全28件 (28件中 1-28件目)
1
前にも書きましたが、今、釈迦楽家は時ならぬ「ルパン・ブーム」でして、かつて私が読み漁った堀口大学訳・新潮文庫版のルパンものを実家から持ち帰り、夫婦してむさぼり読んでおります。 そんなこともあって、先日の学会の折、懇親会の席で同席したある先生とルパンの話をしていたのですが、やはりルパン通であるその先生によれば、ルパンものというのは「自動車」が盛んに活躍する初めての小説ではないか、とのこと。 あ、そうか、と思ってあらためて注意して読んでいくと、確かにルパンはその数々の冒険の中でしばしば自動車をぶっ飛ばしているんですね。ルパンものの最初の作品は1904年に発表されているのですから、これは相当早い。何しろアメリカ文学では、フィッツジェラルドが『グレート・ギャッツビー』(1925)で自動車を登場させたというのが「自動車とアメリカ文学」の接点の早い例としてしばしば言及されるのですから、それと比べてもよっぽど早い。 そういう意味で、ルパンものというのは、視点によっては色々と面白い発見がまだまだできる作品群なのかも知れません。 ところで、実家から持ってきた新潮文庫版ですが、これは私が小学生だったか中学生だったかの時に買い求めたものですから、今から30年近く前のものということになります。さすがに紙もいささか黒ずみ、ところどころ染みのようなものも浮いている。何やらページの間から、古い紙の発する独特のすえた匂いもしています。 でも、そんな古い文庫本のページを繰っていると、何だかたまらなく懐かしくなってきます。 私が最初に文庫本なるものを手にしたのは、忘れもしない小学校5年生の時。ローリングスの『子鹿物語』の新潮文庫版でした。上下二巻でしたが、下巻の方に落丁があり、母に頼んで出版社に交換してもらったことを覚えています。 で、そんな風にして読んだ『子鹿物語』、面白かったんだなあ~。 で、これを機に「子ども向け」の本に決別した私は、文庫本のおしまいについているリストを頼りに、次から次へと新たな文庫本を買い求めてはこれを読破する生活に入っていったのでした。おそらくルパンものも、そういう流れの中で買って読んだのだと思います。 あの頃は、本当に純粋に楽しんで本を読んでいたなあ。今の私のように、何を読むにも半ば仕事がらみ、という読書スタイルでは到底味わえないような、読書の楽しみを味わっていたような気がします。 ユーミンじゃないけど、「あの日に還りたい」なあ。 ま、そんなことを思いながら、子供時代に戻って古い新潮文庫の巻末のリストを眺めていると、これまた懐かしいタイトルが並んでいるんだ。 たとえばアンドレ・ジッドの作品なんか、9冊もリストにある。サガンなんて13冊がリストにありますよ。モームも多いなあ。21冊か。ヘルマン・ヘッセは17冊。今、これらの作家の作品で、新刊として残っているのが果たして何冊あるか・・・。日本文学も同様で、石川達三なんて28冊もリストに乗っています。石坂洋次郎が17冊。伊藤整が9冊。昔はこういう作家が読まれていたんでしょうなあ。時代は変わりました。 というわけで、30年前の文庫本ってのは、いわばタイムカプセルみたいなもんだなあと思いつつ、今日も今日とてルパンものに読みふけっているワタクシなのでした。
October 31, 2007
コメント(4)
また今年も人間ドックの時期が迫ってきたワタクシ。一年経つの早いな~! ところで今年から文部科学省の人間ドックのシステムが変わり、去年までは各大学の事務が予約を受け付けていたのですが、今年からは文部科学省が一括して予約受け付けをするようになったんです。 ところが、どういうわけだか、途中から別な業者が予約受け付け業務を代行するようになったらしく、その辺の引き継ぎがうまく行っていないらしい・・・。 ということで、「あなたの人間ドックは○月×日です」という知らせが何度も届くわけ。一体どうなっているんざんしょ。 で、その二度手間の流れなのか、もう何ヶ月も前に「検便セット」が郵送されていたにもかかわらず、今日また2個目の「検便セット」が届きました~。そんなに沢山「検便セット」送られてもねえ・・・。どんだけ~! (←使い方、あってます?) しかし・・・。尾籠な話で申し訳ないですけど、最近の検便って、すごくスマートになりましたよね。その昔、私が小学生の頃は、母の手を煩わせて小さな容器に「ブツ」を詰めたような気がしますが・・・。子供ごころに、「これ、調べる人たちって、大変だろうなあ」って思ったもんですわ・・・。 それに比べると、今は先っちょにギザギザのついたスティックにほんのちょっと「奴」をつけるだけですもんね。簡単なもんだ。でも「検便セット」の注意書きを見ると、「そんなに沢山つける必要はありません」とくどいほど書いてあるところが笑えます。きっと、不安になって、どっさりつけてくる人がいるんだろうなー。 ま、それでも「便」のサンプルには違いないわけで、当日、妙齢の看護婦さんに「はい」って渡すの、ちょっと照れるゥ~! ということで、2個の「検便セット」を前に、嬉し恥ずかしのワタクシなのでした。今日も、いい日だ~!
October 30, 2007
コメント(2)
家内が愛読している『Oggi』という雑誌を、ちょいと借りて読んでいたら、面白い記事を見つけました。題して「異性をチェックするとき『これだけは譲れない!』という条件」。 ま、とりあえず「ビジュアル編」というところは見なかったことにしましょう・・・。 で、ワタクシが注目したのは「パーソナリティ編」です。果たして女性の眼差しは、男性のどんなパーソナリティに注がれているのか?「自分の仕事に自信を持っている」・・・ほ、ほう。そう来たか。ま、ワタクシ、自分のやっている仕事の中の、少なくともいくつかの側面については、根拠のない自信はあるね。まったく根拠はないんですけどね。「車の運転が荒くない」「縦列駐車ができる」「車庫入れがスムーズにできる」・・・あ、これはどれもバッチリ。審査がきついので有名なアメリカはサンタモニカで、自動車免許の実技試験一発合格の腕前だもん。「食事のマナーがいい人」・・・ま、これも合格でしょう。「横柄でない人」・・・文句なし合格。サービス精神満点。「荷物を持ってくれる人」・・・家内に余計な荷物を持たせたことはありません。「独り暮らしの経験のある人」・・・7年間の経験あり。「敬語をスマートに使える人」「優しい言葉遣いをする人」・・・国語力バッチリ。めちゃ優しい。「どこか紳士的なふるまいができる人」・・・ワタクシ、どっから見ても紳士。「一緒にDVD観ながらのんびり過ごしてくれる人」・・・実践中。 ・・・と、色々見ていくと・・・ほぼ満点! というのはウソとして、80点は堅いな。ということは・・・ ワタクシ、ひょっとしてかなりモテるのかも! 知らなかった~! などと言ってみたりして。 さて、今日の私ですが、結構頑張って明日の「アメリカ映画論」の予習なんかをしておりました。というのも、明日からの分は完全に書き下ろしの講義であるため、自分でもうまくできるかちょっと自信ないところがあったので。 でも、夏休みの間に作っておいた詳細な「講義ノート」を元に、A4用紙3枚分の講義メモを作ったら、何とかなるような気がしてきました。私も講義のプロですから、一度実際に学生の前で講義してみれば、あとはペース配分も含めて完全に掌握できるんです。だもので、明日の講義を乗り切れば、あとは不安なくその先を続けていけるはず。その意味で、明日は頑張って準備万端、スムーズにやらないとね。 ということで、明日は頑張りマース。それでは、お休みなさーい!
October 29, 2007
コメント(6)
今日は名古屋に戻る日だったのですが、恒例により昼は一家で外食することに。 で、どうせなら私がいる時にしか行けない店、つまり、車でしか行けないところに行こうということになり、町田は境川というところにあるピザの店、オールド・ヒッコリーというところに行きました。 ここはピザの味もさることながら土・日・祝日の昼と夜に行われる「ピザ・ショー」というのが売り物で、ピザ職人の腕自慢たちがピザ生地を空中に放り上げながらどんどん伸ばしていって、しまいには傘ほどの大きさに広げるのとか、あるいはやはりピザ生地を足の間をくぐらせたり、肩の上を転がしたりするアクロバティックな技を披露してくれるんです。毎年世界大会に参戦して、この前は第3位だったといいますから、なかなかなもんです。 で、デジカメに凝っている父は、肝心な食事もそっちのけでピザ職人たちの妙技をカメラに納め、大満足していたようで、よかった、よかった。 そして帰りには、これまた恒例に従って、七国山のパティスリー「Mami's」で焼き菓子と(無料の)コーヒーを楽しみ、帰宅したという次第。 で、一呼吸おいて私と家内は名古屋に向けて出発したわけですが、父は私がもう一泊するものと思っていたらしく、「今日これから帰る」と言うと、随分驚き、また残念そうな顔をしていましたなあ・・・。 ま、幸いなことに私の両親は今のところまだ元気ですけど、それでもやはり年齢が上るにつれ、私が休暇や学会がらみで東京に戻るのをより楽しみにし、また私が名古屋に帰るのをより残念がるようになったような気がします。 ちなみに、私は結婚した子供が親と同居するのは絶対に良くないと考えているので、将来においてもそういうことだけはすまいと思っていますが、それでももう少し近く、そうですね、現在の半分くらい、つまり車で2時間ほどのところでお互いつかず離れず暮らせたらいいんですけどねえ・・・。 さて、それはともかく名古屋へ戻る途中、牧之原SAで夕食をとろうとしたところ、近くでお祭りでもあったものか、ハッピ姿の老若男女が右往左往していて、とてもレストランに入れたもんじゃない。そこで仕方なく、屋台みたいなところで「富士宮やきそば」2つと「コロッケ」1個、計950円ナリを買ってベンチで食べて夕食を済ませることに。ま、トホホではあるんですけど、こういう食事もたまには面白くていいですね。 で、ちょっと夕食がショボかったので、次の浜名湖SAでもう一度ストップし、エリア内にあるスターバックスでコーヒーとお菓子をとって食後の楽しみとすることに。今日はカフェ・ミストと「栗のクランブル・ケーキ」みたいのを食べましたけど、このケーキ、実にうまかったです。久々のヒットですね。まだ試したことのない方、ぜひおすすめです。 で、夜10時頃名古屋着。 ということで、今週末もまた学会がらみで潰れてしまいましたが、さすがに疲れました。明日からまた仕事と思うと憂鬱ですが、頑張ります。それでは皆様、お休みなさーい!
