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家元が帰ったあと、「艶歌」のマスターが私に言った。「談志さんが、初めて会ったここの客、それも若い人にあんなに愛想よく、色々と話すのは、本当に珍しいよ」…また、私は震えた。マスターが最後に付け加えた一言にもよるが。「談志さん、若い人嫌いだからね」…んな、無茶な(笑)!まあ、私とYさんに、「異常なまでの流行歌への情熱」があって、その情熱が家元に伝わったからこそ、気に入って頂けたのだろう。本当に有難かった。話が前後するが、家元といろんな流行歌話をしてるときに「チンライ節」の話になった。昭和14年、樋口静雄の歌でヒットした戦時歌謡。家元が、この歌が大好きなのは知っていたが、そのときに私は家元に訊かれた。「この歌は、後で林(伊佐緒)先生がLPに入れてンだよな。お前、林先生が歌ってる音、持ってるか?」幸い私の手元に、林伊佐緒バージョンがあったので、すぐに「あっ、持ってます。今度テープにダビングしますから」と返した。家元は笑みを浮かべて「偉え!テープで持ってこいよ!」…05年9月6日(火)、私は横浜にぎわい座に向かった。家元に「お前、必ず来いよ!」と初対面の場で釘を刺された「立川談志・春野百合子二人会」を観るために。…というより、家元にテープを渡しに、と言うべきか(笑)。当たり前だが、前売り券は即完売!ゲストが小沢昭一先生なんだから、誰でも行きたがるわな。にぎわい座は、当日券発売が開演1時間前とかじゃなく昼間で、家と桜木町を2往復したのを、よく覚えている。何とか、すべり込みで取れた当日券。1階席の一番下手側、最後列のパイプ椅子(早い話が入口のドアのとこ)に座ることができた。開演まで時間があって、チラシを見ながら「う~ん!」と背伸びをして、何気なく後ろを振り返ったら…。今来たばかりという風情で、年配の男性が立っていた。「あれ?先生?」「…お前、何やってんだ!?こんなとこで!」我が師、歌謡声帯模写の白山雅一先生だった。
2013年06月29日
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昨年に続き、行ってきました鈴本演芸場!三遊亭司・林家たけ平・柳家喬の字という、二つ目の有望株であり、私の後輩&友達(笑)の三人会。しかも、今年のゲストは柳亭市馬副会長!…これ書くと、「虎の威を借る狐状態」になってしまうが、私の知人大集合!…みたいな会、ホントに。でも、そんなことは抜きにして、三者三様の高座をじっくり味わえた、素晴らしい会だった。開口一番・林家つる子 「元犬」柳家喬の字 「蜘蛛駕籠」林家たけ平 「竹の水仙」柳亭 市馬(ゲスト) 「粗忽の釘」中入り三遊亭 司 「酢豆腐」 …今年は、感想を詳細に書こうっと(笑)。開口一番の林家つる子さん。たけ平さんの兄弟弟子。ルックスも口跡も、市馬一門の市彌さんに瓜二つで、物凄く驚いた(笑)。たどたどしい前座さんが多い中、非常に口跡が良く、聴き易い落語だったと思う。個人的には、女性の噺家ってあまり認めたくない気が若干あるんだけど、つる子さんは、こみちさんみたいに結構伸びるかもしれない。喬の字さんは「蜘蛛駕籠」。「また、その話かよ…」と呆れられることは覚悟だが、「蜘蛛駕籠」は、我らが談志家元が亡くなる8ヶ月前、生涯最後に演ったネタである。「へい駕籠!へい駕籠!」「屁を嗅ぐ?俺のは臭えぞ」…ここの件を、声帯を摘出する手術の直前に言っていた…という話を、今日聴いてて急に思い出してしまい、涙腺がまた崩壊しそうになってしまった(苦笑)。噺の前半、少しノリが悪い感じもあったが、中盤以降はどんどんテンポが良くなって、見事に爆笑を取ったのは流石だった。たけ平さんは「竹の水仙」。いきなり地元、足立区のマクラで満場の爆笑を掻っ攫い、本題に入っても、爆笑は衰えなかった。見事!武士と旅籠の主が、何故かタメ口になってしまうところが若干引っかかったが、あれも多分演出のうち…だと思う…全く自信がないけど…(笑)。ゲストの副会長、市馬師匠は軽く「粗忽の釘」。いつもより心なしか、楠木繁夫・久保幸江「トンコ節」に力が入っていたような気がしなくもない(笑)。…余談だが、私が一昨年の秋、初めて林家たけ平さんと知り合ったときというのが、なかのZERO小ホールの市馬師匠の会だった。サラ口で、「扇の的」を演ったたけ平さん。