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隣国へ近くて遠い国と言われているが、これは冷戦などの影響など、さまざまな歴史に流れがある。これまで私が個人的に感じていたものが無いわけではない。昨年釜山に行ったが、その前もソウルに一泊しただけで、今度のツアーが初めての旅と言える。福岡から釜山まで180キロ、空路50分で着く。 ・ツアーを随分引き延ばしたような話になってしまったが、時とともに自分もある。だらだらとして物事は進んでもいる。往ったり来たりして暮らしもある。ことばは怖い。防衛省・沖縄防衛局の田中 聡局長が不適切な発言をした問題は、酷い。とても駐留米軍による多くの辱めを受けた沖縄の屈辱を逆なでしたものだ。 ・へ2・・・福岡空港から、いつもと反対方向へ向かうことになりますが、あっという間にタッチダウンになるのでしょう。少し寒いのではないだろうか。韓国文化を堪能してくるつもりです。>津江
2011.11.30
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直観を信じて今の私にどんな感性があるかよくわからないが、少なくとも自分の直観を信じるしかない。そんなわけで今朝、物見遊山の韓国ツアーに出かけてきます。どんな風に視えるとしても、今の私でしかなく。それにしても、またもや食べ過ぎてしまうのではなかろうか。物資の少なかった貧しい戦後に幼児期だったのか食べ物には意地汚い。 ・あるものを全部食べろと教えられた。他人の所為にはできないが、バイキングと言うとつい食べ過ぎてしまう。最近のツアーのホテルは、バイキングが多いようだ。次々に名物料理でもあまり嬉しくはない。がつがつ食べてもいられない。眼の肥やしになるようなものを見てきたい。 ・へ2・・・その気にさえなれば、視えるものがあるに違いない。いまだからこそ、直観を働かせねばならない。楽しいツアーになるようにとは思っている。現地は、雨、晴れ、晴れ、雨の予報のようだ。写真がどれだけ撮れるか楽しみです。>把木の柿
2011.11.29
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視床下部は小さな神経核の集積でそれぞれが身体の衝動や欲求をコントロールしている。間脳の一部で脳と身体の橋渡しである。 重量は脳全体の 300分の1 しかない。単純な飢餓感が生まれ、みたされるのは視床下部だ。 ホルモン、ニューロンペプチド、神経伝達物質の複雑な働きで、視床下部には身体の状態がリアルタイムだ。体内のブドウ糖、ミネラル、脂肪のレベルが低下すると、血液や胃、腸、脂肪細胞からその情報が視床下部に送られる。その情報が皮質に伝わり脳の各部分を呼び起こして空腹感を起こし、一連の食べるという行動になる。こうして食べ物が体内に入ると、身体は満足したことを視床下部に伝え、そこから皮質にメッセージが送られ、食事止めるという意識が生まれる。 アメリカ人の3人に1人、西欧で4人に1人が肥満であるという。(但し、データが古い)毎年大勢の人が肥満の合併症で早死にしている。世界的な規模で過食症や拒食症が拡がっているのは、そう簡単な仕組みだけではない要素があるのだろう。視床下部それ自体が、摂食障害を引き起こすことある。 食欲のコントロール中枢にある視床下部の「外部核」と「腹内側核」のどちらかが損傷を受けると前者は食べなくなり、後者はいつまでも食べつづける。但しこの二重構造は単純ではない。だから身体は飢えていても、空腹感を覚えなくもなる。 視床下部は大脳辺縁系の奥深くにあるため、外部からの損傷はめったにない。機能不全を起こす最大の原因は、メッセージをやり取りする神経伝達物質だ。実際に食欲不振の人はセロトニンのレベルが異常に高く、食欲亢進の人は低くなるという研究で確かめられている。 忘れてならないのは、文化的側面であろう。痩せたいという文化だ。食欲不振の人は自分に厳しく、がまん強く内省的な傾向があるのに対し、食欲亢進の人は外交的で気が散りやすく、衝動的である。そのため心理的治療も行なわれている。
2011.11.29
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どこにいてもどこにいても自分は自分でしかない。明日はどんな一日だろうか。嫌になることもあったが、それでも明日はやっぱり遣って来た。鳥渡我慢していれば、時は過ぎて行ったし、耐えられないような苦しみもなかった。期待は裏切られ、失恋もした。考え過ぎて、いつも思うようには行かないことばかり起きた気がする。 ・それでもこれまで生きて来れたのは、自分だけの力ではない。誰かが前に立って、守ってくれたからでもある。後ろから棍棒で殴られたこともない。余り信用ならない社会だが、私を活かしてくれたのだろう。 ・へ2・・・自分がどれだけ社会のために役立つことをしただろうか。恥ずかしいが何もない。それでも生きている。平均寿命まで生きられるか解らないが、何か自分にできることを遣るしかない。その気持ちはある。明日から物見遊山の韓国ツアーに行きます。>食べ過ぎになりそうだ。
2011.11.29
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玄侑宋久と柳澤桂子。柳澤の作品は以前から読んでいるし、玄侑の著書も時々見かけるようになった。文春で二人のものは大抵読んでいる。生命科学者と住職という、それこそ異次元の対話が面白いのと、「般若心経」が、私の愛読書という事もあって興味を引かれた。謂わば、全く違うように思えるものが、意外と理解できることもあるかも知れない。違うというのは思い込みだけかも知れないのだ。柳澤が、科学は分析的なものだけではなく、それは科学が統合にいたらないが、統合に向かっているという。それにしてもこの「電子メールでの対話」は、日本的なのだろう。中々、かみ合わないものがある。まだ続くようだが、当事者以外でどれだけの読者が、理解できるのだろうか。然も、相当忍耐強くなければならない。日本語は、元来対話には向かないのではないだろう。語彙が複雑過ぎるし、使うひとの真意が伝わり難く出来ている。それこそ、一流の文筆者が交わす書簡なのだから、興味が湧かない筈は無い。オーソドックスな科学者と宗教家といえるかどうかは知らないが、これからの展開が愉しみだ。
2011.11.29
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11月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2011/11/1 火 17 3;25 22,2392011/11/2 水 18 5;25 20,2252011/11/3 木 17 5;05 27,3452011/11/4 金 18 3;35 26,0252011/11/5 土 18 4;15 14,2512011/11/6 日 19 4;10 21,6642011/11/7 月 17 4;10 23,7132011/11/8 火 15 4;40 22,5832011/11/9 水 14 5;15 22,3662011/11/10 木 15 4;25 15,6662011/11/11 金 15 4;10 22,8612011/11/12 土 15 3;45 27,4332011/11/13 日 15 4;05 30,5222011/11/14 月 14 3;15 22,1572011/11/15 火 11 1;50 21,0572011/11/16 水 9 4;58 25,5232011/11/17 木 11 3;05 20,5342011/11/18 金 15 3;25 4,5782011/11/19 土 17 3;05 5,7822011/11/20 日 12 3;40 25,5212011/11/21 月 7 5;05 26,1232011/11/22 火 6 2;40 30,1222011/11/23 水 10 2;50 13,2222011/11/24 木 9 3;55 22,2652011/11/25 金 6 5;40 13,6272011/11/26 土 7 3;50 10,3232011/11/27 日 10 4;15 28,5102011/11/28 月 14 3;50 23,3222011/11/29 火 15 3;55 16,503合計 606,062今夜はウオーキング休み明日の朝から出かけるので、今夜のウオーキングはしないことにした。約1時間のウオーキングだがしないとなると、随分のんびりできることに気付いた。毎日雨の日以外は歩いているので、偶に歩かない日もあっていい。これからの韓国の天候が気になるが、それはその時次第である。どうにか、今月も一日2万歩の月度の目標は達成した。
2011.11.29