October 28, 2007
コメント(6)
今日は学会でした。 で、その学会における私の役目は「総合司会」という奴だったんですが、大過こそなかったものの、なんか一日中調子が出なくって、疲れちゃった。 まあね、原因は分かっとるんですよ。 今日の学会は、私の母校が主体の学会だったんですが、ということは私が司会として紹介しなくてはならないのは、先輩だったり後輩だったり、はたまた自分がかつて習った先生方だったり、さらにその先生方の先生方だったりするわけ。というわけで、とにかく「失礼があっちゃならん」という思いもあるし、周囲からのプレッシャーもあるんですな。 ま、そんなこともあって、この学会ではどうもいつもの自分らしさがいま一つ出ないんだよな~。 というわけで、毎年この学会はどうも後味が悪くてかないません。早く足を洗わないとね。 でも、とにもかくにもこれでとりあえず秋の学会シーズンはこれにて終了。10月はほとんど毎週末出ていたので疲れました。今日は早く寝ましょう。それでは皆様、お休みなさーい。
October 27, 2007
コメント(0)
明日27日に都内某所で学会があるため、今日は雨の東名をぶっ飛ばして東京の実家に戻ってきました。 今回の学会は私も司会の仕事があるため、最初から最後まで、つまり開会宣言から懇親会までフルに付き合わなければならないので、何だかとっても疲れそうな感じ。あんまり遊んでいられません。 しかーし。この時期、神田では年に一回の青空古本市やっているんだよなー。学会じゃなくて、古本市の方に行きたーい! しかしそんな時間があるはずもなし、グスン・・・。 と、思っていたら、祖父母の家から東京の大学に通っている私の姪が、「今日、その古本市行って来たよ」ですって?! なにぃ? で、よく聞いてみると、歴史学の授業の一環として神保町の古書店街をツアーする授業があるのだそうで、それに参加してきたのだとか。 ひゃー。私の学生の頃は、そんな面白そうな授業なんてなかったですなー。 でも最近、「神保町・古本ツアー」をする先生は色々な大学にいらっしゃるようで、似たような話はあちこちで聞きます。一種の流行なのかも知れませんね。若い人に本の魅力を伝えるという意味で、とてもいい試みだと思いますが。 で、初めて神保町に見参し、古本に興味を持ち始めた姪に、今日どんな古本を買ったか、というような話を聞き出したわけですが、聞いてみると、うーん、まだまだ修行が足らん!という感じでしたね。 彼女の場合、今のところまだ「新刊より安いから古本を買う」「図書館で借りた本では、読みながら好きなように線が引けないから、古本で買う」といったレベルにあるようですが、そんな「新刊本の代用」として古本に手を出しているようではまだまだ・・・。 せめて「古本でなくては手に入らない絶版本を買う」という段階に進んでもらわなければ、私と共に古本を語るというところまでいきません。 そしてその段階を経た後に、「好きな作者・著者の本をすべて集める」「特定のテーマの本を可能な限り集める」「出来れば初版本を含めたコレクションを作り上げる」というところに進んで、ようやく私と対等な目線で話が出来るというものでございます。 ま、そこまで行くにはある程度経験を積まないといけないわけで、今後の展開に期待というところですが、二十歳かそこらの女の子にしては上出来と言っておきましょうか。さすが我が姪! ということで、明日は神保町の方向に後ろ髪引かれる思いで学会に参加して参ります。頑張るぞー。
October 26, 2007
コメント(0)
今朝、大学の教員用駐車場に車を止め、研究棟に続く坂道を歩き出した途端、すごいものに出くわしました。 わっ! ヘビだっ! にょーろにょろ! それがね、ちょっと近頃見かけないほどでかい(というか、長い)奴で、そうですね、1メートル20センチ、いやそれ以上あったかしら。あまりの大きさに一瞬「青大将」かと思いましたが、青大将ほど太くなく、色もオレンジ色の混ざった褐色で、編み目の模様がありましたから、多分「ヤマカガシ」だろうと思います。 それにしてもヤマカガシだったら、せいぜい70~80センチくらいなもんじゃないですか。あんな長い奴は見たことがないですね。 で、そんな長い本格的なヘビ君が、別に急ぐわけでもなく、にょろーり、にょろりと道を横断しているのですから、もうびっくりです。たまたま坂の上から降りてきた女子学生とヘビを挟んで佇むような形になり、彼女と思わず顔を見合わせてしまいましたよ。 でもワタクシ、ヘビって奴が割と好きなので、「気味が悪い」などとはちーとも思わないです。むしろ、「あらー、きれいー」って感じですね。それに、ヘビに出くわすと、金運アップするんじゃありませんでしたっけ? ヘビは商業の神の使いか何かなので、確か一橋大学の校章にもヘビが描かれているはずですよ。 ところで、久々にヤマカガシを見て、中学時代を思い出しましたねえ。 ワタクシ、中学時代は「生物部」に所属していたんですが、たまたま部で飼っていたヤマカガシが水槽から逃げ出してしまったことがありましてね。 でまた、タイミングの悪いことに、その日が父母会か何かだったんです。教室には同級生のお母様方が沢山いらして・・・。 で、やばいなと思いつつ、生物部の部長だったワタクシは責任を感じて教室の後ろの方でごそごそヘビを探していたんですが、当然先生に見つかって、「釈迦楽、何やってる! 生徒は立ち入り禁止だぞ!」と叱られてしまったわけ。 で、仕方なく「すみません。飼ってたヘビが逃げちゃいまして・・・」と言い訳したんですが・・・。 その一言が、美しく着飾ったお母様たちの間にどんな騒ぎを引き起こしたかは、ご想像にお任せします。 ヤマカガシ、懐かしいな・・・。 ちなみに、ヤマカガシというのは、かなり長い間「無毒のヘビ」と考えられていたようですが、実際にはかなり強力な毒があります。また毒牙だけでなく、首のあたりから毒を射出し、これが目に入ったりすると、失明することもあります。本州に住む毒ヘビは、マムシだけじゃないんですよ~。文学の道に入る前は、生物学で身を立てようと思っていたワタクシ。動物のことはかなり詳しいんです。 というわけで、今日は朝っぱらから素敵なにょろり君を見て、何だかラッキーな気分のワタクシだったのでした。今日も、いい日だ!
October 25, 2007
コメント(2)
岩波書店の『広辞苑』の新版が出たそうで、さすがに「国民的辞書」と言われるだけあって反響を呼んでいるようですね。 特に国語辞典の場合、新語の採択がしばしば話題になるわけですが、今回も「いけ面」「ラブラブ」「ブログ」「めんそうれ」・・・などの新語が採用されたとのことで、その是非が問われています。 ま、新語というか、流行語的なものを国語辞典が軽率に採用していいのか、という意見があるのは当然で、私もそう思う方ですが、果たして『広辞苑』は厳密な意味で「国語辞典」なのか?というと、それは少し疑問で、もともと広辞苑っていうのは「現代用語の基礎知識」的な側面のある百科辞典的な国語辞典ですから、ある程度は流行語の採用も仕方がないのかな、という気もします。 で、それはそれでいいとして、一つ気になったのは、今回の新語採用の目玉である「いけ面」という言葉です。 あれは、本当に「いけ面」なんですか? ワタクシはてっきり「イケメン」、すなわち、「イケてるメンズ」の略かと思っていたのですが・・・。 で、家内に聞いてみたところ、家内もワタクシと同じ疑問を持ったそうで。「いけ面」という表記自体、かなり違和感がありますよね! その辺、どうなんでしょう・・・? さて、今日の私ですが、今日は勤務先大学で「卒論中間発表会」というのがありました。現時点までの卒論の進行状況を皆の前で報告する、というものなんですが、他のゼミの学生がどんなことをやっているのかを知るいい機会ですし、また学生の側としても指導教員以外の先生方からコメントをいただくことで、いい刺激になるわけ。 しかしこれは一種の「他流試合」ですから、自分のゼミ生たちが他のゼミの学生たちと比べていいのか悪いのかが一発で分かってしまうところがあり、指導教員としては毎年緊張の一瞬でもあります。 で、今日の試合の出来からいいますと・・・ 釈迦楽ゼミ、圧勝! 我がチームの学生たちは、卒論テーマの斬新さ、目標の明確さ、レジュメの内容、プレゼンの内容、発表時間の厳守、どの点をとっても他のゼミの学生たちに勝っていたんじゃないでしょうか。いや~、他の先生方の手前、私はポーカーフェイスを保ってはいましたが、心の中ではニンマリというところです。 というわけで、すべてのセッションが終わったあと、釈迦楽ゼミの連中を集めて、うんと褒めてやりましたわ。よくやった、でかした!とね。 かくして、今日はちょっと疲れましたけど、心地よい疲れでした。ゼミ生たちも、これに気をよくして、卒論執筆に弾みをつけてもらいたいものです。
October 24, 2007
コメント(0)
最近、密かなマイ・ブームがありまして。それは何かと言いますと・・・ 「シャケの皮を食べる」。これでーす! ガーン! つい昨日も、夕飯の食卓に「鮭のムニエル」が乗ったので、皮まで食べちゃいましたよーん。 ところでこのブログをお読みの皆さんは、シャケの皮って、食べますか? 私、実は子供の頃からずっと「魚の皮は残すところ」と思っていたので、シャケであろうが他の魚であろうが、身を食べこそすれ、皮は残してしまっていたんです。 しかし、そんな私にとってカルチャー・ショックだったのは、もうかれこれ20年くらい前の話ですが、遠方に住んでいる親戚の方が我が家で食事をすることになった時、たまたま食膳に挙がっていた焼き鮭を皮まで全部食べちゃうのを見たことでした。その方はお酒の好きな方でしたが、好きなお酒をちびりちびりとやりながら、シャケの皮を実においしそうに食べていらっしゃったんです。それがあんまり印象的だったので、「は~、シャケの皮って、おいしいのかしら?」と思ってはみたものの、結局、その後も自分ではシャケの皮を食べようとはしなかった。 ところが、ちょっと前にたまたまおいしいシャケの粕漬けをいただきまして、それがあまりにもおいしかったので、つい、弾みで皮まで食べてみたわけ。すると・・・ 旨ーい! いや~。驚きました。シャケの皮って、たしかに旨いわ! で、そのことがあってから、ワタクシ、シャケだけは皮までいただくようにしているんですけど、からりと焼いたシャケの皮って、ほんと旨いですね。噛んでいると、じんわりとシャケの油の旨味が滲み出してくるようで・・・。 ま、さすがに「魚の皮ビギナー」のワタクシとしては、シャケ以外の魚の皮はまだ試したことはないんですけど、他の魚の皮も旨いのかしら・・・。 というわけで、このところ「シャケの皮」ブームのワタクシなんですけど、そんなの当たり前のことなのかしら? 皆さんはシャケ、あるいは他の魚の皮まで食べます? 魚好きの方、「この魚の皮は旨いよ」というような情報がありましたら、ご一報下さい。今度試してみますので。
