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平間綾奈さん作曲 はじまりの朝 当日初演します!!今年もあと1か月です。12月にむかってイベントを二つ準備しているので、楽しく、忙しくしています。今日はまず一つ目をお知らせいたしましょう12月3日~9日は障害者週間です。障害者の社会参加への意欲を高めると同時に、市民のみなさんとの共生社会の実現を目指しています。私も利用している障害者福祉センターで主催する記念イベント、ミニコンサートに出演することになりました。作品を朗読と音楽で発表できることはとてもうれしいです。朗読は伊藤俊子さん、音楽は平間綾奈さんと加藤翠さん、手話ソングは太白手話サークルのみなさんとご一緒します。みなさんとの共演は今回初めて!わくわくのコラボ作品になりそうですさらにうれしいことは、新しくできた歌を2曲もご紹介できることです。詩がみなさんと出会っていろいろな形で表現されることは、嫁に出した娘が立派になっておしゃれした姿を見るような気持ちです。今回もまた、それぞれの作曲者の感性が音という形になって姿を現すことでしょう。楽しみ、楽しみ(^^♪入場無料です。みなさんと一緒に楽しいひとときにしたいです。お待ちしています。 障害者週間記念 ミニコンサート 詩の朗読と音楽のひととき12月6日(土) 午前10:30~11:30 (会場10:00)仙台市太白障害者福祉センター 仙台市長町南1丁目6-10電話022-308-8801
2014.11.30

意志をもって なしとげたいと願うことが 今はまだ体験のないことだとしたら 迷わずやってみよう チャンスが今だということを あなたの身体がキャッチしているはずだ その感覚を信じよう なしとげられるか疑う前に なしとげられると決意しよう 意志をもって進む道は必ず開かれる 意志をもって幸せになると決めよう 意志をもって幸せになろう 河北新報の持論時論に投稿を掲載していただきました。旅の感謝を込めて書いたものだ。私たちの毎日は制約だらけなのかも知れないが、一つ小さなことも始まりのはじまりの一歩なのだと実感した。隣の人がやすやすとできてしまうことでも、自分なりの体験できっと同じ感動に辿りつくことはできる。自分にとって大切なことを積み上げる過程にこそ、昨日より、今日、すてきに生きている喜びがある。幸せは自分が決めるものだからだね。
2014.11.27

アケビ 生まれつきの才能は 生まれる前から 守られていたのだ 幾重にも DNAを傷つけないように 包まれてきたのなら たとえ 誕生の前から 私という存在が 病気という設計図で 形造られていたとしても 私を世間の荒波でどう生かすか それが生まれた後の 私に課せられた使命でもある (花ことば・才能)
2014.11.24

難病のこどもと家族を応援するキャンプが20周年を迎えるお祝いの会に参加した。 第1回の創設の時から弟も含め10年近くお世話になった。後半10年は入退院を繰り返し、なかなか参加が難しくなったが、卒業生として懐かしい人々にお会いできて、とても楽しいひとときでした。20年前、小学1年のちびっこだった私はよちよち歩きの弟と一緒に初めてキャンプに参加して、何もかもびっくりしたことを思い出す。たくさんのボランティアさんや仲間と一緒に、乗馬や気球の体験をした。医師のタマゴや看護スッタフ、学生さんと温泉体験もした。親と離れてこんな体験ができたことが、広く美しく楽しい魅力にあふれた世界の扉を開いたのだったな。野望の扉も同時に開いてしまった(^^♪当時は東北にはじめてのこども病院を作ろう!の目標のもとに、医療関係者や当事者、家族が本当に頑張って盛り上がった。元宮城県知事の浅野史郎さんも参加して一緒に宴会に参加した親が、障害が重く手も地域の学校に通わせたい、と話していたことが懐かしい。当時はまだコミュニケーションできない私は抱っこされてその話を聞いていた。みんなと一緒に勉強できるなんて、とわくわくしたことを昨日のことのように思い出す。それから20年。進んだことも、課題になっていることもある。それでも、20年という区切りのなかで、少しずつ積み上げて作り上げてきたものが、この人たちとのつながりと絆である。とっくに成人した私が大型車いすで場所をふさぎ(ちびっこ、ごめんね)、退職してもますます元気な医師の先生方と乾杯してお酒を飲み、医師のタマゴだった先生がバリバリの小児科医になり現場を支える、という『今』に遭遇すると改めて元気が出る、というものだ。とはいえ、障害が重い私たちが、毎年元気に再会するというのは、当たり前のことではない。一冬ごとにまた危険の嵐の中に勇気をもって踏み込むのは毎年変わらないのだ。(冬でなくても)現代の日本で、在宅医療とレスパイトがまだ大きな課題であることを私も体験している。在宅生活を支え、維持し、人の中で豊かに生きることの素晴らしさを体験できているこの幸せを少しでも多くの子供たちに約束していけるように私にできることをやってみよう、とまた思った。まだまだ、続く。難病キャンプ。次の目標は50回だそうである。私はそのころ55歳。う~ん。バリバリのおばさんだな。
2014.11.23

