全7件 (7件中 1-7件目)
1

こつこつの誕生しょうがいが重い私たちにも内面があることを伝えたい自分のきもちを人と共有して喜びを分かち合いたい思うことを実現したい希望をもって生きていきたい小さな夢でも誰かに伝えることが第一歩たんぽぽの綿毛にのって遠くまで運ばれる思いを同じくした人がそううっと近づいてくる仲間を増やして夢を大きくしていこうゆめはかなう願いを希望にするかぎり私の心はいつも生きていることばをつむぎこころをつなごうこつこつのみんなが行動を起こしています。NPO法人こつこつhttps://kotsu2.or.jp/からだが思い通りに動かない人も心の中には言葉があることを社会に伝えるために設立しました。まだことばをつむぐ方法を知らない仲間にもこのことを伝えていきたいと思います。とは、メンバーの言葉。設立記念の映画「幸せのありか」上映会5月6日(日)11時半会場 12時開演新宿区牛込箪笥区民ホール (大江戸線 牛込神楽坂駅すぐ)みんなの活動を応援していますお近くの人は是非お出かけください遠く仙台でも、自分の気持ちを自分のことばで伝える仲間が頑張っていますきっと全国にたくさんいる仲間たち一人でも多くの人に私たちのことを知ってほしいです(^^♪
2018.04.25

頭を抑える係り→父、水を捨てる係り→弟年に一度の訪問歯科。歯垢をとってつるつるになる日。今年は初めて車いすに座って受診してみた。首の緊張も出にくいし、治療の水でむせないし、快適!治療も半分くらいの時間でおわった。思いだすと、座位で歯科治療は20年ぶりくらいだ。昔過ぎて忘れてしまった。もちろん虫歯はゼロなんだ。来年は歯科医院に出向いてみようかな。二人の先生はご夫婦で、治療中の掛け合いも息がぴったり。時々考えが違ったりして、それも面白い。口の中がさっぱりすると気分爽快だ。あしたの笑顔はピッカリ光る予定です(^^♪みなさんお疲れ様でした
2018.04.15
いよいよやってきた。重度成人障がい者の主治医問題だ。18年お世話になった小児科の先生がおやめになることになった。あと5ヶ月の間に引き継いでくれる先生を探す仕事がはじまった。重度障害のある私たちは多くの場合、小児科で発達を診ていただいている。普通は15歳で卒業して成人の診療科にいくのだけれど、全体を診てもらう小児科にかなりのあいだお世話になる。医療の発達のおかげで長生きできるようになった私たち。キャリーオーバーと言われながら、15歳以降も15年も小児科にかよった。その私も今年は30才になるのだ。平成元年生まれで平成も終わる。先生も次の生涯現役へのステップへ旅立つのだ。山あり谷ありのこども時代を一緒に過ごしてくれた先生のおかげで今の安定がある。お互いによくがんばった。と、笑顔で卒業したい。問題は引越先である。成人の内科で、診てもらえたら一番うれしい。神経の専門医のいるこども病院がいいのかな。多くの成人重度障がい者が通院している。しかし、あくまでもこどもの病院である。はたまた、訪問医がいいのかな。入院するのはどこになるのだろう。弟の体調も考えるとどこでもいいとも言えない。いつなにが起こるかわからない。年金の書類は誰が書いてくれるのかな。色々と複雑なのである。医療のしくみがどんどん変化しているときなのだとも聞く。できるだけ在宅でと思うけれど、全部家でというわけにいかないときもあるだろう。生活は生き物のように、家族の動向や体調がお互いに関係しあって変化する。その都度、迅速に優先順位をつけて対応するには普段の関係造りが大切だ。18年の小児科生活は本当によかった。医療は信頼関係が何より大切だとつくずく思う。みんなが悩む成人の医療問題だ。また、いつものようにみんなの力を借りて乗り越えていくのだろう。きっといい方法が見つかるだろう。還暦を目指す次の30年を元気に過ごす。伴走してくれる先生にたすきを渡し、また一から第三幕を始めることになるだろう。少しは心配だけど、なんとかなるさ、とも思っている。私は大丈夫。先生も100歳目指してよい仕事をしてほしいです。残りの時間を大切にしよう。
2018.04.12
胃ろう歴20年になる。長年のチューブ式胃ろうをボタン式に新しくした。お腹にぷちっとついている部分も小さくなり、ついてる感も激減した。思い出すと一番初めの胃ろうは同じようにボタンだった。小学生のとき、給食をみんなと食べる度に、母が教室に来てイルリガートルをセットしてくれたものだ。みんなは点滴かと思って珍しそうにしていたな。これもお腹の口から食べるゴハンだと説明して、みんなにいちいち見せたりしていた。(一応女子なので、お腹を見せるのは嫌だったことまで思い出した!)その後吐き気が多くなって24時間点滴になったり、1時間8CCを注入しながら、チューブだらけになったり、夜も水分をモーターでいれ続けたり、・・・と色々なことがあったなあ。再びコンパクトなボタンになって、復活を実感する。食事の時間も短くなり、活動のときはいろいろなことに気をとられなくていい。思い切り運動もできる。こうして生活の質(QOL)の向上を実感できるのは喜びもひとしおだ。最近外科の先生が代わって、ボタン式の提案をうけたとき、昔のイメージでいた私たちも、道具の進化や技術の細分化に感心した。私の胃ろうは17ミリで、16でも、18でもないのがミソ。この個人差に丁寧に対応してくれる特注なのだそうだ。毎日使うもので、身体の一部になるものは、いつの間にかそこにあるのを忘れるほどストレスもなくなる。点滴が外れたときの爽快感を体験したことのある人は、ついている感の閉塞感を理解してくれるだろう。病院の外は桜が満開。行くときは桜なんか、、と思っていたけれど、帰り道は夕日に美しく光っていた。一つ自由に近づいた。さあ活動するぞ、のワクワク感も復活してきた春です。
2018.04.10

