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10月の声を聞くと。。。来年のカレンダーの季節です!ボーダレスアートクラブBAC仙台からしょうがいのある人のアート作品によるカレンダーが今年もできました。原画に詩をつけるご縁をいただきました。12か月の12枚。どれも力作です!みんあすごいな~ととっても楽しく詩をつけました。みんなで毎月1日に、わくわくしながらめくりましょう。さっそくこの週末先行発売されますはやく見たい 2014仙台・杜の都のクラフトフェア10月4日(土) 5日(日)10:00~17:00 サンモール一番町アーケード街さらにお知らせです ボーダレスアートカレンダー2015原画展2014.10.27(月)~10.31(金)10:00~18:30(最終日18:00まで)会場 ライフスタイル・コンシェルジュ仙台市青葉区一番町3-11-8(2F)サンマルクカフェの2階 ドトールコーヒーの向かい0120-417-541詩朗読会『いのちのことば』参加無料10.29(水) 10:30~11:30 13:00~14:00原画につけた詩と詩集からの朗読出演 言の葉アーティスト 渡辺祥子定員20名 (定員に達し次第受付終了)要予約 ライフスタイル・コンシェルジュへご予約ください 芸術の秋、紅葉の秋の一番町、のぞいてみてくださいね。
2014.09.30

横浜から全国で命の授業の公演をしておられる腰塚勇人さんが来てくださいました。2年ぶりだ。http://ameblo.jp/inochi-jyugyo/横浜から飛行機?と思ったら、なんと奈良から仙台へ。お土産は大阪のブタマンをいただきました。なるほど。毎日忙しく全国を飛び回る腰塚先生ですが、お会いしたとたんに2年の時間は吹き飛んでしまいました。まるで毎日教室で会ってるよね、の感じで次々と面白いお話が展開していきます。先生も事故で脊椎をけがしてそこからリハビリで復活した当事者なので、体の話はダイレクトに通じるな~とそのテンポが気持ちいい。命に向き合うとか、生死のギリギリをなんとかセーフにした紙一重感が経験者どうしのツボとなって伝わり、本当に今を生きていられることに改めて感謝しました。ギリギリをセーフにする心の拠り所とは。私は、苦しい時でもなぜか死なないような気がする。なぜか大丈夫なような気がする。もう一人の私がガンバレと言ってくれる。なぜかぶれない。ような気がするのだ。すると先生は地面に根をはっていることが大事、そして身の丈に合った生き方をするのが大事、と教えてくれました。風にゆれる柳のように。なんですね~。物事を一面からみてすぐに決めつけるのはよくないことをみんな知っているけど、見える姿は大きな印象と情報を与えるものだ。がっちり体格のよい体育の先生が繊細な心をやさしい言葉で伝えてくれるし、病弱そうな体のわたしも、強い心でいたいと思う。なんともデコボココンビのような私たちでしたが、お話の中身はガッツリ響きあいものすごく楽しいいのちの授業でした。やっぱり直接会えるという、この贅沢。今日からまた頑張るぞとパワーをいただきました。また仙台にきてくださいね
2014.09.24
今年の流行色はラディアントオーキットとか。施設のおしゃれ講座でチェックしてから、抜かりなく準備を始めました(^_-)-☆私は弱視で周囲を遠くまで見ることはできませんが、全体がぼんやり見えるおかげで、色彩のきれいさはいつも感じることができる。光の量や角度で同じ色も刻々と表情を変えるし、秋から冬への自然の色彩の変化は空気の温度や乾燥とあわさって映画のように移り変わる。仙台の秋は短いらしい。他の土地に暮らしたことがないので、生まれたときから仙台モードです。広い日本の様子を見聞きしても、自分の住んでいる土地が一番。大好きです。秋の色合いはほかの季節と少し違う落ち着きや深さを含んでいる。オーキットの落ち着いたピンク色は昔から大好きで心惹かれる。聞けば流行色はずっと前から計画されて生まれるのだそうだ。その時代の思想や流れをいちはやくキャッチして決めるのだろう。服装は自分の表現のひとつ。今の自分が感じているとおりに服装もしっくりするものに落ち着いていく。毎日変化している自分が今日はこんな感じ!とマッチする選択がその日を盛り上げる体験を何度もした。自分で自分のことを決めて伝えられるようになって何よりうれしいことはコレである!!自分が着たいものを着る!自由の喜び緊張が少なくなっていろいろなものを着られるようになった。うれしいな。元気なみんなにはあったりまえのことなのかもしれませんが、私にとっては秋を充実させる大きなことだ。というわけで、今年はオーキッとがたくさん町にでることでしょう。たくさん着ましょう自分らしく。
2014.09.22