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縄文人やラスコーの人々の感性がなくなり、ひとは自分の利害や快楽のために、人間も自然さえ商品のように利用してゆく近代思想のなれのはてにさえ直面しつつある現代である。縄文人が、日ごろ見ていていたブナの林や、山間の清流、満点の星空が、君には、まだ見えますか?朝から、ゲーテの魅力をお供にするにはどうしたら好いかを考え、気に入ったサイトから「ゲーテの魅力」をプリントアウトした。30ページ。ついでに、ハイデルベルク城も。外にも、データがあるが、勿論、W.Sauer "Rothenburg ob der Tauber"も持参する。それほど気負ってはいませんよ。どうせ物見遊山だもの。目の玉の奥にある脳で、何か拾って来ますよ。自分なりのドイツを、もっと中世の修道院の歴史を読んでおくべきだった、けど。まあ本は逃げる訳でもない。少し行くのが遅れたけど、旧友の足跡をたどって見ますよ。私は、国籍は、日本人だけど、ゲーテだってご先祖さまだと思っている。だから、フランクフルトも、ドイツだってこころの故郷のようなものだ。いくつかの meme が脳の中で騒いでいる。「やっと、このぐうたら野郎(私のこと)が、ドイツに行くのだ」と。イスラム教でも、キリスト教でも、聖地巡礼がある。日本にも、以前は伊勢参り、出雲大社へお参りするのが慣わしだった。それは、ひととしてのお勤めでもあっただろう。そこで学ぶものがあったに違いない。現代は、そういうものを省略してしまいがちだ。見なくても行かなくても解るではないか、写真で見ればいいではないかというだろう。写真は、カメラマンが写した物で、空気までは伝わらない。脳は、空気まで知っている。何をみて、ひとは畏怖しただろうか。何をみて歓喜しただろうか。私が見た幼いころのハンセン病患者を世話していた修道女が、いまもドイツで見られるらしい。その彼女らは、私の脳にあるイメージとどう違い、同じなのだろうか。さてさて、日本の朝は、来た。
2011.11.29
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「神はサイコロ遊びをしない」ある余りにも有名な理論物理学者が言ったことばだ。おそらく自然界の引き起こす事態そのものには合理的な因果関係がある。ところが、生命たちは、まるでサイコロ遊びをするように気儘に生きてもいる。まるで、自然界は偶然の産物。ニーチェはいう。「しかしわれわれは、われわれが本来あるところのものになりたいと思う、・・・新しい人間、一回的な人間、比較できない人間、自律的な人間、自己創造的な人間に、・・・そしてそのためにはわれわれは、この世におけるすべての法則的なもの、必然的なもののこよなき学び手・発見者とならなければならぬ。われわれは、この意味で創造者たりうるためには、物理学者でなければならない」 (氷山英広訳「悦ばしき知」)私たちは、何を学んできただろうか、と時々滅入ってしまう。そのまま動けなくなってしまうひとも多いに違いない。孫悟空のように岩に閉じこまれてしまうのだろうか。三蔵法師が通りかからなければ物語にもならなかった。三蔵法師は、実在のひとで、当時中国には、坊主修行のための律法がなく、それを天竺まで行き持ち帰ったのだ。誰もしないことをしたひとだ。そこにロマンがある、それが下地となり、西遊記を生んだのだろう。聖書もひとりで書かれたものではない。多くのひとびとが残したものであろう。やがて、中には仇花もあるが、それでも、春には野に花が溢れる。
2011.11.29
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老いたゲーテの詩に、 青春は酒なしに酔い 老年は酒によって若返るというのがある。酒が、どんな化学的反応をし、加齢による脳に与えるダメージをゲーテが知っていたわけではないだろうが、彼はそう思ったのだろう。彼が最後の恋をしたのが74歳で、19歳のウルリーケに対してだといわれる。しかも求婚したのだ。彼の父は、39歳で17歳の娘を妻にしているから遺伝もあるのだろうか?処で、「ひらめき脳」とは、若いから「ひらめく」のではない。どうやら学力優秀だからでもない。筋のいいアイデアを発想する脳力は、性別でも年齢でもないようだ。要は、鍛えることことではないだろうか。「ひらめき脳」は、バージョン・アップできる脳力だといえそうだ。どうして、鍛えるのだろうか?ある本によると、脳に次から次へとアイデア・メモを貼り付けていくことだそうだ。そのアイデア・メモを、いつも休まずに引っ張りだして活用していると、脳の記憶装置が整理分類して行き、それがユニークなアイデアを生むことが出来るらしい。問題は、インプットだけでなく、アウトプットの場所と時間のタイミングでもある。どうも勉強脳とは違うようだ。物知り博士では、周囲から莫迦にされるのが落ちだ。こうした人を「トリビア人間」というらしい。仕事、ビジネス、金儲けのできない人間のことらしい。どれだけ引っ張り出せるか、どれだけ成果をあげるかでもあるのだろう。脳のインデックス・メモがどれだけ充実しているか、でもある。勿論酒は、毒である。然し、毒のない社会は、砂漠にもなる。ゲーテの心はゲーテのものだ。
2011.11.29
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日々は自己嫌悪のシャワーを感じながら生きてきた。安息日をもつ人たちは易々と生きて行けることだろう。 僕たちは、悉く裏切られた日常に悪寒を感じ挫折し妥協しながら・・・。それしかないと自分を追い詰め、自己嫌悪に顔を歪めて耐えなければならない。ふやけた人生の歌謡曲を唄う。自嘲的に家族たちを見回して、納得するしかないのだろう。ただ、このまま寿命を生きて惨めに死のうと決意している。今夜も自己嫌悪のシャワー浴びながら、アルツハイマーか癌になるぞと怯える。
2011.11.29
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ある風景が、何となく心惹かれます。芸術性などどうでもいい。それは、自分の印象の延長にあるからかも知れない。いつまでも見ていられる。大して信仰心もなくて、それでもお寺が好きですね。年中あちこちに行っています。明日から韓国のお寺を見てきます。日本人が抱いている宗教観ではないものがあるに違いない。同じ時間と空間の中で、違う生き方をしてきた民族がいる。同じ仏教も、それを伝えるものが違うというのも面白い。漢字をハングルにした民族と、ひらがなを編み出した日本人の違いもある。もう私たちも過去になろうとしているのだろう。ひとは、変わり続けているのだ。まあ、それがなんであろうと、日々をして何かのきっかけにするかは、結局、個人のキャパなのでしょうね。
2011.11.29
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気温上昇中福岡市の気温は、確実に22℃以上だろう。これが2日後に12月とは思えないが、また記録更新ではないだろうか。取り敢えず、月度の目標だけは60万歩だけは達成しておこうと、買物してきた。これで気兼ねなくツアーもできる。記録に拘りがあるようなないようなものだが、数字はその意味はある。 ・外は何とものどかな青空が拡がっていた。然し韓国は雨らしい。西から天気は変わってくるから、これから天候は崩れてくるのだろう。今日はのんびり過ごして何もしないつもりでいる。これから昼寝でもして時の過ぎるのを待つつもりだ。それにしてもそとは気持ちのいい陽射してあった。少し汗が出たくらいだ。 ・へ2・・・暖かいということは何と有難いことだろうか。勿論寒い時に寒くならないと、生態系も可笑しくなるのだろうが、人間には、寒さよりの暖かい日差しが嬉しい気持にもなる。ネコ族とじばらく青空を眺めていよう。
2011.11.29
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明日の今ごろはそれは何があるか解らないから、確実かどうかあとでないと解らないが、予定では昼飯は、釜山のどこかのレストランで純豆腐チゲを食べている筈だ。私はどこにいても私でしかなく、性格も変わるわけではない。他人の作ったスケジュールに従って、韓国のみどころを見て周るだけだが。 ・自分としてはつつましく暮らしている。ちゃんとカロリー計算をし、運動もしているが、それはアバウトな人間だから、時々失敗もする。間が抜けている。誰も言って呉れないが、恐らく軌道も相当外れているが、それは仕方が無い。 ・へ2・・・猫を見ていると、どこか自分も上から視ている人がいるのではないかと思う時がある。狭い視野で活きているのだろう。劇場型の人間が、政治にかかわっていいのだろうか。迷惑するのは国民だろう。政治はドラマではない。
2011.11.29
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他人と違う自分に気づくこと「ひと」ということば、なんと小さくて、大きい概念だろうか。他人も「ひと」となかだ。自分もはいる。「ヒト」は、生物学的な人間の意味で遣う。勿論他人と自分は違っているが、時々混じっている。他人の真似をして暮らしている。そうしながら、自分は自分だと言ってもいる。自立心とは何だろうか。その意味は、その人の世界観で違いもする。 ・他人の真似は嫌だという人も、ヒトとして捉えるとみな同じでしかない。少なくとも生理は同じだし、快楽物質はある。同じ化学反応をするに違いない。脳も、その中に入る。他人と自分は、おなじひとであって、普段は呼吸のように同じ場所を行き来している。どんなに老いるのが厭だと言っても、老いて死なねばならない。 ・へ2・・・他人のためにボランティアをするひとが増えているが、それは、他人のためばかりではなく、自分のためでもあるのだろう。ひとが子を育てるのは、自分がそれで悦びを感じるからでもある。狭い島国で活きてきた日本人たちの智慧が、これから狭くなって行く地球で、世界人口が、100億人になるだろう21世紀後半のヒントにならないとも限らない。誰がリーダーになるのか、それは、努力次第だろう。