October 23, 2007
コメント(6)
今日は豊田市の北、名古屋の奥座敷の一つである「足助(あすけ)」というところにある中学校で、教育実習生の研究授業の参観をしてきました。 紅葉というにはまだ早すぎる感じがしましたが、昼過ぎ、秋の気配漂うガラ空きの有料道路を走って足助に向かう小一時間のドライブは、なかなか気分のよいものでしたよ。 ところで今日参観したのは、中学3年生の英語で、勉強していたのは「It is ~ for ~ to do.」という文法項目でした。「~にとって~するのは~だ」という、アレです。 いや~。懐かしいですね、この構文。昔、私も勉強したなあ。 しかし、今回30年ぶりに中学生時代に戻ってこの構文を勉強してみると、教科書に書いてあることにはかなり無理があると思いましたね。 例えば、こんな会話が冒頭に出てくるんです。Shin : What do you want to do this weekend?Ellen: It's hard to decide. これ、訳すとこういうことになるわけですか?伸 : 週末何したい?エレン: 決意するのは難しい。 いくら「It is ~ to do.」という構文を使いたいからって、「決意するのは難しい」はないんじゃないでしょうか。普通だったら、「まだ決めてないの(I haven't decided yet.)」というところだよなあ・・・。 あとね、「It is difficult for me to speak English.」っていうのを何度も練習していましたが、これもどうかと思いますね。こんな難しい構文使って、実際に英語を話していながら、「私、英語話すの苦手なの」もないもんだ。 さらに「Is it easy for you to play the guitar?」というのも、何度も口頭練習していましたが、これも現実性のない英語ですよね。一体何が聞きたいの? ギターなんて、弾けるなら弾ける、弾けないなら弾けないんだから、単に「あなた、ギター弾ける?(Do you play the guitar?)」と聞く以外ないんじゃないかと思うのですが・・・。 というわけで、今どきの中学生もまた、30年前に私が習ったのとおんなじ構文を、おんなじ方法で習っているんだ、ということが明らかになったのでありました。これを「伝統芸の継承」と呼んで言祝ぐべきか、それとも「『英語教授法』ってのは、30年前から何も進歩していないのかよっ!」と罵倒すべきか・・・。もちろん後者でしょうなあ。 でも、罵倒すべき相手は、現場の先生じゃないですよね。彼らは文部科学省からの天の声たる「指導要領」の通りにやらないとまずいという理由で、そうやっているだけなんですから。罵倒すべきは、何十年と英語教授法を放ったらかしにしている文部科学省であることは間違いない。 で、その割に「英語が話せる日本人を作る」というのが、最近の文部科学省の謳い文句なんだから、笑えるんだよなあ・・・。ほんといつでも掛け声だけで、自分たちは汗をかこうとしないね、あのお役所。 とまあ、色々言いたいことはありますが、とにかく「It is difficult for me to ride a bike.」なんてヘンテコリンな英語を、いたいけな中学生に反復練習させる日本の中学英語と、それを放置して悪びれるところのない文部科学省には、大疑問を提出しておきましょう。まったく、わけ分からん!
October 22, 2007
コメント(6)
広島市現代美術館で開かれている「マネー・トーク」という展覧会を通じ、この美術館に収蔵されている代表的な美術品の購入価格を一通り見て、色々感慨を得た、という話は先日しました。 で、それに触発されたわけでもないのですが、つい先日、池田満寿夫の書いた『美の値段』(光文社)という本が私の「池田満寿夫・エッセイコレクション」に入ることになったので、これも何かの符号かと、ついつい一気に読んでしまいました。 ま、この本はそのタイトルからもわかるように、そもそも芸術作品たる絵に値段がついて市場に流通するとはどういうことか、ということを、芸術家サイドからの体験談も含めて語ったもので、私自身、細々と絵や版画を購入することもあるものですから、その意味でも非常に興味深いところがありましたね。 で、この本を読んでいて、「へえ、そんなもんかねえ」と思った点が幾つかあるんですが、例えば、今日本で売れている画家の大半が日本画家であって、洋画家ではないなんてことも、この本を読んで知りました。しかもその現代日本画というのは、(浮世絵などと違って)ほとんど日本国内でしか流通していないんですってね。 しかも、この日本画市場というのは、政治がらみ・選挙がらみでにわかに景気づくことがあるんですって。 どういうことかと申しますと、有力代議士に対し、後援会か何かが有名日本画家の絵をこぞって贈ったりすることがあるからなんですな。もちろん絵を贈られた方の代議士は、すぐにこれを画商に売り払ってお金を受け取る、と。つまり直接金銭の授受なしに、ちゃーんとしかるべき「弾」が代議士の元に届く、という仕組みになっているわけ。 また大きなビルが建ったりすると、その玄関ホールに飾るよう、建築会社がビルのオーナーに大きな絵を贈る習慣が日本にはあるらしいのですが、そういう時にも大概は日本画、しかも「芸術院会員」か何かのエライ日本画の大家の作品が常に選ばれるのだそうで、日本画というのは、こういう形でしっかりとしたマーケットが作り上げられているのだとか。 あと、これも非常に面白いと思ったのですが、通常、画家が死ぬと「もうこれ以上、新作が生まれない」という理由から、その画家の作品の値段は上るのだそうですけど、日本画の場合は逆に下がるんですってね。 日本画の場合、先に述べたように確固とした市場があるので、著名な画家の新作が出れば、それは必ず売れる。ですから画商としては、それらの著名画家の覚えをよくし、新作を回してもらえるよう、実際の市場価値よりも高めの値段で競って新作を買うんだそうです。ところが、その画家が死んでしまえば、どっちにしろ新作はもらえなくなるわけですから、じゃあその絵の価値通りの値段で行きましょうということになり、2割3割という率でガクンと値段が下がるというわけ。 というわけで、「絵の値段」ってのは、通常の商品とはまた別な論理に基づく需給関係があり、それに従って値段が上ったり下がったりするわけなんですな。当然、日本での絵画マーケットと欧米の絵画マーケットは別な論理で動いているので、ゴッホやルノワールのように日本人がやたらに高額で買っていく絵もあれば、欧米では評価の高い画家の作品が、日本では見向きもされないということもあり得るし、実際にそうなっているのだそうです。例えば、日本では具象的な風景画と静物画は売れるが、抽象画と裸婦像は売れない、とかね。逆に欧米では日本の古美術には興味を持つが、現代日本画にはまったく関心がない、とか。 だから「絵の値段」と「美の価値」というのは、必ずしも一致しない、いや、大抵一致しないわけですよ。 となれば結局一番いいのは、自分で美の価値に値段をつけること、すなわち、自分がいいと思い、かつ自分の財布の中身で何とか買える絵を買うこと、なんでしょうな。満寿夫も言ってますが、そのアーティストに対する最高の評価は、その人の絵を買うことだそうですから。 というわけで池田満寿夫の『美の値段』、短い書き下ろしの本ですけど、私は楽しみながら読むことができました。もちろん既に絶版になっているので、ちょっと探さないと出て来ない本ではありますが、興味のある方には教授のおすすめ!と言っておきましょう。
October 21, 2007
コメント(6)
聞くところによると、中日ドラゴンズが日本シリーズに進出するのだそうで・・・。 ま、ワタクシ自身はプロ野球にまったく興味がないので、どことどこが日本シリーズに出場しようが全然構わないんですけど、それにしても長いペナント・レースを戦ってリーグ優勝したジャイアンツが日本シリーズに出られず、2位のドラゴンズが出るっていうのは、プロ野球ファンの目から見て、楽しいことなんでしょうか? 大体、現在のルールからいうと、リーグ戦で3位になったチーム、つまり危うくBクラスになりそうになったチームが、リーグ戦1位・2位を差し置いて日本シリーズに出場し、その年の「日本一」になる可能性もあるわけでしょ? じゃ、4月頃から半年かけてやってきたリーグ戦の意味って、何なんですか? ワタクシは各リーグで苦労してペナントとったチーム同士が「日本一」を争うっていう従来のシステムの方が、よっぽど面白いだろうと思いますけどねえ・・・。 アメリカみたいにプロ野球チームの数がやたらにあるところなら、上位チームでプレーオフをして・・・、というのもわからないではないですが、各リーグたった6つしかチームがない日本で、上位3チームのプレーオフって意味あるのかなあ? ま、ワタクシにはどうでもいいことですが、そういうルールを作る感覚がわからないとだけ、言っておきましょうか・・・。 ・・・いや、ですから、私はプロ野球には関心がないんですって・・・。 ま、それはたしかに読売新聞をとってはいますが、別にジャイアンツが好きとか、そういうことではなくて、これは読売新聞社に関係があった祖父の遺言で・・・。 いや、たしかに子供の頃、東海大相模高校の近くに住んでいたことがあって、原監督が高校野球で活躍していた頃のこともよく覚えていますよ。でも、それは単にたまたま近くに住んでいたというだけで・・・。 ええ、ええ、子供の頃、王選手は好きでした。でも、彼はホームラン王なんだから、仕方が・・・。 わかったよ! バレちゃあしょうがねえ! 今は名古屋に拠点を置いていても、心は東京人。ジャイアンツが日本シリーズに出りゃあいいって、思ってましたよ! えーん、えーん・・・。なんでドラゴンズが勝つんだよ・・・。グス・・・。もう、嫌!