藍染め「ささやき」 藍の風 秋の入り口に藍を置いた一枚の風に重なる虫がキシキシと歌う通りを過ぎる車の足音をギシギシと運んでいくなにもかもが乾いていく わたしは何を乾かしてどの本質に近づくのだろう深い藍を一枚めくるどの風を待っているのだろう 福祉センターの活動で藍染めを完成させました。モクモクと取り組む絞りの作業にたくさん時間をかけて、染料が時間とともに変化する不思議の中に自然を感じました。絞り作業は短調で地道で根気がいる仕事でしたが、最後に染めを開いた時の感激を体験すると、それらの苦労は吹き飛んでしまいました。湿った染めものを風にあてるうち、ひとひらずつ目に見える風が私たちを秋へと運んで行きました。秋はいつも少し物悲しいところがあるけれど、自然の中に自分の分をもらって生きている実感を思い出させる季節でもあります。勢いのある季節には思うように自分主体でいられることも、秋冬は体調管理も相手優先(自然)になります。予想もせず現れた模様のように何かが私をまっているような気持ちになる秋のひととき。です。
2014.09.18

詩とアートのコラボ展 言音色が終了しました。たくさんのお客さんにおいでいただきありがとうございました。素敵な出会いが嬉しかったな~これからもとりまく美しい自然やいのちの不思議にアンテナを響かせながら毎日を過ごしていきたいです。HIROMI×桂の世界でまたお会いしましょう
2014.09.13

詩 ラッピング × アート 愛の癒し ラッピング 小さかった私が言えなかった言葉をあなたに渡せるのはきっと今 少し時間がたったけれど心の花はまだ咲いている 悔しかったことも悲しかったことも 大人のラッピングはやさしい色合いあたたかい 展示にたくさんの人においでいただいています。ありがとうございます。あと残り3日となりました。まだ間に合いますよ~。(*^。^*)期間中のHIROMIさんによるアートセッションでもすてきな出会いがあったようです。自分を振り返って、自分と仲直りして、自分と握手して、自分をぎゅっと抱きしめて。なかなかいいなあ~。自信の始まりは自分を好きになることから。そんな大人のラッピング、自分を守ってくれる色やことばに出会ってほしい展示でした。私たちの願いがびすた~りから発信されていることの意味にまたまた感じ入る秋の一日である。。。。。日曜日に会場で仲間のみなさんと喜びを共有しました。すんごく幸せでした。
2014.09.09

詩 呼吸のこども × アート たすけにきたよ 呼吸のこども 目には見えないゲートが開き次々に入りくんだ道が続く肺の中に空気を送り込む道の終点に小さな小さな呼吸の子どもが座っていた 道端の地蔵のように目をつぶって静かにじっとしている さあ、助けに来たよと酸素ボンベをかついだ私が救急処置にとりかかる 私の中の私が少しずつ元気になるそうして手足がだんだん暖かくなる 今日これからボトックス治療にでかける。何回目になるか忘れてしまうくらいこの治療に頼ってきた。他に手がない、という追い込まれ感はどんどん未来の可能性をつぶした。苦しみが絶望を誘いだすと手がつけられなかった。存在していい場所がどんどんなくなった。苦しみのさなかで、多くの人が励ましてくれる。大丈夫だから、こっちの世界においでという。けれども、苦しみの闇にいる私はクモの糸のカンダタのように、這い上がろうとしてもくっきりと天上の明るい世界とどんどん離れていくのだ。治療に向かうのにもエネルギーがいる。瀕死の救急は全てを他人にゆだねている状況でもなお、無意識や混沌の中では自分自身の精神が生きたいという方向を選択しているのだと思う。選択しているのは自分だ。力を振り絞っても力が出ないほど衰弱していたとしても、やっぱり自分を肯定する意志が自分を助けるのではないかと思う。究極の状態で自分の意志が働くかなど、自分にも判断できないし、ましてや助けてくれる人の力が及ばない世界もある。限界は確かにある。そんな状態にいても、わずかな希望や人と人の精神的つながりがある見えない力は信じられないような方向を示すことを私はもう何回も経験した。それがどんなに大きなエネルギーになるか。そんな世界にもうすんでいることを知っている人はどんな暗闇に放り込まれても大丈夫だ。いつか道をひらく希望の種を持っているから。たとえ、それが、今でなくても「いつか」が必ずあることを確信させる出会いや出来事が一つでも心にあれば大丈夫なのだと思う。肉体の限界で力尽きても、精神が永遠に生き続けるとはそういうことなのかと思う。死にたくない、よりも、生きたい、と思う。だって、生きることは面白いから。
2014.09.05