2011.11.29
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ソウルは雨天気が気になるのでサイトを覗いて見たら、いまソウル13℃で雨らしい。明日の気温は、5℃~3℃の予報。釜山との温度差はどれくらいあるのだろうか。福岡との距離は、驚くほど近い。それでも日韓となると近くて遠い国でもある。国家と国民の感情は別だろうが、それでも簡単に払拭できるものではない。いまだからツアーでも行けるのだろう。 ・古寺巡礼のつもりでいる。釜山からバスで北上し、3泊4日間のツアーである。ソウルの降水確率は、30日~3日は、95%-5%-5%-95%らしい。気温は流石に、日本よりは低めだ。それでも零下の日はない。黄葉が視れないか、銀杏並木の景色が見れるか、気になる。 ・へ2・・・普段何もしない娘二人で、どうなるだろうと心配しているが、ツアーの時は、いつも二人で出掛けるので迷惑そうな顔をするが、そんなことを一々気にしては居れない。今回は、ネコが5匹いるので鳥渡心配ではある。どうしようかと思ったが、朝のウオーキングをして、夜は休もうと思っている。明日は、出発は少し早くなりそうだ。
2011.11.29
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小市民大市民というのはない。小市民であって、市民の心を以ってすることを善しとする。善良なる市民だ。そうでありたい。その時のステージを大事にする。若い時と、歳をとってからの考えが同じのヒトはいまい。違ってこそでもある。呆けたからボケたことを言えばいいと思う。だから間違いではないのだろう。正義ぶっても仕方が無いという信念だ。他人の振りをしても、或いは、外国人の真似をしても長続きはしない。 ・つい好い所取りばかり考えてしまいがちだが、必ず作用の反作用がある。物理の法則は付き纏う。明日から物見遊山をするが、何か理屈をこねても仕方が無いと思うようになった。行きたければ行けばいいのだ。解かる者にはわかるだけだろう。読書をして、いまあなたは何を感じるか、その時でなければ分からないものがあると、文学教授は言われた。学生には解らない。否でも視てきた体験はある。 ・へ2・・・偶然の産物がヒトのルーツでもある。誰が何を見いだすか解らない。それが人間の複雑系の由来でもある。呆けが視る夢が、価値が無いとは言えない。くだらないことをだらだらかいているが、これも突然変異が無いとは言えない。自分ではそう思っている。他人がどう思うかは知らない。今日の行き先がどこにつながっているのだろうか。本人は知らないから面白いのだろう。>朝のウオーキングコース
2011.11.28
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思慮深い古代人は、静かに月や星を見て、多くの時間を使って考えつづけた。寒さに震えながら、そして餓えてもいた。併し素晴らしい感性で生きていた。彼らは50歳まで生きているだけのチャンスもなく、理不尽な社会に多くの悲哀を味わってもいただろう。それでも健気に生きてこれたのは崇高な精神であっただろう。それだけはいえる。思慮深い古代人が、この人間社会を生き延びる智慧をもっていたのだ。それが、如何に素晴らしいものであったか、私たち現代人は、知らない。この自堕落な生活を繰り返しているのは、五感を衰えさせて、夢を失った現代人であろう。それでも手に入れた科学の力でどうにか暮らしている。物欲で目を赤く腫らしながら、走り回ってもいる。自分の人生を削りながら。にも拘らず、こうして威張り腐って、真夜中に好きな時間を過ごす男もいる。自分のことだけど。好きなことができる奴は、まあ、恵まれた存在ではあるだろう。その報いは、時々身体にくる。それにしても、一日中考えるのは、それは人間誰しもしていることだが、何を考えるかだろう。その中味によっては、進化の可能性もあると思う。考えなくなれば、どんな優れた頭脳も劣化してしまうだろう。何も知らなかった古代人のこころを、ここまでひとびとを連れてきたのは、その思慮深さであり、一日中考え続けたからではないか。
2011.11.28
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アメリカ科学アカデミーの会員でもあった元スローン・ケタリング・ガン研究所会長のルイス・トーマスは、患者の治療成功率についての講演で「あらゆる病気の90%は医師の手助けなしで、自然に治癒できるという。医者は残り10%のうち7%はレスキューすることができる。しかし残り3%に関しては、何もできない。」と述べている。医者の実力は、そんなものだ。何と患者たちは、博愛主義者なのだろうか。それこそ97%を医者のおかげだと思い込まされているのだ。ことさら否定はしないが、治療費の高さで患者が受けるショックを和らげる方法だとしたら、何ともお寒い。真実を知ることは、或る意味怖いことを知ることでもある。勇気がなければ先に進めない。今もなお。3%のブラックボックスは、圧縮もできないでいる。
2011.11.28
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私たちは日ころから「普遍性」について理解していると思っている。そして疑おうとはしないものらしい。周囲の人々がその世界観や価値観をもっているという期待をもってもいるが、それが確信といえるか?ということがどこかで不安もある。常に検証しないと安心できない人間もいる。人々は或る種の共感の上に成り立つ社会の環境を夢想しているのかも知れない。少なくともそれでは挫折するのは目に見えている。 ・然し時々姿を現す現実社会に落胆もする。「普遍性の確信」が途端に崩れてしまうかも知れない。教育システムは「現実」と「理想」の存在を証明しようとはしなからだ。現実は、理想社会ではない。テキストに書かれたものと違う環境にさらされている。 ・へ2・・・幼児教育から「普遍性の確信」についてのスキルを受けていないが、これからでも、学ぶ努力をすべきだ。何が「普遍性」といえるかを検証しなければならない。それは社会と個人の問題でもある。そして国際社会で通用するものかだ。世界から孤立しては意味がない。小国であろうと大国であろうと・・・。
2011.11.28
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命名したのは、ウォルター・キャノンで「恒常性」と訳されている。アントニオ・ダマシオは、その著「生存する脳・・・心と脳と身体の神秘」の中で「進化の過程では、脳のない生物は存在したが、脳や心があって身体のない生物は存在しなかった」と述べている。人間の感情も合理的な思考もW.E.も「生存」があって創めて可能なのだ。生物の体内にある器官が、外部環境の変化に応じて、内部環境を一定の範囲に保っていることを「ホメオスタシス」といい、その維持には「情動」が重要な役割を担っている。ダマシオは、脳内には、内部環境を評定するシステムを持ち、評定が悪いときは、ネガティブな感情が起きるという。そして行動や理性という高次脳機能もその評価に対して改善を誘導するのだ。それは、そうすることが生存する確率が高まることを意味している。「情動」は、人間にとって未来予測やW.E.をする上でも重要なポイントになるものだ。脳科学の研究の成果は、殺人や社会問題に対する解明に役立つはずだ。
2011.11.28
