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2012.11.21
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カテゴリ: 読書案内
【織田作之助/夫婦善哉】
20121121

◆大阪を舞台にした男と女の人情話

この作品の著者である織田作之助のスゴイところは、作風が戦後の混沌とした世の中を生きる力強い庶民の姿を描いているように錯覚してしまうのだが、実は戦前に執筆したものだということだ。
つまり、戦前の小説にありがちな主義・主張に囚われた、プロレタリア的なニオイが微塵も感じられず、至って健全な純文学なのだ。この理由は、文庫本の巻末の解説によって納得できる。
「敗戦による、それまでの“聖戦”が“侵略戦争”と塗り替えられる時代の到来によって、戸惑わねばならない知識人が多かったなかで、作之助は、自分を変える必要が、いささかもなかったのだ」
大阪人特有の商売気質と、底知れぬ生活力を表現するというのは、当時の文壇にあって、どんなスタンスだったのか? 革命とか変革を口にするインテリからは、黙殺されていたのではなかろうか?

そんな中、作之助の『夫婦善哉』には、やたら金額の記述が目につく。“弁当自弁の月給二十五円”“朋輩へ二円、三円と小銭を貸す”“月謝五円で弟子入り”・・・一体ここまで明記するのはなぜか? それは、「あいまいな思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性」とのこと。さすがである。

一銭の天ぷらを揚げて商売している種吉夫婦はずいぶんと貧乏だったので、娘の蝶子を女中奉公に出すが、その後、本人の意思で芸者にさせる。その蝶子に入れあげたのは、すでに妻子持ちの化粧品問屋の息子・柳吉。この蝶子と柳吉のドタバタ転職生活を綴っている。

短編小説なので、何度となく読み返してみたが、なんでこんなボンクラ亭主がいいんだろうか?と、つくづく首を傾げてしまう。だが、世の中こういうカップルは多い。美女と野獣、インテリと無知、そんな凸凹コンピがわりと上手くいったりする例はよく聞く。惚れたはれたの世界は、それほど簡単に割り切れるものではなく、最後のところは情によるものだろう。その男と女の互いに対する情を表現した作品、それが『夫婦善哉』ともいえる。
正義だけを前面に押し出した文学に、鼻白む思いをするのはよくあることだが、幸い、織田作品にそれは見受けられない。
『夫婦善哉』は、大阪をこよなく愛する大阪人による、伝統的な人情小説といって差し支えないだろう。



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《追記》 2012/11/29

時節柄でもあり、作者の豊かな情感から出る繊細な一面が表れていると思い、以下に書き加える。

「秋という字の下に心をつけて、愁と読ませるのは、誰がそうしたのか、いみじくも考えたと思う」

       「秋の暈」から
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☆次回(読書案内No.19)は谷崎潤一郎の『痴人の愛』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2013.08.29 05:14:25
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