私の風景 私の見る風景は 自分に課せられた 一人の困難だと思っていた 困難に巻かれ 周りの景色も 自分の気持ちも ねじれの勢いに引き込まれ始める予感を 自分から引き寄せるのが悪い癖だった また襲うあの予感だ しかしどこか馴染んだ懐かしさの淵で 決まってあなたの声が聞こえるようになっていた わんと腕を伸ばして抵抗を 押し戻せる私になっている あなたの声ひとつで 私の風景は色合いを変えるのだということを 一人のときは本当に知らなかった
2014.11.19
卒業以来で母校へでかけた。恒例の支援学校バザーである。学生時代は一大イベントだった。日々の作業学習の中でいろいろな製品を作るのも、販売するのも、楽しい行事だった。自分の作品が売れたりすると超うれしかったと思い出す。基本的には、そこから今の、社会人的人のお役に立つ喜び実感へ広がっているわけですから。あの体験がベースになっていることをありがたく思います。18歳で卒業以来の母校だ。噂通りの人混み。地域の人にも愛されて、大盛況であった。買い物はもちろんだが、私は校長先生に会いたくておじゃました。在学時代お世話になった先生が母校の校長先生になったと聞いてから訪問する機会を楽しみにしていた。願いが叶ってとてもうれしかった。在学中からの先生方は、もう、ほとんど移動してしまったが、幾人か懐かしい先生ともお会いできた。先生もりっばになって、私も大人になって、時間の経過を実感した。同時に変わらず、懐かしい制服と呼び込みの声で、後輩たちが一生懸命活動する姿には、心からエールを送った。県立支援学校はどんどん生徒が増えて、本当に大所帯になっていた。もう、人人人、で\(◎o◎)/!医療ケアのある生徒も元気に在籍していると聞いた。みんな元気で、元気で、夢に近づいてほしいと思いました。がんばれ、がんばれ。私?もちろん、次の目標に向かい中です弟?もちろん、大好きなスヌーピーのクッションを見つけて、だ~い満足
2014.11.16
記憶に続く物語知らない景色が近寄って見えない私の瞳に映ったときから知るはずもない古い記憶が動き出した生まれる前から覚えていた懐かしい香りを含んだようなまるで太古の母の子宮に意識が生まれた最初のような星も、風も、大地も、水も時の大河を動かしていた小さな私が時を経て感じているこの一こまを見せるために万難を排してその采配に隠れた意図を全力で知りたいと思うこの感覚を信じて記憶に続く物語を紡いでいこうまだ知らない私のために新しい私を知るために
2014.11.14