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11月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2011/11/1 火 17 3;25 22,2392011/11/2 水 18 5;25 20,2252011/11/3 木 17 5;05 27,3452011/11/4 金 18 3;35 26,0252011/11/5 土 18 4;15 14,2512011/11/6 日 19 4;10 21,6642011/11/7 月 17 4;10 23,7132011/11/8 火 15 4;40 22,5832011/11/9 水 14 5;15 22,3662011/11/10 木 15 4;25 15,6662011/11/11 金 15 4;10 22,8612011/11/12 土 15 3;45 27,4332011/11/13 日 15 4;05 30,5222011/11/14 月 14 3;15 22,1572011/11/15 火 11 1;50 21,0572011/11/16 水 9 4;58 25,5232011/11/17 木 11 3;05 20,5342011/11/18 金 15 3;25 4,5782011/11/19 土 17 3;05 5,7822011/11/20 日 12 3;40 25,5212011/11/21 月 7 5;05 26,1232011/11/22 火 6 2;40 30,1222011/11/23 水 10 2;50 13,2222011/11/24 木 9 3;55 22,2652011/11/25 金 6 5;40 13,6272011/11/26 土 7 3;50 10,3232011/11/27 日 10 4;15 28,5102011/11/28 月 14 3;50 23,322合計 589,559西の空に三日月の哀歌月が出ていた。あと厄1万歩で、月度の目標が達成できるので、明日の夜のウオーキングをしないで休養しようと思う。30日には朝からの出発になる。福岡空港は便利な場所にあるので博多駅から5分近くで着く。ネコのことが妻は心配らしい。
2011.11.28
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<作品> 「漾虚集」・7作品。(上巻)「倫敦塔」「琴のそら音」「一夜」、(下巻)「カーライル博物館」「幻影の盾」「かい露行」「趣味の遺伝」・「漾」とは、 ただよふ(漂流)。ただよはす、水の揺動する貌。「揺漾」。 ながし(長)。 川の名。 「漾水」ただよえるみず。一説、始めて山を出たる泉。 「漾碧」みどりの色をただよはす。 「一夜」・問題となるのは、「折から烈しき戸鈴の響がして何者か門口をあける。・・・」。・「合わせ鏡」になっている。こちら世界の三人と、隣の世界の女ひとりと男二人をそれとなく書いている。清浄と醜悪な世界。精神と肉体、対比させている。・隣りでは、生々しい現実を想像させている。乱れた男女の関係がある。然しそれとは明確に表現せず、想像させる方がインパクトがあることを漱石は想定している。・隣の関係が現実社会である。違う男が登場してくる。三角関係。女一人に男二人。・清と濁。・「こちらの世界の女は、「誹」と賤しむごとく答える。」・髭のある男と髭のない男が象徴的に区別された人格者として描かれる。・「琴の」合奏・・・男と女の関係を指している。匂わせる。・タイトルには意味がある。比喩。「趣味」・・・男と女。・「グループ」・・・で読む意味がある。三人と三人として。・「倫敦塔」地獄の門。漱石の翻訳。ダンテの翻訳をした。「神曲」地獄篇。十五歌。 地獄である魂。これらの引用。・トリスタン・イズ・物語。 「幻影の盾」 ・フランチェスカ 「パオロ・フランチェスカ」(「行人」)・ランスロット 「かい露行」 に出てくる。・漱石は連想で書く作家。・運命的な出逢い。不倫の恋。で地獄に落ちる。・ダンテの影響。・「在天の処女」。・ユリの花に包まれた女。・「神曲」と「漾虚集」の関係がある。・「神曲」を読んだほうがよい。・「一夜」は、こちらでは何も起こらない。然し、現実社会の、「隣」では男女の醜い三角関係がある(汚れた社会)。・「かい露行」との関係がある。・ミステリーが解けないと解からない小説・仕組まれた内容である。 「倫敦塔」・「ポンペイ夜話」を読んでいる。・これから「倫敦塔」を思いついた。発想。・たった三行から思いついた。同じニュアンス。・Theophile Gautier・ゴーチェ「死霊の恋」「魔眼」女は、「眼」で男を殺す。・芥川も読んでいる。・どこかで「漾虚集」の7篇がつながっている。・(これらの作品は)西欧人が書いたとしか思えない作品。と評した評論家がいた。・鴎外は「漾虚集」に深い関心をもっていた。・「鴎外と漱石」。鴎外が漱石より早く作品を書いている。お互いに対抗意識があった。同じ東大卒。・鴎外「金貨」は、吾輩は「猫」である。・吉本隆明・・・漱石は天才。鴎外はそうではない。・二人は、タイプの違う作家。・読んで得るもの。どちらか。・漱石は異常でもある。・中世の騎士物語。 「倫敦塔」「カーライル博物館」・ロンドン留学の時。・家の内と外の世界。世界が違う。・20世紀に対して批判的。・昔の人への共感。・漱石は、ロンドンの現実世界に嫌悪感を持つ。・文化批判。・「草枕」では「鉄道」を嫌う。「倫敦塔」では、西欧の文化を嫌う。・漱石「学友」・・・カーライルが出てくる。幻想。カーライルの真似をしたくなるようなひとだった。真似をするのを嫌っていた漱石らしくない。それだけ尊敬していた。・漱石の後年は真似ることを嫌った。対照的な人物として登場している。そういう時代があったという意味。稀有なところ。それだけカーライルに感じていた。・変人でも生きていける。・変人カーライルの外の世界・・・に共鳴した漱石と同じ。外には出てこない。・漱石は、狂人扱いされたことがあった。・漱石は模倣嫌い。病的なくらい。・コピーを戒める。自分に警鐘を鳴らしている。・新版の全集にしかない。「学友」はない。・ドラロッシュの絵。・「倫敦塔」 最後のシーン。対照コントラストを使う。戯けたことをいう。ぞっとする恐怖を狙っている。・マクベスの「門を叩く」シーン。小説の技法として漱石は使う。惨たらしい場面。・漱石の書き込みがある。・「人間と悪魔」。突然のノックで立ち直る。悪魔の心になっているのがノックの音で人間の心に戻る。「趣味の遺伝」。効果を狙っている。このときには、漱石は作家の目が育っている。・「戯けた歌」によって効果を狙っている。文学理論に通じている。手の内を証している。・太宰の作品にもある。・創作技法「恐怖」を際立たせる効果を狙っている。・「肝心要」になることは作家は言わない。・「マクベスの幽霊」に触れている。 「琴のそら音」「趣味の遺伝」・何で書いたか。・男女の恋愛。その子孫が見えない糸に引き寄せられるように知らない間に出逢う。・霊的なものと、学術理論の相違。・迷信的なもの・・・深入りすること漱石は避けている。・霊の感応・・・幸田露伴。・ウイリアムとクララ。「幻影の盾」 ・世の中の道徳に反した部分がある・・・「かい露行」の作品。・現実には叶わない恋。小説では、深刻だがハッピーエンドでは面白くない。・「誹」と賤しむ。・漱石は男女の恋愛はこの世では叶わない。その人間の「哀切」を漱石は描きたかったのではないか。・落語。戯言。・マクベス。「趣味の遺伝」のポイントを読んでから全体・他を読む方がよい。・歴史的事件・・・乃木と鴎外がいる。中野重治が書いている。
2011.11.28
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2011.11.28
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<作品> 「ある崖上の感情」 「奇妙な手品師」「ある崖上の感情」・対話小説は、日本文学にはあまりない。谷崎作品「金色の死」は、「こころ」に対するアンチテーゼ。漱石(こころ)・谷崎・三島の共通性。・「窓」、「見る・見られる」への拘り。ふたつの方向のモチーフ。・のぞき見。・遠藤誠治・・梶井の影響。・吉行淳之介・谷崎潤一郎「金色の死」。重要。大正年間に書かれた。朝日新聞。「こころ」には肉体がない。・「見る・見られる」・・ドッぺルゲンゲルとの関係。窓。・生島と石田は同じ人物。・漱石・・・小説でも男二人。対話小説。・梶井の中の「漱石」がどういう意味があったのか、よく分からない。・漱石や谷崎が、対話小説の草分け。・「崖上のポニョ」・・作者のこだわり。漱石「門」から。・崖の上で見なければわかない感情がある。・珍しい作品。のぞきのシーン。但し淫靡さがない。この小説の特徴。男女の関係。・夕暮れ、ものの境界が不明確になる時間。「宵」とは違う。たそがれとも違う。・生島の章、石田の章と分けて書いている。・高いところから見る・・・。格別。視点のもつ意味。・設定。城のある町・・・妹の死。・西欧風カラー・・・が出てくる意味。三島由紀夫「旅の墓碑銘」・「聖書」列王紀上」第10章。「黄金伝説」平凡社。シバの女王。そこにしか出てこない。シバがソロモンに会いに行く。・「ソロモンの十字架」。「命の木」。桜の木の下には屍体が・・・。・十字架は物語の起点になっている。・梶井がどこまで西欧の歴史を知っていたか。・キリスト・・故郷と母はタブー。流浪の民。定住しない。・日本;農耕民族は定住型。排他的。「七人の侍」利用して追い出す。相容れない。・「窓」はかない運命を持っている。・他の作品では人間を虫にしたが、ここでは虫ではない。人間の死・・・そのものを描いている。「冬の日」まで、虫にしていたものが、ここで変わる。より真実になる。根底には「妹の死」がある。性=生―死。光景。梶井は深入りしない。・イメージにする。・これまでのテーマと違う。<威力ある無常観>。・中ぶらりんの意志との相違。(「冬の蠅」)自分たちの意志が通用しない。はかなさでおわる。・梶井らしさ。終わり方が違う。作品の結末が違う。二作品の違い。処理の仕方が違う。・体調が良い悪いではない。体調が悪いから暗いのではない。・「あれは俺の空想が立たせた人影だ・・・」二重人格。「Kの昇天」・「金色の死」友田と松永の話。・自分は抜け殻になる。どちらが実体か分からない。どちらでもいいこと。・超現実の視点・・・崖の上。景色が違って見える。・はかない運命ではない・・・見方が変わる。・濡れ場を書きたいのではない。・性の営み・・・戦慄がある。薄い刃物で撫ぜるような、反逆がある。ポーの作品との類似性。同じベクトル。破壊する。得体の知れない現実。「檸檬」のような心情をもっているひとが現代でもいる。反逆。・作家は、行動しない。頭で想像するひと。・日常を脱して非日常を見ることによって威力ある無常観を感じる。ふたつのことを書いている。だから対話になっている。・比較的解りやすい作品と言える。「奇妙な手品師」・超現実主義の絵画の意味。梶井が書いている意味「シュールリアリズム」とは、真の意味は超現実・・・過剰なまでに現実であること。「夜の夢、見慣れた都市、風景、むき出しの物事などの中から不意に感じられる「強度の強い現実」をいう。・現実のもう一つのとらえ方とする考え。