その後に上がった市馬師匠の言葉を、私は忘れない。「ただいまのは、林家たけ平でございまして…芸はまだ未熟な所もありますが、彼は大変懐メロに詳しいんです。懐メロに詳しいということは、噺家として将来の見込みがあります!」…どう読んでも、この文、日本語として変だ(爆笑)。…話が逸れた、本題、本題。中入りを挟み、トリは三遊亭司「酢豆腐」。実は、この間の水曜日、近所の居酒屋で飲んだのだが、「『酢豆腐』どういう感じで演るの?」と質問したところ、「まあ、楽しみにしてて」との返事。司も私も、お互い黒門町の大ファンで、ハッキリ言えば「ちりとてちん」より「酢豆腐」の方が何百倍も好きだ!というのも共通の意見。つまり、共に江戸っ子の美学に惚れているということ。2人とも、大田区生まれの大田区育ちだけどさ(苦笑)。…てな訳で、頭をカラッポにして聴くことにした(笑)。見事に江戸の風を吹かせていた、いい高座だった。黒門町の匂いも、矢来町の匂いも感じることができたし、何より気障な若旦那の演出は、ピカイチだったと言って過言ではない。笑いより「落語の美学」を優先させていたから、笑いの量自体は、前の2人に比して少なかったが、大半のお客を大満足させていたと思う。ただ、演出自体には何の文句もないのだが、もう少しだけ口調をアップテンポにしたら、もっと良かったと思った。…長講の会だし、トリだし、ゆったり目に演じなくてはいけない部分もあったのだろうけども。私もそうだけど、東京人って相当早口だから。とにもかくにも、これだけ大満足できる落語会というのは滅多にない。鈴本の空気と、三人の気合いがものの見事に合致した素晴らしい落語会だった。お世辞じゃないよ、これ。
2013年06月23日
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毎週見ている番組の一つに、BSイレブンで火曜日の20時から放送している「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」というのがある。毎週、1人~4人の噺家をゲストに迎え(基本は2人)喬太郎師との楽屋トーク、そして落語を1席というシンプルな構成の番組。背景のCGが凄いのも特徴。喬太郎師は平成元年入門だから、大体ゲストで来る噺家さんたちは、喬太郎師から見て少し先輩か同期、あるいは後輩が多い。ところが、ここ最近「大御所シリーズ」が続いてて、落語は勿論、高座前後の楽屋トークが凄く面白く(笑)、かなりの満足度だったのだ。先々週の鈴々舎馬風師匠の長編漫談も素晴らしかったが、今週のゲスト、当代桂文樂師匠の楽屋トークがあまりに面白くて、久々に落語関係の番組で笑い転げてしまった。…今、思い返してみると、幼い頃に初めてメディアで触れた落語家というのは、おそらく先代小さん師匠と当代文樂師匠(当時は小益)だったと思う。番組でも触れられていたが、やっぱり当代文樂師匠の顔を見れば、30代以上の東日本育ちの人なら誰でも思い出す「ペヤングソースやきそば」のCM。昭和50年から、平成の初頭まで放送していたと思う。この番組で久々にCMを見られて(3パターンも)、懐かしい思い出が脳裏にくっきりと甦ってきた。初期のやつは、生まれる前なので覚えていないが、柔道部員が屋台に来るパターンのバージョンは、長い間放送されていて、それこそ何度となく見たし、よく真似もしたものだ。部員 「おっ、四角い顔!」文樂 「へい、いらっしゃい!」部員 「腹減ったなぁ~」部員全員 「押忍!」文楽 「どうだい?味は」部員全員 「まろやか~」文楽 「もういっちょいく~?」部員全員 「押忍!」このやりとり、もうCMが放映されなくなってから20年以上経ってるというのに、全部覚えてた(笑)。前にここでも書いたが、平成4年に大名跡の九代目を襲名された文樂師匠。おそらく高座に専念するために、ペヤングのCMを降板したのかもしれない。しかし、襲名して20年経っても、今でも相変わらず「桂文樂」は基本「黒門町」のことを指している。当代文樂師匠の心のうちの葛藤、あるいは世間から「何だって!?小益が文樂だぁぁ~!?」的な批判を浴びまくった辛さは、想像を絶するものがあったと私は思うのだ。私もだいぶ批判したけど(苦笑)。でも、そんなことは微塵も感じさせず、明るく楽しい高座を今でも務めているのは、本当に素晴らしい。