October 20, 2007
コメント(0)
根っからのシャーロック・ホームズ好きの私。シャーロック・ホームズ関連の本は小学生の頃から新潮文庫で読み漁り、シリーズすべてのストーリー展開が完璧に頭の中に入っているほどなんですが、一方、その好敵手たるフランスの怪盗・ルパンとなると、一応新潮文庫に収められている分についてはすべて読破したものの、ホームズに対するほどの愛着を抱くことはなかったという・・・。 とりわけ、ルブランの『ルパン対ホームズ』という作品において、ルパン・サイドから見たホームズの描き方があまりにも不当であるという思いは子供心に拭いがたく、それも私のルブラン嫌いを促すことにもなったのでありました。 あと、新潮文庫で言うと、シャーロック・ホームズものの翻訳をされている延原謙さんの翻訳が非常に自然な日本語になっているのに対し、ルパンものの翻訳を担当している堀口大学さんの訳文がものすごく癖のある文体で、これもルパンものを敬遠する遠因となったのでした。とりわけ堀口訳では、ルパンは自分のことを「わし」って呼ぶんですけど、強盗紳士たるルパンが「わし」なんて言いますかね?? しかし。 しかし、ですね。このところそのルパンものの代表作、『813』と『続813』を読み直すチャンスがあったのですが、それこそ30年以上ぶりでこれらの作品を読み直してみたら、これがまたやたらと面白いわけ。ああ、ルパンって面白いんだ、って、あらためて思い直しました。 もちろん作品の内容についてはほとんど覚えていて、「次にこういうセリフが来るぞ」というところまで覚えていましたけど、そういうことも全部含めてすごく面白かった。 でね、子供の頃には嫌で仕方がなかった堀口大学さんの訳文が、この歳になると面白くて仕方がない。例えば「そいつは豪気だ」とか、「ありゃさのこりゃさ」とか、「わしがルパンだ。元気者のルパンだよ」なんて訳に出くわす度に、もう「最高!」って思えてきます。 あと、堀口大学訳のすごい特色の一つは、「これは」という言葉の挿入位置。例えば「長身、痩躯、まだ若い中年のこれは人物だ」「流行遅れの形と羊羹色に褪せたその色合いとで有名な、これは古フロックだった」「三十五歳から四十歳とおぼしき年恰好のこれは紳士だ」みたいな感じで、「これは」という言葉が文末に近いところに来るわけ。気になるでしょ? でも、久し振りにこの文体に触れたら、もう懐かしさで一杯。やっぱり、堀口大学訳はこうでなきゃ、って思いましたわ。 というわけで、この秋はルパン・シリーズをもう一度全部読破してやろうと思っているワタクシなのでした。 ところで、アメリカ文学を研究する者としてちょっと疑問があるのですが、ルパンってのは、アメリカではどのくらい受け入れられているんでしょうかね? そう思うには理由があって、1950年代、アメリカのペーパーバック・ブームの中で、あれだけ色々な世界文学がペーパーバック化されたにも関わらず、ルパンものは一つもペーパーバック化されていないんですよね・・・。ルブランの作品ではかろうじて『Wanton Venus』という作品がペーパーバック化されていますが、これはルパンものではありません。もちろん一方のシャーロック・ホームズものはあれこれペーパーバック化されているのですから、これは非常に面白い現象と言わなければなりますまい。 アメリカにおけるルパン。なんか、面白そうな研究テーマになりそうですねえ・・・。 なーんて、そういう下心も抱きつつ、今日も今日とて、怪盗紳士に心を盗まれそうなワタクシなのでした。今日も、いい日だ!
October 19, 2007
コメント(0)
広島の学会で、石川好さんの講演を聞きました。 石川好さんっていうのは、1960年代に「移民船」に乗ってアメリカはカリフォルニアに向い、当地で農業に従事した経験を『ストロベリー・ロード』という作品にまとめ、それで知られるようになった物書きですけど、その後どういう経緯だか東北の方の大学の学長さんを勤めたりした後、今は中国に夢中で、日本と中国を頻繁に行き来する生活なのだそうです。 で、そんな石川さんですから、話題の中心は中国のことになるのは当然でしょう。何しろ実際に中国のあちこちに行って見聞している石川さんの中国談ですから、「ほ、ほう」と思うことも多かった。 例えば、我々日本人が見る現代中国というのは、オリンピック景気に沸くバブル真っ只中の国という感じで、事実その通りなんですが、そんな中国には「農民」と呼ばれる人口が3千万もあって、これが彼の国の政府にとって悩みの種だ、というのですな。 というと、そりゃあんなに大きな国だもの、農民が3千万人いたって不思議があるものか、と思いますが、この「農民」というのは、日本で言う「農民」とはわけが違うのだそうで。 つまり、中国で「農民」というのは、4千年前と変わらぬ生活をしている未開の人々のことを指すんですな。日が昇れば起き出して畑仕事でもし、日が暮れれば床に就く。今日が西暦何年かも知らず、自分たちが地球上のどこに住んでいるかも知らず、文明の利器など見たこともない、という人たち。当然、自分たちが「中国人」であるという自覚すらない。そういう、統治しようにもしようがない連中が国土の中に3千万もいたら、これはやっぱり大変なことでしょう。 で、ことは「農民」に限らないのであって、満州の方に行けば人種的には朝鮮民族である「中国人」がいるわけだし、モンゴルの方に行けば人種的にはモンゴル人である「中国人」がいる。チベット方面もまたしかり。そういう連中は、みな括弧付きの中国人なのであって、自分たちが中国人であることの自覚も誇りもさほどない連中だったりする。そういう多種多様な人種・民族からなるあの広大な国土を、曲がりなりにも統治しようという中国政府の苦労たるや、ものすごいものがある、と、石川さんはおっしゃるわけ。 ですから、中国は共産党による一党独裁ですけど、そうじゃなきゃやってられない、というんですな。せめて政府の中だけでも一枚岩じゃなきゃ、あんな茫洋とした国を治められないわけですよ。 で、とにもかくにも中国は、毛沢東の作り上げた「共産中国」という理念によって、何とかこの多種多様な民族群を囲い込み、中国人たる自覚と誇りを無理やりにでも植えつけ、彼らを真正なる中国人に仕立て上げようとやっきになっている。中国が国境問題に非常に神経を尖らすのもここに原因がある、と石川さんは指摘しておられました。「中国ってのはこの国境線の内側全部だ、この中にいる奴は全員中国人だ」と言うのは、多民族の「中国化」を促す際、最も分かりやすい説明になりますからね。 ところで、この国家形成のプロセスは、何か別の国に似ていないだろうか? ・・・と、石川さんはおっしゃいます。そう、こういう中国の「国造り」は、アメリカの「国造り」とそっくりではないかと。アメリカもまた、移民という形で様々な国から人々を受け入れ、それを「自由の国・アメリカ」という理念によってアメリカ人に仕立てながら、国を造ってきたわけですから。つまり、中国もアメリカも、それぞれ「中国人」「アメリカ人」というフィクションを自国民に(あるいは外部に)信じ込ませることにやっきになってきた国なんですな。 ただ、アメリカが国造りをゼロからスタートすることができたのに対し、中国の場合は一つの国の中に「有史以前の人々」「産業革命をくぐり抜けつつある人々」「バブルを謳歌している人々」といったような様々な歴史段階の只中にいる人々がいる。それをまとめようというのですから、ある意味アメリカよりもはるかにしんどいことをやっているわけですが。 ところで、そんなフィクショナルな国・中国では、最近になってようやく「小説」なるものが生まれつつあるんだそうです。 え、じゃ、今まで中国には「小説」はなかったの? と思ってしまいますが、彼の国では、重要な言説というのは国家を論じ政治を論ずる「大説」であって、男が女に惚れただの、別れただのといったことを描く「小説」なんてものには価値がないと思われていたんですって。ところが、さすがに少なくとも国の一部で「バブル経済」なんかが起こる時代になった今、中国ではこの種の人生の機微を描く文学作品が生まれつつあるのだそうで。 で、その中国の新たな「小説」なるものは、案外、「アメリカ文学」的なものではないか、と石川さんはおっしゃいます。国の成り立ち、国造りのプロセスがこれだけ似ている多民族社会から生まれるものですから、当然そうなるだろうと。 だとしたら、中国の新しい文学を正当に評価できるのは、ひょっとしてアメリカ文学を研究している人たちなのではないか・・・。 ま、これが中国好きの石川さんが、我々アメリカ文学の研究者に対してなされたお話の、落とし処だったんですけどね。私なんぞは根が素直ですから、こういうことを言われると、「ほう、そんなもんかねえ」とすぐ思ってしまいますが、皆さんはいかがですか? というわけで、石川好さんの講演、私は面白く伺いました。少なくとも中国という国について、少しは啓蒙されましたからね。広島まで行って学会に参加した甲斐があったというものでございますよ。 さてさて、3日間にわたって綴ってきた広島学会ツアーの詳細はこれにて終了。明日からはまた日々のよしなしごとについてのしょーもない考察に戻ります。それでは皆さん、明日からの「教授のお気楽日記」にもご期待くださーい。
