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新しい発見の旅何時突然終わる旅もある。人の死は、簡単ではないが、断ち切られるいのちもある。巨大津波に呑みこまれたら最期らしい。阪神大震災の時と違うと医療関係者が言っていた。大怪我をした人が阪神大震災よりも少なかったらしい。犠牲者の多い割には怪我人が少なかったのは、少なくとも津波から逃げるだけの体力があったからでもあろう。それにしても想定外も都合のいい扱いをされる。虎視眈々と狙いを定めて凝視しなければ解らないことばかりだ。 ・何とか前月の3月の後半は天候にも恵まれてウオーキングできたが、まだ本調子でもない。いつまた不調になるか解らない。甘い見通しというのは、誰にでもある。だからノー天気でいられる。恐らく自分の都合のいい活き方をしている。昨日3年喪失したと書いたが、多分誤解されただろう。ウオーキングをした3年間という意味だが、時の経過でしかない。失った3年間だが、それは取り返しの効かない不可逆な3年でもあるからだ。 ・へ2・・・これからの5年は、保障されたものではない。自分の希望的願望に過ぎない。もしかしたら、5年くらい活きて居られるかもしれない。アクシデントもあるし、DNAの設計図が、引き金を引いたものが致命傷になる場合だってある。今朝は少し早くウオーキングを始めようともう朝食を摂ったところだ。放射冷却で少し寒いようだ。1日を何時間もかけてウオーキングするのは馬鹿げてみえることだろう。自分で好いと思うことをしているまでだ。自分の命だから自分で守るしかない。
2011.03.31
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リセットして始めようエイプリルフールではないが、新年度でもあり、忘れたいこともある。大事なことを忘れているかも知れないが、アルツハイマーも徐々に始まっているのだろう。いつどうのがあっても可笑しくない年齢には達している。思い残すことは多々あるが、それでも最悪のケースは避けられない運命はある。恐怖もなく死ぬことが出来るとすれば有難い。中島敦の「古譚」の中では、人間が食べられたり、牛の血を飲まされたり、生きながらの皮剥ぎなどがある。魔女裁判といい人間は余り上品とは言い難いことをしている。 ・自分の生き方は誰かのコピーでもあり、そして自分だけでは自分の意志が働いている。それをどう見るかだろう。普遍的な妥当性があるか。私のウオーキングも手段が目的になっているようなところがあるが、どこかで真剣さが無いと続けられない。モリタリングしていることで遣れることもある。それは完璧にはリセットしたとは言えないが、そういう気持ちを持つことは必要だと思う。福島第一原発で、何かが終わるのかもしれない。それは日本の終わりにはならないと誰にも言えない。 ・へ2・・・一つのことが思わない結果を生む。今度の3.11東北関東大震災(東北地方太平洋沖大震災、東日本大震災)は、M9とか、幅500kmのスケールの隆起があったとか、10m以上の巨大津波だとか、村落の壊滅的な被害があったとか、住民が半数以上の犠牲になったとか、もう3週間経過したのに、いまだに3万人近い犠牲者数の確認が出来ていないなど。想定外の出来事が起きている。であれば、最悪のケースもある。原子力委員会は、原発の必要性を説いているが、彼らがいまの原発の危機を招いた人たちでもある。それこそ科学者の頭のリセットが必要だ。
2011.03.31
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チンギス・ハンの遠征は世界史上、類を見ないほど遠大で、その成功の真のスケールは、西欧では正当に評価されていない。西欧ではその名は常軌を逸して野蛮、文明の略奪、脅威を齎した異教徒遊牧民としてしか認識されていない。それは空前の規模の大虐殺が付き纏っているためだ。 キリスト教徒とイスラム教徒が500年間も戦闘状態にあった当時の世界で、彼の統治下では、征服された部族民はすぐに釈放されたし、政治的、宗教的、或いは人種的な独裁ではなかった。宗教上の信仰が迫害されてはいない。 逆らうものに容赦がなかったことと、モンゴル人が高く評価していた官吏・貴族・職人・商人・祭司・書家などは命をたすけれたが、圧倒的に多かった貧しい農民などの命はヒツジの群れ以上の扱いではなく、例外もなかった。モンゴル人は、大地にはいつくばって働く男女をもっとも卑しいものと見なしていたのだ。馬のほうがまだ価値が高いとされていた。切れと命令が下れば、彼らはヒツジのように駆り立てて処刑した。 歴史を正しく評価することは難しい。というより時の権力者が都合のいいように改竄してもきたからだ。死ぬ間際までチンギス・ハーンが思い描いていたのはステップの世界のしはいであっただろう。モンゴルの人口は少ない。彼らが征服した領土をながく管理するだけのマンパワーがなかったのだ。だから彼らは、徹底的かつ残忍な攻撃によって壊滅させようとしたのだ。どんな容であれ反抗の兆しがあれば全住民を抹殺しようとしたのだ。 そうしたのはそういう原因があり、理由があるということか。遊牧民と定住民との戦いは、決着がつくべくしてつくのだ。帝国が膨張し、やがて全中東と中国をのみこむとモンゴル人は統治に格段の進歩を見せた。
2011.03.31
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タイトルのない日常 テーマをもっていることは大切なことだろう。それが、実現可能であり、自分にとってプラス思考であれば、生甲斐にもなる。だらりだらりとしているから何もできなくなる。毎日歩いていると、歩くのが楽しくなるが、恐らく、苦しくなる時が来る。その時それをどう乗り越えることができるかだろう。病気をしたり、怪我をしたりしてどうしてもできない時があるだろう。問題はそのあとだろう。いつも「ハイ」ではいられない。暗いモードのときもある。それにどう対処できるかだろう。 ・最初はわずかな差でしかない。それはライフスタイルと言うまでには相当時間の経過が必要だ。そして、良いことはすぐに苦しくなり、息が続かない。我慢してどこまでやれるかではないだろうか。ひとつのことをやれれば、次もやれる自信がつくだろう。できなければ挫折する。その挫折感もどこまで自覚できているかだろう。人の人格の形成はそうして積み上げられていく。そうした経歴はその人性質になり、そう簡単には変わらないだろう。そのひとの体型や態度が示すものはその成果でもある。 ・へ2・・・それこそ、一日の始まりは無からではない。これまでも自分の生活を引きずっており、昨日の続きの延長でもある。自律神経は生まれてからこれまでも歴史をそのまま刻もうとするだろう。脳は置かれた環境から自由であろうとするが、すぐに縛りあげられる。束の間のまどろみの中で私の脳は何かの口実はないかを探している。何も弁解できない日常が来る。そしていつまでもテーマを探している。
2011.03.31
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アメリカでは、健康で自立した個人の集団が社会であるというと考えられている。だから、「ディペンデンス」ということを極度に嫌がる傾向がある。ひとに頼ることは道徳的に悪いことである。だから、アメリカ人にとって、病気でさえ排除されるべきことになる。病人や病気の存在は生きていく上のマイナスでしかない。例えば肥満でさえ病気の可能性の高さからエリート集団から外される要因になる。喫煙も差別を受けている。医療は、できるだけ早く自立した社会人としての生活に戻るようにすることが目的であり、早く退院させられる。医療費も高い。入院したら、見舞いや差し入れは拒否されるし、私物は認められない。男女共通の灰色のガウンとパンツを着せられ、患者番号をタイプした「腕輪」を嵌められるという。だから、世界でも入院期間は極端に短くなる。入院は、アメリカ人の価値観の中では、個性が完全に奪われることを意味しており、恥ずかしいことでもあるだろう。そして、アメリカ社会では、仕事の内容が、専門化され、個性化されており、長期の入院は失職につながるのだ。どれだけでも病人の代替は可能なのだ。いつでも後釜はいるだろう。WHO の調査では、日本人の長期入院は世界一である。どうも専門化が少なく他の人のフォローが可能だからであろうか。病気の人間は、アメリカでは暮らしていけない。少なくとも健康でなければ生活の安定は難しい。考えてみると、日本人は、病気について、それほど否定的ではないだろう。「あの子は虚弱だから」とかいって、却って大事にされたり、甘やかされたりする。病気を自慢するひとさえいる。日常会話でも「実はダウンしましてね」と平気で言ったりする。アメリカでは軽蔑されるだろう。アメリカ人には、持病とか体質とかいうコンセプトはないらしい。
2011.03.31
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中世ヨーロッパは法螺話を信じていた 13世紀のヨーロッパは、ウラルの東方については完璧なまでに無知だった。交易商人はラテンと中国を往復していたが、啓蒙する役割を果たしてはいない。中世ヨーロッパの神学者たちはかってな妄想で、東方の未開地にすむという奇怪な怪物をでっち上げてもいた。当時のキリスト教徒の空想は、グロテスクな生き物が住む根拠のない空想のそれである。 そして700年以上も過ぎた現在でも、ヨーロッパの人びとにとって、モンゴル軍の遠征の壮大な地理的スケールを完全に理解するのは難しい。それこそ、いくつもわかれた軍団が、兵站を補給しながら進撃し、展開しえたのであろうか。城壁をめぐらせ自領を防衛する欧州国家と、長い遠征の果てに、あれほどの勇気と想像力を発揮できたのだろうか。中世における最強軍団と思われたヨーロッパ軍に対して、アジアの軍団は、大いなる謎だった。モンゴル軍は、中国や、ペルシャと戦いながら新しい兵器や戦略を学んでいたのだろう。 それは遊牧民族の狩猟に由来する戦略でもある。狡猾な戦略だ。度々、逃げると見せて罠にかける戦略を成功させている。 モンゴル軍の侵略による殺戮は、ヨーロッパに暗い影を落とした。その野蛮で残忍さがモンゴル・スタイルとされた。数々のデマゴギーが流れ、恐怖を煽る道具にされた。モンゴル軍の侵入はキリスト教徒が漠然と感じていた天罰についての想いを、世界の終末は近いという盲従じみた確信にかえてしまったのだ。北ヨーロッパでは、教会は毎日、恐怖にとりつかれた民衆でうめつくされたという。
2011.03.31
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年月日 気温 起床 歩数2011/3/1 火 7 4;20 7,8252011/3/2 水 5 4;00 9,9262011/3/3 木 7;50 5,5022011/3/4 金 3 3;00 30,3232011/3/5 土 5;05 23,7312011/3/6 日 6 3;05 15,7292011/3/7 月 7 4;20 25,3342011/3/8 火 4 3;50 26,4622011/3/9 水 5 4;05 30,3422011/3/10 木 5;20 35,2222011/3/11 金 5 4;10 25,7912011/3/12 土 3 3;20 20,3752011/3/13 日 6 2;50 28,3752011/3/14 月 8 4;05 10,2062011/3/15 火 5;05 30,1512011/3/16 水 5 2;45 22,7892011/3/17 木 5;50 23,5012011/3/18 金 1 3;34 23,6892011/3/19 土 7 4;20 24,7272011/3/20 日 10 4;00 11,1192011/3/21 月 11 4;25 22,6292011/3/22 火 8 4;30 24,1352011/3/23 水 5;10 25,5912011/3/24 木 4 4;20 25,0262011/3/25 金 5 1;50 20,8152011/3/26 土 5 4:10 24,3072011/3/27 日 4 2;50 25,3052011/3/28 月 3 4;10 23,1612011/3/29 火 5;00 44,4112011/3/30 水 7 3;10 26,0382011/3/31 木 6 3;10 32,621合計 725,158年月 歩数 日数 