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山からきたおにだぞう 俺を呼んだのは誰だあ 助けにきたぞう どんな奴とも戦うぞう 苦しみどこだ 正体見せろ 俺が一緒に助けるぞう もう大丈夫だぞう あんしんしろしろ 山の緑が包んだぞう ホントは強いお前の手を出せ さあ、こんな嵐吹き飛ばすぞう 絶対手を離すなよ 長い嵐だ。闘う弟は何度もへこたれそうになっている。あの手もこの手も、試行錯誤と知恵比べだ。苦しんで描いた絵。久しぶりに取り組んでいた。苦しんで表現するときの作品はすごくいい。どんな苦悩にも突破口と救いはあるのだ。弟によるとみどりおみはやさしいおにらしい。少し笑うようになった。
2018.05.30
環境のストレスを人一倍感じる弟が本当につらそうにしている。制御できないストレスの侵入は、自分の肉体を感じることさえ超えて我が物顔に体を乗っ取るのだ。見ないようにしたり、聞かないようにしたり、と刺激から逃げられるうちはいいのだ。逃げろ!の命令さえストレスに支配されているとき、人は無力だ。世間ではさわやかで、気持ちのよい季節。という価値観も、健康で元気で余裕がある人のものだ。具合が悪いとき、カーテンを開けて光が差し込むだけで嘔吐したものだ。自分でない自分が暴れる無力感を感じないように、見ないように、ひきずられないようにしても、太刀打ちできないのだった。週に何度もパニックを起こす弟は自分を責める。行動を起こすのは病で、本人の人格ではないことを伝えて安心させたい。私は言葉で書くことで、心に沈ませていた鉛を吐き出すことができた。その作業はとても苦しかったが、一つずつ楽になった。自分の精神が肉体よりも強く、自分の体の主人は私の心だということを何度も母から聞かされた。今、弟の混乱を助けるのも、病を客観視して自分自身を殺さない方法を見つけることだ。けれど、弟の理解に沿って行くことはとても難しい。自分が感じる感覚が、自分の肉体とは離れて脳が過敏に反応していることを知らせる試行錯誤が続く。疲れると現れるあばれんぼうをイラストにして、その子に向かって話しかけることにしたようだ。その命令まちがってるよ!と自分に自分で注意している。その時はなんだかうれしそうだ。私も、苦しみに支配されているときは、眠っているときさえ見えないものに存在すべてを取り込まれた感じだった。それが恐怖や不安だったのだろう。太く、暗い、恐ろしい声で誘いに来るのだった。戻ってこれなくなるようで眠るのが怖かった。苦しみや恐怖を形にしてやっつけるのもいいのだろう。しかし、自分の中にいる病とは離れることができないのだ。静まらせ、手なずけ、おとなしくさせてやるには理解し、もっとよい方法を一緒に考えるしかないのだ。まだ希望を持っている。手っ取り早く薬を増やして何も考えられないようにするのはまだ先のことにしたい。そんなことを議論する両親も、だいぶくたびれてきた。そして、父はぎっくり腰になった。。。。精神の障害を持つ人の苦しみは計り知れない。家族もともに歩む道のりも長い。
2018.05.22