October 18, 2007
コメント(6)
学会がらみで訪れた広島。実は私にとっては2度目の広島行だったのですが、前回は宮島を急ぎ足で見た他には何も観光らしいことをしなかったもので、今回こそは見るべきところを見ようという心づもりでおりました。 もちろん、「見るべきところ」というのは「広島平和記念資料館」のことでございます。 で、実際にここを見学してみて、この国に生まれた者として、一度はここを訪れなきゃいかんな、という感じがしましたですねえ・・・。原爆の熱戦を浴び、「火傷」どころか、ほとんど「黒焦げ」になった人々の写真。むごたらしくケロイド状になった火傷痕の写真。持ち主に食べられることなく炭になってしまった弁当の実物。原爆の閃光によって付いたと思しき石段の上の人型の影。あるいはまた原爆を実体験した人々の体験談。一瞬にして焼け野原になった当時の広島の風景写真。そういうものを見て回り、聞いて回るうちに、この世の地獄という言葉が自然と心に浮かんできます。 ま、銃で撃たれて死ぬのと、地雷を踏んで死ぬのと、原爆で死ぬのと、どれがより無残で、どれがより人間的か、なんて決められるもんではありませんし、あの戦争で日本が他国にどれほどの苦痛を与えたかということもありますが、それにしてもその大半が非戦闘員であるところの14万人の命を一瞬のうちに、あるいは時間をかけて、奪うようなことは断じて間違いであるとしか言いようがありませんなあ。 しかし、それでもこの資料館を数多くの人が訪れていること、またその人たちが館内で原爆の恐ろしさを語りかけているボランティアの人たちの話に真剣に耳を傾けている様子を見るにつけ、また日本人だけでなく多くの外国人の人たちが熱心に当時の広島の惨状のことを学ぼうとしているのを見るにつけ、こういう人たちがいる限りは、まだ人の世も捨てたものではないという気にもなりました。外国人の若い女性が、無残に焼けただれた被爆者たちの写真の前で泣いていましたけれど、こういう人たちの涙こそが、広島の鎮魂となるのでしょう。 さて、この他に広島で私が見たものと言いますと、「ひろしま美術館」と「広島市現代美術館」の2つ。前者は印象派以降の名作がかなりの数揃っていて、なかなか見応えがありました。また後者ではたまたま大竹伸朗の作品の展覧会が開かれていて、昨年、東京で開かれた大竹の大展覧会を見損なった私としては、いい機会となりました。 それにしても大竹伸朗の創作エネルギーってのはすごいね。ま、あの膨大な作品群の中で、私が「これは欲しい」と思ったのがわずかに数点であった、という事実はあるにせよ、とにかくあれだけの量の作品を作ってしまう彼のパワーには圧倒されますな。 またもう一つ、広島市現代美術館で同時開催されていた「マネートーク」という展覧会もなかなか面白かった。これは同美術館に収蔵されている作品を、値札つきで公開するという試みなんですが、普段、美術館の展示に値段が提示されていることなどないわけですから、これは相当斬新な展覧会と言っていいでしょう。 ま、人は誰しも「有名な画家の絵は高い」とか、「優れた作品は高い」と思っているわけですよ。しかし今回の展示を見ていると、こういうナチュラルな価値観が崩壊します。つまり、「え? こんな下らない作品が5000万円もしたのかよ!」とか、「広島市の人間は、こんな作品にこんな膨大な税金使われて、腹が立たないのか!」と言いたくなるようなケースがぼろぼろ出てくるわけです。となると当然、「芸術の価値」なるものと「貨幣価値」なるものが、どうつながっているのか、いないのか、その辺の混沌について否応なく考えさせられることにもなる。通常、芸術作品を値段で語ることはタブー視されていますから、こういう体験はめったにできるものではありません。その意味で、広島市美術館の「マネートーク」の企画は、相当勇気のいることではあったでしょうが、なかなか面白い試みでした。 さて、これら2つの美術館巡りに加えてもう一つ私が観光したのは、広島から電車で小一時間ほど西へ行った岩国でした。錦帯橋で有名な街ですね。 で、錦帯橋も渡ってきましたけど、これは形といい、この橋を作り上げた技術といい、素晴らしいものでした。こんなすごい橋を1670年代、つまり江戸時代に作り上げた日本人の技術力にはほとんど脱帽ですな。聞くところによると、あんまり何度も橋が川に流されるのに悩んだ当時の藩主が、中国の本の中に描いてあった橋の絵を見せて、こういうのを作れと大工たちに命じ、大工たちはこの絵だけを頼りにあのアーチ型の橋の構造を完成させたのだそうですが、先進国の情報をいち早く摂取した藩主も偉いし、そんな頼りない情報から現実の用に足る橋を作ってしまう大工たちも偉い。ほんと、昔の日本人ってのは、つくづくすごいもんですね。 ってなわけで、「学会がらみ」と言っている割にはあちこちを観光したワタクシですけれど、とにかく色々な意味で勉強させられました。やはり、旅をすると、見聞が広がります。ちなみにワタクシ、今は岩国訪問にちなんで宇野千代の『おはん』という小説を読んでおります。宇野千代ってのは、岩国出身だそうですのでね。これもまた、旅を機に勉強の種をもらったようなものです。 さて、長々と「観光編」を綴って参りましたが、明日は「学会でお勉強編」と参りましょう。それでは、また。お休みなさーい!
October 17, 2007
コメント(4)
広島では色々なものを食べました。 まずは牡蠣料理。バター焼き、焼き牡蠣と食べましたが、やはり焼き牡蠣が旨かったかなあ。それから「小イワシ」というのもこの地方の名物なんですが、「KAZUMARU」という店で刺身で食べた小イワシも旨かった。生臭いところなんて全然なくって。 それから、もちろん広島風お好み焼き。これは2回食べましたが、「てっぱん屋」という店で食べた奴はさすがに旨かった。その一方、「大山のぶ代さんご推薦」みたいな宣伝文句を掲げていた某店のものは全然ダメ。店によって味のレベルが随分違うので、おいしいところで食べないと広島風お好み焼きの真価は分からない、ということが分かりました。ご注意、ご注意。それなりに時間をかけて焼いてくれる店はおいしいですが、注文して1分も経たないうちに出てくるような店はあまりおすすめできません。 それから「アナゴ飯」もおいしかった。これも瀬戸内海に面する川の多い街ならではの料理で、アナゴの出汁で炊いた味つきのご飯の上に、蒲焼にしたアナゴを刻んだものを乗せて食べる丼ものなんですけど、アナゴの食感・歯触りが鰻のそれとはまた若干違って、これがまた美味なんですなあ。 またちょっと足を伸ばして訪れた岩国の「よ志だ」で食べた岩国寿司もなかなかのものでしたね。が、同時に供されたこの店独自の「山女にゅうめん」の方がより印象的だったかも。山女の出汁が、実にいい味を出しているんだ、これが・・・。 というわけでA級グルメ・B級グルメ合わせて色々食べましたが、総じて広島で食べたものはおいしかったです。一方、一番つまらなかったのは、学会の懇親会で食べた立食パーティー料理ですかね。ま、こればっかりはどこで食べても同じ、というようなものばかりですから、仕方がないんですが・・・。 ま、一つ心残りは「広島風つけ麺」を食べそこなったことでしょうか。でも、来年の5月にもう一度広島で大きな学会があるそうなので、その時にはこのつけ麺にチャレンジすることにしましょう。 というわけで、今日は広島紀行・グルメ編でしたが、明日は広島紀行・観光編をお届けします。お楽しみに~!
October 16, 2007
コメント(2)
広島旅行から・・・おっと、もとい。 広島での「学会」から舞い戻ってまいりますたー。 いや~、疲れましたけど、なかなか面白かったですよ。おいしいものもあれこれ食べましたしね。 ところで、広島から名古屋に舞い戻って見ると、名古屋ってのはなかなか大きい街だなあとあらためて思います。つい先程まで旅人の目で広島の街並みを眺めていたわけですが、その旅人の目をいわば「持ち帰って」、それでもってあらためて名古屋の街並みを見てみると、ああ、名古屋ってこういう街なんだ、って思います。広島だって、相当大きい街のはずですけどね。 旅に出ると、自分が今住んでいるところがどういうところか分かる。そういうことって、ありますよね。 そう言えば、小・中学校と私立の附属学校で学んだ私は、高校で別な私立高校に進学した時、それまで通っていた学校がいかに特殊なところであったか、よーく分かりましたし。 そして大学・大学院と通っていたところを卒業し、教員として別な大学で教えるようになって、自分の通っていた大学・大学院がいかに特殊なところであったかも分かりました。 つまり本当の理解ってのは、いつだってワンテンポ遅れてくるってことなんでしょう。 だから人は旅に出て、いろんなことを体験しないと、ダメですな。一つところにずっといちゃ、いけません。脱皮するようにあちこち動かないと、 ま、それはさておき、今回の旅で見聞きしたことは明日以降、語っちゃいますので、お楽しみに! それでは、お休みなさーい!
