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2012.11.24
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カテゴリ: 読書案内
【谷崎潤一郎/痴人の愛】
20121124

◆この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士、大谷崎。

友人がおもしろいことを言った。「谷崎の作品を好むのは、ある種の宗教だ」と。なるほど、さしあたり私などは谷崎教の信者だろう。
谷崎潤一郎の小説は何冊か読んで、その中でも群を抜いているのが『細雪』だ。毎日出版賞も受賞している。長編であるにもかかわらず、何度も読み返してしまうほど、私にとってのお気に入りだ。
だが谷崎の作品に限って言えば、『卍』『鍵』『瘋癲老人日記』のような、妖艶にして異常な性を描く世界観さえじっくり堪能することに、いささかの迷いもない。

推理作家・江戸川乱歩も私と同様、谷崎教の信者(?)で、谷崎作品を愛読して止まなかったそうだ。売れっ子となった乱歩は、どうにかして谷崎との対談を実現させたいと骨を折り、やっとアポを取り付けたのであろう。そのへんの経緯が谷崎の書簡に残っているようだ。ところがこの対談は中止となる。お互いの健康上の都合によるものだが、乱歩が亡くなってまもなく谷崎も逝去している。
今となっては残念で仕方がない。当時の売れっ子作家同士の顔合わせが叶わなかったのだから。

さて、『痴人の愛』について。この小説に登場する毒婦・ナオミこそ、谷崎夫人の実妹・せい子をモデルにしたものだ。このせい子は、数え年15歳で谷崎と同衾している。西洋人とのハーフのような容姿に恵まれ、手足が白くてほっそりとし、大谷崎を魅了した。その代わり料理なんか作らないし、洗濯なんかもってのほか。家事一切は女中のする仕事として、ナオミ自身は谷崎に足を舐めさせたり、風呂場で自分の身体を隅々まで洗わせている。まるで谷崎を下僕のように扱っているからスゴイ女だ。終いにはナオミの鼻水まで谷崎が拭いてやっているし。ナオミが「あれが欲しい、これが欲しい」と言うに任せて、三越や白木屋(今の東急百貨店)などに連れて行き、買い物を存分にさせている。
一体こんな女のどこがいいんだ?!と呆れ果てて、本を放り投げてしまう者もいるかもしれない。だがそんなことをしたら読者の負けである。逆に読んでいるうちに益々谷崎の異常なフェチに共鳴できたら勝ちというわけだ。

一方この時期、谷崎夫人・千代は貞淑な妻でありながら、その生真面目さを夫から煙たがられ、邪険にされていた。酷い時は、谷崎がステッキで千代を殴りつけるなどして暴力に及んでいる。思い余った千代は、谷崎の親友・佐藤春夫に相談するのだ。こうして谷崎の身辺では、後世に残るドラマが生まれるのだ。

谷崎潤一郎の小説は、どれもブルジョワ的でしみったれたところがない。倫理を重んじていないし、道徳的なことなどこれっぽっちも書かれていない。だから戦前、戦中は軍部の弾圧で、幾度となく苦汁をなめたに違いない。(新聞の連載小説の中断も、そこらへんの事情が大きい)あるいは一部の主義・主張にこだわるプロレタリア派から非難も受けた。だが大谷崎はそんなことをものともせず、我が道をゆく精神を貫いた。


『痴人の愛』谷崎潤一郎・著

☆次回(読書案内No.20)は車谷長吉の『赤目四十八瀧心中未遂』を予定しています。

~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.25 06:16:22
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