さあ、長~い距離の移動だぞ障害者手帳には移動機能障害と書かれている。最高の1級である。移動が難しい常日頃。難しいといわれるほど、移動したくなるものですね。遠方の最高記録は修学旅行の大阪。修学旅行では9席分の座席をストレッチャーにしてもらって乗った。離陸や気圧は心配したほど怖くなかった。それから8年。さすがに9席分、お値段もかかるストレッチャーから、座席移動へのチャレンジです。これが一番の大きな課題だった。服薬を変えたりリハビリを考えたりしながら、とにもかくにも座位の練習をした。これなら2時間大丈夫かも?と思えたのは1か月前。毎回通所のたびに体位交換とリハビリの練習をした。機内の移動は抱っこかおんぶか、車いす。普通の90度の車いすに座ることができるのか!できると思って、自分に言い聞かせた。かわいいオレンジやる気になる色通路内の車いすは小型で、機内で車輪が外せるようになっていた。コンパクトなぎりぎりの幅で、最高列の座席まで移動するのだ。自宅で取り組んだのはまず初めに抱っこの座位。起きていることにくらくらしなくなった。5分から。次にソファに移動して左右からの介助。15分。後ろに人がいなくても怖くなくなった。座位のために側臥位、うつぶせ、30分。いろいろな姿勢に慣れた。普段の車いすを座位型にして起きたままでの移動から活動への時間を増やした。1時間から2時間。通常の車いすに介助なしで座る練習。固定の工夫をした。15分。外用車輪と肘掛もとると通路ぎりぎりのコンパクト車 当日の移動はほとんど普段の気持ちでできた。不安がないので緊張も少なかった。持参の胸ベルトとビーズクッションで姿勢を固定し、ありったけのブランケットを借りた。お尻の下には滑り止めマット左右から腕を支えてもらって、2時間らくらく。介助者2名のおしゃべりを聞いていたらあっという間。胸ベルトを使用することで、後ろの人がテーブルを使えなくなるために、最後尾の席になった。リクライニングできない座席と聞いて、その条件で楽に座る固定を考えた。クリアできた。かえって座席がくっついていたので身体が左右に揺れないで安定した。搭乗口での乗り換えもだんだん慣れて、帰りの仙台空港は最短時間。ほとんどくたびれなかった。空港スタッフの慣れた様子を体験すると、なんか、心配していたのは自分だけ?という気持ちになるが、そこに至るまでにたくさん打ち合わせや準備をしてもらったのだ。改めて感謝した。 グリップの上に毛布をまいてヘッドレスト 車椅子の私は一番最後に降りる。福岡空港でパイロットさんが降りてきたのに会えた。すごく上手な着陸だったのでちっとも怖くなかったことを伝えると、にっこりの気さくな外国人パイロットさんだった。自宅から別府の宿まで8時間の移動だった。みんなの手でここまで運ばれてきたんだな~、と、あらかじめ部屋に用意していただいた酸素濃縮器の酸素でしみじみ~~と深呼吸したのでした。別府の酸素は特別においしかったですぷは~っ
2014.11.09

まみさんと地獄を見た音がこわいよ↑一つだけ観光、のリクエストにタクシーのドライバーさんやスタッフさんが選んでくれたおすすめが海地獄。高速を通っているときから温泉の香りがしてくるほど、至るところに湯気の柱の町である。昔から泥、熱湯、湯気が多く噴き出ていたので恐れられ、嫌われて地獄と呼ばれるようになったそうである。地獄ときいただけで、血の池のカンダタの気分になる。いつも存在の意味を試されているような気持になった。車いすで進むと湯気の音やもくもくが実に近く感じられて、一層不気味。見たいものをピンポイントで見られない分自分の地獄のイメージと重ねてあれこれと想像してしまったよ。よくわからないものに対する不安や恐れもひとたび大地の恵みとわかると自慢の種になる。病気や障害も負の側面だけではないのだから、そのうち自慢になるようにがんばろうと思った。地元日田市に住んでいる友人夫妻と合流して一緒に回りました。遠くに住んでいる私たちがまたあえて、一緒の思い出を作れたことはとてもうれしいです。ありがとう!湯気で蒸したというおすすめの地獄プリンを食した。とろりとおいしかった。おとりせで食べてもこうはいかなかっただろう。土地のおいしいものは、土地の自然とつながっているんですね。パネルディスカッションで、今一番食べたいものは?と質問をいただいたので別府の自慢お勧めを教えてもらいました。関サバ、豊後牛、かぼ酢。。。。もちのろん、いただきました(≧▽≦)焼酎だけはおあずけでした。。。。 地獄おっぱいプリン
2014.11.08