October 15, 2007
コメント(6)
いや~、前代未聞の事態勃発! 非常勤講師の先生が「蒸発」してしまいましたぁ! ガーン! この先生、50代後半の方で、これまで長いことうちの大学で非常勤講師をお願いしていたのですが、どうしたわけか、この10月からの授業に全然姿を見せないんです。もちろん、無断で、ね。 この先生、もともと捕まえ難い方で、以前から早朝・深夜を問わず自宅に電話をかけても電話に出たためしがないというもっぱらの評判・・・。もちろんファックスを出しても梨のつぶて。しかも今回はケータイも解約したようで、もはや連絡のつけようがないんです。しかも、噂によると「自宅」そのものも、既に引き払っているようで・・・。 でも、この先生にお願いしている授業は必修の授業なので、このまま無断欠勤が続くとなると、非常に困るんですよね~。 それにしても、どうしちゃったんだろう。今まで、こういう形で大学に迷惑をかけるということのない先生だったんですけどね。学生の評判だって、決して悪くなかったし・・・。 ひょっとして、どこかで行き倒れたとか・・・。 「そんなはずない」と思ったあなた! 大学の世界では、意外とあるんですよ、行き倒れ。 特に多いのが「非常勤講師」と名のつく方々。もちろん本務校があればいいのですが、何らかの理由で専任講師になりそこね、ずーっと非常勤だけで食いつないでいる場合、何しろ数をこなさないと生活出来ないですから、大学を2つも3つも掛け持ちし、「週12コマ」みたいな殺人的なスケジュールを長年続けざるを得なかったりするわけですよ。 私の同僚の先輩など、やはりこういう状況で長年非常勤暮らしを続け、中年に差し掛かった時、とあるデパートのトイレで脳卒中を起こし、そのまま植物人間になってしまったそうですし。悲惨なもんです。今回、謎の欠勤を続けている非常勤の先生も、50代後半にして独り身でしたから、たとえどこかで倒れていても、誰も助けにいけないですからね・・・。 ということで、マジでうちの大学が警察に「捜索願」を出すべきなんじゃないか、という話も出ているくらいなんですけど、さて、どうなりますことやら・・・。 そういうことを考えると、専任でいられるってのは、幸福なことなんですなあ・・・。お天道様に感謝しないといけませんね。文句いわずに、働こうっと。 さて、今週末の私ですが、土曜・日曜と広島で学会です。何だか毎週、出張しているようですけど、秋というのは学会シーズンなんでね。というわけで明日から数日、このブログの更新も止まりますが、別に「蒸発」したわけではないのでご心配なく! 帰って来たら広島で食べた牡蠣や穴子やもみじ饅頭のレポートをしますので、乞うご期待です。それでは皆様もよい週末を!
October 11, 2007
コメント(0)
長い夏休みを経て、今日は久々にゼミ生たち(全員女子)に会いました。 で、夏の間の出来事などを聞いていると、活発に動き回った子もいて、例えばリュック背負ってイギリス・イタリア・フランス・スペインと経巡ってきた奴あり、ハワイでサーフィンにチャレンジしてきた奴ありといった調子。なかなか楽しかったようです。 が、そんな中、元気のない子が二人。問えば、一昨日彼氏と別れたとか、今、彼とうまく行っていないとか、そういうことらしい。 その「うまく行っていない」方は、バレー部の主将か何かと付き合っているのですが、元々「束縛されたくない」男らしく、つき合い初めはともかく、最近ではメールしても電話しても全然応答してくれないのだとか。 で、先日思いあまってその人の家に直接行って「私たち、今、どうなっているの?」と聞きに行った(爆!)らしいのですが、相手はあまりハッキリしたことを言わないのだそうで。 しかし、それでも一言引き出したのは、「今、オレにとって一番重要なのはバレーだから・・・」とのこと。可哀想に私のゼミ生は「たかがボールに負けたかと思うと悲しくて・・・」と言っていました。 で、その話を聞いていた「一昨日、別れたばっかり」の子は、「私もそう・・・」と言いだして・・・。 彼女によると、その付き合っていた男というのが頭の悪い男で、一度にあれもこれも出来ない、と言っているらしいんですな。で、「卒論の勉強と、就職試験と、部活と、お前。この中で一つ切るとしたら、お前」って言われたんですって! なんか、釈迦楽ゼミの面々、あまりいい恋愛をしていないようで・・・。 ま、そういうのも含めて「青春」なのかも知れませんけどね。しかし、世の中にはもっとマシな男もいるわけですから、一つ見る目を磨いて、もっと彼女たちにふさわしい彼氏を見つけてもらいたいもんです。 とりわけ彼女たちの場合、目の前に「いい男」の典型例がいるんだからね~! それはともかく、夏休みが終われば、卒論一色。これから「卒論」というものを仲介にして、ゼミ生一人一人との格闘が始まります。この試練を通してはじめて、人間的により深く理解しあえるというところがありますから、厳しいですけど、楽しみでもあります。 さて、今年のゼミ生たちは、それぞれどんな卒論を仕上げることになるのか。いよいよ今年度釈迦楽ゼミの本格始動です!
October 10, 2007
コメント(6)
今、テレビCMで小林聡美がコロッケサンド作るのがあるじゃないですか。多分「かもめ食堂」からの引用じゃないかと思うのですが。 あれ見てたら誰だって無闇にコロッケサンドが食べたくなるわけでして。 で、ついに今日、夕食にコロッケサンドを作って食べちゃった釈迦楽家なのでございます。 なーに、作り方は簡単。おいしいイギリス食パンを買ってきて適当な厚さにスライス。軽くトーストした後、キャベツの千切りを適宜のせ、そこへスーパーの惣菜コーナーで調達してきたコロッケを乗っけるだけ。ソースは我が家愛用の「ブルドッグ」の中濃ソースに、ハインツのトマトケチャップを半々くらいに混ぜたものを用いました。で、このコロッケサンドを家内特製の「人参のスープ」&「トマトサラダ」と共に食べたら・・・ めちゃくちゃ、うまーい! というわけで、簡単で安上がりな割に、何となく楽しい夕食となったのでございます。皆さんも、お試しあれ! ところで、夕食としては、コロッケサンド一つだけでは若干足りないかなと思ったワタクシ、つい惣菜コーナーでコロッケの隣にあった「アメリカンドッグ」を買ってしまいました。だって、ほれ、ああいう「揚げ物コーナー」みたいなところを見ていると、「ハムカツ」だとか「アジフライ」だとか「鶉の卵の串揚げ」とか、そこに置いてあるものをついつい買いたくなるじゃないですか! でね、そのアメリカンドッグ(1本60円ナリ)も結局食べちゃったんですけど・・・これもまた結構うまかった! ワタクシ、あれ結構好きなんですよね。時々、高速道路のサービスエリアなんかで買って食べるんですけど。 しかし、あれって・・・「アメリカン」とは言い条、実はメイド・イン・アメリカの品物じゃないですよね、たしか。名古屋で有名な「台湾ラーメン」が本場台湾には存在しないのと同じく、「アメリカにゃ、そんなものねーよ」の世界なんでしょ? だったら、アメリカンドッグを本場に持っていって売ったら、結構、評判になったりするんじゃないのかしら? アメリカ人が好きそうな味ですもん。あれ、マスタードとケチャップをたっぷりつけてアメリカの野球場とかで売ったら、受けると思うけどなあ。 はーい。このブログをお読みの投資家(そんな人がいるとして・・・)の皆しゃーん! このアイディア、買いませんかー? 一緒に組んで、「釈迦楽印のアメリカンドッグ」をアメリカで売りましょうよーん! こいつで一儲けして、ビバリーヒルズに「ドッグ御殿」建てて、アメリカンドッグの形をした浮輪に乗っかって自宅のプールに浮いてみたい! ということで、そこんとこ一つよろしく!