朝日が爽やかになってきた。その分弟の朝もはやい。さすがに3時はカンベンしてほしい。せっかく爽やかな一日を大切に味わうには元気が必要だ
2018.05.16

年に一回母の日をお祝いしてくれてもね~!とぼやく母を横目に、私たちは一年中感謝している。ということにお互いに気が付いているのだけれど、やっぱりこういう日があるおかげで普段あからさまに表現できない感謝の気持ちを表わすことができる人もいるだろう。今年は通所施設でハーバリウムを作って贈った。ビンの中に好きな色の花びらを選んでオイルを入れて飾るインテリア。今大流行らしい。私も作るのは初めてだったけど、もらったときの母も、何々?これは飲むの?と、まあこんな感じ。ビンに何か入っているとすぐ飲みたくなるらしい。マムシ酒と同じ発想である(≧◇≦)タイムリーに母の日大流行の番組を見て納得したところでめでたく居間に飾られることとなった。相変わらず弟の不穏は続いている。私のケアも休みが増えてきた。一年中母の日だけど、やっぱり今日は特別な母の日だ。いつもお疲れ様です。ありがとう。
2018.05.13
連休おしまい。みなさんいろいろな過ごし方をしたことでしょう。後半の4日間、私はほぼ自宅で動かずに過ごした。いつもの週末が2回分、といったところ。動かなすぎて身体が痛い。弟の体調がもう半年も落ち着かないので、一日、いちにち、と過ごしている。近頃はもう、半日、はんにち、午前中の前半、後半、午後の2時間、夕方、夜、、、という具合になっている。先が読めない不安定というのは、本人が一番つらいのだけれど、家族の苦労も絶えない。自分も入院中を思いだしながら。そういえば、連休といえば家族がいつもよりたくさん面会に来てくれてうれしかった、とか。病院の中がいつもより静かでも、淡々と働くスタッフと先生との日常は変わりなく進んだとか。元気なみんなとは違うわたしたちの当たり前があったなあと思いだす。苦しいときの一日はとても長かった。さっきまで体調がよくても、些細なことで悪化した。そのたびにガッカリしてへこたれそうになった。すすむテンポがあまりにも遅くて、世間から取り残されていく孤独を感じた。だから、本当にちょっとしたことがものすごくうれしかった。1時間気分がいいだけでみんなで喜んだ。あたりまえは時別だった。弟の置かれた状況を、今は見守ることしかできないが世間の楽しい連休とは比較にならないくらいささやかなことも繊細に注目して努力し、それで疲れてしまうけれど精一杯過ごしている弟にもあたりまえがあたりまえに訪れるようになればいいと思う。新緑のきもちよさをきもちいいねと味わえるように。明日からまた私も心の中では一緒に闘っている。
2018.05.06

新緑の連休がはじまった。今年も本格的にはじまった。長い冬の間に蓄えた力をいよいよ発揮するときである。爽やかな緑の中、手足を開いて外に出かけた。2018年みやぎを魅せる書展ー宮城県在住の書作家による第作品展ー書家 菅原紫雲先生が私の詩を書いてくださったこれはいかねば!自作詩「愛に満ちて」添えられた私の詩は 「誰かにとって」広い会場を囲む書の空間は文字のたたずまいにやさしいまなざしを感じる黙っているけれど、静かに語る作品の前に立つと、紫雲先生の人柄とこの作品にかけた想いが見えない糸になって伝わる大作書も、ちょうど車いす目線のところで私の詩を読むことができたきっと心使いだいつもことばを形にしていただくたびに、力をいただく木と葉と雲がそよそよ話しかける感じで書いた詩だ文字のやさしさがぴったりだった先生ありがとう!!会場で以前河北展で詩を書いてくださった書家さんに偶然お会いできた書に向き合う想いを直接伺うことができた書は生きることなんと菅原紫雲先生と同じ言葉だった辛く苦しい時ほど自分に向き合い嘘がつけない書によって生きることを支えられているのだという生きていくことは辛いことの方が多いかもしれないそれでもその時間の中に必ず現れる喜びや輝く出来事に心を動かし、小さな感動をずっと宝物にしてくことができる希望や願いを持つことはどんな人にも許されている今は辛くても必ず乗り越える時がくるそれらへの気づきは一人一人にとってはどのような方法でも等しく精神の自由が与えているのだ物事をどのようにとらえるのも心しだいだいらないものをそぎ落として、必要な線だけがすっとそこにある白と黒の書は紙と墨と水と空気とそこに向き合う書家の心でできている限りある時間限りあるいのちの時間今年もぐんぐん伸びる新芽の間を吹き抜ける薫風を感じながら今の体調の良さに感謝した生きる喜びを応援する展示ですせんだいメディアテーク 5階2日 16:00まで是非お出かけください!
2018.05.01
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