詩「圧倒」×アート「パッション」×びすたーり 圧倒 こころを動かす圧倒に考える手掛かりなどいらない美しいということばさえいらないそれだけで生きていける 詩とアートのコラボ展言音色5 アイアイとひざこぞう においでいただいているたくさんのお客様、ありがとうございます。会場のびすた~りは古民家をリニューアルしてできた味わいのあるお店です。入口の一番近くに真っ赤なゆったいソファがあります。ここがまったりできるなかなかの特等席。その場所にぴったりの作品が、そこにあることで、ますます素敵になっています。椅子に座ってみるのもよし。柱の後ろから覗いてみるのもよし。アートも詩も、作品がここにいられることを喜んでいます。
2014.09.04
9月に入りグンと過ごしやすくなった。あの暑さは思いだしてもつらかった。あ~ひとごごち。秋の入り口に立つと毎年思うこと。あんなにたくさん鳴いていた蝉がみんな死んでしまったということ。一体何匹の蝉が一生懸命鳴いたのだろうと思う。生きるために鳴いた。鳴くために生きた。そのことに私が意味を見つようとしてもしなくても、蝉はみんないなくなってしまった。 どんな生き物にも寿命があることを思い知らされる。用意されている時間の中がそこ、ここで、始まっては閉じている。のだけれど、これほど「一斉に」、かつ「ぱたっと」消えてしまうことに毎度毎度衝撃を受ける。 人間はもう少し緩やかに、時間を与えられている。それも、個別に自由度も多く配分されている。地球規模の自然が起こす大規模災害は人もまたひとつの生き物だと思い知らせるけれど、毎日の歩みや生活に流れる時間の尺度の中では充分にたっぷり時間を使うチャンスを与えられているのだ。 夏から始めた新しい薬がとてもよく効いて身体が柔らかい。その快適を内面で感じる自分と、肉体の動きを外から観察する人たちとの間にあるコミュニケーションの物差しが伸びたり縮んだりしている。表情が乏しくなったと、母は嫌がる。さっぱり面白くなくなった、とぼやいている。ケアが楽になっていいんじゃないの?そんなに、やりとりの反応が面白かったのか。身体と、精神と、環境(気温など)と、自分の中で完結していたバランスは、周囲とも安定させるために計り知れない程びみょ~なものに支えられている。一つなくなったら一つ増やせばいい、というほど単純ではない。関係こそ要なのだ。身体も、精神も充実させたいと思うのは欲張りかもしれない。でも、人より限定されて与えられた環境の中にいてもなお、楽を選ぶのも、めんどくさいことを捨てるのも、諦めてひきこもるのも、怒りでシャットダウンするのも自分が選ぶことなのだと思い知る。反応がある私と面白がってくれる人達がいる世界の魅力をもう知ってしまった私は、もっとこの世界にいたくなる。もっと多くを知りたいと改めて思う。蝉が自分ではどうしようもないことを前にしても鳴いたように、私もまた、これからやってくる冬に向かっていくのだ。25回目の冬の扉の前で、秋の虫がのどかに鳴いている。今日は秋晴れ。
2014.09.02
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