October 9, 2007
コメント(4)
今日は名古屋に戻る日。でもその前にお楽しみを一つ。 というわけで、今日は両親を連れて「世田谷文学館」なるところへ行き、今開催中の「植草甚一 マイ・フェイヴァリット・シングス」という展覧会を見てきました。 このブログでもしばしば話題に取り上げていますが、私は植草甚一という人が好きで、興味があるんです。だから、今回の展覧会はぜひ見ておきたかったんですな。何しろ植草さんみたいに「作家でもない、画家でもない」という人の場合、なかなか「展覧会」になり難いわけで、今回のような展覧会は見ておかないと、次、いつチャンスがあるか分かりませんからね。 植草甚一は小田急線の「経堂」に居を構えていたので、世田谷文学館が「ゆかりの文人」として取り上げたのだと思いますが、展示室は4部屋くらいあったかな? 展示品は所蔵のペーパーバックなどの本、レコード・ジャケット、色々な人に宛てたイラストやコラージュ入りの手紙、雑誌『ユリイカ』の表紙を飾った彼のコラージュ、『スイングジャーナル』誌の連載の抄録、彼が編集を担当していた時代の『ワンダーランド』誌・『宝島』誌、著作集、植草さんを写した写真の数々、それに各種遺品といった感じ。そんなに大規模な展覧会ではなかったですけど、それでも植草さんの手紙や原稿、それにコラージュなどの作品がそれなりの数見られたのはよかったかな。 それから、植草さんがインタビューに答えている様子がCDに録音されていて、それを自由に聞けるようになっていたので、私は初めて彼の声を聞きました。ま、彼の容姿から想像された通りの声でしたね。彼が亡くなる前年(1978年)の録音でしたが、ゆっくりした調子ではあったものの、インタビュアーの質問には的確に答えていましたから、年老いてなお頭の回転は少しも衰えていないという感じでしたね。 あ、あと、植草さんの葬儀の模様を写した写真がありましたが、さすがジャズをこよなく愛した植草さんの葬儀だけに、日野皓正と渡辺貞夫がそれぞれ仏前で演奏しているんですよね。あれはちょっとカッコいいなあ! それにしてもあれだけ膨大な量の著作、コラージュ作品などを50歳くらいで勤め先を辞めてからの20年間で残したというのですから、すごいもんですなあ。一体、毎日どのくらいのペースで書いていたものやら! というわけで、様々な感慨を抱きつつ、私は植草甚一展を堪能したのでございます。 ところで、この世田谷文学館でもう一つ、感慨しつつ堪能したことがありました。それは何かと言いますと・・・ 駐車場でーす。 ここの駐車場は、すごいです。こんなの初めて体験しました。 パッと見、どこにでもある「立体駐車場」なんですが、さにあらず。 まず車を立体駐車場に停める時みたいに、ガーっと突っ込んでとめるじゃないですか。でも、ここで車を降りないんですね。じゃ、どうなるかと言いますと、なんと乗員が全員、車に乗ったまま、後ろのシャッターが閉まり、その後車ごと下降していくんです。ひゃー! 車のエレベータになっているんだ! で、地階に着いたなーと思うと、今度はおもむろにターンテーブルが回転するわけ。そして90度くらい回転したかなという頃、先程とは反対方向(つまり前面)のシャッターがガーっと開いて、そこから車を出し、自走して地階の駐車場の好きなところに車を駐車する、と。 つまり、立体駐車場と自走式駐車場が合体した駐車場だったのでありまーす。もうね、気分は完全に「サンダーバード」です。感動! いやー、面白かった~。駐車場に車とめるためだけでも、世田谷文学館にまた行きたいなー。 というわけで、東京周辺にお住まいの方、できれば自家用車に乗って世田谷文学館を訪れ、駐車場を楽しみつつ、植草甚一展をご覧になって下さい。どちらも面白いですよ。教授のおすすめ!です。 さて、そんなお楽しみもありつつ、夕方から東名をかっ飛ばして名古屋に戻ってきたワタクシ。三連休もせわしなく過ぎ去って、明日からはまた労働の日々ですけど、頑張りマース。皆様も、連休、お疲れさまでした。それでは、お休みなさーい。
October 8, 2007
コメント(0)
今日は都内某所で学会関連の会議がありました。 で、会議自体は思っていたよりも早く終わったので、帰りに新宿のタワーレコードに寄ってジャズのCDを何枚かゲット! 今日買ったのはレッド・ガーランド(ピアノ)の『When There Are Grey Skies』、スタン・ゲッツ(テナーサックス)の『スウィート・レイン』、そして最後はマイルス・デイヴィス(トランペット)の『リラクシン』です。 レッド・ガーランドはマイルス・デイヴィスのクインテッドでピアノ弾いていた人ですが、これはその人をフィーチャーしたピアノ・トリオもので、中期の傑作、ということになっている作品。ま、派手さはないですが、堅実なピアノでなかなかよろしい。ただ私の好みとしては「I Ain't Got Nobody」のような人口に膾炙した歌なんかレパートリーに入れない方がいいんだけどなあ。 スタン・ゲッツの『スウィート・レイン』では、脇でチック・コリアがピアノを弾いているんですけど、このピアノはいかにもチック・コリアらしいもので、彼の傑作『Now He Sings, Now He Sobs』を彷彿とするような、いかしたピアノが聴ける点で、二重においしいアルバムと言えましょう。 最後、『リラクシン』は、まだ今の段階では聴いていないんです。でも、ワタクシ、最近マイルス・デイヴィスの良さがあらためて分かって来たような気がしているので、このアルバムで自分の理解度を確かめてみたい、と思っていたんですよね。ですから、あとで聴くのが楽しみ。 それにしても、さすがに東京は大きなCDショップがあちこちにあって、探していたCDの実物が簡単に手に入りますなあ。そこはやっぱり大したもので。CDショップだけでなく、ありとあらゆるお店があるから、買い物をするとなったら相当楽しいことでしょう。 が、その反面、どこへ行っても人・人・人。ま、今日は休日ということもあるのでしょうけど、まともにまっすぐ道が歩けないほどの新宿の人出にはもうウンザリ・・・。街を歩くだけで疲れちゃう。こういう東京のあり方が、パワフルでいいという人もいると思いますが、ワタクシはもう既に枯れてしまって、とてもじゃないけどこんなところには住めないと思いましたね。 で、新宿から電車で40分、郊外にある実家近くの駅に降り立ったら、ようやく人心地がしました。 そして、住宅街を自宅までテクテク歩いていたら、どこからともなくキンモクセイのいい香りが! まさに大都会を逃げ出した田舎のネズミが、ほっと安堵のため息をついた瞬間でしたよ。 かくして、やっぱ自分には大都会より自然の中の方が似合うな、と思った今日のワタクシだったのでした。今日も、いい日だ!
October 7, 2007
コメント(0)
朝青龍問題に続き、時津風部屋騒動で大揺れの相撲協会。こんな時に理事長やってる北の湖さんも運が悪いね。 「監督責任」と人は軽々しく言いますけど、普通そこまで責任持てないんじゃないの? しかし、それは考え方次第ですから百歩譲りますけど、今回の件をめぐるコメンテイターたちのコメントや、マスコミの報道については、私、色々疑問がありますなあ。 例えば、この問題が浮上してきた時、相撲協会の対応の遅さに対して多くのコメンテイターが「ことの重大性を認識していないのではないか」と異口同音に批判していましたけど、それは違うんじゃないかしら。 私思うに、多分相撲協会としては、「やばい、時津風の奴、やっちまったな!」と思ったんじゃないでしょうか。やりかねないことをやってしまった、それで人が死んでしまった。こりゃ、まずいことになったなあ、と思ったんでしょうよ。で、できればあんまり波風立たないうちに、うやむやになってくれればいいと思ったんじゃないでしょうか。 だから、ことの重大さを認識していないのではなく、認識していたからこそ、のらりくらりとした対応をしたんでしょ? それを「ことの重大性を認識していない」と批判するのは、当たらないですよね。批判するなら、「ここまでおおっぴらになっちゃったら言い逃れは出来ないんだから、さっさと観念しろ」と批判すべきですわ。 また時津風親方の処分についても、当初北の湖理事長が「警察の捜査の結果を待って・・・」と言っていたのに対し、マスコミは「警察とは関係なく、協会としての処分を決めろ」の大合唱でした。 で、仕方なく北の湖理事長が動いて「解雇」という処分をしたわけですけど、そしたら今度は「警察の捜査前の処分には賛否両論」などという報道をするんですからねー。 じゃ、どうしろって言うんですかね。 ほんと、日本のマスコミって定見がないね。当初、「協会は独自に処分しろ」という趣旨の報道をしたのであれば、「解雇処分」が発表された段階で「よくやった」と褒めてやるべきなのに、今度は手のひらを返したように「時期尚早」だなんて書くとは・・・。まったく、恥を知れといいたいですね。 それも「・・・と識者(世間)が言っている」という形で、「自分たちはただ皆さんの意見を紹介しているだけです」みたいなスタンスをとるところも、憎らしいったらありゃしない。 私個人としては、北の湖理事長が当初考えていたであろうように、警察沙汰になった以上、捜査は警察に任せ、逮捕されるというようなアクションが起こった段階で、協会としての処分を出せばよかったんだろうと思いますけど、でも、今の状況では結局何をやっても批判されるんだからなー。可哀相なもんですわ。 でも、今後相撲部屋ってどうなっちゃうんだろう。「稽古が厳しいから家に帰ります」と新弟子が言い出したら、「そうお、じゃ、玄関まで見送るね」とか言わないといけないのかしら。稽古サボっている奴を親方が竹刀で叩こうものなら、裁判沙汰になるのかしら。 今から20年くらい前まで、相撲部屋のしごき風景なんか、NHKの番組で平気で全国放映してましたよ。相撲の稽古ってのは、そういうもんだと思ってましたもん。今、あんなの放映したら、途端に抗議の電話が殺到するんだろうな。 ま、何だか結論がぼやけちゃいましたけど、色々おかしな世の中でございます。 それにしても、今回の件でいきなり時津風部屋の後継者にさせられそうな時津海、どうなるんでしょうか。33歳、そろそろ地位的には先が見えてくるころですが、本人としてはまだ幕内で相撲がとれると思っているでしょう。しかし、今現役を退けば名門時津風部屋を継承し、時津風一門の総帥になれるわけですからね。現役続行か、現役を諦めて親方としていい地位を得るか。悩ましい選択ですなあ。私は力士としての時津海が割と好きなので、彼の身の振り方には興味津々です。 さて、今日の私ですが、現在東京の実家に戻っております。明日、学会関連の会議が開かれるもんでね。せっかくの3連休が台無し・・・ですけど、これもお役目。せいぜい都会の空気でも吸ってくることにいたしましょう。
October 6, 2007
コメント(2)
私、教養英語(リーディング)の授業で、映画のシナリオを読むことが多いのですが、後期には『ロストワールド(ジュラシックパーク2)』を読む予定なんです。毎週シナリオを読みつつ、その週に読んだ分だけ映画版を見せるという趣向なんですな。 というわけで、その準備として、先日私費を投じてこの映画のビデオを注文しておいたわけ。ま、もちろん中古ビデオですから、安いんですけどね。 で、そいつが10日ほど前に届いていたんですけど、買ったこと自体にすっかり満足してしまった私は、包みを開けても見なかったと・・・。 で、いよいよ来週から授業で使うということになり、一応は事前にチェックしておこうかと、その買ったビデオをちょっとだけ見てみたんです。すると・・・ ん? あれ? なんか・・・ちょっと・・・? 変じゃない・・・かな・・・? ま、映画の冒頭で科学者の会議みたいなのがあり、そこである科学者が恐竜の存在を主張するんです。当然、彼は学者仲間から笑われます。しかしその科学者は、恐竜の実在の証拠があるとあくまで言い募り、疑うなら一緒に南米に行こうじゃないかと言い出す。で、この彼の挑戦に応じて、何人かの男たちが「それじゃ、一緒に南米に行って、恐竜とやらを見てやろうじゃないか」という話になる、と・・・。 うーん、何となく話自体はちょっと似ているんですけど、なーんか変なんだよなー。それに、登場人物の服装が妙に古めかしいし・・・。『ロストワールド』って、こんな風に始まるんだっけ・・・。 で、ビデオのパッケージをしげしげと見直して、ようやく分かりました。 これ、たしかに『ザ・ロストワールド』というタイトルの映画なんですけど、『ジュラシックパーク』の続編としての『ロストワールド』とはまったく別な映画でした~! ガーン!! ひゃー。私費を投じて買ったのに、別な映画のビデオ買っちまった・・・。 も~! 紛らわしいタイトルの映画作るなよ~! というわけで、今日は仕方なく、急遽あらためて本物の『ロストワールド』のビデオを買い直すことになってしまったのでした。トホホ・・・。偽物のおかげで、お金をロストしちゃったよーん!