家元・志ん朝師匠がこの世を去り、圓蔵・扇橋という師匠方が寄席に出られなくなってしまった今現在、戦後の落語黄金時代を肌で知る、数少ないお一人になってしまった、当代文樂師匠。黒門町の思い出、ペヤングの裏話、昭和35年の映画「羽織の大将(東宝)」に端役で出たときの思い出…。喬太郎師匠が心から嬉しそうに話を聞き、文樂師匠もノって話をされていたのを見ていて、何か……素直に「いいなあ」と、私も心から思ったのだ。こういう話は、よく司やたけ平さんともするのだが、先人たちの思い出話を聞くことくらい、自分たちの血肉になり、財産になるものはない。昔の文化に興味のない奴は、人間として薄っぺらなクソ面白くもない馬鹿だと、私は断言できる。文樂師匠には、これからもお元気で活躍して頂きたい。
2013年06月22日
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我が後輩が書いてくれた、抜群の似顔絵を配した、素晴らしいチラシが完成しました!7月13日(土)は、ぜひぜひ神保町らくごカフェにおいでくださいませ。流行歌ファン・落語ファン共にお楽しみ頂ける内容にすべく、只今構成作成中です!『昭和歌広場~SPレコードとトークでつづる歌謡史~』 第1回・伝説の懐メロスナック、中野坂上『艶歌』の思い出7月13日(土) 会場・神保町らくごカフェ18時30分開場・19時開演入場料・予約1,200円 当日1,500円司会・林田雄一 トークゲスト・加藤浩(オフィスM’S)内容のお問い合わせ・チケット予約はこちらまで↓CBC01742@nifty.com0ps388121401v2y@ezweb.ne.jpご予約の際、「名前(フルネーム)」「連絡先(携帯電話等)」 「必要枚数」を必ずお伝えください。
2013年06月17日
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大ファンの人と、大好きな流行歌の話で盛り上がる。それだけでなく、まるで自宅で稽古してきたかのような絶妙な間合いで、励ましの言葉を私にかけてくれた家元。「生きてて良かった…」と心から思えた私(笑)。周囲の「艶歌」の常連は、どう思って見てたんだろう?自分たちがいきなり除け者にされて、不快に思ってた人も少なからずいただろう、と、今になって思うが。家元は私に言葉をかけてくれた後、こんな話を始めた。「実は今、流行歌の本を書いてるんだ。ちょっとトラブルがあって、出版社は代わったんだけどな。お前たちが読んでも納得できる本だと思うよ」…後半の方の言い回しは、ちょっと記憶が定かじゃないが、とにかく、こういう内容だったことは間違いない。その流行歌の本というのは、06年3月に大和書房から出た「談志絶唱・昭和の歌謡曲」のこと。この本に関しても、忘れられないエピソードがあるので、後日改めて書くことにする。あとは…どんな話をしたかな?このとき(苦笑)。あまりにボルテージが上がりすぎてて、ところどころ記憶が飛んでいる(笑)。カラオケで何かを歌ったような気もするが、何だったか全く覚えていない。Yさんに電話かけて、覚えてるか聞いてみるか(笑)。…あっ、思い出した!今書いている話は、05年8月23日の晩のことだが、05年9月6日(火)の晩に、横浜にぎわい座で「立川談志・春野百合子二人会」があって、私はそれに必ず行きますからと話したのだ、家元に。そしたら「おっ、そうか。…春野百合子は聴いとけよ、勉強になるからな!必ず来いよ!」…私を何だと思ってたんだろう、家元は(笑)。で、それの終演後に、楽屋にレア音源を持っていく約束をしたんだ!思い出してよかった…。まあ、とにかく、夢のような時間はあっという間に過ぎ、家元は「そろそろ帰るか…」と。私は、また最後に勇気を振り絞って言った。「家元!今日の記念に、一緒に写真撮ってください!自分の歴史を作りたいんで!」家元は2つ返事で「おう、撮ろう!」Yさんに撮ってもらった、家元と私のツーショット。パソコンと携帯に保存して、未だに多くの落語ファンに自慢して見せびらかしている(苦笑)。やってることは『ドラえもん』のスネ夫と大差ない(笑)。とにかく、この第一印象が良かったのか、ここから約5年間、一家元ファンとして、喜びと緊張と癒しと恐怖が入り交じった、幸せな日々が続くことになった。
2013年06月16日