平均2008年4月 258,124 15 17,2082008年5月 461,505 31 14,8872008年6月 454,828 30 15,1602008年7月 492,053 31 15,8722008年8月 479,175 31 15,4572008年9月 607,612 30 20,2532008年10月 635,399 31 20,4962008年11月 562,374 30 18,7452008年12月 629,723 31 20,3132009年1月 628,603 31 20,2772009年2月 587,391 28 20,9782009年3月 700,366 31 22,5922009年4月 686,126 30 22,8702009年5月 704,517 31 22,7262009年6月 610,392 30 20,3462009年7月 646,126 31 20,8422009年8月 655,742 31 21,1522009年9月 682,647 30 22,7542009年10月 749,592 31 24,1802009年11月 682,170 30 22,7392009年12月 683,681 31 22,0542010年1月 675,525 31 21,7912010年2月 637,727 28 22,7752010年3月 735,903 31 23,7382010年4月 778,075 30 25,9352010年5月 814,547 31 26,2752010年6月 780,407 30 26,0132010年7月 748,643 31 24,1492010年8月 733,665 31 23,6662010年9月 706,656 30 23,5552010年11月 646,698 30 21,5562010年12月 635,004 31 20,4842011年1月 715,561 31 23,0822011年2月 573,736 28 20,4902011年3月 725,158 31 23392合計 22,505,451 1,049 214553年間を喪失して、そして何が残ったのだろうか?私にとって、この3年年間を喪失して、何が残っただろうか?一つだけ挙げるとすれば自分の生命だろう。マリー・アントワネットはギロチンの前夜に一夜で恐怖のあまり白髪になったというが嘘か本当かは解らないが、確かなのはギロチンで命を落とした。毎日3時間歩いたが、これからの5年間、生きるために必要であれば、続けるつもりだし、それがたとえ盲信だしても。自分が信じるものを信じるしかない。
2011.03.31
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タイも東南アジアの一国でもあり、車窓からみる風景は、どこも似たところがある。ゴミゴミした感じもするが、鳥渡街を出ると、宏大な自然がある。道路沿いは埃で汚れていても、新鮮な空気に包まれたスペースがあるのだ。そこの土地で生きている、暮らしをしているのは土地に馴染んできた生物がそうであるように、環境に適応してもいる。他所者を退ける力があると言えるのかも知れない。それは時には灼熱の大地だったりもする。濁った川も他国の人間を拒否する武器にもなる。 ・アユタヤは14世紀に開かれ、17世紀に全盛を誇ったアユタヤ王朝があり、日本人町もあった。(1355~1767)。その後トンブリ王朝、そしてチャクリ王朝(1782~)へと変遷した。タイは日本と同盟を結んでいたが、一方で連合国とも裏で通じていた。これが戦後の敗戦国の処理を免れ、国連の敵国条項に名を連ねることもなかった理由だ。大戦終結後、ラーマ8世は王宮内で殺された。真相は究明されないままだ。タイは国土の一部を割譲して列国の植民地化を回避している。国王ラーマ9世の外交のパワーが底辺になるのだろう。 ・へ2・・・たとえ二重外交と言われようとも、国益のために中立を貫くのは、スイスなども同じではないだろうか。パワーがない国にはできないからだ。戦後も日本に対して友好的な交流を続けている。タイの経済と日本の経済が強い絆で結ばれてもいる。それも国王に対する国民の心情が深くかかわっているのだろう。そして、やはりそのなかでも貧富の差が問題でもあるのだろう。問題の所在が、現代における国民の宗教観がその根底にある。>アユタヤ遺跡
2011.03.31
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・名声を得るにつれて、ますます愚かになりました。まあ、ごくありふれた現象ですが。・安楽と幸せそのものを目的としたことは一度もない。そのような倫理上の原則を私は豚小屋の理想と呼ぶ。・「われわれ」という言葉に不安を感じる。だれも他の奴とはいったいじゃないからだ。あらゆる合意の背後にはつねにある、ひとつの深淵が、目に付かない深淵が。・その時(死ぬ時)がきたら、医療の助けは最小限にして墓に入ろう。そして、それまでは私のよこしまな心のおもむくままに、しっかり罪を重ねようとかたく決心しています。・主に個人的な願望の実現に向けられた人生は、つねにおそかれ早かれにがにがしい失望に終わります。・自然が秘密を隠すのは、自然が気高いからで、ペテン師だからではない。・科学全体は練り上げられた思考にほかならない。・科学者にとって報いとは、アンリ・ポアンカレが言う理解する喜びであって、ある発見が応用につながるかもしれないという可能性ではない。・(精神分析について)分析されるくらいなら、大いに喜んで闇の中にとどまりたいね。・真理とは何かを言うのはむずかしいが、誤りを認識するのは、ときとしてたいへんやさしい。・世界の永遠の神秘は、その理解可能性である。・・・世界が理解可能だろいう事実は、ひとつの奇跡だ。 (アリス・カラプリス編「アインシュタインは語る」>「ふるさとの森」
2011.03.31
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意識の変化震災後に社会の意識が少し変化しているらしい。元に戻るかも知れないがターニング・ポイントになるかも知れない。開国して、戦争に負けて意識も変わったが、今度の大震災があって、イベントを中止する処が多いようだ。大学も入学式を止めたところもある。会社も入社式を止めたりしている。節電が大きな原因だが、徒なことをしない精神は気の緩みを抑えるだろう。CMの自粛もどんな影響があるだろうか。 ・増税がまた検討されているが、安直な政策は、却って景気を停滞させる。壊滅的な被害を受けた町をどのように復興させるのだろうか。防災を考えた新しい町づくりができるのだろうか。底力を見せられるかだろう。それができるためには地域住民の総意をまとめられるかでもある。国家のリーダーシップもある。余り期待が大きいとまた期待外れになる。 ・へ2・・・意識だけではことは進まない。右往左往している政府だが、国民のために何が出来るかだ。原発を早く解決して未来に対する方針を早く決めて行動すべきだろう。原子力安全・保安院などという組織を早く廃止すべきだろう。訳が解からない。どちらを向いているか解らん。政府と企業の中でメセンジャーは要らない。徒を省くべきだ。>古賀市「ふるさとの森」
2011.03.31
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里歩き晴天になったし、家にいるのも勿体ないなと里歩きをしてきた。今日は3月31日で決算の最終日の会社も多いのだろう。3.11の大震災後の直後の決算でもあり、日本経済はまた大きなダメージを受けてしまった。頼りになる政府でもない。皺寄せをまた弱者に向けるのではないだろうか。「我慢しろ」が決まり文句だ。娘の会社も今度のボーナスはなしだそうだし、世間には厳しい嵐になる。明るいニュースは当面難しそうだ。 ・妻子から、「のんきでいいね」などと陰口をいわれるが、悪趣味だろうが無かろうが、自分のしたいことをするしかないと思っている。おにぎりをもって隣町の古賀市の「ふるさとの森つくり」という公園を散策して来た。暖かくなり、上着を脱いで、陽光の射す中で気分良くウオーキングが出来た。思ったより桜の木は少なく、先日見ていた桜しかなかったが、公園を一周して来た。規模はそれほど大きくはないが綺麗な水辺が造られてゲンジホタルの生育を目指しているようだった。 ・へ2・・・春休みで家族連れの人たちが花見をしに来ているようだった。子どもたちの明るい声が響いていた。森の中にいると、ひんやりとして優しい気持ちにさせてくれる。人間の心のふるさとが森の中にある。森林浴とはよくいったものだ。何となく元気が湧いてきた気がしている。好い時間が過ごせたと思う。>古賀市「ふるさとの森」
2011.03.31
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時代は変わる権威や権力を否定して時代は少しずつ変化していく。そして劇的な変化もある。戦前と戦後のように。ある歴史的な事件によって、反転も暗転もある。その逆もあるのだろうが、中々見極めることはその時は難しい。過去を振り返って解かることが多いし、それが歴史でもある。悲劇が喜劇になって終幕してさっぱりと忘れられることもある。トラウマになり忘れられない人たちもいる。成功<ゆえに>没落する人たち。 ・信じていたことが覆ってしまうのは、必ずしも楽しいものではない、むしろその反対が多いだろう。然し東京電力はババを引いたのではない。彼らの責任は小さくはない。原発は見直されるきっかけになっただろうが、そのために平穏な日常を奪われた人たちや、これから何時まで続くか解らない不安な生活が待っている人たちも沢山いる。経営者たちの虚ろな弁解を聴いていると、金融機関からカネを借りて損害補償するというが、カネで償えないものもある。 ・へ2・・・テレビでタレントたちが、救援活動にエールを送っている姿が放映されているが、それで日本がどうなるものでもあるまい。3万人近い人たちが犠牲になり、家族や財産や職場を奪われて、途方に暮れている人たちをどれだけ救うことが出来るだろうか、たとえ国家といえども完全な補償などできる筈がない。未曾有の自然災害だからと帳消しにされては堪らない。被災者の人たちが、明日の希望を失って、絶望の声をあげている。どう聞けばいいのだろうか。
2011.03.31
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アイロニカルにいえば世界を安堵させた日本福島第一原発の事故は、或る意味で世界を安心させた事件なのかもしれない。これでは日本には核兵器を製造するだけの潜在力もないと。これから愈々中国からだけではなく、国際社会からも侮られるのではないだろうか。勿論それは事実であって仕方のないことなのだろう。妄想はしない方が好い。日本人に対する警戒心が世界にない訳ではない。日本が一流国だろうと、三流だろうと余り大したことではないのだ。 ・強かな外交努力をしないで来れたのは、利用価値があったからに外ならない。要らなくなれば棄てられもする。大英帝国でさえそうだ。独り芝居をしてきたような日本の時代があったが、もはや他国にその栄誉は奪われた。日本は核では三流国で好い。然し危機管理の無さは、問題だろう。日本に真水がないわけではない。それさえ準備をしていなかった日本の科学者の低脳には呆れる。 ・へ2・・・それこそ裸の王様のように恥部をさらしてしまった。だから安心だというのであれば、嘲笑ものでしかない。それこそ、いま福島第一原発で遣っていることは、「泥縄」もいいたところだ。日本は立ち上がれるのだろうか。
2011.03.30
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余り腹を立ててばかりいたら寿命がなくなる学生の頃分子生物学という分野を知って関心があるが、それは頭の中でもやもやとしてあっただけだ。いつか納得するまで勉強したいと思っていた。遠回りして来たが忘れていた訳ではない。これまで遣って来たことが、大したことではないことは解かっている。摘まみ食いだけでは何もできはしないことも。それほど甘い世界でもない。猫の世界を見ていて、気付くのは、ネコが人間とは次元の違う世界を活きている事だ。 ・誰か私たちの存在でさえ、地球という星の黴菌のように視ている目があるのではなかろうか。と思うと余り好い気分はしない。観察されているのは、自分たちかもしれないと知った時、戸惑う。堀辰雄の発見は、「小さき絵」だということらしい。小さいから詰まらないのではない。寧ろ価値を見出すことだろいう。私が風景を見ているだけではなく、風景から視られている私がいる。 ・へ2・・・到達できていないのに、解かったつもりになるのはアマだろう。仏教の「悟り」も、「解脱」も自分本意では意味がない。普遍的であることが必要なのだ。これから遣ることが沢山あるが、ないよりはましだ。3月も今日一日になった。忘れられない3.11があり、動揺したが、これで終わるわけにはいかない。明日から4月になるが、挫けず前を見て歩こう。