2011.11.28
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自己表現のしかた私は、尊大でありたくはないし、卑下したく思わない。農民のアルファベットの評価を見失いたくはない。そして自分が他人を無視しないように、他人からもそうされたくはないし、国家と個人との関係もそうでありたい。ただそれは私の希望でしかないことも知ってはいる。私は、凡人だからであり、庶民だからでもある。現代社会で、個人はどうあるべきなのだろうか、それを模索もしている。街角の闇に紛れて惰眠を貪りたくはない。これも、そう為らざるを得ない理由があるだろうし、不合理もあるに違いない。明確に追及しないのも社会の歪みもある。何時も、ツアーの時は文春を空港で買い暇つぶしをすることにしているが、「書く」ことは生きることというフレーズを見つけた。日頃考えている事に近いと思う。つねに向学心を以って、というのが脳裡にある。さて、コストを活かせるだろうか、ツアーも終わり、日常生活が待っている。
2011.11.28
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視て読んで納得して点を描いて死ぬ文学は、文学者のものだという想いがしていたが、そう卑屈になる必要はないと、その文学者がいう。作家は自分を理解する人のためだけに作品を書いているのだろうか。一介の市民に理解できる世の中ではないだろうか。芸術は、一部のエリートたちの文化ではない。教養は、貴族社会の装飾でしかなかった貧しい時代の名残でしかないのだろうか。 ・木偶人形のようになって労働するしかない社会もある。見ようによっては、地獄にも極楽にもなった文化の乱れた時代もあった。豚のように食べてそれが自由や幸福だという人もいる。太く短く生きて死ぬだけで好いというのだろうか。そういう人にはどんな哲学も文学もただの享楽のためでしかない。>エフェソス遺跡 ・へ2・・・狭い世界の専門家に為り、小さな山に登って満足して死ぬしかない人生もある。或いは届きそうもない穴を掘り続けてミイラ取りがミイラにもなる。点となることを恐れず、それを刻むがいいのだ。人は生命という命の連鎖の歯車でしかない。
2011.11.28
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マラリア原虫の複雑なライフサイクルや宿主の概日システムとの密接な相互作用は、体内リズムの生物学的な意味を解明することは治療に役立つ。マラリアのほかにも、ガンなどのさまざまな病気について、外科療法や薬物療法の効果を最適化する試みがされ始めている。これをクロノセラピーという。薬剤等の実験動物としてラットやマウスは夜行性であり、昼行性動物であるヒトに適用することの問題性もある。薬を最も効果の高い時間に投与するのは理に適ったことであるが、殆どの薬は、刻一刻と変化している患者の生理的、生化学的状態とは無関係に処方され、服用されている。薬の処方は、血中レベルを維持するのが目標でしかない。本当に薬が効くかどうか。薬の効果が患者にどれだけ影響するのかを医者は、どれだけ責任をもてるのであろうか。甚だ疑問だ。薬に対してどれだけの知識を持っており、患者の病態をどれだけ把握しているだろうか。医療メーカーのマウス実験の効能だけの知識を鵜呑みにしただけで医療行為をするのであれば、やぶ医者と言われても仕方がないだろうし、現代医療ではないだろう。人間の生命は、教科書に載っているほど貴重に扱われてはいないし医療もおざなりで、医師も有能ではない。若い連中は傲慢で生意気だし、そうでない人たちも卑屈だったり、無神経だったりするが、誰も時間を止められない。私たちが時間をどう考え、どう感じるかだろう。これはひとつの世界観だ。自然から急いで立ち退こうとするか。そこへ飛び込もうとするか。時間は不可逆に進むだけなのだろうか。
2011.11.28
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ロンドン大学インペリアルカレッジの実験では、 ヒトの体温は・・・最低値は午前4~6時。最高値は、12~14時。其の差は、平均1℃であったという。 私たちが何故眠るのかはよく解っていない。「睡眠」の研究は、クライトマン「睡眠と覚醒」以来様々な分野で研究がされているが、ヒトのフリーランリズムを調べるには、ヒトがある程度の光を必要するという事実を見逃してはならないといわれる。 非常に稀な病気であるが、プリオンタンパクの異常が関係していて、まったく眠れない状態が6~30ヶ月つづき最終的には死亡する。昏迷、体重減少、内分泌系の崩壊などの症状が進行する。 米国の100万人を超す研究では、 睡眠時間4時間未満になると死亡率が上昇する傾向があること。 最も生存率が高かったのは、7時間。 逆に、8時間以上の人の内、一部の人は病気を抱える可能性が高い。 少なくとも睡眠時間が長過ぎるのは病気の存在を反映するらしい。6~7時間が最適なのだろうが、時間だけではなく、眠り「質」もあるだろう。 Non-24 シンドロームとして指摘されるが、これからの課題でもある。
2011.11.28
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ツアーの楽しみこれから、ツアーの準備。これも楽しい。どんな世界遺産だろうか。韓国の仏教は、どのようなものだろうか。キリスト教徒が多いと訊いているが、それはアメリカ軍の駐留と、そして朝鮮戦争との相関関係があるのだろうか。以前ソウルで観た夜の教会のライトが印象に残っている。去年のトルコの時は、つい過食気味になって、あとでその悪影響が出てしまったが、今回は、そうならないようにしたい。 ・韓国の田舎を古寺巡礼しているという人の話では、「昔の日本の農村が観れますよ」という話だった。都会は近代化しているが、田舎はそうでもないという意味らしい。中国の桂林の漓江下りした折、田舎の道を走ったが、まだかなり近代化の遅れた光景を視た。中国はこれからの国だと実感したものだ。 ・へ2・・・それは覗いただけだが、自分のみた物が自分の知識にもなると思う。強がりも、中身のないものでは襤褸が出る。華やかな所だけが強調されて、隠れたところが見えないことが多いだろう。一部の人たちの言葉だけでは信用できはしない。知らな過ぎて勘違いもする。ツアーは、そういう意味では自分の心の旅でもある。
2011.11.28
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日照時間今朝の福岡市の日の出は7;01 日の入りは17;10。段々日照時間が短くなっているが、9月15日では、6;00~18;25 だったから、2ヶ月半で、2時間15分日照時間が短くなっている。時間は、新しいステージに進んでいるのだ。 ・まだまだと思っていると、その時は来る。油断してはならない。そろそろ朝の早い下の娘が起きてくる時間になってきた。私は、そろそろツアーモードだが、朝のウオーキングをして来ようと思っている。>柿林
2011.11.28
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口ばかりでは真実のない政治がされ、ひとびとは見せかけの体裁でことを済まそうとする傾向がある。圧殺されている人がいる。その数は増えているように思う。敵を殺すしか考えていない人たちが、国際社会の指導者では平和が来る筈はない。独裁政治が崩壊しても、あとをどうするかわからないでいる国家が多い。 ・どうしてなのだろうか。何をしなければならないか解らない筈はないのだ。これだけ長い歴史があるのだから、見せかけの社会で好い筈はない。オバマ大統領は何をしただろうか。そして野田佳彦首相にしても、していることは明確なビジョンではない。妥協の産物でしかない。 ・へ2・・・今度も、大した準備もできないままツアーに出かけることになってしまった。まあ見るだけ視て写真を撮ってくるつもりでいる。みどころを巡るだけになるが仕方が無い。近くて遠い国とはどんな国なのだろうか。故郷でみた昔の風景が見られるとの話だが。今年は韓国も暖かいようです。
2011.11.28