天井キラキラ人前に出るとき、みなさんはどこに気をつけるのでしょう?私はたいてい車いすなので足がばらばら開かないか心配します。近頃は緊張もだいぶ落ちたので急に動いてしまうことが減ってほんと助かる。なので、一応パンツ派です。それはさておき、私はいつも天井を見ているので、お客さんの顔が見えないのが難点。お客さんも私の顔が見えないでしょう。そこで、今回はプロフィールと同じ服で出かけました。会場の広さと大体のお客さんの数をイメージしたので、あとは、話の流れとそれにどんな反応をいただけるかがポイントです。いつも、そこでしか会えない一人一人を意識している。話の流れは、通訳の母と大体打ち合わせるのですが、レジメを作っても見えないし、時間の流れも感覚で計っているので、細かく管理することができません。その点インタビュアーがいるときは、その流れに沿って進められるのでやりやすい。今回は初めて、自分が前半を担当して、途中でスライドを入れて、後半もう一度まとめる、という方法にしてみました。打ち合わせ通りに話さないので、通訳の母はヒヤヒヤするらしいが、それは仕方がない。お客さんの反応を感じながら対話しているのだからねえ。笑いのツボでくすっと返してくれるみなさんだった。ありがとうございますので快調、快調。ちょっと調子に乗りすぎたか?と心配しましたが、自然体がよかったと感想を返していただき、ちょっとほっとした。自分の生い立ちと、あとりえの活動を紹介した。特にNICUに詩とアートを届ける活動は、障害や病気のある赤ちゃんにおめでとうを言うところなので大切にしました。おお~っ、という声が聞こえたのでこれまたほっとした。ほとんどカラーアーチストHIROMIさんの作品の美しさだけどね(^_-)-☆。パネルディスカッションには初挑戦です。みなさんのお話を興味深く聞くことができました。テーマはいのちの輝き~障がいと共に 司会 名古屋大学大学院医学系研究科 阿部まゆみさん 1障がいの世界からの問いかけ 北九州市立総合療育センター 歯科 武田康男さん2コミュニケーションの発達に関わる立場から NPO法人言葉とリレーションシップの会 言語聴覚士 大取望美さん 3人は人を人にする 大越桂4幸せのかたち 濱岡一枝さん 歩子さんのおかあさん会場のみなさんとやり取りしながら話をするのはとても楽しかった。同じ質問にも立場が異なると多方面から意見が聞けるので実に有意義だ。特に出生前診断の話題提供や、支援者として短期間に患者さんに関わるコツなど、どれもつっこんだら一日あっても足りない。結局は医療者はじめ、どの支援者も患者として出会う私たちと、人と人としてかかわりを深めた時に治療効果も上がる、ということだったのだと思う。社会的な制約や置かれた環境で、すべてを手に入れるわけにはいかないのだけれど、できる限り連携していいとことりをすることが、新しい道を開く。これにつきる。私は障がいがあって不便だけど不幸ではないので、障がいや病気=不幸、の考えには反対です。とはいえ、障がいがあってすごくうれしいわけでもないので、障がいや病気との長いお付き合いを自分なりにどんな方法で進むのかを見つける道案内がいればいいのかな、と考えます。だから初めが大事だね。色々な考え方があるので、どれか一つが正しくて、あとは全部バツという意見はかえって恐ろしい。いいと思う人がいいと思う人と、仲良く考えあっていくのが好きです。とはいえ、自分の体験は自分にしかできない貴重なものなので、一つの事実としてお伝えすることはできます。ちびっこに出会ったばかりで、これからが少し不安なお母さんたちが、話を聞いて私たちも野望をもとう!と願いを持ったよ、と言ってくれたとは大きな励ましになります。みんなも野望をどんどん叶えましょう。患者を支える立場の人も人間なのだから、その人たちも支援され、またその人も支援され、とずんずんつながる。今、でなくても後で役立つこともある。自分の分は頑張るけど、次の人に頼んでいくね、ということもある。色々な職業の人が集まっていのちを考える会は、それだけで希望でした。本当は講演もいいけれど、みなさんとおじゃべりしたかったなああああ。どの人もどの人も超おもしろそうでした。直接人に会えることの贅沢をいただき、本当にたのし~~~いひと時でした。長年メールでやりとりしていた知人と、初めて会ったのに抱き合って喜ぶなんて。ほんと、うれしいな。
2014.11.06