2011.03.30
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プロとアマミームとか利己的な遺伝子とか、触れるとどきどきする。この社会は汚濁に満ちている虚構のシステムばかりだ。東京電力しろ、原子力安全・保安院や、政府にしろどこか胡散臭い。そう思うのは、彼らが奇妙な集団に視えるからでもある。トップがアマで、プロが袖の蔭に隠れている。プロかアマか解らない。のではなく明らかにメモを読んでいるに過ぎないか、何か隠している。 ・偉そうなことを言って、何の根拠もないことばかり。黙ってひっこんでいろと言いたいのはこっちではなく、彼らの方だろう。批評は誰にでもできるし、勿論データも彼らの方が一方的に持っているが、原発のプロだと思っていたら、そうではない。それが日本の実情なのだろう。アメリカやフランスのプロを助っ人に頼まないと処理できない。成程日本は核保有国でもなく、ペーパーだけの核のプロしかいないということか。 ・へ2・・・3.11から20日間という時間は、またぞろ空白の20日間になりそうだ。そして事実を明らかにした。日本の科学者はアマなのだ。プロはいない。その事実を知って衝撃を受けたが、勿論知っていた人たちもいただろう。日本人は、自分たちで原発さえ守れないのだ。安全も他国に頼らないと出来ない。独立もへったくれもない。自信を失くした民族は老兵でしかない。
2011.03.30
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<作品> 「風立ちぬ」 「雉子日記」・「目覚め」で発表された。・書き改めた。・三島・・・「美徳のよろめき」・・・菜穂子は失敗作と言っている。・「物語の女」は三島は、認めている。・不和の原因。・母と美穂子の関係。日記の内容。・母と森と関係。を菜穂子が疑っていると母は考えていた。・母・・・永遠に女性的なもの。ファウスト。・崇高なものに対する疑い。・摩擦がありながら同化して行く。そして嫌悪感。 ・お葉・・・「水族館」・・・「雪国」・成立過程。・川端・・・堀辰雄との交流。無意識のうちに同じようなことを書いていた。・目覚め・・お葉・・・。「よう」。・・・「えふ」。・三島の「鹿鳴館」の結末。水族館・・・から出発している。・川端・・・堀との関係。・お葉親子。再現している。無意識のうちに川端の作品の中に出てくる。・あと、終りが始まり。「聖家族」。死から生。あたかも新しい季節・・・「美しい村」にもある。・展開。いつになく生き生きした・・・。・繰り返しが、キーである。・作家はスタイルから抜けられない。・カフカ「変身」のように。 「風立ちぬ」・「風立ちぬ、いざ生きめやも」 然し、生きられない。・「やうに」。300以上出てくる。正体はこれ。・ムードの作家。・バージニアウルフ。・朔太郎。・片山広子の影響。古典。かぜがたつ。古典では、誰かがやってくるととらえていた。・ヴァレリー「海辺の墓地」。・やも・・・反語。生きられない。さあ生きよう、然し生きられない。・死の影の谷。・ロマンチック・アイロニー・反語の世界。リルケ・・・ヴァレリーの詩をドイツ語に翻訳した。・「似てゐる」「似たやうな」。・文体。文章がすべて。・前半・・三角関係・父親から娘を奪う物語。娘の比喩・・・白い薔薇のつぼみ。反復表現。・帽子。何度も出てくる。父が娘に買って遣った帽子。・藤村「新生」ヒロイン節子。同じ名前。藤村は姪の節子と関係をもった。そのことを堀辰雄は書いた。・父親と娘の関係。結婚。奪還するドラマがある。・親と子は切れなければならない。・白いつぼみ・・・婦人帽子。は符号である。シグナル。親子の関係。・作家は私たちの感情ではない。・軽井沢・・・藤村。「ノオト」より。・龍之介・・・「読書」。を調べて研究論文が出来る。・節子のことを書く。直ぐ死ぬかも知れない恋人を小説にする。エゴイズム。小説。恋愛ではない。いま目の前にしていつ恋人の死を書こうとしている。・芥川「新生」の藤村を「老獪な偽善者だ」と書いた。それを読んだ堀辰雄が、ここでは、婚約者の死を非情に書こうとしている。異常性。・朔太郎は・・・野蛮な力がない。「堀辰雄」のことを「蛮力」がない。・風起きると何かが起きる。・そして、病に倒れる。肺病・・・薔薇・・・の比喩。リルケの「バラ」。・内から溢れる夏。何故か夏。夏・・・キーワード。・夏がひとつの部屋。・薔薇・・・病巣。レントゲン写真に映った胸の写真。・小説は、傍線を引きながら読むのが仕事。・自分の知らない節子に戻った。父親の娘に戻る。見知らぬ他人のような節子だと思う。・悲しみに似たような幸福。レトリック。・悲しいほど美しい。・・・川端的レトリック。繋がっている。・同質。偶然ではない。・薔薇色。・医者・・・。・いま目の前にいる死にかけている婚約者をモデル書こうとするのが堀辰雄。・非情な作家。そう思われても仕方がないように書いている。・作家の業。・行き止まりだと思っているところから始まっているようなこの生の愉しさ、・・・。・態と書いている。・藤村のように書く。私小説。藤村「破戒」のつぎに「春」。・揶揄されるのように書いている。・私小説のパロディを書いている。・「新生」の節子と同じ名前は偶然ではない。・冬・・・「死のかげの谷」日記体。前の章と違う。「恢復期」。・・・人間関係。・節子との断絶。・違う世界になる。冷静に見ている。・蛾が出てくるのはパクリ。・横光利一の作品。・田園の憂鬱。・リルケの薔薇。・似たような微細なものを気にする。・変化は、異変になる。・変化のない日常。鳥渡した変化。・同じものの繰り返し、どう変化させるか。ムードをもくろんでいる。・病人の生活は変化がない方が良い。 「雉子日記」・「風立ちぬ」を描きながら書いて「小品」。・犬に殺させてそれを食べる。・「風立ちぬ」の中にも書いている。・二人の男のために死ぬ女の話。万葉の女の連想。・堀が、古典に興味を持ち始めた。・「ノオト」は、古典の女につながっている。
2011.03.30
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歴史的に見て西洋医学が、からだの部分を全体から分離し研究して進歩してきたことが言える。最近では、その反省から、その部分の相互作用が注目されるようになった。例えば気分と免疫系の関係などがそうだ。気分と知的能力の関係もある。医療関係者の患者に対する楽観的な姿勢が患者の回復の助けになることが言われてもいる。医者が深刻な態度をとれば患者は必要以上にダメージを受けるかも知れないからだ。 ・点から線へそして、面へというプロセスは、口で言うほど簡単ではない。分析から統合へも、よく言われることだが、実際は、そのプロセスが問題だ。点さえ、理解できなければどれだけ線や面を造っても意味がないからだ。それは分析にも言える。客観的、科学的に確立されなければ、統合もないからだ。ストレスが免疫系に影響を与えることは解っているが、それが個人のこととなると、千差万別でもある。 ・へ2・・・自己分析がどこまでできるかが、自分の健康状態を把握する前提条件になる。「点」を理解しなければならない。「線」から「面」へ、と進んで行かなければならない。個人も社会も、同じことが言えるかも知れない。社会現象を正しく把握されなければ、対策も立てられない。そのためには精確なデータが必要だ。私は、この1年間、勝手しなかったことをしている。毎日歩数をカウントしているし、こんなに歩いたことはない。それをして、それがこれまでとどう違うのか、ストレスをブログにしている。それとの相互作用を見つけられるだろうか?まだ先は長い
2011.03.30
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イスラムの基礎の基礎で誤解があるかも知れないが、「刑罰」で、私たちの考えてきた法社会との違いを、どう解釈したらいいのだろうかと戸惑っている。例えば、殺人を犯してもその理由や情状によって情状が酌量される。併し、イスラムでは殺人はその理由の如何を問わず死刑が適用されるという。厳格なイスラム法では「キサース」という。故意や不当に殺された人の相続人が犯人を殺す権利があるという思想である。二度と殺人を起こさせない戒めである。勿論は再犯はない。姦通は石打ちによる死刑。内容によっては鞭打ちもある。窃盗は手足の切断。そして追い剥ぎや強盗に対しては、死刑を含め厳しい罰則がある。 ・欧米に比べ、殺人や強盗などの凶悪犯罪が極めて少ないという。何れの宗教の考えに由来している。もしこれを欧米や日本で適用したらどうだろうか。姦通で石打ちの刑になるひとの血で周辺の川は赤く染まるだろう。少なくとも犯罪が減ることは間違いないだろう。そして、すこし脳に損傷があるとしても、「ひとを殺してみたかった」というような人間はいなくなるのではないだろうか。戒律が曖昧になり、日本は仏教が滅んで行った。生きる厳しさを見失い、ひとびとは身近な犯罪に怯えるようになってしまった。 ・へ2・・・イスラム法がどこまで正しいか分からないが、世界で14億人という人たちがイスラム経を信じて「五行六信」をよりどころにして生きているという現実は無視することはできない。中でも飲酒をしないという戒律が。
2011.03.30
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年月日 気温 起床 歩数2011/3/1 火 7 4;20 7,8252011/3/2 水 5 4;00 9,9262011/3/3 木 7;50 5,5022011/3/4 金 3 3;00 30,3232011/3/5 土 5;05 23,7312011/3/6 日 6 3;05 15,7292011/3/7 月 7 4;20 25,3342011/3/8 火 4 3;50 26,4622011/3/9 水 5 4;05 30,3422011/3/10 木 5;20 35,2222011/3/11 金 5 4;10 25,7912011/3/12 土 3 3;20 20,3752011/3/13 日 6 2;50 28,3752011/3/14 月 8 4;05 10,2062011/3/15 火 5;05 30,1512011/3/16 水 5 2;45 22,7892011/3/17 木 5;50 23,5012011/3/18 金 1 3;34 23,6892011/3/19 土 7 4;20 24,7272011/3/20 日 10 4;00 11,1192011/3/21 月 11 4;25 22,6292011/3/22 火 8 4;30 24,1352011/3/23 水 5;10 25,5912011/3/24 木 4 4;20 25,0262011/3/25 金 5 1;50 20,8152011/3/26 土 5 4:10 24,3072011/3/27 日 4 2;50 25,3052011/3/28 月 3 4;10 23,1612011/3/29 火 5;00 44,4112011/3/30 水 7 3;10 26,038合計 692,5373月もあと一日になった。どうやら月度の目標は一日2万歩なので、620,000歩になるので、どうにか達成できている。月度で82万歩の時もあるので良くはない。何しろ、3月初めの3日間は体調を壊していた。来月は、気分転換して記録更新でもしたい。
2011.03.30