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人のありよう21世紀だというのに、何と人のありようは、こうも遅れているのだろうか。人工衛星がこれだけ宇宙を飛んでいる時代に相応しいとは思えない。3.11をはじめ、福島第一原発事故にしろ、人間のまだ弱さを痛感した。何が足りないのだろうか。知識だろうか。精神だろうか。国家の品格だろうか。無智と貧困の時代はまだ克服されているわけではない。 ・戦国時代のような争いが蔭で繰り返されている。独裁で踏み躙られている国家もいくつもある。国連は名ばかりの存在でしかない。巨大国の横暴がいまだにつづいてもいる。良識などない国社会でもある。暴力や裸踊りの血に飢えた人間たちの酒盛りがされてもいる。絶望した人たちが自殺している。 ・へ2・・・何をすべきか解らないでもいる。恥を知らないひとが、享楽主義になって、汚物を振りまいてもいる。ノアの箱舟でもあるまい。いまは21世紀だ。ひとびとの努力と汗で築き上げた歴史がある。宇宙の汀の木屑になろうとしてはいないだろうか。>エーゲ海
2011.11.27
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アポトーシスから老化死まで、1日あたり数万レベルのオーダーで死滅する。タテ社会日本の科学界では、まだ権威主義が蔓延り続けている。この枠を突き破る者が出て来ぬ限り天才は窒息し続けるだろう。彼らは、ノロマで身体の弱い人たちだから・・・。長生きできないかも知れない。偶然が重なり余程幸運が無い限り消えていくだろう。それこそ素人や弱い立場の少年たちが専門家を凌駕するかも知れない。一学者のたった数十年の知識など知れたものだ。逆転の発想により生まれた新発見は数知れない。権威に溺れる者の醜悪な末路はアポトーシスに相応しい。然し、ニューロンの死は無駄ではない。寧ろ新しいニューロンを生かす道だからだ。この世に価値の無いものなどない。全く無駄、無価値で害毒だと思われるものも、その時そう思われただけで実はそうではなかった例はいくつもある。かって 酸素がそうであったように・・・。そして下半身不随の脳性まひの喋れない天才がヒトの救世主になるかも知れないのだ。厄介者扱いされている人たちの中から天才が生まれ、注目される可能性は高いのではないか。むしろ、その人たちをサポートする装置がこの社会に整備されていない方が問題なのではないか。どこからでも天才が出て、この社会を未来に導くことを肝に銘じねば為らない。権威主義者には、少なくとも明日の光は射さない。心の準備をして、新しい朝を迎えたい。>パムッカレ
2011.11.27
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体重風呂の前に体重を量ったら52.6kg。調子が良かった時は50kgだったから、かなりオーバーだ。少なくとも51kg台できていたのに、ここ数カ月52kg台が続いている。少なくとも1kgは減量したいが、巧く行かない。どうしてだろうと考えてみたが、どうやら真剣さが足りない。このままでは体重が増えて行くのではないだろうか。それは、軽く視てはならない問題でもある。 ・何かうまくいくと良い方にすべてが動いて行くが、一つ躓くと他のことにも影響が出てくる。前進か後退か、それほど明確に区分できるわけではないが、因果関係はある。どこか一つ悪いのではなく、いくつかのことが重なっている。摂取カロリーとか、非効率な運動とか、歯車が狂いだしているのではないだろうか。悪いスイッチを押し続けると最悪にもなる。 ・へ2・・・「多寡が体重されど体重だ」。健康のための体重であり、免疫力を高めるための体重でもある。筋肉と骨と関係があるのが体重でもある。>パムッカレ
2011.11.27
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少し間が抜けてもいる。あれもこれもというわけにもいかなくなりつつあるようで、当面は健康を優先しないと危ないという状況もないわけでもなく、冗談で始めたウォーキングもやりだしたら、体質改善にはなってきたような、悪いことではないと続けているが、そんなに甘くはないと、ないはずだと気を引き締めているというか、まあ、それは口ばかり。確かに痩せたけど、半年後にはリバウンドもあるわけで、ないとは思うけれど、ないとはいえない。最近は、頭の血のめぐりが悪くなったのか、あまり勉強もできていない。二兎を追う者・・・でも困るが、どうもほどよい程度というのが、難しい。 ・3時に起きると、鳥渡は時間の余裕もあるが、昼前がきつくなるので、3時ころが好いみたいだが。体がついていけないような・・・。早く眠れば早く目が覚めてしまう。これもホルモン分泌の低下だろう。何もかもうまくいくはずはないが、つい慾張りになってしまう。 ・最近の日本の状況を見ていると、水際まで押し寄せているものは巨大なうねりなのではないだろうか。それは国土や日本人を呑み込んでしまうのではないだろうか。ある意味「日本沈没」になるのではないか。これまで、されてきた多くの警告が現実にならないと誰が言えるだろうか。 ・へ2・・・「日本沈没」を望むひとはいないだろうが、世界人口66億人分の1.3億人という日本人の運命が、呑み込まれていくという構図は容易に想像することはできる。どこかの属国にでもなるかも知れぬ。もともとアフリカから出てきた人類が同じルーツをもつのであり、国境を廃するのに異論はないが、海の藻屑になるのだろうか。それもありなのだろう。その覚悟だけはして措くべきなのかも知れないと思っている。
2011.11.27
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11月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2011/11/1 火 17 3;25 22,2392011/11/2 水 18 5;25 20,2252011/11/3 木 17 5;05 27,3452011/11/4 金 18 3;35 26,0252011/11/5 土 18 4;15 14,2512011/11/6 日 19 4;10 21,6642011/11/7 月 17 4;10 23,7132011/11/8 火 15 4;40 22,5832011/11/9 水 14 5;15 22,3662011/11/10 木 15 4;25 15,6662011/11/11 金 15 4;10 22,8612011/11/12 土 15 3;45 27,4332011/11/13 日 15 4;05 30,5222011/11/14 月 14 3;15 22,1572011/11/15 火 11 1;50 21,0572011/11/16 水 9 4;58 25,5232011/11/17 木 11 3;05 20,5342011/11/18 金 15 3;25 4,5782011/11/19 土 17 3;05 5,7822011/11/20 日 12 3;40 25,5212011/11/21 月 7 5;05 26,1232011/11/22 火 6 2;40 30,1222011/11/23 水 10 2;50 13,2222011/11/24 木 9 3;55 22,2652011/11/25 金 6 5;40 13,6272011/11/26 土 7 3;50 10,3232011/11/27 日 10 4;15 28,510合計 566,237ものがたり一人ひとり違うというのは遺伝子由来であり、それは、種としてのヒトが2倍体生物であるからでもある。性と死は、ヒトの進化の戦略でもある。ヒトは死なねばならないのだ。どんなに優れた宗教で云おうと、生命の神秘は科学の前に沈黙するしかないと現代では思われている。それを言わないようにしている。 ・可笑しなことはいっぱいあるが。公言しない。それがこの世を混乱させてもいる。非科学的なことで暮らしている人たちが多いのも事実だ。理屈に合わないが、しなければならないという。他人とは違う遺伝子で人間は出来ているし、他人とは違う一生を終えるが、社会のルールは、公平ではない。 ・へ2・・・自死する細胞を抱えながら、それを修復して生きている。一日に数千個もある。修復できないとその傷が蓄積して病気になる。それだけではない有害物質や、太陽の紫外線や、放射線や、さまざまの外部からの攻撃もある。定期券タイプの細胞にもその人の寿命がある。ヒトの寿命はあらゆるリスクの中にある。生きることは奇蹟のようだ。
2011.11.27
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ものがたり一人ひとり違うというのは遺伝子由来であり、それは、種としてのヒトが2倍体生物であるからでもある。性と死は、ヒトの進化の戦略でもある。ヒトは死なねばならないのだ。どんなに優れた宗教で云おうと、生命の神秘は科学の前に沈黙するしかないと現代では思われている。それを言わないようにしている。 ・可笑しなことはいっぱいあるが。公言しない。それがこの世を混乱させてもいる。非科学的なことで暮らしている人たちが多いのも事実だ。理屈に合わないが、しなければならないという。他人とは違う遺伝子で人間は出来ているし、他人とは違う一生を終えるが、社会のルールは、公平ではない。 ・へ2・・・自死する細胞を抱えながら、それを修復して生きている。一日に数千個もある。修復できないとその傷が蓄積して病気になる。それだけではない有害物質や、太陽の紫外線や、放射線や、さまざまの外部からの攻撃もある。定期券タイプの細胞にもその人の寿命がある。ヒトの寿命はあらゆるリスクの中にある。生きることは奇蹟のようだ。