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5ヶ月ぶりの記述…皆さん、殆どお忘れかもしれませんが、前回の続き。「九段の母」事件で、初対面でいきなり大しくじりをした我々2人(苦笑)。でも、家元は怒ることなく、むしろ「こいつらは本当に流行歌が好きな奴らだ」と認めてくださり、その後も私たちと3人で、様々な歌手の話で盛り上がった。「アメリカには、『思い出ゲーム』ってのがあるんだ。ある映画なら、監督が誰、脚本・音楽が誰、主演が…っていうような。そういう風に、昔の文化に興味を持つってのは、とても大事なことなんだぞ!」と仰っていた。小野巡、有島通男、北廉太郎、三丁目文夫、鶴田六郎、鈴村一郎、宇都美清…周囲の「艶歌」の常連そっちのけで、3人で喋りまくった。これを書くと、また叩かれるかもしれないが、私とYさんが家元に気に入っていただけた最大要因は…。当たり前といえば、当たり前もしれないが、「家元と仲良くしたいがために、昭和の流行歌に興味を持った人間じゃない」ということ。立川談志という人には、ご承知のとおり「取り巻き」や「信者」が大勢いた。今でも沢山いるだろう。勿論、立川談志の話藝に惚れて「家元と仲良くなりたい」「この人に何とか認められたい」という気持ちを持って、近寄ろうとする気持ちは、よく解る。しかし、落語ならともかく、全員が全員「昔の流行歌・映画・プロ野球」なんかを好きになるとは限らない。だから、家元が歌の話を力説しても、おそらくだが心底相槌が打てる人、は少なかったと思うのだ。家元と親しい芸能関係の方で、家元と同レベルで流行歌の話ができる人は、私の師匠の保田武宏先生・白山先生・伊東四朗さん・松平直樹さんぐらいしかいなかったんじゃないかと思う(家元は私にもそう言っていた)。話が逸れたが、それまで「艶歌」には、前にも書いたが「立川談志と喋った俺ってどうよ」的な、「邪な考え」の一般客しか来てなかったんだと思う。私は家元の大ファンだから、話すのは勿論緊張したが、それより…偉そうなのを承知で言えば「我々と同じ位、歌が好きな人と、やっと話せる」という喜びの方が大きかった。もっと無礼な言い方をすれば、今、私と話しているのは「立川談志」ではなく、「超懐メロマニアの松岡さん」という気持ちの方が強かった気がする。だから、かえって家元は喜んでくださったのかもしれない。そういう邪野郎(苦笑)にゃ、家元は応対冷たかったもん。自惚れ承知で言えば、「家元が投げた懐メロ話のボールを全部真芯で受け取った」のは、私とYさんだけだと思う。…私も安心してしまったのか、自分でも全く思わなかったようなことを、家元に言ってしまった。「家元、私はこういう歌の趣味を小学生の頃から、ずっとやってるんですけど、学校でも社会に出ても、いつでもどこでも周囲に理解されなくて…」誰にもさらけ出したことのない、昔の歌が好きな若い人なら誰でも一度は思うことを、思わずポロっと言ってしまった。言うつもりはサラサラ無かったのに。家元は、私にこう言った。私は今でも、この言葉に縋って、日々生きている。「おまえの職場の周りの100人なんて馬鹿ばっかだろ?そんなのに認められなくたっていいじゃねえか。それより立川談志は、お前のことを認めたんだ。『談志が認めた』という、そのことを誇りに思って生きてきゃいい!」リップサービスだと思う。何だかんだ言っても、家元は気配りの人だから。それでも、私は震えた。涙が出るほど嬉しかった。
2013年06月12日
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私は、昔から「泣かない人間」として有名だった。…というか「可哀想な物語」や「悲しい歌」が大嫌いで、幼稚園の頃、歌の時間で「大きな古時計」を歌ったとき、「何で、こんな悲しい歌を歌わなきゃならないんだろ?」と感じたことを、今でもよく覚えている。そんな頃に私は、ハナ肇とクレージーキャッツの歌にはまって、今日に至っている。嫌なガキだ(笑)。いわゆる昭和の歌でも、マイナーなメロディーよりは「丘を越えて」「東京ラプソディー」「青い背広で」「夢淡き東京」のような軽快なマーチのメロディー、「お富さん」「瓢箪ブギ」「真室川ブギ」「弁天小僧」「チャンチキおけさ」のような手拍子ソングが好きで、カラオケでも、そういう歌を中心に歌っている。