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<作品>「生者と死者」・堀辰雄は、イメージの作家。・「ほととぎす」・・・「閑古鳥」との関連。郭公・時鳥とも書く。・「蜻蛉の日記」の続編が・・・「ほととぎす」。・おんなの物語。「物語の女」・堀の複数の物語が「物語の女」が、キーワードである。・全小説を読むというテーマは、すべての作品がつながっていることを読み説くという意味である。・「閑古鳥」も「ほととぎす」も同じ。・「菜穂子」から「風立ちぬ」(あとがき・・・添付資料あり)・堀辰雄の頭の中に「物語の女」がある。・堀辰雄の作品は、いくつかの入りくんだ作品が書かれているプロセスがある。・物語論・・・「かげろうの日記」の中に出てくる。・古代の日記文学論。・「源氏物語」の作者は複数かもしれない。・文体論。からいえば、違う。解からないところがある。・女の生涯を描こうとしている。・菜穂子・・・風立ちぬ・・・かげろうの日記。の成立過程がある。・重なっている部分がある。・虚ろな気持ちになった。作家の心理がある。・虚ろな気持ちが・・・日本の古い美しさに目を向けた理由だという。・王朝文学…京都。一ヶ月滞在した。・・・「かげろうの日記」を書き上げた。・川端康成のところに転がりこむ。「雪国」・リルケの 「リクイエム」。「われは死者を待てど、彼らをして去るがままにしている。・忘れるままにする。記憶から除かれて行くこと。・「風たちぬ」・・・「千の風」につながるものがある。・「海辺の墓地」・・・ヴァレリ―・女が主人公。・突然。途端に、ふいにという表現の意味は?。(芥川の手法。「急変)。」・尋常ではない表現である。・「生者と死者」・・・急変。変化いを起こす副詞・・・「突然」・・・日常性を破る。ここぞという時に遣う。・「ほととぎす」の漢字は多い。不如帰、時鳥。・5月と9月に急変する。体の変調が起きやすい。・他の所とは違う遣い方をする。「突然、とたん、不意に」副詞が急変。 「閑古鳥」・さるすべり・・・シンボルとして。・一本の木の意味。樅の木。「菜穂子」の中にある。・虚ろな目。癒すがごとき「さるすべり」の木。・「幼年時代」・白い花。白い乗馬服の少女。・私は、30歳。・共通のトーン。一人の少女。「少女の群れ」を配する。・小説の書き方を教えている。・結婚した相手(配偶者)が悪いと思っている。 「山茶花など」・不幸な女の生涯を描くことに自分を幸福にする。非情さ。必ずしも甘い作家ではない。・少女の姉のところに行こうとするが、途中でやめてしまう。・墓地・・・小さな仏像。墓石の文字が消えかかっている。・女の半生。「風立ちぬ」と繰り返し。・木の使い方の違い。・一本の木のイメージ。・墓石を見て心が和むという。・暮れようとして、何かが生まれる。「聖家族」の冒頭。・「夜明け前」「新生」「春」「早春」藤村。前ばかり書く。・物事の始まりを描く。・堀辰雄にも発想が似ている。・死が新しい「生」を生む。堀辰雄の発想は、新しいスタイル。・病弱であるひと。他人事ではない。・暢気な生の側には立ってはいない。・不幸な女の生涯。モチーフがある。・脇役的な人物の再評価が必要があること。文体が虚弱。・三島「奈穂子」が問題という。・「物語の女」につながり、「菜穂子」になっていく。・「死者は死者のなすがままにさせよ」。・死は無・・・日本的な従来の考え方。・王朝的な古来の考え方ではない。・エゴイズム。堀辰雄ノ内面がそうだったかどうかは分からない。・これも「物語の女」である。・死の谷・・・幸福の谷。・身近な人間の死を描く。自分はどう思うか。・フクションだとして非情な目。・「菜穂子」父の死、母と娘・・・母の死。後見人が居なくなった娘。・西欧人の死への考え方。日本人とのとらえ方のコントラスト。・解放されようとしている私。・こころの「目ざめ」がキーワード。そんな心の眼。夫を幸福にする目ざめ。・堀は「物語の女」が念頭にある。・「生者と死者」は、「菜穂子」と「風立ちぬ」の間で書かれた。・「菜穂子」も「風立ちぬ」も、肝心要の人の日記がない。>海の中道 玄界灘
2011.03.30
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継続するために 飽きっぽい性格でこれまでウオーキングを続けられたのは、それだけ思い知ったからだ。「ポイント・オブ・ノーリターン」がある。メディカル・チェックのブレーキの利かなくなるステージのことだ。一日2万歩を何とか続けているが、あと半月で丸3年になる。時々軽く走っている。然し,足を痛めたら元も子もない。モリタリングや、ブログや、写真や、そして公開講座もそうだが自分なりの社会的環境がある。 ・自己本位だけではできないし、傲慢でも適応できない。飢餓に苦しんでいる世界のことを忘れてはならない。軽薄な人間が威張るような社会にしてはならない。巨大企業ほど脆いところがある。崩れ出すと果てしなく崩落していく。東北関東大震災で日本人が知った教訓は重い。 ・へ2・・・生き残るためにする努力が報われるとは限らないが、可能な限りできるだけのことをすることだ。ひとは追い込まれると大きな力を発揮するものだ。そうなってからでは遅いのだが、そうならないと解からないところもある。戦後最大の大震災のこの体験を活かすことができるだろうか。
2011.03.30
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Meme と遺伝子図書館から「ミーム・マシーンとしての私」「利己的な遺伝子」を借りてきて、また更に関連する本を、読もうと思っている。文学だけではなく、自分が何ものであるかを知ることは、遣らなければならないことは沢山ある。真実を探り当てることは容易ではない。その根幹が文学のように沈黙であったりする。ずばりと言わない。周辺ばかり述べているものが多い本ばかりだろう。東電の社長が倒れて会長が記者会見して、「対応が遅かったのではないか」と記者に質問されて、私はそう思わないと弁解した。 ・株価は暴落し、死に体になっているが、補償はするという。果たしてできるのか。いざという時の準備を怠っていた。トップの見通しの甘さと、放漫経営で企業は破綻する。見せかけの巨大企業ほど実態は旧態依然のまま経営がされているし、危機管理も甘い。「番頭と丁稚どん」のような人間関係があったりもする。上が責任を取らない体質は、幹部を無能にさえする。 ・へ2・・・事情変更の原則というのがあるが、その時どれだけ的確に動くことができるかであろう。これだけの大惨事、そして原発事故が起きるとは思わなかったでは済まない。電力は必要だし、東電が倒産するだけでは済まない。巨大な企業がこれほど脆いと誰が考えていただろうか。最悪のケースを考えていないような経営者は鼻からその資格がない。
2011.03.30
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ニューウェーブがあるか早目に昼食を摂り、午後から図書館へ行く。「利己的な遺伝子」「ミーム・マシーンとしての私」が、届いている。来週から始まる「中島敦講座」の古譚を読んでいた。「半年遅れの読書術」も面白いし、ウオーキングもしたい。「わたしのとっておきの愉しみ方」とあるがそんなことを他人から聴かなくていいが、参考になる本を教えてくれるのは役に立つ。読めという本は、図書館から借りて読むつもりでいる。 ・好きなことをどんどんやる。新しい出来事が自分の中で弾けるまでやる。何があるか解らないが、自分の時間は少ない。自滅に向かって走り出しているのはこの社会の蒙昧がさせている。終る時は突然来るだろう。安全だと言われるほど危険なものはない。甘い認識がいわせているからだ。他人のいうことはあてにならない。 ・へ2・・・安直な認識が手遅れになる。これが日本の原発の現実なのだろう。信頼できない。政府も自分の頭で考えないからこういう醜態を遣る。今頃専門家を集めて検討しているとは恐れ入る。自分で解らないことをどうして解決できるだろうか。逃げ口上しか知らないようなことではどうしようもない。新しい力を信じたいが。
2011.03.30
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手遅れ政府が責任逃れをしようとするから、福島第一原発の事故もこれだけの失態を招いているのではないか。初めから国力を尽くして取組むべきであった。ことの重大性を把握できていない。何をもたもたしているのだろう。やむを得ないというだけで何も出来ない。危機意識の欠如から来ている。国民の命運を巻き添えにしかねない危険な崖の上に追い込もうとしている。無能な科学者の危機意識だろう。それを信じる方が可笑しいのだ。 ・原発事故で、何があっているのか、訳のわからないコメントばかりされている間に、時間ばかり過ぎている。恐らく終わらない話ではないだろうか。そしてとんでもないことになってしまう。気がついたら、日本は戦争に負けていた・・・ことの再来ではないか。NHKの解説や記者会見の中継も、あるがままで何の知識もないのではなかろうか。国民の生命は守れるのだろうか。 ・へ2・・・前進しない話ばかりで、右往左往している。これは無責任の為さしめることではないだろうか。日本の物理学者はどこへ行ったのだろうか。大変な時に役に立たない科学者でしかないのだろうか。海水から真水に変更したのも初めからそうすべきだっただろうし。放水もそのためにリスクを高めたのではないだろうか。知恵が無さ過ぎる。日本は沈没するのか。
2011.03.30
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<作品>「かげろうの日記」「七つの手紙」 「かげろうの日記」・堀辰雄は「風立ちぬ」と関係があるという。何処がそうかわからない。・「七つの手紙」の文中の意味。・「蜻蛉日記」との違いは何か。・突然。というフレーズの反復表現。女が男を苦しめている。それが自分を苦しめている。小説的筋書き。冒頭と結末に文学的工夫がされている。・堀辰雄のモダン的表現。・道綱との主人公との関係。子どもが可愛い。・歌の要素を削除した。・作中で、突然10年ばかり経つ。堀の脚色。急展開する。一瞬で時間を超えてしまう。・古代的ではない表現。論理的表現がある。モダン。夢と現実。・堀辰雄の発見は、その時代を超えていること。・女のくどさも古典的ではない。日記文学・・・何を書いて何を書かないか、現代とは違う。他人に読まれるかどうか意識しているか?漱石はしていない。・くどさ。・「ほととぎす」との関係。 「幼年時代」・昭和14年。・鴎外を意識している。・「水族館」・・・不幸な女。「ようこ」・・・への拘り。同じモチーフ。堀辰雄の「ようこ」・・・最後まで付いて回っている。日記文学に傾斜して行ったものが、戻ってくる。「ふるさとびと」。およう。「夜明け前」「ある女の生涯」。正気を失って死ぬ。不幸な女・・・「おようさんの物語」になっている。・ちいさな物語。要所、要所に挿み込んでいる。世間の評価は違っている。それだけの作家ではないものがある。大事なポイント。・自分の出自の問題に係わる。・複雑な家庭環境。・無花果・・・のモチーフ。オリジナルではない。岩野泡鳴「耽溺」・・・「無花果」が先駆的。聖書ゆかりの木。心理の往復。象徴主義運動。シンボリックに使っている。・自分や人生の本質を云わない作家。・ちまちまと手を加える。作品に手を加える作家。養父は彫金師。加工する仕事。・人生の本質・・・違う点。「のような」の作家とはちがう。・火事になったこと。火事が起きることで・・・。・意識上の人生を自覚するようになる。・「曖昧模糊」。・・・稀な作品でもある。・10歳の時、父が死ぬ。・父母の不和・・・最初の悲しみ。・おばあさんの存在。・少年が泣きだす。芥川「トロッコ」。・志賀直哉「暗夜行路」。・中野重治「歌」引用。との堀辰雄との接点。・他人の詩のモチーフを使っている。・リルケの詩。・「花を持てる女」・お竜、たかちゃん。幼馴染。生活の背景によってその印象が変わってくる。・入道雲・・・家の波乱。・幼年心理の側で書いている。工夫がいる。・洪水・・・恐怖。大人になり怯えることを知る。半鐘の音。・鴎外の「地震」。シンボリックな事件として扱っている。・漱石の作品にも出てくる。・赤穂義士の討ち入り。・芒の中。・口髭・・実父のシンボルとして出てくる。別世界と思っていた。それを発見している物語。私小説かどうか。・実父がいることを解かっているのに解からないふりをしているのかどうか分からない。・墓を訪ねる。谷崎の春琴抄。・花を持てる女。・父親探し。母を探していない。書けるものと書けないものがある。たどりついていないものがある。母の惨死に辿り着かない。・不幸な女の生涯を引き摺っている。
2011.03.30