2011.11.27
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歩くことをしなくなった人間は、人間でなくなる日も近いのではなかろうか。モノを考えながら、活きてきたようで、実は、肝心なことを忘れてもしまう。都合の悪いことを忘れようとさえしている大脳皮質がある。利己的な遺伝子の本当の意味をどれだけ理解しているだろうか。たった半日でも一周出来そうな屋久島をバスで4箇所の名所を巡っただけでも、その自然の美しさを思う。 ・屋久スギは、本土の杉と違いその年輪の密度が細かいらしい。それだけ多くの時間をかけて育つという。人間が小さく見える森だ。人が血眼になってダイヤモンドを求めているが、ここでは美しい苔と純粋な透明な水滴が、太陽の光を浴びて、ダイヤモンドになる。人に支配されないダイヤモンド。ここでなければ見られない。ここまでどれだけの悠久の時間が流れたのだろうか。然もここが日本だから嬉しくなる。 ・へ2…屋久島を守るためには、観光地にならない方が好い。視たい人だけが行けば好い。決まられた場所にしか、トイレもない所に行くのだから、それだけの知識や準備をしていくべきだろう。自然を汚さないための工夫が必要でもある。容易に人間の手が届かない場所にあったから、これだけの自然が残っている。屋久島を守ろう。
2011.11.27
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五蘊皆空か「五蘊」というのは、(体、感覚、イメージ、感情、思考)の5つの集合体。人の成長は、それらの調和であり、総体でもある。個性の違いは、環境によって影響を受けて、一人ひとり違ってもいる。それが自分という存在のルーツでもある。今日という一日が終わろうとしている。明日もあると信じて疑ってはいない自分。どうしてそう思うのか、それは何の根拠もないが、空腹でもなく、どこも痛くないし、眠る場所もある。 ・不安で眠れない夜も来るのだろう。そんな夜を想像などしたくはないし、する必要もない。どんな苦痛があるとしても、一日は24時間しかないし、我慢していればいつか終わる。ヒトに与えられた生命は、誰も終わるように創られている。何も怖がることはない。5つしかないと思うのは間違いだろう。数千か、数万か、あるいはそれ以上の集合体でもある人間だ。 ・へ2・・・私たちは希望を持っている。これだけの多様性の中で活きている。それでも足りのかもしれないが。どこまでも旅をつづけよう。続くかぎり。>うきは
2011.11.27
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人の思考人は自分が不幸か幸福であるかに拘りを以って活きている気がする。無頓着のようでそうではないひとはいる。どちらかであってもそれは関係ないと思う人もいるのだろう。分類をしたがっているだけか。自分が思うだけではなく、他人からも認めて貰いたいのだろうか。ふつうの感情として、その時の社会的な評価はあるのだろう。 ・図書館の返却があるので出掛けようとしていたら、妻から近所の伯母さんの様子がおかしいので見舞いに行きたいらしい。ツアーも近いので今日の、宗像参りは、しないことにしていたが、そちらに行きたいらしい。人は老化して、知らないうちに違うステージになってしまうものだ。「あの岸恵子に似た?ハイカラな伯母さんが・・・」、独り暮らしをしている。 ・へ2・・・老人の独り暮らしは、会話も少なくなり、どんなひとにも、ポイント・オブ・ノーリターンがあると思う。自分に相応しい死に方をしたいと望んでいるが、できるのだろうか。高齢になって家族のいない人は哀れだ。
2011.11.27
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・西行は、西方浄土に憧れた僧であった。彼の仏教は、ひとことでいえば世の無常を感じて名利を捨てて出家遁世する無常教である。当時は、世を厭うて出家することへの憧れの風潮があったといわれ、若くて金のある西行の遁世の決断を世間は持て囃した。彼の出家はそのような世の風潮にのったものだ。 ・へ2・・・家を捨てて放浪する聖僧を尊崇する風潮が古い昔から日本にはあり、その伝統に属するのが僧として、行基、空也、西行、一遍などがいる。さらに松尾芭蕉や種田山頭火、あるいはフーテンの寅さんがあるのではないだろうか。名利を捨てて流浪する人間の生活を賛美する傾向がある。西行はすでに生きているうちから伝説の人であり、死後もまもなく「撰集抄」が作られ、「西行物語」が書かれ、歌集「山家集」が愛読された。 ・西行の人生を誰よりも慕ったのが芭蕉だった。「西行物語」の歌が俳句になったのが「奥の細道」になった。どうも西行は理想化されているようで、実際は必ずしも名利を捨てた清い旅僧ではなかったようだ。西行は金持ちであり、出家した後も、彼も家族も不自由なく生活することができたようだ。美談は作られたものが多いらしい。 ・へ2・・・僧でありながら数多くの恋歌を作った西行とはどんな人物だったのだろうか。まさに矛盾の人であったのであろう。空想と現実が入り混じる大乗仏教の「煩悩即菩提」というのが西行の人生そのものを象徴している。史実は相当違うのだろう。
2011.11.27
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そろそろツアーの準備をしようと思っている。1日目10;50 福岡空港発。11;45 釜山空港。 古都慶州。石窟庵、仏国寺観光。 (慶州宿泊)2日目 海印寺 安東河回村。 丹陽へ。 神の門;石門。 (丹陽泊)3日目。 城郭都市;水原へ。水原華城。 ソウルへ。ソウル観光。 宗廟。 昌徳宮。 (ソウル泊)4日目、 13;10 ソウル発。 14;30 福岡空港。旅の続き横浜に単身赴任をした時に、これは、自分の新しい旅立ちでもあるのではないだろうか思った。一人暮らしというのは、余りしたことはないが、母が死に、父と別れて熊本で独り暮らし始めた以来だった。その後結婚して子供が産まれ上の娘が大学受験をしていたころだ。一人になって病気もしたし、色々独りで考えることが多くなったこともある。 ・まる4年間の横浜暮らしをしたが、家族の柵から解放されてもいたのだろう。家族の幸福を味わえなかったが、妻子はよく横浜に遊びには来たのであまり寂しさは感じなかった。横浜での暮らしは、仕事をしていたが、どこか旅の途中のような気分がしていたものだ。そう思う時が楽にもなった。休みの日にはあちこち観光に出かけてもいた。 ・へ2・・・私は、中国の青島で生まれて熊本で育ち、そしてあちこち転居したので、いま福岡に暮らしているが、10回くらい移動したことになる。ひとは、結婚し、子を育て、移動して、死ぬという。また人生は旅であり、一つのことに出会いそれを経験して死ぬとも。なるほど、そのままだし、それ以上でもその以下でもない。
2011.11.27
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水の豊かな環境日本のどこへ行っても緑や人のいない風景というものは余りない。雨も降るし緑もあるし、勿論水も綺麗なのが当然だと思っているが、外国ツアーをすると、それこそ、水の少ない大地に生きている人々がいることに驚く。緑もない土と砂の町の中でも人々は暮らしている。美しい風土も、機械文明に汚されてもいる。 ・それはモノだけではなく人の心も同じだ。目には美しくてもよく視ると汚れていることはある。私たちは田舎が好きだが本当に大事に思っているだろうか。それに相応しいことをしてきただろうか。大切にしてきたか。口では大事だと言いながら、軽視してはいなかっただろうか。その時ばかりの自然への尊重ではないか。 ・へ2・・・いつも田舎はそこにあるという想いがあるのは、甘えでしかないかもしれない。そうあっていて欲しいと思う心は、ウソではないとしてもそれだけでは足りない。100年前と同じように視える風景も決して同じではない。そこにいて人々がいなくなり、昆虫や植物も変わってしまった。厳しい環境に暮らしている人たちがいる。自然を大切にする心は忘れてはならない。>「道の駅うきは」からの眺望。
2011.11.27