いくら名曲でも「影を慕いて」とか「人生の並木路」、「悲しい酒」などはハッキリ言やあ好かない。映画やドラマ、アニメもそうで、宮崎アニメの凄さは認めるが、それより赤塚マンガや「クレヨンしんちゃん」を取ってしまうし、映画も「クレージー」や「社長」、「駅前」と喜劇しか見ない人間になっていた。私は最近の映画のCMでよくあるような、「その作品を観て、客席で号泣してる人の顔」を見ると、思い切り引いてしまう傾向があって、自分が周囲に引かれたくないという思いが、今までそうさせてた…とも思える。ところが!ここ最近、ふとしたことで泣く回数が増えている。感動的な作品を観てとかではなく、何気ないキッカケで涙が流れることが多いのだ。何故?先日、とある動画サイトで、昭和53年に制作されたアニメ「ドラえもん」のパイロット版「勉強部屋のつりぼり」を見つけて、久々に見ていたときのこと。「ドラえもん」には、感動系エピソードがかなり多く、そういう作品で大泣きした…なんて話はよく聞いたが、「勉強部屋のつりぼり」は、至って普通のエピソード。泣くようなシーンは全くない。…ところが、気がついたら私は泣いていた。久々に『旧声優陣』の作品を見たからなのか、この頃の自分は、今に比べればまだマシだったと思ったのか…、理由が自分でも、イマイチ分からない。それ以外でも、先日も書いたバタヤンの映画でも泣き、動画サイトなんかで、私が小学生の頃に見ていたアニメの主題歌なんかを聴くと、涙が出てきてしまう。「歳を取って涙脆くなるのは、人生の経験値が増えるから」みたいにも聞いたことがあるが、どうなんだろう?ここ10年ほどで、大好きな歌手・俳優・喜劇人などをたくさん失い、祖父も失ったりして…。簡潔にいえば「心の拠りどころ」と同時代を生きられぬ不安や寂しさ、苛立ちもあるのかもしれないが…。
2013年06月10日
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…当方の都合で、「重大発表」が1日遅れてしまい、大変失礼致しました。さあ、お待たせしました!重大発表!…それほど重大じゃないかもしれませんが、とにかく!それでは、重大発表です!(♫ファンファーレ)…私、このたび「SPレコード盤によるコンサート」をプロデュースすることに相成りました!!会場は、私もしょっちゅう通う神田神保町・古書センター5階の「らくごカフェ」!レギュラーメンバーがローテーションで出演し、ときにゲストをお呼びして、昭和歌謡界&落語界・演芸界の貴重な話を聴きながら、SP盤で懐かしの昭和歌謡をたっぷり聴くという、贅沢なイベントであります。前から企画を温めてはいたのですが、このたび強力な布陣を揃えることができ、実現の運びとなりました!『昭和歌広場~SPレコードとトークでつづる歌謡史~』第1回・伝説の懐メロスナック、中野坂上『艶歌』の思い出 7月13日(土) 会場・神保町らくごカフェ18時30分開場・19時開演・21時終演 入場料・予約1,200円 当日1,500円 司会・林田雄一 トークゲスト・加藤浩(オフィスエムズ)内容のお問い合わせ・チケット予約はこちらまで↓CBC01742@nifty.com0ps388121401v2y@ezweb.ne.jpご予約の際、「名前(フルネーム)」「連絡先(携帯電話等)」「必要枚数」を必ずお伝えください。…少々野暮なネーミングも、昔のテレビ・ラジオ番組を意識しての命名です。歌謡ファン、演芸ファンの皆さまにご満足いただけるべく、ただいま構成および選曲の真っ最中です。是非とも、7月13日(土)は、神保町・らくごカフェに足をお運びください!宜しくお願い申し上げます!
2013年06月07日
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このブログをご覧の皆さま、特に昭和の流行歌を愛好する皆さまに、重大なお知らせがございます!…とは言え、深刻な話や暗い話ではありません。バタヤンも亡くなり、戦前・戦中・戦後の流行歌がマスメディアから絶滅寸前になっている今!スットコドッコイなトンチキ歌がのさばっているのを何とかせにゃいかん!と、私は企画を立ち上げました。その詳細は、明晩お知らせ致します!乞うご期待!
2013年06月05日
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