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古潭次々に新しいものを欲している。毎日食べなければ活きていけないが、心も常に乾いている。乾燥し、枯れてしまうものはからだだけではない。精神も、国家でさえそうかも知れない。昨日までの日本ではないというフレーズも、現実味を帯びてくる。東北関東大震災の前と後では違うと感じている人が多いだろう。それが現実でもある。認めようと認めまいと現実は変わらないだけだ。 ・活きて行くだけの力がなければ消滅するだけかもしれない。自分にとって自分だけの活き方しかない。昨日と違う社会もある。日本という国家は被災者に何が出来るが問われている。子どもたちに教育のチャンスを拡げようとした矢先に起きた大震災でまた状況が変わってしまった。民主党は、また変わろうとしている。その日和見主義者のグループなのだろうか、そうではなく現実主義か。 ・へ2・・・赤字国債を出すしか知恵が無い。また20兆円ともいわれる復興支援が考えられている。棄てられる人間がいるのではないだろうか。それは身に迫るものかもしれないのだ。そのことをどれだけ自覚しているだろうか。中島敦の怪奇な話が「古譚」に出ている。人の由来は恐ろしい暗い歴史の闇の中でもある。>海の中道海浜公園。潮見台付近。
2011.03.30
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何でも平易にすれば解るというものでもない。 Ads by Google で、「糖尿病の本当の原因とは?」・・・糖尿は食事制限と運動だけ大丈夫?糖尿とは?糖尿のなぜ?糖尿の原因?というのがある。サイトを覗いてみたら「糖尿病講座」とある。一般的な医者の啓蒙講座なのだろうか?講師の名前が書いてはあるが、どういうひとなのか解らない。病気を平易に説明しようとされているのだろうが、病気はそんなに簡単ではない。 ・医学は、歴史や文学ではない。生半可な知識は逆効果になるのではないだろうか。何でもやればいいというものでもないだろう。安易なものがあるのではないか。病気を軽く見るのは、人生や人間をも軽視しているからだ、と思う。 ・へ2・・・医学の知識を大衆化する必要がある。それは浅薄な知識を広げることとは違うのではないだろうか。ハウツーで治る病気はない。
2011.03.30
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大気汚染物質どうやら昨日の海の中道公園へのウオーキングは、厄介な大気汚染物質の舞う中でやったようだ。黄砂もあるのだろうが、酷かった。折角期待した写真を撮ることができなかった。それでも第一の目的のウオーキングができたので、半分諦めていた。花も、まだのようだ。取り敢えず行ってみようとしたのだから、こちらにも落度はある。それにしても、中国大陸から飛んできているらしい。それは今日は関東にも飛んでいく。 ・あちこちにリスクがあるし、それはいつどこでどのように起きてくるか、アバウトすぎる社会の中で暮らしている。いつ終わるか解らない。この東北関東大震災で、終りになる運命も社会現象になるのではなかろうか。ガンバレだけでは済まない。マスメディアの脆弱さが露呈している。そんなものかと思うだろう。そんなものだ。強そうで弱い。巨大もモザイクでできている。 ・へ2・・・虚ろな目をした経営者たちが、何を言おうと、終るものは終わるのだ。それを自覚できていないだけだろう。昨日まで元気にしていたものが死ぬ時は死ぬ。若かろうが、夢があろうが。限界を知らないものは、突然のパニックが襲うだろう。日々の中にもある限界を見極めていなければ、夢で終わるものばかりだ。>博多湾。遠景は海の中道大橋。大気汚染物質でよくみえない。
2011.03.29
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真剣さと新鮮さを以って為すべきこと何度も繰り返しながら、その違いを感じなければ意味がない。何度「真剣さ」を言いながらも、その時々で意味も違うこと知らねばならない。同じであって同じではない。それだから「新鮮さ」も違う。真剣らしく書いても、真剣さが無い時がある。ことばだけで言行一致していない。自分でなければその「真剣さ」が違いが解からない。それを教えてくれるのが日々のモリタリングしている自己管理の数値だろう。自分を甘やかしてしまう利己的な遺伝子がある。 ・聖書を甘く見てはならない。それは人間の長い歴史の智慧があるからだ。それは積み上げられ蓄積されたものだ。単なる個人のものではない。凡人はすぐに日常の中で真剣さや、新鮮さを見失う。リセットして、修正しなければそれこそ東北関東大震災の巨大津波の乗り越えてきた(過去の津波を前提に造られた)虚妄の堤防でしかない。狭い視野の学者のいうことを信じた報いでもあるだろう。 ・へ2・・・50年前造られた原発を安易に利用していた側にも問題がある。初めて起きた原発事故ではない。過信がすべてを台無しにもする。東京電力はそのために瓦解しようとしている。それだけではない日本の原発の関係者も消される運命だ。そして政府も国民も失うものは小さくはない。ダムにできた亀裂は、致命傷にもなる。核を甘く見た証拠だからだ。>海の中道 玄界灘と志賀島
2011.03.29
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これからの、人間の魅力とはその「新鮮さ」にあるのではないか。どこにあるのだろうか。これをみな探している。追い求めている。渇望してもいる。どこにあるのだろうか。恐らく、身近になる。それに気付いていない。誰かがそれに気付く時が来るのだろう。既成概念で、権力や権威では証明されるものでもない。コペルニクス的転回になる。それは、清潔さに似ているのだろうか、或いはその逆だろうか。 ・太宰は無頼の作家だったが、その中に「清潔さ」を見た勘の鋭い女性のようなひともいたのだろうし、梶井の中にも心の奥に「すこやかさ」をみたのではないだろうか。ひとは一般の評価とは違う「新鮮さ」や「新しさ」を求めているのではないだろうか。それは、閉塞した時代にこそ高まるのではないだろうか。すべては、汚れてしまった世界観や価値観の上に成り立つ社会である。汚染されたものが充満している。環境は破局へ向かいつつあるのではないだろうかという、絶望が感じられもする。 ・へ2・・・危機を感じ絶望したグループが暴走する鼠がいるという。闇雲に走り出してしまうのだろう。それに付いて行こうとする鼠たちがいて皆死んでしまうのだ。怖ろしいことだが、人間も同じ動物であることを忘れてはならない。理屈ではない行動をしてしまう人たちがいる。逆上した動物が何をするかは分からない。そのために絶えた種もあるかも知れない。「新鮮さ」の匂いのする者たちが、私たちの中にいるだろうか。それを見分ける力があるだろうか。少なくともそれは二つの目では見えないのだろう。眼の奥にあるもので見なければならないのではないか。P.S. 今日は、44千歩(約30キロ)ウオーキングしたが、それほど疲れを感じてはいないが、そろそろ眠くなってきた。今夜は好く眠れそうだ。
2011.03.29
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眠っている間の脳はどのような働きをしているのだろうか。個人差があるとしても、自分の脳の働きには興味がある。睡眠の質が悪くなっているのではないかと、日頃思うことがある。何故そうなるのだろうか。睡眠が学習にもたらす影響は大きいし、重要な役割を果たしているに違いない。SW睡眠の間に、海馬から大脳皮質に伝達が起こり、これが安定した長期記憶になる。だからレム睡眠は一旦大脳皮質に移った知識を強めるために必要であり、SW睡眠はまず情報を海馬から移すために必要だという。 ・ある研究では、新しい技術と知識の習得は、ひと晩の睡眠の後に向上し、さらにその後の数日のあいだ、毎晩充分な睡眠をとる限り向上するという。最初の晩の睡眠をすっぽかしたら、その埋め合わせは絶対に出来ないらしい。つまり、記憶をインテリゲートするためには最初の睡眠と記憶を外せないのだ。はたしてどれくらいの睡眠が必要なのだろうか。勿論個人差があるとしても自分のことは知りたいところだ。 ・へ2・・・6時間以上睡眠しないと学習促進効果のレム睡眠が得られないらしい。とても、それだけ長く眠っていないだろう。宣言型・非宣言型の記憶の双方にSW睡眠とレム睡眠は殆んど新しい仕事の学習に重要な役割を果たしている。目覚めている時の意識的な視点と普通に意識的にアクセスできない脳の部位にある記憶が同じことをしている可能性がある。記憶は、同じ情景でも一人一人違う見方をするものだ。それは自分で見たいと思うものをみているからだろう。
2011.03.29
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「全体は部分の総和ではない」という基本的なステージだ。視覚研究に発している。そのまま聴覚に適用することはできないが、周波数や音の高さがキーになるとともに、時間の重要性が増すという。例えば、匂いにしても脳との関わりはこれからだろう。人間の脳は、あらゆる情報で判断しているのだろう。好き嫌いにしても視覚だけではない。音楽が果たしている役割もまだ総体が見えていないのではないか。日本人は、和歌や短歌という凝縮したもので、自分の感情や思いを伝えようとしたが、それは、多分、誤解をされただろう。もし有効だとしても、それは人間のほんの一部のこころでしかない。音をことばに置き換えようとしても、収まらない。また、そこに価値があるのだろう。目や耳や鼻でさえ、そうだし味覚や、触覚でさえ感受性は磨かれる余地がある。これらの感覚様相の、相互の関連を知ることがいよいよ重要になってきている。古いゲシュタルト心理学から現代の認知心理学での見直しがされようとしている。進化と学習との関係について Bragman が注目されている。>海の中道
2011.03.29
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・・・これまで、を切り離して、これからはないのは確かだろう。都合の悪いことを忘れようとする前頭葉の働きがあることが言われている。自分に都合が悪いというのは有害になることがあるから、忘れようとするのだろうか。自分では気付かないことを脳は遣っているのだ。プラスとマイナスと一概にはいえないし、区別することも難しい。併しこのことの意味は、これからの自分の力やエネルギーをスムーズに出すために必要であるのかも知れない。強かに生きるためには何が必要というべきか。 ・「これまでとこれから」と、これまでを棄てて、ステップアップしたい「これから」があるかも知れない。それは観念上の課題でもある。確かに、「これまで」とは違う肉体があり、これまでと違う自分を感じないでもない。それは現実の問題でもあり、心情でもある。これから、何があるのだろうか。それは、また自分らしくあるために、越えなければならない厄介な坂道でもあるのだろう。しかしそれは、皆と登る坂道でもあるのだろう。同時代人としての、そして証人としてのロードでもあるだろう。 ・へ2・・・路傍に咲く花たちもある。それを眺めながら生きていくという楽しみもある。歩いてきたこれからを否定することはない。また迷いながら歩きつづける道も登る坂道ではないかも知れないが、たとえ思うような道でなかったとしてもいいではないか。自分が立ち向かう明日があればそれで充分ではないだろうか。自分を見棄てないことだろう。>海の中道
2011.03.29
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年月日 気温 起床 歩数2011/3/1 火 7 4;20 7,8252011/3/2 水 5 4;00 9,9262011/3/3 木 7;50 5,5022011/3/4 金 3 3;00 30,3232011/3/5 土 5;05 23,7312011/3/6 日 6 3;05 15,7292011/3/7 月 7 4;20 25,3342011/3/8 火 4 3;50 26,4622011/3/9 水 5 4;05 30,3422011/3/10 木 5;20 35,2222011/3/11 金 5 4;10 25,7912011/3/12 土 3 3;20 20,3752011/3/13 日 6 2;50 28,3752011/3/14 月 8 4;05 10,2062011/3/15 火 5;05 30,1512011/3/16 水 5 2;45 22,7892011/3/17 木 5;50 23,5012011/3/18 金 1 3;34 23,6892011/3/19 土 7 4;20 24,7272011/3/20 日 10 4;00 11,1192011/3/21 月 11 4;25 22,6292011/3/22 火 8 4;30 24,1352011/3/23 水 5;10 25,5912011/3/24 木 4 4;20 25,0262011/3/25 金 5 1;50 20,8152011/3/26 土 5 4:10 24,3072011/3/27 日 4 2;50 25,3052011/3/28 月 3 4;10 23,1612011/3/29 火 5;00 44,411合計 666,499C<Br は、血縁淘汰関連の一般理論。近親者をひいきにするという普遍的なパターンを説明する。人間においても、非血縁者より血縁者を好む傾向がある。母親の行動も、この法則の特殊なケースだ。半倍数体・社会性昆虫・蟻のバイオマスは、地上の全脊椎動物よりも大きいという。行為者にとってのコストとメリットとはなんだろうか。彼らの成功の秘訣とは、最も献身的で、最も有効なデイケアがあるからだ。母親中心の世界が目指すのは、唯一子孫の生存である。どうも思い当たる節がいくつもある人間社会であり、アリの生態だろう。生物学の研究は、個としてのヒトにも向けられるだろう。やがて数々の科学的事実が明らかとなり、この社会の成立つ由縁が示されるだろう。今、私が想うことは、知ろうと思うことだけである。その意識がなければ何も知ることがないだろうと言うことだ。