October 5, 2007
コメント(7)
ある用で「テレビ界で抜擢された新人が・・・」というような日本語の文章を英訳する必要に迫られ、「新人」をどう訳すか、「newcomer」でいいのか、それとも俳優だから「new face」の方が感じが出るか、それとももっといい言い方があるのか、なんてことを考えながら和英辞書を引いてみた私。引いた辞書は研究社の『新和英大辞典』(第五版)です。 ちなみに、研究社の『新和英大辞典』というのは、我が国に数ある和英辞典の中でも最大級にして最良の辞書であり、少なくとも英語を生業の一部としているような人間なら一応は机上に一冊備えているべきものであります。全部で2827ページですから、相当巨大な辞書です。 で、この権威ある辞書で「新人」という項目を引いてみたところ、「newcomer」「new face」に加えて「new star」「new talent」など、色々な言い方が挙がっている。なるほど、なるほど。 しかし、私が注目したのは、ここに挙がっていた「例文」です。なんとこの大真面目な権威ある和英大辞典の「新人」の項目に示された例文は以下のようなものであったのでございます。 「主演 豊川悦司、井川遙(新人)」→「Starring Toyokawa Etuji and introducing Igawa Haruka」 ほ、ほう! 我が国最大・最良の大和英辞典に、豊川悦司と井川遙はその名を刻んでいたのでしたか!! しかし、何故に豊川悦司&井川遙? そう思った私は、この二人の俳優の名前を連ねてネット検索してみた、と。 すると! 『ドッグ・スター』なる映画の名前が浮上してきたではありませんか! この映画で豊悦と井川は共演しているんですな。しかもこの映画は2002年の封切り、そして研究社の『新和英大辞典』(第五版)の初版の出版年は2003年です。 なーるほど! この辞書のこの項目の執筆者は、『ドッグ・スター』なる映画を見て、この例文を案出したんだな! しっかし、『ドッグ・スター』なんて映画、聞いたこともないぞ? と思ってさらに検索してみると、どうやらこの映画は「年老いた盲導犬が、人間の男(豊悦)の姿を借りて、小犬の頃に一緒に暮らしていたある少女(井川)に会いに行く」という筋書きのファンタジーなんだそうで・・・。 なんだ、そりゃ? ま、とにかく、そういう非常にマイナーな映画で豊悦と井川が共演し、それがもとになって天下の『大和英』にこの二人の名が刻まれたわけですよ。 人生、何がどういう結果をもたらすか知れたもんじゃないということですな。豊悦と井川さんの二人は、この事実をご存じなのかしら? というわけで、権威ある和英辞典の中に若手芸能人二人の名前を発見し、またその背後の事情などにも思いを馳せてニンマリしてしまったワタクシだったのでした。
October 4, 2007
コメント(6)
私のところのゼミ生で「代理出産」を卒論のテーマにしているのがいるので、私も少し知識を仕入れようと、そういう方面の研究をされている同僚の先生からビデオを借りて、代理出産についてのドキュメンタリーを見てしまいました。 そしたら、これが結構面白かった。 何らかの問題があって、夫の方に不妊の原因がある場合、精子提供者(ドナー)の精子を借りて妻が出産するという形での代理出産というのは、もう100年近い歴史があるんですってね。特に第二次大戦での怪我が原因で不能になってしまった帰還兵の夫婦などが、そういう選択をするケースが多く、現在ではそういう形で生まれた人の数が100万人を越えているのだとか。 ところで、自分が代理出産で生まれたことを知った人の中には、ひどいショックを受ける人もいるようで、またそのショックを克服した後でも、自分の本当の父親が誰なのか知りたいと思う人も多いらしい。 しかし、もともとドナーは「匿名」であることが決められているので、そう簡単には特定できないわけですよ。 が、今はインターネット社会ですからね。ネットを使ってアメリカだけでなく、世界に向かって呼びかけると、同じような境遇で同じような悩みを抱える人がすぐに応答してくるんですって。 で、そんな風にネットを通じて互いの境遇について打ち明けあっているうちに、「あれ、君も僕と同じ病院で生まれたの?」みたいなケースが出てくる。 で、DNA鑑定してもらったら、父親が同じであることが分かったりする。つまり同一ドナーの精子で生まれていたわけですな。実際、代理出産という制度が合法であるアメリカ(の諸州)では、同じドナーを父親に持つ兄弟姉妹が、そうとは知らずに同じ町に住んでいた、なんてことがあるわけですよ。 ひゃー! ところで、このように「自分の父親が誰か知りたい」なんてケースが増えてくると、自分がドナーであることを公開してもいい、という人でなければドナーになれない、という風にした方がいいのではないか、という考え方も出てくるんですな。事実、スイスではそうなっています。 でもね、そういう形で精子を提供するとなると、ある日突然、見知らぬ人が尋ねてきて「お父さん!」なんて呼ばれることにもなる。それが嫌なので、匿名性が保てないならばドナーにならないという人は多く、スイスなどではこの制度を導入した途端、ドナーの数が10分の1になってしまったのだとか。それでも、今後はドナーの匿名性は崩れる方向に進みそうなのだそうです。現に、今や公開OKのドナーの精子は、アメリカでも大歓迎されているのだとか。 ・・・ということは、その少数の「公開OKドナー」の精子がアメリカ中、いや世界中のあちらこちらで使われるわけですから、今後ますます、同じDNAを持った兄弟姉妹が増えるということになるわけでして、父親が同じ男女が、知らずに結婚してしまうなんてことも、あり得ないことではないのだとか。 実際、代理出産で生まれた人たちの共通の悩みは、町で自分と似た人を見かけることなんだそうですよ。その都度、「ひょっとしてあの人、私の兄弟姉妹なのでは?」という疑念がよぎって、ギョッとするのだそうです。 ちなみに、日本のことに目を向けると、戦後間もなく、日本で一番最初に代理出産に取り組んだのは、慶應大学の医学部だそうで、当時のドナーはほぼ全員、慶應医学部の医学生だったそうです。ま、頭のいいお子さんがあちこちで生まれたのですかねえ・・・。 とまあ色々ありましたけど、私はこのドキュメンタリーを見て、代理出産というのは、不妊に悩む夫婦を救う唯一の手段でもあり、しかしその一方で問題点も多い制度でもあり、光と陰の両面のある現代的なトピックなんだなーと痛感したのでありました。今後、私のゼミ生が、卒論を通じてこの問題にどのような見解を示すのか、楽しみではありますね。
October 3, 2007
コメント(2)
先日、寒いなと思いながらポロシャツのまま外出したのがいけなかったのか、なんだかちょっと風邪気味です。 でもって、今日は後期一発目の授業、しかもいきなり朝一から連続3コマ。 疲れた・・・。 ということで、今日はもう寝ましょうかね。皆さんも、寒暖の変化に体調など崩しませんように。
October 2, 2007
コメント(4)
今日から10月、つまり大学では後期が始まります。しかし、私は休講させていただきました~。 いきなりかよっ! だって、今日は3回目の歯科手術の日だったんですもーん。今日も、「あー、私は眠ってしまう~」という感覚もないまま、いきなり気絶するように麻酔が効いて、起きた時には2時間経過、みたいな。ま、治療中の記憶・感覚はほとんどないので、楽は楽ですけどね。 でも、今日は麻酔中、不整脈が随分出たようで、麻酔科の先生から不整脈を抑えるクスリも投入したと聞かされました。心臓に爆弾を抱える私としては、これがコワイんだよなー。眠っているうちに、そのまま永遠の眠りについちゃったらどうしよう?! さて、話題はまったく変わるのですが、最近我が家で流行っているものがあります。それは何かと言いますと・・・ 「冷凍しめじ」でーす! ガーン! 先日家内がテレビの番組で、スーパーで安く売っている「ぶなしめじ」を一度冷凍させて使うと、高級食材の「本しめじ」と遜色のない味・歯ごたえになる、というのを見たというので、本当かどうか確かめるために、実際に「ぶなしめじ」を凍らせて使ってみたわけ。すると・・・ これが、ビックリ。たしかに全然歯ごたえが違うの。味も心なしか濃くなるみたい。 実は今日のお昼も、(歯科治療の後なので、ツルっと食べられるもの、という私のリクエストに応え)、きのこたっぷりのバター醤油キノコ・スパだったのですが、その中に入っていた「ぶなしめじ」がめちゃくちゃうまい。いやー、何でも試してみるもんですな~! ま、ひょっとすると既に有名な調理法で、我が家だけ知らなかったということはあり得ますが、もしまだご存じでない方がいらっしゃったら、ぜひ一度お試し下さい。ただ単に買ってきた「ぶなじめじ」の石突きをとり、適当な大きさの房に分けてから冷凍庫で凍らせ、使う時は凍ったまま鍋なりフライパンなりにぶち込むだけですから簡単、簡単。それだけでお安い「ぶなしめじ」が「本しめじ」の味・香り・歯ごたえになるのですから、いいですよ~! 教授のおすすめ!です。 しかし、あれですな。キノコの料理なんかがやたらにおいしく感じられるということは、やっぱり「秋」なんですな~。そりゃそうだ。もう、10月ですもんね!
October 1, 2007
コメント(6)
全28件 (28件中 1-28件目)
1