大会の開催を知って初めて別府の場所を調べました。九州の知り合いが増える度に、知っている地名も増えるというわけ。別府は初出場だが、北九州、福岡、湯布院と日田と宮崎を知っていたのでまた一つつながった。福岡空港からさらに高速を2時間、というので、いったいどういうことになるのやら、といろいろ心配になったことを思い出す。リフト車の手配や移動にかかる時間など、これまでの記録3時間をどれくらい更新できるかがポイントだ。会場の別府国際コンベンションセンター ビーコンプラザは県の施設でとっても、とっても、立派。大きくて美しい建物でした。宮城の人は川内の国際センターをイメージしてね。http://www.c-linkage.co.jp/jard38/01gaiyo/index.htmlここで様々な発表が行われた。夕方、宿で一休みの後、すでに大会初日の会場に、大会長にご挨拶にでかけました。にこやかに登場した大会長山岡憲夫先生は水色のハッピを着て、踊るように出迎えてくださいました.声を頼りにしていた弱視の私は、そのやさしそうな楽しい声に緊張が全部ほどけました。もう大丈夫。(一応緊張していたので)次の朝の出番になるホールは、レセプション会場になっていました。キラキラの天井と集まりだした人々のざわめきが、本当にダンスホールみたいでした。(ダンスしたことはないけれど)ベルサイユ宮殿だと紹介されていたとおり、どこかクラシックで伝統を感じさせる厳かな空気でした。遠くは見えなくても、話し声の反響や食器の音などの低い響きを聞いていました。大規模な会を運営するには準備に費やされた時間もエネルギーも相当なものだと思う。夕闇の夕方から、きらきらの余韻の残るプラザに入ると、明日の出番を静かに待つプラザ全体が眠れる獅子のように思えた。獅子の内部では心臓が静かに鼓動している。すべての準備を整えて明日を待つ。カニューレに響いて聞こえる自分の呼吸が案外落ち着いていたのがそう思わせた。全ての準備をしたのだから、あとは思うようにやろう、と思った。 まってるよ、あした
2014.11.05

連休に大分県別府で行われた第38回日本死の臨床研究会年次大会にパネルディスカッションのパネリストで参加してきました。いのちの輝きー障がいと共にのテーマでお話する時間をいただきました。私の分を伝えられたならとてもうれしいです。3000人が集結した大会はとても、とても、とてもすばらしかった私にとっては、すべてが感動的な出来事でした。実際に自分の体験として成し遂げた事実そのものが大きな意味を持った3日の旅でした。私という存在をここまで連れてきてくれた過程にあったすべての人たちの力があった。この素晴らしい景色を見ることができた。この事実がこれからの私を形造るために大きく深い意味を刻みました。この体験のすばらしさがずっと私のいのちを支えるだろう。まずは無事に空を飛んで元気で帰ってきたことに、支えていただいたすべての人々に感謝しつつ、こうして日常に戻れたことを感謝したいと思います。本当にありがとうございました。深い感動の後に、その余韻の中で体調を整えるのも私の大きな仕事なのだと思う。明日からのレポートもお楽しみに!!!(^_-)-☆
2014.11.04
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