花吹雪 毎年幾度となく 見た桜なのに 今年は悲しい色をしている つぼみがようやく 苦しみの出口を見つけたように 息をしている 長い沈黙なら そろそろ解いていいんだよ いつだって楽にしていいんだよ 花吹雪を涙にしてしまえ 心を自由にしてしまえ その先に本当の春が見えている 新年度初めの週が終わりました。今年の仙台は桜も早くて、例年より急ぎ足でお花見の賑わいが近づいてきた。何事にも頑張る弟は気持ちが張り詰めている。連日の大混乱に母もとうとう体調を崩してしまった。美しい桜も時によってはいろいろな見え方をする。悲しい時や苦しいときも心を無にしてただ、花を眺めていると自分の気持ちを見直して前へ進めるのかもしれない。
2018.04.08
新年度に切り替わり、方々でフレッシュマンが歩き始めましたね。成人になると、特に入学も卒業もなく、淡々と日常を重ねる生活だが、福祉施設の異動や知人の新生活ニュースに触れながら、やっぱり自分自身も気持ちが新たになる。それも、大トラブルからスタートした4月1日に大いに焦った。なぜか、胃腸がどこかで滞り、ガスでパンパンになってしまった。どうやら車いす座位の角度を立てているうちに、側弯のどこかの具合で胃腸がストップしてしまったようだ。よだれが呑み込めなくなって、苦しいから空気をどんどん飲み込んだ。嘔吐はないが、逆流防止手術をしているはずの胃からゲップが出た。これまた苦しい。(もう癒着で効いていないといわれているし)何かおかしい!と気が付く父は大抵私の呼吸音を指摘する。母は、初期はノンキで、え~っ、風邪~?なんで~?どこで~?などど動かない。理由を言って、と言われても苦しくて筆談もできない。ベッドに降りて、更衣しようとしてビックリ\(◎o◎)/!お腹パンパン!そこからは母が早い。速攻でガス抜き対応あれこれ。かなり原始的。父は助手。結果沢山ガスが出てやっと物を考えられるようになった。本当に焦った。腸閉塞のことを思い出して。新年度の切り替わりはみなさん知らず知らずのうちに緊張し、思わぬハプニングがつきものだ。弟も期待と緊張でものすごい過活動である。その影響を受けたのかもしれない。昨日は車のリフトも動かなくなってこれまた焦った。機械も緊張しているようだ。何はともあれ、落ち着いて、深呼吸して、ゆっくり、ぼちぼち始めよう。
2018.04.03

さあ動いてみよう 切り絵森屋真偉子さあ動いてみよう知らない世界も新しい言葉を頼りにのぞいてみようさあ動いてみようしいさな刺激を感じる心が行動のドアを開ける知らない道も新しい風を連れて歩いてみよう新年度になりました。日曜スタートで、我が家では退職した父が荷物をどっさり持って帰ってきました。沢山の人に助けられて続けてくることができたと感謝していました。38年の仕事人生に節目を一つ。少し背中が丸く小さくなったような。家族も一緒に色々な生活の変化を経験しましたが、とりあえずみんな元気でお疲れ様会をすることができました。よかったよかった。まだ父の人生は続く。これからは少し別の角度で社会をみるのもいいのでは。今までと違う世界を、違う方法で、違う速度で眺めてみるのも興味深いことでしょう。もちろん、私もそのつもり。さあ、桜も咲いたようだし。動いてみたい春です。
2018.04.01
全7件 (7件中 1-7件目)
1