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今朝の日の出は7;00勿論四季があるということは、毎日日の出や日の入りの時間が違っている。今朝の福岡市の日の出は、7時ジャストで、日の入りが17時10分で解り易い。体力が落ちているという実感は、毎日歩いているのでよくわかるのだろう。たった1kg体重が増えただけでも解かるようだ。昨夜も夜歩こうかと思ったが、体調を崩しでもしたら、数日後に控えているツアーが徒にもなる。 ・折角行くのだから、気分よく出かけたい。今朝はこれから歩くつもりでいる。できれば今月も余り好くないが月度の目標だけは達成したい。いつかできなくなるのだろうが、それまでは続けたいと思っている。ツアーで元気に歩けることが、ツアーに行く最低条件でもある。そうでなければ楽しくはない。 ・へ2・・・韓国の天候を視たが、日本とあまり変わらないようだ。紅葉はどうだろうか。以前ソウルに行った時は、同じ11月下旬だったが、銀杏並木の葉が道路に散っていた。今年はどうだろうか。昨日の日田の銀杏は、今が見ごろになっていたようだ。
2011.11.27
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昨年の今ごろ昨日、大学から直ぐ近くにある都市高速から大宰府IC、そして鳥栖ジャンクションから大分道に乗り換えて日田の手前の把木ICでおりて「道の駅うきは」までくると、交通の便は悪いが、昔から有名な見晴らし台でもあって、素晴らしい景観でした。丁度昨年は、24日にトルコツアーに出発し、25日は朝タシケントからイスタンブールに午前10;30着して、バスでダータネル海峡にそってチャナッカレに向かって350kmほどバスに乗っているころだと気づいて頭の中で、日本との風景の違いを想いました。トルコのヨーロッパ大陸側の大草原に沈む夕日が印象的でした。 ・一見美しく視える緑もよく視ると荒れている。杉林が雑木林になっている。人の手が入れなくなっている。ハードで、手間のかかることをする人間がいなくなっている。このままでは日本の山は雑木林になる。これは人間が怠けものになっていることを意味しないだろうか。仕事をしなくなった民族は滅んでいくしなかいという危機感を感じます。 ・へ2・・・人はどこを視ているかだと思う。バスで隣に座った老紳士は、見識の高い方で、ちゃんと山の実情も知っておられた。自然に関心があるから良く知っても居られる。昼食は美味しいと評判のレストランでバイキングだったが、ご馳走があっても蕎麦だけを食べておられた。暗くなって大学に帰りましたが、去年はそのころフェリーでチャナッカレの港の光を視ていました。直ぐ近くにエーゲ海があるところです。>チャナッカレ
2011.11.27
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未だ知恵が足りない昨日の現地学習では、道の駅と林業で実績を上げている会社と、おまけはビール工場の見学まであって、楽しい一日でした。何故(道の駅)繁盛しているのか。どうも全国どこでもいうわけではないらしいが、生産者を大事にし、食の安心、安全を守ろうとしている姿勢とか共感するところは沢山あるようです。東京のデパートに出店しているが、地元の3倍の価格であちらでは売っているという話にみんなのため息が出ました。 ・木の温かさ、人への優しさを訴えて成功している山奥の森林組合がある。昔ながらのやまどん(林業従事者)の暮らしを守るために林業の近代化を目指しているという。バスで、下釜ダムからかなり山奥にある人里離れた場所にありました。パワーポイントを遣って、参観者に説明をされました。どこも熱心な活動家が居られるからできることだと感じました。 ・へ2・・・私には、何度も見てきた風景ですが、話をいろいろ聞いてきたが、やはり違って視えてくるから不思議です。それが知識というものではないだろうか。現地学習でもう5回くらい参加していますが、大学の講師がバスに同乗して解説してくれますので、知識も深まります。これからも続けてくれるようにアンケートに書きました。年なのか疲れて昨夜は早寝してぐっすり眠りました。
2011.11.26
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人間たちは自分の持っている能力を活かし切れずに自滅しているところがある。或いは無為な戦いのために。事の善悪を理解している者が、何故殺し合うのだろうか。これももって生まれた人間の宿命なのだろうか。地球の存在は宇宙の解明と科学の進化によって、益々小さな存在でしかなく、人間の存在も奇跡ではない。私たちは何をしているのだろうか?失ったものは余りにも大きいのではないか。目先のことに追われて、生きる意味さえ分からずにいる。 ・個人の喜びで満足して死のうとしている。はたしてそれでよいのだろうか。生きる目的を小さくしただけで済むだろうか。枯葉のように黄葉して散るだけで満足しなければならないだろうか。少し角度を変えれば何でもできるかも知れない。ひとりで生きようとしてはいないか。世の中はこんなものか。 ・へ2・・・個人主義や、営利主義が、人間を蓑虫のようにしている。
2011.11.26
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同じ民族でも、国家でも、或いは兄弟でさえ人間は違うことをする。それは違う考えを持ち得るからでもある。かっての東西ドイツも分裂して、違う政策の下に人びとは異なった暮らし方をした。彼らはその弊害を自覚して20年前に統合の道を選んだ。朝鮮半島ではまだ分裂したままだ。元々人は一人一人違っている。同じ人間はいない。それは個性でもある。そして与えられた条件で違った人間にもなる。それは環境で形成される人格ができるからでもある。社会的状況がその人の意識を決定するからだでもある。 ・期待されない人間は、期待以上のことをしない。この社会に魅力を感じなければ段々嫌になっていくに違いない。ひとは自分の心に正直にできているのかも知れない。自分の求めるものを達成しようとする。関心のあるものに関心がある。他人と同じことをしようとする。それが人びとの団結にもつながるのだろう。私たちは幼いころから学んだのは、他人をまねることから始まってもいる。 ・へ2・・・私たちは、戦前とは違い、戦後とはまた違う時代の中にいる。確かにその中を通過してきたが、違う大きな潮流を受け始めている。ここにそのままのこるのか、ここからでていくのか?自分の持つカードの種類を自覚しているだろうか?発行元のないカードだ。未来の社会の匂いを感じているだろうか。これからの蓋然性を描けるだろうか?>杷木の柿畑。土産に買ってきて食べているところです。
2011.11.26
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11月歩数集計 年月日 曜日 気温 起床 歩数2011/11/1 火 17 3;25 22,2392011/11/2 水 18 5;25 20,2252011/11/3 木 17 5;05 27,3452011/11/4 金 18 3;35 26,0252011/11/5 土 18 4;15 14,2512011/11/6 日 19 4;10 21,6642011/11/7 月 17 4;10 23,7132011/11/8 火 15 4;40 22,5832011/11/9 水 14 5;15 22,3662011/11/10 木 15 4;25 15,6662011/11/11 金 15 4;10 22,8612011/11/12 土 15 3;45 27,4332011/11/13 日 15 4;05 30,5222011/11/14 月 14 3;15 22,1572011/11/15 火 11 1;50 21,0572011/11/16 水 9 4;58 25,5232011/11/17 木 11 3;05 20,5342011/11/18 金 15 3;25 4,5782011/11/19 土 17 3;05 5,7822011/11/20 日 12 3;40 25,5212011/11/21 月 7 5;05 26,1232011/11/22 火 6 2;40 30,1222011/11/23 水 10 2;50 13,2222011/11/24 木 9 3;55 22,2652011/11/25 金 6 5;40 13,6272011/11/26 土 7 3;50 10,323合計 537,727>松原ダム
2011.11.26
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日田へ「九州マーケティングを体験する」の現地学習で日田の「道の駅」と「総合林業会社」等を視て回った。現地のサッポロビール工場のビールの試飲もあり、楽しい現地学習だった。晴天に恵まれたこともある。和気藹藹で隣に座った老人と仲良くなったので余計嬉しくなった。 ・紅葉が始まっており、殊に銀杏の葉が綺麗だった。何故九州の道の駅が成功しているかというと、販売システムにあるようだ。交通不便の地であるが、中間搾取をせず、売上げの80%を生産者に還元することにあるようだ。それで生産者の収入が増えて元気らしい。 ・へ2・・・農家の収入が増えるから、老齢になっても元気な人が多いらしい。遣り方次第で活路は開けるということだろう。「津江杉」の会社も、新しい発想で山を守ろうとしておられるようだ。>日田
2011.11.26
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