2011.03.29
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疎外するもの 講師の教授の著作を読んでいると、レクチャーを数年受けて来たので、なるほどと思うところがある。人間は、準拠枠の中で生きている事が善く分る。漱石もエリート意識を持っていたが、貴族ではなかった。所得はどれだけ多くなっても、それだけで上流社会の一員ではない。上流社会の概念も日本社会では複雑であっただろう。聖域もあった時代だから、窮屈だったには相違ない。そんな時代に生まれなくて好かった。然し、未だに身分社会の亡霊が動き回っているのも確かなようだ。 ・正月に伊勢神宮で、奇妙な集団を見かけた。服装は違うが自衛隊員ではなかっただろうか。意識が旧時代の人たちもいるのだろう。社会的戦闘ミームは、社会の隅にへばりついている。油断をすると元の木阿弥にもなる。そういう危険があるのもいえる。日本人の民主主義など怪しいものではないだろうか。いわば民主主義にいたるプロセスが敗戦のためであり、拠って立つ社会的基盤が脆い。>動物園 ・へ2・・・社会的地位のある人たちが、当然解かっていなければならないコモンセンスが、何もわかっていない。だから社会が混乱もする。現実社会を知らない人が首相にもなる。学者が、研究するのに目の前にある現実と云うフィールドがない。何を研究しているのか解かったものではない。スポンサーの飼い犬でしかないのだ。自分の生活が、他人よりかましであれば善いというだけのことではないか。美人の妻であれば満足してしまう。自分の足で歩く事や、自分の血の出るような努力をしようとしない。据え膳でしか食べたことのない人間に何が出来るだろうか。
2011.03.29
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<作品>「巣立ち」、「ほとどぎす」、「おもかげ」 ・麦秋とは。 「ほととぎす」 ・昭和14年の作品。 ・リルケ研究をしている。 ・節子と伸子。モデルに為るイメージがある。妙さんと結婚する。 ・昭和9年から14年までの、堀辰雄の経験がもとになっている。 ・「かげろふの日記」は、平安朝の私小説。 ・生活の実感を書いている。日記、手記のスタイル。 ・和歌の引用はカットしている。 ・鴎外・・・原典離れをしている。 ・幼女の扱い方。撫子・・・ない。原典とは違う。 ・「ホトトギス」の方が作家は書きやすかったのではないだろうか。 ・幼女のクローズアップ。 ・「むかしのひとのそでぞかぞする」。或る人を思い出させる。 ・読解ができないと違うものになる。 ・和歌の常識で理解する。和歌の常識を踏まえている。 ・橘の花。常識に従って構成されている。解かり易過ぎる。 ・わたしこそ、悩みのある人は眠れないといわれているとおり、おちおち眠れない。そのわたしの嘆きが、「ほととぎす」にかよって、ほととぎすの声が物思いを募らせる声になっている。 ・この解釈で問題ない。 ・自分とホトトギスが重なっている。 ・幼女の運命と、自分(作者)の運命と重ね合わせている。 ・不仕合せな方。お気の毒、不仕合せを何度も書いている。それは作者と男との関係の不仕合せを重ねている。繰り返しが重要である。 ・「ほととぎす」・・・思い出す「瞬間」が、堀のモチーフである。 ・繰り返されるフレーズが「思い出す」リフレイン。 ・我が身を振り返る。相手のことが自分のことに為る。方法の実践。 ・堀辰雄の原典にない文章は、レトリックを変えている。 ・「物語の女」・・・ありそうな・・・怪しい邂逅はない。 ・現代的な表現もある。ドッペルゲンゲルのように書いている。 ・自分の影のように書く。近代的な表現。 ・冷静な自己観察がある。モダニズムの作品でもある。 ・先の私、今の私。 ・ほととぎすは、「時鳥」とも書く。 ・他人と自分を重ねる。幼女と私。 ・求めてきた男は、他人の妻と出奔する。幼女と私の一体化。 ・相手が苦しんでいる人を見て悦んでいる。サディズム。 ・夢のお告げ。 ・原典部分を意図的にカットしている。 ・「うつけたような。空ろな」。という表現が重要である。「自我の拡散」。 ・凝縮と拡散の使い分け。 「おもかげ」 ・麦秋、を「おもかげ」に変えた。 ・於母影(歌語) ・読み応えがある。 ・小説の形態はある。 ・「うつけたような」。重要なフレーズ。 ・伸子 ・「いきいきと」命の燃焼。瞬間、瞬間をとらえる。 ・節子。「風立ちぬ」の節子を連想させる。 ・妹の伸子の側から書いていく。 ・姉は私を虐めた。小鳥が蚯蚓を銜えたイメージがある。 ・死んでも悲しくなかった。却って光が当たる。読み応えがある。 ・節子の面影が引き立つ。死んだあとも残っている。 ・意外さによって生まれてくる。 ・節子の知らなかった半面が明らかになる。 ・むせるようなにおいがした。ながいこと封じ込められた時間。死んだ人の。 ・死んだら消えてしまうといっていない。 ・読後に充足感がある。 ・うつけたような。 ・ビビット。生き生きとした。生活の一面が。ぼんやりとした姿が生き生きとしているという表現。 ビビット・・・生き生きと・・・VS ぼんやり。 ・芥川・・・片山広子との関係。 ・死んだ人の後の部屋やアトリエ。繰り返し言葉。ぼんやり、うつけたような。 ・敢えて繰り返している。大事な処に書いている。 ・自分の意識と他人の意識は違う。 ・荒れ果てた庭を、寧ろ花咲ける藪のように感じる。ひろしにはあるが。伸子にはない。 ・妙さんと堀辰雄。 ・あと堀辰雄の妻になった妙さんが「風立ちぬ」をみたらどうなるか。 ・「風立ちぬ」の存在がある。 ・我の強い私。我儘な私。 ・節子を失った伸子。 ・妙さん抜きの小説がこの作品ではないか。 「巣立ち」 ・何で書いたか分からない。 ・小説の形態がない。 ・見た目の美しい鳥・・・ミミズを銜える。そのギャップ。 ・美しい鳥もミミズを銜えているという現実を云っている。 ・結末の異様さ。 ・モチーフ・・・命の輝き。さっきの小鳥が残していったぬくもりのいのちの燃焼。 ・価値を貶しめないために。書き換えていくが、そうはみせないものがモチーフ。 ・いのちの表現。 ・非情な小説家。普通の人間ではない。 ・藤村と姪の関係。 ・詰まらないと思うかどうか。>海の中道海浜公園の潮見台から「海の松原」の眺望。
2011.03.29
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黄砂降る中海の中道公園に行って来た。もう春のフラワーピクニックが始まっていたようだ。春休みになり、子どもたちが平日だったがグループで多かったようだ。自宅から、和白駅迄歩きそこから、JRで海の中道駅迄往き、そこから公園内を玄界灘の海岸を北に見ながら暫く歩いて、展望台から、動物園、フラワーミュージアム、シンフォニーガーデンと周って、マリンワールドの横を通り抜けて、「光と風の広場」のエリアを通って雁の巣レクレェ―ションへ向かった。 ・途中で案の定雨が降り出して、春雷が遠くで聞えた。それでも大した雨ではなかったので、それほど濡れなくて済んだ。寒くはなく風も冷たくなかったのでウオーキングには好かったが、どうやら黄砂が舞って視界は良くなかったので残念。桜もまだ早かったようだ。それにしても、自宅から近いし、この公園を利用しない手はない。 ・へ2・・・公園の中を歩いていると何か元気が出る気がしてくる。広いし、緑も花の種類も多いので、遊びに来るのにはもってこいの場所だ。今年もできるだけ出掛けたいと思っている。帰宅して、歩数計を見たら、朝のウオーキングもしているので合計で、36千歩になっていた。夜のウオーキングが出来れば久しぶりに4万歩(28キロ)は超えそうだ。
2011.03.29
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海の中道公園JR香椎線の和白駅から西戸崎行きがあり、その途中に海の中道公園前駅がある。そこから中へ入って、一周して来ようと思う。曇っているが昼から50%らしい。それでもその気になったので、行ってみようと思っている。何時もそうしているが、弁当はおにぎり持参だ。気が向いたら、「中島敦」でも読むつもりで持って行こう。桜の咲いているところがあるが、今年は少し遅いようだから、まだ咲き初めの頃だろうか。4月になればフラワーピクニックもある。最近まとめ歩きをしていないので、少しはウオーキングらしいこともしたい。これから出掛けてきます。
2011.03.29
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よく外国では国民がなにか大きな不幸があると喪に服する日を、政府が決定したりするが日本ではそれがない。政教分離もあるが、それでもこれだけに大災害があった東北関東大地震で、まだ行方不明者の数さえ分からず、27千人超になるだろうと言われている中で、何もしない政府も情けない。この事態を収拾できるのだろうか。 ・国の予算さえ実行できないようでは、出来る筈もあるまい。日本国民はババを引いたようだ。これも自民党が余りにも酷かったからであり、民主党も同じ穴の狢だっただけだろう。枝野官房長官のスピーチを観ていると、あれで国民に説明しているつもりだろうかと思ってしまう。次から次と、襤褸が出ている。 ・へ2・・・信用できない東京電力のフォローばかりしているからだ。事態を悪化させたのは、まさに事態を甘く見ていたからであり知識不足の対応でしかない。危機管理のないのは政府だろう。まさかがまだつづくのではないだろうか。そしてポイント・オブ・ノーリターンになる。無能なリーダーがいると、国さえ滅びる。
2011.03.29
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古代字書「爾雅」の「釈天」では、東風は谷風、北風は涼風、西風は風泰という。すこやかな南風が「 Kai 」だ。言語は、因って起つ思想がある。日本語の「限界」があるだろう。もうその役割は終わろうとしているだろうか。勿論残すべきは残さねばならないが、この小さな島国に固執して生き延びることのみを考えている時ではないだろう。モンゴロイドは、多くの特質をもっている。或いは、その中に未来に繋がるものはないだろうか。現在国際社会は、白人社会が牛耳る偏頗な世界であり利益を独占しているために多くの国が苦しんでいる構図があるだろう。Kaiが、「大風」を起こさねばならない。
2011.03.28
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自分が死んだと思いこむ現象さえ心理学では珍しくない。飲酒運転の警官のひき逃げやさまざまな不可解な言動も、恐らく日頃の勤務態度とは違うのではないだろうか。自分の起こしてしまった行動を否定したいという心が引き起こしているのではないだろうか。それには泥酔状態が人格を喪失させてもいたのだろうが、少なくとも初めての飲酒ではあるまい。酒と脳の関係もある。酒は麻薬と認定されていないだけではないか。勿論麻薬ではないが、習慣性をもっていることはある。 ・酒の効用だけが強調されてもきた。未だに酒が大半の人に飲まれてもいる。禁酒にでもなったら、恐らくアメリカの禁酒法時代とはいかなくても大変な事態になるだろう。然し、必要悪なのだろうか。限度を守ることができれば問題ないということでもない。酒で人生を狂わせ、家庭崩壊と、犯罪と多くの悲惨な事件も生んでいるのも事実だ。脳の一番暗い場所さえ解明されてはいない。人間の「無知」が引き起こしている不幸は計り知れない。 ・へ2・・・社会で起きている出来事をどこまで知っているだろうか。知らされているほんの一部の氷山の一角しか視ていないのだろう。ボロボロと核心は外されて報道されているに違いない。そのことに送り手も気付いていないかも知れない。悲惨な出来事が終わらないのはすべての処理が中途半端だからでもある。文学の講座で、ドッペルゲンガーのことを思い出した。もう一人の自分がいる。心理学には、エイリアン・ハンドもある。多くの想像が頭を掠めた。
