に「点」と「点」のことを書いたが、子育てもまったく同じである。あんなことがあった、こんなことがあった……長い期間にはいろいろな喜怒哀楽がある。それには表面的なつながりはない。けれど、子どもたちが成長した先に繋がりができてくる。全ては意味のあることなのだと気付く時が来る。これは親も子も、である。
2011年04月07日
新学期が始まると先生方の転勤や退職のニュースに接する。今年は下の息子の学校であった。ウチの子たちは先生にはとても恵まれていた。学業はもちろんのこと、いろいろな問題が起こった時でも対処するスピードが早く、対処方法も愛情溢れるものだった。苦悩しながらも、真剣に親、子どもたちに向き合っている姿勢が立派だった。私は親として尊敬していた。その息子は私が卒業した小学校に通っている。私には真っ暗な思い出しか残っていない母校のイメージを変えてくれたのが息子と先生たちだった。息子たちを通して、まるで小学校をやり直せたような気持ちさえしている。あれほど嫌いだった母校が、今では誇れる母校に変わっている。こんなところにも人生の素晴らしいところがあった。ありがたい。校長先生、元担任の先生おかげさまで、息子たちは大きくなりました。元気に学校に通えるようになりました。私の母校の思い出も変わりました。ありがとうございました。今日は感謝を込めて書かせていただきました。
2011年04月07日
会社員の頃もそうでしたが、「今」その場でやっている仕事というのを、まるで「点」のように感じていました。単なる「点」と「点」の寄せ集めなので、経験は積めても自分自身の成長という観点では効率が悪いなぁと思ったものです。物書きになった後も同じことを感じたことがありました。もっと戦略的に効率よく……なんて考えてしまって、「なんて自分はもったいない動きをしているのか」と振り返ってしまったりするのです。ですが、もっと長い目で振り返るとこれが大きな考え違いだと気付きました。「点」と「点」がつながって線になったのです。それは人的なつながりも同じでした。気付いていないこと自体がもったいないことだったのです。こう考えれば、どこにも無駄はないのかもしれません。今週後半から、新しい分野に挑戦します。ではでは。
2011年04月06日
タイトルを「上善は水の如し」から「創意は無限」に変えた。現時点で変えることにあまり意味はないが、これから変えた意味を持たせたいと思う。創意は無限。物書きとしての姿勢を表す言葉としたい。
2011年04月03日
北の丸公園でお弁当を食べた。桜も咲き始めている。暖かだった。春だ、春を感じた。春とは言うまでもないが、喜びを表している言葉である。身体はその息吹に敏感に呼応しようとする。けれど今は素直に喜んでいてよいのだろうか……。という思いも過ぎる。しばらくして、それじゃいけないと打ち消す。思うまま。感じるまま。喜ぶ時は喜び、悲しむ時は悲しむ。笑いたい時は笑い。泣きたい時は泣く。その瞬間を精一杯生きる。それが人なんだ。帰り道、神保町界隈の本屋さんをはしごした。本はいい。本のあるシーンや、本屋のある風景が好きだ。やはり、本はいい。以前ある方が私に、「物書きには失礼ながら、本よりもゲームの方が想像力がつく」と仰ったがそんなことはないだろう。人の創造力に枠などない。無限である。
2011年04月03日
息子と連れ立って外出すると、彼らが「小さな窓」から社会を覗きながらも、その中から手探りで係わり合いを模索しているのが伝わってくる。知ろうとする意欲は、伸びんとする生命力である。積極的に関わろうとする姿勢は、社会の一員であるという自覚の表れだ。中学生の息子の夢はより具体的な輪郭を持ってきた。漠然としていたものにはっきりとした意志が加わった。それを言葉として発するようになった。夢は走り始めた瞬間から目標に変わる。彼は走り始めた。さて、下の息子。仕事の合間に2人で出かけた。駅で荷物を持って階段を上るおばあさんがいた。いまは節電でエスカレーターが動いていないためこういう光景がよくある。息子「おばあちゃん、荷物持ちましょう」と言って階段をいっしょにあがった。ACによる影響もあるだろう。子どもは敏感だから、今回の大震災をキッカケに自分も出来ることからやろうという気持ちが強くなってきたようだ。こんなことを書くと、親ばかのように思われるかもしれないが、子どもたちが周囲に溢れる情報から何を察知し、何を吸収するのか知ることは親にとっては大切なことである。単に興味の対象としてだけではなく、物事に接した時にどういった思考をするのかどういった行動を取るのかそれを少しでも理解していれば、親の言葉の掛け方も変わってくる。簡単ではないが、息子対親ではなく、息子対社会を見ていると息子が見えてくる。この日記は自分に向かって書いています。
2011年04月01日
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