2011.03.28
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どうも目が暗い方を見てしまう気がしている。探せば明るさはあるだろうが、どうも怪しいものばかりだ。選挙に当選して勉強して政策を考えますというような、素人の連中が政治をしているのだから、問題の本質まで理解するまでに周囲から騙されるのが落ちだろう。そうかと思えば何十年も政治家をしていて進歩のない政治家もいる。あちこちで法螺を吹いてそれで政治家のつもりでいる。他人に愛国心を説きながら、自分は逃げ回っていた昔の陸海軍の上層部と同じことだ。国民の不信感は容易に拭えそうにない。 ・仮想の訓練や作戦ばかりしている自衛隊員たちを指導している者が、それこそ大相撲の稽古部屋のつもりでいるのではないだろうか。たらふく食べさせ、体を鍛えれば、国家のために犠牲になる愛国心ができると思っているかも知れない。それこそ、馬の前に人参で隊員募集しているのではないのか。資格が取れるからと騙してはいないとしても、どこか不純でさえある。防衛大に入学して、かなりの卒業生が別の道を歩くと聴いたことがある。どちらが騙しているのか知らないが、そんなことで、安心せよというのではないだろうか。 ・へ2・・・国民を騙しだまししながら、列強からの侵略を図らねばならなかった時代も確かにあっただろうが、それをいつまでも続けられると考えているとしたら、大間違いだろう。確りした課題を与えないから、人間は堕落するのではないか。それは、未来を感じさせる人間たちが日本から消えているからではないだろうか。目先の利益で、走らせようとする姑息な考えからだろう。人間は、どれだけでも可能性があるだろう。その能力をどうしたら引き出すことができるかだ。クジラくらいの夢を持たなければ、メダカにもなれない。
2011.03.28
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<作品> 「朴の咲く頃」・ホオノキ・・・ モクレン科・脇役から主役にのしあがっていく背景。・「おえふ」・・・葉っぱ。水族館。「ふるさとびと」・「水族館」の結末。雪国の結末と関連がある。・「菜穂子」参照。・「鹿鳴館」の結末。・「三島」・・・「われわれは待った」。待つはなし。待つ・・・重要な意味。・芥川・・・待ちつづける。太宰にもある。母親とのスキンシップがないという共通点がある。・「待つ」という行為。モチーフがある。・受け継がれるもの。・堀辰雄の「水族館」は、作家の堀辰雄は作品を削除したがった。であるが研究には、重要な作品。・悲劇を、惨劇を待つという物語。「待つ女」のタイプ。・テーマは重いのに、この作品はたいしたことがない。作家の思惑は外れた。・「悲劇の中の悲劇が・・・」。・川端・・・「雪国」結末の部分。・芥川「舞踏会」・三島「鹿鳴館」・読者が、作品に対して、自分がどう解釈するかが一番問題である。それを日本の教育はしていないのが問題。だから大学でしかできない。自分の頭で考える。他人の感じているものを間違ったもので感動している。採点できない。・トップもあればビリもある。ひとを選別しなければならない教育の役目だけ。・文学では、答えは一つしかないというのはない。・自分の印象は、自分だけのものである。・若い人に解かる作品ではない。或る年齢でなければ分からない心境。・ゼロからみると救えない。だから宗教がある。・淋しさは、どこからくるか。・若い堀辰雄という作家がどうしてこの作品を書くことが出来たのか。孤独・・・想像力から。・老人の死・・・爺やの話。いつの間にか主役に為る。SF的。・「朴」白い花・・・爺やに手向けている。好い匂いの香り。・世間の堀への評価と違うイメージがある。・あとのない寂しさ。亡くなってしまう寂しさ。病気の身からくる寂しさ。・健康な人は、到底病人のことは、解からない。・老人の寂しさ・・・病人だから理解できたのではないか。・さびしいということばが繰り返される。孤独な寂しさ。・因業な爺さん。としか観ていないものが変化する。・横川・・・信州・脇役を主役にしている。・何の係わりのないものが、却って・・・どうにもならない心の存在。生理的な寂しさを書いている。・爺やのどこかさびしい姿を見ていた。孤独死。現代の孤独死に繋がる。・表に出さない。・若い人が読んでも判らない作品。・ロマネスクに拘っているが、ロマネスクではない。・エッセイ風の凝縮したもの。・「ふるさとびと」・・・で登場した「おえふ」が、主役になるという発想。・「目覚め」おえふさん。・書き始めて、脇役だったが、思考の過程で、別の作品では、主役になることはある。・長編型作家は、結末を決めないで書き始める。書いているうちに新たに別の発想が生まれるのはよくある。脇役が注目されることが、次に繋がる。 「四葉のクローバー」・少女のこと。「朴の咲く頃」が寂しさを表現。の対称的。少女一般。・集合的な少女。・昔の不良少女。独特の雰囲気があった。・暗記されないと覚えられない。現代の歌詞は一年だけ、後世には残らないものが多い。・少女・・・「不思議な国のアリス」。ロマネスク。・モデル・・・アリス。・ロマネスクをリアル化する。・写実とロマネスクと合体する。・青春と老人。・「ポジ」と「ネガ」。・少女だけが知ることのできる幸福がある。・不気味な空虚さ。・・・少女の幸福との対称。・「晩夏」・・・「朴の咲く頃」・・・少女の幸福が浮き立つ。・白の花のイメージが孤独な生涯と、少女の幸福と色合いが違う。・さるすべりの白い花。象徴するもの。・少女は何か空(うつ)けたような様子で。・結末。「雪国」の結末との比較。・堀辰雄は、試行錯誤している。・雪国、舞踏会、鹿鳴館・・・水族館に繋がっている。・川端「バッタと鈴虫」・「伊豆の踊子」ころころ・・・堀辰雄との関係。・水車、花売りなど、要所、要所に出てくるもの。作家同士で盗みあいをしている。・脇役がクローズアップされる。・・・「菜穂子」のおようさん。「ふるさとびと」。
2011.03.28
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年月日 気温 起床 歩数2011/3/1 火 7 4;20 7,8252011/3/2 水 5 4;00 9,9262011/3/3 木 7;50 5,5022011/3/4 金 3 3;00 30,3232011/3/5 土 5;05 23,7312011/3/6 日 6 3;05 15,7292011/3/7 月 7 4;20 25,3342011/3/8 火 4 3;50 26,4622011/3/9 水 5 4;05 30,3422011/3/10 木 5;20 35,2222011/3/11 金 5 4;10 25,7912011/3/12 土 3 3;20 20,3752011/3/13 日 6 2;50 28,3752011/3/14 月 8 4;05 10,2062011/3/15 火 5;05 30,1512011/3/16 水 5 2;45 22,7892011/3/17 木 5;50 23,5012011/3/18 金 1 3;34 23,6892011/3/19 土 7 4;20 24,7272011/3/20 日 10 4;00 11,1192011/3/21 月 11 4;25 22,6292011/3/22 火 8 4;30 24,1352011/3/23 水 5;10 25,5912011/3/24 木 4 4;20 25,0262011/3/25 金 5 1;50 20,8152011/3/26 土 5 4:10 24,3072011/3/27 日 4 2;50 25,3052011/3/28 月 3 4;10 23,161合計 622,088・脳の加齢には、「成長」と「老化」がある。・国家レベルでの脳研究戦略として 「脳の10年」米国1990年から10年が火付け役となった。・日本では、1994年「脳の世紀」脳科学を21世紀の日本に於ける科学研究の中心テーマのひとつと位置づけた。・脳を知る、脳を創る、脳を守る。がメルクマールとなる。・2002年新しい戦略として「脳を育む」・・・健やかな脳とは。・神経系の説明 ニューロンとグリア細胞 樹状突起と軸索 神経細胞はお互いにシナプスを介して、次のニューロンに刺激を伝達する。・1平方ミリ分の1億個ニューロンが存在する。・グリア細胞は、ニューロンの生存、機能をサポートすること。・ヒト脳は、胎生期7ヶ月までにできる。・出生後脳の重量が50%増加する。成人脳は、平均1300gくらい。・脳の生後発達の特徴 グリア細胞の増加と成熟、神経突起の増大、シナプスも一過性に増えるが、使わない回路のシナプスは消失する。・視覚刺激には、視覚の臨界期があること。・オートラジオグラフィーでの細胞の写真説明。・抑制性神経細胞とは何か。子どもが、興奮しやすいのは、興奮性神経細胞が多くあるため、抑制性神経細胞が不十分で起きる。痙攣など。・ローマ皇帝フリードリヒ2世の実験で、赤ん坊に声をかけないで育てたところ、ことばを話す前に皆死んでしまった。・動物の母性行動の重要性 本能行動(教えなくてもできる)、定型的行動、子供からの刺激が開始に必要、特定の神経回路をつかう、ホルモンによる影響、匂いによる影響。・げっ歯類の母性行動 巣造り、連れ戻し行動、なめる、抱きかかえ行動。・母性行動を誘発しないと、子供を無視したり、食べてしまう。・母性行動に係る遺伝子がある。・「遺伝情報によらない、母性行動とストレス反応性の世代を超えた伝達」がある。・子育て良好ラットに育てられたラットは、不良ラットよりも子育て良好ラットになりやすいこと。ストレス反応性も良いこと。更に、不良ラットの子を良好ラットに育てさせると、子育て良好ラットになることが証明されたことで、遺伝性よりも「氏より育ち」の可能性が高い。・1日1回子供を不良ラットから、15分間離して2週間つづけた実験で、子育て不良ラットが良好ラットになった例がある。・接触不十分、ストレス、遺伝子異常、親子代々の非遺伝的母性行動の障害が、こどもの虐待に影響があるかも知れない。・「さわること」の重要性。・脳の老化と神経細胞の死 20歳以上になると1日1万乃至数10万個ニューロンが失われる。 頭部への衝撃や、アルコール、薬品、たばこなどによる減少もある。脳血管障害による神経細胞は局部的に死亡する。・豊かな環境と自発的なトレーニングが脳の老化に有効であること。・一部の神経細胞は、大人になっても新しい神経細胞を供給していること。・良い脳を維持するために アルコールを適量にする。病気から血管を守る。衝撃から頭を守る。ストレスをなるべき避ける。楽しみながらできる運動をする。変化に富んだ生活を送くること。 「高齢者の歩行」については省略。>和白干潟
2011.03.28
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梶井の「のんきな患者」は、<「檸檬」ふたたび>、と講師は言っておられた。「檸檬」は彼の作品として代表作であるが、実は作家はそうは思っていなかった。「檸檬」を書いた時には描き切れなかった。梶井も「檸檬」を書いた時と「のんきな患者」を書いた時では違っている。それだけ社会性を持った。到達したというべきか。内面の葛藤から這い出そうとしている。然も、そして死んでしまった。残されたものは断片でしかない。「のんきな患者」は、小説として完成したが、それよりも「檸檬」に対する世間の評価は、むしろ高いといえる。 ・梶井は、もし生きていたら、いまもなお評価され大成したのだろうか。それは分からない。シュールリアリズムの詩人のような感性を持っているといわれる。一般の読者よりも、専門家である一流の評論家や、文学者に影響を与えている。青年らしい瑞々しい感性が、描くものは破壊である。テロリストの匂いがする。重篤な肺病を患い未来に絶望していた。 ・へ2・・・死と向き合った青年が放つエネルギーは、並みの魂では見つめられない。問題の所在を把握できるだろうか。自信はない。死んで行った者たちには勝てない。時は不可逆に進んでいるが、それを遡ることができるのは人間の特権でもあるだろう。それができるかだろうか。
2011.03.28
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(独立した)「菜穂子」・「物語の女」に関連している。・三島の「美徳のよろめき」、「菜穂子」を意識している。・三島には、堀辰雄の影響があった。・「菜穂子」は失敗作であると三島は批評した。・不倫関係。・精神の彷徨。・フランス小説に原型がある。心理小説。・結婚した女。哀しいか。・芥川の作品は、影響がある。・「晩秋」のテーマ。・「秋」に関する小説が多い。・三角関係。・「菜穂子」は、芥川文学の系譜に繋がっている。複雑な関係。三角関係をそうしていない。三角関係崩れ。・息子と母、「エディプス・コンプレックス」・その逆バージョン。母と娘の確執。父と娘の関係。・この二部の「菜穂子」は、母の死後始まる。・ルナール「にんじん」。自殺しようとする。作家の自伝。母子関係。・親と子の関係。・母は、黒川と菜穂子の関係を悦んでいない。・菜穂子が変わっていく。・母と子の関係は、それを知る人でないと解からない面がある。・父親が死んでおり、母と娘の関係から始まっている小説。・題材はリアル。然し、堀のこの作品にはリアリティを感じない。・母と息子の関係が切れていない。相手と結婚した女。・幼馴染が出てくる。お互いに忘れかねている。都築明。未練な心。それが堀という作家。・エリザベート、立原。・黒川・都築・菜穂子の三角関係。・うつろな・・・。菜穂子の特徴。・うつけたようなまなざし・・・繰り返し書いている。・かばの木・・・二度出てくる。シンボル。都築のシンボル。・なまえのわからない木・・・10回。菜穂子のシンボル。死んだような木。・共通することばがポイント。・一本の木・・・表現されたシンボル。・「菜穂子」ノートでの構想と、実際の作品では違っている。ノートでは都築は死ぬ。・「およう」・・・「お葉」と書いている。堀の「およう」の存在に注目しなければならない。・三島の評論。都築明は、菜穂子にもさなえにも、置き去りにされる男。・二人の生の不安。肺病に罹っている。・子規・・・カリエスで死ぬ。時代の病。精神の彷徨。・身近なことしか関心のない人には詰まらない作品だがそれだけではない。文学とは、そういうものだ。・堀の正体は、何が何か解からない処があるが、そこに文学性があると思われる。・黒川と結婚したのは、母との確執から逃れるために結婚した。リアルにある。・これをリアルとして受け止められるかどうか。・家族関係に疲れて結婚する。・不安から逃れるために結婚した。断定はできない。・不安な生から逃れるため・・・。・母の死によって、菜穂子の考え方が変わる。それまで我慢していたことができなくなる。堀は、そこを明確に書かない作家である。・解かり易く書かない。何を悩んでいるか解からないように書いている。それが堀の特徴でもある。・堀辰雄は48歳で死ぬ。その前、40歳過ぎくらいから死を考えるようになる。・加齢によって起きる不安が、出てきた。早いが40歳くらいから、老いを感じるようになったのではないか。・理屈抜きに解かる年齢がある。時間が凝縮されてみえる。・黒川と菜穂子の会話。心の生き生きした瞬間を引きとめておきたかった。瞬間、瞬間が大事。菜穂子の考えが圭介に感染する。・自分の目が内側から外側に変わっていく。死を予感し、考えるようになってから変わる。人生の断面が違うように捉えられるようになる。・「感染」を書いている。心の感染を書いている。・今までとは違って視えるようになる。死の方に向かわない。・他人との係わり。菜穂子の全体の変化・・・心理小説。活きる時間が制限された人間が違う見方をする。・普通の人が60歳くらいで、解かるようなことを、40歳の堀辰雄が感じている。長い闘病生活があったからと思われる。・「菜穂子」という小説では、結末に出てくる生への不安の内容が違う。・都築と菜穂子には同じ病で繋がっている。黒川とは違う。よくわからないように書いている。・老いた母の眼差しが注がれている。二面的に書かれている。書き分けられていない。・瞬間、瞬間にストップをかけたい。黒川の意識がどうしてそうなるのか、よくわからない。・彼女の「生」は、彼女の耐えた「生」によって、一層完成する。「生者の運命」。・「菜穂子」の部分は成功しているが、他の部分では違うと三島は評している。・「菜穂子」は、かなり無理して書いている。愛好者とは違う見方を三島はしている。・都築と早苗の関係。氷室の関係。プラトニック。・三島は「およう」について何故触れないのか。繰り返し書いているにも拘らず。・「およう」が文学界で注目されていないのは、可笑しい。(教授の弁)・どうでもいいからではなく、「菜穂子」の中で、主役的な存在に為っている。およう親子のものがたりになっている。・抱えている問題が、違う系列が含まれている。およう親子のことが、ノートでは考えていない。・訂正して「およう」・・・ノート「おきぬ」を決定稿では変更した。・「およう」系の物語として読む必要がある。・川端・・・「雪国」およう。・作家の堀辰雄にはおように関心がある。何度も繰り返して書いている。・何故自然を書くか、書く必要がある。自然の描写を書く。 生の匂いを感じさせる・ ・木は「生」ではなく、「死」をイメージしている。立ち枯れの木。サナトリウム。・西洋では、木は生のシンボルの反対。・オーヘンリー・菜穂子の黒川と都築は背景的に書いている。三島の批判。菜穂子だけが立体的に書いている。静的なものとして黒川、都築を書いている。・嫌いな人間を書くと印象に為らないように書いている。どうでも影が薄くなってしまっている。・生と死の絨毯・・・初期の三島のレトリック。・絨毯の縫い目・・・比喩として。・三島の好みそうな文章・・・昭和16年ころ。・いつの時代・・・昭和15年・・・中国との戦争。時代背景がない。・大岡・・・堀辰雄批判的。・戦争の空気が書かれていない。・堀は何故、当時の戦時の空気を書かなかったか。徹底して書いていない。アクチュアルティが全くないのは可笑しい。・三島は好意的に書いているが、可笑しいのではないか。・補っても判らないようなところがある。堀辰雄のこの作品のベクトルが、現実的ではない。・生の不安の意味が解からない処がある。わざとそう書いている。これが普遍的なものだと堀辰雄は考えていたのではないか。・「悪のこと」・・・を書かない。集うのは悪いもの。・「生の不安だけ」は書けても、健康や死のことを書けない。・都合のいいものだけを書いている。
2011.03.28
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苦しみの中から生まれるダーウィンの「人間の由来」1871年に書かれたが、この人間 man は「男」のことであった。エルダン・モルガン「女の由来」(1972年)が、体毛の減少、涙、長い髪などの「水生類人猿仮説」がある。魔女裁判もあるが、それを許してきた女性の意識もある。苦難に立ち向かう女性は多いがそれを社会に向けさせるには長い屈折した時間が必要だったのだろうか。男と闘わないという女の戦略は仕組まれた男たちの謀略でもある。 ・昼から歩こうと思っていたが雨が降り出した。近くの何所か桜の名所でもと思っていたが、生憎の雨になってしまった。鳥渡寒くもある。女子大で講座を受けている事が多いので、女性に関するは講演会もよく聴いている。念願の講座の殆どの主催が女性生涯学習研究センターなので、ジェンダーに関するものが多いこともある。講座は年中遣っていて、窓口も開かれているので、どんな研究もできるだろうし、飛び込んでいけば相談にも乗ってくれるだろう。 ・へ2・・・大学の垣根は開かれてきた。利益社会に関係しない処では自由に勉強もできるし、その気になれば研究レベルにも行けるだろう。それだけの内部留保のある人でなければ出来ないが。ミミズの研究と莫迦にするなかれ、それも立派な研究だ。如何に社会に還元できるかなのだろう。「女の由来」も視点を換えればオリジナルの研究になる。フィールドのある現場で苦しみの中から生まれるものが本物の時代になる。
2011.03.28
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左利きは、5%~8%。人類はじまって以来比率は変らない。右利きは左脳の優位と密接に関係している。左利きの人も70%は、左脳が言語活動をしている。残りの30%は左右両方の半球で言語処理をしているようだ。昔は、左利きは病人扱いされたりした。差別する言語も残っている。「ゴーシュ」「シニストロ」など、不器用な、不吉なという意味もある。 聖書でも左手は邪険に扱われてもいる。(マタイ伝の福音書)この世に生まれてくる時には、既に利き手決まっている。妊娠15週目で殆どの胎児は右手の親指を吸っている。左利きについては遺伝だとする考えと胎児期に何らかのごく軽い脳損傷が関与しているのではないかとの考えがある。 ニューロンのアポトーシスがうまくいかなかったか、或いは一部のニューロンが適切な位置にたどりつかなかった所為かも知れない。 双子の20%とは、左利きで全体の割合より高いため、単生児の左利きは、双子の生き残りという研究者もいる。子宮内の限られた資源を争い、子宮損傷の所為で、左右の優位が入れ替わったのではないかという。 ブリッテッシュコロンビア大の心理学者スタンリー・コーレンは、左利きの平均寿命は右利きより9年も短いと主張している。もしこれが正しければ、喘息、内臓疾患、甲状腺障害、近視、失読症、片頭痛、吃音、アレルギーといった発達異常、免疫系異常と左利きが関係していることになるという。(by リタ・カーター)左利きのなぞは深まるばかりだ。
2011.03.28
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或る大学の学生の書いた講義ノートを読んでいるが、多分聞いたままなのだろう。日本語は解り難い。混乱することが多いが、自分の脳のフィルターにかけるしかない。成長は老化である。若い女性の絵とおばさんの絵は錯覚である!講師が、一般的にだが、先ずボキャに乏しいし、学生が日本語の常識が余りないとすれば、脳では不完全燃焼するだろう。大学の講義を聞くだけフラストレーションが蓄積するだけだろう。中学・高校・大学と進学する教育システムはもう時代遅れだが、それに無理に押し込められる学生は可哀想だ。それに適応できる学生は寧ろ何にでも適応するのではないだろうか。どうも、型にはめられすぎる人間だけが増え棲みやすい社会とすれば、フレキシブルな発想は生まれないのではないか。表現力の乏しい講師と、関心の持てない学生とのミスマッチは、悲劇だ。お互いに意欲を失くしてしまうだろう。延々と続く他人の書いたノートをみていると疲れる。要点を述べて、自分で調べろの方がまだいいのではないか。
2011.03.28
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能力以上東京電力の遣っている事は、事態を悪化させているだけではないのか。遣ればやるほどことは拡大しているようだ。海水から真水へと注水を換え、然もこれまで慌てて大量に投入した水がこぼれてその中から高濃度の放射線が検出されている。どこまで拡がっていくか解らないリスクだろう。その根本の原因は政府にある。それはかかる事態を精確に政府が事実を把握していないからだ。米軍まで支援して貰わなければ、真水に換えられない脆弱な知識でしかない。 ・今回の福島第一原発の大事故は、世界でも注目されている。ドイツでは緑の党が選挙で躍進したらしい。原発を見直す引き金になったのは間違いがないようだ。日本でこの事態をどのように収束できるのか、固唾をのんで見られているが、日本政府のこの2週間はほめられたものではない。寧ろ愚劣だ。 ・へ2・・・政府に指導能力が無いからだろう。東京電力の幼稚な経営に振り回されている。然も国民の生活まで巻き込んでいる。M9の大地震と大津波で未曾有の大災害を受けた直後で、何とも無責任な会社のために日本は滅んでしまうのだろうか。その危惧が無い訳ではない。ダムに出来た亀裂であるかも知れないからだ。
2011.03.28
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